目次文献略語

民事訴訟法講義

証 拠 3


関西大学法学部教授
栗田 隆

7 書 証(219条−231条)


書証に関する 文献  判例

7.1 概 説

文書と準文書
民事訴訟の証拠調べの対象となる固有の意味での文書は、(α)作成者の思想(意思、認識、感情など)が、(β)裁判官が直接に又は翻訳を介して閲読しうる(内容を読み取ることができる)形態で、(γ)文字またはこれに準ずる符号によって表現されているものをいう[4]。紙に表現されているものが典型例であるが、これに限られない。布やコンクリート壁に表現されていてもよい。コンクリート壁に書かれた文書(原本)を撮影した写真も文書(写し)となる。情報を表すために作成された物件でこれらの要件を満たさないものは、すべて準文書(231条)として扱われる[22]。

裁判官は、文書や準文書を取り調べて、それに記載あるいは記録されている思想その他の情報を獲得する。以下では、文書・準文書に記載・記録されている内容を指す言葉として、「情報」の語を用いることにしよう。

文書と書証
書証とは、裁判官が文書を閲読し、そこに表現されている作成者の思想を係争事実の認定資料とする証拠調べをいう。書証の本来の意味は、証拠調べの方法であり、対象物ではない。対象物は、文書(証書や日記など人の思想が記載されたもの)である。民事訴訟法は書証と文書をこのような意味で用いている。しかし、「証拠となるべき文書」の意味で書証ということもある(例えば、規則55条2項・139条[3]、民執法85条3項)。証拠説明書や準備書面も文書であるが、これらは、通常、証拠調べの対象とならない。「証拠調べの対象となる文書」を簡潔に言い表すために、「書証」の語が用いられているのである(文書証拠の略語と考えてよい。あるいは、文書は検証の対象にもなりうるので、「書証の方法により取り調べられる文書」であることを強調する意味で「書証」の語を用いる慣行が生じたと考えることもできる([三木=笠井=垣内=菱田*民訴]309頁)[100])。

書証と検証
証拠調べは判断資料(証拠資料)の収集の手続であり、判断資料は情報の一種である。書証の対象を準文書にまで広げて言うと、書証は、「情報を表すために作成された物件からその情報を獲得する証拠調べの方法」と言うことができる。他方、通常の建物は情報を表すために作成されるのではないから、建物を調べて情報(証拠資料)を収集する証拠調べは、書証ではない[101]。その証拠調べは検証と呼ばれ(232条以下)、検証の対象は検証物と呼ばれる。両者には、次のような相違点がある。
書証と検証は、概念的にはこのように区別されるが、具体的な物件についていずれの証拠調べの方法を適用すべきかが曖昧となる場合もある[24][32]。文書あるいは準文書も、そこに表明された思想ないし記録された情報を無視して媒体の外形あるいは存在そのものを証拠資料とするときは、証拠調べの方法は、書証ではなく検証となる。また、文書の記載内容の改変を防止するためになす証拠調べ(証拠保全のための証拠調べ)にあっても、裁判官がその時点で記載内容を理解することは必要でなく、文書の内容が改変されればそのことがすぐに判明するような措置を施せば足りるので、検証と位置づけられる。証拠保全により内容を保全された文書の記載内容を理解して事実認定の資料とすることが必要になった段階で、書証が実施される。

文書の区別
書証の対象となる文書は、さまざまな視点から分類される[34]。
書証の手続の概略
証拠調べの過程は、次のようになる。
書証の申出には、次の3つがある。
  • 文書を提出してする申出(219条
  • 文書提出命令の申立て(219条
  • 文書送付嘱託の申立て(226条本文)


 ()準備的申出  文書送付嘱託の申立て(226条本文)と文書提出命令の申立て(219条)は、証拠調べ(裁判官による文書の閲読)の申立てというより、証拠調べの対象となる文書の入手の申立てである。裁判所は入手された文書を当事者に提示し、当事者は、文書の内容を見てその文書の証拠調べを望む場合には、必要部分を特定してその申出(本申出)をする(文書送付嘱託に関し、最高裁判所 昭和45年12月4日 第2小法廷 判決(昭和45年(オ)第184号)参照)[55](反対の見解もある[13])。

 ()本申出  (α)当事者が所持する文書については、それを提出して書証の申出をする(219条規則137条−139条)。口頭弁論や弁論準備手続の期日に文書を提出することが必要であり、裁判所に郵送しただけでは提出にならない(最判昭和37.9.21民集16-9-2052)。(β)文書提出命令・送付嘱託により提出・送付された文書については、挙証者は、範囲を特定して取調べの申出をする(裁判所が送付嘱託に係る文書を口頭弁論期日に提示したが、挙証者が期日に出頭していないため、右文書を証拠とする旨の指定をしなかった場合に、裁判所がこれを証拠として取り調べることなく口頭弁論を終結しても、それは違法でない。最高裁判所 昭和45年12月4日 第2小法廷 判決(昭和45年(オ)第184号))。二重の申出は無用のように見えるかもしれないが、内容を見たうえで本申出をすることにより、無用な文書の証拠調べを省くことができる。 また、本申出の方式の一部として、挙証者は文書の写しを裁判所に提出しなければならない(規則137条1項参照。文書所持者から提出あるいは送付された文書は返還されるべきものであるから、 この写しの作成・提出は重要である)。 (γ)もっとも、職権で文書の提出を命じた場合(会社法434条など)には、裁判所は、当該文書のうち必要な部分を職権で口頭弁論に顕出して、証拠調べをすることができる[56]。

 ()証拠調べ  文書の成立の真正を確認し、文書を閲読する。裁判官が法廷で閲読するのが本来ではあるが、文書の量が多い場合には、法廷では証拠文書全体を閲読する代わりに、 それ(原本等)と裁判所の記録に編綴される写しとの同一性を確認するに止めることがある。証拠文書は、最終的には提出者に返還すべきものであるが、 必要な場合には、直ちに返還せずに留め置くことができる(227条)。

7.2 文書提出命令

文書提出命令に関係する  文献  判例

文書提出義務(220条)
挙証者は、自己が所持しない文書について、提出義務を負う所持者(相手方当事者または第三者)にその提出を命ずることを裁判所に申し立てることができる。文書提出義務は、現行法により拡張され、一般的義務に近くなっている[26][79]。次の場合には、申立てに係る文書所持者は提出義務を負う。提出義務を基礎付ける事実の証明責任は申立人が負うが、それでも4号については若干の注釈が必要である[28]。

)相手方の引用文書(1号)  挙証者の相手方が自己の主張を根拠づけるために文書を引用した場合には、挙証者がその文書を閲覧して反論することができるように、相手方はその文書を提出すべきである。(1) 当該文書に相手方の主張の趣旨が実際に記載されているかを提出させた文書によって確認する必要があるが、その外に、(2) 当該文書の内容の一部を恣意的に引用しているかが問題になる場合には、文書全体を提出させることが必要であり、(3) 当該文書の成立の真正が問題になる場合には、原本を提出させてその点を確認することが必要になる。

)申立人が引渡・閲覧請求権を有する文書(2号) 次の条文などを参照(これらの規定において裁判所の許可が必要なものについては(例えば、会社法31条3項)、 その許可をすべきか否かの判断は、受訴裁判所(正確には、提出命令申立事件の係属する裁判所)もなしうると解すべきである)。
)利益文書と法律関係文書(3号)
 (c1)挙証者の利益文書は、(α)それによって直接挙証者の実体上の地位や権利関係を証明し又は基礎づける文書で、かつ、(β)そのことを目的として作成された文書である。 例えば、挙証者を受遺者とする遺言状、挙証者である患者の診療録、挙証者のためにする契約の契約書、領収書、同意書、身分証明書[7]。

 (c2)法律関係文書は、挙証者と所持者との間の法律関係あるいはこれと密接な関係のある事項が記載された文書である。利益文書と共通する部分が多いが、作成目的を問わない点で異なり、範囲が広くなる。 「法律関係」の代表例は契約関係であるが、これに限られず、損害賠償請求権等のその他の法律関係も含まれる。
 制限1 法律関係文書は、作成目的を問わないために、これに含まれる文書の範囲が広くなる。 そこで、専ら自己使用のために作成された内部文書は、法律関係文書に含まれないとの制限が認められている[18](内部文書よりもさらに範囲の狭い自己利用文書についても同様である [19])[25]。後述の「自己利用文書と内部文書」の項を参照。

 制限2 3号の規定は、4号に相当する規定のなかった旧法下において、証拠となる文書を手許に有しない当事者に適正な裁判に必要な証拠を獲得する機会を与えるために、拡張的に解釈されてきた経緯がある。 その解釈は現行法の下でも維持されているが、それだけに、4号所定の除外文書に該当する文書については、提出義務を免れるとする必要がある。この理は、現在、4号ロの文書について承認されている。
 この判例法理は、4号イからニに該当する文書を開示することによる不利益の大きさを考慮すると、早晩、それらに該当する文書全般に承認されることになると予想される。

 他方、4号ホは、文書の開示による不利益をまったく問題にすることなく、刑事事件・少年保護事件に関する文書全般を提出命令の対象外にしているために、 その文書が220条3号後段等に該当する場合には、裁判所は、一定の要件の下で、当該文書の提出を命ずることができるとしている。後述「刑訴法47条所定の「公判の開廷前」の「訴訟に関する書類」」の項を参照。
整理:4号提出義務の除外事由
証言拒絶事由に相当するもの 196条の証言拒絶事由
197条1項1号の証言拒絶事由+191条2項の承認拒絶事由
197条1項2号・3号の証言拒絶事由
その他 自己利用文書
刑事関係文書


)その他の文書 ── 一般的提出義務(4号)  下記のいずれにも該当しない文書も、提出命令の対象となる。 下記の文書が提出命令の対象外とされたのは、これらの文書の提出を命じると所持者に著しい不利益が生ずる蓋然性が高く、裁判による正義の実現よりも所持者の文書非開示の利益を優先させるべきであると考えられるからである。

196条所定の証言拒絶事由に該当する文書  文書の作成者ではなく、所持者を基準にして196条所定の証言拒絶事由の有無が判断される。 したがって、Aが自己の犯罪行為を記録した文書を友人のBに交付して、Bが所持者である場合には、Bに対してその文書の提出を命ずることができる。

)公務員の職務上の秘密に関する文書(公務秘密文書)でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれ (公益侵害等のおそれ)があるもの  191条に対応する(同条2項の要件設定に注意)。文書所持者が誰であるかは問題にされていないので、文書の内容がこれに該当する限り、 公務員又は元公務員が所持する場合であっても、その他の者が所持する場合であっても、所持者は提出義務を免れる。また、これに該当する文書については、191条・197条1項1号の各規定の趣旨に照らし,文書所持者はその文書の提出を拒むことができるので、3号に基づく提出申立ても認められない(最高裁判所平成16年2月20日第2小法廷決定(平成15年(許)第48号))。「公務員の職務上の秘密」とは,「公務員が職務上知り得た非公知の事項であって,実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるもの」(実質的秘密)をいう(実質的秘密の対概念として形式的秘密があり、これは「組織内において秘密として指定されている事項」を意味する。形式的秘密の多くは実質的秘密となるが、全部がそうなるというわけではない。形式上秘密として指定されていない事項でも、実質的秘密に該当するものもある)。「公務員の職務上の秘密」には,(α)公務員の所掌事務に属する秘密だけでなく,(β)公務員が職務を遂行する上で知ることができた第三者(典型的には私人)の秘密であって,それが本案事件において公にされることにより,第三者との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものも含まれる (最高裁判所平成17年10月14日第3小法廷決定(平成17年(許)第11号))。 第三者の秘密の代表例は、「第三者の技術又は職業の秘密」である[103]。223条5項は、 これを前提にして、提出を求められている文書の記載内容が「第三者の技術又は職業の秘密」に該当する場合(該当する可能性がある場合を含むと解すべきである)に、 4号ロに該当するとの意見を述べないとき(その意見を述べるとの意思をまだ形成していないとき)には、判断を誤らないように、予め第三者の意見を聴くべきものとしている。 監督官庁が4号ロに該当する旨の意見を述べようとするときには、予め第三者の意見を聴くことは必要的ではないが、 第三者の意見を聴くことは妨げられない(4号ロに該当する旨の意見を補強するために第三者の意見を聴いておく方がよい場合があろう)。

最判平成17年は、労働災害調査復命書中の≪再発防止策,行政上の措置についての本件調査担当者の意見,署長判決及び意見等≫の記載部分について、 これは、(α)行政内部の意思形成過程に関する情報であり,(β)公表を予定していないものと認められるから、公務員の所掌事務に属する秘密が記載されたものであるとしている。 民間団体の意思形成過程文書を4号ニの自己利用文書として保護することとのバランス上、4号ニによっては保護することのできない行政機関等の意思形成過程文書を公務秘密文書として保護しようとしているのである (問題点について[長谷部*2009a]361頁以下参照)。他方、≪労災事故の調査にあたった労働基準監督官が職務上知ることができた事業場の安全管理体制,労災事故の発生状況,発生原因等の被告会社にとっての私的な情報≫については,≪労働基準監督署長が事業者・労働者等に対して罰則付の出頭命令の権限等を有すること等を考慮すると,それを記載した調査復命書の部分が本案事件において提出されることによって公務の遂行に著しい支障が生ずるおそれが具体的に存在するということはできず,したがつて「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」に該当しない≫として,提出義務を肯定した。

197条1項2号(医師等の黙秘義務)・3号 (技術又は職業の秘密)所定の証言拒絶事由に該当する文書  例えば、(α)訴訟の依頼者が秘密保持を前提に弁護士に開示した情報を記載した文書。 2号所定の「黙秘すべきもの」とは,「一般に知られていない事実のうち,弁護士等に事務を行うこと等を依頼した本人が,これを秘匿することについて, 単に主観的利益だけではなく,客観的にみて保護に値するような利益を有するもの」をいう (最高裁判所平成16年11月26日第2小法廷決定(平成16年(許)第14号))[66]。 (β)「技術又は職業の秘密」と言えるためには、その事項が公開されると、当該技術の有する社会的価値が下落し、これによる活動が困難になるもの、 又は当該職業に深刻な影響を与え、以後その遂行が困難になるものであることが必要である(最高裁判所平成12年3月10日第1小法廷決定・民集54巻3号1073頁)。
  これについても、文書所持者が誰であるかは問題にされていないので、文書の内容がこれに該当する限り、所持者は提出義務を免れるのが原則である。 例えば、(α)医療法人の勤務医が作成した診療録について、医療法人が所持者とされる場合にも、ハの適用がある([法務省*1998a] 250頁)。弁護士が受任事件の記録を倉庫業者に寄託している場合に、倉庫業者が所持者とされる場合も、同様である(倉庫業者は、寄託された文書の内容を見ることはなく、 保管された文書群から提出を命じられた文書を選別することはできないであろう)。(β)依頼者が弁護士に法律相談あるいは訴訟事件の追行のために開示または寄託した文書で、 現在依頼者が所持しているもの(原本または写し)についてはどうか。弁護士の黙秘義務を理由として、依頼者は文書提出義務の不存在を主張できるとする見解が有力である[12]。 しかし、依頼者自身については、彼に秘密保持の正当な利益があり、かつもっぱら彼の自己利用に供するための文書であれば(4号ニ)、提出義務は否定されるのであるから、 弁護士の黙秘義務を援用する必要はない。また、弁護士が依頼者との関係で負う秘密保持義務は、依頼者が挙証者との関係で有する秘密保持の利益を基礎にするものである。 したがって、依頼者の秘密保持の利益は、それ自体が直接に根拠付けられるべきものであり、依頼者が所持する文書については、220条4号ハの適用はないと解すべきである。患者が医師から診療(準委任事務)の処理状況又は結果の報告として受領した文書についても同様である(自己の病歴という高度なプライバシー情報が記載された文書であるので、それが196条柱書の「名誉を害すべき事項」が該当する(または準ずる)として、220条4号イにより提出義務を免れることはあり得る)。

 これらの文書に記載された情報について、文書所持者が黙秘義務を免除されている場合には、提出義務を免れない。 文書の作成者と所持者とが異なる場合に、作成者が黙秘義務を免除された場合にも、特段の事情がなければ、同様に扱うべきであろう。

)専ら文書の所持者の利用に供するための文書(自己利用文書)  個人のプライバシーや個人・団体の意思形成の自由等を保護するための制限である[67]。 これに該当するのは、(α)非開示目的で作成され、(β)開示されると看過しがたい不利益が生ずる文書である (最決平成11年11月12日民集35巻8号1787頁)。消極的要件として、(γ)「特段の事情がない限り」が付加されている (この消極的要件の位置付けについては、自己利用文書の要件の中に含める立場もあれば(この場合には、要件は3つになる)、含めない立場もある(この場合には、要件は前2者のみとなる))。
(α)の要件(非開示性)が充足されることのみから自己利用文書とすることは許されず、(β)の要件(開示不利益性)が充足されることを具体的に認定する必要がある。 開示不利益性が認められるにもかかわらず、なお提出命令を発すべき特段の事情がある場合というのは、おそらく、 「文書が提出されないことによる不利益(不十分な証拠に基づいて裁判がなされることにより生ずる不利益)」が「開示による不利益」を上回る場合を指すことになろう。 「開示による不利益」と「開示されないことによる不利益」との比較衡量は、特段の事情の中でなされることになるので、「開示不利益性」は、 利益衡量がなされる前の「一定水準の不利益(文書所持者に一般的に期待することができる不利益)」であると想定できる。
最決平成11年は、金融機関が融資の意思決定をする過程で作成する貸出稟議書について、開示不利益性を具体的に認定することなく、 将来における自由な意思形成が阻害されるという抽象的な理由で、一般的に自己利用文書に該当するとしたが(後述参照)、判例の大きな流れは、開示不利益性の具体的認定の方向にあるとみてよい。

自己利用文書に該当するとして、提出義務が否定された例を挙げておこう。
国または地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるもの(公務組織利用文書)は、かっこ書により、 提出命令の対象外にならない。もっとも、公務組織利用文書も、4号ロに該当すれば、それにより提出義務を免除される。
 公務組織利用文書の例  次の文書は、そこに挙げられた裁判例によって公務組織利用文書と明示されたわけではないが、これに該当すると考えるべきである:
)刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書(刑事事件文書)  これが一般的提出義務から除外されたのは、次の理由による: これらの文書の中には、強制力をもって収集された文書、あるいは強制力をもって得られた情報に基づいて作成された文書が含まれており、強制力をもって情報収集された者の利益、 あるいは被告人、被害者もしくは証人等の利益、捜査の秘密や裁判の適正の確保といった公共の利益を守る必要がある; そのために、刑事事件の記録の閲覧については、次の法律に個別の規定があるので、その規律に委ねるのが妥当である([深山=菅家ほか*2001a]10頁)。
これに該当する場合については、4号による提出命令が許されない(要件を充足するか否かは容易に判断できるので、223条3項のインカメラ手続の対象外とされている)。

刑事事件文書であっても、1号から3号による提出命令まで排除されるわけではない[38]。とくに、刑事事件の被疑者あるいは被告人との関係では、刑事事件文書は、国家による刑罰権の行使という国家と彼との間の法律関係及びこれから派生する法律関係(特に、刑罰権行使のための手続の違法を理由とする損害賠償義務の法律関係)に関する文書に該当すると評価され、3号後段の適用に服するとされることが実際上多いであろう。この場合について、最高裁判所平成16年11月26日第2小法廷決定(平成16年(許)第14号))が次のように説示している:「民事訴訟の当事者が,民訴法220条3号後段の規定に基づき,刑訴法47条所定の「訴訟に関する書類」の提出を求める場合に,当該文書が法律関係文書に該当し,かつ,保管者が提出を拒否したことが,民事訴訟における当該文書を取り調べる必要性の有無,程度,当該文書が開示されることにより被告人,被疑者及び関係者の名誉,プライバシーが侵害されたり,公序良俗が害されることになったり,又は捜査,刑事裁判が不当な影響を受けたりするなどの弊害の発生のおそれの有無等の諸般の事情に照らし,その裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用するものであると認められるときは,裁判所は,当該文書の提出を命ずることができる」。

他方、民訴法220条1号から3号に該当しない場合には、挙証者は文書提出命令によることができず、文書送付嘱託により又は民事訴訟手続外で文書の提供を受けることになる。したがって、刑事事件文書の保管者が刑訴法47条等の規定に従い文書を提供すべきか否かを判断し、その判断の当否を受訴裁判所が審査する余地はないことになる。しかし、それでも、刑訴法47条に即して言えば、文書を提供することが相当と認められる場合であるにもかかわらず、文書を提供しないことが国民の適正な民事裁判を受ける権利の侵害と評価される余地はあり、国家賠償請求訴訟を通じての司法審査の道は開かれている。

労働基準監督官には行政上の強制権限と司法警察職員としての権限が付与されている([片岡*労働法2v5]50頁以下)。監督官が後者の権限を行使する過程で作成した文書、例えば、労働安全衛生法92条に基づき同法の規定に違反する罪について刑事訴訟法の規定による司法警察員の職務を行なった過程で作成した文書にも、民訴法220条4号ホの適用がある(労働安全衛生規則95条2項も参照)[102]。麻薬取締官等が司法警察員として職務を行う過程で作成した文書も同様である。

7.2a 文書提出命令に関する諸問題

ここで、文書提出命令に関するいくつかの問題を検討しておこう。

文書の所持者
文書提出命令は文書の所持者に対して発せられ、所持者はその命令に対して即時抗告をすることができる。したがって、所持者は次の条件を充足するものでなければならない。
誰が文書の所持者であるかは次の事項と関わりを有し、所持者の決定の際に考慮される。
独立の法人格を有しない行政機関(行政庁)が保管する文書については、原則として、その行政機関が属する法人(国や公共団体)を文書提出命令の名宛人となる所持者とすべきである。この点については、平成16年改正前の行政事件訴訟法が行政庁に抗告訴訟の被告適格を認めていたこと(同法旧11条・38条1項)、民事訴訟法223条3項が「監督官庁」の語を用いていることとの関係で、民事訴訟法が制定された当初においては、行政庁(行政主体)を文書の所持者と見る方が素直であったであろうが、行政事件訴訟法の平成16年改正が抗告訴訟の当事者適格を行政庁ではなく行政庁の属する国又は公共団体に認めた趣旨(国民が誰を被告とすべきの判断を容易にできるようにすること)に鑑みれば、文書提出命令の手続においても国又は公共団体が所持者として命令の名宛人になると解すべきであろう(行政機関が属する法人を当事者とする訴訟において、行政機関が保管する文書の提出命令の違反があった場合に、224条の適用は、行政機関を文書所持者と見て提出命令の名宛人にしてもなお可能であるが、法人を所持者と見て名宛人にする方が説明しやすい)[114]。この解釈に従って国又は公共団体が文書の所持者とされる場合には、223条3項・4項の監督官庁は、多くの場合は、文書所持者の内部における文書の提出について意見を述べる立場にある機関を意味することになる。その意見は、所持者自身が裁判所に述べることになろうが、内部機関である監督官庁自身の名において意見を述べてもよい。

最高裁も、県議会議員らが受領した政務活動費の中に使途基準に違反して支出されたものがあるとして,県知事に対してなされた提訴請求訴訟(地方自治法242条の2第1項4号)において、県議会議長が保管する文書の提出命令が申し立てられた場合に、「地方公共団体は,その機関が保管する文書について,文書提出命令の名宛人となる文書の所持者に当たる」と判示している(最高裁判所 平成29年10月4日 第2小法廷 決定(平成29年(行フ)第2号))。また、都道府県の警察が保管する文書については都道府県が文書所持者として扱われる(違法逮捕を理由とする都道府県に対する国家賠償請求訴訟における文書提出命令について、そのように処理された事例として、最高裁判所 平成31年1月22日 第3小法廷 決定(平成30年(許)第7号)がある)。

民訴220条3号後段と刑訴法47条
刑事訴訟のために検察官あるいは司法警察員が作成した刑事訴訟事件に関する書類も、(α)それが220条3号後段等に該当する場合には、文書提出命令の対象となりうる。もっとも、(β1)公判の開始・終了の前後を問わず、公判に提出されていないものは、公にすることができないのが原則である;(β2)ただし、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合には、公にすることができる(刑訴47条)。この規律は、民訴法220条3号に基づく提出義務についても適用される(220条3号では特に規定されていないことであるが、この規定の趣旨に鑑みれば適用を認めるべきであり、また、適用しても、「相当と認められる場合」という柔軟な要件の下で提出義務を認めることができるのであるから、公正な裁判の実現の要請(2条)が全面的に後退させられているわけではないので、弊害は生じない)。

公にすることの相当性の判断は、書類の保管者の合理的裁量に委ねられ、文書提出命令の申立てがある場合でも、保管者の判断は尊重される。しかし、その判断が民事訴訟における当該文書を取り調べる必要性の有無,程度,当該文書が開示されることにより被告人,被疑者及び関係者の名誉,プライバシーが侵害されたり,公序良俗が害されることになったり,又は捜査,刑事裁判が不当な影響を受けたりするなどの弊害の発生のおそれの有無等の諸般の事情に照らし,その裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用するものであると認められるときは,裁判所は,当該文書の提出を命ずることができる(最高裁判所平成16年5月25日第3小法廷決定(平成15年(許)第40号)[115]、最高裁判所平成17年7月22日第2小法廷決定(平成17年(許)第4号)、最高裁判所 平成19年12月12日 第2小法廷 決定(平成19年(許)第22号)、最高裁判所 平成31年1月22日 第3小法廷 決定(平成30年(許)第7号))。
民訴220条1号と刑訴法47条
民事訴訟の当事者が,民訴法220条1号の規定に基づき,上記「訴訟に関する書類」に該当する文書の提出を求める場合においても,引用されたことにより当該文書自体が公開されないことによって保護される利益の全てが当然に放棄されたものとはいえないから,上記と同様に解すべきであり,当該文書が引用文書に該当する場合であって,その保管者が提出を拒否したことが,上記の諸般の事情に照らし,その裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用するものであると認められるときは,裁判所は,当該文書の提出を命ずることができる(最高裁判所 平成31年1月22日 第3小法廷 決定(平成30年(許)第7号))。

文書の原本の所持者と写しの所持者
刑事事件の捜査に関して作成された書類の写しで,それ自体もその原本も公判に提出されなかったものを,その捜査を担当した都道府県警察を置く都道府県が所持し,当該写しについて引用文書又は法律関係文書に該当するとして文書提出命令の申立てがされた場合においては,当該原本を検察官が保管しているときであっても,当該写しが引用文書又は法律関係文書に該当し,かつ,当該都道府県が当該写しの提出を拒否したことが,前記イの諸般の事情に照らし,その裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用するものであると認められるときは,裁判所は,当該写しの提出を命ずることができる(前掲最決平成31年1月22日)。

職業の秘密と顧客に対する守秘義務(220条4号ハ)
他人(特に顧客)の情報を保有することが必要ないし重要である職業は多い。その職業を営む者がその情報を他に開示すれば、顧客の信頼を失い、職業上大きな不利益を受ける。その情報の保有が197条1項2号に該当する場合には、情報保有者は同号を根拠に情報の開示を拒むことができるが、そうでなければ、彼は、それが同項3号の職業の秘密に当たるとして開示を拒むことになる。この場合に、その情報保有者は、その他人(顧客)が自ら情報を保有しているのであれば挙証者に対して情報開示義務を負うときにも、なお197条1項3号に該当する情報であることを理由に、その情報の開示ないし情報の記載された文書の提出を拒絶することができるかが問題となる。

最高裁判所 平成19年12月11日 第3小法廷 決定(平成19年(許)第23号))は、金融機関が保有する顧客との取引履歴についてこれを否定した:金融機関は,顧客との取引内容に関する情報や顧客との取引に関して得た顧客の信用にかかわる情報などの顧客情報につき,商慣習上又は契約上,当該顧客との関係において守秘義務を負うが、その顧客がその情報を保有していれば挙証者に対して開示義務(情報が記載された文書の提出義務)を負う場合には、その顧客情報は民訴法197条1項3号にいう職業の秘密として保護されるものではなく、金融機関は,顧客に対し守秘義務を負うことを理由として顧客情報の開示を拒否することはできず、その情報の記載された文書の提出義務を免れない[83]。

もちろん、顧客に対する守秘義務とは別に、その顧客情報が金融機関自身にとって営業秘密であり、その情報の開示が看過しがたい不利益を生じさせると評価される場合には、その顧客情報を公正な裁判のために入手する必要性と衡量した上で、その情報の記載された文書の提出義務を免れることがあるとすべきである。

訴訟当事者の同意義務
文書を所持する第三者が訴訟当事者に対する守秘義務を理由に文書の提出を拒絶し、訴訟当事者の同意書があれば提出するとの態度を表明している場合には、裁判所は、訴訟当事者に同意書の提出を促すことができる。同意が拒絶された場合に、立法論としては、同意書提出命令なる制度は用意することが考えられる(不服申立制度まで備えた同意命令制度が用意されれば、同意命令に従わないことの効果として、224条所定の制裁と同様な制裁を課すことができる)。しかし、現行民事訴訟法の下では、そのような制度は用意されていないので、文書所持者に対する提出命令により問題を解決せざるを得ない。すなわち、当事者が同意を拒む正当な利益を有するか否かは、提出命令の発令手続の中で判断されることになる。この場合に問題になるのは、文書所持者の利益というよりも、当事者のプライバシー等の利益である。そのことを考慮すると、提出命令に対する不服申立てに当該当事者が関与する道を開いておくべきであろう。最も強力な方法は、当事者自身に即時抗告権を与えることであるが、ただ、同様な問題は訴訟当事者以外の者のプライバー等の利益が問題になる場合にも生ずることであり、その場合についての一般的方法(補助参加)に委ねてよいであろう(後述「情報主体の手続保障」の項参照)

貸出稟議書
銀行の貸出稟議書とは、支店長等の決裁限度を超える規模、内容の融資案件について、本部の決裁を求めるために作成されるものであって、通常は、融資の相手方、融資金額、資金使途、担保・保証、返済方法といった融資の内容に加え、銀行にとっての収益の見込み、融資の相手方の信用状況、融資の相手方に対する評価、融資についての担当者の意見などが記載され、それを受けて審査を行った本部の担当者、次長、部長など所定の決裁権者が当該貸出しを認めるか否かについて表明した意見が記載される文書である(最高裁判所平成11年11月12日第2小法廷決定(平成11年(許)第2号)))。

貸出稟議書は、融資という金融機関にとって重要な業務の意思形成過程において作成される文書である。その提出を強制することが所持者に看過しがたい不利益をもたらすか否かは、状況に従う。

顧客の相続人からの銀行に対する過剰融資を理由とする損害賠償請求訴訟において、原告が貸出稟議書の提出命令を申し立てた事案において、最高裁は、貸出稟議書が「開示されると銀行内部における自由な意見の表明に支障を来し銀行の自由な意思形成が阻害されるおそれがある」という個々の事件の具体的事情に依存しない理由で、特段の事情がない限り、提出義務を免除される自己利用文書に当たるとした(前掲平成11年決定)[8]。

ただ、この決定後に出された、前出の平成17年決定平成12年決定を考慮すると、意思形成の阻害のおそれも、文書の記載内容に即して、具体的に認定されるべきではなかろうか。例えば、貸出稟議書の中に、(α)金融機関の意思形成の基礎となる事実と、(β)その事実に基づく判断とが記載されている場合に、前者の事実のうち融資先から提出された資料から得られた事実についてまで開示不利益性を肯定する必要はない。そして、訴訟によっては、金融機関がどのような事実を基礎にして融資をしあるいは融資をしなかったかが重要となる場合もありえ、その場合には、稟議書中のその部分については提出義務を肯定してよいと思われる。

貸出稟議書については、開示による不利益が顧客と金融機関との間の訴訟以外でも問題となるので、それを見ておこう。
Aは、B会社(金融機関)の関連会社であるC会社の販売する年10%ほどの利回りの見込まれる金融商品を購入する目的でB社から年利5%で10億円の融資を受けた。その際に、YはAから保証人になるように頼まれた。Yは、C社に問い合わせをし、C社の社員からは、「Aが購入する金融商品は、比較的安全な商品であり、今の経済情勢からすれば最悪の場合でも元本の5%が失われる程度でしょう」との説明を受け、その点をB社の融資担当者に確認したところ、「当社でも確認しましたが、その程度でしょう」と説明されたので、保証人になることを引き受けた。Yは、保証債務履行請求権を被担保債権として、その所有不動産に抵当権を設定した。

しかし、たいした経済情勢の変化があったとも思われないのに、Aが購入した金融商品の価値は2億円程度に激減した。Yの精確な記憶は消えかかっているが、Yが保証人になるに際して、B社の融資担当者から「Aには、3000万円を超える年収とかなりの財産がある」と聞かされていたが、どういうわけか、Aの財産状況も悪化していて、利息の支払いが困難になっていた。そこでYは、Aが購入した金融商品と抵当不動産を処分してその代金で保証債務を弁済しようとして、売却代金7億円と引き換えに抵当権の抹消に応ずるようにB会社と交渉したが、B会社の融資担当者は、「市況が回復すれば当該金融商品の価値は少なくとも5億円程度には回復するでしょう」と述べ、「債務全額の弁済がない限り、抵当権の抹消には応じられない」として、これを拒絶した。このため、Aの未払利息が増加し、保証人であるYの負担を重くなった。最後にB会社は、抵当権を実行して債権を回収したが、不動産価格の下落時期にあたり、4億円でしか売却できなかった。B会社は、Aに対する残債権(元本+利息+損害金)9億円及びYに対する保証債務履行請求権を、他の同様な融資案件で回収が滞っている100件の債権と共に、X会社に譲渡し、内容証明郵便による通知がAとYに対してなされた。その際に、B社は、貸出稟議書、Yからの抵当不動産の任意売却による一部弁済の提案書およびこれに対するB会社内部の稟議書等の本件融資に関する一切の書類をX社に引き渡した(この書類の引渡しについては、融資時にY及びAが事前に同意していた)。

Aについて破産手続が開始され、XがYに対して保証債務履行請求の訴えを提起した。Yは、(α)BがYと保証契約を締結する際に、主債務者の財産状況ならびに融資金により購入される金融商品について十分な説明をしなかったこと、及び(β)保証債務の履行に関してB会社の不当な行動により抵当不動産の処分を阻止され、その結果残債務額が不当に増加したことは、債務不履行ないし不法行為に当ると主張し、この損害賠償請求権と保証債務との相殺の抗弁を提出した。Yは、損害賠償請求権の発生に関して主張した事実を立証するために、B会社がかつて所持し、現在Xが所持している前記融資関係書類の提出命令を申し立てた(222条により文書の特定は可能であるとする)。この申立ては、認められるだろうか。

自己利用文書と内部文書
自己利用文書(自己専利用文書)は一般的提出義務から除外される文書として4号ニで規定されている。内部文書(自己使用文書)は、解釈により、3号後段の法律関係文書から除外されている(判例・多数説)。

最高裁判所 平成12年3月10日 第1小法廷 決定(平成11年(許)第26号)は、内部文書を「文書の所持者が専ら自己使用のために作成した文書」と定義しており、自己利用文書の要件の一つである開示不利益性の要件を含まないので、その範囲は自己利用文書よりも広くなる。したがって、自己利用文書が3号後段の文書(法律関係文書)に該当しないことはいうまでもないことになる(最高裁判所 平成11年11月12日 第2小法廷 決定(平成11年(許)第2号))。学説上も自己利用文書の範囲は内部文書の範囲よりも狭く解釈すべきであるとの見解が多い[29])。

また、次の点に注意が必要である[36]:インカメラ手続(223条6項)は4号文書についてのみ規定されている。他の号に該当すると主張された文書について、それが自己利用文書あるいは内部文書に該当するか否かを判断するためにインカメラ手続を用いることができるとは規定されていない[27]。

自己利用文書の要件(内部文書性と開示不利益性)
内部文書性は、自己利用文書の要件の重要な要素であるが、最高裁判例が開示不利益性も自己利用文書の要件の中に取り込んだことにより、要件規制の重心は、内部文書という形式的要素から、開示不利益性という実質的要素に移動したと見てよい。こうした視点からすれば、内部文書に該当することの要件が緩やかになることも是認できる[31]。

内部文書に該当するのは、「その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書」である(外部に一切開示することのない秘密文書である必要はないと考えたい)。

次の文書は、内部文書に該当しない。
法令で作成を義務づけられた文書
最判平成19年が、法令により義務付けられている資産査定のために銀行が作成した文書は内部文書に当たらないとしており、また,いくつかの最高裁先例が、個々の文書を内部文書と認定する際に、「法令によってその作成が義務付けられたものでもなく」と述べている。そこから、法令によって作成を義務づけられた文書(法定義務文書)は、一般的に内部文書に当たらないとの考えを窺うことができる。その考えの根拠は、次の点にある:社会的に重要な業務については、その適正を確保するために業務の執行に関する文書を作成させる必要が高い;業務の適正な執行の確保ないしコントロールは、まず作成義務者自身が行い、次に監督官庁が行うが、その外に、民事訴訟において業務が適正に執行されたか否かが問題となる場合には、法定義務文書を提出させてコントロールの実を挙げるのが有益であり、訴訟においても利用され得る文書として作成が義務づけられていると考えるべきである;したがって、法定義務文書は、通常は内部文書に該当しない。

しかし、常にそうであるというわけではない。作成義務を課した理由の如何によっては、法定義務文書であっても内部文書に該当すると判断されることはあり得よう。とりわけ開示による不利益が大きい文書はそうである。裁判例を挙げておこう:

もっとも、判断枠組みは正当であるが、この決定の結論については異論の余地があろう。

証拠としての必要性と開示による不利益との比較考量
最高裁は、平成18年以前においては、文書の開示不利益性と個々の訴訟において当該文書を利用することの必要性とを秤にかけることはしていなかった[82]。しかし、平成19年になって、最高裁判所 平成19年8月23日 第2小法廷 決定(平成19年(許)第18号)が、所持者からの職業秘密文書に該当するとの主張を排斥するに当たって、この比較考量をした。事案は次のようなものである:介護サービス事業法人たる原告が、退任した取締役を被告にして、彼が原告の従業員を違法に引き抜くとともに,原告の顧客名簿を利用し,原告に関する虚偽の風説を流布するなどして不正に顧客を奪ったと主張して,不法行為に基づく損害賠償を求める訴訟を提起し、指定居宅サービス事業者として介護給付費等を審査支払機関に請求するために必要な情報をコンピューターに入力することに伴って自動的に作成される文書の内容(利用者の氏名を含む)から利用者の生年月日,性別等の個人情報を除いたもののリスト(「サービス種類別利用チェックリスト」)の提出命令を申し立てた。最高裁は、介護サービス事業者が介護給付費等の請求のために審査支払機関に伝送する「サービス種類別利用チェックリスト」が、本案訴訟において取調べの必要性の高い証拠であると解される一方,当該文書に係る96名の顧客が文書提出命令の申立人において介護サービスの利用者として現に認識されている者であり,当該文書を提出させた場合に所持者の業務に与える影響はさほど大きなものとはいえないと解されること等を考慮して、民事訴訟法220条4号ハの職業上の秘密が記載された文書に当たらないとした。

なお、証拠としての必要性を考慮すること自体は、平成19年判決以前においても、他の根拠規定に基づく文書提出義務の有無を判断する際に考慮すべきものとされている。
関係者の利害を適切に調整することが法の基本的使命の一つであることを考慮すると、提出命令が申し立てられている文書の証拠としての必要性と提出を命ずることにより文書所持者等が受ける不利益との比較考量は、開示不利益性が主張される多くの事件において重要になろう。また、比較考量を行うべきであるとする見解が有力になっている(最判平成25年4月19日 田原補足意見参照)

開示による不利益についての整理
4号による提出義務の免除事由は、文書所持者等の利益を擁護するためのものであるので、提出義務を免れるためには、文書の開示により文書所持者等が大きな不利益を受けることが必要である。その不利益が大きくない場合には、提出義務は免除されない。提出義務免除の理由となる不利益は、免除事由ごとに異なる。4号の提出義務を免除される文書のうち、ロからニの文書を表にまとめておこう(ハについては、197条1項3号の文書のみを取り上げる)。
4号 形式的要件 実質的要件(開示による不利益) 証拠としての必要性との比較考量
公務秘密文書(公務組織利用文書を含む) 4号ロの提出義務免除について要求される不利益は、単に文書の性格から公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずる抽象的なおそれがあることが認められるだけでは足りず,その文書の記載内容からみてそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要である(最高裁平成17年10月14日決定)。

「公務遂行への著しい支障の有無については,証拠としての必要性と相関的に検討すべしとする有力説の立場を是とする」(最判平成25年4月19日田原補足意見

(197条1項3号)
技術上・職業上の秘密文書 「技術又は職業の秘密」と言えるためには、その事項が公開されると、当該技術の有する社会的価値が下落し、これによる活動が困難になるもの、又は当該職業に深刻な影響を与え、以後その遂行が困難になるものであることが必要である(最高裁平成12年3月10日決定)。 提出命令の対象文書が本案訴訟において取調べの必要性の高い証拠であると解される一方,本件文書を提出させた場合に所持者の業務に与える影響はさほど大きなものとはいえないことも考慮して提出を命じた事例(最高裁平成19年8月23日決定)。
内部文書(公務組織利用文書を除く) 開示されると看過しがたい不利益が生ずる文書である(最高裁平成11年11月12日決定)。  

自己利用文書の提出義務免除に要求される「開示による看過しがたい不利益」の実際の内容は多種多様であり、その内容に応じてその認定の具体性も異なるが、開示による不利益が個人のプライバシーの侵害や企業秘密の漏洩である場合には、個々の事件の具体的事情を考慮して具体的に認定することが必要である(技術上の秘密に関する最高裁判所平成12年3月10日第1小法廷決定・民集54巻3号1073頁参照)[78]。

意思形成過程文書の開示による不利益
団体の意思が外部に表明された場合に、その意思表明に係る文書を提出命令の対象とすることに問題はない(表明された外部の範囲にもよるが、その文書を訴訟で開示することにより追加的に生ずる不利益は小さい)。しかし、外部に表明される意思の形成過程で作成された文書、あるいは外部への意思表明とは関わりなく内部的な意思の形成のために作成された文書が提出命令により強制的に開示され、91条1項により何人もその閲覧を請求することができる状況になれば、文書を利用した内部的意思形成が阻害されることになることは、予想できる。

その場合に、その文書を提出命令の対象外とすることにより保護されるべきものは、既になされた意思形成というよりも、将来の意思形成の自由であり、文書の開示による不利益は、抽象的なものにならざるを得ない。抽象的不利益の存在をもって提出義務を免れるとするならば、事実を解明して正義の実現を図るという司法の利益が害されることになるので、不利益の発生の認定は慎重に行うべきである。

意思形成過程文書の保護は、当初、220条4号ニの自己利用文書について実現されるべきものと考えられていた(最高裁判所 平成12年3月10日 第1小法廷 決定(平成11年(許)第26号)参照)。そして、行政機関が保有する文書については、エイズ薬害訴訟における苦い経験に鑑み、行政の透明性を向上させるために、平成13年法律第96号による改正で、「国または地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。」とのかっこ書が置かれたのである。ところが、最高裁平成17年決定は、労働災害調査復命書中の≪再発防止策,行政上の措置についての本件調査担当者の意見,署長判決及び意見等≫の記載部分について、(α)行政内部の意思形成過程に関する情報であり,(β)公表を予定していないものと認められるから、公務員の所掌事務に属する秘密が記載されたものであるとした。かなりゆるやかな要件の下で、行政機関の意思形成過程文書を提出命令の対象外にしたと言うことができる。民間団体の意思形成過程文書とのバランスをとったものであるとの理解も可能であるが、むしろ、行政の透明性の要請を無視し、平成13年改正の趣旨をないがしろにするものと言うべきであろう(最高裁平成17年決定に対する批判として、[長谷部*2009a]を参照)。

その点はともあれ、判例の立場に従って、団体内部の意思形成過程上の文書について所持者が220条4号の提出義務を負わないことの根拠規定を整理しておこう。
220条4号ニ 220条4号ロ
私的団体が所持する文書
×
国または地方公共団体が所持する文書 公務員が組織的に用いるもの
×(かっこ書)
その他
(注:○は、「まだ判例はないが、提出義務はないとされるであるろう」ことを意味する)

ところで、一定種類の文書を利用した将来の意思形成の自由を確保する方法として、次のような方法がある。
  1. 全面非開示方式  その種類の文書を、その記載内容に関わらずに、一律に提出命令の対象外とする。
  2. 部分的非開示方式  文書の記載内容を、次の2つにわける:(α)開示されるとのルールが定着することによりその種類の内容をその種類の文書に記載することが困難となって、意思形成の自由が阻害される種類の内容と、(β)開示されてもその種類の文書に記載することに支障はなく、したがって意思形成の自由が阻害されることのない種類の内容。その上で、前者の記載部分のみを提出命令の対象外とする(223条1項。情報公開法6条も参照)。

1の選択肢にあっては、その種類の文書であれば何を書いても開示されることはないことになり、意思形成の自由は高まる。2の選択肢を採用すると、どのような記載内容が提出命令の対象外になるかを確定しなければならず、その不確実性が意思形成のための文書に事実や意見を自由に記載することをためらわせ、その結果、意思形成の自由が阻害される可能性が高まるとも言いうるが、しかし、その阻害の程度は、全面開示の場合より高くなることはないと言うべきである。最高裁は、貸出稟議書について、1の選択肢を採用したが、労働災害調査復命書について、2の選択肢を採用した。そこに流れの変化を読みとってよいであろう(貸出稟議書についても、2の選択肢がとられるであろうと予想したい)。ともあれ、いずれの選択肢を採用するかは、当該文書が所持人の業務等において有する重要性にも依存すると考えるべきである。団体内部の意思形成過程で作成された文書であるというだけで、文書提出義務を全面的に否定する(全面非開示とする)ことは、正当ではない([長谷部*2009a]362頁も参照)[87]。

個人情報保護法による開示請求権との関係
一般論として言えば、提出命令に係る文書が自己利用文書に該当する場合でも、個人情報保護法(平成27年改正後のもの)28条による開示請求権の対象となる文書は、民訴法220条2号により提出命令の対象となりうる。問題は、保護法28条2項2号の除外事由(当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれ)のある文書と自己利用文書の範囲との関係である。保護法28条2項2号は、情報の非開示性(「内部文書性」に相当する「内部情報性」)について特に言及していないが、これは当然の前提になると解してよいであろう。これを前提にすると、問題は、個人情報保護法28条2項2号にいう「業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれ」と、最高裁が自己利用文書について定式化した「看過し難い不利益が生ずるおそれ」との違いに行き着く。

問題は、次のような形で現れよう。挙証者が文書に記載された情報の本人である限り、文書所持者が民訴法220条2号提出義務と4号提出義務の双方を免れるためには、上記の2つの開示不利益性が存在しなければならない。しかし、情報の本人が死亡して相続人が訴訟当事者となっている場合には、個人情報保護法28条の適用はなく、同条に基づく民訴法220条2号の提出義務は生じないので、文書所持者に「看過し難い不利益が生ずるおそれ」があると認められれば、提出義務を免れることになる。もし「看過しがたい不利益が生ずるおそれのある場合」が保護法の「業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合」よりも広いとすれば、前者には該当するが後者には該当しない場合がありうることになり、その場合には、情報の本人が生存して当事者となっている場合には220条2号により提出が命じられるが、死亡して相続人が当事者となると提出は命じられないことになる。(α)個人情報保護法による情報開示請求権の独自の意義を文書提出命令の場面でも承認すべきであるとすれば、上記の違いは肯定すべきことになる。他方で、(β)訴訟係属中に当事者が死亡した場合に、提出命令を発すべきか否かを判断する時期と当事者の死亡時期との前後という偶然的事情により結果に差異が生ずることにも抵抗を感ずる。私見は後者(β)に傾いている。ただ、両者の関係を論定するのは、まだ早すぎよう。当分は、両者の関係は不明瞭であるとしたまま、それぞれの規定の趣旨にしたがって、除外事由に該当するか否かを判断していくべきである。

司法協力義務と訴訟準備成果物の保護
文書提出義務の基礎をなすのは、より多くの証拠に基づいて適正な裁判がなされるように司法に協力する義務(司法協力義務)である。ところで、民事訴訟では、各当事者が自己に有利な裁判資料を自発的・積極的に提出することにより事件の適正な解決に必要な裁判資料が収集されることが期待されているのであるから、訴訟準備のための努力の成果は、自ら法廷に提出したもの以外は相手方に開示する必要はないという形で保護する必要がある。したがって、訴訟の準備のために当事者またはその依頼を受けた弁護士等が作成した文書については、高度な自己利用文書性が認められるべきである([伊藤*2000b]415頁が詳しく論じている)。

司法協力の要請も、訴訟準備成果物の保護の要請も、いずれも適正な裁判の実現という同じ目的に向けられた要請であるが、作用の仕方は逆である。両者の調整は、訴訟準備成果物の範囲をどのように設定するかにより図られる。訴訟準備成果物に該当するのは、当事者およびその依頼を受けた弁護士・公認会計士などが当該訴訟またはこれと関連する他の訴訟の準備のために作成し、これらの者が所持する文書である。他方、紛争発生過程で生じた文書は、訴訟成果物の基礎として利用された場合でも、訴訟準備成果物には該当せず、紛争の適正な解決のために原則として両当事者の利用に供されるべきであり、文書提出命令の対象となりうる([伊藤*2000b]424頁)。また、訴訟準備成果物も、所持者たる当事者またはその訴訟代理人が引用すれば、1号により提出命令の対象となる。

強制的に収集され得た情報が記載された文書
刑事事件文書の多くは、(α)その多くが公権力に基づき強制的に収集された情報が記載されていること、及び(β)強制力が行使されていない場合でも、国民の犯罪捜査への任意の協力を確保する必要があることを考慮して、4号ホが提出義務除外文書としている。刑事事件文書ではないが、前記(α)が妥当する文書は、どのように扱うべきであろうか。そのような文書として、労働基準監督官が労災事故について労働安全衛生法91条に基づき質問した結果得られた情報が記載された文書がある(回答拒絶に対しては、同法120条4号により50万円以下の罰金が科される)。質問の目的が、犯罪捜査ではないとしても、労災事故の再発防止という公益性の高い目的であることを考慮すると、前記(β)もおおむね妥当すると言ってよいであろう。その点からすれば、「労働基準監督官が労災事故について質問した結果得られた情報が記載された文書」は、刑事事件文書に近いということができる。

ここで重要なのは、現実に強制力を行使して収集されたか否かというよりも、強制力を行使して収集することができたということであろう。そこで、以下では、「強制的に収集され得た情報が記載された文書」という概念を立てて、その取扱いを検討することにしよう。強制的に収集され得た情報が記載された文書は、その特質に基づき、刑事事件文書と同様に、提出義務から除外されてよいはずである。ただ、刑事事件文書については、刑事訴訟法47条ただし書や刑事確定訴訟記録法4条1項・3項のような規定が用意されていて、それらの規定により「相当と認められる場合」といった要件の下で閲覧が認められる場合があることを考慮すると、同等の要件の下で、受訴裁判所が提出を命ずることができるとしてよいであろう。

なお、最高裁平成17年決定は、「調査担当者が職務上知ることができた本件事業場の安全管理体制,本件労災事故の発生状況,発生原因等の被告会社にとっての私的な情報」について、「本件文書には,被告会社の代表取締役や労働者らから聴取した内容がそのまま記載されたり,引用されたりしているわけではなく,本件調査担当者において,他の調査結果を総合し,その判断により上記聴取内容を取捨選択して,その分析評価と一体化させたものが記載されていること,(イ) 調査担当者には,事業場に立ち入り,関係者に質問し,帳簿,書類その他の物件を検査するなどの権限があり(労働安全衛生法91条,94条),労働基準監督署長等には,事業者,労働者等に対し,必要な事項を報告させ,又は出頭を命ずる権限があり(同法100条),これらに応じない者は罰金に処せられることとされていること(同法120条4号,5号)などにかんがみると,{1}の情報に係る部分が本案事件において提出されても,関係者の信頼を著しく損なうことになるということはできないし,以後調査担当者が労働災害に関する調査を行うに当たって関係者の協力を得ることが著しく困難となるということもできない」とした。刑事事件文書については、提出義務除外の根拠とされた事情(強制的な情報収集)が、ここでは提出義務肯定の根拠(引用部分の(イ))とされている点にとまどいを感ずる。どのように整理すべきかに悩むが、一つの整理の仕方は次のようなものであろう。刑事事件文書を提出命令の対象外としたこととの根拠との整合性をとるならば、(イ)は提出義務の根拠付けとして用いるのではなく、提出義務の限定の根拠付けとして用いるべきである;すなわち、「(イ)のような強制力により取得された情報が記載された文書であるが、適正な裁判の実現という目的の達成に必要な範囲では、提出義務を免れない。ただし、提出義務が生ずる範囲は、文書に記載された情報が強制的に取得されたものであることを考慮するならば、適正な裁判の実現に必要な範囲にとどめるべきであり、かつ、当該文書に情報提供者の氏名等が記載されている場合には、その者に不利益が生じないように、適当なマスキングをすることも許される」と説明されるべきであると考えたい。

他の法律の規定による提出義務
文書提出義務が民事訴訟法以外の法律で定められている場合がある。それらの位置付けについては見解が分かれているが[9]、いずれにせよ、220条の要件面での特則であり、各規定の要件が充足される限りいずれの規定に基づいても提出命令を申し立てることができ(並列適用説)[51]、また、221条から225条の適用を認めるべきである[16]。

7.3 文書提出命令の手続(221条−223条、規則140条−141条)

申立て
挙証者は、自己が所持しない文書について、その提出を所持者(相手方当事者または第三者)に命ずること(文書提出命令)を裁判所に申し立てることができる。文書提出命令の申立ては、下記の事項を明らかにして(221条1項・222条1項)、書面でしなければならず(規140条1項)、相手方の意見陳述も書面による(規140条2項)。文書提出命令を発すべきか否かについて、複雑な判断が必要だからである([条解*1997a]299頁以下)。
識別事項による特定の場合の文書特定手続(222条
提出されるべき個々の文書の表示と趣旨を明らかにすることが著しく困難であるときは、識別事項を明らかにする方法により提出対象の文書を特定することができる(222条1項前段)。この場合には、裁判所に対し、識別事項に該当する文書の表示と趣旨を文書所持者が明らかにすることを求めるよう申し出なければならない(同項後段]81])。この申出があった場合には、裁判所は、文書提出命令の申立てに理由がないことが明らかな場合を除き、文書所持者に対し、該当文書の表示と趣旨を明らかにすることを求めることができる。文書所持者は、該当する個々の文書ごとにその表示(標題)と趣旨(概要)を記載した一覧表を提出するべきである。裁判所は、そのリストを申立人に閲覧させ、申立てを補正させる。

文書所持者が裁判所の求めに応じないために、識別事項に該当する文書の表示と趣旨が明らかにならない場合の取扱いについては見解が分かれている(詳しくは、[高橋*2002a]345頁以下参照)。
  1. 却下説  識別事項による特定では不十分であることを前提にして、提出命令の申立てを却下せざるを得ないとする見解([法務省*1998a]263頁、[高橋*重点講義・下v2.1]144頁(立法の不備であるとする))
  2. 発令説  文書特定手続は、識別事項による特定のまま提出を命じられることにより所持者に生ずる負担を軽減するための手続であり、特定手続に応じない所持者は負担軽減の利益を放棄したのであるから、識別事項による特定のまま又はこれに絞りをかけて提出命令を発するべきであるとする見解([伊藤*民訴v4]406頁、[梅本*民訴v4]855頁)。

文書提出命令の制度の機能を維持するために、発令説を採るべきことはいうまでもない。文書の特定が識別事項による特定で足りることは、(α)文書の表示と趣旨を明らかにすることが著しく困難であること(必要性)、及び(β)対象文書を表示と趣旨により特定させるために、必要な情報を開示する機会を文書所持者に与えたにもかかわらず、彼がそれを利用しなかったこと(許容性)により、十分に正当化される(こうした理解に批判的な見解として[高橋*2002a]346頁がある)。

この立場を前提にすれば、裁判所は、申立人から222条1項後段の申出がある場合でも、例えば(α)該当する文書の数量が少ないために該当文書を全部提出することを命じても所持者に生ずる不利益が小さいと認められる場合、あるいは(β)識別事項の明確性、文書の性格、事案の特質及び当該文書の証拠としての重要性等を考慮して、全部を提出させる必要があると認める場合には、所持者に表示と趣旨の開示を求めることなく識別事項に該当する文書全部の提出を命ずることができると解すべきである。前述の最高裁判所 平成13年2月22日 第1小法廷 決定(平成12年(許)第10号)の事案は、後者(β)に該当する場合であったために、特定手続を経ることなく提出命令が発せられたと評価したい。 

審理と裁判
第三者に対して文書提出命令を発するときには、第三者を審尋しなければならない(223条2項)[64]。

裁判所は、提出を求められた文書の中に取り調べる必要がない部分又は提出義務があるとはいえない部分があると認めるときは、その部分を除いて、提出を命ずることができる(223条1項2文)。1通の文書の記載中に提出の義務があると認めることができない部分があるときでも、同様である(最高裁判所平成13年2月22日第1小法廷決定(平成12年(許)第10号))。この場合には、原本ではなく、記載の一部を隠した写しを提出すればよいとしなければならない。提出された写しと原本中の提出すべき部分との同一性の確認が必要な場合には、その確認は、223条6項のインカメラ手続に準じて裁判所が行うべきである。

一般的提出義務を原因とする申立てについての特則221条2項・223条3項−6項)
)提出命令は裁判所の国民に対する権力行使であり、できるだけ少ないことが望ましいので、4号による提出命令の申立ては、当該文書の入手が他の方法により可能な場合にはすることができない(221条2項。226条ただし書と同趣旨である)。文書所持者が行政機関の場合でも、手続負担(特に文書所持者の負担)を考慮すると、当事者が訴訟手続外で入手できるものは、訴訟手続外で入手して提出することが好ましい。例([法務省*1998a]257頁参照):
)提出義務から免除される文書に該当するか否かを判断するために、文書所持者が裁判所に文書を提示し、裁判所がそれを他に開示することなく判断することが認められている(223条6項。非公開の手続であり、しばしば「イン・カメラ手続」と呼ばれている)[30]。この場合に、裁判所は必要であれば、文書を一時保管することができる(規141条)。

公務秘密文書についての特則223条3項−5項)
公務秘密文書については、さらに特則がある。一般的提出義務を原因としてその提出命令の申立てがなされた場合には、監督官庁の意見聴取が必要である(3項)。外交上の理由または公共の安全秩序維持を理由に公務秘密文書に該当するとの意見が述べられた文書(高度秘密文書)については、裁判所は、その意見を尊重しなければならない(4項。正確には、「その意見について相当の理由があると認めるに足りない場合に限り」文書の提出を命ずることができる)。[72]

公務秘密文書が第三者の技術又は職業の秘密に関する事項に係る記載を含む場合には、監督官庁は、あらかじめ当該第三者の意見を聴いたうえで、自己の意見を裁判所に述べる(5項)。ただし、公益侵害等のおそれがある旨の意見を述べようとするときは、その理由により提出を免れる可能性が高いので、第三者の意見を聴く必要はない。しかし、公益侵害等のおそれを理由とする提出拒絶が認められなかった場合には、当該第三者の意見を聴いて、再度意見を述べるべきであり、その可能性があると予想される場合には、当該第三者の意見をあらかじめ聴いて意見を述べる方がよい。

不服申立て223条7項)
証拠の採否に関する決定は独立の不服申立てができないのが原則であり、文書提出命令の申立てについても、証拠調べの必要性がないことを理由とする却下決定に対しては、独立の不服申立ては許されない(最高裁判所平成12年3月10日第1小法廷決定(平成11年(許)第20号)、[注釈*1998b]202頁)[53]。しかし、その他の理由で申立てを却下する決定については、提出義務の存否について複雑な判断が必要な場合が多いこと、また、当該文書の提出がその後の審理に与える影響が大きいことを考慮して、独立の不服申立てが認められている。

)申立てを認容する裁判に対しては、提出を命じられた者が即時抗告をすることができる。第三者に対する提出命令に対しては、相手方当事者は抗告の利益を有しない(最高裁判所平成12年12月14日第1小法廷決定(平成11年(許)第36号)、[伊藤*民訴v4]418頁注398。ただし、学説上は、反対説も有力である([高橋*重点講義・下v2.1]207頁以下))。

)申立てを却下する決定に対しては、申立人が抗告権を有する。ただし、受訴裁判所が文書提出命令の申立てを却下する決定をした上で即時抗告前に口頭弁論を終結した場合には、もはや申立てに係る文書につき当該審級において証拠調べをする余地がないから[52]、この決定に対し口頭弁論終結後にされた即時抗告は不適法である。この却下決定は、終局判決前の裁判として控訴裁判所の判断を受ける(283条ただし書の適用を受けない)(最高裁判所平成13年4月26日第1小法廷決定(平成13年(許)第2号))。

文書提出命令違反の効果(224条・225条)
提出命令においては、文書を提出すべき期限または期日を指定する[54]。指定された期限内にまたは期日に提出されないと、提出命令違反となる。提出命令を受けた者が訴訟当事者であるか否かに従い、次の制裁が科せられるべきである。もっとも、命令違反があればただちにこれらの制裁が課せられるわけではない。まず、条文上は明示的ではないが、何れの制裁も、提出命令が確定していることを前提にしていると解すべきである[89][90]。また、提出期限又は期日後に提出することにより制裁を免れる場合がある。
)第三者が文書提出命令に従わない場合には、20万円以下の過料の制裁が科される(225条)。過料の決定がなされる前に文書が提出されれば、過料の制裁を免れると解すべきである。また、過料の決定後・口頭弁論終結前に文書が提出されれば、裁判所は過料の決定を取り消すことができるとする見解もある([条解*2011a]1255頁(230条3項の類推))。
)当事者については、過料等の制裁を科すより、敗訴の危険を負わせる方が合理的であるので、確定した提出命令に従って口頭弁論終結までに文書を提出することを怠れば、彼に次の不利益が課せられる。
  1. 主張された記載内容の認定  裁判所は、当該文書の記載に関する挙証者の主張について確信を持つに至らない場合でも、それを真実と認めることができる(証明度の低減)(224条1項)。文書が滅失しているために提出できない場合には、1項の適用はない。しかし、当事者が相手方の使用を妨げる目的で提出義務のある文書を滅失させ、その他これを使用できなくした場合には、裁判所は、1項の場合と同様に、当該文書の記載に関する挙証者の主張を真実と認めることができる(同条2項)。224条2項にいう「提出の義務のある文書」は、民訴220条等で提出義務があると定められている文書であり、提出命令の告知前に滅失させた場合であっても、使用妨害目的があれば、適用される([注釈*1998b]204頁(高田昌宏))。提出命令の告知後に文書を滅失させれば、妨害目的を強く推定してよい。法令により保存義務のある文書を提出できない場合には、火災・水害等により滅失した場合を除けば、使用妨害の目的が推定されることが多いであろう。
  2. 記載内容により証明すべき事実の認定  224条1項・2項において裁判所が真実と認めるのは、具体的な記載内容に関する主張である。ところが、その記載内容を具体的に主張すること自体が著しく困難な場合もある。その場合には、当該文書により証明すべき事実を他の証拠により証明することが著しく困難であるというもう一つの要件が充足されれば、裁判所は、提出義務を負う当事者が提出命令に違反したことを考慮して、証明すべき事実に関する主張を真実と認めることができる(224条3項)[39][88]。ただし、提出命令違反がある場合でも、挙証者が提出した他の資料から要証事実について推認可能な場合には、224条3項を適用せずに、提出された資料から推認する。この推認に際しても、相手方が提出命令に従わなかったことを考慮することができる[92]。

')文書を所持する第三者が訴訟当事者のプライバシー等の保護を理由に提出を拒絶し、訴訟当事者の同意書がないことを理由に提出命令に従わない態度を示す場合には、当該訴訟当事者に同意書の提出を促し、それに応じない場合には、224条を類推適用して、相手方の主張を真実と認めることができるとしてよいであろう(訴訟当事者に同意義務がない場合には、第三者に対する文書提出命令は発せられないことを前提にする)。ただし、その前提として、提出命令に対する不服申立手続に関与する道が当該訴訟当事者に開かれていることが必要である(前述「訴訟当事者の同意義務」の項参照)。

人事訴訟では、真実の発見が重視され、224条の適用は排除されている(人訴19条)。

文書不所持の虚偽陳述は再審事由になるか
338条1項5号は、「刑事上罰すべき他人の行為により」「判決に影響を及ぼすべき攻撃若しくは防御の方法を提出することを妨げられたこと」を再審事由の一つとしている。文書を所持している者が文書を所持していないとの虚偽の陳述をして提出命令を免れた場合に、それが5号の再審事由に該当するかを考えてみよう。証拠の申出も攻撃防御方法の一つであるから、第2の要件要素を充足することは明らかである。問題は第1の要素である。発令申立手続において口頭弁論を開き、文書の所持について関係者の尋問を行うことにより第1の要素を満たすことができるかを検討してみよう。
  1. 文書所持者が訴訟当事者の場合
    1. 個人である文書所持者本人又は法人である文書所持者の代表者については、証人尋問ではなく当事者尋問が行われるべきであり、この場合の虚偽の陳述に対する制裁は過料(209条)にとどまり、刑事罰の対象とはならない(刑法169条参照)。
    2. 法人たる文書所持者において実際に文書を管理をしている者(代表者以外の者)の証人尋問を行い、その者が「文書を現在所持していない」との虚偽の証言をし、裁判所がその証言を信用して文書提出命令を発しなかったのであれば、第1の要件要素も充足される。文書所持者が個人の場合でも、そのものが事業を行っていて、所持者以外の者も文書の所在について知識を有するときは、その者を証人として尋問する余地がある。
  2. 文書所持者が訴訟当事者でない場合  この場合には、その者に対して文書の所在について尋問する場合に、当事者尋問の方法によるべきか、証人尋問の方法によるべきかが問題となる。文書所持者は訴訟当事者ではないが、文書提出命令の手続に関しては当事者であり、その手続で任意的口頭弁論を開いて尋問をするとなれば、当事者尋問の方法によるべきであろう。これを前提にすると、この場合も、前記1の場合と同じになる。

したがって、こうした厳重な方法(前記bの方法)で、文書を所持しているか否かを確認し、偽証により文書提出命令の発令が妨げられた場合には、そのことは338条1項5号の再審事由になると解すべきである。

以上のことは、現行法の解釈論として比較的素直に受け入れられるであろう。ただ、証拠としての文書の重要性に鑑みれば、そして現実に文書の所持について虚偽の陳述がなされる例(それも、公務員の虚偽陳述の例)があることを考慮すれば、文書所持者本人あるいはその代表者が、宣誓の上、文書不所持の虚偽陳述をした場合にも、再審事由になると解すべきであり(338条1項5号の拡張解釈)、5号の規定もその方向で改正すべきである。

情報主体の手続保障
例えば、Aのプライバシーや技術・職業上の秘密に関する情報を記載した文書をBが所持している場合に、文書提出命令はBに対して発せられる。ところが、その文書が提出されることにより大きな打撃を受ける情報主体Aは、提出命令の手続の当事者ではない。Aの手続保障(提出を命じられている文書に記載されている情報の主体の手続保障)をどのように図るかが問題となる。

223条5項は、公務員の職務上の秘密に関する文書について、第三者の利益保護を図る必要性を認めているが、監督官庁が裁判所に意見を述べるに際して当該第三者の意見を聴くことに止まっている。これでは不十分である。

情報主体の利益保護のために、より強力な保護手段が彼に認められるべきである。彼は、文書提出命令の申立手続に補助参加し、その中で自己のプライバシーや技術・職業上の秘密の利益を守ることができるべきであり、従って、当該文書が220条4号ハに該当することを主張できるものと解したい。判例が、第三者に対する文書提出命令に対して挙証者の相手方は不服申立権を有しないとしていることを前提にすると、情報主体が訴訟当事者の場合でも、同様に、補助参加を許すべきである。

文書提出命令の拡張(1)──文書作成命令を含む文書提出命令([栗田*2013a]574頁以下)
文書は、一般に、「裁判官が直接閲読可能な形態で、文字またはこれに準ずる符号によって作成者の思想が表現されているもの」と定義されており、そこからは電磁的記録物は除外されている。準文書は、「図面、写真、録音テープ、ビデオテープその他の情報を表すために作成された物件で文書でないもの」と定義されており(231条)、その例示から明らかなように、文字データから構成される電磁的記録物は除外されている。電磁的記録内容をプリントアウトした紙を証拠調べの対象とすれば足りると考えられているからである。これらのことを前提にすると、ハードディスクなどに記録されている情報については、文書提出義務に付随して文書作成義務が存在することを承認しなければならない。ハードディスクに記録されている情報が暗号化されている場合には、特に重要である。文書提出命令は、通常は、既に所持している文書の提出命令であるが、上記のように、文書の形式で存在しない人の思想の記録については、文書提出命令は、その思想を記載した文書を作成し(暗号化されている場合には、その暗号を解いて文書を作成し)、その文書を提出することの命令となる。換言すれば、電磁的記録の所持者は、文書提出命令に対して、その内容を記載した文書(紙)を所持していないことを理由に提出を拒むことができない。

準文書提出命令──文書内容である電磁的記録の提出命令
文書の内容が電磁的記録の形で存在する場合には、その内容を印字した紙(文書)を証拠調べの対象とするのが原則である(通常は、それで足り、それが便利であるという意味である)。文書提出命令もそれを前提にしているが、電子的記録の提出を命ずることが適切な場合には、電磁的記録物又はその写しの提出を命ずることも許される(例えば、大量の文書中のキーワードを検索する必要がある場合に、挙証者がまず検索して、その結果にしたがって裁判官に閲読を求める部分を特定する必要がある場合がそうである)。これは、準文書の提出命令である。もちろん、ネットワークを通じた送信の方法による提出を命ずることもできるとすべきである。電磁的記録の暗号を解く方法を記録物の所持者ではなく挙証者が知っている場合にも、電磁的記録ないし記録物自体の提出を命ずることが必要となろう。

文書提出命令の拡張(2)──鑑定人に利用させるための提出命令
鑑定人には、鑑定に必要な基礎資料を得るために、規則133条により、証人又は当事者に対する発問請求権・質問権が認められている。しかし、当事者又は第三者が所持する文書又は準文書を鑑定のための基礎資料として利用することが必要になる場合もあろう。文書提出命令の制度は、本来は、提出された文書について裁判官による証拠調べ(閲読)を求めるための制度であるが、鑑定の基礎資料の入手手段として利用することも認めるべきである(それでも、職権での提出命令は許されず、当事者(通常は鑑定の申出をした当事者)からの申立てが必要とすべきである)。この場合に、膨大な数値データの処理が必要な場合等には、電磁的記録自体の提出命令(準文書提出命令)も許されるべきである。裁判所は、提出された数値データ自体を取り調べる必要はない点で、通常の提出命令と異なる。

文書提出命令の拡張(3)──調査報告命令の代替としての文書提出命令([栗田*2013a]575頁以下)
既にある情報を基にして新たな情報を作出して、それを記載した文書を提出することは、本来は文書提出の概念は含まれず、調査報告の概念に含まれる。しかし、現行法は、調査報告については、調査の嘱託(186条)のみを規定して、調査報告命令の制度を設けていない。調査報告は、文書の提出と比較して、報告する者にかかる負担が大きいので、嘱託にとどめたものと思われる。しかし、情報処理技術が進歩した現在、既にある情報を基にして裁判で必要とされる新たな情報を作成することが大きな負担にならない場合もあろう。ただ、現行法上は、文書提出命令の制度があるにとどまるので、これの拡張という形で適正な裁判の実現の需要に応えざるをえない。文書提出命令の拡張として、「命令を受ける者の手許に現にある情報を基にして新たな情報を作出して、その情報を記載した文書を提出すること」を命ずることも許されると解したい([栗田*2013a]参照)。例えば、大学が個々の学生の成績を記録したデータベースを管理していて、学生全体の平均点、成績の分布あるいは個々の学生の偏差値は、必要に応じてコンピュータで自動的に作成するものとし、電磁的記録としては保持していないものとしよう。そして、大学が現に保持している特定の学生の成績のみならず、平均値や分布、偏差値も判決の基礎資料とする必要が生じたとしよう。このような場合、もしデータベースに現に格納されている電磁的記録のみが提出命令の対象になるとすれば、平均値や分布、偏差値を算出することは訴訟当事者のする作業となり、その作業をする前提として全部の学生について、その氏名・学籍番号等を省略した成績の電磁的記録を提出することを大学に命ずることになる。しかし、それではかえって電磁的記録所持者の負担となろう。この場合には、既にある情報を基にして新たな情報(平均値や分布、偏差値)を生成して、それを印字した紙(文書)を提出することを命令する方がよい。

7.4 文書送付の嘱託(226条

意 義
裁判所は、当事者の申立てに基づき、事実の認定のために必要な文書あるいは必要となることが予想される文書所持者にその送付を嘱託(依頼)することができる。嘱託を受けた者は、裁判に必要な文書として裁判所を信頼して裁判所に送付するのであるから、当事者が所持者に直接依頼しても入手することのできない文書も、この方法により入手することができる。交通事故などについて警察官が作成する調査書、登記所や市役所・町村役場の保管文書などがその例である。文書提出命令よりも命令性(権力性)の弱い平和的な文書入手方法であり、提出命令の対象となる文書についても送付嘱託をすることができる。しかし、当事者が法令により文書の正本・謄本の交付を求めることができる場合には、当事者自らが交付を求めて、それを提出して書証の申出をすべきである(226条ただし書)。送付嘱託の申出を却下する裁判に対する独立の不服申立ては認められていない。この場合には、その文書が文書提出命令の対象となるものであれば、文書提出命令を申し立てることができる(これを却下する裁判に対しては、223条7項により即時抗告可能)。

嘱託を受けた者(受嘱託者)の義務
文書所持者は送付嘱託を受けたことにより義務を負うかについては、見解は分かれている。()具体的義務を負わせる規定がない限り文書所持者は送付義務を負わないとする見解([門口ほか編*2004a]79頁以下(古閑裕二))もあるが、()次のような内容の義務を負うと考えるべきである。
  1. 応答義務  嘱託を無視することは許されず、嘱託に応ずることができない場合には、自己が正当と考える理由を付して拒絶の回答をしなければならない。
  2. 送付義務  受嘱託者(嘱託を受けた者)は、正当な理由があれば拒絶することができるが、正当な理由がなければ送付しなければならない。

これらの義務は、適正な裁判の実現にあたる裁判所に対する義務であり、裁判協力義務(他人間の裁判に協力する義務)の一種である。義務違反に対して、直接的な制裁は用意されていない。間接的な制裁として損害賠償請求が考えられるが[93]、それを論ずる意味はほとんどない。挙証者は文書提出命令の申立てをすればよいからである。また、相手方に不服申立ての機会が与えられている提出命令の手続を経ることなく、挙証者が送付嘱託に応じなかった文書所持者に対して損害賠償請求訴訟を提起することは許されるべきでない。

正当な拒絶理由
受嘱託者は、正当な拒絶理由があれぱ、文書の送付を拒絶することができる。何が正当な拒絶理由となるかの議論は十分になされているとは言えないが、少なくとも、文書提出義務を負わない場合にまで送付義務を負わせることはできないから、一般的提出義務の除外理由(220条4号イからホ)に相当する理由は正当な拒絶理由と解すべきである。

不起訴事件記録中の供述調書については、検察庁は、捜査・公判に支障が生ずるおそれがあること、あるいは関係者の名誉・プライバシーを侵害するおそれ等を考慮して、重要な争点に関するほぼ唯一の証拠であること等のいくつかの要件が充足される場合にのみ送付嘱託に応ずるとの基準を示している。「不起訴事件記録の開示について」中の「民事裁判所から不起訴記録の文書送付嘱託等がなされた場合」[111]参照。

訴訟当事者の同意書
送付嘱託を受けた者が、文書に記載されている情報の主体のプライバシー等の保護のために、その者の同意書がなければ送付できないと述べる場合がある。その情報主体が訴訟当事者(挙証者の相手方)である場合には、裁判所は同意書の提出を促すことになるが、文書送付嘱託の手続は、同意義務の存否まで確定することができる手続にはなっていないので(不服申立制度が用意されていないので)、同意がないことをもって直ちに224条の類推適用を正当化することはできず、挙証者は、提出命令の申立てをすべきであろう。ただし、同意しないことが弁論の全趣旨の一部として斟酌されることはある(調査嘱託の事例であるが、名古屋地方裁判所平成14年1月29日民事第1部判決(平成12年(ワ)第929号)参照)。

準備的申立てであること
送付嘱託の申立ても、書証の準備的な申立てであり、嘱託に応じて送付された文書が直ちに証拠調べ(裁判官による閲読)の対象となるわけではない。挙証者は証拠調べに必要な部分を選択して、証拠説明書ならびに写しを作成して、その部分の証拠調べを申し出る。裁判所は、送付された文書を相手方にも提示して、相手方にも書証の本申出の機会を与えるべきである。

提出・送付の方法
提出命令または送付嘱託を受けた者は、「裁判官が直接閲読可能な形で文字その他の符号で記載されたもの」(通常は、その内容が記載された紙)を裁判所に提出または送付する。しかし、提出者が当該文書をデジタルデータ(電磁的記録)の形式で所持していて、それを印刷するとかなりの分量の紙が必要となる場合等に、提出者等が希望する場合には、送信の方法や電子メディア(電磁的記録物)を郵送する方法で提出することを許し、当事者が必要な部分を適宜ブリントアウトして本申出をする(裁判官の閲読を求める)ということも許してよい。その場合に、提出者等は、このような方法で提出する情報(電磁的記録)について、情報の拡散を防止するために、利用可能な期間を制限する等の技術的措置を施して提出することが必要な場合もありうる。証拠調べ及び記録の保存に支障を生じない範囲では、それも許容すべきである。

7.5 本申出

本申出
挙証者が所持する文書については、書証の申出は、口頭弁論期日に行う。その前に、裁判所および相手方に証明すべき事実との関連性を吟味する機会をあらかじめ与え、書証申出の期日に証拠整理の役に立てるために、書証の申出をする時までに次のものを裁判所に提出する(裁判所のために1通、相手方のためにその数の通数)。
これらのものは相手方に直送することもできるが、ファクシミリを使用する場合には、読みにくくならないように注意しなければならない(規則137条)。書証の申出をする期日までにこれらのものを提出または直送しなければ、書証の申出は不適法となる。

立証趣旨
「立証趣旨」の語は、規則137条1項で無定義で使われているが、規則99条1項の「証明すべき事実およびこれと証拠との関係」を意味すると解される[80]([裁判所職員総研*2005a] 187頁、[長谷部*民訴v2]202頁。他方、[梅本*民訴v4]840頁は、「証明すべき事実」とする)。もっとも、弁済の事実の立証のために領収書を提出する場合のように、「証明すべき事実と証拠との関係」が自明の場合も多々あり、その場合には、「証明すべき事実」のみを記載すれば足りる。

文書の写しの閲読の意味
当事者がその所持する文書の証拠調べの申出をする場合に、裁判所に立証趣旨の関連性を吟味する機会をあらかじめ与えるために、その文書の写しを裁判所に提出すべきものとされている。裁判所は、写しを閲読して証拠調べが不要であると判断した場合には、期日においてなされる書証の申出を却下することになるが、それでも写しの内容は、裁判官の記憶に残り、結局のところ当該文書を証拠調べしたのと同じにことにならないかという疑問が湧く。この疑問は、≪証拠調べの完了後は、取調べの結果を裁判官の記憶から消去することはできないので、証拠の申出の撤回は許されない≫との説明に接すると、さらに強まろう。

しかし、この場合でも、写しの閲読は文書の証拠調べと等価ではないと考えてよい。それは、次の理由による:(α)文書の閲読にもさまざまな段階があり、事実認定の資料とするために精読する場合と、証明すべき事実との関連性を判断するために閲読する場合とでは異なる;(β)裁判官は写しを閲読しただけであり、文書の成立の真正については証明がなされていないのであるから、このことが写しの閲読の結果を無視して事実認定をおこなうことを可能にする心理的要因となる;(γ)多くの場合は、写しの閲読の結果、要証事実との関連性が薄いために取調べの必要がないと判断された文書について、その証拠調べの申立てが却下されるのであるから、その文書を読んだところで事実認定には影響しない。

文書の返還と留置(227条
当事者が提出した文書、文書提出命令により提出された文書、送付嘱託により送付された文書は、裁判所が閲読した後、提出者あるいは送付者に返還する。訴訟記録には、当事者が提出した写しを編綴する。ただ、提出された文書(特に原本)を裁判所が繰り返し閲読する必要がある場合もあり、また、裁判所に保管して原本の改変を防ぐ必要がある場合もある。このように証拠調べのために必要がある場合には、裁判所は提出・送付に係る文書を留め置くことができる。留置の必要がなくなれば、その時点で速やかに返還する。

7.6 文書の証拠力

文書の成立の真正

形式的証拠力

実質的証拠力
形式的証拠力と実質的証拠力
文書は、前述の定義により、特定の者の思想の表明物として証拠価値をもつ。文書上の思想の表明者を作成者という。証拠価値は、次の2つの局面に分けて判断される。(α)文書が、挙証者により作成者であると主張されている者の思想(意思・認識・感情等)の表明であること。これを形式的証拠力という。(β)文書の内容が要証事実の認定に役立つこと。これを実質的証拠力という。一般に「文書は、形式的証拠力が確認されて初めてその内容が要証事実の認定に役立つ」と言われているが、これは、特定人の思想を証拠資料とする場合についての立言である。後述のように、作成者を具体的に特定しなくても文書(準文書)に記載された思想を証拠資料とすることができる場合もある。「形式的証拠力の確認が必要か否かは証明すべき事実に依存するが、通常は、特定人がどのような思想を表明したかが重要であるので形式的証拠力の確認が必要となる」と言うべきである。

形式的証拠力と文書の成立の真正(228条−230条)
文書が作成者の意思に基づいて作成されたことを、文書の成立の真正という。これは、形式的証拠力と密接な関係があるが、概念的には区別される。文書の形式的証拠力は成立の真正を前提にし、文書の真正が肯定されれば、通常は形式的証拠力も肯定される(ある者の意思に基づき作成されたのであれば、その者の思想が記載されているのが通常であり、そのように推定すべきである)。しかし、両者が分離する場合もある([裁判所職員総研*2005a]205頁、[高橋*重点講義・下v2.1]128頁参照)。例えば、
もっとも、形式的証拠力を文書の成立の真正と同義とする文献もある(例えば、[中野=松浦=鈴木*2004a]315頁(春日偉知郎))。[77]

作成者を特定できない文書
文書は、通常は、特定人の思想を記載したものとして証拠価値を持つ。そのような場合に、文書の作成者が不明であると、そのことのみによりその文書は証拠価値を欠く。また、文書に記載された内容が実験結果の報告であり、特定人の思想であることが重要とはいえない場合であっても、作成者不明のままであると、その信用性は低く評価される[70]。

しかし、そこから更に進んで、≪文書の作成者を特定できない場合には、文書としての証拠価値はなく、検証により取り調べるべきである≫[23]とするのは行き過ぎである。例えば、(α)特許訴訟では、先行する公知技術の存在が問題となるが、その証明に用いる限り、当該技術の説明文書の公表時期が重要であり、説明文書の作成者が誰であるかは重要ではない。また、(β)原告の名誉を侵害する匿名の文書が被告の発行する雑誌に掲載されたこと、あるいは、被告の管理する掲示板に原告の名誉を毀損する書込みがなされ、それを被告が削除することなく放置していることを理由とする損害賠償請求訴訟において、その文書や書込みの作成者を特定できないことを理由に、その文書を検証の対象とするのは適当ではない。裁判官は、いずれの場合にも、その言語表現物を閲読してその内容を証拠資料とするのであるから、証拠調べの方法は、書証である[68]。ただ、前述の文書概念のすべての要件を満たしているわけではないから、準文書として扱い、作成者を特定できない、ないし特定する必要がないという特性を考慮した取調べをするだけである[14]。

成立の真正の証明228条
挙証者は、作成者を特定して、その者の意思に基づいて作成されたこと(成立の真正)を主張し、相手方が争う場合にはそのことを証明する責任を負う。文書の成立の真正を挙証者の相手方が否認する場合には、彼はその理由を明らかにしなければならない(規145条)。例えば、「自分が作成した文書ではなく、文書に押されている印章は自分が通常使用するものではない」と主張する。

成立の真正が争われた場合には、挙証者は、文書の成立の真正を証人尋問・当事者尋問その他の方法により証明しなければならない。この場合について、法は次の推定規定をおいている。いずれも補助事実についての推定であり、挙証者の相手方は反証をもってこれを動揺させれば足りる(通説:[裁判所職員総研*2005a]206頁、[高橋*重点講義・下v2.1]136頁。ただし、反対説もある)。
文書の成立の真否は、筆跡の対照によっても証明することができる(229条)[84]。筆跡対照用の文書についても、提出命令の申立てが可能である(同条2項)。適当な筆跡がなければ、相手方当事者の筆跡が問題となっている場合には、裁判所は相手方に対照用文字の筆記を命ずることができ(同条3項)。相手方がこの命令に従わない場合、または、相手方が書体を変えて筆記したときは、裁判所は、挙証者の主張を真実と認めることができる(同条4項)。ただし、人事訴訟では、真実の発見が重視されるので、229条4項の適用が排除されている(人訴19条1項)。

いわゆる電子署名は、228条にいう「署名」にも「押印」にもあたらないが、電子署名法が施行された平成13年4月1日からは、情報を表すために作成された電磁的記録(公文書を除く)は、それに記録された情報について適正に管理された本人による電子署名が行われているときは、真正に成立したものと推定される(同法3条)[R75][50]。公文書は、「方式及び趣旨」が推定原因であるので、デジタル情報の形で存在する場合でも228条2項の適用があり、電子署名を必要としない(ただし、インターネット上では偽造文書が流通する危険が一般の場合よりも高いので、できるだけ電子署名のある公文書を得ておくことが望ましい)[85]。

文書の成立の真正を真実に反して故意又は重大な過失により争った場合には、過料の制裁が科せられる(230条)。形式的な事項についての争いにより訴訟が遅延することを防止するためである。

成立の真正が争われ、証拠調べの結果から実際の作成者が異なることが判明した場合には、挙証者は、その文書を証拠とするためには、再度、作成者を特定し、その者が作成した文書として証拠申出をするのが本来である。もっとも、挙証者がA作成の文書として証拠申出をしたが、証拠調べの結果B作成の文書であることが判明した場合の取り扱いについては、()その場合でも再度の書証の申出が必要であるとする見解と、()その必要はなく、証拠調べの結果明らかになった作成者が作成した文書として証拠資料にすることができるとする見解とがある。第1の見解は、形式的にすぎよう。第2の見解を採るべきである。裁判官がその文書をすでに閲読している場合には、作成者が誰であるかが証明された以上、証拠調べは完了しているとすべきであろう。

この問題の背後には、弁論主義の第三命題に関わるより本質的な問題、すなわち、「文書の作成者に関する当事者の主張に裁判所は拘束されるか」という問題がある。例えば、挙証者がある文書についてAが作成した文書として証拠調べの申出をしたが、証拠調べの結果B作成の文書であることが判明した場合に、挙証者も相手方もB作成の文書としての証拠調べは求めないとの態度をとっているにもかかわらず、裁判所はその文書をB作成の文書として証拠資料とすることができるかが問題になる([高橋*重点講義・下v2.1]130頁以下参照)。()通説はこれを否定する([高橋*重点講義・下v2.1]131頁以下)が、()肯定説も有力である。弁論主義の下で、何が判決の基礎資料になるかについて当事者に決定権(ないし主導権)が認められているとはいえ、文書の作成者が誰であるかは補助事実と位置づけてよく、この問題についてまで当事者に強い決定権を認める必要はないと思われ、肯定説に賛成したい。

形式的証拠力と証拠能力
形式的証拠力の問題は、証拠能力の問題と異なる。
実質的証拠力
処分証書については、その真正が認められると、通常は、それに記載された法律的行為を作成者がしたことが直接証明されたことになる。ただし、作成者の能力や詐欺・強迫・通謀虚偽表示は、別個に問題とされる。

報告文書の証拠力は、記載内容が信用できるか否か、および記載内容と要証事実との関連性に依存する。記載内容の信用性の判断にあたっては、一切の作成経緯(文書が誰の思想の表明として・誰が・何時・どこで・どのような状況下で・どのような目的で作成したか)が考慮される。

受取証は、報告文書に分類されるが([兼子*体系v3]275頁)、債務弁済金の領収書については、金銭が実際に授受されたことを前提にして、その真正が認められると金銭が贈与金などではなく弁済金として受領されたことが直接証明されるとしてよいであろう。他方、金銭の授受の点については、報告文書にすぎない。

陳述書[R6]
報告文書のうちでよく見られるものは、訴訟開始後に作成された陳述書(主として当該事件の事実経過に関する報告書)である(このような文書にも証拠能力が肯定される。[高橋*重点講義・下v2.1]810頁以下参照)。これにより裁判所が事件全体の流れを早期に把握し、証人尋問等(証人尋問や当事者尋問)の数を減少させ、あるいはその実施を簡素にして、審理の負担を軽減することが目指されている([裁判所職員総研*2005a]209頁注1参照)。当事者双方に弁護士が訴訟代理人として付いている複雑な事件において比較的多く用いられる[74][75]。

作成者 訴訟代理人が陳述者の陳述を聴取し、その内容を整理しながら作成することもあれば、陳述者が自ら作成することもある。前者の場合でも、最後に陳述者が書面の内容を確認して署名押印する。後者の場合でも、訴訟代理人の指導の下に作成することがあり、指導の程度も千差万別であろう。いずれであるにせよ、当該陳述書は、陳述者の認識を記載した文書として通用することになり、陳述書に陳述者として署名・押印した者は、その内容に責任をもたなければならない。

内容  陳述書は、通常、陳述者が体験あるいは見聞した一回的事実を報告する文書である(これに対し、訴訟代理人が作成する準備書面は、通常、訴訟代理人が体験していない事実の主張を記載した書面である)。陳述書を作成する者が陳述者本人であるか訴訟代理人であるかにかかわらず、陳述者は、将来、証人尋問等(証人尋問あるいは当事者尋問)を受け、どのような弾劾証拠(特に録音テープ)を突きつけられるか分からないことを覚悟して陳述するのであり、自己の体験についての認識を正確に記載しようとする心理的重圧は大きい。

陳述書の利用方法  陳述書は、通常、過去の一回的事実の報告書面であり、ある程度時間的余裕がある状況で作成されるので。その内容が変更されることは少ない。この特質を利用して、陳述書は争点整理に役立てることができる[104]。また、陳述書が証人尋問等(の主尋問)において陳述されるべき内容を含んでいる場合には、その陳述書は、証拠調べの必要な者の選別に役立ち、かつ、主尋問を簡潔にすませることにより(例えば、主尋問において陳述書の内容に間違いがないかを確認するにとどめることにより)、反対尋問・補充尋問に多くの時間を配分するのに役立つ[105]。

訴訟代理人が主尋問の対象予定者に陳述書の作成を依頼し、それを証拠文書として裁判所に提出した後、あるいは提出と共に、その予定者の尋問を申請するのが通常のようである。その陳述書に記憶違い等による誤りがある場合に、その是正を促すことは許されよう。しかし、その陳述書に訴訟代理人から見て不都合な真実あるいは相手方の反論・反証の端緒となる事実[112]が含まれているときに、どうすべきか。陳述書の書直しを指示することは偽証教唆あるいはそれに準ずる不正行為と評価される虞があるので、この選択肢は通常は採用しないであろう。残る選択肢は、(α)尋問の申請を諦めるか、(β)陳述書を提出することなく尋問申請をするかである。後者の選択肢は、相手方当事者あるいは裁判所から、予め陳述書を提出することを求められると、不成功となるが、しかし、常に求められるとは限らないので、なお可能な選択肢である。一つの訴訟技術と見てよいであろう。この場合に、証人尋問終了後に予め作成されていた陳述書を提出させることができるかが問題となる。職権で提出させることは許されないが、相手方当事者の申立による文書提出命令により提出させることは一応可能であろう。次に問題になるのは、その陳述書を訴訟準備成果物と見るべきか否かである。一般論としては、訴訟準備成果物と見るべきであり、(α)の場合には提出義務はないと考えたい。しかし、(β)の場合には、陳述書の慣行が主尋問の簡略化による証拠調べの効率化の機能を有し、本来陳述書が提出されるべきであったことを考慮すると、訴訟成果物としての秘匿する利益は喪失されたと考えてよく、陳述書の所持者(訴訟代理人を含む)は提出義務を負うと考えてよいであろう。

争点整理のための資料としての利用  訴訟代理人が事実主張をする場合に、事件関係者から得られた陳述書を基礎にすることがある[106]。その場合に、陳述書は当該事実主張の証拠文書になり[107]、証拠文書は争点整理のために利用することができる(170条2項・182条参照)。しかし、陳述書に証拠価値がほとんどない場合もある。例えば、その陳述書が本人訴訟における当事者本人作成のものであり、事実主張が陳述書の引き写しである場合がそうである。

なお、当事者の陳述書と訴訟代理人の準備書面との間には次の相違があることに留意すべきである:(α)準備書面には主張が記載され、自白の拘束力や時期的な制限はあるものの、主張には適時提出主義の下で提出の自由(撤回及び補充の自由)が原則的に認められている;これに対して、陳述書は陳述者の記憶に残っている体験事実を再現したものとして証拠となるべきものであり、体験内容が同一である限り、陳述内容に変更が生ずることはないはずであり、内容の変更は陳述の正確性について疑念を生じさせる([高橋*重点講義・下v2.1]814頁参照);(β) 陳述書が文書証拠として用いられる場合には、その内容の真偽の確認のために陳述者を証人尋問等に付すことができ、そうなれば陳述者は反対尋問にさらされる;これに対して、準備書面が訴訟代理人よって作成された場合に、そこに記載された主張内容について訴訟代理人を証人として尋問することは、ほとんど考えられない(訴えの提起又は応訴自体が不法行為に当たると評価される場合は別であるが、それは希有のことである)。

裁判所は、口頭弁論期日において、訴訟関係を明瞭にするために、151条1項2号所定の者(当事者たる会社の従業員等)に陳述させることができる。当事者本人・法定代理人については、出頭を命ずることができ(同項1号)、出頭した当事者等に陳述させることができる。これらの者が口頭弁論に出頭して陳述することに代えて陳述書を提出することを望む場合に、裁判所はそれを許すことができると考えてよいであろう。さらに、口頭弁論期日への出頭・陳述に代えて、裁判所が同項1号・2号所定の者に陳述書を提出させることができるかが問題となるが、肯定してよいと思われる。ただ、こうした形で提出された陳述書は、主たる目的が「訴訟関係を明瞭にする」ことにある以上、争点整理のために用いることはできても、争いのある事実の認定のために用いることには慎重でなければならない。ただ、一般には、151条の釈明処分により得られた資料も事実認定のために用いることができるとされており、釈明処分に応じて提出された陳述書もこの一版原則の範囲内で事実認定の資料に用いることができるとすべきである。その場合でも、陳述者は何が重要な争点であるかを十分に把握せずに陳述書を作成しているであろうことを考慮すると、その後の変更、特に証人尋問等における証言との齟齬については寛容であるべきと思われる。

証拠としての利用  ()陳述書の内容が陳述者の証人尋問等により得ることが可能なものである場合でも、そうすることなくその陳述書を証拠とすることができる(ただし、[伊藤*民訴1.1]349頁など、これに批判的な見解も有力である[73])。ただ、実質的証拠力は低く評価されることが多い。とりわけ相手方から反対趣旨の陳述書が提出されている場合には、裁判所は陳述書の内容を信用することに慎重である[20]。しかし、これも自由心証主義の範囲内の問題であり、次のような場合には、そこに述べられた事情も考慮して、実質的証拠力が肯定されることがある[41]。

)陳述書の内容を陳述した者について証人尋問等を行う場合に、陳述書の内容と証言が重なり合う部分については、証言に高い証拠価値が認められるべきである(宣誓の上でなされた陳述について209条、刑法169条参照。宣誓することなく証言された場合でも、反対尋問にさらされ、証言態度も証拠資料にすることができる法廷での証言に高い証拠価値が認められるべきである)。陳述書の内容について、主尋問において「内容に間違いがありませんか、補充することはありませんか」といった形で概括的に確認するにとどめ、反対尋問において十分な吟味がなされるように配慮された場合には[108]、裁判所は、反対尋問による吟味を経ていることを考慮して陳述書(証拠文書)の内容の信用性を評価するべきである。

録音の反訳書
録音内容を文字にした書面(反訳書)が証拠として提出されることもある。録音テープ(ないしディスク等)そのものの方が原本性の点で優れているが、取調べの簡便性の点では反訳書の方が優れており、これが書証の対象になることもある。その証拠力は、証明すべき事実が何であるかに依存する。ある発言の有無が証明すべき事実である場合には、録音テープ等に準じた証拠力が認められよう。他方、その発言内容によって別の事実を証明しようとする場合には、反訳書は反対尋問を経ていない陳述書に近く、その証拠力は低く評価されることになりやすい[40]。

原本提出の原則(規143条
証拠に用いる文書の提出又は送付は、できる限り、原本、正本又は認証謄本でしなければならない。自由心証主義のもと、証拠方法たる文書にも特段の制限はないのが本則であるが、文書の成立の真正を迅速に認定し、作成者の思想を確実に読み取るために、これらの属性の文書を提出することが可能な場合には、それを提出せよという趣旨である。

)この原則は、(α)文書の原本は滅失しているがその写しは存在する場合に、その写しを証拠調べの対象文書とすることを禁止する趣旨ではない。この場合には、当該文書(写し)に表明された思想が原本作成者の思想であることの認定を慎重に行うことが要求されるが、その点が証明されれば、裁判官はその写しに現れている作成者の思想を証拠資料にすることができる。原本が滅失した場合のみならず、紛失した場合、遠方にあって提出が困難な場合等も同様である[5][33]。さらに、(β)プライバシーの保護等のために、原本をそのまま提出することができない場合に、その写しを作成して、プライバシーに関わる部分を判読不能にした上で、その写しを提出することも許される。

これらの場合に、ときに「写しを原本として提出する」と表現されることがあるが、混乱を招きやすい[2]。写しは写しである。この文脈における「原本」は、「証拠調べの対象文書(書証)」の省略表現である(規則143条2項が適用されないことを強調する機能がある)。(β)のような一部削除後の写しなどは、写しの作成者の意思により一種の編集がなされているのであるから、新たな文書と見てよい場合もある。例えば、本文とただし書で構成されている文書Aについて、ただし書部分を削除した写しである文書Bは、多くの場合に、文書Aの本文部分に記載されている内容についての文書Bの作成者の報告文書と見てよいであろう。この場合には、「写しを原本として提出する」という慣用的表現は、「新たに編集された文書を原本として提出する」を意味する。

なお、「写しを原本に代えて提出する」と表現することもある。この表現は、原本の存在と内容の同一性について争いがない場合、あるいはあっても容易に証明できる場合には、混乱を招かないであろう。しかし、そうでない場合には、やはり「写しを証拠調べの対象として提出する」と表現する方がよいであろう。

民訴規則143条は一応の原則にすぎず、提出文書を原本に限定しているわけではない(認証謄本も写しの一種である)。同条は、(1)成立の真正の証明が容易な文書を優先的に提出せよとの原則と、(2)その証明が困難な文書を提出すべきではないとの原則を定めたものと見るべきである。≪正当な理由がある場合には、写しを証拠文書として提出することも許される≫と考えるのが簡明である。「写しを原本として提出する」のではなく、「写しを書証(証拠文書)として提出する」と言うべきである。この場合の形式的証拠力は、「裁判官が閲読する写しに原本作成者の思想が正しく表明されていること」である。その証明には、原本の存在に意味がある文書については、(α)原本が存在することあるいは存在したこと、(β)写しが原本を正写したものであること、(γ)原本が真正に成立したこと(原本に表明された思想が原本作成者の思想であること)の証明が必要である。しかし、相手方が争わなければ、裁判所がそのことも考慮して、「写しに原本作成者の思想が正しく表明されている」と認定することは、自由心証主義の範囲内のことである(179条前段が補助事実についても適用があるとの立場に立てば、同規定により証明が不要となる)。また、相手方が異議を述べる場合に、文書の成立の真正の確認に手間取ることを理由に証拠を却下することは、181条1項の規定の趣旨の範囲内のことである。裁判官が事実認定の資料(証拠資料)にするのは、証拠調べの対象文書(原本あるいは写し)から読みとった原本作成者の思想であり、写しが原本を正写していることが証明されている限り、裁判官が閲読したのが写しであるか原本であるかは、基本的に意味を持たない(「文書に表明されている作成者の思想を読みとった」ということが重要である)。

他方、一部削除後の写しが新たな文書の見ることができるものである場合はどうか。証明すべき事実との関係で、(1)文書Bに報告されている部分に表明されている文書Aの作成者の思想を裁判官が読み取れば足りる場合と、(2)文書Aの作成者が文書Aにおいて表明した思想の全体を読み取ることが必要な場合とが考えられる。前者の場合には、基本的に、文書全体の写しが書証として提出された場合と同じである(前述の(α)から(γ)の証明が必要である)。後者の場合には、これに加えて、削除された部分が要証事実との関係で重要でないことの証明が必要になる。

)複製権侵害による損害賠償請求訴訟においては、複製物が証拠として提出されることになるが、この場合の複製物は、有体物である原本の写しであるとは限らないが、写しであることも当然あり得る。その場合に、「写しを原本として提出する」ということがある。しかし、この場合の写しは、複製権侵害の重要な要素である複製行為を証明するのに役立つ証拠であり、そのようなものとして証拠調べの対象となるのである。したがって、この場合の「原本として提出する」は、「要証事実の証明のために証拠方法(証拠調べの対象)として提出する」の意味であり、短く言えば「証拠調べの対象として提出する」である。「原本として提出する」よりは長い表現であるが、紛らわしさは少ない。証明文書の写しを用いた詐欺(被害者に証明文書を所持する者であるから権限を有する者であると誤信させて行われた詐欺)による損害の賠償請求訴訟においては、当該証明文書の写しが重要な証拠となるが、この場合にも同様に、当該写しが「要証事実の証明のために証拠方法(証拠調べの対象)」になる。

別の説明  原本を提出できないとき、あるいは写しが要証事実の証明のために証拠方法になるときに、その写しを書証の対象とすることも許されることについて、この講義では、上記のように説明するが、次のような説明もよくなされている([裁判所職員総研*2005a]209頁注2、[中野=松浦=鈴木*新民訴v2.1] 322頁、[梅本*民訴v4]841頁、[町村=白井*2016a]160頁など多数)。こうした説明も誤りというわけではなく、慣用的説明として慣れておく方がよい。
  1. 原本に代えて写しを提出すること  写しが提出された場合に、相手方において原本の存在および成立を争わず、かつ、写しの提出をもって原本等の提出に代えることについて異議のない場合においては、写しの提出をもって書証の申出としてよく、この場合には、証拠方法は原本である。
  2. 写しを原本として提出すること  写し自体を証拠調べの対象文書として提出することも許される。この場合に、(α)写し自体を原本とする説([町村=白井*2016a]160頁)と、(β)写しを通して認識される原本の意味内容が証拠資料になるとする説とがあると言われている。しかし、この表現自体が混乱を招きやすく、この表現が人によって異なる意味で使われていると見るべきであろう。(β)が妥当する多くの場合には、上記 1 の要件が充足され、結局の所1 に帰着させることができよう。その点からすれば、2の中心的意味は(α)になろう(多分に定義の問題である)。

次の文における2つの「原本」の意味は同じか。違うのであれば、それぞれの意味は何か:

7.7 準文書

準文書(231条
情報を表すために作成された物件で、文書の要件の一部または全部を欠くものは、準文書として書証の対象となる。

231条では、2つの電磁的媒体(録音テープとビデオデープ)が例示されているが、重要なのは、記録されている内容を示す部分(音とビデオ(動画))であって、媒体の物理的な属性を示す部分(テープ)ではない。音や動画は、紙媒体に移すのに適さないので、録音テープやビデオテープそのものが証拠調べの対象となる。最近は、テープ形式のものよりもディスク形式のものやフラッシュメモリ形式のものが普及しているが、記録内容が音や動画のような紙媒体に移すのに適さないものであれば、その媒体そのものが準文書として証拠調べの対象となることに変わりはない。これらの証拠調べは、裁判官がそれを再生して情報を感得するという方法でなされる[113]。

他方、文字情報がコンピュータ用記録媒体に記録されている場合に、それ自体を準文書として取り調べることももちろん可能であるが、通常は、記録媒体そのものを証拠調べの対象とするよりは、それをプリントアウトした紙を証拠調べの対象とするのが簡便であり、これは、通常は、文書そのものである。こうした考えに基づいて、フロッピーディスクやハードディスクなどは、準文書の例として挙げられなかった([竹下ほか*1999a]312頁以下参照)。

しかし、コンピュータ用記録メディアに記録されている文字情報の全てが印刷可能というわけではない。画面上で読むことはできるが印刷はできないように技術処理を施した文字情報もある。そのような情報も、さまざまな回避技術を用いれば、印刷可能となるが、しかし、コンピュータがこれだけ普及した現在、無理に印刷するよりも、裁判官にコンピュータの画面上で閲読することを求めてよい時代になったと言ってよいであろう。さらに進めば、コンピュータが生活の隅々に普及し、その記録メディアが紙と同程度に手軽に利用できるものとなると、「日常生活において使用されるコンピュータ上で人が直接閲読可能な文字その他の符号で人の思想(言語表現物)を記録した電子メディアも、文書である」と理解されるようになるであろう(132条の10や規則3条の2を考慮すれば、その時期は到来している)。そうなった場合でも、文書概念の定義のうち変更が必要となるのは、「直接閲読することが可能な」の部分である(次のように変更される:「裁判官が≪直接視認して≫又は≪一般に普及している(裁判所において一般的に使用さている)情報処理機器を用いて≫閲読することが可能な」)。文書概念の中核をなす記録情報の内容(特定人の思想の言語的表現)については、変更の必要はない。したがって準文書の概念も、閲読可能性の変更に伴う変更は生ずるが、それ以外の点については変更の必要はない。

こうしたことを考慮すると、準文書概念にとって重要なのは、記録された情報の種類であり、記録媒体ではないことがよくわかる。この視点から準文書を例示すると、次のようになる。
なお、文字を主体とする文書の中に写真が張り込まれている場合には、それは、厳密いえば、文書と準文書の複合物となるが、全体を文書として扱って構わない。重要なのは、そうした分類よりも、文書の作成者と写真の撮影者とが同一であるか、写真は何時・どこで撮影されたのか、といった事項である。

書証か検証か
準文書に記録されている情報の種類をどの範囲のものに限定するかについては、議論が明確になっているとは言い難い。録音物については、言語によって表現された情報(発話、会話)に限る必要はない。しかし、器楽演奏については、これを検証とする立場もある(東京高等裁判所平成14年9月6日第13民事部判決(平成12年(ネ)第1516号)では検証である)。騒音(自動車の走行音、工場の操業音など)や自然音(鳥や昆虫などの鳴声など)等についても見解はわかれよう[65]。ただ、このあたりの境界領域の情報について証拠調べの方法が誤っていても、それをもって証拠調べを無効とすべきではなく、その意味で、いずれでもよいとすべきであろう。

実際上重要となるのは、次の2点であろう。
  1. 第1は、文書の提出義務あるいは検証物の提示義務の範囲である。前者は、220条により規律され、後者は同条の適用を受けない。しかし、この点に関しても、重要なのは、提出命令等により不利益を受ける者(命令を受ける者(所持者)、情報記録物件の作成者あるいは記録された情報の主体など)の生活利益(プライバシーや意思決定の自由など)をどの範囲で尊重するかであり、その範囲は、いずれの証拠調べの方法を採用するかによって大きく異なるべきではなかろう。
  2. 第2は、裁判官が準文書から事実認定に必要な情報を的確に獲得することができるかである。言語による表現物については、それが文字で表現されているか、音で表現されているかにかかわらず、裁判官は情報獲得能力を十分に有する。しかし、それ以外のものになれば、裁判官が一般的に情報を獲得することに慣れている又はトレーニングを受けているとは言い難い。例えば、楽器の音色の聞き分けや、レントゲン写真等の読み取りがそうである。もっとも、そのことは、コンピュータプログラム(ソースコード)や専門用語で書かれた診療録などの言語表現物についても大なり小なり生ずることである。専門的知識を有する者による説明等の支援が必要な場合に、その支援が適切になされることが重要である。その基本的な方法は、当事者自身による説明あるいは当事者から依頼を受けた第三者による説明(しばしば意見書の形をとる)、鑑定人による鑑定意見(215条)、専門委員による説明(92条の2第2項)、知的財産事件における裁判所調査官の意見陳述(92条の8)である。こうした支援は、例えば楽器演奏の録音テープの取調方法を書証としても検証としても可能であるから、何れとするかはそれほど重要とは思われない。それでも、検証については職権による鑑定(233条)が認められていることは、この証拠方法の取調べの方法を検証とすることに幾分有利に働く。しかし、取調べ方法を書証としても、証拠方法の特性を考慮して233条を類推適用することは許されようし、そうでなくても、当事者からの申立てに基づく鑑定で代用できる(その方が好ましい)。

こうした考慮から、この講義では、記録されている情報の種類は問わないとの立場に立ち(無制限説)、騒音や自然音を情報として記録した録音テープも準文書になるとしているが、検証とすることが誤りであるとか不当であるという趣旨ではない。

準文書の証拠申出(規147条−149条)
準文書の証拠調べの申出も、挙証者が所持するものについては、口頭弁論の期日に準文書を提出してしなければならない。その証拠価値を適切に評価することを可能にするために、証拠申出をする時までに、次のものを裁判所に提出しなければならない。
準文書の成立の真正
発話の録音テープについて、成立の真正を考えてみよう。証拠調べは、録音された発話を裁判官が聴取して、その内容を理解して判断材料にする方法によりなされるのであるから、挙証者は、発話者を特定しなければならない。発話者とされた者の発話が正しく録音されていることが成立の真正であり、要証事実との関係でその発話が発話者の思想・感情の表現であることが形式的証拠力である(台詞の練習としてされた金銭消費貸借の会話が録音されても、それは形式的証拠力を欠き、金銭消費貸借契約の証拠とはなりえない。他方、台詞の練習が正しくなされているか否かが要証事実の場合には、形式的証拠力は肯定される)。裁判所または相手方の求めがある場合には、録音テープの内容を説明した文書(反訳書を含む)を補助資料として添付する(規149条)。人が発言している状況を撮影したビデオテープも、基本的に同じである。

上記の意味での録音テープの成立の真正について、推定規定はない(228条2項から5項の準用の余地はない)。しかし、声紋による成立の真正の証明は可能である(231条により229条が準用される)。

人の発話の録音テープ(一般的に言えば、録音媒体)は、発話者と録音者とが異なることが多い。無断録音テープがその典型例である。補助事実として、発話者の外に、録音者および録音の日時も明確にされるべきである(規則148条)。情報処理機器の進歩により録音内容の改変・捏造が容易になっているので、必要であれば録音の経緯を録音者に証言させ、改変・捏造のないことの保証をとるべきである。

準文書の証拠調べ
幾つかの物件について、取調べの要点を考えてみよう[11]。
紙への印刷が適当な情報の証拠調べ
文字その他の符号によって表現された情報あるいは画像やグラフのような情報は、それがコンピュータ用の媒体(一般的に言えば、裁判官がその内容を直接視認できない媒体)に記録されている場合には、内容の同一性を保ったまま紙に印刷して、印刷された紙を証拠調べの対象とするのが原則となる[21]。

電子メイルの内容を印刷した紙を証拠調べの対象とする場合には、文書の成立の真正を228条4項あるいは筆跡の対照により行うことはできないが、そのことは特定人の思想表現物であることを否定する理由にはならない。他の適当な方法で作成者と主張されている者の思想の表明であることが証明されればよい(磁気ディスクに格納された状態の言語表現物が作成者の意思に基づくものであるかが問題とされ、次に、それが内容的同一性を保って紙に印刷されたかが問題にされる)。

言語表現物または画像等が磁気ディスク等に収納されていて、それをプリントアウトすると情報を十分に再現できない場合(例えば、プログラムが組み込まれていたり、リンクが張られている場合)、情報が劣化する場合、あるいは画像サイズが大きい等の理由でプリントアウトに適さない場合には、磁気ディスク等に保存された状態で機械を用いて閲覧し、その結果を証拠資料とする。

マイクロフィッシュは、すでにその利用が廃れかかっているが、これについても上述のことが妥当する。挙証者はマイクロフィッシュの記録内容を印刷したものを書証の対象となる文書として提出すべきである(挙証者の周囲にそのための機械がなければ、鑑定の嘱託等の方法により印刷することを考えざるを得ない)。

削除された電子メイルの証拠調べ(鑑定+書証)
ここで、当事者(またはその従業員)が使用するコンピュータのハードディスクに記録された電子メイルを証拠調べの対象とすべき場合に、その電子メイルが削除されていて、特殊な専門技術を用いて復元することが必要な場合の証拠調べを考えてみよう(削除されていると疑われている場合も同じ)。
  1. 準備的申出−準文書の入手)当面の問題との関係では、ハードディスクに記録されたことのある情報を得ようとしているのであるから、ハードディスクは準文書と位置づけられる。したがって、復元作業が行われるべきハードディスクの入手は、準文書提出命令によることができるとすべきである。220条が準用される点に重要な意味がある。しかし、裁判官自身がハードディスクを見ることはあまり意味がない場合であるので、検証にはあたらない
  2. 鑑定の申出−文書の入手)復元作業は、鑑定と位置づけられる。復元作業を行う専門家は、裁判所が選任する。ここで重要なのは、ハードディスク内に証拠とする必要のないさまざまなプライバシー情報や営業秘密が存在することが予想されることである。復元作業を行う者に秘密保持を誓約させなければならない(復元作業者が機密を漏洩した場合には、ハードディスクの所持者はこの者に対して損害賠償することができるようにする必要があり、その損害賠償請求権の根拠付けを容易にする誓約であることが必要である。したがつて、この誓約は、ハードディスクの所持者に対する約束を含まなければならない。誓約の権威付けのために、裁判所に対する約束を含む方がよいであろう)。この鑑定は、検証の際の鑑定(233条)でないから、職権ではなしえず、挙証者による申出(文書提出命令の申立てとは別個独立の申出)が必要である。鑑定の結果出されるのは、復元された電子メイルについての報告であり、報告の中核となるのは、復元された電子メイルである。復元されるべき電子メイルが発見されなければ、その旨の報告である。
  3. 本申出−文書の閲読の申出)復元された電子メイルについて、必要に応じて、さらに書証の本申出(証拠として閲読することを求める申出)がなされる。例えば、1000通のメイルが復元された場合に、1000通全部の証拠調べを求めるのか、その内の1通の証拠調べを求めるのかは、実際上重要な問題であり、挙証者は、この本申出においてその点を明確にし、閲読を求めるメイルについて証拠説明書を作成する。

8 検 証(232条・233条)


8.1 意 義

物や人体の形状・性質あるいは生活環境などにつき、裁判官がその五感作用により直接に事実を認識(感得)する証拠調べを検証という。検証の対象を「検証の目的」という。それが有体物である場合には、検証物ともいう。

検証は、重要な証拠調べの方法ではあるが、独自の規定は少なく、書証に関する規定の多くが準用されている。詳細な規定のある証人尋問や書証と比較すると、雑多なものが包摂される未分化な証拠調べの方法ということができる。

8.2 検証協力義務(検証目的提示義務・検証受忍義務)

検証の対象が挙証者以外の者の支配領域内にある場合には、検証の実施にはその者の協力が必要である。(α)衣類のように、裁判所に搬入する方法で提示することが適当な動産は、裁判所に搬入して、法廷で取り調べる。(β)馬のように裁判所に搬入することが適当でないもの、あるいは、不動産のように搬入することができないものは、その所在場所に裁判官が出向いて取り調べる(185条1項)。いずれの場合にも、所持者が物を裁判官に提示するという行為を伴う(所持者の意思に反して裁判官が検証する場合には、検証の受忍ともいう)。(γ)人体の検証については、検証の受忍が必要となる。

一般的義務である
検証対象を自己の支配領域内に置いている者は、検証に協力する義務を負う。何人も、正当な理由のある場合を除き、この義務を負う(通説)。これは文書提出義務よりも広い一般的義務であり、232条で文書提出義務に関する220条が準用されていないことは、その現れであると解されている。

正当な理由による提示拒絶
検証物提示義務は一般的義務であるとはいえ、無制約の義務というわけではない。正当な理由による提示拒絶は許される(通説)。このことは、232条2項に現れている。したがって、(α223条1項の準用にあたって、提示拒絶に正当な理由がある場合には、裁判所は、提示命令の申立てを認容することができない。(β)223条2項の準用にあたっては、第三者の審尋の際に、第三者が検証物の所持者であるか否かのみならず、所持者であっても提示拒絶の正当な理由を有するかも審尋すべきである。後者の点を過料の制裁の時点で初めて審査するというのでは、検証物所持者は、その点を自己の危険で判断することになり、適当ではない。

では、検証物の提示拒絶の正当な理由とは、どの範囲の理由を指すのか。232条により223条3項から6項も準用されていることからすれば、220条4号イからニの事由は、検証物提示拒絶の正当な事由になりうると解すべきであろう(特に、223条3項・4項で問題とされているロの事由)。ただ、それでも文書の場合と異なり、検証物については情報の処分の自由を問題とする余地は比較的少ないのであるから、220条4号所定の除外事由(特に、ニ)が存在するというだけでは不十分であり、司法への協力義務という一般的義務を免除させる程度に強い正当な理由であることが必要であると解すべきである。
次の条文を比較してみよう。
  • 201条5項 「(前略)第192条及び第193条の規定は宣誓拒絶を理由がないとする裁判が確定した後に証人が正当な理由なく宣誓を拒む場合について準用する。」
  • 225条1項 「第三者が文書提出命令に従わないときは、裁判所は、決定で、20万円以下の過料に処する」
  • 232条2項 「第三者が正当な理由なく前項において準用する第223条第1項の規定による提示の命令に従わないときは、裁判所は、決定で、20万円以下の過料に処する。」
  1. 司法への協力を命ずる趣旨の裁判に従わない場合に、条文の文言上、正当な理由があれば過料等の制裁を科されないことになっているのはどれか。
  2. 過料の裁判の要件が明確に(抽象的要件要素なしに)規定されているのはどれか。あまり明確ではないのはどれか。

8.3 手 続(232条

書証についての規定がかなり準用される。準用されるのは、次の規定である。
次の規定の準用は、規定されていない。
規則の中では、次の規定の準用が定められていないことに注意する必要がある。しかし、準用が定められていなくても、検証対象の特質に応じて類推適用を認めるべき場合があろう。
検証の際の鑑定(233条
検証の実をあげるために、必要がある場合には、鑑定を命ずることができる。当事者からの申出に基づく検証に付随してなされるので、この鑑定は職権で命ずることもできる。

8.4 実 例

検証とすべきなのか書証とすべきなのかに迷うものも含めて、若干の例をあげておこう。

)楽曲の著作物の著作権侵害事件における証拠調べはユニークである。東京高等裁判所平成14年9月6日第13民事部判決(平成12年(ネ)第1516号)では、被告の乙曲が原告の甲曲の著作権(編曲権)を侵害したかが問題となった。甲曲が極めて多様な編曲の創作性の余地を有していることを立証する趣旨で、「原告自身が甲曲を編曲したものである「ジャズ風」、「ワルツ」、「ゆっくり」、「はずんで」の4曲の演奏を、乙曲の演奏と併せて録音したもの」が証拠(検甲16)として提出された。裁判所は、「上記4種類の曲の旋律には、甲曲(原曲)と乙曲との違いを上回るほどの大胆な改変が加えられているにもかかわらず、その改変後の4曲から原曲である甲曲の表現上の本質的な特徴を直接感得することは容易であり」、「このことは、甲曲を原曲とする編曲の創作性の余地が、その旋律の改変にもかかわらず、なお相当程度残されることを示すもの」であると認定した[47]。証拠調べの方法を検証とするのがよいのか、書証とするのがよいのかは、見解が分かれるところであろうが、裁判官が生演奏を聴く場合には、検証とならざるを得ないので、それとの類比からすれば演奏を録音したメディアの証拠調べの方法を検証とすることにも一理ある。

大阪地方裁判所平成15年10月23日第21民事部判決(平成14年(ワ)第8848号)  コンピュータプログラムの違法複製の証拠保全手続においてハードディスク内のファイルについて検証がなされた事例。コンピュータのハードディスクは情報を記録するための装置であるが、証拠の保全(検証物に記録された情報を確認して調書等に記録すること)が目的であるので、この証拠調べは検証である(裁判官は、保全される証拠を確認するために検証物に記録された情報を閲読するが、しかし、その閲読自体が目的ではない)。

9 証拠保全(234条−242条)


証拠保全に関係する 判例  文献

9.1 意義(234条

将来訴えを提起する予定である場合、あるいは、現在訴訟係属中であるが証拠調べが行われるのは将来のことである場合に、将来行われるべき証拠調べの時まで待っていたのでは、証拠調べが不可能あるいは困難となるおそれ(証人の病状の悪化のおそれ、物の現状の変更のおそれ等)があるときに、あらかじめ証拠調べをしておき、将来その結果を利用する必要がある。このような目的でなされる証拠調べを証拠保全のための証拠調べという[44][63]。[CL1]

証拠保全の手続は、(α)証拠保全のための証拠調べをするか否かを決定する部分と、(β)証拠調べの実施の部分とから構成される。前者は、234条以下で規定されている。後者は、第2編第4章すなわち179条から233条で規律されているが、239条・240条に特則がある。

文書の証拠保全  文書や準文書の証拠保全は、多数説によれば、次の方法によるものと解されている:(α)改竄の防止のためには、文書等の現状を保存すれば足りるので検証が行われ[58]、(β)滅失を防止するためには、書証が行われる。書証が行われる場合には、文書の成立の真正を中核とする形式的証拠力まで審査され、229条の筆跡の対照等による成立の真否の証明も行うことができる(他方、実質的証拠力の有無は本案の審理をする裁判官が判断しないと意味がない)。換言すれば、文書の成立の真正はできる限り原本に基づいて行うことにより正確を期すことができるので、原本が存在するうちに、文書の内容を保存するとともに、成立の真否も確認しておくために書証が行われるのである。さらに進んで、文書の滅失の虞はないが、文書の真否の証明が将来困難になるおそれがある場合にも、証拠保全としての書証を認めるべきであろう(例えば、文書の成立の真否の証明のために相手方に筆記を命じて対照用筆跡を得る必要があるが(229条3項)、相手方の死期が迫っているとき[97])。検証の場合には、形式的証拠力の審査は行われない。検証の原初的方法は、文字の配列を含めた記録媒体(通常は紙)の状況を記録することである(コピー機などがなかった時代を想起するとよい)。しかし、所詮は、文書は裁判官が閲読する方法で証拠調べがなされるのであり、コピー機等を用いて文書の写しを作成して現状を保存することもでき、多くの場合はそれで足りよう。その外に、検証物提示命令を発して、裁判所に提示された文書を留め置く方法も採ることができる(232条1項・227条。もちろん、この方法をとることができるのは、文書の所持者に著しい不利益が生じない場合に限られる)。

証拠開示機能
提訴前の証拠保全として証拠調べがなされると、証拠調べの結果は、申立人(将来の原告)及び相手方(将来の被告)に開示されることになる。典型例は、(α)当事者にも尋問の機会が与えられる証人尋問である。他方、(β)文書の外形を記録するために検証が行なわれる場合には、申立人等に文書を閲読する余裕を与えないことも可能であり、そうすれば証拠開示機能を小さくすることができる。しかし、通常は、証拠保全を実施する裁判官が文書の外形を記録するために機械を用いて写しを作成し(又は作成させ)、その写しを申立人に交付するので、証拠保全としての文書の検証も証拠開示機能を有することになる(申立人は、最終的には、91条3項により、訴訟記録の謄写を請求することができる[96]。文書の所持者の同意を得て、証拠保全の実施場所で写しを申立人に交付することも行われている)。

証拠が開示されることにより、(α)申立人が提訴を諦めたり、和解により解決されたり(和解促進機能)、(β)十分に調査を行った上で提訴することことにより無用な争点を含まない訴訟追行がなされること(争点明確化機能)を期待することができる。約言すれば、証拠開示により紛争の適切な解決を期待することができる。この機能をどの程度肯定的に評価するかについては、積極的意見と消極的意見とが対立している([東京地裁証拠保全*2010a]99頁以下参照)。証拠開示機能を重視する立場を徹底させれば、証拠保全の必要性の要件(あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情が認められること)が充足されない場合でも、証拠保全手続による証拠開示により紛争の適切な解決が期待できる場合には、証拠保全を認めるべきことになろう。しかし、そこまでは進まずに、証拠保全の必要性の要件を維持しつつ、その要件の充足の判断に際して証拠開示機能の有用性を考慮するのが多数説である。この立場に立っても、証拠開示機能をどの程度重視するかについてはさまざまな見解がありうることになるが、肯定的にとらえてよいであろう([高見*1983a]330頁以下参照)。

実務は、証拠保全の必要性の要件を維持しており、証拠開示の必要性ないし有益性のみで証拠保全命令を発することは認めていないが([東京地裁証拠保全*2010a]99頁以下・特に101頁以下)、他方で、証拠保全の必要性が肯定される場合には、証拠開示を制限していない(証拠保全の実施場所において、申立人(又はこの者が依頼したカメラマン)が文書を撮影して、写真を裁判所に提出するという方法で文書の内容を保存することさえある)。

文書所持者の利益との調整  もっとも、所持者が提出義務を負わない文書まで、証拠保全手続により申立人が閲覧できるようになることについては問題がある。証拠保全が検証の方法でなされる場合でも、文書提出義務のない文書についての検証物提示命令は認めるべきではない([高見*1983a]333頁)[98]。「申立人は本訴の証拠調べにおける以上に相手方・第三者の手持証拠を強制的に取得できるわけではない」のであり、これが証拠開示機能の限界となる([高見*1983a]334頁)。したがって、文書所持者の文書管理権(文書を開示されない利益)を保護するために、事前に文書提出命令(あるいは検証物提示命令)を発して、文書所持者に提出義務の有無を争う機会を与えるのが本来であるが、それでは文書所持者に文書の改ざん・隠滅の機会を与えてしまい、証拠保全の実効性を確保できなくなる場合もある。そこで、両者の調整のために、文書提出命令を発することなく証拠保全を実施するが、証拠保全の結果得られた物(文書の写し等)は実施場所で申立人に交付することなく裁判所に持ち帰り、その後に相手方に提出義務を争う機会を与える運用も試み出されている。この場合に、文書所持者が証拠保全申立人への開示に同意していない限り、証拠保全の対象文書を申立人に開示する義務を負うか否かを争う機会を与えるために、証拠保全の申立人に文書提出命令の申立てをさせ、所持者が提出命令に対する不服申立てにより最終的には最高裁まで争うことを可能にすべきである。この提出命令は、すでに裁判所に文書が確保されていることを考慮すると、実質的には開示受忍命令である。そして、確定した提出命令がない場合には、証拠保全申立人が91条1項・3項により閲覧・謄写の請求をしても、裁判所書記官はそれを拒絶することができるとすべきである。

なお、平成16年改正により提訴前の証拠収集の処分の制度(132条の4以下)が用意されたが、これは文書送付嘱託や調査嘱託等から構成されており、尋問や検証物提示命令や文書提出命令を含まないので、それほど強力な制度ではない。証拠保全手続が証拠開示機能を発揮する領域は残されている。

訴状への記載
提訴前に証拠保全手続がなされた場合には、訴状にその旨を記載しなければならない(規則54条)。証拠保全の結果の利用を確実にするためである。また、証拠共通原則は、証拠保全のための証拠調べにも妥当させるべきであり、証拠調べの結果が自己に不利であるからといってその記載を省略することは許されない。

用いることのできる証拠調べの方法
第1編第4章証拠で規定されているすべての証拠調べの方法を必要に応じて使用することができる。

9.2 証拠保全決定までの手続

管轄裁判所(235条
提訴前は、証拠保全の対象の関係地(被尋問者[91]の居所、文書所持者の居所、検証物の所在地)の地方裁判所または簡易裁判所である。地裁と簡裁のいずれに申し立てるかは、申立人の選択に委ねられている([注釈*1998b]215頁(高見進))。

提訴後は、その証拠を使用すべき審級の裁判所(官署としての裁判所)である(235条1項本文)。ただし、審理中の状態にある場合、すなわち、「最初の口頭弁論の期日が指定され、又は事件が弁論準備手続若しくは書面による準備手続に付された」時から「口頭弁論の終結」までの間は、管轄裁判所内部において事件を担当する裁判機関(合議体又は単独裁判から構成される裁判所)に証拠保全事件も担当させるのが適当であるので、その裁判機関(受訴裁判所)に申し立てる(235条1項ただし書)[99]。

証拠保全の申立て
申立ては、次の事項を記載した書面でしなければならない(民訴規153条1項・2項)。
相手方を指定できない場合の取扱い(236条
証拠保全のための証拠調べには、本案訴訟の相手方当事者を関与させる(240条)。提訴前の証拠保全手続においては、相手方当事者[59]となるべき者を関与させるべきである。しかし、ひき逃げ事故の加害者をすぐには特定できないような場合には、相手方となるべき者を指定することができない(従ってその者を関与させることができない)。その場合でも、証拠保全手続を行うことができるとしなければならない。そこで、236条前段で、相手方を指定することができない場合でも証拠保全の申立てをすることができることが明規され、この場合に裁判所は、相手方となるべき者の利益保護のために必要と判断すれば、特別代理人を選任することができるとされている(同条後段。前記の例で証人尋問・当事者尋問(原告本人尋問)が行われる場合には、特別代理人が反対尋問を行う)。

証拠保全の事由
相手方ないし相手方となるべき者が証拠を意図的に隠滅ないし改変させる虞がある場合のみならず、その者あるいは第三者の正当な行為により又は自然現象により証拠が消滅ないし変化する虞がある場合でもよい。

審理・裁判・不服申立て
証拠保全をするか否かについて、裁判所が決定で裁判する。証拠保全は、申立てによるほか(234条)、訴訟係属中は職権でもなしうる(237条)。ただし、本案たる訴訟手続において職権での証拠調べが認められていないのに、証拠保全だけは職権でできるというのはおかしいので、職権証拠保全が許されるのは、本案たる訴訟手続において職権証拠調べが許される範囲に限られるべきであるとの見解が有力である[57]。

裁判所は、相手方を審尋することができるが(87条2項)、必要的ではない。

証拠保全の裁判においては、証拠保全手続を行うべき日時・場所[62]、保全されるべき証拠方法、証拠調べの方法を明示する[60]。

証拠保全の申立てを却下する決定に対して、申立人は抗告することができる(328条)。証拠保全をすることの決定に対しては、不服申立ては許されない(238条)。その理由:証拠保全としての証拠調べは、第2編第4章(証拠)の規定に従って実施されるのであり、相手方を含めた利害関係人の利益保護はその規定によって調整されている;証拠保全自体により相手方に生ずる不利益は、本則の証拠調べより早い時期になされることに止まり、この不利益は不服申立てにより保護する必要があるほどに大きいとは見られない。ただし、文書提出命令や検証物提示命令のように、第4章の規定により即時抗告が許される場合には、証拠保全としてそれらの証拠調べがなされる場合であっても即時抗告は許され、裁判所はその機会を与えなければならない(裁判所は、命令を受ける者に対して、即時抗告の権利を有することを教示すべきである)。

9.3 証拠保全のための証拠調べの実施(239条以下)

証拠保全の決定がなされると、証拠保全に必要な範囲で証拠調べを行う。事件が審理中の状態にある場合(235条1項ただし書の場合)には、受訴裁判所を構成する裁判官全員がそろって証拠調べを行うのが本来であるが、切迫した状況にあることを考慮して、受命裁判官にさせることもできるとされている(239条185条1項・195条と並ぶ特則と位置づけられる)。
証拠保全のための証拠調べであっても、その期日には申立人及び相手方を呼び出すのが原則である(240条本文)。ただし、証拠保全のための証拠調べであるという特殊性に基づき、急速を要する場合は、この限りでない(同条ただし書)。呼び出された当事者が出頭しない場合でも、証拠調べはすることができる(183条)。

当事者の呼出しを行う時期と証拠調べの実施時期との間には、当事者の準備のために相当の期間をおくべきである。ただし、証拠の隠滅・改変の虞があることを理由とする証拠保全の場合には、1時間ないし2時間程度に狭めることもできる([清水=安倉=塩月=小松*1995a]229頁)。

検証物提示命令等が必要な場合
訴訟の相手方または第三者が所持又は占有する文書・物件について検証を行う場合に、任意の提示が拒否されるときには、提示命令が必要である([清水=安倉=塩月=小松*1995a]221頁)。検証のみの申立てがあるため検証の実施のみを決定した場合に、文書等の所持者が任意の提示を拒めば、検証は実施不能となる。検証の申立てと同時に提示命令の申立てがあれば、両者を同時に命ずることができる。第三者に対する検証物提示命令にあっては、第三者を事前に審尋しなければならない(232条1項・223条2項)。提出命令・提示命令に対する第三者の不服申立権は238条によって制限されるべきものではないから、第三者はこの命令に対して即時抗告をすることができる。訴訟の相手方に対する提示命令についても、事前の審尋がなされるべきである(規140条2項はこれを前提にしている)。

検証物提示命令等に検証物所持者が従わなかった場合
命令の相手方(所持者とされた者)の支配領域(住所、事務所等)で検証をする場合に、たとえ証拠保全の目的であっても、直接強制がなされるわけではない(民執法57条3項のような規定は用意されていない)。検証のために相手方の支配領域に立ち入ることができるのは、相手方が検証物提示命令に従うからであり、相手方が命令に従うことを拒否すれば、検証不能となる。

命令の相手方が第三者である場合  確定した提示命令に正当な理由なしに従わなかった第三者は、過料に処せられる(232条2項)。未確定の提示命令に従わなかったからといって過料に処せられることがないのは、証拠保全の場合でも同じである。

命令の相手方が訴訟当事者である場合  この場合には、224条(当事者が文書提出命令に従わない場合等の効果)の問題となる。(α)相手方が未確定の提示命令に従わなかったからといって、224条1項・3項が準用されるわけではない(確定後に従えば足りる)。他方、(β1)224条2項の準用は、提示命令の確定には依存しないから、提示命令未確定の状況で相手方が検証を拒絶した場合にも準用されうる(224条2項にいう「提出の義務のある文書」は、民訴220条等で提出義務があると定められている文書であり、提出命令発令前に滅失させた場合であっても、使用妨害目的あれば、適用される。提出命令・提示命令の発令後に文書・検証物を滅失させれば、妨害目的を強く推定してよい)。さらにまた、(β2)正当な理由なしに検証を拒絶した事実から、経験則により、相手方に不利な事実が推認される可能性がある。

証拠保全の現場での発令
実務では、提示命令等の申立てがあっても、これに対する判断を留保して、証拠保全のための証拠調べをする場所で、命令を受ける者の出方を見た上で、必要があればその場で提示命令等を発することもある。予め提出命令等を発したのでは、文書等の所持者の反発を招くおれそがあり、証拠調べの現場でまずは説得を試み、それに応じない場合に提出命令を発すればよく、文書所持者等の立場に配慮した措置である、と説明されることもある。こうした形で提出命令等が発せられる場合には、証拠保全の現場で提出命令等を受ける者又はその訴訟代理人がおれば、その場で審尋をした上で提示命令等を発するのであるから、審尋の点では問題はない。しかし、問題はその後に続く論理である。決定については決定書を作成することは義務づけられていないことを前提にして、提示命令等は口頭で告知することで足りるとし([東京地裁証拠保全*2010a]182頁)、それに対する不服申立て(即時抗告)は、文書(抗告状)を官署としての裁判所に提出してしなければならないとし(331条・286条)、抗告状が裁判所に提出されるまでは提出命令等は効力を停止することはないから、命令の効力が維持されていることを前提に検証を進めてよいとし、「具体的には、検証物不提示の場合には本案手続において申立人が検証物で証明しようとした要証事実の真実擬制がされうる(232条1項・224条3項)ことを説明しながら検証物提示を説得する」(同186頁)[94]というのである。しかし、証拠保全の現場で提示命令等を発した場合に、文書等の所持者が不服申立てを提起する意向を示した場合には、証拠保全を実施する裁判官は、所持者の不服申立権を尊重して、抗告を提起しやすいように決定書を作成すべきである(現場で決定書全部を作成することが困難であるというのであれば、裁判官の署名を未記入にした決定書を予め作成しておいて、証拠保全の現場で決定書を完成させる方法もあろう。少なくとも、331条により準用される286条2項2号により抗告状に表示することが必要とされている原決定の特定に必要な事項を記載した書面を交付すべきである)。提示命令等については、確定しなければ効力を生じないとの規定はないので、告知により直ちに効力を生じ、即時抗告が提起されない限り効力を停止されることがないのは確かである(119条)。しかし、224条・225条は確定した提出命令に従わなかった場合の規定と解すべきであり[95]、未確定の提示命令等に従わなかったからといってこれらの規定の適用・準用があるわけではない。即時抗告の時間的余裕も与えずにおいて、即時抗告が提起されるまで提示命令等は効力を停止しないから従えと言うのでは、命令を受けた者を命令無視の方向に追い込むことになりはしないか。無視されれば、証拠保全を実施することはできない。それは、裁判所が文書所持者の不服申立権をないがしろにした結果であると評価され、結局、裁判所の権威の低下につながる。別の方法を探るべきであろう。例えば、口頭で不服申立ての意向が示された場合には、即時抗告を提起しやすいように文書により提示命令等を発することに切り替え、命令を受けた者の不服申立権を尊重しつつ、提出命令等が確定するまでは文書等を申立人に閲覧させることなく裁判所において保管することを条件に任意の提出・提示を求めることが考えられる。

命令の相手方の支配領域における不意打ち的検証

前述のように、証拠の隠滅・改変の虞がある場合には、当事者の呼出しを行ってから2時間ほどで証拠調べを実施することがある(不意打ち的検証)。検証物提示命令に直接強制の効力がないとはいえ、224条2項所定の効果があり、また、裁判所の命令である以上、一般市民はこれに応ずるべきと感ずるであろう。したがって、不意打ち的検証は、相手方からすれば、自己の生活領域での突然の国家権力の行使であり、その受忍は相当の不満を伴う。そうだとすれば、裁判所の検証は、国民の生活領域への国家権力の行使として、相手方に相応の時間的猶予(検証の実施を通知された相手方が少なくとも弁護士に相談して、その立ち会いを求めることができるだけの時間的猶予)を与えたうえで行うことを原則とすべきである。不意打ち的検証は、やむを得ない場合にのみ許される。

9.4 口頭弁論への上程(242条

証拠保全は、事柄の性質上、本案の口頭弁論の期日外でなされるので、証拠保全の結果は、本案の口頭弁論に上程することにより初めて裁判の基礎資料となる。証拠保全手続において証人尋問がなされた場合には、尋問結果を報告する。ただし、その証人を口頭弁論においてなお尋問することが可能な場合には、当事者が口頭弁論における尋問の申出をすれば、その尋問をする。

証拠保全の手続において相手方がどのように対応したかも重要である。証拠保全申立人は、これを口頭弁論において主張して、訴訟資料とすることができる。証拠保全の実施状況の調書への記載は、その証明に役立つ。また、本案を担当する裁判官全員が証拠保全の実施に関与していた場合には、職務上顕著な事実となりうる[49]。ただ、この場合でも、相手方に不意打ちにならないように、問題となっている相手方の対応とそのどこが問題かを証拠保全申立人にあらかじめ主張させておく方がよい。

9.5 実 例

大阪地方裁判所平成15年10月23日第21民事部判決(平成14年(ワ)第8848号)  コンピュータプログラムの違法複製の証拠保全手続において被告が検証の開始を30分遅らせる等の非協力的態度をとったのみならず、証拠隠滅を疑わせる行動をとったため、違法複製が直接確認されたコンピュータについてのみならず、その痕跡のあるコンピュータについても違法複製がなされたものと推認された事例。この事例では、証拠保全としての検証結果(ハードディスク内のファイルの存在や消去されたファイルが以前存在したことの痕跡)のみならず、証拠保全に被告が非協力的であったことも事実の認定の資料とされている。さらに、ハードディスク内に複製されているプログラムの数に相当する数のマスターディスクの存在を被告が証拠保全手続において指示説明できないことも重視されている。こうした事例では、証拠保全の相手方は、証拠保全の時点でマスターディスクを保有することを明らかにし、それを証拠保全の調書に記録してもらう必要があることになる(著作権法47条の3第2項参照)。そうしなければ、証拠保全手続終了後にマスターディスクを入手したと疑われるからである(自由心証の問題である)。この疑いを少しでも避けるために、相手方は、証拠保全実施時に提示できなかったマスターディスクを翌日探し出した場合には、その事実を明確に記録しておく必要があり、そのために証拠保全の申立てをすることもできるとすべきであろう。ともあれ、ある日急に実施される証拠保全に備えて、マスターディスクを迅速に提示することができる態勢を常時維持することの負担は重い。マスターディスクを探すのに時間がかかり、後日提示せざるを得ない場合にそなえて、マスターディスクの購入記録等も保存して置く必要があろう(これでも、マスターディスクを不正に貸し出したとの疑いをかけられた場合には、その疑いを晴らすのには不十分である)。この限りでは、著作権侵害を問題にされるようなプログラムを使用するよりも、その虞の少ないフリーウェアを使用する方が安全である。

目次文献略語
1999年12月16日−2021年6月1日