注1 [伊藤*民訴1.1]353頁は、コンピュータ用磁気ディスクなどについては、記録媒体そのものを文書とするのは適当ではなく、印刷媒体を文書とすべきであるとしつつ、マイクロフィルムや録音テープなどは法廷での再現の容易性を根拠に、それらの記憶媒体を準文書として扱えばよいとする。法廷での再現容易性という基準は、一般論としては正当であるが、しかし、コンピュータ用磁気ディスク等を裁判官が法廷において容易に認識できない種類のものに分類することは、コンピュータの劇的な小型化・価格低下という時代の変化の中で、妥当性を失っているように思われる。また、区別の基準としては、記録された情報との関係でどの再現方法が適切かということの方が重要であろう。コンピュータがもっぱら文字・数値情報等の紙に再現することができる情報を扱っていた時代には、まさに、その情報を再現した紙を証拠調べの対象とするのが簡便かつ最善であった。そのこと自体は現在も変わらない。しかし、コンピュータが発達し、音声や動画を扱うことができるようになった現在、コンピュータ用磁気ディスク等に記録された情報の中には、紙に再現すると情報の脱落が大きいものもあり、紙への再現が最善であるとは限らない。音声情報がその代表例である。音声情報を記録したコンピュータ用磁気ディスクあるいは光ディスクは、録音テープと同様に、法廷で再生するのがベストである。他方、マイクロフィルムは、この記録方式が廃れてかかっている現在、その法廷での再現が困難な場合があろう(小型の適当な再生装置があればよいが、なければ困難である)。マイクロフィルムを直接の証拠調べの対象とするより、それに記載された情報を再現した紙を対象物件(裁判官の閲読の対象物件)とするのが、多くの場合は、適当であろう。
注2 例えば、「写しが原本として提出されると、原本との同一性は、写しの証拠価値にかかわる補助事実になる」([伊藤*民訴1.1]355頁注354)という表現は、それ自体は全く正当である。しかし、文中の2つの「原本」は意味を異にする(「彼は社長であって社長でない」という表現の「社長」と同様に多義的である)。そこで、前者を「手続上の原本」、後者を「真の原本」と呼ぶこともあるが、むしろ、最初の原本を「証拠調べの対象」と言い換える方が明快である。
注3 同じ条文の中で、書証が「証拠調べの方法」の意味と「証拠調べの対象物たる文書」の意味で用いられ、しかも、「文書」の語も出ている。うまく読み分けてほしい。
注4 著作権法と対比させて言えば、民事訴訟法上の文書は、言語により思想・感情を表現したものである。絵画は、著作権法上は著作物の一種であり、思想・感情を表現したものとして扱われるが(同法2条1項1号)、民事訴訟法上は文書にならない。写真や地図も同様である。これらは、通常人が読み取ることができる情報を表している範囲で文書に準じて扱われる。楽譜は、それが一定の思想・感情を表現していても、通常人が一定の共通性をもってそれを読み取ることは困難であるので、鑑定が必要となることが多いであろう(233条を類推適用して職権で鑑定を命じてもよい。当事者の申出に基づく通常の鑑定も、もちろん可能である)。
注5 雑誌に掲載された論文等を証拠文書として提出する場合、言葉の本来の意味での原本は印刷の基礎となった原稿(ないし最終校正のなされたゲラ刷り)であろうが、印刷された雑誌そのものを証拠文書として提出することも少なくない(原本が単数であるとはかぎらないが、手書き原稿を製版して印刷した文書は、原本ではなく複製物である)。のみならず、当該雑誌の新規入手が困難であり、図書館が貸出しを認めていなければ、雑誌の該当部分を機械により複製して、その複製物を証拠文書として提出することもできる(これは、複製物の複製物である)。論説作成者の意思が印刷物あるいはその機械的複製物に正しく表明されていることに強い推定が働くからである。
注6 要証事実との関係で作成者不明のままでも証拠として意味がある場合(実質的証拠力を有しうる場合)には、作成者不明のまま書証の対象たる「文書」になると考えることもできる。ただ、これは定義の問題にすぎず、228条の存在を考慮すると、文書を作成者が特定できるものに限定しておく方が混乱が少ないであろう。この講義では、この視点から作成者が不明な言語表現物を「準文書」と位置付ける。
旧法下の新しい見解は、次のものも利益文書となりうるとした(但し、以下の例は伝統的な立場からは、否定されうる)。
注8 最高裁判所 平成11.11.12 第2小法廷決定は、自己利用文書の一般論において、文書の開示により生ずる「看過しがたい不利益」の例として、(α)個人のプライバシーが侵害されること、ならびに(β)個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されることを挙げた。そして、貸出稟議書が自己利用文書に該当する旨の説示において、開示により生ずる不利益として(β)のみを挙げた。貸出稟議書にも年収等のプライバシーが多々記載されているであろうが、これは挙げられていない。なぜであろうか。融資を受けた者の承継人が提出命令の申立人であるから、プライバシー侵害のおそれを開示拒絶理由にしえないからであると言えばそれまでであるが、しかし、それ以上に、金融機関内部における意思形成の自由を決定的な理由と考えたからであろう。自由な意思形成は、将来における自由な意思形成であり、ある金融機関の貸出稟議書について文書提出命令が発せられると、当該金融機関にとどまらず、他の金融機関も将来の意思形成に影響を受けることは十分に予想できる(波及的効果・萎縮的効果)。貸出稟議書について文書提出命令を認めるべきか否かに際しては、この波及的効果も考慮すべきであろう。そして貸出稟議書を含めて融資関係の稟議書について文書提出命令を否定することは、金融機関の融資の意思形成の自由を保護する必要に基づくということができる(融資業務の自由の一般的保護)。この要請がもっとも強く働くのは、貸出をしない旨、申込額の一部のみを融資する旨、あるいは融資を引き上げる旨を決定した場合の稟議書である。とりわけ、債務者が暴力団員と関わりをもちつつあることを理由に融資を引き上げる旨の決定の資料が文書にされている場合に、その文書の非開示の要請は極めて強い。しかし、申込額の全額またはほぼ全額を融資する旨が決定された場合の稟議書にも、これと同等の強い要請があるのであろうか。金融機関の破綻が国民にどのような負担を課すかは、2000年前後に我々が強烈に経験したことである。最高裁判所 平成12年12月14日 第1小法廷 決定(平成11年(許)第35号)))において、町田裁判官が少数意見の中で指摘するように、貸出稟議書は貸出の意思決定の適正を担保し、その責任の所在を明らかにすることを目的として作成されるものである。訴訟において、貸出しの正当性を相当程度疑わせる具体的事情が主張され、その主張が相当程度証明された場合には、貸出稟議書も開示されることがあり得るとすることにより、貸出稟議書の充実性・正確性を高めることを促進すべきものと考えたい。
注9 商業帳簿については、見解が分かれている。まず、(A)商業帳簿を民訴法220条のいずれかに該当するものと、そうでないものとにわけ、後者については商法35条のみが適用され、前者については民訴法220条のみが適用されるとする見解がある。次に、(B)当事者は220条と商法35条のいずれに基づいても提出命令を申し立てることができるが、商法35条に基づく提出命令には民訴法224条の適用はないとする見解がある。以上につき、[注釈*1995a]59頁参照。
注10 文書の写し・証拠説明書を相手方に直送する場合には、同時に訳文も直送する(規138条2文)。文書の写しを直送しない場合(規137条2項が適用されない場合)には、訳文は、書証の写し・証拠説明書と共に提出すべきである([条解*1997a]295頁。[最高裁*1997b]181頁以下は、それが望ましいとする)。
注10a 規則139条により書証の写しの提出期間が定められる場合には、証拠説明書と訳文もその期間内に書証の写しと同時に提出すべきであり([条解*1997a]296頁)、裁判所は、提出期間を定める際に、その点を明示すべきである。
注12 [伊藤*2000b] 426頁)、[条解*2011a]1204頁(加藤新太郎)
注13 書証の申出の方法として、所持文書の提出と文書提出命令の申立ての2つを併記していること、提出された文書のどの部分を証拠調べの対象とするかの選択権を当事者に認める必要はないことを理由に、文書提出命令にしたがって提出された文書は、当事者から文書提出の方法による書証の申出や援用を待つまでもなく、全体が書証の対象(閲読の対象)となるとする見解もある([伊藤*民訴v4]405頁・429頁)。この見解に従えば、原本が提出又は送付されてきた場合に、記録に編綴される写しを誰が作成すべきかの問題が生じよう。
注14 [兼子*体系]276頁は、文書の証拠力の説明の中で、「文書を特定人の思想の表現としてでなく、その種の文書の存在を証拠にする場合は、それに該当する文書であれば足り、作成名義の真否の問題が起こらない(例えば、ビラや落書きを当時の流行や世論の証拠として提出する場合)」と述べる。この種の文書も書証の方法で取り調べる趣旨と理解してよいのか、それとも検証の方法で取り調べる趣旨と理解すべきなのか([伊藤*1991b]753号16頁注3)、迷うところである。
注15 拡大あるいは縮小コピーの場合や書き込みの場合などに問題が生ずる。こうした問題を含めて、文書の写しによる証拠申出を詳しく検討するものとして、[伊藤*1991b]755号51頁以下参照。
注16 著作権法114条の2について、[田村*1998a]290頁以下、[加戸*2000a]636頁がこの趣旨を説いている。もっとも、商法35条や特許法105条による提出命令に当事者が従わなかった場合に224条の適用ないし準用があるかについては、見解は分かれる。[清水=安倉=塩月=小松*1995a]222頁以下参照。
注17 [田村*1998a]290頁も参照。「技術又は職業の秘密」と言えるためには、その事項が公開されると、当該技術の有する社会的価値が下落しこれによる活動が困難になるもの又は当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものであることが必要であるとされているので(技術文書について、最高裁判所 平成12年3月10日 第1小法廷 決定・民集54巻3号1073頁)、損害額の算定に必要な書類がこの意味での営業秘密文書に常に該当するということにはならないであろう。しかし、たとえこれに該当したとしても、被告が原告の著作権等を侵害したことにより生じた損害の算定のために提出が要求されていることを考慮すると、裁判所が権利侵害の高度の蓋然性を認めた上で損害額の算定のために必要であるとして発した提出命令には従うべきであり、これにより生ずる不利益を被告は甘受すべきである。なお、著作権法114条の2は、現行民事訴訟法が平成8年法律第109号として制定された後の平成8年法律第117号により新設されたものである。
注18 最高裁判所 平成12年3月10日 第1小法廷 決定(平成11年(許)第26号)(教科用図書検定調査審議会作成の、検定申請のあった教科用図書の判定内容を記載した書面及び文部大臣に対する報告書が、専ら文部省内部において使用されることを目的として作成された内部文書というべきであり、民訴法220条3号後段の文書に当たらないとされた事例)
注19 最高裁判所 平成11年11月12日 第2小法廷 決定(平成11年(許)第2号)。
注20 単なる実例でしかないが、東京高等裁判所 平成12年7月12日 第13民事部 判決(平成11年(ネ)第5907号)参照。
注21 旧法下における議論につき、[加藤*1996a7]224頁以下参照。
注22 旧法下では、準文書は、法文上、下足札等の「証徴の為作りたる物件にして文書にあらざるもの」に限定されていた(大正民訴332条)。これと比較すると、平成民訴法は準文書概念を飛躍的に広げたものということができる。
注23 [条解*1987a]1042頁(松浦馨)、[加藤*1996a7]213頁など。
注24 書証と検証との差異につき、[加藤*1996a7]213頁参照。
注25 これに反対の見解として、[伊藤*民訴3]378頁があり、会社内部の稟議書、入試の際の内申書、教科書調査官の意見書等も、挙証者と所持者の法律関係またはこれを基礎づける事項が記載されている限り、法律関係文書に該当するとする。
注26 平成13年改正前の当初の民訴法における220条の立法過程は、政治的力関係の妥協の過程である。製造物責任訴訟や株主代表訴訟等において提出命令が発せられることを恐れる経済界、情報の非開示を権力の源泉の一つとする行政機関、事案を解明して実態に即した裁判を求める法曹界とその背後にいる一般市民の政治的力関係の結果と言ったら言い過ぎであろうか。立法経過につき次の文献を参照:[長谷部*1998a3.1](法務省から示された「検討事項」の概要と評価が記されている)、[曽田*1997a](法務省が作成した原案の修正過程についての説明が興味をそそる)。
注27 このことから、内部文書はインカメラ手続を経ずに判断できる文書であると構成する見解もある([曽田*1997a]55頁)。
注28 4号において除外文書が但書の形で規定されていないので、規定の体裁に従えば、申立人が除外文書にあたらないことの客観的証明責任を負うと解釈されることになる。そして、インカメラ手続は、その証明の困難を救済するための措置であると位置づけられる。
しかし、これには次のような疑問が生ずる。
これらのことを考慮すれば、規定の体裁に関わらず、提出命令の相手方が4号の除外文書に該当することの客観的証明責任を負うとするのが合理的であり、そのように解してよいであろう。なお、法律関係文書については内部文書が除外文書になるが、これについては明文の規定がないので、規定の体裁から証明責任の所在を言うことができないが、それだけに法律関係文書であることが証明されたあとでは、内部文書に当たることの客観的証明責任を所持者が負うと解釈することができる。
証明責任は申立人(挙証者)が負うとの一般論を前提にしつつも、挙証者が除外文書に該当しないことの一応の立証をすれば、除外文書に該当することを所持者が立証することが必要となるとの見解もある([田原*1996a]63頁、[曽田*1997a]55頁)。「一応の立証」の意味は明確ではないが、(α) 「裁判官に確信を得させること」と同じ意味であるとすれば、一般に承認された証明責任論に従えば、所持者のなす立証は反証で足り、証明までは必要ないことが強調されるべきであろう。他方、(β)「裁判官に確信を抱かせるほどではないが、それに近い心証」の意味であり、かつ、(β1)その程度の立証で足りるという趣旨であれば、証明度の低減となる。(β2)その程度の立証では足りないが、所持人に除外文書に該当することの立証の必要が生ずるというのであれば、その理由が問題となるが、証明義務を負わない者の事案解明義務として、立証を要求されるという趣旨であろうか。いずれにせよ、(β)の場合には、除外文書に該当しないことの証明責任を申立人に負わせただけではすまないとの認識が基礎にあることになる。
注29 [田原*1996a]64頁、[曽田*1997a]59頁など。他方、[伊藤*2000b]416頁は次の趣旨を説く:両概念は、関係する規定が相違するのであるから厳密には一致しないが、平成11年判決と平成12年判決の「判決理由にいう定義を比較すれば、実質的に両者の間に大きな違いはなく、ここでは、一般義務文書提出義務の除外事由としても、また法律関係文書該当事由としても、自己使用文書性が基準となることが判例上確立されたと理解する」。
注30 現行法は、イン・カメラ手続を受訴裁判所(審理を担当する裁判官)が行うものとしている。事件全体との関係で当該文書の証拠としての重要性と開示により所持者に生ずる不利益とを総合的に考慮して提出義務の存否を迅速に判断できるという点では、これも一つの合理的な選択肢である。しかし、これでは両当事者に平等に開示されない文書に基づいて裁判官が心証を形成する可能性があるから、イン・カメラ手続は別の裁判官が行うのを原則とすべきであるとの批判が強い([長谷部*1998a3.1]95頁、[高橋*重点講義・下v2.1]202頁以下)。
注31 平成13年改正前にあっては、公務員・元公務員が保管又は所持する文書は、220条4号から除外されていたので、これらの者が所持する文書について提出義務を根拠づけるために3号が援用されることが多く、その関係で内部文書概念は重要であった。しかし、これらの文書も220条4号に服するとされた現在では、220条3号よりも4号の方が適用範囲が広いために、内部文書の概念が提出義務の否定のために実際に機能することは少なくなった。4号ニに規定されている自己利用文書の概念の方が重要となつている。
注32 大阪高等裁判所 平成11年4月27日 第8民事部 判決(平成9年(ネ)第3587号)で問題になった「ときめきメモリアル」のようなシミュレーションゲームソフトは、それ自体としては情報を記録した物件であるが、そのゲームがいかなる内容のものであるかを知るために裁判官が実際にゲームをすることは、書証と言うより、もはや検証であろう。ゲームソフトであるため取り調べにより裁判官が感得する情報が、プレイのしかたによりさまざまに変化し、それを裁判記録に留めるためには、裁判官が感得したことを言葉や図で表現するという別個の作業が必要だからである。録音テープの場合には、裁判官が感得することはその物件に直接的・直線的に記録されており、言葉で言い直す必要はない。この点で、ゲームソフトを実行するという証拠調べの方法は、検証に含めるのが素直である。ただし、例えばゲームソフトの登場人が発する台詞だけを証拠調べの対象とするような場合には、なお、書証というべきである。そして、ゲームソフトの媒体の所持者が台詞を書き換えることができるようになっているゲームソフトについては、当該台詞が自己利用文書に該当する場合もありうるので、文書提出義務の有無が審査されるべきであろう。
注33 一通の文書の内に開示すべきでない部分がある場合には、原本の写しを作成し、非開示部分を墨で塗りつぶした写しを証拠調べの対象文書として提出することも認められるべきである。
注34 平成13年の改正前においては、次の区別が重要であった。
平成13年の改正前においては、公務文書については4号が適用されないため、国家賠償事件においては、3号後段の適用が主張されることが多かった。
現在では、公務文書も原則として220条4号の一般提出義務に服するが、同号ロ・ホにおいて一定範囲のもの(公務秘密文書と刑事事件文書)が除外されている。また、自己利用文書を一般提出義務の対象外とする同号ニのカッコ書きにおいて、国または地方公共団体の所持する文書で公務員が組織的に用いるものは提出義務に服すものとされている。
注36 平成13年改正前においては次の差異も指摘することができたが、現在ではあまり意味がない。
注37 大阪地決平成12年3月28日金融・商事判例1091号22頁は、その第一審判決である。
注38 少年法や犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律では、文書の閲覧と並んで謄写も認められているが、刑事訴訟法や刑事確定訴訟記録法では、謄写を認める文言は見あたらない(もっとも、[深山=菅家ほか*2001a]10頁は謄写も許されることを前提にしているので、実務はそのような取扱いなのかも知れない)。文書の謄写が許されとしても、なお、文書提出命令の必要は残ろう。
したがって、刑訴法等の規定により刑事関係文書の閲覧または謄写が許されるべき場合には、民訴220条2号により提出命令を発することができ、刑事確定訴訟記録法4条等の閲覧要件を充足するか否かは、受訴裁判所が判断するものと解したい。
注39 この規定がなかった大正15年法下において、提出を命じられた文書の記載内容により証明すべき事実を認定した先例として、東京高判昭和54年10月18日判タ397号52頁がある(自衛隊の航空機が墜落しパイロットが死亡し、その遺族が事故原因は機体の整備不良等にあると主張して国に対して国家賠償を請求した事案において、原告(遺族)からの申立てに基づき被告(国)に対して事故調査委員会作成の「航空事故調査報告書」の提出が命じられたが、口頭弁論の終結に至るまでに被告が提出しなかった事例である。この事件においては、要証事実を「他の証拠により証明することが著しく困難である」ことはあきらかであるが、その点の指摘は特になされていない)。また、この先例を支持して、この規定の基礎となった論文とした、[竹下*1981c](竹下守夫「模索的証明と文書提出命令違反の効果」『吉川大二郎博士追悼論集(下)』(法律文化社、昭和56年)163頁)がある。
注41 このことも考慮して上申書ないし陳述書を事実認定の根拠(証拠原因)にしたと見ることのできる事例として、次の裁判例がある。
注42 陳述書をその作成経緯の点から整理すると、次のようになろう。
注43 署名は本人しかできないが、押印は他人でもでき、かつ、本人が押印する場合でも、押印は署名よりも簡易であるからである。そして、押印する文書の内容を十分説明せずに押印させる等の手口により印影を詐取し、不当な債務を押しつけるという事例が跡を絶たないために、4項中の「又は押印」の削除を求める運動がある。報道として、[山田*2003a]も参照。
民訴法228条の改正を求める運動のホームページ。
国会でも問題された。
デジタル技術の進歩により印章あるいは印影の偽造も容易な時代になったことも考慮すると、2段階推定の1段目の推定は、状況に応じて、慎重になされるべきである。
注44 最近時々ニュースに流れることのある証拠保全として、コンピュータソフトの違法コピーの差止請求および損害賠償請求訴訟のための証拠保全(検証)がある。違法コピー防止運動をしている業界団体であるBSA(Business Software Alliance)のサイトにあるニュースリリースには、下記のような証拠保全が報告されている。
注45 審決事件の記録については、謄写が認められているだけであり、その謄写物について事件記録との同一性を認証する文言までは付されないから、文書送付嘱託あるいは文書提出命令の方法によることになる。
注46 独禁法69条の利害関係人(閲覧等の請求をできる者)の範囲について、最高裁判所 平成15年9月9日 第3小法廷 判決(平成14年(行ヒ)第242号)参照。
注47 録音テープが法廷で再生されたとまでは判決文は記されていないが、法廷で再生されるべきものである。法廷で再生されてこそ、裁判所と当事者との間の情報共有が確実になり、三者は再生後直ちに意見を述べ合うことができ、相手方は裁判官の反応も見ながら次の対策を考えることができることになるからである。もちろん、裁判の一般公開原則も、法廷での再生に味方する。なお、この点は、検証とするか書証とするかに関わらない。
注48 人の発話の録音テープを例にして、規則147条による137条から146条の準用のうちで注意を要するものを見ておこう。
注49 常になるという趣旨ではない。証拠保全の実施から訴え提起まで年数が立っている場合には、記憶が不正確になる場合もあろう。例えば、本文に挙げる大阪地判平成15年の事件では、平成12年7月5日に証拠保全が実施されたが、その後に交渉があったためか、訴えが提起されたのは平成14年である。
注50 制度の概要ならびに関連する私法上の問題につき、[岡村*200a]=岡村久道「電子署名法の解説」を参照。電子署名の制度は新しい制度であるため、さまざまな未解明の問題点があり、制度を理解していく上で、外国法との比較検討も不可欠である。日本の制度とドイツの制度とを比較検討する論文として、[佐藤*2004a] =佐藤優希「民事訴訟における電子文書の証拠力−−ドイツとの比較を中心に−−」比較法第41号(2004年3月)453頁-495頁がある。
注51 特許法105条について、[清水=安倉=塩月=小松*1995a]219頁、[三村*2017a]101頁は「知的財産権法の規定と民事訴訟法の規定の双方が重畳的に適用される」と述べているが、これも同趣旨と思われる。
注52 [清水=安倉=塩月=小松*1995a]=清水利亮=安倉孝弘=塩月秀平=小松一雄『工業所有権関係民事事件の処理に関する諸問題』( 司法研究報告書第41輯第1号(昭和62年度司法研究) 法曹会、平成7年7月20日第1版第1刷)220頁(従って、「却下決定は、即時抗告の機会を保障するめたにも、できるだけ早い段階で明示的に行うのが望ましい」とする)。
注53 例えば、損害額の立証を目的に提出命令の申立てがあった場合に、賠償責任自体を否定する心証が得られている場合がそうである。このような場合には、明示的な却下決定をすることなく弁論を終結することもあるとのことである([清水=安倉=塩月=小松*1995a]220頁)。
注54 [清水=安倉=塩月=小松*1995a]220頁(提出期限または期日を指定するのが通常であるとする)。提出期限は、命令確定後何日以内という形で指定するのが望ましいであろう。
注55 [清水=安倉=塩月=小松*1995a]221頁、[裁判所職員総研*2005a]220頁、[梅本*民訴v4]859頁(提出された文書について、「挙証者はその文書の全部又は一部を証拠として援用することを要する」という。しかし、援用だけで足りるかは疑問である。記録編綴用の写しの作成も挙証者がすべきであるから、「申出」ないし「提出」と言うべきと思われる)・863頁(送付された文書について、「必要なものだけを証拠として提出する」)。
注56 [清水=安倉=塩月=小松*1995a]221頁。この場合には、提出された文書を所持していない当事者に閲覧および複製の機会を与えるべきである。
注58 現行法における検証と書証の使い分けについて、次の文献を参照(いずれも多数説である):大竹たかし「提訴前の証拠保全実施上の諸問題」判例タイムズ361号(1978年)79頁、東京地裁証拠保全研究会『証拠保全の実務』(金融財政事情研究会、2010年)110頁以下;園部厚『書式 意思表示の公示送達・公示催告・証拠保全の実務──申立てから手続終了までの書式と理論(第5版)』(民事法研究会、 2011年)180頁以下;東京地方裁判所証拠保全収集処分検討委員会・東京地方裁判所医療訴訟対策委員会「電子カルテの証拠保全について」判例タイムズ1329号(2010年)6頁以下。
沿革的には、証拠保全手続において用いることのできる証拠調べの方法は限定されていたが、徐々に拡充された。[高見*1983a]322頁以下参照。すなわち、明治23年民事訴訟法は、証拠保全の方法として「証人若くは鑑定人の訊問又は検証」のみを認め、書証を認めていなかった(365条)。文書の成立の真正の確認は証書真否確認の訴えによって達することができ、また、文書の成立の真正について証人尋問や鑑定、検証を行うことができるから、証拠保全として書証を認める必要はないとの考えがとられ、文書の証拠保全においては、その現状を保存すれば足り、それは検証になるとされていたのである([松岡*1929a]628頁以下参照。証書の紛失のおそれがあるときには、検証により文書の内容を保存し、成立の真正については、検真(明治23年法365条、平成8年法229条)を検証として行うことができるとする)。上記の理由付けのうちで、文書の成立の真正を証拠保全により確認しておくことが必要になる場合は、証書真否確認の訴えが許される場合より広いのであるから、後者が許容されることをもって前者を否定することは妥当ではなかろう。また、文書の証拠保全手続において成立の真正も確認しておく需要があるのは確かであるから、検真を検証として許すのであれば、直裁に書証を許してよかろう。大正15年法では、証拠調べの方法を限定せず(343条)、書証も許容された([松田*1970a]20頁以下参照)。現行法もこれを踏襲している(234条)。
注59 証拠保全の申立てをする者が原告となり、相手方が被告になるのが通常であるが、これに限られない。自ら訴え提起する予定で証拠保全の申立てをしたら、相手が先に訴えを提起する場合もあろうし、相手からの訴えを予期して証拠保全の申立てをする場合もあろう。
注60 これが原則であるが、文書提出命令あるいは検証物提示命令の確定後に文書あるいは検証物の取り調べをする場合には、その確定後にその取り調べの日時・場所を追って指定することになろう。
注61 証明すべき事実・証拠・保全の事由から一意的に決まるためであろうか。
注62 文書の現状を保全するために検証を行う場合に、その実施場所は、裁判所でも、所持者の住所地ないし文書の現在地でもよい。改竄のおそれがあることを理由とする証拠保全については、所持者の住所地ないし文書の現在地で実施するのが適当となろう。[清水=安倉=塩月=小松*1995a]228頁参照。
注63 「証拠保全」の語の基本的な意味は、本文で述べたような「証拠調べの実施目的」ないし「実施目的に相応した実施形態」である。「証拠保全」の語は、このほかに、「証拠保全を行う」という場合のように、「証拠保全のための証拠調べ」の短縮語として使用されることもある。
注64 223条では相手方に対して提出命令を発する場合に相手方を審尋しなければならないとは規定していないが、これは当事者として当然に意見陳述の機会があるから規定しなかったまでであり、陳述の機会を与える必要はないという趣旨に理解すべきではない。
注65 [竹下ほか*1999a]313頁(福田剛久)は、録音テープは準文書になるとの一般論を展開しつつも、騒音を録音した部分だけが証拠調べの対象になる場合には、検証としてもよいとの考えを示唆する。
注66 これは、金融監督庁長官の命令に基づき損害保険会社の旧役員の経営責任を明らかにするために保険管理人が設置した弁護士及び公認会計士による調査委員会の調査報告書は,民訴法220条4号ハ所定の「第197条第1項第2号に規定する事実で黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書」には当たらないとされた事例である。
注67 金融機関の貸出稟議書以外の文書の事例をいくつか上げておこう。
自己利用文書に該当するとされた事例
自己利用文書に該当しないとされた事例
注68 [高橋*重点講義・下v2.1]134頁注141[伊藤*1991b]=伊藤滋夫「書証にかんする二、三の問題(上・中・下)−文書の成立の真正と文書の写しによる証拠の申出」判例タイムズ753号15頁以下が詳しい。
注69 例えば、無断録音テープの反訳書は、発話者の意思に基づいて作成された文書とはいえない。反訳者を作成者と見るべきである。この場合には、発話者の思想が反訳書に記載されていることの証明のために、反訳書作成者や録音者の特定も必要となるのが通常となろう。
注71 どの程度具体的に記載すべきであるかが問題となるが、個々の事件における提出命令の発令の要否の判断に必要な範囲で記載すれば足りるとすべきであろう。
注73 [伊藤*民訴1.1]349頁は、次のように述べて、陳述書を証拠とすることにかなり厳格な態度をとっていた:「当事者や証人など本来人証の対象たるべき証拠方法については、主尋問および反対尋問によって証拠資料の形成にかかわる権能を当事者に付与し、また、裁判所も尋問の結果から直接に心証を形成することが要請されるのであり、それを回避するために証言内容を文書として提出することは、原則として許されるべきではない。もっとも、相手方当事者が証言予定内容を書証とすることに同意し、かつ、裁判所もそれで足りると認めたときは、便宜的取扱いが許される」。この基本的姿勢は、[伊藤*民訴v3]352頁以下でも維持されているが、それでも陳述書の理解補完機能や尋問補完機能を肯定的に評価しており、また、陳述書を「事案提示型陳述書」と「主尋問代用型陳述書」とに区別して、批判されるべき陳述書を後者に限定することを明確にしており、微妙な変化が感じられる。
注74 [藤本*2001a]=藤本利一「陳述書提出事件の実態分析──陳述書の利用状況把握に向けた準備的考察──」立命館法学271号=272号(下巻)(2001年2月3日)1448頁以下)
注75 陳述書の作成およびその利用の経緯は様々であろうが、弁護士が会社から訴訟委任を受けた場合の一つのパターンは、次のようなものとなろう。
注76 もちろん、反訳書から裁判官が読みとる思想は反訳者の認識であると理解することもできる。その場合には、形式的証拠力の問題となるのは、反訳者がその反訳書を作成したことのみであり、誰の発話の録音テープを反訳したかは形式的証拠力の問題ではなく、実質的証拠力の問題となる。反訳者の認識が信頼できるか否かも、実質的証拠力の問題と位置づけられる。
注77 文書の信用性に関する3つ概念も、証拠の信用性に関する判断作業を合理的に行うための判断枠組みであり、判断枠組みの設定自体に意味があるわけではない。合理的な判断を可能にする判断枠組みは複数存在するのが通常である。合理性が確保されている限り、どの判断枠組みをとるか、あるいは、ある事項を判断枠組みのどれに入れるかについて、それほどこだわる必要はない。
注78 開示不利益性が否定された事例として、本文引用の先例の外に、次のものがある。
注79 現行法の下で文書提出義務が証言義務や検証義務と同様に一般義務化されたというべきかは、4号の除外事由が証言拒絶理由(196条・197条)よりも広いことなどを考慮すると、迷うところであり、「一般的義務に近くなっている」との評価も可能である。ただ、多くの文献が「一般義務化された」とし。4号は「一般義務規定」であるとしているので、この講義でもその評価に従うことにする。なお、4号の規定による提出義務については、221条2項・223条3項から6項において、他の号による提出義務とは異なる特則が設けられているので、この特則が残る限り、4号が一般義務規定であるからといって、他の号は不要であるとすることはできない。
注80 こうした専門用語を定義なしで用いるのは、立法の仕方として不親切である。「立証趣旨」の語が「証明すべき事実およびこれと証拠との関係」を意味する語として自明であるならば、規則99条1項でもこの語を用いるべきであり、自明でないのでれば、規則99条1項で「以下「立証趣旨」という」という形でその定義がなされるべきである。もし別の意味で用いられているのであれば、なおのこと定義が置かれるべきである。
注81 この申出がなければ、申立てを却下することになるが、しかし、この申出をさせる意義がどの辺にあるかは明瞭ではない。申立人は、提出されるべき個々の文書の表示と趣旨を明らかにすることが著しく困難であることを主張・立証しているのであるから、この申出を経ることなく、裁判所は、職権で文書の所持者に対しこの識別事項に該当する文書の表示と趣旨を明らかにすることを求めることができるとしてよいと思われるからである。
注82 ただし、報道関係者の取材源の証言拒絶について、最高裁判所 平成18年10月3日 第3小法廷 決定(平成18年(許)第19号)が、次のように利益衡量を説示している:「当該取材源の秘密が保護に値する秘密であるかどうかは,当該報道の内容,性質,その持つ社会的な意義・価値,当該取材の態様,将来における同種の取材活動が妨げられることによって生ずる不利益の内容,程度等と,当該民事事件の内容,性質,その持つ社会的な意義・価値,当該民事事件において当該証言を必要とする程度,代替証拠の有無等の諸事情を比較衡量して決すべき」である。
注83 この決定では197条2項への言及はないが、条文の文言上は1項3号の場合にも2項の適用があるとされているのであるから、職業の秘密の根拠が他人に対して守秘義務を負っていることにある場合(他人に守秘義務に違反して情報を開示することにより職業上不利益を受ける場合)には、その他人が挙証者に対して開示義務を負うことにより情報保有者も秘密保持義務を免除されたと解して、197条2項の適用あるいは220条4号ハの不適用により、情報保有者は情報開示(証言や文書提出)の義務を免れないと構成することも可能であろう。
注84 証明責任の視点からすると、幾分気になる表現である。228条により文書の成立の真正は、書証の申出をする者が証明する責任を負うから、そして228条2項・4項の推定は証明責任の転換をもたらすものではないとの考えを前提にすれば、書証申出者の相手方が文書の成立の不真正を証明する責任を負うことはないのであるから、「成立の真否」ではなく「成立の真正」は、筆跡又は印影の対照によっても証明することができる、というのが素直な表現であろう。「成立の真否」を証明することができるとする229条1項は、文書の成立の真正が強く推認される状況下で、筆跡又は印影の対照の方法を用いてその推認を動揺させる(反証する)ことをもって、「文書の成立の不真正を証明する」と表現したと理解すべきであろう(同項の「証明」は反証を含む広い意味での証明である、と説明することになる)。他方、228条2項・4項の推定を証明責任の転換をもたらす推定と解する立場に立てば、229条1項の中の「不真正の証明」は、推定が成立する場合を念頭においての文言と理解することになろう。
注85 なお、電子署名が本人によって行われたことの認証業務に関する規定として、次のものがある(全体像につき[岡村*2000a]参照)。
注86 情報が電子媒体上に記録されていて、それを印字(プリントアウト)することにより裁判官が直接閲読可能な文書が作成され、その文書が証拠調べの対象になる場合には、情報が記録されている電子媒体(準文書)が原本になる。紙に印字することができる情報については、証拠調べの便宜のために、証拠調べの対象となるのは印字された紙(文書)である。これを文書としての原本とみることができるが、ただ、この原本は幾つも作成することができ、原本を観念する意味は小さい。重要なことは、電磁媒体上の情報が正しく紙に印字されていることであるので、印字の段階で、印字者が電磁的記録の内容を正しく印字したことを認証する文言を付せば、それが文書としての原本になる(それを複製した文書との関係で原本になる)。ただし、電磁的記録との関係では、電磁的記録が原本になり、印字により作成した文書は写しと位置づけるべきであろう)。
電磁的媒体の間では、問題となる情報の記録のために第一次的に用いられる電磁媒体が原本となり、そのバックアップ用の媒体は写しである。しかし、特別の操作がなされない限り、データの同一性は情報技術的に担保されるので、どれを原本とみるかは、あまり重要ではなかろう。このことは、情報の記録のために用いられた媒体(ハードディスク)が定期交換の時期に交換され、従前のデータが新しい媒体に転写された場合に、特に当てはまる。
重要な情報が厳格に管理されたデータベースに蓄積されていて、そのデータベースからさまざまな情報を引き出して、その情報を証拠として用いる場合には、そのデータベースで用いられている媒体(準文書)を原本と観念することになる。証拠調べの対象となるのは、データベース中の情報が印字に適するものであるときは情報を印字した紙であるが、データベース中のデータが改竄されていないことを担保するために、データベースの管理状況が補助事実として主張されるべき場合もあろう。
注87 大学を舞台にした設例で考えてみよう。
設例1 大学でハラスメントの被害者(例えば学生)から救済の申し立てがなされた場合の救済ルールは、各大学によって異なろうが、通常は、ハラスメント調査委員会が設置される。
いずれの類型のハラスメントであっても、調査委員会の判断を絶対視するのは適当ではなく、裁判所の判断を批判する機会が与えられているのと同様に、その判断あるいは手続を公的あるいは私的な場で批判する機会は当事者双方に与えられるべきであろう(ただし、組織内秩序をどのように図るかということとも関係する難しい問題であることは、否めない)。正当な批判に必要な範囲では、秘密保持義務も解除されると考えたい(もちろん、加害者が批判を述べる場合に、申立人の氏名まで開示する必要はないのが通常であることに留意すべきである)。調査委員会は、そうした批判に耐えることができるように、調査活動の記録を作成すべきである。
申立人によって加害者と主張された者(しばしば教員)は、通常、相手方と呼ばれる。この調査委員会は、(1)事実関係を調査し、(2)確認された事実関係の下で相手方の行為がハラスメントに該当するか否かの判断を行い、(3)ハラスメントに該当すると判断された場合には、適切な救済措置を提案する。救済措置の内容は、しばしば、相手方に対する制裁(懲戒規定に基づく懲戒処分)である。調査委員会によりハラスメントが認定されると、調査委員会は、救済の提案を含む報告書を学長に提出し、学長からの要請に基づき、その報告書に基づいて加害者に対して処分権限を有する機関(教員については、その所属する学部あるいは研究科の教授会)が懲戒処分をする(「報告書に基づいて」の意味は、様々に定めることができるが、事実関係については、「教授会又は教授会の設置する委員会が再度調査することなく、報告書で認定された事実に従って」の意味である。事実の評価(ハラスメントに当たるか否かの判断)については、報告書を尊重しつつも、教授会が独自にすることができると解してよいであろう。提案された処分の相当性については、教授会が自己の責任で判断すべきであろう)。相手方である教員に対して懲戒処分がなされた場合に、その取消訴訟・無効確認訴訟あるいは懲戒処分のない雇用関係の確認訴訟の訴えが提起された場合に、調査委員会の報告書や調査委員会の議事録が、文書提出命令の対象となりうるか、より特定的には、220条4号二の自己利用文書に当たるか否かが問題となる。以下では、私立大学の場合について議論することにしよう(国立大学法人が設置する大学の職員の身分は、非公務員型であるとされているものの、文書提出命令との関係で公務員と見なされるのか否かがまだ明確ではないので、これを除外して議論するという趣旨である)。
設例2 大学の保管する各学生の成績表は、本人に開示することが予定されているので、内部文書にはならない(なお、在学生本人あるいは卒業生本人から交付請求があった場合に、大学がそれを拒むことはないが、それでも法律関係文書として提出命令の対象になることも肯定しておくべきである)。このことを前提にすると、成績表について第三者から4号に基づいて提出命令の申立てがあった場合に、大学は、4号ニに該当するとして提出を拒むことは困難であり、学生の成績は大学と学生との間の信頼関係を維持するために第三者に秘密にしておくべき文書(職業上の秘密文書)であると主張して、4号ハに該当することを理由に提出を拒むことになろう。裁判所がこの提出拒絶理由を受け入れる可能性は高くはないが、しかし、成績情報の重要性を考慮すると、最高裁まで争うことは、学生との信頼関係の維持のために有意義であろう(なお、成績表は、通常はコンピュータの記憶装置内に保存されているが、これも文書提出命令の対象となることを前提にする。この場合の提出命令は、「記憶装置内の内容を印字して、内容が印字された紙を提出せよ」という趣旨の命令になる。「成績表を印字した紙が存在しない」ことを理由に提出を拒むことは許されない)。
注88 実例として、次の裁判例がある。
注89 225条に関し、[条解*2011a]1255頁。
注90 したがって、(a)訴訟当事者に対して文書提出命令を発した受訴裁判所は、同命令が確定する前に口頭弁論を終結して224条を適用することはできない。また、(b)提訴前の証拠保全手続において将来の被告に対して文書提出命令又は検証物提示命令が発せられたが、彼がこれに従わなかった場合に、命令不服従を理由にして224条を適用して証拠の改竄等を認定することは許されるが、その前提として、証拠保全手続において即時抗告の機会が与えられていることが必要であり、かつ、命令確定前の不服従について224条の適用はないと解すべきである。
注91 鑑定人も「尋問されるべき者」に含まれる。申請を受けた裁判所の管轄区域内に鑑定人適格者の居所がなければ、裁判所は管轄権を有しないことになり、その者の居所があれば管轄権を有することになる。その結果、証拠保全としての鑑定が鑑定人適格者が居所を有する可能性の高い大都市に集中する問題点が指摘されている([松田*1970a]34頁)。この問題に対処するために、鑑定対象が有体物である場合に、鑑定対象物所在地の裁判所にも管轄権を認めるべきであるとの見解もある([松田*1970a]34頁。解釈論としてこれに否定的な見解として、[東京地裁証拠保全*2010a]125頁がある)。
注92 事例として、大阪地方裁判所平成12年7月27日第21民事部判決(平成7年(ワ)第2692号)がある。
注93 文書所持者の送付義務の相手である裁判所ではなく挙証者が何故に文書所持者に対して賠償請求権を取得することができるのかという実体法上の問題が生ずるが、次のような構成が考えられる。
注94 即時抗告が提起されていない以上、検証物提示命令は効力を維持しているからそれに従うべきであるとの文脈において、この記述は、「未確定の命令に従わない場合にも、224条は適用されうる」との解釈を前提にしているように読める。しかし、その解釈には賛成できない。もしこの記述がその解釈を採用していないのであれば、その点を明確にすべきであり、その点をぼかして説得をするのであれば、自白の誘導と同様に狡猾な誘導と非難されよう。
注95 [注釈*2011b]478頁参照(224条の注釈として、「文書提出命令が確定したときは、提出を命じられた当事者はその文書を裁判所に提出しなければならない」と述べている)。証拠保全の場で突然提示命令等を告知し、即時抗告が提起されていないから命令は効力を有しており、命令に直ちに従わなければ224条により真実擬制がされうるとの見解は、実質的に見て、命令を受けた者の不服申立権を否定する見解と言わざるを得ない。
注96 証拠保全事件においては、同項にいう「訴訟記録」の中には、証拠保全の実施により得られた記録物(保全対象である文書の写し)も含まれる。
注97 第三者から筆跡を得る必要がある場合にも、同様である。ただし、第三者に筆記を命ずるためには、証人尋問を行なうことが必要である(規則119条)。
注98 証拠保全としての検証が行われる場合でも、文書・準文書の所持者の文書等の処分権(これらに記録された情報を管理する権利)は尊重されなければならない。例えば、銀行の貸出稟議書については、現在の最高裁判例を前提にすれば、特段の事情がなければ文書提出命令は認められないから、証拠保全手続においても、たとえ検証により文書の現状を保存する場合でも、特段の事情がなければ提示命令は許されないとすべきである。文書の検証により裁判所に属しない者が文書の内容を知りうることになる場合(典型的には、文書に写しを申立人も取得することになる場合)には、検証対象たる文書の提示命令には220条が類推適用され、同条所定の要件が課せられると解すべきである。
注99 裁判機関が構成されてから、裁判長により最初の口頭弁論の期日が指定され、それから訴状の送達がなされるという通常の時間的順序を考慮すると、ただし書の規定は、送達に手間取って訴訟係属が遅れる場合でも、裁判機関が構成された以上、これに証拠保全を申請することを可能にする点に意義があると言ってよい。
注100 ただし、「検証の方法により取り調べられる文書」を「検証」と言い表す慣行はない。それは、「検証物たる文書」あるいは「検証物」と言う。「検証物」との対応で「書証物」の語を用いることもできないわけではなかろうが、寡聞にして聞かず。
注101 ただし、建物の性質も有する記念碑(例えば、ニューヨークの自由の女神)になると、その記念を表す部分については書証の方法により取り調べき場合もあろう。その場合には、記念碑が原本で、その写真が写しになり、通常は、写しを取り調べて証拠資料を得る。
注102 なお、平成17年決定の事件においては、労働安全衛生法91条が引用され、92条が引用されていないので、問題となった復命書は、監督官が司法警察員として職務を執行する過程で作成した文書ではなかったと見てよいであろう。もっとも、労働安全衛生法91条の質問にも刑事罰(50万円以下の罰金。同法120条4号)の裏付けがあり、これと民訴法220条4号ホの規定の趣旨を考慮すると、関係者に対する質問が労働安全衛生法91条に基づくものであるか、同法92条に基づくものであるかより4号ホの適用の有無を区別するのがよいかは、問題である。ただ、民訴法220条4号ホは、「刑事事件」を要件要素にしている以上、刑事事件になることを前提にして労働安全衛生法91条の質問等がなされる場合は別として、そうでない限りは、現行法の解釈としては、同法91条による質問等に結果に基づき作成された記録は、民訴法220条4号ホの適用はないと解すべきであろう。
労基法101条の尋問や書類の提出要求についても刑事罰(30万円以下の罰金)の裏付がある(同法120条4号)。同法101条に基づいて作成された文書あるいは同条により提出させた書類ついても、労働安全衛生法について述べたことが妥当する。
注103 例えば次のような場合が考えられる。
注104 [高橋*重点講義・下v2.1]812頁は、争点整理の段階で利用される陳述書を「準備書面兼書証」と呼ぶ。
注105 [高橋*重点講義・下v2.1]822頁以下は、陳述書が訴訟代理人によって作成される場合について、陳述者が訴訟代理人から影響を受けることを問題を指摘しつつも、「証人の「汚染」は陳述書だけの問題ではないのであり、他の方法における汚染を不問に付しておいて、陳述書でのみこの点に厳しくするのは、実践的には説得力に欠ける」と述べる。
注106 訴訟代理人は、自身が体験していない事実を主張するのであり、誤りのない事実主張をしようとすれば、そうすることが多くなるのは、自然なことである。
注107 訴訟代理人は、陳述書の枝葉部分を削除して、重要部分を取り出す形で事実主張をするのが通常であるが、陳述書をほぼ全部引き写す形で事実主張をすることもありえよう。いずれの場合であっても、陳述書は準備書面にに記載された主張の証拠となりうる。
注108 この場合でも、陳述書の内容が主尋問において陳述されたと見るのは不適切であろう。
注109 最決平成11年と最決平成13年との関係 最決平成11年では、「特段の事情」が2つの文脈で用いられている。(α)非開示性と開示不利益性とが認められる場合には、「特段の事情がない限り」、220条4号ニの文書に該当するとの文脈と、(β)貸出稟議書は、非開示性と開示不利益性とが認められものとして、「特段の事情がない限り」、220条4号ニの文書に該当するとの文脈である。同判決は、(β)の文脈における「特段の事情」を(α)のそれと同じに考えていると思われる。
他方、最決平成13年は、(α)の文脈との関係では、「特段の事情」を認めたというよりも、開示不利益性を否定したとみるべきであろう。他方、(β)の文脈との関係では、判旨の結論部分において、「特段の事情」を「貸出稟議書は、特段の事情がない限り、非開示性と開示不利益性とが肯定される」の趣旨で用いているように見受けられる。
注110 開示の対象となるのは、請求された者が保有するデータのうちで、請求者本人のデータであると識別される個人データ(「保有個人データ」)である。「保有個人データ」の基礎となるのは「個人情報」である。これは、「生存する個人に関する情報であって」、「当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等(中略)により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む)」又は「個人識別符号が含まれるもの」(個人情報保護法2条1項)である。そのうちで、個人情報データベース等を構成する個人情報が「個人データ」である(同条6項。「個人情報データベース等」は4項で定義されている)。そのうちで、「個人情報取扱事業者が、開示、内容の訂正、追加又は削除、利用の停止、消去及び第三者への提供の停止を行うことのできる権限を有する個人データであって、その存否が明らかになることにより公益その他の利益が害されるものとして政令で定めるもの又は一年以内の政令で定める期間以内に消去することとなるもの以外のもの」が、「保有個人データ」である(同条7項)。データ保有者が個人情報の本人に付した評価情報(人事考課情報など)も一つの情報であり、これを除外する規定はないので、これも含まれると解すべきである([岡村*2004a]70頁以下)。開示義務の対象外となるのは、(α)2条7項の中で除外されているデータ及び(β)28条2項ただし書各号に該当するデータである。前者に該当するデータは、事業者が保有している場合であっても、開示請求者に対して存在しないと通知すれば足りる(平成27年改正前の旧規定に関し、[岡村*2004a]253頁)。他方、それ以外のデータについては、それが存在しない場合にはその旨を、それが存在する場合に(β)に該当することを理由に不開示の決定をしたときは、その旨を通知しなければならず(28条3項)、かつ不開示理由について説明する努力義務を負う(31条)。情報の開示は、文書による必要はないとされているものの、訴訟で利用するために情報の開示が求められている場合には、文書により情報を開示すべきである。
注111 「2 不起訴記録中の供述調書の開示について」と「3 目撃者の特定のための情報の提供について」は、平成16年8月23日附で独立のページとして公開されていた「民事裁判所からの不起訴事件記録の文書送付嘱託等について」と実質的に同内容である。「1 不起訴記録中の客観的証拠の開示について」が新たに追加されている。
注112 例えば、XとYとの間の訴訟で、提訴前のX・Y間の交渉である合意がなされたか否かが問題となり、先にYの尋問申請がなされその陳述書では交渉の場にYの近親者Aが立ち会ったことが言及されておらず、そのためYの訴訟代理人がAの存在に気付かずにいる場合に、Xの陳述書ではAの立会い言及されていて、Xの訴訟代理人が、の尋問申請がなされるとXに不利な事実認定がなされる可能性があり、X作成の陳述書を提出することなくXの尋問を申請する方が勝訴に結びつくと判断することがあろう。
注113 231条でなぜ「録音テープ」と「ビデオテープ」のみが例示されていることの理由は、定かではないが、例示であるから代表例を少数挙げれば足りるという一般的な理由の外に、次のことが考えられる。
注114 地方自治法242条の2第1項4号による住民訴訟については、「執行機関の長」も被告適格を有する。例えば、県知事を被告にしてこの訴訟が提起された場合に、県議会議長が保管する文書については、地方公共団体である県を文書所持者としてよいが、県知事が保管する文書については、被告である県知事自体を文書の所持者と見る方が、民訴法224条の適用を肯定しやすくてよいであろう。もっとも、県知事が被告となっている訴訟では、県が所持する文書についても民訴法224条の類推適用があるとの解釈が確立されれば、県知事が保管する文書の所持者は県であるとしても、問題はなかろう。
注115 平成16年決定前について、町村泰貴 「捜査関係書類の文書提出命令と実質的対等確保 : 最高裁平成一三年七月一三日決定に関連して」南山法学27巻1号(2003年)37頁を参照。