民事訴訟法講義
裁判所 2関西大学法学部教授
栗田 隆 |
X───300万円の貸金返還請求────→Y
大阪市内 東京都区内 |
実体法の領域では、「法人の住所」という表現が用いられる(民法旧50条、一般法人法4条、会社法4条、宗教法人法7条、金融商品取引法88条の10、不動産登記規則63条4項2号など)。 しかし、民事訴訟法では、「住所」の語は、もっぱら自然人について用い、会社等の団体については、「事務所または営業所」という(民訴4条参照)。ただ、こうした言葉の使い分けは煩雑であり、負担になることもある(例えば5条4号では、「住所(法人にあっては、事務所又は営業所。以下この号において同じ。)」[25]と規定されている)。 そのため、民訴規則では、住所の語が法人等についても使われることがある。例えば、民訴規則2条では、当事者が裁判所に提出する書面の記載事項について、「当事者の氏名又は名称及び住所並びに代理人の氏名及び住所」を挙げている。氏名と住所は個人に、名称は主として法人等の団体に関係するが、その団体についても住所の語が用いられているのである。 この講義では、当事者の「名称と住所」は、個人にも団体にも用いることができる言葉であるとしよう。 なお、営業所の語は、法人のみならず個人(事業を営む個人)についても使用することができる(民訴5条5号・103条。典型例は破産法4条である)。 |
普通裁判籍
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特別裁判籍
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独立裁判籍
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○
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○
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関連裁判籍
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×
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○
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Y1の自動車とY2の自動車とが衝突し、双方の車が付近にいたXに衝突し、Xが怪我をした(38条第1文の「同一の事実上及び法律上の原因に基づくとき」)。Xは、Y1・Y2に対して損害賠償請求の訴えを提起したい。この場合に、XがY1の住所地を管轄する裁判所に訴えを提起すると、7条により、その裁判所はY2に対する訴えについても管轄権を有する。 |
大阪市内に住むXは、奈良市内に住むYと売買契約を締結し、京都市内にあるYの不動産を購入し、代金の支払と引換えに所有権移転登記を得た。しかし、Yが不動産の明渡しに応じないので、Xは、Yを被告にして不動産明渡しの訴えを大阪地裁に提起した。管轄の合意はなされていないものとする。 |
訴えが提起されて、訴状が被告に送達されると、裁判所と両当事者間に訴訟法律関係が発生し、裁判所はその訴えに対して判決でもって応答すべき状態に入る。この訴訟法律関係の発生を訴訟係属という。移送とは、ある裁判所に生じている訴訟係属を、その裁判所の裁判により、他の裁判所に移転させることをいう[R86]。移送を受ける裁判所を「受送裁判所」という(「受移送裁判所」ということもある。[長谷部*2014a]108頁)。
訴えの提起を受けたA裁判所が「事件をB裁判所に移送する」旨を決定をする。 A裁判所──────訴訟係属の移転──────→B裁判所 (移送裁判所) 訴訟記録も送付される (受送裁判所) |
条文 | 移送の要件[申立ての要否](申立てがある場合に移送は必要的か) | 移送裁判所 | 受送裁判所 | メモ |
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16条 | 管轄違い[申立てまたは職権] | 管轄権を有しない裁判所 | 管轄権を有する裁判所 | 明治23年法では管轄違いの訴えは却下されていたが、大正15年法で移送することに改められ([山内*1929a]55頁)、現行法はこれを引き継いだ。 |
17条 | 著しい遅滞の回避または当事者の衡平[申立てまたは職権](裁量的) 移送の申立てがあった場合には、相手方の意見を聴く。職権で移送する場合には、当事者の意見を聴くことができる(規8条) |
管轄権を有する裁判所 | 管轄権を有する裁判所 | 人訴法7条に同趣旨の規定がある。 |
18条 | 相当であること[申立てまたは職権](裁量的) 意見聴取につき、同上 |
管轄権を有する簡易裁判所 | 簡易裁判所の所在地を管轄する地方裁判所 | 受送裁判所が事物管轄権を有していなくてもよい。移送により管轄権が生ずる |
19条 1項 |
相手方の同意[申立て](必要的。ただし書あり*) | 簡易裁判所または地方裁判所 | 申立てにおいて指定された地方裁判所または簡易裁判所 | 受送裁判所が管轄権を有していなくてもよい。移送により管轄権が生ずる[17] |
19条 2項 |
不動産に関する訴訟[被告の申立て](必要的。ただし書あり**) | 管轄権を有する簡易裁判所 | 簡易裁判所の所在地を管轄する地方裁判所 | |
20条の2第1項 | 特許権等に関する訴訟について、著しい損害又は遅滞を避けるため移送の必要があること[申立てまたは職権](必要的ではない) | 6条1項の規定により専属管轄権を有する拠点所裁判所 | 4条・5条若しくは11条の規定によれば管轄権を有すべき地方裁判所、又は、 19条1項の規定によれば移送を受けるべき地方裁判所 |
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20条の2第2項 | 6条3項により特許権等に関する訴訟について大阪地裁がした終局判決に対して東京高裁に控訴が提起された場合[申立てまたは職権](必要的ではない) | 東京高裁 | 大阪高裁 | |
274条 | 被告が反訴で地方裁判所の管轄に属する請求をしたこと[反訴被告の申立て](必要的) | 本訴について管轄権を有する簡易裁判所 | 簡易裁判所の所在地を管轄する地方裁判所 | 本訴と反訴を移送する |
人訴法8条 | 相当であること[申立て] | 家庭裁判所に係属する人事訴訟に係る請求の原因である事実によって生じた損害の賠償に関する請求に係る訴訟の係属する第一審裁判所(地方裁判所または簡易裁判所) | 家庭裁判所 | 移送により、家庭裁判所に管轄権が生じる(人訴法8条1項) 家庭裁判所は併合審理を命ずる(人訴8条2項)。その後に弁論を分離することは可能。 |
京都市内に住むXの車と富山市内に住むYの車とが金沢市内で衝突した。 |
福岡市内に住所を有するYは、東京都港区内に本店を有するX会社の福岡支店である品物を代金後払で購入したが、欠陥商品であったので、代金の支払を拒絶した。X会社が800万円の代金支払の訴えを東京地裁に提起した。売買契約書には、東京地裁を専属管轄裁判所とする旨の条項が入っていた。Yが事件を福岡地裁に移送することを申し立てた場合に、認められる可能性はあるか。なお、Xは、福岡地裁への移送に反対している。 |