関西大学法学部教授 栗田 隆


民事訴訟法講義「裁判所2」の注


注1 知的財産事件の訴額は、140万円を超える場合が多いと思われるが、損害賠償請求事件などでは訴額が140万円以下の場合もありうる。この場合には、簡易裁判所が本来の管轄裁判所となり、6条の2の適用はない。専門部のある東京地裁・大阪地裁で審理されることを求める需要はこの場合にもありうるが、係争利益が小さいことを考慮すれば、その需要より被告の土地管轄の利益を優先させるべきである。但し、この場合でも、19条1項により東京地裁・大阪地裁へ移送することは可能である。

注2 但し、専属管轄裁判所が複数存在することはある。民執法44条2項。民保法12条1項。

注3 専属管轄とする必要性の程度も様々である。本文に挙げた例は、専属管轄とする必要性の高いものである。他方、民事執行法に規定されている各種の訴えは、同法19条により一律に専属管轄とされているが、そのすべてについて専属管轄とする高度の必要性があるとは思われない。請求異議の訴え(民執法35条)は、債務名義の執行力の消長に関する情報の一元管理のために専属管轄とされていることは理解できるが、しかし、その目的は請求異議訴訟の判決を当該債務名義の記録の保管機関に送付することでも達せられよう。それゆえ、請求異議訴訟を専属管轄とする必要性は高くないように思える。

注4 例えば、大企業が多数の消費者を相手とする契約書において、訴額に従いその企業の本店所在地を管轄する地方裁判所または簡易裁判所を専属管轄裁判所とする旨を定めている場合に、この条項による管轄の合意は、本店所在地とおなじ管轄区域に住む消費者との関係では、通常意味を持たないが、無効という必要はない。その消費者が住所を移転した後に訴えが提起された場合に、この条項は意味をもつようになる。

注6 裁判所が被告に管轄違いであることを知らせて、その裁判所での応訴の意思を確認することは、原告から見れば出すぎたことになる。しかし、次の理由により、許されると考えてよい。

なお、訴状の提出とともに公示送達が申し立てられた場合(より一般的には、訴状を公示送達の方法により送達せざるをえない場合)に、訴状の記載自体から裁判所に管轄権のないことが明かな場合の取扱いについては、見解が分かれている。

 ()訴訟係属は被告に訴状が送達された時に生じ、移送は、訴訟係属後になされるとの通説的見解を前提にすると、まず公示送達をすべきことになる。そして、公示送達により訴状等を送達された被告がなんの反応も示さない場合には、被告の意思を確認することができず、また、被告による本案についての弁論等もないから、応訴管轄の生ずる余地もなく、受訴裁判所は法定管轄裁判所に移送すべきことになる。この場合に、受送裁判所が再度公示送達することは要求されないが、それでも公示送達の特質と被告の利益保護を考慮すると、受送裁判所における第1回口頭弁論期日への呼出状の公示送達の際に、訴状の存在を教示すべきであろう(訴状の公示送達を再度行うのと実質的に同じことがなされるべきである)。

 ()裁判所書記官に公示送達の判断をさせることなく、裁判所は訴訟事件と公示送達申立事件を管轄裁判所に移送することができるとの見解も有力である(旧法についてであるが、下田[注釈*1993a]607頁)。管轄権の存在と公示送達の許否とは密接に関連し、管轄権のない裁判所においては公示送達の要件の審理・判断に困難が伴うことを理由とする。

注13 原告が遠隔地に住む被告に対して不法行為債権を主張して、自己の住所地の裁判所に訴えを提起し(5条1号)、これに重要な請求を併合するというかたちで、7条が濫用される可能性がある(濫用と言いうるかの点を別にして、これに該当する事例として、次のものがある:東京地判昭和36年8月31日下民集12-8-2144頁(ただし、独立裁判籍は不法行為地の裁判籍))。現行法の下では、被告は、17条による移送を求めることで対応せざるをえない。

注14 但し、独禁法25条違反の損害賠償事件においては、東京高裁が例外的に第一審裁判所となる(同法85条2号)。

注15 特別の規定により、主観的併合が認められている場合がある。

注16 なお、支払場所が記載されている場合には、その記載は支払呈示期間内における支払についてのみ効力を有し、期間経過後は支払地内にある手形債務者(主たる債務者)の営業所または住所においてすることを要する(最判昭和42年11月8日民集21巻9号2300頁)。

注17 受送裁判所の管轄の究極的な根拠は、もちろん当事者の合致した意思である。事実また、改正要綱試案では、「訴え提起後、被告が本案につき弁論するまでに、当事者間で管轄について合意が成立したときは、裁判所は、その専属管轄に属するものを除き、合意によって定められた裁判所に事件を移送しなければならない」とされていた(第一・管轄/四・移送/1)。しかし、管轄の合意を要求していない現行法の解釈としては、移送決定前に管轄権を有していない受送裁判所の移送後の管轄原因は移送決定であると説明してよいであろう。

注18 改正要綱試案は、旧法について、同法31条の3第1項の場合を除き、訴え提起後における当事者の合意によって審理を行う裁判所を選択することを許容していないとの理解に立っていた(『要綱試案補足説明/四・移送』)。これを前提にすれば、訴え提起後に他の裁判所を付加的管轄裁判所として合意し、17条によりこの裁判所への移送を求めることを認める解釈は、取りにくいことになる。しかし、限界事例に適切に対処するためには、訴え提起後に他の裁判所を付加的管轄裁判所として合意し、17条によりこの裁判所への移送を求めることを許容しておく方がよいであろう。

注19 漁業権の登録申請義務について、注釈民法(12)176頁参照。登記義務者は、登記権利者に登記手続に必要な書類(委任状や登記済証など)を交付して登記手続に協力する義務を果たすことができるので、それらの書類の交付義務の履行地を登記すべき地に限定する必要はない。しかし、それでも、権利に関する登記について双方申請主義が採用されていることから(旧不登法26条1項、新不登法60条)、原則的な義務履行地は登記すべき地と考えるべきであろう。

注20 平成15年改正前は、旧6条により各地の裁判所の管轄と東京地裁と・大阪地裁の管轄とが競合していた。同条については、次のように説明されていた。

知的財産訴訟[ R58 ]のうち、「特許権、実用新案権、回路配置利用権又はプログラムの著作物についての著作者の権利に関する訴え」は、実際上、東京地裁や大阪地裁に提起されることが多い。そこで、これらの専門的知識が要求される訴訟については、他の地裁の管轄に属する事件についても両地裁で処理することを可能にするために、東京地裁には名古屋高裁管内以東の区域、大阪地裁には大阪高裁管内以西の区域に関する広域的管轄権が認められた( 6条 )。かつ、この管轄権と他の地裁の本来の管轄権と競合するので、「 競合的広域管轄権 」と呼ばれる(平成12年には、両裁判所に全国の約7割の事件が集中した)。

注21 法務省民事局参事官室「人事訴訟手続法の見直し等に関する要項中間試案の補足説明」参照。

注22 肯定説として、[清水=安倉=塩月=小松*1995a]42頁がある(工業所有権侵害の差止請求訴訟について)。

注23 次の選択肢が考えられる:(α)拠点裁判所での審理に適する請求権を自働債権とする相殺を非拠点裁判所で主張することは許されないとすること;(β)民執法36条1項所定の執行停止の裁判をしないことにより強制執行を完了させ、不当執行を理由とする不当利得返還請求(又は損害賠償請求)の訴えを提起(請求異議の訴えを却下した後で提起、又は訴訟の係属中に訴えの交換的変更の方法で提起)させること。

 (β)の選択肢の中の不当利得返還請求の訴えが6条の「特許権等に関する訴え」に含まれるかが問題となるが、ここでは、特許権侵害の成否及び賠償されるべき損害額であるから、拠点裁判所において審理されることが必要であり、それに含まれるものと仮定しておこう。すると、非拠点裁判所で訴えの交換的変更の方法でこの不当利得返還請求の訴えを提起することは、新請求について管轄権を有しない裁判所での交換的変更になる。訴えの変更について、変更後の新請求について受訴裁判所が管轄権を有すること(新請求が他の裁判所の専属管轄に属しないこと)を要件とする立場に立てば、この訴えの変更は許されない。しかし、最高裁判所 平成5年2月18日 第1小法廷 判決(平成3年(オ)第131号)民集第47巻2号632頁)は、扶養料の支払を命ずる審判に対する請求異議事件が家庭裁判所に係属した後で執行が完了したため、訴えが不当執行を理由とする損害賠償請求(地裁の専属管轄事件)に交換的に変更された場合に、家庭裁判所は、訴えの変更を許した上で、事件を管轄裁判所に移送することができるとしている。

注24 [法務省*2003a2]24頁参照。

注25 民訴法5条4号では、「事務所又は営業所」となっており、「主たる事務所又は営業所」とはなっていないが、事務所又は営業所が一つだけの場合には、それが日本国内における「主たる事務所又は営業所」となるはずであるから、4号に関しては、「事務所又は営業所がない」状態と「主たる事務所又は営業所がない」状態とは一致する。他方、5号の「事務所又は営業所」は主たるものに限られず、これを「主たる事務所又は営業所」すなわち「住所」で置き換えることはできない。

注26 「係属すべき」の語を付加した趣旨は、併合請求の訴え、移送又は差戻しの場合には、当該他の事件が係属すべき裁判所に訴えを提起、移送又は差戻しをするという点にある。

注27 [渡辺*2002a]389頁以下。

注28 沿革について、[渡辺*2002a]375頁以下参照。

注29 他の体系書による定義を見ておこう。基本的にはいずれも同じである。

注30 [兼子*体系v3]83頁は、立法論として疑問であり、「特約に基づく履行地に限るべきである」と述べる。

注31  旧法では、現在の共通住所地が第一順位の管轄原因で、最後の共通住所地を管轄する裁判所の管轄区域内に一方が住所を有する場合には、その住所地が第2順位の管轄原因とされていた。しかし、これでは、配偶者の暴力のために最後の共通住所地を管轄する裁判所の管轄区域内に身を潜めている者が当該管轄区域外に転居した配偶者を被告にして離婚の訴えを提起しなければならず、管轄の有無を判断する際に、原告の現在の住所・居所を明らかにすることが必要になり、身の安全の確保に支障が生ずる。そのため、旧法の第2順位の管轄原因は廃止された([小野瀬=岡*2004a]29頁)。

注32  おそらくこの場合に限られよう。移送裁判所が合意管轄権を有し、受送裁判所が法定管轄権を有する場合には、20条2項の規定をまつまでもなく、17条(及び20条1項かっこ書)により移送可能である。

注33  倒産法の領域では、専属管轄裁判所が複数のこともある(例えば、破産法5条1項・3項・6条、人訴法4条1項)。