関西大学法学部教授 栗田 隆

民事訴訟法講義「裁判所2」の比較法メモ


1 不動産の特別裁判籍

テヒョー草案2・4条 不動産に関する訴訟は左の場合に於て其不動産所在地の裁判所管轄に専属す
  一 所有権の回復若くは移転に係る時
  二 不動産の負担する義務に係る時但地役に係る場合に於ては役地の裁判所管轄権を有す
  三 分界若くは分割に係る時
  四 保有に係る時
 不動産の所有者若くは保有者に対し対人権を施行せんとする時は其不動産所在地の裁判所に出訴することを得
 不動産に加へたる損害の賠償を請求する時亦前項に同し

明治23年民事訴訟法 ***

大正15年民事訴訟法・17条 不動産に関する訴は不動産所在地の裁判所にこれを提起することを得
 *[山内*1929a]32頁  不動産に関する訴えの管轄の専属性を廃止した理由については、その必要がないからである、と述べるにとどまる。必要がないことの理由は述べられていない。

ドイツ民事訴訟法・24条[不動産の専属的裁判籍] 所有権、物的負担又はそれからの解放が主張されている訴え、分界の訴え、分割の訴え及び占有の訴えについては、それか不動産に係るときは、その物の所在地を管轄する裁判所が専属的に管轄権を有する。
 2 地役権、物上給付負担(Reallast)又は先買権に関する訴えにあっては、承役地又は負担を負っている土地の所在を基準とする。

2 平成23年改正以前の法状況

平成23年改正以前の法状況は、次のように言うことができる。


国際裁判管轄については、5条4号に部分的な規定があるが、明文の包括的な規定はなく、解釈に委ねられている。様々な見解が展開されてきた。[中野*2002a]にしたがって学説の名称だけ挙げておこう。

  1. 二重機能説
  2. 逆推知説→類推適用説
  3. 管轄配分説(独自配分説)・条理説
  4. 利益衡量説

上記の内でD以外の見解については、国際裁判管轄の具体的基準を設定した後でも、特段の事情による例外処理の余地が残されている。特段の事情による例外処理の内容をどのようにするのかが、「特段の事情論」であり、「限定的利益衡量説」である。主要な古典的見解はBとCであるが、立論の枠組みの違いであり、結論に大差はない。

判例−原則
最高裁判所 昭和56年10月16日 第2小法廷 判決
(昭和55年(オ)第130号)(マレーシア航空事件)は、次の考えを示した。

  1. 国際裁判管轄規定の欠如  「国際裁判管轄を直接規定する法規もなく、また、よるべき条約も一般に承認された明確な国際法上の原則もいまだ確立していない現状のもとにおいては、」
  2. 条理による解決  「当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理にしたがつて決定するのが相当であり、」
  3. 条理の一部としての国内管轄規定  「わが民訴法の国内の土地管轄に関する規定、たとえば、被告の居所(民訴法2条、現4条1項・2項)、法人その他の団体の事務所又は営業所(同4条、現4条1項・4項)、義務履行地(同5条、現5条1号)、被告の財産所在地(同8条、現5条4号)、不法行為地(同15条、現5条9号)、その他民訴法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは、これらに関する訴訟事件につき、被告をわが国の裁判権に服させるのが右条理に適う」

最高裁が採用した基本的枠組みは独自配分説であり、具体的基準は逆推知説である。

特段の事情による例外1
上記の具体的基準による解決が当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念に反する結果となる特段の事情がある場合には、日本の国際裁判管轄は否定される(最判平成9年11月11日民集51巻10号4055頁

最高裁判所平成9年11月11日第3小法廷判決(平成5年(オ)第1660号)・民集51巻10号4055頁

事実の概要  XがYに欧州各地からの自動車の買付け等の業務を委託する旨の契約がフランクフルト市において締結され、Xは自動車買付資金をYに預託した。その後XはYに不信感を抱くようになり、預託金の残額の返還を求めて、Xの本店所在地を管轄する千葉地裁に訴えを提起した。Xは、Xの本店所在地が義務履行地であるとして、日本の国際裁判管轄権の存在を主張した。

  X──────[預託金返還請求]────→Y
(日本の株式会社)           (ドイツ在住の日本人)
  Xの本店所在地を管轄する千葉地裁に訴えを提起した

最高裁は、日本の国際裁判管轄を否定する特段の事情の存在を認めて、訴えを却下すべきものとした。

判旨  「被告が我が国に住所を有しない場合であっても、我が国と法的関連を有する事件について我が国の国際裁判管轄を肯定すべき場合のあることは、否定し得ないところであるが、どのような場合に我が国の国際裁判管轄を肯定すべきかについては、国際的に承認された一般的な準則が存在せず、国際慣習法の成熟も十分ではないため、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である([判例引用略])。そして、我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、原則として、我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を我が国の裁判権に服させるのが相当であるが、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである」。

この例外処理は、民訴17条の移送制度と対応させることができる。すなわち、国内管轄については、管轄裁判所に提起された訴えでも、訴訟の著しい遅滞や損害を避けるためにあるいは当事者間の公平を図るために、事件を担当するのに適した他の管轄裁判所へ移送することが認められている。これは、受訴裁判所に管轄権があってもその裁判所では裁判しないことを許容するものである。この理は、国際裁判管轄にも妥当させてよい。国際裁判管轄については、移送制度はないので(日本の裁判所から外国の裁判所への移送は許されないので)、移送に代えて訴えを却下し、原告に外国裁判所での訴え提起を求めることになる。したがつて、最判平成9年にいう、「当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念に反する結果となる特段の事情」は、17条移送事由に相当するということができる(もちろん、国内管轄問題と国際裁判管轄問題との違いから生ずる差異がある)。

特段の事情による例外2
逆に、国内管轄規定による裁判籍が国内にあるとは言えない場合でも、日本の国際裁判管轄を肯定することができる場合がある。その例として、最高裁判所 平成8年6月24日 第2小法廷 判決(平成5年(オ)第764号)をあげることができる。ドイツ連邦共和国に住所を有するドイツ国籍の妻の訴えによりドイツ連邦共和国で下された離婚判決が日本で承認されない事例において、日本に住所を有する日本国籍の夫がドイツ連邦共和国で離婚の訴えを提起しても不適法とされる可能性が高く、日本で離婚請求訴訟を提起する以外に方法はないと考えられるから、夫が日本において提起する離婚の訴えについて日本は国際裁判管轄を有するとされた。

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