目次文献略語
民事訴訟法講義

裁判所 3


関西大学法学部教授
栗田 隆

7 裁判所の構成員の除斥・忌避・回避


文 献

7.1 制度の趣旨

国民にとって権利救済の最終的な手段である裁判が公正に行われるように、法は裁判官の任用資格や方法を厳格に定め(憲79・80、裁41−46)、その独立性を保障している(憲76条3項・78条、裁48・49・81、裁判官弾劾法、裁判官分限法など)。

このような一般的な保障とならんで、具体的な事件において裁判官が事件あるいはその当事者等と特別な関係がある場合に、その裁判官を個別事件の職務執行から排除することが、裁判の公正を保ち、更に進んで、裁判の公正について国民の信頼を得るために、必要となる。そのための制度として、より公正な立場にある裁判官が得られることを前提にして([小島*1980a]9頁以下)、次の3つの制度が設けられている。

7.2 除斥(23条

除斥原因
除斥原因は6つの号に分けて規定されている(23条)。
最高裁の裁判官全員に共通な除斥事由のため最高裁としての機能を果たしえない結果になるような例外的な場合には、最上級審としての裁判を拒否することができないという必要の前に、除斥・忌避制度は後退せざるをえない(東京地判昭33.6.30行政例集9巻6号1263頁)。

除斥の効果
除斥原因のある裁判官は、法律上職務の執行から当然に除斥される(裁判に関与すべきでないという状態になる)。除斥原因の存在について裁判官・当事者が認識していることは不要である。
除斥原因のある裁判官は、除斥原因が生じた時から、当該事件についての一切の職務執行から排除される(職務執行をなしえなくなる。ただし、裁判官が現実に交代するのは、回避又は除斥の裁判があってからである)。次の点に注意:
除斥の裁判(25条)は、除斥原因の存在を確認する意味をもつにすぎない。除斥の裁判がなくても、除斥原因のある裁判官がした訴訟行為は無効であり、判決前であれば、除斥原因のない裁判官により当該訴訟行為がやり直されなければならない。また除斥原因のある裁判官が判決に関与したことは、絶対的上告理由(312条2項2号)および再審事由となり(338条1項2号)、訴訟手続を違法なものとする。

7.3 忌 避(24条

趣 旨
除斥原因は限定列挙されているので、これ以外にも「裁判の公平を妨げるべき事情」があるときには、当事者の申立て(忌避申立て)に基づく裁判によって裁判官を職務執行から排斥する道を設けておく必要がある。忌避の場合には、忌避を認める裁判の確定によって初めて裁判官は職務執行から排除される。その意味で忌避の裁判は形成的である。なお、忌避事由がある場合に裁判官がそれを開示する義務は、一般的に承認されているとはまだ言えないが、この義務を肯定する見解([小島*1980a] 8頁)も有力である。
忌避事由
)忌避事由としての「裁判の公平を妨げるべき事情」は、裁判官と事件あるいは当事者との間にある公正な裁判の実現を疑わせる事情をいう。
  ()例えば、次の場合がそうである。
 ()次の事件については、当該裁判官の忌避を認めるべきであり、裁判官は自ら回避すべきである。
)次のことは、忌避事由とならない。  
)裁判官と当事者との関係が忌避事由として主張された事件として、次のような例がある。いずれも忌避事由として認められなかったが、最後の場合については、忌避事由に該当するとすべきである(多数説)。

7.4 除斥・忌避の申立てと裁判(25条

申立て
忌避申立権を有するのは、当事者に限られる。訴訟代理人は固有の申立権を有しないが、当事者の代理人として忌避申立てをする場合に、特別授権を必要としない。補助参加人が固有の忌避権を有するかについては、否定説もあるが、肯定してよいであろう。

裁判官の面前で弁論しあるいは弁論準備手続で申述した後は、忌避申立権が原則として失われる(24条2項)。その根拠については、裁判官の面前での弁論ないし申述は裁判官の信頼の表明と理解することができるからその後の忌避申立てを許す必要はないし、またそれを許すと訴訟遅延につながるということが一般に挙げられている。24条2項における弁論は、12条の場合とは異なり、訴え却下の陳述あるいは弁論延期の申請も含まれる。しかし、期日前における陳述(申請・申立てなど)は含まれない。他方、忌避事由がその後に生じた場合を含め、当事者がその後に初めて忌避事由の存在を知ったときは、忌避権喪失の根拠となる裁判官の信頼の基礎が覆るので、忌避事由の存在を知らずに弁論・申述をなしたことが証明されれば、忌避権は失われない。

除斥・忌避の申立ては、裁判官を特定し、除斥・忌避の原因(及び、24条2項ただし書によって忌避する場合には、忌避原因を知った時期)を具体的に明示して、その裁判官の所属する裁判所に対してする(規則10条1項)。簡易裁判所の裁判官についても、裁判機関である地方裁判所(25条)ではなく、所属簡易裁判所に申し立てる。期日において申し立てるときは書面でも口頭でもよいが、その他の場合には、書面でしなければならない(規則10条2項)

除斥申立てには申立手数料は不要であるが、忌避申立てについては民訴費用法3条・別表第一(17イ)に所定の手数料を納付しなければならず、納付がない場合には、直ちに申立てを却下できる。

不真面目な申立てを防止するために、忌避・除斥申立てから3日以内にその原因を疎明することが要求されている(規則10条3項)。除斥・忌避の裁判は裁判の信頼確保という公益に関するものであるから、裁判所は必要があれば職権による証拠調べをすべきである。期間内に疎明がまったくないときに、そのことを理由に直ちに申立てを却下することができるかについては、この期間を行為期間と解してこれを肯定する学説もあるが、他方、申立却下の裁判までに間に合えばよいとする説もある。3日の疎明期間は疎明のためのものであるから、主張された事由が正当な忌避原因となり得ない場合には、疎明の機会を与える必要はなく、疎明期間内であっても忌避申立てを却下できる。

裁判と不服申立て
除斥または忌避の裁判は、地方裁判所以上の裁判官については、その者が所属する裁判所の合議体がなし、簡易裁判所の裁判官については、管轄地方裁判所の合議体がなす。25条2項はその合議体がいかなるものであるかについては何も述べていないから、裁判所法所定の合議体(同法9条・18条・26条3項)であればよく(ただし、同法40条に注意)、忌避を申し立てられた裁判官所属の小法廷あるいは部の裁判官からなる合議体である必要はない。

忌避の裁判は、その性質上、申立てに基づいてのみなされる(24条1項参照)。除斥の裁判は、申立てにより又は職権でなされる(当事者に申立権がある。25条5項・26条1項参照)。ただ、職権で除斥の裁判がされるような事態になる前に、通常は、裁判官が自ら事件を回避(規則12条)するであろう。除斥原因のある裁判官が自ら回避しない場合には、職権での除斥の裁判もありうる[2]。

裁判は、任意的口頭弁論に基づき、決定の形式でなされる。

当事者は特定の裁判官の裁判を受ける権利を有しないから、除斥・忌避を認める裁判には、不服申立てができない。職権による除斥の裁判の場合でも同様である。他方、除斥・忌避を理由がないとする決定に対しては、即時抗告することができる(24条4項・5項)。

忌避申立権濫用の場合の簡易却下
除斥・忌避の申立てには本案手続の停止という強力な効果が付与されているので(26条)、その濫用は訴訟遅延をもたらす。そこで、公平な裁判の保障手段としての除斥・忌避制度と迅速な裁判との調整が必要となる。この問題は、実際上は、要件が抽象的な忌避申立てについて生じている。その一つの方法として、忌避申立てが濫用的である場合には、その申立てを受けた裁判官を含む本案裁判所が直ちにその申立てを却下し、かつ26条による手続停止をせずに手続を進行させるとの措置がとられるようになり、現在ではこれが確立した判例となっている[7]。

忌避申立ての濫用性が明白な事例において認められた簡易却下の理論も、理論として確立されると、逆にそれが濫用される可能性があり、その要件規制が問題となる。しかし、その記述は容易ではなく、次のような場合に簡易却下が認められやすいと言うにとどまらざるをえない。
  1. 既に確定的に却下された忌避申立てと同じ事由に基づき忌避申立てが繰り返された場合。
  2. 主張された事由が本来忌避事由となり得ない場合。
  3. 裁判の公正を妨げる具体的事情が明確に主張されていない場合。
  4. 弁論終結間際あるいは終結後に忌避申立てがなされた場合。

これらの要因のうちで、(d)は、単独では簡易却下の理由となりにくいが、補助的な要因として考慮してよい。

なお、学説の中には次のような見解がある。

7.5 本案訴訟の停止(26条

訴訟手続停止の原則
除斥または忌避の申立てがなされたのに本案手続を進行させると、その後に除斥・忌避を認める裁判が確定したときに、不都合が生ずる。除斥の場合は、それまでの手続をやり直さなければならず、忌避の場合には、その間の手続を有効とせざるをえないが、それでは忌避の目的が達することができなくなるからである。そこで、除斥・忌避の申立てがあった場合には、原則として訴訟手続を停止することとされた(26条)。

申立てについての裁判が確定するまでに裁判官がなした行為は、急速を要する行為(要急行為)を除き、違法であり、除去されなければならない。本案判決にまで至った場合には、上訴あるいは再審の訴えにより除去される。なお、この場合に、判決の言渡しにより当該審級での手続が終了した場合に除斥等の申立ての利益が失われるかについては、肯定説と否定説とが対立している[8]
急速を要する行為(要急行為)
手続停止中はどんな行為もできないとすると当事者に損害が生ずる虞があるので、要急行為の職務執行が例外的に許されている(26条ただし書)[9]。

要急行為に当たるのは、証拠保全、仮差押え・仮処分、執行停止命令などである。ただし、終局判決の言渡しは忌避申立人が排除を求める中核をなすものであるから、いかなる場合でも急速を要する行為ではない(大決昭5.8.2民集9巻759頁)。

7.6 裁判官の回避(規則12条

裁判官が自ら除斥または忌避原因があると考える場合に、自発的に事件に関与しないようにすることを、回避と言う(規則12条)[1]。

裁判官が回避をするには、司法行政上の監督権のある裁判所(簡易裁判所の裁判官については裁80条3号・5号により地方裁判所)の許可が必要である。この許可は裁判官会議が行うのが本則であるが(裁12・20・29)、裁判官会議はこれを特定の裁判官に委任することができ(下級裁判所事務処理規則20)、また応急の措置として裁判所の長が仮に許可を与えることもできる(同19)。回避の許可は裁判ではないから、許可を受けた裁判官がその後に事件について職務を行っても、そのこと自体で違法となることはない。

忌避事由がある場合に回避することは裁判官の権能であり、義務ではないとのするのが通説的見解である(中務俊昌・民商32巻6号99頁以下)。しかし、最近では、忌避事由が裁判の公正を妨げる程度に関して除斥原因と同等以上である場合がありうるとして、回避義務を肯定し、回避義務違反の場合には、法令違反として上訴(控訴および312条3項の上告)による救済を認めようとする見解もある([佐々木*1984a] 84頁以下)。

実例  2009年8月の衆院選小選挙区の「1票の格差」を巡り、最高裁大法廷(裁判長・竹崎博允長官)に回付された訴訟のうちの1件で、被告(香川県選挙管理委員会)の代表者(委員長)が竹崎長官の実兄であることから、竹崎長官が回避を申し出、最高裁裁判官会議が9月15日にこれを許可した[11] 。

7.7 裁判所書記官および裁判所調査官への準用

除斥・忌避に関する法第1編第2章第2節の規定および除斥・忌避・回避に関する規則第1編第2章第2節の規定は、裁判所書記官に準用される(法27条、規則13条)。

また、23条から25条の規定は、平成16年の改正で新たに設けられた「高等裁判所又は地方裁判所において知的財産に関する事件の審理及び裁判に関して調査を行う裁判所調査官」に準用される(92条の9第1項)。裁判所調査官について除斥又は忌避の申立てがあったときは、その裁判所調査官は、その申立てについての決定が確定するまでその申立てがあった事件に関与することができない(92条の9第2項)。

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1998年5月8日 −2013年5月11日