関西大学法学部教授 栗田 隆

民事訴訟法講義「裁判所1」の注


注1 法令の解釈の統一の必要性を無視していうならば、正当な裁判の確保のための不服申立てを可能にするために上級裁判所を設ける必要は必ずしもない。フランス革命の当時にフランスで行われたように、同級裁判所に不服申立てすることを認めることで足りる。上級裁判所に下級裁判所の裁判官よりも熟達した裁判官を配置し、合議体により裁判することを原則とするということを前提にして、下級裁判所の裁判の是正のために上級裁判所を設けることに意味がある。

注2 合議は、審議室に裁判官が集まって議論をするという形でなされるのが原則である(審議室審議)。しかし、事案によっては持ち回り審議も許される。旧法下における最高裁の評議の実状につき、[坂上*1996a]参照。

注3 古い判例であるが、大判昭和3.12.28民集7-1128は絶対的主権免除主義をとっていると評価されている。本文引用の最判 平成18年7月21日 は、これを変更することを明示した。

注4 最初の家庭裁判所(当該裁判をした家庭裁判所)は、裁判機関としての裁判所を指し、最後の家庭裁判所(裁判官の所属する家庭裁判所)は、官署としての裁判所を指す。「(中略)」の中身である「上訴裁判所が当該裁判をした場合にあっては、第一審裁判所である家庭裁判所」も、当該事件(人訴法32条1項にいう、夫婦の一方が他の一方に対して提起した婚姻の取消し又は離婚の訴え)を担当した裁判機関としての家庭裁判所を指す。

注5 問題の局面を次の2つに分けるのがよい。

ここで問題にしているのは、前者である。後者の問題については、[藤井*1995a]を参照。

注6 裁判所の処理する事件数の統計(年報と月報)は、裁判所の司法統計のページから検索できる。平成22年度の「1-1 民事・行政事件の新受,既済,未済件数 全裁判所及び最高,全高等・地方・簡易裁判所」によれば、平成15年以降、簡易裁判所における調停新受事件が減少して、簡裁及び地裁の訴訟事件が増加していることが目立つ。

注7 判決手続以外の領域について、類題を挙げておこう。

破産規則2条5項に、次のような文言がある:「裁判所(破産裁判所(法第2条第3項に規定する破産裁判所をいう。以下同じ。)を含む。)・・・」

文中の「裁判所」と「破産裁判所」について説明しなさい。

民事執行法167条の2第3項の柱書きの中に、次のような文言がある:「少額訴訟債権執行の申立ては、次の各号に掲げる債務名義の区分に応じ、それぞれ当該各号に定める簡易裁判所の裁判所書記官に対してする」。そして、第1号で、「第一項第一号に掲げる債務名義 同号の判決をした簡易裁判所」と規定されている。柱書きの「簡易裁判所」と1号の「簡易裁判所」について説明しなさい。

ヒント: 一般の用語法に従えば、判決をするのは裁判官から構成される裁判機関であり、裁判所書記官が属するのは官署としての裁判所である。人事訴訟法40条1項柱書きが参考になろう。

民事執行法3条に、「執行官が行う執行処分に関してはその執行官の所属する地方裁判所をもつて執行裁判所とする」との規定がある。ここでいう地方裁判所は、官署としての裁判所である。しかし、執行裁判所をどのように理解すべきかは、問題である。最高裁判所 平成18年1月19日 第1小法廷 判決(平成17年(受)第761号)に、次の記述がある。「本件事件執行裁判所は,本件事件において提出された第三債務者の陳述書に本件事件と競合する本件先行事件が記載されていたのであるから,本件事件執行裁判所と同一の官署に属する本件先行事件執行裁判所に対し,本件先行事件と競合する本件事件が存在することを連絡すべきであったのに,そのような措置を講じなかった点に民事執行手続上の義務違反がある」。そこにいう執行裁判所は、官署としての地方裁判所に属する裁判官から構成される執行裁判所の意味である。では、民事執行法3条の前記引用部分における「執行裁判所」は、どのようなものと説明したらよいか。

注11 司法権と裁判権との関係は、必ずしも明瞭ではない。[兼子=竹下*1994a]67頁は、「司法はこのように、具体的事件の解決としての法的規制を示す裁判によって行われる作用である」と述べ、[中野=松浦=鈴木*1998a]14頁は、「司法権の内実を定めたのが裁判所法3条1項であるならば…」と述べている。本文の記述は、これらに従うものである。

注12 高等裁判所が第一審となる行政事件として、次のような事件がある。

東京高等裁判所が第一審となる行政事件として、次のような事件がある。

東京高等裁判所が第一審となる民事事件として、次のような事件がある。

注13 [条解*1997a]68頁は、2名でもよいとする。これは、合議体が3名の裁判官から構成される通常の場合を想定しての記述であろう。大規模訴訟では、合議体が5名の裁判官から構成されることが認められているので(269条1項)、重要な証拠調べを裁判所外で行う場合に、3名又は4名の裁判官が受命裁判官になることも肯定しておく方がよい。

他方、受命裁判官は1名(に限る)とする文献として、次のものがある:[林屋=吉村ほか*1999a]86頁、[小山*1995a]40頁。[条解*2011a]は見解が分かれている:368頁(新堂=高橋=高田)は、「指名する裁判官は一人である必要はない」とする(受命裁判官は複数であってもよいとする趣旨であろう);1065頁(松浦=加藤)は、複数の受命裁判官が共同(合議)して職務を行うことを強く否定し、「一つの証拠調べを2名の受命裁判官をして別個に施行させ、検証調書も各自認識した結果をそれぞれ記載させる」ことのみを許容する。

しかし、複数の受命裁判官に証人尋問をさせることに意義がある場合もあり、その場合に別々に証人尋問を行うことは不適切であろう。検証の際の鑑定(233条)も、別々に行うことは不適当である。こられの場合には、複数の受命裁判官の合議で事を決すべきである。検証結果を調書に記載することについても(規則67条1項5号)、複数の受命裁判官が行う場合には、そのことの特質に従い、共通の認識の外に、各受命裁判官の認識も記載することを認めればすむ(2名の裁判官の認識結果が異なる場合に、その場で再確認をして認識の正確を期すことも有意義であり、再確認しても認識がなお異なる場合には、その旨を記載すべきである)。規則67条1項の規定も、それを妨げるような規定ではない。そもそも、合議体が検証する場合でも、合議体の共通の認識結果の外に、各構成員に特有な認識の記載も許されるべきである(それは、例えば、「なお、以上の外に、裁判官***が、***の事実が重要であると認識した」といった形で記載されることになろう)。

注14  「合議体の構成員」の語は、185条以外に、25条1項(除斥又は忌避の裁判)でも用いられているが、これは一部の職務の執行を構成員に命ずることとは関係がない。

注15  判決をするのは裁判機関であるから、そこにいう簡易裁判所は第1に、「裁判機関としての裁判所」である。ところが、柱書では「申立ては、・・・当該各号に定める簡易裁判所の裁判所書記官に対してする」と規定しているから、各号下段の簡易裁判所は、第2に、「官署としての簡易裁判所」でなければならない(裁判所書記官は官署としての裁判所に属する)。同項1号を同項3号に倣って書き直せば、次のようになる:「判決をした裁判所の属する簡易裁判所」。人訴法40条1項柱書に倣って書き直せば、次のようになる:「判決をした簡易裁判所の裁判官の所属する簡易裁判所」。