1 共同所有関係の解消(52条) 2 双方未履行の双務契約
3 53条に関連する若干の問題 4 各種の双務契約に関する特則
5 継続的給付契約(55条) 6 賃貸借契約(56条)
7 委任契約(57条) 8 夫婦財産関係における管理者の変更(61条)
9 代理権 10 市場の相場のある商品の売買(58条)
11 交互計算(59条) 12 為替手形の引受け又は支払等(60条)
12a 消費貸借予約(民法589条)・諾成的消費貸借契約
13 雇用契約 14 請負契約 15 一括清算法
16 保険契約・オプション契約 17 信託契約 18 保証契約
共同所有関係の解消
各種の共同所有関係は、関係人の一人について破産手続が開始されると、その者の財産関係の整理のために、その者に関する限り、解消が必要となる。それがどのような方法になるかは、当該共同所有関係の特質に依存する。
(a)一般の共有関係(分割) 破産管財人は、破産者が有する共有持分を第三者に譲渡して財産整理を進めることもできるが、共有物の分割により財産整理を進めることもできる。共有者の間で分割をしない旨の定めがあるときでも(民法256条1項ただし書)、破産手続の目的を達成するために、分割することができる(52条1項)。
分割の方法は、民法所定の方法による(民法258条。現物分割の方法でも、民執195条により目的財産を競売して代金を分割する方法でもよい)。もちろん、判例により承認されている全面的又は部分的価格賠償の方法でもよい[67]。そして、破産財団所属財産は最終的には金銭に換価されるべきであることを考慮すると、価格賠償の方法が積極的に利用されるべきである。破産者以外の共有者が価格賠償により破産者の持分を取得することを希望し、その支払能力を有する場合には、原則としてこの方法によるのが妥当であり、破産法52条2項がそれを明規している。いずれの方法で分割するにせよ、不動産あるいは動産を共有者間の協議により分割することは任意売却に準じ、78条2項の規定に従い裁判所の許可が必要と解すべきである(3項1号の価額は、破産者の共有持分に応じた価額とすべきである)。
賠償されるべき価格について破産管財人と他の共有者との間で合意が成立しなければ、通常の分割訴訟により受訴裁判所が定める。その際に、参考にすべき取引事例が少ない等の理由により公正な価格を定めることが困難な場合には、受訴裁判所は、競売を命ずることができる。また、他の共有者が価格賠償の方法による分割を望む場合であっても、その者の資力に不安があるときには、一定の期間内に価格賠償をなすべきことを命じ、期限内に価格賠償がなされない場合には、競売を行って代金を分割すべきことを命ずるか[43]、または、そもそも価格賠償の方法による分割が実行困難であることを理由に他の方法により分割を命ずることができる(最高裁判所平成8年10月31日第1小法廷判決(平成3年(オ)第1380号)参照)。以上の点は、通常の共有物分割の場合と異ならない。
(b)組合財産の共有関係(持分の払戻し)[CL6] 組合財産の共同所有関係は合有と解されている。組合員が破産した場合には、組合財産の現物分割は合有関係に馴染まないので、組合員の脱退と持分の払戻しという形式をとる(民法679条・681条。機能的には、価格賠償による分割と同じである。有限責任事業組合契約に関する法律26条2号)。
(c)区分所有建物の共用部分の共有関係(持分の売却) 区分所有者全員の共有に属する共用部分は、建物の区分所有に関する法律11条により分割に親しまない。共有者の一人について破産手続が開始されると、共用部分の持分と専用部分とが一括して破産管財人により処分(売却)される(同法11条・14条・15条参照)。
処分制限の合意の解消
共有物の不分割特約は、共有者間の相互的な処分制限の合意であり、52条は、その合意が破産手続の開始された当事者との関係では効力を失うことを定めた規定と見ることができる。そうであれば、その趣旨は、他の処分制限の合意にも及ぼしてよいであろう。
(a)例えば、2つの隣接する土地の所有者間で、一定期間土地を処分しない旨の合意がなされていても、破産管財人は、その合意に拘束されることなく、土地を売却することができる。これにより、相手方に損害が生ずれば、それは破産債権として扱うことにより利害の調整を図るべきである。なぜなら、(α)損害賠償請求権の基礎となるのは、破産手続開始前に締結された合意と見ることができるからである(148条1項4号の財団債権に該当するというのは適当ではない)。また、(β)52条は不分割特約に反して分割を請求する破産管財人に賠償義務を課しているわけではないので、その点からすれば、その他の処分制限の合意に反して破産管財人が処分する場合には、破産管財人(破産財団)に賠償義務を課さないことが首尾一貫する。 しかし、その価値判断は、共有の場合については妥当であるとしても、破産者になる者が相手方から金銭を受け取って片務的な処分制限の合意をしている場合がありうることを考慮すると、一般論としては、損害賠償請求権発生の余地を認めておく方が、事案に応じた適切な解決を得ることが容易になると思われるからである。
(b)破産者の有する債権の弁済期が数年先で、かつ譲渡禁止特約(民法466条2項)が付されている場合にも、その譲渡禁止特約の効力をそのまま承認すると破産財団の整理に支障が生ずる。譲渡禁止特約は、破産手続の関係ではその効力を主張できないとすべきである。
(c)借地上の建物の処分制限が地主と借地人(建物所有者)との間でなされているような場合にも、上記の考えは基本的に妥当する。この場合には、さらに借地権の譲渡も必要となるのが通常であろう。借地権について譲渡禁止の特約が付されていても、その特約は借地借家法19条により処理される。
なお、上記の結論は、処分制限の合意が53条1項にいう双方未履行の双務契約と評価され得るものである場合には、破産管財人がその合意を解除するという方法によっても得られる。
文 献
契約存続の原則と契約当事者
契約が双務契約であるか片務契約であるかにかかわらず、契約当事者の一方について破産手続が開始された場合に、その契約が当然に終了することはないのが原則であり、当然終了については明文の規定が必要である(その例として、民法653条2号、破産法58条1項・59条1項1文がある)。破産手続の開始によって当然には終了しない契約の破産者側の当事者は、破産財団に属する財産の帰属主体を破産者であるとする立場からは、破産者と考えることなる([中田*2000a]8頁)。ただし、破産財団に関係する契約については、破産管財人が管理処分権を有し、解除権や契約に基づく権利の行使者あるいは行使相手は破産管財人になる。
片務契約の処理
破産手続開始後も存続する契約のうち、片務契約の処理は、次のようになる。
双務契約
双務契約(例えば売買契約)及びこれに基づく権利の取扱いは、破産手続開始当時において履行状態がどのようになっているかに依存する[CL1]。なお、以下では、「未履行」の語は、「履行を完了していない」の意味で用い、一部のみ履行された場合もこれに含まれるものとする(倒産法の世界では、一般にそのような意味で用いられている)。
破産者の債務の履行 | 相手方の債務の履行 | 履行が完了していない債権の取扱 |
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完了
|
完了
|
破産手続開始前の履行により得た双方の満足は、否認されない限り、維持される(債権の給付保持力)。 |
未完了
|
完了
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相手方の債権は破産債権になる。 |
完了
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未完了
|
破産者の債権は破産財団に属し、破産管財人が行使する。 |
未完了
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未完了
|
この場合の原則的取扱いを53条以下および148条1項7号・8号が定めている。 |
破産法は、双方未履行の状態にある双務契約について、破産法は、53条・54条・148条1項7号・8号により原則的な処理方法を定めている。それらの規定は、相手方が同時履行を抗弁権を有することを要件とする規定ではないが、それでも相手方が同時履行の抗弁権を有する場合をモデル(典型例)とした規定と見てよく、かつ、そのように見る方が理解しやすい。
管財人の選択権と相手方の確答催告権
破産管財人は、契約を解除するか履行するかの選択権を有する(53条1項)。管財人が履行を選択するには、裁判所の許可が必要である(78条2項9号)。ただし、最高裁判所規則(破産規則25条)で定める金額(100万円)以下のものについては、許可は必要ない。
管財人が選択権を行使しない間、相手方は不安定な状態におかれるので、管財人に対していずれを選択するかを確答するように催告する権利(確答催告権)を有する(53条2項)。この確答催告権は、破産手続開始後であれば、双方の義務の履行期の前後を問わず行使することができる。
管財人による選択後の相手方の権利
(a)履行が選択された場合 相手方の債権は財団債権として保護される(148条1項7号)。双務契約から生ずる相手方の法的地位は、原則として民法等の一般規定にしたがって保護される。例えば、
しかし、次のような特則がある。
(b)解除が選択された場合
設 例
(1)Aは、Bと、B所有の住宅を1億円で購入する契約を締結した。Bからの申出により、まず、Aが代金4000万円を支払うのと引換えに住宅を引き渡し、その3か月後に残代金6000万円の支払と引換えに所有権移転登記をすることが合意された。4000万円の支払と建物引渡しまでは順調に進んだが、それから2月後にBについて破産手続が開始されてしまった。AがBの破産管財人に対して53条2項の催告をした。
(2)コンピュータの小売業者であるXは、倉庫にある売れ残りのコンピュータを食品業を営むYにその会計処理に用いるコンピュータとして販売する契約を締結した。代金は90万円、支払時期は納品後2週間以内と定められた。コンピュータの納品期日の1週間前にYについて破産手続が開始された。Yの破産管財人が、契約を履行するともしないとも言ってこない。コンピュータの価格低下は早い。今なら、90万円で他に売却できるが、3ヵ月先には70万円でしか売れそうもない。Xはどうしたらよいか。
同時履行の抗弁権との関係
双務契約の各当事者は、原則として自己の義務の履行について同時履行の抗弁権を有し(民法533条)、これが破産法53条の正当性を補強することになるが、相手方が同時履行の抗弁権を有していること自体は破産法53条の要件ではない([中西*2005a]510頁以下参照)。
破産者の相手方の有する同時履行の抗弁権は、契約自由の原則の下で、契約当事者がそれぞれ財産あるいはサービスを等価的に交換することを本来的な目的とする双務契約の機能を維持するために認められたものであり、双務契約のこの等価交換機能の維持は一方について破産手続が開始された場合でも、基本的に尊重されるべきである。したがって、破産管財人が履行を選択すれば、相手方の債権は財団債権となり、この財団債権に基づく強制執行は許されないが(42条1項)、同時履行の抗弁権の行使はなお許される。
未履行債務の内容
53条が適用されるためには、双方の債務が対価的な関係にあることが必要である。また、債務が発生しうるというだけでは足りない。例えば、年会費のない預託金会員制ゴルフクラブの会員が破産した場合に、ゴルフ場施設を利用した場合に発生する利用料金支払義務は破産手続開始時における未履行債務ということはできず、破産手続開始時に会員契約が双方未履行の状態にあったということはできないから、破産管財人は破産法53条1項に基づいて解除権を行使することができない(最高裁判所
平成12年3月9日 第1小法廷 判決(平成10年(オ)第1116号))。
公平の原則による解除権行使の制限
53条では、規定の文言上は、相手方の履行の程度は考慮されていない。相手方の未履行の部分がわずかな場合であっても、全部未履行の場合と同様に保護されることになり、これでよいかが問題となる[CL2]。学説上は、信義則上解除権が発生せずあるいは解除権の行使が権利濫用の法理による制限されるとの見解が主張されていた([福永*2004a]106頁以下など。[中田*2000a]17頁も参照)。
最高裁も、基本的に同じ立場に立ちつつも、解除権行使の制約原理を53条に内在するものと位置づけられる「公平の原則」に求めた。すなわち、53条は、双方未履行の双務契約の当事者を公平に扱うことを目的としており、53条に基づく権利も、公平の原則により制約される。破産管財人の解除権は、契約を解除することによって相手方に著しく不公平な状況が生じるような場合には、行使することができないとした。相手方に著しく不公平な状況が生じるかどうかは、(α)解除によって契約当事者双方が原状回復等としてすべきことになる給付内容が均衡しているかどうか、(β)破産法54条等の規定により相手方の不利益がどの程度回復されるか、(γ)破産者の側の未履行債務が双務契約において本質的・中核的なものか、それとも付随的なものにすぎないか、などの諸般の事情を総合的に考慮して決すべきである(最高裁判所 平成12年2月29日 第3小法廷 判決(平成8年(オ)第2224号)──預託金会員制ゴルフクラブの会員が破産した場合に、破産管財人が破産法53条1項(旧59条1項)に基づく解除権を行使すると相手方(ゴルフ場運営会社)に著しく不公平な状況が生ずるとして、解除が認められなかった事例)。
相手方が履行遅滞にある場合
相手方(売主)の履行遅滞のため双方未履行の状態で買主が破産した場合に、破産者が破産手続開始前に既に法定解除権を取得していれば、破産管財人はこれを行使することができる。この場合には、破産法54条1項の適用がない(むしろ、破産管財人は相手方に対して損害賠償を請求することができる場合がある。民法545条3項参照)。のみならず、54条2項の適用も否定され、相手方の原状回復請求権は民法546条・533条により保護されるにとどまり、同時履行の抗弁権による保護を超える部分については、相手方の原状回復請求権は破産債権になるにとどまる。
さらに進んで、相手方が履行遅滞の状態にあったことを理由に53条の適用を否定することができるかが問題になる。これを肯定する見解がある([井上*1925a]183頁)。履行期に誠実に履行をしたために単なる破産債権者となる者との衡平を確保するためである(この利益考慮は、破産者が解除権を取得していたか否かに依存しない)。この説によれば、相手方は履行期に履行済みであったと仮定した場合以上の保護を受けないのであるから、下の図で破産管財人が履行を選択すれば、Bの目的物引渡請求権は財団所属の債権になり、Aの代金債権は破産債権になる[10]。
(売主・履行遅滞)A───代金債権───→B(買主・破産) ←──引渡請求権─── |
53条の趣旨
双方の債務が対価関係にあり、原則として同時履行の抗弁権が認められている双務契約の特質に鑑みれば、破産者の相手方がその債務を完全に履行しなければならないのに、自己の反対給付債権については比例的満足しか受けられない、という事態は不公平である。このことを前提にして、破産法は、次の特則を置いた。
解除権付与の政策的根拠
破産管財人に解除権を与えることの政策的根拠は、次の2つが考えられうる。
上記の根拠のうちaは、言ってみれば、否認権の制度の趣旨の拡張であるが、これを重視するならば、解除権が認められるべき範囲は広げられるべきことになる。しかし、これが解除権付与の政策的根拠としてあげられることは少ない。一般にはbのみが指摘されている。実際にも、aを正面から53条の根拠に含めると、解釈論はかなりやりにくくなる。aは、53条により解除権が認められていることの付随的効果に留まると言うべきである。
破産管財人の選択権
53条1項は、破産管財人に履行か解除かの選択権を与えている。破産管財人は、破産財団に有利な方を選択することができ、また、選択すべきである。したがって、同項は、本来的に、破産管財人に「いいとこ取り」(チェリー
ピッキング)を許容する規定である。
もっとも、そのいいとこ取りが相手方との関係であまりにも不公平な結果をもたらすおそれのある場合については、特別の規定により破産管財人の選択権を排除する必要がある。それを意図した規定として、後述の一括清算法がある(チェリー ピッキングの抑止だけが意図されているわけではなく、相手方の代替取引を可能にすることも意図されているが、いいとこ取りの抑止が重要な目的であることに変わりはない)。同法に倣って設けられた破産法58条5項も同趣旨の規定である。これらの規定は、同一当事者間で同一の基本契約に基づく複数の取引が存在しうることを前提にして、その複数取引間のいいとこ取りの抑止を目的としている。これに対して、58条1項は、複数の取引が存在することを予定していないので、その主たる目的は、チェリー ピッキングの抑止というよりも、相手方に代替取引の機会を迅速に付与することにあるというべきである。破産管財人に選択権を与えていないことの結果としてチェリー ピッキングの機会も与えられていないことになるが、これは副次的効果と位置付けられる。
なお、最近の動きとして、特殊な双務契約について53条の適用の可否を論ずる文脈の中で、同条の適用を否定する理由として、もし同条の適用を肯定すれば破産管財人がチェリー ピッキングをなしうることになり著しく不公平な結果が生ずることを挙げる見解が現れている(破産手続開始前の再生手続において再生債務者等と別除権者との間で締結された別除権協定について破産法53条の適用を肯定すべきかの問題との関係で、高田賢治・銀行法務21第783号(2015年)30頁)。
履行が選択されない場合の相手方の保護の2つの方式
相手方が一部履行している場合について、破産管財人が履行を選択しないときの契約処理の方式について考えてみよう。相手方を保護する方法として、次の2つの保方式が考えられる。
日本法は、基本的に後者の方式を採用しているが、その意義を理解するために、前者の方式を検討してみよう。
「未履行部分のみを保護する方式」
非継続的契約の典型である売買契約について、考えてみよう。
(a)破産手続開始前に相手方が破産者に給付した価値と破産者が相手方に給付した価値とを比較して、破産者の側の履行部分の方が大きい場合には、相手方が破産者に信用を与えたと見る必要はなく、したがってこの場合について、次のことを定めておけばよい:
(b)他方、破産者が相手方に給付した価値の方が大きい場合には、相手方は破産者に両価値の差に相当する信用を与えていたと評価することができ、その部分は破産債権と同様に扱うことが考えられる。
例えば、コンピュータのソフトウェア(80万円)とハードウェア(40万円)のセット販売の売主について破産手続が開始された場合に、
これを実現するためには、次のことを定めておくことが必要である:
なお、破産管財人の履行拒絶により相手方に前払金70万円の損害が生じ、その賠償請求権が破産債権になると構成するのではなく、前払金70万円の返還請求権そのものが破産債権になり、もし相手方が破産者から部分的に反対給付を受領していたのであれば、その反対給付の価値を控除した残額が破産債権額になると構成することも考えられるが、結果に大差があるとは思われない。ここでは、損害賠償請求権が破産債権になるとの構成のみを取り上げることにする。
相手方に生ずる損害の中核部分をどのように理解するかについては、次の2つの理解が可能であろう。
これらは、双方の給付が市場価格での等価交換である場合には、同じである。すなわち、破産した売主Yの未履行部分の価値をy1、既履行部分の価値をy2とすると、相手方である買主Xの未履行部分の価値をx1、既履行部分の価値をx2、とすると、
しかし、等価交換であることから、
破産者Yが商品を市場価格よりも安い価格でXに売却していた場合には、市場価格と約定価格との差額も契約が履行されないことによる損害の中に含まれることになる。その点の説明が、上記Aの理解とBの理解とで異なることになろうが、しかし、結論自体は変わらないであろう。例えば、市場価格p1円のハードウェアをq1円だけ値引き、p2円のソフトウェアをq2円だけ値引きして両者をセットにした売買において、買主が売主にx2円給付して、未履行部分がx1円あり、売主が買主にソフトウェアだけを引き渡してハードウェアを引き渡していない状態で売主について破産手続が開始されたとしよう。この場合に、
であるが、
破産者との売買契約により相手方に特別にもたらされる利益である値引分は、Bの理解では、損害の中核的部分に含まれる。他方、Aの理解では、値引分は中核的な損害には含まれないことになるが、履行拒絶により生ずる損害の中に含めることはなお可能であろう。したがって、
となり、前記Bの理解に従った損害額と同じになる。
なお、上記のAとBの外に、次のように考える余地もある:「相手方の既履行部分の反対給付請求権」を破産債権と構成し、その外に履行拒絶により生じた損害の賠償請求権があれば、それも破産債権として行使することができる。しかし、この考え方は、相手方が買主で、代金の一部が前払されている場合には、それに対する反対給付を具体的に特定することが困難な場合もあろう(例えば、200万円の自動車の代金の内金として100万円が前払されている場合)。したがって、「既履行に対する反対給付請求権」を破産債権とするよりも、「既履行部分の価値の返還請求権」を破産債権とする方が一般的な解決になる。
(c)このように、破産管財人によって履行が選択されない場合に、相手方は未履行部分の履行を免れるという意味で保護されるが、既履行部分に相当する価値の返還を求める権利は破産債権にしかならない方式を「未履行部分のみを保護する方式」と呼ぶことにしよう。この方式は、履行を選択しない破産管財人が有する権利が解除権ではなく拒絶権であるという意味で、「拒絶権方式」と呼ばれることもある。
(d)破産手続開始前に破産者と取引に入った相手方のうちで、履行を完了している者と双方未履行の状態にある者とを公平に保護するという点では、「未履行部分のみを保護する方式」の方がよい。ただ、この方式をとった場合でも、次のような補正が必要になろう。
「全面的保護方式」──日本法の原則的方式
日本の破産法は、「未履行部分のみを保護する方式」を原則的に採用していない。例えば、コンピュータのソフトウェア(80万円)とハードウェア(40万円)のセット販売の売主について破産手続が開始され、手続開始前に買主が70万円を支払っていた場合には、
上記の例で、代金をまったく払っていない買主について破産手続が開始され、手続開始前に売主がソフトウェアのみを引き渡していた場合には、
日本法は、このように、未履行契約の相手方の地位を全面的に保護するとの原則を採用している。これを「全面的保護方式」と呼ぶことにしよう。
継続的契約と非継続的契約
契約関係が一方の債務不履行やその他の理由により解消される場合に、既履行部分をどのように処理するかは、契約ないし既履行部分の特質と、契約解消の原因に依存する。そのことは、当事者の一方の破産を理由とする契約の解消(破産法53条による解除及びその他の法律による解除又は解約)にも同様に当てはまる。
(a)賃貸借や雇用のような継続的契約関係にあっては、既履行部分の原状回復が困難なことが多い。例えば、賃貸人の履行部分(目的物の使用の提供)や労働者の履行部分(労務の給付)がそうである。そこで、継続的契約の終了の効果は、一般に、将来について生ずるとされている。その点を強調する趣旨で、解約の語がよく用いられる(ただし、53条の規定により継続的契約関係を解消する場合には「解除」の語を用いるが(148条1項8号)、この場合でも、契約関係は将来に向けて解消されるのであり、解約と同じである)。破産手続開始から契約の終了までに生じた相手方の請求権は、財団債権になる(148条1項8号)。他方、破産手続開始前に破産者の受けた給付については解除の効果は及ばず、相手方が有する対価請求権(例えば、賃借人破産の場合の未払賃料債権)は、一般原則に従い、破産債権になる。 もちろんこの場合でも、論理的には、54条2項を適用し、相手方の既履行部分のうち対価の支払われていない部分の価額賠償請求権を財団債権とすることは可能であるが、継続的契約の特質を考慮して、破産手続開始前の相手方に給付に対する対価請求権は、破産債権になるとされているのである。したがって、日本法でも、継続的契約については全面的保護方式が妥当しているわけではない。
(a')もっとも、「継続的契約の特質」を何と考えるのかについては、見解が分かれよう。(α)期間を区切って双方の給付がなされることなのか、(β)相手方の給付が原状回復に適さない性質を有することなのか、(γ)その双方なのか。さらに進んで、実体法上の継続的契約であるか否かにかかわらず、(δ)「未履行部分のみを保護する方式」の適用範囲をできるだけ広める趣旨で、双方の給付が可分給付であることだけで54条2項の適用を否定することも考えられる。
(a'')継続的契約の解除の場面で、破産手続開始後に履行される部分の対価請求権のみを財団債権として保護するのであれば、履行が選択される場合(特に、期間の定めのある契約について履行が選択され、期間の満了により契約が終了する場合)についても、同様に、その部分のみを財団債権とするのが整合的である(見解の分かれている問題であり、賃借人の破産の項で再度取り上げる)。
(b)他方、売買などのような非継続的契約については、一般に双方の履行(物の給付と代金の支払)について原状回復が可能であり、契約の解除の効果は既履行部分にも及ぶ。これについては、54条2項が適用される。破産手続開始後にたまたま履行された部分がある場合でも、148条1項8号の適用はない。
(c)しかし、非継続的契約の中にも、原状回復が困難又は不適当なものもある。建築請負契約における請負人の履行部分がそうである。委任契約は、継続的契約の場合も非継続的契約の場合もあるが、非継続的契約であっても、受任者の履行部分の原状回復は困難ないし不適当であり、継続的契約であるか否かにかかわらず、解除の効果は将来に向けてのみ生ずる(民法652条・620条)。これらの非継続的契約にあっては、当事者の一方が破産したことを理由に契約関係を終了させる場合に、全面的な原状回復を要求することは不当ないし不公平である(建築工事の瑕疵を理由とする解除の場合とは異なる)。こうした類型の契約にあっては、破産手続開始前の履行部分は維持される。しかし、破産手続開始後の履行部分があっても、それに破産法148条1項8号が適用されることはない。なお、継続的契約の性質を有する請負契約(例えば、一定期間にわたって定期的になされる清掃の請負契約)については、 (a)で述べたことが当てはまる。また、継続的委任契約については、破産手続開始と同時に委任契約は終了する点に特色があるが、その他の点では(a)に述べたことが妥当する。
(c')建築工事請負契約を代表例とする非継続的請負契約の取扱いについては、首尾一貫性の欠如指摘することができる。(α)請負人が破産者で、注文者が請負代金の一部を前払いをしている場合に、破産管財人が契約を解除すると、注文者の前払金返還請求権は破産法54条2項後段により財団債権になる。ところが、(β)注文者が破産者で、請負人が工事をを途中まで進めている場合には、その出来形には破産法54条2項後段ではなく民法642条1項が適用され、「既にした仕事の報酬及びその中に含まれていない費用」の支払請求権は破産債権にしかならない。 したがって、代金額を1億円とするの請負工事契約について、9割の工事が完了した段階で注文者が破産手続開始決定を受けた場合に、工事を完成させると完成物を1億円で売却できることが見込まれるときは、(1)破産管財人が請負契約の履行を選択して、1億円の請負代金債権を財団債権にするよりも、(2)彼が契約を解除して請負人の9000万円の請負代金債権を破産債権とした上で、残りの工事について他の業者と請負契約を締結し、財団債権となる残工事代金1000万円を支払って工事を完成させる方が破産財団にとって有利になるので、彼は後者を選択することになろう。この場合には、破産財団は、9割の工事を完成させた請負人の犠牲(彼の債権が破産債権にしかならないという犠牲)の上に、9000万円の利得を得ていると評価できるのであるから、請負人に破産財団に対する不当利得返還請求権を与え、これを財団債権(148条1項5号)とすることも考えられないわけではないが、不当利得返還請求権が発生するのかという点で困難に直面する。その点はともあれ、請負人破産の場合と注文者破産の場合とで、はなはだしい不均衡があるのは確かである。
契約類型により異なる処理(一貫性の欠如)
日本法は、非継続的契約についてはおおむね全面的保護方式を採用し(請負契約の場合のように、例外もある)、継続的契約については破産手続開始時における未履行部分のみを保護する方式を解釈により採用していて、いずれの契約であるかにより処理方式が異なる。もし両者について一貫した処理を採用しようとすれば、(α)完全保護方式を継続的契約類型にも採用するか、(β)未履行部分のみを保護する方式を非継続的契約にも採用するかのいずれかになろう。破産者の相手方が履行済みである場合との公平及び破産財団に属する財産の確保の点からすれば、立法論としては、後者が選択されるべきことになる。こうした政策的要求が、いくつかの問題の解釈論上の議論の中で顔をのぞかせることがある。
破産手続開始時点で双方未履行の状態にあり、かつ、その時点から履行が進んでいない双務契約は、破産法53条の適用対象になる。では、破産手続開始後に履行が完了してしまった場合はどうであろうか。例えば、破産手続開始時点では買主が代金を支払っておらず、売主は運送業者に商品の配達を委託済みであるが、商品は破産手続開始後に買主の許に到着した場合について考えてみよう(売主は目的物を売主の許に持参する義務があるものとする)。この場合には、破産手続開始時点では双方未履行であるが、開始後に売主の義務の履行が完了している。この場合に当然に53条の適用があるとすれば、63条1項の規定は不要になろう。同項については、通常、売主が取戻権を行使することにより双方未履行状態に復帰し、その後に破産管財人は53条により解除又は履行を選択できると説明さているからである。その点に鑑みれば、63条1項は、破産手続開始後に履行が完了すれば、もはや53条の適用がないことを前提にして、その履行完了状態を覆すために設けられた規定であると理解するのが素直なように思える。
(a)破産手続開始後に履行が完了した場合の処理を問題にすべき場合はそれほど多くないが、次の場合にはこの問題が生じよう。
(b)他方、次の場合には、破産手続開始後に履行が完了した場合の処理を問題にする必要は少ない(どのように処理すべきかが、明文の規定の適用あるいは類推適用により比較的容易に定まる)。
こうしたことを考慮すると、破産手続開始後に履行が完了した場合の契約関係の処理の問題については、一般化された解決基準を考えることなく、破産債権者間の公平と個々の規定の趣旨を考慮しながら個別的に解決を決定していってよいと思われる。前記(a)で挙げた場合については、次のように考えたい。
破産を原因として契約関係を解消する権利(解除権、解約権)は、民法でも認められている(以下ではこれらの権利を「契約解消権」[84]と一括する)。民法631条(使用者の破産)と642条(請負の注文者の破産)がそれである。これらの規定の契約解消権も破産法53条1項の解除権も、法的性質は基本的に同じである。相手方の確答催告権(53条2項)は、民法の規定による契約解消権についても認められている(53条3項)。ただし、次の点で差異がある。
破産法53条による解除権と破産を原因とする民法の規定による破産管財人の契約解消権との関係については、次の2つの可能性がある。
現行法の下でも形成権競合と関係と見る余地はあるが、しかし、個々の契約類型の特質を考慮して民法が特則を定めたとみる方が合理的であり、法条競合の関係にあると考えるべきであろう。
上記の点についてどのように考えるかにかかわらず、相手方の契約解消権については、次のようになる。破産管財人が履行を選択した場合でも、相手方は契約を解消できる。なぜなら、雇用や請負にあっては、通常、労働者や請負人が労務の提供や仕事の完成について先履行義務を負う(請負人が注文者に物を引き渡すことが必要な場合には、物の引渡しと報酬の支払とは同時履行の関係に立つが(民法633条前段)、請負人は、それ以前に仕事を完成させなければならない);その対価の請求権が財団債権になるとしても、常に完全な満足を受けることができるとはかぎらず、安定した契約を求めて破産者との契約から脱する自由を彼に認めるべきだからである。
もっとも、保険者破産の場合の保険契約の終了に関する保険法96条は、保険契約がいずれ終了すべきものであるとしても、破産管財人からの即時解除により保険契約者が無保険状態に置かれることを防ぐ必要があるので、破産法53条1項による破産管財人の解除権を排除する趣旨も含んでいると解するのが多数説ないし通説である(明示的ではないので、別の解釈の余地が排除されているわけではない)。この立場に立てば、破産法96条2項の規定(保険者の破産手続開始後3箇月経過により、すべての保険契約は効力を失う)は、破産管財人からの解除の代替機能を含むことになると言うことができる。
以下の議論は、双方未履行の場合に限らない。破産者の相手方が履行済みの場合を含む。
破産手続開始申立てを解除権発生原因とする特約(解除特約)
これの効力ついては、有効説と無効説との対立があるが、最近では無効説が主流である。無効説は、多数の利害関係人の利害を調整することを一つの目的とする破産法の制約から当事者が恣意的に逃れることを認めることはできない、ということを根拠とする(買主が倒産した場合の売買契約について、再建型手続において重要となる。民事再生事件についてであるが、秋田地方裁判所 平成14年4月4日
判決(平成13年(ワ)第126号)参照)。
破産手続開始前に発生した法定解除権
これについては、次のように見解が分かれている。
(A)従来の通説的見解 破産者の相手方は、破産手続開始後は破産手続によらなければ権利を行使できないから(100条1項)、破産者が破産手続開始前に履行遅滞在った場合でも、民法541条による解除権も行使できない([井上*1925a]183頁)[CL]。
(B)最近の見解 破産管財人は、別段の定めがある場合を除き、破産者の契約上(財産権上)の地位を承継し、相手方は、破産手続開始時までに破産者に対して取得していた解除権を管財人に対しても行使しうるものと解すべきである。他方、破産手続開始後に要件が具備した解除権は、管財人に主張しえない[26]。
もっとも、破産手続開始前に発生した解除権が開始後に行使された場合に、その解除により生ずる原状回復請求権の位置付けについては議論が分かれる。原状回復請求権が特定物の返還請求権である場合に、それを取戻権とすべきか否かについては、破産管財人を民法545条1項ただし書にいう第三者[66]にあたると見るか否かに従い、次の見解の対立がある(なお、議論の単純化のために、破産者が解除前に対抗要件を具備していることを前提にする)。
取戻権否定説が妥当であろう。破産手続の開始時に破産者に属していた財産については、破産債権者の満足にあてられるべき財産として、破産債権者が利害関係を有するに至るのであり、破産債権者のその利益(破産財団に属する財産から満足を受ける利益)を破産手続開始後の解除権行使により覆滅することができるとするのは適当ではないからである。
この理由付けを推し進めると、従来の通説的見解に接近することになることは否めない。(α)破産者が買主となっている売買契約において、買主の代金不払により生じていた解除権を破産手続開始後に行使して売買目的物を取り戻すことは許されない。これは、取戻権否定説が本来意図していたことである。では、(β)破産者が賃借人となっている土地の賃貸借契約において、賃借人の賃料不払により生じていた解除権を破産手続開始後に行使して賃借物を取り戻すことは許されるであろうか。賃貸借契約によって所有権が賃借人に移転したわけではないから、解除後に引渡請求権あるいは明渡請求権を取戻権として行使することは肯定されるようにも見える。しかし、賃借権自体が譲渡可能で財産的価値(換価価値)を有する場合には、解除権の行使により賃借権を消滅させることは、賃借権が破産財団に属していることを期待している破産債権者の利益を害することになるので許されないとの価値判断になろう。 この価値判断を法律構成として表現すれば、原状回復請求権を取戻権として行使することを否定するというよりも、解除権行使の効果を破産管財人に主張することが許されないと構成することになり、結局のところ解除権の行使そのものが許されないと構成することになる。
これを従来の通説的見解と比較すると、解除権行使の効果の制限の説明の視点を、(A)解除権行使は破産債権行使の一形態であるとの視点から、(C)破産債権者一般の期待(財団財産から満足を受けることの期待)の保護の視点に転換したことになろう(これは、実質的にはB1と同じである)。両者の間にどの程度の実際的違いがあるのかは明らかではないが、それでも説明の違いが結果の違いをもたらすことがあることを考慮すると、この説明の転換にも意義があると考えてよいであろう。例えば、賃借権の譲渡が可能でない賃貸借契約については、破産管財人がこれを換価することはできないから、破産債権者もその賃借権を破産者の責任財産として期待していたとは言えず、したがって(C)の視点から解除は許されることになるが、(A)の視点からは解除は許されないとの相違が生ずる。
破産手続開始前に破産者又は相手方が解除権を行使して、双方又は一方(相手方)が原状回復請求権を有する場合はどうか。解除権を行使したのが破産者であるか相手方であるかは、結論に影響を及ぼさないと思われるが、ひとまず相手方が解除権を行使した場合について考えることにしよう。次のことが肯定される:(α)破産管財人は、この解除の効果を覆すことはできない(53条1項の履行の選択をしても、解除の効果は覆られない);(β)相手方の原状回復請求権は破産債権になるが、民法546条・533条により保護される余地はある;しかし、それ以上の保護(破産法54条や148条7号の類推適用)はない。このことを幾つかの設例で確認しておこう。
(a)解除後の相手方の権利が物の返還請求権であるが、その物の特定性が低く、破産者が所有する同種の他の財産から分離して特定することができず、取戻権を観念することができないため、不特定物の引渡請求権と観念すべきものであり、かつ、破産者の権利が金銭返還請求権である場合には、破産手続開始により相手方の権利は金銭債権に転化し、原則として、相殺適状に達する。相手方からの相殺が許されるかは、破産法71条1項2号から4号あるいは72条1項2号から4号の相殺制限の適用を受けるかに依存する。適切な説明を今することはできないが、結論としては、相手方が破産者に対して負っている債務と解除により生じた原状回復請求権との相殺の場合は別として、解除権(特に法定解除権)の行使により生じた双方の原状回復請求権間の相殺は、71条1項・72条2項の相殺制限に服さないとすべきであろう。
(b)解除後の破産者の権利が物の返還請求権で、相手方の権利が金銭支払支払請求権である場合に(したがって相殺できない場合に)、相手方は、その金銭債権を破産債権として行使することができるが、そのほか、金銭の支払を受けるまで特定物の返還を拒絶することができる(同時履行の抗弁を主張することができる)とすべきであろう。この場合に、相手方は破産手続との関係では同時履行の抗弁を主張するができないとする選択肢も考えられるが、ただ、それは、破産法が双方未履行の双務契約について相手方が同時履行の抗弁権を有する場合を模範的な場合に想定して、148条7号あるいは54条2項により相手方の請求権を保護していることと整合的とは思われない。破産管財人は、物の価値の方が大きければ、金銭を給付して者の引渡を受けるであろうことを期待することができる。他方、物の価値の方が小さければ、破産管財人は金銭の支払をためらい、場合によれば放置することになる。その場合に、法律関係を最終的にどのように解決すべきなのかは、明瞭ではない。比較的容易に思いつく解決は、破産管財人が裁判所の許可を得て、相手方と次のような内容の和解契約をすることであろう: 返還を受けるべき物をその市場価格で相手方に帰属させ、その代金債権と相手方の金銭債権とを相殺し、相手方の残額を破産債権として行使される。これと同様な解決を和解によることなく破産管財人の一方的意思表示に生じさせる(破産関西人が形成権を有する)としてよいかが問題になる。立法論としては、破産財団の整理を迅速に進めることを可能にし、かつ相手方と他の債権者との公平を害することのない合理的な解決として肯定すべきであろう。解釈論としてそこまで進むことができるかは、迷わざるを得ない。
(c)相手方の権利が特定物の返還請求権であり、解除による財産復帰について対抗要件の具備が必要であると考えられる場合には、破産手続の開始により破産債権者が当該財産からの満足について利益を有しているので、破産債権者又はその利益代表者である破産管財人は民法177条等にいう第三者に当たり、相手方は当該財産の返還を破産管財人に請求できない。この場合に、相手方は民法546条・533条による同時履行の抗弁権を破産管財人に主張することができるかが問題になる。対抗要件の問題との関係で破産管財人を「対抗要件の不備を主張することについて正当な利益を有する第三者」と扱うのであるから、同時履行の抗弁権との関係でも第三者と扱い、相手方は破産管財人に対して同抗弁権を主張することができない、という選択肢も考えられる。しかし、破産債権者は、差押え債権者と同等な立場に立つと考えれば、第三債務者は執行債務者に対して主張することのできる抗弁を差押え債権者にも主張できるように、相手方は破産者主張することのできる抗弁権を破産債権者・破産管財人に主張することができると考えるべきであろう。 また、そのように解する方が、(a)や(b)場合の解決とのバランスがよい。
(d)例えば、物の継続的給付契約において、代金の一部前払をしている需要者が供給者の破産手続開始前に解除権を行使していて、破産手続開始時点において破産者(供給者)は原状回復請求権を有しないが、相手方(需要者)は代金の返還請求権を有する場合には、相手方は原状回復請求権を破産債権として行使するしかない。
(e)建物の賃貸者において、賃貸人の債務不履行を理由に賃借人が賃貸借契約を解除し、建物の明渡し前に賃貸人について破産手続が開始されたとしよう。賃借人が賃貸人に敷金返還請求権を有する場合に、この請求権と賃貸人の建物明渡請求権とは同時履行関係に立たないので、相手方は、敷金返還請求権を破産債権として行使するしかない。
財団不足のリスクからの相手方の保護
履行が選択された場合には、双方は契約に従って義務を履行しなければならない。53条1項が「破産者の債務を履行して相手方の債務の履行を請求する」と規定しているため、破産者の義務の履行が破産管財人による履行請求の先行要件であるかのような外観を呈しているが、その趣旨ではない([井上*1925a]184頁)[45]。履行の先後関係は、基本的には契約により定まる(別段の合意がなければ、売買契約などは同時履行であり、請負契約にあっては請負人が先履行義務を負う(民法624条参照))。ただし、破産法148条3項・103条による修正がある。
相手方が先履行義務を負っている場合には、相手方は破産財団が財団不足に陥り、自己の債権について完全な満足を受けることができない危険にさらされることになる。この危険から相手方を保護するために、次のような手段が用意されている。
(a)148条3項・103条3項により、相手方の請求権は破産手続開始時に期限が到来したものとみなされるので(現在化)、彼の義務の先履行性は消滅すると解すべきである(少なくとも同時履行の抗弁権を行使できる)。これは、一般的な保護手段である。
(b)契約の特質により同時履行が困難な契約(雇用、請負、賃貸借など)にあっては、別段の合意がなければ、破産者(使用者、注文者、賃借人)の相手方(労働者、請負人、賃貸人)が依然として先履行義務を負うことになる。しかし、
相手方の相殺権
履行が選択された場合に、相手方は、自己の破産債権と双務契約から生ずる財団所属債権とを相殺することができるであろうか(両者が同種債権であることを前提にする)。次の見解がある。
しかし、次のように考えたい(以下では、想定する事例が71条1項2号の相殺制限に抵触しないことを前提にする)。 (α)例えば、破産者の有する時価1億円の不動産を相手方が1億円で購入する契約が破産手続開始決定前に成立し、その代金の一部は、相手方の有する3000万円の債権で相殺することが予定されていた場合に、その相殺の意思表示をする前に破産手続が開始されたときに、管財人が履行を選択すれば、相手方は相殺をなしうることを前提にしてよいであろう。双務契約から生ずる破産財団所属債権は、破産手続開始前に原因があり、67条1項の要件を満たし、71条1項1号に該当しないと考えられるからである。もちろん、その相殺がなされると、破産財団には不利な結果が生ずるので、破産管財人はその点も考慮の上で履行を選択するか否かを決断すべきである。 (β)上記の解釈をとった場合には、破産管財人が相手方の反対債権の存在に気付かないまま履行を選択すると、破産財団に不測の不利益が生ずる場合がある。 この不利益は、次のようにして回避すべきである。破産管財人は、履行を選択する前に、相手方に相殺に供すべき反対債権を有するか否か、もし有するのであればその額を確認した上で、履行を選択するか否かを決断すべきである。その点の確認を怠って履行を選択し、結果的に破産財団に不利な取引となる場合には、錯誤を理由に履行の選択の意思表示を無効とする余地も認めておくべきである。また、履行の選択の通知を受けた相手方は、反対債権により相殺する予定があるのであれば、その旨を破産管財人に通知し、それでも履行を選択する意思があるかを確認する信義則上の義務があるとすべきである。
売主破産の場合
買主 売主・破産 X──(登記請求権・引渡請求権)─→Y ←──(代金債権)──────── |
(α)破産管財人の解除権を否定する立場 Xの所有権が破産財団に対抗できる以上、53条の解除はできず、Xは所有権に基づき管財人に目的物の引渡しを請求できる(取戻権を有する)と解すべきである。もちろん、別段の合意がなければ、代金の支払と目的物の引渡しとは同時履行の関係に立ち、破産管財人が履行を求めたにもかかわらず買主が残代金を支払わなければ、履行遅滞を理由に契約を解除することができる。
(β)相手方による履行選択権を肯定する立場 破産者の相手方が破産手続開始前に破産者から給付された財産を用いて経済活動をしている場合、あるいは経済活動をしようとしている場合に、双方未履行契約であるから破産管財人に解除権があり、解除権が行使されれば相手方は給付された物を常に返還しなければならないというのでは、相手方の地位が不安定にすぎるとの問題意識の下に、一定の要件の下で、相手方は、自己の残債務を履行して破産管財人の解除権を排除することができ、この場合に破産者の未履行部分についての相手方の履行請求権は破産債権になる(解除が有効である場合以上に破産財団に不利益を及ぼさない範囲で破産債権になる)との解釈論が展開されている。もちろん、解除により破産財団が受けるであろう利益とのバランスも考慮したうえでのことであり、次の場合について、この考えを認めるべきであるとする([福永*2004a]109頁以下、特に114頁。 なお、破産管財人が解除の意思表示をした後は、相当期間内で相手方がその解除を否定して自己の債務の履行を主張しなければ、相手方破産管財人夜解除を排除できないとする。110頁)[83]。
後者の構成は、相手方が履行を選択すれば破産管財人の53条解除権は否定されるとするものであり、前者の構成は、相手方の履行選択の意思表示にかかわりなしに破産管財人の解除権を否定するものであり、その点で若干の相違はあるものの、破産管財人の53条解除権が排除されるという基本部分は共通している。それゆえ、実際上の差異はほとんどない。しかし、それでも、相手方である買主が履行選択の意思表示をせず、かつ残代金を支払わない場合について、微妙な差異を見いだすことができよう。
このノートでは、(α)の見解を採ることにしよう。
(b)仮登記がXのために既になされている場合 この場合は、さらに次のように分かれる。なお、仮登記担保法の適用がある場合には、同法19条1項により破産法中の抵当権を有する者に関する規定が適用されるので、ここでは仮登記担保法の適用がないことを前提にする。
(c)破産手続開始後になされた所有権移転登記が49条1項ただし書の規定により破産手続の関係で効力を主張することができる場合にも上記(a)の結論を維持すべきであろうか、それとも破産手続開始時に双方未履行の状態にあったことを重視して、破産管財人はなお53条により契約を解除することができるとすべきかであろうか。意見は分かれようが、破産者の相手方である買主の不動産取得の期待は、破産手続開始前に登記がなされていた場合と同様に保護に値するのであるから、この場合にも上記の結論を維持すべきである。なぜなら、
なお、この問題は、49条の適用がない財産(引渡しが対抗要件となる動産など)については生じない。また、動産の売主の代金債権の保全のために買主の不動産に抵当権が設定される場合に、買主の破産手続開始前に売買契約と抵当権設定契約が成立し、破産手続開始後にその履行(目的物の引渡しと抵当権設定登記)がなされたような場合にも、取引の直接の対象は動産であり、先に問題にした不動産取引の範疇には入らず、また不動産取引の特質を持たないので、そのような取引については、49条1項ただし書による登記の有効性を53条の解除により覆すことは許してよいであろう(53条により破産管財人が解除しても、破産手続開始後に破産者に引き渡された動産が破産財団に流入している限り、売主の利益は54条2項により十分に保護される)。
買主破産の場合
(a)代金が一部しか支払われていないために所有権はまだ売主Yにあり、かつ買主Xが仮登記を得ただけの状態でXが破産した場合 この場合には、53条の適用を肯定してよい(Yの同時履行の抗弁権を尊重すべきである)。
(b)代金を完済していないXへの引渡しがなされたが、所有権移転登記のための手続はまったくなされていない段階でXが破産した場合 この場合にも53条の適用がある。この場合に買主Yが不動産占有者としてどのような立場に立つかについては、次の2つの見解が考えられうるが、Bの見解をとるべきであろう。
債券売買の現先取引
債券を有しているAが一時的に現金を必要とし、Bが余剰の現金を有している場合に、Aが債券をBに売り渡すとともに(現物取引)、一定期間後にそれを買い戻す(先物取引)ことを組み合わせた契約をすることがある(Bから見ると、余剰資金を比較的短期間に限って運用するために、債券を買い入れて売り戻すことになる)。このように、現物取引と先物取引(履行期が将来の取引)の複合取引を現先取引という。この場合には、Aからみると、債券の売りが先行するので、「売り現先」といい、Bから見ると、債券の買いが先行するので、「買い現先」という([柴ほか*2007a]57頁)。この例では、債券の再売買(Aから見れば「買戻し」、Bから見れば「売戻し」)があらかじめ合意されているが、再売買が予約にとどまる場合もある。ここでは、再売買があらかじめ合意されている場合を取り上げて、その破産法上の処理を確認しておこう。
なお、こうした取引は、一種の担保取引の性格を有し、別除権の問題として扱うこともできるが、ここでは双方未履行契約の問題として取り扱えば、どのように処理されるかを確認する。また、この種の契約は、58条の要件を満たす場合には、同条により処理されることになり、それが58条5項所定の一括清算を定める基本契約に包含される場合には、その基本契約が定める一括清算の対象となるが、これらの点には立ち入らないことにする。
現物取引の履行後・先物取引の履行前に当事者の一方について破産手続が開始された場合には、双方未履行契約として、53条の適用を受ける。
(a)債券の売主(買戻権者)であるAが破産した場合
破産管財人が契約の履行を選択する場合には、特に問題はない。他方、解除が選択された場合には、次の2つの選択肢が考えられる。
上記の2つの選択肢のうち、第一の選択肢は肯定してよいであろう。ただし、不意の解除により債券の返還を迫られるBが不測の損害を受けることが予想されが、それは、破産管財人に解除権を与えたことにより相手方に一般的に生ずる不利益の範囲内のことと思われ、損害賠償請求権を破産債権として行使することができることにより補償されると考えざるをえないであろう。もっとも、相手方が生ずる不利益が「一般的に生ずる不利益」の配を超えると評価される場合には、(α)解除権の行使を抑制し、もし可能であれば、契約上の地位の譲渡により財産整理をを行わせたり、(β)債券の返還について期限の猶予を与えることにより調整を図ることも必要となろう[70]。
第2の選択肢は、1個の契約の一部の解除が許されかに依存する。ところで、賃貸借契約のような継続的契約にあっては、破産手続開始前に係る部分と開始後に係る部分と分断して、後者についてのみ53条が適用されている。このことを考慮すると、(α1)1個の契約が複数の双務的取引から構成されていて、その一部は破産手続開始時に全部履行済みであり、残部は双方未履行の状態にある場合に、(α2)後者についてのみ53条を適用することが当事者間の公平を害しないときには、(β)破産手続開始時において双方未履行の状態にある取引のみを解除することも許してよいであろう。そして、現先取引契約は、2つの双務的取引(現物取引と先物取引)から成り、破産手続開始時に双方未履行の状態にある先物取引のみの解除を認めても、相手方に不公平になる(不当な不利益を及ぼす)とはいえないことは、類似の経済的機能を有する債券担保付き金銭消費貸借契約との比較から肯定できる。
上記の検討結果から、破産管財人は、現先取引の全体を解除することも、先物取引の部分のみを解除することもできることになる。破産管財人にそのような選択権を認めることは、彼に「いいとこ取り」のチャンスを与えることになり、不公平ではないかという疑問が生ずる。しかし、その疑問を解消しようとして、いずれか一方のみの解除のみを肯定しようとしても、他方の解除を否定する理由があるようには見えない。疑問を抱えつつも、破産管財人は、いずれか解除を選択することができると考えておくことにしよう。
(b)債券の買主(売戻権者)であるBが破産した場合
この場合に、破産管財人が契約の履行を選択する場合には、特に問題はない。破産管財人が契約全体を解除する場合にも、問題は比較的少ない。
破産管財人が再売買の合意のみを解除を選択する場合はどうか。前記の1億円の債券の現先取引において、現物取引の後に市中金利が上昇し、その債券の市場価格が9500万円であるような場合には、破産管財人が再売買の合意の解除を選択するメリットはない。他方、市中金利が低下して、当該債券が1億500万円で売却できる状況にある場合には、破産管財人は、再売買の合意を解除して、当該債券を1億500万円で売却することにメリットを感ずる。もちろん、これにより相手方であるAに500万円の損害が生ずるが、これは54条1項により破産債権にしかならない。
しかし、この現先取引を債券を譲渡担保とする融資契約とみれば、「債務者が被担保債務を弁済する場合には、債権者は担保物を返還しなければならない」との原則(以下では「担保物の現物返還の原則」という[71])に反することになる。この原則を尊重すると、現先取引を譲渡担保取引と構成するか否かにかかわらず、それが担保取引の性格を有すると認められる以上、融資者の立場にある債券の買主の破産管財人が再売買の合意のみを解除することは、当事者間の公平を害することになるので、許されないとすべきことになる。
現金担保付き債券貸借契約
Aが保有する証券をBが借り受けて(状況に応じて、市場で売却して、その後に買い戻し)、一定期間後にAに返還するという契約を考えてみよう。これは、債券の消費貸借契約であり(民法587条)、それのみであれば、片務契約であり破産法53条の対象にはならない。
では、(α)Bがこの債券の借賃を支払うことが合意されている場合はどうか(債券に付される利息は借主Bが収受するものとする。以下同じ)。この場合でも、貸主が借主に債券を交付した後では、貸主が履行すべき義務はなく、借主の賃料支払義務と元本たる債券の返還義務のみが残り、53条の適用はないことになる。
では、(β)債券貸借契約当時における債券の市場価額相当額の現金を借主が貸主に提供し、そのかわり賃料の支払はしないものとされている場合はどうか。この場合には、借主が提供する現金には、担保としての役割と、その現金の運用から生ずる利益が債券の賃料の代用になるという2つの意味があるが、ともあれ、その債券の消費貸借契約の終了時に債券の貸主は借主に現金を返還しなければならないのであるから、このような契約は双務契約と位置づけてよいであろう。もちろん、借主が貸主に提供した現金の機能はもっぱら担保であると考えれば、建物の賃貸借契約における敷金の場合と同様に、その現金の交付は、債券の消費貸借契約に付随する契約(密接な関係があるが別個の契約)と位置づけることができ、それぞれ独立した片務契約であると考えることができないわけではない。しかし、そのように考えると、債券の貸主について破産手続が開始された場合に、借主は、債券返還義務を全部履行しなければならないにもかかわらず、自己の現金返還請求権は破産債権にしかならないという結果になり、非常に不利な立場に置かれることになる (破産財団所属の非金銭債権は金銭化されないので、この場合には相殺ができないことに注意)。やはり、このような現金担保付き債券貸借契約は、債券の返還義務と現金の返還義務を生じさせる1個の双務契約と考えるべきであろう。そうなると、この契約は、53条の適用対象となりうる。
(a)債券の貸主であるAが破産した場合 破産管財人が履行を選択する場合には、約定の返還時期が到来するのを待つことになる。返還時期が到来すると、債券の返還と担保に供された現金の返還とが同時履行的になされる。
破産管財人が解除を選択する場合には、その解除は、賃貸借の解除と同様に貸借関係を早期に終了させて、財産関係の整理を迅速に行うことを可能にする点に意味がある。借主としては、意図せぬ時期に返還を強制されると、不測の損害を受けることになるが、その賠償請求権が破産債権として行使することができ、それで我慢してもらうよりしかたないであろう[68][69]。もっとも、その契約上の地位が譲渡可能である場合には、破産管財人としては、契約上の地位を他に譲渡することによっても破産財団を整理することができるはずであるから、そうすることが解除よりも破産財団にとって不利にならないのであれば、契約上の地位の譲渡の方法で破産財団を整理すべきである。現金担保付き債券貸借契約が53条によって解除された場合には、借主が貸主に担保のために提供した現金の返還請求権は、54条2項により財団債権となる。なお、契約で定められた解約権を行使する場合には、契約の履行を選択した上での解約になり、解約後の処理は契約条項に従う。
(b)債券の借主であるBが破産した場合 破産管財人が履行を選択する場合には、(a)の場合と同様である。
破産管財人が解除を選択する場合には、その解除は、貸借関係を早期に終了させて、財産関係の整理を迅速に行うことを可能にする点に意味がある。ただし、貸主は担保として受け入れた現金をさまざまな形で運用しており、即時の返還を求められると不測の損害を受けることも考えられるが、これについても(a)で述べたことが妥当する。解除がなされた場合には、相手方の債券返還請求権は54条2項の規定により財団債権となる(債券の消費貸借契約であることを前提にする。破産管財人は、手許に債券があればその債券を返還してもよいし、債券が手許になければ、他から調達して返還してもよいが、価額償還も許されるべきである。なお、債券の特定性を維持した貸借契約であることを前提にすれば、取戻権となる)。
次の法律関係については、破産法に特則がおかれている。
次の法律関係については、破産法に特則はないが、考察の対象となる(他の法令に特則がおかれているものもある)。
昭和40年前後の会社更生事件において、更生手続開始前の電力供給に対する料金の不払を理由に、電力会社は、更生手続開始後の電力の供給を拒絶することができるかが争われた。電力料金は、通常は、供給を受けた電力に応じて算定されるために、後払である。しかし、ある期の電力料金の支払と次期以降の電力の供給とは同時履行の関係にあり、電力会社はある期の料金の不払を理由に次期以降の供給の拒絶権を有すると考えられる。その考えを、会社更生の場合にもストレートに適用したのでは、更生手続の目的を達することは困難となるので、倒産手続外で認められている上記の同時履行関係を修正する必要があると判断され、かつ、この問題は、電力供給契約等のライフライン供給契約に限られず、その他の継続的供給契約にも生じうると判断され、昭和42年に、会社更生法104条の2に、現行破産法55条に相当する規定が置かれた([宮脇=時岡*1969]177頁)。破産法55条は、これを受け継いだものである。
適用範囲(要件)
55条が電気・ガス・水道、基礎的電気通信サービス等のいわゆるライフライン供給契約に適用されることに、問題はない[38]。しかし、それ以外にどのような契約について適用されるかは、明確でない。昭和42年改正の立案段階では、要件に関しては、次の事項が論点となつた([宮脇=時岡*1969]186頁)。
上記の論点のうち、bについては、規律が比較的明瞭であるが、aについては、まだ未解決の部分が残されている。基本的には次のように考えたい:社会の分業化が一層進展し(最近の言葉で表現すれば、アウトソーシングも進展し)、破産者がさまざまな継続的給付契約を利用して事業を行ってきて、破産管財人もそうせざるを得ない社会状況のなかでは、55条は、その適用対象を拡張する方向で解釈する必要がある(そうしなければ、管財業務の適切な実施が困難になる)[41]。
(1)継続的給付を受ける者の範囲 昭和42年の会社更生法改正の経緯に鑑みても、この規定が適用される第一の類型は、(α)法人の破産の場合に、破産管財人が管財業務の遂行上の必要から電力や水などの供給を受けようとする場合である(以下では、代表例として、水の供給を取り上げることにしよう)。(β)個人(特に営業者)が破産した場合にも、破産管財人が管財業務を行うために必要となる給水契約について同様である。他方、(γ)個人破産者が破産手続開始後の生活のために給水契約の継続を必要とするにすぎない場合(破産管財人は管財業務を行うための給水を必要としない場合)には、破産管財人が給水契約の履行を選択する余地はなく、破産手続開始前の未払料金は破産債権にとどめてよい(民法310条・破産法98条1項により優先的破産債権となることがある)。この場合には、55条の適用はない。 破産者が給水契約の継続を求めたときに、給水事業者が未払料金の存在を理由に給水を拒絶することができるか否かは、水道法15条の解釈・適用の問題である[52]。
(2)供給義務者の範囲 従前の給付事業者が給付を停止しても、破産管財人が他の同種の給付事業者から給付を受けることが可能である場合には、従前の事業者の履行拒絶権を尊重すべきであるとの考慮の下に、55条の適用範囲を独占事業者に限定することが考えられる。しかし法律は、この政策的判断を採用しなかった。給付事業者にとって、破産者との契約の続行が必ずしも有利でない場合であっても(自己の給付資源を他の顧客に振り向ける方が事業上有利であっても)、破産管財人が新規に他の事業者から給付を受ける契約を締結するよりも、従前の継続的給付契約を続行する方が有利であると判断して、その履行を選択すれば、従前の給付事業者は履行拒絶権を行使できないのである。そこでは、独占的事業者のみならず自由競争の中で事業を営んでいる継続的給付事業者にも破産手続への協力が要請されている。さらに進んで言えば、破産手続協力義務が課されているとみることができる。
(3)継続的給付契約の範囲 55条は、破産手続開始前の破産者の不履行を理由に相手方が破産手続開始後の履行を拒絶できる場合(同時履行の抗弁権が認められる場合)に、同時履行の抗弁権の行使を禁止して相手方の義務を履行させるための規定であるので、そのような同時履行の抗弁権ないし履行拒絶権を有することが必要である。
通常の賃貸借(特に土地の賃貸借)では、賃貸人が賃借人に目的物を引き渡すと、賃貸人がその後に履行すべき行為はあまりない。彼は、賃借人が賃料を支払わないことを理由に解除権を行使することはできても、同時履行の抗弁権を行使する余地はない(拒絶すべき履行行為が通常はない[53])。したがって、賃貸借契約には55条の適用がないとするのが多数説である[18]。しかし、賃借人が賃借物の本来の目的に従って利用していくためには、一定期間ごとに賃貸人の一定の履行行為が必要な契約も、契約自由の原則の範囲内に入ろう(例えば、賃貸人が賃料支払日に一定の措置をとらないと、翌日から自動的にロックがかかるように設定されている物の賃貸借契約。住居についてそのような契約をすることは困難であろうが(民法90条により無効とされる可能性が高い)、ガレージや建設機械・自動車などについては可能であろう)。 そのような契約については、それを賃貸借契約と呼ぶか、賃貸借類似の非典型契約と呼ぶかは別として、55条の適用を肯定してよい[47]。いずれによせ、53条と同様に55条も公平の原則を基礎とするものというべきであり、その適用の有無を決定する際には、破産者の相手方に残されている履行行為の重要性が考慮されるべきである。
(4)その他 55条1項が重要な意味を持つのは、破産管財人が供給を引き続き受けるために契約の履行を選択した場合である。履行の選択がなされる前の段階については、場合分けが必要であろう。
効果
55条では、次の2つの効果が規定されている。
55条2項については、破産手続開始申立てから開始決定までの期間はそれほど長くなく、その期間の給付に係る相手方の債権を財団債権にしても破産財団に生ずる負担は大きくないことなどを理由に、破産管財人が解除を選択した場合でも適用があると解されている([注釈*2007a]228頁(松下淳一))。もっとも、破産管財人が手続開始直後に解除の意思表示をした場合には2項の適用はないと解釈する余地がある、との指摘もなされている([注釈*2007a]228頁(松下淳一))。
55条2項かっこ書は、水や電気の供給契約のように、供給量を確定するためには使用量を測定するメータの検針が必要であり、検針を破産手続開始申立ての日にすることができるとは限らない種類の供給契約を主たる対象とした規定である。ところで、電話会社が通話記録を保持していて、破産手続開始申立て時までの通話料金とその後の通話料金とを分別することができ、基本料金を日割り計算にすれば、産手続開始申立ての日までの料金とその後の料金とを分別して算定しよう思えば算定できる場合は、どうであろうか。この場合でも、「一定期間ごとに債権額を算定すべき継続的給付」に該当するといえるであろうか。「算定すべき」の意味としては、次の2つが考えられる。
この問題は、継続的清掃請負契約などにも55条の適用があるとの立場に立てば、比較的広く生じ、重要であろう。規定の文言上は明瞭ではないが、Aを意味するように見える。しかし、55条2項が本来目指しているのは、破産手続開始申立て後の供給に係る対価を財団債権とすることであることに鑑みれば、かっこ書の適用範囲は、Bの場合に限定されると解すべきであろう。もっとも、最近の電話料金の体系は、各種の割引制度のためにかなり複雑になっている。その複雑さの故に、破産手続開始申立て以前の料金とその後の料金とに分別して算定することが困難である場合には、かっこ書が適用されるべきであろう。
55条の拡張の可能性──相手方の解除権の抑制
55条は、同時履行の抗弁権を抑制する特則であるが、継続的給付に対する対価の支払の不履行は、契約の解除権を発生させることがあり、その解除権の行使の抑制が必要となる場合もあろう。電力等のライフライン供給契約の場合には、料金の未払は供給拒絶事由になっても、そのことにより解除権が直ちに発生するわけではないが、55条の適用対象となる継続的給付契約一般についてみれば、解除権が発生することを認めなければならない。そして、破産手続開始前に発生した解除権を破産手続開始後に行使できるかについては、見解は分かれているが、肯定説を前提にした場合には、管財業務を円滑に進めることができるように、その解除権の行使を抑制する方向で、55条を解釈すべきである。
すなわち、(α)破産手続開始前の料金不払により履行拒絶権のみならず解除権も発生している場合でも、破産管財人が履行を選択すれば、当該解除権はもはや行使できないと解すべきである。しかし、解除権が破産手続開始前に行使されている場合には、相手方は、それを前提に企業活動の意思決定をしているのであるから、解除の効果を覆滅させるのは適当ではない。(β)相手方が拒絶することのできる履行行為は存在しないが、破産手続開始前に発生した解除権を開始後に行使することができる契約については、解除により継続的給付が停止されて管財業務に困難が生ずることも阻止すべきである。この視点から、そのような契約にも55条が類推適用されるべきである(具体的にどのような契約がこれに該当するかは、破産手続開始前に生じた解除権の開始後における行使の問題についてどのような立場に立つかによって異なるが、賃貸借契約などが考えられる)。
典型的な売買契約では、目的物が1個であり、売主がそれを買主に給付すれば、それで売主の義務の履行は完了する。そのような売買契約の破産法上の取扱いについては、既に述べた。では、給付が複数回に分けて、あるいは継続的になされ、対価が給付量に応じて複数回に分けて(通常は、一定期間ごとに)支払われるような場合はどうであろうか。さまざまな契約類型が考えられ、55条の対象となる継続的給付契約もその一種であるが、ここでは、それも含めて一般的に考察してみよう。
なお、55条の適用の対象とならない継続的給付契約で相手方が履行拒絶権を有するものが存在しうるのかは、55条の適用範囲をどのように解するかに依存する問題である。同条の適用範囲をライフライン供給契約に限定すれば、そのような契約も存在しうることになる。
検討の対象とするのは、一方(売主や請負人など)が金銭以外のものを分割してあるいは継続的に給付し、他方(買主や注文者)が給付量に応じて一定期間ごとに対価としての金銭を支払う義務を負う契約である。この種の契約についてよく行われる分類は、給付されるべき数量が確定しているか否かによる分類である。
こうした分類は、受給者(買主や注文者)の破産の場合に、各種の法規範の適用に違いをもたらすほどに重要かといえば、実際上はそうでもない。次の点で共通性があるからである。
また、総量不定型給付契約にあっては、受給者の必要に応じて供給がなされ、供給とともに即時に消費がなされることが多い(即時消費型)。他方、総量確定型給付契約の中には、給付物がいったん在庫として保管された後で順次消費される場合もあろう(順次消費型)。即時消費型の場合には、その後に契約を解除しても、実物の返還という意味での原状回復は困難である(通常は不可能である)。他方、順次消費型の場合には、在庫として保管されている物については、原状回復が可能である。この相違に着目すれば、順次消費型の継続的給付契約については、破産管財人は、相手方の給付が完了していない部分のみならず、給付が完了している部分であっても給付物が在庫として存在する範囲では給付完了部分も解除することができるとするルールを定めることも考えられる。そうすることのメリットは、破産財団にとっては、次の点にある。すなわち、在庫品が破産財団にとっては経済的意味がない場合(自ら消費して経済的価値を生み出すことも、転売も困難であるような場合)に、在庫物を給付者に引き取らせ、これにより破産債権を減少させることができる。 しかし、給付者にとっては、在庫品の部分を含めて契約の解除がなされると、彼は在庫品を54条2項により取り戻すことができることになるが、このメリットはそれほど大きくない。彼は、在庫品について、動産売買先取特権(民法311条5号)を有するからである。むしろ、在庫品の交換価値に比べて引取費用が相対的に大きい場合には、彼にとって不利になろう。在庫品から代金債権の回収をはかるか否かの選択は、別除権(先取特権)を有する給付者にゆだねておく方がよい。その点からすれば、順次消費型の場合でも、破産管財人は未給付部分についてのみ契約を解除することができるとしておく方がよい。
もっとも、給付されるべき総量が確定しているか否かは、破産管財人によって解除が選択された場合に、損害の発生の可能性について次のような違いを持たらす。
なお、確定総量について分割給付がなされる契約については、その代金の支払は各分割給付ごとになされるのが通常と思われるが、理論的には、他の態様もありえよう。そこで、この類型の契約を次のように分類しておこう。
ある時期の給付に対する対価の支払がないことを理由に次の期の給付を拒絶することができるという意味での履行拒絶権により給付者が強く守られている契約類型は、分割給付・分割払型契約であり、ここではこの類型の契約を主たる対象とする。履行拒絶権により給付者が守られる度合いが最も弱いのは、分割給付・完全一括払型契約であり、これについては、全量の給付がなされ前に受給者に破産手続が開始された場合に、通常の売買契約と同様に53条の適用を認めるべきかが問題となる。この点については、(A)どのような理由でもって全量給付後の一括払が合意されたのかはともあれ、履行拒絶権によって既履行部分の対価を確保することができない状況にある給付者の保護のために、双方未履行の状態にあると見て、53条の適用を肯定すべきであると考えることもできる。 しかし、次の理由により、(B)分割給付されていた部分については破産債権者にしかならず、未給付部分についてのみ53条の適用が肯定されると解してよいであろう。
以下では、この立場を前提にする。したがって、分割給付・分割支払型契約について述べることは、分割給付・完全一括払型契約等にも妥当することになるが、以下では、議論を確実にするために、分割給付・分割払型契約を主たる対象にして、その取扱いを検討する。
解除が選択された場合
受給者の破産の場合に、この類型の契約への53条の適用については、双方未履行であれば、既履行部分(対価関係にある双方の履行済み部分と一方の先履行部分)も含めて53条の解除の対象になるとの考えもありえようが、既履行部分と未履行部分とに契約関係を分割し、前者は53条の対象にならず、したがって解除の対象にもならないとするのが適当である([福永*1989b]31頁以下)。理由:
破産者の相手方(給付者)が破産手続開始前に給付して対価を得ていない部分(先給付部分=先履行部分)の対価請求権は、次のように扱われる。
破産者が既履行部分を超えて代金を先に支払っていた場合には、その代金返還請求権は破産財団に属するが、相手方は、解除により生じた損害の賠償請求権と相殺することができる。
履行が選択された場合
55条の適用のある契約については、同条により規律されることになるので、ここではそれ以外のものを対象とすることにしよう。55条の対象とならない契約にも様々なものがあり得るので、適当な類型化が必要となるが、結論に直接影響を与える類型化基準は、相手方が前期の給付について対価の支払がないことを理由に後期の給付の履行を拒絶することができるか否かであろう(同時履行の抗弁権の一種であるが、ここでは「履行拒絶権」ということにする)。
給付者が破産手続開始時にすでに解除権を取得している場合には、それを破産管財人に対して行使することができるとの立場に立てば、破産管財人は、継続解除権を消滅させた上で(解除権を消滅させるためには合意が必要であるのであればその合意をした上で)、履行を求めることになるので、破産手続開始前の給付に係る対価を支払わざるをえない。結局、aと同様になる。
破産手続の円滑な進行のためには、相手方が履行拒絶権を有する契約はすべて55条の適用対象に含め、破産管財人が破産財団の管理のために履行を必要とする限り、相手方は破産手続開始申立てより前の期の対価請求権が破産債権としてしか行使できなくてもこれに応じなければならないとすることが望ましい。問題は、その価値判断を解釈論として主張するか否かである。意見は分かれようが、肯定してよいと思われる。
賃貸人が破産した場合に、賃貸借契約が双務契約であることを貫けば53条の適用があることになるが、しかし、不動産の賃貸借については、賃借人の保護(賃借不動産の安定した利用の確保)のために、いわゆる物権化が進み、対抗要件を具備している場合には、その賃借権は第三者に対抗できるものとされている。賃貸人が破産した場合にも、賃借権の保護は必要である。この必要性は、不動産の賃貸借に限らず、知的財産のライセンス契約等にも見られる。そこで、次の要件をみたす契約については、53条1項・2項の適用が排除され[CL3]、破産管財人は契約を解除することができない(したがって、契約が存続する)。
この場合の対抗要件の意義について、それは固有の意味での対抗要件ではなく、権利保護資格要件(53条の解除権から保護される資格を有することの要件)であると解されている([法務省*2002c2]99頁、[小川*2004a]85頁)[48]。通常の売買及び強制執行の場合と対比させておこう。
56条は、「第三者に対抗することができる要件」を具備していること」を要求しているが、単純に対抗要件を具備していれば足りるというものではなく、破産手続の関係で効力を有する対抗要件でなければならない。従って、若干のニュアンスの違いを無視すれば、56条の権利保護要件は、破産管財人を差押債権者と見立てた場合にこれに対して賃借権を対抗できることである、と言い換えことができる。
破産管財人は、破産手続の関係において効力を有する対抗要件を備えていない賃借権を53条の規定により解除することができる。この解除の結果の中には、次のことも含まれる。
整理 賃借権が破産管財人に対抗できない場合については、次の2つの場合を区別しなければならない。一つは、(α)賃貸不動産の譲受人が破産した場合に、賃借人が彼に対して賃借権を対抗できないときである。この賃貸借契約については、53条・54条の適用の余地はない(例えば、借地権者の建物の登記がなされていない段階で賃借権設定者が賃貸土地を第三者に譲渡し、その第三者が破産した場合に、破産管財人は解除するまでもなく借地人に対し建物収去・土地明渡を請求することができ、この場合には54条の適用はないから、建物収去による損害等は破産債権にならない。譲渡後・破産手続開始前に地上建物の登記がなされていても、同じである)。これは「強い対抗不能」と呼ぶことができる。もう一つは、(β)賃借権設定者が破産した場合に、破産管財人に対抗することができないために破産管財人が53条の規定により解除することができる場合である。 これは「弱い対抗不能」と呼ぶことができる。後者の場合には、破産管財人は、双方未履行の賃貸借契約が存続している間は、彼の管理処分権も制限され、その制限から解放されるためには賃貸借契約を解除することが必要であり、解除によって賃借人が無権原占有者になってから初めて、破産管財人は、彼に属する管理処分権(所有権の一部たる物権的権利)に基づき、元賃借人を排除することができるのである。
賃貸借契約が解除されなかった場合
破産管財人が解除しなかった結果、賃貸借契約等が存続する場合に、賃借人等が賃貸借契約等に基づき破産者たる賃貸人に対して有する請求権は、財団債権となる(対抗要件を具備した賃借権については56条2項により、対抗要件を具備していない賃借権について破産管財人が履行を選択した場合には148条1項7号による)。目的物を使用収益する権利(財団債権であるので金銭化されることがない)や、必要費・有益費の償還請求権がこれに該当する。他方、敷金返還請求権は、これに該当しない([小川*2004a]91頁以下)。敷金に関する契約は、賃貸借契約と密接な関係があるがその一部ではなく、これに付随する契約と位置付けられるからである。
賃料の事前処分
現行法は、破産手続きの関係でも、将来の賃料債権の処分の効力を制限していない。
立法論としては見解の分かれるところである。賃料の事前処分を無制限に有効とすることは、破産財団に属する賃貸不動産の実質的価値が外部から認識しにくい形で空洞化することを認めることであり、それは避けるべきであるとの見解にも説得力がある。しかし、将来の賃料債権の処分を利用した資金調達あるいは資産の流動化が広く行われていること、並びに破産手続の関係でもそれを有効にしないと将来の賃料の処分がその経済的機能を十分に発揮できないことを考慮すると[20]、やむをえない選択であろう[37]。
賃料債権を受働債権とする相殺
賃借人は、破産者となった賃貸人に対して有していた債権を自働債権として将来の賃料債権と相殺することができる[36]。したがって、賃借人は、賃貸人の有する将来の賃料債権を引当てにして賃貸人に信用を供与することができる。これも、賃料の事前処分の保護の延長線上のことである。
賃借人の有する自働債権は、非金銭債権でも、期限付債権でもよい。停止条件付債権の場合の相殺は、70条による。その代表例が次に述べる敷金返還請求権である。
敷金返還請求権
対抗要件を具備した賃借権が設定されている不動産が破産管財人によって売却された場合には、その賃借権は買主に対抗でき、敷金関係も承継される(最判昭和44年7月17日民集23巻8号1610頁)。先順位に抵当権が存在する場合でも、このことに変わりはない(もちろん、買主の下で先順位抵当権が実行されれば、その賃借権は競売による買受人には対抗できないので、賃借人は、買主に敷金の返還を求めることになる)。
他方、破産管財人による売却以前に何らかの事情で賃貸借契約が終了した場合には、敷金返還請求権が56条2項により財団債権になるかが問題となるが[22]、これは否定されている([小川*2004a]91頁以下参照)。したがって、この場合には、賃借人にとって、敷金の返還の確保が切実な問題となる。この問題につき、破産法は、次のような解決を与えた(71条後段。[小川*2004a]92頁)[16]。
cの点については、法的知識の乏しい一般の賃借人が寄託の請求を明示的にすることなく賃料を支払った場合などについては、若干の留保を付す必要がある。すなわち、(α)賃料支払の過程における賃借人の言動(特に破産管財人との交渉)から寄託の請求が黙示的になされていたと推断されることもあろう。さらに進んで、(β)破産管財人が通常は法律の専門家であることを考慮して、破産管財人は賃借人に寄託の請求の制度を説明し、その請求をする意思があるかを質問する信義則上の義務があり、それを怠った場合には寄託の請求があったものと擬制されるとしてよいと思われる。
敷金返還請求権の停止条件が成就した時に未払賃料があるのであれば(それが破産手続開始前の期間に係るものであるか開始後の時期に係るものであるかにかかわらず)、その弁済に敷金が充当されることは、一般原則による。
双方未履行の双務契約に該当するか問題のある契約に基づく土地の占有
以下で検討するのは、次のような契約に基づく土地の占有である。
これらの契約は、典型的な双方未履行の双務契約であるとは言い難く、53条の適用範囲に含まれるのか、疑問が生じよう。aの使用貸借契約は、通常は、「借主は返還債務を負うが、貸主はこれに対応する債務を負わない片務契約」と位置づけられている([内田*民法2]166頁 )。bにあっては、賃借人の義務が履行済みであと言いうるかが問題となる。cにあっては、買主の義務は履行済みであり、かつ所有権に基づく占有とも言いうる。dにあっても、物権に基づく占有であると言いうる。
これらの契約に基づく土地の占有者が土地上に建物を占有している場合に、次のことが問題になる:(α)破産管財人は何時から建物収去・土地明渡を求めることができるのか(破産手続開始時より当然にその請求をすることができるのか);これと表裏の関係にある問題であるが、(α')占有者は、何時から土地の不法占拠者として賃料相当額の賠償金支払義務を負うことになるのか;(β)建物の収去による損害の賠償請求権は、破産債権になるのか。
(a)使用貸借契約は、その民法上の位置付けにかかわらず、破産法53条にいう双務契約に含まれると解すべきであろう。使用貸借は要物契約であるために、貸主は借主の返還義務に対応する義務を負わないのは確かであるが、それでも「貸主は使用・収益を受忍する消極的債務」を負っており([内田*民法2]166頁)、また、目的物が賃借人に引き渡された後の賃貸借契約にあっては、賃貸人のこの消極的な債務が賃貸借契約の双務契約性を基礎づける一つの要素になっているからである。したがって、(α)破産管財人は、使用貸借契約を53条1項により解除することができ、解除の効果が生じた時から使用借人の占有は不法占有となり、賃料相当額の賠償金支払義務を負う。しかし、解除の効果が生ずるまでは、破産手続開始後であっても、使用貸借契約に基づく占有である。 (β)解除の結果、使用借人が建物を収去することになれば、これによる損害(約定期間前に収去することによる損害)の賠償請求権は、破産債権になる(54条1項。約定期間満了時には収去されるべき建物であるので、満了前に収去する場合でも、建物価額全部が損害額に含まれるわけではない)。
(b)賃料が全額前払されている場合であっても、賃借人はなお賃貸借終了後に目的物を返還する義務を負っている以上、使用貸借契約と同様に、53条の適用範囲に含まれるとすべきである。もちろん、56条1項の要件が充足される場合には、53条1項・2項の適用はない。
(c)買主は自己の義務を履行しているので、53条の適用はなく、彼の売主に対する所有権移転登記請求権は、破産債権になるにすぎない。そして、彼の占有は、破産管財人を含む第三者に対抗することができない所有権に基づく占有である。しかし、それでも、売買契約に基づく占有の側面がある。この契約をそのままにして、売主の破産管財人が買主に対して所有権に基づき建物収去・土地明渡を求めることはできるのかが問題となる。次の2つの考えが可能と思われるが、Aの考えでよいであろう。
(d)これは、前記(c)と同様に扱われる。
賃借人が破産した場合には、破産管財人は、53条の規定により(α)契約の解除または(β)履行を選択することができる。この外に、(γ)破産した賃借人が個人の場合には、賃借権を破産財団から除外して破産者の自由財産に属させることもできる(34条4項・78条2項12号。ただし、これにより不利益を受ける可能性のある破産者とその相手方の同意が必要である)。他方、賃貸人は、賃借人について破産手続が開始されたこと自体を理由にして解除することはできない(民法旧621条の廃止)。
解除の選択
破産管財人により解除が選択された場合に、
建物の賃貸借において、賃料債務等の担保として敷金・保証金が提供されていた場合には、その返還請求権は破産財団に属する。その実現のためには、解除が必要であり、返還されるべき敷金がある場合には、その返還を受けるために破産管財人は賃貸借契約を解除するのが通常である[42]。敷金の返還を受けるためには、建物の明渡しが必要であるが、破産者が任意に明け渡さない場合には、破産管財人は、引渡命令の申立てをし(156条1項)、引渡命令を債務名義(民執法22条3号)にして破産者から引渡を受けて、賃貸人に建物を明け渡してから敷金の返還を受ける。
履行の選択
破産管財人が履行を選択した場合には、賃借権は存続する。この選択は、例えば次のような場合になされる。
破産手続開始前の未払賃料の取扱い
賃借人が破産し、管財人が履行を選択した場合に、破産手続開始前の時期に係る未払賃料の取扱いについては、見解が分かれている。
破産手続開始前に発生した解除権の取扱い──55条の類推適用
ところで、破産者の相手方は、破産手続開始前に発生した解除権を開始後に破産管財人に対して行使することができるとの立場を前提にすると、賃借物が管財業務を円滑に行う上で必要不可欠である場合に、その解除権の行使を抑制する必要が生ずる。その必要を満たすために、継続的供給者の履行拒絶兼(同時履行の抗弁権)と賃貸人の解除権とか機能的に類似することを根拠にして、55条の類推適用を肯定すべきである。他方、解除権が手続開始前に発生していない場合には、開始前の未払賃料の支払を破産手続開始後に催告して法定解除権を発生させることはできないので、この場合には55条の類推適用は必要ない。
解除権が破産手続開始前に既に行使されていて、契約が終了している場合には、55条を類推適用して契約関係を復活させることも考えられないわけではないが、しかし、それは適当ではなかろう。もっとも、破産手続開始直前に解除権が行使されたような場合に、その解除の効果をそのまま承認すると破産手続の遂行に著しい困難が生ずるようなときには、55条の規定の基礎にある破産手続協力義務の視点から、手続への協力を求める必要性と、協力すること(解除の効果を否定されること)により相手方により生ずる不利益とを考量し、その解除権行使は権利濫用と評価することができこともあろう。そのように評価できる場合には、55条の類推適用をなお肯定すべきである(権利濫用であるから解除は無効であるとするにとどめずに、55条の類推適用を主張する意義は、同条2項の効果を認める点にある)。
賃貸人の損害賠償請求権
例えば大規模小売業者が出店する場合に、土地所有者に資金を提供して店舗用建物を建設させ、その建物を長期(例えば15年)にわたって賃借することを約束することがある。賃借人が提供する資金は建設協力金と呼ばれ、賃借人が支払うべき賃借期間中の賃料の一部をもって償還することが約定されるとともに、賃貸借契約が賃借人の責めに帰すべき事由により賃借期間満了前に終了したときは、賃貸人は残りの賃借期間に係る賃料の合計額に相当する金額を損害賠償として請求することができ、建設協力金返還請求権とこの損害賠償請求権との相殺が合意されていることがある。このような合意は、賃借人が破産し、破産管財人が53条により賃貸借契約を解除したときでも有効である。いずれの債権も、破産手続開始前に原因のある債権であり、67条2項により相殺が許される。
ただし、契約により定められた賃貸人の損害賠償請求権(違約金請求権)の金額が実損額を大幅に上回るときは、破産債権者全体の公平を害することになるので、賃貸借契約の途中終了により賃貸人が通常被ると予想される損害をはるかに上回る部分についてまで相殺による優先的な債権回収を容認することは合理的ではなく、相殺による違約金債権の回収は、合理的な範囲(通常生ずると予想される範囲)にとどめるべきである。具体的には、破産者から得られるはずであった賃料額と、当該建物を他に賃貸することにより得られると予想される賃料の合計額との差額が合理的な範囲となる(名古屋高判平成12年4月27日・判例時報1748号134頁)。これを超える部分の違約金債権は、破産手続に参加することにより行使すべきである。
破産者(個人)が賃借不動産に居住する場合の処理
破産手続開始前に賃料不払いを理由に賃貸人側に解除権が発生し、破産手続開始前に解除されているとき、あるいは開始後に解除されたときに、破産者が速やかに建物を明け渡さないと、不法占拠を理由とする損害賠償請求権が財団債権となり、破産財団が窮乏化してしまう。
破産者の義務 破産者は、賃貸人に対して明渡義務を負うと共に、建物を迅速に明け渡すことは、破産手続への協力義務の一つであると解すべきであり、その義務は252条1項11号の「その他この法律に定める義務」に含まれると解すべきである。
破産管財人の管理権行使 また、破産者が任意に明け渡さない場合には、破産管財人は、156条1項の規定により、破産者に建物を破産管財人に明渡すように命ずることを裁判所に求めることになる。この場合に、建物自体は賃貸人の所有物であり、破産財団には属しないが、同条は、破産財団に属する財産の換価を容易にすることのみを目的とする規定ではなく、破産管財人が破産財団を整理して配当財団に純化していくことを容易にするための規定と見るべきであり、したがって、破産管財人がなすべき破産財団(法定財団又は現実財団)の管理処分(この場合には建物の明渡し)が破産者の占有により妨げられているときには、破産管財人は、破産者に対して彼が占有している財産の引渡しを求めることができると解すべきである。
破産管財人の選択権行使
破産手続開始前に賃貸人が解除権を取得していない場合には、賃借権の存続・消滅は、破産管財人の決定にゆだねられる。ただ、破産管財人がこの賃貸借契約を破産財団の負担において破産者のために存続させることは、特別の事情がない限り許されない。ただし、破産管財人が賃貸借契約を解除すると、破産者は他の住居を賃借するために新たに敷金を調達しなければならず、それが経済的更生の初期段階にある彼にとって重い負担となることがある。そのような場合には、現在の住居が破産者にとって相応なものであるときには、自由財産の範囲の拡張を許す34条4項により、賃借権を敷金返還請求権と共に破産財団から除外すべきである。
上記のことを整理して言えば、破産管財人の取りうる選択肢は、事実上次の2つに限られよう。
上記a,bのいずれの場合でも、破産手続開始の時から契約終了時(a)・契約切離し時(bの場合)までの賃料債権は、財団債権となる。さらに、aの場合には、契約終了時から建物の明渡しの時までの損害賠償債権も財団債権になる。
破産者に対する求償 破産者は、賃借不動産の占有により利得を得ている。破産手続開始後の占有による利得に対応する負担(賃料債務又は損害賠償債務)は、破産者との関係では、破産債権者が負担すべきものではない。破産管財人は、破産手続開始時から建物の明渡し時・契約切離し時までの賃料債務または損害賠償債務を破産財団から弁済したときは、破産者に対して不当利得(民法703条)の返還を請求することができると解すべきであろう。
破産者が敷金を差し入れている場合には、敷金返還請求権は破産手続開始前に原因のある停止条件付債権として破産財団に属する(34条2項)。この敷金返還請求権の処理については、次の2つの選択肢が考えられる。
破産者にとって最も有利なのはaである。bの中では、1よりも2の方が破産者にとって有利である。破産管財人は、bの選択肢を取るべき場合には、破産者に上記1と2の選択肢を提示し、その意向をふまえて、いずれかを選択すべきである。なお、返還されるべき敷金がない場合には、建物賃貸借契約の解除は、破産財団に利益をもたらさず、破産者に苦痛を与えるだけになるであろうから、破産管財人は、賃貸人の同意を得て、賃貸借契約をすみやかに破産財団から切り離すべきである。
賃貸借契約が破産財団から切り離されることにより、賃料債権が財団債権でなくなり、その回収に充てられる財産は破産者の自由財産のみとなり、債権回収に不安が生ずるので、その不安が現実的なものである場合には、賃貸人はその同意を拒むことができるが、その不安が現実的なものでない場合(破産者の自由財産、特に新得財産が賃料債務の弁済に足りるものである場合)には、民法1条2項・3項により同意の拒絶は許されないと解すべきである。賃貸人が正当な理由により同意しない場合には、破産管財人は賃貸借契約の解除又は解約をして、破産者を速やかに立ち退かせ、もし返還されるべき敷金があるのであればそれを回収せざるを得ない。
借地人が破産手続開始決定を受ける前に賃貸人が賃料不払を理由に借地契約を解除し、借地人が借地上の建物の収去義務を負っていた場合、管財人は建物所有権を放棄できるかについては、次の見解があり又は考えられる。
まず、2分説を前提にして、問題を検討してみよう。破産者が個人である場合には、破産管財人が地上建物を破産財団から放棄することは確かに可能である。しかし、その建物所有権は、収去の負担付きであり、経済的価値がない場合が多い。その場合に、(α)破産管財人による破産財団からの放棄により破産者がその不利益を押しつけられ、その結果彼の経済的更生が阻害されることになるのは、破産制度の目的に反する。また、(β)建物が破産財団から放棄され、破産者が再び収去義務者になる結果、建物の収去がさらに遅れ、収去までの間の地代相当額の賠償金が支払不能になることにより破産者が再度破産することになれば、土地所有者の権利が保護されないままとなる。したがって、破産管財人が、このような建物を破産財団から放棄するためには、破産者と土地所有者の双方の同意が必要であると解すべきである。
上記の帰結は、全面否定説に近く、同意を得るべき者の範囲を明確にしたにすぎないということができる。もっとも、破産者が法人の場合には、破産者のための権利放棄の余地はないという点では2分説と共通する点があり、2分説の修正とみることもできる。いずれにせよ、両説の対立は、権利放棄に同意が必要な者の範囲を明確にすることにより解消されるべきものと思われる。
Yは、Xからその所有地を30年契約で賃借して貸ビルを建て、それをZに賃貸している。YもZも賃料債務の支払を遅滞していない状態で、Yについて破産手続が開始されたとする。破産管財人Vは、これらの賃貸借関係をどのように解決するのがよいか。可能な選択肢が複数ある場合には、それらを比較検討しなさい。 |
Mは、V所有の建物を賃料月額100万円、敷金1000万円、賃借期間5年の約定で賃借した。それと同時に、Vは、年利5%の利息を付して毎年1000万円づつ元本を返済する約定で、Aから6000万円を借り受け、その際に5年分の賃料全部を譲渡担保に供し、その債権譲渡の登記がなされた。1年後にVが破産し、AがMに登記事項証明書を交付して債権譲渡を通知した。Mは、敷金を全額回収したいと考えている。Mの希望は叶うか。Mは、敷金をできるだけ多く回収するためにはどうしたらよいか。 なお、破産手続開始時点におけるVのAに対する債務額は5000万円であり、敷金についてはいわゆる敷引きの特約(一部不返還特約)はなく、建物返還時にMの責めに帰すべき建物の損傷はないものとする。 |
破産手続開始による当然終了
当事者の一方の破産により、委任契約は当然に終了する(民法653条)[19][CL9]。その根拠は、受任者の破産の場合と委任者の破産の場合とで異なる(『注釈民法(16)』(昭和55年)221頁(明石三郎))。(a)受任者の破産の場合には、信頼関係の消滅が根拠となる([加藤*1952a]141頁以下)。買付委託あるいは保証委託の場合などには、受任者が受任事務を処理することは実際上困難であり、そのことも当然終了の根拠となる。もっとも、委任契約の終了は、将来に向けての終了であり、受任者がまったく事務処理を開始していない場合については、問題は少ないが、受任者が既に一部事務処理をしている場合については、契約終了の効果(委任者と受任者間の法律関係の処理)を個々の委任契約ごとに更に検討する必要がある。
(b)委任者の破産の場合の委任契約終了の根拠は、委任された事務に即して考えるべきである。
委任契約は、その内容に従い継続的契約と非継続的契約とに分類されるが[30]、いずれに分類されるかにかかわらず、委任契約の終了は、将来に向けての終了である(民法652条・620条参照)[31]。終了前に受任者がした事務処理の効力やその事務処理から生ずる受任者の債権(費用償還請求権・報酬請求権等)がこれにより消滅するものではない。
民法653条は、次の委任契約には適用されない。
当然終了の効果の主張制限(対抗要件)
委任契約が当事者の一方の破産により当然に終了するといっても、相手方がそれをすぐに知ることができるとは限らないので、相手方に通知したとき、又は相手方がこれを知っていたときにのみ委任の終了を相手方に対抗することができる(民法655条。「破産手続開始により委任契約が終了したこと」を通知する方が丁寧ではあるが、「破産手続が開始されたこと」のみの通知でも足りる。了知についても同様である。破産法57条参照)。主として、相手方である受任者の費用・報酬請求権の保護を目的とする規定である。委任者破産の場合に受任者と法律行為・準法律行為をした者が保護されるか否かは、民法655条ではなく、破産法48条・50条の適用問題である。
準委任契約への準用
上記の規律は、準委任契約にも準用される(民法656条)。しかし、委任者が破産した場合の準委任契約の処理については、個々の契約類型ごとに更に検討を加えることが必要であろう。例えば、患者と病院との診療契約は、準委任契約の代表例とされているが、その診療が入院を伴う場合に、全体を一つの準委任契約と見るときに、患者について破産手続が開始されたからといって、診療契約が当然に終了したから直ちに退院させることができるとするのが適当とは思われない。次のことが考慮されるべきである:
この準委任契約は、破産財団所属財産に関わるものでなく、個人の生命・身体の安全に関わるものであること;破産手続開始前に生じた報償・費用の請求権は破産債権になるが、その後の費用・報酬は破産財団から支弁されるべきものでないこと(ただし、34条4項に注意)。これらのことを考慮すると、むしろ、患者について破産手続が開始されたことにより診療契約が当然に終了することはなく、患者の債務不履行による診療契約の終了に関する一般的な規律に委ねるべきである(破産手続開始による終了を観念するとしても、それは破産財団との関係での終了という相対的なものにとどまり、破産者との関係では存続すると解すべきである)。
53条の不適用
委任契約は、双方未履行の状態にあるからといって、破産管財人が53条により契約を解除して、既になされた事務処理の効力を消滅させたり、既になされた事務処理から生ずる受任者の債権を消滅させることが適当な契約ではない。可能なのは、将来に向けての契約の終了のみであり、それは、破産手続の開始により当然に生じているので、53条の適用の余地はない。
委任者が破産した場合の受任者の債権
委任者について破産手続が開始された場合に、受任者の債権は、次のように取り扱われる:
Yは、高速道路を利用して片道3時間ほどかかる距離に住んでいるAから代金150万円前払で風景画の油絵の制作の注文を受けていた。Yは、その油絵の引渡し、絵画及びその架設の説明、絵画が注文に応じた作品であることの確認、並びに新規の受注の事務を、ある年の4月1日に、信頼のできるXに、費用及び報酬の合計額を5万円と定めて、委託した。Xは、翌朝10時に出発して、所定の用務を果たして、Yのところにいき、事務処理の報告とともに、費用及び報酬の合計額5万円の支払を請求したが、Yから「今朝の9時半に破産手続開始決定を受けてしまった。破産管財人はV弁護士だ」と言われて驚いた。
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相殺制限規定(72条)との関係
委任者の破産手続開始前から受任者が委任者に対して債務を負っていた場合に、受任者が破産手続開始後の事務処理を善意で行ったことにより取得する破産債権(57条)をもって相殺することができるかが問題となる。72条1項1号の規定は、直接には、他人の破産債権を破産手続開始後に取得した場合に関する規定であるが、57条等の規定により破産手続開始後に破産債権が発生した場合に類推適用されるべきであるとの見解も有力であり([条解*2010a]531頁)、これによれば、相殺は許されない。
しかし、次の理由により、相殺を許容すべきである。
もっとも、委任契約自体が詐害行為として160条1項により否認される余地はある(例えば、委任者の支払不能後に、高額な祈祷料の支払と引換えに委任者の破産回避の祈祷をする旨の準委任契約が締結された場合)。
株式会社と役員(取締役、会計参与、監査役)及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う(会社法330条)。したがって、役員等について破産手続が開始されると、役員等は、当然に退任することになる。
他方、株式会社について破産手続が開始された場合には、破産財団に属する財産については、その管理処分権限が破産管財人に帰属するため、役員等はこれらについて会社から与えられた権限を行使することができない。しかし、役員の選任又は解任のような破産財団に関する管理処分権限と無関係な会社組織に係る行為等は,破産管財人の権限に属するものではなく,破産者たる会社が自ら行うことができる。会社につき破産手続開始の決定がされても破産手続開始当時の取締役らは,その地位を当然には失わず(換言すれば、会社と取締役等との委任関係は当然には終了せず),会社組織に係る行為等については取締役らとしての権限を行使し得る。例えば[51]、
委任者からの指示に従い委任者の計算において受任者が第三者(以下「支払先」という)に支払をすることを内容とする契約を支払委託契約と呼ぶことにしよう。支払先は、、委任者の債権者であるとする[57]。ここで、「委任者の計算において」は、委任者から預った金銭があればその預り金から支払い、これにより預り金の残高が減少し、預り金が不足する場合又はそもそもない場合には受任者が一部又は全部立て替えて支払い、委任者に対して求償権を取得することを意味する。これは、委任契約の一種である。ここでは、破産手続開始後の支払について開始前に支払の委託がなされている場合が問題にされているので、想定しているのは、次のような契約である。
こうした支払委託契約に基づく法律関係の考察にあたっては、(a)受任者が委任契約の終了の通知を受けた後あるいは委任契約の終了を知った後に支払をした場合と(民法655条の通知については、到達主義(民法97条1項)が妥当する)、(b)そうでない場合とに分ける必要がある。以下では、記述の簡略化のために、破産手続開始の通知が到達すれば受任者は直ちに了知するものと仮定して、(a)を「了知後の支払の場合」と呼び、(b)を「了知前の支払の場合」と呼ぶことにしよう。
(a)了知後の支払の場合
支払先との関係 受任者の支払先に対する支払は、有効な委託に基づかない支払であり、支払先との関係では法律上の原因を欠くことになるが、民法705条が類推適用され、受任者は支払金の返還を請求できないことになろう。この支払により、受任者は、支払先の有する破産債権を代位取得し、それを破産手続において行使することができると解すべきであろう(民法499条の代位とすべきか500条の代位とすべきかに迷うが、支払委託契約があったことを考慮すると、500条の代位としてよいであろう)。
破産者との関係 受任者の支払は事務管理としての支払になるが、その費用償還請求権は、破産債権にならない(委任契約は、受任者との関係でもすでに終了しており、この償還請求権には破産手続開始前の原因がないからである)。その費用償還請求権は、破産手続開始後の事務管理により生ずる債権であるが、その全額が148条1項5号により財団債権になるわけではない。この事務管理による求償権が財団債権となりうる範囲は、破産財団が現に利益を受ける限度に限られるとしてよく(民法702条3項)、それは、支払を受けた債権者が有していた破産債権に配当されるべき金額である。求償権をこの範囲で148条1項5号の財団債権とすることと、受任者が破産債権を代位取得してこれを行使することとは等価である。
そうであるならば、代位弁済による有益費償還請求権は財団債権にならず、受任者は代位取得した破産債権を行使することができるにとどまるとする方が簡明である。求償権自体は破産債権にならず、受任者が代位弁済により取得した債権は破産手続開始後に取得した他人の破産債権であるので、いずれを自働債権とする相殺も許されない(67条1項・72条1項1号)。
(b)了知前の支払の場合
支払資金が提供されている場合 委任者が受任者に支払のための資金を預け、受任者がその資金を用いて支払う場合には、次のようになる。
支払資金が提供されていない場合(1) 支払委託契約に基づく支払資金は提供されていないが、この契約とは別個の法律関係に基づき受任者が委任者に対して債務を負っていた場合には、次のようになろう。
支払資金が提供されていない場合(2) 支払資金が提供されておらず、あるいは提供されていたが資金が不足する場合で、かつ、委任者が受任者に対して債権も有していない場合については、次のようになろう。
要約しておこう。支払先が負う弁済金返還義務について第一次的な権利を有するのは、受任者である(前記b)。支払先の無資力の危険を第一次的に負担するのは破産財団である(前記c)。受任者がこのように保護される根拠は、彼が委任者の破産手続開始を知らずに委任契約に従って支払をしたことに求めることができる。
総 説
保証委託契約(主債務者と保証人との間の契約)も委任契約の一種と解されている。委任内容(受任者が負う義務の内容)については、(α)債権者と保証契約を締結することであると見る見解や、(β)債権者と保証契約を締結し、主債務者が債務を弁済しない場合に主債務者に代わって債務を弁済することも含まれるとみる見解がある[55]。結局の所は、個々の保証委託契約の解釈の問題であり、(α)が妥当する契約も、(β)が妥当する契約もありうると思われるが、最小限度の内容は何かという点から見れば、債権者と保証契約を締結することで足りよう。しかし、保証委託契約が有償の場合(委任者である主債務者が受任者である保証人に保証料を支払うことが合意されている場合)には、受任者は、委任者が債権者から代保証人を立てることを要求されないように、保証人として必要な資力を維持する義務(保証人能力維持義務)も負うと解すべきである。
保証委託契約も、委任契約の一種として、委任者について破産手続が開始されることにより終了するが、その終了は将来に向けての終了である。受任者である保証人と債権者との間ですでに締結された保証契約は影響を受けず、保証契約が締結されたことにより保証人が委任者に対して取得する将来の求償権も影響を受けない。他方、保証契約がまだ締結されていない場合には、委任者について破産手続が開始されたことにより、受任者の保証契約締結義務は当然に消滅する。
破産手続開始前の保証
委任者の破産手続開始前の保証委託契約に基づく将来の求償権のために、委任者の財産(例えば受任者に対する預金債権)が担保に供されていて、破産手続開始の開始を受任者が知った後に保証債務が履行され、これにより生ずる求償権が破産者(委任者)の財産から優先弁済される場合には、破産者の財産から破産手続開始後に破産債権者に弁済がなされたことと近い現象が生ずるが、この保証債務の履行について48条が適用されることはない。破産者の財産から支払を受けたのは保証人であり、保証人への支払は担保権の実行だからである。委任者が弁済資金を提供していて、その資金の返還請求権について担保権が明示的に設定されているわけではない場合には、決済資金の返還請求権と償還請求権との相殺という構成に頼ることも必要となろうが、その場合でも、その決済資金から直接満足を得るのは保証人であり、相殺による満足だからである。実質的にみれば、主債権者は、保証人を通して破産者の財産に担保を有していたのであり、彼が保証人を通して破産手続開始後に破産者の財産から満足を得たことは、48条の適用対象にはならない。
破産手続開始後の保証
保証委託者と保証受託者との間に、委託者からの指示があれば受託者は委託者が指示した債権者との間で保証契約を締結するものとする旨の継続的な保証委託契約が締結されていて、委託の指示が委託者の債権者を経由して与えられるような場合を考えてみよう。このような場合には、委託者の破産手続開始前に発せられたが開始後に到達した保証委託の指示に基づき、受託者が破産手続開始を了知する前に保証契約を締結することも生じ得よう。この保証契約を前提にして債権者が破産者に新規の融資を行う可能性は、時期的に見て少ないが、破産手続開始前になされた融資について破産手続開始後に保証契約が締結される可能性はある。この場合の法律関係は、どのように考えたらよいであろうか。そもそも、この保証契約は有効であるのかが問題となるが、ここではとりあえず有効なものとして議論を進めてみよう。なお、この保証契約に基づく保証債務が履行される時点では、保証人が主債務者の破産手続開始を知っていることを前提にしよう(保証債務が履行される時点でも破産手続の開始を了知していないのであれば、支払委託契約の場合と結果は同じになる)。
(a)支払資金が予め提供されていた場合には、
(b)支払資金が提供されていない(提供されていても不足している)が、受任者が委任者に対して債務を負っている場合 受任者が委任者の破産手続開始を知らずに締結した保証契約による保証債務を破産手続開始を知った後に履行したことによる求償権は、破産手続開始前に締結されて破産手続開始後も存続していた保証委託契約に基づいて締結された保証による求償権であるから、57条の適用を肯定すべきである。受任者に支払資金が予め提供されていないが、受任者が委任者に対して債務を負担している場合には、前記求償権による相殺は肯定されるべきである。破産管財人と債権者との関係は、支払資金が提供されていた場合と同じであり、それ故に、受任者(保証人)は債権者に対して保証債務の履行を拒絶することができるとしてよいように思える。もっとも、その法的根拠については、単純に、「受任者(保証人)が主債権者に支払った物を破産管財人が返還請求することができ、そのような迂遠な経路で破産財団を回復することを回避すべきである」と言うだけで足りるのか、悩む。
(c)支払資金が提供されておらず(提供されていても不足しており)、かつ、受任者が委任者に対して債務を負っていない場合
しかし、決済資金を提供されている保証人は債権者に対して保証債務の履行を拒絶でき、その提供を受けていない保証人は保証債務の履行を拒絶できないというのは、アンバランスなように感じられる。もしこのアンバランスを解消すべきであるとするならば、主債務者の破産手続開始後に締結された保証契約は無効であるとしなければならないが、その根拠はそれほど強くない。根拠とすることができるのは、おそらく、次の2点であろう。これで十分といえるか、それが問題である。
AがBの委託を受けて、Bのために、Aの名において物品を販売又は買い入れて、販売代金又は買入物品をBに引き渡す旨の委任契約を考えてみよう。Aがこのような事務を業としてする場合には、彼は問屋と呼ばれる(商法551条)。代表例は、証券取引所で売買を行う証券取引業者である。
販売委託契約
販売委託契約の内容はさまざまでありうるが、ここでは、委任者がその所有する物品を予め受任者に引き渡して、その販売を委託する契約を想定することにしよう。破産手続開始前に締結された販売委託契約に基づいて委託された動産(例えば書籍)を受任者が占有している場合に、委任者について破産手続が開始されたことを知った受任者は、販売委託契約の内容と預かっている動産の種類・数量を破産管財人に報告することが望ましい。破産管財人は、多くの場合に、委託契約の継続を望むであろうが、民法653条2号により契約は終了しているので、契約の再締結が必要となる。
受任者が委任者の破産手続開始を了知する前にその動産を販売した場合には、受任者は、了知後、その代金を破産管財人に引き渡すことになる(民法646条1項。破産法50条にも注意)。委託契約において報酬の支払が合意され、販売代金から報酬額を控除することができることが定められている場合には、報酬額を控除した金額を引き渡せば足りる。
受任者が破産手続開始を了知した後に販売した場合には、その販売は状況により事務管理になりえ、民法697条以下の規定の適用を受けうる。報酬請求権は発生せず、有益費の償還を請求することができるにとどまる(民法702条1項)。ただし、民法697条以下の規定にいう本人は破産管財人であり、受託者の販売は破産管財人の管理処分権を害するものであるから、702条3項の適用を受けることになろう。この有益費償還請求権は、破産財団が現に利益を受ける限りでは、財団債権としてよい(破産法148条1項5号)。
買入委託契約
買入委託契約については、63条3項にも規定がある。63条の取戻権を「発送品取戻権」と呼ぶことにしよう。発送品取戻権の効果は、売主が行使する場合と問屋が行使する場合とで、異なって定められている。いずれも占有の回復という点では同じであるが、売主については双方未履行状態への回復が規定され、問屋については双方未履行状態への回復ではなく商事留置権の回復にとどめられている[72]。結果に大差があるとは思われないが、この違いがどのような考慮に基づくかが問題である。次のように考えてよいであろう:
そうであるとすれば、63条3項は任意規定であり、買入委託契約において双方未履行状態への回復が合意されている場合には、その合意に従い63条1項を適用することができると解すべきであろう。そのような処理をしても、破産財団に不利にならないからである(63条3項の処理では、費用及び報酬債権が破産債権として残ったまま、特別の先取特権の行使としての(廉価での売却になりやすい)執行売却によりその一部のみが回収され、残部が依然として破産債権として残ることになりやすい。他方、63条1項の処理であれば、契約の遡及的解消により費用及び報酬債権を消滅させることができる)。買入費用と報酬が支払われるまで所有権は問屋に留保される旨の特約がある場合には、通常は、63条3項よりも1項・2項の適用が欲せられていると考えてよいであろう。
この場合に、買付委託契約の遡及的消滅と将来に向かっての終了とを区別しておく必要がある。民法653条による委任契約の終了は、将来に向かっての終了である(委任契約の解除さえも、遡及効はないのが原則である(民法652条・620条参照)。もっとも、契約の特質によって解除の遡及効を肯定すべき場合もあろう)。破産手続開始前に完了した買入れの費用・報酬債権を消滅させるためには、契約の遡及的消滅が必要である。これは、民法653条2号の守備範囲ではない。53条1項・2項の適用が必要となる。それは、次のように根拠付けてよいであろう:委任契約が民法653条2項の規定により将来に向けて終了した段階で、受任者の買入行為の完了により発生した委任者の費用・報酬支払債務と受任者の目的物引渡債務とが未履行のまま残っている場合には、この法律関係は破産法53条1項・2項により解決されることが必要であり、かつその解決が最も適切である。
上記のことは、発送品取戻権の行使が問題にならない場合、すなわち、破産手続開始時に受任者が買入物品を占有している場合(特に、費用及び報酬の支払と引換えに物品を引き渡す準備をしている場合)にも妥当する。
以上のことを前提にして、受任者の買入れと委任者の破産手続開始との先後により場合分けをして、受任者と委任者の破産管財人との法律関係を考えてみよう。なお、63条3項では、受任者(問屋)が買い入れた物品の所有権が委任者に移転していて、受任者が発送品取戻権の行使により商事留置権を取得することが想定されている。しかし、ここでは、受任者が自己の名義で買い入れた物品の所有権をまず取得し、その後に委任者に移転することを前提にして、破産手続開始の時点で所有権がまだ委任者に移転していない場合と、所有権は委任者にすでに移転しているが受任者が目的物を占有していて商事留置権を有している場合の双方を想定することにしよう。
(a)買入後に破産手続が開始された場合 買い入れた物品の所有権は、いったん受任者が取得し、その後に委任者に移転され、破産手続開始後は破産管財人が管理処分権を取得する。委任者への所有権移転の条件や時期は、買入委託契約に従って定まるが、預り金でもって買入費用を賄うことができる場合には、所有権は、買入後ただちに委任者に移転するのが通常であろう。破産手続開始による委任契約の終了を受任者に対抗することができる時点で、委任者の履行すべき義務はなく、受任者の義務(目的物引渡義務、預り金返還義務、報告義務)が残されているのみである。
預り金だけでは買入費用と報酬を賄うことができない場合に、(α)不足金があるにもかかわらず、所有権は委任者に移転していて、受任者は目的物の商事留置権を有するとどまる場合には、63条3項の定めるのと同等の処理がなされるべきである。すなわち、同項が準用する同条1項ただし書により、破産管財人は費用及び報酬の不足額の全額を支払ってその物の引渡しを求めることができるが、そうでない限り、受任者は商事留置権から転化した特別の先取特権を行使し、費用及び報酬を回収し、それでもなお不足額がある場合には、それを破産債権として行使することができる。他方、(β)不足金の支払と所有権の移転とが同時履行の関係にあるときには、受任者が破産手続の開始を了知した時に買入委託契約は将来に向かって終了するが、それでも53条・54条によって解決されるべき法律関係が残っているので、これらの規定が類推適用される。
(b)買入前に破産手続が開始された場合 破産管財人は、配当原資たる金銭を早く得る必要があるので、多くの場合に、買入委託契約の継続を望まないであろう。このことを前提にすると、破産手続開始前に締結された買入委託契約に基づいて受任者が委任者から買入資金を預かっている場合に、委任者について破産手続が開始されたことを知った受任者は、買入委託契約の内容とこれまでの事務処理の経過を破産管財人に報告し、預り金を返還することになる。これまでの事務処理により、費用及び報酬請求権が発生している場合には、委任契約において預り金から費用及び報酬を控除することが合意されている場合にはその控除をした残金を、その合意がない場合には費用及び報酬請求権と預り金返還請求権とを相殺した後の残金を返還すれば足りる。
第三者との物品購入契約の締結が破産手続開始後・その了知前であった場合に、了知時点では代金の支払いが済んでいないときには、破産管財人に状況を報告し、買入契約の撤回が可能であるならばその撤回に要する費用を報告して、撤回するか否かを問い合わせるべきであろう。
破産手続開始の了知前に受任者が第三者と締結した購入契約が撤回不能なものであるとき、あるいは契約の履行が撤回不能な段階にまで進んでいるときには、受任者は破産手続開始を了知した後でも預り金から代金を支払うことができ、その範囲では預り金返還義務を負わないと解すべきである。費用及び報酬請求権についても、預り金から支払われることが約定されている場合には、それを控除することができ、目的物と共に残金を破産管財人に引き渡せば足りる。
預り金が不足する場合には、不足額は57条の規定により破産債権になる(契約が了知前に撤回不能な段階に達していれば、了知後に支払った場合でも、不足額は破産債権になるとすべきである)。受任者が預り金とは別個に委任者に対して破産手続開始前から債務を負っている場合には、受任者は不足金の支払請求権をもって相殺することができる。
文献
親権者の子の財産に対する管理権
親権者は子の財産について管理権を有し、これに関連して代表権(包括的な代理権)を有する(民法824条)。その親権者が破産者となった場合に、子の財産管理を引続き任せてよいかが問題となる。破産した親権者は、次の理由により、子の財産を危うくするおそれがあるからである。
こうした理由により、破産者となった親権者に子の財産管理を委ねることが適当ではない場合が多々生ずるであろうが、しかし、常にというわけではない。そこで、民法は、親権者について破産手続が開始されたこと自体を子の財産の管理権の消滅事由とはしなかった。個々の事件の状況に応じて適切に対応できるように、破産法61条は、民法835条の規定を準用して、財産管理権の喪失宣告に関する手続を開始することができるものとした。準用の意味については、見解は分かれる。
[注解*1998a]356頁(宮川知法)が指摘するように、61条の規定の存在意義を高めるという点では、当然宣告説が優れている。しかし、破産の原因も、破産者の財産管理能力も、子が有する財産の内容も、破産者となった親権者の子に接する態度も、その財産の管理の仕方も、個々の事件ごとに千差万別であることを考慮すると、重要事実説が妥当であろう。家庭裁判所は、上記諸事情も考慮して、喪失宣告をなすべきか否かを判断すべきである。破産法61条による民法935条の準用に際しては、「管理が失当であったことによってその子の財産を危うくしたときは」の部分は、「親権者が破産者となったことにより子の財産を危うくするおそれがあるとき」と読み替えられるべきである。なお、喪失宣告がなされた場合に財産管理を行う者が誰か(後見人の選任が必要となるか)といった事情は、「子の財産を危うくするおそれ」の中には必ずしも含まれないが、それでも、喪失宣告によって子の財産がよりよく管理されることが重要であることを考慮すると、誰が管理権を有することになるかも考慮されるべきであろう。
いずれにせよ、親権者の財産管理権は、親権者について破産手続が開始されることによって当然に消滅するものではなく、喪失宣告によってはじめて消滅することは重要である。子の親族及び検察官が、破産者となった親権者に引続き管理させるのが適切であると判断する場合には、喪失宣告の請求がなされないから、喪失宣告もない。
共同親権者の一方について管理権喪失宣告が効力を生ずると、他方が単独で管理権を行使する。管理権を有する者が一人である場合にその者に対する管理権喪失宣告が効力を生ずると、未成年後見人が選任され(民法838条)、その未成年後見人は財産に関する権限のみを有する(民法868条。いわゆる管理後見人)。
管理権を喪失した親権者が復権した場合には、当然宣告説によれば、その事自体により管理権喪失宣告の原因が消滅したことになり、民法836条により、宣告は取り消される([注解*1998a]357頁(宮川知法))。しかし、重要事実説では、復権の事由の存在を重要事実として考慮しつつ、子の財産を危うくするおそれが存在するとはいえなくなったときに喪失宣告は取り消されるべきことになる。
夫婦財産関係における管理者の変更
同様なことが、夫婦の財産管理契約において、一方が他方の財産を管理することが合意されていた場合(755条)にも妥当し、管理権者について破産手続が開始されたときには、次の規定が準用される。
夫婦財産関係における管理者の変更は、管理権が管理対象財産の帰属主体に復帰するだけであるので、広く認めてよい。ただ、それでもその変更は、管理者について破産手続が開始されることによって当然に生ずるのではなく、家庭裁判所の審判によって生ずるのである。
代理権については、代理権の発生の基礎となる法律関係とともに考察する必要がある。
任意代理権は、委任契約の外に、雇用関係等に基づいて授与されることもある(雇用関係がある場合でも、使用者が労働者と委任契約を締結して代理権を付与することもあるが、その場合の代理権は、委任契約に従う)。
(a)委任契約は、いずれかの当事者について破産手続が開始されることにより終了し(民法653条2号)、代理権も消滅する(代理人につき民法111条1項2号、本人につき111条2項・653条2号)。
(b)雇用契約は、契約当事者について破産手続が開始されたことにより直接影響を受けない。しかし、雇用契約に基づいて労働者に与えられていた代理権(物品購入や販売、集金の代理権)は、影響を受ける。
法定代理人が破産した場合に、法定代理権の基礎となる法律関係も終了するのが通常である。例えば、破産者は後見人になることができず(民法847条3号)、後見人の地位にある者について破産手続が開始されれば、彼は当然に後見人の地位を失うとともに、彼の代理権は消滅する(民法111条1項2号)。
民訴法35条の特別代理人や民法826条の特別代理人については、破産手続開始決定を受けたことが欠格事由として定められているわけではないが、その代理権は民法111条により消滅する。
親権者の法定代理権
親権者についてはどうであろうか。民法111条を単純に適用すると、子の財産の管理に伴う親権者の包括的代理権(代表権)(民法824条)も、親権者の破産により消滅することになるが、この点については、異論もある([注解*1998a]339頁(吉永順作)は、「未成年者の親権者の包括代理権は、親権者の破産によって当然に消滅するものではない」とする。これに対して、[条解*2010a]421頁は、「疑問の余地があろう」とする)。この点の議論は、通説ないし多数説が形成されるほどにはまだ煮詰まっていないと見てよいであろう。
民法111条の適用を肯定する立場に立つと、親権者が一人しかいない場合に、その者について破産手続が開始され、すぐには復権を得る見込みがない(特に免責を得られない)ときは、次の帰結が引き出される。
しかし、親権者の子の財産に対する管理権は、管理権喪失宣告によって始めて生ずるのである(民法831条が653条を準用していないことにも注意)。親権者が破産者になったことによって子の財産について管理権を当然に失うのではないとしつつ、法定代理権が民法111条1項2号により当然に消滅する、と規律するのは現実的ではなかろう。
問題の解決の方法は、いくつか考えられる。
選択肢1が解釈論としてはもっとも素直であろうが、しかし、他の選択肢(特に3)も捨てきれない。
他方、子の財産の管理に関しない事項については、破産手続の開始によって親権者の代理権が消滅することはないと解してよい。例えば、
本人の破産と法定代理権
民法111条1項では、本人の破産は代理権の消滅事由としてあげられていないが、本人について破産手続が開始されると、破産財団に属する財産の管理の一元化のために破産管財人の財産管理権と抵触する範囲では、法定代理人の代理権は及ばなくなる。しかし、それ以外の事項(特に、自由財産に関する法律行為)については、法定代理権は存続する。各種の特別代理人(例えば、民法826条)の代理権は、それが破産財団に属する財産に関して発生しているときには、前述の理由により消滅する。
相場がありかつ一定の日時に履行されることに重要な意味のある取引については、法律関係の簡易迅速な解決のために、58条に、次の特則が置かれている。適用対象の代表例は、いわゆる先物取引・先渡取引である。
最初に用語の定義をしておこう。この学習ノートでは、差金決済取引と現物決済取引の語を次の意味で使うことにする。
先物取引・先渡取引 これらも重要な取引用語であるが、その意味は、必ずしも一定していない[4]。先物取引は、通常、差金決済取引である[62]。先渡取引は、履行期が比較的先の取引であることはその名称が示すとおりであるが、取引所外での(典型的には店頭での)差金決済取引の意味で使われこともあれば、取引所の内外を問わない現物決済取引の意味で使われることもある。
限月取引 先物取引あるいは先渡取引の履行期を市場参加者が自由に設定することができるようにすると、同一履行期の取引が減少し、相場の形成が困難となる。そこで、取引所がある一定の日(例えば各四半期の末月の第2木曜日)を最終取引日に定めて、市場参加者が数月にわたって取引を繰り返すことがある。市場参加者が共有する最終取引日が限月と呼ばれる。
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要件
58条の適用要件は、次の3つである。
要件の4における「同種の取引であって同一の時期に履行すべきもの」は、重要である。以下では、これを「同等取引」ということにする。これは、次のことを意味する。
破産者の相手方は、このような同等取引を別の者とすることにより、破産者とした取引の目的を達することができる。その意味で、同等取引は「代替取引とも呼ばれ、代替取引が可能であることが差額清算取引への転換の前提である([法務省*2002c2]113頁)。
破産法58条2項との関係では、履行期において現物決済をするか差金決済をするかは、重要ではない。重要なのは、履行期前において当事者の一方が破産して、破産手続開始時の相場価格で清算される場合に、相手方が代替取引をすることができることである。58条2項は、先渡取引(現物決済取引)にも先物取引にも適用可能である。
効果
清算額の算定に用いられる相場価格(以下では「清算基準価格」ともいう)は、同等取引の破産手続開始時における相場価格である。もっとも、破産手続開始決定書に記載された日時の相場価格とすべきか、その日の終値とすべきかの問題は残されているが、明文の規定はないのであるから、開始決定書に記載された日時の相場価格又はその後の直近の相場価格とせざるを得ないであろう。このように解すると、破産者の相手方は、理論上は、破産手続開始決定書に記載された日時に代替取引をすべきであることになり、実際上は無理なことを相手方に要求することになる。本来であれば、相手方が自己のポジションを再構築したときの取引における価格(実際の代替取引価格)をもって清算基準価格とするのが好ましいが、破産手続では多数の利害関係人がいるので、破産手続開始時の相場価額が清算基準価格とされているのである。
ただ、破産手続開始時に直ちにポジションの再構築のための代替取引ができるわけではないことを考慮すると、立法論としては、例えば破産手続開始の日から2営業日目の始値とする方がよいであろう。いずれにせよ、破産手続開始の日に取引が成立しなければ(したがって相場価格が存在しなければ)、その後の最初の取引価額が清算基準価格となる[1]。
full two way payments(双方的清算)と limited two way payments(一方的清算)
上記では、清算金請求権が破産した取引当事者にも与えられる合意を前提にしたが、倒産者が相手方に対して取得する清算金請求権は倒産の迷惑料として放棄しなければならないとする合意もありうる。前者の清算条項を
full two way payments といい、後者の清算条項を limited two way payments という([齋藤*2010a]272頁注30)。以下では、とりあえず、前者を双方的清算条項という呼び、後者を一方的清算条項と呼ぶことにしよう。58条2項は、その文言にかかわらず、双方的清算を定めた規定であることを前提にすると、一方的清算条項の有効性が問題になりうる。一方的清算条項が58条4項のいう「取引所又は市場における別段の定め」に該当する場合には、そのような清算条項も有効とすべきであろう。しかし、そうでない場合には、無効とすべきであろう。なぜなら、一方的清算条項は、破産者に不利な条項であり、破産債権者間の公平を害することになるので、破産法は、同条4項の要件を満たす場合(したがって、債権者間の公平を害するとは評価しがたい場合)にのみその効力を承認することにしたと解すべきと思われるからである。
(a)代替取引が可能な場合 ある商品について、取引当事者が履行期を約定日の1日後、2日後・・・n日後と定めることができ、どの履行期の取引についても相場価格が存在する程度に多数の取引がなされていることを前提にするならば、当該現物決済取引について、58条1項・2項を適用することは可能である。
例えば、n日後を履行期とする取引の翌々日に契約当事者の一方について破産手続が開始された場合には、相手方は、破産手続開始の日に、市場において、n-2日後を履行期とする取引をすれば、これで破産者を相手方とする取引に代えることができる。特に、破産者の相手方が買主であり、破産者との取引の翌日にn-1日後を履行期にして転売している場合には、この代替取引により現物を調達して、自らが転買人に対して負った債務の履行に間に合わせることができる。
設例1 A(買主)はB(売主)から、x年3月1日に市場の相場のある商品を、履行期をx+1年12月1日として、1000万円で購入する契約を締結した。Aは、x年4月1日に、Bから引渡しを受けるその商品をx+1年12月2日に引き渡す約束で、1050万円でCに売却する契約をした。しかし、Bがx年5月1日に破産手続開始決定を受けた。そのことをその日に知ったAは、Dと代替取引をし、履行期をx+1年12月1日として、同一商品を相場価格1100万円で購入する契約を締結することができた(なお、x+2年12月1日を履行期とする同一商品のx年5月1日における相場価格は900万円であったが、この取引をしてもAの役には立たない。Aは、x+1年12月2日にCに目的物を引き渡す必要があるからである)。いずれの取引においても、商品の引渡しと代金の支払とは同時履行であるとされていた。A・B間の取引に58条の適用があることを前提にすると、Aは、Bとの取引が解除されることにより、Bとの取引価格とCとの取引価格との差額100万円の損失を受け、Aは、これを破産債権として行使することができる。 Aに生ずる損害は、x+1年12月1日に弁償されれば足りると思われるので、Aの破産債権は、同日を弁済期とする無利息債権として、中間利息を控除される。
設例2 原油価格が今後数年は上昇すると予想されている時期に、B社は、1ヵ月後を引渡時期とする原油の取引価格よりも、13ヵ月後を引渡時期とする原油価格の方が高く、タンカー1隻分の原油を今購入して、原油を積載したタンカーを洋上に浮かべて1年後に引き渡す旨の売買契約を今締結すれば、タンカーの傭船料や保険料を計算に入れても、十分に採算がとれると判断した。B社は、P社から20億円分の原油を購入し、それをA社に12ヵ月後に日本のQ港において代金25億円と引換えに引き渡す契約を締結し、この契約には、履行期に履行がない場合には契約は当然に解除され、履行を怠った当事者は代金額の3割の賠償金を相手方に支払う旨の特約が付された。A社への引渡しの6カ月前になってB社について破産手続が開始されたときに、AB間の売買契約はどのように処理されるか。 原油については、市場の相場があり、履行期に履行がない場合の当然の解除条項が付されていることからすると、この契約は定期取引とみることができ、したがって、58条1項及び2項の要件は充足されていると見てよいであろう[73]。破産手続開始時に、この取引と同等の取引の原油代金額が22億円であれば、A社はB社との取引よりも3億円安い代替取引をし、B社の破産管財人はA社に対して差額清算金3億円を請求することができる(その弁済期は、原油の引渡しと交換的になされるべき当初の履行期である)。さらに、破産管財人は、タンカーに積んである原油を売却する契約を他社とする必要があり、その契約を売買代金額22億円でC社としたしよう。破産管財人は、この結果、B社の当初の目論見通り、総計で5億円の粗利益(A社との取引の清算金3億円+C社との取引の現物決済による利益2億円)を得ることができる(もちろん、理論上のことである。 実際には、C社への売却はB社が破産会社であることを考慮すると簡単にはいかないであろうし、その点は別にしても、C社との取引に交渉費用を要すること、C社との取引が破産手続開始の日に可能であるとは限らないこと等を考慮すると、実際の結果は前記の想定とは異なることになろう)。むしろ、破産管財人が多少の譲歩をしてでもA社との契約を復活させる方が、破産財団にとって有利な場合もあろう。その復活は、裁判所の許可を得れば、A社との合意により可能である。
(b)代替取引ができない場合 しかし、前記のような形で履行期を自由に設定することができる相場商品というのは、それほど多くないであろう。現物決済取引の場合には、債務不履行のリスクを少なくするために、契約の成立から決済までの期間は、一般に、当該取引について可能な最短期間に収斂する傾向があるからである。そのような商品の現物取引に58条の適用があるかを考えてみよう。例えば、ある商品の市場における現物取引において、約定の日を含めて7営業日目に決済(履行)がなされるとしよう(この現物取引は、定期取引であるとする)。約定から履行期までの途中で売主が破産した場合に、当該取引の決済日を履行期とする市場での現物取引は既に全て終了しており、破産手続開始の日にはありうるのは、当該取引の決済日より後の日を決済日とする取引のみである。このような場合でも、当該取引が定期取引である以上、58条1項の(類推)適用は肯定してよい。しかし、2項の適用は、同項所定の清算基準価格が存在しないため、困難である。
清算基準価格についての代替案として、破産手続開始時における現物取引価格(約定の履行期にもっとも近い時期を履行期とする現物取引価格)をもって清算基準価格とすることが考えられる。しかし、これだと、例えば、契約成立から履行期までの期間が1週間の相場商品について価格100万円で売買契約が成立し、買主がその翌日に105万円で転売し、その翌々日に売主について破産手続が開始された場合に、その日の価格が95万円であったとすると、破産者の相手方である買主は、破産者から現物の引渡しを受けることができない結果、自己の転売債務を履行することができないため転買人に対して損害賠償義務を負い、さらに破産財団に対して5万円の差金支払債務を負うことになる。破産者の相手方にとって酷な結果と言うべきである。これは、破産者の相手方が代替取引を行うことができないからである。このような場合には、破産財団の差金請求権は、否定されるべきである。そのためには、58条2項の適用を否定して、54条1項を適用すべきである。 すなわち、58条2項は、そこで規定された代替取引により破産者の相手方が損失を回避することができる場合の規定であり、その代替取引が可能でない場合には適用はないと解すべきである。その場合でも、53条1項の特則として、58条1項は、同項に規定された定期取引及びその他の定期取引に適用されると解してよいかが問題となる(後述する)。
信用取引
現物取引の一種として信用取引がある。これは、証券会社等がその顧客に金銭又は株式等を貸し渡して、顧客が証券会社等を通じて株式等の現物売買をするものである。通常の現物売買との相違は、証券会社等と顧客との間に金銭又は株式の消費貸借契約が存在することである。この消費貸借契約には、58条の直接の適用はない。信用取引により取得した現物株を保有する顧客について破産手続が開始された場合には、その清算は、第一次的には、顧客の破産管財人が証券会社等を通じて市場で反対売買をすることによりなされるべきである。証券会社等に反対売買する権限が与えられている場合には、証券会社等もそれをすることができる。このように、破産した顧客と証券会社との間の法律関係(消費貸借関係)は、58条を適用せずとも、当該消費貸借契約中の合意及び一般原則により十分に解決できる。もっとも、信用取引についても58条を適用して、相手方(証券会社等)の破産者(顧客)に対する請求金額を破産手続開始の時の相場価格を基準にして確定しようとする見解もある([注解*1998a]303頁(吉永順作))。
しかし、賛成できない[49]。
株式、国債、金利、通貨の価格その他の指標の数値としてあらかじめ当事者間で約定された数値と将来の一定の時期における現実の当該指標の数値の差に基づいて算出される金銭の授受を約する取引は、先物取引と呼ばれる[74。
上記にいう「数値」を便宜的に「1単位の価格」と呼び、「当事者間で約定された数値」を「1単位の約定価格」と呼び、「将来の一定の時期における現実の当該指標の数値」を「1単位の清算基準価格」と呼ぶことにしよう。すると、先物取引の決済は、清算基準日における清算基準価格と約定価格との差金の支払によってなされることになり、先物取引は、将来そのような差金決済を受ける地位の取得に係る取引(その意味での売買取引)とみることができる。このような先物取引についても、差金決済をなすべき当事者の一方について破産手続が開始された場合には、決済の相手方との法律関係の解決のために、58条の適用が肯定される。58条の要件が充足されることを確認しておこう。
例えば、ある年の12月の第2週の木曜日を最終取引日とする先物取引について、7月1日に1単位100万円で売買契約がA(売主)・B(買主)間でなされ、8月1日にBについて破産手続が開始された場合を例にして説明しよう。同一時期(12月第2週木曜日)を最終取引日とする同一先物取引の相場価格が8月1日に1単位120万円であるとすると、清算は、次のようになされる。
この場合に、清算の基準となる相場価格は、破産手続開始時における現物取引の価格ではなく、約定された最終取引日と同一時期を最終取引日とする先物取引の破産手続開始時における価格である。その方が相手方は代替取引により、損失を回避しやすいからである。すなわち、先の例で、
別の解決方法の存在
58条は、破産者と相手方との間の取引を解消して、破産者の相手方が代替取引を行うことを予定している。これは、適用範囲の広い解決方法ではあるが、しかし、一定の条件の下では、他の解決方法も可能であろう。
破産者が先物取引あるいは先渡取引によって得た地位(建玉)が取引所等において相手方の同意なしに譲渡可能であるならば、破産管財人がそれを取引所等において譲渡することにより、破産財団からこの種の取引関係を切離すこともできる。これであれば、相手方は、代替的取引を強制されずにすむ。
58条1項の取引は売買に限らず、交換でもよいとされているが、交換の場合でも、2項の適用を受けるためには、代替取引が可能でなければならない。また、清算額を算定できることも必要である。交換取引には様々な形態のものが考えられるが、さしあたり二つ類型を見ておこう。なお、以下では、論述を簡潔にするために、代替取引の費用を無視して説明する(代替取引の費用が発生する場合に、それが相手方の請求権の中に含まれるべきであるとの立場に立つと、以下の論述は、若干の読替えが必要になる)。
(a)調整金付き交換 商品xと商品yとを1対1の割合で交換する契約を想定することにしよう。破産者と相手方との交換がたまたま調整金を伴わないものであり、相手方が行う代替取引もたまたま調整金なしになされたのであれば、58条2項の清算額はゼロである。調整金を伴う場合には、二つの取引における調整金の差額が清算額となる。
(b)調整金なしの交換 相手方が有する商品xと破産者が有する商品yとの交換取引において、交換比率が細かに定められ、調整金の支払はないものとしよう。議論を単純化するために、商品xを基準にして(1にして)、商品yの交換比率が定められるものとすると、破産者と相手方との取引では交換比率が1:aであり、代替取引における交換比率が1:bであるとすると、両者の差(b−a)に取引数量を乗じた数量の商品yをもって清算がなされるべきことになるが、これは非金銭債権である。これを破産手続開始時の評価額で評価した金額が清算額となろう。この類型の場合には、清算額の算定には、相当な困難が生じよう。破産者が相手方に対して取得する清算額の算定は、別段の合意や取引所の規則があればそれに従うことになるが、そうでなければ、破産手続の開始により中途清算が必要になったことを考慮して、控えめに算定すべきである。
53条では、破産管財人に履行と解除の選択権があり、破産管財人が自己に有利な契約については履行を選択し、不利な契約については解除を選択するという「いいとこ取り」が可能である。破産者と相手方との間で同種の取引が多数行われている場合に、個々の取引の解決から生ずる債権・債務の相殺ができないときには[25]、相手方にとって極めて不利な状況が生じうるので、それを回避するために一括清算の合意がなされることがある。
58条5項は、その合意の効力を破産法上も承認する規定である[40]。ただ、58条5項は、同条1項・2項の適用を前提にしており、その場合には、そもそも破産管財人に選択権がないので、前述の「いいとこ取り」は生じない。したがって、この規定の意義は、法的確実性を高める点では重要であるが、しかしそれほど大きいものとはいえない(一括清算の合意がなくても、個々の取引が2項により差額決済に転換され、破産者と相手方が相互に清算金請求権を有すれば、両者は破産手続開始前に原因に基づく債権であり、67条2項により相殺できると解すべきである。この「解すべき」の部分の不確実を明文化により確実なものにした点に意義ある)。
むしろ、1項または2項の適用されない取引、すなわち53条の適用に服する取引が一括清算条項を含む基本契約に基づいて反復多数行われている場合に、その一括清算条項の効力を破産法上も承認すべきかの方が、おそらく切実な問題となろう。公平で合理的な一括清算条項であれば、基本的にはその効力を破産手続上も承認すべきである。
58条1項・2項の適用要件を満たさない定期取引について考えてみよう。ある取引が民法542条の意味での定期行為であるとしても、そのことのみから58条の適用が根拠づけられるわけではない。定期行為であることは、一方当事者が履行期に履行しなかった場合に相手方が無催告で解除することを根拠づけるだけである。破産法58条は、履行期前に一方当事者が破産した場合に、破産手続開始時に契約の解除があったものとみなすことを規定しているのであり、その法律効果は、当該契約が定期行為であることのみによって根拠づけられるものとは思われない。このことに注意しながら、いくつかの契約類型を検討してみよう。
(a)出演契約 例えば、XがYの依頼に基づき11月5日に大阪城ホールで公演を行い、報酬として500万円を得るとの契約が1月5日に締結されたとする。ところがYについて9月5日に破産手続が開始された場合に、この契約はどうなるのか。2つの選択肢が考えられる。
ここで、58条が代替取引の可能性を要件としたことの意義を問う必要がある。それは、代替取引を破産者の相手方に行わせることによって彼に生ずる損害を減少させ、それによって破産債権の額を減少させる点にあると見てよいであろう。代替取引が一般的に可能であるとはいえない定期取引について、履行期前における当事者の一方の破産により契約が当然に解除されるとしても、相手方に生ずる損害が減少するとは限らないのであれば、そして、破産管財人が履行を選択する余地がまったくないとはいえないのであれば、破産管財人に履行か解除かの選択権を与えておく方がよい。
したがって、上記の例では、他に特段の事情がなければ、bが妥当な解決となろう。破産管財人は、破産手続の開始にもかかわらず定期取引を履行するとの選択をすることもあり得るであろうし、履行期前の解除によってXに代替取引の可能性が生ずるとはいえ、それは不確実であり、Xに生ずる損害が確実に減少するとは言えず、そしてXには確答催告をするだけの時間的余裕はまだあると考えられるからである。
もっとも、上記の例で、公演日の3日前に破産手続が開始され、Xが公演のために会場付近に移動する直前時期が間近に迫っており、移動のための費用が50万円かかるといった事情がある場合にも、Xは破産管財人に「相当の期間を定めて」催告しなければならないとすべきかは一つの問題となろう。(α)このような切迫した状況で、(β)定期取引が履行される見込みが低く、(γ)相手方が履行のために費用を支出する必要があり、支出後に破産管財人によって契約が解除されればそれが無駄になるような場合には、相手方からの確答の催告がなくても、解除の効果が生じうるようにすることが公平に合致しよう。そのためには、こうした特殊な状況下においては、信義則により相手方に解除権が認められると解してよいであろう。
(b)価格の低下の著しい商品の売買契約 技術革新の顕著な分野の商品は、短期間のうちに価格が低下しやすい。コンピュータなどはその代表例である。しかし、価格の低下が激しいことは、その取引が定期取引であると判断する際の一つの要因とはなりうるが、決定的要素とすることはできない。販売店とエンドユーザーとの間のコンピュータの売買は、通常は、定期取引ではなく、履行期に履行されない場合に催告と解除を経て解消されるべき契約(それだけの時間的ゆとりのある契約)と見るべきである。例えば、買主が破産した場合に、その商品に汎用性があれば、売主は在庫商品を他に売却しつつ、破産管財人に確答を催告し、履行を選択すれば新たに当該商品を入荷することもできよう。また、破産管財人が管財業務の遂行上そのコンピュータを必須とする場合(例えば破産者の事業の会計処理に必要なコンピュータである場合)には、58条を適用して解除と見なすのは適当ではなく、破産管財人に履行か解除かの選択の機会を与えなければならない。
たとえ、当該売買が定期行為であるとしても、58条が適用されるためには、さらに当該商品について取引所その他の市場の相場のある商品であることが必要である。このことは、破産管財人が当該商品の売却又は購入を必要とするのであれば、市場における代替取引により当該商品を売却又は購入することが可能であることを意味する。それゆえに、破産管財人が履行を選択しようとする場合であっても、履行期前に解除と見なすこと(58条)が許容されるのである。
敷衍するならば、次のように言うことができる。58条は、買主が破産した場合にも、売主が破産した場合にも適用される規定である。したがって、破産したのが買主であっても売主であっても58条の適用により妥当な解決がもたらされるような取引でなければ58条の直接の適用はない。この視点から、上記の取引を見てみると、
もっとも、58条の適用のない場合でも、定期取引の性質を有する売買については、履行期前に買主又は売主が破産した場合には、次の事情があるときには、信義則上、相手方は破産者との契約を解除して他の者と取引をすることができ、そのことにより破産財団に損害が生じても賠償義務を負わないとしてよいであろう:(α)破産手続の開始により履行期における履行の不確実性がきわめて高くなり、(β)履行期に確実に履行されないと、破産者の相手方に重大な損害が生じ、(γ)破産管財人に対して確答の催告をする時間的余裕が相手方にないとき。
交互計算契約は、商人間または商人・非商人間で継続的取引をなす場合に、一定期間内の取引から生ずる債権・債務の総額につき相殺をなし、その残額の支払をなすべきことを合意する契約である(商529条)。交互計算の期間は、別段の定めがなければ6カ月であり(商531条)、また、何時でも解除して、清算することができる(商534条)。交互計算は、継続的取引関係から生ずる相互の債権について、簡易決済機能と担保的機能を有し([前田*1962a]参照)、交互計算に組み入れられた個々の債権については、各別に譲渡し、または差し押さえることができない(大判昭和11.3.11民集15-327)。担保的機能は、破産の場面でも尊重されなければならない。
当事者の一方が破産すると、清算の必要が生ずるので[2]、交互計算は当然に終了する。各当事者は計算を閉鎖し、債権残額を有する者は相手方にその支払を請求することができる(59条)。相手方が残額請求権を有する場合には、それは破産債権となる。破産者が有する場合には、それは破産財団所属財産となり、破産管財人が行使する。
否認権・相殺制限規定との関係
相殺前の相手方の個々の債権は、管財人の否認権に服する。否認された債権は、交互計算処理(相殺)上も無視される。相手方の債権および債務負担は、71条・72条の相殺制限にも服するとすべきである。相殺制限に該当する債権は、交互計算処理から除外される。交互計算処理から除外された相手方の債権は、破産債権となる。相手方の債務負担が交互計算処理から除外された場合には、破産管財人がそれを取り立てる。
未履行の売買取引の解決
交互計算に組み込まれた個々の売買取引が双方未履行の状態にある場合には、差額清算に転換すべきである(53条の適用は否定すべきである)。そのことは、(α)市場の相場のある商品の定期売買については58条1項・2項から明かである。(β)その他の売買取引も、交互計算契約に組み込まれているという特質に基づき、破産手続開始時の評価額でもって差額清算に転換すべきである。ただし、交互計算契約において清算処理の定めがあればそれに従い[7]、その定めがない場合に一般の取引慣行があれば、それに従ってよい。また、破産管財人と相手方との合意により履行を選択することも認めてよい。
交互計算に組み込まれた複数の取引から異種の債権が発生し、同種債権の相殺をした後で一方が非金銭債権を他方が金銭債権を有する場合を考えて見よう(双方未履行取引の差額清算も完了済みであるとする)。
bの事態に備えて、交互計算契約の中で、破産手続開始申立て(あるいは破産手続開始決定)があった場合に、非金銭債権は一定の方法で評価額を定めて金銭化して相殺することができる旨を合意することが考えられる。そのような約定は、一般的に有効であろうか。問題点として、次の2つが考えられる。
そのような合意をすべて無効とすることも、すべて有効とすることも適切ではない。非金銭債権の評価額の算定が容易な種類の取引について、かつ、異種債権を発生させる2つの取引の関係が相殺を正当化する程度に緊密な関係にある場合に認めてよいであろう。この要件を具体化していくことが必要となる。
為替手形(60条1項)
手形取引は、迅速に行う必要がある。振出人と支払人とが異なる為替手形にあっては、支払人が振出人との間の資金関係を包含する委託契約に基づいて手形を引き受けるときに、迅速性を保障する必要がある。支払人が引受に際して振出人について破産手続が開始されていないかを調査しなければならないのでは、手形取引の迅速性が害される。支払人は、振出人について破産手続が開始されている場合には、支払の引受をすべきではないが、それを知らずに引き受けてしまった場合には、その引受から生ずる償還請求権は、破産債権として保護するのが適当である。その保護は、57条によって可能であるか否かは別として、独立に明規しておくべきである。こうした政策的判断のもとに、60条1項の規定が置かれた。支払人が引受をすることなく支払をする場合には、支払の時点で振出人の破産手続開始を知らなければ、同様に保護される。
振出人、裏書人又は保証人は、予備支払人を記載することができる(手形法55条1項)。振出人等と予備支払人との間にも支払委託に関する契約関係があるのが通常であり、予備支払人がその記載者(予備支払人として記載した者)の財産状況を調査することなく参加引受をし又は引受なしに参加支払をした場合でも、その時点で記載者(委託者)の破産手続開始について善意である限り、記載者に対する償還請求権は破産債権として保護される。
要 件
(a)破産者と支払人との間に支払委託契約が存在すること 為替手形の実質は、支払委託を目的とする行為である([鈴木*1957a]322頁)。通常は、振出人と支払人との間に資金関係を含めた支払委託に関する基本契約(委任契約)が存在する。したがって、60条1項の規定がなくても、同様の結果は57条から導くことができるが、現行法は、明文の規定を置いた。条文の文言には明示されていないが、破産者と支払人との間で、破産手続開始前にこの委託関係を根拠付ける法律関係(典型的には、支払委託契約等の委任契約)が成立していることが必要である。そして60条1項の正当性は、この要件と次述の善意の要件から、次のように説明される:為替手形の引受が支払委託契約に基づいてなされる場合には、善意の支払人の引受あるいは支払は、民法655条により善意の受任者に対して終了を対抗できない委任契約の履行であり、これによる費用償還請求権は、破産債権として保護するのが適当である。
破産者と支払人との間に支払委託関係を根拠付ける委任契約が破産手続開始前に存在していないにもかかわらず、支払人とされた者が手形の引き受けをすることはほとんどないと思われるが、仮にあったとしても、その支払人は引受の際に振出人の財産状態に十分な注意を払うべきであり、60条の適用を認める必要はない。
(b)支払人の善意 手形の引受けは債務負担行為であり、これにより、支払人は、手形上の主たる義務者として手形金支払義務を負う。引受後に振出人の破産手続開始を知っても、彼は、もはや、振出人の破産を理由に支払を拒むことができない。したがって、60条1項が適用されるためには、手形引受の時点で善意であれば足りる。引受なしに支払がなされる場合には、支払の時点で振出人の破産手続開始について善意であることが必要である。
設例1 AがXを支払人にした為替手形をBに振り出し、BがCに裏書譲渡したとしよう。Bについて破産手続が開始され、Xが引き受けないために、Yが参加引受をしてCに支払をした場合に、Yが予備支払人でなく、Bとの間に支払委託関係もないとすると、破産法60条の適用はない。YがBに対して同条による破産債権を取得することはない。しかし、Yは、CがBやAに対して有する遡求権を取得する(手形法43条・63条1項本文)。これは破産手続開始前に原因のある債権であるので、破産法60条によることなく破産債権になり、したがってYが引受の当時Bの破産手続開始を知っていた場合でも破産債権である。しかし、他人から取得した債権であるので、破産法72条1項1号の相殺制限の規定の適用を受ける。
設例2 AX間に支払委託契約があり、BY間に支払委託契約がある場合に、AがXを支払人にして為替手形をBに振り出し、BがYを予備支払人してCに裏書譲渡し、Cが所持人であるとしよう。
振出人と支払人との間の資金関係及び手形所持人との関係
振出人の破産手続開始後に支払人が善意で支払引受をした場合について、振出人と支払人との間の資金関係を見てみよう。議論を単純にするために、特に断らない限りは、裏書人が存在しないことを前提にする。
(a)支払人が振出人から決済資金を予め受領していた場合
支払人が振出人から予め提供された資金でもって支払をした場合には、決済資金の返還は必要ない。そのことの法的説明としては、次の3つが考えられる:(α)支払人は、振出人から預っていた金銭を振出人に返還することに代えて所持人に支払うことを引き受けたと見ることもでき、この場合の決済資金の支払は、支払人が振出人に対して負っていた返還債務の履行(弁済)と評価することもでき、それを前提にすれば、50条が適用され、支払人は引受時点において振出人(決済資金返還請求権者)の破産手続開始を知らずに弁済をしたのであるから(この要件は、50条と60条とで共通である)、破産手続の関係においても有効である;(β)ほとんど同じことであるが、決済資金は、終了を対抗できない支払委託契約の履行として支出されたのであるから、支払人は、振出人の破産管財人にその資金を返済する必要はないと説明することもできよう;(γ)他方で、この場合も60条が適用されるとする見解もある。適用法条あるいは説明の仕方は異なっても、支払人は支払に用いた決済資金について振出人の破産管財人に返還義務を負わないという結論は同じである。
他方、振出人と手形所持人との間においては、その支払は、48条の適用される財産移転である。したがって、支払の時点で破産手続が開始されていれば、振出人の破産管財人は、手形所持人に対して、資金の返還を請求することができる。なお、手形が転々と流通した場合には、振出人の破産管財人によって手形金を奪われた手形所持人は、自己の前者(裏書人)に対して遡求権を行使することができるべきであるが、遡求権行使の制限規定のためにそれができない状況にあるときについて、163条2項に類似した適当な調整規定が置かれるべきであろう(47条の問題であり、そこで述べる)。
(b)支払人が破産手続開始前から振出人に対して債務を負っていた場合
支払人が決済資金を預かっていなかったが、破産手続開始前から振出人に対して債務を負っていた場合には、この債務と求償権とを相殺することができるかが問題となる。72条1項1号の規定は、直接には、他人の破産債権を破産手続開始後に取得した場合に関する規定であるが、60条1項等の規定により破産手続開始後に破産債権が発生した場合に類推適用されるべきであるとの見解も有力であり([条解*2010a]531頁)、これによれば、相殺は許されない。しかし、67条1項の文言は、破産手続開始前に破産債権を取得した者についてのみ相殺の権利を認めているわけではなく、また、72条1項1号の文言を忠実に解釈すれば、破産法は、60条1項等の規定により破産手続開始後に破産債権を得た者にも相殺の利益を与えてよいとの判断に立っていると理解すべきであろう。破産手続開始後の原因により生ずる他の破産債権については、別途検討する必要があるとしても、手形取引を円滑にするとの政策目的により60条1項が破産手続開始後に原因のある求償権も破産債権としたのであるから、この求償権に関しては、67条の相殺の利益を認めるべきである(57条について述べた理由参照)。
その方が、決済資金が与えられていた場合とのバランスがとれる(手形振出人の支払人に対する債権の弁済期が振出の時点で到来している場合に、破産手続開始前に支払人に対して、自己への弁済に代えて手形所持人に支払うことを依頼している場合とその依頼をしていない場合とを区別する必要もなくなる)。
為替手形の支払人以外の者への類推適用の可能性
60条1項の規定は、為替手形の支払人・予備支払人のみを適用対象に挙げているが、それ以外の者(為替手形の保証人)にも適用があるとする見解も多い([条解*2010a]440頁は、これらの者にも1項が準用されるとし、さらに、約束手形の保証人等についても準用を肯定する。さらに進んで、予備支払人との限定を付すことなく参加引受人・参加支払人にも適用されるとする文献もある)。しかし、適用範囲をそのように拡張するにあたっては、支払人と保証人との共通性が検討されるべきであり、60条が支払人を適用対象とした根拠が認められる範囲の者にのみ拡張的に適用されるべきであろう。問題は、その根拠である。一つは、(α)手形取引の迅速性の確保である。支払人は、振出人の財産状態を調査することなく支払を引き受けることができる方が、手形取引は迅速に行うことができる。しかし、これのみを根拠とすることには、疑問である。(β)振出人との間の支払に関する委任契約に基づいて手形引受等の手形行為をする必要があるときに、その手形行為を迅速に行うことを可能にするために認められた規定であると解したい。
すなわち、手形支払人や予備支払人は破産者となる振出人や裏書人との間にそうした委任契約がある典型的な例であるので、特に限定を付すことなく適用対象とされているが、それ以外の者(保証人や予備支払人でない参加引受人・参加支払人)については、振出人等との間の破産手続開始前からある保証委託契約や支払委託契約に基づいて保証等をする場合に限って類推適用されると解したい。
小切手(60条2項)
小切手は、振出人が支払人(銀行)に宛てて一定金額を支払うことを委託する形式の有価証券である([鈴木*1957a]344頁)。振出人と支払人との間には、資金関係を含む支払委託の委任契約があり、支払人は、委任契約の履行として支払をする。したがって、60条2項の規定がなくても、同様の結果は57条から導くことができるが、現行法は、明文の規定を置くことにした。支払人の手許に振出人の資金がある場合に、支払人がその資金を用いて所持人に支払をするときは、その支払は、支払人が決済資金を振出人に返還する面を有するので、50条1項が適用される。それと同時に、その支払は、破産者(振出人)の財産からの支払の面を有するので、48条1項が適用され、破産管財人は、所持人に対して受領した金銭の返還を請求することができる。決済資金が不足している場合に、当座貸越しの方法で補給された決済資金により支払がなされた場合には、その当座貸越債権は、破産債権になる(60条2項)。支払人が振出人に対して破産手続開始前から債務を負っている場合には、この破産債権をもって相殺することができる(ただし、前述のように異論がある)。
相殺がなされる限りで、所持人は破産財団に属する財産から支払を受けたと評価されうるので、48条1項の規定により破産管財人はその返還を請求することができる。支払人が振出人に対して債務を負っていない場合には、当座貸越債権は破産債権になるとともに、支払人はこの債権の確保のために、所持人が振出人に対して支払によって消滅すべき債権を有する場合には、それを代位取得すると解すべきである。
振出人は、小切手の振出しに際して、支払人に支払保証を委託し。支払保証付きの小切手を流通に置くことができる(小切手の支払保証は、通常、この形でなされる。[鈴木*1957a]356頁)。支払人が、振出人の破産手続開始前から存する振出人との間の委任契約に基づき、破産手続開始を知らずに支払保証をすれば、支払の時点では破産手続開始を知っていても、60条1項が準用される。保証人は所持人からの支払請求をもはや拒むことはできないからである、
その他の有価証券
1項は、その他の有価証券にも準用されるが、対象となる有価証券は、次の性質を有するものに限定すべきである:為替手形や小切手と同様に支払委託の機能をもつ有価証券で、為替手形や小切手と同様に取引の円滑性が社会的に必要とされるもの。支払人が給付すべき財産が金銭である場合はもちろん、その他の物でも有価証券でもよい。準用対象となる有価証券の中には、約束手形も含まれる。破産手続開始前からの保証委託契約あるいは支払委託契約に基づき、振出人の破産手続開始後に、受託保証人が善意で保証した場合あるいは第三者方払の約束手形の支払担当者が善意で支払をした場合にも、1項が準用される。
文献
ここでは、金銭の消費貸借契約について検討する。
消費貸借契約
通常の消費貸借契約は、民法587条の規定する要物契約である。したがって、契約が効力を生じた後で借主について破産手続が開始されると、貸金債権は破産債権となり、貸主について破産手続が開始されると、貸金債権は破産財団所属債権となる。
消費貸借の予約
契約当事者の一方が予約完結権を有する消費貸借の予約も有効になされうるが、予約完結権が行使さると、貸主が貸付義務をまず履行し、貸付後に弁済期が到来すると借主が返還義務を負うことになる。この限りでは、両者の義務は、同時履行の関係にないが、消費貸借予約において借主に担保提供義務が課されている場合には、通常は、貸主の貸付義務と借主の担保提供義務とは、同時履行の関係に立つ。
消費貸借の予約の当事者の一方が破産手続開始決定を受けたときは、予約は効力を失う(民法589条)。この規定の趣旨は、借主の破産の場合と貸主の破産の場合とで、異なるように思える。(α)予約完結権を有する借主について破産手続が開始された場合に、破産管財人が予約完結権を行使して、融資を受けることに意味がないわけではない。しかし、相手方である債権者にしてみれば、たとえ担保提供と引換えであっても、リスクの大きい取引となるので、予約の際に、融資実行以前に借主について破産手続が開始される場合には予約が効力を失うことを条件にすることになる。それは、経済合理性のある条件であり、かつ他の破産債権者等の利益を害するわけではないので、当事者が通常有する合理的意思を任意規定に高めるのが適当である。この場面では、民法589条は、任意規定の性質を有すると見るべきである。 他方、(β)貸主について破産手続が開始される場合には、貸主の財産関係の迅速の整理のために、もはや消費貸借の予約の効力を維持するわけには行かない、この場面では、民法589条は、強行法規の性質を有すると見るべきであろう。
諾成的消費貸借契約
企業取引等においては、諾成的消費貸借契約も有効であると考えられている。貸主は約定された貸付時期に借主に金銭を授与する義務を負い、借主は貸主から授与された金銭を約定された弁済時期に返還する義務を負い、利息の支払の約定があれば、利息を支払わなければならない。貸主は、この場合にも先履行義務を負う。
民法589条の規定の趣旨は、諾成的消費貸借契約にも妥当するので、同条が類推適用されるべきである。
融資枠契約
特定融資枠契約に関する法律(平成11年法律4号)2条に定める特定融資枠契約は、コミットメント契約とも呼ばれる。この契約は、「一定の期間及び融資の極度額の限度内において、当事者の一方の意思表示により当事者間において当事者の一方を借主として金銭を目的とする消費貸借を成立させることができる権利を相手方が当事者の一方に付与し、当事者の一方がこれに対して手数料を支払うことを約する契約」である(以下では、「消費貸借を成立させることができる権利」を「消費貸借成立権」と言い、「当事者の一方」を「受信権利者」あるいは「融資権利者」と言うことにする)。この契約の法的性質は、
利息制限法3条及び出資法5条7項の適用免除(特定融資枠契約法3条)を受けるためには、さらに、借主について一定の要件を満たすことが必要であり、その要件を満たしている融資枠契約を特に「特定融資枠契約」という(同法2条)。以下では、融資枠契約一般について述べる。
融資義務者の破産の場合 貸主(融資義務者・与信義務者)について破産手続が開始されると、民法589条の類推適用により破産手続の開始と共に、消費貸借成立権は消滅し、既払の手数料の内、未経過分の返還が問題となる。この返還請求権は破産債権になると解すべきであろう。
融資権利者の破産の場合 融資枠契約は、借主(融資権利者・受信権利者)が決済資金を欠くことのないように、資金調達を確実にする目的で締結されるのであるから、借主について破産手続が開始される場合には、それ以前に消費貸借成立権は行使されており、当事者間の法律関係として存在するのは、貸主の貸主に対する貸金債権のみであるのが通常であろう。また、融資の実行前に破産手続開始申立てがあった場合、あるいは破産手続が開始された場合には、効力を失うことが明示的に合意されるのが通常と思われる[50]。
ABCPの発行者と銀行とのバックアップ契約
CP(コマーシャルペーパー)の発行に際して、特定の資産を裏付にすることがある。すなわち、特定の資産の取得とCP の発行等を業務とする目的にした特別目的会社を設立し、この特別目的会社が取得する資産を裏付にした(その資産から得られる金銭から弁済することを予定した)CPを発行するのである。このようなCPをABCP(資産担保型コマーシャルペーパー)という([セントラル短資*2007a]1頁)。ここで、特定資産がCPの「裏付け」であることには、2つの意味がある。
ABCPが盛んに利用されるようになった理由の一つに、BISの自己資本比率規制がある。同規制を満たすために(批判的な言い方をすれば、潜脱するために)、銀行等の金融機関は、貸出債権を資産として保有せず、保有しても速やかに他に譲渡するようになった。銀行が傘下の特別目的会社に資産(貸出債権や売掛金債権など)を取得させてそれを裏付けとするCPを発行する場合の銀行の役割は、資金需要者を見つけるとともに、投資家を見つけ、特別目的会社がABCPを発行して資金を調達し、特別目的会社がこれを資金需要者に供給することの全体をアレンジ(立案)して、信用仲介機能を果たすることにある。
ABCPの発行の手順を図式的にもう少し具体的に述べると、次のようになる。
上記の流れの中で、3と4の順番を逆にすることが必要になる場合、あるいは、5と6の順番を逆にする必要がある場合には、銀行が特別目的会社に短期的に融資を行うことになる。また、原債権の弁済完了までの期間が長い場合に、それよりも短い期間のCPを発行するときには、特別目的会社が借換えを行うことになり、後で発行されるCPの代金で前に発行されたCPの償還がなされることになるが、後のCPの発行が円滑に行われない場合には、銀行からのつなぎ融資が必要となる。このつなぎ融資の約束のあることを流動性補完という。また、原債権の不履行がある場合に、CPの償還に支障が生じないように銀行が特別目的会社に融資の約束をすることがある。この約束のあることを信用補完という。銀行のABCP発行会社に対するこうした融資の約束をバックアップ契約という。こうしたバックアップ契約は、融資枠契約の一種であると評価でき、その限りでは、融資枠契約について述べたことが妥当する。
ところで、信用補完のためのバックアップ契約(銀行と特別目的会社との間の契約)は、ABCP購入者のためにする保証委託契約ではないが、機能的にはそれに近い。特別目的会社が複数のABCPを発行していて、そのうちの一部のABCPについてのみ信用補完のためのバックアップ契約をしている場合に、その特別目的会社が破産したときの処理を考えてみよう(問題をわかりやすくするために、ここでは、バックアップ義務者のために担保が提供されていることを前提にしよう)。処理が問題になるのは、もちろん、融資権利者である特別目的会社が破産しても、バックアップ契約は効力を失わない場合である。この場合のバックアップ契約は、特定の債権(ABCP)のためになされた契約であり、実質は、特定の債権のための保証委託契約といえる(このバックアップ契約は、この場面では、目的達成に適した契約類型でないと言う点で不適切な契約であり、それゆえ実際にはほとんどないと思われるが、それでもありえないわけではない)。 債権者平等原則を理念とする破産手続の性格からすれば異例のことになるが、契約の目的を実現できるように、この融資枠契約に基づいて破産手続開始後に実行される融資は、当該特定の債権の配当のためにのみ用いられるべきである。ただ、そうなると、その融資の実行と融資金による配当は、破産手続内でおこなう必要があるのかが問題となろう。また、その融資による債権の位置付けも問題となる。問題の単純な解決のためには、このバックアップ契約は保証委託契約とみなし、破産手続外で銀行がバックアップに係るABCPの債権者に代位弁済をなし、その求償権が破産債権になるとする方が簡明である。
[CL3]
民法の規律──双方の解約権
当事者双方から契約を解約することができ、解約の申入れの日から2週間を経過することによって雇用契約は終了する(民法631条前段、627条)。この場合には、各当事者は損害賠償の請求はできない(民法631条後段)。この場合に労働者の賃金債権が破産手続においてどのように処遇されるかについては、破産債権の項で説明する。
労働法上の制約
使用者が破産した場合でも、次の労働法上の保護がある。
雇用契約の存続
労働者の破産それ自体は、雇用契約に影響しない。破産した労働者の雇用契約上の義務は、破産財団に属する財産をもって履行されるのではなく、破産者自身の労働によって履行されるので、53条の適用対象に含まれない。破産者自身が雇用契約を解除すること(自主退職)も、彼の自由である(47条の適用の余地もない)。労働者が破産手続開始決定を受けたこと自体を理由に雇主が労働者を解雇することも、通常は許されない(正当な解雇事由にはならない)。ただし、当該労働者の職務の種類と破産に至った事情を考慮して、労働者がその職務遂行の能力ないし適性に欠けると判断できる場合には、そのことを理由に配置転換される余地はある。それは個別的に判断されるべきことであり、労働者が破産したということだけで、直ちに解雇や配置転換が肯定されるのではない。もっとも、現実には、労働者が破産に至る過程で勤務態度が悪化し、その理由により労働者が自ら退職することが多いとも言われている。
退職金債権
退職金は給料の後払の性格を有し、退職金債権の取扱いについては見解が分かれているが(「破産財団」のページ中の「退職金債権」参照)、破産手続開始時に退職したならば得られるであろう金額に相当する部分のうちの差押え可能な部分(民執法152条2項参照)は、将来の債権として、破産財団に属すると解すべきである(34条2項)。しかし、労働者は、退職してそれを金銭化する義務はない。労働者について破産手続が開始された場合には、雇用契約は53条の適用対象外であるので、将来の請求権である退職金債権を現実化するために破産管財人が雇用契約を解除することもできない(破産管財人による解除は、破産した労働者の失業を意味し、失業者の再就職は多くの場合に少なからぬ困難を伴い、そのことが破産者の経済生活の再建を困難にすることも、補充的な根拠としてあげることができる)。
労働協約が雇用契約とは別個の存在であることはいうまでもないが、使用者について破産手続が開始された場合に、労働協約がどのような影響を受けるか、あるいは雇用契約にどのような影響を与えるかを見ておこう。
労働協約の一方当事者が使用者(会社)である場合に、会社が解散しても、清算の目的の範囲内で清算の結了まで存続するものとみなされ(会社法476条)、したがって労働協約もその効力を認める必要があるので、その労働協約は使用者の解散によって当然に終了するものではない([片岡*労働法1v4]261頁)。このことは、破産手続開始により会社が解散する場合にも妥当する(破産法35条参照)。したがって、破産管財人が労働協約で定められた義務から即時に脱するためには、破産法53条1項による解除が必要となり、労働協約に破産法53条1項の適用があるかが問題となる。そして、民事再生法49条3項は、同条1項・2項(破産法53条1項・2項に相当)が労働協約に適用されないことを明規しているのに対し、破産法には同趣旨の規定がないから、破産法53条1項は労働協約にも適用の余地があると考えられる。
しかし、労働協約が破産法53条にいう双務契約であるためには、対価的な関係にある債務が何であるかを明確にする必要がある。労働協約は、財産的価値を等価的・対価的に交換する契約ではないから、典型的な双務契約が該当するということは難しいであろう。ただ、使用貸借契約のような片務契約であっても、破産管財人がその契約に拘束されるとなると破産財団の整理が妨げられる場合には、破産管財人は、53条1項の類推適用によりその契約を解除することができるとの立場に立てば、労働協約についても同様に同項の類推適用を認めることができることになる。特に問題になるのが、解雇については労働組合の同意が必要であるとする条項であるが、破産管財人がこの条項に拘束されるならば、破産財団の整理が困難になる。53条1項による解除を肯定すべきである。その解除は、労働協約全体の解除という形でなされるべきなのか、それとも、当該条項およびこれに関連する条項のみの一部解除を原則とすべきなのかが問題となる。 労働協約の有効期間を定める場合でも、最長3年とされており、期間の定めのない場合には、90日以上の予告期間をおいて解約することができること、したがって、労働協約の永続が予定されているものでないこと、使用者たる会社はすでに消滅すべき運命にあることを考慮すると、破産管財人は、労働協約全体を53条1項により解除することができると解してよいであろう。
請負契約により、請負人は仕事を完成させる義務を負い、注文者はそれに報酬を支払う義務を負う。(α)その仕事が、一棟の建物の建築のように、分割に親しまない一つの仕事である場合には、その請負契約は、非継続的契約となる。他方、(β)一定期間の清掃業務の請負にあっては、仕事とそれに対する報酬は、時間により分割することができ、また、契約の解除の場合に、仕事の既履行部分を原状に復させることは困難である。この場合の請負契約は、継続的契約とみるべきである。
以下でとりあげるのは、非継続的契約の性格を有する請負契約である。
解除権の発生 当事者双方に解除権が与えられている(民法642条1項)。この解除権が行使された場合には、請負人は、既にした仕事の報酬及びその中に含まれていない費用を請求することができ、この請求権は破産債権になる。この請求権は、損害賠償請求権とは位置づけられておらず、同項と641条[54]及び642条2項とを対照すれば、むしろ契約で定められた仕事の対価と理解することができる(出来高払請求権)。したがって、642条1項の解除権は、契約を将来に向けて終了させる権利であると位置づけることができる。
642条による解除の場合 | 641条による解除の場合 | |
---|---|---|
すでにした仕事の報酬及び費用 | 契約で定められた義務の履行の対価請求権(出来高請求権) | 損害賠償請求権 |
将来の仕事の報酬など | 損害賠償請求権 |
642条1項の解除は、(a)双方未履行の場合のみならず、(b)注文者が履行を完了している場合(請負代金を全額前払している場合)でも、仕事が未完成であれば、破産管財人は前払代金から仕事の出来高に応じた費用と報酬を控除した残額の返還を受けるために、契約を解除することができる(もちろん、契約の解除が破産財団にとって有利かどうかを判断するためには、請負人が解除による損害の賠償請求権を破産債権として行使すること、仕事が建築工事のような場合には、未完成工事を破産財団の負担で除去する場合に生ずる費用等を考慮しなければならない)。
他方、(c)請負人が仕事を完成させている場合には、民法642条により解除をしても、完成した仕事の代金支払請求権が破産債権として行使されることに変わりはないので、解除をする意味がないのが通常である。解除に意味がない場合には、法律関係の単純化のために、解除は許されないとすべきである。
確答催告権 注文者の破産により、請負契約は双方が解除できるという不安定な状態に陥るので、解除されるか否かを確定させるために、双方がそれぞれの相手方に解除するか否かの確答を催告する権利が与えられている(53条3項・2項)。請負人は、破産管財人に解除するか否かの確答を催告することなく解除でき、破産管財人が履行を選択した場合でも解除できる(そうでなければ、請負人に解除権を認めた意味がない)。
解除の効果 解除がなされた場合に、この解除について請負人には何の責任もないことを考慮すると、法律関係を契約前の状態に復帰させることは、請負人に多大な損害をもたらすことになり、妥当でない。仕事の報酬債権は、次のように取り扱われる。
損害賠償請求権については、誰が解除したかで場合分けがなされる。
請負人が請負代金の前払を受けている場合には、解除によりその返還義務が生ずるが、これと請負人が有する報酬・費用請求権及び(注文者からの解除の場合に生ずる)損害賠償請求権との関係は次のようになる。
履行の選択の効果
双方未履行の状態にある場合に、破産管財人が履行を選択し、請負人が解除をなさなかったときは、請負人の報酬債権は全部が財団債権となる(148条1項7号)(継続的請負契約については、別の取扱いが検討されるべきである)。
設 例
Yが自己所有の更地(評価額10億円)に地下1階・地上5階建てビルを建築することを計画し、Aがこれを10億円で受注した。Aが設計図に従い、土地を掘削し、基礎工事を行った段階で、Yについて破産手続が開始された。Aがこれまでにした仕事の報酬・費用額が1億円、前払代金額が1億円、基礎工事を除去する費用が1億5000万円であるとする。破産管財人は、次の選択肢を検討することになろう。
以上の選択肢のうちで、破産財団に生ずる資金負担がもっとも少ないのは、cの選択肢である。問題は買手が見つかるかである。買手がAの同意を得てAとの請負契約関係を承継してくれると、破産財団に生ずる負担は非常に小さくなる。買手が別の業者に建築工事を続行させる意向の場合には、破産管財人は、請負人との契約を解除せざるえない。aの選択肢は、当面の資金負担が大きく、完成したビルと敷地とを20億円以上で買い受ける者が見つかる確実性が高い場合にのみ採ることができる選択肢である。bの選択肢は、1億5000万円の資金負担が生ずる点で難点がある。工事を除去するか否かは、破産管財人の選択することであり、請負人に除去費用まで負わせるわけにはいかず、破産財団の費用負担で工事結果を除去しなければならない。その上、せっかくした工事が無駄になり、無駄になる工事の報酬を破産債権として行使させることになる点で不満が残る。
ともあれ、aの場合には、破産管財人は契約を履行することになる。bの場合には、解除することになる。cの場合には、請負契約は、土地の買手及びAの意向に従い、履行され又は解除される。
注意すべき点
ここで、注意が必要な点をいくつか取り上げておこう。
(a)注文者と請負人の双方が商人で、その双方のために商行為となる請負契約により請負人が注文者から動産を預かって修繕等の仕事をしている場合には、請負人はその動産上に商事留置権(商法521条)を取得し、請負の報酬債権はもちろん、その他の債権もその被担保債権になる。
(b)特注品(動産)の製作の請負契約において、請負人が材料を自ら調達して製作した場合に、製作物の所有権は、請負人にいったん帰属する。別段の合意がなければ、請負人の目的物の引渡しと代金の支払とは、同時履行の関係にたつ。完成した目的物の引渡し前に注文者について破産手続が開始され、破産管財人が契約を解除し、請負人が報酬及びこれに含まれない費用の請求権を破産債権として行使する場合には、契約が解除された以上、請負人は製作物を破産管財人に引き渡す義務はない(注文者の所有地上に建物を建築する場合でも、このことは基本的に変わりはないが、ただ、建物の建築の場合には、引き渡さなければ収去せざるを得ず、その収去が請負人にとって必ずしも有利であるとは言えず、引き渡してしまうだけである)。請負人が製作物を引き渡さないことにより利益を得る場合(例えば、その製作物を安価であれ買い受ける者がいる場合)には、その利益の額だけ破産債権として行使すべき報酬・費用支払請求権の額から控除すべきである(損益相殺)。
請負人の破産の場合については、民法に規定がなく、破産法53条・54条により処理される。
解除の場合
破産管財人が解除を選択した場合には、出来高払による清算が可能である限り、その清算を行うべきである。例えば、注文者の土地の上に建物を建築する請負の場合に、基礎工事が終了した段階で請負人が破産し、破産管財人が解除を選択した場合に、注文者に原状回復請求権を認め、それを取戻権(妨害排除請求権)として行使させるよりも(あるいは原状回復に要する費用の支払請求権を財団債権として行使させるよりも)、その工事の結果を注文者に帰属させ、出来高払により清算する方が、「債権者その他の利害関係人の利害及び債務者と債権者との間の権利関係を適切に調整」するという破産法の目的(1条)がよりよく実現される。たとえ、注文者が請負人に対して原状回復請求権を有するとしても、その行使は、工事結果を注文者に帰属させることが注文者に著しい損害を及ぼすといった特段の事情がない限り、原状回復請求権の行使は、破産法の目的の実現を阻害するものとして、権利濫用に当たり許されないと判断すべきである。
注文者が工事の進捗状況に応じて支払った工事代金の内金の合計額が、工事の出来高の評価額を上回る場合に、その差額が54条2項後段により財団債権になるか否かについては、見解は分かれている。
最高裁判所 昭和62年11月26日 第1小法廷 判決(昭和59年(オ)第521号) |
注文者が請負人に報酬の内金1600万円を支払った後で、請負人が破産した。注文者が管財人に対して旧59条(現53条)2項により確答を催告した。回答がないので、解除とみなして、旧60条(現54条)2項により、支払済み報酬から工事出来高を差し引いた残額を財団債権
として行使した。 控訴審の大阪高裁は、旧59条(現53条)の適用(2項の注文者の確答催告権)を否定し、旧64条(現行法では廃止)により解決すべしとした。 しかし、最高裁は旧59条(現53条)・旧60条(現54条)2項の適用を肯定し、注文者は「支払ずみの請負報酬の内金から工事出来高分を控除した残額について、法60条[現54条]2項に基づき財団債権としてその返還を求めることができる」とした(破棄差戻)。 |
判例のこの立場は、現行法の下でも維持されている(大阪地方裁判所 平成21年9月4日 第11民事部 判決(平成20年(ワ)第11774号)。その上告審である最高裁判所 平成23年11月24日 第1小法廷 判決(平成22年(受)第1587号)もこれを前提にしている)。
なお、公共工事の注文者の前払金については、公共工事前払金保証事業法が保証制度を用意している。請負人について破産手続が開始され、保証人が注文者に対して保証債務を履行した後で、保証人は破産財団に対して求償権を行使することになるが、請負人が前払金を別口預金として金融機関に預託していた場合に、保証人がその預金債権についてどのような権利を有するかが問題になった事案について、最高裁判所 平成14年1月17日 第1小法廷 判決(平成12年(受)第1671号)が次のような判断を示している:公共工事の請負者が保証事業会社の保証のもとに地方公共団体から支払を受けた前払金について,地方公共団体を委託者兼受益者とし,請負者を受託者とする信託契約の成立が認められ,信託財産たる前払金は,破産した請負者の破産財団に組み入れられるものではない。
もっとも、報酬・費用の前払が内金にとどまる場合には、破産管財人が双方未履行の請負契約を解除すれば、前払金返還請求権は財団債権になり、保証債務を履行した保証人は、弁済者代位により取得した前払金返還請求権を財団債権として行使できるから(再生事件についてであるが、前掲最判平成23年参照)、平成14年判決の実際的意義はそれほど大きくないことになる。それでも、財団不足になる場合のことを考慮すると、平成14年判決は重要である。
注文者破産の場合との比較 注文者破産の場合には、破産管財人により請負契約が解除されても、請負人がした給付に対する報酬及びこれに含まれない費用の支払請求権は、破産債権になるにすぎない(民法642条1項後段)。ところが、請負人破産の場合には、注文者が有する前払金返還請求権が財団債権とされている。両者の落差が大きい。このアンバランスは、(A)両者とも破産債権とする方向、又は(B)両者とも財団債権とする方向で解決可能である。Aはすでに主張されていることである。
Bは、次のように説明できる:注文者の破産管財人が請負契約を解除した場合に、請負人がした給付は54条2項にいう「破産者が受けた反対給付」にあたるが、それは現物で返還することができる形では存在しないので、同項前段の適用対象にはならず、後段が適用され、費用及び報酬に相当する価額が財団債権になる。ただ、Bの解釈は民法642条1項後段が存在する以上、このままでは現行法の解釈論としては主張できない。しかし、請負人の給付により破産財団に現存する利益相当額については、これを財団債権としなければ、当事者間の公平が害されると思われるので、若干変容させて、次のように主張することは、解釈論として可能であろう:注文者破産の場合に、破産管財人により請負契約が解除されたときでも、請負人がした給付に対する報酬及びこれに含まれない費用は破産債権になるのが原則であるが(民法642条1項)、破産管財人による解除である以上破産法54条2項の適用はなお肯定され、破産者の給付結果が破産財団中に現存利益として存在する場合については、その現存利益の範囲な内で、費用・報酬請求権は財団債権になる。
請負人がなすべき仕事が継続的なビルの清掃のような継続的仕事である場合には、請負契約は継続的契約である。継続的請負契約の場合には、他の継続的契約(例えば賃貸借契約)と同様に、破産手続開始前の期間とその後の期間とに分けて考えるべきであろう。すなわち、注文者破産の場合に、破産手続開始前の仕事についての費用・報酬債権は破産債権になり、破産手続開始後の仕事についての費用・報酬債権は財団債権になる(履行が選択された場合には148条1項7号により、解除が選択された場合には同項8号による)。
雇用契約との比較 請負契約で定められた仕事が請負人の個人的労務により完成させられうるものである場合には(例えば植木の剪定作業や清掃作業)、社会経済的に見て、請負契約は雇用契約に、請負人は労働者に近づく。そして、労働者が破産手続開始決定を受けても雇用契約が影響を受けないとされていることとの比較で、そのような請負契約も請負人の破産によって影響を受けないとして請負人の生活の糧を得る道を確保すべきであるとする立場が生ずる。この立場から、53条の適用範囲を限定しようとすることは、妥当なことである。しかし、この点について、まだ見解の一致は見られていない。
考慮されるべきことは、次のことであろう。
次のように解したい。以下に論ずる請負契約の範囲を破産者が自由財産に属する道具を用いて個人的労務により完成させることができる仕事を対象とするものに限定すれば、1の論点の後半部分は、問題にする必要はない。そのような請負契約について、破産管財人は、53条により履行を選択することも、解除することもできるが、解除の効果は、請負契約を破産財団から切り離して破産者の自由財産に帰属させることであり、したがって、注文者は請負契約の終了を請負人に対して主張することはできず、請負人は仕事を完成させて破産手続開始後の仕事に対する報酬及びこれに含まれない費用を注文者に請求することができる。破産管財人が解除を選択すれば、請負契約が請負人との関係で存続するとしても、破産財団との関係では終了するのであるから、54条の適用が肯定され、注文者は前払金と出来高との差額の返還請求権を財団債権として行使することができる。
取引実務では、基本契約書に基づいて取引がなされことが多い。基本契約とそれに基づく個別契約との関係の定め方については、次の2つがある。
上記1の関係であるとすると、破産管財人は、破産財団に有利な個別契約についてのみ履行を選択し、不利な契約は解除することができる。この「いいとこ取り」("cherry pick")を回避するために、基本契約と個別契約との関係が上記2になるように契約書を作成する実務が特に金融取引において行われるようになった。各国の法律も、その有効性を承認するようになった。金融取引の国際化にともない、そして、決済リスクを削減するために、日本においても一定の範囲の金融取引についてその有効性を明確にするために、特別法として一括清算法が制定された(正式名称は「金融機関等が行う特定金融取引の一括清算に関する法律」である。平成10年法律108号)[R21][11]。
設 例
破産者(買主)と相手方(売主)との間で、例えば次のような価額での有価証券の売買契約がなされ、そのいずれもが完全に未履行の状態にあったとしよう(解除の場合に、54条2項の適用の余地はない)。これらの有価証券の破産手続開始時の市場価格が全て100万円であるとする。個々の取引が独立の関係にあるとすると、破産管財人は、破産財団に有利な取引については履行を選択し、不利な取引については解除して相手方の債権を破産債権にすることになる。配当率を2割と仮定すると、下の表のB列に示されるように清算される。これは破産者の相手方に極めて不利になる。そこで、基本契約書において一括清算が合意されるのである。
A | B. 「いいとこ取り」が許される場合に、破産管財人が履行を選択して有価証券を転売して得る利益(+)と、解除を選択して相手方に支払う額(−) | C. 一括清算の場合に、個別取引の清算により破産財団が受け取る額(+)と支払う額(−) |
80万円 |
履行を請求して、+20万円
|
+20万円
|
90万円 |
履行を請求して、+10万円
|
+10万円
|
110万円 |
契約を解除して、−10万円×0.2 = −2万円
|
−10万円
|
120万円 |
契約を解除して、−20万円×0.2 =−4万円
|
−20万円
|
合計 |
30万円−6万円 = +24万円 |
0万円
|
上記の設例において、(α)買主が破産者とされているので、履行が選択された場合に破産財団に属する請求権は非金銭債権(有価証券の引渡請求権)である。破産管財人により解除された取引について相手方が有する損害賠償請求権は金銭債権であるので、両者の相殺はできない。他方、(β)売主が破産者である場合には、履行が選択されたときに破産財団に属する請求権は代金債権である。相手方は、管財人により解除された取引について損害賠償請求権とこの代金債権とを相殺することはできよう。そうであれば、C列と同じ結果になる。
(α)の場合に対処するためには、解釈論では困難であり、特別の立法が必要であろう。(β)の場合については必ずしも必要ないであろう。しかし、後者の場合であっても、「日本の破産法に従えば、C列のようになるであろう」という程度の確実性では、不十分なのである。一括清算法は、国際的な金融取引が活発になる中で、取引の効果を確実に予測できるようにするための国際的な運動の中で制定されたものである。
要 件
同法の適用の基本的要件は、次の通りである。
効 果
一括清算条項にしたがい破産手続開始申立ての時に一括清算された残額が破産財団所属債権または破産債権となることである(同法3条)。契約条項の効力を承認するという構成になっているため分かりにくい面があるが、次のように分析することができる。
法的性質
一括清算を相殺制度の拡張([国生*1998a]51頁以下)と見るか、それとも別個の制度([神田*1998a]19頁)とみるかについては、見解が分かれている。相殺は、対立する同種債権についてなされる(民505条)。破産の場合には、破産債権はすべて金銭債権化されるので、この要件が緩和されている。しかし、破産者の非金銭債権まで金銭化されるわけではないので、破産者の非金銭債権と破産債権者の金銭債権との相殺はみとめられない。これに対し、一括清算法では、原債権が異種のものであっても、「特定金融取引」の範疇に入り、評価額を以て金銭債権化される限り、最終的に相殺ないし差引計算が認められる。個別契約が双方未履行契約にあたるか否かを問わない。この個別取引の決済の点は、通常の相殺とは異なる面を有する。しかし、個別取引が清算金支払の権利・義務に転換された後の全体の清算の本質は、金銭債権の相殺とみてよいであろう。いずれにせよ、一括清算の制度も、狭義の相殺あるいは交互計算の制度と同様に、簡易決済機能(取引コスト削減機能)と担保的機能(決済リスク削減機能)を有する点では共通する。
ここでは、相殺制度の拡張とみておきたい[8]。
破産手続開始申立て後の取引から生ずる債権・債務
破産手続開始申立ての時に一括清算がなされるので、破産手続開始申立て後に生じた債権・債務は、一括清算の対象にはならない。しかし、相殺制限に該当しない場合(破産手続開始申立てを知らないで取引がなされた場合等)には、これと一括清算後の残額債権との相殺は可能である。
否認・相殺制限
全体の清算を相殺とみるか否かにかかわらず、それは相殺と同様に担保的機能を有する。相殺の否認が通説により否定されているのと同様に、一括清算自体の否認も否定される。しかし、一括清算の対象となる個々の取引については、否認を認めるべきである([神田*1998a]19頁)。取引の安全を重視する必要はあるが、不当な財産流出を放置することはできない。ただし、否認要件の充足の認定にあたっては、取引の安全を十分に考慮すべきである。
[神田*1998a]19頁は、一括清算が相殺としては構成されていないことを理由に、相殺制限を否定する。しかし、一般論としては肯定すべきであろう。相殺制限に該当する債権・債務は、一括清算から除外され、破産債権あるいは破産財団所属債権として行使される。
一括清算法の要件を満たさない「特定金融取引」
そのうちで、(α)一括清算条項を有する基本契約に基づく取引でかつ破産法58条1項の要件を満たすものについては、58条5項が適用される(例えば、清算基準時を破産手続開始時としている場合)。(β)58条1項の要件を満たさない「特定金融取引」については、58条5項の類推適用の問題となり、「特定金融取引」の特質に従い通常は類推適用を肯定すべきであろう。
幾つかの例
(a)変動金利と固定金利とのスワップ契約 AとBとの間で期間5年の金利スワップ契約(Aが変動金利(例えばTIBOR)を支払い、Bが固定金利(3%)を支払う)が締結され、その1年後にA又はBについて破産手続が開始され、破産手続開始当時における金利スワップ契約の固定金利相場は2%であるとしよう[61]。この金利スワップ契約が一括清算法の適用を受けるものであるならば、破産手続開始申立ての時を基準にしてこのスワップ契約(個別契約)は清算される。同法の適用を受けない場合には、破産法53条の適用対象になるのか、58条が適用されるべきなのかが問題となる。金利スワップ契約が58条1項にいう「取引の性質上特定の日時又は一定の期間内に履行しなければ契約をした目的を達することができない」と言いうるかは、微妙である。
例えば、前記の設例で、Aについて破産手続が開始された場合、大まかに言えば(その時点の変動金利が2%であると単純化すれば)、破産管財人は、Bから1%(=3%−2%)の金利を得ることができる立場にあり、想定元本を100億円とすると、当面は年1億円を得ることができ、市場金利がこのまま変動することなくさらに4年間が経過するのであれば、このスワップ契約は、破産者にとって履行可能なものだからである。しかし、58条の適用を排除して53条を適用し、破産管財人がこのスワップ契約の履行を選択した後で、市場の変動金利が高騰して、相手方Bが変動金利と固定金利(3%)との差額を破産者に請求することができるようになると、その債権が財団債権になる(148条1項7号)。この場合に、破産管財人が一旦履行を選択したスワップ契約をその後に解除することができるとすることは、不公平であり(一種の「いいとこ取り」になり)、許されないと解すべきである。破産管財人が解除か履行を選択することができるのは、1回限りとすべきである。問題は、その選択権を認めるのがよいと考えるべきか、それとも、認める必要はないと考えるべきかである。
相手方に代替取引の機会を速やかに与えるために、後者をとるべきであろう。したがつて、上記のような金利スワップ契約が58条の定期取引の要件は充足しないことを認めつつ、同条の類推適用を肯定すべきである。こうした解釈は、53条と58条との適用範囲を曖昧にすることになり、その結果相手方の地位が不安定になるという危険性を含んでいる。それを低減するために、契約の中で、一方当事者の破産の場合の取扱いを明確に定めるべきであり、その約定が他の破産債権者の利益を害さない合理的なものである場合には、破産法はその約定を尊重すべきであると解するのがよいであろう。
保険契約も、双務有償契約であり、53条の適用があり得る。保険契約は、一般に、その特質上、解除に遡及効を認めるのは適当ではないので(保険法31条1項・59条1項・88条1項参照)、53条により破産管財人が解除した場合にも、保険契約は将来に向かってのみ効力を失う。なお、保険者の破産の場合については、保険法96条に特則がある[76]。
保険者の破産
損害保険の保険者が破産手続開始決定を受けた場合には、保険契約者は保険契約を解除することができる(保険法96条1項、商法旧651条1項)。保険契約は、保険者の資力に対する信頼を基礎にする契約であり([大森*1991a]202頁)、その信頼が崩れたからである。保険契約者が解除の意思表示をしなくても、破産手続開始決定後3か月を経過すると、保険契約は効力を失う(保険法96条2項、商法旧651条2項)。
破産管財人の解除権の排除 破産管財人が破産手続開始後3ヵ月経過前に破産法53条により保険契約を解除することができるかについては、規定の文言上は見解の分かれうるところである[79]:
しかし、立法段階では否定説(下記B)が前提にされ[77]、これが通説である[78]。
破産手続開始後の保険事故による保険金請求権 保険者について破産手続が開始された後・保険契約の終了までに保険事故が生ずれば、これによる保険金請求権は、破産手続開始前に締結された保険契約に原因のある債権であるので、破産債権となる。この保険金請求権は、破産法上は、保険事故を停止条件とする債権であり、保険事故発生前であっても、被保険者は、破産法103条4項により破産手続に参加することができる。もっとも、この解釈を前提にすると、損害保険は、保険者の破産手続開始後は保険としての機能を実質的に果たすことができなくなるのは確かであり、自動車の賠償責任保険などについては、それが社会的に妥当な解決と言えるかは問題である。ただ、そのことを根拠にして破産手続開始後に生じた保険事故による保険金請求権を破産債権にとどめずに、財団債権や優先的破産債権にするというのであれば、同様なことは、破産手続開始前に生じた保険事故による保険金請求権も同様に扱うべきことになり、その議論は解釈論の枠を超えるであろう。
破産手続開始後に保険料が支払われていた場合 保険料が分割払いになっていて、保険契約者が破産手続開始後3月以内に支払う保険料を破産管財人が受領した場合については、その後に生じた保険事故による保険金請求権については、破産法148条1項7号を類推適用して、財団債権になるとの見解(伊藤眞ほか『条解破産法』(弘文堂、平成22年)402頁注38)がある。しかし、賛成できない。なぜなら、保険者破産の場合に破産法53条の適用を肯定するのであればともかく、それを否定しておいて、単に保険料を受領したというだけで、履行の選択があったと評価するのは行き過ぎである;保険契約者は、保険者の破産手続開始後に保険料を支払う代わりに、他の保険者と新たな保険契約を結べばよく、その時間的余裕がないという事態はもちろんあり得るが、ただ確率的には少なく、この保険金請求権を財団債権として保護することを必要とする社会的必要性は小さいと思われる;保険法96条の文言から、契約終了までに生じた保険事故による保険金請求権を財団債権にするとの趣旨を読み取ることは困難である; また、破産手続開始後に保険料の支払があった場合と、そうでない場合とを区別する実質的理由も乏しく、もし、前者の場合について保険金請求権を財団債権とするのであれば、後者の場合にも財団債権としないとバランスがとれないように思える;もし前者についてのみ財団債権とするのであれば、破産手続開始後に納入された保険料をプールして、その中から財団債権としての保険金請求権の支払をすることにより、他の債権者(特に、破産手続開始前に保険料を全額支払っているため、保険金請求権が破産債権にしかならない者)に不利益が生じないようにすべきであろう。
保険法96条は、破産手続開始前に保険料が全額支払われている場合、すなわち保険契約者の債務が履行済みの場合にも適用がある。その点で、保険法96条は、破産法53条1項よりも適用範囲が広い。
未経過期間に対する保険料の取扱い
商法旧規定の下では(同法655条の規定を支えにして)、いわゆる「保険料不可分の原則」が主張され、保険者は解除の時を含む保険料期間に対する保険料について権利を失わないと解する見解があった([大森*1991a]202頁)。これに従えば、商法旧651条1項による解除があった場合に、保険者は未経過期間に対する保険料を返還する義務を負わず、したがってその返還請求権が破産債権になることもなかった[65]。
現行保険法は、「保険料不可分の原則」を採用しなかった([萩本*2010a]108頁以下)。したがって、保険契約者から保険法96条1項による解除がなされた場合であっても、保険契約者は未経過保険料の返還を請求することができ、それは破産手続開始前に原因のある債権として、破産債権になる(返還請求権の原因は、手続開始前の保険料の支払である。破産法54条2項の適用がないことは言うまでもないが、その類推適用も必要なかろう)。
保険事故が既に生じている保険契約者については、その事故が再度の事故発生を不可能にするものであれば、未経過期間に対する保険料の返還請求権を否定してよいであろう。そうでなければ、事故が発生したことを考慮して適切な調整を行いつつ、未経過期間に対する保険料の返還請求権を保険契約者に認めるべきである。
契約の異常終了に伴う損害賠償ないし清算金請求権
破産管財人が破産法53条1項の規定により解除権を行使した場合には、これにより保険契約者に損害が生ずれば、その損害賠償請求権は破産債権になると解さざるを得ない。損害として考慮されうるのは、次のものである。
結局、破産管財人からの解除された場合に保険契約者に損害のうち破産債権として考慮されうるのは、通常は、未経過保険料の返還請求権のみである。この返還請求権は、54条1項の損害賠償請求権と位置づけることも、保険契約の中途終了による清算金請求権と位置づけることもでき、いずれと位置づけるかは、当面の問題との関係では重要ではなかろう。そして、この請求権は、破産管財人が解除権を行使しない場合に、保険契約が保険法96条1項の解除により終了するときあるいは2項により当然に終了するときにも、破産債権として認めてよい。
株式取引に関連して、価格変動によるリスク(市場リスク)の低減軽減のために、一定の時期(限月。以下では「満期日」という)に一定の一定量の株価指数を一定の価格(権利行使価格)で買う権利(コールオプション)あるいは売る権利(プットオプション)が売買されている[63]。これは権利であり、行使しないこともできる点に重要な特質がある。例えば、
したがって、この権利は保険の役割を有す。以下では、オプションの買主を「オプション権利者」といい、売主を「オプション義務者」ということにしよう(オプションの買主が株価指数の買主である場合も、株価指数の売主である場合もあり、これから生ずる混乱を避けるためである)。株価指数のオプションには、次のような機能あるいは特質がある。
法律構成 オプション契約をどのように処理するかについて、次の二つの法律構成が可能である(主として問題になるのは、オプション義務者について破産手続が開始された場合である)。
具体的な取扱い 以下では、Bの構成を前提にして、説明を進めることにしよう。
(a)オプション権利者の破産 オプション権利者について破産手続が開始された場合には、オプション権は破産財団所属財産になり、破産管財人が適宜に権利を売却し、あるいは限月まで保持して行使するか否かを決めればよい。
(b)オプション義務者の破産[64] この場合には、オプション権は103条2項1号イの破産債権にあたり、破産手続開始時の評価額(市場の相場価格)をもって破産債権額とすべきである。オプション権は、確定金額の破産債権に転化し、破産者であるオプション義務者の義務も「満期日の市場価格と権利行使価格との差額の支払義務」から「破産手続開始時における評価額の支払義務」に転化する(この処理は、オプション権利者が市場で代替オプションを購入することを容易にするので、妥当な解決というべきである)[80]。なお、株価指数オプション以外のオプションで、「市場の相場」がないものについては、評価額の算定が困難となるが、満期日の到来を待って、その日における市場価格と権利行使価格との差額をもって破産債権額とするのは適当ではない。破産手続開始時における市場価格と権利行使価格と満期日までの期間を考慮して、適切な方法で評価額を算出すべきである。
信託契約は、財産権を有する者(委託者)が、自己又は第三者(受益者)の利益のために、その財産権を受益者以外の者(受託者)に移転して管理させることを内容とする委託者と受託者との間の契約である。信託契約は諾成契約であり、これによる信託は財産権の移転前においても効力を生ずる(信託法4条1項)。信託契約が効力を生ずると、受託者は委託者に対して信託事務遂行義務を負い、委託者は受託者に対して、財産移転義務を負うほかに、信託契約で定められたその他の義務(例えば報酬支払義務)を負うことがある。
委託者の破産
財産権の移転前に委託者について破産手続が開始されれば、信託契約は双方未履行の双務契約にあたり、破産管財人は53条により信託契約を解除することができる。
他方、財産権の移転後に委託者について破産手続が開始された場合に、委託者が受託者に対して報酬支払義務その他の義務を負うことが約定されていて、その履行が完了していないときには、信託契約は双方未履行の状態にあり、破産管財人は信託契約を解除して報酬支払義務を免れるとともに、信託を終了させることができる(信託法163条8号)。のみならず、委託者の地位そのものを第三者に移転することが可能で、そうすることが破産財団にとって有利であるならば、履行を選択することもできる。
信託契約が双方未履行の状態にない場合には、53条の適用の余地はなく、破産管財人は53条の解除により信託を終了させることはできない。しかし、委託者と受益者は合意により信託をいつでも終了させることができ(信託法164条1項)、したがって受益者と委託者とが一致するときには、委託者の破産管財人は信託を終了させることができる。
信託された財産は、受託者に帰属しているので、委託者の破産財団には属しない。委託者の破産管財人は、委託者が受益債権を有する場合、あるいは残余財産帰属請求権(信託法182条1項)を有する場合に、それらを破産財団に属する財産として換価できるにとどまる。
信託契約の解除その他の理由により信託が終了すると、信託財産の清算がなされ、残余財産が委託者に帰属すべき場合には、それが破産財団に属する。
受託者の破産
受託者が破産手続開始決定を受けても、信託財産に属する財産は破産財団に属しない(信託法25条)。いわゆる倒産隔離機能の一つである。委託者が受託者に対して報酬を支払うべき義務を負っている場合でも、報酬請求権は破産財団に属さない。受託者の破産管財人が、双方未履行の状態にある信託契約について解除又は履行を選択する余地もない。
しかし、受託者が破産手続開始決定を受けたことは、受託者の任務終了事由であり(信託法56条1項3号。法人が受託者のときには4号)、信託に関する権利義務は、受託者の任務終了の時に新受託者に承継されたものとみなされる(信託法75条1項)。したがって、信託契約上の権利義務も、この時に新受託者に承継される。
保証契約は、その最小限度の内容においては、主債務者が主債務をその本旨にしたがって履行しないときに、保証人が主債務者がなすべき給付と同等の給付をなすことを内容とする保証人と債権者間の片務無償契約である(しかし、委任契約ではない[81])。しかし、主債務者の委託を受けない保証にあっては、債権者が保証人に債権残高に応じて定期的に保証料を支払う保証契約もあり得る。これは双務有償契約であり、一方当事者に破産手続が開始された場合の取扱いが問題となる。
以下では、次の設例について、問題点を検討することにしよう。元本1億円が5年後に一括償還され、利息が半年ごとに支払われる債権について、主債務の履行遅滞があれば直ちに保証人が保証債務を履行する旨の保証契約が締結された;5年間の保証料総額が元本の5%(500万円)で、その内の60%(300万円=250万円+50万円)が契約時に支払われ、残りの40%(200万円)が契約時から1年経過ごとに10%(50万円)づつ4回支払われることが約定されていて、かつ、保証料の不払は保証契約の効力喪失を当然にもたらすとされている。
主債権者が破産した場合
この場合には、破産管財人は、被保証債権をどのように換価するかを考慮して、保証契約を解除するか否かを決定することになる。
(a)被保証債権の弁済期の到来が先のことであり、債権譲渡の方法で換価せざるを得ない場合には、保証料の支払負担付きで譲渡する方が有利であれば、保証契約を解除することなく保証契約とともに主債権を譲渡することになる。特に景気が悪化して主債務者の弁済能力に不安がささやかれるような場合には、この選択肢がとられよう。
(b)他方、何らかの事情で債権譲渡の方法で換価することが困難である場合に、例えば最終回の保証料(保証契約のときから4年目に支払う50万円)の支払時期が差し迫っているが、破産管財人が保証料の支払を節約すべきであると判断した場合に、どうするかが問題となる。(b1)単純に保証料を支払わなければ、保証契約は効力を喪失することは認めざるをえない。保証債権は破産財団所属債権であるが、最終回の保証料債権は破産債権になるだけであるというのは、この保証契約が双務有償契約であるとの性質に反し、かつ不公平だからである。(b2)では、破産管財人が破産法53条により解除すれば、どうなるであろうか。解除の効果をどのように定めるのかが問題となる。保証人はすでに経過した期間について主債権の貸倒れリスクを引き受けてきたのであり、過去における貸倒れリスクの引受けについて原状回復をすることは不可能である。その意味で、この保証契約は一種の継続的契約である。解除の効果は非遡及的であり、過去の期間についての保証料債権を消滅させることはできない。 しかし、保証料は、5年間にわたって等分に支払われるべきものであり、1年あたりの正当な保証料額は100万円であると考えると、契約当初に支払われた保証料額300万円のうちの200万円は後年度の保証料の前払と評価できることになる。そのように評価されれば、前払された保証料の内の未経過年分の50万円は、53条による解除の原状回復として返還請求することができることになる。以下ではこのことを前提にする[82]。
保証人が破産した場合
主債権者としては、保証人の破産により保証契約が無意味にならないように、保証人の財産状態の悪化を示す兆候(例えば株価が一定価格を下回ること)が現れた場合には、担保の差し入れを請求することができる等の条項を保証契約の中に入れておくべきである。今は、当初から担保が提供されているものとする。
(a)最終回の保証料の支払後に保証人について破産手続が開始された場合には、主債権者の義務は履行済みであり、53条の適用の余地はない。したがって、主債務者についても破産手続が開始されているか否かにかかわらず、主債権者は、主債権相当額の保証債務履行請求権を破産債権として届け出ることができる(保証が連帯保証であるか否かにも関連して、適用法条については見解が分かれるところであるが、103条3項・104条1項・105条の適宜の組合わせによる)。
(b)最終回の保証料支払時期の6箇月前に保証人について破産手続が開始された場合には、双方未履行契約として、破産管財人は履行又は解除を選択することができると考えてよいであろう。