by SIFCA

目次文献略語
破産法学習ノート2

破産財団


関西大学法学部教授
栗田 隆


by SIFCA

1 自由財産と破産財団  2 法定財団の範囲
3 破産財団と自由財産との間の移動  練習問題


破産財団・自由財産に関する 文献  判例

1 自由財産と破産財団(34条


債務者について破産手続が開始されることにより、債務者の有する財産の多くは、(財団債権に弁済した後で)破産債権の満足にあてられるべき財産となる。そのような財産の集合を破産財団という。破産財団に属する財産は、破産管財人によって管理・処分されるべきであるので、2条14項では、「破産財団」とは、「破産者の財産(中略)であって、破産手続において破産管財人にその管理及び処分をする権利が専属するもの」と定義されている(この表現だけを見ると、破産財団は、個々の財産であるかのようにも読めるが、2条9号などで「破産財団に属する財産」という表現が使われていることからもわかるように、破産財団は、個々の財産の集合である[10]))。その外延(破産財団に含まれる財産の範囲)は、34条で規定されている。

ただし、破産者の有する財産のすべてが破産財団に属するのではなく、一部の財産は彼が自由に処分することができる財産として、彼に留保される。そのような財産の集合を自由財産という(自由財産に属する個々の財産を指して自由財産ということもある)。

「破産財団」の語は、次の3つの幾分異なる意味で使われる。

     法定財団
      |
      |整理の規準
      |
      整理
現実財団──換価─→配当財団

破産財団の中心をなすのは積極財産である。消極財産(財団債権や破産債権に対応する債務)が破産財団の概念の中に含まれるかは、個々の規定により異なり、文脈に依存する。いくつかの規定について検討してみよう。

破産手続は、法人格を有する破産者が存在し、その破産者の財産全体について開始される場合と、限定された範囲の財産(相続財産又は信託財産)について開始される場合とがある。いずれの場合であるかに応じて、破産財団の説明も若干異なることになる。両者を一度に説明すると混乱が生じやすくなるので、以下では、破産者の財産全体について破産手続が開始される場合について説明する。

破産手続が開始された法人の存続(35条
一般に破産手続の開始は法人の解散事由である[15]。 しかし、破産手続による清算の目的の範囲内で存続するものとみなされる(35条)。すなわち、破産手続開始決定を受けた法人は、破産財団に所属する財産とその財産から弁済されるべき債務の帰属主体として存続し、破産手続の終了によって消滅する。このような規定をおく実益は、さらに次の点にもある。

なお、破産手続が開始された法人について自由財産を観念する立場もあるが[23]、破産法人は、その破産手続開始後に取得される財産があるとしても、それを含めて一切の財産を破産法人に対する債権の弁済に充てて消滅すべき存在であるので(残余財産が生ずる場合は別である)、自由財産は観念すべきではない。もっとも、現在の実務においては超過負担不動産を破産財団から放棄することが行われているため、破産法人の自由財産を観念せざるをえない状況になっているが、便宜的取扱いに基づく現象にすぎない。

破産者の事業の継続(36条
これは、破産財団の管理・処分にかかわるので、それに関する項目で説明する。

受託者破産の場合の信託財産の保管・引継ぎ
信託財産に属している財産は、受託者に帰属しているが(信託法2条3項参照)、受託者について破産手続が開始されても、信託財産に属する財産は、破産財団に属しない(同25条1項)。しかし、受託者に信託の財産の管理を委ねるのは適当ではないので、受託者の任務は原則として終了する(信託法56条1項3号・4号)。ただし、個人受託者(正確には、破産手続の開始により解散する法人以外の受託者)について破産手続が開始された場合には、信託行為に別段の定めがある場合は、その定めに従う(同条1項柱書のただし書)。この場合には、破産者が引き続き受託者の任務を行う(信託法56条4項)。

受託者の任務が終了しても信託は原則として終了せず、破産者(前受託者)が新受託者に信託財産を引き継がせる必要が生ずる。
 () 個人受託者が破産手続開始決定を受けたことにより任務が終了する場合には、前受託者である破産者は、破産管財人に対し、信託財産に属する財産の内容及び所在、信託財産責任負担債務の内容その他の法務省令で定める事項を通知しなければならない(同59条2項)。この場合に、破産管財人は、新受託者等が信託事務を処理することができるに至るまで、信託財産に属する財産の保管をし、かつ、信託事務の引継ぎに必要な行為をしなければならない(同60条4項。以下、この事務処理(信託財産の保管と信託事務の引継ぎ)を「暫定的事務処理」という)。
 ()受託者たる法人(正確には、破産手続の開始により解散する法人)について破産手続が開始された場合に、誰が暫定的事務処理をするのかは明瞭ではなく、次の見解がある:(α)信託法60条4項にいう「56条1項3号に掲げる事由」は、「受託者が破産手続開始の決定を受けたこと」を意味し、同号のかっこ書は除外して読まれるべきであるとして、法人受託者について破産手続が開始された場合にも、暫定的事務処理を行うのは、破産管財人であるとする見解([条解*2010a]447頁注11);(β)受託者である法人が破産手続開始決定を受けたことにより解散する場合にも、同59条3項が適用され、暫定的事務処理は前受託者が行い、この場合に前受託者として法人を代表するのは、破産管財人でも旧取締役・旧理事でも、なく、清算人を選任して、彼に暫定的事務処理をさせるべきであるとする見解([高田*2011b]12頁以下)。後者の見解も、破産管財人が暫定的事務処理者になることの妥当性自体は肯定しており、ただ、現行法の文言解釈としては(α)の見解はとることができず、法改正が必要であるとしている。

結論としては、破産管財人が暫定的事務処理を行うべきである。条文の解釈は、次のように考えたい:信託法56条1項4号により受託者の任務が終了する場合の暫定的事務処理者を定める規定は、60条4項ではなく、59条3項である;しかし、前受託者の義務とされた行為を実際にするのは、前受託者の財産について包括的な管理処分権を有する破産管財人である;彼の職務の中には、法定財団に属しない財産を現実財団から除外して、これを取戻権者に引き渡すことも含まれ、一定の場合には、取戻権者からの請求を待つまでもなくそうすべきである;破産管財人は、前受託者の財産を管理して清算する事務を行う者として、信託法59条3項所定の前受託者がなすべき暫定的事務処理を行う機関となる。


2 法定財団の範囲(34条)


文 献

法定財団は、次のすべての要件をみたす財産の集合である[17]。

説明番号 法定財団 自由財産
1 破産管財人による管理処分になじむ財産であること(2条14項) 一身専属的権利
2 破産者に属すること(2条14項・34条1項)⇔取戻権。

日本国内にあるか否かをとわない(34条1項かっこ書。普及主義)

破産者に属していても、破産財団に属さないとされる財産もある(例:信託財産に属する財産(信託法2条3項・25条1項参照))
 
3 破産手続開始時に破産者に属すること(将来の請求権を含む)(34条1項・2項)。 固定主義(⇔膨張主義)。 新得財産(破産者が破産手続開始後に得た財産)
4 差押禁止財産を中心とする個人債務者に留保された財産に該当しないこと(34条3項・4項)。 差押禁止財産を中心とする留保財産

2.1 破産管財人による管理処分になじむ財産であること (上記1)

破産手続は、破産者の財産を金銭に換えて債権者に分配する手続であるので、破産財団の中心になるのは、換価価値のある財産であるが、換価価値のあること自体は、破産財団に属する財産の要件ではない。換価価値がなくても、破産管財人が管理して処分すべき財産は、破産財団に含まれる。

価値がないため換価できない財産については、それを放棄することが私法の一般規定に従えば可能であるときは、破産管財人は、原則として裁判所の許可を得て(78条2項12号)、これを放棄することができる[11]。

他方、次のものは、破産管財人の管理処分になじまないので、破産財団に含まれない。

行使上の一身専属性を有する権利
権利の一身専属性の内容は、次の二つに分析される。

名誉毀損による慰謝料請求権のような行使上の一身専属性が認められる権利は、差押えが許されず、したがって破産財団に含まれない。破産手続開始後に破産者自身により権利行使が確定的になされ、一身専属性が失われた場合(例えば、損害賠償を命ずる判決が確定した場合)には、次のようになる。

最高裁判所昭和58年10月6日判決・民集37巻8号1041頁によれば、一身専属性はどのような場合に失われるか? 

2.2 破産者の財産(上記2)

破産管財人が管理して処分することのできる財産は、破産手続開始決定を受けた債務者の財産に限定され、他者の財産まで管理処分することはできない(2条14項参照)。このことは、破産手続により、破産者に対する債権に配当がなされるのであるから、その配当原資に充てられる財産は破産者に帰属する財産に限定されることからも根拠付けられる。在外財産も含まれる(34条1項かっこ書)。

担保権の対象財産  担保権の設定されている財産も破産財団に属することに変わりはない。ただ、担保権者が破産手続外で担保権を行使できる場合(別除権を有する場合)には、担保権によって把握されている価値部分は、実質的にみて、破産財団に属さないと言うことができる。

信託財産  受託者が破産した場合に、信託財産に属する財産は破産者に属しつつも、信託制度の機能維持のために、破産財団に属しないとされている(旧信託法16条・現信託法25条参照。公共工事前払金が発注者から請負者に信託された財産と認められた事例として、最高裁判所 平成14年1月17日 第1小法廷 判決(平成12年(受)第1671号)(沖野[百選*2006a]100頁)がある)。第三者との関係では、登記または登録すべき財産については信託の登記が必要であるが(信託法14条)、その他の財産については特定性が維持されていることで足りる。金銭のように特定性の維持のために分別管理が必要な財産については、相応の分別管理が必要である(前掲最判参照)。なお、受託者は、一般に、信託財産を自己の固有財産から分別して管理することを義務づけられている(信託法31条1項)。

入会団体のような法人でない社団の構成員の総有に属する財産がその代表者の財産として登記されている場合に、最高裁判所 昭和47年6月2日 第2小法廷 判決(昭和45年(オ)第232号)は、そのその法律関係を次のように構成している:「社団構成員の総有に属する不動産は、構成員全員のために信託的に社団代表者個人の所有とされるものであるから、代表者は、受託者たるの地位において不動産につき自己の名義をもつて登記をすることができる」。そして、最高裁判所 平成22年6月29日 第3小法廷 判決(平成21年(受)第1298号)は、社団の債権者は、社団を債務者とする執行正本に基づいて、その不動産を差し押さえる道を開いている。こうした考えを徹底させれば、法人でない社団構成員の総有に属する不動産は、代表者が所有する財産として登記されていて、信託財産として登記されていない場合でも、代表者について破産手続が開始されたときに、その破産財団には属すべきではないことになる。最高裁が前記の信託的構成をそこまで徹底させる可能性は十分にあるが、しかし今の段階ではその点は不明瞭というべきであろう。

責任保険の保険金請求権  破産者を被保険者とする責任保険契約による保険給付請求権も破産者の財産として破産財団に属するが、当該請求権を発生させた保険事故により破産者に対して損害賠償請求権を有する者の保護のために特別の扱いを受ける[7][22][CL2]。すなわち、

これらの規定は、被保険者について破産手続が開始されたことによって影響されない。したがって、破産手続開始前に破産者が被害者に賠償金を支払っていた場合以外は、保険金請求権は、実際上、一般の破産債権者の配当に充てるべき財産としての意味を持たない。

普及主義
破産手続開始決定の対外的効力を外国にも及ぼす建前を普及主義という。破産法は、平成12年までは、次の理由により、日本において開始された破産手続の効力を内国に限定し(旧3条1項)、外国において開始された破産手続の効力は日本にある財産には及ばないとする(旧3条2項)属地主義を採用していた。

しかし、交通・通信手段が発達し、多数の企業が全世界的な経済活動をし、多数の在外財産を有するようになると、そのような国際的企業の破産の場合に、各国ごとに独立に破産手続を開始することは適当でなくなる。破産手続の単一化ないし普及主義が要請されるが、これを実現するためには各国の国際倒産管轄の要件と他国の倒産処理手続の承認要件を統一する必要がある。それがまだ実現されていない現状の下で、破産法は、可能な範囲で、普及主義を追求した。

破産者が外国において有する財産にも日本で開始された破産手続において選任された破産管財人の管理処分権が及ぶが、これは日本法の立場を宣明にしたものであり、実際に破産管財人が外国において管理処分を行うためには、当該外国が日本の破産管財人の管理処分権を承認することが必要である。日本で破産手続が開始された後に、破産管財人が配当財団に組み入れなかった在外財産から満足を得た破産債権者がいる場合には、その破産債権者と他の破産債権者との間の調整を図る必要が生じ、109条142条2項・201条4項がその調整を定めている。

2.3 固定主義(上記3)

個人の場合
個人は、破産手続開始後も経済活動を続けることができるので、破産手続開始後に得た財産を破産財団に含ませるか否かが問題となる。この点について、次の2つの立法上の主義ないし政策がある。

現行法は、(α)手続を簡明にするために(また、この目的のために破産債権の範囲を破産手続に原因のある債権に限定したことに対応して)、そして(β)破産者の破産手続開始後の経済活動の自由を保障してその自立を促すために、固定主義 を採用した(34条1項・2項)。次のような財産は、破産者の自由財産となる。

法人の場合
大部分の法人について、破産手続の開始が解散原因であると法定されている。そのような法人が破産した場合には、法人の全部の財産が破産財団に含まれる([高田*2017b]823頁(法人一般について))。すなわち、破産手続開始後に破産者が新たに財産を取得することは少ないが、たとえあっても(例えば、法人破産について責任を負う者から贈与あるいは遺贈された財産)、その財産も破産手続による清算の対象となり、破産管財人によって換価され、破産債権者への配当原資または財団債権者への弁済原資となる[24]。その意味で、膨張主義となる(例えば、会社が破産した場合に、元経営者が道義的責任に基づき会社に私財を提供する場合を想起するとよい)。

破産者の事業の継続により得られる収入
破産法は、破産管財人が、裁判所の許可を得て、破産財団に含まれる財産を用いて破産者の事業を継続することを認めている(36条)。これにより得られる収入も、破産財団に属する(破産者が法人であるか否かにかかわらない。なお、破産者が破産により解散する法人である場合には、法人の全部の財産が破産財団に含まれるとの原則からこの結論を導くこともできる)。


将来の請求権

破産者に属する将来の請求権も、その発生原因が破産手続開始前にある場合には、破産財団に含まれる(34条2項)。なお、破産法の世界では、停止条件や始期が法律上当然に付されている請求権を「将来の請求権」と呼び、約定の停止条件付債権は、通常、「将来の請求権」の中には含まれないが(104条4項参照)、34条2項が「将来の請求権」のみを挙げているのは、破産手続開始前に原因のある約定の停止条件付債権が破産財団に含まれるのは、34条1項の規定から当然であることを前提にしているからである。したがって、破産手続開始前に原因のある停止条件付債権は、その停止条件が約定のものであるか法定のものであるかにかかわらず、破産財団に含まれる。ただ、記述の簡略化のために、以下では、約定の停止条件付債権も「将来の請求権」に含める(これを含める場合を広義とし、除外する場合を狭義とする)。例:

破産手続開始の時点で将来請求権である債権が、破産手続終結前に現在債権になる場合には、破産管財人は、それを換価して配当(最後配当の配当額の通知後に条件が成就したときは、追加配当)に充てることができる。例:

他方、終結決定前に条件が成就しなかった場合の将来請求権の取扱いは、難しい。(α)将来請求権として売却することが可能であれば、その方法により換価して配当に充てるべきである。(β)しかし、破産者が受取人となる死亡保険金請求権や退職金請求権は、その方法によることは困難である。(β1)退職金請求権のように、破産者が将来受領できることが確実にもの(受領可能性が高い債権)については、破産者に自由財産から代償財産を提供させて、将来請求権を破産財団から放棄することが一つの解決方法になる;しかし、退職金債権については、換価不能財産として放棄すべきであるとする否定説も有力である。(β2)生命保険金請求権のように破産者が将来受領することの可能性が高いとは言えない債権は、破産手続終結決定時に破産財団から放棄するのが現実的な解決方法であろう[25][26]。

上記(β)に該当する将来請求権については、明文の規定が設けられることが望まれる。

2.4 留保財産の除外 (上記4)

原則(法定留保財産)
個人が破産した場合には、彼も社会の一員として、生活に必要な財産を留保されなければならない。そのような財産は、民事執行法 や生活保護法、恩給法などで差押禁止財産として規定されているので、破産法は、差押禁止財産を主体とする次の財産が破産財団に属さないとの原則を設けた(34条3項1号・2号本文)。これを「法定留保財産」と呼ぶことにしよう。

金銭  34条3項1号が適用される典型例は、破産者が現金99万円を自宅やその他の場所で保有している場合である。しかし、現実には、現金を自宅等に置いている者は少なく、当座の生活資金以外は預金等の形で保有していると思われる。その点からすれば、34条3項1号にいう金銭を現金に限定すると、この規定が現実の社会生活に適合しているのだろうかという疑問が生ずる。当座の生活資金の確保という趣旨を考慮すれば、破産者の手持の現金が99万円に満たない場合には、その差額の範囲内で預貯金等の形で保有する金銭も留保財産になるとすべきである。その法律構成としては、(α)34条3項1号にいう金銭は現金に限られないと解釈してその適用があるとする方法と、(β)そこにいう金銭は現金に限定されるとしたうえで、裁判所は34条4項によりこの範囲で自由財産を拡張して預金債権もこれに含める決定をすべきであるとする方法とが考えられる。解釈論としての手堅さの点では後者の方が優れているが、34条3項1号の趣旨を直截に生かすという意味で、前者の解釈論を肯定したい。

法人には適用されない  差押禁止財産(留保財産)の制度は個人の生活保障のためにあるので、法人がそれを援用することはできない。最判昭和60年11月15日民集39巻7号1487頁(破産会社の管財人が会社を契約者とする簡易生命保険金の還付金債権の支払いを国に求めた事件)。

検討が必要な差押禁止債権  次の債権も差押えが禁止されているが、個人の生活保障のための差押禁止であるのかについて疑問の余地があり、破産財団から除外されるべきかについては、なお検討の余地があろう。

企業が保有する顧客等の個人情報  企業が保有する顧客等の個人情報又は情報を記録した媒体は、差押禁止財産ではなく、破産財団に含まれるが、その処分については、個人情報保護法23条1項から3項による制限(第三者提供の制限)を受ける。しかし、同条4項2号により、23条1項から3項の適用については、「合併その他の事由による事業の承継に伴って個人データが提供される場合 」は、事業承継者等は第三者に該当しないとされている。実際のところ、破産管財人が破産者の保有する個人情報を事業から切離して換価することは許されず、その財産的価値を生かす(換価する)方法は、破産者の事業を譲渡する方法のみとなろう。

例外(裁判による留保財産の拡張)
裁判所は、破産手続開始の決定があった時から当該決定が確定した日以後1月を経過する日までの間、破産者の申立てにより又は職権で、決定で、破産者の生活の状況、破産手続開始の時において破産者が有していた法定留保財産に属する財産の種類及び額、破産者が収入を得る見込みその他の事情を考慮して、破産財団に属しない財産の範囲を拡張することができる(34条4項)。一般に、「自由財産拡張制度」と呼ばれているものである。

自由財産拡張の例はいろいろ考えられるが、ここでは問題になりそうなものを挙げておこう。

年金債権
破産者が破産手続開始の時点までに振り込んだ年金保険料の合計額は、本来は、破産財団に属すべき財産である。しかし、厚生年金保険法等により差押えが全額について禁止されている年金債権(ないし払込済み保険料)は、破産財団に属さない(同法41条1項。厚生年金基金からの保険給付について同法136条・41条1項参照)。他方、生命保険会社との私的な年金契約に基づく年金債権(支分権)については、民執法152条の保護があるにとどまる(4分の3が差押禁止財産となる)。

解約返戻金
契約者(破産者)が保険契約を解約して解約返戻金を得ることができる場合には、その保険契約が年金保険契約や生命保険契約であつても、解約返戻金債権は差押禁止財産ではないので、将来の解約返戻金債権を差し押さえた債権者は、取立権限に基づきその保険契約を解除することができる(最高裁判所平成11年9月9日第1小法廷 判決(平成10年(受)第456号))。したがって、破産管財人も、生命保険契約その他の保険契約を解除して、解約返戻金全額を破産財団に組み入れることができる。

 保険金受取人の介入権  ただし、死亡保険契約又は障害疾病定額保険契約であって保険料積立金があるものについては、それが長期契約であり、一旦解除されると、その契約締結後の保険契約者の加齢等の状況変化のために、新規に契約を締結することが困難になる場合があること、それらの保険契約が遺族等の生活保障の機能を有することを考慮して、保険法は、介入権の制度を創設した。これによれば、破産管財人が上記の保険契約について保険者に解除通知をした後であっても、一定の要件の下で、破産者(保険契約者)でない保険金受取人は、解約返戻金相当額を解除権者に支払うことにより保険契約を存続させることができる(保険法60条・89条。[萩本*2010a]201頁以下参照)。

 破産管財人による解約返戻金債権の放棄  破産管財人が解除通知を発する前であれば、破産者(保険契約者)の自由財産又はその親族等の財産から解約返戻金相当額の金銭を受け取ることにより、将来の解約返戻金債権及びその前提となる解除権を破産財団から放棄することができる(介入権制度の創設は、これを妨げるものではない。[萩本*2010a]204頁注5)。放棄については、破産法78条3項の適用される場合を除き、裁判所の許可が必要である(同条2項12号)。

退職金債権
在職中の労働者が破産手続開始決定を受けた場合に、退職金債権が就業規則や雇傭契約等に明規されていて権利性があるときは、将来退職したならば得られるであろう退職金のうち破産手続開始前の労働に対する報酬請求権と位置付けられる分は、将来の請求権 (34条2項)として破産財団に属する。退職金債権については差押制限が規定されているので(民執法152条2項)、これも加味していえば、破産財団に属すべき退職金債権は、破産手続開始の日に自己都合退職したならば支払われるであろう退職金額のうちの差押可能な部分(公租公課を控除した後の金額の4分の1)である。

しかし、退職金債権の現実化のために、管財人が労働者に退職を求めることは許されない。退職の時期が遠い将来である場合には、退職金の取立ては困難であるので、その取扱いが問題となる。問題の解決は、破産免責が与えられるか否かに依存しよう[16]。

ただ、実際には、債務者が自己破産の申立てをして、その翌日あるいは数日後に退職の意思表示をする例は、よく目にする(例えば、最高裁判所 平成2年7月19日 第1小法廷 判決(昭和63年(オ)第1457号)の事案参照)。この場合に、破産手続開始前に退職金が破産者の預金口座に支払われれば、もはや34条2項2号本文の適用はなく、全額が破産財団所属財産となる。退職金がその支払義務者により破産手続開始前に破産者に代わって破産者の特定の債権者に支払われ、破産管財人がこれを否認する場合にも、同様である(前掲最判平成2年)。したがって、破産者としては、破産手続開始後に退職金が支払われるように、退職の時期を調整する方が有利になる(注[6]参照)。ただ、諸般の事情により自己破産の申立て後に速やかに退職をせざるを得ず、その結果、退職金が破産手続開始前に支払われたような場合に、当該退職金が老後の生活を安定させる資金の性格を有するようなときには、裁判所は、34条条4項の規定により、退職金の一部を破産財団から除外すべきであろう(民執法152条2項の趣旨を考慮すれば4分の3が一応の目安になるが、最終的にどれだけを破産財団から除外するかは、34条4項が列挙する要因を考慮して決められる)。


3 破産財団と自由財産との間の移動


破産財団と自由財産との間で財産が移動することもある。ただし、自由財産から破産財団への移動(下の表の3.2)は、破産法が予定しているものではない。

説明番号 破産財団(法定財団) 自由財産
3.1

管財人の放棄財産(78条12号)、および裁判所により拡張された留保財産(34条4項)
3.2 債務者の自由財産から委付されたもの

3.1 管財人の放棄財産ならびに裁判所により拡張された留保財産

破産者が個人であるときには、彼とその家族の生活のために、破産財団所属財産を破産財団から切除して、破産者の管理処分に委ねることができる場合がある。

放棄の意味
破産財団所属財産の放棄には、次の2つの類型がある。

いずれの意味での放棄も、78条2項12号の規制対象となる。しかし、同号は、破産によって解散する法人に属する無価値物(特に有害物あるいは有害物質を含む土地や建物(アスベストが使用されている建物))を破産管財人が放棄して社会の負担とすることを許す規定ではない。破産財団からの放棄を認める見解もあるが、放棄された財産を巡る法律関係の解決の先送りでしかなく、賛成しがたい。

有害物を破産財団の負担において処理しようとすると、財団不足に陥る場合には、どのようにすべきであろうか。

個人破産の場合 ─ 他者の同意の要否
個人破産において、破産管財人が財団財産を放棄して自由財産に帰属させることが、破産者又はその相手方にとって不利益になる場合がある。その場合には、その放棄にはそれらの者の同意が原則として必要である。例えば、

)借地人が借地上に建物を所有していたが、破産手続開始前に借地料の不払を理由に借地契約が解除され、建物の収去と土地の明渡しを求められている状態で借地人について破産手続が開始された場合を考えてみよう。この場合に、破産管財人が建物を破産財団から放棄しなければ、破産手続開始後の不法占有による損害賠償請求権の全額及び収去費用が財団債権となる(148条1項4号。判例・多数説はこのように解している。このこと自体の正当性は再検討を要するが、ここでは判例・多数説を前提にする)。ところが、破産管財人が地上建物を破産者のために放棄し、これに伴い収去義務も破産者に移転させることができるとすると、放棄の時までの損害賠償請求権は財団債権となるとしても、放棄後の損害賠償請求権及び収去費用は財団債権にも破産債権にもならず、これらについては破産者の自由財産が責任財産になると考えるべきであろう。そうなると、その自由財産が乏しい場合には、破産者の相手方である地主にとって不利になる。地主が収去請求権を有することが動かないのであれば、この放棄は破産者にとっても不利である。したがって、(α)両者とも放棄に反対している場合には、放棄は許されない(放棄しても効力を生じない)としてよい。(β)先の例で、破産者が収去義務を争っている場合には、破産管財人が破産者のために建物と借地権を放棄することに破産者が同意する余地がある。破産者が同意する場合に、相手方(地主)の同意まで必要とすべきか若干迷うが、必要であるとすべきであろう。建物収去義務の存在が確定すれば、その収去は本来破産管財人がなすべきことであり、相手方の同意なしにその義務を免れることはできないからである。

)破産者(賃借人)が住居として使用している建物の賃貸借について、破産者の親族が賃料の代払をしていて、賃借権の存続について争いがなく、また、敷金の差入れや賃料の前払いがないため、賃借権に財産的価値がない場合には、破産管財人は、その賃借権を速やかに放棄することが好ましい(53条による解除の方法もあるが、賃借人に無用な不利益を与えるだけである)。放棄しなければ、万一親族による賃料代払いが止まると、その後の賃料債権が財団債権になるからである。この場合の賃借権の放棄(破産者への移転)は、破産財団の責任で履行すべき義務の移転ないし消滅を伴わないので、賃借人や相手方の同意は必要ないとしてよい。

b')上記の例で、賃借権の存続について争いがある場合は、どうであろうか(過去の履行遅滞による解除の効力が問題となっていて、賃料相当額の供託が続けられているものとする)。この場合には、最終的に解除が有効であるとされ、相手方が建物の明渡しを請求できるとされた場合に、賃借人(破産者)が建物を任意に明け渡さなければ、明渡執行の費用が財団債権となる。さらに、破産手続開始後の賃料の供託が止まれば、その後の賃料相当額の損害金請求権が財団債権になる。破産管財人としては、この賃貸借関係を速やかに破産財団から切離すべきであろう。そのための第1の方法は、(α)破産者のために賃借権を放棄することであるが、その放棄には、相手方の同意が必要である。この争いのある賃借権には、明渡義務の負担がついているからである。第2の方法は、(β)破産管財人が相手方主張の解除の効力を承認することである。この承認も、破産財団の管理の一貫として、許されるべきである。第3方法は、(γ)破産管財人が、相手方主張の解除の効力を争いつつ、53条により解除を選択することである。後2者の方法の場合に、破産者が建物を任意に明け渡さないときに、相手方は、破産者に対して明渡請求の訴えを提起して、その認容判決により強制執行をすることができるが、その外に、破産管財人も、156条1項の規定により破産者に対する財産引渡命令を得て、その執行後に、建物を賃貸人に任意に引き渡すこともできるとすべきである。

破産管財人による破産財団からの放棄を認める見解
破産財団に属する財産(特に有害物質を含んでいる土地や建物又は超過負担の状態にある不動産)を破産管財人が破産財団からの放棄することを肯定する見解もある。放棄された後の法律関係については、次のように考えられている(以下では、超過負担不動産の放棄を念頭におく)。

超過負担不動産の放棄について
前記最判の事例から読み取ることができるように、現在考えられている破産管財人による放棄の主たる対象は、超過負担不動産である。実際、破産管財人にしてみれば、超過負担不動産を自ら換価することにメリットはない。破産財団から速やかに放棄して、財産整理を迅速に進めることにメリットを感ずることになろう。ただ、放棄したところで、どの程度のメリットがあるかと言えば、それも疑問である。

そもそもにおいて、超過負担不動産の放棄によって何をしようとしているのかと言えば、それは、先順位別除権者に速やかに担保権を実行させ、担保財産から満足を得る見込みのない後順位別除権者に別除権を放棄させて、法律関係を早期に確定させることであろう。ただそれだけの目的のために破産管財人が超過負担不動産を放棄することを許すのは、目的と手段とが釣り合わない(「牛刀をもって鶏を割く」の言葉が当てはまる)。問題の解決は、次のように図られるべきである。

破産者が明渡義務を負っている不動産の放棄について
破産者が借地上に建物を建築して所有しているが、賃料不払を理由に破産手続開始前に借地契約が解除され、破産管財人が破産財団に属する建物を収去して土地を明け渡さなければならない場合にも、破産管財人にとって、建物の放棄は魅力的な選択肢になる。この放棄を認めることは、不法占拠による損害賠償請求権について、放棄された財産以外の破産財団所属財産は責任を負わないとの結論を引き出すことを可能にする点に意味がある。したがって、問題は、次のように定式化されるべきであろう:「土地の占有権原が、破産管財人の行為により消滅したのではなく、破産手続開始前に既に消滅していた場合や、破産手続開始前に生じていた解除権の行使により消滅していた場合に、不法占拠による損害賠償請求権あるいは収去費用について、不法占拠の原因となっている建物等以外の破産財団所属財産はどの範囲で責任を負うべきか。換言すれば、どのように責任を配分することが不法占拠による損害の賠償請求権者と他の破産債権者との公平に合致するか」。

次の問題になるのが、以上の政策的結論をどのような法律構成で実現するかである。破産財団からの放棄では実現できないのは明らかである。損害賠償請求権の処理について立法的手当が必要になるかもしれないが、不法占拠の原因となっている地上建物は、破産管財人が破産財団に属する財産として破産財団の負担で収去することを本則とすべきである。

もちろん、例えば問題の土地が放射汚染地域にあるような場合には、収去作業を行うことが実際上できず、その結果、上述の解決策が通用しないこともあろう。ただ、それは、通常の破産手続では対応できない特殊な場合であり、特別の立法措置を講ずるより仕方がない(とはいえ、収去作業ができない原因は放射能汚染にあるのであるから、その原因者に賠償金を負担させるべきであり、さらには不法占拠の原因となっている建物をその原因者に買い取るように交渉することは、特別の立法措置がなくても可能であろう)。

破産財団に属する特定財産の特別財団化
破産財団に属する特定の財産を破産管財人が放棄し、その財産の管理費用等を免れること(破産財団の負担にしないとすること)は、当該特定財産を特別財団にすることを意味する。上述の範囲内では、そのような手法を採用する必要性がないことを確認したが、仮にその手法を採用する場合には、次の点が明確にされるべきである:(α)誰が管理者になるのか;(β)管理費用が生じた場合には、第一次的には当該財産から捻出されるべきことになるが、それができないときに、破産財団も負担すべきか;(β')当該財産の管理の瑕疵が原因になって他人に損害が生じた場合にも、同様な問題が生ずる;(γ)破産財団に属する財産も費用あるいは賠償金を負担すべきであるとされる場合には、破産配当との関係をどのようにすべきか。

そうした点を明確にすることなしに破産財団からの放棄を認めることには賛成できない。

3.2 債務者の自由財産から破産財団への委付

差押禁止財産を委付することは、社会の一員として保障されるべき最低生活の破壊につながるので、許されない[1]。

新得財産を委付することは、それが差押禁止財産に当たらない限り、破産者の自由である。彼の自由な意思に基づくものである限り、有効としてよい(破産財団への委付は、自由財産からの個別弁済と異なり、債権者平等原則を害する虞がないことに注意)。破産手続開始後の新債権者の利益(自由財産から弁済を受ける利益)は、債権者取消権・否認権によって保護される。破産管財人が、免責をアメにして、委付の誘導をすることは許されない。

なお、債務者の経済的更生の理念と固定主義を徹底させる趣旨で、自由財産からの破産債権者への任意弁済も破産財団への委付も一切許されないとする見解も有力である([高田*2002a]764頁など)。


練習問題


学内試験問題

破産手続開始後は、それ以前から破産者が有していた財産の管理処分は誰が行うか。(1991年1部)


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Author: 栗田隆
Contact: <kurita@kansai-u.ac.jp>
1996年 2月 7日(旧法執筆開始) −2005年8月31日(新法執筆開始)−20014年5月24日