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破産法学習ノート2
取戻権関西大学法学部教授
栗田 隆 |
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1 一般の取戻権 2 一般の取戻権の成否が問題となる場合
3 非典型担保と取戻権 4 特別の取戻権
5 代償的取戻権 6 取戻権行使の方法 練習問題
取戻権に関する 文献 判例
文 献
取戻権とは、特定の財産が破産財団(法定財団)に属しないことに基づいて、第三者がその財産に対する破産管財人の支配の排除を求める権利である[CL5]。目的物を破産管財人が占有している場合に、相手方がその引渡を請求することが典型例である。しかし、目的物を相手方が占有している場合に、破産管財人が破産財団所属財産であることを主張して引渡を求めるのに対して、相手方がそれを拒絶するために取戻権を主張することもある。
取戻権が認められるための要件は、次の2つである。
要件2における請求権ないしこれを根拠付ける権利を取戻権の基礎という。
取戻権の基礎となる権利として、次のものがある。
賃貸借終了による A────→X──返還請求権─→Y 所有者 転貸人 転借人・破産 |
取戻権者が特定の財産を破産財団(現実財団)からの取り戻すにあたっては、当該財産を現実財団に属する他の財産から識別して特定できることが必要である。破産財団中の他の財産から当該財産を識別できない場合には、取戻権を行使することはできない。
原則
金銭は、通常、特定性を有しないので、金銭の給付を求める権利には取戻権は認められない。このことは、離婚に伴い財産分与義務を負う者が破産した場合でも同じであり、財産分与を命ずる判決が破産手続開始前に確定している場合でも、財産分与請求権は破産債権としてしか行使できない(最判平成2.9.27判例時報1363-89)。
分別保管された預り金
しかし、破産手続開始前に破産者が相手方の金銭を預かり、その金銭が特定性を有する形で保管されている場合(例えば宿屋の貴重品預りの場合)には、相手方に取戻権が認められる。また、証券会社の信用を高めるために、金融商品取引法43条の2第2項により顧客の金銭の分別管理がなされている場合には、破産者たる証券会社の一般財産から区別された財産として、その財産に対する顧客の権利を尊重し、取戻権ないし財団債権を認めるべきである[R14][4]。
工業製品の見本を展示している売主の店頭においてその製品について売買契約が締結され、買主がその場で代金を支払い、売主が2週間後に買主の自宅に配達することを約束したが、配達前に売主について破産手続が開始されたとしよう。この場合に、契約時に売主が在庫を有していないときには、その売買契約は、売主が製造会社から商品を仕入れて引き渡すことを内容とする契約であり、取戻権の成立の余地はない。在庫商品があるときは、売買契約により所有権は買主に移転し、契約時に占有改定による引渡しがあり、これにより所有権移転の対抗要件(民法178条)が具備され、買主は所有権に基づく取戻権を主張することができるとされる余地はある。しかし、複数の在庫商品の中のどれについて占有改定がなされたかが特定されていること(明確にされていること)が必要である。特定されていなければ、所有権移転の余地も占有改定による引渡しの成立の余地もないので、買主は、取戻権を主張することはできない。
第三者の所有する石油が破産者となるべき者の石油タンクに注入されて、タンク内のこの者の石油と昆和された場合には、民法245条・243条により単独所有権の成立を認め、取戻権を肯定する余地はあるが、通常は、245条・243条により共有になるであろう。この場合には、破産手続開始後に共有物の分割がなされる。分割方法としては、現物分割の外に、第三者が価額賠償によりタンク内の石油全部の単独所有者になることも、石油全部を破産財団に属させて破産管財人が価額賠償金を第三者支払うこともできる。何れも、共有持分権に基づく取戻権の行使と見ることができる。
昆和後の石油の一部が破産手続開始前に出荷されていたような場合でも、第三者の持分が特定できる限りは、共有としてよい(出荷された分については、価格相当額の破産債権を有するにすぎない)。しかし、破産手続開始時の持分を特定できくなくれば、もはや共有を認めることはできない。この場合には、彼は、タンクに注入された彼の石油の価格相当額(石油が売却されたものであるときには、売買契約で定められた代金額)を破産債権として行使することができるにすぎない。
複数人の単独所有物が渾然一体となって現実財団の中にあるが、破産者の財産からは識別できる状況にあるときは、その複数人が共同してその取戻しを求める限り、取戻権の成立を認めてよいであろう。この場合には、複数の者は渾然一体となった物について共有者と扱うのが合理的である。この場合に、法律の規定により当然に共有者になるとき(例えば民法244条・255条)は別として、そうでなければ、複数人間の連絡を確保するために、合意により共有者になって取戻権を行使することができるとすべきであろう。
信託財産に属している財産は、受託者に帰属している(信託法2条3項参照)。しかし、信託財産は、信託の目的に使われるべき特別の財産として、受託者の固有財産から分別して管理されなければならない(同34条)、そして、受託者について破産手続が開始されても、信託財産に属する財産は、破産財団に属しない(同25条1項)。いわゆる信託の倒産隔離機能である。そのため、信託財産に属する財産は、できるたけその旨が公示されることが望まれ、登記・登録が対抗要件とされている財産については、信託の登記又は登録がなければ、その財産が信託財産に属することを第三者に対抗することができず(同14条)、固有財産に属する財産として扱われる。この第三者の中には、破産管財人ないしその背後にいる破産債権者も含まれる。登記・登録を対抗要件としない財産については、信託に属する財産であることの公示なしに信託財産に属することを破産管財人に対抗することができる。しかし、個々の特定の財産について、それが信託財産に属することを証明できること(その意味で、信託財産に属する財産としての特定性)が必要である([高田*2011b]14頁参照)。
金銭のように、混同の生じやすい財産については、特定性の維持のために、分別管理が必要であり、具体的には、信託財産のために特別の預金口座を設けて、その口座の入出金として管理することが望ましい。ただ、信託法34条1項2号ロは、「その計算を明らかにする方法」に従って管理することを要求しているにとどまるので、受託者の帳簿において信託財産に属する金銭の収支並びに現在高が明らかにされていれば足りる。
民法第242条 から第248条の規定により共有が成立する場合以外にも、 信託財産に属する財産と固有財産に属する財産とを識別することができなくなった場合には、識別不能発生時における各財産の価格の割合に応じて、識別不能財産について各財産(信託財差と固有財産)が持分を有するとされている(信託法18条1項)。例えば、信託財産に属する金銭と固有財産に属する財産とが混合して管理されている場合に、信託財産に属する金額を明らかにする方法が遵守されていて、その金額が明らかになれば、その金額が信託財産に属する。この意味で、信託財産については、特定性の要件が緩和されている。
A<=====動産の売買契約======B (買主) [通謀虚偽表示] (売主) 破産 C────売買契約に基づく引渡請求──→B (破産管財人) |
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破産管財人の主張 民法94条2項により 破産財団に対しては 無効を主張できない。 |
Bの主張 民法94条1項により 売買契約は無効 |
通謀虚偽表示(民法94条)
通謀虚偽表示により動産がBからAに売却され、その後に買主Aが破産した場合に、売主Bは、売買契約の無効をAの破産管財人に主張することができるかが問題となる。目的物は、占有改定(民法183条)によりAに引き渡されたが、現実の占有はBがしているものとする。
民法94条2項の善意・悪意を具体的に誰について判断するのかについて、次のような見解がある。
理論上はCの見解が正当であるが、実用的なルールとなりうるか疑問が残る。Bの見解を支持すべきである。
A<==詐欺により廉価に売却==B (買主) (売主) 破産 Aの破産後にBが取消権を行使 C←────返還請求──────B (破産管財人) 民法121条1項により売 買契約は無効になった |
この場合、民法96条3項(善意者保護)の適用の有無が問題となる。破産債権者は破産者が詐欺により取得した特定物たる財貨から満足を得ることを期待すべきではないとの理由により、破産債権者ないし破産管財人は、民法96条3項にいう第三者にはあたらないとする見解が有力であり、賛成すべきである。
破産者となるべき者から財産を取得した者と、その財産から満足を得ようとする破産債権者の利害は対立する。破産管財人はその破産債権者の利益代表の側面を有する。したがって、取戻権者が破産者となるべき者から得た権利を破産管財人に対して主張する場合に、破産管財人は民法177条等の対抗要件を定める規定における第三者に該当する。
原則
取戻権者と破産管財人とが対抗関係に立つ場合には、破産管財人に対して取戻権を主張する者は、対抗要件を具備していなければならない。
A<──売買による所有権移転───B (買主) 未登記 (売主) 破産 Aへの所有権移転登記の前に Bについて破産手続が開始された。 |
この場合、Aは所有権取得を管財人に対抗しえない。したがって、Aは登記請求権を破産債権として行使できるだけである。ただし、49条1項但書きの例外に注意(参考)。 |
X会社は、A会社が有している住宅ローン債権を多数買い受けたが、債権の取立ては、引続きA会社に委ねることにした。対抗要件の取得(債権譲渡の通知(民法467条))は、A会社の財産状態が良好な間は、留保することとされた[1]。 ところが、A会社の財産状態が悪化していることが判明し、急いで対抗要件を得ようとしたが、住宅ローン債務者が多数いるため全員について対抗要件を得る前にA会社について破産手続が開始された。 |
X会社は、債権譲渡の通知がなされていない債権については、それが自己に属することを破産管財人に主張することができない。 しかし、これでは債権の流動化に不便であるので、「債権譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」により債権譲渡登記の制度が設けられた[R1][3]。 |
A<===売買による所有権移転===B (買主) (売主) 所有権移転 登記完了 その後に売買契約が解除された A===所有権復帰===>B (買主) (売主) 所有権移転登記の抹消登記がなされる前にAが破産した |
契約解除による所有権復帰と対抗問題
右の図の場合に、BとAの管財人との関係をどのようにとらえるかについて次の2つの見解が対立している([内田*1997a]387頁参照)。ただ、破産の場合については、結論に差異は生じないであろう。
詐欺、強迫、無能力を理由とする取消しと対抗問題
(a)取消前に利害関係をもった第三者との関係では対抗問題は生じない。
(b)取消後に利害関係をもった第三者との関係については、解除の場合と同様に、対抗関係説と信頼保護説とが対立する。しかし、破産債権者は破産者が詐欺・強迫あるいは無能力者との取引により取得した特定物たる財貨から満足を得ることを期待すべきではなく、破産管財人は民法177条あるいは類推適用される94条条2項に言う第三者にはあたらないと考えるべきである。
仮登記後の本登記
第三者の権利が仮登記によって保全されている場合には、彼は破産手続開始後に本登記を破産管財人に請求しうる。したがって取戻権を行使できる。ただし、双方未履行の状態にある場合に53条の適用があるかについては、見解が分れている。
対抗関係にない場合
次のような場合には、そもそも取戻権者と破産管財人(その背後にいる破産債権者)とは対抗関係に立たないので、取戻権の主張のために対抗要件の具備は必要ない。
用益権の対抗要件
地上権・永小作権 破産財団所属の土地に設定された地上権や永小作権のような用益物権は、設定者である破産者との関係では設定登記等を具備していなくても用益権を主張することができる。しかし、それを破産管財人に対抗するためには、その対抗要件を得ていることが必要であり、かつ、その対抗要件は、破産手続の関係において効力を有するものでなけばならない。
破産手続の関係において効力を有する対抗要件を具備している場合には、地上権・永小作権を取戻権として行使することができる。例えば、地上権等の設定登記を破産手続開始前に経由していたが、土地の引渡しは魅了である場合には、地上権者等は破産管財人に対して土地の引渡を求めることができる。
他方、対抗要件を具備していない場合には、破産管財人は、これらの用益物権が存在を無視することができ、土地を占有している用益物権者に対して土地の明渡を請求することができる。この場合には、地上権設定契約に基づく土地の使用有益請求権が破産債権になると解すべきである(その他の点については、破産債権の項を参照)。
使用借権 破産財団所属の不動産を使用貸借により占有している者は、使用借権を破産管財人に主張することかできない。破産管財人は、使用貸借契約に基づく使用借人の占有権原を無視して、彼に対して不動産の明渡を求めることができる(使用貸借契約は片務無償契約であるので、53条による解除の余地もない)。この場合には、使用借人は、使用借権を103条2項1号イの破産債権として行使することができる。借りている土地から建物を収去することによる損害賠償請求権の取扱いは、破産管財人に対抗することができない地上権の場合と同じである。
賃借権 賃借権については、破産手続の関係において効力を有する対抗要件が具備されている場合には、賃借人は破産管財人に賃貸借契約の履行を求めることができる。この契約の履行請求は、取戻権の行使の範疇には入らない。対抗要件が具備されていない場合の取扱いについては、56条に関する説明を参照。
財産が破産者に帰属している場合には、その財産は破産者の責任財産となり、破産債権の満足に充てられるのが原則である。しかし、財産が破産者に帰属していても、破産債権の満足に充てられるべきでない場合がある。その場合には、その財産の移転請求権を有する者は、その財産を破産財団から取戻すことができる。このことを次の判例が認めた。
最高裁判所 昭和43年7月11日 第1小法廷 判決(昭和40年(オ)第25号)[百選*1990a]112頁(遠藤功) |
[事実関係] X====株式買入れ委託====>Y (委託者) 代金31万円預託 (証券会社・株式名義人) 株式発行会社の増資との関係でXに株式を引き渡してX名義に書き換える時間的余裕がなかったため、Yは電話でXの了解を得て本件株券をY名義に書き換えたが、その後これに裏書きをしてその権利をXに移転することを遅延するうちに、Yに破産が宣告された。Xが本件株式を占有するYの管財人に株券の引渡しを求めた。 |
[原審の判断] 委託者が第三者に対してその権利を主張するためには問屋からその権利の移転を受けなければならず、本件ではその権利移転行為がないことを前提にすれば、Xは株式に付き破産債権者としてしか権利を有しない。 |
[最高裁の判断] しかし最高裁は次の理由によりXに取戻権者の地位を認めた。
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証券取引法47条で、預託有価証券・顧客分別金の分別保管が規定されている[R14]。これにより分別管理された預託有価証券については、上記の法理が妥当する。金銭については、議論は分かれようが、証券会社の信用維持のために法律の規定に基づいて分別管理が要求されていることを考慮すると、個々の顧客ごとに分別管理がなされている限り、取戻権を認めてよいように思える。
もっとも、後述の最判平成15年に注意する必要がある。同判決を前提にすれば、たとえ、証券会社が顧客の預託金を個々の顧客ごとに信託会社に寄託し、分別管理している場合でも、信託会社に対する寄託金返還請求権は証券会社に属し、顧客の返還請求権は破産債権になると判断される可能性がある。
受任者が自己の名において取得した財産(民法646条)[CL6]
最判昭和43年の法理は、問屋についてのみならず、委任契約の受任者にも適用されうる。具体的には、
(a)民法646条2項所定の受任者が自己の名において取得した権利に前記法理の適用を肯定することに問題はなかろう。
(b)646条1項所定の物については、金銭、金銭以外の不特定動産、特定動産、不動産に分けて検討する必要があるが、最判昭和43年で問題になったのが株券であり、当該事件では特定性を有していたことを考慮すると、特定動産についても肯定してよいと思われる。
(b')金銭はどうか。損害保険会社の代理店が,代理店委託契約中の分別管理条項に基づき,収受した保険料を「X保険株式会社代理店Z株式会社」の名義の預金口座に預け入れていたが,2回目の手形不渡事故が迫ったため,通帳と印鑑を保険会社に交付した場合に,保険会社が自己が預金者であると主張して預金の払戻しを請求した事例において、最高裁判所平成15年2月21日第2小法廷判決(平成11年(受)第1172号)は、預金者は代理店であって保険会社ではないとして,請求を棄却した。その理由中で、最高裁は、「金銭については,占有と所有とが結合しているため,金銭の所有権は常に金銭の受領者(占有者)である受任者に帰属」すると説示した。これを前提にすれば、金銭は、たとえ分別管理がなされていても、最判昭和43年の法理を適用することは困難であろう。金銭以外の不特定物についても同様と思われる。
債権担保のために所有権が形式上債権者に帰属している場合として、次のような場合がある。
以下では、譲渡担保を例にして説明することにしよう。
A──(100万円の債権)─→B (債権者) (債務者・設定者) 形式的所有 占有 ▼ ▼ [300万円の機械(担保物)] |
譲渡担保の目的物の価格が被担保債権額を上回る場合には、清算が必要である。
例えば、100万円の債務の弁済のために300万円の機械を丸取りすることは許されず、債権者が譲渡担保権の実行として債務者に目的物の引渡を求める場合には、債務者は清算金200万円の支払との引換えを主張することができる。
担保としての実質が重視され、債務者は被担保債務(100万円)を弁済しなければ取り戻すことができないが、その弁済をしさえすれば、担保物を取り戻すことができる(300−100=200万円の価値を取り戻すことができる)。
管財人が譲渡担保権を行使するにあたっては、清算金(200万円)を債務者に支払わなければならない。
不動産の譲渡担保の場合
不動産の譲渡担保にあっては、債務者(担保権設定者)から債権者(譲渡担保権者)への所有権移転登記がなされ、かつ、現在の登記実務では、登記原因として「譲渡担保」は許されておらず、通常は「売買」が記載される。担保権者の債権者がこの不動産を差し押さえた場合に、差押債権者の当該不動産からの債権回収の期待と、債務をまだ弁済していない設定者の受戻権との調整が必要となる。最高裁判所平成18年10月20日第2小法廷判決(平成16年(受)第1641号)は、被担保債務の弁済期が到来後に差押えがなされたか否かで場合分けをして、調整を図っている。すなわち、
この理は、破産管財人によって換価がなされる場合にも妥当しよう([高田*2011b]8頁以下)。すなわち、破産手続開始の時点において既に又はその後に債務者が履行遅滞に陥り、担保権実行の条件が整った後は、設定者は、債務を弁済して担保財産を受け戻す権利を有しないので、債務弁済後に復帰する所有権を基礎とする取戻権も有しない。もっとも、破産管財人は依然として清算義務を負う。清算金を破産財団にとどめることは不当利得になることを考慮すると、清算金請求権は財団債権(148条1項5号)になると解すべきであり、そのことを前提にすると、破産管財人としては、第三者への売却交渉がかなり進んでいる場合や他の財産と一括して売却する必要がある場合等は別として、設定者が申し出る弁済を拒絶してまで売却を強行する実益はなく、通常は、受け戻しに応ずるであろう。
この場合の債権者の権利を破産法上どのように位置づけるかについては、次の2つの選択肢がある。
上記のいずれでも結果に大差はないが(ただし、185条に注意)、現在はBが多数説である[CL1]。なお、担保権者をも手続の中に取り込む会社更生手続の場合には、結果に大きな差異が生ずる。
文献
一般の取戻権とは性質を異にする特別の取戻権として、次の2つがある。
売主の取戻権は、隔地取引の安全の確保のために認められた権利である[CL3]。
(a)要件 次の状態で買主について破産手続が開始されたこと。
この取戻権が最も重要な意義は、売主が履行を完了している場合(所有権移転が意思表示により完了し、かつ、引渡義務が発送により完了している場合(送付債務の場合)あるいは、送付債務ではないが破産手続開始前に運送途中で買主が受け取ったことにより引渡しが完了している場合)に、それにもかかわらず売主が引渡しを求めることができるという点にある。ただ、履行が完了していること自体は、この取戻権の発生要件とはされておらず、所有権の移転が未了の場合や売主が発送すべき商品の一部を発送したにとどまる場合等、未だ双方未履行の状態にある場合にも適用があるが、破産手続開始時に双方未履行の状態にあるときには、売主は53条・54条の規定によって十分保護されるので、63条の取戻権がこの場合にもつ意義は大きくない。
(b)効果 売主は、目的物を破産財団から取り戻すことができる。ただし、破産管財人は、代金の全額を支払ってその物品の引渡しを請求することができる。この場合に、78条2項所定の裁判所の許可は、同項14号の指定のない限り、必要ないとする見解がある([加藤*1952a]191頁、[中田*破産・和議]120頁)。規定の文言上はそのように解さざるを得ないが、53条1項の規定による履行の選択に相当する行為であるから、本来は許可必要事項となるべき事項であり、裁判所は78条2項14号により63条1項ただし書の行為を許可必要事項に指定すべきであろう。
(c)法的性質 この取戻権の法的性質については、見解が分かれている。議論が錯雑としているので、文献ごとに見ていこう。
(d)売主の取戻権の実際的意義 我が国では、売主は動産売買の先取特権(民法311条6号、322条)によって保護されることが多いが、先取特権の場合には目的物を民事執行手続により売却しなければならないのに対し、取戻権を行使すれば売主は目的物自体を取り戻して、自分で(おそらく、迅速かつ有利に)目的物を換価できることになる。この点に、この取戻権の実際的意義がある。なお、この取戻権が成立する事例数を左右する要因として、次の2つを挙げることができる。
買付委託契約は、委任契約の一種であり(商552条2項)、委託者の破産により当然に終了する(民653条)。しかし、これは、破産手続開始前に既に買付けをした場合の委託者に対する債権(買付費用償還請求権や報酬請求権)を消滅させるものではない。これらの債権は、破産債権となる。
隔地者から買付委託を受けた者(問屋)が発送した買付物品が破産手続開始時に破産者によりまだ受領されていない場合に、受託者の債権を保護するために、彼に取戻権が認められている。この取戻権も隔地取引の安全の確保のために認められた権利である。
(a)要件 要件は売主の取戻権の場合と同じである。
(b)効果 問屋は、取戻権を行使して、占有を回復することができる。これにより、
問屋が委託者のために買受けた物品の所有権は、委託者に帰属する。このことを前提にして、問屋が委託者に対して債権(買付費用償還請求権、報酬請求権等)を有する場合に、上記の特別の先取特権が担保権として作用する。
(c)53条との関係 買付委託契約も委任契約の一種であり、委託者について破産手続が開始されることにより当然に終了し、53条の適用はない(前述参照[6])。63条3項は、このことを前提にして、同条1項のみを準用し、2項を準用していない[5]。
(d)法的性質 (α)問屋は、必要であれば、訴えを提起して強制執行により占有を回復したうえで、商事留置権から転化した特別の先取特権に基づき、民執法190条1項1号により動産競売の申立てをすることができる。この場合については、この取戻権を占有回復請求権と位置づけるのが素直である。(β)しかし、平成15年改正後の民執法190条を考慮すれば、同法190条1項3号による動産競売の道も開いておく方がよいであろう。そのために、取戻権の行使の意思表示により、破産管財人が占有中の目的物について問屋が先取特権を回復すると構成するのがよい。この場合には、取戻権は、形成権である。
上記の2つの場合を統一的に説明するとなると、この取戻権は、その行使により占有回復請求権を発生させるとともに、目的物について問屋の先取特権を発生させるという2つの効果が生ずる形成権と位置づけることになろう。この説明の中には、商事留置権の回復が出てこないが、そもそもこの場合の商事留置権は、先取特権の発生を説明するための経過的な権利であり、中核となるのは、占有回復請求権と先取特権であり、上記の法律構成で足りると思われる。
(1)趣旨
取戻しの目的物が現存しないが、目的物に代わるもの(代償財産)がある場合には、それを破産者の責任財産とすることは適当でないので、取戻権者に代償財産の取戻しが認められている(64条)[CL4]。
(2)一般的な要件と効果
代償財産がどのような形で存在するかによって、次のように場合分けされる。
(a)代償財産が反対給付債権の形で存在する場合(64条1項) 目的物を処分した者が破産者であるか管財人であるか、および処分の時期を問わず、反対給付債権の移転を取戻権者は求めることができる(管財人からの債権移転の意思表示が必要であり、反対給付債権の債務者に対する債権譲渡の通知も必要である)。
(b)反対給付が受領されている場合
(b2)破産者が破産手続開始前に受領した場合[2]
(b3)破産者が破産手続開始後に受領した場合
(3)争いのある要件
代償的取戻権が発生するためには、取戻権者が破産者に譲渡権限を付与していないことが必要か(譲渡が無権限でなされたことが必要か)について争いがある。
規定上そのような限定はないこと、買付委託の場合の委託者保護の動きを考慮すると、多数説が正当である。したがって、販売受託者が破産した場合に、委託者の物品の販売代金債権につき、委託者は代償的取戻権を行使できる。
(α)破産管財人が目的財産を支配している場合には、取戻権者は、破産管財人に対して返還や所有権移転登記等を請求する。破産管財人が任意に応じない場合には、訴訟や強制執行に頼ることになる。(β)取戻権者が目的物を支配している場合には、彼は、破産管財人からの引渡請求や登記請求等に対抗する形で取戻権を主張する。
コンピュータによる企業会計が普及した今日、そのコンピュータは破産手続の追行のためにも不可欠な場合がある。それが取戻権の目的物である場合に、取戻権の行使の制限が必要となるが、現行法上はそのことを認める規定はない。実際上は、破産管財人が取戻権者と新たに賃貸借契約を締結することにより取戻権行使を回避することができようが、取戻権の行使を一定の範囲で制限することを認める立法例もある[CL2])。
債務者が占有している第三者の財産について仮差押えの執行がなされた後で債務者について破産手続が開始された場合に、第三者はどのように権利を行使すべきかが問題となる。
最判昭和45.1.29民集24-1-74・[百選*1990a]114頁(上田徹一郎) |
事実関係 (1)Y──金銭債権─→A(Xの元の夫・仮差押え前に離婚) ↓仮差押えの執行 [X所有の動産] (2)Aに対して破産手続開始 (3)X──(第三者異議の訴え)─→Y 民執法38条 |
原審 目的物はXの所有に属するから「Aが破産宣告を受けたからといって、これがため、本件物件が破産法第70条[現42条]の所定の破産財団に属する財産となる筋合いのものではない」として、請求を認めた。 |
最高裁 次の理由により、破棄・自判した。 仮差押え後にAが破産したのであるから、「本件物件は、破産法70条[現42条]にいう破産財団に属する財産となったもので、Yの右仮差押は、同条により破産財団に対しては効力を失ったものというべく、その後において右仮差押執行の排除を求めて提起された本件第三者異議の訴えは、その利益を欠き、不適法として却下を免れない。Xとしては、本件物件の所有権を主張してその返還を求めるためには、破産管財人を相手方として破産法87条[現62条]所定の取戻権を行使すべきである。」 |
学説は、次のように分れている。
A説(最高裁判例の立場)が正当である。この財産の帰属は、破産管財人との間で解決されるべきであり、C説は支持できない。C説にしたがって第三異議訴訟を適法としても、勝訴した第三者が目的物の引渡を受けるためには、さらに破産管財人を相手に取戻権行使の訴訟をしなければならないからである(民執法38条2項参照)。破産管財人と仮差押債権者との間に利害の対立があるわけではないが、それでも破産管財人は、一般債権者への公平な弁済のために破産者に属する財産を管理するのであるから、両者は別個の立場にあるというべきである。したがって、破産管財人が仮差押え債権者の地位を承継すると考えるB説も適切でない。
XはA所有の機械をAから借りて、Aの承諾を得てY(自然人)に転貸したが、Yが破産してしまった。XはYに対して機械の返還を求めることができるか。