関西大学法学部教授 栗田 隆

破産法学習ノート2「取戻権」の比較法メモ


1. 譲渡担保設定者の破産の場合の譲渡担保権者の権利

オーストリー法: (10条3項)「破産法が別段の定めをしない限り、別除権者に関する規定は、請求権の担保のために破産者の特定の財産、特に帳簿債権Buchforderungを取得した人的債権者にも適用する。」

2. 取戻権行使の制限

オーストリー法: (11条2項)「企業の続行を危険にする可能性のある取戻権の実現は、破産開始から90日経過前は請求することができない;この規定は、その実現が権利者の重大な人的または経済的不利益の回避のために不可欠であり、かつ債務者の他の財産に対する強制執行が債権者の完全な満足に至らない場合または至らないと予想される場合には適用しない。これらの規定は、特定物から別除的満足を受ける権利にも適用されるものとする。」

3. 売主の取戻権

オーストリー法:売主及び問屋の追求権Verfolgungsrechtとして、同趣旨のことが45条でまとめて規定されている。オーストリー破産法(1914)45条(追求権)
「売主又は買入受託者は、他地から破産者に発送され、破産者が支払を完了していない商品を取り戻すことができる。ただし、破産開始前にすでに引渡地に到着して破産者又は彼に代わる他の者の保持(Gewahrsame)に入っているときは、この限りではない(追求権)。」

ドイツ破産法(1877)44条(追求権)
「1 売主又は買入受託者は、他地から破産者に宛てて発送され、破産者によって全部の支払がなされていない商品を返還請求することができる。ただし、当該商品が手続開始前にまた引渡地に到達しておらず、かつ、破産者又は彼のために他の者が保持するに至っていない場合に限る。
2 第17条の規定を適用する。」

17条は、双方未履行契約について破産管財人の履行請求権を定める規定である。1877年ドイツ破産法26条は、双方未履行契約について破産管財人が履行を選択しなかった場合について、破産者の義務不履行又は法律関係の終了があったときに、相手方は、破産者の所有に属した彼の給付の破産財団からの返還を請求することができないこと、不履行又は終了により生ずる債権を破産債権者として行使することができることを規定している。44条は、この26条を制限するとともに、一般の取戻権に関する43条を拡張する規定である。

1994年ドイツ倒産法は、1877年法44条の追求権の制度を廃止した。破産財団の破産の原因として批判されていた所有権留保の効力を制限する試みは、あまり成果を上げることができなかったが、旧44条の廃止は少ない成果の一つである。Muenchner Kommentar, InsO, 2.Aufl., Bd.2, $47 Rn.2。

スイス債務取立破産法(1889)203条(売主の返還請求権)
「1 債務者が買ってまだ支払っていない物が彼に宛てて発送されたが、破産開始の時にまだ彼の占有に入っていないときは、破産管財人が代価を支払わない限り、売主はその取戻を求めることができる。
2 ただし、破産の公告前に、第三者が、運送状(Frachtbrief)、船荷証券(Konnossement)又は貨物引換証(Ladeschein)に基づき、その物について所有権又は質権を取得したときは、返還請求権は認められない。」

破産手続開始前に物が買主の占有下に入った場合には、返還請求権は認められない。しかし、保持(Gewahrsam)と占有(Besitz)とは区別され、例えば、送付された物が注文と異なる等のために買主が異議を述べる場合に、売主が受領地において代理人を有しないときは、買主は一時保管しなければならず、直ちに返送することは許されない(スイス債務法204条1項)、破産手続開始前に物が買主の保持に入っていても、返還請求権はなお存在する(Staehelin=Bauer=Staehelin, SchKG II, S.1927)。破産手続開始前に占有改定又は指図による占有移転の方法により買主に物の占有と所有権を移転した売主は、返還請求権を有しない(Staehelin=Bauer=Staehelin, SchKG II, S.1927)。

返還請求権(Ruecknahmerecht)は、取戻請求権(Aussonderungsanspruch)である(Staehelin=Bauer=Staehelin, SchKG II, S.1928)。

破産手続開始前に買主が運送の途中地で物を受け取った場合ついての記述はなく、この場合にも返還請求権は認められないことになろう。

4. 代償的取戻権

同趣旨の規定として、次のものがある。

5. 取戻権の概観

スイス法

スイス法では、取戻権の基礎は次の3つに分類されている(Ammonn(3)S.320 ff.)。

  1. 民法による取戻権
    1. 第三者の物権(SchKG242)
    2. 破産した受任者に対する委任者の権利(OR401)
  2. 破産法による取戻権(SchKG201-203)
  3. 特別法による取戻権

a2の場合には、破産した受任者が委任者の計算において自己の名前で取得した動産の引き渡しを求める(債権的)請求権を委任者が有し、これを破産財団に対しても主張することができ(OR 401.3)、これが取戻権の基礎となる。これは取戻権者の物権ではなく、破産法による取戻権の基礎に近似する。連邦裁判所の判例によれば、この委任法による取戻しは、短期の委任関係の場合にみ認められ(BGE 85 II 101が引用されている)、その主たる適用範囲は買付け委託である。この債務法上の取戻権は、後に投資資金(Anlagefonds)に関する連邦法において、基金管理者の破産の場合に、基金の財産に対する持分権者(投資家)の取戻権のモデルにされ、かつそれが不動産にも及ぶとされている点で拡張されている。

bとして挙げられているのは、次のものである。

  1. 所持人払い証券あるいは指図証券が単に取立てのためにあるいは特定的に表示された将来の支払いのための準備金として破産者に譲渡または裏書きされた場合(SchKG201)。
  2. 日本法の代償的取戻権に当たる場合(SchKG202)。なお、販売委託の場合には、代償的取戻権を認める必要はない。なぜなら、委託者と受託者との関係が直接代理の場合には、代金債権は最初から委託者に帰属している。間接代理の場合には、委託者がその義務を全部果たせば、代金債権はOR401.3により法律上当然に委託者に帰属するからである(a2も参照。そのような規定がない日本法では、代償的取戻権の問題となる)。
  3. 隔地売買の売主の取戻権(SchKG203.1)。但し、破産宣告前に荷物証券、船荷証券などにより目的物について所有権あるいは担保権を取得した善意の第三者は、この取戻権から保護され、取戻権は消滅する(SchKG03.2)。

6. 受任者が自己の名において取得した財産

スイス債務法401条1項・2項が債権についてこのことを明規している(同条の訳は、「未解決の法律関係の比較法メモ9にある)。受任者が有する権利の委任者への移転(1項の規定による移転)は、法定移転である。

同条3項は、「動産」について破産財団に対抗できる引渡請求権(債権的請求)を委任者に認めている。もっとも、そこにいう動産は、特定性を有する動産であり、特定性を有しない金銭は除かれると説明されている(Honsell=Vogt=Wiegand (Hrsg.), Obligationenrecht I (Basler Kommentar), 6. Aufl. (Helbing Lichtenhahn, 2015)Art.401 N.13,14) 。