目次文献略語
民事訴訟法講義

訴 え 1


関西大学法学部教授
栗田 隆

1 訴えの提起


文 献
初めの1歩
[司法研修所*2016a]1頁に掲載されている設例であり(年月日・金額を変更した)、また2頁以下の解説を参考にした。
Xは、2008年5月5日にA土地をYに3000万円で売却した。しかし、Yが代金を支払おうとしないので、Xは、裁判所に訴えることにした。訴えるというのは、この場合には、どのようなことか。
訴えるということは、「訴状」という標題を付した書面に133条2項所定の次の事項ならびにその他の事項を記載して、その書面を裁判所に提出することである(133条1項)。
  • 当事者
  • 請求の趣旨  「被告は、原告に対し、3000万円を支払え」との判決を求める。
  • 請求の原因  原告は、被告に対し、2008年5月5日に、A土地を代金3000万円で売却した。
この訴状の提出は、次のことを意味する。(α)Xが2008年5月5日にYとA土地の売買契約(民法555条)を締結し、これにより3000万円の代金債権を有していることを主張して(請求の趣旨と原因によりこの主張がなされる)、(β)その権利の保護のために「被告は、原告に対し、3000万円を支払え」との判決を求めている(請求の趣旨によりこの申立てがなされる)。
注1 請求の趣旨の記載については、次の形式があるが、いずれでも同じである。かつては形式1がよく用いられていたが、最近は形式3が多い(形式2は、形式3の説明の準備として作成したものである)。形式3の場合でも、訴えが判決申立てである以上、どのような判決を求めているのかが訴状の記載の中に現れていることが必要である。したがって、形式3の場合には、「請求の趣旨」の文言自体の中に「次の内容の判決を求める」 との意思が含まれていると解することになる。
  1. 請求の趣旨 「・・・」との判決を求める。
  2. 請求の趣旨(次の内容の判決を求める) 「・・・」
  3. 請求の趣旨 「・・・」
注1a [司法研修所*2016a]2頁は、133条2項2号の請求は権利主張であり、判決申立てを含まないと解してかのようである;すなわち、「請求の趣旨とは、訴訟における原告の主張の結論となる部分であり、訴えをもって審判を求める請求の表示のことを意味し、原告が勝訴した場合にされる判決の主文に対応するもの」と述べる。「訴えをもって審判を求める請求」との記述からは、「訴えは、特定内容の判決を求める申立てというよりも、権利主張の当否の判断を求めるものである」、との考えが前提にされるているように見える。この前提は、本講義が採用する前提とは異なる。

注2
 訴状の必要的記載事項である「請求の原因」は請求を特定するために必要な事実の記載である(民訴規則53条1項カッコ書参照)。通常は、「請求を理由づける事実」も含めて記載し(同項中段)、それを「請求原因」と呼ぶのが通例である(設例では、「請求の原因」がそのまま「請求原因」になる)。また、「請求原因」と「請求の趣旨」との関係を明確にするために、よって書を追加するのが通例である。例えば、前記設例では、「よって、原告は、被告に対し、上記売買契約に基づき、代金3000万円の支払を求める。」と書く([司法研修所*2016a]15頁)。

1.1 訴えと請求

訴えと請求
訴え
は、(α)一定の法律関係を主張して、(β)その法律関係の保護に適した一定内容の判決を求める申立てである[3]。この内の(α)の部分、すなわち、原告が判決要求を根拠付けるために訴えをもってなす法律関係の主張を「請求」あるいは「訴訟上の請求」という。これが、請求の基本的な意味であり、狭義の請求ともいう。この意味での請求には、次の2つの役割がある。
判決要求が認められるためには、「訴訟物となる一定の法律関係の主張」が正当であることが必要であるが、判決要求が認められるために必要な事項のすべてが「審理裁判の対象である一定の法律関係の主張」の中に含まれていなければならないというわけではない。例えば、交通事故による身体侵害を理由とする損害賠償請求が認容されるためには、どこの病院でどのような治療を受けてどれだけの金額(治療費・入院費等)を支出したかも主張される必要があるが、そのことは「審理裁判の対象である一定の法律関係の主張」の中に含まれている必要はない(事故により身体のどの部位がどの程度の損傷を受けたかが主張されていれば足りる)。その意味で、「狭義の請求の基本的役割は、審理裁判の対象を特定する点にある」ということができる。

請求の語は、さらに、「原告の権利主張」+「その権利の保護に適した一定内容の判決の要求」の意味でも使われる。この意味での請求を広義の請求という。

請求の趣旨と原因
原告は、訴状において、保護を求める権利関係とその権利関係の保護のために原告が求める判決内容を明らかにしなければならない。それは、訴状の必要的記載事項である「請求の趣旨」と「請求の原因」で明らかにされる[62][CL3]。

請求の趣旨は、特定内容の判決を求める旨の原告の申立て(裁判所に対する要求)である。例えば、「「被告は、原告に対し、300万円を支払え」、との判決を求める」と書く。この判決要求の記述により、原告は、当該判決により保護されるべき債権を有すること(一般的に言えば、要求された判決により保護されるべき権利関係)を主張したことになる。金銭債権はさまざまな形で発生し、何時いかなる理由で発生した金銭債権であるかが明らかにされないと、審理・裁判の対象が明確にならない。そこで、当該債権の発生原因事実の記載が必要となる。このように、請求の趣旨だけでは請求を特定できない場合に、請求を特定するのに必要な事実を請求の原因という(規53条1項参照)[20]。例:
他方、「吹田市山手町99丁目99番地の土地について原告の所有権を確認する、との判決を求める」という訴えの場合には、この請求の趣旨だけで審理・裁判の対象となる法律関係(原告の目的物に対する所有権)が特定される(この記載から、「判決申立て」ともに「権利主張」(所有権の主張)も読み取ることができ、双方が記載されていると理解するのである)。そのような場合には、請求の原因の記載は必要ない。原告は、請求を根拠付けるために、所有権を取得した経緯を主張しなければならず、それも訴状に記載するのが通常であるが、所有権取得の経緯は訴訟物の特定要素にはならない。従って、例えば、原告Xが被告Yから購入したという事実を主張して敗訴した後で、その訴訟の口頭弁論終結前に時効により取得していたと主張して再度所有権確認の訴を提起しても、前訴判決の既判力(前訴の口頭弁論終結時においてXが所有者でないとの判断の拘束力)が及ぶ。

狭義の請求(権利関係の主張)は、主張されている権利関係が何であるかを原告のみならず、被告も、裁判所も、そして後の訴訟の裁判所も認識できるようになされなければならない。そのためには、事実関係が具体的に主張されていることが必要である。例(貸金債権について):
ここで、訴状の必要的記載事項としての請求(請求の趣旨+請求の原因)(133条2項2号)は、広義の請求であることに注意して欲しい。そこには、2つのものが込められている。一つは、請求の趣旨に表現された通りの判決要求であり、他の一つは、この判決要求を理由付ける権利主張である。
まとめ
「請求」には、2つの意味がある[4]。
  1. 狭義の請求  裁判所に向かってなす原告の実体法上の権利の主張。例えば、次の用例における請求がこれにあたる。
    • 訴訟における審理判断の対象は、原告の請求である。
    • 請求の認諾とは、原告が裁判所に向けてした権利主張(請求)に理由があることを認める旨を被告が裁判所に向けて陳述することである(266条・267条)。
    • 請求の放棄とは、存在するか否かが争われている権利に関する主張が正当でなかったことを原告が認めて、その旨を裁判所に陳述することであり、権利が客観的に存在することを前提にして権利を放棄すること(実体法上の権利放棄)ではない。
  2. 広義の請求  原告の権利主張+その権利に見合う特定内容の判決の申立て。例えば、次の用例における請求がこれにあたる。
    • 裁判所が原告の請求を棄却した。 裁判所が原告の請求を認容した。不動産の所有権確認訴訟における請求認容判決とは、「別紙目録記載の不動産について原告が所有権を有することを確認する」との主文を掲げた判決である。
    • 原告は、請求の趣旨として、特定内容の判決を求める旨を記載する(133条)。
    • 「請求を拡張して、係争法律関係の確認の判決を求める」及び「確認の請求」(中間確認の訴え。145条)  「確認の請求」は、いわゆる「権利保護形式」(確認判決等の判決類型)を問題にしているから、広義の請求と理解すべきである。


注意 上記の2つが民訴法の世界における請求の基本的な意味であり、民訴法では、「請求」の語はおおむね上記の2つの意味で用いられている。しかし、例外もある。その 代表例は、 114条2項の「相殺のために主張した請求」である。これは実体法上の「債権(反対債権)」を意味する[52][64]。したがって、 民訴法の各条文における「請求」がどの意味であるかは、個別に検討する必要があるが、基本的な意味が上記の2つであることを前提にして、訴訟法の理論が組み立てられていることに変わりはない。

なぜ狭義の請求を観念するのか
判決は、訴え(判決要求)に対する応答であるのに、なぜ権利主張たる狭義の請求を観念するのか。この疑問は、特に所有権確認請求のように、請求の趣旨だけで係争権利関係が特定できる場合に生ずる。

この疑問は、判決の内容的効力の中核をなす既判力との関係を考えるとわかりやすい。既判力が生ずるのは、法律関係の存否についての裁判所の判断(例えば、「原告が主張する本件不動産上の原告の所有権は存在しない」との判断)であり、判決要求に対する判断(例えば、「原告の判決要求には応じられない」との判断)そのものではない。判断対象たる「主張された法律関係」を裁判所が把握するためには、原告が法律関係を主張することが必要であり、その主張に「狭義の請求」という名を付して観念する必要がある。

そして、金銭のような不特定物の引渡請求の訴えの場合には、判決要求に対する判断だけでは、どのような法律関係が判断されたのか明らかにならない(「被告は、原告に対し、1000万円を支払え」だけでは、実体法上のどのような請求権が判断されたのかが明らかにならない)。審理裁判の対象は、「発生原因や権利内容により特定された法律関係の主張」、すなわち「狭義の請求」であり、その請求の当否の判断(従って、法律関係の存否の判断)に既判力が生ずると構成するのである。

問題となる事項 従来の構成 最近の構成
権利主張の位置付け
狭義の請求
(権利主張)
請求
(権利主張)
判決申立て(判決形式の指定)の位置付け

広義の請求 (権利主張+判決申立て)=訴えの内容

訴えの内容
 (注)「請求」はいずれも「訴訟上の請求」を意味する。
なぜ広義の請求を観念するのか
明治23年民訴法では、訴状の必要的記載事項として、「起シタル請求ノ一定ノ目的物及ヒ其請求ノ一定ノ原因」の外に「一定ノ申立」が規定されていた(190条2号・3号)。これであれば、判決申立てと請求とを別個の概念とすることができる。ところが、大正15年の改正時に、それまでの「一定ノ申立」(判決申立て)を「請求ノ趣旨」と表現し、これを訴状の必要的記載事項としての請求の概念の一要素とした。そのため、請求について、「狭義の請求」の外に「広義の請求」を観念する必要が出てきたのである。そこで、()一定内容の判決を求める申立てを「請求」の概念(広義の請求)の中に含め、求める判決の形式(給付判決か確認判決形成判決)が異なれば、請求は異なるものと理解されるようになった。これに対して、()請求の概念を法律関係の主張に限定し(狭義の請求)、求める判決形式の指定を「訴え」の概念の中に含める構成もある[61]。

前者が従来からの構成である。後者が比較的新しい説明である。具体的な問題の結論に相異が生ずる問題ではなく、法律構成の巧拙ないし分かりやすさの問題にすぎず、他者の法律構成を誤りと非難する必要はない。次のことを指摘するだけで足りよう:前者の法律構成も十分に分かりやすい説明である;むしろ、後者の法律構成は、判決申立てが訴状のどこに記載されるのかを明示していない点で問題がある(請求の趣旨の欄に判決申立てが記載されるというのであれば、従来からの構成と実質的に変わらない)。

1.2 申立てと主張−−当事者の訴訟行為(1)

文 献

訴え(その中心的内容である判決申立て)と請求(狭義の請求)は、それぞれ申立てと主張の一種である。訴えと請求の関係をよりよく理解するために、ここで申立てと主張について説明しておこう。

申立て
これは、裁判所あるいは裁判官(裁判長や受命裁判官など)に一定の行為(裁判、証拠調べ等)を要求する行為である。条件付申立ては、手続を不安定にするので、原則として許されない。ただし、条件を付す必要があり、かつ、手続が不安定にならなければ、許される。申立ての取扱いは、申立権の有無により、次のように2分される。
申立権のある申立てについては、裁判所は、申立てを評価して、それに応じた裁判をする。
申立ては、「意思表示」であるといわれることがある。しかし、「意思表示」は、それを要素とする法律行為が有効であれば、表示された意思(効果意思)に応じた法律効果が発生するという点に特徴がある(民法の世界ではそのように理解されており、その理解は訴訟法の世界においても本来尊重されるべきである)。他方、申立ての効果は、申立人に申立権があれば裁判所がそれに応答する義務を負うことである。申立人は一定の行為(例えば請求認容判決)を求めているのに、裁判所に生ずる義務(法律効果)は、その行為をすることではなく、上記のような形で申立てに応答することである。申立人の意思内容と、発生する法律効果(裁判所に生ずる義務)との間にずれがあるから、申立てを意思表示というのは、誤解を招きやすい。この場合の「意思表示」は、広義の意思表示であり、精確に言えば「意思の通知」である[6]。

申立ては、通常、理由付けを伴う。理由付けは、通常、法律関係や事実関係についての申立人の観念(認識)を裁判所に通知するという形でなされ、それを主張という。

申立ての一種としての訴え  訴えも申立ての一種である。それは、請求の趣旨に示された内容の判決(勝訴判決)を求める申立てである。「訴え」と広義の「請求」との関係は、次のように言うことができる:訴えは、原告の請求(判決要求[14]と権利主張)を裁判所に通知する外形的行為であり、請求は、訴えにより通知される内容である[1]。狭義の請求は、次に述べる主張の一種であるが、これも広義の請求の構成要素の一つとして、訴えにより裁判所に通知される。なお、この講義でも、民事訴訟制度の目的の一つとして紛争解決を挙げていることとの関係で、訴えを「紛争解決要求」ということがあるが、丁寧に言えば、訴えは「紛争を自己の望む形で解決してくれとの要求(意思の通知)」である。

訴えに対しては、判決で応答するのが原則である(例外として、一般の訴えについて141条があり、再審の訴えについて345条がある)。判決による応答(あるいは応答の仕方)は、次のように区分される。
主張
これは、申立てを基礎づける(理由づける)資料を裁判所に提出する行為(観念の通知)である。法律上の主張(陳述)と事実上の主張(陳述)に区別される。
主張については、次の評価がなされる。
原告の主張も被告の主張も、直接には裁判所に向けられている(法廷は、当事者が言い争う場ではなく、裁判所を説得しあう場である)。各当事者は相手方の主張を知る機会を与えられているが、だからといって「主張は裁判所ではなく相手方当事者に向けられた行為である」と理解することは、適当ではない。裁判所に向けられなければ、裁判所はそれを斟酌できず、主張をなした目的を達することができないからである[7]。請求の認諾は、原告が裁判所に向けてなした権利主張(狭義の請求)を知らされた被告が、その主張が正当である旨を裁判所に陳述することである[53]。

次の事項については、いくつかの教科書でこの講義とは異なる説明がなされている。どの説明を採用するかで具体的な結論に差異が生ずるわけではないから、学生諸君は、自分が理解しやすい説明を採用すればよい。ただ、基本的な事項であるので、教科書によって異なる説明に混乱しないようにして欲しい。
事項 別の説明 この講義の説明
狭義の請求 請求(権利主張)は、裁判所に向けられたものではなく、被告に向けられたものである[5]。だからこそ、被告がこれを認諾できるのである(もし裁判所に向けられているのであれば、被告が認諾する余地はない)。 狭義の請求は、訴えの提起により裁判所に通知される権利主張である。請求の認諾は、原告が裁判所に向けてなした権利主張(狭義の請求)が正当である旨を被告が裁判所に陳述することである。
訴え 訴えは、「請求の当否について審理判決することを裁判所に要求する訴訟行為」あるいは「請求についての本案判決の要求」である[2] 訴えは、請求の趣旨に示された判決を求める申立てである。訴えが適法であれば裁判所は本案判決をなす義務を負う。

1.3 訴え提起の方法

訴状
訴えの提起は、一定の事項を記載した訴状を裁判所に提出してなすのが原則である(133条)[CL1]。簡易裁判所においては、例外的に、口頭起訴も許される(271条)。133条2項では必要最少限度の記載事項が挙げられている。これは、その記載を欠いた訴状は被告に送達するのに値しないので、補正されなければ訴状を却下するという効果(137条2項)が結びつけられているという意味での必要不可欠な記載事項であり、一般に「訴状の必要的記載事項」と呼ばれる。訴状には、それ以外にも、多くのことが記載されなければならない。通常、次の事項を次の順番で記載する。ただし、順番は法定されているわけではない。下記の順番は一つの例である[63]。

)「訴状」という標題

)訴え提起の手数料の納付  訴えの提起は、国民の税負担において運営される裁判制度の利用である。裁判制度を利用する者とそうでない者との負担の調整のために、手数料の納付義務が課せられている[23]。手数料は、訴訟物の価額を基にして、民訴費用法別表第1第1項により算出される額である(民訴費用法3条1項)。納付の方法には、印紙納付と現金納付とがある。(α)手数料は、これに相当する額の収入印紙を訴状に貼付(ちょうふ)する方法により納付するのが原則である(民訴費用法8条本文)。 β)しかし、この方法では、手数料額が大きい場合には、多数の収入印紙を貼付することになり、不便であるので、平成15年の改正により、手数料額が100万円を越える場合には、現金で納付することが(やっと)認められるようになった(民訴費用法8条ただし書、民訴費用規則4条の2)。後者の場合には、日本銀行(本店、支店、代理店又は歳入代理店)に納付するとともに、当該手数料の納付を証明する領収証書を裁判所に提出する(民訴費用規則4条の2第2項)。

)訴状の作成日付(規則2条1項4号)

)訴状の提出先である裁判所の表示(規則2条1項5号)  縦書の時代には末尾に記載するのが通例であったが、横書の時代となった現在では、この位置に記載するのがよいであろう。

)訴状作成者である原告またはその代理人の記名・押印(規則2条1項柱書。署名でなくてもよいことに注意)  氏名の前に原告あるいは原告訴訟代理人弁護士といった肩書を付す。

)当事者に関する事項
  1. 原告及び法定代理人  当事者等の記載は、誰が原告であるかわかるように、住所・氏名、あるいは、主たる事務所・営業所の所在地と法人名を記載するのが通常である(規2条1項1号。住所の次の行に「原告」の表示に続いて氏名を書くのが慣例である)[13]。生年月日などは通常は記載しないが、同一住所に同一氏名のものが複数いる場合に、そのいずれであるかを明らかにするために必要であれば、記載する。訴訟無能力者が当事者となる場合には、法定代理人の住所・氏名も記載する(31条)。法人については、代表者の氏名も記載する(37条)。
  2. 原告に訴訟代理人がいれば、その事務所(あるいは住所)・氏名
  3. 原告または代理人の郵便番号、電話番号・ファックス番号(規53条4項)を上記1または2の適当な場所に記載する(郵便番号は住所の一部ではない。通常は、住所の前に記載する)。
  4. 原告への送達場所(104条)。
  5. 被告及び法定代理人  被告が自然人である場合には、現在の住所と氏名により特定するのが原則である。現在の住所が不明な場合には現在の居所を書き、それも不明な場合には、判明している最後の住所を記載する(被告の特定を容易にする視点からは、住民票等の公的書類により記載された最後の住所であることが望まれる。実例として、東京地方裁判所 平成23年11月29日 民事第46部 判決(平成23年(ワ)第16905号)がある)。法定代理人がいれば、その住所・氏名も記載する。
     被告が 法人その他の団体である場合には、主たる事務所・営業所の所在地、法人の名称及び代表者名を記載する。

 訴状の当事者欄の記載だけでは当事者の特定に不安がある場合には、さらに請求の原因欄で当事者の特性を記述する。例えば、法人については、設立年月日や主たる営業項目。個人については、経歴や生年月日(生年月日の記述は短いので、当事者の特定に必要であれば当事者欄に記載する方がよい。単に当事者の特定を確実にするためであるならば、請求の原因欄で記載することで足りる)。こうした記述は、請求を理由付けるための資料や事件の背景を明らかにするための資料ともなる。ただし、個人の特性を必要以上に記載することは、プライバシー保護の点から好ましいことではない。

 一定の資格に基づいて当事者になる者については、当事者欄において、その資格も附記する[66]。例えば、Aについて破産手続が開始され、その破産管財人にXが選任され、破産法80条によりXが当事者になる場合には、「破産者 A 破産管財人 X」と書く。XがAとBの破産管財人に選任され、Aの破産管財人としてもBの破産管財人として訴えを提起する場合には、現実に裁判所に出頭するのはX一人であるが、「破産者 A 破産管財人 X」と「破産者 B 破産管財人 X」とは区別され、原告は2人と数える。

)事件の表示(規則2条1項2号)  事件の内容を表すのに適当な名前を原告(訴状作成者)が付ける。例:貸金請求事件(又は貸金返還請求事件);所有権確認請求事件;第三者異議事件(異議事件については「請求」を省略するのが通例である);請求異議事件。

)訴訟物の価額

)貼用(ちょうよう)印紙額

)請求の趣旨  請求の趣旨の中核は、原告が求める判決内容である。例えば、「「被告は、原告に対し、300万円を支払え」、との判決を求める」と書く[40]。

)請求の原因  この項目名の下に、「請求を特定するのに必要な事実」(規則53条法133条2項2号の意味での狭義の「請求の原因」)および「請求を理由づける事実」を記載する。この二つをまとめて、広義の「請求の原因」といい、しばしば「請求原因」とも呼ばれる。「請求を理由づける事実」は、「請求を特定するのに必要な事実」を含むので、両者を分離して書く必要はない。
  「請求を理由づける事実」は、可能な限り、いつ・どこで・誰が・何をしたという形で具体的に書く(規53条1項。正確な日時の特定は困難あるいは誤記の不安を伴うので、しばしば「頃」が併用される。時刻や日を特定できない場合には、その省略もやむ得ない。また、「どこで」は重要な場合もあるが、重要でない場合もあり(例えば、交通事故の損害賠償請求訴訟では、事故発生場所は重要であるが、貸金返還請求訴訟では、どこで消費貸借契約が締結されたかは、通常は重要でない)、後者の場合には省略される)。例えば、
  請求を理由づける事実についての主張と当該事実に関連する事実についての主張とは、区別して書くべきである(規53条2項。具体例につき[最高裁*1997b]39頁以下参照 )。まだ確立されていない権利を主張する場合には、その事実関係のもとでその権利が認められるべき旨の主張(法律論)も書く。なお、簡易裁判所では、「紛争の要点」を明らかにすれば足りる(272条)。

  訴訟物が何であるかは、「請求の趣旨」および「請求の原因」の項目の記載によって原告が何を訴訟物にしたかの解釈問題である。訴訟物論争は、一面において、その解釈の基準の定立の問題である。原告は、何が訴訟物になっているのかを裁判所と被告が読み取ることができるように書かなければならない。例えば、請求の趣旨として、「「被告は、原告に対し、本件物件を引き渡せ」、との判決を求める」と書き、請求の原因として、「原告は、被告とのa年b月c日の売買契約により、別紙目録記載の本件物件の所有権を取得した。原告は、契約に従い本件物件の引渡しを求めたにもかかわらず、被告はそれに応ずることなく本件物件を占有している。よって、原告は、被告に対して、本件物件の引渡しを求める。」と書くと、所有権に基づく引渡請求権と売買契約に基づく引渡請求権の主張を読み取ることができる。ただし、各請求権の主張を分けて書く方が好ましい(「(1)原告は、被告とのa年b月c日の売買契約により、別紙目録記載の本件物件を被告から買受けた。原告は、被告に対して、この売買契約の履行として本件物件を原告に引き渡すことを求める。(2)原告は、前記売買契約により、本件物件の所有権を取得した。被告は、本件物件を現在も占有している。原告は、所有権に基づき、被告に対して、本件物件を原告に引き渡すことを求める。」)。

)証拠方法の表示(リストアップ)

)付属書類の表示(規則2条1項3号)  証拠となる文書の写しや訴訟委任状、資格証明書などの一覧表示(文書の題名のリストアップ)

訴状の付属書類
原告は、訴状とともに次の書類を裁判所に提出する(必要に応じて提出する)。
横書
訴状及び判決は、平成12年末までは、明治以来の伝統に従い、B5判(またはB4判二折り)の紙に縦書で作成されていた。しかし、国際交流の進展は、裁判実務にもA4判横書化を迫るようになった。裁判所が作成する文書は、平成13年1月1日からは、この規格に従うことになった。それとともに、裁判所を利用する国民に対しても、これに協力することが裁判所から要望されている。

1.3a 発展問題

一定の資格に基づく当事者
Xが破産者A、B、Cの破産管財人に選任され、各破産者がY銀行に対して有している預金債権(α債権、β債権、γ債権)の支払を求める訴えをXが提起する場合には、原告は全部で3人いると数える(判決書においては、「原告ら」と書く。口頭弁論期日に原告として出頭するのはX一人だけであるが、Xは、破産者Aの破産管財人として原告であるとともに、破産者Bの破産管財人として別の原告、破産者Cの破産管財人としてさらに別の原告であると考える。換言すれば、Xは、各破産者の破産管財人の地位を(たまたま)兼有していると観念する)。したがって、この訴訟は通常共同訴訟であり、例えば次のことが帰結される(39条)。(α)第一審がα請求棄却・β請求棄却・γ請求認容の判決を下し、Xがα請求棄却部分についてのみ控訴を提起すると、「破産者 A 破産管財人 X」のみが控訴人になり、β請求棄却部分とγ請求認容部分は確定する;(β)前記の第一審判決に対して、 Yがγ請求認容部分についてのみ控訴を提起した場合には、「破産者 C 破産管財人 X」のみが被控訴人になり、控訴提起による判決確定遮断の効力(116条2項)は、第一審判決中のγ請求認容部分についてのみ生じ、第一審判決中他の請求に係る部分は確定する(Xは、控訴期間経過後に附帯控訴によりα請求棄却部分とβ請求棄却部分について取消しを求めることはできない)。もっとも、(γ)Xが死亡すれば、124条1項5号により、全部の訴訟手続が中断することは、事柄の性質上当然のことである。また、(δ)Xが、破産者Aの破産管財人の立場で主張する内容と破産者Bの破産管財人の立場で主張することとが食い違うことが許されるかは、微妙であるが、Xは各破産管財人の立場において各破産者(あるいは破産債権者)のためにベストの主張をなすべきであるとすれば、そうした食い違いは許されるべきであろう;ただ、そうした食い違いが生じない通常の場合については、Xが特定の破産管財人の立場で主張していることを明示していなければ、Xの主張は全ての破産管財人の立場でなされているとみるのが合理的であり、相手方のXに対する主張についても同様のことが妥当するので、その限りで、主張共通の現象が見られることになる。

当事者本人を個別に表示する必要がない場合
流通性の高い権利を有する不特定多数の者のために特別の代理人が選任されることがある。そのような代理人が不特定多数の本人のために裁判上又は裁判外の行為をする場合に、本人を個別に表示する必要はないと規定されていることがある(本人がたえず変動するので、本人の個別表示が極めて困難なためである)。
住所・居所が不明の被告の表示
被告の 最後の住所も不明な場合には、現在の又は最後の就業場所と氏名により被告を特定することも許される(東京高等裁判所 平成22年8月10日 第4民事部 決定(平成22年(ラ)第1258号)。この事件では、就業場所が「雇用,委任その他の法律上の行為に基づき就業する就業場所」であったため、そのような就業場所であれば、住居所に代わる特定要素になるとされているが、自営業者を被告とする場合のことを考慮すると、これに限定する必要はなかろう[54])。学校教育法に基づく学校(特に大学)に在籍する学生については、学校の職員が保管する資料を用いて個々の学生を特定的に認識しうるのが通常であるので、被告となる学生をその氏名と在籍する大学と学籍番号(あるいは入学年度と学部・学科等)により特定することも許してよいであろう(ただし、まだこれを肯定する先例はない。以下、これを「就学場所と氏名による特定」という。大規模の大学では、同一年度に同姓同名の学生が複数入学することがよくあり、その場合には、学籍番号も特定要素とすることが必要となろう)。

もっとも、就業場所や最後の就学場所による特定については、これを是認する最高裁判例はまだ公表されていないことに注意する必要がある。また、最後の就業場所や最後の就学場所による特定がどの範囲で許されるか(就業・就学終了後例えば10年を経過している場合でもよいか)は、明瞭ではない。

被告を特定するための証拠調べ

例えば、インターネット上の掲示板への書込みや電子メイルによる名誉毀損の場合には、加害者を特定することが困難である。振込め詐欺にあっては、振込先の預金口座や口座名義人が被害者に明らかになっても、その預金口座を開設した者の住所は被害者にはわからない(氏名についても確認の必要があることもあろう)。このような場合に、被害者が訴えを提起するにあたって、関係する電気通信事業者や金融機関に対して情報提供を求めることになる。そのための方法として、次の方法がある:
しかし、これには直接的な強制方法がなく、不十分である。このような場合には、氏名不詳のまま訴えを提起することを許し、起訴後においては、第2編第4章(証拠)に規定されている証拠調べの方法を利用することができるとすべきであろう。もちろん、同章の規定は、本来は訴訟係属後の審理のための規定であるが、それは、民事執行手続や破産手続にも準用される規定である。そうであるとすれば、訴え提起後・訴訟係属前の段階(訴訟開始手続あるいは訴え提起手続)も、同章の規定が類推適用される一つの手続段階とみてよい。被告を特定するために、第三者に対して調査の嘱託(民訴法151条1項6号・2項・186条)のみならず文書提出命令や証人尋問を行うことができると解すべきである[55]。この段階では、模索的証明活動も許されるべきである。第三者は、民事裁判への協力義務として、この段階での証拠調べに協力する義務を負う。

なお、提訴前の証拠収集処分として、132条の4第1項2号の調査の嘱託を利用することも考えられるが、これは原告予定者が被告予定者に提訴予告通知をすることが前提になっており、被告となるべきものを特定する段階ではすぐには利用できない(解釈上の難点が存在することは、151条1項6号の調査の嘱託を利用する場合と大差がない)。いずれにせよ、被告となるべき者を特定する手かがりが存在する場合に、その特定のための情報(名称・住所)を入手するための支援制度を整える必要がある([長谷部*2002a]、[栗田*2013a])。

1.4 請求の併合

1つの訴状に複数の請求を記載することができる(136条)。これを「請求の併合」という。なお、「請求の併合」のことを「訴えの併合」あるいは「訴えの客観的併合」ということもある[18]。
併合の態様には、次の3つがある。詳しいことは、複雑訴訟形態のところで説明するが、訴訟物論の理解の前提知識として理解しておいてほしい。

2 訴訟の3類型


2.1 判決内容に認められる効力

これには、次の3つがある。
  1. 既判力  後の訴訟の裁判所に対する拘束力。原則として、判決主文に示された判断に認められる(114条1項。例外は2項)。後の訴訟では、既判力のある判断を規準にして法的判断を進めなければならない。なお、既判力は、裁判所の判断に生ずるものである。一定の法律関係についての判断に既判力が生ずることをもって、「その法律関係が既判力ある判断をもって確定された」と言い、その省略表現として、「その法律関係が(既判力をもって)確定された」ともいう。しかし、「その法律関係に既判力が生じた」と言うのは、適切でない。
  2. 執行力  判決により認められた給付内容を強制執行により実現することができる効力。強制執行は、執行機関による国民の生活領域への侵害行為である。それを正当化するのは、強制執行によって実現されるべき権利の存在である。その権利の存在を明らかにした一定の文書が提出された場合にのみ、強制執行は開始される。そのような文書を債務名義という(民執法22条)。債務名義の代表例は、被告に一定の行為を命ずる確定判決である。判決に執行力があるということは、債権者がその判決を提出して強制執行の申立てをすれば、執行機関は執行を開始すべきことを意味する。
  3. 形成力  私人間の法律関係を変動させる効力。例えば、離婚判決が確定すると、今まで夫婦であった者が夫婦でなくなる。 なお、既存の判決の効力を変動させる判決(例えば確定判決を取り消す再審判決)も形成判決の一種に分類され、「訴訟上の形成判決」と呼ばれ、その効力も形成力と呼ばれるが、以下では、この種の形成力は脇に置くことにする。

2.2 訴訟類型

訴訟は、原告が求める判決内容にしたがって、次の3つの類型に分類される。この分類は、原告が求める判決の内容(効力)による分類であり、手続の方式に違いがあるわけではない。
訴訟類型と
訴えの名称
原告の求める判決類型の名称と
判決主文の例
判決の内容的効力

確認訴訟

確認の訴え

確認判決(一定の法律関係の存否を確認する判決)。

「別紙目録記載の土地につき、原告の所有権を確認する」(積極的確認判決)。
「被告が別紙目録記載の不動産について地上権を有しないことを確認する」(消極的確認判決)。
請求棄却判決は、「原告主張の権利関係が存在しない」との判断に既判力を生じさせる確認判決である。請求認容判決は、「原告主張の権利関係が存在する」との判断に既判力を生じさせる確認判決である。

認容判決・棄却判決のいずれにも、既判力がある。執行力や形成力はない。

給付訴訟

給付の訴え

給付判決(被告に一定の給付を命ずる判決)。

「被告は、原告に対し、500万円を支払え」。
請求棄却判決は、既判力のみを有する確認判決である(「原告主張の請求権が存在しない」との判断に既判力が生ずる)。

請求認容判決は、給付判決と呼ばれ、次の効力がある。
  • 執行力(当該請求権についての強制執行のための債務名義となる)
  • 既判力(「原告主張の請求権が存在する」との判断、典型的には「原告の被告に対する・・・の原因に基づく・・・の内容の請求権が存在する」との判断に既判力が生ずる)

形成訴訟

形成の訴え

形成判決(法律関係の変動を宣言する判決)。

「原告と被告とを離婚する」。
請求棄却判決は、既判力のみを有する確認判決である。(法律関係の形成を求める地位の不存在の判断に既判力が生ずる)

請求認容判決は、形成判決と呼ばれ、次の効力を有する。
  • 形成力(判決の確定により法律関係の変動が生ずる)
  • 既判力(形成を求める地位の存在の判断に既判力が生ずる。もっともこの既判力を認める必要はないとの見解もある)

各訴訟類型についての説明は、訴えの利益の問題との結び付きが強いので、訴えの利益の箇所で述べる。

判決主文の文言形式(給付判決と確認判決)
現在では、給付判決は、「被告は、・・・せよ」という命令形で書かれるのが通常である。最高裁判所 昭和32年2月28日 第1小法廷 判決(昭和29年(オ)第444号)民集11巻2号374頁は、これと異なる珍しい例であり、「被告は原告に対し金・・円を支払わねばならない」という形式をとっている[68](なお、古い時代にはこのように金額数字の前に「金」の文字を入れていたが、現在では省略するのが通例である)。その背後には、裁判所が国民に命令をしてよいのかという基本的な問題がある(被告が義務を履行しなければ義務は強制執行により強制的に実現されるが、執行の前提として国家が被告に行為を命令している必要はなく、被告が即時になすべき義務が明確にされていれば足りる。また、和解調書や調停調書では、命令文の形式は使用できず、「・・するものとする」といった形式になる)。他方、確認判決は、「・・・であることを確認する」という形式で書かれる。日本法では、給付判決と確認判決とは、こうした文言形式の違いにより明確に区別されている。

3 訴訟物


3.1 審理裁判の対象としての請求

訴訟物の意義
「訴訟物」の意義の定め方について複数の立場があるが、この講義では、その第一次的な意義を次のように定めることにする:訴訟における審理・裁判の対象を訴訟物という;訴訟物となるのは、「当事者が裁判所に対して訴えをもってなす実体法上の権利、法律関係ないし法的地位の主張」、すなわち「請求(狭義の請求)」である。訴えが適法な場合には、裁判所は、請求の当否を判断し、その結果に応じて、原告の判決申立てを認容し(申立通りの判決をし)または棄却する。

裁判所は、当事者の求めに応じて紛争を解決しあるいは権利保護を与えるのであり、審判対象の決定権は当事者にある(処分権主義)。裁判所は、当事者が求めた範囲でのみ判決主文で判断し(246条)、かつ、主文に包含される判断のみが既判力を有するのが原則である(114条1項。例外として2項がある)。したがって、次の図式が成立し、訴訟物概念が重要となる。
申立事項=訴訟物=判決事項≒既判力の生ずる事項

訴訟物が関係する主要な問題を列挙しておこう[50]。使われているキーワードは条文ごとに異なるが、142条の「事件」を除けば、いずれの概念もその範囲は訴訟物により画される。また、多くのものは、訴訟物と同義であると理解されている。
問題 キーワード
判決事項(246条 (当事者が申し立てた)事項
既判力の客観的範囲(114条 主文に包含するもの
請求の併合(136条 請求
重複起訴の禁止(142条 事件
訴えの変更(143条 請求
再訴の禁止(262条2項) 訴え
仮執行宣言付き判決の変更と原状回復(260条2項) 請求(259条1項)

ただし、訴訟物の単複異同の判定基準を上記の全ての問題について共通に統一的に定める必要があるか、あるいは、訴訟物概念を決定的基準にして上記の問題の全てを解決するのがよいかは、問題である。訴訟物の単複異同の判定基準を各問題毎に変えることも考えられるが(いわゆる「相対的訴訟物説」)、それはおそらく新たな混乱を招いたり、あるいは各規定に盛られる利益衡量を見えにくくするであろう。むしろ、判定基準を一つに定めた上で、各問題ごとに他の要素、特に各規定の立法趣旨を考慮して問題を解決すべきであり、訴訟物概念に過大な役割を与えるのは適当でない[10](このことは、特に、重複起訴の禁止や仮執行宣言付き判決の変更に伴う原状回復についてあてはまる)。

訴訟物概念の多義性
訴訟物の語も、実のところ、多義的である。もともとの語義は、「訴訟の対象」である。そこから、「審理裁判の対象」の意味が出てくる。これをどのようにとらえるかについて、次の3つの理解がある[42][48]。
  1. 判決要求説  判決は、最終的には、判決要求に対する応答としてなされるのであるから、審理裁判の対象は、判決要求(判決申立て)ないし広義の請求であり、これが訴訟物であるということができる。この見解は、技術的な理由として、確認判決を求めるのか給付判決を求めるのかといった違い(審判形式の違い)も訴訟物の規定要素としなければ、訴えの変更などを統一的に説明できないことを挙げる。[松浦*1974a]290頁、[松浦*2000a]674頁、[松本=上野*民訴v8]211頁(松本)、Rosenberg=Schwab=Gottwald, ZPO, 15. Aufl. S.533f.
  2. 権利主張説  判決申立ての理由の有無を判断するために、原告の権利主張の当否を判断するから、狭義の請求が訴訟物であるということもできる。[中野=松浦=鈴木*1991a]133頁(上村明廣)、[中野=松浦=鈴木*2000a]35頁(徳田和幸)[17]、[長谷部*2014a]47頁・61頁。
  3. 権利説  原告の権利主張の当否を判断するためには、主張された権利関係の存否を判断することになるから、「主張された権利関係」(請求の内容)ないし「主張された権利関係の存否」が訴訟物であると言うこともできる。[兼子*体系v3]162頁・174頁以下、[梅本*民訴]204頁、[司法研修所・監*2009a]2頁。最高裁判例も、この定義を用いている[60]。

訴訟物は、およそ上記の3つの意味で使われるが、日本では、B又はCの意味で使われることが多い。

訴訟物は、基本的な概念ではあるが、法律の規定にはない講学上の概念である。その意味について神経質になる必要はない。どの説が正当かと問うのは、あまり意味がない。訴訟物が何であるのかは、結局のところ、訴訟物という語の定義の問題だからである。裁判所は、最終的には判決要求に応答するのであるから、判決要求が正当であるか否かが最終的な審理裁判の対象である。しかし、そのためには、判決要求を正当化する権利主張の当否を審理判断しなければならないから、これも審理裁判の対象である。権利主張の当否を判断するためには、主張され権利の存否を判断しなければならないから、これも審理裁判の対象ということができる。このように考えると、いずれを訴訟物と定義しても差し支えないことになる。「どの考えをとることが体系的に最も美しいか」と言う視点から見ても、大差はないであろう。法学教師としては、学生との対話において、学生が「訴訟物」の語をどの意味で用いているかについて敏感であることは必要であるが、学生がこの語を教師と異なる意味で用いることを咎めることはしない方がよい(答案の採点においても同じである)、と自戒しておこう。

ただ、自由心証主義を定める247条の規定からは、民事訴訟法が「当事者の事実に関する主張の真否」を裁判所の直接の判断対象としていることが窺える。これを訴訟物に延長すれば、裁判所の直接の判断対象は、「権利関係についての主張の当否」であって、「主張された権利関係の存否」ではないことになろう。247条が「主張された事実の存否」ではなく、「事実についての主張の真否」を判断対象とした理由にまで立ち入ることはできないが[51]、ともあれ、この講義では、「訴えをもってなされている権利関係の主張」(狭義の請求)を訴訟物の第1の意味と考えておくことにする。

判断対象としての訴訟物  訴訟物の語は、「審理裁判の対象」あるいは「判断対象」の意味を持つものとして使われるとは限らないが、その意味を持つものとして使われることが多い。以下では、このことを前提にしよう。申立てや主張は、それについて裁判所がどのような判断をなそうとも、当事者の行為として存在する(裁判所が申立てや主張を認めない場合でも、「申立てに理由がない」あるいは「主張は正当でない」との判断がさなれるのであり、申立てあるいは主張が「存在しない」との判断がなされるのではない)。
  これに対して、権利は観念的なものであり、裁判所が存在しないと判断すれば存在しないことになる。したがって、権利説に従えば、裁判所が「訴訟物たる権利は存在しない」と判断すれば「訴訟物がなかったことになってしまう」から、権利説は、説明として不適切であるとの非難を受けることになる([松本=上野*民訴v8]196頁(松本))[67]。では、判断の対象は「権利の存否」という問題であると見ると、どうなるであろうか。この見地に立てば、裁判の対象(訴訟物)は「訴えにより主張された権利が存在するか否かの問題」であり、その問題は、裁判所が権利の存在を否定する場合でも、「裁判所が判断した問題」として存在するので、前記の非難を回避することができる。その問題は、短く表現すれば、「訴えにより主張された権利の存否」であり、その中核となるのは「訴えにより主張された権利」であるので、これが判断対象すなわち訴訟物であると表現することも、一種の短縮表現として許容されると考えてよいであろう。
 権利説を基本としつつも、訴訟物は、「訴えにより主張された権利関係」そのものではなく、「その権利関係の存否」である考えるならば、「訴訟物たる権利関係」という表現は、正確性を欠いた表現である。正確には、「その存否が訴訟物になるところの権利関係」あるいは「判決により存否が判断される権利関係」と言うべきである。ただ、そうした正確な表現の短縮形として「訴訟物たる権利関係」という表現を用いることが許容されるか否かは、別個の問題と考えてよいであろう。おそらく許容範囲内のことと考えてよいであろう。

既判力の生ずる判断  既判力の生ずる判断(原則として主文中の判断)は、(α)原告の権利主張(一般的には、法律関係について主張)の当否についての判断なのか、(β)主張された権利の存否についての判断なのか、という問題を設定すると、どうなるか。この問題は、請求が棄却される場合に、既判力が生ずるのは、「原告の権利主張は不当である」との判断に既判力が生ずるのか、それとも「原告が主張した権利は認められない(存在しない)」との判断なのかという問題と絡み合う。いずれと考えるかによって具体的な問題の結論が変わることはないであろうが、ただ、既判力の作用を説明するにあたっては、後者の考えないし表現の方が都合がよい。これを前提にすると、「訴訟物についての判断に既判力が生ずる」との簡潔な命題における「訴訟物」は「主張された権利の存否」を意味することになり、その意味で「訴訟物」の語を用いることも多くなる。権利主張説に立ってこれを避けようとすれば、前記の簡潔な命題における「訴訟物」を「訴訟物の内容」と言い換える必要が生ずる(言い換え後の全体は、「訴訟物の内容である権利の存否の判断に既判力が生ずる」になる)。しかし、前記の簡潔な表現が普及していることを考慮すると、「訴訟物」の語は「訴えにより主張されている権利関係」の意味でも用いることができるとする方がよいであろう。そこで、この講義では、これを「訴訟物」の語の第2の意味と考えることにしよう(基本的な意味は、権利主張説の説くとおりである)。この意味で「訴訟物」の語が用いられている代表例は、「訴訟物たる権利関係」という表現である[43]。その表現は、権利主張説からすれば、「訴訟物の内容たる権利関係」と短縮表現と位置づけることもできる。

重要なのは、訴訟物の語が個々の文脈で、どの意味で使われているかを読みとることがである。いくつか例を挙げて説明しておこう。
)ある不動産を巡ってXとYとが互いに所有権を主張し、互いに自己の所有権の確認を求める訴えを提起したとする。それぞれが提起する訴訟における訴訟物は、
)債権の確認請求[45]とその債権に基づく給付請求は、 )XがYに対して主張するα債権について、Yが債務不存在確認の訴えを、Xが支払請求の訴えを提起したとする。
この(c)の場合に、Yの提訴後にXが別訴を提起することは重複起訴に該当し、142条により許されないとの結論は、いずれの説によっても変わらないとすべきである。説明が若干異なるだけである。権利説では、訴訟物が同一であるから重複起訴に該当する。判決要求説及び権利主張説では、訴訟物は異なるが、同一当事者間で存否が争われている権利が同一であるから同一事件にあたり、重複起訴に該当すると解すべきである(そうでないと、Xの債務不存在確認の訴えの審理が進んでいる場合に、不当な結果に至る)。

3.2 訴訟物の特定の必要性

請求は、原告が訴え提起に際して請求の趣旨と原因を明確にすることにより特定しなければならない。なぜなら、(α) 訴訟物が特定されないと、裁判所は何について裁判すべきかがわからず、審理を開始することができず、(β)被告は、その訴訟にどのように対応すべきかがわからないからである。特に、金銭の支払請求訴訟においては、請求金額が特定されることが必要である。100万円の支払請求訴訟と1億円の支払請求訴訟とでは、被告がその訴訟に投入すべき労力と費用は異なる。その他の請求についても、原告は、請求が認容された場合に被告が失うことになる最大限度を明確にしなければならない。(γ)裁判所は、原告が求める範囲内でのみ請求を認容し、原告が求める以上のものを与えてはならない(246条。処分権主義)。請求の特定は、この建前との関係でも重要である。

請求が特定されない場合には、不適法な訴えとして却下される。例:
他方、請求が特定されているとされた事例として、次の例がある。
もっとも、形式的形成訴訟においては、原告は、どのような判決を求めるかを明確に述べる必要はない。例えば、共有物分割訴訟(民法258条)においては、分割の対象となる共有物と分割割合(持分)を特定することは必要であるが、分割方法の特定までは必要ない。原告によって分割方法が特定されていなくても、審理裁判の対象が何であるかは明らかであり、裁判所は、「適切な裁量権の行使により、共有者間の公平を保ちつつ、当該共有物の性質や共有状態の実状に合った妥当な」分割方法を定める(最高裁判所平成8年10月31日第1小法廷判決(平成7年(オ)第1962号)・判例時報1592号55頁)。原告がある分割方法を主張しても、裁判所はそれに拘束されない。裁判所は、当事者の希望として尊重するにとどまる。もし原告の主張に拘束されるとすると、裁判所がそれを適当でないと判断する場合には、請求が棄却され、紛争が解決されないままとなるからである。同様なことが、父を定める訴え(民法773条)や筆界確定訴訟(境界画定訴訟)について妥当する。  

3.3 訴訟物論争

訴訟対象である原告の請求をどの単位でまとめ、その単複異同を決定するかについての論争を、訴訟物論争という。次の見解が対立している。

実体法説(旧訴訟物理論)
 ()意義  「実体法上の権利主張=訴訟物」との命題を立て、「一つの実体法規範の要件の充足=一つの実体権の発生」と考える立場。古くからある伝統的な見解で[CL2]、判例は現在でもこの立場にある。例えば、最判平成10.12.17(平成6年(オ)第857号)は、金員の着服を原因とする不法行為に基づく損害賠償請求とその金員の不当利得返還請求とは別個の訴訟物であることを前提にして[36]、前者の訴えは、後者の請求権について時効中断事由としての裁判上の催告の効力を有するとした。

 ()請求権競合と法条競合  例えば、バスの転落事故により乗客が負傷した場合に、バス会社と乗客との間の運送契約に基づき、バス会社は乗客を目的地に安全に運ぶ債務を負っており、その不履行による損害賠償請求権が発生すると共に、運送契約の有無にかかわらず不法行為による損害賠償請求権も発生する。このうちの一方の請求権により損害の回復が得られると、他方の請求権も消滅する。このように、同一の目的に向けて複数の請求権が存在し、一つの請求権が満足を受けて消滅すると、他の請求権も消滅する関係にあることを請求権競合と言う[33]。請求権競合の場合には、権利者は、1回の給付を受けることができるだけである。請求権競合のその他の例[56]:
  これに対し、一つの生活事実関係に複数の法規範の適用の余地があるが、法規範相互の関係によりその内の一つのみの適用が肯定される場合を法条競合という[19]。例えば、自動車損害賠償法3条と民法715条1項のいずれもが適用可能な場合には、前者が優先的に適用されると考えられている(反対の見解もある)[28]。

  法条競合の典型例は、一般規範(例えば民法709条以下)と特別規範の関係にある複数の規範の競合であるが、原告が一般規範に基づく請求権を主張して訴えを提起している場合に、そのことが被告にとって特に不利でないときに、一般規範に基づく請求権は認められないとすることが妥当かと言えば、疑問である。他方、被告の利益保護のために特別規範が設けられていて、その特別規範の要件が充足される場合には、一般規範に基づく請求権を認めるわけにはいかない。したがって、同一の事件に適用されうる複数の規範が法条競合にあるか否かの問題は、基本的に実体法の問題であるが、ただ、訴訟において意味のある法条競合は、特別規範が義務者の利益保護のために一般規範とは異なる要件又は法律効果を定めている場合であろう。その点からすれば、自動車事故に関しては、民法709条・民法715条(一般規範)と自動車損害賠償法3条(特別規範)とが法条競合の関係にあり、後者の要件が充足される場合には前者の適用はないとされているが、この場合には、特別規範は被害者の利益を保護するために設けられた規範であり、被害者があえて一般規範の適用を求めている場合には、一般規範の適用を肯定すべきであろう。そのような法条競合を「弱い法条競合」とよび、義務者の利益のために設けられた特別規範のみが適用されるべき場合の法条競合を「強い法条競合」とよび、両者を区別すべきである(後者にあっては、特別規範の中に見られる一般規範の適用を排除する要件が重要である)。後者の例として、民法703条・704条とその特則である民法189条・190条をあげることができる。

 ()請求権競合の関係にある請求の選択的併合  原告は、請求権競合の関係にある各請求権を順次主張して別個に訴えを提起することもできるが、1回の訴訟で全部の請求権を主張する方が、紛争全体の迅速な解決となり、好ましい。この場合に、競合する請求権の主張をそのまま並列的に訴訟物とすると、裁判所は、同一の給付を命ずる主文を複数掲げることになり、あたかも複数回の給付を命ずるかのような外観が生じ、混乱を生じやすい。そこで、一つの請求権を内容とする請求が認容されれば他の請求権を内容とする請求については審判を求めないという解除条件を付す。このような解除条件を付して複数の請求を併合することを、選択的併合という。旧訴訟物理論では、請求権競合の関係にある複数の請求権を同時に主張する場合には、それらを選択的に併合すべきものとされている。

 ()不両立の関係にある請求の予備的併合  ところで、消費貸借契約に基づく貸金返還請求権と、消費貸借契約が無効と判断される場合に備えて主張する不当利得返還請求権とは、債権者が債務者に貸付けの意図をもって金銭を渡したという事実関係から生ずる請求権であるが、不両立の関係にあり、請求権競合の関係にはない。不両立の関係にある請求については、各請求間に順位を付して訴えを提起する(予備的併合)。[46]

 ()判決事項と既判力の範囲  裁判所は、訴訟物となった実体法上の請求権の主張についてのみ裁判できる(246条)。請求が棄却された場合には、当該請求権の不存在の判断についてのみ既判力が生じ、原告は他の請求権を主張して再度訴えを提起することができる。例えば、バスの転落事故の例で、訴状において不法行為による1000万円の損害賠償請求権のみが主張されている場合に、裁判所が短期消滅時効の完成(民法724条1号)を理由にこの請求権を否定して、代わりに、債務不履行による損害賠償請求権を肯定して1000万円の支払を命ずる判決を下すことはできない。裁判所は、請求棄却判決を下さなければならない。この判決は、不法行為による損害賠償請求権の不存在の判断についてのみ既判力を有するので、原告が債務不履行を理由に再度訴えを提起すれば、認容される可能性がある。しかし、これでは紛争が細切れに解決されることになり、相手方および裁判所の負担が重くなる。そこで、紛争の一回的解決を標榜して、後述の訴訟法説が主張された。

 ()信義則 − 紛争の蒸返しの禁止の法理  最高裁判例が採用している実体法説に対しては、紛争の細切れ的解決を招くとの批判が加えられていた。しかし、最高裁が、例えば債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟で敗訴した者が不法行為による損害賠償請求権を主張して再度訴えを提起して勝訴する可能性を一般的に認めているのかといえば、そうでもない。訴訟物論争を経た後のことではあるが、最高裁は、訴訟物を異にする場合であっても、後訴が実質的には、敗訴に終わった前訴の請求及び主張の蒸返しに当たる場合には、後訴の提起は信義則に反して許されないとの法理を定立した(例えば、最高裁判所平成10年6月12日第2小法廷判決(平成9年(オ)第849号)参照。下級審の印象的な事例として、折尾簡易裁判所 平成14年11月21日 判決(平成14年(ハ)第118号)がある)。

 この法理が妥当する範囲では、実体法説による紛争解決の実効的範囲は、次に述べる訴訟法説とほとんど変わらない。違いは、原告の訴えを排斥する場合の判決形式の差異とこれに伴う若干の差異に過ぎなくなる。そして、上記の法理を攻撃防御方法の提出の段階においても認めるならば、その差異さえも消滅させることができよう。もっとも、140条の適用の可能性の有無などの差異は残ろう。

訴訟法説(新訴訟物理論)
 ()意義  この説は、訴訟制度の目的として紛争の一回的解決(一つの紛争を一回の訴訟で解決すること)を強調し、この目的の実現のために訴訟物を大きな単位で捉えようする。すなわち、実体法説の意味での請求権と訴訟物との関係を切断し、審判対象としての請求は実体法によって承認されている利益の主張であり、1回の給付を求めることができるときにはその法的地位ないし受給権の主張が1個の包括的な訴訟物になると主張する。そこでいう、「法的地位ないし受給権」は実体法上のものであるが、紛争の一回的解決という訴訟制度の目的論の視点から設定された実体法の法的地位ないし権利である。この説では、実体法上の請求権は、訴訟物たる法的地位ないし受給権を根拠付ける法的観点として扱われ、それ自体は訴訟物とはならない。

 ()不両立の関係にある請求  訴訟法説による包括的訴訟物は、請求権競合の場合に特に重要であるが、それに限られない。旧訴訟物理論では予備的に併合される複数の請求も、請求の趣旨が同一である限り(まったく同一である必要はなく、果実や損害賠償等の付帯の請求に差異があってもよい)、1回の給付を正当化するだけであるので、単一の法的地位ないし受給権に包括される。例えば、消費貸借契約の有効を前提とする貸金返還請求権の主張とその無効を前提とする不当利得返還請求権の主張がそうである。他方、請求の趣旨が異なる場合には、訴訟物は別個と考えざるを得ない。例えば、売主が売買契約の有効を前提にして代金の支払を求め、契約が無効と判断される場合にそなえて、売り渡した物の返還を求める場合がそうである。

 ()判決事項と既判力の範囲  バスの転落事故により負傷した乗客である原告が不法行為による損害賠償請求権を主張して1000万円の支払請求の訴えを提起したが、この請求権は、短期消滅時効(民法724条1号)が完成していて、被告の時効の援用により否定されるとしよう。この場合でも、(α)当事者の弁論ならびに証拠調べの結果から運送契約の成立が認められ、債務不履行による損害賠償請求権を肯定できる場合には、訴えの変更(143条)がなされなくても、裁判所は1000万円の支払を命ずる判決を下すことができる。他方、(β)原告が運送契約の成立を主張しないため債務不履行による損害賠償請求権も認めることができない場合には、請求棄却判決を下すことになる;この判決が確定すると、転落事故によって生じた損害の賠償を求める法的地位の不存在が既判力をもって確定される;原告が債務不履行による損害賠償請求権を主張して再度訴えを提起しても、前訴判決の既判力によりその請求は棄却される。

  債権者が手形債権と原因債権の双方を有する場合については、(α)原因債権と切り離して手形債権が譲渡されるのが一般であること、(β)手形振出人など手形義務者は、従前の所持人との関係で主張することができた抗弁(例えば、約束手形の受取人に対して主張することができた原因債権の不存在)を現在の所持人に対して主張することができないとしていること(人的抗弁の制限。手形17条)、(γ)手形債権のために手形訴訟という略式手続が用意されていることとの関係で、両者を別個の訴訟物と見るべきか否かについて見解が分かれているが、訴訟法説を前提にするならば、単一説が妥当であろう。
  1. 別個の訴訟物と見る説(二分肢説)  原因債権の発生原因となる事実(取引行為)が完結した後に手形が振り出された場合については、前者の事実と後者の事実(手形振出の事実)は別個の事実と見るべきであるから、原告の求める判決要求は同一であるとしても、別個の訴訟物と見るべきである([中野*1994a]46頁。[松本=上野*民訴法v8]210頁は、原因債権の発生原因のとなる事実の完結後に手形が振り出された場合に限定することなく、「各々独立して別々に評価されるべき別個の事実関係」であることを理由に訴訟物は異なるとする)。[三ケ月*1995a]118頁以下は、2つの債権を1つの訴訟(通常訴訟)で同時に主張する場合には訴訟物は一つと見るべきであるが、手形債権の上述の特質(特に(β))を考慮して、債権者は、手形債権あるいは原因債権のみを訴訟物にして訴えを提起することを認め、この場合には各請求権が別個の訴訟物になると説く。
  2. 単一の訴訟物とみる説(単一説)  手形所持人が原因債権の債権者でもある場合には、訴訟物は、手形債権と原因債権を包含する単一のものであるとする。次のことを理由とする。(α)手形債権と原因債権とが別人に帰属することができるのは確かであるが、ここで問題にしているのは同一人に帰属する場合であり、その典型的場合である債権者が手形の受取人である場合には、抗弁権は切断されない。(β)手形訴訟において敗訴判決を受けた者は異議により通常訴訟に移行させることができる(357条361条)。2つの請求権を同一の手続で審理裁判する道は開かれているのであるから、両者を単一の訴訟物に包含させてよい。(γ)反対に解して、例えば手形債権に関する訴訟で敗訴した債権者がさらに原因債権を別訴で訴求することを認め、あるいは、手形訴訟で敗訴して手形金を支払った債務者が原因関係の不存在を主張して不当利得の返還を訴求することを認めることは、紛争の1回的解決の理念に反する。[新堂*1998a]275頁以下。

新実体法説
訴訟法説が伝統的な実体法上の請求権概念を変更せずに訴訟物の単位を大きくしたのに対し、新実体法説は、実体法上の請求権概念を変更し、一つの請求権を包括的なものにしようとする。実体法上の議論として、いろいろなものがありうる。例えば、次のような見解がある。
  1. ある事象が複数の法規のもとに包摂される場合でも、実体法秩序が特定の一個の給付だけを是認するに過ぎない場合には、それらの規範を統合してできる規範により1個の請求権が成立するにすぎないと見る考え[24]。
  2. 観念的に複数の請求権が競合する場合でも、それらは実体法上も一括して扱われるべきであり、実在としては、一個の請求権だけが存在し、それが訴訟的保護の対象となり、訴訟物になると捉える立場[25]。規範の統合は行わない。

事実関係説(二分肢説)
訴状における請求の趣旨と請求の原因に対応して、判決申立てと事実関係とを対等な訴訟物特定要素と見、両者により訴訟物の単複異同を決すべきであるとの見解([中野*1994a]45頁以下、[松本=上野*民訴法v8]208頁以下[松本])。事実関係の単複異同の精密な決定基準があるとは言い難いが、多くの場合、生活事実として社会常識に基づいて決することができ、一応の基準として、「ある法規の構成要件を完結的に充たす部分事実が他の法規の適用に対する最終の要件を充たす部分事実と同一である場合」に一個の事実関係を認めることができるとする([中野*1994a]46頁)。

判 例  いくつかの判例をあげておこう。

ありふれた例

3.4 確認訴訟の訴訟物

確認訴訟の訴訟物(狭義の請求)は、伝統的な意味での実体法上の具体的な権利あるいは義務又は法律関係の存在又は不存在の主張である(なお、例えば「権利Aの存在の主張」は、「権利Aの主張」と短く記述することができる。また、「権利Aの存在の確認請求」とは言わずに「権利Aの確認請求」と言うのが通例である)。
債権の存否のみの確認を求める訴え
債権者が債権の存在の確認のみを求める訴えを提起することができるかについては、争いがある。請求認容判決により被告が受ける不利益の上限は被告に認識可能であることを理由に肯定する見解もある[16]。しかし、債権の存否のみでは紛争解決として不十分であり[31]、これを必要とする特段の事情がある場合を除き、否定すべきである。次のような場合には、特段の事情の存在が認められる:

債務者が債務の不存在のみの確認を求め、存在する場合にその金額の確定をまったく求めないことを内容とする訴えも、そのような確定を必要とする特段の事情がない限り、許されないとすべきである(被告主張の債権がまったく存在しないことの確認請求について、裁判所は、一定金額を超えては存在しない旨の判決をすることができ、その判決は請求の一部認容・一部棄却判決であり、一部棄却は、当該金額の範囲で債権が存在することを確定する。直接の事案ではないが、最高裁判所昭和40年9月17日 第2小法廷 判決・民集19巻6号1533頁参照)。これについては、債務不存在確認訴訟の項でさらに説明する。

3.5 給付訴訟の訴訟物

金銭の場合
金銭自体には特定性がないので、金銭給付請求権をその発生原因事実によって特定する必要がある。金額が発生原因事実の中で債権の要素となっている場合には、金額も特定する。なお、「被告は、原告に対し、1000万円を支払え」との判決を求める場合の「1000万円」を請求金額といい、現行日本法では、請求金額不特定の訴えは許されていないので、広義の請求については、請求金額を特定しなければならない。不法行為による損害賠償請求の場合に、賠償金額は狭義の請求の特定要素にならないこともあるが、その場合でも請求金額は特定する必要があり、全部の賠償金額を特定することができないときは、適当な請求金額を定めて一部請求であることを明示する。

 ()旧訴訟物理論(実務)  原告は、少なくとも一つの実体法上の請求権を意識して、その請求権の発生原因となる具体的事実を記載する方法で、特定する。その請求権について根拠規定がある場合には、その規定の要件に該当する具体的事実を挙げていく。例えば、自動車損害賠償法3条本文に基づく損害賠償請求であれば、次のような事実を書く([最高裁*1997b]137頁以下参照。なお、各項目の始まりのカッコ内は、説明の便宜のためのものであり、実際には不要である)。
  この記載により、訴訟物となっている請求権が他の金銭債権から識別される(請求を理由付けるためにはこれだけでは不十分であり、事故により原告が受けた損害を償うのに必要な金額等も主張する)。一つの事実関係から複数の請求権が生じうる余地がある場合には、できるだけそれらを整理して書いておく。原告は、実体法上の請求権の根拠条文を書く必要はない[34]。書いても、裁判所はそれに拘束されない。例えば、自賠法3条と民法715条のいずれも適用可能な事実が請求原因として主張されている場合に、原告が民法715条の適用を主張していても、裁判所は優先的に適用されるべき自賠法3条を適用して、裁判することができる(大阪高判昭和37年7月26日下民集13巻7号1568頁)。とは言え、原告が特定の根拠条文に基づく請求権を主張しているのであれば、その根拠条文を示しておくことが相互理解を確実にする上で有益である。

  何が訴訟物になっているかは、訴状の記載の解釈問題となる。おおまかな基準にしかならないであろうが、原告が訴状に記載した事実によって根拠付けられるすべての実体法上の請求権が訴訟物になる。もちろん、処分権主義の下、原告の意思が尊重されるべきであり、不明確な場合には補正命令等により明確にさせるべきである。
 次のことは、訴訟物の差異をもたらさない。
 紛争蒸返しの禁止  一個の紛争から複数の請求権が生ずる場合に、一つの請求権のみを主張して訴えを提起すれば、原告の意思に従いその請求権のみが訴訟物となるが、しかしその請求権を否定する判決が確定した後で別の請求権を主張して訴えを提起すれば、紛争の実質的な蒸し返しと評価され、特段の事情がなければ、後訴は却下される。この帰結を正当化する前提として、原告は、一つの紛争から複数の請求権が発生する場合には、可能な限りすべてを訴訟物にして、紛争の一回的解決に努める信義則上の義務を負うというべきである(2条)。

)新訴訟物理論  一回の給付を受ける法的地位(受給権)を特定するのに足る生活事実関係を挙げれば足りる。バスの転落事故の例では、何時・どこで事故が発生し、その事故により原告がどのような傷害を負ったのかを特定すれば足りよう。不法行為による賠償請求か債務不履行による賠償請求かまで識別できるように記載する必要はない。
  とはいえ、規則53条1項により「請求を理由づける事実」の記載が要求されているのであるから、実体法上の請求権を根拠付ける具体的事実を訴状に書くべきであることに変わりはない。旧訴訟物論との違いは、現象的には、訴状の記載に現れるのではなく、記載された内容から訴訟物として何を読み取るかの点に現れる[29]。訴状に記載された事実からある実体法上の請求権の主張が読み取られる場合には、その請求権に根拠付けられる受給権が訴訟物となり、裁判所はその受給権に包摂されるすべての実体法上の請求権を審理の対象にして裁判する。例えば、
不特定物の場合
金銭の場合と同じ

特定物の場合
旧訴訟物理論では、目的物の特定と実体法上の給付請求権の発生原因を特定することが必要である[39]。新訴訟物理論では、給付を求めることができる法的地位が訴訟物となり、実体法規範ごとの請求権はそれを根拠づける法的観点にすぎず、個々の請求権ごとに訴訟物が異なるとは考えないので、給付対象となる目的物が特定されれば足りる。

法条競合の場合
一つの生活事実関係に複数の法規範の適用の余地があるが、法規範相互の関係によりその内の一つのみの適用が肯定される場合を法条競合という。この場合には、原告が優先適用されるべき規範から生ずる請求権のみを主張すれば、それが訴訟物となる。しかし、優先適用の規範(優先規範)は、後順位適用の規範(後順位規範)の特別規範であり、後順位規範の方が適用範囲が広いのが通常である。従って、原告は、優先規範の要件が充足を証明できない場合のことを慮って、後順位規範から生ずる請求権も主張することになる。これは、本来は、予備的併合として主張されるべきであるが、両請求権が原告にもたらす利益に差異がなければ、原告は選択的併合とするであろうし、それも許される。ただ、裁判所は、優先規範から適用すべきである。

原告が、優先規範から生ずる請求権を主張せずに、後順位規範から生ずる請求権のみを主張して訴えを提起した場合には、どうすべきか。()その優先規範が被告の利益保護を目的としている場合には、請求は棄却されるべきである。他方、()優先規範が原告の証明の負担を軽減し、迅速な解決を可能にすることを目的としている場合はどうか。(b1)裁判所の釈明権行使にもかかわらず原告がその規範から生ずる請求権を主張しないことは、場合によれば、裁判所との関係で不誠実な訴訟通行と評価され、請求棄却ないし訴え却下もやむを得ないこともありえよう。(b2)しかし、そうでない場合に、法条競合であることのみを理由にして後順位規範に基づく請求を棄却することが妥当であるとは思われない;この場合に、原告に行使する権利の選択の自由を認めることは、適用されるべき規範の選択の自由を認めることになり、法条競合関係を認めたことの趣旨に反するのは確かであるが、法条競合といっても様々なものがあり得るところであり、被告の利益保護を目的としない限り、原告が適用を求めた規範により請求権の存否を判断することも許されると解したい。

3.6 形成訴訟の訴訟物の特定

判決により宣言されるべき法律関係の変動が請求の趣旨により特定されれば足りる。もっとも、形成原因の差異が重要で、どの形成原因が問題になっているかを明確にすることが被告の防御にとって重要である場合には、形成原因ごとに訴訟物を観念すべきことになる。この立場に立って、判例は、離婚訴訟の訴訟物を民法770条1項各号の形成原因ごとに細分している(最判昭和36.4.25民集15-4-891)。この立場に立っても、例えば1号の離婚原因(不貞)について言えば、口頭弁論終結前のすべての不貞行為がひとまとまりになって1つの離婚権を発生させ、それが訴訟物になるのであって、某年某月某日の不貞行為ごとに訴訟物たる離婚権が成立すると考えるのではない。他方、学説の多くは、民法770条1項5号の婚姻を継続しがたい重大事由が離婚原因であり、1号から4号の離婚原因はその例示にすぎないとして、各号ごとの細分化を否定する。これによれば、離婚の訴えにおいて、離婚原因として主張された事実がどの号に該当するかは、訴訟物の特定要素にはならない[9]。

婚姻取消しと離婚とが競合する場合には、両者を婚姻関係の解消という形でまとめることは許されず、主位的に婚姻取消し、それが認められなければ離婚という形で別々に特定しなければならない[47]。

詐害行為取消権の制度は,債務者の一般財産を保全するため,取消債権者において,債務者受益者間の詐害行為を取り消した上,債務者の一般財産から逸出した財産を,総債権者のために,受益者又は転得者から取り戻すことができるとした制度であり,取り戻された財産又はこれに代わる価格賠償は,債務者の一般財産に回復されたものとして,総債権者において平等の割合で弁済を受け得るものとなるのであり,取消債権者の個々の債権の満足を直接予定しているものではない。上記制度の趣旨にかんがみると,詐害行為取消訴訟の訴訟物である詐害行為取消権は,取消債権者が有する個々の被保全債権に対応して複数発生するものではない。最高裁判所 平成22年10月19日 第3小法廷 判決(平成21年(受)第708号)

3.7 一部請求

一部請求に関係する 判例

金銭債権は、数量的に分割可能である(可分債権)。処分権主義により、債権者は、1億円の貸金債権を有する場合でも、債務者の資力等を考慮して、さしあたり1000万円を請求するにとどめることができる。また、損害賠償請求訴訟にあっては、債権者は、例えば1億円の損害が生じたと考えている場合でも、一部敗訴となって訴訟費用の負担を命じられることを避けるために、さしあたり勝訴の見込みの確実な1000万円のみの一部請求にとどめておくことができる[38]。

そのような訴えが提起された場合に、訴訟物となるのは、1億円の債権全体なのか、それとも1000万円部分のみなのだろうか。この抽象的に設定された問題は、次の具体的問題と密接に関連する[R35][30]。
  1. 請求認容判決が確定した後で、債権者が残額9000万円を請求することは、前訴判決により妨げられるか(114条1項の問題)。
  2. 最初の訴訟による時効完成猶予及び更新(平成29年民法改正前は、両者は「時効中断」という一つの概念に包括されていた。同改正前の資料の引用に際しては、「時効中断」を用いる)は、1億円全額に及ぶのか、それとも1000万円のみに及ぶのか(民法147条1項1号の問題)。

見解は、次のように分かれている。
 ()明示の一部請求肯定説(折衷説。判例・通説)  一部請求であることを明示した場合には、当該部分のみが訴訟物となり、請求認容判決が確定した後で残部を請求することも許される(最判昭和37.8.10民集16-8-1720)。しかし、一部請求であることを明示しなかった場合(黙示の一部請求の場合)には、一部請求認容判決により、当該請求権は認容された金額でしか存在しないことが確定し、残部請求は遮断される(既判力の双面性[27]))。判例は、このことを前提にして、時効中断の効果は訴訟物となった部分にのみ及ぶとする。すなわち、明示の一部請求の場合には当該部分にのみ及び(最高裁判所 昭和34年2月20日判決・民集13巻2号209頁紹介)、黙示の一部請求の場合には債権全体に及ぶ(最判昭和45.7.24民集24-7-1177)。もっとも、明示の一部請求は、残部について時効中断事由としての催告(裁判上の催告)の効果が認められている(最高裁判所 平成25年6月6日 第1小法廷 判決(平成24年(受)第349号))[56]。

 ()一部請求否定説  一部請求であることを明示したか否かにかかわらず、請求権全体が訴訟物となる。一部請求認容判決により、請求権は認容額の限度でのみ存在することが確定し、残部請求は許されない([高橋*重点講義・上v2]105頁)。時効完成猶予及び更新の効果は、債権全体に及ぶ。ただし、債権そのものにつき、債権を法律上区分することができる標識(例えば、履行期の相違や担保権の有無)がある場合は、その標識により区分された部分のみを訴訟物とすることは、許される([三ケ月*1995a]114頁以下)。

 (B')新一部請求否定説  一部請求の場合でも債権全体が訴訟物になり、請求棄却判決により債権全体の不存在が確定し、黙示の一部請求認容判決が確定すると既判力の双面性により残額請求が許されなくなる。しかし、明示の一部請求認容判決は残額請求を遮断せず、ただ残額請求についてはそれを正当化するだけの訴えの利益が要求されるに留まる([伊藤*民訴v4]212頁以下)。時効完成猶予及び更新の効果は、明示の一部請求の場合でも、債権全体に及ぶ(同223頁)。

 ()一部請求肯定説  一部請求であることを明示したか否かにかかわらず、原告が請求した部分のみが訴訟物となる。請求認容判決の場合に残部請求は遮断されない。

上記の問題と関連する問題として、次の問題がある。
  1. 明示の一部請求が棄却された後で残部の支払を求める訴えを提起した場合に、どのように処理されるか。最判平成10年6月12日(平成9年(オ)第849号)は、特段の事情のない限り、信義則により禁止されるとする(訴え却下)[R35]。 ただし、一つの不法行為による損害のうちのある費目についてのみの賠償請求であることを明示した一部請求(当該費目については全部請求)の訴えが提起された場合に、その一部認容・残部棄却判決が確定しても、他の費目の賠償請求の訴えまで排斥されないとする先例がある(後掲最判平成20年7月10日。費目を分けて請求することに合理性があった事例についての先例と見るべきであろう)。
  2. 一部請求訴訟の係属中に、残額の支払を求める別訴を提起することは許されるか(142条の問題)。
  3. 別訴において一部請求をしている債権の残部を自働債権として相殺の抗弁を主張することは、許されるか。最高裁判決平成10年6月30日(平成6年(オ)第698号)は、特段の事情のない限り許されるとする[R35a]。
  4. 明示の一部請求に対して被告が相殺の抗弁を提出した場合に、相殺は訴求部分についてなされるべきなのか(内側説)、それとも、訴求されていない部分についてまず相殺し、ついで訴求部分についてなされるべき(外側説)なのか。最判平成6.11.22民集48巻7号1355頁は、外側説をとる。[中野*2001a4]=中野貞一郎「一部請求論の展開」民事訴訟法の論点 II・100頁以下参照。

それぞれ該当箇所で再度とりあげることにしよう。

B')の見解によれば、上記1から3の問題の答がどうなるか、考えてみよう。

一部請求であることが明示されていると解すべきかが争われる場合がある。追加請求の可能性がある限り、一部請求であることを明示すべきである。

3.8 債務不存在確認の訴え

自称債権者による裁判外の請求により生活の平穏あるいは経済的信用を害される者は、自称債権者に対して、原告は被告が主張する債務を負っていないこと(あるいは、被告が主張する原告に対する債権が存在しないこと)の確認の訴えを提起することができる[15]。このような訴えを債務不存在確認の訴えという。消極的確認の訴えの代表例である。金銭債務を例にして見ていこう。

債権額を明示しない債務不存在確認請求
原告が訴訟物とすることができるのは、被告が現に主張する債権債務関係である[35]。原告は、被告の裁判外での主張に従って債権債務関係を特定すればよい。この場合に、債権額は、債権の同一性の認識に役立つ限度で訴訟物の特定要素となる。例えば、原被告間に1999年2月1日の貸付金債権として100万円の債権と500万円の債権との2つがあると主張されていて、その一方の存在についてのみ争いがある場合に、いずれであるかを特定する要素として金額は意味がある。しかし、債権額は、訴訟物の特定要素として必須ではない。暴力団員風の債権者がささいな交通事故にかこつけて「誠意のある金額を払え」と迫ってくる場合に、債権額の特定などできない。債権額が特定されていなくても、被告が敗訴した場合に失うものの上限は被告自身が認識可能であり、また、紛争解決の実効性の点でも問題はない([浅生*1981a]368頁。ただし、反対説もある。例えば、[伊藤*民訴v4]211頁[57])。この訴えは、次の結果をもたらす。
債権額を明示した債務不存在確認請求
原告は、被告主張の債権額を明示して債務不存在確認の訴えを提起することもできる。例えば、債権者が1000万円の貸金債権を主張するので、債務者が「被告が主張する平成9年9月9日に締結された消費貸借契約に基づく1000万円の債務が存在しないことを確認する」との判決を求めて訴えを提起する場合がそうである。このタイプの訴えは、次の帰結をもたらす。

α)請求の趣旨において原告が示した被告主張の債権額(1000万円)を被告が口頭弁論において争わなかった場合には、訴訟物は債権全体であると考えてよい。次の帰結が認められる。
β)請求の趣旨において原告が示した被告主張の債権額を被告が争う場合、例えば、訴訟中に被告が債権額は1500万円であると主張する場合には、請求の趣旨は1500万円の債務の不存在確認に改められるべきである(被告の主張が変わる度に請求の趣旨を変更するのが面倒であれば、債権額を明示しないでおくのがよい)。

β')請求の趣旨において原告が示した被告主張の債権額を被告が争い、例えば債権額1500万円であると主張したにもかかわらず、原告が請求の趣旨に記載した債権額1000万を変更しない場合はどうすべきか。想定したくないケースであり、 杞憂な問題に留めておくべきかもしれないが、次のように考えたい。

一定の債務額を認めた債務不存在確認請求
例えば、債権者の主張する1000万円の債権の内800万円は弁済によって消滅しているのに債権者がこれを認めない場合に、債務者は、残債務額が200万円であることを認めつつ、200万円を超えては債務は存在しないことの確認を求める訴えを提起することができる。この場合に、裁判所は、残債務額が200万円より多いと認定したときは、現存債務額を明らかにすべきである(例えば、「債務が300万円を超えて存在しないことを確認する。原告のその余の請求を棄却する」);現存債権額を明らかにすることなく請求棄却判決をすることは許されない(最高裁判所 昭和40年9月17日 第2小法廷 判決・民集19巻6号1533頁・[百選*1998b]139事件(坂田宏))。

この場合の訴訟物の理解については、次の2つの選択肢がある:
  1. 全部説  債務者が自認する債務額を含めて1000万円全体が訴訟物になる。
  2. 一部説  債務者自認額を除いた800万円部分が訴訟物になる。

前掲の最判 昭和40年は、一般論として、Bの選択肢を採用した[21]。一種の明示的一部請求である。全部説は、紛争解決の実効性の確保のために、このような一部請求を否定する立場である。両説の違いを表にまとめておこう。
全部説 一部説
裁判所が残存債務は200万円であると判断した場合。 請求認容判決(「原告の被告に対する債務が200万円を超えては存在しないことを確認する」)。

残債権は200万円を超えては存在しないことが確定する。かつ、残債権200万円の存在も確定する。
請求認容判決(左に同じ)。

残債権は200万円を超えては存在しないことが確定する。しかし、残債権200万円の存在は確定されない。
裁判所が残存債務は100万円であると判断した場合。 本来は「100万円を超えては存在しない」との趣旨の判決を下すべきであるが、原告の求める以上の判決をすることは許されないので(246条)、請求認容判決(上に同じ)。

既判力の内容は、上と同じ。
訴訟物になった部分について原告の法律関係の主張が認められるので、請求認容判決(上に同じ)。

既判力の内容は、上と同じ。
裁判所が残存債務は300万円であると判断した場合。 一部認容判決(「原告の被告に対する債務が300万円を超えては存在しないことを確認する。原告のその余の請求を棄却する」)

残債権は300万円を超えては存在しないことが確定する。かつ、残債権300万円の存在も確定する。
一部認容判決(左に同じ)

残債権は300万円を超えては存在しないことが確定する。かつ、残債権300万円のうち訴訟物となった100万円部分の存在も確定する。しかし、訴訟物とならなかった200万円部分の存在は確定されない。ただし、その部分の不存在を後訴において主張することが信義則に反するとされる余地はある。

原告が一定の債務額の存在を認めていたことをどのように評価するかの問題となるが、一部説のとる結論は、後述の消極的一部請求を肯定した場合の結論と同じである。その点で、一部説は、債務額の自認を重視することなく、後述の消極的一部請求と同視する見解であるということができる。

消極的一部請求
給付訴訟について明示の一部請求が認められるように、消極的確認訴訟についても明示の一部請求が考えられる(黙示の消極的一部請求は、想定しにくい)。
  1. 債権者の明示の一部請求に対抗して、債務者が残部債務の不存在確認請求の反訴を提起する場合。例えば、5億円の債権のうちの1億円の支払を請求する本訴に対して、債務者が5億円の債権全体について債務不存在確認の反訴を提起すると、1億円部分については訴えの利益がないとして却下されるので、債務者は、1億円を除く残債務について、その不存在の確認を請求することになる。
  2. 債権者と債務者との間で、債権発生当時の債権額については争いがなく、弁済額について争いがあり、債務者がさしあたり確実に弁済を証明できると考える金額についてのみ債務不存在確認を提起する場合。例えば、5億円の債権の発生については争いがないが、債務者の全額弁済の主張を債権者が争う場合に、債務者が確実に証明できる4億円分について債務不存在確認の訴えを提起する場合。

その取扱いは、一定の債務額を認めた債務不存在確認請求について一部説が説くところと同じである。上記の設例のうちの2の場合を念頭において、若干の補足をしておこう。

 (α)一部認容の場合に、訴訟物になっていない部分について、再度債務不存在確認の訴えを提起しても、前訴で主張したのと同じ弁済を主張して債務不存在確認を請求することは、特段の事情がない限り、紛争の実質的蒸し返しにあたり、許されないと考えるべきであろう。明示の積極的一部請求の場合に、請求が棄却されれば、残部の追加請求が紛争の実質的蒸し返しとして許されないのと同じである(最高裁判所平成10年6月12日第2小法廷判決(平成9年(オ)第849号))。
 (β)時効完成猶予・更新の効力との関係を見ておこう。原告が債務額の下限を示すことにより訴訟物から除外した部分については、原告がそれを自認していれば時効更新事由としての債務承認(民法152条[旧147条3号])に該当する。原告がその部分を自認していない場合でも、被告である債権者が債権の存在を主張し、弁済されるべき旨の主張がなされれば、裁判上の請求としての効果を認めてよく(事案は異なるが最判昭和43年11月13日民集22巻12号2510頁参照)、少なくとも裁判上の催告の効果を認めるべきである(最判昭和38年10月30日民集17巻9号1252頁)。

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1998年7月2日−2019年6月6日