注1 [中野=松浦=鈴木*1995a]42頁[中野]に従う。
注2 [兼子*体系]141頁、[伊藤*1998a]123頁など。この説明を誇張すると、訴えは「請求認容判決でも棄却判決でもよいから、いずれかの判決をくれ」という申立てになるが、訴状に表明された原告の意思から離れた説明である。
注3 [中野=松浦=鈴木*1995a]42頁[中野]、[新堂*1998a]172頁(もっとも、171頁では、「本案の審理を進め本案判決することを求めるもの」であるとの説明がなされている)。
注4 [中野=松浦=鈴木*1995a]41頁[中野]、[新堂*1998a]266頁。
注5 [新堂*1998a]266頁、[伊藤*1998a]123頁(「審判の対象となるのは、被告に対する請求であり、したがって訴えと請求とでは、その相手方が異なる」と説く)。
[松浦*1974a]290頁は、(α)訴訟物となる請求は裁判所ではなく被告に向けられているとの立場を前提にしつつ、(β)その請求は審判形式を取り込んだ広義の請求であるが、その請求は、訴えの内実という形で裁判所に向けられていると同時に、被告に向けられていると説明する。この講義では、(α)の前提は採用されていないことに注意。
注6 申立ての意義及び法的性質については、[雉本*諸問題]595頁以下が詳しい。同書では、申立ては「意思表現」であるとされているのが、それは、[我妻*1969a]234頁で用いられている「意思の通知」と同じと言ってよいであろう。意思の通知は、債務の履行を要求する催告などのように、「一定の意思の表示であるが、その意思内容が、その行為から生ずる法律効果以外のものに向けられている点で意思表示と異なるものである」。
注7 請求を被告に向けられた権利主張であるとする見解に対する批判として、[中野=松浦=鈴木*1995a]41頁[中野]参照。
注8 形成権とは、権利者の一方的な意思表示により法律関係を変動させることができる権利である。これには、次の2種類がある。
形成の訴えはbの形成権の行使であり、従来は上記のような説明が多かった。ところが、形成判決によってしか効果が生じないものを権利と呼ぶことについての違和感から、上記の説明は減少し、形成訴訟の訴訟物は「形成原因」ないし「形成要件」であるとの説明が現在では主流となってきたと言われている([中野=松浦=鈴木*1998a]43頁[徳田])。しかし、当事者の一方がその意思により他方の意思に反してでも法律関係の変動を(もたらす判決を)得る法的地位にある場合に、それを権利と呼ぶか否かは、多分に趣味の問題であろう(権利と呼べは、権利放棄や権利濫用を言いやすくなるが、これも趣味の問題の一つであろう)。その法的地位を「裁判上行使すべき形成権」と呼んで、それが訴訟物であると説明することも悪くはない。
注9 [中野=松浦=鈴木*1998a]43頁[徳田]、[松本=上野*1998a]139頁(婚姻を継続しがたい事情に基づく離婚申立てが訴訟物をなす)。
注11 占有の訴えは、占有者の迅速な救済を目的としており、本権の訴えから切り離して、これのみを迅速に審理・裁判するのが本来である。堤龍弥「1819年のジュネーヴ民事訴訟法(1)」神戸学院法学30巻1号276頁によれば、同法には、次のような規定がある。
注12 物権のような支配権が確認の対象である場合には、一般に、実体法上の具体的権利の主張が訴訟物になるといわれている。しかし、確認されるべき生活利益の特定で十分であり、たとえば、ある土地の利用という生活利益の主張につき、賃借権とか地上権とかを特定する必要はない、との見解([小山*1995a]158頁)もある。
注13 会社法705条1項(商法309条)により社債管理者(社債管理会社)が裁判上の行為をなす場合の法的地位については、法定代理人説([吉戒*1993a]1331号31頁)、法令による訴訟代理人説([松下*1995b]43頁)がある。これらの見解によった場合には、社債権者が当事者であり、社債管理会社が代理人であるが、多数の変動する社債権者を個別に当事者として表示することは実際的ではないので、会社法708条(商法309条の5)は、「個別の社債権者を表示することを要しない」と規定している。この場合には、当事者の表示は、社債管理会社の代理行為に係る社債を特定してなすべきである(例えば、「**会社第**回社債の社債権者」。[吉戒*1993a]1333号24頁参照)。民訴133条の特則である。
注14 「判決要求」は、請求(広義の請求)を説明する言葉としても、訴えを説明する言葉としても用いられる。
注15 以下では、自称債権者及びこの者により債務者と名指しされている者も「債権者」「債務者」と呼ぶことにする。
注16 [浅生*1981a]366頁。ただし、原告が債務の存否のみの確認を求める趣旨を特に示さない限り、債務の現存額の確認も求めていると考えるべきであるとする(同368頁)。
注17 [小山*民訴v1.5]143頁以下・[小山*民訴v2] 23頁以下も権利主張説である(「請求は裁判所がそれについて判決する事項」であり、「請求は、訴える者の、相手方に対する、生活利益の主張」であるとする)。
注18 「訴えの併合」という表現は、適当ではない。訴えは訴状の提出によりなされるのであり、複数の請求を記載した訴状が提出される場合でも、提出される訴状が1つである以上、訴えは1つであり複数ではないと考えるべきだからである。「訴えの併合」における「訴え」は、133条の意味での訴えではなく、「請求」ないし請求ごとに存在すると考えられる「判決の要求」を意味すると理解すべきである。
注19 一般規定と特別規定とが法条競合関係にある場合を例にして抽象的に述べると、
特別規定の特別要件が充足され、また、一般規定の要件全部が充足される場合に法条競合の問題となり、特別規定のみが適用される。
他方、特別規定の特別要件が充足されない場合には、一般規定の適用のみが問題となり、法条競合の問題にはならない。特別規定の特別要件の一部(B1)が充足され他の一部(B2)が充足されない場合に、特別要件の一部の充足により直ちに一般規定の適用が排除されるわけではない。
注20 「請求の原因」についてのこのような理解を識別説という。これと対立する見解として、理由記載説があった。中間判決の対象としての「請求の原因」(245条)は、これとはまた別の意味である(訴訟物たる給付請求権について、数量・範囲の問題を除外した請求権の存在を意味する)。なお、簡易裁判所では、272条により、「紛争の要点」を明らかにすれば足りるとされているが、これは訴え提起に際しての特則であり、訴え提起後できるだけ早い時期に請求が特定されることが期待されている。口頭弁論終結時までに訴訟物が特定されなければ、訴えは却下される([法務省*1998a]321頁)。
注21 次の文献は、最高裁判決の立場を支持する。[浅生*1981a]371頁、[百選*1998b]315頁(坂田宏)、[伊藤*1998a]176頁以下。もっとも、積極的一部請求を否定する伊藤説にあっては、≪請求認容判決後に債務者が自認額も実は存在しなかったと主張する≫ことが認められるのかは微妙である。176頁注102で、原告が「存在する部分と存在しない部分とに分けている」ことをもって積極的一部請求との違いとしているのであるから、請求認容判決確定後に自認部分の不存在を主張できないとしなければ一貫しないからである。そのことは、被告が主張する債権全体が訴訟物になり、原告自認額を超える債務が存在しないとする判決に既判力の双面性を働かせるのと、結論において同じである。他方、時効完成猶予(民法147条1項1号)の範囲や重複起訴の禁止(民訴法142条)との関係では、差異が出てくる余地が残されている。
注23 訴状の提出により訴訟手続がを開始されるので、ファクシミリにより訴状を提出することは規則3条1項2号により許されない。また、同項1号がファクシミリにより提出することができる書類から手数料納付が必要な書類を除外しているので、この規定によってもファクシミリにより訴状を提出することはできない。
注24 [四宮*1978a]44頁以下・225頁以下、[内田*1999a]350頁。この見解は、規範の統合を図ろうとするが、それは実体法の理論として未だ確立されていない。
注27 連帯債務であるか否かが関係する事案に関する最判昭和32.6.7.民集11-6-948・[百選*1998a]148事件(山本弘)参照。
注28 民法189条・190条も、民法703条・704条の特則であり、法条競合の関係にあると考えてよい。善意占有者の不当利得返還義務は、189条により軽減され、悪意占有者の返還義務の範囲は、704条ではなく190条により規律される。民法709条と191条との関係も同様である。そのように解しないと、189条以下の特則が無用の規定となろう。他方、民法709条と415条とについては、請求権競合であるとのするのが多数説である。前者が一般規定であり、後者は債権債務関係がある場合の特別規定であるから、両者は法条競合の関係にあり、後者が適用される場合には前者は適用されず請求権競合は生じないとする見解もあるが、少数説にとどまる。
注29 もちろん、審理の対象となるべき実体法上の権利関係の範囲が同じになるように訴状を記載しようとすれば、記載方法に差異が出てくる。簡単な例を示しておこう(新訴訟物理論では、(2)は書かなくても訴訟物に含まれる)。
注30 一部請求における訴訟物の範囲の問題と残額請求の可否の問題とは、従来は、表裏一体の関係にある問題としてとらえられていた。しかし、後述の(B')新一部請求否定説は、この関係を切断した。この説にあっては、訴訟物の範囲の問題は、むしろ、時効完成猶予の範囲や重複起訴の禁止の問題を考える論理的前提としてより多くの意味をもつことになる。時効完成猶予については、この論理的前提から素直に結論が引き出されている。
注31 一部請求を徹底させると、1000万円の債権の内の1円部分について給付の訴えを提起することも許され、これは実質的に債権の存否のみを確定する訴訟として機能する(請求棄却判決をするためには、理由中で債権がまったく存在しないとの判断を示すことが必要であり、理由中のその判断がもつ実質的紛争解決機能は小さくない)。しかし、一部請求が許されると言っても、相応の必要性は要求されると考えるべきであり、微少部分についての一部請求が常に許されるわけではない。そのような極端な例との権衡論は適当ではない。
注32 例外的に債権額を現在確定することができず、しかも、債権の存否のみを確定する必要がある場合には、訴えの利益は肯定しなければならない。
注33 請求権競合の場合には、競合する請求権の属性に注意しなければならない。
注34 非典型契約に基づく請求権などでは、請求権の根拠条文として挙げるべきものがない場合が多い。所有権に基づく引渡請求権の発生要件は、被告が物を占有していることと、原告がその物について所有権を有していることであるが、この要件のもとで引渡請求権が発生することを定めた直接の規定さえ、民法にはない。
注35 原告が被告に対して一切の債務を負っていないことの確認請求をすることは、原則として許されない。現に争われているのでない法律関係について確認を求める利益はないし、被告は原告に対するすべての債権を調査する負担を負わされることになり、負担が重くなりすぎるからである。ただ、被告が債権の発生原因を特定することなく金銭の支払いを執拗に要求してきたような場合には、被告に対して一切の債務を負っていないことの確認請求も許すべきである。被告が訴訟中に債権の発生原因を特定しても、被告がさまざまな理由をつけて金銭の支払いを要求するであろうことが予想される限り、同じである。
注36 民法709条の不法行為による損害賠償請求権と同703条不当利得返還請求権との間に次のような差異があることに注意。
注37 挙証者が所持する文書を書証とするためには、文書に書証番号を付して、その写しを提出するほかに、期日に原本を提出することが必要である。逆に、添付書類としてのみ提出されている場合には、たとえ記録に編綴されている場合であっても、証拠とはならないことに注意が必要である([塚原ほか*1999a]14頁)。
注38 一部請求は、一般に、申立手数料を節減する効果を有し、また、手数料節減を目指して選択される場合もあるが、しかし、常にそうであるとは限らず、提訴手数料負担の回避行為として一律に抑圧しようとするのは適当ではない。[中野*2001a4]=中野貞一郎「一部請求論の展開」民事訴訟法の論点 II・90頁以下参照。
注39 最高裁判所が示す「訴訟物の価額の算定基準」は、給付請求権の発生原因が占有権であるか否かに従って訴額の算定基準を変えている。
注40 「、との判決を求める」という文言は、事件の内容に関わりなしに用いられる定型句であり、したがって省略しても意味は通じるので、省略されることもある(「請求の趣旨」という見出しにより、原告がその内容の判決を求めていることが示されている)。趣味の問題となるが、私は、「、との判決を求める」の文言は、「請求の趣旨」の欄に記載されている事が判決申立てであることを明示する点で有意義であり、記載されている方がわかりやすくてよいと思う。
注41 もっとも、この判決自体は、「本件請求は、本件根抵当権の被担保債権をもって代位の原因とするが、本件根抵当権に基づいて、その交換価値の実現を阻害する上告人らの占有の排除を求めるため、所有者に代位して、上告人らに対して本件建物の明渡しを請求する趣旨を含むものと解することができる」としている。なお、求められている判決に対世効がない場合の当事者適格を基礎付ける事実が弁論主義に服するか、弱い職権探知に服するかについては争いがあるが、いずれにせよ、当事者の主張は必要である。その事実の主張さえあれば、被保全権利を明確に特定して主張することまでは必要なく、裁判所は原告によって明示的に主張された被保全権利の以外の権利も、原告の主張の趣旨に反しない限り、被保全権利と認めることができるとしてよいであろう。
注42 これとの関係で、「主張された権利関係」と「権利関係の主張」も区別しておく方がよい。多くの場合は区別する必要はないが、厳密には、前者は後者の内容であり、後者は前者を対象とする行為という関係にあり、両者は区別されるべきものである。
注43 これは、権利主張説では、「訴訟物の内容たる権利関係」あるいは「請求内容たる権利関係」(同じことであるが「訴えをもって主張されている権利関係」)と表現すべきものである(長すぎるので「訴訟物たる権利関係」と縮める)。「訴求権利関係」あるいは「係争権利関係」の語を「訴訟物たる権利関係」の意味で使うことができれば、簡潔で便利であるが、「訴訟物たる権利関係」ほどには定着しているとはいえない。
注44 ただし、Yが主張している法律関係を「α債権が存在しないという法律関係」、Xが主張している法律関係を「α債権が存在するという法律関係」と理解すれば、主張されている法律関係は異なることになる。もっとも、「法律関係の存否」を訴訟物と構成すれば、「特定の法律関係の存在」も「特定の法律関係の不存在」も同じ訴訟物に含まれることになり、訴訟物の特定要素となるのは、前述の例では、「α債権」である。
注45 債権の確認請求の例として、すでに給付判決にある債権について再度の消滅時効の完成が迫っているため、時効完成阻止(完成猶予と更新)のために確認の訴えを提起する場合を想定したらよいであろう。
注46 ある生活事実関係から複数の請求権が発生し得るが、それら根拠となる規定が法条競合の関係にあると考えられる場合にも、優先的に適用されるべき規定の要件が充足されていないと裁判所が判断する場合にそなえて、劣後的に適用されるべき規定に基づく請求を予備的に併合することになる。
注47 ただし、次の少数説がある。[小山*民訴v1.5]150頁は、婚姻取消と離婚の効果の同質性を理由に、婚姻取消請求と離婚請求とを別個の請求として細分化すべきでないとする。
注49 民訴法209条1項所定の過料の裁判の申立ては,原裁判所に職権の発動を求める効果を有するにすぎず、申立人は、申立てを却下する決定に対し不服を申し立てることは許されない。最高裁判所 平成17年11月18日 第2小法廷 決定(平成17年(ク)第626号)
注50 なお、訴訟物は、訴額(8条、民訴費用法4条1項)や特別裁判籍(5条等)の有無の決定との関係でも重要である。
注51 判断の対象となるのは存在するものが好ましく、裁判所の前に確実に存在するのは当事者の主張であり、主張された事実は存在するか否かわからないものであるから、事実の主張(の真否)が判断対象とされたと考えてよいであろうか。
注52 114条2項に対応するドイツ民事訴訟法322条2項では、「反対債権(Gegenforderung)」の語が用いられている(オーストリー民事訴訟法411条2項も同じ)。114条2項の「請求」を「債権」と解すべきこと当然のことであり、中野貞一郎「相殺の抗弁」(初出:1996年)[中野*2016a]93頁以下でも、民訴114条2項の「請求」が「反対債権」に置き換えられて議論が進められている。もちろん、日本民事訴訟法114条2項の「相殺のために主張した請求」を「反対債権の主張」と理解することもできないわけではない。しかし、言葉を代入すると、「相殺のために主張した反対債権の主張」になってしまう;また、主張については「当否」の評価がなされ、実体法上の法律関係については「成立又は不成立」あるいは「存在又は不存在」の評価がなされるのが通常である。
司法省『和訳欧州各国民事訴訟法』(清水書店、大正15年)は、大正15年改正の調査資料として作成された欧州各国の民事訴訟法の翻訳をまとめたものである(同書の「例言」参照)。Gegenforderungの語は、ドイツ法の翻訳では「反対債権」と訳されているが、オーストリー法411条2項の翻訳では「反対請求」になっており、あまり厳密な訳とは言えない。なお、[中野*2016a]95頁は、大正15年法199条2項が「成立又ハ不成立ノ判断」を用いたのは、オーストリー法を範にしたものであろうと指摘している。もしそうだとすれば、同項において「相殺ノタメ主張シタル請求」の語が用いられたは、『和訳欧州各国民事訴訟法』に収録されているオーストリー法411条2項の和訳に従ったものとみてよいであろうか。
なお、ドイツ民事訴訟法を継受した日本民事訴訟法における「請求」に対応するドイツ語は、Anspruchである。これは、訴訟法の世界で重要な「請求」の意味のほかに、実体法上の「請求権」の意味もある多義語である。
注53 狭義の請求が裁判所に向けられているのか、それとも被告に向けられているのかの問題は、「向けられている」という語の定義の問題でもある。下記の命題における「向ける」の意味の違いを読みとっていただきたい。
いずれの命題も誤りとは言えないので、狭義の請求は裁判所にも被告にも向けられていると説明することもできる。ただ、「向ける」の意味を必要最小限にするために、いずれの命題を重視すべきかと問われれば、Aの命題を重視すべきである。また、あえて図式的に言えば、裁判所と両当事者との関係は、次の2つのうちの最初のものとして把握されるべきである。
注54 もっとも、屋台営業をする者について、その氏名と一定の期間特定の場所(例えば公園近くの道路)で営業していた事実でもって特定することができるとすることは、困難であろう。
注56 すでに最高裁判所 昭和53年4月13日 第1小法廷 判決(昭和50年(行ツ)第27号)が極めて簡単な理由で当該事案限りでこれを肯定していた。これに先行して、東京地方裁判所 昭和48年12月20日 民事6部 判決(昭和47年(行ウ)第148号)が明示的に肯定していた。
注57 訴え提起の段階では金額を特定できないこともあり得るが、「訴訟における被告の主張などにもとづいてその後に請求の趣旨を訂正され、金額を特定させるべきである」とする([伊藤*民訴v4]211頁)。しかし、被告が口頭弁論に出頭しなかったり、出頭しても支払要求の事実自体を否認する場合には、それも困難であろう。
注60 例えば、最高裁判所 昭和36年4月27日 第1小法廷 判決(昭和33年(オ)第619号)は、「訴訟物すなわち審判の対象となる権利または法律関係」と述べている。
注62 明治23年法190条2項は、訴状の必要的記載事項として、ドイツ法にならい、「起こしたる請求の一定の目的物及びその請求の一定の原因」(2号)の外に「一定の申立」(3号)をあげていた(1号は、「当事者及ひ裁判所」である)。2号にいう請求は、現在の用語法でいえば、「法律関係の主張としての請求」であり、「狭義の請求」である。大正15年法はこれら2つを「請求の趣旨及び原因」にまとめ(224条1項)、それが平成8年法に引き継がれた(133条2項2号)。
明治23年法の時代には、訴権を巡る議論の中で権利保護請求権説が多数説であり、「請求」を「自己に有利な判決の要求」と解することを前提にして、「請求」「請求の目的物」、「請求の原因」、「一定の申立」の関係が問題になっていて、下記のような説が主張されていたが、いずれも問題があることが指摘されていたった([雉本*論文集2]64頁以下)。
説 | (a)請求の目的物 | (b)請求の原因(権利保護要求の原因) | (c)一定の申立 | 問題点 |
---|---|---|---|---|
1 | 自己に有利な判決 | 権利保護要件 | 自己に有利な判決の申立 | (a)は、(c)に含まれるものであるので、不要 |
2 | 訴訟物たる私法上の請求権・法律関係 | 権利保護要件 | 自己に有利な判決の申立 | (a)は、(b)に含まれるものであるので、不要 |
3 | 訴訟物たる私法上の請求権・法律関係 | 権利保護要件の存在すべきことを示す事実 | 自己に有利な判決の申立 | 訴え提起の段階で権利保護要件の存在すべきことを示す事実の全部主張させることは、同時提出主義に陥る |
要するに、訴状に記載されるべき事項を3つも挙げるのは過剰であるということができる(第1説と第2説では、部分的重複が生じている)。そこで、記載事項を減らすのがよいということになった。
大正15年法の起草委員である 松岡義正は、大正11年9月19日の改正調査委員会において、次のように説明している:「現行法では請求の一定の目的物及び一定の申立と云うことになつて居りますけれども是は文字としていろいろ疑が出て来、又疑を生じて来るやうでありますから寧ろ此際に於て一定の申立とか一定の目的物とか云う一定と云ふやうな文字を成る可く避けましてそうして実質の分かるやうにした方が是かろうと云うので請求の趣旨及原因と云うことに改めたのであります[ 。]そこで請求の趣旨と云ふことは現行法と比較して見ますと申立と目的物と云ふことに当ろう」(『民事訴訟法改正調査委員会速記録』(法曹会、昭和4年)454頁。句点([。])は、栗田が挿入した)。[山内*1931a]6頁も「請求の趣旨」の意義について同趣旨を説く:「所謂請求の趣旨と云ふは現行法に依る請求の一定の目的物及び一定の申立に包含する事項を指すものである。請求の原因は新法、旧法共に之を表示するの必要あり、原因の意義亦同じ」。
要するに、大正15年法では、「請求の目的物」と「一定の申立」をひとまとめにして「請求の趣旨」とし、これと「請求の原因」の2つが記載事項とされたのである。旧法について上記の表の第1説が前提にされていたということができよう。
こうして、「判決申立て」が「請求の趣旨」に取り込まれ、「請求」の意義について、判決申立てを含む「広義の請求」を観念さぜるを得なくなった(平成8年法133条2項2号)。それと並んで、判決申立てを含まない「狭義の請求」(権利主張の意味での請求)も観念しておく必要がある。こうして、請求について二つの意義を認めるようになったのである。
ただし、大正15年法及び平成8年法の規定の文言から若干離れることになるが、請求概念の純化のために、「判決申立て」を請求概念から除外することもできないわけではない。その立場に立てば、次のようにいうことになろう:「判決申立て」は法律関係の主張としての「請求」とは別個に存在するものであり、「請求」と共に訴えの内容をなす要素の一つである;133条2項2号は、そのことを不器用に表現したものである。
注63 訴状の実例については、次の図書に掲載されているものを参照:[司法研修所・監*2009a]。また、縦書時代のものであるが、[最高裁*1997b]が有益である。
注64 動詞形(「請求する」)まで含めて見ると、「訴訟記録の閲覧を請求することができる」(91条1項)等を挙げることができる。これは、「請求する(要求する)権利がある」の意味である。「謄写及び複製の請求」(同条5項)は、「謄写及び複製の申立て」の意味である(同条4項の「請求」も同じ)。
なお、135条の「あらかじめその請求をする必要」は、「あらかじめ判決を求める必要」であるから、「広義の請求」ということができる(「あらかじめ判決を求める必要」は、「あらかじめ判決を得ておく必要」がある場合に生ずる)。
注65 争点になっていない単なる事例であるが、大阪地判平成23年9月13日労働判例1037号20頁(P大学(セクハラ)事件。請求認容)がある。控訴審の大阪高判平成24年2月28日労働判例1048号63頁は、請求棄却。
注66 ただし、正当な当事者であることを示す記載は当事者の表示に属しないとする見解もある([雉本*論文集2]58頁。ここで正当な当事者は、「Prozesslegitimation ヲ有スル当事者」を指す。59頁注2)。
注67 この非難は、「訴訟物」の語が「審理裁判の対象」の意味をもつことを前提にしての非難である。「訴訟物」の語はその意味を有しないことを前提にすれば、この非難は成立しない。
例えば、[司法研修所*2016a]3頁は、「訴訟上の請求は、一定の権利又は法律関係の存否の主張の形式をとりますが、その内容である一定の権利又は法律関係を訴訟物といいます」と述べる。そこには、「訴訟物の語は、審理裁判の対象を意味する」との記述はなく、その示唆すらもない。この定義を前提にすれば、「審理裁判の結果 請求内容である権利の存在が認められないときには、訴訟物はなかったことになる」あるいは「訴えが適法である場合に、訴訟物の存在が認められないときには、請求棄却の判決がなされる」との文は、異とするに値しないことになる。
問題は、「訴訟物」の語から「審理裁判の対象」の意味を落とすのがよいかであろう。
注68 その外に次ぎの先例がある:仙台高判昭和29年12月28日民集15巻7号1875頁(所有権移転登記手続を為すべし)。