目次文献略語
民事訴訟法講義

提訴前の資料収集


関西大学法学部教授
栗田 隆

1 総 説


文 献
原告は、訴えの提起をする前に、提訴後に主張する事実及び提出する証拠を予め収集あるいは確認して、勝訴の見込みを確認した上で訴えを提起すべきか否かを決定するのが合理的である。弁護士等が原告から訴訟追行を受任する場合には、自身は事実関係を直接把握しているわけではないので、こうした資料(事実と証拠)の収集と確認は、特に重要である。以下では、主として、弁護士による資料収集について見てみよう。

提訴前の資料収集の方法
委任を受けた弁護士は、まずは、依頼者の話を聞き、依頼者が予め用意した資料を受け取る。それらを点検して、依頼者本人あるいは関係者(特に依頼者が法人である場合には、事件に直接関係した従業員等)と面談して事実関係を質問して、事実を追加する。必要に応じて、それを陳述書の形でまとめ、あるいは依頼者等に報告書を作成してもらうことになる。社会的に許容されるコミュニケーションの範囲内で、弁護士が依頼者と親密な関係に立たない者に対して質問することも、もちろんできる。しかし、その第三者が回答を拒絶する場合に、それでもその者から情報を得ようとすれば、通常のコミュニケーションの範囲外の手段を用いなければならない。

実体法上の情報請求権
弁護士が第三者に情報提供を求める場合に、依頼者が第三者に対して実体法上の情報提供請求権を有する場合には、その権利行使として、弁護士は、第三者に対して情報提供を強く求めることができる。もちろん、裁判外の権利行使も、義務者の生活の静穏を害しない範囲でなされなければならないことに注意しなければならない。

実定法により認められている情報請求権として、例えば次のようなものがある。
実定法により明示的に認められているわけではないが、解釈論として、次の主張がなされている。
以上の権利は、最終的には訴えにより実現することができ、また仮処分により仮の権利保護を受けることもできる([長谷部*2002a]参照)。

民事事件の記録の閲覧等
裁判所書記官が保管する民事事件の記録の閲覧・複製については、次の規定がある。
弁護士法23条の2の照会制度
弁護士法は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することが弁護士の使命であることに鑑み(同法1条)、その使命の達成のために必要な情報の入手を支援するために、そして弁護士が個々の依頼者の利益のために活動するものであり、情報の提供を求められる者の利益が不当に害されないように歯止めをかける必要があることを考慮して、同法23条の2において、所属弁護士会を通じて公務所又は公私の団体に報告を求める制度を規定している。

弁護士から公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることの申し出を受けた弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、これを拒絶することができることが重要なポイントであり、弁護士会がその申出に従い公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めた場合に、相手方はそれに応ずる義務があるか否かが問題となる。見解の分かれる所であるが、次の要件のもとで、報告義務を肯定すべきであろう。
  1. 弁護士が、受任している事件について、依頼者の利益の擁護のために報告を必要としていること。
  2. 相手方に報告を拒絶する正当な理由がないこと

報告拒絶の正当な事由としては、次のことなどが考えられる。
義務の強制方法の欠如と義務違反の効果 報告拒絶に対して、過料などの制裁は用意されておらず、その意味で強制方法はない。しかし、法的義務であるから、弁護士会は報告義務を負う者の報告拒絶を非難することができる。その非難を公表することが許されるかは、事案によろうが、少なくとも、弁護士会と報告義務者との間では、非難すること自体は違法性を欠く。また、報告義務は、弁護士制度を含む司法制度への協力義務の一つであり、照会をした弁護士会に対して負う義務であるが、その義務違反により適正な裁判の実現が妨げられる場合には、調査嘱託の申出をした当事者との関係で不法行為となりえ、損害賠償義務を負うことがある(大阪地方裁判所 平成18年2月22日 第2民事部 判決(平成15年(ワ)第4290号))。

報告義務を負う者が弁護士会に報告をすることは、正当業務行為と評価され、これにより第三者が損害を受けても、その第三者に対する違法行為にはならないと解すべきである。とは言え、最高裁判所 昭和56年4月14日 第3小法廷 判決(昭和52年(オ)第323号)が、弁護士の照会申出書に「中央労働委員会、京都地方裁判所に提出するため」とあつたにすぎないような場合に、市区町村長が漫然と弁護士会の照会に応じ、犯罪の種類、軽重を問わず、前科等のすべてを報告することは、公権力の違法な行使にあたると判断したことに鑑みると、第三者の個人情報にかかわる事項について照会がなされた場合には、照会を受けた者は、第三者の利益を尊重すべきなのか、弁護士の依頼者の利益を尊重すべきなのかの難しい判断を強いられることになる。このような場合には、照会を受けた者は、報告によって第三者に対して賠償義務を負うことのないこと、そして賠償義務を負うに至った場合には弁護士会がその補填をすることの保証を求めることができると解すべきである(弁護士会が、報告を求めつつ、報告によって報告者に賠償義務が生じても弁護士会はなんら責任を負わないと主張するのは、信義に反しよう)。

判例を挙げておこう。

2 提訴予告通知制度


2.1 総 説

訴えを提起しようとする者は、入手した資料に基づき、提訴を決断する。その際に、入手できる資料が多ければ多いほど、合理的な判断が可能になる。多くの資料に基づき訴訟をすべきでないとの判断がなされれば、これにより無用な訴訟が回避される。提訴がなされた場合でも、当事者が予め入手した多くの資料に基づき審理の準備がなされているので、迅速な審理を期待することができる。同様なことは、被告となる者にも妥当する。彼に多くの資料を入手する機会が与えられていれば、彼は、応訴すべきか和解すべきかについてより合理的な判断をすることができる。応訴した場合でも、訴訟開始後に収集しなければならない資料が少なくなっているので、審理の迅速が期待できる。

こうした考慮に基づき、提訴前に相手方あるいは第三者から資料を収集することを可能にする手続(提訴前の資料収集手続)が用意されている(第1編第6章「訴えの提起前における証拠収集の処分等」)。もちろん、この手続もコストがかかるものであり、上記の利点も、その点を割り引いて評価しなければならない。また、提訴前に相手方当事者となるべき者あるいは第三者から資料を収集することを可能にする制度は、訴訟開始後の資料収集手続よりも濫用される危険性が高い。すなわち、訴訟開始後であれば、被告が応訴の態度を示した以降は、原告は、被告の同意がなければ訴えを取り下げることはできず(261条2項)、係争法律関係は判決により解決される。原告はそれだけのことを覚悟して訴えを提起しているのである。ところが、提訴前の資料収集手続が行われても提訴が強制されるわけではないから、提訴しようとする者は、これを利用して、いわば気楽に情報集めをすることができる。場合によれば、営業秘密やプライバシーの侵害手段として悪用される可能性がある。

そうした危険を避けるために、提訴前の資料収集手続においても、訴訟法律関係の成立を認め、裁判所と当事者と第三者との関係を権利義務関係として規律する必要がある。その第一歩が提訴予告通知である。

提訴予告通知がなされることにより、提訴前訴訟法律関係が発生し、予告通知者と被予告通知者は、(α) 相互に相手方に対して照会をなすことができ(提訴前照会)、また、(β)一定範囲の証拠収集処分を裁判所に申し立てることができる。

当事者間でのコミュニケーション(通知、返答、照会)は、すべて書面ですることが要求されている(132条の2第1項、132条の3第1項)。コミュニケーションの経過について争いが生ずることを防ぐためであり、また、書面の方が、多くの場合、冷静なコミュニケーションを期待できるからである。

なお、このコミュニケーションは、当事者となるべき者に法定代理人がいる場合には、法定代理人が行うべきである。

2.2 提訴予告通知制度

意義  提訴予告通知は、「訴えを提起しようとする者が訴えの被告となるべき者に対し訴えの提起を予告する通知」である(132条の2第1項)。この通知は、次の事項を記載した書面でしなければならない。
  1. 法第132条の2第1項の規定による予告通知である旨(規則52条の2第1項3号)
  2. 予告通知の年月日(同2号)
  3. 予告通知をする者及び予告通知の相手方の氏名又は名称及び住所、並びにそれらの代理人の氏名及び住所(同1号)
  4. 提起しようとする訴えに係る請求の要旨及び紛争の要点(法132条の2第3項)。これらは、具体的に記載しなければならない(規則52条の2第2項)。
  5. 可能なかぎり、訴え提起の予定時期(規則52条の2第3項)
  6. 予告通知書作成者(予告通知者またはその代理人)の記名押印

代理人がいる場合には、代理権証明文書を添付すべきである。

通知の効果  この通知がなされることにより、提訴前訴訟法律関係が発生する。その内容は、通知者・被通知者ともに、予告通知の日から4月以内に限り、(α) 相手方に対し提訴前照会をし、(β)裁判所に証拠収集処分の申立てをすることができることである。

予告通知に対する返答  予告通知書に記載された請求の要旨及び紛争の要点に対する答弁の要旨を回答することを「予告通知に対する返答」という。この返答は、次の事項を記載した書面でしなければならない(規則52条の3)。
  1. 法第132条の3第1項の規定による返答である旨
  2. 返答の年月日
  3. 予告通知者及び被通知者の氏名又は名称及び住所並びにそれらの代理人の氏名及び住所
  4. 請求の要旨及び紛争の要点に対する答弁の要旨
  5. 返答書作成者(被通知者またはその代理人)の記名押印


返答責任  予告通知に対する返答自体は義務とされていない。しかし、返答をしなければ、被通知者は照会および証拠収集処分の申立てをすることができないという形で、返答責任を負わされている。

期間制限と予告通知の一本化  予告通知を基礎とする照会及び証拠収集処分の申立てについては、それを通知の日から4ヶ月の期間内にしなければならないという制限が付されている。この期間は、相手方の同意があればその後の照会あるいは証拠収集処分申立ても許されるという形で緩和されているが、緩和はこの場合に限定しておく必要がある。ところで、同一内容の予告通知が数度なされた場合に、最後の通知の日から4月内であればよいとなると、この期間制限が潜脱されることになる。これを防止するために、既にした予告通知と重複する予告通知に基づいては、照会あるいは証拠収集処分を申し立てることができないとされている(132条の2第4項・132条の4第3項)。


3 提訴前照会(132条の2・132条の3)


3.1 予告通知者の提訴前照会(132条の2

通知者は、予告通知をした日から4月以内に限り、被通知者に対して、「訴えを提起した場合の主張又は立証を準備するために必要であることが明らかな事項について、相当の期間を定めて、書面で回答するよう、書面で照会をする」ことができる。例:
照会禁止事項  次の照会は、許されない(132条の2第1項)。
ただし、第三者の私生活上の秘密(2号)または営業上の秘密(3号)については、被通知者の回答を第三者が承諾した場合には、照会禁止事項から除外される。この承諾は、予告通知者が事前に得ておくべきである。もっとも、既知の情報との関係で当該第三者の氏名・住所自体が私生活上の秘密と評価され、通知者がそれを知る手段を有しない場合には、当該第三者が承諾するか否かを被通知者が問い合わせるよう依頼することは、許されてよい。

照会書  照会書には、次の事項を記載しなければならない(規則52条の4第2項)。
  1. 照会をする者及び照会を受ける者並びにそれらの代理人の氏名
  2. 照会の根拠となる予告通知の表示
  3. 照会の年月日
  4. 照会事項及びその必要性
  5. 法第132条の2第1項の規定により照会をする旨
  6. 回答すべき期間
  7. 照会をする者の住所、郵便番号及びファクシミリの番号
  8. 照会書作成者(照会者またはその代理人)の記名押印

照会書は、代理人が存在する場合には、代理人に送付しなければならない(規則52条の4第1項末文)。

回答書  回答書には、次の事項を記載する(規則52条の4第3項)。
  1. 照会をする者及び照会を受ける者、並びにそれらの代理人の氏名
  2. 照会の根拠となる予告通知の表示
  3. 回答の年月日
  4. 照会事項に対する回答。回答を拒絶する場合には、その拒絶理由(163条各号または132条の2第1項第2号もしくは第3号のいずれに該当するか)を記載する。
  5. 回答書作成者(照会を受けた者又はその代理人)の記名押印


回答書の送付先については特に限定はないので、通知者本人またはその代理人にすればよい。もし回答を代理人に送付することを希望する場合には、照会書にその旨を明示しておくべきである。なお、法定代理人からの照会に対しては、法定代理人に回答書を送付すべきである。

3.2 被通知者からの照会(132条の3

被通知者が予告通知に返答をすると、当事者平等原則に基づき、彼も提訴前照会をすることができる。4ヶ月の照会可能期間の起算点は、返答の時からではなく、予告通知がなされた時からである。返答が遅れれば、それだけ照会可能期間も短くなる。このことは、返答を促進する要因となる。

次のような照会が考えられる。
他は、通知者からの照会とそれに対する回答の場合と同じである。


4 提訴前の証拠収集処分(132条の4


4.1 総 説

提訴前の資料収集のもう一つの手段は、裁判所による証拠収集処分である。通知者および返答者(返答をした被予告通知者)は、「予告通知に係る訴えが提起された場合の立証に必要であることが明らかな証拠となるべきもの」について、次の証拠収集処分を申し立てることができる。
1号から3号までの処分は、権力的要素の少ない処分(嘱託)である。受嘱託者は、正当な拒絶事由がなければ嘱託に応ずる義務を負うが、強制手段は用意されていない。受嘱託者は、正当な拒絶事由があると判断する場合には、当該事由により嘱託に応ずることができない旨を回答すれば足りると解すべきである。求められている情報が文書に記載されれれば、その文書が220条4号イからホに該当することは、正当な拒絶事由になると解すべきである(220条4号イからホの証明責任に関する通説的理解を前提にして述べれば、次のようになる:正当な拒絶事由がないと評価されるためには、求められている情報が文書に記載されても、その文書が220条4号イからホの文書に該当しないことが必要である)。4号の処分は、権力的要素のある命令である。

費用は、申立人が負担する(132条の9)。後に提訴がなされても、敗訴者の負担となるべき訴訟費用には組み入れられない(なお、[法務省*2002a2]11頁参照)。

なお、提訴前の証拠収集処分の対象となる証拠であっても、証拠保全の必要性がある限り、証拠保全も許される。

4.2 申立て

申立権者  申立権者は、提訴予告通知者とその返答者である。

申立期間  証拠収集の申立ては、提訴予告通知の時から4月の不変期間内にしなければならない。ただし、相手方の同意があれば、その後でもできる。

記載事項  申立書には、下記の事項及び規則2条所定の事項を記載する。
添付書類  申立書には、下記の書類を添付する(規則第52条の6)。
  1. 予告通知書の写し
  2. 予告通知がされた日から4月の不変期間が経過しているときは、相手方の同意を証する書面
  3. 被予告通知者が申し立てるときは、返答の書面の写し
  4. 3号処分又は4号処分を申し立てるときに、対象物の権利について登記または登録がある場合には、その登記事項証明書・登録原簿記載事項証明書)(規則52条の6第3項)

4.3 管轄・審理・裁判

管轄裁判所  申立ては、次の地を管轄する地方裁判所にする(132条の5)。本案が簡裁事件の場合にも、証拠収集処分は地方裁判所が管轄する。
移送について、次の規定が準用される
却下の裁判  裁判所は、期間遵守の要件等の手続的要件が充足されていない場合には、申立てを却下する。

本案の裁判  申立てが適法である場合には、裁判所は、次の積極的要件および消極的要件について判断する。
積極的要件の充足が確認され、消極的要件に該当しなければ、裁判所は、求められた処分をする。この場合には、予め相手方の意見を聴かなければならない。要件が充足されない場合には、申立てを棄却する。裁判所は、必要があると認めるときは、嘱託を受けるべき者その他参考人の意見を聴くことができる(規則52条の7第1項)。

処分後に消極的要件の充足が確認された場合には、裁判所は、その処分を取り消すことができる。

不服申立て  これらの裁判に対しては、不服申立ては許されない(132条の8)。

処分の手続  裁判所が申立てを認めて証拠収集処分をする場合には、次のようにする。
1号から第3号までの処分については、外国に所在する者等にも嘱託することができる。この場合には、法184条1項、規則103条が準用される。

事件記録の閲覧等  申立人及び相手方は、裁判所書記官に対し、証拠収集処分の申立てに係る事件の記録の閲覧若しくは謄写、その正本、謄本若しくは抄本の交付又は当該事件に関する事項の証明書の交付を請求することができる(132条の7)。

目次文献略語
2004年5月15日 −20013年7月21日