法学部における情報基礎教育の実際

関西大学法学部教授
栗田 隆


メモ

この論説は、当初、関西大学法学研究所研究叢書第11冊(1995年)に掲載したものです。1992年に導入された設備にあわせて書かれたものですので、最近のソフトウェアを基準にして考えると、内容が古くなってしまいました。今なら、Webを初めとするInternet やIntranetを題材するでしょう。ただ、基本的な考えはまだ若干なりとも通用しうると思います。 (1997.2.6)

キーワード

法学教育/情報処理教育/アンケート調査/表計算ソフトによる集計/判例の整理 /学生の著作物の利用


目次


1 はじめに

現代社会においては、コンピュータが職業生活の必需品になっている。大学の法学部での勉学生活においても、ゼミナールでの報告のレジュメあるいは卒業研究の報告書の作成にワードプロセッサが不可欠になっている。こうした状況をふまえて、関西大学法学部でも情報処理教育に力が入れられている。1986年に一般教育科目「情報処理論」が設置された。これは、マークカードによるFORTRANのプログラミング実習という当時においても時代遅れの内容を含むものであったが(*1)、1992年からは、情報処理教育用にパーソナルコンピュータが導入され、やっと社会の進歩と同じ歩調の教育が可能となった。この「情報処理論」の授業は、主として新入生を対象とするものであったが、1994年からは、これを履修した者のための発展科目として、「法学情報処理論」「政治学情報処理論」が開講されるにまで至った(いずれも専門科目である)。

こうした状況の中で、私は、1992年度から一般教育科目「情報処理論」の後期部分(Bセッション)を担当するようになった。民事手続法が本来の専門分野である私が情報処理教育に意欲を燃やすのは、法学教育と結び付いた情報処理教育が必要と考えるからである(*2)。当初は、この視点からの教材を用意することができず、コンピュータの一般的利用方法を教育するにとどまったり、あるいはコンピュータ言語を教育するという無理を犯したりしたが、1994年度には法学的視点からの教材を用意することができるようになった。本稿は、その教材の紹介を兼ねつつ、法学部における情報基礎教育のありかたを考えようとするものである。


2 与えられた教育環境

大学でどのような情報処理教育を展開するかは、環境に大きく依存する。まずは、関西 大学法学部における1994年度の情報処理教育の環境を紹介しておこう。

2.1 クラス数

一般教育科目「情報処理論」は、前期(Aセッション)において講義が行われ、後期(B セッション)では、学生がコンピュータを実際に操作する実習色の強い授業が行われる。 Bセッションでは、教室の関係で1クラス50名の上限が設けられ、1994年度は7クラスが設 けられた。私はそのうちの3クラスを担当し、登録学生数は約140名。実際に来るのは120 名程である。

2.2 物的設備

授業で用いられている教室は、「法文情報演習室1」と呼ばれる50人教室のみである。 この中には、マッキントッシュLCII(4MBのメインメモリーと80MBのハードディス ク)51台(1台は教師用)とレーザープリンター3台がある。コンピュータは、LANによ りUNIXマシンに接続されているが、一般教育科目「情報処理論」で使える状況にはな ってはいない (*3)。この教室は、文学部との共用であり、私の担当する「情報処理論」のB セッションが始まる後期には、ほとんどの時間が授業にあてられる。90分授業のコマが午 前2つ、午後2つの計4コマあり、一週間のうちに合計24コマあるが、そのうち20コマが授 業に使われ、2コマがオープン利用に供されている。空き時間は、土曜日に2コマあるだけ であり、学生に課題を出すときには、この2コマを課題消化のための補習授業に充てるの で、教室稼働率は100%になることがある。

2.3 学生個人の環境

学生の多くは、個人的に使用できるコンピュータを保有していない。教室で手をあげさ せて調べると、保有しているのは1割程度である。ワープロ専用機を保有する学生を含め ても2割程度である(*4) 。多くの学生はキーボードにさえも慣れていないのである。

2.4 環境からの帰結

以上の環境上の条件だけからも、次のような教育上の配慮が必要となる。

2.4.1 OS(オペレーティングシステム)の説明

学生の中には、コンピュータに慣れている学生とそうでない学生とが混在している。こ の状態は、高校での情報処理教育の進展(*5)とともに小さくなろう。また、それは、OSが 統一されれば、情報教育が完全に普及した時点で解消されよう。ただ、当分はこの混在状 態が続くことを前提にしなければならない。

コンピュータに慣れていない学生にとっては、OSの説明自体が新鮮で興味深いもので ある。他方、授業で使用するコンピュータで用いられているのと同一系統のOSに慣れて いる学生にとっては、OSの説明はまったく退屈なものとなる。授業に遅刻してくる。そ のまま放置すれば、出席意欲の喪失となる。したがって、OSの説明と共に、他の教育素 材を早めに提供していかなければならない。

ところで、コンピュータの操作能力は、コンピュータを日常的に使用することによって 向上するものであるが、現状では、多くの学生にとって日常的操作の機会が乏しい。一週 間に一度、授業で操作するだけである。したがって、ファイルの複写・消去・移動といっ た基本的操作さえも、なかなか覚えられない。例えば、データファイルをフロッピーディ スク上に置くよりハードディスク上に置いて操作する方がコンピュータの動きが良いので、 データファイルをフロッピーディスクからハードディスクに移してから作業を開始し、作 業終了後にデータファイルをハードディスクからフロッピーディスクに移し、ハードディ スク上の個人的データファイルは削除するように指示したとしよう。すると、何人かの学 生について、次のような悲惨な結果が生ずる。すなわち、上記の点が飲み込めない学生は、 翌週の授業ではフロッピーディスク上の文書ファイルを直接処理し、授業終了時にその文 書ファイルを同一のフロッピーディスクにコピーするという意味のない動作をしてから、 その文書ファイルを削除するのである。そして、3週目の授業の始まりの時に、「先生、 フロッピーディスクに文書ファイルがありません」。

こうしたトラブルを回避するためにOSレベルでの基本操作をていねいに教えることは もちろん必要であるが、ただ、前述のようにコンピュータの操作に慣れた学生とそうでな い学生との混在状態であること、OSがまだ統一されていないことを考慮すると、OSレ ベルでのコンピュータ操作にそう大きな時間を割くことはできない。前述の例では、フロ ッピーディスク上の文書ファイルを操作するというトラブル発生の可能性の少ない方法の みを指示していくべきであろう。

2.4.2 学生の能力差

すべての授業に共通することであるが、授業に参加する学生の資質・能力・特質は様々 である。このことは、実習の要素の強い授業においては、特に重要である。情報処理の授 業では、全ての学生が最低限度のことを理解し、その証明としての成果を提出できるよう にするとともに、能力のある学生にはさらに高度な課題を課して、知的好奇心を満足する 機会が与えられなければならない。教師の説明を全員が一斉に聞いて、一斉に理解するこ とを期待することは、全員が同一の身長であることを期待するのと同様に妄想じみている。 全員の進度をそろえ、全員の状況を確認しながら進め、一人でも遅れる者がいたら他の者 を待たせることをしていたら、恐ろしく不効率な授業となってしまう。

教師用のコンピュータの画面をOHPの機械を用いて大型スクリーンに映し出して説明 する方法も、うまく行かない。以前はそうしていたが、1994年度からは、中止した。スク リーンへの投映のために教室を暗くすると、それだけで気分が陰鬱になり、明るくしたり 暗くしたりするのが煩わしいこと、スクリーンに映し出された画像が必ずしも鮮明ではな く、後ろの席の学生には見にくいこと、したがって学生が教師の説明を必ずしも聞くわけ ではないこと、この方法も一斉進行の要素が強く、学生の多様性を考慮すると適当ではな いことがその理由である。

したがって、教師は、学生が学習すべきことをわかりやすく説明した教材(マニュアル) を配布して、それにしたがって各自のペースで学習させることになる。教材を読んだだけ では理解できない学生が手をあげて説明を求めれば、個別的に指導することが授業時間中 の教師の主たる仕事となり、学生からの「先生わかりません。教えてください」「どうも ありがとうございました」という言葉がこの授業の喜びとなる。問題は、教材を読んだだ けでは理解できない学生が何人いるかである。教師がときどき休むことができる程度に質 問の数が少なければ、それでよい。困るのは、特定の学生が何度も質問してくることであ る。コンピュータ操作のセンスが良くないと言わざるをえないが、その学生にかかりきり になると、他の学生のみならず教師自身にもストレスがたまってしまう。他の学生の質問 に答えることを優先させて、教師のストレスがたまらないようにしていくことになる。


3 法学部の学生のための教材

3.1 基本方針

前述のような理由により、情報処理の基礎教育は、OSレベルでの説明を早めにすませ てから、アプリケーションプログラムを使用した授業に早めに移行する。この段階で、ど のような教材を用いるべきかが問題となる。ソフトウェアメーカーが用意した入門教材を 用いることもよい選択肢である。当該ソフトのもっとも基本的・中心的使用方法を解りや すく正確に説明しているのであるから、通常はこれを用いるのがもっとも賢明である。

しかしそれだけに、当該ソフトをもっている学生がメーカーの用意した入門教材をすで にマスターしている可能性が強く、その学生にとっては、新鮮さの欠けるつまらない授業 となってしまう。それを避けるためには、法学的要素のある入門教材を教師が用意するこ とが必要である。学生が情報処理論の授業で学んだことをその後の勉学に生かすことがで きるようにするためにも、そうすべきである。こうした視点から次のような教材を作成し てみた。一つの参考にしていただければ幸いである。

3.2 法律文書の作成練習

授業の初期の段階では、キーボードに慣れてもらうことを狙って、文書作成ソフトを使 用することになるが、その際、作成すべき文書を法律分野に求めるならば、契約書等の法 律文書は、よい素材と言えよう。授業では簡単な借用証書を素材とし、それについて法学 的な説明を簡単にしてから、学生達に文書を作成させた。その際の教材が[資料1]であ る。将来的には「法律文書作成実習」といった授業科目を設けて、民法を履修した学生に 裁判例を与えて、その裁判例によって処理された紛争を予防することができる契約書を作 成させること、あるいは不完全な契約書・誤りのある契約書を示して、完全な契約書を作 成させることになれば、専門科目との連結が密接となろう(もっとも、そのような科目が できる見込みは当分ないが)。

素材として訴状を取り上げるのもおもしろいが、現在のところ判決手続は縦書文書で進 められており、縦書きのできるソフトが用意されていることが前提条件となろう(我々の ところには、教育用としては用意されていない)。他方、民事執行手続では横書文書が用 いられているので、この領域の文書はすぐに教育用素材となりうる。

ともあれ、授業開始後間もない段階での教材であり、90分授業の中で作成可能であるこ とが望ましいので、短く、かつ、1年生にも解りやすい法律文書であることが必要である。

3.3 判例の整理

表計算ソフトの使い方を教える最初の一歩として、判例の整理を行わせてみた。その際 の教材が[資料2]である。この段階で問題となるのは、データ入力とソートのみであり、 作業の進行スピードは、キーボードに慣れているか否かに大きく依存するが、おおむね90 分の授業時間内で所定の作業ができる。

3.4 アンケート調査とその集計

1994年度の「情報処理論」の授業でもっとも重要な教材は、現在進められている民法改 正作業の中の重要項目である夫婦別姓の問題についてのアンケート調査とその分析である。 紙のアンケート用紙を配布して調査をするのは、情報処理論授業にそぐわないので、各質 問と解答欄を1枚のカードにしたハイパーカードのスタックを作って、それを学生に配布 する形で、調査を行った。スタックの配布と回収は、LANを通じて行うのが本来である が、現有設備では困難であり、フロッピーディスクを集めて返却するという時代錯誤的な 作業を繰り返すことになった(1995年度からはこの点は改善されよう)。授業の準備と進 行は、次のようになる。

(a)まず、[資料3]に記載されているような質問項目を入れたアンケート用のスタ ックを最初に作った。質問カードは、例えば、次のようになる。

スタックのスクリプトは[資料4]のようになるが、これは、授業で用いているハイパ ーカードのバージョンが2.0であるので、それに合わせたスクリプトである。バージョン 2.2に合わせて書けば、もう少し簡単になろう。

(b)次に学生からフロッピーディスクを集め、それにアンケートのスタックをコピー する。そして、次の授業時間に、遅刻してくる学生がいなくなった頃(授業開始後30分頃) をみはからって、改正要綱案とフロッピーディスクを配布し、夫婦平等の建て前と現実と を説明し、問題の解決のために提案されている改正要綱案について簡単に説明する。それ から、学生にアンケートに答えさせる。アンケートへの回答は比較的簡単であり、特に問 題は生じない。スタックの最後のカードは自由意見を書くようになっている。アンケート 分析の際の参考資料にさせるためである。質問への回答と自由意見との関係付けは、各人 に適当なニックネームを付けさせ、そのニックネームで関係付けることができるようにし た。自由意見のカードへのタイピングは、学生の多くが文字入力にまだ慣れていないため、 かつ、使用しているコンピュータが低速なものであるために手間取り、十分な書込みがで きない学生が多いが、これはあくまでも分析の参考資料にするにすぎないので、不完全で もかまわない。授業の最後に再びフロッピーディスクを提出させる。

(c)学生から回収したフロッピーディスクに入っているアンケートスタックから表計 算ソフトで使用する形式のデータを取り出すことが次の作業になる。まず、各学生のスタ ックから、ニックネームと各質問項目に対する回答とがタブコードで区切られたレコード を組み立て、それをテキストファイルに書き出す。今回は、一人の学生につき一つのテキ ストファイルを作り、それらをUNIXマシンに送って、ファイル結合してデータベース ファイルを作ったが、ハイパ−カードのバージョン2.2では、最初から一つのテキストフ ァイルに書き出すことも簡単にできるようになっている。ともあれ、この段階では、各学 生の回答が、洩れなく、かつ、重複なくデータベースファイルに取り入れられるように慎 重に行わなければならない。このデータベースファイルからデータを表計算ソフトのファ イルに移し、集計のサンプルをデータの後ろに書いて、教材ファイルにする。それととも に、自由意見もワープロソフトの文書ファイルにまとめた。

(d)こうしてできた教材ファイルを一つにフォルダーに入れて、学生から集めたフロ ッピーディスクに複写して、次の授業時間に配布するのであるが、約120人のフロッピ ーディスクからこうした形でデータを集め、そして整理して配布する作業を1週間でする となると、かなり忙しい作業となる。

(e)次の授業時間からは、フロッピーディスクと共に[資料5]のマニュアルを配布 し、表計算ソフトを用いて集計させ、グラフを描かせ、ワープロソフトを用いて報告書を 書かせることになる。夫婦の別姓の問題については、男と女とでは基本的立場が大きく異 なり、当然クロス集計が必要となる。それは、現在市販されているソフト(Excel Vers.4.0) では極めて簡単なことであるが、授業で使用したのは古いソフト(Excel Vers. 2.2)であ り、私の知識の範囲ではそれほど簡単ではなかった。集計および報告書の作成には、4回 の授業時間をあてた(もっとも、1つのクラスは台風による休校のため、3回)。それだ けでは時間が足りないので、土曜日の9時半から10時半までと14時40分から16時10分まで を補習にあて、この補習を3日行った。そして、

を提出してもらった。

ファイルを提出した学生のうち、多くの者(約70%)は、これだけの時間ですべての項 目について単純集計を行い、その単純集計表をワープロソフトで作成する報告文書に移し、 そして、適当にグラフに入れて報告書を書くことができた(*6)。約25%の学生は、不完全な がらも、集計を行い、報告書を書くことができた。残り5%の学生がほとんどできていな い。なお、予め用意されていたクロス集計以外のクロス集計をいくつか行なっていた学生 は、ファイルを提出した学生の内の20%ほどである。

3.5 随筆集

パーソナルコンピュータで画像や音などの様々な形式の情報を処理することができるよ うになり、マルチメディアの時代になったとはいえ、法学部の学生の自己表現・思想表現 の基本形式は、やはり文字である。ゼミでの学習・研究成果の最終的な取りまとめも、ゼ ミ論文集という形で行われる。そこで、情報処理論の授業で文字情報の編集作業の練習を 行うことが重要となる。ただ、情報処理論の授業で専門的な論文を書かせることはできな いので、各人に随筆を書かせ、他の者達の随筆と合わせて随筆集を作成させることになる。

雑誌の編集作業がパソコンのDTPソフトで行われるようになっている現在、情報処理 論の授業でもDTPソフトを使っての編集作業を行わせるべきであるが、まだ配備されて いないので、通常のワープロソフトで行わせることになる。学生には、当初、2000字程度 の随筆を書くように指示したが、やや長すぎたようなので、1000字以上に変更した。これ を2回の授業時間内に書くことができたのは、出席している学生の3分の1程度である。

いままで取り上げてきた教育素材と異なり、学生自身が書く随筆を教育素材とする場合 には、著作権の関係を明確にする必要がある。学生の創作物の利用は、次のように形でなされる。

いずれにせよ、学生から著作物の利用許諾を得れ ばよいのであるが、授業といういくぶん権力的関係の色合いのある中で許諾を得るのであ るから、強制にならないように十分配慮しなければならない。また、創作物を変形するこ とが技術的にかなり手軽に行え、またその必要があるので、変形の範囲を明示しておくこ とも必要となろう。こうしたことを考慮しながら、さしあたり作成したのが、[資料6] の著作物取扱要綱である。合意の相手方が学生諸君であることを考慮して、わかりやすく 書いたが、記述を若干なりとも簡潔にするために条文形式を用いた。私自身は著作権法の 知識が乏しいので、今後、専門家を含めた共同討議を経て、より十全なものにしていきた い。


4 将来の方向

 情報処理の世界は、まさに日進月歩である。常に将来の発展を考えながら次の情報処理 教育を発案していかなければならない。これまでの経験を踏まえて、次のようなことを考 えている。

4.1 LANの利用

デジタル形式の教材の配布あるいは課題の成果の提出をフロッピーディスクの提出・返 却の方法で行うのは不便である。LANの設備がありながらそうしないのは、主として次 の理由による。第一に、ワークステーションへのアクセス用ソフトの動作が安定していな いからである(*7)。第二に、故意または過失によりインターネットにアクセスして災害をも たらすことがないようにとの配慮に基づき、LANへのアクセスのためのソフトがハード ディスクにインストールされておらず、LANを利用しようとすれば起動に時間のかかる フロッピーディスク上のソフトを利用しなければならないからである。LANおよびワー クステーションの利用をできるだけ少なくしようとしているのである。教育用設備の運用 のあり方として疑問を感じざるをえない。この点を早急にあらためて、情報処理論の授業 でも手軽にLANを利用できるようにすべきである。それは、次に述べるような、共同作 業のためにも必要である。

4.2 孤立作業から共同作業へ

大学での情報処理論の授業では、学生の好奇心を呼び起こすような新しいものが常にな ければならない。学生がすでに習得していることを繰り返すだけの授業では、大学での授 業の名に値しない。そして、パーソナルコンピュータが急速に家庭に普及し出した今日、 コンピュータを孤立的に利用することを教える授業は、コンピュータをもっている学生に とってすでに習熟していることの繰り返しの授業となる可能性が強く、早晩、学生の関心 を失おう。この点を克服するためには、LANで結ばれたコンピュータを用いて共同作業 を行うという形の授業も取り入れていかなければならない。

さらにまた、企業社会は、ネットワークで結ばれたコンピュータを用いて共同作業ない し協調作業(colaboration)を行う時代に入っている。1994年に入って、そのことが急速に 新聞紙上で喧伝されるようになった。企業社会に学生諸君を送り出す大学として、これに 対応した教育を行うべきである。

これらの理由により、一般教育科目「情報処理論」の授業でも、ネットワークで結ばれ たコンピュータを用いて共同作業することを教えていくべきである。そのためには、現在 のように、コンピュータを使用した授業が週1回半期だけでは短すぎよう。ネットワーク への参加の仕方を教えるために、通年の授業科目(90分・24回以上の授業)あるいはこれ に相当する分量の他の形式の授業にすべきである。

次に、共同作業により解決すべきどのような課題を学生諸君に課すかが問題となる。新 しい作業形式にふさわしい教材の開発は今後の検討課題とせざるをえないが、差し当たり は、3で紹介した教材の延長線上のものでも構わないであろう。例えば、もっと項目数の 多いアンケートを行い、各項目についての集計と分析を数人で分担して行わせ、最後に一 つの報告書にまとめさせることが考えられる。

4.3 表現手段としてのコンピュータ

現在は、「マルチメディア」という言葉が流行語である。その内容となると、各人によ って理解が異なろうが、私にとっては、コンピュータが「数値情報・文字情報のみならず、 画像、音声、動画といったさまざまな情報扱えるメディア」となったことである(*8)。この 意味では、映画やビデオもマルチメディアである。違うのは、コンピュータではアナログ 情報ではなくデジタル情報を扱うために、情報の複製が正確に品質劣化なしにでき、かつ、 加工が容易であることである。

ともあれ、メディアとしてのコンピュータは、情報の表現手段であり、自己表現の手段 として用いることができる。学生が学習したあるいは体験した結果である思想・認識・感 情を表現し、他者に伝達する方法として、伝統的に文字が用いられている。また、法学の 分野では今後も文字が主流となろう。それがもっとも簡便な方法であり、かつ、多くの場 合にそれで足りるからである。しかし、それにもかかわらずコンピュータが表現手段とし て発達し普及した今日、大学法学部における表現方法を文字に限定するのは適当ではない であろう。画像や音声を取り入れた多彩な表現方法も教えられてよい。

問題は、こうした多彩な自己表現を行うためのコンピュータプログラムを学生が使いこ なせることができるかである。その確認のために、我々の研究班では、夏休みにアメリカ に旅行した一人の女子学生(*9)にその旅行記を制作してもらうことにした。使用したソフト は、MacroMedia社のDirectorである。まず、

  1. 自分でシナリオを 書いてもらい、
  2. シナリオを朗読し、
  3. 写真をスキャナーで読み込み、
  4. 朗 読に会わせて写真が現れるようにした。
  5. そして、イラストを描いて、写真を背景に してイラストが動くようにした(アニメーションになるようにした)。
  6. 最後に、若 干の効果音を入れた。

これだけの作業に、毎週水曜日の12時から16時までをあてた。そし て10月から始めて、12月中旬にはすでに完成した。ソフトの使用方法については、数時間 指導しただけである。要するに、簡単に使いこなせるのである。それゆえ、コンピュータ を多彩な自己表現手段として使用することは、法学部の学生にも十分可能である。

表現内容としては、その他に、判例紹介が考えられ、これから有責配偶者の離婚請求に関する判例の動向を紹介するソフトを作成してもらう予定である(*10)。判例紹介となれば、内容面で教師が学生を指導することができ、法学部での授業にふさわしいものとなる。表現手段をビデオ作成のソフトからいわゆるプレゼンテーションソフトに拡張すれば、世界情勢や環境問題も取り上げることができよう。さらに、データベースの形式での自己表現も考えられる。こうした自由な形式での自己表現を目的とした授業では、他人に印象的に見てもらうことができるものであれば、どのような形式のものでもよいとすべきであろう。内容は、担当教員の指導可能な範囲のものとなるが、能力のある学生については、その枠を超えて自由に創作させるべきであろう。ともあれ、教師の基本的な仕事は、コンピュータプログラムの操作方法を最初に簡単に教えることと、学生から表現内容ならびに方法について相談された場合にそれに答えることとなろう。もっとも、このような授業を一般教育科目「情報処理論」のような基礎科目の中で行うのは無理であり、その発展科目で行われる授業である。また、イラストの作成や朗読等にある程度の適性が必要であり、すべての学生がそうした適性を有しているとは限らないから、ネットワーク環境での共同作業に適した授業となろう。

(1995年1月稿)


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Last Updated: 1996年 2月 3日 (土)