民事訴訟法講義
複数請求訴訟 1関西大学法学部教授
栗田 隆 |
XはYから不動産を買い受けたが、Yが売買契約の無効を主張している。Xは、不動産の引渡しを得たが、所有権移転登記をまだ得ていない。この場合に、
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請求の併合は、「訴えの客観的併合」(あるいは、略して「訴えの併合」)と呼ばれることもある[1]。 なお、複数請求現象一般を指して「請求の併合」という文献もある(広義の請求の併合)[32]。 |
(1)複数の請求が同種の訴訟手続によって審判されるものであること(136条)。 民事裁判手続は、非訟事件手続法や家事事件手続法などにより規律される非訟事件と、民事訴訟法等により規律される訴訟事件とに大別される。後者は、さらに次のように分かれる。
これらの異種の訴訟手続で裁判されるべき請求を併合することは、手続を混乱させるので、許されない(2・3については、各訴訟の要件規定(350条・368条)及び反訴禁止規定(351条・369条)を参照)。例えば、離婚請求(人事事件)と嫁入り道具の引渡請求(通常事件)との併合、あるいは、地方自治体に対する行政処分の取消訴訟(行政事件)と納入物品の代金支払請求(通常事件)とを併合することは許されない。
ただし、人事訴訟法も行政事件訴訟法も、別段の定めのない事項については民事訴訟法によることを前提にしており(人訴1条、行訴法7条)、また、審理に関する原則が相違していても、各請求毎に適用される原則(典型的には、弁論主義又は職権探知主義)を使い分けることもできるし、場合によれば、重要性の高い請求に適用される審理原則を他方の請求に拡張することも考えられるので、異種手続により裁判されるべき請求を併合審理することが不可能というわけではない。そこで、人事訴訟法や行政事件訴訟法では、関連性が高い一定の請求(通常訴訟の請求)を併合して審判することの利点を生かすために、それらの併合審理を認める規定が置かれている(人訴17条、行訴法16条1項・38条1項・41条2項・43条)。また、最判平5・7・20民集47-7-4627によれば、係属中の国家賠償請求(民事訴訟)事件に憲法29条3項に基づく損失補償請求(行政訴訟)を追加することも、両者に密接な関連性があるので、訴えの追加的変更に準じて許容される(当該事件では、控訴審で損失補償請求が予備的に追加され、相手方の同意が必要であるとされ、その同意がないことを理由に却下された)。さらに、人事訴訟では、紛争の包括的解決のために、本来なら家事審判の手続によりなされるべき処分(附帯処分)についての裁判の申立ての併合も認められている(人訴32条)。
こうしたことを考慮すると、民訴法136条の解釈としても、(α)通常手続で裁判されるべき請求と別種手続で裁判されるべき請求とが相互に密接に関連していて、(β)両手続の異種性が低い場合には、請求の併合が許されると解すべきであろう。通常手続との異種性が低いのは、行訴法4条後段の実質的当事者訴訟の審理手続である。この訴訟でも職権証拠調べの規定(行訴法24条)が準用されるが(同法41条1項)、同条は、「(行政)処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無」の争点を含む民事訴訟(同法45条のいわゆる争点訴訟)において当該争点について準用されるのであるから、併合審理を妨げるほどの要素と見るべきではない。
なお、通常事件の再審の訴えも通常の民事訴訟手続により審判されるので、これと他の請求とを併合することも許される[3]。
(2)各請求について日本の裁判所が国際的管轄権を有すること。 日本の裁判所が1つの請求について管轄権を有する場合には、これと密接な関係のある請求については、独立の管轄権を有しなくても、3条の6により管轄権を有する(ただし、同条の適用が3条の10により排除される場合があることに注意)[31]。
(3)各請求について受訴裁判所が国内的管轄権を有すること。 受訴裁判所が一つの請求について管轄権を有すれば、他の請求についても7条により管轄権を有することになる。ただし、他の裁判所が法定専属管轄を有する請求については7条は適用されないのが原則であり(13条1項)、その原則が適用される限り、その請求の併合は許されない。ただし、特許権等に関する拠点裁判所(大阪地裁と東京地裁)の専属管轄は、拠点裁判所に専門的知識を有する裁判官等を配置するとの政策に基づくものであり、拠点裁判所以外の裁判所との関係では専属管轄とする必要が強いが、拠点裁判所相互間では専属管轄とする必要は弱いので、一方の拠点裁判所は他方の拠点裁判所の専属管轄事件についても管轄権を有するとされている(13条2項。非拠点裁判所との関係では専属的であるが、拠点裁判所相互間では非専属的である)。
(4)併合が禁止されていないこと、及び、一定の要件(請求間に関連性があること)の下でのみ併合が認められている場合にはその要件を充足すること。 民事訴訟法は、請求間の関連性を要求していない。請求併合の場合には当初から複数の請求について審理が開始されるので、同一当事者間の紛争を包括的に解決する道を開いておくのがよいからである。しかし、行政訴訟では、紛争の迅速な解決の目的等のために、関連性が要求されている(行訴16条1項等)[18]。
(3)選択的併合が許される範囲の拡張
選択的併合は、伝統的に、同一の目的に向けられた法律上両立することができる請求について認められてきたが([兼子*体系v3]367頁)、次の2つの方向の拡張傾向がある(このような拡張に消極的な見解もある[26])。
上訴が提起されると、判決主文において判断されていない請求を含むすべての請求が上訴審に移審する。主位請求認容判決に対しては被告のみが控訴の利益を有し、控訴審が主位請求を棄却すべきものと判断すれば、原判決を取り消して主位請求を棄却した上で、一審判決のない予備請求について裁判することができる(大判昭11年12月18日民集15巻2266頁[百選*1965a]27事件[29]、最判昭33年10月14日民集12巻14号3091頁[百選*1998b]A49事件)。控訴審が予備請求を認容する場合に、予備請求についてはまだ判決による応答がないから(予備請求についての判決は訴えに対する応答になるから)、原告からの附帯控訴(293条)は必要ない。
他方、主位請求棄却・予備請求認容の第一審判決に対しては、原告・被告の双方が控訴の利益を有する[15]。この判決に対して被告のみが控訴を提起し、原告が控訴も附帯控訴も提起しなかった場合の取扱いについては、議論が分かれている([栗田*1995a]278頁以下、[石渡*2008a]参照)。
(A)判例・多数説は、審判の対象となるのは予備請求に関する部分のみであり、主位請求に関する部分は対象とならないとする(上告に関して最判昭54・3・16民集33-2-270、控訴に関して最判昭58・3・22判時1074-55。[伊藤*民訴v5]617頁[石渡*2008]47頁、[坂本*2014a]719頁以下。学説の状況は[石渡*2008]38頁以下が詳しい)。これに従えば、控訴審が予備請求を棄却して主位請求を認容すべきであるとの判断に達しても、原判決中の予備請求認容部分のみが取り消されてその棄却判決が下され、原告全面敗訴の結果となる。これを避けるためには、原告は附帯上訴を提起して、主位請求棄却部分の取消しを明示的に申し立てておかなければならない(予備請求認容の一審判決が維持されることを解除条件とする予備的附帯控訴でもよい[17])。
(B)上記の結果を不当とする立場からは、原告からの明示的な不服申立てがなくても上訴審が主位請求部分を裁判できるようにするために、次のような法律構成が主張されている。
上訴審での審判 上訴が提起されるとすべての請求が上訴審に移審する。請求認容判決に対して控訴が提起され、控訴審が第一審の認容したα請求ではなく別のβ請求を認容すべきであるとの判断に達した場合の取扱いについては、次の2つの選択肢がある。
B説が妥当と思われるが、判例はA説である。上告審が自判する場合も、同様である(最判平成1年9月19日 判時1328号38頁)。
原審が認容した請求以外の請求については判決がまだなされていないので、上訴審がその請求を認容するにあたって、その請求の認容を求める原告からの控訴や附帯控訴は必要ない。予備的併合の場合と異なる点である。ただし、原判決が一部認容判決の場合には、被告のみが控訴し原告からの控訴・附帯控訴がなければ、不利益変更禁止原則が適用され、控訴審は別請求の全部に理由があると判断する場合でも、原判決の認容額の範囲内で別請求を認容する(最判昭58年4月14日 判時1131号81頁)。第一審が甲請求の一部を認容して残余を棄却した場合に、棄却部分について原告が不服申立てをしなければ、いずれの請求の棄却部分も控訴審の審判対象にならない。したがって、控訴審が甲請求は全部棄却されるべきであると判断したときには、乙請求のうち甲請求の認容部分と選択的併合の関係にある部分についてのみ裁判する(上告審に関するものであるが、最高裁判所 平成21年12月10日 第1小法廷 判決(平成20年(受)第284号)参照)。
仮執行がなされていた場合 第一審判決に仮執行宣言が付されていて、仮執行がなされた後で上訴審がそれとは別の請求を認容する場合に、原状回復および損害賠償が命じられうるかが問題となるが(260条2項)、ここで重要なのは目的であって手段としての請求権ではない。控訴審で認容される請求と第一審で認容された請求が同一の目的に向けられている限り、260条2項の適用はないと解すべきである。