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民事訴訟法講義
複数請求訴訟 2
関西大学法学部教授
栗田 隆
3 訴えの変更(
143条
)
3.1 意義
同一原告が訴訟係属中に同一被告との関係で新たな請求を審判対象とすることを訴えの変更という(143条)[
15
]。適法な訴えの変更があると、変更前に得られた裁判資料は、新たな請求の裁判のために用いられる。これにより、新請求の審理が別訴による場合よりも促進される。ここに、訴えの変更の利点がある。
訴えの変更にあたらない場合
次の場合は、訴えの変更にはあたらない。
(
1
)訴訟対象の変更のうち、訴えの取下げとして説明できる場合。訴えの変更は、訴訟の完結を遅らせ、また、控訴審でなされると被告の審級の利益が害されるからこそ、それをどの範囲で許すかが議論されるのに対し、取下げの場合には、取り下げられた請求について被告が勝訴判決を得る利益が問題となるだけだからである。
(
2
)当事者の変更を伴う場合。新当事者の手続保障が重要となり、客体のみの変更とは別個の規律が必要となるので、これも143条の「訴えの変更」からは除外される。
(
3
)請求の趣旨を明確にするためにこれを訂正する場合。例えば、収去を求める建物の表示について多少の変更を加え、建物の坪数を若干減縮しても、明渡しを求める土地が前後同一である限り、請求の趣旨の訂正であって、訴えの変更にはならない(名古屋高判昭36・1・30下民集12-1-146)。
(
4
)攻撃方法の変更にすぎない場合。例えば、
建物の所有権確認訴訟において取得原因を承継取得から原始取得に変更することは、訴えの変更にならない(
最判昭29・7・27
民集8-7-1443)。
詐害行為取消訴訟において、取消債権者の被保全債権に係る主張が交換的に変更されたとしても,攻撃方法が変更されたにすぎず,訴えの交換的変更には当たらない。
最高裁判所 平成22年10月19日 第3小法廷 判決
(平成21年(受)第708号)
もっとも、単なる攻撃方法の変更にとどまるのか、訴えの変更になるのかは、訴訟物論に従って異なる場合がある。例えば、同一建物の明渡請求の原因を所有権から賃貸借契約解除に変更することは、実体法説によれば訴えの変更であるが、訴訟法説によれば攻撃方法の変更にすぎない。転落事故が生じたバスの乗客からの損害賠償請求について、請求の原因を不法行為(民法
709条
・715条)から債務不履行(民法
415条
)に変更する場合も、同様である。
数量的に可分な請求の増減
ところで、数量的に可分な請求について、その数額を増加させることを(狭義の)請求の拡張といい[
7
]、減少させることを請求の減縮という。拡張部分・減縮部分を他の部分と区別する客観的指標がない場合に、一部請求の可否の問題に関連して、その取扱いが問題となる。
(
a
)請求の拡張は、訴えの変更にあたる(ただし、[三ケ月*1995a]160頁は、訴え変更ではないがこれに準ずるとする)。この点について、異論は見られない。
(
b
)請求の減縮については、次のような見解がある(減縮部分を他の部分と区別する客観的指標がない場合であることを前提にする。訴えの取下げと訴えの変更とで手続に若干の相違があることに注意)。
明示の一部請求を肯定する判例・通説は、これも訴えの一部取下げと理解する(
最判昭27・12・25民集6-12-1255
、
最判昭和31年12月20日
民集10巻12号1573頁、[梅本*民訴v4]983頁、[上田*民訴v7]531頁、[高橋*概論v1]296頁。 なお、基本的には意思解釈の問題であり、原則として訴えの取下げであるが、請求の一部放棄の場合もありうるとする見解([注釈*2011a]179頁)もこれに含めることができる[
27
]) 。
請求の一部放棄とする見解([兼子*体系]370頁、[河野*民訴]667頁。なお、菊井維大「訴えの変更」民訴講座(1)197頁も参照)。
請求の一部放棄としつつ、 請求の趣旨に変更がある以上、それを明確にするために訴えの変更の手続が必要であるとする見解([条解*2011a]1440頁・831頁(竹下=上原)。ただ、請求の放棄自体は、口頭弁論等の期日において口頭で陳述するのが原則である(
266条
1項。2項で陳述擬制が認められているが、それは、書面によってするものではないことを前提にしている);放棄の陳述が調書の記載されると、それが判決の代用となるのであるから、──請求の放棄が書面によりなされることが望ましいとしても──請求の一部放棄(請求の減縮)を口頭陳述に重ねて書面(
143条
2項)でしなければならないとする必要があるかは疑問である。
一部請求否定説(一部請求は、請求部分と残部とを数額以外の標識により区別することができなければ許されないとの見解)を前提にして、請求の数量的減縮は、給付判決の上限の変更であり、訴えの変更にも取下げにもあたらないが、変更に準じて書面によりなされるべきであるとする見解([三ケ月*1995a]160頁)。また、数額以外の標識の有無にかかわらず一部請求を否定する見解(一部請求の全部認容の場合でも、残部請求は許されないとする見解)を前提にして、請求の趣旨の変更による請求金額の増減は、「訴訟物たる権利関係の同一性に影響を及ぼさず、訴えの変更とはみなされない」とする見解[伊藤*民訴v5]617頁注14・221頁以下)。
明示の一部請求を許容する立場に立つと、残部請求(訴訟対象から除外される部分)を留保しての請求の減縮も許容してよく、これは、訴えの一部取下げと扱うのが合理的であろう。なぜなら、この場合には、被告は、残部請求部分について既判力ある判断を得る機会を失うのであるから、この減縮には被告の同意が必要であるとすべきだからである[
28
];また、請求の放棄が調書に記載されると確定判決と同等の効力が生ずるのであり、原告が明確にその意思を表示しない限り、放棄があったと認めるべきではなく(原告が請求の放棄として調書に記載されるべきことを明示した場合にのみ放棄と認めれば足りる)、その意思が明示されていない場合の請求の減縮を一部放棄とすることは、適切でない。
3.2 変更の態様
(
1
)追加的変更と交換的変更
追加的変更
土地所有権確認請求に、さらに土地明渡請求を加える場合のように、旧請求を維持しつつ、新請求を加える場合をいう。
交換的変更
特定物の引渡請求訴訟の途中で目的物の滅失が判明したため損害賠償請求に変更する場合のように、旧請求と交換して新請求を提起する場合をいう。
交換的変更の理解については次のような見解の対立がある。 なお、以下では、「旧請求に係る訴えの取下げ」の縮約形として、「旧請求の取下げ」という表現を用いることがある。
複合行為説
(判例及び少数学説[
32
]) 新請求を追加して、その訴訟係属後に旧請求を放棄し又は旧請求に係る訴えを取り下げるものであると理解すれば足りる(
最判昭32・2・28
民集11-2-374)。そして、交換的変更が許されない場合には、旧請求について判決がなされるべきであるから、交換的変更は、新請求の追加(新請求の提起)が適法であることを法定条件とする旧請求の取下げと構成すべきである([条解*2011a]1438頁。なお、原告が旧請求の取下げではなく放棄であることを明示すれば、そのように扱うことに支障はない)。交換的変更による旧請求の取下げは、民法旧149条(現147条1項かっこ書と1号)の適用範囲外であり、例えば、境界確定の訴えにより生じた取得時効中断(平成29年民法改正後は時効完成猶予)の効力は所有権確認の訴えに交換的に変更されても失われない(
最判昭38・1・18民集17-1-1
[百選*1972a]40事件)。旧請求の取下げまたは放棄が有効になされていない場合には、原告が交換的変更を意図していても、結果的に追加的変更になる。もっとも、(
α
)新請求に被告が異議なく応訴すれば、旧請求の取下げに同意したものと推定される(
最判昭38・1・18民集17-1-1
、
最判昭41・1・21民集20-1-94
[
29
])。また、(
β
)旧請求の取下げに異議を述べることが信義則に反するとされる場合(例えば、(1)被告の行為が原因となって旧請求について訴えの利益が失われ、被告が却下判決を得ることについて利益を有しない場合や、(2)被告が提出する防御方法に応じて交換的変更がなされた場合)には、同意は不要と解すべきである。被告の同意がなくても訴えの取下げにより旧請求に係る訴訟が終了したことを明確にする必要がある場合には、訴えの交換的変更を許可する決定(143条4項の類推)により又は終局判決の理由中でそのことを明確にすべきである(
最高裁判所 平成5年2月18日 第1小法廷 判決(平成3年(オ)第131号)
が判決理由中で「請求異議の訴えは、当審における本件訴えの変更の許可により終了した」と説示しているのは、この趣旨と理解したい──異別の理解も可能であるが)。
独自類型説
(多数学説[
33
]) 時効完成猶予の効果の維持ならびに従前の審理結果の新請求への流用を説明するために交換的変更を独自の類型とすべきであるとする見解。学説上は、現在では、これが多数説とみてよい。もっとも、旧請求について被告が勝訴判決を得る利益を保護すべきか否かについては、見解は分かれる。
(α)訴えの取下げについて被告の同意が必要とする規定(261条2項)を類推適用し、交換的変更について被告の同意が得られない場合には、交換的変更ではなく追加的変更になるとする見解 ([新堂*新民訴v5] 763頁注1、[上田*民訴v7]530頁、[条解*2011a]833頁・835頁(竹下=上原)、[梅本*民訴v4]729頁・731頁) 。
旧請求ついては請求の放棄があったとみるべきであるとする見解 ([河野*民訴]668頁以下) 。
適法な交換的変更があれば、旧請求についての訴訟係属は当然に消滅すると説く見解[
17
]([伊藤*民訴v5]618頁[
18
]、[注釈*2011a]177頁以下[
19
])。
交換的変更の構成要素の関係を分析的に説明している点で、複合行為説が正当である。
独自行為説のうちの第1説との関係では、説明の好みの問題である[
14
]が、独自行為説で説明できる事項は、複合行為説でも十分説明できる。時効完成猶予の点についていえば、問題となるのは、新請求に係る権利の時効期間経過後に訴えの変更がなされた場合である。この場合に、旧請求提起による時効完成猶予の効果が新請求に係る権利にも及ぶことをどのように説明するかは、交換的変更の場合のみならず、追加的変更の場合にも問題となる。時効は、実体法上の問題であり、追加的変更とか交換的変更といった訴え変更の形式には左右されない問題だからである([伊藤*民訴v5]619頁注17参照)。追加的変更の場合に旧請求提起による時効完成猶予効を新請求に係る権利に及ぼすことの説明として、例えば、旧請求提起はこれと密接に関連する新請求に係る権利について裁判上の催告の効力を有すると説明するのであれば(
最判平成10.12.17
平成6年(オ)第857号参照)、同様な説明は交換的変更にも妥当する。旧請求についての訴訟資料を新請求に流用することができる点も、追加的変更について認められるのであれば、同じ論理により、訴えの交換的変更(新請求の追加後に旧請求について訴えを取り下げること)についても認められるはずである。これらの点について、追加的変更の1年後に旧請求が取り下げられた場合と、1日後に取り下げられた場合と、直後に取り下げられた場合(交換的変更の場合)とを区別する必要はない。
独自行為説のうちの第2説は、例えば、原告が所有権に基づいて被告の占有する動産の引渡しを訴求したのに対し、被告が、目的物は他に譲渡して現在は占有していないと陳述したため、原告が損害賠償請求に交換的に変更したところ、その後に実際には被告が依然として占有していることが判明したような場合に、適切な結果が得られない。
独自行為説のうちの第3説は、被告の利益保護に無頓着すぎる(被告は、旧請求と反対内容の請求の反訴を提起すれば、紛争解決の利益を守ることができるが、その負担を被告に課すことが適切とは思われない)。
(
2
)請求の趣旨の変更と請求原因の変更
訴えの変更は、訴えの内容である請求の変更を意味する。請求は、請求の趣旨と原因により特定されるので(133条)、その一方または双方の変更が請求の変更をもたらす[
2
]。請求の趣旨の変更の例は、例えば、権利保護形式の変更(例えば確認請求から給付請求への変更)や数量の拡張である。請求原因(原告の主張する実体法上の請求権ないし法的地位の発生原因)の変更は、例えば、原告が被告に対して2つの同額の貸金債権を有していて、その一方から他方に変更する場合である。また、実体法説に従えば、土地の明渡請求において主張する権利を所有物返還請求権から契約解除による原状回復請求権に変更することも、請求原因の変更となる。請求の趣旨とその原因の双方が変更される場合もある。例えば、所有権に基づく土地明渡請求に、不法占拠による損害賠償請求を追加する場合がそうである。
(
3
)併合態様の変更(予備的併合から選択的併合への変更や、予備的併合における順位の変更)は、訴訟物の変更をもたらすものではないが、審理に与える影響が大きいので、訴えの変更として扱われる。また、旧請求を予備請求にして新請求を主位請求にする形での追加的変更の場合には、訴えの取下げに準じて被告の同意が必要であり、同意が得られなければ裁判所は両請求ついて判決すべきであるとする判例がある(
仙台地判平4・3・26
判時1442-136。原告は順位を付けているが、両請求間で主張に矛盾はないので、裁判所からみれば、順位付けは無効(原告が予備請求に付した解除条件は無効)であり、両請求について裁判すべきである、との趣旨であろう)。この取扱いは、特に次の場合に要請される。すなわち、第一審で請求が棄却され、控訴審において、旧請求を予備的請求にして新請求を主位請求にする形で追加的変更がなされた場合である。この場合には、追加された主位請求が認容されると予備請求についての第一審判決が効力を失うので、訴えの取下げに準じて被告の同意が必要であり、同意が得られなければ単純併合とすべきである(原告は、主位請求棄却の場合に備えて、予備請求棄却の原判決の取消し申立てをしておくべきである。ただ、棄却された旧請求を予備請求にする旨の予備的併合への変更の申立ての中に、その趣旨が含まれていると解してよいであろう。他方、控訴審において主位請求(新請求)が認容される場合には、第一審の旧請求棄却判決が確定する)。
3.3 訴え変更の要件
原告が当初提起した請求あるいはその請求のみでは紛争の解決としては不適当あるいは不十分である場合に、従前の審理を生かして新請求について審判することが可能であるならば、そうすることが原告の権利の迅速な保護ならびに訴訟経済の点で好ましい。その反面、訴えの変更を無制限に認めると、被告の防御を困難にするのみならず、審理の遅延をもたらす。これらのことを考慮して、訴えの変更については、次の要件が定められている(変更要件の緩和の歴史につき、菊井維大「訴の変更」講座(1)189頁以下参照)。
(
1
)
請求の基礎に変更がないこと
(143条1項本文)
これは、次の2つのことを意味する:(
α
)訴えの変更を紛争の適切な解決に必要な範囲に限定するために、新旧両請求の利益関係が社会生活上共通していること;(
β
)紛争全体の迅速な解決が期待され、かつ、被告の困惑と防御の困難が生じない範囲に限定するために、従前の裁判資料が新請求の裁判に利用できること。
事柄の性質上、(β)の要素は、旧請求の審理が進行するにつれて重要性を増し、訴えの変更を抑制することになる([谷口*1987a]183頁参照)。この要件は、被告の利益(適切な防御の利益、特に新請求についての審級の利益)の保護に重点がある(βはαよりもこの点を重視している)。次の場合にはこの要件を設けた趣旨に反しないので、請求の基礎に変更があっても訴えの変更は許される。
被告が明示または黙示に同意した場合(大判昭11・3・13民集15-453および通説。
最判昭和29.6.8民集8-6-1037は
、被告からの異議がなければ、訴えの変更を許してよいとする(控訴審における変更の事例)。反対、菊井維大「訴の変更」講座(1)208頁)。事件の迅速な処理について裁判所が有する利益は、「著しく訴訟手続を遅滞させないこと」という後述(2)の要件により守られる。
被告が防御のためになした陳述に基づいて訴えの変更をする場合(
最判昭39・7・10民集18-6-1093
。この陳述には、抗弁や再々抗弁のみならず積極否認の内容となる重要な間接事実も含まれる)。例えば、所有権に基づく建物明渡請求に対して、被告がその建物について原告の所有権を争って自己の所有権を主張する場合に、原告が土地所有権に基づく建物収去・土地明渡請求に訴えを変更することは、請求の基礎の同一性を問題にすることなく許される。
「請求の基礎」の概念については、見解が分かれている。請求の基礎が同一であるというのはどのような場合を指すかについての見解を大別すると、次のようになる。
請求の特性に着目する説 どの特性に着目するかについて諸説がある。
実体法的性質 旧請求の当否の判断に必要な主要事実と新請求の当否の判断に必要な主要事実とがその根幹において共通する場合([小山*民訴v1.5]526頁。後に次の2に変更)。
経済的(ないし前法律的)性質 訴訟対象とされる経済的利益が同一である場合([梅本*民訴v4]730頁(攻撃防御方法の共通性は、経済的利益の同一性から導かれる効用であるとして、同一性基準から排除する))。請求原因の基盤となる「前法律的な利益紛争関係」が同一である場合([兼子*体系v3]372頁)。請求を根拠づける法律要件の抽出基盤たる事実複合体([小山*民訴v2]250頁はこの趣旨であろう)。
裁判資料の継続利用の可能性を強調する見解(新訴と旧訴の事実資料の間に審理の継続的施行を正当とする程度の一体性・同一性を肯定できる場合。菊井・前掲論文204頁、[三ケ月*1995a]164頁。[伊藤*民訴v5] 619頁もこれに含めることができよう(訴訟物たる権利関係の発生基盤が共通することであり、これを審理の内容から見ると、主要事実や主要争点の共通性と表現されると説明する)。
両者を要求する見解(旧請求についての訴訟資料や証拠資料を新請求の審理に利用することができる関係にあり、かつ、各請求の利益主張が社会生活上は同一または一連の紛争に関するものとみられる場合。[新堂*新民訴v5]757頁、[上田*民訴v7]531頁、[河野*民訴]671頁、[高橋*概論v1]296頁。有力説の紹介の形であるが、[長谷部*民訴v2]78頁)。
通常(A)と(B)とは正の相関関係にあるので、上記の各説も具体的結論ではほとんど差がない([上田*民訴v7]532頁)。
判例は、次のような場合に、請求の基礎に変更がないとしている。
債権者代位権に基づく土地明渡請求訴訟の係属中に、原告がその土地の所有権を取得して、これに基づく明渡請求に変更した場合(大判昭9・2・27民集13-445)。
手形金の支払請求訴訟の係属中に、被告の被用者の当該手形偽造行為による損害賠償請求を予備的に追加する場合(
最判昭32・7・16民集11-7-1254
)。
貸金債権の担保のために手形が振り出された場合に、請求原因を手形債権から被担保債権に変更する場合(大判昭和8.4.12民集12-6-584・[百選*1965a]30事件、
最判 昭和31年7月20日判決
)。
占有の訴えを本権の訴えに変更する場合については、請求の基礎が同一でないとする先例(水戸地判昭25・6・22下民集1-6-969)とがあるが、同一と考えてよい。本権の訴えから占有の訴えに変更する場合も同様である[
36
]
請求の基礎に変更がない範囲では、控訴審においても相手方の同意なしに訴えを変更できるというのが原則である。しかし、第一審で国家賠償請求が棄却された場合に、憲法29条3項に基づく損失補償請求を控訴審において予備的・追加的に併合するときは、前者は民事訴訟手続で審理されるべき請求であり、後者は行政訴訟手続で審理されるべき請求であるとの特性の相違を考慮して、相手方の同意が必要であるとされている(
最判平5・7・20民集47-7-4627
)。
(
2
)
著しく訴訟手続を遅滞させないこと
旧請求の審理になお必要な時間と新請求の審理に必要な時間とを比較して、後者の方が著しく大きい場合には、新請求は別訴で審判するのが適当であるとの考慮から設けられた要件である。この要件は、訴訟手続の長期化に伴う審理の非効率化を防止するという公益にかかわるものであるから、これに抵触する場合には、変更が被告の陳述に基づく場合であっても、また、被告の同意があっても許されない(通説。
最判昭42・10・12判時500-30
)[
16
]。ただし、別訴の余地のあることが前提とされているので、旧請求についての判決が確定すると、その既判力により新請求が遮断される関係にある場合には、特別の事情がない限り訴えの変更を許すべきである(仙台地判平4・3・26判時1442-136)。
この要件に抵触することを理由に訴えの変更が許されない場合には、新請求と旧請求とが142条の適用範囲に入る場合でも、新請求を別訴として提起することが原則として許されるべきである([新堂*新民訴v5]759頁、[伊藤*民訴v5]620頁)。なぜなら、(
α
)新請求についても迅速に判決を得る道を開いておくべきであり、かつ、(
β
)旧請求について審理・裁判が先行し、旧請求の審理に要する時間が新請求のそれよりも短いことが前提になっているので、旧請求についての確定判決が新請求についての審理の途中に提出されるのが通常であるから、判決の矛盾が生ずる可能性は低いと予想されるからである。
(
3
)
訴訟係属後・事実審の口頭弁論終結前であること
訴訟係属は訴状送達により発生するから、それ以前は、原告は、
143条
の制約を受けることなく、訴状の補充・訂正の方法により請求の趣旨および原因の記載を変更することができる。訴状送達後は、
143条
の制約をうける。他方、第一審の口頭弁論終結後・判決言渡し前は変更できないが、弁論が再開されれば別である。控訴審には第一審の訴訟手続に関する規定が準用されるから(
297条
)、控訴審においても訴えの変更はできるが[
4
](ただし、裁判所は変更をすべき期間を定めることができる。
301条
1項参照)、被告の審級の利益を害する度合いが高い場合には、被告の同意を必要とすべきである([梅本*民訴v4]736頁)。
法律審である上告審においては、口頭弁論が開かれても訴えの変更はできないのが原則である(
最高裁判所 平成14年6月11日 第3小法廷 判決
(平成10年(行ツ)第158号))。原審の確定した事実のみで新請求について判断できることは稀だからである([高橋*概論v1]297頁は、「新請求につき事実認定が必要となる訴えの変更は認められない」と述べる)。しかし、例えば金銭支払請求訴訟の係属中に被告が破産し、この訴訟を債権確定訴訟として続行する場合のように(
破産法127条1項
)、訴えの変更が法律上要求される事由が発生した場合には、上告審でも変更が許される(
最判昭61・4・11民集40-3-558
[百選*1990a]73事件。破産債権確定訴訟の請求の趣旨は、通常、次のよう形をとる:「原告が破産者・・に対して・・・の破産債権を有することを確定する、との判決を求める」(上告審での訴えの変更がなされる場合には「原告」に代えて「上告人」とする)。この請求は、確認請求の一種の理解されており、当初の請求が給付請求の場合には、権利保護形式の変更となる)。もう少し一般化して、原審が確定した事実に基づき旧請求について自判できる場合に、新請求についても自判可能であり、かつ、事案の適切な解決のために新請求についても自判する事が必要である場合には、自判の前提として、訴えの変更を許容してよい([梅本*民訴v4]736頁)。 この例外に該当しない場合には、次のように措置する:
旧請求について上告を棄却する場合:
新請求が、専ら旧請求と併合して審判を受けることを目的として追加された場合には、新請求に係る訴えを却下する(
最高裁判所 平成14年6月11日 第3小法廷 判決
(平成10年(行ツ)第158号))。
そうでない場合には、管轄違いとして、第一審裁判所に移送する。
原判決を破棄して事件を原審に差し戻す場合には、原審が新請求について審判する余地があり、その余地がある限り、新請求も含めて事件を原審に差し戻す。原審への差戻ではなく、他の裁判所に移送する場合も、同様である。
(
4
)
管轄要件以外の請求併合の要件(136条)を満たしていること
訴えの追加的変更の場合はもちろん、交換的変更の場合にも、旧請求についての裁判資料が新請求の審理に利用されるので、この要件を充足することが必要である。
(
5
)
管轄要件については、見解が分かれている
受訴裁判所が併合された請求の一つについて管轄権を有すれば、7条により他の請求についても管轄権を有するので、問題となるのは新請求が他の裁判所の専属管轄に属する場合であり、(
A
)新請求が他の裁判所の専属管轄に属しないことも、訴え変更の要件であるとするのが多数説である(以下「要件説」という。[兼子*体系v3]373頁、[松本=上野*民訴v7]687頁。[上田*民訴v7]531頁、[河野*民訴]671頁も、これに含めてよいと思われるが、後述の
最判平成5年
に反対しているわけではないから、後述の非要件説に含める余地もある)。しかし、(
B
)訴え変更の要件でないとする見解([梅本*民訴v4] 731頁)も有力である(以下「非要件説」という。)。
管轄が変更後の新請求について本案の裁判をするための要件であることに、争いはない。問題となっているのは、他の裁判所の専属管轄に属する新請求が追加された場合に、旧請求事件とともに新請求事件を管轄裁判所に移送し、旧請求の審理結果を新請求の審理に生かすことができるかである(交換的変更の場合でも、旧請求の審理結果とともに新請求事件を移送することは可能である。受訴裁判所において訴えの変更が適法とされた時点で、旧請求についての審理結果が新請求についての基礎資料になる)。そして、扶養料の支払を命ずる審判に対する請求異議事件が家庭裁判所に係属した後で執行が完了したため、訴えが不当執行を理由とする損害賠償請求(地裁の専属管轄事件)に交換的に変更された場合に、家庭裁判所は、訴えの変更を許した上で、事件を管轄裁判所に移送することができるとする先例がある(
最高裁判所 平成5年2月18日 第1小法廷 判決
(平成3年(オ)第131号)民集47巻2号632頁)[
26
])。この判旨は、支持してよいであろう([松本=上野*民訴v7]687頁は、旧請求に関して移送裁判所に提出された裁判資料が受送裁判所における新請求の判決の基礎資料になり得ないことを理由に、これを反対する)。たしかに、当初から専属管轄違背の訴えが提起され、事件が受訴裁判所から管轄裁判所に移送された場合に、受訴裁判所における本案審理の結果(受訴裁判所に提出された裁判資料など)をそのまま移送先の裁判所における判決の基礎資料にすることは、専属管轄を定めた趣旨にそぐわない。しかし、新請求が旧請求から派生したものである場合(旧請求により解決されるべき紛争が時の流れの中で変化し、現時点における紛争の適切な解決のために新請求が提起される場合)には、訴え変更制度の基礎にある紛争の合理的解決の要請は、多くの場合に、審理(判決の基礎資料の収集)が専属管轄裁判所でなされることについて裁判所あるいは相手方当事者が有する利益に優先させてよく、前掲最判の事案はそのような場合であり、旧請求についての審理結果は、受送裁判所における新請求についての判決の基礎資料になると考えるべきである。
もっとも、問題をもう少し広く捉えると、(
α
)受訴裁判所が旧請求についての審理を続ける場合と、(
β
)旧請求とともに新請求を移送する場合と、(
γ
)旧請求の訴訟を終了させて、新請求のみを移送する場合(
最判平成5年
)とに分けるべきであろう。前2者は追加的変更の場合に生じ、最後者は、交換的変更の場合(又は追加的変更であるが、旧請求の訴えを却下する場合)に生ずる。(β)の場合に、従前の訴訟手続において提出された資料を新請求の訴訟資料にすること(訴訟資料の共通化)に問題はない(旧請求に関する訴訟記録は、旧請求と新請求の審理のために移送先裁判所に送付される(
規9条
))。
最判平成5年
は、(γ)の場合について訴訟資料の共通化を前提にしていると見ることができる。(α)の場合について訴訟資料の共通化を肯定すると、おそらく、記録の複製が必要となろう。ただ、そのこと自体は、訴訟資料の共通化を否定する強い理由になるとは思われず、紛争の適切な解決のために訴えの変更を許し、訴訟の迅速な解決のために旧請求についての訴訟資料を新請求について生かすべきであろう。
残された問題は、このような特質を有する管轄要件を訴え変更の要件と位置づけるべきか否かである。訴えの変更により、時効完成猶予(民法147条1項)の効果を確実に維持でき(裁判上の催告の理論によるよりも確実に維持でき)、訴え提起の手数料を流用できる場合があることを考慮すると、これらの利益の享受を可能にするために、管轄要件は訴え変更の要件とすべきではない。訴え変更後に旧請求の資料が新請求の資料として利用することができるかの問題については、そのための要件を特別にとりあげ、これを「狭義の変更要件」と呼ぶのがよいであろう(「裁判資料流用要件」と呼ぶこともできる)。前述のように、旧請求の受訴裁判所が新請求について管轄権を有しない場合であっても、旧請求についての基礎資料が移送先の裁判所における新請求の裁判の基礎資料になることを原則的に肯定すべきであるから、管轄要件はこの狭義の変更要件にも当たらないと言うべきである。
例 外
人事訴訟では、紛争の包括的解決のために(
人訴25条
1項)、民訴143条1項・4項にかかわらず、第一審又は控訴審の口頭弁論の終結に至るまで、訴えを変更することができる(
人訴18条
)。上記の要件のうち、(
1
)(
2
)の適用はない[
9
][
11
]。
3.4 訴え変更手続
訴状の実質をもつ書面を受訴裁判所(裁判機関)に直接提出する。したがって、訴額に変更が生じなければ、「準備書面」と題する書面(以下単に「準備書面」という)でしてもよく、そうすることが多い[
31
]。しかし、可能な限り、訴えの変更を示す見出しが付いた書面を作成すべきであり、準備書面で訴えを変更する場合には、訴えの変更が含まれていることを可能な限り明示すべきである(ただし、請求原因事実の変更が訴えの変更をもたらす場合があり、この非明示的訴え変更も有効と扱われている)。
請求の原因のみの変更
条文の文言上は、請求の趣旨の変更を伴う場合には、訴状の実質をもつ書面の提出・送達が必要であるが(
143条
2項・3項)、請求の原因のみの変更の場合には書面の提出・送達は必要ではなく、また、判例はそのように解している(
最判昭35・5・24民集14-7-1183
。家屋明渡請求訴訟で、請求の原因を所有権から使用貸借の終了に変更した事案)。しかし、請求の原因のみの変更も新訴の提起であるので、簡易裁判所の場合は別として、常に書面によってなすべきである[
22
](通説。例えば、[長谷部*民訴v2]80頁)。
送達の必要性
訴え変更の書面は、相手方に送達されることが必要である。したがって、準備書面が直送される場合には、準備書面の中で請求の趣旨又は原因の変更を記載するだけでは不十分である(161条3項かっこ書の受領確認書面が提出された場合に、送達があったと見なすかが問題になる。意見は分かれようが、否定説をとったとしても、被告が異議を述べなければ、次述の異議権の喪失により治癒されるであろう。以下では、否定説を前提にする)。
異議権の喪失
ただし、書面の提出の欠缺と送達の欠缺は、異議権の喪失(
90条
)によって治癒される(
最判昭31年6月19日
民集10巻6号665頁(再開後の口頭弁論期日において、釈明権行使に応じて原告が請求の趣旨と原因を変更し、被告が「異議を述べない」と述べた事例))。変更後の新請求についても口頭弁論の期日で口頭で陳述することが必要であるから、請求の変更を記載した準備書面が直送されたにとどまる場合には、被告は、その陳述がなされる期日において、訴え変更書面の送達がない旨の異議を述べるべきである(異議が述べられなければ、そのまま新請求の審理に入ることができ、異議が述べられれば、原告は訴え変更の書面を裁判所に提出して被告に送達してもらうことになる)。
交換的変更の場合の注意点(旧請求について)
原告が訴えを交換的に変更しようとする場合には、訴えの変更に係る書面の中でその趣旨を明示することが望まれる(旧請求に係る取下げが口頭弁論等の期日においてなされる場合には口頭ですることもできるが(261条3項ただし書)、その場合であっても、誤解が生じないように、訴え変更書面の中で明示しておくことが望まれる(同項本文参照))。請求の放棄は口頭弁論等の期日においてなすべきものであるが(266条1項)、訴えの交換的変更の一部として旧請求を放棄する場合には、訴えの取下げではなく請求の放棄であることを訴え変更書面の中で明示しておくことが望まれる)。
3.5 訴え変更に対する処置
見解の対立
訴え変更の有無ならびに適否について、裁判所は職権で調査するが、その後の取扱いについては、見解が分かれている(鈴木正裕「訴訟内訴えの提起の要件と審理」新堂編・特別講義237頁以下参照)。
(
A
)通説・判例の立場をまとめると、次のようになる。
裁判所は訴えの変更がないと考えるにもかかわらず当事者がこれを争う場合には、中間判決によりまたは終局判決の理由においてその判断を示す。
訴え変更にあたるが、「不当である」(その要件が具備されていない)場合には[
23
]、変更を許さない旨の決定をする(
143条
4項)。
この決定は、その審級では審判しない旨の中間的裁判([兼子*体系v3]374頁以下、[上田*民訴v7]533頁、[梅本*民訴v4]734頁、[長谷部*民訴v2]80頁)あるいは弁論の制限に類した裁判(
最判昭43・10・15判時541-35
[続百選39事件])ないし審理を整序するための中間的裁判([新堂*新民訴v5]762頁)であり、独立した不服申立(
328条
1項)は許されず(大判昭和8年6月30日民集12巻1682頁、
東京高判昭39・3・9高民17-2-95
)、終局判決に対する上訴とともに上級審の判断に服す(
283条
本文)。
変更不許の裁判をなすか否かは裁判所の裁量に委ねられる([三ケ月*1995a]168頁)。また、その裁判は、訴訟指揮に関する決定としていつでも取り消すことができると解すべきである(
120条
)。
変更不許の決定を前提にして、旧請求についてのみ終局判決がなされれば、それは新請求についての訴え却下を黙示的に含む全部判決である([兼子*体系v3]375頁、[長谷部*民訴v2]80頁)。裁判所が訴えの変更を許すべきでないと判断した場合には、その旨を判決の主文において宣言することは必ずしも必要ではなく、理由中において説示するをもって足りる(
最判昭43・10・15
判時541-35[続百選39事件])。ただし、追加請求についての訴えを明示的に却下することも許される(
最判昭和42年10月12日
では、著しく訴訟手続を遅滞せしめることも理由にして、控訴審が追加された「予備的請求を却下」したことが正当であるとされた)。
訴え変更を許さない終局判決に対して控訴が提起された場合には、新旧両請求とも控訴審に移審し、控訴審が訴え変更を適法と認める場合には、控訴審は新請求について審判でき、また、
308条
の類推適用により第一審に差し戻すこともできる(兼子・判例民訴368頁、[長谷部*民訴v2]80頁)。訴え変更不許の決定を上告審が不当とするときには、黙示的に訴え却下の措置がとられた新請求について差戻しの判決をなす。その上で、訴えの交換的変更の場合には、旧請求について訴訟終了宣言の判決をする(兼子・判例民訴368頁)。[
8
]
裁判所が訴え変更を適法と認めるにもかかわらず被告が争う場合には、決定でその判断を示すことができる(143条4項の類推。
東京高判昭39・3・9高民17-2-95
)。 第一審において訴え変更が適法と認められ、変更後の訴えについて判決がなされた場合には、控訴審が訴え変更を不適法と認めて原審の変更許可の決定を取り消したところで、変更後の新請求はもともと別訴によっても裁判されうべきものであったことを考慮すると、被告は変更許可の決定の取消しを求める利益を有しない(東京高判昭和31.2.7東高民時報7-2-15、菊井・前掲論文209頁、[上田*民訴v7]533頁、[長谷部*民訴v2]80頁)[
20
]。
(
B
)これに対しては古くから批判がある(判例民訴(4)202頁参照)。例えば、[鈴木*1988a]237頁以下は、次のように説く。訴え変更の要件を欠く場合の新訴も一般の訴訟要件を具備する限り独立の訴えとして扱うべきであり(Ab3に反対)、第一審が訴え変更不許の決定をする場合には、新請求は別の訴訟手続で審理すべきである。この場合に、例えば旧請求に対する判決が先に下され、その控訴審が訴え変更を許すべきであると判断する場合には、原審の訴え変更不許決定を取り消し、これに依拠してなされた原判決も取り消して、事件を原審に差し戻すべきである。ただし、立法論としては、訴え変更許否決定に対して即時抗告を認め、訴え変更の許否の問題を早期に解決すべきである。また、[八木*2014a]170頁は、訴え変更の不許可の裁判は、実質的に弁論の分離の決定とみてよく、その方が不許可決定後の新請求の取扱いが明確になり、当事者の予見可能性も高まるとする。
私 見
次のように考えたい(以下では、「訴えの変更不許」を単に「変更不許」と言い、「新請求についての訴え」を短くして「新請求の訴え」と言うことにする)。 議論の単純化のために、追加的変更の場合を取り上げるが、議論の趣旨は交換的変更にも妥当する(例えば、追加的変更の場合を念頭に置いて「新請求と旧請求との併合審理」と表現するが、交換的変更の場合には「旧請求についての審理結果を基礎にして新請求について審理裁判する」と言い換えられる)。
最初に、変更不許の場合でも新請求の訴えは別訴として扱われるべきことを前提にして、変更が許される場合と許されない場合との差異を確認しておこう 。なお、 変更不許の場合には別訴として扱われることを欲しない(新請求について審理裁判を求めない)という原告の意思が明白な場合については後述することとし(判例は新請求について訴えを却下すべしとする)、以下ではこの場合を除く。
追加的変更が許される場合には、旧請求と新請求とは併合して審理される。他方、変更不許の場合には、新請求と旧請求とは分離して審理裁判されるのが通常となる;もっとも、第一審では、新請求と旧請求との併合審理の余地がないわけではないが、それは例外となろう;以下では、弁論の併合はないものとする;控訴審では、新請求の訴えは審級管轄違反として、第一審に移送される。
その結果、変更不許の場合には、訴訟追行のための費用(特に弁護士費用)がかさむおそれがある。
「訴えで主張する利益」が旧請求と新請求とで共通する場合に、訴えの変更であれば手数料の追加支払は不要であるが(民訴費用法3条1項・別表第1第5項・4条1項、民訴法9条1項ただし書)、別訴として扱われれば、新請求についても訴え提起の手数料の納付が必要となる。手数料額が大きい場合には看過しがたい不利益となる。とりわけ、訴えの変更の必要性が被告からの主張により生じた場合(例えば、建物明渡請求に対して、被告が控訴審で係争建物の所有権を主張したため、すみやかに予備的に建物収去地明渡請求を追加する場合)に、訴えの変更を許すことなく被告の主張に基づいて旧請求を棄却するときに、原告に別訴の提起の手数料を負担させることに釈然としないものを感ずる。ただ、裁判所が被告の主張を時機に後れた防御方法として却下することなく訴えの変更を許さないとすることは稀であろうと期待してよいであろう。そして、別訴提起と扱われる場合の手数料の二重負担問題まで考慮して訴え変更の取扱いを規律することは、現行法上はかなり難しく、致し方ないことと諦めざるを得ない。
時効完成猶予効については差異はない。なぜなら、旧請求について生じた時効完成猶予効(民法147条1項1号)が新請求にも及ぶか否かは、訴えの変更が許されるか、許されずに別訴と扱われるかに左右されないからである。
変更不許の場合には、「新請求の訴えは却下されたものと扱われる」との説(通説)と「別訴として扱うべきである」との説(少数説)の対立があるので、訴え却下扱いと別訴扱いとの差異を見ておこう。また、変更不許決定は「実質的に弁論の分離の決定」とみてよいとする見解もあるので、弁論の分離と前記2つとの違いも確認しておこう。
新請求の弁論が分離されるに留まる場合には、新請求は旧請求を審理している裁判体(受訴裁判所)によって審理裁判される。他方、別訴として扱われる場合には、そうなるとは限らない。典型的には、控訴審でなされた訴えの変更が許されない場合には、新請求事件は第一審に差し戻されるべきである。訴え却下の扱いの場合には、受訴裁判所が新請求について審理裁判する余地はない。
却下扱いの場合であれば、原告は、新たに訴状を作成して管轄裁判所に提出しなければならない(現在では、訴え変更申立書の内容をコピー&ペーストして比較的に容易に作成できよう)。別訴扱いの場合には、訴え変更書(法143条2項、規58条2項。法147条も参照)を別訴の訴状として扱ってよい。もっとも、請求の原因のみが変更さる場合については、学説はこの場合でも書面(訴え変更書)が必要であるとしているのに対し、判例は書面は必要でないとしている。判例を前提にすると、別訴提起と扱われるべき書面の提出がない場合が生ずることになるが、「訴えの変更が許されない場合には別訴として扱われるべきことを求める原告は、請求原因のみの変更の場合でも書面を提出しなければならず、その書面の提出がないときは、別訴として扱われることを求める意思を有しなものとみなす」とのルールを設定してよいであろう。
却下扱いの場合には新請求について本案判決を得るためには新訴の提起が必要となるが、その場合と別訴扱いとの場合とで、訴え提起の手数料や弁護士費用については、大きな差異は生じないだろう。いずれの場合であっても、新請求によって主張する利益に応じた手数料が必要となり、訴訟代理人は旧請求についての訴訟追行とは別個に新請求について訴訟追行が必要となるからである。時効完成猶予効の点については次の違いが生ずる:別訴扱いの場合には、訴え変更時点で生じた時効完成猶予効がそのまま維持される;却下扱いの場合には、猶予効を維持するためには却下確定後6カ月以内に新訴を提起することが必要となる(民法147条1項柱書かっこ内)。真剣に新請求の認容判決を得たい原告であれば、訴え却下後6カ月以内に新訴を提起することは難しくないだろうから、実際上の差異は大きくはない。
(
α
)却下扱いの場合には、新請求の訴えの却下が確定するのは、変更不許決定が取り消されることなく旧請求についての訴訟手続全体が終了する時である[
38
]。同様に、(
β
)別訴扱いの場合にも、別訴扱いの効果が生ずるのは、その時であるとすることができる。例えば、(
β1
)控訴審における訴えの変更に対して不許の裁判がなされ、旧請求についての控訴審判決に対して上告が提起され、上告審が控訴審判決を維持する場合には、上告審判決は言渡しにより確定するので、この時点で新請求の訴えは別訴として扱われるべきことになる。(
β2
)控訴審における訴えの変更に対して不許の裁判がなされ、旧請求についての控訴審判決が上告期間の徒過により確定した場合には、判決確定時点で新請求の訴えは別訴として扱われるべきことになる。(
β'
)これらの場合に、新請求事件を管轄違い(審級管轄違反)として移送することが必要になるが、その移送の裁判はどのようにすべきか。控訴審が判決中で移送の裁判をし、控訴審判決の確定により移送の効果が生ずるとするのが簡明であろう(移送の裁判が失念された場合には、裁判の脱漏になる)。なお、移送の裁判を決定でするならば、(β1)の場合には、上告審が移送の裁判をすべきことになり、(β2)の場合には、控訴審が、上告期間の徒過を確認した後に、別訴事件として扱われるべき新請求事件を第一審裁判所に移送すべきことになり[
40
]、手続構成が複雑になり、事件処理が不明確になりやすい[
41
]。
前記b4に示されるように、手続的には、却下説と比較して別訴扱い説の方が少しだけ複雑な構成となるが、その度合いは僅差と思われる。そして「国民から訴えが提起された場合には、訴訟要件が具備する限り裁判所は本案判決をすべきである」との理念を強調し、「訴え変更要件の欠如は、この理念に鑑みれば、訴訟要件として扱うべきではない」との命題を付加すれば、別訴扱い説をとるべきである。
新請求の訴えが別訴として扱われることを原告が欲していない場合
いずれの見解をとるにせよ、新請求の訴えが別訴として扱われることを原告が欲していないことが明白である場合に、新請求について被告の勝訴判決を得る利益が害されることがない限り、変更不許の判断をする裁判所が新請求の訴えを却下することに問題はなかろう(被告の利益が害されないことを条件にして、「原告が訴訟追行の意思を有しないこと」が消極的訴訟要件の一つとして設定される)。そして、
最判 平成5年7月20日
民集47巻7号4627頁は、予備的追加的変更の場合に、「予備的追加的併合申立ては、主位的請求と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし、専らかかる併合審判を受けることを目的としてされたものと認められるから、右予備的請求に係る訴えは、これを管轄裁判所に移送する措置をとる余地はなく不適法として却下すべき」であるとした。引用部分について原告の意思が確認されることなく裁判所による解釈により賄われている点、並びに、被告の勝訴判決を得る利益について言及がない点が気になる。しかし、前者については、原告は反対の意思を有するのであれば、それを積極的に表示すべきであるとの規範設定も可能であること、後者については、多くの被告は勝訴判決を得ることよりも訴訟から解放されること自体を望むものと推測され、261条5項も被告の異議がないことを同意と擬制していることを考慮すると、この推測が妥当する範囲では、前記判旨は支持してよい。
3.6 新請求についての審判
裁判の基礎資料
訴えの変更が許される場合には、追加的変更の場合であれ、交換的変更の場合であれ、すでに収集された資料は、新請求についての裁判資料となる。すでになされた自白も新請求の判断資料となる(大判昭和11年10月28日民集15巻1894頁)。ただ、賠償請求額が当初は少額であったのが著しく高額な金額に変更されたような場合には、係争利益の著しい変更を理由に自白の撤回を許すべきときもあろう([新堂*新民訴v5] 762頁、[高橋*概論v1]296頁。いずれも利息請求に元本請求が追加された場合を例に挙げる)。
控訴審で訴えの変更がなされた場合
控訴審で適法な訴えの変更があった場合には、控訴審は新請求について裁判しなければならない。例えば、
第一審の請求認容判決に対して被告が控訴し、控訴審で訴えの交換的変更があり、控訴審が新請求を認容すべきであると考えた場合には、判決主文が原判決と同じになるとしても、控訴審は控訴棄却の判決をすべきではなく、新請求認容の判決を再度すべきである(
最判昭32・2・28
民集11-2-374・[百選*1998a]76事件)。
逆に第一審の請求棄却判決に対して原告が控訴して新請求を追加し、控訴審が新請求も棄却されるべきであると判断した場合には、旧請求について控訴を棄却するとともに、新請求を棄却する旨の主文を掲げる(
最判昭和31年12月20日
民集10巻12号1573頁)。
また、第一審で認容された請求について控訴審で交換的変更があった場合あるいは請求の減縮がなされた場合には、旧請求あるいは減縮部分について第一審判決の効力は失われる(精確に言えば、これらの行為に含まれる訴えの取下げ行為の効果として、判決の効力が失われる)。なお、控訴審が減縮後の請求部分を認容すべきであると判断した場合に、理論的には控訴審は控訴棄却の主文を掲げれば足りるが(
最判昭和24年11月8日
民集3巻11号495頁)、減縮により第一審の効力が一部失われたことはできるだけ控訴審の判決主文で明確にすべきであり([梅本*民訴v4]736頁、[新堂*新民訴v5] 764頁 )、その旨の主文を掲げることは肯定されていて(
最判昭和45年12月4日
判時618号35頁)、現在ではそうすることが多い(主文例:「本件控訴を棄却する。なお、当審における請求の減縮により、原判決は次のように変更されている。」)[
21
]。
時効完成猶予
新請求に係る権利の時効完成猶予の効果は、書面提出時に生ずる(
147条
。請求原因のみの変更の場合には書面を要しないとの立場を前提にして、訴え変更のための書面がまったく提出されなかった場合には、口頭弁論期日における陳述の時に生ずる)。
ただし、旧請求についての訴えの提起あるいは攻撃方法の提出が、催告(民法150条1項)の一種として新請求についても時効完成猶予の効力を有している場合がある。
これは、平成29年民法改正前において、裁判上の催告の理論により説明されていたことである。
最高裁判所平成10年12月17日第1小法廷判決
(平成6年(オ)第857号) 金員の着服を原因とする不法行為に基づく損害賠償請求の訴訟の係属中は、右着服金相当額の 不当利得返還請求権につき、時効中断事由としての催告が継続するとされた事例。
最判平成25年6月6日
(平成24年(受)第349号) 明示の一部請求の場合には、当初の訴え提起による時効中断効は、当該一部のみに生ずるが、残部については、請求原因における債権全体の主張が裁判上の催告として中断効を有し、請求の拡張により民法153条(現150条1項)の6箇月の期間が遵守されるので、催告による中断効が維持される。ただし、催告の繰返しは許されないとする理論(現在では150条2項で明文化されている理論)は、第2の催告が明示的一部請求の訴えの提起による裁判上の催告であっても異なるものではなく、時効完成間際になされた裁判外での催告から6ヶ月以内であるが本来の時効期間経過後になされた一部請求によっては、残部の債権の時効は中断されない。
上記のことは平成29年民法改正後も承認されるべきである。そして、旧請求についての訴えの提起あるいは攻撃方法の提出が新請求についても時効完成猶予の効力を有することは、平成29年民法改正後も、民法150条1項の解釈適用問題である[
34
]。
4 選定者に係る請求の追加(
144条
)
係属中の訴訟の原告または被告と共同の利益を有する者は、その原告または被告を自己のために訴訟手続を追行すべき者(選定当事者──「選定された当事者」の意味である)に選定することができる(「追加的選定」と呼ばれる。
30条
3項。当事者に選定される者の承諾は必要である。相手方の同意は原則として必要ないが、例外的に必要となる場合もある)。選定当事者は、新選定者のために請求を追加し、あるいは選定当事者を被告にして相手方が新選定者に関する請求を追加する(
144条
1項・2項)。この場合の請求追加については、
30条
1項の「共同の利益」が143条1項の「請求の基礎の同一性」に相当するので、訴え変更に関する規定のうちこれを除くその他の規定がこの請求追加に準用される(144条3項)。
被告側の追加選定
被告側の追加選定がなされるためには、実際上は、原告が別訴被告となるべき者に対して追加選定を要請し、これを受けて追加選定がなされることになると思われる。原告が別訴を提起する前に別訴被告となるべきものが第一審において追加選定をしてしまえば、原告の別訴提起は許されない(別訴被告となるべき者は当事者適格を欠くからである。この当事者適格の喪失については、相手方(原告)への通知が必要と解すべきであろう)。もっとも、原告は追加請求を強制されるわけではなく、係属中の訴訟の終了後に(したがって、選定当事者が資格を失った後に)、別訴を提起することもできる。
控訴審における追加選定
控訴審においても追加選定をすることができるが、請求を追加するには相手方の同意または異議を留めない応訴が必要である(
300条
3項)。場合を分けて説明しよう。
原告側で追加選定がなされた場合
相手方である被告の審級の利益を保護する必要があり、被告の同意または異議を留めない応訴が必要である。
被告側で追加選定がなされた場合
相手方である原告の審級の利益を守るために、追加選定者が被告適格を喪失するためには原告の同意が必要であるとすべきである(原告が同意しない限り、追加選定者は当事者適格を失わず、原告をこの者を被告にして別訴を提起することができると解すべきである[
35
])。原告の同意を得て追加選定がなされた場合には、原告が追加選定者に係る請求をすみやかに(典型的には、追加選定の通知を受けた後の次回期日までに)追加する限り、請求の追加についての追加選定者の同意も選定当事者の同意も不要とすべきである。
この外に、選定当事者が追行している訴訟が第一審に係属している場合には、選定当事者と共同の利益を有する者が自ら訴えを提起してから当事者選定をし、訴訟から脱退する道もある(30条2項。同項はこの場合に限られるわけではないが、この場合にも適用可能である)。しかし、これは迂遠であり、
30条
3項・144条の道の方が無駄が少ない。
5 反訴(
146条
)
5.1 意義
反訴は、係属中の訴訟手続を利用して被告が原告に対して提起する訴えである(
146条
)[
CL1
]。反訴を提起する者を反訴原告といい、その相手方を反訴被告という。反訴の制度は、原告に請求の併合や訴え変更が認められていることとの公平のために、ならびに、関連した請求である場合には審理の重複や判断の不統一を避けることができるとの考慮に基づいて、設けられている。 また、被告の反訴に対して原告が再反訴を提起することも許される(
東京地判昭和29年11月29日
下民集5巻11号1934頁)。
管 轄
反訴は、反訴請求が本訴請求又はこれに対する防御方法と関連性を有する場合にのみ許されるので、この要件が認められる限り、本訴の係属する裁判所は反訴についても管轄権を有する(関連裁判籍)。ただし、反訴請求が他の裁判所の専属管轄に属する場合には、受訴裁判所は反訴請求について管轄権を有せず、もし他の裁判所の専属管轄に属する反訴が誤って受訴裁判所に提起されれば、受訴裁判所は反訴を専属管轄裁判所に移送しなければならない(16条1項)。この場合には本訴請求と反訴請求とが別個の裁判所で審理裁判されることになるが、そのことにより17条の要件が充足されることになるのであれば、反訴請求と共に本訴請求を移送することも許される。また、本訴が係属する簡易裁判所は、地方裁判所の事物管轄に属する反訴についても管轄権を有するが、相手方の申立てがあれば、受訴裁判所は、本訴と反訴を地方裁判所に移送する決定をしなければならない(274条1項)。
単純反訴と予備的反訴
反訴は、本訴請求についての裁判内容を条件とするか否かに従い、条件を付さない単純反訴と、本訴請求が棄却されること等を解除条件とする予備的反訴とがある。
(
a
)
本訴請求棄却を解除条件とする予備的反訴
本訴請求が認容される場合に備えての反訴であるが、本訴請求が棄却されるまでは反訴請求についても審理がなされることが必要であるので、本訴請求棄却を解除条件とする反訴になる。例えば、次のような反訴がこれに当たる( [八木*2014a]173頁によれば、下記の2・3が実務上多いとのことである):
売買代金請求の本訴に対し、被告が第一次的に売買契約の無効を主張し、もし契約が有効で本訴請求が認容される場合(解除条件不成就の場合)には目的物の引渡しを求める予備的反訴。
離婚請求の本訴に対し、被告が第一次的に請求棄却を申し立て、請求が認容される場合にそなえて予備的になされる慰謝料請求・財産分与の申立ての反訴。
協議離婚の無効確認請求の本訴に対して、それが認容される場合に備えて提起する離婚請求の予備的反訴。
これらの例にあっては、(
α
)本訴請求が棄却されると反訴の必要はなくなるとともに、(
β
)本訴請求に対する被告の陳述(原告主張の直接事実の否認あるいは抗弁)と反訴請求を根拠付ける事実の陳述とが矛盾している(両立し得ない)ので、主張の整合性を確保するために、本訴に対する陳述を先順位とし、予備的反訴についての陳述を後順位と、本訴請求が棄却されることを反訴請求の解除条件とする必要がある。
(
b
)
本訴が適法と判断されることを解除条件とする予備的反訴
適切な例が見あたらないが、例えば、債権者からの履行期にある債権の確認請求の本訴に対して、それが不適法として却下される場合にそなえて、債務者が予備的に提起する債務不存在確認の反訴を考えてみよう(原告が給付の訴えを提起すべきであるのに、確認の訴えに固執しているという無理な設定である点で、適切な例とは言えないが、その点は脇に置く)。この場合には、被告の反訴請求を根拠付ける事実の主張と本訴を不適法とする事由との間に矛盾があるわけではなく、また、本訴請求に対する被告の陳述と矛盾しているわけではない。しかし、もし仮に本訴が適法になれば、反訴は不適法として却下されるので、それを避けるために、反訴を予備的なものとしておくことが好ましい。
(
c
)
相殺の抗弁について既判力のある判断がなされることを解除条件とする予備的反訴
(
c1
)
被告は、予備的相殺の抗弁を提出しつつ、本訴請求債権が存在しないと判断される場合に備えて、反対債権の履行を求める反訴を提起することができる。この反訴は、何を解除条件としているのであろうか。裁判所が本訴請求債権の存在を認めて予備的相殺の抗弁に理由があるか否かを判断すると、抗弁が認められて本訴請求が棄却される場合にも、反対債権の不存在を理由に本訴請求が認容される場合にも、反対債権の不存在の判断に既判力が生ずる(114条2項)。いずれの場合にも、反対債権の履行を求める反訴について本案判決(請求棄却判決)をすると、反対債権の不存在について既判力ある判断が一つの判決の中で重複することになる(以下ではこの重複を「既判力ある判断の同時的重複」という。給付請求棄却判決がなされた後で再度同一債権について給付請求がなされた場合に、後訴裁判所が前訴裁判所の既判力ある判断に拘束されて再度請求棄却判決をすることは多数説により肯定されており、これは「既判力ある判断の異時的重複」ということができる)。既判力ある判断の同時的重複」は回避すべきであるとの立場に立てば、「予備的相殺の抗弁について既判力のある判断がなされること」が反訴の解除条件であると見るべきことになる(本訴請求認容の場合にも解除条件が成就し、本訴請求棄却の場合でも解除条件が成就しないことがあり、その点が(a)の場合と異なる)。
(
c2
)単純反訴の提起後に反訴請求債権を予備的相殺の抗弁に供する場合も、基本的に同様である。ただ、別訴で訴求している債権を相殺の抗弁に供することは、142条(重複起訴の禁止)の規定の趣旨に反して許されないとする判例理論を前提にして、論点が一つ増える。すなわち、反訴と本訴の弁論は裁判所の裁量により分離され得(152条)、分離されると142条の類推適用により予備的相殺の抗弁と単純反訴の一方は許されなくなる。相殺の抗弁と反訴とを条件関係で結べば両者の分離を禁止され、また、そのようにしても被告に不利益が生ずることはない。そこで、
最高裁判所平成18年4月14日第2小法廷判決
(平成16年(受)第519号)は、被告が単純反訴を提起した後で予備的相殺の抗弁を提出したときに、被告は単純反訴を黙示的に予備的反訴に変更したと扱うべきであるとした。この予備的反訴に黙示的に付された解除条件も、「相殺の抗弁について実質的判断がなされること(114条2項により自働債権について既判力の生ずる判断がなされること)」である[
30
]。
発展問題
本訴原告(反訴被告)が本訴請求債権を自働債権として反訴請求債権と相殺をすることは、どうか。
最高裁判所 令和2年9月11日 第2小法廷 判決
(平成30年(受)第2064号)は、「相殺による清算的調整を図ることが当事者双方の便宜と公平にかない,法律関係を簡明にする」ことを根拠に、相殺をみとめるべきであるとし、その実現のために、この場合には弁論の分離は禁止されるとした。この結論は妥当である。ただ、裁判所が相殺について判断する場合(特に相殺を認める場合)には、反訴請求を棄却する判決の理由中で自働債権(本訴請求債権)が相殺により消滅して現在は不存在であるとの判断がなされ、その判断に既判力が生ずるとともに、本訴請求棄却判決の主文における本訴請求債権不存在の判断にも既判力が生ずるので、同一債権について二重の既判力判断がなされることになる。それを避けようとすれば、反訴被告(本訴原告)が相殺の抗弁を提出したことにより、相殺の抗弁について判断がなされることが本訴請求の解除条件となつたと構成する必要が出てくる[
37
]。
一つの請負契約に基づく請負代金請求の訴えと瑕疵修補に代わる損害賠償請求の訴えが別々に提起されたが、第一審で弁論が併合された後で、一方の訴えの原告(他方の訴えの被告)が他方の訴えにおいて相殺の抗弁を提出した場合の処理も問題になる。この場合にも、
最高裁判所 令和2年9月11日
にしたがって、相殺の抗弁を許し、弁論の分離は許されないとすべきである。なぜなら、この場合にも、訴訟で争われている両請求の関連性は同一訴訟手続における併合審判の経緯(本訴と反訴であるか、別訴の弁論の併合であるか)に依存せず、前記最判の政策的考慮が妥当するからである。
5.2 反訴の要件
(
1
)本訴が事実審に係属し、口頭弁論終結前であること(146条1項本文)。上告審での反訴提起は許されない(最判昭43・11・1判時543-63)。反訴提起後に本訴が却下されても取り下げられても、反訴は影響を受けない。
(
2
)反訴請求が本訴請求と同種の訴訟手続により審判されるものであること(
136条
)。本訴請求と反訴請求とが同時に審判されるので、この要件を充足することが必要である。例えば、売買代金請求の訴え(通常訴訟)に対して、手形金債権をもって対当額で相殺することはでき、また、対当額を超える部分について手形金支払請求の反訴を通常訴訟として提起することはできるが、その反訴を手形訴訟(350条以下)として提起することはできない。
(
3
)反訴請求が「本訴請求」又は「これに対する防御方法」と関連するものであること(本訴請求または防御方法と内容または原因において法律上または事実上の共通点を有すること)(
146条
1項本文)。本訴請求との関連性は、訴え変更の要件である請求の基礎の同一性にほぼ対応する。それ以外に、本訴請求に対する防御方法との関連性がある場合にも反訴の提起が認められているのは、原告が第一審で緩やかな要件のもとで請求併合をなしうることとのバランスをとるためである([上田*民訴v7]534頁)。
反訴請求が本訴請求と関連する場合 これは、両請求で主張されている権利関係がその内容又は発生原因の点で法律上又は事実上の共通点を有する場合([兼子*民訴v3]377頁)を指す。例えば、次のものがある[
25
]。
原告の所有権確認請求の本訴に対して、被告が同一物について提起する自己又は第三者の所有権の確認請求の反訴
損害賠償債務不存在確認請求の本訴に対し、債務履行請求の反訴
抵当権設定登記請求の本訴に対し、被担保債務不存在確認請求の反訴。
交通事故に基づく損害賠償請求の本訴に対し、同一事故に基づく損害賠償請求の反訴。
不動産の所有権確認請求の本訴に対し、その不動産の賃借権確認請求の反訴([兼子*民訴v3]377頁) 。 被告が原告からの直接の賃借人である場合には、被告が原告の所有権を争いつつ、自己の賃借権を主張することは、通常は、信義に反しよう。しかし、次の場合には許されよう:(
α
)賃借権が対抗要件を具備した後に賃貸不動産が譲渡された場合には、被告が賃借権を主張しつつ、譲受人であると主張する原告の所有権取得を争う場合;(
β
)賃借人が賃貸人から賃借不動産を買い取ったが、賃貸人が売買契約の無効を主張して所有権確認の訴えを提起するので、賃借人がこれ争いつつ、予備的に賃借権確認請求の反訴を提起する場合。
占有権に基づく保全の本訴(民法202条)に対し、所有権に基づく引渡請求の反訴(
最判昭和40年3月4日
民集19巻2号197頁はこれを許容する) 占有の訴えに対して本権を抗弁にすることができないので、防御方法に関連するとは言えないが、同一物を巡る紛争として、本訴請求と関連する。
反訴請求と防御方法とが関連する場合(ここにいう防御方法は、抗弁事由を指す([兼子*民訴v3]378頁)。原告が証明責任を負う事由と反訴請求とが関連する場合は、本訴請求に関連する場合に含めるべきだからである) これは、抗弁事由と反訴の請求原因とが法律上又は事実上の共通点を有する場合を指す。例えば、次のものがある。
代金支払請求の本訴に対し、防御方法として反対債権による相殺の抗弁を主張し、反対債権のうち対当額を上回る部分の支払請求の反訴を提起する場合。
所有権に基づく引渡請求の本訴に対し、留置権の抗弁を主張し、その被担保債権の弁済請求の反訴を提起する場合。
位置付けに迷うものもある。
不動産の所有権に基づく引渡請求の本訴に対し、その不動産の賃借権確認請求の反訴。 [伊藤*民訴v4]603頁は、防御方法と関連する場合に含め、[上田*民訴v7]534頁は、本訴請求と関連する場合に含める 。賃借権の主張は、この場合には防御方法であり、賃借権確認請求が防御方法に関連するのは確かである。ただ、本訴が所有権確認請求である場合に、これと関連する反訴請求として賃借権確認請求が許されることを前提にすれば、それとの均衡から、本訴請求に関連する反訴と位置づけることも可能であろう。いずれに位置づけるかは、控訴審における反訴提起に相手方の同意が必要であるとする300条1項と微妙に関係し、本訴請求と関連する反訴については、同意は不要であるとの原則を立てた場合に問題になる(そのような原則をたてなければ、どちらに位置付けるかは重要でない)。
なお、関連性の要件(上記(3)a,b)は、訴え変更の要件の「請求の基礎の同一性」に相当するものであるが、これよりも広い。したがって、被告の反訴に対して、原告が再反訴を提起することもあり、それも許される(
東京地判昭29年11月29日
下民集5-11-1934)。
反訴請求について日本の裁判所が独立の国際的管轄権を有しない場合には、反訴請求が本訴請求又は防御方法と密接な関連性を有することが必要である(146条3項本文)。
(
4
)反訴請求が他の裁判所の専属管轄に属しないこと(
146条
1項1号)。ただし、特許権等に関する訴訟については、
6条
第1項各号に定める2つの裁判所(拠点地裁)が専属管轄を有するが、いずれの裁判所も事件処理に必要な人的資源・物的資源が配置されているので、両者の間では管轄の専属性を認める必要は少ない。そこで、拠点裁判所の一方に本訴が提起されている場合には、反訴請求が他方の裁判所の管轄に属するときでも、本訴係属裁判所に反訴を提起することができる(146条2項による同条1項1号の適用排除)。
(
5
)反訴が禁止されていないこと。反訴禁止の明文規定(
351条
、
369条
など)がある場合のほかに、反訴により主張される権利を本訴により主張されている権利に対する抗弁とすることが実体法上禁止されている場合には、その趣旨(迅速に現金を得させること)を貫徹するために、反訴もその制限に服すのが原則である。例えば、民法509条、労基法17条・24条1項により相殺が禁止されている場合には、反対債権の給付を求める反訴は許されない。
占有の訴えに対して本権に基づく反訴が許されるかは、占有の訴えの制度趣旨をどのように理解するかに依存する。占有の迅速な保護を強調すれば、本権に基づく反訴は許されないことになる。しかし、(
α
)
最判昭40年3月4日
民集19巻2号197頁は、「民法202条2項は、占有の訴において本権に関する理由に基づいて裁判することを禁ずるものであり、従って、占有の訴えに対し防御方法として本権の主張をなすことは許されないけれども、これに対し本権に基づく反訴を提起することは、右法条の禁止するところではない」という一般論で、反訴を肯定した。ただし、この判決の事案は、占有保持の訴えという名称で提起された占有保全の訴えに対して、所有権に基づく引渡の反訴を適法としたものである。(
β
)占有回収の訴えに対して所有権に基づく引渡請求(占有回復後において発生する引渡請求権に基づく将来給付の訴え)が認められるかについては、見解は、分かれている(肯定説:[三ケ月*1995a]170頁、[注釈*2011a]224頁、東京地判昭45・4・16下民集21-3=4-596)[
5
][
6
])。(
γ
)いずれにせよ、本権に基づく反訴請求が占有訴権に基づく本訴の進行を著しく遅滞される場合には、反訴としての許容要件は満たされず(146条1項2号)、弁論を分離すべきである。
(
6
)反訴の提起により訴訟手続を著しく遅滞させないこと(146条1項2号)。本訴請求と関連する請求を目的とする反訴は、訴訟手続の比較的早い段階で提起されている限り、通常は、訴訟手続を著しく遅滞させない。本訴に対する適法な防御方法として被告がすでに主張している権利関係を目的とする反訴も、裁判所が本訴請求の当否を判断するためにその権利関係について判断することを必要とする限り、通常は、訴訟手続を著しく遅滞させない。しかし、反訴提起が遅れれば、訴訟手続を著しく訴訟手続を遅滞させると評価されることがあり得る。例えば、
本訴と同じ事故による損害賠償の反訴が提起された場合に、事故の発生原因や双方の過失割合は共通していても、双方の生じた損害は共通しないのが通常であり、反訴原告に生じた損害の審理に時間を要することになろう。
反訴請求が本訴に対する防御方法(抗弁)と関連する場合であっても、裁判所がその抗弁を判断することなく本訴請求の当否を判断することができる場合もあり、その場合には、被告はその抗弁の主張後に速やかに反訴を提起しておく必要がある。反訴提起が遅れると、訴訟手続を著しく遅滞させると評価される場合があろう。
占有訴権に基づく本訴請求に対して本権に基づく反訴については、それが民法202条2項により禁止されないとしても、同項が占有の訴えに対しては本権を防御方法として主張することを禁止していること、占有訴権制度が占有者に迅速な救済を与えて本権者による自力救済を抑制することを目的とする制度であることを考慮すると、その反訴は訴訟手続を著しく遅滞させると評価されやすいと言うべきである。
(
7
)控訴審における反訴については、反訴被告(本訴原告)の同意があること(
300条
1項)。反訴被告が異議なく本案について弁論したことは、同意とみなされる(300条2項)。この要件は、反訴被告の審級の利益を考慮したものである。したがって、控訴審における訴え変更が許容されていること(297条・143条)により被告が審級の利益の喪失を甘受しなければならないのと同等の範囲では、原告(反訴被告)も反訴による審級の利益の喪失を甘受すべきであり、同意は必要ない([上田*民訴v7]535頁)。
例:次のような場合には、同意は必要ない。
同一不動産の所有権確認請求の本訴と反訴のように、訴訟物たる権利関係を同じにする反訴など、第一審を失わせても反訴被告に不利益を与えることにならない場合。
原告の土地明渡請求に対して被告が第一審で賃借権の抗弁を提出し、これが認められた後、原告の控訴により開始された控訴審で被告が賃借権確認の反訴を提起する場合(
最判昭和38年2月21日民集17-1-198
)。
他方、土地所有者(原告)と借地人(被告)間でなされた土地の売買契約の効力が争われた場合に、原告の土地所有権確認請求に対して被告がそれを争いつつ賃借権確認請求の反訴を予備的に提起するときに、その反訴は防御方法と関連するものではないが、本訴請求と関連するものとして許容する余地がある。許容する場合であっても、被告の賃借権について判断しなくても本訴請求について裁判することができることを考慮すると、控訴審で初めて賃借権が主張されてその予備的反訴が提起される場合には、原告の同意を要するとすべきである。この例に見られるように、本訴請求と関連すると見られる反訴であるからといって、その一事によって控訴審における反訴提起に相手方の同意が不要となるわけではない。
例 外
人事訴訟では、紛争の包括的解決のために別訴禁止原則がとられている関係で(
人訴25条
2項)、
146条
1項・300条にかかわらず、第一審又は控訴審の口頭弁論の終結に至るまで、反訴の提起が許容されている(
人訴
18条
)。上記の要件のうち、(
3
)(
4
)(
5
)および(
7
)の適用はない。他方、(
1
)の要件は、人訴18条に挙げられている。(
2
)の要件は、形式上は適用がないが、人事訴訟手続の対象となる請求は限定されているので(
人訴2条
・
17条
)、実際上、充足される。
反訴提起の必要性(権利保護の利益)
通常の訴えの提起の場合と同様に訴えの利益の要件が充足されることが必要である。反訴の特殊性をいくつかの事例について見ておこう。
債務不存在確認の訴えに対して、被告は同一債権について給付の訴えを提起する利益を有する。債務不存在確認請求を棄却する判決を得ても、その判決に基づいて強制執行することはできないからである。
現在給付請求が弁済期未到来ではなく請求権不存在を理由に棄却されると請求権不存在が確定するとの考えを前提にして、原告の給付の訴えに対して、被告は債務不存在確認の訴えを提起する利益を有しない。
明示の一部請求がなされた場合には、原告が勝訴判決を得た後で残部請求をする可能性があるので、残部請求に関する紛争を解決するために、被告は残部の不存在確認の反訴を提起する必要がある(権利保護の利益が肯定される)。なお、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されないとされているが(
最判平成10年6月12日判決
)、残部の不存在が既判力をもって確定されるわけではないので、残部の不存在確認の反訴には訴えの利益がなおある。
物の占有者Xによる所有者Yに対する賃借権存在確認請求の本訴に対して、Yは賃借権不存在確認請求の反訴を提起する利益を有しない。本訴請求が棄却されると賃借権の不存在が既判力をもって確定されるからである(この場合には、しばしば「訴訟物は同一である」と表現される。
最判昭和38年2月21日民集17-1-198
はこの事案であるが、問題にされていない)。Yによる賃借権不存在確認請求の本訴に対して、Xが賃借権存在確認請求の反訴を提起することも許されない(「積極的確認の訴えを優先させるべきである」と考えれば、2の場合と同様に、反訴の訴えの利益が肯定され、本訴は却下されるべきことになるが、そのように考える必要はなかろう)。
5.3 反訴の手続
反訴の提起は、本訴と同じく、簡易裁判所における場合は別として(
271条
)、書面によらなければならず(
146条
4項・
133条
)、「反訴状」と題した書面を受訴裁判所(裁判機関)に直接提出してする。反訴状には、訴状の必要的記載事項を記載し、対応する本訴を明示する。複数の反訴請求を併合することも可能である。反訴が本訴とその目的を同じくする場合には、別訴の場合に納付すべき額から本訴の手数料額を控除した額を納付すれば足りる(民訴費3・同別表第1六)。
反訴が適法であれば、本訴と反訴は併合して審理し、上訴不可分の原則の及ぶ一つの判決で裁判するのが本則である。弁論の分離・一部判決の可否は、請求併合の場合と同じ原則に従う。
反訴の特別要件を欠く反訴は却下すべきであると判例はしている(最判昭41・11・10民集20-9-1733、最判昭43・11・1判時543-63)。反訴が独立の訴えとして扱われると訴訟費用・弁護士費用の点で反訴原告の負担が大きくなることもあり得るので(ただし、これは弁論の分離の場合にも生じうる)、反訴原告の意思に反してまで独立の訴えとして扱う必要はないが、独立の訴えとして扱うことが反訴原告の意思に反しない場合には、その要件を具備する限りは独立の訴えとして扱い、必要に応じて移送または別手続で審理すべきである(通説。例えば、[長谷部*民訴v2]75頁、[八木*2014a]172頁)。反対:[三ケ月*1995a]171頁)。
反訴の取下げ
反訴の取下げも一般の訴えの取下げの例による。ただし、(
a
)本訴が取り下げられれば、被告は原告の同意なしに反訴を取り下げることができる(
261条
2項ただし書)。反訴は本訴の係属を契機として提起されるものであるから、本訴の取下げ後まで反訴の維持を被告に強いることは当事者間の公平に反するからである(もっとも、債務不存在確認請求の本訴に対して債務履行請求の反訴が提起された場合に、反訴の提起により本訴について確認の利益が消滅するとの判例理論を前提にして本訴が取り下げられた場合は、例外とすべきである。この場合の反訴の取下げには反訴被告の同意が必要である)。(
b
)本訴について請求放棄があった場合にも同様にすべきである(東京高判昭38・9・23下民集14-9-1857)。(
c
)本訴が不適法として却下された場合については見解が分かれているが、原告の任意の意思により訴訟が終了する場合でなく、反訴が提起されることにより本訴が不適法となる場合など(例えば、債務不存在確認請求に対して履行請求の反訴が提起される場合。通常は、本訴却下判決と反訴の本案判決とが同時になされるが、反訴が提起された時点で本訴却下判決をすることが許されないわけではない)、様々な状況がありうることを考慮すると、却下の場合にまで
261条
2項ただし書を類推適用することはためらわれる。同意は必要とすべきである([条解*2011a]1445頁(竹下=上原)。反対:注解民訴(6)444頁)[
24
]。
単純反訴から予備的反訴への変更
単純反訴を予備的反訴に変更する場合には、予備的反訴について判決を受ける被告の利益を守る必要があるので、原則として、反訴被告の同意が必要とされるべきである(
261条
2項本文の類推適用。例えば、本訴請求が棄却されること(あるいは、稀になろうが、認容されること)を解除条件とする反訴に変更する場合がそうである)。
ところで、反訴請求債権を自働債権とし,本訴請求債権を受働債権として相殺の抗弁を主張することは禁じられない。この場合には、反訴原告において異なる意思表示をしない限り,反訴は,相殺の抗弁が提出された時点で、反訴請求債権につき本訴において相殺の自働債権として既判力ある判断が示された場合にはその部分については反訴請求としない趣旨の予備的反訴に変更されることになるものと解され、この変更は,本訴,反訴を通じた審判の対象に変更を生ずるものではなく,反訴被告の利益を損なうものでもないから,書面によることを要せず,反訴被告の同意も要しない(
最高裁判所 平成18年4月14日 第2小法廷 判決
(平成16年(受)第519号))。あえて敷衍すれば、 反訴で訴求されている債権(自働債権)について既判力のある判断が与えられることに変わりはないから、「反訴被告の利益を損なわない」という趣旨である。
6 中間確認の訴え(
145条
)
6.1 意義
中間確認の訴えとは、裁判が訴訟の進行中に争いとなっている法律関係の存否に依存する場合に、その法律関係の確認を求めて原告または被告が提起する訴えである(以下では、中間確認の訴えに先行して提起されている訴えを「先訴」と呼ぶことにする)。たとえば、所有権に基づく引渡請求の訴えに対して、被告が原告の所有権を争う場合には、原告は所有権確認請求を中間確認の訴えとして提起することができる。中間確認の訴えは、原告が提起する場合には訴えの追加的変更の特別類型であり、被告が提起する場合には反訴の特別類型である[
12
]。原告が中間確認の訴えを提起できることに問題はないが、被告が提起できるかについては、議論がある。条文の文言が「当事者は、請求を拡張して」となっており、被告には拡張すべき請求がないからである。しかし、この点は実質的に見て重要ではなく、被告にも中間確認の訴えの提起を認めるべきである[
1
]。 したがって、前記の例で、被告は、自己が目的物の所有権を有することの確認の訴え(反訴)を中間確認の訴えとして提起することができる。
6.2 既判力論との関係
裁判所は、請求についてのみ主文で判断し(
246条
)、主文中の判断にのみ既判力が生ずるのが原則である(
114条
1項。例外は同条2項)。例えば、土地の所有権侵害を理由とする損害賠償請求訴訟において、主文において判断されるのは賠償請求権の存否のみであり、原告の所有権の存否は理由中で判断されるにすぎず、この点については既判力は生じない。既判力の生ずる事項を明確にし、敗訴により被る不利益の限界を当事者が予見できるようにするためである。このことを前提にして、本来の請求の先決関係たる権利あるいは法律関係の存否について争いがある場合に、別訴による不経済や判断の不統一を避けるために、その存否についても確認判決を求めることができるとしたのが、中間確認の訴えの制度である。
6.3 要件と手続
(
1
)
先決性と係争性
中間確認の訴えは、(a) 係属中の訴訟の請求が中間確認の対象たる法律関係に依存し(先決性)[
3
]、かつ、(b) 確認対象たる法律関係について当事者間に争いがある(係争性)場合に認められる。中間確認の訴えの提起時に存在した係争性が、訴訟の進行中に相手方が積極的に争わなくなったことにより消滅しても、中間確認の訴えが不適法になるわけではない(中間確認の訴えの提起者は既判力ある判断を必要としており、相手方が積極的に争わなくなったということだけでは、この必要性は消滅しない。相手方は、訴訟追行の負担を避けたければ、中間確認請求を認諾すべきである)。
また、係属中の訴訟において複数の争点(中間の争い)が生じ、裁判所は一つの争点について判断すれば他の争点について判断することなく終局判決をすることができる場合に、先決性は何れの争点についても肯定される(例えば、所有権に基づく引渡請求訴訟において、被告が原告の所有権と自己の占有の双方を争い、原告が所有権確認の中間確認の訴えを提起した場合に、裁判所は、被告の占有なしを理由に請求を棄却するときでも、中間確認請求について判決することができる。原告は、被告が原告の所有権を争った時点で、所有権確認の中間確認の訴えを提起する利益を有しており、その利益は上記のことによっては失われない。[伊藤*民訴v4]600頁)。このように、裁判所が争点について実際に判断しなくても先決性を肯定する立場を、「
抽象的先決性説
」という。
先決性が問題になる例:
境界確定訴訟において、土地所有権の確認請求は先決性を欠く(最判昭和57年12月2日判時1065号139頁)
所有権に基づく明渡請求の本訴が提起され、被告が原告の所有権を争いつつ、占有権原として賃借権を主張する場合には、所有権の存否も賃借権の存否も先決問題になる。
建物の賃貸人Xが賃借人Yに対して賃貸借契約の終了を理由に目的物の返還を訴求する場合には(民法601条)、Xが建物所有者であるか否かは先決問題にならないとする見解もあるが、場合を分けて考える必要がある。 (
α
)XY間の賃貸借が転貸借である場合には、Xが所有者であるか否かは先決問題にならない。(
β
) Xが所有者としてYに賃貸した場合はどうか。この場合にも、Xが所有者であるか否かは先決問題とならないのが通常であるが、次のときには先決問題となり得る。
Yが訴外Aから賃借し、XがAから建物所有権を取得し、Yの賃借権が対抗力を有するためにXが賃貸人の地位を承継したとXが主張し、YがXの所有権取得を争う場合には、XがAから所有権を取得したか否かは重要な争点になり、それを現在の法律関係に引き直すと現在の所有者であるか否かの問題になる。その問題は、賃貸借契約の終了を理由とする明渡請求の先決問題になる(XがAから所有権を取得したと主張しているが、Yが、賃貸借契約終了をもたらす事実(例えば解除の意思表示)の前にXが所有権をさらに他に移転しており現在の所有者ではないと主張し、Xがこれを争う場合についても同様としてよいであろう)。
Yが自称所有者Xと賃貸借契約を締結し、Xから建物の引渡を受けたが、実はXは建物の所有者ではなく、真の所有者はAであることが判明し、YがあらためてAと賃貸借契約を締結し、Xへの賃料支払を拒絶したため、Xが賃料不払を理由に賃貸借契約を解除した場合はどうか。この場合には、Yの主張が真実であれば、Xはそもそも賃貸権限を有さず、他に正当な賃貸権限者が存在する以上、Xは賃貸借契約の終了を理由とする建物返還請求権を有しないと考えるべきである。これを前提にすると、Xが現在の所有者であるか否かは先決問題になる。
先決性の要件があるので、原告の提起する中間確認の訴えについては、「請求の基礎に変更がない限り」という要件を問題にする必要がない。 被告の提起する中間確認の訴えについては、「本訴請求または防御方法との関連性」を問題にする必要がなく、また、控訴審で提起する場合に相手方の同意(
300条
)も必要ない([兼子*体系v3]300頁)。
(
2
)
その他の要件
中間確認の訴えは、訴えの変更または反訴の特殊類型であり、先決性・係争性の存在が要件となっていることに起因する次の差異を除けば、その要件と手続は、通常の訴え変更および反訴と同じである。
(
a
)同種の訴訟手続により審理されるものであること(
136条
)。 ただし、民事訴訟手続とは異なる種類の訴訟手続により審理されるべき請求であっても、一定の場合に、民事訴訟手続において審理されうる場合がある(「請求の併合」の項参照)。
(
b
)中間確認請求が他の裁判所の専属管轄に属していないこと(
145条
1項ただし書)。 一般に、管轄の要件は訴訟要件の中で特殊な地位を占め、管轄権の欠如は管轄裁判所への移送により治癒される。中間確認の訴えの場合にも、弁論の分離と管轄裁判所への移送により治癒される。中間確認の訴えが管轄裁判所に移送される場合に、従前の訴訟手続において提出された資料が中間確認の訴えの訴訟資料になるかが問題となるが、これについては、訴えの変更の項を参照。 なお、特許権等に関する拠点地裁の専属管轄権は、拠点地裁に裁判資源を集約するとの政策に基づくものであり、非拠点地裁との関係では専属性があるが、同等の裁判資源が配置されている両拠点地裁相互間では専属性は排除されている。このことは、中間確認の訴えについても妥当する。すなわち、特許権等に関する訴訟が
6条
1項に定める裁判所(拠点地裁)の一方に係属している場合に、他方の拠点地裁の管轄に属すべき中間確認の訴えについては、145条1項ただし書は適用されず、当該一方の拠点裁判所はその中間確認の訴えについて管轄権を行使することができる(
145条
2項)[
10
]。
(
c
)著しく訴訟手続を遅滞させないこと これは145条において要件として明示されていないが、先決関係は抽象的なもので足りるとする立場からは、この公益的要件の充足も必要となる(145条は、
143条
1項ただし書や146条1項ただし書の適用を排除するものでないと解すべきである)。
(
d
)中間確認の訴えについても、確認の利益等の訴訟要件が満たされることが必要である([高橋*概論v1]298頁。例えば、
不法行為による損害賠償請求訴訟において、被告の過失の根拠付けのために、被告がある注意義務を負っていたにもかわらず、その義務に違反したことが主張される;その注意義務の存否も損害賠償請求権の先決問題であるが、だからといって、その注意義務を中間確認の訴えにより確認する利益を認める必要はない(その注意義務は、損害賠償請求権との関係でのみ意味をもち、他の法律関係との関係で意味をもつことは殆ど考えられないからである)。
弁護士法23条の2による弁護士会照会により、照会先は正当な拒絶理由がなければ報告義務を負う(
最判平成28年10月18日
)。かつては、その義務違反を理由として損害賠償請求訴訟がよく提起されたが、前記
最判平成28年
により、賠償請求は認められないとされた。この段階では、請求棄却を覚悟して賠償請求の訴えを提起して、中間確認請求として報告義務確認請求を提起することができるかが、なお問題になり得た。しかし、
最判 平成30年12月21日
は、 この確認の訴え一般について確認の利益を否定したので、中間確認の訴えも許されなくなった[
43
]。
なお、[八木*2014a]174頁以下は、145条は確認の利益を擬制する規定であるとする。控訴審の裁判官としての次のような経験に基づく主張である:所有権に基づく引渡請求と所有権確認請求とが併合された場合に、第一審判決が給付請求について判決すれば原告の利益は十分に保護され、所有権確認請求は確認の利益を欠くとして訴えを却下した例があり[
42
]、控訴審においてその判断を是正してきた。この文献は、前記1の場合についてまで確認の利益を肯定しているわけではなく、また、既判力の範囲の拡大につながらない中間確認の訴え(例えば、債務履行請求訴訟における当該債務の存在確認の中間確認の訴え)については確認の利益を否定している(176頁参照)。結論に賛同できる。ただ、「145条は確認の利益を擬制する規定である」とまでいう必要があるかは疑問である。
(
3
)
手続
提起
中間確認の訴えの提起は、通常の訴えの変更、反訴の提起に準ずる。
中間確認の訴えの要件を欠く場合の処理
当初から先決性を欠いた中間確認の訴えは不適法となる(東京高判昭32・9・9東高民時報8-9-220)。ただし、中間確認も訴えの一種である以上、訴え変更ないし反訴として適法となりうるかを調査すべきであり、要件が満たされる場合には訴えの変更あるいは反訴の提起と扱うべきである。その要件も満たさない場合に、独立の訴えとして適法か否かを判断すべきである([鈴木*1988a]258頁)。
弁論の分離・一部判決
中間確認請求は、先訴請求と先決関係にあるので、弁論の分離や一部判決は、一般に望ましくなく、また、弁論分離や一部判決をすることが重複起訴禁止の原則の趣旨に反する場合には許されない(ただし、先決関係の故に一律に許されないとする文献も多い:[高橋*概論v1]298頁、[長谷部*民訴v2]77頁)。
中間確認の訴えが他の裁判所の専属管轄に属する場合(145条2項により1項ただし書が適用される場合を除く)に、原告(本訴原告又は反訴原告)が望む場合には、その訴えを専属管轄裁判所に移送することができる(この点は、訴訟手続の同種性を欠くために分離審判が必要となる場合についても、同様である)。もっとも、中間確認の訴えと先訴とが分離審判されると、重複起訴禁止の原則の趣旨に反する場合には、双方の訴えを当該専属管轄裁判所に移送する措置も許されるべきである。ただし、事件が控訴審に係属中の場合に、第一審の専属管轄裁判所で審理裁判を受けることについての相手方の利益の保護が要請され、事件が第一審に係属しているのであれ控訴審に係属しているのであれ、先訴請求についての審理が相当程度進行している場合には、訴訟の著しい遅滞の回避が要請されるので、事件全体の移送ができない場合も生じよう(なお、このような場合には、142条は適用されないとの解決も可能である。訴訟手続の同種性の要件を欠く場合について、[伊藤*民訴v4]599頁注32参照)。その点では、中間確認の訴えについても、原告はできるだけ早い段階で提訴する責任を負うと言うべきである。
中間確認の訴えの提起後に先訴請求に係る訴えが取り下げられあるいは却下された場合には、中間確認の訴えは、独立の訴えとして処理される。控訴審で中間確認の訴えが提起された後で控訴が取下げあるいは却下された場合については、[伊藤*民訴v4]601頁は、第一審を経ていない独立の訴えを認めることはできないとして、却下すべきとするが、賛成できない。控訴審における訴えの変更あるいは反訴の提起の一類型として適法になされたのであれば、相手方の控訴の取下げによっては影響を受けず、引き続き控訴審で審判されることを原則とすべきである。もっとも、控訴審における第一回口頭弁論開始前に控訴が取り下げられたような場合には、308条の類推適用により第一審に移送することができるとするのが適当であろう([栗田*1980a]5号92頁以下参照)。控訴却下の場合にも同様な処理が適切と思われる。これを否定する場合には、管轄違いの訴えとして第一審裁判所に移送すべきである。
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1998年7月8日−20023年5月9日