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民事訴訟法講義
上 訴 2
関西大学法学部教授
栗田 隆
3 上 告
3.1 概 説
上告の意義
上告は、概括的に言えば、最後の事実審の判決に対する、同判決に係る法令違反の存在を理由とする上訴である(特別上告はこの説明から除外される)。判決に係る法令違反には手続上の重要な法令違反(312条2項)も含まれるが、典型的には、事件に適用される実体法の違反である。この場合について言えば、上告は、≪原審の事実認定を前提として、認定された事実に適用される法令の解釈の誤り、法令の適用(事実の法的評価)の誤りについて是正を求める、最後の事実審判決に対する上訴≫である。
広い意味での上告は、次のように分類される。
上告 判決の確定を遮断する効力があり(116条2項)、次の二つに区分される。
319
条から
326条
が直接の共通規定であるが、そのほかに、318条5項により313条・314条・315条および316条1項が準用されているので、これらも共通規定となる。
上告提起
312条
所定の理由を主張してなす上告である。311条・312条・316条2項・317条が独自の規定である
上告受理申立て(
318条
) 最高裁判所に対して、318条所定の理由を主張して、上告を受理することを求める申立てである。最高裁が上告を受理すると、上告となり、その後の手続は上告提起による上告の場合と同じである。318条1項から4項までが独自の規定である。
特別上告(
327条
) 高等裁判所が上告審としてした判決に対する、憲法違反を理由とする上告である。原判決の確定を遮断する効力がない。
参照ページ:
各地の裁判所
>
東京高等裁判所
>
書式例
の中に、上告状等のサンプルがある。
上告審の特質
法律審
多数の裁判需要に応ずるために国内の複数の地に裁判所を設置する場合には、裁判所間で法令の解釈・適用が相違する可能性が生ずるので、単一の最上級裁判所(最高裁判所)を設けて、そこで統一を図る必要が生ずる。その最上級裁判所に事実審理まで行わせると、負担超過となるので、その裁判所では新たな事実審理を行わず、下級裁判所における法令の解釈・適用の誤りの是正のみを行わせることが要請される。この最上級裁判所への上訴が上告の基本型である。しかし、それが上告制度の全てというわけではない。
敗訴当事者の救済 上告制度は、原判決の不当の是正を求める上訴の一種であるので、不当判決により不利益を受けた当事者の救済制度である(したがっても、上告についても、上訴の利益が要求される)。上告審は、原審における法令違反(事件に適用される実体法の解釈・適用の誤りが重要であるが、手続法規の解釈・適用の誤り、手続法規の重要な違反も含まれる)を是正することを基本的使命とするので、法律審と呼ばれる。高等裁判所は複数存在するので、これへの上告にあっては、法令の解釈適用の統一の要請は後退し、不当判決からの救済制度の位置付けが強くなるが、法律審であるとの位置付けは同じである。
違法な事実認定の是正 上告審は、上記の基本的使命に鑑みると、原審が適法に確定した(認定した)事実を裁判すればよく、原審が適法に確定した事実に拘束される(321条)。しかし、原審の事実認定が違法である場合に、それを是正することも必要であり、それも上告審の使命とされている。ただし、原審の事実認定が違法である場合に、新たに事実審理を行うことは上告審の使命ではなく、上告審は原判決を破棄して事件を差し戻す。このように、新たな事実審理を上告審は原則として行わないことも、「上告審が法律審である」との命題に包摂される。
事後審
上告審は、最後の事実審が口頭弁論終結時における事実関係に対して法令を正しく解釈・適用しているかを事後的に審査するにとどまるので、「事後審」の一種である。上告審は、原審の口頭弁論終結後に生じた事実を考慮しないのが原則である。例えば、
給付請求を認容する控訴審判決に対して、被告が上告受理申立てをし、適法な上告受理申立て理由と並べて控訴審の口頭弁論終結後の弁済を主張しても、上告審はその弁済の事実は考慮しない。上告不受理により原判決が確定するのであれ、上告が受理された上で上告が棄却されて原判決が確定するのであれ、その原判決は原審の口頭弁論終結時に原告(債権者)の被告(債務者)に対する給付請求権が存在することを確定するにとどまるので、 債務者は、前記弁済の事実を主張して請求異議の訴えを提起することができる。
もっとも、原審の口頭弁論終結後に生じた事由を一切考慮しないのかというと、そうでもない。次の事由は考慮される(なお、338条1項9号の再審事由は、事柄の性質上、常に原審の口頭弁論終結後の事由となる──自明のことであり、ここで特に取り上げる必要はなかろう)。
338条1項8号の再審事由 特許を無効にすべき旨の審決の取消請求を棄却した原判決に対して上告受理の申立てがされ,その後,当該特許について特許出願の願書に添付された明細書を訂正すべき旨の審決が確定し,特許請求の範囲が減縮された場合には,原判決の基礎となった行政処分が後の行政処分によって変更されたものとして,原判決には民訴法338条1項8号に規定する再審の事由があり,この場合には,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があったものというべきである。
最高裁判所 平成17年10月18日 第3小法廷 判決
(平成17年(行ヒ)第106号)。
338条1項10号の再審事由
3.2 上告提起
上告の対象となる裁判と上告裁判所(
311条
)
一般の場合(審級制度の順に従って上告がなされる場合)
高等裁判所が第二審又は第一審としてした終局判決に対しては、最高裁判所
地方裁判所が第二審としてした終局判決に対しては、高等裁判所
飛越上告の場合 通常であれば控訴がなされるべき場合に、控訴審を省略して上告することも認められている(
281条
1項ただし書)。ただし、当事者が判決の言渡し後にその旨の合意をすることが必要である。
地方裁判所の判決に対しては最高裁判所
簡易裁判所の判決に対しては高等裁判所
上告の理由(
312条
)
上告審は、原審の法令の解釈・適用の誤りの是正を目的とするが、最高裁判所の負担軽減のために、上告受理申立ての制度が設けられ、これとの機能分担により、最高裁への上告提起の方法による上告の理由(以下「上告理由」という」)は、憲法違反と重要な手続違背とに制限されている。高等裁判所への上告は、上告受理申立ての制度を設けてまで負担軽減を図る必要はないので、判決に影響を及ぼす法令の違反も上告理由とされている。
いかなる事由を理由に上告をすることを許容するかは審級制度の問題であって,憲法
81条
の規定するところを除いては、すべて立法の適宜に定めるところにゆだねられているから、最高裁判所への上告理由の制限は、憲法
32条
に違反しない(
最高裁判所 平成13年2月13日 第3小法廷 判決
(平成12年(行ツ)第302号))。
最高裁・高裁に共通の上告理由
(
a
) 憲法の違反(
312条
1項)
(
b
)重要な手続違背(絶対的上告理由)(312条2項) これらの手続違背がある場合には、判決内容の当否にかかわらず、原判決を破棄しなければならない(
325条
1項1文前段)。
(1号)判決裁判所の構成の違法 裁判官の資格を有しない者(例えば司法修習生、弁護士)が判決裁判所の一員となることは許されない。判決裁判所は、口頭弁論に関与した裁判官によって構成されるべきものとされており(
249条
1項)、その違反もこれに該当する。
(2号)関与の許されない裁判官の関与
23条
1項所定の除斥原因のある裁判官が判決内容の形成に関与することは、許されない。
(2号の2)日本の裁判所の管轄権の専属に関する規定に違反したこと 日本の法令(例えば3条の5)が日本の裁判所の専属管轄を規定している場合に、原審が日本の国際裁判管轄権を否定して訴えを却下した場合が代表例である。その外に、日本の法令が日本の裁判所の専属管轄を定めている場合に、外国裁判所が自国の国際裁判管轄を肯定してくだした判決が確定したときに、原審がそれを承認して執行判決その他の判決をしたことも、これに該当しよう(118条1号、民執法24条3項参照。日本の法令が日本の裁判所の専属管轄を規定している事件について、条約が外国裁判所の管轄権を肯定しているときは、特別規定として、条約が優先する)。
(3号)専属管轄規定の違反 ただし、
6条
1項の専属管轄は、弱い専属管轄であり、東京地裁にも大阪地裁にも同項所定の知的財産事件を処理するだけの資源が用意されているので、その相互間での専属管轄違反は、絶対的上告理由から除外されている。
(4号)代理権の瑕疵(代理人として訴訟行為をした者が、法定代理権、訴訟代理権を欠いていたこと、又は代理権を有していても必要な授権を欠いていたこと)
(5号)口頭弁論の公開の規定(憲法
82条
等)に違反したこと
(6号)判決理由の不備(判決に理由を付せず、又は理由に食違いがあること) これは、主文を導き出すための理由について、(
α
)その全部若しくは一部が欠けていること[
2
]、又は(
β
)食違いがあること[
8
]をいう((α)について
最高裁判所 平成11年6月29日 第3小法廷 判決
(平成10年(オ)第2189号)参照)。 例:
相殺の抗弁が提出されているにもかかわらず、これについて何の判断もすることなく請求を認容することは、主文を導き出すための理由の一部が欠けていることにあたる(
最高裁判所 平成27年12月14日 第1小法廷 判決
(平成25年(オ)第918号))。
上記のうちで、1号・2号・4号はその全部が、6号はその一部が、再審事由でもある(
338条
1項参照)。他方、再審事由でありながら絶対的上告理由として明規されていないものもいくつかある。それも絶対的上告理由に準じて扱うべきであり、325条2項による救済にとどめるべきではない。例:
最高裁判所 平成9年7月17日 第1小法廷 判決
(平成4年(オ)第1443号) 「登録された商標権が有効であることを前提に判決がなされた後で商標登録を無効とするとの審決が確定して商標登録が抹消された場合には、これは民訴法
338条
1項8号所定の再審事由に該当しうるものであるから、判決確定前の段階で上告審はこれを考慮して裁判すべきである。」
高裁への上告にのみ許される上告理由
(312条3項)
高等裁判所への上告においては、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反を理由とすることができる。 法令は、成文法に限られない(規則191条2項かっこ書参照)。
法令違反の代表例は、当該事件に適用される実体法規の解釈・適用の誤りである。
事実認定の誤りも、自由心証主義に関する
247条
の違反と評価できる場合には、上告理由となりうる。なお、事実の認定の誤りは、しばしば「経験則に違反した事実認定である」と主張され、その場合に、経験則自体が312条3項にいう「法令」にあたると説明する立場もある([法務省*1998a]355頁)[
4
]。この立場に立てば、経験則違反は上告理由になるが、それ以外の理由による事実認定の誤りは上告理由にならないであろう。しかし、事実認定の誤りの原因は、経験則違背に限られるわけではなく、判決の基礎となる事実の認定は合理的なものでなければならないことを考慮すると、経験則違背の場合も含めて、事実認定の仕方が合理性を欠く場合に、その合理性欠如が247条違反として上告理由になると考える方がよい。 最高裁は、事実の認定の誤りを理由に原判決を破棄するときに、しばしば、「経験則又は採証法則に反する違法」があるとしており(例えば、
最高裁判所 平成18年1月27日 第2小法廷 判決
(平成15年(受)第1739号))、採証法則の中に何を詰めるかの問題になる。これを「事実認定の合理性を担保するための法則」と言い換えれば、結局のところ、
247条
の違反が上告理由になるとする立場と差違はないであろう。以下では、記述を簡潔にするために、「事実認定に関する法令」の語を用い、経験則や採証法則自体がこれに直接含まれるか、それとも、247条の一部としてこの法令に含まれるかは、問題にしないことにする。
上告審は、上告人主張の法令違反が存在しないと認める場合には、上告を棄却する。法令違反が存在すると認める場合でも、原審の適法な事実認定を前提にして、他の理由により原判決の結論が正当であると認めるときは、上告を棄却する(313条・302条2項。新たな事実審理が必要となるときは、原判決を破棄して差し戻す)。他方、上告人主張の法令違反が存在すると認め、原判決の結論を正当認めることができない場合には、原判決を破棄する。
最高裁判所への上告受理申立て
最高裁判所が上告審になる場合に、「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反」(312条3項)という理由で上告を許していると最高裁の負担が過重になる、現行法は、「法令の解釈に関する重要事項」(318条1項)を含む場合にのみ上告を許すことにした。それを実現する手続的規律はいろいろあり得るが、現行法は、最高裁への上告を312条3項の対象外とし、これに代えて上告受理申立ての制度(318条)を設けた。
3.3 控訴の規定の準用(
313条
)
準用される規定を一瞥しておこう。
282条
(訴訟費用の負担の裁判に対する控訴の制限)
283条
(控訴裁判所の判断を受ける裁判)
284条
(控訴権の放棄)
285条
(控訴期間) 上告期間も、原判決の送達の時から2週間である。上告受理申立てについても同様である(318条5項参照)
286条
2項(控訴状の必要的記載事項)
288条
(裁判長の控訴状審査権) ただし、控訴状審査権は控訴審の裁判長が行使するが、上告状審査権は、
314条
2項の特則により、原審の裁判長が行使する。
289条
(控訴状の送達) 原審の裁判長が上告状の審査をすることとの関係で、上告状の送達も原審がする(
規則189条
参照)。
291条
(呼出費用の予納がない場合の控訴の却下) 上告審において口頭弁論が開かれない場合(
319条
参照)には準用の余地はないが、開かれる場合には準用される。
292条
(控訴の取下げ)
293条
(附帯控訴)
295条
(仮執行に関する裁判に対する不服申立て) 高等裁判所が上告審である場合に、仮執行に関する裁判について許可抗告が許されない(
337条
1項参照)。
296条
(口頭弁論の範囲等) 口頭弁論が開かれない場合を含めた一般的な規定である
320条
(調査の範囲)と重なり合う部分があるが、口頭弁論が開かれる場合には、296条が準用されると解すべきである[
1
]。
297条
(第一審の訴訟手続の規定の準用) ただし、上告審は、法律審であるとの特質により、新たな事実審理が必要となる訴えの変更は原則として許されないといった例外がある。
298条
(第一審の訴訟行為の効力等)
301条
(攻撃防御方法の提出等の期間) 上告理由書の提出強制(
315条
)があり、規則
201条が
答弁書提出命令を定めているので、準用が必要となる場面は、実際上は少ないであろう。それでも、これらの書面に尽くされていない攻撃防御方法の提出を命ずることが必要となる場合には、この規定の準用が必要となる。なお、「請求若しくは請求の原因の変更、反訴の提起又は選定者に係る請求の追加をすべき期間」の部分は、訴えの変更が法律上要求される特殊な場合を除き、上告審の特質から準用されない。
302条
(控訴棄却)
303条
(控訴権の濫用に対する制裁)
304条
(第一審判決の取消し及び変更の範囲) 上告審においても、利益変更禁止原則と不利益変更禁止原則とが妥当する。例えば、訴えを却下すべきものとした控訴審判決に対して原告のみが上告した場合に,上告審が、訴えを適法としたうえで請求を棄却すべきと判断した場合には、不利益変更禁止原則により上告棄却にとどめるとするのが、判例の立場である(
最高裁判所 平成14年1月22日 第3小法廷 判決
(平成9年(行ツ)第7号))。
309条
(第一審の管轄違いを理由とする移送)
312条
2項3号により原判決を破棄する場合に、準用される。
他方、次の規定は準用されない。
286条
1項(控訴状の提出先)
314条
1項の規定がある
287条
(第一審裁判所による控訴の却下)
316条
(原裁判所による上告の却下)の規定がある。
290条
(口頭弁論を経ない控訴の却下)
317条
(上告裁判所による上告の却下等)の規定がある。
294条
(第一審判決についての仮執行の宣言)
323条
(仮執行の宣言)の規定がある。
299条
(第一審の管轄違いの主張の制限)
312条
により上告理由が制限されているので、準用が必要となる場面はないであろう。 なお、専属管轄違反は、絶対的上告理由である(312条2項3号)。
300条
(反訴の提起等) これを準用することは、上告審が法律審であるとの特質に反する。
305条
(第一審判決が不当な場合の取消し)・
306条
(第一審の判決の手続が違法な場合の取消し)・
307条
(事件の差戻し)・308条・309条(第一審の管轄違いを理由とする移送)
325条
・326条によってまかなわれる。
310条
(控訴審の判決における仮執行の宣言) 上告審判決は言渡しにより確定するので、仮執行宣言を付す必要はない。
310条の2
(特許権等に関する訴えに係る控訴事件における合議体の構成)
3.4 上告提起の方式等(
314条
−
317条
)
上告状の記載事項
上告期間も原判決の送達から2週間という短い期間であるので、控訴状の場合と同様に、上告状の必要的記載事項は、必要最少限のものに限定されている(313条・286条)。
当事者・(必要な場合には)法定代理人
上告の対象となる原判決・原判決に上告を提起する旨 上告の手数料が≪上告により得ようとする利益≫を基準にして算定されるので、原判決中の敗訴部分の一部のみの破棄を求める場合には、その範囲も記載する。
上告の理由まで記載することは要求されてない。しかし、上告状に上告理由を記載することもできる(315条1項参照。攻撃防御方法の記載について、規則186条・175条)。また、記載できるのであれば記載する方が望ましい。
手数料の納付
上告の提起にあたっては、上告により得ようとする利益を基準にして、訴え提起の手数料額の2倍の手数料(民訴費用法別表第1第2項)を納付しなければならない((313条・288条))。
原裁判所への提出
上告の提起は、上告状を原裁判所に提出してする。上告理由書も原裁判所に提出する。こうすることにより、次のことが可能となる(下記のうちでaとbは控訴の提起の場合でも同様であるが(aにつき287条1項参照)、c以下は上告提起に特有のものである)。
不適法で不備を補正することができない上告を原裁判所が決定で却下する(
316条
1項1号)。
上告提起により原判決の確定が遮断されたか否かを原裁判所が認識する。
原裁判所の裁判長が上告状の審査をする(
314条
2項)。
原裁判所が上告提起通知書を両当事者に送達し(
規則189条
1項)、上告状を被上告人に送達する(同条2項)。
上告理由書が所定期間内に提出されない場合に、上告を原裁判所が決定で却下する(
316条
1項2号)。
上告提起通知書の送達
原裁判所は、裁判長が上告状を却下する場合又は原裁判所が上告を却下する場合を除き、上告提起通知書を両当事者に送達する(上告理由書及び附帯上告が提起される場合に附帯上告理由書の提出期間の起算点となる重要な通知であるので(法315条1項、規則194条)、送達が必要である)。被上告人には、これと併せて、上告状を送達する。原裁判所の判決書の送達前に上告の提起があったときには、判決書も同時に送達する(規則
189条
3項)。
上告理由書
上告状に上告理由が記載されていない場合には、上告人は、上告提起通知書の送達を受けた日から50日以内に上告理由書を原裁判所に提出しなければならない(法
315条
1項、規則
194条
)。
原裁判所の決定による上告の却下(
316条
)
原審は、次の場合には、決定で上告を却下する。
上告が不適法で補正不能のとき
上告理由書の不提出または不備のとき
上告状及び上告理由書提出期間内に提出された書面のいずれにも民訴法312条1項及び2項に規定する事由の記載がないときは、原裁判所は、補正命令を発すべきではなく、直ちに決定で上告を却下すべきである(
最高裁判所 平成12年7月14日 第2小法廷 決定
(平成12年(オ)第547号))。原審が直ちに却下することなく補正を命じて、補正命令により定められた期間内に前記事由を記載した書面を提出したとしても、これによって上告が適法となるものではない。この場合には、上告審は、民訴317条1項により、決定で上告を却下する(
同前
)。
高等裁判所への上告については、原審(地方裁判所)による却下決定に対して即時抗告を提起することができる(316条2項)。他方、最高裁判所への上告については、即時抗告を提起することはできない(裁判所法7条)が、許可抗告は可能である(原審の却下決定は、地方裁判所がしたとすれば328条1項の決定に該当するから抗告が許され、したがって337条ただし書の要件を充足し、同条本文により、高等裁判所の許可があれば抗告をすることができる。実例として、
最高裁判所 平成23年7月27日 第3小法廷 決定
(平成23年(行フ)第1号)がある)。
上告裁判所の決定による上告の却下・棄却(
317条
)
訴訟代理人にとって、上告が棄却されるか却下されるかは、依頼者との関係で重要であることに配慮して、次のように、却下と棄却の区分がなされている。
316条1項の規定により原審が決定で上告を却下すべきであるのにそうしなかった場合には、上告審が決定で上告を却下する(1項)。
上告の理由が明らかに312条1項及び2項に規定する事由に該当しない場合には、決定で棄却する(2項)。 民訴法312条1項及び2項に規定する事由に該当しないことが明らかな上告も、「上告裁判所である最高裁判所が決定で棄却することができるにとどまり(民訴法317条2項)、原裁判所又は上告裁判所が民訴法316条1項又は317条1項によって却下することはできない」(
最高裁判所平成11年3月9日第3小法廷 決定
(平成10年(ク)第646号))。
3.5 上告受理の申立て(
318条
)
意義
最高裁判所の負担を軽減するために、312条1項・2項に該当しない場合には、「法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件」についてのみ、最高裁が決定により上告審として事件を受理することができる(318条1項)。最高裁に上告審として事件を受理することを求める申立てを「上告受理の申立て」という。
申立て
上告受理の申立てにあたって、申立人は、318条1項所定の事件に該当することを示さなければならない(規則
199条
1項)。上告提起と上告受理申立てとの間で、機能を分担させるために、上告受理申立てにおいては、上告提起の理由とすべき事由(憲法違反と絶対的上告理由に該当する事由)を理由とすることができない(法318条2項)。しかし、上告の提起と上告受理申立てを一通の書面ですることは、許される(規則
188条
)。
上告受理申立ての期間も、原判決の送達の時から2週間の不変期間である(318条5項・313条・285条)。申立書には原判決の表示とその判決に対して上告受理申立てをする旨の記載をしなければならないが(318条5項・313条・286条2項)、申立ての理由を記載した書面は、上告受理申立て通知書の送達を受けた日から50日以内に提出すれば足りる(法318条5項・315条1項、規則199条2項・194条)。
上告受理申立てについても上訴不可分の原則が適用され、申立てにより、申立てがなされた時(申立書が原裁判所に提出された時)に、原判決全体の確定が遮断され(116条2項)、原裁判所による却下(316条1項)がなければ、事件全体が上告審に移審する(移審の時期を問題にする必要は少ないが、上告提起の場合と同様に、規則199条2項・197条1項により原審から事件の送付があった時としてよい)。
不適法な上告受理申立ての却下
受理申立の利益を有しない者による受理申立て、受理申立権消滅後の受理申立てのように、不適法で補正の余地のない受理申立ては、原審が決定により却下する(318条5項・316条1項1号)。この決定に対しては、即時抗告をすることができない(最高裁判所に対しては許可抗告のみが可能であるので(裁判所法7条)、318条5項は316条2項を準用していない)。しかし、最高裁判所への上告を原審が却下した場合と同様に、許可抗告は可能である。
原審が却下しない場合には、最高裁がその受理申立てを決定により却下することができる(事例として、
最高裁判所 平成23年2月17日 第1小法廷 決定
(平成21年(オ)第1022号)がある。318条5項は317条1項を準用していないので、同項の類推適用と表現すべきことになろう)
判断資料およびその収集
事件を受理するか否かの判断資料は、申立人が提出する理由書及び相手方の提出する答弁書である([条解*1997a]420頁。もちろん、このほかに裁判所が職権で収集した法令や判例も判断資料に含まれる)。理由書は、上告受理申立て通知書が申立人に送達されてから50日以内に提出しなければならない(法318条5項・315条、規則199条2項・194条)。答弁書は、最高裁判所の裁判長が相当の期間を定めて相手方(受理されれば被上告人となるべき者)に提出を命ずる(規則291 条)。答弁書がその期間内に提出されなければ、上告受理申立人の理由書のみを判断資料にして受理すべきか否かが判断される。
受理の要件
最高裁判所は、次の事件について、上告を受理する決定をすることができる(318条1項)。
原判決に最高裁判例と相反する判断がある事件
最高裁判例がない場合にあっては、大審院又は上告裁判所・控訴裁判所である高等裁判所の判例と相反する判断がある事件
その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件
ここでいう「法令」は、成文法に限られない。事実認定に関する法令も含まれる(事例として、
最高裁判所 平成18年1月27日 第2小法廷 判決
(平成15年(受)第1739号)参照[
5
])。「解釈」は、広義であり、狭義の解釈のみならず適用(要件(通常は、解釈により精密化された要件)を充足するか否かの判断)も含む。「重要な事項」は、「最高裁判所が実質的な判断を示すことが必要な事項」といった程度の意味である。個別事件における当事者の救済の必要性では足りず、法令の解釈の統一の必要性が要求されるとする立場もあるが([藤原*2001a2]47頁)」、そこまでは要求されない([梅本*民訴v4]1061頁)。「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反」(325条2項)が存在することは、必要でない。原審と結論は同じでも理由付けが異なる場合はもちろん、結論も理由付けも同じであっても、最高裁の判例がない問題(特に高等裁判所の判断が分かれている問題)については、最高裁が判断を示すこと自体に重要性が認められる場合がある。
上告受理の申立てに係る事件が
318条
1項の事件に当たるか否かは、上告裁判所である最高裁判所のみが判断し得る事項であり、原裁判所は、事件が同項の事件に当たらないことを理由として、同条5項、
316条
1項により、決定で上告受理の申立てを却下することはできない(
最高裁判所平成11年3月9日第1小法廷 決定
(平成11年(許)第8号))。
一部排除
上告受理の場合でも、上告受理の申立ての理由中に重要でないと認めるものがあるときは、これを排除することができる(318条3項)。排除の理由も、簡潔でよい。排除された申立て理由について最高裁は判断を示す必要はなく、これにより判決作成の負担が軽減される。
上告不受理
不受理の場合には、「本件を上告審として受理しない」との主文を掲げる(「上告受理申立てを棄却する」とは言わない。趣旨は同じであるが、表現がそのように固定されている)。この決定の理由は、簡潔でよい。負担軽減のポイントである。
上告受理の効果
受理が決定されると、上告があったものとみなされる(318条4項)。上告受理申立ての理由は、排除されたものを除き、320条との関係では上告理由とみなされ。不服申立ての範囲は、これに基づいて定められ、上告審は、その範囲で原判決の当否を調査する義務を負う(ただし、その範囲を超えて322条により職権で調査することは妨げられない)。
上告審判決における表現は、次のようになっている。
「上告受理申立人」は「上告人」になる(相手方は、「被上告人」になる)。
「上告受理申立て理由」はこのままであり、「上告理由」にはならない。
原判決が複数の請求について上告受理申立人に不利な判決をした場合の取扱いはややこしい。複数の請求(α請求とβ請求)を棄却する内容の控訴審判決に対して原告が上告受理申立てをした場合を例にすると、次のようになる。
申立人がα請求部分に限定して原判決の破棄を求め、β請求部分について不服申立てをしていない場合には、処分権主義(利益変更禁止原則)により、上告審は、β請求部分について原判決を変更することができない。したがって320条の調査の対象にもならない。
申立人がα請求部分とβ請求部分の双方について原判決の破棄を求めている場合でも、上告受理の決定においてβ請求部分についての申立理由が排除されると、この部分が申立人の主張した理由によって変更されることはないが(職権調査事由により変更されることはある)、この部分について理由書が提出されなかったわけではないので、上告却下にはならず、上告棄却となる[
6
]。
申立人がα請求部分とβ請求部分の双方について原判決の破棄を求めながら、α請求部分についてのみ理由書を提出し、β部分については理由を記載した書面を提出していない場合には、判決主文においてβ請求部分についての上告を却下する(β請求部分について上告不受理の決定をするのではないことに注意)[
7
]。
3.6 附帯上告・附帯上告受理申立て
控訴審において附帯控訴ができるのと同様に、上告審において附帯上告あるいは附帯上告受理申立てをすることができる。
最高裁判所平成11年4月23日 第2小法廷 決定
(平成10年(受)第644号、同年(オ)第2177号)は、上告受理の申立てに対して附帯上告を提起し、又は上告に対して附帯上告受理の申立てをすることはできないとする。313条・318条5項によって準用される285条所定の不変期間経過後は、上告人は上告受理申立てにより不服申立て範囲を拡張することはできず、上告受理申立人は上告により不服申立て範囲を拡張することができないこととのバランスをとろうとしたものと思われるが、しかし、附帯上訴制度の趣旨(被上訴人にも不服申立ての機会を与えることにより無用な上訴を防止すること)に鑑みれば、この結論は不当である。 原判決に不満はあっても紛争の早期解決のために上告の提起も上告受理申立てもしなかった被上告人のために、上告の提起に対して附帯上告受理申立ても、また上告受理申立てに対して附帯上告提起も認めるべきである。
附帯上告が上告と別個の理由に基づくものであるときは,当該上告の上告理由書の提出期間内に原裁判所に附帯上告状及び附帯上告理由書を提出してすることを要する(
最高裁判所 平成17年4月19日 第3小法廷 判決
(平成12年(受)第243号,平成17年(オ)第251号))。附帯上告受理申立てについても、同様である。
附従性の原則は、附帯上告についてのみならず、附帯上告受理の申立てについても妥当する(318条5項・313条による293条2項の準用。
最高裁判所平成11年4月8日 第1小法廷 決定
(平成10年(受)第475号、第476号))。
3.7 審理・裁判(判決)(
319条
−
326条
)
口頭弁論の実施
上告審が判決により上告に応答する場合には、口頭弁論を開くのが原則である。しかし、これには、次の例外がある。
(
a
)
口頭弁論を経ない上告の棄却(
319条
)
上告裁判所は、上告状、上告理由書、答弁書その他の書類により、上告を理由なしと認めるときは、口頭弁論を経ないで、判決で、上告を棄却することができる。 逆に、上告審で口頭弁論が開かれるときは、上告に理由があると認められる可能性が高いことに注意しなければならない。
(
b
)
民訴法
140条
に該当する場合
上告審が原判決を破棄する場合には、口頭弁論を開くのが原則である。しかし、原判決破棄後にする自判の内容が、140条の規定により口頭弁論を経ずにすることができるものである場合には、原判決の破棄も、口頭弁論を開かずにすることができるとするのが判例の立場である。例えば、控訴審が請求を棄却した訴えについて,上告審が重複起訴にあたる不適法な訴えであると判断して口頭弁論を開かずに却下する場合には,訴えを却下する前提となる原判決破棄の判決も,口頭弁論を経ないですることができる(
最高裁判所 平成14年12月17日 第3小法廷 判決
、
最高裁判所 令和3年1月22日第2小法廷 判決
)。共同訴訟参加の申出が不適法でその不備を補正することができないものである場合も、同様である(
最高裁判所 平成22年7月16日 第2小法廷 判決
)。
(
c
)
訴訟終了宣言の判決をする場合
訴訟の終了の宣言は,既に訴訟が終了していることを裁判の形式を採って手続上明確にするものにすぎないから,民訴法319条及び140条(同法313条及び297条により上告審に準用)の規定の趣旨に照らし,上告審において判決で訴訟の終了を宣言するに当たり,その前提として原判決を破棄するについては,必ずしも口頭弁論を経る必要はない(
最高裁判所 平成18年9月4日 第2小法廷 判決
(平成17年(オ)第1451号))。
(
d
)
口頭弁論を開くまでもなく原判決を破棄すべきことが明らかである場合
例えば、直接主義違反であることが事件の記録から明らかであり、そのことを理由に原判決を破棄し,事件を原審に差し戻す旨の判決をする場合には,必ずしも口頭弁論を経ることを要しない(
最高裁判所 平成19年1月16日 第3小法廷 判決
(平成18年(オ)第1598号)は、319条及び140条の規定の趣旨を援用して、この旨を判示した)。
調査の範囲(
320条
)
処分権主義により、上告裁判所は、不服の申立てがあった限度においてのみ原判決の当否を調査し、変更することができる。例えば、α請求とβ請求を棄却している控訴審判決に原告が上告を提起して、α請求に関する部分についてのみ不服を申し立てている(原判決の破棄・差戻しを求めている)場合には、上告審は原審のβ請求棄却判決が不当であると判断しても、これを破棄することはできない。
不服申立ては、適法なものでなければならない。不服申立ての一部が不適法な場合には、その部分については上告却下の裁判がなされ、その余の部分について調査がなされる。
第一審判決に対して控訴審においてした不服申立ての範囲を上告審において拡張することは許されない(
最高裁判所 平成23年3月22日 第3小法廷 判決
(平成22年(受)第1238号))。拡張部分の不服申立てについては、上告却下の裁判がなされる。
調査は、上告の理由に基づいてする。しかし、これに限定されるわけではない。最高裁は、不服申立ての範囲内であれば、適用されるべき法令の解釈・適用の誤りのように職権で取り上げることができる事由については、上告理由において主張されていなくても職権で取り上げて、その検討結果に基づき原判決を破棄することができる(
322条
・
325条
2項参照。処分権主義の範囲内での職権行使)。上告人によって主張されている事由であるが、適法な上告理由に該当しない事由についても、適法な上告理由に該当しない旨を説示した後で、同様に職権でとりあげて検討することもある。こうした検討は、「職権による検討」という項目の下でなされることが多い。
原判決の確定した事実の拘束(
321条
)
上告審は法律審であるので、原判決において適法に確定された事実は、上告裁判所を拘束する。ただし、原審の事実認定が不合理である場合には、その事実認定に上告審は拘束されない。自由心証主義を定める
247条
も、不合理な事実認定を許すものではない。例:
最高裁判所 平成18年1月27日 第2小法廷 判決
(平成15年(受)第1739号) 脳こうそくの発作で入院していた高齢の患者がメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に感染した後に全身状態が悪化して死亡した場合に,抗生剤の投与が不適切であったと主張する遺族からの損害賠償請求訴訟において,原審に提出された専門家の鑑定書や意見書等を上告審が検討して,医師らの抗生剤の使用に過失があったとは認められないとした原審の判断に経験則又は採証法則に反する違法があったとされた事例。
最高裁判所 平成10年3月24日 第3小法廷 判決
(平成9年(オ)第2117号) 路線価方式とは、宅地についての課税実務上の評価の方式であって、特段の事情のない限り宅地でない土地の評価に用いることはできないとの理由により、上告審が原審の事実認定を違法とした事例。
最高裁判所 昭和50年10月24日 第2小法廷 判決
(昭和48年(オ)第517号) 化膿性髄膜炎の治療を受けて快方に向かっていた3歳児が、ルンバールの施術の15分ないし20分後に発作を起こし、知能障害、運動障害等の後遺症が残った場合に、発作とその後の病変の原因がルンバールの実施にあることを断定しがたいとした原判決が、因果関係に関する法則の解釈適用を誤り、経験則違背、理由不備の違法をおかしたものであるとして破棄された事例。
なお、原審が認定した事実を法的にどのように構成するかは、事実の評価ないし法の適用の問題であり、上告審は、原審が採用した構成に拘束されない。当事者から主張されていない法的構成を採用することもできる。例:
最高裁判所 平成14年9月12日 第1小法廷 判決
(平成13年(受)第1461号) 債務の弁済がない場合に不動産を債権者に移転する旨の契約につき,原告が仮登記担保契約であると主張し,被告が代物弁済であると主張し,原審が原告の主張を認めた場合に,上告審が譲渡担保契約であると認定(構成)した事例。(反対意見あり)
職権調査事項についての適用除外(
322条
・
325条
)
320条と321条の規定は、いわば原則規定である。上告審が職権で調査すべき事項にはこれらの規定は適用されないという広範な例外がある(322条)。そこにいう職権調査事項は、訴訟要件についての職権調査事項や絶対的上告事由・再審事由に限られない。実体法の解釈や適用の誤りも含まれ、また、釈明義務違反も事実認定に関する法令の違反も含まれる。
これらは、325条にいう「法令の違反」でもある。同条2項により、最高裁判所は、「312条第1項又は第2項に規定する事由がない場合であっても、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反」があるときは、原判決を破棄することができるとなっているので、その職権調査の権限は、義務を伴わない権限である(325条1項において、高等裁判所については義務とされていることと対照的である)。 上告受理申立てがなされた場合に、318条1項の「法令の解釈に関する重要な事項」がないときでも、325条2項の(類推)適用を認めてよく、最高裁は、判決に影響を及ぼす法令違反を理由に原判決を破棄することかできる(ただし、経験則違反について325条2項の適用を認めることに否定的な見解もある:[藤原*2001a2]51頁以下)。
事実の探知
訴訟要件については、職権探知事項である限り、上告審は、当事者の主張していない事実も斟酌して裁判することができる。絶対的上告理由やこれに含まれない再審事由(338条1項10号)についても同様である。職権で調査の嘱託等の証拠調べをして、これにより探知された事実を理由に裁判をすることは少ないであろうが、裁判所に顕著な事実を理由にして裁判をすることはありうる。例:
最高裁判所 昭和57年3月30日 第3小法廷 判決(昭和51年(オ)第538号)
は、実用新案権侵害を理由とする損害賠償請求に理由がないとする原判決に対して上告が提起された場合に、「実用新案登録に係る考案が、その登録出願時において新規性を有しなかつたことを理由として右登録を無効とすべき旨の審決の確定したことは、その審決取消訴訟について判決をした当小法廷にとって顕著である」として、上告を棄却した。 [渡辺*1995a]559頁は、これを次のように見る:「無効審決確定という新たな事実を当事者は上告審で主張することはできない;そこで、最高裁判所は右事実を顕著な事実であるとし、これに基づき原告の請求を棄却した原判決を維持」した;ただ、登録無効審決の確定の事実は、それを無視して裁判した場合には再審事由となりうるものであるから、それを新たに主張することは、上告審でもできると解してよいと思われるが、本件で現実にその主張があったか否かは明瞭でない。
上告審である高等裁判所から最高裁判所への移送(
324条
)
上告裁判所である高等裁判所は、最高裁判所規則で定める事由(規則
203条
)があるときは、決定で、事件を最高裁判所に移送しなければならない。
原判決の破棄(
325条
)
312条
1項(憲法違反)又は2項(絶対的上告理由)に規定する事由があるときは、上告裁判所は、原判決を破棄しなければならない(325条1項前段)。
312条に規定する事由がない場合でも、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある場合には、上告審が
高等裁判所のときは、原判決を破棄しなければならない(325条1項後段)。
最高裁判所のときは、原判決を破棄することができる(325条2項)
差戻し・移送(
325条
)
上告審が自判できる場合以外は、 原審あるいは原々審に差し戻すか、または、これと同等の他の裁判所に移送する。差戻しまたは移送を受けた裁判所は、新たな口頭弁論に基づき裁判をする。その裁判所は、上告裁判所が破棄の理由とした事実上及び法律上の判断に拘束される(325条3項)。原判決に関与した裁判官は、差戻審に関与することができない(325条4項)。関与を許すと、彼が自己の見解に固執する結果、上告審の判決の趣旨の実現を妨げる可能性があるからである。
自判(
326条
)
上告裁判所が、差戻し又は移送の裁判をすることなく、原審に代わって事件について裁判をすることを自判という。原審が控訴審である通常の場合について言えば、控訴を認容した原判決を破棄し控訴を棄却して第一審判決を確定させる場合や、控訴を棄却した原判決を破棄し第一審判決を取り消して訴えないし請求について裁判する場合が代表例であるが、その外に、第一審判決を取り消して第一審に差し戻す場合[
3
]も自判に含まれる(326条柱書にいう事件は、直接には原審事件であることに注意)。自判は、次の場合になされる。
(
1
)確定した事実について憲法その他の法令の適用を誤ったことを理由として原判決を破棄する場合において、原審により裁判されるべき事件(通常は控訴事件)がその事実に基づき裁判をするのに熟するとき。例:
請求の認容のためには要件要素aのみならずb,c,dの充足も必要であるにもかかわらず、原審がこれらの要素の充足を認定することなく請求を認容したため、上告審が原判決を破棄するときに、上告審は、原告がこれらの要素について主張立証をしておらず、またbの要素が充足される余地がなければ、差し戻すことなく自判(請求を棄却した第一審判決が正当であるとして控訴を棄却)する。
最高裁判所 平成22年3月30日 第3小法廷 判決
(平成21年(受)第1780号)
(
2
)事件が裁判所の権限に属しないのに第一審及び原審が本案判決をした場合に、原判決を破棄し第一審判決を取り消して、訴えを却下する。
その他
いくつかの判例を挙げておこう。
最高裁判所 平成11年12月16日 第1小法廷 判決
(平成10年(オ)第1499号、第1500号) 独立当事者参加訴訟において、被告の上告に理由がないが原告の上告に理由があるため原判決を破棄して差し戻す場合に、被告の上告について、訴訟の目的を合一に確定すべき場合に当たるから、主文において上告棄却の言渡しをしないとされた事例。
最高裁判所 平成13年3月27日 第3小法廷 判決
(平成8年(行ツ)第210号,第211号) 第2次上告審は,第1次上告審の法律上の判断に拘束される。
3.8 特別上告(
327条
)
最高裁判所は、違憲審査をする終審裁判所であるので(憲法81条)、高等裁判所が上告審としてした判決に対して、憲法違反を理由に最高裁に上訴することが認められている。これを特別上告という。特別上告には、確定遮断効はない(
116条
参照)。
特別上告についても、その性質に反しない限り、通常の上告及び上告審の訴訟手続に関する規定が準用される。最高裁判所は、原判決に憲法の違反がない場合でも、「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反」を職権で調査して、原判決を破棄することができる(322条・325条2項の準用)。実例:
最高裁判所 平成18年3月17日 第2小法廷 判決
(平成17年(テ)第21号) 利息制限法の制限利率を超える利息の支払いについて貸金業法43条(任意に支払った場合のみなし弁済)の規定が適用されるか否かが問題となった事件において、特別上告の理由の実質が単なる法令違反である場合に、最高裁判所が原審及び原々審の判断の当否を職権で判断し、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があることを理由に原判決を破棄して、事件を原々審に差し戻した。
3.9 当事者の破産と上告審
原審の口頭弁論終結後における当事者の破産
≪上告審が法律審・事後審であること≫と≪原審の口頭弁論終結後に当事者の一方又は双方について破産手続が開始されたこと≫との調整は、あまり検討されていない問題である。この問題について、次の先例がある。
原告の給付請求は棄却されるべきものとした原審判断を上告審が不当と判断する場合に、原審の口頭弁論終結後に被告について破産手続が開始されているときは、原告は給付請求を破産債権確定請求に変更し(交換的変更)、上告審は交換後の新請求を認容する。
最高裁判所 昭和61年4月11日 第2小法廷 判決
(昭和57年(オ)第272号)。
上告裁判所は、上告状、上告理由書、答弁書その他の書類により上告を理由なしと認める場合には、上告理由書提出期間の経過後に上告人が破産宣告を受けたときであっても、破産法所定の受継手続を経ることなく、口頭弁論を経ずに上告棄却の判決をすることができる。
最高裁判所 平成9年9月9日 第3小法廷 判決
(平成5年(オ)第747号)──破産債権となる債権の給付訴訟において、債務者が上告した事案である。
問題は、大きく二つに分けることができる。第1は、破産手続開始による当事者の交替をどのように考慮するかである。第2は、破産手続開始により生ずる実体法上の変動(破産管財人が否認権の行使したり対抗要件の欠缺を主張することのできる地位にあること)をどのように処理するかである。これらの問題は、破産手続が上告審係属後に開始された場合のみならず、それ以前の控訴審の口頭弁論終結後に開始された場合にも生じうることであり、かつ、両場合における問題の共通性は高い。第2の問題は別途論ずることとして、以下では、第1の問題に関し、控訴審の口頭弁論終結後に破産手続が開始された場合の処理について論ずることにする。
上告審の裁判の基礎資料の収集の終了時点
前掲
最判平成9年9月9日
の趣旨に従えば、上告審が裁判の基礎資料の収集を終了した時点(口頭弁論が開かれる場合には口頭弁論終結時、その他の場合は、上告理由書提出期間満了時又は答弁書提出期間満了時)を一つの区切りとして場合分けをよい。この区切りの時点を「審理終了時点」と呼ぶことにする。
上告人について破産手続が開始され、口頭弁論が開かれないまま上告が却下若しくは棄却されるときは、前記の意味での審理の終了時点は、上告理由書提出期間(規則194条により上告提起通知書の送達を受けた時から50日)の終了時である(前掲
最判平成9年9月9日
)。
被上告人について破産手続が開始され、口頭弁論が開かれないまま上告が却下若しくは棄却されるときは、前記の意味での審理の終了時点は、答弁書提出期間(上告審が答弁書の提出命令において定めた提出期間)の終了時としてよいであろう。この場合に、上告を却下又は棄却する判決は、被上告人に有利な裁判であり、被上告人に代わって訴訟手続を受継する者にも有利な裁判であるので、訴訟手続の受継を敢えて認める必要はないと考えることもできる。前記
最判平成9年9月9日
は、事案を離れてその文言のみをみれば、この趣旨であるかもしれない。しかし、どのような結論になるかは、上告理由書提出期間満了時点では本来明らかではなく、被上告人に代わって訴訟手続を受継する者に答弁書を提出する機会を与えるべきものと思われる。
上告受理申立てがなされた場合も、前記aとbに準ずる。可能な裁判の選択肢として、上告不受理決定が付け加わるだけである。裁判の基礎資料となる上告受理申立理由書の提出期間は、規則199条2項・194条により、上告受理申立通知書の送達を受けた時から50日である。相手方の答弁書提出期間は、規則201条により、最高裁判所の裁判長が答弁書提出命令において定めた期間である。
上告審において口頭弁論が開かれる場合には、上告人・被上告人のいずれについて破産手続が開始されたかにかかわらず、審理の終了時点は口頭弁論終結時である。原判決が破棄される場合は、常にこれに該当する(319条の反面解釈)。
当事者の交替の問題
(
1
)破産財団に属する積極財産(以下 単に「財産」という)に関する訴訟手続については、破産手続の開始によりが当該財産の管理処分権が破産者から破産管財人に移転し、破産管財人が破産者のための訴訟担当者として新当事者になるので、訴訟手続は一旦中断し、破産管財人が受継するのが原則である。このことを上告審について確認人しておこう。
上告審における審理終了前に破産手続が開始された場合 この場合に受継を認めても、破産管財人は事実について新たな主張をすることはできず、法の解釈・適用に関する主張しかできない。しかし、それも重要なことであり、破産者に任せておくよりは、破産財団にとってよい結果を生むであろう。したがって、破産管財人による受継を認めるべきである。上告審の訴訟手続が上告受理申立てにより開始され、上告審が最終的には上告不受理の決定をする場合でも、このことは変わらない。
上告審における審理終了後に破産手続が開始された場合 破産管財人による受継は、彼が判決の基礎資料を提出することを可能にする点に意味があるのであるから、上告審において判決の基礎資料の収集が終了した時以降は、受継手続をとることなく、上告審は判決をすることができるとしてよい(破産債権に関する事件であるが、前掲
最判平成9年9月9日参照
)。この場合に、上告審の判決の名宛人は、破産管財人であるのか破産者であるのかが問題となる。(
α
)破産管財人であるとすれば、既判力の生ずる判決の効力は115条1項2号により破産者にも及ぶ。(
β
)破産者であるとすれば、既判力の生ずる判決の効力は115条1項1号により破産者により及び、かつ、115条1項3号により、破産管財人は既判力の標準時後に当該財産の管理処分権を取得した者として、その既判力を受ける(破産管財人を当事者適格の基礎となる管理処分権の承継人とみれば同号の適用、承継人に準ずると見れば類推適用)。どちらでも結論は似たようなものである。しかし、破産管財人が訴訟当事者として活動する機会を与えられていないのであるから、(β)の説明が採用されるべきである。これを前提にすると、 上告審の審理終了後に所有物返還請求訴訟の被告について破産手続が開始される場合に、上告審が原判決を破棄して原告の請求を認容する旨の自判をし、その判決が債務名義になるときは、民執法23条1項1号の「債務名義に表示された当事者」は破産者であり[
9
]、執行力は民執法23条1項3号かっこ書の適用又は類推適用により破産管財人に及ぶ。
なお、上告審の審理終了後に破産手続が開始された場合でも、上告審により原判決が破棄されて差し戻されるときは、差戻審において破産管財人が訴訟手続を受継する。その前提として。破産管財人による訴訟当事者の地位の承継が肯定される。
(
2
)破産債務に関する訴訟手続についてはどうか(問題になるのは、債務者について破産手続が開始された場合であり、債権者について破産手続が開始された場合は、前記(1)に含まれる)。以下では、債権者の債務者に対する金銭債権の取立訴訟を念頭において、検討を進める[
10
]。
(
a
)控訴審の口頭弁論終結後・判決言渡し前に破産手続が開始された場合 この場合に、控訴審の訴訟手続は破産手続開始の時点で中断するが、中断中であっても、控訴審は判決書を作成して判決を言い渡すことができる(132条1項)。当事者が関与を必要としないからである。判決の送達は、訴訟手続の受継後に受継者になされるべきである。破産手続との関係で訴訟手続の受継が必要となるのは、債権調査において異議等が述べられた場合である。受継申立てをすべき者は、係争債権が無名義である場合には届出債権者、有名義である場合には異議者等である(破産法127条1項・129条2項)。名義の有無の判定基準時としては、(
α
)破産手続開始時、(
β
)債権調査終了時または(
γ
)控訴審判決言渡時の3つが考えられる。このうちで、(γ)は採用できない。異議等のある債権に関する訴訟手続の受継申立ては、債権調査終了日から1月以内にしなければならず、受継申立て責任は名義の有無に従って分配されるから、遅くとも債権調査終了時には名義の有無が判定できる状態になっていなければならないからである。他方、前2者はこのような大きな欠陥を含んでおらず、いずれも可能と思われる(以下、(α)を「開始時基準説」、(β)を「調査終了時基準説」という)。
開始時基準説について 一般に、名義は破産手続開始時に備わっていることが必要であり、その後に名義を得ても有名義債権にはならないと解されている。この一般原則を受継申立責任に適用すると、開始時基準説が得られる。そして、この説は、破産手続開始後の出来事を考慮しないという点で簡明である。
調査終了時基準説について 債権調査終了時説は、破産手続開始時に破産債権に関する係属中の訴訟がある場合について、「名義は破産手続開始時に備わっていることが必要であり、かつそれで足りる」との原則の例外を認めることになる。例外が認められるためには、相応の理由が必要である。特に、その例外を認めるべき必要性があるかが問題になる。この点は、下記の2つの設例を通じて検討しよう。なお、債権調査終了時説では、調査終了時点でどのような控訴審判決が言い渡されているかを調査する必要があるが、その調査は事件記録を閲覧すればよいだけのことである。受継申立て期間は債権調査終了時から1月であり、大きな負担ではないであろう(ただし、控訴裁判所が破産裁判所所在地から遠隔の地にある場合には、破産裁判所の管轄区域内に事務所をもつ破産管財人とって若干の負担になる。これを避けるために、破産事件の裁判所が控訴審裁判所に調査の嘱託をすることはあってよいと思われる)。
(
a'
)第一審の口頭弁論終結後に破産手続開始が開始され、請求認容判決の言渡し後に債権調査が終了した(異議等が述べられた)場合 (
α
)開始時基準説によれば、受継申立責任を負うのは債権者である。債権者がこの責任を果たさないことの効果は明規されていないが、届出は撤回されたものとみなされると解するのが多数説である。彼が受継申立てをした後はどうなるか。彼は控訴の利益を有さず、控訴を提起すべき者は異議者等である。したがって、この場合の届出債権者の受継申立ては、異議者等の控訴期間を受継の通知(民訴法127条)の時から再進行させる効果(民訴法132条2項)をもつにとどまる。このことを異とする必要はない。取戻権行使の訴訟の場合に、受継申立ては第一次的には破産管財人がすべきであるが、相手方も受継の申立てをすることができ(破産法44条2項2文)、その受継申立ては控訴期間の再進行の効果をもつにとどまるからである。(
β
)調査終了時基準説によれば、調査終了時点では当該破産債権は有名義債権であるので、異議者等が受継申立て責任を負い、受継申立てと同時に上訴を提起するのが通常となる。この受継申立ては、上訴期間の再進行の効果のみならず、自らの上訴を可能にさせる効果も持つ。
(
a''
)控訴審の口頭弁論終結後に破産手続開始が開始され、第一審判決とは反対の結論を採る控訴審判決の言渡し後に債権調査が終了した(異議等が述べられた)場合 例えば、第一審判決が請求認容判決で、控訴審判決が請求棄却判決であるとする。(
α
)開始時基準説によれば、異議者等が受継申立て責任を負い、その責任を果たさなければ、異議等はなかったものとみなされる(破産法129条4項)。他方で、届出債権が控訴審の口頭弁論終結時に存在しないとの内容の判決が債権者・債務者間で存在する。債権者・債務者間では存在しないとされた破産債権が、破産債権者間では存在する確定されることは、奇妙なことであるが、破産債権の確定が債権者間での確定に留まることを考慮すれば、それも許容される(そもそも異議者等が受継申立てをすれば、こうした奇妙なことも生じない)。また、前記控訴審判決が確定するためには上告期間の徒過が必要であるが、破産者との関係で訴訟手続は中断されたままである考えれば、債権者・破産者間では同判決は未確定であり、既判力は生じてないのであるから、債権者と破産者との間の既判力ある判断と債権者間での確定判決と同一の効力のある判断とが抵触するという事態に至っていないことにも注意してよいであろう。(
β
)調査終了時説では、第一審判決を取り消して請求を棄却する判決が言い渡されているので、届出債権者が受継申立て責任を負うことになる。届出債権者が受継申立てをしないと、彼の破産債権の届出は撤回されたと見なされる。このことと、債権者と破産者との間で債権者の請求を棄却する判決が存在することとは、調和的である。
いずれの説をとっても大きな問題はない。したがって、例外的に調査終了時基準説を採るべき強い必要性があるとはいえない。いずれの説でもよいことではあるが、誰が受継申立て責任を負うかは実務上重要な問題であるから、いずれかの説を選択しておかなければならない。ここでは、原則に従い、開始時基準説を選択しておこう。
(
b
)従前の当事者による上告後・審理終了前に破産手続が開始された場合 上告審の審理中に債務者について破産手続が開始されると、訴訟手続は中断する。その訴訟手続は、債権調査において係争債権に対して異議等が出されると、破産債権確定訴訟として続行される(上告審において請求の変更が許される例外的な場合である)。異議者等に攻撃防御方法の提出の機会(中心となるのは、法の解釈適用に関する主張の機会)を与えるためである。
この結論は、上告審が法律審であることを考慮しても、政策論として妥当である。その理由を確認しておこう:(
α
)異議者等が適切な法律の主張をなすか否かで結果が変わり得る;(
β
)上告審での審理において破産者が適切な主張をなすことは、多くの場合に期待しがたい;(
γ
)上告審が原判決を破棄して差戻しをする場合には、差し戻し審において異議者等は訴訟手続を受け継ぐことができるとはいえ、破棄理由に拘束力があるので(325条3項)、異議者等は、自己に有利な理由で原判決が破棄されることについて利益を有する。
補足的に、仮に、異議者等が上告審の手続を受継しないとの選択肢(便宜的に「受継否定説」という)を採ると、どうなるかを検討しておこう。受継否定説の方が受継肯定説よりも異議者等に有利な結果をもたらすのであれば、肯定説の妥当性を再検討する必要が生ずるが、そうはならないであろう。例えば、破産債権の存在を認める控訴審判決に対して債務者が上告を提起したが、上告棄却判決が下される場合には、破産手続開始の時点で係争債権に名義(控訴審判決)があるから、当該破産債権は有名義債権である。異議者等は、破産者がなすことのできる訴訟手続によってのみ異議等を主張することができる。この規律の目的は、債権者が破産者との関係で獲得した既得的地位の保護である。いつの時点での既得的地位の保護とすべきかが問題となるが、(α)破産手続開始時における既得的地位の保護であるならば、その時点での訴訟状態を異議者等に引き継がせるべきである。すなわち、受継肯定説をとるべきである。(β)その訴訟状態の引継ぎを否定するのであれば、債権者と破産者との間の訴訟終了時点で既得的地位の保護とすべきである。(β)を前提にすると、債権者は、訴訟終了時点で破産者に対して取得した地位(破産債権の存在が既判力をもって確定されているという地位)を異議者等に主張でき、異議者等はこれを尊重すべきことになる。したがって、「破産者がすることができる訴訟手続」(破産法129条1項)は、再審の訴えである。これの結果は、受継肯定説に従った結果よりも異議者等に有利であるとはいえない。他の事例をいろいろ想定しても、同じである。したがって、受継肯定説を維持してよい。
(
c
)上告審の審理終了後に破産手続が開始された場合 この場合には、訴訟手続は中断せず、上告審は審理の結果得られた資料に基づいて裁判する。立法論としては、この場合にも訴訟手続は中断し、異議者等によ訴訟手続を受継させ、判決の基礎資料を追加提出させることも考えられないわけではない。しかし、民訴法は、「判決の言渡しは、訴訟手続の中断中であってもすることができる」(132条1項)と規定している。そこには、「判決の基礎資料の収集が終了している以上、訴訟手続を進行させ、訴訟を早期に終了させることができるようにする方がよい」との政策目標を読み取ることできる。事実審の口頭弁論終結直後に債務者について破産手続が開始された場合に関して言えば、債権調査において異議等が出されるのを待つよりも、裁判所を構成する裁判官の記憶が新鮮なうちに判決書を作成して言渡し、訴訟手続に区切りをつける方がよいとの政策判断である。この理は、上告審についても妥当する。それゆえ、前掲
最判平成9年
の判旨は支持されるべきである。上告審判決は、言渡しにより確定する。上告審の手続を異議者等が受継して、請求を破産債権確定請求に変更する余地はない。もちろん、上告審が破棄差戻しの判決をする場合等[
11
]に、差戻審の訴訟手続を異議者等が受継することはありうる。この場合には、差戻審において、請求は破産債権確定請求に変更される。
(
d
)破産手続開始前に従前の当事者が上告ではなく上告受理申立てをしていた場合 この場合にも、前記( b)(c)で述べたことが妥当する。裁判の基礎資料の収集の終了時点は、上告不受理決定がなされる場合には、上告受理申立書又は答弁書の提出期間満了時である。
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2005年3月26日−2021年5月11日
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