民事訴訟法講義
判決の効力 2関西大学法学部教授
栗田 隆 |
既判力は、その定義により、判断について生ずる(114条2項の文言に注意)。判断対象である権利関係について生ずるのではない。したがって、下記の表現は適切でない(かっこ内の表現は正当である)。
|
第1訴訟 | 第2訴訟 |
---|---|
X──(所有権確認請求)─→Y |
X──(所有権確認請求)─→Y |
第1訴訟 | 第2訴訟 |
---|---|
X──(所有権確認請求)─→Y |
X──(所有権に基づく明渡請求)─→Y |
第1訴訟 | 第2訴訟 |
---|---|
X──(所有権確認請求)─→Y |
X←─(所有権確認請求)──Y |
第1訴訟 | 第2訴訟 |
---|---|
X──(所有権確認請求)─→Y | X←─(所有権に基づく明渡請求)──Y |
第1訴訟 | 第2訴訟 |
---|---|
X──(α債権支払請求)─→Y |
X←─(β債権支払請求)──Y α債権で相殺する |
第1訴訟 | 第2訴訟 |
---|---|
X──(賃借権確認請求)─→Y | X←─(所有権に基づく明渡請求)──Y 賃借権がある |
第1訴訟 | 第2訴訟 |
---|---|
X──(α債権支払請求)─→Y β債権で相殺する 裁判所はβ債権は存在しないとして、 |
X←─(β債権支払請求)──Y |
第1訴訟 | 第2訴訟 |
---|---|
X──(所有権確認請求)─→Y 請求棄却判決が確定した。 |
XがYと共に共有者であると主張して X──(共有物分割の訴え)─→Y |
(1)XがYに対して1995年1月14日に貸し付けた100万円の貸金債権を主張して、100万円の支払請求の訴えを提起したが、債権が弁済により消滅していることを理由とする請求棄却判決が確定した。その後にXがさらに同一債権を主張して、同じ訴えを提起した。前訴判決の既判力はどのように作用するか。(通説と少数説の違いを確認すれば足りる) (2)先の設例を少し変えて、XのYに対する訴訟において請求認容判決が確定した後で、その判決による強制執行前に、Yが債務不存在確認の訴えを提起したとする。この場合に、前訴判決の既判力はどのように作用するか。(後訴においてYが前訴判決確定後に弁済の事実を主張している場合とそうでない場合とを想定して、通説と少数説の違いを確認すれば足りる) |
第1訴訟 | 強制執行
完了 |
第2訴訟 |
---|---|---|
X──(貸金返還請求)─→Y | X←──(損害賠償請求)───Y |
最判昭和55.10.23民集34-5-747 |
事実の概要 Y───(所有権移転登記請求)───>X 請求認容判決が確定し、所有権移転登記がなされた後で、Xが詐欺を理由に売買契約を取り消し、所有権移転登記の抹消登記を訴求したが、認められなかった。 |
判旨「売買契約による所有権の移転を請求原因とする所有権確認訴訟が係属した場合に、当事者が右売買契約の詐欺による取消権を行使することができたのに、これを行使しないで事実審の口頭弁論が終結され、右売買契約による所有権の移転を認める請求認容の判決があり同判決が確定したときは、もはやその後の訴訟において右取消権を行使して右売買契約により移転した所有権の存否を争うことは許されなくなる」。 |
最判昭和57.3.30民集36-3-501 |
事実の概要 X───(手形金支払請求)───>Y 振出日欄が白地であることを理由とする請求棄却判決が確定した。それから1年余の後に、Xが白地部分を補充して再度手形訴訟を提起した。 |
判旨「手形の所持人が、手形要件の一部を欠いたいわゆる白地手形に基づいて手形金請求の訴え(以下「前訴」という)を提起したところ、右手形要件の欠缺を理由として請求棄却の判決を受け、右判決が確定するに至ったのち、その者が右白地部分を補充した手形に基づいて再度前訴の被告に対し手形金請求の訴え(以下「後訴」という)を提起した場合においては、前訴と後訴とはその目的である権利または法律関係の存否を異にするものではないといわなければならない。 そして、手形の所持人において、前訴の事実審の最終口頭弁論期日以前既に白地補充権を有しており、これを行使したうえ手形金の請求をすることができたにもかかわらず右期日までにこれを行使しなかった場合には、右期日ののち該手形の白地部分を補充しこれに基づき後訴を提起して手形上の権利の存在を主張することは、特段の事情の存在が認められない限り前訴判決の既判力によって遮断され、許されないものと解するのが相当である」。 |
XがYに対して2億円の債権(α債権)の支払請求の訴えを提起した。Yは、α債権の発生を争いつつ、万一その発生が肯定される場合に備えて、2億円の反対債権(β債権)を主張して、それと相殺すると抗弁した。
裁判所は、α債権とβ債権の成立を肯定し、Yの相殺の抗弁を認めるとの理由を付して、Xの請求を棄却した。 その判決が確定した後で、Yが、Xのα債権はそもそも成立していなかったのであるから、自分の反対債権が相殺によって消滅するいわれはないと主張して、2億円のβ債権の支払請求の訴えを提起した。 後訴の裁判所は、Yの主張に従って、α債権の成立について再度審理すべきか。 |
判決 | 訴訟外相殺 | 弁済(ここでは、提訴前の任意弁済を想定する) | |
---|---|---|---|
被告の主張が認められた場合 | 請求棄却 | 反対債権の不存在(相殺による消滅)の判断に既判力が生ずる。その限りで、訴求債権が相殺前に存在していたことについての原告の利益も確実に保護される。 | 主文の判断は、「請求を棄却する」すなわち「口頭弁論終結時に訴求債権は存在しない」である。「訴求債権は発生していたが、被告が特定の日にした弁済により消滅した」との理由中の判断には既判力が生じないことを前提にすると、被告が後訴において「前訴の訴求債権は当初から存在していなかった(発生していなかった)」と主張することを妨げられない。したがって、「被告が特定の日にした弁済の前には訴求債権が存在していた」との理由中の判断により認められた原告の利益は、後に否定される可能性がある。 |
被告の主張が認められなかった場合 | 請求認容 | 反対債権の不存在の判断に既判力が生ずる。被告は反対債権の支払請求をなし得ないので、訴求債権が存在していたことについての原告の利益も確実に保護される。 | 被告が訴求債権の不存在を主張することは、既判力により妨げられる。しかし、前訴判決における「弁済がなされていない」との判断は理由中の判断であり、既判力は生じない。これを前提にして、原告が強制執行により訴求債権を取立てた場合に、被告からみると、強制執行による取立てとそれ以前の任意弁済の二重給付を受けたことになるので、不当利得返還請求をすることができるかが問題になる。前訴被告は、前訴の訴求債権が存在しないにもかわらず強制執行により取て立がなされたことを理由とする不当利得返還請求をなし得ないことは明らかであるが、提訴前の任意弁済に係る不当利得の返還請求もなし得なくなるとの結論は、必ずしも明白でない(その結論が支持されるべきであろうが、追加的な説明が必要になろう)。 |
通常の防御方法
|
相殺の抗弁
|
反訴 | |
---|---|---|---|
既判力 | 生じない。 | 114条2項により生ずる。 | 114条1項により生ずる。 |
重複訴訟禁止規定(142条)の適用の有無 | 適用なし。 | 類推適用あり。 | 適用あり。 |
本訴との関連性 |
必要ない | 本訴請求または防御方法との関連性が必要である(146条1項本文) | |
時期的制限 | 156条・157条に服する(訴訟の完結を遅延させることになるときは却下されうる)。 | 同左。ただし、控訴審で初めて相殺の抗弁を提出することについては、相殺の抗弁についての判断は既判力が生ずるから慎重な判断が必要であることを考慮して、時機に後れた防御方法とされることがある(東京高裁 平成13年12月19日 判決) | 146条1項2号の制限に服する(著しく訴訟手続を遅滞させる場合には許されない)。控訴審では、さらに相手方の同意が必要(300条)。 |
取下げ・撤回の制限 | 制限なし。 | 同左 | 原則として相手方の同意が必要。ただし、261条2項ただし書に例外あり。 |
申立手数料 | 不要 | 同左 | 原則として必要 |
主張された権利を認める確定判決がある場合の取扱い | 確定判決により確実になっている権利を防御方法として主張することは許される。 | 同左 | 原則として許されない(反訴も訴えの利益に関する一般原則に服す。訴えの利益は、時効中断の必要がある場合は別として、原則として否定される)。 |
被告主張の反対債権600万円の区分 | 既判力
|
既判力
|
原告主張の訴求債権1000万円の区分 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
×
|
200万円 | 外側 | 裁判所により否定された部分 | ||||
裁判所により認定された部分 | 外側(200万円)と相殺された部分 |
200万円 |
×
|
200万円 | 裁判所により認定された部分 | ||
内側(600万円)と対抗した部分 |
200万円 |
○
|
○
|
反対債権存在のため消滅した200万円(棄却部分) | 内側 | ||
裁判所により否定された部分 |
200万円 |
○
|
◎
|
反対債権不存在のため消滅しなかった200万円(認容部分) | |||
相殺をもって対抗されなかった200万円(認容部分) |
訴訟の蒸返しの禁止法理
このことを最初に宣明した最高裁先例は、最高裁判所
昭和51年9月30日 第1小法廷 判決(昭和49年(オ)第331号)である。これは、(α)前訴と後訴(本件訴え)は、訴訟物を異にするが、土地の買収処分の無効を前提としてその取戻を目的とするものであり、後訴は、実質的には、前訴のむし返しというべきものであり、前訴において後訴の請求をすることに支障もなかつた場合に、(β)後訴提起時にすでに右買収処分後約20年も経過しており、買収処分に基づく土地の取得者の地位を不当に長く不安定な状態におくことになることを考慮すると、(γ)後訴の提起は信義則に照らして許されないと説示した。
この事件では、(γ)の結論を根拠付ける事由の1つとして、(β)も挙げられたが、その後の先例では、これは重視されなくなった (最高裁判所 昭和52年3月24日 第1小法廷 判決(昭和49年(オ)第163号) )。また、この事件では、後訴の提起が許されないとされたのであるが、その後の先例では、後訴における主張が許されなくなる場合があることも認められた。前掲最判昭和52年3月24日が次のように説示した:後訴の請求又は後訴における主張が前訴のそれのむし返しにすぎない場合には、後訴の請求又は後訴における主張は、信義則に照らして許されない。
その後の先例を挙げておこう。