目次文献略語

民事訴訟法講義

判決の効力 2


関西大学法学部教授
栗田 隆

4 既判力(114条


文 献

4.1 既判力の意義

用語法
既判力は、その定義により、判断について生ずる(114条2項の文言に注意)。判断対象である権利関係について生ずるのではない。したがって、下記の表現は適切でない(かっこ内の表現は正当である)。
  1. 訴訟物となった債権に既判力が生ずる  (債権の存否の判断に既判力が生ずる)
  2. 債権の存在に既判力が生ずる  (債権の存在の判断に既判力が生ずる)
上記2のかっこ内は、次のように言い換えることもできる。
  • 債権の存在が確定する
  • 債権の存在が既判力[のある判断]をもって確定される
意 義[CL1]
民事訴訟の目的は、私人間の法律関係をめぐる紛争の解決である。原告は、訴えにより一定の法律関係を主張して、それに見合った内容の判決を求める。裁判所は、その「法律関係の主張(請求)の当否」ないし「主張された法律関係の存否」について判断する。紛争解決という制度目的の実現のためには、その判断に後の訴訟の裁判所を拘束する効力を認める必要がある。この拘束力を既判力という。 既判力は、当事者が紛争解決を求めた事項(=訴訟物)についての判断、すなわち主文中の判断について生ずるのが原則であり(114条1項)、例外的に相殺の抗弁についての理由中の判断にも認められる(同2項)。 後の訴訟において、裁判所が既判力ある判断に拘束されるのであるから、当事者が既判力ある判断に抵触する主張をすることも禁止される。既判力の本質については、いくつかの見解があるが[1]、この講義では、「既判力は、後訴裁判所に対して、確定判決と矛盾する判断を禁ずる訴訟法上の効力である」との見解(通説)を採用する。

既判力が生ずる判断は何か  114条2項は、「相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断」に既判力が生ずるとしており、そこにいう「請求」は「反対債権」を意味するから、同項は、「反対債権」の存否の判断に既判力が生ずると理解することができる(ただし、解釈により「成立」の文言は不要と解されている)。これを114条1項に引き直して言えば、訴えをもって主張された法律関係の存否についての判断に既判力が生ずることになる。審理裁判の対象を請求(法律関係の主張)と捉える立場にあっては、次のように説明されよう(訴えにより一定の法律関係の存在が主張されている場合について説明する): 法律関係の主張の当否が直接の審理裁判の対象であるが、主張が正当であることは、主張された法律関係の存在を意味し、主張が不当であることは主張された法律関係の不存在を意味するので、主張の当否の判断は主張された法律関係の存否の判断になり、前者の判断は後者の判断として既判力を有する。

訴訟外での尊重  既判力は訴訟上の効力であるが、既判力のある判断は訴訟外においても当事者等(既判力の及ぶ者)により尊重されるべきである(確認判決では、当事者等が既判力ある判断を尊重することにより法的平和が回復されることが期待されている)。

根 拠
一般に、法制度の根拠は、その必要性の面と、当該制度により不利益を受ける者との関係での許容性(正当化根拠)の両面から説明するのがよい。このことは、既判力制度の根拠の説明にも妥当する(二元説[28])。
制度的効力としての既判力
既判力は、紛争解決という制度目的の実現のために、当事者の善意・悪意といった主観的要素を含まない比較単純で明確な要件が充足されると、一律に作用するものである。そうでなければ、当事者としては、紛争が解決されたのか否かが不明瞭となり、再訴を誘発することになりやすい。その意味で、既判力は、制度的効力といわれる。 もちろん、事案の具体的事情を考慮した信義則等による微調整が許されないわけではなく、微調整のための議論も活発である。信義則等による微調整は、既判力の柔軟化・弾力化と実質的には同じであり、微調整の要件と効果が既判力の要件と効果の一部として取り込まれることもある[10][11]。

4.2 既判力の標準時(基準時)

判決により判断されるのは、原則として、現在の法律関係である。法律関係は、時の経過の中で、当事者の行為等により変動する。したがって、法律関係の判断は、一定の時点での判断としてのみ意味がある。判決は、当事者が裁判の基礎資料である事実を提出することができる最終時点、すなわち、事実審の口頭弁論終結時における法律関係についての判断であると構成される[6]。この時点を既判力の標準時(あるいは基準時)と言い、具体的には次のことを意味する[13]。
例えば、給付請求認容判決が確定した場合に、債務者は、標準時後に弁済したことを理由に、債務が現在は存在しないことを主張して、給付判決の執行力の排除を求めることができる(民執法35条の請求異議の訴え)。しかし、当初から債務が発生していなかったことを理由とすることはできない(同条2項参照)[3]。また、所有物の返還請求訴訟において被告が目的物を占有していないことを理由に請求が棄却された場合に、その後に被告が目的物を占有するに至れば、同一原告が同一被告に対して再び提起する返還請求の訴えは、前訴判決の既判力に妨げられない[CL2]。

補 論
一般に、判断は、(α)判断事項(訴訟物)、(β)判断の基礎資料(事実審の口頭弁論終結時までに提出された資料)、(γ)判断者(裁判所)、(δ)判断時期(判決書作成の時期)などによって特定される。既判力論との関係では、最初の2つが重要である。判断の基礎資料となるのは、法規と事実と証拠であるが、このうちで、既判力論との関係で重要なのは、法規と事実であり、証拠は、考察の対象外としてよい[32]。法律関係は、判決三段論法のモデルに従えば、法規と事実によって決定(判断)されるからである。このことを前提にして、判断対象たる法律関係をいくつかに分類して、判断の拘束力を検討してみよう。

現在の法律関係  訴訟では一般に現在の法律関係が争われる。その場合の判決は、「口頭弁論終結時における法律関係についての口頭弁論終結時における資料(事実と法規)に基づく判断」である。口頭弁論終結時における事実と法規は、口頭弁論終結時における法律関係を決定する要素となるので、現在の法律関係に関する判決は、「事実審の口頭弁論終結時における法律関係についての判断」と構成すれば足りることになる。 この判断に拘束力を持たせることは、同時に、この判断を口頭弁論終結時に存在していた事実(その時までに生じていた事実)でもって争ってはならないことを意味する。この範囲では、いわゆる遮断効は、既判力の標準時の問題と表裏の関係にある。

 遮断効の及ぶ範囲の調整  後述するように、(α)「既判力の標準時前に存在していた取消権を標準時後に行使して、判決によって確定された法律関係を覆滅させることは許されない」との法理が判例・多数説により承認されている。これは、遮断効の及ぶ範囲の拡張である。逆に、(β)標準時前に存在していた事由でもって既判力のある判断を争うことを一定の範囲で許すことも考えられる。例えば、事故による損害賠償請求訴訟の口頭弁論終結時には予測することができなかった後遺障害がその後に判明した場合に、その損害の賠償を追加請求することが認められているが、これは、当該事故により生じた損害賠償請求権が認容額でのみ存在するという既判力ある判断を、口頭弁論終結前に客観的に存在していた事由により争うことを認めるものであると構成することができる[36]。

このようにして、既判力の標準時の問題(既判力のある判断は、どの時点の法律関係についての判断か)と既判力により遮断される事由の範囲の問題とが微妙に乖離してくると、後者の問題はその重要性を増すことになる。遮断される事由の範囲は、個々の事由ごとに細かに調整することができるので、細かな利害調整が必要な問題は、遮断効の問題として扱われることになるからである。換言すれば、既判力の標準時は、遮断効により遮断される事由の範囲により精密化されることになる。「時の流れの中で生ずる様々な事由のうちで既判力により遮断されるのはどの範囲のものか」という問題は、既判力の「客観的範囲の問題」及び「主観的範囲の問題」と共に、既判力の効力の及ぶ範囲の問題の一つであり、後2者と表現を揃えて、「時的範囲の問題」とも呼ばれる。

将来の法律関係  将来の法律関係は、現在の事実のみから決定されるわけではないので、これについての判断は、「口頭弁論終結後の法律関係についての口頭弁論終結時における資料に基づく判断」と構成しなければならない。 (α)将来において事情変更があっても、紛争の確定的解決のために、その判断を一切変更しないとすることも、もちろん可能であり、そうすることが必要であるとして是認される場合もある。しかし、(β)判断の基礎となった事情が変動したにもかかわらずその判断を一切変更しないとすることが、不当と感じられる場合(そのような類型の法律関係)も多い。後者の場合には。将来の法律関係についての判断(判決)は、将来の事情変更に応じて変更されるべきものとなり、したがって、その判決の紛争解決力は、現在の法律関係についての判決よりも、本質的に小さい。そのため、それが許される場合が限定されることになる。しかし、将来の法律関係に関する判決の既判力ある判断を口頭弁論終結後のあるゆる事情変動により争うことができるとしたのでは、紛争解決力が小さくなりすぎる。 そこで、口頭弁論終結後に生じた重要な事情変動でのみその判断を争うことができるとされる。そこには、一定の限定はあるが、遮断効の及ぶ範囲の拡張がある。

4.3 既判力の作用

既判力は、後の訴訟において、次のような形で作用する[4]。
既判力ある判断に抵触する判決
前訴判決の既判力のある判断に反する判決が下された場合には、当事者は上訴によりその取消しを求めることができる。既判力のある判断に抵触する判決が確定した後では、再審の訴えによりその取消しを求めることができるが(338条1項10号)、取り消されるまでは、後で確定した判決の既判力ある判断が最新の判断として優先する(同項8号に注意)。

4.3.1 基本類型

既判力の作用範囲(既判力が作用する後訴の範囲)
既判力は、既判力の生ずる判断の後訴における通用力である。既判力のある判断がなされた法律関係が後訴で問題となっておれば、既判力が作用する。その法律関係が後訴の訴訟物となっているか否かは重要でなく、抗弁や再抗弁により主張されている法律関係の存否の判断に際しても、その法律関係についての既判力ある判断が拘束力をもつ (「その法律関係の主張は既判力ある判断に抵触するから許されない」と主張したり、「その法律関係の主張は既判力ある判断に合致するものであるから認められるべきである」と主張することができる)[CL4]。しかし、基本的な類型としては、後訴の訴訟物と前訴の訴訟物あるいは前訴の既判力ある判断とが一定の関係にある場合がよく取り上げられる。 類型の分類にあたっては、後訴の訴訟物と前訴の何とを比較するかが問題になる。(α)請求(訴訟物)、(β)既判力ある判断、(γ)その混合(類型によって変える)とすることが考えられる。もっとも基本的な同一関係について前訴請求を比較対象とするのがこれまでの伝統であるので、ここでは、前訴の請求と比較することにしよう。

3つの基本類型

既判力の作用の仕方については、次の3つの基本類型がある(各類型の名前は、第1訴訟の請求と第2訴訟の請求との関係にちなんで付けられている)。

同一関係
第1訴訟 第2訴訟

X──(所有権確認請求)─→Y

X──(所有権確認請求)─→Y


先決関係
第1訴訟 第2訴訟

X──(所有権確認請求)─→Y

X──(所有権に基づく明渡請求)─→Y


矛盾関係
矛盾関係には、(α)同一物について、前訴ではXがYを被告にして所有権確認請求をし、後訴ではYがXを被告にしてXが所有者でないことの確認請求をする場合のように(後訴については、訴えの利益が問題になるが、ここではそれが肯定されるものとする)、正反対の権利主張を内容とする請求がなされる場合と、(β)次の事例のように正反対とは言えないが、不両立の関係にある権利主張を内容とする請求がなされる場合とがある。ここでは、後者の事例を取り上げよう。

第1訴訟 第2訴訟

X──(所有権確認請求)─→Y

X←─(所有権確認請求)──Y


この事例(そのうちの認容判決確定の場合)は、「Xの所有権を前提にすると一物一権主義によりYの所有権は否定される」というものであるから、先決関係の特殊な例として説明することも可能である。しかし、次のことを考慮すると、先決関係とは別個の関係とみるのがよい:(α)「先にXの所有権が確定すると、後にYの所有権を認めることができず、先にYの所有権が確定すると、後にXの所有権を認めることができない」という相互的な関係にあること; (β)「先にXが所有権を有しないことが確定した場合に、そのことは、後にYの所有権の有無を判断する際にあまり重要でないこと(先決関係の場合には、ある法律関係(基本的法律関係)が否定されると、それを前提とする法律関係(派生的法律関係)も否定されるが、これと比較すると重要性が低いこと)」(詳しくは「4.6.1 先決関係と矛盾関係」を参照)。

複合事例
後訴請求と前訴請求との関係を基準にして類型化する立場に立つと、次の設例の場合には、先決関係と矛盾関係の複合と理解される。それは、短所と言うよりも、複雑なものを分析的に説明することを可能する長所とみるべきである。また、その分析的説明に際しては、「前訴請求」と「後訴請求を根拠付けるための権利主張」との関係も問題にし、前者が後者と先決関係あるいは矛盾関係にある場合にも前訴判決の既判力が及ぶことを認めておく必要がある。

既出の例にならって、次の場合について、既判力の作用の仕方を説明しなさい(先決関係と矛盾関係の複合の場合である)。

第1訴訟 第2訴訟
X──(所有権確認請求)─→Y X←─(所有権に基づく明渡請求)──Y


抗弁として主張された権利関係への作用
既判力は、前訴の訴訟物と後訴の訴訟物とが上記のような関係にある場合にのみ作用するかのように説かれることもあるが、それは狭すぎる。既判力のある判断がなされている法律関係について、後訴において被告が抗弁として主張をなす場合にも作用する[29]。

第1訴訟 第2訴訟

X──(α債権支払請求)─→Y

  X←─(β債権支払請求)──Y
α債権で相殺する

第1訴訟において請求が認容され、α債権の存在が確定したとする。第2訴訟において、Xがα債権で相殺する旨の抗弁を提出した場合に、Yは、第1訴訟の既判力の標準時前の事由でα債権の存在と弁済期の到来を争うことができない。[21]

上記の例にならって、次の場合について、既判力の作用の仕方を説明しなさい( 対象となる不動産は同一であるとする)。
第1訴訟 第2訴訟
X──(賃借権確認請求)─→Y   X←─(所有権に基づく明渡請求)──Y
賃借権がある

その他
以下は、[サヴィニー/小橋訳*現代6]359頁・365頁に挙げられている例である(同書を読まなくても、結論は直ぐに出てくる)。第1訴訟と第2訴訟の訴訟物に違いがあることを確認し、後訴の裁判所が前訴判決の既判力ある判断にどのように拘束されるかを説明し、既判力のある判断がなされている前訴の法律問題と後訴の訴訟物(既判力のある判断がなされるべき法律問題)との関係をどのように位置づけるのがよいか(同一関係か、矛盾関係か、先決関係か)を考えれば足りる。

第2訴訟の裁判所はどのような判決をすべきか(114条2項から答えはすぐに出る)。
第1訴訟 第2訴訟
X──(α債権支払請求)─→Y
          β債権で相殺する

裁判所はβ債権は存在しないとして、
α請求を認容した

  X←─(β債権支払請求)──Y


第2訴訟の裁判所はどのような判決をすべきか。第1訴訟の所有権確認請求が棄却されると、Xは目的物について共有持分も有しないことが確定するとの最高裁判例を前提にして答えなさい。
第1訴訟 第2訴訟
X──(所有権確認請求)─→Y

請求棄却判決が確定した。
XがYと共に共有者であると主張して
  X──(共有物分割の訴え)─→Y


なぜ前訴と後訴の請求の関係を基準にして分類するのか
後訴請求と前訴請求との関係を基準にして作用類型分類方法を請求基準説と呼び、後訴請求と前訴の既判力ある判断との関係を基準にして分類する方法を判断基準説と呼ぶことにしよう。

請求基準説にしたがって分類すると、前訴の係争利益と後訴の係争利益との関係が把握しやすくなる。同一関係の場合には、請求が同一であり、したがって係争利益も同一であり、前訴の敗訴当事者は前訴判決の既判力が後訴において作用することを当然予期すべきである。矛盾関係の場合には、両訴訟における請求は異なるが、同一ないし同等の生活利益にかかわるものであり、前訴の敗訴当事者は前訴判決の既判力が後訴において作用することを予期すべきである。 先決関係の場合には、両訴訟における請求が異なるのみならず、係争利益も同一とは言い難いが場合が多いが、それにもかかわらず既判力が作用することを明示して、当事者に注意を促す必要がある。

もっとも、判断基準説に従っても、前訴の係争利益と後訴の係争利益との関係が把握しにくくなるというわけではない(上記の説明を少し変更すればよいだけであり、請求基準説では上記のように説明できるという程度のことである)。また、判断基準説に従って分類することに特に不都合があるわけではない。ただ、次のような場合に分類が異なってくることに注意する必要がある。
  1. Xの所有権確認請求が棄却された後で、Xが再度所有権確認請求の訴えを提起した場合に、判断基準説では、既判力の作用類型は矛盾関係に分類される(前訴判決の「Xは所有権を有しない」という既判力のある判断に反する請求をXは後訴においてしているからである)。他方、請求基準説では、これは同一関係に分類される。
  2. YがXに対して有していると主張する債権について、Xが債務不存在確認請求の訴えを提起し、請求棄却判決が確定した後で、YがXに対して給付の訴えを提起した場合に、判断基準説では既判力の作用類型は同一関係に分類される。他方、請求基準説では、これは矛盾関係に分類される。

いずれの説に従っても、前訴判決の既判力ある判断が後訴において拘束力を持つことに変わりはなく、単に分類が変わるだけである。そうだとすれば、判断基準説のほうが既判力ある判断と関係が直截であり、好ましいということもできる。ただ、伝統的には、上記1の事例は同一関係に分類されており、その伝統から離れる必要もあまりない。そこで、この講義では請求基準説に従った分類を提示したのである。

4.3.2 基本的法律関係の判断と派生的法律関係の判断

例えば、Xが所有権を有すると主張する建物をYが占有し、かつYも所有権を主張している場合を考えてみよう。
  1. XがYを被告にして所有権確認請求の訴え(前訴)を提起し、その認容判決の確定後に、XがYを被告にして所有権に基づく明渡請求の訴え(後訴)を提起した場合に、前訴の既判力ある判断は、後訴の先決的法律関係についての判断として通用力を有する。
  2. 他方、XがYを被告にして、所有権に基づく明渡請求の訴え(前訴)を提起し、その認容判決の確定後に、XがYを被告にして所有権確認請求の訴え(後訴)を提起した場合に、前訴判決は、所有権がXにあるとの判断を不可欠の前提としているが、この点の判断には既判力は生じない(通説)。従って、前訴判決の理由中で、所有権がXにあると判断されていても、後訴の裁判所は、それと異なる判断をすることができる。

上記bの場合についての説明を敷衍しておこう。
もっとも、≪所有権に基づく明渡請求を認容する判決の理由中においてなされた原告(X)の所有権を認める判断は、既判力との関係で全く意味がない≫というわけではない。被告敗訴の場合に、被告(Y)は、既判力の標準時前において原告が所有権を有していなかったことを理由に原告の明渡請求権を争うことができないという形で意味をもつ。いわゆる遮断効である。次の2つのことの違いに注意すべきである。

4.3.3 その他

訴訟蒸返しの禁止法理による訴えの禁止
敗訴の当事者が標準時後の新たな事由を主張することなく前訴判決の既判力ある判断を争うことは、許されない。紛争解決の要請に応えるためである。紛争解決の要請は、さらに、既判力ある判断により解決済みとなった訴訟を蒸し返すことになる訴えを一定の場合に禁止する(訴訟要件の項で前述した)。しかし、この禁止は、既判力の作用そのものではない。紛争解決の実効性を高めるために、濫訴と評価されるべき訴えを却下するものであり、既判力の前に作用する効力である(比喩的に言えば、「既判力の外にある防護壁」)。

少数説(一事不再理説)
「既判力は、後訴裁判所に対して、確定判決と矛盾する判断を禁ずる訴訟法上の効力である」と説明するのが通説である。これに対して、[松本=上野*民訴法v2]402頁以下は、前後の訴訟物が同一関係及び矛盾関係にある場合について、異なる見解(一事不再理説)を主張する[5][50]:原告が標準時後の事実を主張することなく同一関係にある訴えを提起した場合には、新たに裁判する利益はなく、訴えを却下すべきである; ただし、原告が新たな事実を主張している場合には、訴訟物は別個であり、本案判決をすべきである;また、前訴で勝訴した原告が再度同一内容の判決を求めることも既判力により禁止されるが、例外的に、時効中断等の必要がある場合には禁止されない。

1)XがYに対して1995年1月14日に貸し付けた100万円の貸金債権を主張して、100万円の支払請求の訴えを提起したが、債権が弁済により消滅していることを理由とする請求棄却判決が確定した。その後にXがさらに同一債権を主張して、同じ訴えを提起した。前訴判決の既判力はどのように作用するか。(通説と少数説の違いを確認すれば足りる)

 (2)先の設例を少し変えて、XのYに対する訴訟において請求認容判決が確定した後で、その判決による強制執行前に、Yが債務不存在確認の訴えを提起したとする。この場合に、前訴判決の既判力はどのように作用するか。(後訴においてYが前訴判決確定後に弁済の事実を主張している場合とそうでない場合とを想定して、通説と少数説の違いを確認すれば足りる)

4.4 既判力の双面性

既判力は、当事者の有利にも不利にも作用する。例えば、

4.5 判決の不当取得と判決で認められた権利の濫用

判決の不当取得
前述のように、正当な手続を経て確定した判決により認められた債権の強制執行がなされた場合に、債務者は、強制執行の基礎となる判決の既判力の標準時前の事由により当該債権は不存在であった(例えば、弁済により消滅していた)と主張して、その強制執行により生じた損害の賠償を請求することは許されない。では、その判決が不当(実際の権利関係と不一致)で、しかも、債権者が不正な行為をしたためにその判決が下された場合は、どうであろうか。

判決の不当取得にあたる場合  この場合には、債務者は、再審事由があれば再審の訴え(338条)により判決の取消しを求めることができ、また、そうすべきである。 しかし、判例はこれにとどまらず、当事者の一方が、相手方の権利を害する意図の下に、作為又は不作為によって相手方が訴訟手続に関与することを妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔するなどの不正な行為を行い、その結果本来あり得べからざる内容の確定判決を取得し、かつ、これを執行したなど、その行為が著しく正義に反し、確定判決の既判力による法的安定の要請を考慮してもなお容認し得ないような特段の事情がある場合は、その判決が再審の訴えによって取り消されていなくても、執行債務者は、不当な強制執行により生じた損害の賠償を請求することができるとしている。例:
判決の不当取得にあたらない場合  そのような特段の事情のない場合には、不法行為の成立は否定され、損害賠償請求は棄却される(「却下」ではないことに注意)。例:
原告に過失のある場合  判決の不当取得に該当しない場合でも、例えば貸金返還請求訴訟において、原告の過失ある行為により他方が訴訟手続に関与する機会を奪われた場合に、そのことにより被告が被った精神的苦痛に対する損害賠償請求は、判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求に該当せず、その賠償請求は許される(最判平成10年9月10日(平成5年(オ)第1211号・第1212号))。ただし、被告にも過失があれば、そのことは慰謝料額の算定の際に考慮され、あるいは相当の過失相殺がなされよう。

「判決で認められた権利」の濫用
判決で認められた権利を行使すること(特に、強制執行により行使すること)は、原則として権利濫用にあたらない。そして、たとえ権利濫用に当たるとしても、それを既判力の標準事前の事由により根拠付けることは、既判力により遮断される(給付判決は、給付請求権の行使が権利濫用に該当しないとの判断を含む)。

しかし、確定判決により認められた権利であっても、口頭弁論終結後の新たな事実展開の中で、その権利の行使が権利濫用にあたることが例外的にあり得る[46]。その権利濫用の主張は、前訴判決の既判力により遮断されない。例:

4.6 発展問題

4.6.1 先決関係と矛盾関係

[執筆中]

4.6.2 実質的矛盾関係

別の分類
この講義では、前訴の請求(正確には、既判力が生ずる事項についての権利主張)と後訴における権利主張との関係を基準にして、既判力の作用類型を分類したが、これとは異なる分類をする者もいる。それは、同一関係については、前訴と後訴の訴訟物との関係を問題にし、矛盾関係と先決関係については、前訴の既判力ある判断と後訴請求との関係を問題にするものである[51]。 同一関係についてはこの講義と同じであるので、これについての説明は省略する。先決関係については、前訴請求が認容される場合にも棄却される場合にも、その既判力ある判断は後訴請求の構成要件に関する判断として作用するので、その説明は結果的にこの講義の説明と同じになるが、一応説明しておこう。矛盾関係については、この講義の説明とは異なり、説明の紹介が必要である(ドイツの教科書の紹介である。"rechtskraeftig"を「確定力のある」と訳したが、「確定した」あるいは「既判力のある」に読み替えるとよい)。
執行債権消滅後の強制執行により得た不当利得の返還請求
判決により債権が認められている場合であっても、強制執行の時点で権利が実際には存在しないのであれば、その債権について強制執行を行なうことは許されない。強制執行を行うことにより債権者が債務者に損害を与えれば、それは不法行為となり、債権者として強制執行をした者は強制執行を受けた者に対して損害賠償義務を負い、また、強制執行により法律上の原因のない利得を得たのであるから、不当利得返還義務を負うのが本来である。典型的には、判決確定後に債務者が弁済をしたにもかかわらず、債権者が判決に基づいて強制執行をした場合がそうである。
第1訴訟
強制執行
完了
第2訴訟
X──(貸金返還請求)─→Y

X←──(損害賠償請求)───Y
 ←─(不当利得返還請求)──


しかし、強制執行の基礎となる判決の既判力の標準時前の事由により当該債権は不存在であった(例えば、弁済により消滅していた)と主張して、債務者がその債権についての強制執行により生じた損害の賠償を請求することはできない。 その説明としては、次の2つが可能である。
  1. 先決関係として説明すること  債権の存在に関する既判力ある判断を争うことができないから、強制執行が不当になされた(存在しない権利のために強制執行がなされた)と主張することは許されず、したがって不当執行を理由とする損害賠償請求権の発生も認められないから(権利が存在するとの判断に拘束力があり、かつ、権利を強制執行によって実現することは、特段の事情のない限り、正当な行為であるから)、 換言すれば、前訴で確定された義務が存在しないことが後訴で主張されている請求権の要件事実をなしているから、前訴の既判力ある判断と後訴で主張された請求権とは先決関係にある[47]。
  2. 矛盾関係として説明すること  両者は矛盾関係にあると捉える立場である[48]。判例は、後訴の損害賠償請求は、「確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する」と説明している(最判平成10年9月10日(平成5年(オ)第1211号、第1212号[52]。

上記2つの説明のうち、先決関係として説明する立場(前記A)は、それ自体としては正当であるが、ただ、この講義の既判力の作用類型論との間に次のようなズレがあることに注意する必要がある。本稿の類型論では、前訴請求と後訴請求との関係が問題にされており、前訴請求についてなされた既判力ある判断の内容は問題にされていない。他方、前記Aの説明では、前訴の既判力ある判断の内容と後訴請求との関係が問題にされ、それが先決関係にあると位置付けられているのである。矛盾関係として説明する立場(前記B)も、同様に、確定判決の既判力ある判断との関係を問題にしている。 先決関係と説明せずに矛盾関係の一種として説明する理由は明瞭ではないが、前訴において主張されている生活利益と後訴で主張されている生活利益とが同等なものであることを重視したと見てよいであろうか。

この講義の説明  この講義の考察方法を前提にして、後訴原告の主張をもう少し分析的に見てみよう(なお、議論の単純化のために、第2訴訟において不当利得返還請求がなされるものとする)。Yは、後訴請求(不当利得返還請求権が存在するとの主張)を根拠付けるために、Xの執行債権が強制執行の時には存在しない(弁済等により消滅していた)ことを主張しなければならず、この主張は、後訴請求の先決的法律関係の主張である。 そして、前訴における執行債権が存在するとの判断と後訴における執行債権は存在しないとの主張とは、正反対の関係にあり、それは矛盾関係に含められる。したがって、これは、「矛盾関係+先決関係」の複合事例に位置づけられる。

非債弁済を理由とする不当利得返還請求の認容判決後の給付請求
設例 Yが主張するXに対する500万円の債権(α債権)の弁済として、XがYに500万円を支払った。その後にXが、500万円の支払はα債権は存在しないにもかかわらず誤ってなされたもの(非債弁済)であるとして、不当利得返還請求権(β債権)を主張してその給付請求の訴えを提起し、裁判所が500万円の支払時にも口頭弁論終結時にもα債権は存在していないことを認定して、Xの請求を認容し、その判決が確定した。 その後にXがYに対してα債権の存在を主張して、その弁済請求の訴えを提起したとしよう。この場合に、後訴の裁判所は、前訴裁判所のα債権不存在の判断に拘束されるか。
前訴の不当利得返還請求と後訴のα債権支払請求とは実質的に矛盾するのは確かであるが、それでも見解は分かれよう:()前訴判決の既判力ある判断は、不当利得返還請求権(β債権)が口頭弁論終結時に存在するとの判断である;α債権不存在の判断は、理由中の判断にすぎず、この判断には既判力は生じないから、後訴裁判所が前訴裁判所のα債権不存在の判断に拘束されることはない。これが114条1項から導かれる結論である。 この結論を是認する立場に立てば、次のように言うことができる:「前訴請求と後訴請求とが(実質的に)矛盾する場合には、前訴判決の既判力が後訴にも及ぶ」という表現は、誤った結論を導きやすい表現である;既判力が作用するためには、前訴の判決の既判力ある判断が後訴請求の当否を左右する関係にあることが必要であり、それを前提にして、前訴請求と後訴請求とが矛盾関係にある場合が特に「矛盾関係」と呼ばれているにすぎない。
 () 他方で、この設例の場合には、紛争解決の実効性を高めるために、あるいは前訴勝訴者の法的地位の安定のために、後訴請求は認容されるべきでないとの立場も考えられる。この政策的立場を前提にして、その結論の法的説明としては、次の2つが考えられる。(B1)一つの構成は、既判力の客観的範囲の拡張である。 すなわち、不当利得返還請求を認容する上で必要不可欠なα債権の不存在の判断にも既判力が生じ、第2訴訟におけるYのα債権の存在の主張はこの判断と抵触するので許されず、後訴裁判所はα債権の不存在を前提にして裁判しなければならないとの構成である。これを前提にすると、前訴におけるXの請求を根拠付ける「α債権が不存在である」旨の既判力ある判断と、後訴における「α債権が存在する」ことを根拠とするYの請求とは矛盾するという意味で、「矛盾関係」に含めることができる。 (B2)もう一つの構成は、Xが確定判決により保障された法的利益を実質的に奪い取る請求は許されるべきでないことを出発点とする構成である。すなわち、YはX勝訴の前訴判決に対して請求異議の訴えを提起した場合に、α債権の不存在を主張してβ債権の存在を争うことができないのであるから、請求異議の訴えから保護されているXの法的地位を他の方法で実質的に覆滅させることも許されるべきではなく、Yのα債権の履行請求の後訴は、Xがβ請求認容判決により得た法的地位を実質的に覆滅させるものであり、 かつ、請求異議訴訟において主張することのできない事由により覆滅させるものであるから、Yのα債権の履行請求の後訴は認められるべきでない。 この「認められるべきでない」の部分を「訴えは不適法である」と表現すべきなのか、「前訴判決の理由中におけるα債権不存在の判断に拘束される」と表現されるべきなのかは迷うが、α債権がYにより相殺の自働債権として主張される場合もあることを考慮すると、後者を選択すべきであろう。次に、この判断の拘束力を114条1項の意味での既判力というべきか否かの問題が生ずるが、主文中の判断そのものではなく、また、それゆえに判断の通用場面も前記のような場面に限定しておくべきであろうから、既判力とは異なるがこれに準ずる拘束力というのがよいであろう。 「準ずる」としたのは、通用範囲は制限されるべきであるが、通用する範囲では既判力と同様な拘束力が認められるべきであり、また、職権調査事項とすべきであるという意味である。この拘束力の作用の仕方については、「(実質的)矛盾関係」に分類されるとしてよいであろう。

上記のうちで、どの見解をとるべきか。おそらく(B2)であろう。

この外に、次の場合も矛盾関係(実質的矛盾関係)に含まれるかが問題になる。
  1. XのYに対する所有権に基づく明渡請求を認容する確定判決に基づく強制執行終了後、Yが前訴判決の口頭弁論終結前から所有権を有していることを主張して、Xに対して所有権に基づく明渡請求の訴えを提起する場合。
  2. 上記の例において、Yが前訴判決の口頭弁論終結前から賃借権を有していることを主張して、Xに対して賃借権に基づく明渡請求の訴えを提起する場合。
  3. 仮登記に基づく所有権移転本登記手続請求を認容する判決が確定した後・本登記がなされる前に、仮登記抹消登記手続請求の訴えが提起された場合。  大分地方裁判所 昭和49年4月1日 民事第2部 判決(昭和48年(ワ)第673号)は、この事例について、次のように説示した:2つの登記請求権の一方が認容されれば、他方は棄却されるという裏腹の関係にある場合には、同一物件について一方の登記請求権を求める訴は、他方の登記請求権を求める訴えと訴訟物が同一の範囲内にある。

上記1と2の場合には、Yが請求異議の訴えによってXの勝訴判決の強制執行を阻止することは民執法35条2項により許されない。そのことを考慮すると、強制執行完了後に、強制執行前の状態の回復を目指す訴えを提起しても、その請求は認められるべきではない、という結論が有力な選択肢となる(その選択肢を採用すべきかについては、さらに検討が必要である)。

ただし、次の場合に注意を要する。
この場合には、占有回収訴訟においてYは自己の所有権を主張して請求棄却判決を得ることはできないのであるから(民法202条2項)、強制執行後に所有権に基づく明渡請求の訴えを提起することは認められるべきであり、占有権に基づく引渡請求権の主張と所有権に基づく引渡請求権の主張とは実質的にも矛盾関係にないと構成することになる(民法202条1項参照)。

補説(法律構成)
 先に前訴の既判力ある判断と実質的矛盾関係にある後訴請求は認められないことの実質的説明を与えたが、次に、その法律構成を考えてみよう。もちろん、前訴において目的物に対するYの所有権あるいは賃借権の不存在は主文中で判断されておらず、後訴においてYが所有権あるいは賃借権を主張すること自体は前訴判決の既判力により禁じられないことを前提にした上での法律構成である。

一般に、(α)債権の対内的効力(債務者に対する効力)として、請求力・訴求力・掴取力・給付保持力が認められている。代金債権や貸金債権に基づく金銭支払請求認容判決にあっては、これらの効力の全てが備わっている債権の存在の判断が主文に包含される判断であると考えると、債権者が強制執行により満足を受けた後でも、給付保持力が認められる範囲で金銭債権はなお存在するということもでき、また、少なくも債権の給付保持力はなお存在しているということができる。 その存在の判断と債務者が主張する不当利得返還請求権は、同時的矛盾関係にあるということができる。他方、(β)所有者が所有権に基づいて不動産の引渡しを占有者に請求する場合に、引渡しを得た後の占有権原は所有権自体であると観念するのがよいであろう。これを前提にすると、引渡請求権の肯定の判断は、占有権原の肯定の判断を含まないことになり、金銭債権の場合と同様な同時的矛盾関係を想定することが困難になる。 ただ、(β')既判力の生ずる判断の問題として、所有権に基づく引渡請求を認容する判決にあっては、引渡請求権の存在の判断のみならず、 引渡し後の占有権原(所有権)の存在の判断も主文に包含され、後者の判断にも既判力が生ずると構成すれば、少なくとも、前訴被告の後訴における所有権に基づく引渡請求権の主張は、前訴判決中の「前訴原告が占有権原(所有権)を有する」との判断と同時的に矛盾し、許されないと説明することができる。 ただ、(β'')この構成のままでは、前訴被告が前訴の口頭弁論終結前から賃借権を有しており、その賃借権に基づいて引渡しを求める場合に、それを前訴判決の既判力のある判断により阻止することは困難である。 その阻止を可能にするためには、「前訴判決により前訴原告に求められた占有権原(所有権)は、前訴口頭弁論終結前の事由によっては奪われることのない占有権原である」と構成する必要がある。したがって、 特定物の引渡請求を認容する判決の主文は、「原告が引渡請求権を有する」との判断及び「原告が口頭弁論終結前の事由によっては奪われることのない占有権原を有する」との判断を包含し、これらの判断に既判力が生ずると構成する必要性がある。

民執法35条2項を用いた実質的判断により既に解決が与えられている問題について、その結論を説明するためにこのように法律構成を工夫を凝らすことにいかほどの意味があるのかという問題はあるが、所有権に基づく明渡請求認容判決により「原告が所有権を有する」との判断にも既判力が生ずるとの見解が主張されていることを考慮すると、「既判力が生ずるのは、請求権の行使により得られた給付を保持する権限を有するという判断までであり、給付保持の権限を含む請求権の存在の判断に既判力が生ずると構成することも一つの選択肢である」ということは、無意味ではなかろう。

4.6.3 派生的法律関係の矛盾関係

問題の所在
民事訴訟法は、 現にある紛争を当事者が求める限度で解決すれば足りるとの立場に立っている。そのため、権利関係は、現在の訴訟当事者間で相対的に確定され(115条1項1号)、また、訴訟物となっている範囲で個別的に確定される(114条1項)のが原則である。その結果、例えば係争物である不動産の効率的活用(ここでは、処分と利用の双方を含めた意味で「活用」ということにする)が著しく困難になる場合が生じうることになる。 例えば、(α)登記名義人はAであるが占有者はBである不動産について、AがBに対して所有権に基づく明渡請求の訴えを提起し、その認容判決の確定後にBがAに対して所有権移転登記請求の訴えを提起し、その認容判決が確定し、それぞれの判決内容が事実的に実現されたとしよう。 その後で、Aが不動産の利用をやめて他に譲渡しようとしても、Aは登記名義人ではないため、そうすることができない。Bは、登記名義人ではあっても、目的物を利用することができず、また、他に売却しようとしても、115条1項3号によりBに対して引渡しを命ずる判決の効力が譲受人に拡張されるため、その不動産の買受希望者を見出すことが著しく困難になる。 (β)当該不動産について所有権を主張する者がAとBしかいないという状況で、前述の各請求がそれぞれ相手方が所有者であるという理由で棄却される場合も同様である。

こうした状況は、現在の占有者が占有を継続して取得時効により所有権を取得することにより解決される余地があるのは確かである。しかし、取得時効の完成まで所有権に包摂される利益の分裂的帰属の状態が続くこと自体により財産の効率的利用が妨げられると見るべきであろう[49]。

こうした状況を放置してよいと考えるか否かは、紛争の個別的解決の原則の採用の際に考慮された要因以外の要素も考慮して解決されるべき問題である(その意味で、個別的解決の原則とは別個の問題である)。民法は、 所有権を≪所有者が所有物を自由に管理処分することのできる完全な権利≫と構成し(民法206条)、所有者が目的物の最適な活用を決定することができることを予定している。所有権以外の物権(制限物権)は、基本的に、いつか消滅することが予定されており、制限物権が消滅すると所有権は完全性を回復する[42]。そして、物権法定主義のもと、所有権の内容を永続的に分裂させる結果をもたらす権利設定は認められていない。財産の効率的活用を確実にするためである。

ところが、民事訴訟により派生的権利ごとに紛争が解決されると、一つの不動産について完全な所有権を有する者が存在しないという状態が生じ、財産の効率的な活用が阻害されるという事態が生じうることになる。そうした事態の発生を防止するのに役立つ民事訴訟法上の制度として、次のものがある:重複基礎の禁止(142条)、中間確認の訴え(145条)、判例により認められている紛争蒸返しの禁止法理。また、少数説であるが、派生的請求権の主張を認める判決(給付請求認容判決)が確定すると、基本的権利の存在の判断にも既判力が生ずるとの見解も、前記の事態を防止するのに役立つ。 しかし、こうした手段が用意されているにもかかわらず、派生的権利関係の個別的解決の結果、所有権の包摂される利益の分裂的帰属の固定化の事態は生じうることである[43]。

そうなった場合に、勝訴当事者が訴訟を通じて確保した法的利益は断固守られるべきであり、民事訴訟法が定めた紛争の個別的解決を優先すべきであると考えるべきであろうか;それとも 民事訴訟も、社会の存続発展のために紛争を解決する制度であり、個別的解決の結果、財産の効率的活用が阻害される状況が出現した場合にそれを放置してよいとの政策的判断をしているわけではなく、実体法が社会の存続発展のために予定した権利関係(所有権の完全性の回復)が実現できるように道筋を用意しておくべきであると考えるべきであろうか。意見は分かれよう。後者の立場にたって問題を考えてみよう(前者の立場に立てば、以下の議論はまったく不要である)。

問題の解決
論点整理  「4.3 既判力の作用」の中で取り上げた矛盾関係の例は、基本的法律関係(所有権)の例である。そこでは、前訴請求が認容された場合に、前訴において認められた基本的法律関係(Xの所有権)と矛盾する法律関係(Yの所有権)を後訴で主張することは、判決の既判力により許されないことが例示されている。これと同様なことが、派生的法律関係についても成立するであろうか。 例えば、(1)XのYに対する所有権に基づく明渡請求認容判決が確定し、その後に、(2)Yが現占有者Xに対して所有権に基づく明渡請求の訴えを提起した場合に、Yは、その明渡請求権を次のような主張により根拠付けることができるであろうか:「原告(Y)は、前訴の口頭弁論終結前の原因により所有権を取得し、現在に至るまで所有権を失っていないから現在も所有権を有する;被告(X)は現在目的物を占有している」。

遮断効肯定説の実質的論拠  前訴判決の既判力によりそのような主張は許されない(遮断される)とする見解を「遮断効肯定説」と呼んでおこう。この見解の実質的根拠は次の点に求めることができる。(α)前訴判決の理由中でXの所有権が確認されてもその判断に既判力が生じないことを前提にしつつも、判決主文で、「XがYに対して目的物の引渡請求権を有する」と判断されており、その判断の中には、「Xが所有権に基づき目的物を占有する地位を有する」との判断も含まれている; Xのこの法的地位は、既判力ある判断によって承認されたものとして、Yは尊重すべきである;Yが前訴の口頭弁論終結前から所有者であることを主張してXからこの法的地位を奪うことは許されるべきではない。 (β)もし反対の立場をとれば、対立当事者が交互に引渡請求訴訟の提起を繰り返すことを既判力をもって阻止できない(紛争の蒸返しの禁止法理によって実際上は阻止されるであろうとはいえ、本来、既判力により阻止されるべきものである)。

法律構成  上記の実質的理由に支えられた結論を「4.3 既判力の作用」で述べた「矛盾関係への既判力の作用」の一類型として説明することを考えてみよう。議論を確実なものにするために、議論の対象を限定しておこう。(α)対立当事者が互いに同種の支配権を主張し、それが矛盾関係にあり、(β)その支配権から派生する請求権が同時に成立することはないが、一方当事者がその請求権を行使して相手方から給付を受けると、他方当事者は同種の請求権の成立を主張することができるという関係にある場合に、(γ)その派生的権利は矛盾関係にあると言うことにする。 そして、一方当事者の派生的請求権が確定判決(給付判決)により確定された場合には、その既判力は、それと矛盾関係にある派生的権利が主張される後訴においても作用し、相手方当事者は、(1)自己の派生的請求権及び(2)その基礎となる基本的権利を前訴の口頭弁論終結時前の事由をもって根拠付けることは禁止される(ただし、(2)は、当該派生的請求権との関係で禁止されるに止まり、他の派生的請求との関係でまで禁止されるわけではない)。

補足−基本的権利に矛盾がない場合  占有回収訴権と所有権に基づく明渡請求権との関係を確認しておこう。例えば、(1)Y所有不動産の賃借人Xに対してYがXの賃料不払を理由に賃貸借契約を解除したと主張して、Yが自力救済的にXをその不動産から追い出した;これに対して、Xが占有回収の訴えを提起し、請求認容判決を得て、占有を回復した。その後に(2)Yが所有権に基づく不動産明渡しの訴えを提起し、裁判所がYのした賃貸借契約解除の有効性を認めた場合に、裁判所はYのXに対する所有権に基づく明渡請求を認容することができか。もちろん、認容できると答えなければならない。 前述の「拡張された矛盾関係への既判力の作用」を肯定する立場からは、この場合は、派生的権利の矛盾がないと説明しなければならない。実際、第1訴訟は占有権に基づく引渡請求権が認められているのであり、第2訴訟では所有権に基づく引渡請求権が主張されているのであり、両請求権の発生原因となる基本的法律関係が異なるから、派生的法律関係の矛盾はないと言うことができる。派生的権利が矛盾関係にあると言うことができるためには、基本となる法律関係が矛盾関係にあることが必要である。こうした限定を付しておけば、既判力の不当な拡大も生じないであろう。

遮断効肯定説の位置付け  基本的法律関係自体が訴訟物になっている場合には、その存否の判断に既判力が生じ、これと矛盾する主張に既判力が作用すること、すなわち、≪前訴で認められた基本的法律関係と矛盾関係にある基本的法律関係を後訴において主張する場合に、その主張を前訴の口頭弁論終結前の事由で根拠付けることは前訴判決の既判力により遮断されること≫については、異論はない。これに対して、矛盾関係にある派生的権利についても同様な形で既判力が作用すると解すべきかについては、異論の余地があるので、後者における既判力の作用を「拡張された矛盾関係への既判力の作用」と呼ぶことにしよう。 拡張された矛盾関係への既判力の作用を肯定することは、上記のように、解釈論として成立しうる。

基本的法律関係に関する既判力ある判断の優先
では、(1)XのYに対する所有権に基づく明渡請求認容判決が確定し、その後に、(2)YがXを被告にして所有権確認請求の訴えを提起したとしよう。前訴判決の理由中でXの所有権を認める判断がなされていても、その判断には既判力は生じないので、第2訴訟の裁判所は、第1訴訟の口頭弁論終結時においてYが所有者であることを認めて、請求認容判決をすることができる。その確定後に、(3)Yが現占有者Xに対して所有権に基づく明渡請求の訴えを提起したときは、どうなるか。次の2つの選択肢が考えられる([新堂*1988b9]276頁以下に綿密な議論がある)。
  1. 判決ずみ派生的法律関係優先説  Xが第1訴訟において請求認容判決により確保した生活利益は、第1訴訟の口頭弁論終結時においてXが所有者ではないとの主張あるいは判断から守られるべきである。したがって、第3訴訟においてYの請求が認容されるためには、第1訴訟の口頭弁論終結後にYが所有権を取得した事実が認定されることが必要である。 このことは、第2訴訟においてYの所有権を認める判断(第2訴訟の口頭弁論終結時においてYが所有者であるとの判断)に既判力が生じていても影響されない(設例では、第2訴訟の判決は、第1訴訟の口頭弁論終結前からYが所有者であるとの理由でYの所有権確認請求を認容していることに注意)。
  2. 基本的法律関係優先説  第1訴訟の判決の既判力ある判断と第2訴訟のそれとを比較すると、後者の方がより新しい判断であり、かつ、基本的法律関係についての判断であるので、後者の既判力ある判断が優先すると考えるべきである[22]。したがって、第3訴訟の裁判所は、第2訴訟の判決の既判力ある判断(第2訴訟の口頭弁論終結時においてYに所有権があるとの判断)に拘束され、これを前提にして判決すべきである。 したがって、第2訴訟の口頭弁論終結後にYの所有権の喪失事由が生じた場合は別として、そうでない限り、現在Yが所有者であることを前提にしてYの請求の当否を判断すべきである(Xに所有権以外の占有権原がなければ、請求は認容される)。

第1の見解によれば、第1訴訟の判決の遮断効(YのXに対する明渡請求権を第1訴訟の口頭弁論終結前の事由で根拠付けてはならないこと)が維持される。その点にちなんで、この見解を遮断効維持説と名付けることができる。それとの対比で、第2の見解は、遮断効排除説と呼ぶことができる(この見解によれば、第2訴訟における所有権確認判決により第1訴訟の判決の遮断効が排除されるからである)。学説は、次のように分かれている。

いずれが多数説かを言うことはできないが、いずれを採るべきかと問われれば、基本的法律関係優先説であろう。なぜなら、(α)もし反対に解すると、不動産の所有権はYにあるが、YはXから占有を半永久的に回復できない事態となり、不動産の効率的な利用が阻害され、社会経済的損失となる;(β)第2訴訟において、その口頭弁論終結時においてYに所有権が存するとの判断がなされ、その判断に既判力が生じている以上、第3訴訟の裁判所はその判断に拘束されるのは当然のことであり、第1訴訟においてXの明渡請求認容判決が確定していても、このことはなんら変わらないというべきである; (γ)第2訴訟においてYの所有権を確認する判決が確定しているので、XとYが交互に所有権が自己にあることを主張して引渡請求訴訟の提起を繰り返すという事態が生ずることはないであろう;(δ)このように考えると、第1訴訟においてX主張の明渡請求権(派生的権利)を認めた判断の拘束力が弱められることになるのは確かであるが、派生的法律関係についての判断は、もともとその弱さを含んだものと考えるべきである。

上記の考えをもう少し延長して、基本的法律関係に従った派生的権利関係の早期実現のために、次のように考えてよいであろう:(1)XのYに対する所有権に基づく明渡請求認容判決の確定後に、(2)YがXを被告にして所有権確認請求と所有権に基づく明渡請求を併合して提起した場合に、第2訴訟の裁判所がYの所有権確認請求を認容すべきであると判断するときは、同裁判所は前訴判決の既判力ある判断にかかわらず、Yの所有権確認請求を認容するとともに、所有権に基づく明渡請求も認容することができる。

民事執行法35条2項との整合性
XのYに対する所有権に基づく明渡請求認容判決が確定した後で、Yが前訴の口頭弁論終結前から自己に所有権が帰属していることを主張して、前訴判決に対する請求異議の訴えを提起しても、それは認められない。それは、民事執行法35条2項が明規することである。この規律と前述の遮断効維持説とが整合することは、特に説明する必要はないであろう。

問題は、遮断効排除説との整合性である。同説を徹底させると、Xの明渡請求を認容する判決が確定した後で、Yは、所有権確認請求の訴えを提起するとともに、その請求が認容されることを条件にXの明渡請求権の不存在を主張して強制執行の不許を求めることができるとの選択肢が生ずる。もっとも、そこまで徹底させないと同説は論理的に成り立ち得ないというものではない(実際上も、そのように徹底させても、請求異議訴えの受訴裁判所が執行停止の仮の処分をしなければ、Xによる明渡しの強制執行はなされてしまう)。 ただ、それでも、同説は、Xによる明渡しの強制執行後に、YはXに対して所有権確認請求の訴えを提起し、その勝訴判決の確定後にYはXに対して明渡請求の訴えを提起すれば、それは認容され得るとするのであるから、その場合については、民事執行法35条2項によりXに与えられる利益は非常に小さいものであることになる。 そのような小さな利益保障でよいのか、首尾一貫性が欠けるのではないかが問題になる。

遮断効排除説からの答えは、次のようになろう。民執法35条2項により執行債権者に保障される最低限の内容は、債務名義(確定判決)に表示された請求権の強制執行による実現が既判力の標準時前の事由により妨げられないことにとどまる。強制執行により得た給付を保持することができるかは、強制執行により実現される請求権ないし債権の内容ないし法的性質に依存する。 金銭債権については、一般に、給付保持力が認められているのであるから、金銭の支払を命ずる給付判決は、債権者が給付を保持する権能を有するとの判断を含み、その判断にも既判力が生ずると考えるべきである。 他方、所有権に基づく引渡請求権を認める判決は、所有権の所在自体の判断には既判力が生じないとされている以上は、引渡請求権者が目的物を占有する権利(法的地位)を有するとの既判力ある判断を含んでいるとは言えない。前記の例で、Xが強制執行により引渡しを得た後で、Xが目的物を所有権に基づいて占有する法的地位を有するか否かの点は、Yは、Xに対する所有権確認訴訟によりいつでも争うことができ、Yが前訴判決の既判力の標準時前から自己の所有者であることを主張してそれを争うことも、前訴判決の既判力によって妨げられることはない。 Yの所有権を確認する判決の確定後に(あるい所有権確認請求に併合して)YがXに対して所有権に基づく明渡請求をすることは認められるべきである。 もっとも、Xの占有権原が判決により確定されているわけではないが、ともあれXのYに対する明渡請求権が確定判決により認められていることを考慮すれば、YがYの所有権を確認する判決を得ることなくXに対して明渡しを請求することを認めるべきではない。

もちろん、いずれの見解の採るべきかを考える上で重要な視点は、(α)給付判決により保護された(不可争とされた)原告の地位をどの範囲とすべきかという視点であるが、それのみならず、(β)不動産や動産はできるだけ所有者により一元的に管理されるべきであり、派生的権利毎に派生的権利に関する判決により権利者とされた者に分断的に管理されるという事態は回避すべきであり、所有権確認訴訟により所有者とされた者による一元的管理をできるだけ可能にすべきであるとの視点も重要であると考えたい。 もちろん、民事訴訟法は、財産法上の紛争を相対的に解決すれば足りるとの立場を基本にしているので、(β)の視点をどの程度重視すべきかについても意見は分かれるであろう。

4.6.4 いくつかの設例──気楽に考えてみよう

次の事例を純粋に既判力の問題として考えた場合に、どうなるか(訴訟蒸返しの禁止の法理や争点効理論の適用は、二次的な問題とする。後訴の損害賠償請求について故意・過失の要件が充足されるかも二次的な問題とする。注意:深刻に考える必要はない。このような論点もありうることが分かれば足りる。なお、「前訴の勝訴当事者は、勝訴判決によってどのような生活利益を確定させたのか」という実質論の視点から問題を眺めると、わかりやすくなるであろう)。

) Xがある不動産について、自己の所有権を主張して、占有者であるYに対して、所有権に基づく明渡請求の訴えを提起し、請求認容判決が確定した(以下この訴訟を「前訴」と呼ぶ)。その判決による明渡しの強制執行がなされた後にYが、前訴の既判力の標準時前から所有権は自己にあると主張して、次の請求を含む訴え(以下「後訴」という)を提起した(所有権確認請求は含まないものとする)。後訴の裁判所が、前訴の口頭弁論終結時においてYがその不動産の所有者であり、それ以降にYが所有権を喪失する事実は認められないと判断した場合に、前訴判決の既判力は後訴において作用するか、どのように作用するか。
  1. 所有権に基づく明渡請求の訴え
  2. 強制執行により不動産の占有を奪われたことによる損害の賠償請求の訴え
  3. Xが占有権原なしにY所有の不動産を占有してきていることによる不当利得返還請求の訴え
  4. その不動産がXの重過失により焼失したとして、Yが、所有権侵害を理由にXに対して提起する損害賠償請求の訴え

) X所有不動産について、X・Y間で有効に売買契約が有効に締結されたか否かが問題になっている。Yは売買契約が有効に締結されたと主張し、代金債務はYのXに対する貸金債権と相殺されたと主張している。売買契約の締結を否定して占有を継続しているXが、Yを被告にして、所有権確認請求の訴えを提起した(第1訴訟)。裁判所は、Yの抗弁(売買契約によりXが所有権を喪失したとの抗弁)を容れて、請求を棄却した。 その後にYが、Xを被告にして、その不動産の引渡請求と所有権確認請求の訴えを提起した(第2訴訟)。第1訴訟の確定判決の既判力は、第2訴訟にどのように作用するか。第2訴訟の裁判所が審理をすれば、X・Y間の前記売買契約は有効に締結されていないと判断されるものとして答えなさい。

) Xが所有する不動産について、Yが賃借権を主張し、Xがこれを否定している。次の各場合に、そこに記された前訴判決の既判力は、後訴に及ぶか。後訴裁判所はどのような判決をすることになるか。
  1. XのYに対する所有権に基づく明渡請求を認容する判決が確定した後で、その執行の前に、Yが、前訴判決の既判力の標準時前から当該不動産について賃借権を有すると主張して、Xに対して請求異議の訴え(民執法35条)を提起した場合。
  2. 上記aの請求異議訴訟において、Yが賃借権確認請求を併合し、裁判所が賃借権は前訴の口頭弁論終結前から存在するとの判断に達する場合。
  3. XのYに対する所有権に基づく明渡請求を認容する判決が確定して、その強制執行がなされた後で、Yが、前訴判決の既判力の標準時前から当該不動産について賃借権を有すると主張して、賃借権に基づきXに対して明渡請求の訴えを提起した場合。
  4. YのXに対する賃借権に基づく引渡請求を認容する判決が確定して、その強制執行がなされた後で、Xが、前訴判決の既判力の標準時前から賃借権は存在していなかったと主張して、Yに対して所有権に基づく明渡請求の訴えを提起した場合。

) Yが所有者であると主張して占有している不動産について、XがYを被告にして所有権に基づく明渡請求訴訟(第1訴訟)を提起したが、Xの所有権は認められないとの理由で請求を棄却する判決が確定した。次の各場合に、そこに記された前訴判決の既判力は、後訴に及ぶか。後訴裁判所はどのような判決をすることになるか。
  1. その後にXがYを被告にして所有権確認請求訴訟(第2訴訟)を提起した場合。
  2. 第2訴訟において、裁判所が請求認容判決をすることができることを前提にして、その判決の確定後にXがYを被告にして再度所有権に基づく明渡請求訴訟(第3訴訟)を提起した場合。

5 既判力の時的限界──標準時後の形成権の行使を中心にして


既判力の標準時  判決は一定時点の法律関係についての判断として拘束力をもつ。その時点を既判力の標準時あるいは基準時という。既判力のある判断を標準時前の事由をもって争うことは禁止されている;もしそれを許せば、既判力(拘束力)の意味がなくなるからである。他方、既判力のある判断を標準時後の事由をもって争うこと、すなわち、「現在の法律関係は。標準時後の事由により、標準時の法律関係とは異なる」と主張することは禁止されない;私法上の法律関係は、時の流れの中で変転するものだからである。

遮断効   このように、「既判力のある判断を標準時前の事由をもって争うことが許されない」ことを既判力の効力の一つと見て、遮断効という。私法上の法律関係は、一定時点の法律関係を前提にして、その後の時の流れの中で変転するものであるので、遮断効は、「現在の法律関係が標準時の法律関係と異なることを標準時前の事由によって根拠付けることを禁止する効力」と言うこともできる。

既判力の標準時が何時であるかについては、場合分けが必要である。 ()既判力の生ずる判断の対象が事実審の口頭弁論終結時における法律関係である場合には、事実審の口頭弁論終結時が標準時になる。これが原則である。多くの紛争は、過去の法律関係ではなく現在の法律関係を判断することによって、よりよく解決され、現在の法律関係を審理裁判の対象とする場合に「訴えの利益」が認められるからである。()しかし、例外的に過去の法律関係あるいは過去の一定時点の法律行為による法律関係の変動を審理裁判の対象とすることが紛争のよりよい解決につながる場合もあるので、そのような訴えも許されている。その場合に、裁判の基本的な基礎資料(事実)が事実審の口頭弁論終結時より前の過去の一定時点までに生じた事実に限定されるのであれば、その過去の時点が既判力の標準時になる。例えば、後述の賃料増減請求権の行使による賃料額についての判決がそうである。

賃料増減請求
賃借人が時点Aからの賃料額をa円に減額する意思表示をし、減額後の賃料額の確認請求の訴え(「本件賃料が時点Aから月額a円であることを確認する」との判決を求める訴え)を提起した場合を考えてみよう。この場合の訴訟物については、当事者が請求の趣旨において特に期間を限定していないことを前提にして,次の2つの考えがある(後掲最判平成26年金築補足意見参照)。
  1. 期間説  形成権である賃料増減請求権の行使により賃料の増額又は減額がされた日(時点A)から事実審の口頭弁論終結時までの期間の賃料額であるとする見解
  2. 時点説  賃料増減請求が効果を生じた時点(時点A)の賃料額であるとする見解

前記の設例では、いずれの見解をとっても、結論に差異は生じない。しかし、事実審の口頭弁論終結時までに賃借人がさらに時点Bからの賃料額をb円に減額する意思表示をすると、差異が生じてくる。(α)時点説では、訴えの変更により「本件賃料が時点Bから月額b円であることを確認する判決を求める」との趣旨の請求を追加しない限り、訴訟物は、時点Aの賃料額(の主張)のままであり、「時点Bからの賃料額をb円に減額する」旨の意思表示は考慮されない。 (β)ところが、期間説では、訴えの変更がなされていなくても、裁判所は口頭弁論終結時までにさらに賃料減額請求権が行使されたことが主張されている限り、それによる法律関係の変動も考慮して裁判しなければならない。 すなわち、時点Aからの賃料額のみならず、時点Bからの賃料額も決定しなければならない[34]。訴訟が長引くうちに、さらに賃貸人から増額請求権が行使され、賃借人から減額請求権が行使されると、訴訟が益々長引いてしまう。

そこで、 最高裁判所 平成26年9月25日 第1小法廷 判決(平成25年(受)第1649号)は、「賃料増減額確認請求訴訟の確定判決の既判力は,原告が特定の期間の賃料額について確認を求めていると認められる特段の事情のない限り,前提である賃料増減請求の効果が生じた時点の賃料額に係る判断について生ずる」と説示した。換言すれば、原告が期間説を前提にして訴えを提起していることが明らかでない限り、時点説をとるべきであるとしたのである。 これを前提にすると、賃借人が賃料減額請求をして、減額後の賃料額確認請求の訴えを提起し、その訴訟の事実審の口頭弁論終結前に賃貸人が賃料増額請求の意思表示をしたにとどまる場合には、裁判所は賃借人の減額請求により減額された賃料額を確認する判決をするだけであり、その判決の確定後に賃貸人が前訴の口頭弁論終結前にした賃料増額請求により賃料額が増額されていることを主張することは、前訴判決の既判力によって遮断されないことになる。

賃料減額請求権を行使した賃借人から訴えが提起される場合には、減額後の賃料額の確認請求の訴えになるので、時点説による解決が簡明である。しかし、賃料増額請求権を行使した賃貸人が訴えを提起する場合には、原告は増額後の賃料の支払請求の訴えを提起することになろう。この場合について、時点説でうまく処理できるかは問題である。請求の立て方に依存することではあるが、口頭弁論終結時までの毎月の賃料支払請求権(の主張)が訴訟物になっていると考えるのであれば、口頭弁論終結前に被告(賃借人)が賃料減額請求権を行使した事実も考慮して裁判すべきことになり、期間説による処理をとるべきことになろう。 いずれにせよ、訴訟物が何であるかは、原告が定立した請求の解釈問題であり、何が訴訟物になったのかによって既判力の生ずる判断内容も異なる。

形成権
形成権は、その権利を有する者の一方的意思表示により法律関係を変動させることができる権利であり、法律関係の変動は形成権行使の時に生ずる。したがって、前訴の口頭弁論終結時前に存在した形成権を口頭弁論終結後に行使して、判決によって確定された法律関係を変動させることが実体法上は可能なはずである。しかし、訴訟法の観点からは、判決により確定された法律関係をそのような形で変動させることを許したのでは、既判力の実効性が低下する。そこで、そのような形成権行使の主張は、既判力により遮断されるとすべきであるとの見解が生ずる。これは、遮断効の拡張である。

文 献

5.1 取消権について

説明の単純化のために、上記の問題に関する見解の対立状況を主として取消権について見ておこう。

 (遮断肯定説−判例・通説([高橋*概論v1]263頁など[24])  標準時前に存した取消権を標準時後に行使することは、既判力により遮断される。その理由:
  1. 無効との権衡  取消権より重大な瑕疵である無効原因が既判力によって洗い落とされる(遮断される)のであるから、取消原因のような、それより軽微でかつ請求権自体に付着する瑕疵は、既判力によって洗い落とされるとしてよい。 ただし、これは比較的古い説明であり、現在においてこの説明を採用する者はあまりいないであろう。
  2. 取消権者は、取消権の除斥期間の満了までは、利害考慮のために取り消すか否かの選択権を与えられているのは確かである。しかし、民法は、相手方が不当に長い期間不安定な地位に置かれないように、相手方に催告権を与え、催告にかかわらず権利行使がなければ解除権や制限行為能力者の取消権は消滅するものとしている(民法547条20条)。 その趣旨を尊重すれば、これらの場合はもちろんのこと、たとえ債権者(相手方)に選択権行使の催告権が実体法により与えられていないときでも、債務者(取消権者)は少なくとも口頭弁論終結時までに決断・選択することを要すると考えるのが、双方の公平に合する。[(B)bに対する反論] 。[高橋*概論v1]263頁は、さらに進んで、原告が訴訟による紛争解決を求めてきた以上、被告も全力で応訴すべきであり、そうだとすると、要件を具備した取消権は行使しておくべきである、と説く。
  3. 取消権者が取消原因を知らなかったときに遮断効を認めれば、債務者に酷な結果が生ずるが、それは弁済や時効完成等の消滅原因についても言えることである。[(B)cに対応]
  4. 否定説は、既判力の標準時後の取消権の行使による債務者側の執行妨害、争訟の蒸返しの策謀は、訴訟上の信義則により封ずれば足りるとするが、全力で訴訟追行して勝訴判決を得た者(前訴原告)にさらに後訴で信義則違反を根拠付ける具体的事実の証明責任を負わせることは、不公平である([高橋*概論v1]263頁)。[(B)eに対応]。
  5. 取消権の付着する権利を訴訟において行使する者が前訴原告である場合にも、彼が勝訴判決を得た後で取消権が行使することは、既判力により遮断されるとしてよい。[(B)bの後半に対応]

遮断否定説−少数説(中野説。中野貞一郎「形成権の行使と請求異議の訴」『強制執行・破産の研究』36頁以下)  標準時後の取消権の行使は、既判力によって遮断されない。その理由:
  1. 取消権は、表意者に選択権を与えるものであるから、これと無効との間の瑕疵の軽重を問題にするのは意味がない。[(A)aに対する批判]
  2. 既判力は、その標準時における請求権の存在を確定するだけで、将来にわたって取消権の行使により消滅の可能性がないことまで確定するわけではない。通説を採る論者の多くは、取消原因のような請求権自体に付着する瑕疵は既判力によって洗い落とされるというが、もしそうであるならば、通説が債務者のした取消権の行使だけを既判力によって遮断し、債権者や第三者が標準時後にした取消権の行使について遮断効を否定するのでは筋が通らない。
  3. また標準時前に取消権が客観的に存在し、かつそれを「行使できた」場合に遮断効を認めるのも、現実に主張できたか否かを問わない一般の債務消滅事由の場合と取扱いを異にすることになる。
  4. 標準時後の取消権行使に既判力の遮断効を及ぼす通説の立場では、必然的に例外を認めざるをえず、現に相殺権は既判力により遮断されないとしている。各種の形成権ごとに取消権と相殺権のいずれと同様に扱うべきかを論定するのでは、既判力に必須と言うべき明確性に欠けることになる。
  5. 債務者側の執行妨害、争訟の蒸返しの策謀は、訴訟上の信義則により封ずれば足りる。

 (実体関係的提出責任説(上田説。[上田・民訴v3]461頁)  遮断効を既判力の標準時と既判力ある判断を覆すための事由との時的先後関係だけで判断するのは適当ではないとして、次の要件が充足される場合に既判力が及ぶとする。
 (付着説(伊藤眞説。[伊藤*民訴v4.1]516頁以下)  形成権行使による法律関係の変動が基準時における権利関係についての判断と矛盾する場合には、その要件事実の全部または一部が基準時前にあれば、その主張は既判力によって遮断され、その結果、形成権行使の効果の主張は許されないとする。具体的な結論は次のようになる。(α) 法律行為は取消しによって初めから無効であったものとみなされるから、取消しによる法律関係の変動の主張は、取消しの対象となる法律行為から生ずる法律関係についての既判力のある判断に抵触し、許されない。このことは、制限行為能力者の取消権も詐欺・脅迫による取消権についても同じである。詐欺・強迫の事実が口頭弁論終結時まで継続し、取消しの意思表示を期待し得ないと言う例外的場合については、再審による救済に委ねるべきである。 他方、(β)契約の解除は、契約に基づく両当事者の権利義務の存在を論理的前提としつつ、解除の意思表示の実体法上の効果として遡及的消滅をもたらすにすぎず、この点で基準時における契約関係等の存在を否定することを目的とする取消権と異なる。 したがって、解除権は、既判力により遮断されない。この見解は、要するに、既判力により確定した権利関係と形成権との関係を問題にし、その権利関係に付着する形成権の行使を禁止する見解であるということができる。「付着形成権の行使禁止説」と名付けることができるが、短くして「付着説」と呼ぶことにしよう。

若干のコメントを記しておこう。
最高裁判例の立場はどうか。最高裁判決の理由中の下記の表現を読む限りでは、判例は付着説に近いように見える。ただし、解除権について結論が異なるのであれば、別個の見解としておくべきであろう。
遮断効否定説を出発点にするのが妥当であろう。ただ、信義則により遮断される範囲は、もっと広げてよい。

5.2 各種の形成権の取扱い

判例・多数説は、形成権の種類ごとに、標準時後の行使が既判力により遮断されるか否かを決定する。
取消権
最判昭和55.10.23民集34-5-747

事実の概要

 Y───(所有権移転登記請求)───>X
 買主   (所有権確認請求)     売主

請求認容判決が確定し、所有権移転登記がなされた後で、Xが詐欺を理由に売買契約を取り消し、所有権移転登記の抹消登記を訴求したが、認められなかった。

判旨

「売買契約による所有権の移転を請求原因とする所有権確認訴訟が係属した場合に、当事者が右売買契約の詐欺による取消権を行使することができたのに、これを行使しないで事実審の口頭弁論が終結され、右売買契約による所有権の移転を認める請求認容の判決があり同判決が確定したときは、もはやその後の訴訟において右取消権を行使して右売買契約により移転した所有権の存否を争うことは許されなくなる」。


判旨の中の「当事者が右売買契約の詐欺による取消権を行使することができたのに」の部分をどのように理解するかは、微妙な問題である。なお、事案自体は、取消権の発生をもたらす詐欺が売買に際して行われていたのか、はなはだ疑問の事案である。売買の際に詐欺があったとしても、前訴において被告(X)は取消権の発生を認識すべきであった事案ということができる。

建物買取請求権
借地契約が期間満了により終了した場合に、借地人は賃貸人に対して地上建物の買取りを請求することができる(借地借家法13条1項。建物買取請求権と呼ばれるが、形成権である)。 地主からの建物収去土地明渡請求訴訟において、借地人が建物買取請求権を有効に行使すれば、係争建物は地主の所有物となり、借地人にその収去を請求することはできないので、地主は、建物明渡請求[38]に訴えを変更することになる(民訴法143条)。では、借地人が建物買取請求権を行使しなかったために地主の建物収去土地明渡請求を認容する判決が確定した後で、借地人がその判決に基づく強制執行を阻止するために請求異議の訴え(民執法35条)を提起し、その訴訟の中で建物買取請求権を行使することは、許されるであろうか。 判例は、これを肯定する。 最判平成7年12月15日 民集49巻10号3051頁は、建物買取請求権と取消権との違いを次のように説明する:「建物買取請求権は、前訴確定判決によって確定された賃貸人の建物収去土地明渡請求権の発生原因に内在する瑕疵に基づく権利とは異なり、これとは別個の制度目的及び原因に基づいて発生する権利」である。
 しかし、取消権や解除権と同様に建物買取請求権も遮断されるとする見解も有力である([高橋*概論]263頁以下など)。理由:(α)迅速に紛争を解決して土地を迅速に再利用(再開発)することについての地主の利益を尊重すべきである; (β1)建物買取請求権の行使は借地契約の終了を前提にするので、借地契約の存続を主張する借地人としては、建物収去土地明渡訴訟の中で買取請求権を行使することは難しいとの意見もあるが、この抗弁については予備的な提出も認められるのであるから、重要ではない;(β2)建物買取請求権は、原告(地主)の請求権に付着する瑕疵ではないが、被告(借地人)、特にその訴訟代理人たる弁護士は、その存在を容易に認識できよう; (β3)建物買取請求権が行使されたことを主張して前訴判決により認められた土地所有者の権利を争うことは既判力により許されないが、建物買取請求権自体が前訴判決の既判力により消滅させられるわけではなく、借地人が建物買取請求権の行使の結果としての代金支払請求権を行使することは許され(この請求権の主張は前訴の訴訟物とは異なるので、前訴判決の既判力により妨げられることはない)、これにより借地人は保護され、またこの限度の保護で我慢すべきである(以上は、[高橋*概論v1]264頁のリフレーズである)。

(3)相殺権
訴求債権(受働債権)と自働債権との関連性は要求されておらず、相殺するか否かの自由を尊重すべきであるとの立場から、 ほとんどの見解([高橋*概論v1]265頁など)は、相殺権は既判力により遮断されないとする。しかし、債務者が相殺適状にある反対債権の存在を確知している場合に限定して、既判力による遮断を肯定する少数説([兼子*体系v3]341頁)もある。

(4) 白地手形
最判昭和57.3.30民集36-3-501

事実の概要

  X───(手形金支払請求)───>Y
手形所持人   手形訴訟      振出人

振出日欄が白地であることを理由とする請求棄却判決が確定した。それから1年余の後に、Xが白地部分を補充して再度手形訴訟を提起した。

判旨

「手形の所持人が、手形要件の一部を欠いたいわゆる白地手形に基づいて手形金請求の訴え(以下「前訴」という)を提起したところ、右手形要件の欠缺を理由として請求棄却の判決を受け、右判決が確定するに至ったのち、その者が右白地部分を補充した手形に基づいて再度前訴の被告に対し手形金請求の訴え(以下「後訴」という)を提起した場合においては、前訴と後訴とはその目的である権利または法律関係の存否を異にするものではないといわなければならない。 そして、手形の所持人において、前訴の事実審の最終口頭弁論期日以前既に白地補充権を有しており、これを行使したうえ手形金の請求をすることができたにもかかわらず右期日までにこれを行使しなかった場合には、右期日ののち該手形の白地部分を補充しこれに基づき後訴を提起して手形上の権利の存在を主張することは、特段の事情の存在が認められない限り前訴判決の既判力によって遮断され、許されないものと解するのが相当である」。



白地手形の補充権については、学説は次のように分裂している。
)再請求肯定説  既判力による遮断を否定する(竹下・金融商事判例477-2)。理由:
  1. 白地未補充のゆえにたまたま勝訴した手形債務者の利益は、既判力の貫徹という形では保護に値しない。
  2. 「白地だから請求しえない」という判決がなされたのに「白地を補充しても請求できない」とするのは、前訴判決の既判力の範囲の拡大である。

)再請求否定説  既判力あるいは信義則により再請求を一般的に否定する[25]。理由:
  1. 手形所持人は異議訴訟で白地を補充することができた。
  2. 白地補充は白地手形所持人の責任であり、手形上の権利につき実質的に審理がなされなかったのは原告の責任に帰すべきことであり、遮断効を肯定しても不公平ではない。
  3. 原告のミス(白地不補充)により被告が手形債務を免れるという利益を得ることになるが、それは訴訟ではよく見られことであり、異とするに足りない([高橋*概論v1]265頁)。

6 既判力の客観的範囲(114条


文 献

6.1 既判力の生ずる判断−原則

主文中の判断
既判力は、「主文に包含するもの」[39]すなわち「判決主文中の判断」に限り生ずるのが原則である(114条1項)。
判決主文の文言はきわめて簡潔であるので、いかなる事項(法律関係)につき判断されているかは、判決書の「理由」や「事実」の項目を参照しなければならないこともある。特に「原告の請求を棄却する」との主文の場合がそうである[2]。

理由中の判断
理由中の判断には既判力が生じないのが原則である[CL3]。前提問題は当事者間で審判の最終目標とされたものではないから、この点の判断に既判力を認めることは、処分権主義に反する。理由中の判断に既判力を発生させたい場合には、当事者は中間確認の訴え(145条)を提起すべきである。 前提問題についての判断に既判力を生じさせないことにより、当事者はこれをその訴訟限りのものとして自由に処分し、裁判所も実体法上の論理的順序や当事者の順序の指定にかかわらず審判することができるようになり、審理の柔軟性が確保される。例:
もっとも、いずれの場合でも、前提問題を再度争うことは、訴訟の実質的な蒸返しとして信義則により禁止される余地はある。

なお、[松本*2016a]は、沿革的研究を基礎として、既判力との関係では、「主文に包含するもの」とは、「裁判所が下した判決の、判決理由から明らかになるべき真の意味内容」を指すと説き(52頁)、例えば、所有権に基づく不動産登記抹消請求認容判決の真の意味内容は、「原告に不動産の所有権があり、被告にないことの確定」にあり、「原告の所有権の存在、被告の所有権の判断」も判決の主文に包含され、既判力が生ずるとする(53頁。これは原告の請求が認容される場合を想定した論述であり、被告に所有権があるとの理由で請求が棄却される場合に、理由中のその判断に既判力が生ずるとまでは述べられていない)。 理由付けは異なるにせよ、類似の結論を採る見解は従来から存在するが[44]、いずれも少数説に留まっている。

履行期未到来を理由とする請求棄却判決の場合
債権に基づく給付訴訟において、被告が債務の存在を争いつつ、仮に債務が存在するとしても履行期が未到来であると主張する場合には、原告は現在給付の請求を主位請求とし、将来給付の請求を予備請求とすることができるのが通常である(被告の応訴の態度から見て履行期における履行を期待しがたいので、「あらかじめその請求をする必要がある」のが通常だからである。なお、ここでは、現在給付請求と将来給付請求とは別個の請求類型である考える立場を前提にしている)。 しかし、原告が現在給付請求のみを立てて訴訟を追行することもあろう。その場合に、その請求が債権の不存在(不発生あるいは消滅)あるいは履行期未到来を理由に棄却された場合に、どのような判断に既判力が生ずるかが問題になる。主文中の判断は、第一次的には、「原告は被告に対して即時に給付を求める権利を有しない」と見るべきであろう。 もし、この判断にのみ既判力が生ずるとすると、債権権の不存在を理由に請求が棄却された場合でも、債権者はその後に履行期が到来したと主張して再度現在給付の訴えを提起することができ、後訴裁判所は前訴裁判所の債権不存在の判断に拘束されないことになる。そのように考えても、被告は、債務不存在確認の反訴を提起して、紛争を抜本的に解決することができるのであるから、そのような考えが決定的に不都合だというわけではない。 ただ、被告にそのような反訴提起の負担を課すのが適切かという問題は残る。それは適切ではないとの立場から、債権不存在の判断に既判力が生ずると解されている(その判断を主文中の判断と見るか、理由中の判断とみるかの問題はあるが、ここでは立ち入らない)。 他方、債権は存在するが履行期が未到来であることを理由に請求が棄却された場合には、請求棄却の決定的理由は履行期未到来であり、その既判力が生ずるが、債権の存在の判断は理由中の判断として既判力は生じないと解されている。[長谷部*2017c]384頁以下参照。

この考えを推し進めると、契約に基づいて生ずる停止条件付き債権について、債権者が条件成就を主張して給付の訴えを提起した場合に、裁判所が契約の成立を否定して請求を棄却した場合にも、契約不成立により停止条件付債権その者が発生していないとの判断に既判力が認められることになろう。これを更に推し進めて、請求棄却判決の場合には、棄却の理由になった判断に既判力が生ずるとする立場もある。

6.2 理由中の判断についての例外──相殺の判断(114条2項)

初めの1歩
XがYに対して2億円の債権(α債権)の支払請求の訴えを提起した。Yは、α債権の発生を争いつつ、万一その発生が肯定される場合に備えて、2億円の反対債権(β債権)を主張して、それと相殺すると抗弁した。 裁判所は、α債権とβ債権の成立を肯定し、Yの相殺の抗弁を認めるとの理由を付して、Xの請求を棄却した。

その判決が確定した後で、Yが、Xのα債権はそもそも成立していなかったのであるから、自分の反対債権が相殺によって消滅するいわれはないと主張して、2億円のβ債権の支払請求の訴えを提起した。

後訴の裁判所は、Yの主張に従って、α債権の成立について再度審理すべきか。

概 説
相殺の抗弁について判断がなされた場合に、この判断に既判力を認めないと、訴求債権の存否についての紛争が反対債権の存否の紛争として蒸し返され、判決による紛争解決が実質的に意味を失う場合がある。そこで、この点も含めて紛争を一挙に解決する趣旨で、反対債権の不存在について判断(理由中の判断)にも既判力が認められている。

114条2項が適用される典型例は、原告の金銭支払請求に対して被告が相殺をもって対抗する場合であるが、その他に、次の場合にも適用されてよい。
114条2項の根拠
この講義の説明 次のように場合を分けて説明するのが確実である。
  1. 相殺が認められた場合  AがBに対して金銭の支払を訴求したが、相殺の抗弁が認められて請求が棄却された場合に、反対債権の不存在(消滅)に既判力が生じないと、Aの債権が当初から不存在であることを主張してBがAに反対債権を訴求しうることになり、「訴求債権の存否についての紛争が反対債権の存否の紛争として(or その紛争を通して)蒸し返される」ので、それを避けるために、「反対債権は相殺により消滅して、現在(口頭弁論終結時に)不存在である」との理由中の判断に既判力が認められている。これが伝統的な説明である。
  2. 反対債権の不存在のため請求が認容された場合  この場合には、「既判力を認めないと訴求債権の存否についての紛争が反対債権の存否の紛争として蒸し返される」ということにはならないが、反対債権の存否についてaの場合と同様に十分な審理がなされているので、反対債権不存在の判断に既判力を認めてよく、また、aの場合とのバランス上、既判力を認める方がよい。

別の説明 114条2項の規定の根拠については、次のような説明もある[16]。
  1. 相殺の抗弁は、反訴に類するものであるから、既判力が生ずる[40]。
  2. 前訴被告が相殺によって消滅したはずの自働債権を訴求することを認めると、(その請求が認容された場合に)前訴原告は、自己の受働債権の犠牲において自働債権の負担を免れた地位を覆滅されることになる。
  3. 前訴被告が、相殺の抗弁によって原告の訴求債権消滅の利益を得ながら、その反対債権の履行を得ることにより再度利益を得ようとすることは、同一の債権の二重の利用であり、許されない。

しかし、aの点は、相殺の抗弁についての判断に既判力が肯定されるから、その結果として、相殺の抗弁を反訴に類するものと評価することができるというべきである。根拠b,cは前訴の訴求債権(受働債権)が存在していたことを前提にしての説明であるが、(α)前訴被告はまさにその点を争って反対債権の履行を求める後訴を提起するのであるから、結論先取りの説明と言うべきであり、また、(β)その点について前訴裁判所の判断が誤っていても争わせないことに114条2項の意義があるのであるから、伝統的な説明(この講義の説明)の方が簡明なように思われる。

反対債権の「成立又は不成立の判断」
114条2項では、反対債権の「成立又は不成立の判断」に既判力が生ずるとされているが、口頭弁論終結時に反対債権が存在しないとの判断に既判力を認めれば足り、「成立又は」の文言は無視してよいというのが多数説である[26]。もっとも、少数説として、相殺により請求が棄却される場合には、反対債権が存在したとの判断とそれが相殺により消滅したとの判断の双方に既判力を認めるべきであるとの見解がある(これに対する批判として[中野*2001a5]155頁以下、[高橋*重点講義・上v2.1]637頁以下参照)。

相殺をもって対抗した額(対当額)
既判力が生ずるのは、相殺を以て対抗した額である。例えば、1億円の支払請求に対して、3億円の反対債権を有することを主張する被告は、そのうちの1億円で相殺すればよい。相殺が認められる場合には、反対債権の内の1億円が消滅し、その点に既判力が生ずる。反対債権の存在が否定されて、請求が認容される場合にも、既判力が生ずるのは1億円部分のみである。 もっとも、反対債権が一部でも存在すれば、相殺が部分的に認められるのであるから、この文脈では、反対債権の対当額部分(1億円)の不存在は、対当額以外の部分(2億円)の不存在をも意味する(対当額の一部のみが認められ残部が認められなかった場合にも同様である)。したがって、後訴において反対債権の残部(対当額以外の部分)の主張は、信義則上許されないとされる余地はある(後述の「明示の一部請求」の項参照)。

114条2項が適用されない場合
次の場合には、114条2項は適用されず、反対債権の不存在に既判力が生ずることはない。実体法上の相殺の効果も生じない。
  1. 相殺の抗弁が時機に後れた攻撃防御方法であることなどを理由に却下された場合
  2. 訴求債権が存在しないという理由で請求が棄却される場合
  3. 反対債権は存在するが、相殺適状に達していないという理由で、相殺の抗弁が排斥される場合[30]。この場合に、反対債権の存在について既判力が生ずることもない。 受働債権が不法行為債権であるために、自働債権の存否を判断することなく相殺の抗弁が排斥される場合等(民法509条・510条・511条)も同様である。

訴訟外の相殺と訴訟上の相殺
訴訟外の相殺  (α)訴訟外の相殺には、条件又は期限を付すことができない(民法506条1項2文)。相手方の地位を不安定にし、法律関係の混乱を招きやすいからである。したがって、相手方の受働債権の存在を争いつつ、もし存在するのであれば相殺するという意思表示も許されるべきでない(相殺の効果は相殺適状に達した時点に遡るので、相手方の債権が確定してから相殺の意思表示をしても間に合う)。(β)訴訟外の相殺は、相殺の要件を満たしている限り、相殺の意思表示をした時に確定的に効果が発生する。ただし、実際には存在しない受働債権について、その債務者がその存在を誤信して相殺の意思表示をした場合には、その相殺は無効とすべきであり、自働債権はその相殺によっては消滅しない。

訴訟上の相殺  他方、(α)訴訟上の相殺にあっては、当該訴訟において権利関係の確定が図られるので、原告の訴求債権を争いつつ、予備的に相殺の抗弁を提出することも許される。また、(β)訴訟上の相殺は、「相殺の意思表示がされたことにより確定的にその効果を生ずるものではなく、当該訴訟において裁判所により相殺の判断がされることを条件として実体法上の相殺の効果が生ずるものである」(最高裁判所平成10年4月30日第1小法廷判決(平成5年(オ)第789号))。

したがって、時機に後れた攻撃防御方法として却下されるような時期に相殺の抗弁を提出する場合に、(1)訴訟上の相殺の抗弁として提出しても実害はない(抗弁が却下されるだけであり、反対債権の訴求は許される)。他方、 (2) 訴訟外で相殺をした上で、その事実を抗弁として主張する場合には、時機に後れた抗弁として却下されるにもかかわらず、実体法上は、相殺による反対債権の消滅の効果が残ることになる[20]。

訴訟外相殺の取扱い
114条2項との関係では、訴訟上相殺と訴訟外相殺とを同列にあつかってよい。

 ()被告が訴訟外での相殺を主張して請求棄却判決を求めた場合に、裁判所が被告の反対債権の存在を否定して請求を認容したとき、あるいは、相殺を認めて請求を棄却したとき  これを弁済の抗弁の場合と同様に扱うのが伝統的な見解であると思われるが、114条2項の適用を肯定する説も有力になってきている(相殺を理由に請求を棄却した場合について[松本*2000a]197頁)。肯定してよいであろう。なぜなら、債権者が受働債権を訴求しているのであるから、債務者は再度受働債権の存否を確認すべきである。(α) その存在を認めた上で相殺の主張を維持するのであれば、後になって受働債権が相殺の意思表示前に不存在であったことを理由として相殺の無効と自働債権の存在を主張することを許すべきではない。(β)他方、受働債権の不存在に気付いたのであれば、その時点で訴訟外の相殺を撤回して、訴訟上相殺(条件付相殺)に切り替えることを認めてよい。相殺の相手方である原告は、相殺の効果を争っているのであるから、訴訟外での相殺の撤回を認めても彼の地位を不安定にすることにならない。
 ()金銭給付請求訴訟において、「原告は訴訟外において訴求債権を自働債権として相殺の意思表示をしており、原告の訴求債権はすでに消滅している」と被告が主張し、これが認められて請求棄却判決が下されたとき  [中野*2001a5]160頁は、この場合に被告の受働債権の消滅に既判力が生ずることを肯定する。

上記の(a)の場合を弁済の抗弁の場合と比較しておこう。裁判所が、判決理由中で、原告の訴求債権が(訴訟外相殺の抗弁がなされた場合については、相殺前に)存在していたことを認めたことを前提とする。被告の訴訟外相殺の抗弁あるいは任意弁済の抗弁が認められた場合と、認められなかった場合に分ける。前訴判決確定後に被告が訴求債権の不存在を主張して、反対債権の支払あるいは任意弁済金の不当利得返還請求の後訴を提起したら、どうなるかが問題になる。
判決 訴訟外相殺 弁済(ここでは、提訴前の任意弁済を想定する)
被告の主張が認められた場合 請求棄却 反対債権の不存在(相殺による消滅)の判断に既判力が生ずる。その限りで、訴求債権が相殺前に存在していたことについての原告の利益も確実に保護される。 主文の判断は、「請求を棄却する」すなわち「口頭弁論終結時に訴求債権は存在しない」である。「訴求債権は発生していたが、被告が特定の日にした弁済により消滅した」との理由中の判断には既判力が生じないことを前提にすると、被告が後訴において「前訴の訴求債権は当初から存在していなかった(発生していなかった)」と主張することを妨げられない。したがって、「被告が特定の日にした弁済の前には訴求債権が存在していた」との理由中の判断により認められた原告の利益は、後に否定される可能性がある。
被告の主張が認められなかった場合 請求認容 反対債権の不存在の判断に既判力が生ずる。被告は反対債権の支払請求をなし得ないので、訴求債権が存在していたことについての原告の利益も確実に保護される。 被告が訴求債権の不存在を主張することは、既判力により妨げられる。しかし、前訴判決における「弁済がなされていない」との判断は理由中の判断であり、既判力は生じない。これを前提にして、原告が強制執行により訴求債権を取立てた場合に、被告からみると、強制執行による取立てとそれ以前の任意弁済の二重給付を受けたことになるので、不当利得返還請求をすることができるかが問題になる。前訴被告は、前訴の訴求債権が存在しないにもかわらず強制執行により取て立がなされたことを理由とする不当利得返還請求をなし得ないことは明らかであるが、提訴前の任意弁済に係る不当利得の返還請求もなし得なくなるとの結論は、必ずしも明白でない(その結論が支持されるべきであろうが、追加的な説明が必要になろう)。

相殺の抗弁の位置付け
相殺の判断に既判力が生ずることおよび重複訴訟禁止規定の類推適用を肯定することの説明として、相殺が訴求債権とは別個独立の反対債権[19]の主張を基礎とするものであることに着目して、相殺の抗弁は実質的には反対債権についての反訴の提起と類似するとの説明もよくなされている([伊藤*民訴v4.1]525頁など)。この説明を誤りと言うつもりはないが[15]、この講義では、相殺の抗弁は基本的に防御方法であるとの視点から説明する[17]。ここで、反訴と防御方法との違いを確認しておくことにしよう。

 
通常の防御方法
相殺の抗弁
反訴
既判力 生じない。 114条2項により生ずる。 114条1項により生ずる。
重複訴訟禁止規定(142条)の適用の有無 適用なし。 類推適用あり。 適用あり。

本訴との関連性

  必要ない 本訴請求または防御方法との関連性が必要である(146条1項本文)
時期的制限 156条・157条に服する(訴訟の完結を遅延させることになるときは却下されうる)。 同左。ただし、控訴審で初めて相殺の抗弁を提出することについては、相殺の抗弁についての判断は既判力が生ずるから慎重な判断が必要であることを考慮して、時機に後れた防御方法とされることがある(東京高裁 平成13年12月19日 判決 146条1項2号の制限に服する(著しく訴訟手続を遅滞させる場合には許されない)。控訴審では、さらに相手方の同意が必要(300条)。
取下げ・撤回の制限 制限なし。 同左 原則として相手方の同意が必要。ただし、261条2項ただし書に例外あり。
申立手数料 不要 同左 原則として必要
主張された権利を認める確定判決がある場合の取扱い 確定判決により確実になっている権利を防御方法として主張することは許される。 同左 原則として許されない(反訴も訴えの利益に関する一般原則に服す。訴えの利益は、時効中断の必要がある場合は別として、原則として否定される)。

6.3 訴訟物の範囲

114条1項の既判力は、訴訟物たる権利関係についての判断に生じ、訴訟物となっていない権利関係についての判断には及ばない。その意味で、既判力の客観的範囲は、訴訟物の範囲と同じである。訴訟物の範囲の画定方法については前述のように争いがあるが、ここでは、判例が採用する実体法説を前提にしつつ、幾つかの留意点を説明しておこう。

賃貸家屋の明渡請求
賃貸借契約の終了時に賃借人が目的物を賃貸人に返還することは、賃貸借契約の内容の一つである。この契約上の義務の履行請求権が主張されている場合に、それは賃貸借契約の終了事由により異なるものではない(他方、契約終了による明渡請求権(債権的請求権)と、占有者に対する所有権に基づく明渡請求権とは区別される)。終了事由としては、次のことが考えられるが、いずれが主張されても訴訟物の差異をもたらさない。賃貸家屋の明渡請求において、一つの終了事由を主張して敗訴すれば、その既判力により、他の終了事由の主張も遮断される(標準時前に他の終了事由が存在したことを主張して明渡を請求することは許されない[31])。
ただし、 売買契約の解除による代金の返還請求権については、最高裁判所 昭和32年12月24日 第3小法廷 判決(昭和29年(オ)第902号)が、次のように判示していることに注意が必要である:「契約の一部履行があつた後、合意解約がなされた場合には、民法703条以下による不当利得返還義務の発生するのは格別、当然には民法545条所定の原状回復義務が発生するものではない」。これを前提にすると、合意解除を理由とする代金返還請求権の主張と法定解除を理由とする代金返還請求権(民法545条の原状回復請求権)の主張とは、別個の訴訟物になろう。ただ、これと賃貸借契約の終了による明渡請求の場合とは別個に扱ってよいであろう。

単独所有権の主張と共有持分
所有権確認請求の訴訟物は、共有持分権確認請求も包含する。裁判所は、前者の請求の一部認容として共有持分権確認判決をすることができる。その反面、所有権確認請求棄却判決の既判力は、共有持分権確認請求訴訟にも及ぶ。最高裁判所 平成9年3月14日 第2小法廷 判決(平成5年(オ)第921号)・判例タイムズ937号104頁:ある不動産について、XとYの二人の共同相続人が相互に単独所有権を主張したが、裁判所は被相続人の遺産に属すると判断し、Xの所有権確認請求を棄却するとともにYの明渡反訴請求を棄却する判決が確定した;その後の遺産分割手続において、Yが単独所有権を主張したため、Xが共有持分権を主張して所有権一部移転登記手続を請求した;この場合であっても、Xの共有持分権の主張は、前訴判決の既判力により許されない(補足意見と反対意見あり)。

明示の一部請求
明示の一部請求の場合には、既判力は、原則として、訴求部分にのみ生じ、残部には及ばないとするのが判例・多数説である。したがって、当事者は、現在提出できる訴訟資料と訴求金額とを考慮して、それに見合った労力を訴訟に投入することができる。もっとも、これは一応の原則であり、次の(b1)から明らかなように、原告は、全部請求の場合と同様の労力を投入することが必要な場合がある。

請求認容の場合  黙示の一部請求の場合には残額請求は既判力の双面性により遮断されるが、明示の一部請求の場合には遮断されないとするのが判例である(最判 昭和37年8月10日・民集第16巻8号1720頁)。明示の一部請求であれば、被告は後訴で残額を請求されることを予期でき、現在の訴訟で残部請求に関する紛争を解決したければ、残部について債務不存在確認請求の反訴を提起することができるからである。

請求棄却の場合  訴訟物は訴求部分に限定されるとの公式を前提にすると、明示的一部請求を棄却する判決により残部の不存在も確定されるとすることはできない。
  (b1)しかし、訴求部分を他から区別する指標が存在しない場合には、裁判所は、債権がまったく存在しないことを確認してから棄却しなければならない(弁済期未到来を理由に棄却する場合は、除外する)。そこで、最高裁判所平成10年6月12日第2小法廷判決(平成9年(オ)第849号)は、残部請求には前訴判決の既判力は及ばないことを前提にしつつ、次のように判示した: 「判決が確定した後に原告が残部請求の訴えを提起することは、実質的には前訴で認められなかった請求及び主張を蒸し返すものであり、前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである。以上の点に照らすと、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されない」。
 (b2)上記(b1)で述べたことは、一部請求の一部が認容され残部が棄却された場合にも妥当する。
 (b3)損害賠償請求においては、損害の費目をもって賠償請求権を一部を特定することが可能である。この場合の一部請求について、一部認容・残部棄却判決が確定しても、他の費目の損害の賠償請求が前訴判決の既判力により遮断されることはない(最高裁判所 平成20年7月10日 第1小法廷 判決(平成19年(受)第1985号))。前訴において一部請求が全部棄却された場合に、棄却の理由が他の費目の損害の賠償請求にも共通する場合(例えば、被告の過失の否定や違法性の欠如等である場合)には、紛争蒸返しの禁止法理が適用される場合があろう。

明示の一部請求と相殺の抗弁
設例1  例えば、損害賠償請求訴訟の原告が5000万円の賠償金を得ることを望みつつも、確実な勝訴の見込みがあるのは2000万円であると考えて一部請求の訴えを提起したのに対し、被告が1000万円の反対債権を主張して、相殺の抗弁を提出し、両者の主張がともに認められるときに、裁判所は、どのように判決すべきであろうか。次の3つの見解が対立している。
  1. 外側説  裁判所はまず原告の主張する債権の全体の額を確定し、不訴求部分(外側)からまず相殺をなし、反対債権に余剰があれば、訴求部分(内側)と相殺すべきである。前述の例では、原告の債権の総額が5000万円であると認定されれば、被告の反対債権1000万円は外側と相殺され、原告の請求金額は残額4000万円の範囲内であるので、2000万円の支払を命ずる判決が下される。
  2. 内側説  裁判所は、まず訴求部分と相殺をすべきであるとする見解。設例では、原告の訴求部分(2000万円)と被告の反対債権(1000万円)とが対当額で相殺されるので、請求は1000万円の範囲で認容され、残部(相殺された1000万円部分)は棄却される。
  3. 按分説  反対債権を訴求部分と不訴求部分とに按分し、訴求額とこれに按分された額とが対当額で相殺されるとする見解。前述の設例では、訴求額と相殺されるのは、1000万円の4割に相当する400万円であるから、認容されるのは2000万円のうちの1600万円のみである。

判例は、外側説であり(最高裁判所 平成6年11月22日 第3小法廷 判決(平成2年(オ)第1146号)民集48巻7号1355頁)、これが正当である([中野*2001a4]104頁以下参照)。この場合に、114条2項により既判力が生ずる部分がどの範囲かは、規定の文言からは必ずしも明瞭ではないが、次のように解される。
外側説に従えば、反対債権の全部が外側と相殺されるので、相殺による消滅の判断に既判力が生ずることはない。訴求債権2000万円の存在の判断(主文中の判断)に既判力が生ずるだけである。

設例2  上記の例で、被告が3500万円の反対債権を主張して、相殺の抗弁を提出し、裁判所が反対債権全額の存在を認める場合はどうか。
  1. 外側説  原告の債権の総額が5000万円であると認定されれば、被告の反対債権のうち3000万円がまず外側との相殺に供され、500万円が内側との相殺に供されので、原告の債権は1500万円だけとなり、その金額で認容され、その余(500万円部分)が棄却される。
  2. 内側説  原告の訴求部分(2000万円)と被告の反対債権(3500万円)とが対当額で相殺されるので、請求は棄却される。
  3. 按分説  訴求額と相殺されるのは、3500万円の4割に相当する1400万円であるから、認容されるのは2000万円のうちの600万円のみであり、その余は棄却される。

外側説に従えば、訴求債権のうちの1500万円部分が存在するとの判断(主文中の一部認容の判断)、相殺の結果、訴求債権のうちの500万円部分が不存在であるとの判断(主文中の一部棄却の判断)及び反対債権のうちの500万円部分が不存在であるとの判断(理由中の判断)に既判力が生ずる。

以下では、もう少し複雑な事例について、外側説に従うとどのように処理されるかを説明しておこう。
設例3  原告が1000万円の債権を主張し、そのうちの600万円を請求し、裁判所が認定した訴求債権額(全部の金額)は800万円であるとしよう([中野*2001a4]105頁以下、130頁以下参照)。 注:既判力の欄の○は、不存在の判断に既判力が生ずることを意味する。◎は、存在の判断に既判力が生ずることを意味する。

上記の場合に、訴求債権の外側と相殺された部分(表の×印のある部分)については114条2項の直接の適用がないとはいえ、被告が後にその部分を訴求することができるかは微妙である。なぜなら、一部請求の一部しか認容されなかった場合に、債権者(原告)が残部(表の×印のある部分)を請求することは特段の事情のない限り信義則に反するとされる;それとのバランス上、被告が訴求債権の外側部分(裁判所の認定額−原告請求金額=200万円)は当初から存在しなかったと主張して、この部分に対当させた反対債権を請求することも信義則に反すると評価される可能性があるからである。

設例4  設例3において、
外側説に対しては、相殺により消滅した外側部分について既判力が生じないから紛争解決機能が弱くなるとの批判が内側説からなされている([松本*2000a]201頁以下・205頁)。

6.4 口頭弁論終結時より後に顕在化した損害増加・損害減少

議論の前提
例えば、交通事故の損害賠償請求訴訟においては、「当該事故により原告が身体に障害を受け、その治療のためにA病院において1ヶ月の入院と3ヶ月の通院を要した」との事実は、「請求を特定するのに必要な事実」(民訴規53条1項)の一部である([最高裁*1997b]137頁以下)。請求の特定要素としての損害は、このような具体的な形で主張されるべきであり、「当該事故により傷害を負った」という抽象的な形で主張されるべきではない。

このことを前提にしつつも、ある不法行為による損害賠償請求の訴訟物の中にその不法行為により生じた損害の全体が包摂されると考えるべきである。例:
  1. 同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害と精神上の損害とは、原因事実および被侵害利益を共通にするものであるから、その賠償の請求権は一個であり、その両者の賠償を訴訟上あわせて請求する場合にも、訴訟物は一個である(最高裁判所 昭和48年4月5日 第1小法廷 判決(昭和43年(オ)第943号))。
  2. 一つの事故により、例えば被害者が足と頭を負傷した場合に、それぞれの負傷により生じた損害の賠償請求は、別個の訴訟物を構成するのではなく、一つの訴訟物を構成する。もし、反対に解すれば、負傷による慰謝料請求なども身体の各部位ごとに慰謝料額を主張すべきことになり、現実的ではない。

もっとも、明示の一部請求が許されている以上、特定の損害をもって一部請求することは許され(損害項目(費目)による一部請求)。ただし前記bの場合に、足の部分の損害と頭の部分の損害とを分離して損害額を算定することは非常に困難であろう。そのような場合には、損害を受けた身体部位を特定し、その部位についての損害のみの請求(明示の一部請求)をすることは許されないと考えるべきである。

損害増加の場合
ある事故から生じた損害の賠償に関する紛争が示談で解決される場合、加害者は、これで紛争が全面的に解決され、それ以上の賠償請求を受けることがないことを期待する。その期待を確実にするために、示談に際して、「被害者はその余の権利を放棄し、追加の請求をしないものとする」という趣旨の条項が置かれるのが通常である。

紛争が判決により解決される場合でも事情は同じである。被告は、追加請求のないことを期待し、一部請求であることが明示されているために追加請求の余地があるのであれば、被告は、必要に応じて残部債務の不存在確認の反訴を提起することになる。

しかし、口頭弁論終結時に予見できないような損害についてまで、加害者が紛争解決を期待することは正当でない(その期待を保護することは、損害を予見できない被害者との関係で、不公平である)。予見が困難な損害あるいは予見することを期待するのが適当でない損害についても同様である[33]。このような損害は、口頭弁論終結時に具体的に主張・立証することができない損害であるため、明示的留保がなくても、追加請求が許されるべきである。その法的説明については種々の議論があるが(前訴請求は一部請求であったとの説明、あるいは遮断効が制限されるとの構成がある)、ともあれ、明示の留保がなくても追加請求が許されるべき損害として、次のものがある。

 (過去の不法行為に起因する後遺症損害が口頭弁論終結後に顕在化した場合  被害者は、後遺症による損害が顕在化した時点で、追加請求することができる(最判 昭和42年7月18日 民集21巻6号1559頁)[14]。 この場合には、前訴において、すでに顕在化している損害に限定しての一部請求であり、顕在化していない後遺症損害については請求を留保することが明示されていなくても、顕在化していない後遺症による損害は、前訴の訴訟物には含まれず、したがって前訴判決の既判力により遮断されないと説明される。

 訴訟物の特定責任の視点から、敷衍しておこう。貸金請求訴訟の訴訟物となる債権については、債権者は1個の債権の全容を把握することが容易であり、把握しているべきである。このことを前提にして、黙示の一部請求の場合には、訴訟物たる債権は認容額だけ存在し、かつそれ以上には存在しないことが既判力をもって確定されるので、残部の追加請求は許されないと説明される。他方、事故による損害賠償請求においては、被害者が損害の全容を把握することが容易であるとは言えない。とりわけ、身体の障害による損害の場合には、損害の把握のためには症状の安定が必要であり、症状が安定してから初めて賠償請求がなされることが多い。 しかし、被害者がある程度時間をかけて損害の全容の把握に努めた上で損害賠償請求の訴えを提起した場合であっても、口頭弁論終結後に、それまで予期することができなかった後遺障害が発生あるいは判明する場合もある;この損害は、前訴において訴求することを期待できない損害であるから、前訴の訴訟物には含まれていないと構成することができ、その理由によりこれについては追加請求が許される。 このような説明を「一部請求構成」と言うことにする。

 (継続的不法行為により将来生ずる損害の賠償請求訴訟において予見できなかった著しい事情変更により増加した損害  例えば、土地の不法占拠を理由とする損害賠償請求訴訟にあっては、現在の状況が続くことを前提にして単位期間あたりの損害額を定め、明渡しに至るまでの賠償が命じられる。明渡しが遅延したため、地価の上昇等により期間あたりの損害額が増大した場合に、原告がその増大額の追加請求をすることができるかを考えてみよう。 (α)将来発生する損害の賠償請求の訴えを将来給付の訴えの一種として許す場合には、口頭弁論終結時において将来の事実を予見して、予見された事実を基礎にして賠償請求権の発生及び損害額を算定することになる。 したがって、予見された事実とは異なった事実が発生した場合には、債務者からの請求異議の訴えあるいは債権者からの追加請求による調整が必要となるが、それを広く許したのでは紛争解決機能が低下する。(β)そこで、損害賠償請求権の発生・消滅あるいは損害額の算定の基礎となるべき事実を現在において予見することが困難な場合、あるいは予見して給付判決をした上でその修正を後の訴訟に委ねることが適切でない場合(特に債務者に請求異議の訴えの提起により是正させることが不公平であると評価される場合)には、将来発生する賠償請求権の将来給付の訴えは許すべきではない(最高裁判所 昭和56年12月16日 大法廷 判決(昭和51年(オ)第395号)参照)。(γ)その反面で、将来発生する損害賠償請求権の判断の基礎となる事実を現在において比較的確実に予見することができる場合には、その請求権について将来給付の訴えを提起することを許してよいことになるが、紛争解決機能の確保のために、口頭弁論終結後に新たに生じた事実であっても、口頭弁論終結時に予見可能な範囲内のものを主張することは遮断されるとしなければならない(遮断効の時的範囲の拡大)。 (δ)他方で、予見可能な範囲を超える新事実の主張まで遮断したのでは、将来が現在になったときに判明した現実損害と過去の判決で給付を命じられた損害額との乖離が著しい場合に、正義に反する結果になるので、その新事実の主張は遮断されないとして、賠償されるべき金額を後の訴訟で変更することができるとする必要がある(そうすることは、将来給付の訴えが許される場合を予測可能な損害に限定した趣旨に反するものではない)。

 上記の判断枠組みのうちの最後の段階(δ)をどのような法律構成で処理するかが問題になる。最判昭和61.7.17民集40-5-941頁は、そのような損害(損害の増加部分)は、前訴の請求から除外されていると見るべきであると説明した(一部請求構成)。

しかし、(b)の顕著な事情変更による追加損害については、一部請求構成が唯一の説明方法というわけではない。前訴の訴訟物の範囲内ではあるが、口頭弁論終結時に予測が困難な顕著な事情変更であるために、その事情変更は、将来給付判決の既判力によって遮断されないと構成することも可能である。このような説明を「遮断効制限構成」と言うことにする。(b)の場合に関する限り、後述のように、事実審の口頭弁論終結後の事由により被告が賠償すべき損害が著しく減少した場合に、損害額の減少の主張を債務者に許すのであれば、それとの統一的な法律構成という意味で、遮断効制限構成の方がよいであろう。

法律構成の統一という視点からは、(a)の場合についても遮断効制限構成を採用することにも一理ある。そうすることにより、(a)の場合と(b)の場合とが統一的に構成される。しかし、事実審の口頭弁論直前になって後遺障害が顕在化した場合に、その後遺障害による損害の賠償もその訴訟で請求させるのがよいかは問題であろう。原告(被害者)が審理済の損害について迅速に賠償金を得ることが必要な場合もあろうし、裁判所としても、口頭弁論終結の直前に顕在化した損害については、別訴で審理裁判がなされることが好ましいと考える場合もあろう。 そうであるとすると、一部請求において、請求される債権の範囲を金額ではなく損害項目(身体的損害の場合には、傷害の結果生じた身体的障害ないし機能不全)によって特定することも許容すべきである(もちろん、請求範囲に含まれていない後遺症損害が口頭弁論終結前に明らかになった場合には、原告は、それを除外した一部請求であることを明示すべきである)。 そして、一部請求範囲の特定に関するこれら2つの特定方法の違いは、次のような違いをもたらす: 債権者が金額をもって一部請求をしている場合には、債務者は、残余部分について債務不存在確認の訴えを提起することができるのが原則である;他方、賠償されるべき損害範囲を特定して一部請求がされている場合には、債権者が残余の損害を特定して主張をすることの現実的可能性を有するのでない限り、債務者は残余損害について債務不存在確認の訴えを提起することができないと解すべきである。以上のことを前提にすると、最判 昭和42年が採用した一部請求構成も是認することができる。

損害減少
口頭弁論終結時に予測できない顕著な事情変更により損害額が減少した場合に、賠償額の減額を許容することは、前述の一部請求の法理では説明できない。口頭弁論終結後に生じた事由は、既判力により遮断されないとの理論を持ち出さざるを得ない(民執法35条2項参照)。ただ、継続的不法行為による将来の損害については、賠償請求権の発生あるいは内容を決定するほとんどの事実は口頭弁論終結後のものであるから、上記の理論のままでは判決による紛争解決機能が低下することになる。したがって、ここでも、口頭弁論終結前には予見しがたい著しい事情変更による減少の主張のみが既判力により遮断されないとすべきである。 この場合には、賠償義務者は、請求異議訴訟により、減少額分だけ前訴判決の執行力を除去することができるとすべきである(請求異議が認容される場合には判決主文で、≪前訴の給付判決による強制執行を一部許さない≫旨が宣言されるので、前訴判決との関係が明瞭である)[53]。

介護費用  現時点において最適な例というわけではないが、上記のことを、交通事故の被害者が事故後に別の原因により死亡した場合の介護費用についてみてみよう。この場合に、(α)訴訟係属中に死亡したときは、死亡後の期間について要したであろう介護費用を右交通事故による損害として請求することはできないとする先例がある(最高裁判所 平成11年12月20日 第1法廷 判決(平成10年(オ)第583号))。最高裁は、この結論の理由付けのなかで、この場合に被害者の死亡後の介護費用まで加害者に負担させることは衡平の理念に反することを指摘した後で、次のように述べている:「交通事故による損害賠償請求訴訟において一時金賠償方式を採る場合には、損害は交通事故の時に一定の内容のものとして発生したと観念され、交通事故後に生じた事由によって損害の内容に消長を来さないものとされるのであるが、右のように衡平性の裏付けが欠ける場合にまで、このような法的な擬制を及ぼすことは相当ではない」。(β)では、将来の介護費用も含めて一括賠償を命ずる判決が確定した場合には、どうなるか。 法廷意見はこの点に言及していないが、井嶋一友裁判官の補足意見が次のように説示している:「事実審の口頭弁論終結後に至って被害者が死亡した場合には、確定判決により給付を命じられた将来の介護費用の支払義務は当然に消滅するものではない」; しかし、「私は、少なくとも、長期にわたる生存を前提として相当額の介護費用の支払が命じられたのに、被害者が判決確定後間もなく死亡した場合のように、判決の基礎となった事情に変化があり、確定判決の効力を維持することが著しく衡平の理念に反するような事態が生じた場合には、請求異議の訴えにより確定判決に基づく執行力の排除を求めることができ、さらには、不当利得返還の訴えにより既に支払済みの金員の返還を求めることができるものとするのが妥当ではないかと考える」[27]。

定期金賠償を命じた確定判決の変更を求める訴え(117条
一括賠償  交通事故による逸失利益の賠償請求は、過去の不法行為により生じた損害の賠償を求める訴え(現在給付の訴え)であり、将来給付の訴えではない。しかし、逸失利益の額は、被害者が将来得るであろう労働収入を予測して算定するのであり、請求権の内容が将来の諸事情に依存するという点では、継続的不法行為により将来生ずる損害の賠償請求の場合と共通する。将来が現在になり、口頭弁論終結時における予測額が現実の額よりも小さいことが判明したときに、追加請求を許すべきか否かが問題となる。逸失利益の一括支払を命ずる場合には、この追加請求は許されないと考えられている。口頭弁論終結時に相当の精度で予測が可能であること、判決に続く賠償金の支払により紛争を解決済みにして、当事者(特に債務者)が今後の行動計画を立てやすくなるようにするためである。 将来の事情に依存する逸失利益等の算定が不相当であることが後に判明しても、賠償金の支払により解決された問題は、解決済みであるとされる。

定期金賠償 しかし、賠償金の一括支払を命ずることが、被害者の損害回復にとって最善であるとは限らないので、定期金賠償を命ずる判決も許されるものとされている(117条1項参照)。定期金賠償となると、現に支払が続けられている限り、完全に解決済みというわけではなく、むしろ口頭弁論終結時の資料に基づいて算定した損害額の不相当性が強く意識されることになる。そこで、定期金賠償の場合には、変更の訴えが用意された(117条)。ただし、当初の判決の紛争解決機能も一定範囲で維持する必要があるので、「口頭弁論終結後に、後遺障害の程度、賃金水準その他の損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合」にのみ許される。

将来生ずる損害の賠償を命ずる判決への類推適用の可否  現行法が将来生ずる損害(典型的には継続的不法行為により将来生ずる損害)の賠償を命ずる判決を117条から排除しており、判例が将来損害の追加請求を一部請求の問題として構成していることは、認めなければならない。ただ、それでも、117条が判決の変更を許す基準は、継続的不法行為による将来の損害の賠償請求に関する増加損害の追加請求あるいは損害の減少分についての請求異議の訴えにも、概ね妥当することは認めてよい。そこから更に進んで、117条を将来損害の賠償を命ずる判決に類推適用することを認めるか否かが問題となるが、ここでは未解決の問題にしておこう。

整理──追加請求が許される場合
判例によれば、口頭弁論終結後に顕在化した後遺症による損害などについては、前訴においてそれを除外した一部請求であることが明示されていなくても、それを除外した請求であると推定され、追加請求が許される。説明の論理は、明示の一部請求と共通する。そこで、追加請求が許される場合を列挙しておこう。

練習問題

次の各場合に、第1訴訟の判決の既判力が第2訴訟にどのように作用するかを論じなさい。
  1. XがYに対して1000万円の金銭債権(α債権)の支払請求の訴えを提起したところ、Yが同額の反対債権(β債権)でもって相殺するとの抗弁を提出した。裁判所は、Yの反対債権の不存在を理由に相殺の抗弁を排斥し、請求を認容し、その判決が確定した(第1訴訟)。その後に、YがXに対してβ債権の存在を主張して、1000万円の支払請求の訴えを提起した(第2訴訟)。
  2. XがYに対して1000万円の金銭債権(α債権)の支払請求の訴えを提起したところ、Yがその債権については、訴訟開始前に同額の反対債権(β債権)でもって相殺しており、すでに消滅していると主張した。裁判所は、β債権は存在しなかったことを理由に相殺は無効であると判断し、請求を認容し、その判決が確定した(第1訴訟)。その後に、YがXに対してβ債権の存在を主張して、1000万円の支払請求の訴えを提起した(第2訴訟)。
  3. XがYに対して1000万円の金銭債権(α債権)支払請求の訴えを提起したところ、Yがその債権については、訴訟開始前に弁済済みであると主張し、裁判所はこの主張を認めて請求を棄却し、その判決が確定した。その後に、YがX主張のα債権は当初から存在せず、Yのなした弁済は錯誤に基づくものであると主張して、1000万円の不当利得返還請求の訴えを提起した(第2訴訟)。
  4. Xは、Yに対してある不動産の所有権確認の訴えを提起したが、請求棄却判決が確定した(第1訴訟)。その後にXが同一不動産について、Yとの共有物であると主張して、共有持分権確認の訴えを提起した(第2訴訟)。
  5. 賃貸人Xが賃借人Yに対して第1次的に賃料不払を理由に契約を解除し、第2次的に自己使用の必要があるとして解約申入れをなし、これにより賃貸借契約が終了したとして、建物明渡請求の訴えを提起した。裁判所は、賃料不払の事実を認めず、自己使用のための解約申入れを有効と認めて、正当事由の補完のために1000万円の立退料の支払と引換えにYはその建物をXに明け渡せとの判決を下し、それが確定した(第1訴訟)。Xが1000万円の立退料の調達に苦労している間に、YがXに建物を任意に退去し、YがXに対して立退料1000万円の支払請求の訴えを提起したところ、Xが、前訴の口頭弁論終結前の事由(賃料不払による解除)をもって立退料支払義務の存在を争った(第2訴訟)。

7 その他の拘束力


7.1 争点効

前訴で当事者が主要な争点として争い、かつ、裁判所がこれを審理して理由中で判断を下した場合に、後訴においてその判断に反する主張立証を許さず、これと矛盾する判断を禁止する効力を認めようとする見解があり、その効力は「争点効」と呼ばれている。

判例は、これを否定している(最判昭和44.6.24判時569-48)。そうした主張・立証を禁ずる必要がある場合には、事案の具体的事情を考慮して、信義則の一つの発現として禁止すれば足りよう。

7.2 信義則による訴えの制限・主張の制限

既判力が作用しない場合であっても、前訴からの手続経過を考慮して、後訴の提起が禁止されあるいは後訴における主張が禁止される場合がいろいろある。それを正当化する理論の代表例は、「訴訟の蒸返しの禁止」と呼ばれるものである。

訴訟の蒸返しの禁止法理
このことを最初に宣明した最高裁先例は、最高裁判所 昭和51年9月30日 第1小法廷 判決(昭和49年(オ)第331号)である。これは、(α)前訴と後訴(本件訴え)は、訴訟物を異にするが、土地の買収処分の無効を前提としてその取戻を目的とするものであり、後訴は、実質的には、前訴のむし返しというべきものであり、前訴において後訴の請求をすることに支障もなかつた場合に、(β)後訴提起時にすでに右買収処分後約20年も経過しており、買収処分に基づく土地の取得者の地位を不当に長く不安定な状態におくことになることを考慮すると、(γ)後訴の提起は信義則に照らして許されないと説示した。

この事件では、(γ)の結論を根拠付ける事由の1つとして、(β)も挙げられたが、その後の先例では、これは重視されなくなった (最高裁判所 昭和52年3月24日 第1小法廷 判決(昭和49年(オ)第163号) )。また、この事件では、後訴の提起が許されないとされたのであるが、その後の先例では、後訴における主張が許されなくなる場合があることも認められた。前掲最判昭和52年3月24日が次のように説示した:後訴の請求又は後訴における主張が前訴のそれのむし返しにすぎない場合には、後訴の請求又は後訴における主張は、信義則に照らして許されない。

その後の先例を挙げておこう。


目次文献略語
1999年12月24日−2019年5月21日