関西大学法学部教授 栗田 隆

民事訴訟法講義「判決の効力2」の注


注1 既判力の本質については、次の見解の対立がある。

  1. 実体法説  既判力は、権利既存の観念を前提にして、実体法上の権利・法律関係と判決で示されたそれとが同じである場合にはそれを再確認するものであり、異なる場合には実体法上の権利・法律関係を判決通りに変更するものである。和解についての民法696条参照。
  2. 具体的法規説・権利実在説  判決前の権利が存在すること(権利既存の観念)を否定して、判決により権利が実在化すると考える。
  3. 訴訟法説(拘束力説)  既判力は、後訴裁判所に対して、確定判決と矛盾する判断を禁ずる訴訟法上の効果である。これが通説である。
  4. 新訴訟法説(一時不再理効+拘束力)  紛争解決という訴訟目的を達成するために、紛争の蒸返しを禁止することが既判力の本質であるとし、前後の訴訟の訴訟物が同一関係・矛盾関係にある場合には判決の一事不再理効により訴えは不適法となるのが原則であるとしつつ、前訴の訴訟物たる法律関係が後訴の訴訟物たる権利関係に対して先決関係にある場合には、判断の拘束力が作用するとする見解([松本=上野*民訴法v2]402頁以下)。

ドイツの学説史を追跡した最近の文献として、[渡部*1999a](1)、[松本=鶴田=福本*2002a]=松本博之=鶴田滋=福本知行訳「(ハンス・フリードリッヒ・ガウル著)サヴィニー以後の既判力理論の展開と現状(1−4・完)」大阪市大法学雑誌49巻1号(2002年)133頁-162頁、2号366頁-392頁、3号586頁-615頁、4号(2003年)898頁-927頁参照。

注2 請求棄却判決については、どのような判断に既判力を認めるかは、難しい問題である。

X−−(代金支払請求)−−>Y
売主             買主

売買

売買の目的物の引渡

代金支払の訴え

事実審の口頭弁論終結=既判力の標準時

原告敗訴判決確定

)左の図の例において、判決理由としては、次の2つが考えられる。
  1. 代金債務の不存在
  2. 履行期未到来

1の理由で棄却された場合に、売主は、敗訴の真の理由は2であるとして、履行期の到来を理由に代金を請求することができるか。 

2の理由で棄却された場合に、売主の再訴において、買主は代金債務が前訴判決の既判力の標準時に消滅していたことを主張することができるか。

)XがYに対して所有権に基づき特定物(動産)の引渡請求権を有すると主張して訴えを提起し、請求認容判決が確定した後で、強制執行の不奏効のために、XがYに対して代償請求の訴えを提起する場合に、前訴判決の既判力ある判断がどのように作用するかは明瞭である。

しかし、第1訴訟において請求が棄却された場合に、その判決の既判力ある判断が第2訴訟においてどのように作用するかについては、請求棄却の理由を考慮すべきか否かが問題になる。請求棄却の理由として、次の2つが考えられる。

  1. YはXに対して引渡義務を負っていない。 例えば、所有者はYであるから。
  2. YはXに対して引渡義務を負っていたが、目的物はYの過失ある行為により滅失しているので、口頭弁論終結時には引渡義務を負っていない。

請求棄却判決確定後にXがYに対して代償請求の訴えを提起した場合に、前訴判決の既判力ある判断はどのように作用するか。

注3 見解が分かれる場合を幾つかあげておこう。

注4 積極的作用と消極的作用という名称は、あたかも、一つの盾の両面という印象を与える。しかし、両者の内容をみれば、積極的作用は既判力の定義(既判力ある判断の拘束力)の言い換えであり、消極作用は積極的作用から導かれる副命題と言うべきであろう。

「既判力の消極的作用(ないし機能)」の観念は、上記とは異なる意味で使われることもある。例えば、古い時代には、「ひとたび判決された訴えは、もはや改めて提起できない」(一事不再理)という意味で使われたこともある([松本=鶴田=福本*2002a](1)157頁参照)。

注5 このような体系構成も可能であるが、伝統的な構成から離れる実益は見出しがたい。この見解は、次の点で伝統的な体系構成から離れている。

  1. 既判力の消極的作用の拡張  消極的作用は、伝統的見解では、攻撃防御方法の提出の適法性の問題として扱われているが、この見解では訴えの適法性の領域にも拡張されている。
  2. 訴訟要件の分類構成  伝統的な見解では、既判力ある判断と抵触する判決を求める訴えと、同一内容の判断を求める訴えとは、別個の視点からの評価がなされ、後者については、まず、訴えの利益が問題にされる。これに対して、この見解では、いずれも既判力の消極的作用の問題として扱われる。これを前提にして、確定の給付判決を有する原告が時効中断のために確認の訴えを提起する場合には、消極的訴訟要件としての既判力は作用しないとする。
  3. 既判力の標準時と訴訟物の同一性  原告が所有権を主張して不動産の明渡請求の訴えを提起したのに対し、被告が賃借権を主張してこれが認められ、請求棄却判決が確定したとしよう。その後に、再度の明渡しの訴えが提起され、前訴の口頭弁論終結後における賃貸借契約の終了が問題にされた場合、伝統的な見解によれば、訴訟物は同一であり、前訴判決の既判力が及ぶことを前提にして、これは既判力の標準時の問題となる。一事不再理説ではどうだろうか。(α)訴訟物が同一であるとすれば、既判力の消極的作用により訴えは却下されるべきことになるが、この結論は不当であるので、消極的作用の例外を認めるべきことになる。しかし、例外の範囲が多くなりすぎていないだろうか。 (β)新事実が主張されていることを理由に訴訟物が異なるというのであれば、そのような例外を認める必要はなくなる。しかし、所有権に基づく明渡請求訴訟の係属中に、被告が抗弁として前訴判決で認められた賃貸借契約を主張したのに対し、原告が攻撃防御方法のレベルにおいてその終了を主張することにより訴訟物が変更されるとは、通常考えない。
  4. 訴訟物の構成  一事不再理説は、新訴訟物理論(訴訟法説)を次のように批判する。「新訴訟物理論は事実関係を不当に軽視している。金銭や代替物の一定数量の請求では、いずれにせよ新訴訟物理論も事実関係の同一性によって訴訟物を限界づけなければならないにもかかわらず、これを訴訟物から排除しているからである」([松本=上野*1998a]134頁)。しかし、訴訟法説が1回の給付を求める法的地位ないし受給権を訴訟物にしているといっても、権利の発生基盤たる事実関係が異なれば法的地位・受給権も異なるという形で事実関係を考慮しているのであるから、意味のある批判なのか疑問である。請求原因事実を訴訟物の中でどのように位置付けるかについて、一事不再理説と伝統的な見解との間に基本的な視点の相違があるものの、訴訟物の特定のための具体的基準は、新訴訟物理論と大差はないように思われる。ともあれ、[松本=上野*民訴法v2]403頁の小活字の部分は、この点をふまえて読む必要がある。

注6 もちろん、当事者又は訴訟代理人は、口頭弁論の終結間際に生じたことを全部知っているわけではないから、そのすべてを主張できるわけではない。しかし、次の理由により、既判力の標準時を事実審の口頭弁論終結時にしても実際上の不都合は生じない。

注7  本文で、(α)「第1訴訟の口頭弁論終結時にXが所有者ではなかった」との判断に既判力が生ずるとせずに、(β)「第1訴訟の口頭弁論終結時にXが所有者であるとは認められない」という判断に既判力が生ずるとしたのは、裁判所は、原告の主張する権利を肯定する判断に至らなければ、請求を棄却するということを素直に反映しようとしたからである。もちろん、後者の判断から前者の判断を引き出してよい。別の例をあげれば、債務不存在確認請求において、被告(債権者)が債権の存在を証明できなければ、請求は認容され、その主文は、「被告主張の原告に対する債権が存在しないことを確認する」であり、債権不存在の判断に既判力が生ずる。逆に、金銭の支払請求を棄却する判決が確定すると、「原告主張の債権が存在しない」との判断に既判力が生ずる。それ故に、債権者の給付の訴えに対して、債務者は、債務不存在確認の反訴を提起する利益を有しないとされているのである。

注8  次の文献を参照:[渡部*1999a](2)(既判力の客観的範囲の拡張との関係で既判力制度の根拠に関する学説を検討する)。

注9  この信義則による効力を既判力にまで高めることができるかどうかは、一つの問題である。仮に高めるとすれば、その根拠は、次の点に求めることができる:原告は、一部請求金額が認められれば、債権全体の額を確定することなく請求認容判決を下すことを求めているのであるが、裁判所が請求棄却判決をするためには、債権全体が存在しないことを確定しなければならず、原告もそれを前提に判決を求めているのであるから、一部請求棄却判決は、残部債権の不存在の判断を含む。そして、この信義則による効力を既判力にまで高めたうえで、それを明示の一部請求肯定説に組み込むと、次のようになる:(α) 明示の一部請求認容判決は、残部請求権の不存在を確定しないが、(β)一部請求棄却判決は残部請求の不存在をも確定する。この命題は、多くの場合に妥当な結論をもたらそう。しかし、(β)の命題が妥当な結論をもたらさない場合がないとは言い切れない。当分は信義則により柔軟に処理するのがよいであろう。

注10  微調整といいつつも、実のところその言葉から受ける印象を超えた調整がなされることもある。そこで、「既判力=制度効という呪縛からはそろそろ脱却してよいのではないかとの誘惑を禁じ得ない」([池田*1996a11]231頁)ことになる。

注11  重要なことは、判決による紛争解決・権利救済の範囲の原則部分について明確性と一般性をできるだけ大きくし、他方で、原則では処理できない例外部分の存在を認めつつそれが肥大化しないように注意することである。この講義では、その方向で努力する。

注12  解除権について[池田*1996a11]参照。その基本的な発想は提証責任説に近いが、提出責任について「ミクロの利益衡量」を行っている点に特徴がある(219頁、229頁以下)。要点を記しておこう:

さらに、さしあたり行使する必要のない解除権について、解除権行使の留保を判決において明確にして、争点を減少させるという実務運用を提案する(同前233頁以下)。

注13  口頭弁論の終結時は、既判力の標準時となりうる重要なものであるので、判決書の必要的記載事項とされている(253条1項4号)。

注14  調停や裁判上の和解により紛争が解決された場合に既判力が生ずるかについては、見解が分かれている。通説は既判力を否定するが、判例は制限的に既判力を肯定する(制限的既判力肯定説)。これを前提にすると、交通事故により受傷した者の慰謝料について調停が成立した後で、その事故が一因となって死亡した場合に、死亡を原因として慰謝料を追加請求することが調停に認められた既判力により禁止されるかが問題となる。最判昭和43.4.11民集22-4-862[百選*1982a]102事件は、次のように述べる:身体侵害を理由とする慰謝料と生命侵害を理由とする慰謝料とは被侵害利益を異にし、調停成立時に死亡が確実に予想され、死亡による慰謝料請求も含めて調停が成立した考えられる場合を除き、生命侵害を理由とする慰謝料請求を請求することは、先になされた調停により妨げられない。

注15  「実質的」「類似する」の限定句がある限り、この説明を誤りということはできない。重要なことは、防御方法と反訴の相違点を正しく理解することであり、その上で、相殺の抗弁がどちらに近いと見るかを自分なりに考えることである。

注16  例えば、[伊藤*民訴v3]480頁以下は、b,cをあげ、[中野=松浦=鈴木*2004a]448頁以下(高橋宏志)は、a,cなどをあげる。

他方、[中野*2001a5]151頁以下は、伝統的な説明の敷衍として前述の論拠bを挙げるにとどまる。

注17  [高橋*重点講義・上v2.1]150頁注35参照。最高裁判所平成10年6月30日第3小法廷判決(平成6年(オ)第698号)は、相殺の抗弁の防御手段としての機能を強調し、XのYに対する金銭給付訴訟において、YがXに対する別訴で一部請求している債権の残部を反対債権として相殺の抗弁を提出することは許されるとした。

注18  もっとも、この結論は、あまり落ち着きは良くない。債務者が債権の存在を争いつつ弁済する場合には、債権者はその受領を拒絶できるのが原則である。そうでなければ、債権者の地位が不安定になるからである(債務者が債務の不存在について悪意の場合には非債弁済として返還請求できないとする民法705条に注意)。そうだとすれば、訴訟においても、まず訴求債権を審理・判断し、それが肯定される場合に初めて弁済の抗弁を審理・判断すべきであり、弁済により消滅したと理由中で判断された場合には、当該訴求債権は当初から存在しなかったという理由による弁済金の不当利得返還請求は許されないとして、債権者の地位の安定を図るのが本来である。しかし、訴訟では、審理・判断しやすい攻撃・防御方法を優先的に取り上げて訴訟を迅速に終了させたいという要請があり、これが前記の債権者の地位の安定の要請に優先するとされている。これを前提にする限り、不当利得返還請求権の主張を114条2項の類推適用により排斥することはできない。信義則により許されないとすべきかは迷うところであるが、審理・判断が前述のようになされた場合については、不当利得返還請求権の主張は信義則により許されないとする余地を認めてよいであろう。

他の場合についても見ておこう。弁済の抗弁が認められずに請求が認容された場合には、訴求債権は口頭弁論終結時に存在したという判断に既判力が生じ、この判断と口頭弁論終結前に弁済がなされていたという主張とは矛盾する。したがって、債権者が判決に基づいて強制執行により(債務者から見れば二度目の)満足を得た後で、債務者が最初の弁済金について不当利得返還請求をすることは、認められるべきではない。そうでなければ、最初の弁済金の不当利得返還請求訴訟を通じて紛争の蒸し返しが生ずる。この点の法律構成も、信義則によるのが無難であろう(最初の弁済金の不当利得返還請求権が前訴判決の既判力によって確定された法律関係と直接に矛盾するとは言い切れない)。

注19  原文では「相殺は、訴訟物たる権利とは別個独立の受働債権の主張を基礎とするものであり」となっているが、「受働債権」は「自働債権」誤記であろう。

注20  もっとも、前訴被告が反対債権を訴求した場合に、前訴原告が「反対債権は、前訴判決により認容された訴求債権と裁判外で相殺されていたから消滅している」と主張することができるかは、微妙な問題となろう。なお、前訴原告が前訴で「被告主張の裁判外での相殺は、相殺の要件が満たされていないから無効である」と主張し、裁判所がこれを認めて前訴原告の請求を認容した場合に、反対債権に係る後訴において、前訴原告が一転して反対債権による前記相殺が有効であったと主張することは、通常は、信義則に反すると評価されよう。

注21  第1訴訟で請求が棄却された場合には、議論は若干複雑になる。棄却の理由として、次の3つが考えられる。

  1. α債権が時効以外の理由により存在しないこと
  2. α債権が時効により消滅したこと
  3. α債権は存在するが、弁済期が未到来であること

2の理由による場合には、時効完成前にα債権とβ債権とが相殺適状にあれば、なお相殺は可能である(民法508条)。第1訴訟の判決が2の理由で請求を棄却した場合に、Yは、第2訴訟において債権が当初から発生していなかったことを主張することができるか。

第1訴訟において、Yが第1次的に1の理由で債権の不存在を主張し、予備的に2の理由を主張し、裁判所が1の理由で請求を棄却したところ、Xは、1の理由に不満はあるが、いずれにせよ2の理由により敗訴すると考えて控訴しなかった場合に、第2訴訟において、Xは、α債権が発生していたことを主張して、これとの相殺を主張することができるか。

注22  本文にあげた例で、Xに所有権に基づく引渡請求権があるとの判断と、後訴におけるYの所有権に基づく引渡請求権の主張とは、矛盾する(事案は異なるが、最判平成10年9月10日(平成5年(オ)第1211号、第1212号))の表現を借用して「実質的に矛盾する」と表現することもできよう)。この矛盾関係による第1訴訟の判決の既判力の作用より、第2訴訟の判決の既判力の作用の方が強いと解すべきである。

なお、本文の設例において、第2訴訟がないとした場合に、Yの所有権に基づく引渡請求権は、Yの所有権とXの占有を要件として発生するものであり、かつ、Xが占有を取得したことは、前訴の口頭弁論終結後の事由である。しかし、この理由により前訴判決の既判力ある判断が後訴において作用することを阻止できるとするのは、合理的ではない。

本文の第1訴訟の判決の既判力が第3訴訟に作用することについて、次のように説明するのも一つの方法であろう。所有権に基づく引渡請求権を肯定する判断は、当該引渡請求権にしたがった給付を保持する権限を有するとの判断を含んでいると解してよく、その権限は既判力の標準時後の新事由なしに消滅するものではなく、したがって新事由なしにYが所有権に基づく返還請求権を主張することは許されない。

注23  次の先例がある。

ただし、原告が不動産所有権を主張してそれと相容れない登記の抹消請求をする場合については、登記に実体関係を反映させるためであるから、物権の存否が訴訟物をなすとみる見解もある([兼子*体系]343頁)。また、[松本*2016]52頁は、≪「主文に包含するもの」とは、判決理由から明らかになるべき真の判決内容(その意味内容)≫を意味するとの立場を前提にして、所有権移転登記抹消請求認容判決の真の意味内容は、「原告に不動産の所有権があり、被告にないことの確定にある」から、「原告の所有権の存在、被告の所有権の不存在の判断も判決の主文に包含されている」(53頁)と述べる。

注24  [兼子*体系v3]340頁、[高橋*重点講義・上v2.1]615頁以下など。

注25  [高橋*重点講義・上v2.1]621頁以下(既判力による遮断)、[高橋*概論v1]263頁など。

注26  [中野*2001a5]151頁以下、[高橋*重点講義・上v2.1]638頁以下、[伊藤*民訴v4.1]526頁など。従前少数説を採用していたが、その後に多数説に転じた文献として、[新堂*新民訴v5]699頁がある。

注27  同様な結論は、将来の介護費用は将来生ずる損害と考え、一括賠償を命ずる判決ではその仮払いが命じられているだけであると考えることによっても引き出すことができる(将来損害の仮払い論)。しかし、仮払い論では、紛争解決機能が低下するし、井島裁判官の補足意見も、「確定判決の効力を維持することが著しく衡平の理念に反するような事態が生じた場合」という要件を付しているのであるから、この仮払い論に立っているのではない。

注28  [高橋*重点講義・上v2.1]586頁以下参照。特に800頁以下の諸説の紹介と検討が精密である。

注29  これも広い意味での先決関係ということができるが、ただ、先決関係の概念をこのように広げてくると、概念設定の意味が薄れてくる。本文で前述したように、「既判力は、既判力の生ずる判断の後訴における通用力である。既判力のある判断がなされた法律関係が後訴で問題となっておれば、既判力が作用する」と述べる方が単純である。

注30  「反対債権は存在するとは認められないし、たとえ存在するとしても相殺適状に達しているとは認められない」という理由で相殺の抗弁が排斥された場合には、相殺の抗弁を排斥する第一次的な理由は、反対債権の不存在であるから、その判断に既判力を認めるべきである。

注31  もっとも、判例は、売買契約が一部履行された場合について、法定解除権の行使による原状回復請求権(民法545条)と合意解除の場合に発生することのある不当利得返還請求権とを別個の請求権と解している(最高裁判所 昭和32年12月24日 第3小法廷 判決(昭和29年(オ)第902号))。そのため、賃貸借契約の終了による目的物の返還請求権を契約終了原因にかかわらず一つにまとめることについては問題がないわけではない。しかし、法定解除権の行使による賃貸借契約の終了の場合の目的物の返還請求権と、その他の終了原因による契約終了の場合のそれとで、別個の訴訟物を構成するとするのは、訴訟政策的には妥当とは思われない。契約終了によって生ずる返還請求権として、一本化しておくべきであろう。

注32  証拠は、事実の認定のための資料として重要ではあるが、それ自体は法律関係を決定するものではなく、また偽造文書等が判決の基礎となったことは再審事由とされているが(338条1項6号以下)、そのことを理由に再審手続によらずに既判力のある判決の拘束力から逃れることは認められていない。また、そうした再審事由がない場合に新たに発見された証拠でもって既判力ある判断を争うことは否定されている。

注33  被害者が、損害額が明らかになった時点で追加請求するために、算定困難な損害の請求を留保している場合に、加害者の方からその損害について債務不存在確認を提起することも許されないとすべきであろう。将来において顕在化する損害は、所詮、将来の時点において解決するより仕方がないのである。もちろん、当事者双方が適当な推計額により現在の時点で解決することに合意すれば、現在の時点で解決してしまうことは許される。

注34  期間説を前提にして、例えば、原告が、平成10年3月31日に、その翌日からの賃料を月額20万円とする旨の意思表示(賃料増額の意思表示)をし、「平成10年4月1日から平成15年3月31日までの賃料が月額20万円であることを確認する」との判決を求める訴えを提起したものとしよう。その訴訟係属中に裁判所が次のように判断するものとする。

【ケース1】 平成12年3月31日の増額請求及び平成14年3月31日の減額請求がなされていなければ、裁判所は次のような判決をすることになる。「平成10年4月1日から平成15年3月31日までの賃料が月額18万円であることを確認する。原告のその余の請求を棄却する」。

【ケース2】 ところが、原告が平成12年3月31日に賃料を25万円とする増額請求をし、それが訴訟で主張されておれば、裁判所は次のような判決をすることになる。「平成10年4月1日から平成12年3月31日までの賃料が月額18万円であること、その翌日から平成15年3月31日までの賃料が月額20万円であることを確認する。原告のその余の請求を棄却する」。このケースの判決も、請求の趣旨の範囲内での判決であるので、訴えの変更が必要ない。

【ケース3】 さらに被告が平成14年3月31日に減額請求をし、それが訴訟で主張されておれば、裁判所は次のような判決をすることになる。「平成10年4月1日から平成12年3月31日までの賃料が月額18万円であること、その翌日から平成14年3月31日までの賃料が月額20万円であること、その翌日から平成15年3月31日までの賃料が月額15万円であることを確認する。原告のその余の請求を棄却する」。この裁判も原告の請求に対する裁判であるので、被告からの反訴は必要ない。

注35  次のような場合を想定するとよいだろう。すでに弁済済みのα債権について、債務者Yが、債権者Xの代理人Aの言動に惑わされて、代理人Aに再度弁済をしてしまったが、Aが弁済金をXに引き渡さなかったため、Xがα債権を被保全債権にしてYの財産に対して仮差押えの執行をした;Yが起訴命令を申し立て、その本案訴訟が開始されたが、Yは、仮差押命令の取り消しを早期に得るために、不当利得返還請求の反訴を提起せずにいた;裁判所は、証拠のそろっている第2の弁済の事実を認めて、Xの請求を棄却した。

注36  もちろん、別の説明も可能である。例えば、後遺症が事故後の時の経過の中で顕在化する場合には(後遺症の原因=事故+時間経過)、口頭弁論終結後の時間経過の中で発現した後遺症については、時間経過自体が口頭弁論終結後の新事由になり、その後遺症の発現による損害賠償請求権の主張は前訴判決の既判力によって遮断されない、と説明することができる。

注37  「基本的に」と述べた理由は、次の点にある:金銭債権の数量的一部請求の原告が敗訴すると、その後に残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、紛争の蒸し返しとして許されないとするのが最高裁判例の立場である(最高裁判所平成10年6月12日 第2小法廷判決(平成9年(オ)第849号));したがって、原告が投ずることのできる訴訟費用額は、経済的には、訴求金額の100万円が上限になると単純にいうことはできない。

しかし、原告が被告の支払能力を考慮して一部請求をしている場合には、訴求債権の実価は当該一部請求金額と考えてよく、その場合には、原告が投ずることのできる訴訟費用額は、経済的には、訴求金額が上限になると考えてよいであろう。原告が全面勝訴できる確率を考慮して一部請求金額を決定する場合にも、その意思決定を前提にする限り、原告が投ずることのできる訴訟費用額は、経済的には、訴求金額が上限になると考えてよいであろう。

注38  土地所有者からの建物収去土地明渡請求訴訟の係属中に借地人から建物買取請求権が有効に行使された場合については、原告は、訴えの変更(143条)により、建物明渡請求を追加すべきである。この点については、問題なかろう。なお、建物収去請求権の原因は土地所有権又は借地契約の終了であり、建物明渡請求権の発生原因は土地賃貸人の建物所有権であるから、旧訴訟物理論を前提にする限り、建物収去請求と建物明渡請求は訴訟物を異にし、前者の一部認容として建物明渡の給付判決をすることはあり得ない。
 他方、建物収去土地明渡請求認容判決が確定した後で、借地人が請求異議の訴えを提起し、買取請求権行使を主張する場合の取扱いについては、見解は分かれよう。()井上繁規・『最高裁判所判例解説 民事篇 平成7年度 下』2033頁は、「建物収去土地明渡請求訴訟の請求認容判決の執行力を建物退去土地明渡請求の限度で維持させることが相当である」と述べ、原強・法学教室188号(1996年5月)77頁も同趣旨を述べる。
  ()しかし、疑問である。 厳密に言えば、請求異議訴訟において建物所有者になった被告に建物明渡請求の反訴を提起させるべきである。なぜなら、土地の賃貸人が地上建物の所有権を取得すれば、賃貸人は借地人に対して建物所有権に基づいて建物の明渡しを求めることができ、かつ、借地人の建物所有による土地の占有は終了しているのであるから、建物の占有を通じてその敷地も占有していると考える立場をとる場合は別として、一般には、建物所有者は建物の明渡しのみを求めれば足りると考えられているからである。「建物退去土地明渡請求権」は、建物買取請求権が行使される前において、借地人が収去すべき建物に借家人が存在する場合に、土地賃貸人が借家人に対して主張する請求権であり、建物買取請求権が行使されたことにより建物所有者となった土地賃貸人が建物占有者である借地人に対して主張する請求権ではない。なお、控訴審で初めて買取請求権が主張される場合には、その主張は時機に後れた攻撃方法として却下される可能性があるが、却下されないのであれば、地主は控訴審でこの反訴を提起することになる。この反訴は、原告の新たな攻撃方法の提出にともない必要になったのであるから、これについては、300条1項により要求されている相手方の同意は不要である。
 もし反訴提起の負担を土地賃貸人に負わせるべきではないとの立場に立って(A)の結論を支持するのであれば、その根拠は次のように説明されるべきであろう:建物買取請求権行使前に借地人が負っていた建物収去土地明渡義務と買取請求権行使後の建物明渡義務との連続性及び包含関係(前者が後者を包含する関係)を認め、建物収去土地明渡を命ずる判決は、借地人の建物明渡義務を認める債務名義として執行力を維持することが当事者間の公平にかなう;請求異議訴訟の受訴裁判所は、建物明渡義務を超える部分について執行不許を宣言すべきであり、土地所有者はその判決により建物明渡しの強制執行を申し立てることができる。

注39  「主文に包含するもの」という表現が明治23年民法証拠編77条に由来することにつき、[松本*2016]5頁以下参照。

注40  相殺に供された債権について訴訟係属を認める見解がかつてドイツ法にあったことにつき、[高橋*重点講義・上v2.1]150頁注35及び同書引用の文献を参照。

注41  建物も「土地の工作物」の中に含まれる(『注釈民法(19)』(有斐閣、昭和40年)309頁参照)。

注42  地役権は容易には消滅させることができないという意味で例外になるが、本稿との関係では重要ではない。

注43  例えば、派生的請求権認容判決は基本的権利の存在の判断を主文に包含するものであり、その判断にも既判力が生ずるとの理論について言えば、その理論は、相手方が所有者であることを理由に双方の請求が棄却される場合には適用されないので、この場合の所有権に包摂される利益の分裂的帰属を防ぐことはできないであろう。

注44  例えば[兼子*体系v3]343頁は、「所有権に基く返還請求や妨害排除請求においては、所有権そのものは訴訟物とならない」としつつ、次のように述べる:「不動産所有権を主張してそれと相容れない登記の抹消請求をする場合は、登記に実体関係を反映させるためであるから、物権の存否が訴訟物を成すと見るべきである」。この見解にあっては、登記抹消請求が棄却される場合にも、少なくとも原告に所有権がないことを理由に棄却される限り、原告に所有権が存在しないとの判断に既判力が生ずることになる。

注45  手形法の文献では、白地補充権は、「権利者の一方的行為によって白地手形を完成手形とし、証券(白地手形)上の白地手形行為に完成した手形行為としての効果を生ぜしめる権利であり、形成権の一種」と位置づけられているが([福瀧*2010a]279頁)、訴訟法の文献の中には「形成権ではない」とするものもある(例えば、[高橋*概論v1]264頁)。

注46  強制執行以外の方法で権利行使がなされる場合については、権利行使の態様自体に一定の制限が課せられる。判決で認められた権利であっても、日本刀を振りかざして権利の事実的実現を図ることが許されないことはいうまでもない。金銭債務の非暴力的な取立行為であっても、人の生活には夜間の休息が必要である以上、夜間の長時間にわたる取立行為は、債務者の平穏な生活を侵害するものと評価され、違法性を帯びるのが通常である。

注47  この構成を主張するものとして、次のものがある:越山・私法判例リマークス42号120頁;[紺谷*1985a]366頁(ただし、先決関係と把握することを明示しているわけではない)。中野『判例問題研究強制執行法』102頁も参照。

注48  [中野*2012a]292頁、[高橋*重点講義・上v2.1]595頁(ただし、XとYとが相互に所有権を主張し合う事例については、先決関係として説明することもできるとするのであるから(598頁注16)、金銭の支払請求を認容する判決が確定してその履行がなされた後の不法行為返還請求(あるいは不当利得返還請求)の事例についても、先決関係と捉える余地はあろう)。

注49  その上、取得時効も所有権確認請求の訴えにより中断され、占有者の相手方の所有権が既判力をもって確認されることが繰り返されれば、取得時効の完成はなく、分裂的帰属が続くことになる。

注50  同趣旨の立場にある先例として、次のものを挙げることができる。

注51  Rosenberg / Schwab / Gottwald, Zivilprozessrecht, 16.Auf., 2004, S1168 ff.($153 Rn.10 ff.).

注52  越山・私法判例リマークス42号120頁は、≪この判決は「実質的な」という修飾語があることに鑑みれば、厳密な検討を放棄していると見ることもできる≫と批判する。

注53  前訴判決が給付判決である場合には、債務者は請求異議の訴えで対抗することが望まれ、債務不存在確認の訴えにより対抗することは、訴えの利益(権利保護形式の選択の適切性)の点で問題がある。ただ、その点を脇に置けば、債務不存在確認の訴えにより現在額を確定させることも可能である。この場合には、後訴の確認判決は前訴の給付判決の既判力ある判断と形式上抵触することになるが、後訴判決の既判力ある判断が最新の判断として前訴判決のそれに優先することになる(判決主文は、≪・・の判決で認められた被告の原告に対する債権が・・・を超えて存在しないことを確認する≫といった文言になろう)。