目次文献略語

民事執行法概説

不動産の強制競売 3/4


関西大学法学部教授
栗田 隆

5 売却


5.1 売却方法

種類
売却方法は、極めて技術的なことであるので、多くは規則に委ねられている。民事執行法では、入札と競り売りがあげられ(64条)、 前者は、さらに期日入札と期間入札とに分れる(規34条・35条以下、46条以下)。 これらはいずれも、できるだけ多くの買受希望者を集めて、それらの者に買受価格の競争をさせる形式の売却方法である(価格競争売却)。 これを実施しても成功する見込みがない場合のために、特別売却(規則51条)の方法が用意されている[24]。 これは、高額での売却よりも迅速な売却に重点を置いた売却方法であり、現行規則上は少なくとも一回の価格競争売却を実施した後に選択されうる補充的な売却方法である。

売却方法の選択
価格競争売却の3つの方法には、それぞれ一長一短がある。どれを選択するかは、裁判所書記官が不動産の特徴や当該執行裁判所における競売参加者の質等を考慮して決める(64条1項)。 現在のところ、期間入札が主流となっている。買受申出を郵便や信書便により送付する方法でもなすことができるため、 買受申出が妨害される可能性が最も少ないからである。 期間入札の実務については、不動産物件情報サイトの「入札等の手続」を参照。

特別売却は、期間入札を実施したが買受申出がなかった場合に実施されるのが通常である(期間入札の日程を定める際に、「改札期日」を定めると共に、入札がなかった場合に備えて「特別売却期間」が定められるのが通常である)。しかし、特別売却を実施せず、期間入札を繰り返すこともある(例えば、神戸地裁尼崎支部では、2021年の時点で、各期間入札の日程の「特別売却期間」の欄に「実施しておりません」と記入されていることが多い)。

売却のスケジュール
各地裁において売却のスケジュールが数ヶ月先まで予め設定されている。不動産物件情報サイトのスケジュールを参照 (各地裁のスケジュールのページへのリンク集である)。

5.2 売却実施命令と売却情報の提供

裁判所書記官による売却実施処分
裁判所書記官は、まず、価格競争売却の3つの方法のうちのいずれをとるかを決定する。実務ではほとんどが期間入札である。以下では、期間入札の方法がとられたものとして説明する(その他の売却方法については、規則を参照)。

裁判所書記官は、入札期間、開札期日を定め(64条3項・規則46条1項)、執行裁判所(裁判官)が行う売却決定期日を指定して(64条4項・規則46条2項)、執行官に売却を実施させる (64条3項。この処分を「売却実施処分」という)。売却実施処分においては、有効な買受申出がなかった場合に特別売却を行うこと及びその期間を定めることもできる。

裁判所書記官のこれらの処分(売却方法の選択、入札期間・改札期日の定め及び売却決定期日の指定)に対しては、執行裁判所に異議を申し立てることができる(64条6項)。異議申立てを受けた執行裁判所は、執行停止の仮の処分をすることができ、 異議についての裁判に対しては不服を申し立てることができない(64条7項・10条6項前段・9項)。

売却の実施は、不動産競売全体の一部にすぎず、執行官が執行裁判所の補助機関として行う。

年間予定表  各裁判所(本庁又は支部)は毎年多数の競売事件の申立てを受けるので、裁判所において売却実施処分日・入札期間・改札期日・売却決定期日・特別売却期間を一組にした予定表が作成され、裁判所書記官は、同一日に複数の競売事件について売却実施処分をし、それらの競売事件の入札期間・改札期日等は共通になる。なお、予定表にはさらに代金納付期限通知書発送予定日や代金納付期限予定日も記入されることがあるが、これは売却許可決定に対して執行抗告がなされないことを前提にした予定である。執行裁判所は、最高価買受申出人又はその背後者が暴力団員等に該当しないと認めるべき事情があるとき以外は、警察に調査を嘱託するので(68条の4)、その嘱託がなされる場合には売却決定期日が延期される(正確には、「期日が続行される」)こと、その延期期間の目安(例えば2週間)及び代金納付期限通知書の発送・代金納付期限の各予定日の変更されることも予定表に注記される。このような予定表が裁判所内でのチェックを経て作成され、その予定表に従って売却実施処分がなされるので、64条6項の異議が出されることはほとんどない(異議が出されても認められることはない)と思われる。

裁判所書記官による売却公告
裁判所書記官は、買受希望者の誘引のために、入札期間開始日の2週間前までに売却公告を行う(規36条49条)。 これは、売却不動産の表示、売却基準価額、売却日時等を記載した書面を裁判所の掲示場に掲示する方法によりなされる(規則4条1項。 公告事項については、64条4項、規36条1項・49条参照)。 補充的に、不動産所在地の市町村に公告の掲示の嘱託をしなければならないが(補充的公告)、次に述べる裁量的公示(規4条3項)がなされた場合には、 この補充的公告は省略できる(規36条2項・49条)。

裁量的公示規4条3項)
追加的・裁量的公示として、裁判所書記官は、公告事項の要旨を日刊新聞紙に掲載し[34]、 又はインターネットを利用する等の方法により公示することができ(規4条3項)、事実また、インターネットを利用する方法による公示は、よくなされている。

インターネットによる情報提供
インターネット(その中のWWW)を利用した広告(公示)も行われるようになっている[R30]。新聞広告の場合よりもはるかに多くの情報が掲載され、しかも、検索も容易である。 インターネットの利用は、競売物件の広告の段階を超えて、競売物件資料(物件明細書・現況調査報告書・評価書のいわゆる三点セット)の一般公開(公示)にまで進んだ[20]。 不動産競売物件情報サイトの出現である[23]。 このサイトからの情報提供が本格的に行われるようになったのは、2002年8月2日からである[31]。それを促した理由の一つは、これらの資料の閲覧場所の混雑であろう。 東京地裁では、これらの資料閲覧のための順番取りまで生じたとのことである。 インターネットを利用した情報提供により、一つの競売物件資料を同時には一人しか見ることができないという問題が解決され、多数の閲覧希望に応ずることができるようになった。

インターネット公示におけるプライバシー問題
ただ、これらの資料にはプライバシーに関する事項も含まれており 誰もが匿名で閲覧することができるので、この公示については平成14年6月26日最高裁判所規則第6号により民事執行規則第4条3項が改正され、 法的基礎が与えられた(もっとも、国民のプライバシーが関係する領域の情報の一般公開であることを考慮すると、法律に根拠規定を置くほうがよいであろう)。 プライバシー保護のために、2003年3月の時点では、債務者や不動産所有者等の個人名は仮名(A,B等)にされているが、それ以外の情報は、建物の見取図や室内の写真も含めてほとんどすべて公開されている (一部だけの公開は、買受希望者が物件の評価を誤る虞があると指摘されている[32]。 もっとも、写真はプライバシーに関わる度合が高く、一部非公開とされたり、公開対象に含める場合でも人物の顔などについてはマスク処理がなされている)[21]。

内 覧(64条の2
競売対象不動産の状況をよりよく把握するために、執行官が現況調査に際して写真撮影をし、その写真を現況調査報告書に添付するのが通常である。 建物の内部がきれいに片づけられている写真をみると購入意欲をそそられ、乱雑に散らかっている写真を見ると溜息をつくことになる。

写真でかなり状況を把握することができるが、建物を典型例とする競売不動産の内部の状況を把握するためには、不動産の内部に立ち入って直接見分するのが最善である。 そこで、ITバブル崩壊後の不況の際に、不良債権の処理の促進のために競売制度の改善が求められ、その一つの方策として、内覧制度が設けられた(平成15年法律134号により新設)。

内覧は、差押債権者の申立てに基づき、執行裁判所の命令により、執行官が実施する。執行官は、内覧申込期間と内覧日時を指定して、内覧希望者を募り(規則51条の3)、 内覧の日時に自ら不動産内に立ち入り、かつ、内覧希望者を立ち入らせる(法84条の2第5項)。

内覧の実施は、不動産占有者の生活領域への侵入になるので、占有者の利益保護が問題となる。
いずれの場合であっても、執行官は、内覧実施日時を占有者に通知しておくことが必要である(規則51条の3第1項末段)。

容易に想像することができるように、この内覧は、執行妨害に悪用されやすい。内覧実施日に占有者が暴力団員風の男を友人として招待していれば、内覧者は購入をひるみやすい。 内覧参加者の中にそのような人物がいる場合も、同様である(この場合については、執行官は64条の2第6項の措置により対抗することができる)。 差押債権者は、不動産の種類や占有者の特質等を考慮して内覧の実施を申し立てるか否かを決めるべきである。

5.3 買受申出

言葉の定義
買受申出の法的性質
買受申出は、執行手続上は執行機関に対する売却許可を求める申立てであり、手続法規と手続安定の要請に従う。他方、実体的には、私法上の売買における買受申込であり、 特則がなく、また手続的要請に反しない範囲では、民法の規定が適用される。買受申出としての意思表示の瑕疵として、心裡留保・虚偽表示はほとんど問題にならず、 問題となるのは、錯誤・詐欺・脅迫である(平成29年民法改正により錯誤が無効事由から取消事由になったので、これらの瑕疵を理由とする取消しの意思表示をする必要がある)。

もちろん、71条が売却不許可事由を限定的に列挙していることに鑑みれば、民法上の取消事由の存在が直ちに売却不許可事由になるとすることはできないが、 しかし、71条列挙の取消事由に直接該当する事由が存在しなければ買受申出の取消は認められないとするのも行き過ぎであろう。 同条の拡張解釈ないし類推適用は肯定されるべきであり、これを前提にして、次のことが認められるべきである。 買受申出人(時期により最高価買受申出人あるいは買受人である)は、(α)売却許可決定確定前にあっては、取消事由のあることを売却不許可事由として主張することができ (錯誤の場合には、71条所定の売却不許可事由に該当することが多いであろう)、(β)売却許可決定確定後・代金納付前の段階では、意思表示の瑕疵の効果(取消し)を第三者に対抗することができる範囲で、 執行裁判所は、75条1項の類推適用により、意思表示の瑕疵を理由に売却許可決定を取り消すことができると解すべきである。(γ)代金が納付されて配当が実施された後は、執行債務者に対してそれを主張して、 代金の返還を求めることができる。

買受申出資格
農地や採草放牧地を別にすれば、特に資格制限はない。執行債権者も買受申出ができ(68条の2第2項・78条3項参照)、 しばしば有力な買受申出人である。ただ、債務者の買受申出は、次の理由により禁じられている(68条)。 (α)執行債務者が買い受けると、完全な満足を受けることのできなかった執行債権者は再度競売申立をすることができ、競売の繰返しという無駄が生じる。 (β)その無駄を避けるためにも、債務者は、購入資金を有するのであれば、その資金で債務の弁済を行うべきである。(γ)債務者は、買受人になって代金を支払わないことによって競売を遅延させるおそれがある。 保証金の不返還(80条1項後段)は、彼については、代金不払に対する有効な歯止めにはならない。 不返還の保証金は、次回の競売において売却代金の一部になって彼の債務の弁済に当てられ、彼の損失にはならないからである。

とは言え、ここでいう債務者の範囲は、買受競争の促進のために、ならびに競売不動産の所有者が当該不動産上に現に築いている生活関係の維持を可能にするために、限定的に解釈することが望ましい。 したがって、68条の適用を受けるのは、強制競売にあっては執行債務者に限られる。 執行債務者の連帯債務者や保証人には、上記の論拠(特にα)は一般論としては妥当しないので、68条の債務者には該当しない。執行債務者の家族等も同様である。

担保競売にあっては、消除主義が適用されので、実行担保権の債務者兼所有者が競売不動産を買い受けても、上記の論拠(α)は妥当しない。 しかし、それでも、188条により68条が準用されている以上、準用をまったく否定するのも適当ではないから、 実行担保権の被担保債権につき弁済義務を負っている執行債務者(所有者)についてのみ準用を認めるべきである([中野*民執v5]473頁)。 物上保証人や第三取得者(民法390条)はもちろん、執行債務者の家族などは、これに含まれず、 買受申出ができる[11]。

農地や採草放牧地の所有権の移転については、農業委員会又は都道府県知事の許可が必要である(農地法3条)。 執行裁判所は、買受申出人を「 農業委員会等の発行する買受適格証明書を得た者」に限定しなければならない(規33条・36条1項6号)。

買受申出の保証
買受人が代金を納付しない場合には、再度競売を実施しなければならない。そのような事態をできるだけ防止するために、買受申出人は執行裁判所が定める額・方法による保証を提供しなければならない (66条規48条)。 保証の額は、入札・競り売りでは、売却基準価額の2割が原則であるが、裁判所はこれより高い額を定めることもできる (規39条49条)。 特別売却における保証額は、執行裁判所が裁量で定める(規51条3項)。

次順位買受けの申出
最高価買受申出人が代金を納付しない場合には、この者が提供した保証金を没収して、配当原資にまわすことができる(80条1項)。 そして、次の2つの条件が満たされる場合には、次順位の額での買受申出人に売却しても問題はなく、また、再競売をできるだけ避けるために、そうすることが望まれる:
  1. 次順位買受申出額が買受可能価額以上であり、かつ
  2. 最高価買受申出人が提供した保証金額(通常、売却基準価額の2割)と次順位買受申出額との合計額が最高価買受申出額以上である場合。

そこで、67条において次順位買受申出の制度が設けられた (手続につき、規41条3項・49条も参照)[1]。 最高価買受申出人の買受申出が代金不納付により効力を失った場合には、執行裁判所は改めて売却決定期日を開いて次順位買受申出について売却許否の決定をする(80条)。 この可能性が存在する間は、次順位買受申出人が提供した保証は、執行裁判所が保管する。

暴力団員等の排除
暴力団関係者が裁判所の実施する競売手続に参加して不正な利益を得ることを阻止することは、長年の懸案事項であり、その規制は数度の改正により強化されてきている。 令和1年の改正により、買受申出に際して、買受申出人及びその背後者が暴力団員等でないこと(法人についてはその役員が暴力団員等でないこと)の陳述をすることが義務づけられた(法65条の2[55]。民執規則)[36]。 この概説では、この陳述書を「暴力団無関係陳述書」ということにする。
この陳述をしないと買受申出をすることができず(買受申出をしても無効となる)、かつ、虚偽陳述に対しては、下記の制裁がある。 また、実効性の確保のために、最高価買受申出人が暴力団員等でないことの調査を都道府県警察に嘱託することも規定されている(68条の4)。

5.4 執行官による期間入札の実施

期間入札については、規則49条により期日入札に関する規定がかなり準用されているが、ここでは期日入札についての説明は省略して、期間入札について説明することにしよう。 なお、入札書の記載事項・添付書類につき規則38条2項−4項参照。

買受申出の受付
期間入札においては、入札期間内に提出される入札書の秘密保持が重要となり、買受申出は、次の2つの方法のいずれかによらなければならない(規47条)。 以下では、 「入札書を封入して開札期日を記載した封筒」を「 入札書封入封筒」という
買受希望者は、入札書封入封筒と共に、買受けの保証を証明する文書を提出しなければならない(規48条)。 保証金の額は、売却基準価額の2割とされており、保証金額から買受申出価額が推測されてその秘密が漏れることはない。執行官は、保証提供の証明文書を点検し、提出された入札書封入封筒を開封することなく保管し、開札期日に開封する。
買受希望者は、更に、次の文書を執行官に提出しなければならない(規49条38条)。
共同買受けの場合には、買受けを希望する者たちの関係および持分を明らかにして、執行官の許可を受けなければならない(規49条38条5項)。

法人の代表者資格証明書
法人が競売申立債権者としてすでに代表者資格証明書を提出している場合でも、買受けの意思を明確にするために、再度資格証明書の提出が必要である。 代表者資格証明書を提出することなくなされた買受申出を執行官が無効と判定して他の者を最高価買受申出人とした後では、資格証明書の追完は許されない(大阪高等裁判所 平成4年9月7日 第4民事部 決定(平成4年(ラ)第195号))。それ以前であれば追完が許されるかが問題となるが、 期間入札の場合には、入札期間内に民執規則所定の方式に従った有効な入札申出がなされていることが必要であると割り切ってよい[25]。他方、入札期間内であれば、追加提出は認められるべきである。

最高価買受申出人の決定
執行官は、開札期日に入札人等を立ち会わせて開札し、有効な入札のうちで最高額の入札をした者を最高価買受申出人と定めて、その氏名・名称と入札価額を告げ、開札期日の終了を宣言する(規49条41条3項)。最高価額での入札人が複数いる場合(例えば、全員が買受可能価額で入札した場合)には、開札期日に出席しているその入札人にその場で再入札をさせる。開札期日に全員が出席していない等の理由により再入札する者が一人もいない場合には、くじで最高価買受申出人を定める(規42条)。

なお、最高価額での入札の効力に疑問が生ずる場合には、最高価買受申出人の決定の問題は難しい問題となることがある。入札の効力に関する判例をいくつか挙げておこう。

5.5 予備的買受申出をした差押債権者のための保全処分(68条の2

1990年頃をピークとするバブル経済の崩壊に伴い不動産の時価が顕著に低下し、この価格下落傾向は、下落幅を縮小させながらも、2002年の時点でもまだ続いていた([才田*2204a]92頁のグラフ等を参照)。 そのため、売却を実施しても買受申出人が現れない場合が目立つようになった。不動産の売却を実施しても買受申出がないことの代表的な原因として次のことがある。
  1. 債務者・占有者の行為による売却困難  暴力団員風の人間が不動産を占有していて、不動産が売却されても容易には立ち退かないことを示唆あるいは誇示する行為をする場合が典型例である。
  2. 不動産の属性等による売却困難  崖地や有毒物質が混入して除去作業の必要な土地のように、売却不動産の特殊な形状・用途等により市場性に欠ける場合がそうである。

そこで、平成10年(1998年)の民事執行法改正法は、第1の場合について68条の2の保全処分を用意し、 第2の場合について68条の3を用意した。まず、前者について説明しよう([栗田*1999a]も参照)。

趣旨と要件
執行の現場では、さまざまな形で売却を困難にする行為(執行妨害)がなされる。暴力団員風の人間が不動産を占有していて、不動産が売却されても容易には立ち退かないことを示唆あるいは誇示する行為をすることなどは、 古典的な代表例である。執行実務は、55条の保全処分を活用して、こうした事態に対処してきたが、対処しきれない現実があった。 そこで、55条の要件をある面では厳しくして、売却を困難にする行為をする(おそれのある)債務者・占有者の占有を予め排除することができるようにするために、 平成10年に68条の2が新設された。これは、競売不動産の価値の保全を図る55条の特則であるとともに、 予備的買受申出をした差押債権者が目的不動産を占有して買受希望者に内覧させることをも可能にする売却促進のための規定でもある。主要な要件を55条と比較しながら挙げておこう。
  1. 入札または競り売りの方法による売却を実施させたが買受申出がなかったこと  55条よりも加重された要件要素である。
  2. 差押債権者が他に買受申出人がいなければ自分が買い受ける旨の申出をし、その保証を提供したこと(予備的買受申出)  これも加重された要件要素である。
  3. 保全処分の相手方となる者(債務者・占有者)が売却を困難にする行為をしまたはその行為をするおそれのあること  55条の「価格減少行為をするとき」に対応する要件要素である。 要件の緩和とみるのがよいか、厳格化と評価するのがよいかは意見が分かれようが、ともあれ55条とは異なる要件要素であり、68条の2が68条の3と関連していることを示す要件要素である。
  4. 相手方は、買受人に対抗できる占有権原を有しない直接占有者に限定される。すなわち、保全処分は次の場合にのみ許される (68条の2第4項・55条2項)[27]。
    • 債務者が不動産を占有する場合
    • 占有者の占有権原が消除基準債権者(従って買受人)に対抗できない場合

効果
上記の要件の下で、執行裁判所は、差押債権者の申立てにより、申立人に担保を立てさせて、次の事項を内容とする保全処分を命ずることができる。
  1. 債務者又は不動産の占有者に対し、不動産に対する占有を解いて執行官又は申立人に引き渡すことを命ずること。
  2. 執行官又は申立人に不動産の保管をさせること。
裁判所は、これに併せて、必要に応じて、公示保全処分を命ずることができる。申立人が保管する場合には、彼の責任において、買受希望者に競売不動産の内部を閲覧させることもでき、 これにより競売希望者が増加することも期待されている([後藤=小堀*1998a]62頁、[法務省*1999a]63頁)。

要件と効果の関係
要件2と要件4により、保全処分の相手方が当該不動産を明け渡すべき時期が間もなく到来し、不動産を占有することについて彼が有する利益が小さくなったことが導かれる。 その小さい利益を買受人の所有権取得前に消滅させるには、買受申出がなかったという現実(要件1)と、相手方が売却を困難にする行為をしたこと又はするおそれがあること(要件3)で足りる。 なお、差押債権者が買受人になって債務者・占有者を排除する道もあるが、差押債権者の多くを占める抵当権者(金融機関)にとっては、それは本来の業務外のことであり、金融システムの健全化の視点からは好ましいことではない。 一般人が買い受けやすい環境を整えるべきであり、この保全処分はそのための制度の一つである。

売却を困難にする行為
「売却を困難にする行為」の代表例は、不動産が売却されても容易には立ち退かないことを示唆あるいは誇示する行為である。獰猛そうな大型犬を入口につなぐ等により、交渉相手とすることを避けるのが適当と一般人に思わせる行為も含まれる。 相手方が占有していること自体が「売却を困難にする行為」と評価することができるか否かについては、意見が分かれようが、占有者が暴力団員である場合などには、それも肯定せざるを得ない。 否定説をとった場合には、「その行為をするおそれ」の認定を緩和することになる。

相手方が使用収益をしていない場合
債務者が競売不動産を施錠することなく空き家として放置する場合には、第三者による不法占拠や失火の危険が高まるので、55条1項1号の保全処分(施錠命令)が認められる。 施錠がなされれば価格減少のおそれを防止することができるので、同項2号の執行官保管までは通常は必要ない。 債権者が同項1号の行為命令を申し立てることなく、68条の2の保管命令を申し立てた場合には、(α)55条1項1号の行為命令によるべきであるとして、 保管命令の申立てを棄却する選択肢もあるが、(β)施錠をせずに放置する行為は競売建物の売却を困難にする結果をもたらす可能性の強い行為であり、 68条の2の保管命令を認めてよい。他方、債務者が施錠して空き家にしている場合には、債務者が売却を困難にする行為をしていると評価することはできない。 むしろ、空き家にしているという点では、自ら居住している場合と比較して売却しやすい状態にしているとさえいうことができる。しかし、買受希望者に建物内部を閲覧させて売却を促進するためには、この場合にも債権者保管を認めることが望ましい。 これを可能にするためには、68条の2の保全処分の要件を次のように理解することが必要であり、また、そのように解したい。 すなわち、この保全処分を認めるか否かは、売却の促進について債権者が有する利益と競売不動産の使用・収益を継続することについての債務者・占有者が有する利益との比較考慮の上でなされるべきことであり、 法は、債務者等が実質的な使用・収益を継続している場合を前提にして、それを奪うことを正当化するために「売却を困難にする行為」という要件を課したのである。債務者等が実質的な使用・収益をしていない場合には、 この要件が充足されないときでも債権者保管は許される。債務者が競売不動産に荷物を置いているに過ぎない場合には、荷物の性質・量にもよるが、それを継続する利益よりも売却の促進の利益の方が大きく、保管命令は許されるのが通常であると解したい。

事情変更による取消し・変更(3項)
事情変更が生じた場合には、裁判所は、申立てによりまたは職権で、保全処分を取り消しまたは変更することができる。55条の保全処分の場合と異なり、 職権でもできるとされたのは、保管申立人に保管させた場合にその必要が生ずる可能性が高いからである([後藤=小堀*1998a]66頁)。

準用規定
すでに言及した規定以外に、次の規定が準用される(4項)。

5.6 買受申出がない場合の措置(68条の3

競売手続の停止
不動産の属性等により売却が困難である場合に対処するために、平成10年に、68条の3が新設された。執行裁判所は、次の要件のもとで強制競売手続を停止することができる(1項)。
競売手続の取消し
競売手続が停止されたことが差押債権者に通知され、差押債権者自身が売却を促進するために適当な買受希望者を探し出すことが求められる。それがなされなかった場合、競売手続は取り消される。正確には、次の場合である。

5.7 売却不許可事由(71条

売却の許否に関する 文献  判例

民事執行法は、利害関係人の利益の保護のために、あるいは売却制度の公正性の確保のために(4号・5号参照)、売却不許可事由を定め、 かつ、それが執行妨害に利用されることを防ぐために、次のような重要な事由に限定した(71条)。

競売手続を開始・続行すべきでないこと(1号)  次のことがこれに該当する。
なお、担保競売における実行担保権の不存在・消滅自体がこれに該当するかについては、これを肯定する少数説もあるが、否定するのが通説・判例である(大阪高決昭和56.11.26判時1043-67、東京高決昭和60.5.15判時1184-77[百選*1994a]39事件など)。 担保権の不存在等を理由とする執行取消文書を提出するか、または、不存在を執行異議(182条)において主張しなければならない。 しかし、執行異議においてそれを主張したにもかかわらず、執行裁判所がそれについて判断することなく売却を許可することは、許されるべきでない(東京高決平成1年10月5日金法1255号30頁)。

最高価買受申出人の買受無資格・無能力等(2号・3号)  農地の競売の場合のように買受資格が限定されている場合には、最高価買受申出人が無資格者であれば、売却を不許可にしなければならない。 このことは、執行裁判所が予め行政庁発行の買受適格証明書を有する者に限定する決定をしたか否かにかかわらない。 権利能力や意思能力の欠如のみならず、行為能力の制限も買受申出を無効とするが、後者は、売却決定期日の終了までに適法な追認があれば売却不許可事由とならない (法20条民訴31条以下。 民法20条による解決は、手続を渋滞させる)。 無権代理も同様に売却不許可事由となる[14]。
なお、事件番号・金額の誤記などのような買受意思の欠缺・瑕疵による実体上の無効・取消し(民法95条・96条)は、2号の類推適用により売却不許可事由とすべきであるが、 執行売却の秩序・信用に直接かかわることではないので、買受人の主張をまって調査すれば足りる。

背後者の無資格(3号)  買受資格のない者が資金を提供して他人に買受申出をさせることにより法令上の資格制限を潜脱することを防ぐために、 最高価買受申出人の背後者(自己の計算において最高価買受申出人に買受の申出をさせた者)の無資格も売却不許可事由とされている。

悪質業者等の不当関与(4号)  執行事件においては各種の妨害行為を行って不正な利益を得ようとする者がしばしば登場する。それを阻止するために、売却の迅速性を犠牲にしてでも、 そのよう者への売却を不許可にすることとした。(α)これには、当該競売手続において不正を行った者のみならず(4号イ)、他の事件において不正を行った一定範囲の者も含まれる(4号ハ)。 (β)売却許可決定を受けながら代金を納付しなかった者に再度売却を許可しても、代金を納付しない可能性があり、また売却許可により生じた義務の誠実な履行の確保のために、 当該執行手続において代金を納付しなかった買受人およびその背後者が現在の最高価買受申出人である場合には、売却は許可しないものとされた(4号ロ)。 (γ)さらに、上記の趣旨を徹底させるために、上記の者が最高価買受申出人の代理人あるいは背後者である場合にも、売却を不許可にすることにした(4号柱書き)。

暴力団員等の排除(5号)  競売手続から暴力団員等(65条の2第1号参照)を排除することの一環として、 最高価買受申出人又はその背後者が(α)暴力団員等又は(β)暴力団員等を役員に含む法人であることも不許可事由とされている。

75条1項の売却不許可の申出があること(6号)

売却基準価額等の重大な誤り(7号)  適正価格での売却を保障するために、売却基準価額の決定、一括売却の決定もしくは物件明細書の作成の重大な誤り、またはこれらの手続の重大な誤りが売却不許可事由とされている。 これらについて重大な誤りがあるために不当に高い価格で売却することになれば、競売手続の信用が害される。不当に安い価格で売却されれば、執行債権者・執行債務者の利益が害される。 いずれの場合にも売却は不許可にしなければならない。重大な誤りのみが売却不許可事由となり、軽微な瑕疵は含まれない。 例えば、評価人が売却建物の内部に立ち入ることなく評価をし、その評価額を基に売却基準価額が決定された場合には、売却基準価額の決定手続の重大な誤りであり、 売却不許可事由となる(福岡高決平成1.2.14高民集42-1-25[百選*1994a]35事件(小川浩))。 もっとも、手続の重大な誤りにもかかわらず売却基準価額が適正であることが明かな場合には、売却を不許可にする必要はないであろう。 また、売却手続は関係人の協力を得て初めて円滑に運営されるものであり、関係人の非協力が重大な誤りの原因である場合には、その者がこの売却不許可事由を主張することは、許されるべきでない。

売却手続に重大な誤りがあったこと(8号)  1号から6号以外の事由により売却を不許可にすべき場合を包括する規定である。 売却実施期日の指定・公告・通知の不備、最高価買受申出人の判定の誤りなどがあげられる。 その売却代金をもってしては優先債権者に全額の満足を与えることができないこと自体は売却不許可事由とはされていないが、 無剰余措置(63条)を取るべきことが明かであったにもかかわらず、 それを怠ったため優先債権者の利益が害されることは、売却不許可事由となりうる。

5.8 売却許否の決定(69条−73条・75条)

売却決定期日69条
執行裁判所は、執行官により選定された最高価買受申出人への売却の許可・不許可を売却決定期日において、利害関係人に陳述の機会を与えた上で、決定する(69条)。 競争に勝ち抜いた最高価買受申出人の所有権取得の期待、あるいは迅速な満足を受けることについての執行債権者の期待に応えるためには、最高価買受申出人が決定された時点で直ちにこの者への売却を許可することが望ましい。 しかし、民事執行法は、これらの者を含めて関係人の利害の適正な調整および執行売却の信用の維持のために、 71条において売却不許可事由を定め、それが一つでもあれば売却を不許可にすると共に、 そのような事由が認められない場合には売却を許可するものとした。そして、それは売却手続を締めくくる重要な決定であり、相当な法律判断を伴うことがあるので、執行官が最高価買受申出人を指定する期日(期間入札の場合は開札期日。 規則46条。規則49条・41条3項参照)とは別個独立に開かれる売却決定期日において、 利害関係人に陳述の機会を与えた上で(70条)、 執行裁判所がなすものとされた。

まとめ 上記のように、民事執行法では、執行官がまず最高価買受人を選定し、次に執行裁判所がその者への売却の許否を決定するという2段階を経て、買受人が決定される。この2段階方式には、次の2つ意味がある。
売却許否の決定
売却不許可事由は重要なものに限定された代わりに、すべて職権調査事項とされている。執行裁判所は、執行記録および売却決定手続で収集した一切の資料に基づいて、最高価買受申出人に対する売却の許否を決定する。 利害関係人は、自己の利益に関係のある売却不許可事由を主張することができる(70条)。

ただし、自己の利益に関係しない事由もいったん主張された以上は、裁判所の判断資料となり、 裁判所は売却の許否を判断するために、それを斟酌することができる。とりわけ4号の事由は、公正な売却手続の担保のための公益的不許可事由であり、 債務者が主張した場合でも、裁判所はそれを斟酌して売却の拒否を決定することができるとしなければならない[4]。(α)抗告人が4号に該当すると主張した事由が裁判所から見れば同号に該当し得ないものである場合には、その抗告は不適法として却下されるべきである(最高裁判所 令和2年9月2日 第2小法廷 決定)。(β)抗告人が主張した事由が裁判所から見ても同号に該当し得るものである場合には、当該事由の存否を判断し、その事由が存在する場合には、売却許可決定を取り消すべきである。その際に、(β1)抗告を不適法として却下した上で、職権で売却許可決定を取り消すのか、それとも、(β2)抗告を適法として売却許可決定を取り消すのかが問題となるが、前者の選択肢を採るべきであろう。なお、最高裁判所 令和2年9月2日 第2小法廷 決定は、αの事例に関するものであるが、「特段の事情のない限り」執行抗告を却下すべきであるとしており、もしβが「特段の事情」に該当するならば、β2の選択肢を想定していると見る余地がある。しかし、現時点では、最高裁がどの立場を採るのかは明瞭でないと言うべきである。

売却の許否に関する決定については、執行抗告期間をすべての関係人に共通に開始させるために、言渡しという告知方法が採用されている(69条)。 期日での言渡しにより、関係人の出頭・了知にかかわりなしに告知の効力が生ずる。

売却許可決定
執行裁判所は、法定の売却不許可事由がないと認めるときは、売却許可決定を言い渡す。この決定は、手続的には、最高価買受申出人の買受申出を認容する裁判であり、実体的には、買受申込に対する承諾の性質を有する。 民法568条1項は、競売による買受人が一定の場合に「契約を解除」することができることを定めており、民執法の規定による執行売却も、民法上は売買契約の一種である (ただし、この売買契約は所有者と買受人の合意により成立するものではないことに注意する必要がある──民法555条によらずに成立する売買契約であり、また、557条・558条の適用の余地はない)。 売却許可決定が確定すれば、売買が確定し(売買契約が効力を生じ)、最高価買受申出人は買受人となり、代金納付により所有権を取得する。

売却不許可決定
執行裁判所は、売却不許可事由があると認める場合には、売却不許可決定を言い渡す(69条・71条)。 その後の手続は、認定された不許可事由の内容に従い、次のように区分される([中野*民執v3]420頁・[中野*民執v5]481頁・[中野*民執v6]497頁)。
先例を挙げあこう(いずれも是正的不許可の例である)。
執行官が最高価買受人の選定を誤った場合の事後処理
執行官が買受申出の有効性についての判断を誤ると、最高価買受人申出人の選定に誤りが生ずる。()執行官により選定された最高価買受申出人の申出額よりも高額の買受申出(以下「高額申出」という)を誤って無効と判断した場合には、 最高価買受申出人への売却を不許可とした上で、開札期日を再度開いて高額申出人を最高価買受申出人に選定し、執行裁判所がこれへの売却の許否を決定する。この点についてはそれほど問題はない。 ()他方、執行官により最高価買受申出人に選定された者への売却が不許可とされるべきであるが、有効とされるべき高額申出が存在しない場合については、再度競売を行うべきか、それとも開札期日のやり直しで足りるかが問題となる。 最高価買受申出人に選定された者の買受申出が無効であるにもかかわらず執行官がそれを看過した場合については、開札期日をやり直し、最高価買受申出人になるべきであった者を選定することが原則としてよいが、その者がすでに買受意欲を失っていて、 買受申出の保証を再度提供する意思がない場合にどうするかが問題になる。例えば、A・B・Cの3人の買受申出人がいて、この順で高額の買受申出をしたとする;当初 最高価買受申出人に選定されたAの買受申出が無効であるため売却が不許可になり、Bは買受意欲を喪失している場合に、あらためて開札期日を開いてCを最高価買受申出人に選定しても、本来最高価買受申出人になるべき者を選定したとは言い難い。 しかし、この場合に、常に再競売をするのが適切であるかは、状況にも依存しよう。 例えば、Bの買受申出額とCの買受申出額との差が僅少であり、その差額よりも、再競売を行うことによる費用増加額と先順位債権の利息増加額との合計額の方が大きい場合には、 競売申立債権者にとっては、再競売よりもCへの売却許可の方が有利であろう。執行債務者にとっても、その方が有利であると考えてよいであろう。 したがって、この場合には、再開札期日においてCを最高価買受申出人に選定することを許容してよいと思われる。 ただ、意見の分かれる点であるので、Aへの売却不許可決定をするに際して、事後処理についての決定(前記の例では、再開札期日においてCまでを最高価買受申出人に選定することを許容し、 Cも買受意欲を喪失している場合には再競売をすべき旨の決定)をすることを許容し、 その後の手続の安定を図るべきものと思われる。

売却許可決定の留保(72条73条
次の場合には、例外的に、売却許可決定を留保する([中野*民執v5]482頁参照。いずれの場合にも、売却不許可事由があれば不許可決定をしなければならない)。
)売却実施の終了から売却決定期日の終了までに競売手続の一時停止に必要な文書 (39条1項7号・183条1項6-7号)の提出があった場合には、 売却許可決定は当然に留保される。詳しくは後述参照。
)複数の不動産を一括売却によらずに売却した場合に、一部の不動産の買受申出額で各債権者の債権・執行費用の全部を弁済できる見込みがある場合には、超過売却を避けるために、執行裁判所はその不動産についてのみ売却許可決定をし、 その他の不動産については売却許可決定を留保する決定がなされる(73条1項)。その後の処置は、次のようになる。
このような効果を有する留保決定により最高価買受申出人等は不安定な地位におかれることになるので、彼は買受申出を取り消すことができる(72条1項・73条3項)。

不動産の滅失・損傷と売却許否(53条71条5号75条
平成29年民法改正前  同改正前は、通常の特定物売買の危険負担について債権者主義が採用されていたが、 民執法は、危険負担の移転時期を代金納付の時(所有権移転の時)にまで遅らせるべきであるとの立場に立った (債務者の責めに帰すことができない事由による滅失・損傷の危険負担の移転の時期を同法534条1項所定の時期(契約時)よりも後の買受人による所有権取得時とする点で、「所有者主義」とも呼ばれた)。

これを前提にして、滅失・損傷が代金納付時(所有権移転時)前に生じ、それが代金納付前に判明した場合に、その程度と買受人が救済を求める時期に応じて、次の規律を定めた。
)不動産の滅失  競売手続は職権で取り消される(53条)。
)不動産の損傷  損傷とその判明の時期により取扱いが異なる。
  1. 買受申出前に損傷が生じ、それが売却許可決定確定前に判明していた場合には、売却基準価額の変更の要否の問題となり、 その変更を要する程度の損傷を無視して売却した場合には、そのことが71条6号の売却不許可事由となる。
  2. 買受申出前に生じた損傷が看過され、現況調査報告書や物件明細書等に顕出されることなく手続が進められ、売却許可決定確定後にそれが判明した場合にも、買受人の保護の必要性は1の場合と異ならない。 この場合には71条の適用の余地はないので、75条の類推適用により買受人を保護することになる[19] (この場合には、損傷とその看過を最高価買受申出人等の責めに帰しえないことを要件とすべきであるとの見解が有力である)。 ただし、この場合の損傷は、民法568条4項との関係で、「競売の目的物の種類又は品質の不適合」に該当するものは除かれる。
  3. 買受申出後に生じた損傷は、それが最高価買受申出人・買受人の責めに帰しえない事由による場合には、75条の規定による救済(売却不許可の申出)が与えられる。 この救済の申立ては、売却許可決定確定後でも可能である。売却許可決定確定前の段階では、不許可申出があったことを売却不許可事由として主張することができる(71条5号)。

 なお、75条にいう損傷を物理的損傷に限定するのは適当ではなく、例えば、競売建物内で自殺があったこと、あるいは、借地上の建物の競売において敷地所有者からの建物収去・土地明渡請求認容判決が確定したことなど、 その他の事由による交換価値の低下を含むものと拡張解釈すべきである[2]。
)代金納付前の滅失あるいは損傷が代金納付後に判明した場合  代金がすでに配当された後では、買受人は執行手続外で担保責任を追及するほかない。 代金納付後・配当前であれば、競売手続内での原状回復の余地がないではないが、この場合にも買受人は競売手続外で救済を受けるべきであるとする見解([中野=下村*民執]528頁−529頁など)が多い。

限界事例  買受人が代金を納付した日に競売建物内に入った(55条の保全処分により執行官保管命令が発せられている場合に、 ≪引渡命令を得ることなく買受人が競売建物に立ち入ることができるのか≫という問題があるが(後述6.4参照)、ここでは代金納付の日に立ち入ることができたとする)。 そこには、現況調査後に建物内に入って自殺した債務者の白骨死体があった。これを発見した買受人は、直ちに、買受意欲を喪失し、その日の内に納付した代金の返還を求めた。裁判所はどうすべきか。 問題の単純化のために、自殺の時期は買受申出後であったとする。

75条は、その文言上代金納付前にのみ適用があるが、しかし、納付後も、代金はまだ配当されておらず、また、所有権移転登記等の嘱託がなされていない段階では、買受人の利益を保護するために、類推適用がなお許されるとしてよい。 配当等がなされた後、あるいは、所有権移転登記等がなされた後では、75条の類推適用は困難である。そうしたことを考慮すると、代金納付前に買受人が競売建物を内覧する機会を設けておく方がよいと思われる。 代金納付前のことであるので、内覧に際しては、執行官が付き添って建物を内覧させることになるので、裁判所が内覧させることを執行官に命じ、費用は、内覧を希望する買受人に負担させ、57条3項を準用する(立法論)。 あるいは、代金納付後に例えば3日間に限り買受人に最後の確認の機会を与え、その間は登記の嘱託及び配当等をしないとの取扱いも認められてよいであろう。

平成29年民法改正後   同改正により、当事者双方の責めに帰すことができない滅失・損傷の危険負担は、通常の売買について、目的物の引渡しの時に移転するとされたが(民法536条1項・567条)、 民執法71条・75条自体は変更されていないので、これらの規定が適用される範囲では、従前の説明が妥当する。

しかし、買受人が代金を納付して引渡しを得るまでの間の滅失・損傷についての説明は、変更される。すなわち、代金納付後・引渡前に当事者双方の責めに帰すことができない事由により滅失・損傷が生じた場合には、 買受人は、売買契約を解除して代金の返還を求め、あるいは代金の減額を請求することができる(民法568条1項)余地が生じた。滅失の場合には、542条1項1号よる無催告解除が可能となる(損傷の場合でも、 契約の目的を達することができなければ、解除が可能である)。もちろん、債務者の責めに帰すべき事由による滅失・損傷の場合にも、危険負担の問題というよりも債務不履行の問題であるが、買受人は、売買契約の解除をし、 あるいは代金減額請求をすることができると解する余地が生じた。

この点については、後述6.2で議論することにしよう。

5.9 売却許否の決定に対する執行抗告(74条

売却許否の決定に対しては執行抗告をすることができる(74条1項・10条2項)。 なお、売却許可決定に対する執行抗告は、債務者により所有権喪失時期の引き延ばしのために、あるいは買受人により代金納付時期の引き延ばしのために (特に買受人が不動産業者である場合に転売先を見つけるための時間を稼ぐために)、濫用されることがある。その防止が必要であることに注意しなければならない。

抗告権者
執行抗告ができるのは、売却許可決定または不許可決定により自己の権利が害されることを主張する者に限られる(74条1項)。

)売却許可決定に対しては、次のような者が抗告できる。
a')他方、次の者は売却許可決定に対して公告することができない。
)売却不許可決定に対しては、次のような者が抗告できる。
抗告理由74条
)売却許可決定に対する執行抗告では、次のことを理由としなければならない (74条。なお、10条3項以下にも注意)。
)売却不許可決定に対する執行抗告では、次のことを理由としなければならない。
なお、担保不動産競売においては,担保権の不存在又は消滅を売却許可決定に対する執行抗告の理由とすることはできない(抵当権について、最高裁判所 平成13年4月13日 第2小法廷 決定(平成12年(許)第52号))。

抗告審の審判
一般の執行抗告と同じであるが、若干の注意すべき点がある。
 (α)原決定の取消しにより不利益を受ける者がいる場合には、その者を相手方に指定して、主張の機会を与えなければならない(74条4項)。 例えば、債務者が売却許可決定の取消しを求めて執行抗告する場合には、買受人となるべき者と執行債権者が相手方となる。
 (β)執行抗告が不適法ならば却下し、理由がなければ棄却する。売却不許可決定に対する執行抗告にあっては、原審が認定したのと異なる不許可事由を認定できる場合にも、抗告を棄却する。
 (γ)他方、抗告を認容して原決定を取り消す場合に、抗告審自身が原決定と異なる内容の裁判をすることは、執行の迅速性の点からは好ましいが、 その裁判によって新たに自己の権利を害されると主張する者が予想され、かつその者が抗告審において当事者(相手方)にならない場合に、その者の手続的権利を害しないかが問題となる。そのような場合には、 事件を差し戻して売却の許否の決定を原審に委ねることが原則として適当である。とりわけ、抗告審が自ら売却許可決定をすることは、抗告人以外の者の抗告権を封ずる虞がある([中野*民執v5]487頁に従う。[栗田*1984a]62頁の見解を改める)。 もっとも、そこにいう抗告権は、「抗告審において審尋を受ける権利」に縮小してよいあろう(「原決定の取消し・差戻し後に第一審において意見を述べ、 さらに抗告審においても意見を述べる権利」となれば、抗告権自体を認めなければならないが、 そこまでの必要があるとは思われない)。したがって、債権者も買受申出人もそれぞれ一人だけという単純な事件においては、原審の売却不許可決定に対して買受申出人と債権者の双方が執行抗告をしたのであれば、 審理の結果抗告審自身が売却許可決定をすることに問題はないであろう。一方のみが抗告した場合には、他方を債務者と共に相手方にした上、抗告審が売却許可決定を下すことも認めてよい。
 (δ)抗告裁判所の決定は、相当と認める方法で告知すれば足りる。差戻しの場合には、執行裁判所は、あらためて売却決定期日を開いて、売却許否の決定を言い渡す(売却許可決定を留保すべき場合は別)。

5.10 執行停止文書・取下げ・取消文書と売却手続(72条76条

利害調整の必要
債務者は執行停止文書等を提出して競売を阻止することができるのが原則ではあるが、保証を提供して買受申出をした者、あるいは最高価買受申出人となって代金納付の準備をした者からすれば、 自己の関与しない事由により売却が中止されて買受けの期待が裏切られることは不利益なことである。 彼の利益と債務者の利益との調整は、72条・76条により、次のように図られている[29]。 なお、買受人が代金を納付して所有権を取得した後は、執行停止文書・取消文書の提出によりそれを覆すことはできない。

一時的執行停止命令39条1項7号の文書)
これは、(α)売却決定期日の終了までに提出された場合には、執行停止の効力を有する。ただし、売却実施の終了後に提出された場合には、不安定な立場におかれることになる最高価買受申出人等に買受申出の取消しが認められる。 また、他の事由により売却を不許可にすることは、一時的執行停止の趣旨に反しないので、妨げられない(72条1項)。(β)売却決定期日後に提出された場合には、 その売却実施によって買い受けることができる者がなくなったときに限り、執行停止の効力を生ずる(72条2項)。

弁済受領文書・弁済猶予文書39条1項8号の文書)
これらは、売却実施の終了(最高価買受申出人の決定)前に提出された場合には、執行停止の効力を有する。その後の提出は、その売却実施によって買い受けることができる者がなくなったときに限り、 執行停止の効力を生ずる(72条3項)。

競売申立ての取下げの制限
競売申立の取下げは、申立人の都合で手続を終了させるものである。買受申出人の所有権取得の期待を保護するために、買受申出があった後に競売申立てを取り下げるには、 最高価買受申出人等が決まった後で、その者の同意を得ることが必要である。 他に差押債権者があり、自己の取下げによって最高価買受申出人等の買受けの期待が害されないとき(62条1項2号に掲げる事項について変更が生じないとき)には、 その同意は不要である(76条1項)。

執行取消文書−その139条1項4号・5号)
執行申立てを取り下げる旨を記載した和解調書の提出あるいは執行免脱のための担保の提供も、最高価買受申出人等の同意がなければ執行停止の効力を生じない(76条2項)。 これらは、債務者が債権者の抵抗を排して時間と労力をかけて取得するものとは言えず、債務者の利益より最高価買受申出人等の利益を優先させるのが適当だからである。

執行取消文書−その239条1項1号−3号・6号)
これが代金納付時までに提出された場合、執行手続は取り消される。売買契約の成立に相当する売却許可決定の確定後の時期についてもこのことを認めているのは、 買受人の利益よりも執行取消文書を迅速に得ることができるとは限らない債務者の利益を優先させたものである。確定した売却許可決定でさえもこの執行取消しにより効力を失うという意味では、 売却許可決定は解除条件付きということができる。

提出時期 執行取消文書1(4号・5号) 弁済受領文書・弁済猶予文書(8号) 一時的執行停止命令(7号) 執行取消文書2(1号−3号・6号
最初の買受申出がなされてから売却実施終了まで 最高価買受申出人等の同意が必要(76条2項) 執行停止の効力あり(39条2項・3項により制限されていることに注意)
執行停止の効力あり
執行が停止され、取り消される
売却決定期日の終了まで 原則として執行停止の効力なし(72条3項) 執行停止の効力がある=売却許否の裁判の保留(他の事由による売却不許可決定は可能)(72条1項)
代金納付まで 原則として執行停止の効力なし(72条2項)
代金納付後
買受人の所有権取得に影響なし

5.11 最高価買受申出人等のための保全処分(77条

最高価買受申出人あるいは買受人は、買受申出時の状態で競売不動産の引渡しを受けることに利益を有する。この利益の保護のための保全処分制度を77条が規定している。

要件
)債務者又は不動産の占有者が価格減少行為等をし、又は価格減少行為等をするおそれがあること。 平成15年改正により、単純な価格低下行為も55条の禁止対象とされたので、この点での55条と77条の要件の差異は小さくなったが、なお次の点に差異がある[12]。すなわち、
)代金納付の意思のない最高価買受申出人等がこの保全処分命令をふりかざして債務者や占有者を不当に圧迫することがないようにするために、次の金銭の納付が要件とされている。
効果
上記の要件の下で、執行裁判所は、最高価買受申出人又は買受人の申立てにより、引渡命令の執行までの間、次に掲げる保全処分又は公示保全処分を命ずることができる。
行為命令の保全処分(1号)  執行裁判所が必要があると認めるときは、公示保全処分を含む。
執行官保管の保全処分(2号)  執行裁判所が必要があると認めるときは、公示保全処分を含む。
占有移転禁止の保全処分(3号)  この保全処分の特質により、公示命令は常に必要である。

55条2項の準用により、名宛人に関して次の制限がある(77条2項)。
  債務者 その他の占有者
行為命令 (制限なし) 消除基準債権者(従って買受人)に対抗できないこと
執行官保管 不動産を占有していること
占有移転禁止

77条の執行官保管に付された不動産の引渡しを得るには、買受人は引渡命令を得なければならないのが原則である(77条1項の「引渡命令の執行までの間」の文言は、この趣旨を含む)[18]。

準用規定
すでに言及した規定以外に、次の規定が準用される(2項)。
次の規定は、準用されない。
55条の保全処分との対比
77条の保全処分命令の理解のために、55条の保全処分との主要な差異を整理しておこう。
55条の執行官保管の保全処分との関係
55条1項2号により執行官保管に付されている不動産については、買受人は、売却許可決定が確定した時点で77条の保管命令を申し立てるべきである。 55条保全処分命令は、買受人の代金の納付後は、本来、その目的を失って、効力を早晩失うべきものだからである。もっとも、

6 買受人の権利・義務


文 献

6.1 代金納付−所有権移転(78条−80条)

代金納付義務
確定した売却許可決定において買受人とされた者は、代金納付義務を負う(代金額のほかに消費税の支払を求められることはない[39])。 もっとも、執行裁判所あるいは執行債権者が代金支払請求の訴えを提起することは予定されておらず、買受人が代金を納付しない場合には、 彼は保証金の返還請求権を失うだけである(80条1項後段)。 その意味で、保証金は、解約手付け(民法557条1項本文)の性質を有する。
なお、買受人は、買受代金のほかに、所有権移転登記の登録免許税等の諸費用を負担することになるので(82条4項)、 その支払のための金銭も用意しておくべきである。

納付手続
買受人は、裁判所書記官の定める期限までに代金を納付しなければならない(78条1項。 利息は付されない[37])。 この期限は、規則56条により売却許可決定確定後1月内の日とされているが、 実務はこの規定を訓示規定と解し、買受人の資金調達の都合を考慮して1月以上の日を期限とすることがある。 納付期限は、特に必要があると認めるときは、変更することができる(78条5項)(買受人は申立権を有しないが、資金調達が遅れた場合や、 買受人となった不動産業者が転売先をまだ確保できていない場合に、変更を上申することがあるようである)。 納付期限の定め、およびその変更の処分に対しては、執行裁判所に異議を申し立てることができる(78条6項)。 異議申立てを受けた執行裁判所は、執行停止の仮の処分をすることができ、異議についての裁判に対しては不服を申し立てることができない(78条7項・10条6項前段・9項)。

現金一括納付と差引納付(差額納付)
買受代金は現金で一括払をしなければならない。ただし、次の保証等は、支払代金に充当され、その分だけこの段階での現金支払額は減少する(78条2項)。
  1. 買受申出の保証(66条(買受申出額の一定割合)・63条2項1号(全額)・68条の2第2項(全額))
  2. 最高価買受申出人のための保全処分がなされる場合について、買受申出額に相当する金銭(77条1項)[38]

上記1の保証が規則40条1項む所定の方法以外の方法で提供されている場合には、その換価に費用が必要な場合があり(法63条2項1号・68条の2第2項の保証について、 規則32条1項2号・51条の4第4項により有価証券が提供された場合)、その場合には換価代金から換価費用を控除したものが代金に充当される(法78条2項。規則32条1項3号の方法(支払保証契約)による保証提供は、 規則40条1項4号でも挙げられており、法78条2項の適用はない)。

買受人が売却代金から配当等を受けることができる債権者である場合には、売却許可決定が確定するまでに執行裁判所に申し出て、納付すべき金額から自己の受取分を差し引いた差額だけを納付することが認められている(差引納付)。 ただし売却代金が不十分なため配当が行われる場合には、買受人が受けるべき配当額について配当期日に異議の申出があれば、配当期日から1週間以内に、異議のあった金額を直ちに納付しなければならない (78条4項)[33]。もっとも、配当異議の申出があった場合に、配当異議の訴え等が提起されたことが2週間内に執行裁判所に対して証明されなければ、 配当異議の申出は取り下げられたものとみなされるので(90条6項)、 異議のあった金額を現金で納付することは必要なくなる。

差引納付の申出をした買受人が受けるべき配当額(以下「想定配当額」という)について異議の申出がなされなかった場合又はなされたが取り下げられた場合でも、買受人の実際の債権額が想定配当額よりも小さかった場合には、 債務者は、そのことを主張して、その差額([想定配当額]−[実債権額])について不当利得の返還を請求することができる (当該債権について確定判決が存在する場合には、既判力による制約を受ける。35条2項参照)。この点は異論を見ない。 しかし、債務者がさらに進んで、「買受人は代金の全額を納付していなかったことになるから、79条の適用はなく、したがって所有権を取得していない」と主張することができるかについては、見解が分かれる。
 () 旧法下の先例であるが、東京高判昭和53年7月26日判時903号53頁は、買受人が複数の担保権を有する競売申立人であるが、 債務者がその一部の担保権の被担保債権を争い、実際の債権額は想定配当額より少ないから代金の完済がないと主張して買受人の所有権取得を争う場合について、次の理由により、債務者は買受人の所有権取得を争うことができないとした: (α)反対の見解を採ると、本件のような場合に、一旦完結した扱いをした競売手続を再び続行しなければならなくなる。 (β)買受人が差引納付をすることなく代金全額を現金で納付した上で過大配当を受けた場合と同様に処理してよく、債務者や後順位債権者は買受人に対して不当利得返還請求をすることができるとすることで足りる。
 () これに対して、[上原*2016a]は、次の理由により、債務者は買受人の所有権を争いうるとする: (α)配当異議申出者は、配当期日から2週間以内に配当異議の訴え等を提起しなければならないことの負担の大きさを考慮すると、 この手続保障の存在とその懈怠を理由に債務者の所有権喪失を正当化することは困難である(131頁以下); (β)差引納付に正当性がないことを理由に所有権取得を否定される買受人の不利益は、債務者が受ける不利益と比較して、相対的に小さい(136頁)。

しかし、次の理由により、買受人が負うのは不当利得返還債務であると構成するのがよいであろう[43]。(α)前記東京高判が説示するように、 差引納付を≪代金全額納付後に配当額を受けることと同等なもの(簡略にしたもの)≫と考えると、買受人が負っているのは未払代金債務ではなく、過誤配当により生じた不当利得の返還債務にすぎないことになり、 「競売により成立した売買契約の解除」の余地はない。さらに、(β)「売買契約の解除」を認めると、原状回復の必要が生じ、法律関係が複雑・不安定になりやすい。 (γ)不動産価格の上昇期には、「売買契約の解除」をして不動産を取り戻すことができることは、債務者にとって利益となるが、債務者は配当異議の申出をしなかったことによりこの解除の利益を失うと説明することもできる (債務者から解除の利益を奪ったとしても、買受人に不当な利得を与えることにはならず、解除の利益は、配当異議の申出の懈怠により喪失させてもよい程度の利益であるとみることができる)。

裁判所書記官    買受人+融資者
  |         |
(所有権移転  
(抵当権設定登記
登記等の嘱託書) 
の申請の委任)
  |         ↓
  └─────→
司法書士等====>登記所
納付資金の借入れ
買受人が代金を金融機関からの借入れにより調達することは、一部の裁判所で実務上の工夫により早くから行われていた。 平成10年の82条改正により、それが明文化された。 要点は、買受人への所有権移転登記の直後に融資者のための抵当権設定登記がなされる機会を確保することである。所有権移転登記の嘱託は、執行手続の範囲内である。他方、抵当権設定登記の申請は、範囲外である。 両者を連結するのが、買受人と融資者とが共同で指定した「登記申請の代理を業とすることができる者」(司法書士など)である。 裁判所書記官は、共同の申出がある場合には、被指名者に82条1項の登記の嘱託情報を提供し(嘱託書を交付し)、 この者が登記所に嘱託情報を提供する(嘱託書を提出する)方法によって嘱託しなければならない(82条2項)[30]。

代金不納付の効果
買受人が代金納付期限までに代金を納付しないときは、売却許可決定は当然に効力を失い(80条1項前段)、売却のやり直しとなる。 この望ましくない事態の発生の防止のために、その買受人又はその背後者が再度の売却実施において買受申出をすること、他の買受申出人の代理人あるいは背後者となることは禁止される (71条4号ロ)。 また保証金は、没収され(80条1項後段)、売却手続をやりなおして売却された場合に代金の一部になる(86条1項3号)。 ただし、競売申立ての取下げ等により競売がおこなわれないことになれば、没収された保証金は代金不納付の買受人に返還される。他に適当な帰属先がないからである。

所有権移転
買受人との売買は売却許可決定の確定により効力を生ずるが、買受人が所有権を取得する時期は代金納付の時である (68条の2第2項あるいは77条1項により予め納付された金銭の充当により代金全額が支払われる場合には、 売却許可決定確定の時)。執行債権あるいは競売の基礎となる担保権の不存在それ自体は、買受人の所有権取得を妨げない(執行債権の不存在の場合につき、 最判昭和54年2月22日民集33巻1号79頁[百選*1994a]43事件、担保権の不存在の場合につき、184条)。 他方、目的物が第三者の所有に属する等の場合には、買受人がその所有権を取得しうるとは限らないが、ともあれ、代金を納付した買受人の所有権取得を確実にすることは、競売手続の最重要課題の一つである。

所有権取得の範囲は、差押えの効力の及ぶ範囲と同じである。借地上の建物の買受人は、差押えの効力の及ぶ範囲で、借地権も取得する。 ただし、賃借権については土地所有者による譲渡の承諾が必要である(東京地判昭和33.7.19下民集9巻7号1320頁・[百選*1994a]27事件)。 承諾が得られない場合のために、承諾に代わる許可の裁判の道が開かれている(借地借家20条)。 いずれの場合でも、敷金関係は新賃借人に承継されないのが原則である。 賃貸人は旧賃借人に敷金を返還するので、借地権譲渡の許可の裁判をする際に、裁判所は付随的裁判として、新賃借人となる買受人に敷金の交付を命ずることができる (最高裁判所 平成13年11月21日 第2小法廷 決定(平成13年(許)第20号))。

6.2 引渡債務の履行・危険負担・担保責任

買受人と執行債務者との間では、通常の売買契約の成立に必要な意思表示がなされているわけではないが、売却許可決定の確定により契約による売買に相当する法律関係が生ずる。 そこで、民法は、競売による「売買契約」を観念し、担保責任や危険負担や債務不履行の問題を規律している(民法568条1項。最高裁判所 平成8年1月26日 第2小法廷 判決(平成5年(オ)第1054号)も参照)。

民事執行の競売による売買の売主
ところで、 競売による売買の売主は、誰と考えるべきであろうか。(α)不動産の強制競売は、国家の執行機関(執行裁判所)が差押えにより不動産の処分権限を収納し、 債務者所有の不動産をその意思に反して売却するのである。債務者が買主を選定するわけではなく、どのような条件で売却するかを決めることもできない。その点からすれば、売主は執行裁判所ということができる。 他方で、(β)売買は二人の者の間で財貨を等価交換的に移転させる契約であり、移転されるのは執行債務者の財産(不動産)と買受人財産(金銭)であり、 代金を受領するのは債務者自身ではなくは執行裁判所であるが、代金は債務者の債務の弁済に充当されるのであるから、執行債務者を売主と見ることもできる。 雑駁な表現になるが、(α)の意味での売主を「形式的意味での売主」と呼び、(β)の意味での売主を「実質的な意味での売主」と呼ぶことにしよう。 競売による売買の売主は、形式的意味では執行裁判所(裁判所内部での役割分担は捨象する)であり、実質的意味では執行債務者である。 誰が売主であるかが関係する問題については、個々の問題毎に上記の点に留意しながら解決を図る必要がある。

引渡債務の履行
平成29年民法改正前においては、競売により成立した売買契約について、債務者が競売不動産を買受人に任意に引き渡さないことが債務不履行になり、 買受人はそのことを理由に売買契約を解除することができるとは、ほとんど考えられていなかったであろう。(α)民法には、担保責任を理由とする売買契約解除の規定はあったが(改正前568条1項)、 売主の債務不履行を理由に買受人が売買契約を解除することができるとする規定はなかった。(β)競売は債務者の意思を抑圧しての競売であるので、債務者が引渡しを拒むことが多い; 任意の引渡しがないことを理由に解除することができるとしても、 債務者が無資力であることが多いであろうことを想定すると、買受人は配当を受けた債権者に代金の返還を求めることができるとせざるを得ないが、 その趣旨を定める改正前民法568条2項は、担保責任を理由に売買契約が解除(同条1項)された場合に適用される規定であったから、 引渡がないことを理由に解除しても、配当を受けた債権者から代金の返還を得ることができるという保証はなかった。(γ)不動産の売買契約の履行に関して買主が有する主要な利益は、所有権移転登記を得ることと、 目的物の引渡しを得ることであるが、前者は裁判所書記官が登記の嘱託をすることにより実現され、後者の利益の実現は引渡命令の制度により支援され、 引渡命令により現実に不動産の引渡しを得ることは競売手続外で買受人が実現すべきこととされた; したがって、売買契約上の売主(執行債務者)が債務(上記2つの利益を実現する債務)を履行しないことを理由に買受人が解除することができるとする必要性は乏しかった; 他方、売却される財産の瑕疵については、売却を担当する執行機関に責任があるので、権利の隠れた瑕疵の存在を理由とする解除を568条1項が認める必要があり、民法は、これを理由とする解除のみを認めていた。

ところが、平成29年民法改正後の568条1項は、(α)売買の対象である物の数量及び権利の契約不適合を理由とする代金減額請求・解除に関する規律(民法563条・564条・565条)のみならず、 (β)債務不履行を理由とする売買契約の解除に関する規律(民法541条・542条)も競売の場合に一般的に適用されるとした(568条1項)。 (β)の規律をそのまま競売による売買に適用すると、執行債務者が競売不動産を任意に引き渡さないことも債務不履行になる。しかし、競売の特質を考慮するならば、 その結論で良いのかを検討する必要がある[40]。この問題は、さらに危険負担の移転時期にかかる改正後民法567条とも関係する。 買受人が引渡命令を得ても、債務者が現に占有する不動産の引渡しを得ない限り、危険負担は売主にあり、568条2項を通じて配当受領債権者も負担を負わされることになるからである。 引渡債務の検討に入る前に、危険負担について見ておこう。

危険負担
特定物売買の危険負担に関する規定は、次のように変遷した。
この変遷の中で、民執法75条1項をどのように位置付けるかが問題になる。一方で、()民執法75条1項は、代金納付義務を発生させる売却許可決定の取消しを求めるための要件を定めた規定にすぎず、 代金納付後・引渡前に生じた滅失・損傷については、民法567条1項の反面規律が適用されると考えることもでき、また、そのように解する見解が有力である([中野=下村*民執]514頁)[41]。 他方で、()不動産の競売の特質を考慮するならば、平成29年民法改正は民執法が採用した所有者負担主義に影響を及ぼさないと考える余地もある。

不動産の競売における目的物の引渡
動産執行では、売却手続内で引渡しがなされるので(民執規則126条1項)、 引渡時移転主義を採用することに支障はない。これに対して、不動産の競売にあっては、 目的物の引渡しは基本的に競売手続外の問題とされており、競売手続の中では引渡命令の制度が用意されているにとどまるので、 (α)買受人が執行債務者から目的物の引渡しを得られないことを理由に売買契約を解除することができるとすることが妥当であるかが問題となり、 また、(β)引渡時移転主義を採用することが買受人保護の点で好ましいとしても、それを採用することが実際問題として妥当かが問題にな る。これら2つの問題において、「引渡し」の概念が重要である。

民法541条・542条における「債務の履行」としての引渡し  通常の売買においては、任意の引渡し(訴訟手続や執行手続を経る必要のない引渡し)がなされるべきであり、 任意の引渡しがなされなければ、買主はそのことを理由に売買契約を解除することができる(民法541条・542条)。競売の場合はどうか。

  ()最初に、第三者が買受人に対抗することができる権原(例えば賃借権)をもって競売不動産を占有している場合を検討しておこう。目的物が動産である場合には、 所有権取得の対抗要件具備のために、指図による占有移転(民法184条)は必要的であるが、不動産の場合には、その必要性は低い(所有権取得の対抗要件は、登記である。 また、買受人は、賃借人とは対抗関係には立たないので、登記がなくても所有権を取得を主張することができる──ただし、賃料等の支払請求に際して、いわゆる権利保護要件として、 登記が必要であるとする見解がある。指図による占有移転が所有者の交代を通知する形でなされれば、買受人は所有権の取得を賃借人に主張しやすくなり、その点で便宜であるにとどまる)。 したがって、賃貸中の不動産が売却された場合には、そもそも指図による占有移転が必要であるかも問題であるが、ここではひとまずそれが必要であるとしよう。 では、その指図をすべき者はだれか。通常の売買であれば、もちろん売主である所有者であるが、競売の場合はどうか。

  (a1) 執行債務者であるとしよう。しかし、自己の意思に反して不動産を競売された債務者に指図による占有移転を常に期待することができるかといえば、 そうではない。債務者が所在不明になっている場合もあるし、また、占有移転のための指図をしないことにより債務者に生ずる不利益はあまり考えられないから、 買受人が債務者に指図の催告をしても、少なからぬ場合に指図はなされないままとなろう。それは債務不履行に該当するとして買受人が売買契約を解除することができるとしたのでは、 競売制度が機能不全に陥る。したがって、「競売の場合には、元の所有者による指図による占有移転は不要である」という所に戻らざる得ない。

 (a2)執行裁判所を売主とみて、執行裁判所が占有移転のための指図をすべきであるとすることは可能であり、またその指図がなされることが好ましいのは確かである。 ただ、占有移転のための指図をするとなると、執行裁判所は占有権原の有無を確定的に判断するのではないから、指図の内容は、「買受人が所有権を取得したので、 不動産から立ち退くときは買受人に引き渡してください」といった程度の内容になろう(民法184条の文言に即して、「買受人のために占有してください」という表現では、おそらく誤解が生じよう)。 上記の指図の後半部分は前半部分から導かれることであり、前半部分は、買受人が代金納付の書類を示して所有権取得を占有者に主張すれば足りることであり、 また、不動産については前述のように指図による占有移転の必要性が低いことを考慮すると、占有移転のための指図をしないことを条件に売却されたとみることも可能である。 そのようにみれば、占有移転のための指図がなされないことは、債務不履行に該当せず、解除事由にならないことになる。
  では、引渡し(間接占有の移転)は何時なされたと考えるべきであろうか。間接占有者は執行債務者であるが、 執行裁判所が差押えにより収納した処分権限の中には間接占有を執行債務者から買受人に移転させる権能を含んでいると見れば、買受人が代金を納付して所有権を取得した時点で、 執行裁判所が競売不動産の間接占有を買受人に与えたと見ることができる。その場合に、執行裁判所が引渡証を作成して買受人に交付することが好ましいが、 それがなされなくても黙示的に引渡しがなされた考えてよいと思われる。また、特段の引渡行為がなくても、買受人が所有権の移転を受けることにともない、 間接占有も当然に買受人に移転すると理解することことも可能であろう。このことは、売主は執行債務者であるとみても変わらない。
 結局、どのような前提をとろうとも、賃貸中の競売不動産については、売主の義務の履行としての引渡し(間接占有の移転)は、買受人が代金を納付した時 (代金相当額が売却許可決定確定前に納付されていたときは、許可決定が確定した時)にあったと考えてよいことになる。

 ()競売不動産を占有する第三者が執行債務者との関係でも占有権原を有さない場合はどうか(当初から不法占拠している場合のみならず、賃借権が消滅したことにより無権原になった場合も含む)。 通常の売買であれば、売買契約の決済時(同時履行の時)までに売主が不法占拠者を排除し、排除後の不動産を買主に引き渡すべきことが約定されることが多いであろうが、 不法占有者を買主が排除すべきことが約定されることもあろう。執行売却においては、執行債務者が不法占拠者を排除することを期待することはできず、執行裁判所もその義務を負うのに適さないので、 売主を誰と見ようとも、「買受人が不法占拠者を排除すべきである」との条件で売却されたとみるべきである。そうなると、(a)で述べたのと同じ法律構成により、買受人は、代金納付の時に間接占有を取得したと見ることになる。

 ()執行債務者が競売不動産を直接占有している場合はどうか。通常の売買では、原則として、現実の引渡しがなされるべきである。競売の場合はどうか。

  (c1)売主を執行債務者と見る限り、執行債務者による現実の引渡しが必要である。ところで、債務者の占有態様及び引渡に際しての対応は、様々である。 (α)動産を残置して占有しているだけの場合もあれば、動産すら残置されていない全くの空き家の場合もある。他方で、(β)競売建物に居住して、 引渡命令の強制執行に赴いた執行官に対して白刃を振りかざす場合もある。さらには、(γ)執行官の眼前で灯油ををかぶって焼身自殺をし、その結果 競売建物が焼失してしまう場合もある。その他の様々である。(α)から(γ)の場合には、任意の引渡は期待できない。しかし、不動産の競売は、債務者の意思に反してなされるものであり、 買受人が所有権を取得しても、債務者が任意に引き渡さないことがあることは想定範囲内のことであり、それ故に引渡命令の制度が用意されているのである。 したがって、競債務者が買受人に任意に引き渡さないこと自体をもって債務不履行とし、買受人は売買契約を解除することができるとするわけにはいかない。 他方で、買受人が引渡命令を得て、その強制執行の申立てをしたが、それにもかかわらず何らかの事情で速やかに引渡を得ることができない場合 (例えば、引渡しの強制執行が過酷執行になるといった理由で執行官が強制執行を留保する場合)には、引渡債務の不履行を理由に売買契約を解除することができるとすべきであろう。

 (c2)売主を執行裁判所と見れば、売却条件の設定の問題となる。執行裁判所自身が引渡義務を負うのではないから、 引渡義務を負う執行債務者が任意の引渡しをしなければ売買契約を解除することができるという条件で売却することができるのはもちろん、 任意の引渡しない場合でも売買契約を解除することはできない(買受人は引渡命令等により引渡しを得なければならない)という条件で売却することもできる。 いずれの条件で売却したと考えるかについて明文の規定があるとは言い難いから、結局、妥当な解決は何であるかという視点から決せられる法解釈問題になる。
  そして、執行債務者が引渡義務を任意に履行しないことのみを理由に買受人が売買契約を解除することができるとしたのでは、競売制度が機能不全に陥るので、それは回避しなければらず、 不動産の競売において執行裁判所がなすべきことは、引渡命令の発令までであるから、不動産を直接占有する債務者に対する引渡発令の発令は売買契約の内容になるが、 現実の引渡しが任意になされることは契約内容に含まれないと解することができる。換言すれば、現に占有している執行債務者に対する引渡命令の申立てがあるにもかかわらず発令しないことは債務不履行であり解除事由になるが、 執行債務者が任意の引渡しをしないことは解除事由にならない。

民法567条の引渡し この引渡しも、同法182条以下の方法によってなされるものとしよう。
  ()第三者が競売不動産を占有している場合については、(1)で述べたことが妥当し、買受人が代金を納付した時に引渡しがあったと見るべきである。この結論は、執行裁判所と見ることにより説明がしやすくなる。

 ()執行債務者が直接占有者である場合はどうか。ここで問題になるのは、債務者と買受人との間の利害調整というより、配当を受けた債権者と買受人との間の利害調節である。 現実の引渡しについて債権者は影響力を及ぼすことができず、買受人の努力に委ねざるを得ず、買受人が引渡しを得る努力を怠っている間に当事者の双方の責めに帰すことができない事由により競売不動産が滅失・損傷を受ければ、 売買契約の解除又は代金減額請求により、債権者は受領した配当金の全部又は一部を返還しなければならなくなり、彼の法的地位が不安てになるからである。 したがって、買受人は引渡命令により迅速に引渡しを受けるべきであるとの規律を設定することが考えらる。しかし、引渡命令の申立期間は代金納付の時から6ヵ月であるが(民執法83条2項)であるが、 確定した引渡命令の執行申立てについては期間制限は設けられていないので、危険負担の移転時期が遅くなる可能性がある。もちろん、代金を納付した買受人は、ほとんどの場合に、現実の引渡しを迅速に得ようとするので、 危険負担の移転時期が遅くなることを危惧する必要はないというのも、一つの判断である。ただ、そうであるとしても、 直接占有者が第三者との場合と債務者自身の場合とで、危険負担の移転時期がかなり異なるという点は、問題点とすべきであろう(結論の変更を必要とする問題点であるか否かは、評価の問題である)。

 (b1)債務者を売主と見れば、現実の引渡の時に危険が移転することになる。前述のように、引渡命令の執行申立てについて期間制限がないので、 買受人が執行債務者から現実の引渡を受けるまでの期間(上限となる期間)は確定せず、配当を受けた債権者の地位の不安定が不定期間続くことになる。

 (b2)売主を執行裁判所と見れば、売却条件の設定の問題となる。すなわち、民法567条は任意規定であり、売買契約により危険負担の移転時期を変更することは可能である。 立法論としては、売主たる執行裁判所が執行債務者から目的物を取り上げて買受人に引き渡し、このときに危険負担も移転するとすることも考えられるが、 現行法の下では、現実の引渡しは競売手続内で執行裁判所が自らすべきこととはされていない。 したがって、民法567条に全ての売買に常に適用されると考えるのではなく、競売による売買については執行法上の要請も考慮して、 売却条件の一部として危険負担の移転時期を定めことができると考えるべきである[45]。 選択肢は、次の二つであろう。(α)配当受領債権者の地位の安定という要請も重要であるが、現実の引渡を受けない限り買受人は危険を負担することはないと言う形で買受人を保護して、 競売不動産の買受希望者を増やし、高額で売却できるとすることが、強制執行制度の機能の維持を図ることも重要であり、前者よりも後者を優先させるべきであるとの選択肢。 (β)第三者が競売不動産を占有している場合と同様に、危険負担の移転時期を代金納付の時とするのが簡明であり(その方が、危険負担の移転時期が統一されてよい)、 また、強制執行によりやっと債権を回収することになった債権権者の地位の安定を図るために、危険負担の移転時期を代金納付時とする選択肢。これには、次の理由も付加することができる: 危険負担が問題となるのは、主として、建物の滅失・損傷であり、それは代金納付と同時に火災保険契約を締結することによりかなりの程度損失を回避することができる; もちろん、土地も地震・地滑りにより損傷を受けることがあり、地震による建物の損傷も保険で完全にカバーできるわけではないが、 競売不動産の買受けにはそのようなリスクがあることを予期して買受申出をすべきであると割り切ってよい。

まとめ  第三者が競売不動産を占有している場合については、代金納付の時に引渡しがあり、この時に危険負担も移転すると考えてよい。
  結論が分かれ得るのは、執行債務者が競売不動産を直接に占有している場合である。この場合については、どのような考えをとるべきかは、 結局のところ、競売が通常の売買と異なる要素を有していることを考慮した上で、結論の妥当性により決められる(その異質の要素を無視する(1)(c1)及び(2)(b1)は採用できない)。 どの結論が妥当であるかの判断は難しく、比較法的検討(通常の売買の場合に引渡時移転主義を採用している諸国において、競売の場合の危険負担の移転時期がどのように定められているかの検討)も必要であるが、 おそらく、危険負担の移転時期は、代金納付の時と解してよいであろう。
 競売の特質を考慮して危険負担の移転時を所有権移転時とするのであるから、通常の売買の場合の任意規定である民法567条の適用はなく、また、同条にいう引渡しの時期を問題にする必要はない。 ただ、債務者が直接占有者である場合でも、買受人は代金納付した時に所有権を取得するのであるから、この時から買受人は間接占有者になると見る必要がある。もし仮に競売不動産の真の所有者は第三者であり、 債務者は所有の意思をもって占有しているにすぎないが、取得時効は間もなく完成するという場合には、民法187条の占有承継は、所有権取得の時にあったと見るべきであろう。
 以上の議論で得られた結論相互の間で整合性が欠けることがないか、あるいは未検討の他の事例において整合性を欠く結果が生じないかが更に検討されるべきであるが、おそらく問題はないであろう。

債務者の責めに帰すべき事由による滅失・損傷
債務者が競売不動産の直接占有者であり、現実の引渡しがなされる前に彼の責めに帰すべき事由により競売不動産が滅失または損傷した場合(例えば、1・c・γの場合)は、どのように規律すべきか。 この場合には、危険負担ではなく、債務不履行が問題になる。債務者は、実質的な売主であり、この場合まで買受人に損失を負担させることは、公平性を欠く[46]。 買受人は、執行債務者の債務不履行を理由に売買契約を解除して、代金の返還を求めることができ、代金の返還では償われない損害が生じている場合には、その賠償を求めることができるとすべきである。 執行債務者が無資力である場合には、民法568条2項により、配当受領債権者に返還を請求することができる。
  他方、第三者が直接占有者であり、彼の責めに帰すべき事由により競売建物の滅失・損傷が生じた場合には、買受人はこの者に対して損害賠償を請求することができるにとどまる (無権原の第三者が占有している場合に、買受人がこの者から引渡しをするまでは民法567条が適用されるとの立場に立てば、 第三者の責めに帰すべき事由(当事者双方の責めに帰すことのできない事由)による滅失・損傷は危険負担の問題になるので、買受人は売買契約を解除することができることになるが、その結論が妥当かは疑問である)。

担保責任
通常の売買では、()引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約内容に適合しないとき(物の不適合)は、 買主は、売主に対して、(a1)追完請求権(修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しを請求する権利、562条)、 追完がなされない場合に(a2)代金減額請求権(563条)を有し、さらに(a3)415条による損害賠償請求、(a4)541条・542条による解除をすることを妨げられない(564条)。 ()売主が買主に移転した権利が契約内容に適合しないとき(権利の不適合)も、同様である([内田*改正民法]82頁以下参照)。

不動産の競売においては、売却される不動産がどのようなものであるかは、執行官の現況調査報告書・評価人の評価書・物件明細書(いわゆる「三点セット」)に示され、これらは担保責任の判断基準である契約内容となる。 売却不動産の価格に影響を与える要素の現状と三点セットの記載内容とが異なり、その相違が価格に悪影響を及ぼす場合には、 その相違した要素は、契約不適合をもたらす要素である(ここにいう「契約不適合」は、平成29年改正前の用語でいえば「(隠れた)瑕疵」である)。

通常の売買においては、売主は物の適合性と権利の適合性の双方について担保責任を負う。しかし、執行売却には、次のような特質がある: (α)執行機関は、契約不適合が生じないように綿密に調査するのであるが、それにも限界がある; かつ、(β)競売においては売却機関である裁判所あるいは売主(執行債務者)自身による追完を期待することはできない;また、(γ)売却代金は執行債権者等への配当等に充てられており、 代金の減額請求や契約解除がなされると、法律関係が混乱する(実際上の解決が難しい問題が生ずる)。これらの事情により、担保責任を制限することが要請される。 他方で、買受人を保護して競売の信用を確保することも必要である。これら2つの要請の調整として、民法586条が次のように規定した。

民法568条1項  次の場合には、買受人は、代金納付後であっても、民法541条・542条の規定により契約を解除し、あるいは563条・565条の規定に従って代金の減額請求をすることができる (売主による追完は期待し得ないので、562条は除外されている)。なお、同項にいう「民事執行法その他の法律の規定に基づく競売」には、強制競売のみならず、担保競売や換価のための競売も含まれる。 担保責任を追及できる場合に、債務者が無資力であれば、買受人は、売却代金から満足を得た債権者に対して二次的に返還請求することできる(民法568条2項)。 権利の不適合の担保責任の追求は、競売手続外で行われるのが通常であるが、配当前にそれが判明した場合には、競売手続内で行なうこと、 すなわち買主の売買契約解除の意思表示に基づき売却許可決定を取り消し、納付された代金があればそれを買主に返還することを認める見解が有力である。 代金の減額しかできない場合でも、配当手続内で救済しようとする見解も出されている。

民法568条3項  買受人が契約を解除し又は代金減額請求を有効にした場合には、売主である執行債務者に対して代金の全部又は一部の返還を請求することができる。 しかし、執行債務者はしばしば無資力であるので、代金から満足を受けた債権者が補充的に責任を負うとされている。買受人は、各配当受領債権者に対して、 その者が受領した配当額の範囲で、代金の返還を請求することができる(代金減額請求の場合には、返還されるべき金額が各配当受領債権者が受領した配当額よりも小さい場合がある。 その場合には、各配当受領債権者は、配当受領額の範囲で、返還されるべき代金額全部について返還債務を負う(連帯債務になる))。 物上保証人が執行債務者である場合に、買受人が物上保証人に対して代金返還請求をすることができるかについては、見解の対立がある。否定説に立つと、第一次的に返還債務を負うのは被担保債権の債務者であり、 買受人は物上保証人に代金の返還を請求することができない(神戸地方裁判所 平成14年3月28日 第5民事部 判決(平成13年(ワ)第2828号)))。買受人は、物上保証人と被担保債権の債務者の双方を被告にして、同時審判の申出(民訴法41条)をすることができるとすべきであろう (法規の解釈が確定していないために双方を被告にせざるほ得ない場合であり、民訴法41条が本来想定している法律上併存し得ない権利関係ではないが、同条の適用を認めるべきである)。

民法568条4項    他方、種類又は品質の不適合については、担保責任を負わないものとされた(568条4項による同条1項から3項の規定の適用排除。同条1項に掲げられている541条・542条・563条・564条の適用がないのみならず、 同項に掲げられていない562条の適用もない)。品質は、有無の問題というよりも程度の問題であり、争いが生じやすいことも担保責任の否定の理由の一つになっている。 また、568条4項で除外されているのは、562条1項で挙げられている「種類、品質又は数量」のうちの前二者であり、「数量」は除外されていないことに注意。

解除の意思表示の相手方
執行債務者の責めに帰すべき事由による滅失・損傷を理由に売買契約を解除するにせよ、担保責任を理由に解除するにせよ、買受人が代金納付後に解除の意思表示をする場合に、 その相手方は誰とすべきであろうか。執行売却は、債務者の意思を抑圧して執行裁判所がなすものであるが、解除後には原状回復が問題になる。その問題に裁判所が当事者として関与することは、執行法では予定されていない。 実質的な売主である執行債務者と買受人との間で解決されるべきである。また、執行裁判所は、解除の有効性に関する訴訟の当事者にもならないとすべきである。 これらのことを考慮すると、解除の意思表示は、執行債務者に対してなすことが必要であり、それで足りる。

解除された場合に売却許可決定の取消しの措置が必要であるかが問題となるが、売却手続自体は代金納付により終了しているのであるから、それは必要ないとしてよい。 もっとも、代金納付後・配当前に目的物が滅失した場合については、売買契約の解除後に代金の返還を執行裁判所に求めることができるかが問題になる。否定説が多いが、肯定してよいと思われる。 肯定説を採る場合には、執行裁判所が代金を返還する手続上の前提として、売却許可決定を取り消すべきであり、執行債権者には執行抗告の機会を与えるべきものと思われる。

一括競売された土地と建物のうち建物が代金納付後・引渡し前に債務者の責めに帰すべき事由により滅失したため売買契約が解除された場合には、売却許可決定の取消し後に土地のみを競売に付すことが可能になる。 この場合に、従前の競売手続の続行が可能か、あるいは、競売手続全体を取り消してあらためて競売手続を開始すべきかは、おそらく事案によろうが、 通常は後者になろう。いずれの場合でも、代金納付後に買受人への所有権移転登記がなされ、不動産上の負担の登記の抹消がなされていたときは、売却許可決定の取消しにより買受人への所有権移転登記の抹消が必要になり、 また、土地上の負担の登記の回復が必要となろう。それが実際上困難な場合には、売却許可決定の取消しをなすことなく配当等を実施すべきである。

代金の減額請求の意思表示も執行債務者になすことが必要であり、それで足りる(ただし、配当受領債権者に対して減額分の返還を請求する場合には、配当受領債権者は減額請求権が発生しているか否か、 どの程度減額されるべきかを争うことができる)。配当実施前に代金減額請求がなされた場合には、執行裁判所に対して減額分の代金の返還を求める余地が生ずるが、どの程度減額すべきかを執行手続内で解決することは困難である (判決手続で解決する必要がある[47])。したがって、裁判所は、買受人の代金減額請求に理由がある場合でも、 代金全額の配当等をすべきである。全ての債権者を満足させて剰余が執行債務者に交付すべき場合でも同様であり、買受人は執行債務者の執行裁判所に対する剰余金返還請求権を差し押さえる必要がある。

6.3 登記嘱託82条

買受人が代金支払義務を履行すると、裁判所書記官は買受人への所有権移転登記を登記所に嘱託する(通常の売買の場合のような共同申請は行われない)。 それとともに、売却により消滅・失効した担保権・用益権・仮処分の登記、および差押え・仮差押えの登記の抹消も嘱託する。登録免許税その他の費用は、買受人の負担となる(82条4項)。

裁判所書記官は、嘱託に際して、嘱託情報と併せて売却許可決定があつたことを証する情報を提供する(82条3項)。 嘱託に従って登記がなされると、登記官は、裁判所書記官に買受人への所有権移転登記の登記識別情報を通知し、 裁判所書記官は、遅滞なく、これを買受人に通知する(不動産登記法117条)。

6.4 不動産の引渡し

買受人は、売却不動産の引渡しを売主の立場にある元所有者(執行債務者)に求めることができる。不動産を占有している第三者が買受人に対抗することのできる占有権原を有しない場合にも、同様である。 これらの者が任意に引き渡さない場合には、買受人は、執行裁判所に引渡命令(83条)の発令を申し立てることができる。

55条の保全処分により執行官保管に付されている不動産の引渡し
代金を完納した買受人が55条の執行官保管に付されている不動産の引渡しを執行官から得るために引渡命令が常に必要であるか否かについては、次のように見解が分かれている。
  1. 必要説  常に必要であるとする見解[15]。77条の「引渡命令の執行までの間」という文言等を根拠とする。
  2. 折衷説  債務者から取り上げて保管している場合には代金の完納の証明で足り引渡命令は必要ないが、債務者以外の占有者から取り上げている場合には引渡命令が必要であるとする見解([田中*民執v2]211頁)。
  3. 不要説  特に留保を付すことなく、代金の完納の証明で足り、引渡命令は必要ないとする見解[16]。 この見解は、保全処分においてすでに相手方の権原についても審理がなされていて、引渡命令で重ねて審理する必要はないことを実質的根拠とする。

保管命令の相手方が債務者以外の者である場合には、彼に対する引渡命令は、彼の占有権原が買受人に対抗できるものであることを訴訟(引渡命令に対する請求異議訴訟)により主張する機会を保障するために必要なことであり、 それを省略するためには彼の同意が必要である。他方、債務者が保管命令の相手方である場合には、そのような機会を付与する必要は乏しい。 この場合には、買受人が代金完納を証明すれば、引渡しを受けることができると解したい(折衷説に賛成する。[栗田*1999a]140頁以下)。

7 引渡命令(83条


引渡命令に関する 文献  判例
文 献

7.1 総説

不動産の売却にあっては、観念的な所有権の移転および所有権移転登記とともに、目的物の引渡しが重要となる。目的物が不動産であるため差押えの時点で執行機関が占有を取得する必要はなく、 買受人の代金納付後に執行債務者から買受人へ占有が移転されることになるが、その占有移転に債務者が任意に応じない場合に、買受人が債務者に対して引渡しの訴えを提起しなければならないのであれば、 それだけ売却価額は低下し、競売手続は機能不全に陥る。不動産の競売手続は、債務者の意思を抑圧してその不動産を売却するものであるから、 債務者の占有を奪って買受人に与えるプロセスの一部を売却手続の中に取り込んでよい。民事執行法は、それを引渡命令という簡易な債務名義作成手続により実現した(83条)。 引渡しの執行自体は、この債務名義に基づき別個の執行事件としてなされる。
 見解の対立や、諸説の検討は後回しにして、さしあたりは、比較的標準的と思われる説にたって説明していこう。

引渡命令の性質 − 債務名義性と相手方の救済手段
引渡命令は、競売手続内の決定手続で作成され、22条3号の裁判として債務名義の性質を有する。 債務名義は、「強制執行により実現されるべき権利(執行債権)の存在を公証(表示)する格式のある一定の(22条列挙の)文書」であるので、どのような請求権を表示しているのかが問題になる。 見解の対立はあるが、「競売により買受人が得た所有権に基づく引渡請求権」と考えるべきである。特別に規定された発令要件が充足されれば引渡請求権が存在するものとして引渡命令が発令されるが、 実体法を離れた特殊な請求権が与えられているのではない([中野*民執v5]546頁・[中野=下村*民執]580頁)。 ここで注意すべきことは、債務名義に表示される請求権の発生要件と、引渡命令の発令要件とは別個と考えるべきことである。 引渡命令は、買受人に迅速に引渡しを得させるために用意された略式手続でありら、請求権が存在しないにもかかわらず引渡命令が発せられる余地があることは当然の前提であり、 そのような事態は占有者からの請求異議の訴えにより是正されることが予定されている。その点で、引渡命令は引渡請求権の存否の確定のための本案訴訟の提訴責任の分配の機能を果たす。

7.2 発令要件

申立権者
申立権者は、代金を納付した買受人またはその一般承継人に限られる。特定承継人は申立権を有しない。簡易な手続で引渡執行の債務名義を作成するので、発令手続内での審査事項を減少させ、 発令の誤りの原因をできるだけ少なくするためである。また、引渡命令の発令制度が不動産競売の付随手続であることからすれば、買受人の特定承継人のためにまで引渡命令を認める必要はないからである。 その反面で、買受人は、競売不動産の所有権を譲渡した場合でも、引渡命令の申立てをすることができる。

相手方
買受人に対抗しうる占有権原を有しない占有者(債務者以外の第三者)を引渡命令により排除できるとすることは、買受希望者の排除や立退料の受領を目的とする不正な占有を阻止し、 競売手続の実効性を高めるために必要なことである。しかし、執行債務者が売主として目的物の引渡義務を負うことは確実であるのに対し、第三者の占有権原については必ずしもそのような確実な判断はできない。 その第三者に引渡命令を発することは、≪判決手続で占有権原を主張する機会を与えられることなしに占有を奪われることはない≫という占有者に一般に承認された利益を、 彼が必ずしも関係しない事柄(債務者の債務不履行に基づき競売手続が開始されたこと)に基づき、 彼から奪うことになる。通常の売買ではありえないことである。それゆえ、どの範囲の第三者に対して引渡命令を発することができるものとすべきかは、立法政策上の重要な問題となる。 立法は動揺したが、平成8年改正及びその後の改正により、執行制度の機能維持のために、引渡命令の相手方となる第三者の範囲は拡充された。引渡命令の名宛人(相手方)となるのは、次の者である。
 (執行債務者  執行債務者は売主として買受人に対して引渡義務を負っていることを考慮すると、彼に対する引渡命令は、買受人が代金を完納したことのみを発令要件として要件としてよく、 事実また83条1項は、執行債務者についてはその占有を問題にしていない[7]。 しかし実務では、賃貸建物の買受人が、法的知識の乏しい賃借人に対して、債務者に対する引渡命令を示して立退きを迫る例もあるので、不動産を占有していない債務者に対する引渡命令の発令に慎重な姿勢を示す裁判所もある。
 (執行債務者以外の者  債務者以外の者に対しては、買受人は所有権に基づき引渡しを請求できる。引渡命令の発令のためには、 買受人の代金完納という一般的要件の他に、次の要件が充足されることが必要である(83条1項)。
例外等の注釈
以上が一般的な要件であるが、例外となる場合もあり、注釈が必要である。

7.3 発令手続

管轄・申立て
引渡命令の発令は、執行裁判所の管轄に専属する。引渡命令の申立ては、代金納付の日から6箇月以内にしなければならない(83条2項。初日不算入)。 ただし、民法395条により明渡猶予(期間は買受け(所有権取得)の時から6箇月)が認められる場合には、申立て期間は9箇月に延長される。明渡しを猶予されるのは、差押え当時の賃借人であり、その後の賃借人は含まれない。 買受人が所有権を取得した後に占有の移転があった場合には、買受人は、直ちに引渡しを求めることができるが、この場合でも引渡命令の申立て期間は9箇月のままである([谷口=筒井*2004a]40頁)。

審理
引渡命令の申立てについては、決定手続で審理がなされる。執行債務者については審尋は不要であるが、第三者に対して引渡命令を発する場合には、手続保障のために審尋が必要となる。ただし、次の場合には審尋しなくてもよい。
発令要件の認定資料は、事件の記録である。占有者の占有開始時期・占有権原の有無は物件明細書の作成段階で明かにされているのが通常である。相手方を発令段階で審尋した場合には、 審尋結果もこの記録に含まれる。発令要件は、疎明では足りず、証明されなければならない(発令要件が充足されることについて裁判官が確信を持つことが必要である)。 ただし、発令された場合には相手方は請求異議の訴えにより引渡義務の不存在を争うことができ、そのことを考慮して確信の度合いを下げることはできる([中野=下村*民執]586頁参照)。

裁 判
申立てが適法でかつ発令要件が証明される場合には、執行裁判所は相手方に対し、申立人に競売不動産を引き渡しまたは明け渡すべき旨の決定(引渡命令)をする。 その他の場合には、申立てを却下ないし棄却する。土地の引渡命令において地上建物の収去を命ずることができるかについては、肯定説もあるが ([注解*1986b]241頁以下(中山一郎))、地上建物の収去は、引渡命令で命ずるには係争利益が大きすぎるので、 原則として命ずることができないと解すべきであろう(執行妨害のための簡易建築物はその例外となる)。 しかし、競売対象外の建物が競売土地上に存在することは、競売土地について引渡命令を発することの妨げとはならない ([中野*民執v5]556頁注8、最高裁判所平成11年10月26日決定(平成11年(許)第25号))。 建物が任意に収去されなければ、敷地部分の引渡しの執行が事実上不能になるにすぎない)。占有者が留置権を有する場合には、彼は買受人に対抗できる占有権原を有する者に該当するから、 引渡命令は発せられない(引渡命令手続内で被担保債務額を確定することは予定されておらず、被担保債務の弁済との引換給付は許されない)。

明渡しを猶予された建物使用者に対する始期付引渡命令
民法395条により明渡しを猶予された者に対して、その期間の満了の翌日を始期とする引渡命令を発しうるかについては、見解の対立がある。
  1. 否定説  建物使用者に対する引渡命令の申立期間は9ヵ月に延長されている。始期付引渡命令を認める必要はない。
  2. 限定的肯定説  民訴法135条の要件を満たすのであれば許されるが、要件を充足するか否かは個別の事件ごとに判断すべきである (例えば、占有者が猶予期間満了後も占有を続ける意思を表明している場合には許される)。
  3. 肯定説  引渡命令の制度と明渡猶予制度の趣旨を考慮すれば、建物使用者への始期付引渡命令は、一般的に許容すべきである。([宮崎*2005]7頁以下、[上原*2003]43頁、[中野*民執v5]553頁)

肯定説を支持すべきである。その理由は、次の点にある([宮崎*2005]7頁以下が詳しい)。
  1. 建物使用者は、前所有者たる賃貸人から敷金の返還を得ることが困難であるために、また、従前の占有を維持することが好都合なことが多いので、猶予期間満了後も明渡しを拒むことが予想される。
  2. 執行裁判所が明渡猶予期間満了前に始期付引渡命令を発令し、それが建物使用者に送達されることにより、彼も自己の置かれている法的立場を明確に認識できるようになり、予定を立てやすくなる。
  3. 占有者が物件明細書では395条の適用を受ける差押え前からの建物使用者であると記載されていたが、引渡命令の発令手続で差押えの効力発生後の占有者であると認定されると、 彼に対する引渡命令の申立て期間はすでに徒過しており、引渡命令を得ることができなくなる。このリスクを買受人に負わせるのは適当ではない。このリスクは、肯定説を採ることにより回避することができる。

明渡猶予期間を与えられる者  差押え後の効力発生後に設定された賃借権は、買受人に対抗することができず、また、 民法395条1項1号の賃借人に該当せず、同項柱書の明渡猶予期間を与えられない。問題は、そこでいう差押えは、何を指すかである。
不服申立て
引渡命令の申立てを排斥する決定に対しては申立人が、引渡命令に対しては相手方が、執行抗告をすることができる。引渡命令は確定しないと効力が生じないので、申立てから確定までの間に占有が移転される余地がある。 そのおそれのある場合には、77条の保全命令または通常の保全処分を申立てなければならない。抗告審において、抗告人および相手方はどのような資料を提出することができるかについては、微妙な見解の相違があるが、 手続的限定説が正当であろう[9]。
  1. 執行記録限定説  東京高等裁判所昭和59年9月21日第17民事部決定(昭和59年(ラ)第414号)・ 判例タイムズ544号131頁[8]は、 競売事件記録上に表われていない事由を主張することはできないとした。[生熊*1990a]もこれを支持する。
  2. 手続的限定説  [中野*民執v5]553頁(552頁も参照)は、執行記録限定説は厳しすぎるとし、執行抗告の理由は引渡命令の要件・手続に関する事由に限られるが、 新資料の提出は引渡命令手続の競売手続への付随性による制限に服するにとどまるとする。

占有移転禁止の保全処分による当事者恒定(83条の2
55条1項3号・77条1項3号・187条1項に規定されている占有移転禁止の保全処分・公示保全処分が執行されているときは、次の者にも執行力が拡張される。したがって、ほとんどの場合に、買受人は、その後の占有の移転を気にすることなく、 その保全処分の被申立人を相手にして引渡命令を申し立てれば足りる。
執行力が拡張される者
保全処分の執行を
知っていた
知らなかった
占有承継人
1号
2号
非承継人
1号
×

ただし、占有移転禁止の保全処分の効力は、被申立人に対する引渡命令の執行力をこれらの者に拡張するにとどまり、これらの者に対して引渡命令を執行するには、 さらに、承継執行文(27条2項)が必要である。現在の占有者が明らかにならない場合には、買受人は、占有者を特定しないまま承継執行文の付与を求めることができる(27条3項2号)。

競売不動産が真実は執行債務者のものではなく第三者のものであり、第三者がそのことを買受人に主張することができる場合でも、 その第三者が保全処分の執行されていることを知りながら不動産の占有を開始した場合には、彼にも引渡命令の執行力は拡張される。彼は、請求異議の訴えにより自己に対する執行力を排除しなければならない。

7.4 引渡命令の執行

債務名義性
引渡命令が確定すると、22条3号の債務名義となる。 執行の申立てに先だって、引渡命令の正本に執行文の付与を得ておくことが必要である(25条本文)。執行は、168条所定の方法による。

請求異議の訴え 相手方は、引渡命令に表示された申立人の引渡請求権の不存在・消滅等を主張して、 請求異議の訴えを提起することができる。この場合に、占有者がその異議事由を引渡命令手続で主張し得たか、あるいは主張したかは、問題とならない。

買受人側の承継  買受人が所有権を他に移転している場合でも、引渡命令に彼が権利者として表示されているので、買受人が執行申立てをすれば執行官は執行を開始する (引渡執行による引渡しは債務名義上の権利者である買受人になされ、そこから承継人への引渡しは任意の履行となる)。 問題は、買受人が所有権を有していないから引渡請求権も有しないことを理由に引渡命令による強制執行の不許を求めることができるか (請求異議が認められるか)である。最判昭和63.2.25判時1284-66[百選*1994a]50事件は、 買受人が所有権を移転したことを請求異議事由とすることができないとした[51]。 この判旨は様々に理解され得るが(後述「7.5発展問題>最判昭和63年」参照)、この事件では、買受人による執行手続の追行が肯定されたことになる。 したがって、買受人が譲受人のためにその同意(授権)なしに引渡命令に基づく執行を追行すること(執行担当[50])が許容されたと理解し、 それは引渡命令の効力維持のために必要であるとして、判旨を支持する立場がある([下村*2005a]174頁)[49]。 他方で、これに反対し、この執行担当は譲受人からの授権なしには許されない(授権がないのであれば、請求異議は認容されるべきである)とする見解もある([水元*2020a]300頁)。

買受人の承継人は、承継執行文を得て、自ら執行を申し立てることもできる(23条1項3号、 27条2項)。 引渡令令の確定前に買受人から不動産を譲り受けた者も、27条2項に従い、執行文を得ることができる (不動産の特定承継人は引渡命令の申立てをすることができないとされていることに関連して、この譲受人を23条1項2号の被担当者とみるか、同項3号を拡張解釈して同号の承継人とみるかの問題はあるが、 結論に差が生ずる問題ではなかろう)。

差押えの効力の及ばない動産の処理
競売不動産(特に建物)に所在する動産のうち従物に該当するものには差押えの効力が及び、買受人は不動産とともに当該動産も取得する (典型例は、建物からの分離が禁止されている消防用機械・器具である。131条14号参照)。その他の動産は、買受人への引渡しの対象外であり、引渡執行の債務者 (以下単に「債務者」という)に引き渡すのが本来である。 債務者又はその代理人等が引渡執行の現場に出頭しないため引き渡すことができない場合には、執行官は売却することができる(168条5項)。 売得金は、執行費用に充当され、残余があれば債務者のために供託される(168条8項)。もっとも、引渡執行の日に直ちに売却せずに、一定期間保管した上で後日売却することもできる (168条6項。債務者が様々な理由で引渡執行の日に出頭できないことがあり得ることを考慮すると、一時保管が好ましい)。 保管は、引渡執行の債権者である買受人にさせてもよく、保管費用は執行費用となり(168条7項)、 後日なされる売却の売得金は、これにも充当される。売却あるいは保管の対象となるのは、財産的価値のある動産であり、財産的価値のない動産は廃棄処分されるが、 執行官は買受人に廃棄処分を指示することもできる (執行官が廃棄処分するとなると、その費用が執行費用となり、さしあたり買受人が負担することになるので、買受人は執行官の指示に従い処分するのが通常である)。 こうした状況が描かれている裁判例として、名古屋地方裁判所 平成20年5月16日 民事第7部 判決(平成19年(ワ)第577号,平成19年(ワ)第920号)がある。

その他
買受人の代理人として競売建物の占有者と明渡交渉をして建物から退去させることは、民執法13条の「執行裁判所でする手続」には含まれず、弁護士法72条の「法律事務を取り扱」うことに該当し、 報酬を得る目的で業としてすれば、同条違反となる(同条違反と判断された事例として、東京高等裁判所 平成19年4月26日 第21民事部 判決(平成18年(ネ)第6031号,平成19年(ネ)第951号)がある)。

7.5 発展問題

債務名義(引渡命令)に表示される請求権
債務名義とは、「強制執行により実現されるべき請求権の存在を公証する一定の格式ある文書」である。 では、引渡命令は、どのような請求権を公証(表示)しているのであろうか。この点については、次のような見解がある(三上威彦・別冊ジュリスト177号103頁参照)。
  1. 実体法により認められている通常の請求権であるとする見解   これは、さらに2つの見解に分かれる。
    1. 二元説  債務者については、売買による引渡請求権(債権的請求権)であり、その他の占有者に対しては所有権に基づく引渡請求権(物権的請求権)であるとする見解。
    2. 一元説  全ての相手方(債務者及びその他の占有者)について、所有権に基づく引渡請求権であるとする見解。この見解は、さらに、() 引渡命令の発令のためには請求権の発生要件の全てが充足されることが必要であるとする立場([水元*2020a]305頁、[条解*2019a]831頁・834頁(水元))と、 ()発令要件と請求権成立要件とを区別し、執行債務者については「不動産占有の有無は審査の対象としない」 (成立要件のうちの占有は引渡命令の発令要件に含まれない)とする立場([中野=下村*民執]581頁)とがある[53]。 前者は、請求権の成立要件を発令要件の中に取り込んでいる(一体化させている)という意味で「一体説」と呼ぶことができ、 また、執行債務者についても占有の有無の審査が必要であるという意味で「占有審査必要説」と呼ぶことができる。 後者は「分離説」あるいは「占有審査不要説」と呼ぶことができ(相手方が執行債務者以外の者である場合については、占有の審査が必要であることは言うまでもない。 そうでないと「占有者」という発令要件が充足されない)。
  2. 83条1項は、通常の実体法上の請求権(上記Aで挙げた債権的請求権や物権的請求権)とは別個の特別の請求権を規定するものであり、 特別の請求権を公証するものであるとする見解(特別の給付請求権説)。 この請求権の根拠規定は83条であるが、発生した請求権(引渡命令に表示される請求権)を(α) 執行法上の請求権と見る見解と、(β)実体法上の請求権であり、実体法上の請求権を発生させる限りで83条は実体規定であると見る見解とがある。
  3. 引渡命令は買受人に引渡請求権を新たに付与する形成の裁判であり、新たに形成された引渡請求権が公証されているとする説(形成裁判説。[注解*1986b]245頁(中山))。
上記の議論に関連する次の具体的な問題がある。ただし、引渡制度の機能を考慮する必要があるので、請求権の性質決定からこれらの具体的な問題の結論がストレートに引き出されているわけではない。
特別の給付請求権説等の不採用  上記の見解のうち、B説やC説を採ると、引渡命令に対する請求異議訴訟において存否が争われるのは、 実体法により認められた請求権ではないから、 買受人は、請求異議訴訟で敗訴しても、通常の実体法上の請求権を主張して引渡請求の訴えを提起することができることになる[48] (C説について[注解*1986b]330頁以下(中山一郎))。しかし、それでは紛争解決機能が低下する。引渡命令は通常の実体法上の請求権を公証するものと解すべきである。

一体説と分離説の対立  一元説にあっては、買受人は執行債務者に対しても所有権に基づく引渡請求権を主張することになるが、この請求権は申立人が所有権を有することと、 相手方が目的物を占有していることを成立要件とするのであるから、理論としては、一体説が簡明である。分離説では、執行債務者に対する請求権を物権的請求権としつつ、 債務者の占有の審査を不要としているので、売買契約に基づく債権的請求権が存在すれば発令することができるとしているかのように見え、 その点で「物権的・一元的な把握を必ずしも貫徹していないように見受けられる」([水元*2020a]296頁注13)と批判され、それにも一理ある。
 占有審査不要説は、この批判にどのように答えるのか。判決手続においては、訴えにより主張された請求権の存否が判断され、請求権の発生要件が全て満たされないと、給付を命ずる判決が下されることはない (もちろん、発生要件が充足されても、被告からの抗弁(賃借権の主張)に理由があれば、請求は認容されない)。引渡命令についても同様に考えれば、 そこに表示される請求権の成立要件の充足が発令手続において確認されるべきであり、執行債務者が競売不動産を占有していることも審理対象となる。 しかし、引渡命令は、請求権の存在を確定するものではなく、執行債務者は請求異議の訴えにより請求権の存在を争うことができること、買受人が迅速に引渡しを得ることができるようにする必要があり、 引渡命令の発令手続はそのための簡易な債務名義作出手続であることを重視すると、物権的請求権の発生要件の全部を審査対象とせずに、その内の重要な一部のみの充足を確認して発令することもできてよいことになる。 換言すれば、引渡命令に表示される請求権の発生要件と引渡命令の発令要件とは別個であり、執行債務者に対する引渡命令は、 物権的請求権の発生要件のうちの所有権の取得(売却許可決定の確定と代金の完納)の要件の充足を確認して発せられるものである。 したがって、占有審査不要説が一貫しないと言うよりも、もともと制度設計が物権的請求権説で一貫されていないと言うべきであり、一貫されていない理由は、解決されるべき問題が単純ではない (引渡命令に表示される請求権を物権的請求権としつつも、買受人が執行債務者から迅速に引渡しを得ることができるようにするために、引渡命令を迅速に発する必要がある)からである。 また、占有審査不要説は、執行債務者については占有の有無を審査せずに発令することができるとしているにすぎず、執行債務者を「不動産の占有者」とみなしている([水元*2020a]296頁注13・305頁注44)のではない。

妥当性の検討  要するに、請求権の成立要件と引渡命令の発令要件とを区別して、引渡命令の制度の特質に基づき、前者が完備しなくても引渡命令を発令することができるとする制度設計も可能であり、 分離説も解釈論として成り立ちうる。問題は、一元説を前提として、占有審査必要説と占有審査不要説のいずれが妥当な結論を導くかであろう。いくつかの事例を想定して、それぞれの妥当性を検討してみよう。

 ()事件の記録上、債務者以外の者(第三者。債務者の占有補助者でないとする)が不動産を占有していることが明らかであり、かつ、

  1. 占有者が買受人に対抗することができる占有権原(賃借権等)により占有していることが明らかな場合  ()占有審査不要説によれば、次のようになる。(a1)この場合には、債務者に対する引渡命令は発せられる; ただ、執行の現場で第三者が占有していることが明らかになれば、引渡執行は不能となる;第三者に対する引渡命令は83条1項ただし書により発せられない。 これで特段問題はないと考えることもできるが、次のように考えることもできる。(a2)第三者の占有が継続している限り、 債務者に対する引渡命令を発しても、買受人は競売不動産の占有を得ることはできないので、債務者に対する引渡命令が発する必要性は乏しい;のみならず、実務においては、 買受人がその引渡命令を占有者に提示して、法的知識の乏しい占有者が裁判所からの命令があるから諦めなければならないと誤解させるという弊害が指摘され、 この場合には債務者に対する引渡命令を発令しないとの取扱いも;これらのことを考慮すると、この場合にも債務者に対する引渡命令を発することができるとすることは、 行き過ぎである; この場合には、第三者が競売不動産を退去していること立証が必要であり(ただし、現在は債務者が占有していることまでの立証は不要)、 その立証がなければ債務者に対する引渡命令は発せられないとすべきである。()占有審査必要説によれば、事件は前記(a2)とほぼ同様な軌跡を辿るが、 債務者に対する引渡命令を得るには、競売不動産の現在の占有者は債務者であることの立証も必要となる。
  2. 占有者が民法395条の保護を受ける場合  占有者は6カ月間明渡しを猶予されのであるから、買受人は、占有者に対する引渡命令を得て、その引渡命令により彼から引渡しを受けるべきである。 その点を除けば、1で述べたことが基本的に妥当する。
  3. 占有者が買受人に対抗することができる占有権原を有するとはいえず、かつ、民法395条の適用を受けない場合  この場合であっても、 第三者に対する引渡命令が発せられて、それが執行されるべきである。それに加えて債務者に対する引渡命令も発することができるかが問題になる。()占有審査不要説ではどうか。 一方で、(a1)83条が「債務者又は不動産の占有者」と規定しているので、最初から双方に対する引渡命令を発することはできず、占有者(第三者)に対する引渡命令をまず発し、 それを執行しようとしたところ、第三者が既に立ち退いているため、第三者に対する引渡命令では引渡しを得ることができないことが明らかになった段階で債務者に対する引渡命令を発することができる、 とする立場が考えられる。他方で、(a2)第三者が立ち退いていることが判明してから買受人に債務者に対する引渡命令を申立てさせるのでは、 買受人に迅速に引渡しを得させるという理念が損なわれることを根拠に、第三者と債務者の双方に対する引渡命令を当初から発することができるとする立場が考えられる。 さらに進めば、(a3)買受人が、第三者がすでに立ち退いていて現在の占有者は債務者であると主張するのであれば、その点(債務者の直接占有)を審査することなく、 執行債務者に対する引渡命令のみを発することを許してよいとすることもできよう(買受人の前記主張が誤っていて、実際には第三者がまだ占有している場合には、 あらためて第三者に対する引渡命令を得る必要があるが、買受人がそうすることなく、債務者に対する引渡命令を第三者に示して、第三者の誤解をよいことに第三者から引渡を得たとしても、 大きな利益侵害があったとはいえないとの評価を前提にする)。()占有審査必要説によれば、事件は、(a1)とほぼ同様な経過をたどる(占有審査不要説と異なり、 債務者が直接占有者になっていることの証明も必要である)。

 ()事件の記録上、執行債務者以外の占有者が存在するとはいえない場合  これは、執行官による現況調査報告書及び評価人の評価書によれば、執行債務者以外の占有者がいない場合を指す。 現況調査や評価人による調査の後に第三者が占有する可能性があり、第三者の直接占有開始が事件の記録に表れるとは限らないので、実際にいる場合といない場合の双方を含む。 ()占有審査不要説に従えば、買受人の所有権取得(売却許可決定の確定と代金の完納)のみを審査して、直ちに引渡命令が発せられる。 執行の現場で第三者の占有が明らかになれば、債務者に対する引渡命令でその者の占有を排除することはできないので、 その者に対する引渡命令を新たに取得することが必要になるが、通常は執行官がその者の特定に必要な情報(氏名等)を入手するので、引渡命令の発令は容易になる。 ()占有審査必要説は、この場合でも債務者が競売不動産を現に占有していることの審査が必要になる(引渡命令発令時点では第三者が占有している可能性が残されているからである)。 買受人は、債務者の占有を立証するする必要があり、引渡命令の発令が遅れる。

 ()事件記録に、「占有者が執行債務者(又はその占有補助者)であるか第三者であるか不明である」との趣旨が記載されている場合  ()占有審査不要説によれば、執行債務者に対して引渡命令が直ちに発せられる。 その後の展開は、(ロ)と同じである。()占有審査必要説によれば、占有者が債務者であるか第三者であるかの立証に成功するまで引渡命令の発令は遅れるのみならず、 最悪の場合には、占有の立証がないことを理由に、債務者に対する発令申立ても第三者に対する発令申立ても棄却されることになる。


以上の通観すると、占有審査不要説を原則とするのが妥当であろう。その方が、買受人に対抗できる占有権原を有する者がいない場合に、代金を納付した買受人に迅速に占有を得させることができるからである。 ただ、(イ)1の場合にまで、債務者に対する引渡命令を発令して良いかは問題である。買受人は、自己に対抗できる占有権原を有する者が存在すること前提にして買受申出をしているのであるから、 不動産の現実の引渡しを得ることが遅くなるのは承知のはずである。そうであるならば、発令時にその占有者が存在しなくなり、予想外に速く現実の引渡を得ることができるようになった場合に、 当該占有者が現在はいないことを立証させ、その立証に手間取って引渡命令の発令が遅れたとしても、その不利益は彼に甘受させてもよいであろう。同様なことが、イ2の場合についても妥当する。 したがって、発令要件は、次のように設定することが考えられる。債務者に対する引渡命令については、彼の占有は審査事項にならないのが原則であるが、 例外的に、事件の記録上、占有者(第三者)が買受人に対抗することができる占有権原を有することが明らかな場合及び民法395条の保護を受ける場合には、 それらの者が競売不動産から退去していることを主張・立証することが必要である。
 このように発令要件を設定すると、買受人の代金納付後に占有者が不動産を債務者に引き渡してしまった場合の処理が問題になる。 しかし、例えば占有者(第三者)の占有権原が賃借権である場合には、買受人は、代金納付の時点で賃貸人になり、賃借人に対して建物退去の場合には自己に引き渡すように求めることができるのであるから (前述のように、前所有者(執行債務者)からの指図による占有移転は必要ない)、占有者が債務者に引き渡すという事態まで想定しなくてもよいであろう。もしそうした事態まで想定しなければならないようであれば、(イ)の 1及び2場合についても、買受人は代金納付後直ちに(86条2項により6カ月以内に)債務者に対する引渡命令を申し立てることができるという所に戻らなければならない。
  なお、債務者を相手方とする発令手続において買受人に対抗することができる占有権原を有する占有者が存在する場合には発令されないという要件(消極的要件)の充足が問題になる場合に、 その消極的要件は、債務者の保護というより占有者の保護のためのものであるのに、占有者は手続上の当事者になっていないので、その保護の趣旨を貫徹しようとすると、 この消極的要件の充足は職権調査事項かつ職権探知事項とする必要があるが、判断資料は「事件の記録」に限定されているのであるから、問題はなかろう。

法定地上権が成立する場合  債務者に対する発令要件を代金完納(及びその前提としての売却許可決定の確定)とすると、そして83条1項を度外視すれば、法定地上権が成立する場合でも債務者に対して引渡命令を発することができることになる。 引渡命令により建物収去の強制執行はできないとの立場に立てば、実害はそれほど大きいとは言えないが、それでも、建物直下の土地以外引渡命令が執行されることになる。これを避けるためには、 債務者は請求異議の訴えを提起しなければならず、その訴訟が実質的に法定地上権の範囲を確定する役割をもつ。 それでは、債務者の負担が重すぎないかと考えれば、83条1項ただし書がこの場合に適用されないかが問題になる。民事執行法制定当初の同項ただし書は、債務者を対象とする規定ではなかった。 しかし、平成8年改正後の同項ただし書は「買受人に対抗することができる権原により占有していると認められる者」となっており、「占有している[と認められる]者」の中に債務者を含めることは可能である。 いずれに提訴責任を負わせるのが公平であるかの問題になるが、法定地上権が成立することが事件の記録上明らかな場合には、買受人に提訴責任を負わせるのが公平に合するように思われる[52]。

債権的請求権  執行債務者と買受人との間には前者を売主とする売買契約があるのであるから、売買契約に基づく引渡請求権(債権的請求権)を引渡命令に表示される請求権と考えることもできないわけではない。 では、一元説はなぜ債権的請求権を除外するのか。その理由は、それほど明瞭ではないが、次のように考えてよいであろう。 (α)債権的請求権説では、法定地上権が成立する場合でも引渡命令が発せられることになるから、採用できないとする見解([条解*2019a]831頁(水元))がある。 しかし、この論法で行けば、買受人が債権的請求権を主張して引渡請求の訴えを提起すれば、法定地上権が成立していることは抗弁とならず、請求が認容されてしまうことになろう。 しかし、それは不当な結論である。通常の土地の売買契約において、売主のために地上権設定契約が同時に締結されていれば、売買契約に基づく現実の引渡しを求める請求権(「現実引渡請求権」と呼ぶ)は発生しないと解すべきである[54]。 競売により法定地上権が成立する場合にも、現実引渡請求権が生じないとの条件で売却されたと見るべきである。 したがって、上記の理由付けも債権的請求権説を否定する強い理由になるとは思われない。(β)強制執行は債務名義に基づいてなされるものであり、債務名義に表示されている権利(執行債権)の存否には依存せず、 債務名義成立後に執行債権が消滅していた場合でも、買受人は強制競売により有効に所有権を取得する;しかし、執行債権者自身が買受人になった場合にまでそのように考えてよいかは、別個の問題である。 この買受人は、執行債務者に対して所有権を主張することができない、あるいはそもそも所有権を取得していないと考えることができる。そのように考える場合でも、執行債務者に対する引渡命令は発せられる。 これに対して執行債務者は、前記の事情を主張して、請求異議の訴えを提起したときに、引渡命令に表示されている請求権を物権的請求権としておけば、買受人の所有権取得を直接問題にすることができ、 中間確認の訴えにより買受人の所有権の存否を訴訟物とすることができる(その説明が容易になる)。(γ)執行債務者が競売不動産を占有していない場合には、 彼に対する引渡命令の執行をしても意味がない(引渡執行に際して他の者が占有者として登場すれば、執行官は執行をおこなうことができない)から、 請求異議の訴えにより引渡命令の執行力を除去することができるとしておくのがよい(その方が法律関係が簡明になる)。引渡命令に表示されている請求権を物権的請求権と考えるとそれが可能であるが、 売買契約に基づく債権的請求権と考えるとそれができない。

特定承継人
α)引渡命令が確定した後に買受人が競売不動産を他に譲渡すると、譲受人は、承継執行文を得て(23条1項3号・27条2項)、引渡命令の執行を申し立てることができる。 この場合に、承継の有無は27条2項・32条・33条・34条所定の手続の中で確認され、それは引渡命令の発令手続とは別個の手続であり、別個の手続において特定承継の有無を確認することは、 引渡命令の発令手続の簡素化の要請に反しない。(β)引渡命令の発令申立て後・確定前に譲渡がなされた場合には、譲受人が申立手続に参加して(民執法20条、民訴法49条・47条)、 自己を名宛人とする引渡命令を得るのが本来である。しかし、競売手続の付随的手続にすぎない発令手続において特定承継の有無を審理する負担が生じないようにする必要があり、承継参加は許されない。 その代償として、相手方は買受人が所有権を譲渡したことを理由に引渡命令の発令を争うことはできないとすべきである。また譲受人は、債務名義成立前の承継人であるが、 それでも承継執行文を得ることができると解すべきである(23条1項3号が拡張的に適用される。買受人は、承継人の法定訴訟担当者として発令手続を追行すると見ることもでき、その場合には、23条1項2号により執行力が拡張されると見てもよい)。 (γ)買受人が引渡命令の申立てをする前に、競売不動産を譲渡していた場合も同様である。

競売不動産の譲渡と請求異議の訴え
引渡命令に表示されている請求権は、所有権に基づく引渡請求権であるので、買受人が競売不動産の所有権を有さなくなれば、その請求権を有さなくなり、 買受人が引渡命令に基づいて引渡執行をすることは許されないのが本来である。このことを買受人Aが競売不動産を他者Bに譲渡した場合について考えてみよう。 (α)確定した引渡命令に譲受人Bが承継執行文の付与を得たとしよう。その後に、相手方が買受人Aの所有権喪失を理由にAに対して請求異議の訴えを提起しても、 Bとの関係でその債務名義の執行力を排除することはできない。したがって、Aが不動産の譲渡を認め、強制執行の申立てをする意思のないことを明示している場合には、 相手方は、Aに対して請求異議の訴えを提起する利益を有しないと解してよい。

  同じことは、承継執行文がBに付与される前であっても、概ね妥当する。 ただ、(β)Bに承継執行文が付与される前は、A自身が単純執行文を得て強制執行の申立てをする可能性があるので、相手方がAに対して請求異議の訴えを提起すること自体は適法としてよい。 その場合に、「買受人は不動産を譲渡して現在は所有者でない」との異議事由をどのように取り扱うかが問題になる。次の2つの選択肢が考えられる。 (β1)Aが不動産を譲渡して現在は所有者ではないことを理由とする請求異議の訴えが提起されて異議が認容されても、既判力の標準時前の譲受人であるBとの関係では、 引渡命令の執行力は排除されず、Bは依然として承継執行文を得て強制執行を申し立てることができる。(β2)請求異議の訴えにより執行力が排除された債務名義に承継執行文を付与することは、 一般論として(異議事由が何であるか、異議認容判決の既判力の標準事前に譲渡が立ったか否かに関わらず)適切ではないことを前提にして、相手方は、買受人が不動産を譲渡したことを異議事由にすることができない。 いずれをとるべきであろうか。金銭の支払を命ずる判決の確定後に原告が金銭債権を譲渡した場合を考えてみよう。AがBに債権を譲渡したということができるためには、 Aから債務者に譲渡通知がなされること(又は債務者の承諾)が必要である(民法467条)。その譲渡通知がなされた後では、債務者は、前記(α)のような場合を除き、 Aに対して請求異議の訴えを提起し、債務名義の執行力を排除することができるとしておく必要があり、前記(β2)のような選択肢を採ることはできず、(β1)の選択肢が採られるべきである。 そうであれば、所有権に基づく引渡請求権を表示する債務名義一般についても、(β1)の選択肢を採るべきである。

最判昭和63年
最高裁判所 昭和63年2月25日 第1小法廷 判決(昭和62年(オ)第491号)判決は、次のように説示する:「不動産の引渡命令の発付を受けた買受人が当該不動産を第三者に譲渡したとしても、 引渡命令の相手方は、右買受人に対して提起する引渡命令に対する請求異議の訴えにおいて、右譲渡の事実をもつて異議の事由とすることはできない」。 理由が示されていないので、どのような考えに基づくのか明瞭でない。一方において、引渡命令に表示される請求権は所有権に基づく物権的請求権ではなく、 買受人に与えられた独自の請求権であり、競売不動産の譲渡によっても失われないと理解することもできる。他方において、引渡命令に表示されているのは、 物権的請求権であることを前提にすると、前述(「競売不動産の譲渡と請求異議の訴え」後段)のとおり、一般の債務名義であれば正当な異議事由となる請求権喪失を異議事由にならないとしているのであるから、 引渡命令に限定しての説示と見るべきである([下村*2005a]174頁は「引渡命令の効力維持の必要」に基づくものであると説明する)。
  この事件において買受人から第三者(買主)への所有権移転登記はすでになされているが、引渡しについてどのような合意がなされていたのかよく分からない第三者が一般人であれば、引渡しの強制執行などはしたくないので、 転売人である買受人に執行させ、買受人から任意の引渡しを得るとの条件で買い受けることが多いであろうことは、容易に想像できる。 したがって、代金の一部の支払が留保されていて、買受人が執行債務者から引渡しを受けて第三者に引き渡すのと引き換えに代金の残額が支払われるとの合意がなされていたと推測してよいであろうか。 最高裁は、競売の促進のために、その需要に応じようとした。この需要に応ずるためだけであるならば、転買人からの授権があること要件にした任意的執行担当を認めることで足り、 また、前記の推測からすれば、任意的執行担当の合意が黙示的になされていた理解できる。しかし、最高裁は、こうした問題に立ち入ることを避け、理由のない結論だけの判決をした。

 判旨を上記の理由に基づく引渡命令に特有のルールとして正当化することができるかはなお問題であるが、最高裁判例として通用させるのであれば、上記の理由に基づくものとして通用させるべきであろう。

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1998年6月5日−2021年1月27日