目次文献略語

民事執行法概説

不動産の強制競売 2/4


関西大学法学部教授
栗田 隆

注意 リンクされている民法の条文は、平成29年改正前のままである。
条文番号等は、適宜改正後のものに書き直している。


3 売却条件


3.1 総説

売却条件の定型化
不動産の執行売却では、その性質上、売買の成立・効力等に関する条件(売却条件)を予め定型的に定めておく必要がある。民事執行法及び民法は、すべての競売事件に共通な条件(法定売却条件)として、次のこと等を定めている。なお、不動産の執行売却(売却許可決定を受けた買受人が代金の納付により所有権を取得するという法律関係)は、厳密には民法上の売買契約とは異なるが、担保責任に関する民法の規律との関係では売買契約と扱われる(民法568条1項参照)。
  1. 不動産上の担保権・用益権等の処遇(59条)、優先同意登記制度(民法387条)、明渡猶予制度(民法395条
  2. 法定地上権の発生(81条、民法388条
  3. 買受可能価額に達しない売却を許さないこと(60条3項)
  4. 個別売却の原則と一括売却の制限的許容(61条
  5. 売却代金の納付時期・方法(78条
  6. 代金納付による買受人の所有権取得(79条)、登記の嘱託(82条)、引渡命令による引渡し(83条
  7. 代金不納付の効果(80条
  8. 担保責任(民法568条
  9. 危険負担(民執法75条1項。民法567条も参照) 

このうちで、買受人や申立債権者のみならずそれ以外の者にも大きな影響を与え、また、事件ごとに具体的内容が異なり、それ故に物件明細書の記載事項(62条1項)になるという点で重要なのが1と2である。これを先に説明しておこう。なお、1の条件は利害関係人間の合意により変更することができ(59条5項)、その合意に基づく売却条件は、特別売却条件と呼ばれる。なお、担保責任と危険負担については、後述する(「6.2 危険負担・担保責任」参照)

引受主義・消除主義
差押債権者の権利に優先する担保権・用益権等の負担の処遇につき、立法上の建前として次の2つがある。
消除主義によれば、特に担保権および被担保債権をめぐって生ずる複雑な法律問題に買受人が巻き込まれるおそれがなくなるという長所がある。その代わり、買受人は多額の代金を一時に支払わなければならないという短所がある。引受主義のもとでは、これらの長短が逆転する。いずれをとるかは、通常の売買における負担処理の実状[28]、競売の容易さ等を考慮して決すべき立法政策上の問題である。

売却条件の確定と物件明細書による情報提供
不動産上の権利・負担に関する売却条件は法定されており、買受人が個々の権利を承継するか、負担を引き受けか(あるいは法定地上権が新たに成立するか)は、最終的には買受人が自らの責任において判断しなければならない。しかし一般人の競売参加を促進するためには、競売裁判所がこの点に関する情報をできるだけ提供することが望ましいので、民執法は物件明細書の制度を用意した(62条)。競売裁判所の裁判所書記官は、競売手続の制約の中で可能な範囲で事実認定と法的判断をなし、その結果を物件明細書に記載する。しかし、物件明細書の記載に公信力なり既判力が与えられているわけではない。

言葉の定義
ここで、言葉の定義をしておこう。

なお、以下では「賃借権を引き受ける」といった表現がよく用いられるが、これは、「賃借権という負担を引き受ける」の簡略表現であり、「賃借権という負担の付いた不動産を取得する」の意味である。「担保権を引き受ける」等についても同じである。

3.2 不動産上の担保権の処遇(59条

担保権については、消除主義が基本とされ、引受主義が部分的に採用されている。担保権は、順位に応じた満足を与えて消滅させても担保権者にそれほど不利益にならず(希望しない時期に債務者との取引関係を中断させられるという不利益はあるが、それは大きくない)、また、引受主義を採用すると、被担保債権額を売却前に確定しなければならず、それを誤りなく迅速に行うことが必ずしも容易ではないこと等を考慮した結果である。
質権の取扱いがやや複雑になっているが、これは、当事者の合意により不動産質権に使用収益しない旨の特約を付すことができるからである(民法359条)。非占有型質権は、この特約のある不動産質権を指す。占有型質権は、この特約のないものを指し、質権者が使用収益権を有する通常の質権(民法356条参照)である。

留置権者は、被担保債権の弁済を促すために占有しているにすぎない。質権者と異なり、留置権者は目的物の使用収益のために目的物を占有しているのではないから、彼にとって、被担保債権の弁済が得られるのであれば、売却によって留置権が消滅することは不利益ではない。それにもかかわらず、留置権について引受主義が採用されている理由の一つは、留置権者は優先弁済受領権を有しないとの考えである。これは、民事法の世界では、いまだに強固な固定観念となっている。しかし、国税徴収法が、買受人の地位の安定のために、留置権についても消除主義を採用して(124条)、優先配当を認めている(21条)ことを考慮すると[46]、古さを感ずる。

非占有型担保権の取扱い(59条1項)
抵当権・先取特権・非占有型質権は、競売手続の種類・差押債権者との優劣・満足の有無にかかわりなしに、売却により消滅する(59条1項)。買受人の代金納付があれば、その抹消の嘱託がなされ(82条1項2号)、差押登記前に登記を得た担保権者は、その順位に従って売却代金の配分を受ける(87条1項4号)。なお、共同抵当権につき民法392条以下・398条の18を参照。

占有型担保権の取扱い(59条4項)
留置権  留置権は、発生時期にかかわりなしに、買受人に引き受けられる[39]。ただし、占有権原のない差押え後の占有者等が目的物について有益費あるいは必要費を支出したとして留置権を主張しても、それは民法295条2項の類推適用により、買受人に対抗できないとされることがある。

留置権者がその被担保債権について配当要求をすることができる場合(例えば債務名義を有する場合、被担保債権に一般先取特権が付着する場合)に、この配当要求と留置権の主張とを両立させることには、難しい問題が伴う。この問題については、後述する。

占有型質権  最先順位の占有型質権は、買受人に引き受けられる。他方、消除の基準債権者に劣後するものは、59条2項により消滅し、買受人に引き受けられない。

買受人の弁済責任
買受人は、彼が引き受けた留置権・質権の被担保債務について、物的責任を負うだけでなく、人的責任も負う(59条4項)。これは併存的(重畳的)債務引受であり、買受人と債務者との関係は連帯債務関係になる(最判昭和41.12.20民集20-10-2139参照。平成29年改正民法施行後は、同法470条1項・471条の適用を受ける)。両者の間の内部的負担割合は、引受債務額を考慮して競売物件を安価に購入する立場にある買受人が全額を負担すると考えるべきである。なお、この債務引受自体は時効完成猶予事由とならず、時効期間の進行は買受人にそのまま引き継がれる。

商事留置権(商法521条)
不動産の占有者が競売不動産上に商事留置権を有している場合に、その留置権に59条4項の適用があるかについては、見解が分かれる。この問題は、当初、抵当権が設定されている土地に建物の建築工事がなされ、その後に競売申立てがなされた場合に、建築工事請負代金債権の担保のために土地について商事留置権が発生するかという形で現れた[R33]。
  1. 肯定説  商事留置権の発生を肯定する[52]。
  2. 否定説  商事留置権の発生を否定する。理由付けは、次のように分かれる。
    1. 不動産は商事留置権の対象とならないことを理由に否定する見解(請負工事の事件ではないが、東京高判平成8.5.28判例タイムズ910号264頁参照)。
    2. 不動産も商事留置権の対象になることを前提にするが、建築請負人は独立の占有を有しないことを理由に商事留置権の成立を否定する見解。
    3. 抵当権設定登記後に締結された建築工事請負契約に基づく請負人の占有は抵当権者に対抗できず、不法占有であると評価して、そのことを理由に否定する見解。
  3. 折衷説  抵当権と留置権とを順位関係に立たせ、消除の基準債権者に後れる留置権は買受人に対抗できないとし、あるいは、商事留置権は先順位抵当権の実行による買受人に対して主張しえないと説く。

最高裁判所 平成29年12月14日 第1小法廷 判決(平成29年(受)第675号)は、土地の賃貸借契約が賃貸人からの解除の意思表示により終了したが、それ以前から賃借人(運送会社)が賃貸人(生コン製造会社)に対して運送委託料債権を有している場合に,賃借人は、この商事債権を被担保債権とする商事留置権により,被担保債権の弁済があるまで、賃借していた土地を留置することができるとし、不動産も商法521条が商人間の留置権の目的物として定める「物」に当たると説示した。確かに、留置権者とその被担保債権の債務者との間においては、不動産についても商事留置権の成立を肯定することもできる。

私 見  しかし、その留置権を第三者との関係でも主張することができるとすることは、問題である。(α)それを認めれば、不動産上の権利関係を登記により公示するとの建前(以下「登記公示主義」という)がはなはだ害されるからである。例えば、不動産の賃借人が賃貸人たる所有者に対して商行為により生じた貸金債権を有していれば、それも留置権により担保されることになる。その不動産の買受人は、賃借関係が終了した後でも、賃借人が前所有者に対する債権の全額弁済を受けるまで、不動産の明渡しを得ることができなくなる。その結果、不動産取引の安全が害され、あるいは取引に際して占有者が所有者に対して商事債権を有していないかを調査する必要が生じ、不動産取引の円滑性が損なわれる。登記公示主義の立場からは、耐え難い帰結である([栗田*1997a]参照)。(β)もちろん、建物や農地の賃借権の対抗要件は例外的に引渡しでも足りるとされているように、登記による公示の原則も徹底されているわけではなく、また、民事留置権も登記されない権利のままで第三者に対抗できるが、前者は賃借権保護の強い要請によるものであり、後者については「物に関して生じた債権」という歯止めがある。ところが、商事留置権の被担保債権については、「双方のために商行為となる行為によって生じた債権」で足り、物との関連性は要求されていない。また、商事留置権が商取引の迅速・安全のために認められているにせよ、建物賃借権に匹敵するような強い保護の必要性があるとは思われない。(γ)とりわけ、抵当権設定登記後に成立した商事留置権が買受人に引き受けられるとなると、その被担保債権額分だけ売却価額は低下するので、結果的に留置権者は抵当権者に優先して債権を回収することができることになり、物権の順位の原則が大きく害され、不動産担保取引が不安定になる。先順位抵当権の存在により超過負担となっている不動産の外に担保に提供できる財産を有しない商人に対して高利で融資しようとする金融業者(商人)は、その不動産を賃借して融資することにより、簡単に先順位抵当権者を出し抜く(先順位債権者に実際上優先して債権回収を図る)ことができるにようになる。(γ')短期賃貸者の制度は、濫用されることが多かったために廃止されたが、その濫用形態の一つは、後順位債権者による濫用であった(期間の定めのない賃貸借が短期賃貸借として扱われ、買受人に引き受けられたので、敷金の形で資金を融資すれば、先順位抵当権者を出し抜く形で債権を回収することができ、また、短期賃貸借が存続する期間の不動産利用によっても債権回収を図ることができた)。敷金であれば、その金額にも自ずと上限が生ずるが、商事留置権であれば、上限なしになる。抵当権が設定されている不動産を後順位債権者が賃借して、商事留置権を取得し、それを買受人に対抗することができるすることは、廃止された短期賃貸借以上に濫用の危険がある。

したがって、前記最判の説示の射程距離は、商事債権の当事者間にとどまり、不動産の商事留置権が第三者に対して主張することができるか否かの問題には及ばないと解すべきである。最高裁は、将来の事件において、不動産の商事留置権が第三者に対して主張することはできないと判断することもできる。もしそのような判断がなされれば、不動産の商事留置権を債権的留置権として扱うことになるが、不動産については登記による公示の原則が採用されていることとの調和として受け入れるべきである。

結 論  (α)少なくとも、先順位担保権者に対しては商事留置権は対抗することができないとすべきであり、消除の基準債権者に後れる商事留置権は買受人に引き受けられずに消滅し、民執法59条4項は適用されないと解すべきである。(β)更に進んで、 不動産の商事留置権は第三者に対抗できないと解すべきかが問題となるが、登記公示主義の立場から、そのように解すべきである。そう解することにより、不動産の強制競売においても、占有者が所有者に対して商事債権を有するかを調査する必要がなくなり、競売手続が安定する(買受希望者は商事留置権の存在を心配することなく買受申出をすることができる)。

所有権移転仮登記
仮登記には対抗力はないが、順位保全効があり(不動産登記法106条)、担保の機能を果たすことができる。担保目的で将来の所有権移転が約され、その順位保全のために仮登記がなされた場合に、その仮登記(により保全された権利)は、担保権と同様に消除主義に服する。担保目的でない仮登記(により保全された権利)は、用益権と同様に引受主義に服する(ただし、消除の基準債権者に後れるものは失効される)。

)担保目的の仮登記(担保仮登記)

)担保目的でない仮登記(本来型仮登記)
なお、本来型仮登記の後で一般債権者の申立てにより競売が開始された場合には、競売手続は、当該不動産に仮登記が付いた状態で進められる。競売手続中に仮登記を本登記にする場合には、差押債権者は不動産登記法109条1項の「利害関係を有する者」に該当するので、その承諾(任意の承諾又は承諾を命ずる判決)を得ておくことが必要である。仮登記に基づいて本登記がなされると、差押えの登記も登記官の職権により抹消され(不動産登記法109条2項)、かつ、競売による所有権移転も不能になるので、競売手続も取り消される(民執法54条)[11]。

3.3 不動産上の用益権

基本原則(法59条2項)
用益権については、消除の基準債権者に優先するものに関して引受主義が採用された。用益権は、金銭的補償を与えるだけでは権利の保護として不十分であり、かつ、用益権の金銭的評価が必ずしも容易ではなく、引受主義の方が問題の解決が簡単だからである。買受人に引き受けられるか否かは、差押えの効力及び物権の順位の原則に従うが、その点を明確にするために、59条2項が置かれ、同項により消滅するとされた用益権以外の用益権は、買受人に引き受けられる。差押えあるいは仮差押えの執行後に設定された用益権が買受人に対抗できないことは、差押えあるいは仮差押えの効力から明瞭であるので[14]、それ以外の場合について説明しよう。
したがって、競売不動産上の用益権は、差押債権者(競売申立債権者および並行実施の強制管理・収益執行の差押債権者)および売却によって消滅する担保権者の全員に対抗できる場合に限り、買受人に引き受けられる。対抗力の有無は、民法の一般原則に従い、差押えの登記および担保権の登記よりも時間的に先に用益権者がその対抗要件(登記あるいは借地借家10条・31条の対抗要件等)を得ているかによって決まる。

更新後の用益権  買受人に対抗できる用益権で特別法により存続の保護を与えられているものは、差押え後に更新しても従前の用益条件の範囲内で買受人に対抗できる。更新に代えて新規の契約締結の形式をとった場合にも、実質に従い、更新の場合と同様に扱うべきである。他方、定期借地権(借地借家22条)や期限付建物賃貸借(借地借家38条・39条)は更新の保護を受けず、差押え後の更新を買受人に対抗できない。

例 外
ただし、対抗要件取得の時間的先後により順位関係が定まるとの原則については、次の例外がある。
)入会権については登記が認められておらず(不登法3条参照)、したがって、買受人を含む第三者に登記なしに対抗できる(登記以外の対抗要件の具備も必要ない)。

)抵当権設定登記後に対抗要件を具備した賃借権は、競売により消滅するのが原則であるが、それを厳格に貫くと、賃借人の地位が不安定になり、抵当権設定後の不動産の利用が阻害される。平成15年以前は、短期賃貸借の制度があり(民法旧395条)[20]、これにより賃借人の地位がある程度まで守られていた。しかし、この制度が執行妨害に利用される例が目立ったので、平成15年に廃止され、代わりに、(α)賃借権が先順位抵当権に優先することについての同意の登記の制度(民法387条)と(β)建物賃借人のための明渡猶予期間の制度(同395条)が設けられた。

優先同意登記(民法387条
登記をした賃貸借は、その登記前に登記をした抵当権を有するすべての者が同意をし、かつ、その同意の登記があるときは、その同意をした抵当権者に対抗することができる(民法387条)。この同意の登記については、不動産登記法に規定がない。登録免許税法別表第1第1号(不動産の登記)の第6の4において、「賃借権の先順位抵当権に優先する同意の登記」について、課税標準を「賃借権及び抵当権の件数」とし、税率を「1件につき1000円」とする旨が規定されているだけである。その点で分かりにくさがあるが、民法387条の保護を受けるためには、次の要件を満たすことが必要である。要件が充足される場合には、賃借人は、その後に開始される競売手続における買受人に対抗することができる。
この制度の利用は、賃借人と賃貸人・抵当権者との力関係に依存しよう。通常の賃借人については、そもそも賃借権の登記がなされることがないので、この制度の利用の余地はない。しかし、例えば、大手小売業者がショッピング センターの賃借人になるような場合には、この制度の利用があり得よう。

明渡猶予制度(民法395条
趣旨  抵当権に後れる賃借権は、競売による買受人に対抗できないので、買受人から明渡要求があれば、直ちに応じなければならないのが原則である。しかし、これでは、賃借人は建物の競売により突然に生活の本拠・営業の本拠を失うことになってしまい、その不利益は、競売に至ったことについて通常は彼に責任がないことを考慮すると、不相当に大きい。そこで、建物の賃借人について、明渡猶予制度が設けられた。

なお、通常のケースを想定すれば、賃借人は、現況調査を行う執行官から賃借不動産について競売手続が開始されたことを知らされ、速やかに転居の準備をすれば、これで困ることはないはずである。しかし、実際には、賃借人は、様々な事情で、買受人が登場して明渡しを求めるまで、転居の意思決定をしないことがあり、その点を責めるのも適当ではない。そのため、競売手続の開始を知ることにより自己の賃借権が早晩消滅することを予見できるであろうということは、上記の政策的判断を左右するものとはされていない。

要件  この規定の適用を受けるのは、買受人に対抗できる占有権原を有しない者のうちで、次のいずれかに該当するものである。 これに該当する者は、民法395条との関係で、「抵当建物使用者」あるいは「建物使用者」と呼ばれる。
民法395条1項により明渡しが猶予されることも、買受人とっては不動産上の負担であり、差押えの処分禁止の効力に服する。同項1号にいう「競売手続の開始」は、「差押えによる処分禁止の効力の発生」の言い換えであり、これには、競売手続の開始に先行する仮差押えの執行や滞納処分による処分禁止効も含まれる([宮崎*2005a]5頁以下)。

効果  建物使用者は、明渡猶予期間の経過までは、不動産の占有を継続することができる。建物の競売により突然に生活や営業の本拠を失うことにより賃借人(建物使用者)が被る不利益を重視して、明渡猶予期間は、6か月とされた(政府原案の3ヶ月が国会で6ヶ月に修正された)[23]。買受人と明渡しを猶予された建物使用者との間には、賃貸借関係は存在しない。「建物使用者は無権原占有者であるが、買受人との関係において明渡義務の履行に実体法上の期限の猶予を受けている」、と説明されている。

しかし、不法占有というわけではなく、義務の履行について期限の猶予を受けていることも一つの法律関係であるから、建物使用者と買受人との間に明渡猶予の法律関係が成立すると言ってよいであろう(端的に言えば、「建物使用者は、民法395条に基づく占有権原を有する」と言うべきである[44])。この法律関係は占有により公示されており、競売建物を買受人から取得した者にも対抗できる(そのように解さないと、民法395条の趣旨が没却される)。

)買受人は、建物使用者の占有を許容する義務を負う。しかし、賃貸人の地位を承継するわけではないから、敷金返還義務を承継せず、また賃貸人として修繕義務等を負うこともない(しかし、進んで修繕することはでき、雨漏りの場合には建物の朽廃防止のためにそうせざるを得ない)。

)他方、建物使用者は、次の義務を負う
引渡命令の申立期間は、通常は6か月であるが(法83条2項)、明渡猶予の法律関係が存続する間に買受人の引渡命令申立権が消滅するのは適当ではないので、この場合については、9か月に延長されている(同項かっこ書)。

農地の賃貸借
農地の所有権移転は、農地法により制限されている。競売手続においては、買受希望者は、農業委員会等から農地買受適格証明書を得て買受申出をしなければならない。差押え前に農地が賃貸された場合には、農地法3条2項1号の規定(農業目的外の農地取得の禁止)及び16条以下の規定(賃借権保護規定)により、実際上、賃借人のみが買受けることができる(耕作者買受けの原則)。この原則は、抵当権設定後に賃貸された場合にも適用されると考えられている。それを前提にすると、抵当権設定後に賃借権が設定されることにより農地の売却価格は大きく低下し、抵当権者は大きな損害を受けることになる。その損害を軽減するために、農地法22条1項において、国による買取制度が規定されている:「強制競売又は担保権の実行としての競売(中略)の開始決定のあつた農地又は採草放牧地について、入札又は競り売りを実施すべき日において許すべき買受けの申出がないときは、強制競売又は競売を申し立てた者は、農林水産省令で定める手続に従い、農林水産大臣に対し、国がその土地を買い取るべき旨を申し出ることができる」。この申出があった場合には、農林水産大臣は裁判所に対し買取りの申入れをすべきことになっているが、買取価額は政令に従い算出された額であり、その額が裁判所の定める買受可能価額を下回る場合には、農林水産大臣は買取申入義務を免れる(農地法22条2項1号)。その場合には、裁判所が売却基準価額を低減させて、買受可能価額と国の買取価格とが一致するのを待つしかない。ともあれ、国により買取制度があるにせよ、賃貸に供されている農地の売却価額の低下(正確には、競争売却による価格上昇が実現されないこと)は避けられないであろう。

賃貸借に先行する抵当権者の保護  平成15年改正前には、先順位の抵当権者が提起する民法旧395条ただし書所定の短期賃貸借解除の訴えにより農地の賃貸借契約が解除されると、賃借人以外の者にも農地買受適格証明書が発行されるという方法がとられ、同条は短期賃貸借のみならず長期賃貸借にも拡張的に適用されるとするのが判例の立場であった(最高裁判所昭和63年2月16日判決・判例時報1270項84頁)[22]。

短期賃貸借制度が廃止されたことに伴い、解除の訴えに関する規定も削除された現在、どのようにすべきかが問題となる。前記最高裁判決に示された、後順位の農地賃借権の存在が先順位の抵当権を害する場合には、先順位抵当権者はその賃貸借を解除して、買受適格者の範囲を拡張して損害を回避することができるべきであるとの価値判断は維持すべきであろう。問題は、その結論をどの実定規定により実現するかである。一つの解釈論として、次のことが考えられる:(α最高裁判所平成11年11月24日大法廷判決(平成8年(オ)第1697号)が、抵当権者の所有者に対する担保価値維持請求権を被保全権利として抵当権者は所有者の有する妨害排除請求権を代位行使することを認めたのと同様に(民法423条の類推適用)、抵当権者は、所有者に対する担保価値維持請求権を被保全権利として、所有者の詐害行為(抵当権の設定されている農地の賃貸行為)を取り消すことができるとしてよいであろう(民法424条の類推適用);(β)そして、平成29年改正後の民法425条により、詐害行為取消判決の効力は債務者にも及ぶとされているから、債務者・受益者(賃借人)間でも賃貸借契約は効力を失い、農地法3条2項本文の適用は排除され、当該農地の買受適格証明書は、農地法所定の要件の下で、賃借人以外の営農者にも発行されると解すべきである[51]。

これが解釈論として許容範囲であるか否かは、難しい問題である(農地法22条所定の買受制度と調和的でないし、農業政策という高度な政策的判断に関わる問題であり、立法府が解決すべき問題である、との批判は十分に予想される)。

一般債権者により農地賃貸行為が取り消された場合  上記の結論は、抵当権者の所有者に対する担保価値維持請求権を前提にするものであるが、これを認めることができないとしても、少なくとも一般債権者が民法424条の規定に従い無資力債務者による農地賃貸行為の取消しを求めることに問題はなかろう。取消判決が確定した後では、当該農地の買受適格証明書は、農地法所定の要件の下で賃借人以外の営農者にも発行されるべきである。

配偶者居住権[54]

3.4 不動産上の処分制限の執行等59条3項)

差押え等
競売不動産に対する差押え、仮差押えの執行及び滞納処分としての差押えは、不動産の売却代金から弁済を受けることを最終的な目的とするものであるから、売却により効力を失い(59条3項)、代金の配分の問題だけが残る。

仮処分の執行(法59条3項)
仮処分の執行のうちで、(α)登記以外の方法でなされたものについては、その被保全権利が買受人の所有権取得により買受人との関係で消滅すれば、買受人は執行手続外で仮処分命令ないしその執行の取消しを求めることができる(典型的には、所有権移転登記請求権の保全のための処分禁止仮処分に付随してなされた占有移転禁止仮処分)。他方、(β)登記の方法でなされたものについては、それが消除の基準債権者に対抗できないときは、買受人の代金納付後に裁判所書記官が所有権移転登記の嘱託とともに、その登記の抹消を嘱託することが買受人の負担軽減につながり、競売制度の機能強化に役立つ。以下では、後者について説明する。

消除の基準債権者に対抗できない仮処分の執行
仮処分の執行は、それが売却により消滅する担保権者、差押債権者・仮差押債権者に対抗できないものである場合には、売却により効力を失う(法59条3項)。対抗力の有無は、原則として、登記の先後により判断される。売却により効力を失った仮処分(の執行)に係る登記は、仮処分命令の取消しを要することなく、裁判所書記官の嘱託により抹消される(法82条1項2号)。59条3項の「効力を失う」は、この帰結を導く前提である。

消除の基準債権者に対抗できる仮処分の執行
 ()これは、登記の方法で執行されたものも、59条3項・82条1項2号の対象外である。例えば、  () もつとも、抵当権設定登記請求権保全の仮処分の執行は、最先順位のものであっても、抵当権自体が法59条1項により消滅するので、その登記請求権保全の仮処分の執行も売却により効力を失い、処分禁止登記及び抵当権設定保全仮登記は、82条1項2号により抹消される。

3.5 特別の売却条件59条5項)

上述の売却条件のうち利害関係人の処分に委ねてよい性質のもの、すなわち、59条1項・2項・4項に定める物的負担に関する売却条件は、利害関係人が法定売却条件とは異なる合意をなし[6]、その合意を売却基準価額の決定前に執行裁判所に届け出ることにより変更される。この合意に基づいて定められた売却条件を特別売却条件という。執行裁判所は特別売却条件を斟酌して売却基準価額を決定し、裁判所書記官はそれを物件明細書に明示しなければならない。

この特別売却条件は、買受人を拘束する。他方、合意に参加すべき者が参加していない場合、あるいは合意に瑕疵がある場合には、これにより不利益を受ける者は、特別売却条件に拘束されない。しかし、そのことにより買受人が不利益を受けることは避けなければならない。その合意により不利益を受ける者が、売却基準価額に対して執行異議を申し立て、あるいは物件明細書の記載に対して異議を述べることができ、最終的には売却許可決定に対して執行抗告をすることができた場合に、それらの救済手段により特別売却条件の除去に成功しなかったときには、彼はもはや特別売却条件の無効を買受人に対しては主張し得ないとすべきである。彼が受けた損失は、不動産の代金から優先的に補填されるべきであり、彼はその補填がなされていないことを理由に配当異議を申し出ることができると解すべきである。

3.6 民法の法定地上権

民法および民執法の法定地上権に関係する文献判例

法定地上権制度(民法388条)の趣旨
現行民法は、土地と建物をそれぞれ独立の不動産としている。そのため、土地と地上建物が同一人に属する場合に、その一方のみに抵当権が設定されて競売され、土地所有者と建物所有者とが異なることになった場合に、格別の措置がとられなければ、土地所有者は、建物所有者に対して土地利用権の欠如を理由に建物収去・土地明渡を請求できることになる。しかし、これでは、土地のみあるいは建物のみを担保に供する道が閉ざされる。建物のために地上権が発生する道を開いておかなければならない。その方法としては、次の立法的選択肢がある。
  1. 自己地上権  土地の所有者は、その地上にある自己の建物のためにも地上権を設定することができるという制度(この自己地上権は、設定とともに抵当権の目的となるので、民法179条ただし書の適用を受けるべきものである)。権利関係を明確にし予測可能性を高めるという点からは、この方が望ましい。他方で、自己地上権の設定登記をすることが負担になる(特に、建物のみに抵当権が設定される場合に土地に設定される自己地上権について、そのように言うことができる。そのうえ、抵当権の多くは、実行されることなく被担保債権の弁済により消滅するのであるから、自己地上権の登記の多くは結果的に不必要であったことになる)。
  2. 法定地上権  執行売却により地上権が法律上当然に発生するという制度。執行売却前においては地上権の設定・公示が必要ないので簡便であり、また、自己地上権の設定登記の失念の問題も生じない。

民法は、後者の選択肢を採用した(民法388条)。自己借地権は、民法では認められておらず、借地借家法15条で借地権の準共有の場合に認められているにすぎない[12]。

準用 民法388条は、抵当権に関する規定であるが、不動産先取特権、不動産質権にも準用される(民法341条・361条)。ただ、記述を簡潔にするために、以下では抵当権をもってこれらの担保権を代表させることにする。

要件
民法388条が適用されるためには、次の要件が充足されることが必要である。
  1. 抵当権の設定時に土地の上に建物が存在すること(建物に抵当権が設定されるか、または建物が存在する土地に抵当権が設定されること)
  2. 土地と地上建物が同一の所有者に属していること
  3. 競売の結果、両者の所有者が異なるに至ったこと  任意譲渡の場合には民法388条は適用されない。

上記の要件が充足される限り、民法388条は次の場合にも適用される。
次の場合には、適用されない。
  1. 抵当権の設定当時に土地所有者と建物所有者とが異なる場合  建物所有者のために土地の利用権を設定することが可能だからである。次の場合に注意する必要がある
    1. 設定されている敷地利用権が使用借権の場合には、その使用借権は建物の買受人の役には立たず、建物のみに抵当権を設定することは危険である。
    2. 抵当建物の敷地と隣地との境界が明瞭でないため、建物が隣地にはみ出している場合には、隣地の所有者と建物所有者とが異なる限り、抵当建物が執行により売却されても、はみ出し部分に法定地上権が成立することはない。隣地にはみ出した建物部分について法定地上権が成立しないことが物件明細書に記載されておらず、そのことが買受申出後・代金納付前に判明した場合には、民執法75条及び71条5号の類推適用が肯定される。代金納付後は、民法568条の適用問題となる。まず、同条4項にいう「品質に関する不適合」に該当するかが問題となるが、これには該当しない(品質は判断が難しい問題であるが、法定地上権の成立の有無は比較的明確に判断できる問題だからであり、565条が類推適用されるべき問題だからである。契約による借地権の存否が問題になった事件であるが、最高裁判所 平成8年1月26日 第2小法廷 判決(平成5年(オ)第1054号)参照)。したがって、買主は、民法568条1項・565条により契約の解除又は代金の減額を請求することができる。
  2. 更地に抵当権が設定された後で地上建物が建築され、その後土地について抵当権が実行された場合  もし法定地上権が成立すると、更地の状態で土地の交換価値を把握した抵当権者の利益が害される。
  3. 更地に第1順位の抵当権が設定され、その後に建物が建築されて、建物に抵当権が設定され、建物抵当権が実行される場合   法定地上権の成立が肯定されると、更地に設定された抵当権が実行されたときに土地の抵当権者が不利益を受けるからである。もっとも、更地に設定された抵当権が実行されるとは限らないこと(例えば、建物に設定された抵当権の債務者は土地建物の所有者であるが、土地に設定された抵当権の債務者は第三者(土地所有者は物上保証人)であり、第三者(主債務者)が債務不履行の状況にない場合には、建物のみが競売されること)を考慮すると、建物抵当権が実行された段階で法定地上権の成立を肯定し、この法定地上権は更地に設定された抵当権よりも後順位であると位置付け、後者の抵当権が実行された段階で法定地上権は消滅するとの解決も、理論的には可能である(このような法定地上権は、「暫定的法定地上権」あるいは土地の抵当権との関係で「後順位法定地上権」と呼ぶことができよう)。もちろん、建物の買受人の地位が不安定になり、トラブルが生じやすいことを理由に暫定的法定地上権の成立を否定することも可能であるが、その点はともあれ、更地に設定された抵当権に優先する地上権が成立することはない。
  4. 更地に第1順位の抵当権が設定され、その後に建物が建築されて、土地に第2順位の抵当権が設定され、その第2順位の抵当権が実行される場合については迷う。この場合には、第1順位の抵当権者の利益は、民執法63条により保護されるからである。ただ、同様な状況は、中間用益権に後れる第2順位の抵当権が実行される場合にも生じ、この場合について59条2項が中間用益権消滅を規定しているのであるから、この政策的判断(「買受人に引き受けられる権利関係に関する売却条件の単純化」と解される)に従うべきであろう。

共同抵当の場合1
  民法388条は、土地建物の両方が同時に抵当権の目的となっている場合にも、競売(滞納処分による公売を含む)の結果、土地と建物の所有者が異なることになれば、適用される(最判昭和37.9.4民集16-9-1854)。例えば、先順位債権者(租税債権者)の申立てにより土地のみが競売(公売)された場合には、建物は法定地上権付の状態で債務者に留保される;土地からは十分な満足を得ることができなかった抵当権者は、法定地上権付の建物を競売することにより債権の回収を図ることができる。

共同抵当の場合2  他方、土地と建物の双方が共同抵当に供された後で、建物が滅失して再築された場合に、再築建物のために法定地上権が発生するかについては、判例の変遷があり、また見解が分かれていた[9]。しかし、最高裁は、抵当権設定時に土地全体の交換価値を把握していた抵当権者の利益を尊重して、土地の抵当権者が建物に従前の順位で抵当権を得るといった特段の事情がない限り、法定地上権を認めないこととした(最判平成9年2月14日民集51巻2号375頁最判平成10年7月3日判例時報1652号68頁(土地と建物との一括競売がなされ、配当が問題となった事案))。

効 果
要件が充足される場合には、買受人が所有権を取得した時(79条により、原則として、代金納付の時)に建物のために法定地上権が発生する。存続期間は、土地又は建物の買受人と他方の所有者との協議で定められるが、協議が成立しなければ借地借家法3条本文が適用される(ただし、同法25条に注意)。土地の買受人は法定地上権の負担付の土地を取得したことになり、建物の買受人は、法定地上権付の建物を取得することになる。法定地上権の地代は、買受人の地位の安定の点からは、売却前に執行裁判所が定めておく方が好ましい。しかし、現行法は、そのような事前決定の方式を採用せず、売却後に当事者の合意で定め、当事者が合意できない場合には、判決手続により裁判所が定めるとの方式(事後決定方式)を採用している。立法論としては、拙劣な方式と言うべきである[16]。

法定地上権は、建物が存した土地の一筆全部に当然に及ぶものでなく、旧建物の利用上必要な部分に限られる(地上建物が再築された事案であるが、大阪高等裁判所 昭和35年12月15日 判決(昭和33年(ネ)第1559号)参照)。

土地又は建物の一方に抵当権が設定され、一方のみが競売されれば法定地上権が発生する場合でも、一般債権者により土地と建物とが一括競売されることがある。その場合には法定地上権は発生しないが、個別売却であったならば発生したであろう法定地上権を考慮して土地と建物の各々について売却基準価額(個別売却基準価額)を定め、これに応じて売却代金の総額を各不動産に割り当てて、配当する(86条2項)。

3.7 民事執行法の法定地上権(法81条

趣旨・適用範囲
同一人に属する土地と地上建物のうちの一方のみを売却すれば執行債権の完全な満足が得られる場合に(61条ただし書)、一方のみを売却した結果、所有者が異なることになると、建物所有者は土地利用権を有せず、土地所有者から建物収去を迫られることになる。このような場合に典型的に生ずる不都合を回避するために、民執法で法定地上権の制度が設けられている。民法388条が抵当権の設定されている不動産の競売の場合につき規定していたが、その解釈上の適用限界を乗り越えるために、民執法81条がその他の場合のために規定したのである。後者は、土地にも建物にも抵当権が設定されていない場合の強制競売にのみ適用される 。

強制競売の場合には、土地と地上建物の所有者が同一である限り、差押債権者は双方を差し押さえることができるのであるから、この法定地上権制度の主たる目的は、建物の存続を図りつつ、過剰な売却を避けることにある。

要件
民執法の法定地上権が成立するためには、次のすべての要件が充足されることが必要である。
  1. 差押えの当時、土地上に建物が存在すること(物理的要件
  2. 差押えの当時、両者が同一の所有者に属すること(所有者要件)  差押えの効力の発生時にこの要件が充足されていれば、この要件は充足される(通説。差押発効後の権利変動に影響されないという意味で、「差押え時説」と呼ばれる。仮差押えが先行する場合については、後述参照)[47]。差押えの効力の発生後に建物又は土地が差押債務者により譲渡され、所有者が異なることになっても、競売手続との関係では、法定地上権の成立は妨げられない(要件充足判定時期を差押えの効力の発生時としたのは、この趣旨を含む)。
  3. 競売の結果、両者の所有者が異なるに至ったこと[29]

差押えは、土地又は建物の一方のみになされていても、双方になされていてもよい。ただ、一般債権者は、通常は双方について競売申立てをし、一方のみの売却で執行債権者に全額の満足を与えることができる場合に、法定地上権付で一方のみが売却されるのである(73条参照)。もちろん、一般債権者が一方のみについて競売申立てをすることも可能であり、その場合でも前述の要件を充足する限り法定地上権は成立する。この場合に、一方の差押え後に債務者が差し押さえられていない他方を売却し、買受人が代金を納付する時点では双方の所有者が異なっていても、法定地上権の成立は肯定される。

なお、民執法81条が民法388条の適用ないし準用のない場合に適用される規定であることにより、次の要件が付加される。
土地が共有に属する場合  土地の共有者の一人が建物の単独所有者あるいは建物の共有者の一人である場合には、その者の土地の共有持分が強制競売により売却されても、他の土地共有者の利益を保護する必要があるので、法定地上権の成立は否定される(最高裁判所 平成6年4月7日 第1小法廷 判決・民集48巻3号889頁、東京高判平成3.9.19判時1410号66頁[百選*1994a]45事件) 。

効果

法定地上権は、買受人が代金を納付した時に成立する。存続期間は土地又は建物の買受人と他方の所有者との協議で定めることができるが、協議が成立しなければ借地借家法3条が適用され30年になる(ただし、同法25条に注意)。地代は、通常の取引の論理からすれば全く異例のことであるが、売却後に当事者間の協議で定められ、協議が調わない場合には、通常の民事訴訟で定められる(81条後段は、民法388条後段と同様に、この趣旨で理解されている)。

仮差押えの執行が先行している場合
動産の仮差押えの場合と異なり、不動産の仮差押えについては、超過仮差押えの禁止の原則は適用されない[48]。したがって、債権者は、土地と地上建物の双方について仮差押えの執行をするのが通常であり、一方のみについて仮差押えをすることは「変則的事態」([中野=下村*民執法]440頁)ではあるが[49]、法定地上権付き建物の換価金で被保全債権の満足を得ることができると予想される場合に、建物のみに対して仮差押えをすることが不合理であり異常な例外であるとまでは言えないであろう[50]。また、仮差押債権者としては土地と建物の双方について仮差押えしたつもりでも、特殊な場合には、一方のみについて仮差押えがなされている場合もある。そこで、一方のみについて仮差押えがなされ、本執行に移行した時点では土地と建物の所有者が異なる場合に法定地上権の成立を認めるべきか否かが問題になり、見解が対立している。
  1. 差押時説  本差押えの時点を基準にする見解。(α1)民事執行法では、「仮差押えの執行」と「差押え」とを意識的に使い分けており、81条では、「差押え」のみが基準時点としてあげられている。(α2)仮差押えの手続は売却を含まず、売却は差押えに基づく 。(α3)建物について仮差押えがなされた後で敷地が譲渡される場合には、譲渡の際に土地利用権が約定されるのが通常であり、仮差押債権者としてもそれを拒む理由はない 。(α4)一方のみになされた仮差押えの効力は他方には及ばず、移執行の時点(本差押えの時点)で所有者要件が充足されることを仮差押えの処分禁止効により説明することはできない。
  2. 仮差押時説  仮差押えの執行の時点を基準にする見解。理由:(β1)建物のために敷地利用権が設定される保証がない。(β2)建物のみに仮差押えが執行された場合に、法定地上権の成立を否定することは責任財産の保全という仮差押えの目的にそぐわない。(β3)執行手続上、仮差押えの効力は差押えの効力と同一に扱うことができる。(β4)債務者は、建物について仮差押えがなされた時点で、建物の執行売却により法定地上権の成立を予期するのが通常である。

立法当初の文献は、差押時説を採るものが比較的多かった。しかしその後 仮差押時説を採る文献 が多くなった。最高裁は、建物とその敷地について仮差押えがなされたが、建物の一部が仮差押債務者所有の隣地に一部はみ出していて、そのことに気付かないまま仮差押債務者がその隣地を妻に譲渡し、その後に本執行に移行した場合に、隣地の所有者となった妻が建物の買受人に対しはみ出し部分の収去と土地の明渡しを求めた事案において、仮差押時説を採用して、法定地上権の成立を肯定した(最判平成28年12月1日民集70巻8号1793頁)。したがって、建物のみについて仮差押えがなされ、その後に土地が譲渡される類型の事案については、仮差押時説が判例通説になったと見るべきである。他方、次のような類型の事案については、まだ最高裁判例はない。
また、建物についてのみ仮差押えがなされ、本執行前に借地権の設定なしに土地が譲渡された場合に、建物所有者(仮差押債務者)は土地の占有権原を有しないので、土地の買主は、建物所有者に対して建物収去・土地明渡しを提起し、その勝訴判決を得て建物を収去しうることになるが、建物の仮差押債権者はそれを傍観せざる得ないのかという点も問題になる(執行債務者が借地権の設定なしに土地を譲渡することが不自然であるというのであれば、土地の譲渡に際して土地の使用貸借契約を付随的に締結し、その後に第三者が土地を買受けるという事例に置き換えてもよい)。

3.8 一括売却(法61条

趣旨と要件
不動産は、個別に売却するのが原則である。しかし、土地と地上建物の場合に典型的にみられるように、一括して売却する方が不動産の合理的利用に役立ち、高額に売却できる場合が多くある。そこで民執法は、以下の要件の下で一括売却を認めている。
  1. 複数の不動産が同一裁判所において売却対象となっていること。差押債権者または債務者を異にしていても、各不動産の物的負担の状態が異なっていてもよい。一部の不動産の競売手続が強制競売で、他のそれが担保競売であってもよい。 いずれの場合であっても、各不動産について売却基準価額を定めれば、これに応じて一括売却の代金額を各不動産に割り付けることにより適正な配当が可能になるからである。
  2. 複数の不動産の相互の利用上、それらを一括して同一人に買い受けさせることが相当であると認められること(法61条本文)[5]。この相当性があっても、一括売却をするか否かは、裁判所の裁量で決めるのが原則である。しかし、一括売却の要件を備え、かつ、個別売却に比し著しく有利に売却できることが明かな場合には、一括売却をしなければならず、その懈怠は71条6号の売却不許可事由となり得る。
  3. ただし、一つの競売事件において一部の不動産の買受可能価額で各債権者の債権および執行費用の全部を弁済することができる見込みがある場合には、その不動産と他の不動産とを一括して売却することは超過売却となるので、原則として債務者(所有者)の同意が必要である。ただし、法により分離処分が禁止されている場合(区分所有22条の場合等)、あるいは残りの不動産が独立の経済的効用を有しない場合には、同意は不要とすべきである。

手 続
一括売却の決定は、執行裁判所が職権でなす。売却基準価額は、一括して売却される不動産全体について定められる(一括売却基準価額)。これとならんで、各不動産についても売却基準価額(個別売却基準価額)を定め、法61条ただし書の適用の有無を判定し、また、各不動産の物的負担状態が異なる場合には、各不動産ごとに売却代金額を定めて配当する場合の基準に用いる(86条2項参照)。個別に売却するよりは一括して売却する方が高く売れるであろうことを規定して一括売却がなされるのであるから、理論的には、一括売却基準価額は、各不動産の個別売却基準価額の合計額よりも多くなることがあってもよいはずであるが、執行実務では、一括売却基準価額は、各不動産の個別売却基準価額の合計額と等しくなるように定められる。

土地と地上建物が一括売却される場合に、(α)超過売却になる可能性があれば、物的負担状況が同じのときであっても、各不動産ごとに個別売却基準価額を定める必要がある。その額は、法定地上権の成立を前提にして定める。(β)超過売却になる可能性がなく、物的負担状況が同じであるときは、個別売却基準価額を定める必要性はない。

しかし、後者のときであっても、評価人は土地利用権として法定地上権が成立することを前提にして各不動産の評価額を算出するのが通常である[56]。 通常は、建物の価格と土地の価格(建付地価格)とを算出し、法定地上権価格を建付地価格の一定割合(例えば、40%あるいは60%)として算出する。この割合は、近隣の借地権取引の慣行や税務上の取扱い等を総合的に考慮して評価人が裁量的に定める。考慮要素を定型的文言で概括的に示している例もあるが、まったく示していない例もある。
通常は、これらの評価額が個別売却基準価額となる(60条1項参照)。この点は、不動産売買の情報サイトに掲載されている土地(特に地上建物の価値をゼロとした古家付き土地)の売却希望額と比較する際に重要である。法定地上権価格が土地価格の50%とされているときには、土地の個別売却基準価額の倍の額が情報サイトの土地の売却希望額に相当する。

一括売却においては、売却実施および売却許否は、対象不動産の全てについて一括しておこなわれる。一部の不動産につき売却不許可事由がある場合(特に、法71条1号)には、一括した全部について売却不許可とする。
 

4 売却の準備


不動産の売却の準備のための措置として、次のものがある。

4.1 売却のための保全処分等(55条

不動産が差し押さえられても、執行債務者は所有者としてそれを使用・収益することができる。しかし、すでに売却予定物件となっており、また、債権者が差押えにより把握した交換価値は基本的に維持されなければならないので、民事執行法は、債務者の使用・収益を通常の用法の範囲内に限定するとともに(46条2項)、債務者や占有者の行為により不動産の価格が減少するのを防止するために、売却のための保全処分の制度を設けた。

申立人
売却のための保全処分を申し立てることができるのは、差押債権者である。ただし、配当要求の終期後に強制競売又は担保競売を申し立てた者からの申立てを許すと、手続の迅速が進行が妨げられるおそれがあるので、除かれる(55条1項柱書内の第2かっこ書)。次のことも理由の一部となる:配当要求の終期後に強制競売を申立てた者は配当に与かれず(保全処分がなされてもこのことには変わりはなく)、担保競売を申し立てた者は、通常、無剰余措置により保護されること[53]。

相手方と価格減少行為
相手方となるのは、価格減少行為をする債務者(=所有者)または不動産の占有者である。価格減少行為とは、次の行為を指す:(α)不動産の価格を減少させる行為、又は(β)不動産の価格を減少させるおそれがある行為。 ここでいう行為は、債務者または占有者の具体的な行為であり、それが必要であるとされたのは、保全処分が濫用されないようにするためである。したがって、「行為をするとき」の中には、「行為をするおそれがあるとき」は含まれない([中野*1998b]402頁。77条と対照的である。抽象的危険性では足りない)。しかし、債務者または不動産の占有者のこれまでの言動から「行為をすることが相当な根拠をもって予見されるとき」は含まれる解すべきである(具体的危険性があれば足りる)。

とくに、3号の保全処分の場合には、現在の占有者が具体的な価格減少行為としての占有移転ないしその前提となる賃貸借契約の締結をすることまで要求していたら、保全処分の発令が困難になってしまう(これらの行為は、内密のうちに短時間でできるものであり、差押債権者がその行為を事前に把握するのは困難である)。この保全処分は、債務者・占有者に不動産の使用を許すものであり、従って彼に与える不利益は少ないことを考慮して発令要件も緩やかに解すべきである。

債務者・占有者以外の者(以下では「他の者」という)の価格減少行為は含まれない。しかし、(α)価格減少行為をする他の者が債務者・占有者の補助者と評価できる場合には、債務者・占有者の価格減少行為と評価できる。(β)他の者が債務者・占有者の補助者と評価できない場合でも、他の者の価格減少行為を阻止せよとの行為命令を債務者・占有者に対して発することはできる。債務者・占有者が他の者の価格減少行為を阻止する見込みがないときは、執行官保管の保全処分を命ずることができる(例えば、他の者が競売不動産に廃棄物を投棄する行為を継続する場合)[7]。

債務者・占有者の行為による価格減少は、顕著である必要はない。しかし、不動産が差し押さえられても、債務者は通常の用法に従って使用・収益を継続することができ(46条2項)、これにより生ずる通常の損耗まで価格減少に該当するのでは、46条2項の規定の趣旨と齟齬を来す。また、軽微な価格低下は、差押債権者も受忍すべきである。そこで、当該価格減少行為による不動産の価格の減少又はそのおそれの程度が軽微であるときは、保全処分命令は発せられないとされた(55条1項ただし書)。

保全処分等
保全処分の語は、広義では公示保全処分を含み、狭義ではこれを含まない。55条・55条の2では、多くの場合、狭義で用いられている[24]。狭義の保全処分と公示保全処分について説明しよう。
保全処分  一定の者に対する一定の行為をなすべきことの命令である。名宛人が誰であるかに注意して読むと、条文が読みやすくなる。 公示保全処分  これは、≪執行官に、(発令された狭義の)保全処分の内容を、不動産の所在する場所に、公示書その他の標識を掲示する方法により、公示させること(公示命令)≫を内容とする保全処分である(55条1項柱書内のかっこ書)。名宛人は、執行官である。公示保全処分の執行は、滅失又は破損しにくい方法により公示書その他の標識を掲示してしなければならない(規則27条の3第1項)。この公示書等の損壊に対しては、刑事罰が加えられる(55条1項1号の公示書等については204条、2号・3号の公示書等については刑法96条(封印等破棄罪))。執行官は、公示書その他の標識に、標識の損壊に対する法律上の制裁その他執行官が必要と認める事項を記載することができる(規則27条の3第2項。

3つの類型の保全処分
1項各号で規定されている3つの類型の保全処分を見ていこう。保全処分の基本的内容は、(α)価格減少行為をする債務者・占有者に対する一定内容の禁止命令・行為命令である。その命令の実効性を高めるために、必要に応じて、(β)執行官に対する不動産保管命令又は公示命令が付け加えられる。

行為命令の保全処分(1号)  債務者・占有者が価格減少行為をするときは、執行裁判所は、差押債権者の申立てにより(1項のかっこ書に注意)、その行為を禁止し、または一定の行為を命ずることができる。裁判所が必要と認める場合には、公示保全処分をすることもできる。価格減少行為の例: 執行裁判所は、この保全処分の決定をするときは、申立人に担保を立てさせることができる(4項)。

執行官保管の保全処分(2号)  執行官が不動産を現実に保管する保全処分である。この保全処分がなされるのは、債務者または占有者が先行する禁止命令・行為命令に従わない場合が典型例であるが、これに限らず、禁止命令・行為命令を発してもそれに従う見込みがないとき、あるいは速やかに執行官に保管させないと不動産の価格が減少するときでもよい(換言すれば、「価格減少行為をするとき」という要件がみたされ、執行官保管命令が不動産の価格維持に必要でかつ適切であれば足りる)。

この保全処分は、名宛人を異にする次の命令からなる。 この命令により、債務者・占有者の現実の占有が排除されるので、申立人に担保を提供させることが必要である(4項)。不動産を保管する執行官は、保管行為として、雨漏りの修繕や雪下ろしをすることができる(もちろん、業者に委託して修繕や雪下ろしをさせることもできる)。

占有移転禁止の保全処分(3号)  競売不動産の占有者が次々と入れ替わる状況になっていると、買受希望者としては、占有関係のわかりにくい物件として不安を感ずる。また、執行官の現況調査報告書も、調査時点では正確であっても、その後の占有者の交替により現状を反映しない報告書となってしまい、買受希望者から信頼されなくなる。こうした事態に適切に対応するために、占有者が現実に交替しても、執行法上はその交替を無視できるという保全処分が必要となる。もちろん、2号の執行官保管処分をすれば、占有者の現実の交替も阻止できる。しかし、そこまでの必要はなく、占有者の交替を法律上無視できれば足りるという場合に用いられる保全処分である。

この保全処分は、名宛人を異にする次の命令から成る。 この保全処分が執行されると、この保全処分の名宛人に対する引渡命令の執行力がその後の新占有者に広く拡張される(83条の2。拡張されない場合もあるが、その範囲はごく狭い)。いわゆる当事者恒定効である。この当事者恒定効の意義は、引渡命令の要件が比較的緩やかになっている現行法の下ではあまり大きくないが、次の点にある。 執行裁判所は、この保全処分の決定をするときは、申立人に担保を立てさせることができる(4項)。

相手方の範囲の制限
2号保全処分と3号保全処分の相手方は、買受人に対抗できる占有権原を有しない直接占有者に限定される。すなわち、保全処分は次のいずれかの場合にのみ許される。
1号保全処分については、このような制限はない。現に価格減少行為(例えば物理的毀損行為)をする以上、それを禁止し、あるいは原状回復をさせるのは当然だからである。

申立て
申立ては、規則27条の2所定の事項を記載した書面を提出してする。当事者を特定するために、当事者の氏名・名称及び住所を記載することが必要である(規則27条の2第1項1号)。住所は、相手方を特定するために要求されるのであるから、個人については、住民票上の住所でも、それと異なる現住所でもよく、それが明らかにならなければ居所あるいは最後の住所でもよいとすべきである(民訴法4条1項参照)[30]。法人その他の団体については、団体の名称と住所(主たる事務所・営業所の所在地)を記載するとともに、代表者の氏名を記載する。団体の住所が不明であれば、代表者の住所等をもって団体の住所とする。

裁 判
保全処分は、執行裁判所がする裁判であり、裁判の形式は決定である(4条)。

各保全処分の執行
行為命令の保全処分は、その内容が強制執行に親しむ限り、22条3号の裁判として債務名義となり[17]、通常、代替執行または間接強制の方法により実現される。この決定は、29条の原則に従い、執行前または執行と同時に相手方に送達されることが必要である。公示保全処分の執行は、執行裁判所所属の執行官に申し立て、執行官は命じられた内容の公示書その他の標識を掲示する。

執行官保管の保全処分は、緊急に執行されるべき命令であるとの特質を有し、相手方に送達する前でも執行できるが(55条9項)、申立人に告知された日から2週間を経過したときは執行できない(同条8項)。保管執行は、法168条の不動産の引渡等の強制執行に準じて行われる。すなわち、(α)相手方が現在の占有者であることを確認するために、競売不動産に現在する者に質問をし、又は文書の提示を求めることができる(168条2項)。正当な理由なくこれを拒む者は、陳述等拒絶罪に問われる(205条1項3号。[谷口=筒井*2004a]83頁)。執行官は、電気・ガス・水道等の継続的供給業者に報告を求めることができる(168条9項・57条5項)。(β)現在の不動産占有者が保全処分の相手方であることが確認できれば [31]、その占有を解く。必要であれば、閉鎖した戸を開くため必要な処分をすることができる(4項)。(β')目的外動産があれば、不動産から取り除く(168条5項−7項)[40]。(β'')この場合に、事前に明渡しの催告(168条の2)をすることが適切であれば、そうすることもできるが、この保全処分の特質からすれば、明渡しの催告の手続を経ることなく相手方の占有を解くことの方が多いであろう。(γ)不動産を執行官が自ら保管(占有)する。必要であれば錠を取り替えた上で、施錠する。執行官が自ら保管するのであるから、債権者の出頭は必要的でない(168条3項の不適用)[32]。(δ)執行官は、公示書その他の標識の掲示が命じられている場合には、その掲示をする。(ε)執行官は、不動産の保管行為の一環として、雨漏りの修理等をすることができる([谷口=筒井*2004a]77頁)。

占有移転禁止の保全処分も、執行官保管の保全処分に準じて行われる。ただし、債務者・占有者に使用を許すのであるから、実際に占有者を不動産から追い出したり、目的外動産を取り除くことは必要ではなく、もし相手方あるいはその補助者がおれば、その者に、相手方の占有を解いて今後は執行官が不動産を占有することを宣言し、相手方に使用が許されていることを教示すれば足りる[26]。その上で、公示書その他の標識を掲示する。「占有を解いて執行官に引き渡す」ことが観念的にしか行われないので、この掲示は必ずされなければならない。

保全処分の終期
売却のための保全処分は、できるだけ高価額で売却できるようにして差押債権者を保護することを目的とするので、買受人が代金を納付すると、その必要がなくなる。そこで、この保全処分については、「買受人が代金を納付するまでの間」という時期的制限が付されている。その意味については、次のような見解がある。
  1. 効力終期説  これは、この保全処分の効力の終期を定めたものである([中野*民執v4]414頁)。
  2. 申立終期説  これは、この保全処分の申立ての終期を定めたものである([谷口=筒井*2004a]79頁注74)。
  3. 発令終期説  これは、発令の終期を定めたものである([中野=下村*民執法]467頁)。したがって、申立ては、これ以前になされなければならない。

例えば、執行官保管の保全処分がなされた場合に、代金を納付した買受人が執行官から競売不動産の占有を得るまでに若干の時間はかかるものであるが、その場合に執行官保管の保全処分は買受人の代金納付により当然に効力を失っているとするのも適当ではなかろう。特に、占有移転禁止の保全処分は、引渡命令との関係で当事者を恒定することに意味があるのであり、引渡命令の執行まで効力が存続すると解さなければならない(83条の2。[谷口=筒井*2004a]76頁以下参照)。こうしたことを考慮すれば、「買受人が代金を納付するまでの間」の語は、代金納付後は売却のための保全処分の申立て及びその執行の申立ての利益が消滅するから、代金納付時が申立ての終期となるという趣旨を表現したものであると理解し、申立終期説を採るべきであろう。保全処分の効力の終期は、個々の保全処分ごとにその内容を考慮して決定されるべきである。 このように解すると保全処分命令の終期が不明確になり、法律関係が不安定になるとの批判は、甘受しなければならない。しかし、この点については、引渡命令とその執行の申立てが許される終期を限度とすることにより、ある程度の明確化が図られよう。

費 用
申立費用  保全処分が発令された場合には[25]、その申立てに要した費用は、不動産の価値の維持に役立った費用として扱われる。すなわち、強制競売手続における共益費用として、申立債権者に優先的に償還される。

執行費用  2号および3号の保全処分の執行費用も、同様に、共益費用として優先的に償還される(55条10項)。
  1号の保全処分の執行費用は、共益費用とされていない。その理由は、平成15年改正前の旧規定について、次のように言われている:「債務者に作為・不作為を命ずる同命令の内容上、その債務者への送達により保全の効果を生じ、必ずしも執行行為を必要としない上、同命令を債務名義として行われる代替執行なり間接強制のための費用は、代替執行又は間接強制の手続においてそれぞれの手続の費用として処理される(中略)からである」([注解*1986c]167頁(中野貞一郎))。したがって、例えば、債務者が雪下ろしをしないため1号の保全処分により雪下ろしが命じられ、その代替執行がなされた場合に、その費用の償還請求権は、不動産の強制競売手続との関係で一般債権にとどまることになる[34]。しかし、それは妥当ではない[35]。1号の保全処分の執行の費用がその執行手続ないで取り立てることができるとは限らないからである。執行手続内で取り立てることができなかったものは、競売不動産の価値の維持に役立った費用として、当該不動産の強制競売手続において優先弁済が受けられるべきである。そのための法律構成としては、次の2つが考えられる:(α)その執行費用は、民法307条の共益費用にあたり、民執法51条1項による配当要求を認めるべきである(このようにしても、配当要求の終期との関係で、常に優先償還を受けることができるわけではない(87条1項2号参照));(β55条10項かっこ書が同条1号の保全処分の執行費用を除外した理由が成立しない場合、すなわち執行費用を当該執行手続内で取り立てることができなかった場合にはかっこ書は適用されず、強制競売手続内の共益費用として優先的償還される。いずれを採るべきか。例えば、配当要求の終期後に雪下ろしが必要となった場合を考えると、(α)では、差押債権者は雪下ろしの費用の償還を得られず、不当である(最悪の場合には、差押債権者が雪下ろしの保全処分をためらっている内に、競売建物が雪の重みで損傷する)。それゆえ、(β)の選択肢を採るべきである。
  平成15年改正後は、1号保全処分として公示保全処分も命じられるが、その執行費用[33]についても、優先償還を認めるべきである。

4.2 相手方を特定しないで発する売却のための保全処分等(55条の2

売却のための保全処分等も、本来は、相手方を特定して申し立てるべきものである。個人の特定は、原則として氏名と住所をもってなされる(規則27条の2第1項1号)。ここでいう住所には、前述のように、居所・最後の住所も含まれる(民訴法4条2項参照)。
しかし、現実には、(α)申立人が相応の努力を払っても相手方となるべき者の氏名が明らかにならない場合がある(例えば、荷物だけあって、人間がいない場合)。(β)また、次から次へと占有者が交替し、売却のための保全処分を申し立てた時点での占有者とその執行段階での占有者とが違うことが予想される場合には、申立段階で占有者を特定できても、あまり意味がない。このような場合でも、競売不動産の価値を保全する必要性は高い。

そこで、執行官保管の保全処分又は占有移転禁止の保全処分については、相手方を特定しないまま保全処分命令を発し、相手方の占有を解く段階で執行官が相手方を特定できればよいとされた。このようにしても、相手方の手続的利益が害されるわけではないことの説明として、次のことが指摘されている([谷口=筒井*2004a]80頁)。
要 件

相手方を特定することを困難とする特別の事情が存在することが必要である。相応の努力を払っても相手方を特定できない場合には、この特別事情は存在すると考えるべきであるから、申立人は、これまでにどれだけの努力を払ったかを明らかにすべきである。過去に占有者を特定して保全処分の申立てをしたが、執行段階で占有者が入れ替わっていて、執行不能となった場合にも、この特別事情は存在すると考えるべきである。

執行段階での相手方の特定
執行開始の段階では、相手方を特定できなくてもよいが、相手方の占有を解く際には特定することができなければならない(55条の2第2項)。相手方の特定のために、執行官は、(α)不動産に所在する者に質問し(168条2項)、(β)電気・ガス・水道等の継続的供給業者に報告を求めることができる(168条9項・57条5項)。このように、現占有者を特定するための手段は用意されているが、執行官が現場に臨んだときに人がおらなければ、(α)の方法を用いることはできない。(β)の方法も、契約がなされていなければ、役に立たない。したがって、現占有者である相手方を特定できない場合が生ずることは避けられず、その場合には執行不能として、執行を取り消す。

現占有者を特定することができれば、その者が保全処分又は公示保全処分を命ずる決定の相手方となる(55条の2第3項)。執行官は、その者の氏名又は名称その他の当該者を特定するに足りる事項を、執行裁判所に 届け出なければならない(規則27条の4)。「その他の当該者を特定するに足りる事項」に何が含まれるかは、今後の解釈・運用に委ねられることになろう。

執行がなされなかった場合
相手方を特定しない保全処分・公示保全処分の執行期間も、申立人に告知された日から2週間であり、この期間内に執行がなされなかった場合には、相手方に送達する必要はない(55条の2第4項前段。相手方が特定されていないから、送達のしようもない)。この場合には、執行期間内に執行がなされなかったこと自体により担保の事由が消滅したことになり、担保取消決定がなされる。この決定は、本来は、相手方に告知し、相手方に即時抗告の機会を与えるべきものであるが(民訴法79条4項)、相手方が特定されていない場合には意味のないことであるので、担保取消決定は、執行裁判所が申立人に告知することで、その効力を生ずるとされている(55条の2第4項後段)。

相手方たる占有者を特定できない場合の対応
執行官が執行の際に占有者を特定できない場合には、相手方を特定しないで発する売却のための保全処分等も、役に立たない。しかし、これで万策尽きたと諦めるのは、早い。

民事執行は、権利関係の厳密な確定を前提にして行われるのではない。例えば、債務者の占有する場所にある動産は、債務者の財産であろうとの推定に立って、執行官は、債務者に対する債務名義でもってその動産を差し押さえることが許されている。被差押動産がたとえ第三者のものであっても、差押えは適法であり、国家賠償責任の問題は生じない。他方、第三者は第三者異議の訴えによりその差押えを排除することができる。

同様に、競売不動産の占有者が誰であるかが差押債権者及び執行官が相当の努力を払って調査しても明らかにならない場合には、その不動産は所有者によって占有されていると推定して保全処分を執行することは許されてよい。なぜなら、(α)強制競売制度の機能を維持し、執行債権の円滑な実現を図るために、その必要がある。(β)もし、第三者が占有しているのであれば、彼は、執行異議により自己が占有者であると主張することも、第三者異議の訴えにより執行を排除することもでき、誤った推定に対して救済を求める道は十分に開かれている。(γ)執行官保管の保全処分は、占有者に大きな打撃を与えるおそれがあるからその執行について慎重でなけばならないとしても、執行官保管の保全処分は、債務者以外の占有者が差押債権者に対抗することができる占有権原(留置権、賃借権など、さらには、彼が真の所有者であると主張する場合の所有権)を有していない場合でなければ発せられないのであり(55条2項)、かつ、執行官が相応の調査をしても占有者を特定できないのであるから、占有者を有する占有利益は大きくないと考えてよい;実際上問題になるのは、執行官保管の保全処分の執行の段階で不動産に存在する動産の処分であり、その売却代金が債務者を被供託者にして供託された場合でも、売却された動産が自己の所有物であると主張する占有者は、債務者の供託金還付請求権を差し押さえることができるし、差押え前に債務者が還付を受けたとしても、占有者は債務者に対して不当利得返還請求をすることができる;動産が売却されること自体が不利益である場合もあろうが、それも強制執行制度により実現されるべき権利(執行債権)の保護と執行機関が相当の調査をしても特定することができない占有者の利益保護との衡量の問題であり、占有者の保護が優先すべきものとは思われない。(γ')売却のための保全処分の中で、占有移転禁止の保全処分は、さらに、占有者の現実の占有を奪うわけではなく、当事者恒定効が生ずるだけである;この保全処分が早い段階で申し立てられれば、売却の実施まで通常は十分な時間があり、執行異議や第三者異議の訴えにより救済を求める時間的余裕がある;しかも、救済を求めるまでに占有者に生ずる不利益は大きくない;もちろん、占有者が強制競売手続の進行あるいは保全処分の執行を知ることができないことについて正当な理由がある場合には、こうした救済を求める機会もないことになるが、その点は、執行債権の保護と執行機関が相当の調査をしても特定することができない占有者の利益保護との衡量の問題である。

こうしたことを考慮すると、占有者不明の競売不動産は、所有者によって直接占有されていると推定して占有移転禁止の保全処分を発令すること又は執行することは、十分に正当化できよう[36]。このことを前提にして、解釈論的構成としては、次の二つが考えられる。
  1. 差押債権者は、占有者不明の競売不動産について占有移転禁止の保全処分を申し立てる場合には、相手方を特定しない保全処分等とともに、債務者を相手方とする保全処分を申し立て、執行官にその執行を申し立てる際には、主位的に相手方を特定しない保全処分の執行を申し立て、予備的に、債務者を相手方とする保全処分の執行を申し立てる。執行官は、占有者の特定不能のために前者の執行が不能になる場合には、債務者が占有しているとの推定の下に債務者に対する保全処分を執行することができる。
  2. 執行官が占有者を特定するために努力を払ったにもかかわらず、占有者の氏名すらも特定できない場合には、債務者が占有しており、債務者以外の者の存在が認められる場合でも、それは債務者の占有補助者であると事実上推定することができるとの経験則を認めて、この経験則により執行官が執行に際して債務者を占有者と認定することを許す。
ところで、55条2項は、執行官保管の保全処分および占有移転禁止の保全処分は、同項各号に「掲げる場合のいずれかに該当するときでなければ、命ずることができない」と規定している。この規定を文言通りに解すれば、占有者不明の段階で債務者に対する保全処分命令を申し立てることはできなくなる。規定の趣旨は、立案担当者によれば、債務者が不動産を直接に占有していない場合に、債務者を相手方とする執行官保管や占有移転禁止保全処分は無意味であるということである。そして、例えば、申立て段階では第三者が占有していたが、執行段階では債務者が占有していたため、執行不能となり、申立段階では債務者が占有していたが、執行段階では第三者が占有していたため執行不能となる事態については、55条の2で対処することが予定されていると解してよいことを考慮すると、Bの解釈構成を採用すべきであろう。

この解釈構成にあっては、保全処分の相手方となる所有者を氏名と住所により特定することについて、事実上の障害はない。問題となるのは、前述の法律構成Bの一部となっている経験則の妥当性である。かなり規範的要素のある経験則であるが、占有移転禁止の保全処分であれば、債務者以外の者が真の占有者であっても、その者が直ちに不利益を受けるわけではなく、真の占有者が掲示書を見て執行異議等の申し立てをすれば、その時点で保全執行を取り消して、改めて必要な保全処分をすることでよいであろう。

4.3 地代等の代払(56条

借地上の建物が差し押さえられた場合に、差押えの効力が借地権(地上権・賃借権)にも及ぶとしても、債務者が借地料の支払を怠れば、敷地所有者は借地権を消滅させることができる(賃貸借契約の解除または地上権の消滅請求(民法266条276条))。これにより借地権が消滅すれば、建物は多くの場合に無価値となる。実体法上は、このような場合に、差押債権者に代払の可能性と立替金の優先償還請求権が認められているが(民法474条1項・307条)、民執法56条は、それを一歩進めて、差押債権者が代払をした場合に、執行手続内で債務名義なしに優先償還を受ける道を開いた。債権者がこの規定により償還を受けるためには、代払につき裁判所の許可を受けなければならない。許可の申立権者は差押債権者に限られる(配当要求の終期後に強制競売又は競売の申立てをした差押債権者は、これから除かれる──55条の制限と同じである)。許可の要件は、借地権が存続していること、債務者が地代を支払わないため代払の必要があることである。許可を受けても、現実に代払をするか否かは債権者の自由である。

4.4 不動産の現況調査(57条規28条・29条)

執行裁判所は、競売開始決定後、目的不動産の権利関係・事実関係をできるだけ正確に把握するために、執行官に対し、不動産の形状・占有関係その他の現況についての調査を命じる(57条1項)[2]。この命令には、現況調査報告書の提出期限が付される(通常、発令の30日ないし40日後あるいは6週間後が期限となる)。調査対象は競売不動産であるが、調査範囲はこれにとどまらず、土地の競売では地上建物、建物の競売では敷地に関する事項にも及び、その細目は現況調査報告書の記載事項(規29条)に示されている。そのうちで特に重要なのは、競売物件の現地における確認および差押えの効力発生時点での占有関係の把握である。

調 査
現況調査の命令を受けた執行官は、差押債権者から提出された資料(規23条の2)を参考にして、まずは、次の調査を行う(順不同):(α1)法務局(本局・支局・出張所)で目的物件の図面(土地の公図や地積測量図、建物図面)を閲覧し、必要に応じてその写しを入手する。(α2)市町村の税務課で地番図等の交付申請、固定資産税の課税状況の確認、(β)物件所有者等(区分所有建物の場合には管理会社の担当者を含む)の事情聴取(面談若しくは電話による聴取又は書面の郵送による照会)調査。その上で、(γ)現地に赴いて、競売不動産であることを確認のうえ、現況を調査する(占有者がおれば面談して占有権原を確認、外観・周囲の写真撮影、接面道路の確認、競売対象外の建物(件外建物)が存在すれば、その概測等、建物内部への立入り・写真撮影・損傷(特に雨漏り)箇所の確認)。現地での調査は1回でもよいが、2回に分けて行うこともある(特に建物についてそうである)。その場合には、1回目は差押えの効力発生後できるだけ早い時期に、占有者が誰であるかを特定することを中心に行い、2回目には、不動産(特に建物)の内部に立ち入って写真撮影・損傷箇所の記録等を行う。さらに(δ)必要に応じて、電気・ガス・水道等のライフライン供給業者に照会して、生活実体の有無を確認する。こうした調査経過は、現況調査報告書の「調査の経過」に表形式で記載される(1つの行は、「調査の日時」・「調査の場所等」・「調査の方法等」の欄からなる)。

執行官は、その不動産に強制的に立ち入ることができ、必要な場合には強制開扉をなす権限も有する(57条2項・3項。6条以下にも注意)。執行官は、債務者や直接占有者に対して質問し、賃貸借契約書等の文書の提示を求めることができる(57条2項)。その他にも、強制力の行使にわたらない限り、任意の調査方法を採用することができる(占有者が主張した占有開始時期の確認のために近隣居住者や自治体職員からの事情聴取を行うことなど)。電気、ガス又は水道水の供給その他これらに類する継続的給付を行う公益事業を営む法人に対し必要な事項の報告を求めることができる(57条5項。プライバシー保護の意識の高まりのなかで法人・団体等が個人情報の提供に慎重になってきたことに対応して、平成10年の改正で明文化された)。この報告により、生活のために現実の占有を開始した時期を把握することが容易になる。

個人情報保護法との関係
電気、ガス又は水道水の供給その他これらに類する継続的給付を行う公益事業を営む法人は、通常、顧客情報を収録したデータベースを作成しており、その法人は個人情報取扱事業者にあたる(個人情報保護法2条5項)。顧客データベースに収録されている個人の顧客の情報は、個人データであり(同法2条6項)、それを第三者に提供する場合には、たとえ提供先が裁判所や執行官であっても、原則として、本人の同意が必要である(同法23条1項柱書)。ただし、「法令に基づく場合」には、本人の同意は必要ない(同条1項1号)[27]。

民執法57条5項による情報提供依頼は、民事執行を適正に行う上で必要度の高い情報の提供依頼である。そして、提供を求められている情報は限定されており、そこから、民執法がその目的の実現のために必要性の高い情報に限って執行官に提供依頼の権限を認めたことを読みとることができる。したがって、民執法57条5項により情報提供依頼を受けた者は、特段の事情のない限り、これに応じて個人データを提供すべきであり、この情報提供は、個人情報23条1項1号の「法令に基づく場合」に該当する[37][38]。この情報提供により本人に損害が生じたとしても、提供された情報自体に提供者の故意又は過失による誤りがある場合は別として、情報提供は法令の規定に基づく適法な行為であるので、情報提供者は損害賠償の責任を負わない。

競売土地の所在の特定が困難な場合
競売土地が人里から離れた山中にある場合などには、土地の地番等の標識があるわけではないから、執行官が手段を尽くしても現地において競売土地の所在を正確に特定できないことがありうる。この場合には、執行官は、その旨を現況調査の結果とすることができる。執行裁判所は、競売申立債権者を審尋のうえ、現地において所在を確認できないことが何を意味するかに従い、次の措置を取るべきである[3]。
  1. 競売不動産の不存在を意味すると考えられる場合  53条により競売手続を取り消す。なお、現地において特定することができないような不動産を裁判所は売却すべきでないとの立場を採れば、現況調査後に申立債権者に現地での特定に資する資料の提出を求め、その提出がないときは、53条の類推適用により取り消すことも可能であろう。
  2. 登記簿に記載された競売不動産は存在しているが、競売不動産の所在を現地において特定することが困難である場合  買受人に損害が生じないように、現地において競売不動産を特定できていないことを明示のうえ売却を実施し[8]、売却できなければ68条の3により手続を取り消す。

現況調査報告書
執行官は、調査結果を現況調査報告書にまとめ、所定の期日までに執行裁判所に提出する(記載事項について、規29条1項参照)。この報告書の役割は、次の点にある(最高裁判所 平成9年7月15日 第3小法廷 判決(平成6年(オ)第548号))。
執行官の注意義務

執行官の現況調査及び判断の過程が合理性を欠き、その結果、現況調査報告書の記載内容と目的不動産の実際の状況との間に看過し難い相違が生じた場合には、国は、誤った現況調査報告書の記載を信じたために損害を被った買受人に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償の責任を負う(前掲最判平成9年)。

特 例
預金保険機構等の特定債権者の申立てに係る競売手続については、執行裁判所は、不動産の現況を明らかにする書面が特定債権者から提出された場合に、相当と認めるときは、現況調査を命じないことができるとされたことがある;費用と時間の節減のためである(特定競売手続臨時措置法3条・平成10年10月16日官報号外213号33頁。不良債権を迅速に低い費用で処理するための特例法であり、施行の日から起算して10年を経過した日にその効力を失ものとされ、既に失効している)。

4.5 不動産の評価(58条規29条の2以下)

評価人による評価
執行裁判所は、売却基準価額の決定の基礎資料を得るために、評価人を選任し、不動産を評価させる(58条1項)。評価人の資格は限定されていないが、不動産鑑定士(補)が選任されることが多い[4]。評価対象は、競売不動産を中心として、差押えの効力が及ぶことにより買受人が取得する物・権利の総体である。評価人は、公権力を行使する者ではないが、評価のために必要があるときには不動産に立ち入る等のことができる(58条4項による57条2項の準用。57条3項が準用されていないことに注意)。目的物が建物の場合には、原則として、自ら内部に立ち入って、状況を把握した上で評価すべきである(福岡高決平成1.2.14高民集42-1-25[百選*1994a]35事件)。評価人は、裁判所が定めた期限までに、規30条所定の事項(評価額およびその算出過程等)を記載した評価書を提出する。

評価の方法
評価の方法には、次のものがあり、不動産の所在する場所の環境、その種類、規模、構造等に応じ、選択する(規則29条の2・法58条)。
評価人は、不動産の所在する場所の環境、その種類、規模、構造等に応じ、取引事例比較法、収益還元法、原価法その他の評価の方法を適切に用いて評価する。複数の方法を用いて各方法による評価価格を算出し、それらを総合評価して最終的な評価価格を算出することも許される。

こうして得られた価格に、さらに次の修正を施して、評価額を算出する。
土地上に建物が存する場合の評価
土地とその上に存する建物が一括売却される場合に、売却代金額が全債権者に全額の満足を与えるのに足りず、かつ土地と建物との負担状況が異なるときには、売却基準額に応じて売却代金を割り付けることが必要になる(86条2項)。そこで、評価人は、法定地上が成立すると仮定した場合の法定地上権価額を土地の評価額から減額し、同額を建物に加算した価額も算出する。土地と建物とで負担状況が異ならない場合には、この算出は必要ないが、さしたる手間でもないようであり、負担状況の相違の有無にかかわらず算出するのが通常である(地上権価額は土地の価額の一定割合として各地で相場が定まっているようで、一定の係数を乗ずるだけである)。

ただし、この算出おいては実際に法定地上権が成立することは予定されていない。実際に法定地上権が成立するとの条件で土地又は建物の一方のみを売却する場合には、市場性が低下するので(法定地上権の負担付の土地あるいは土地利用権が法定地上権である建物の購入希望者は少なくなるので)、その修正を行う。実例:
競売市場修正
一般市場の取引価格(実勢価格)評価が求められているのではない。評価人は、強制競売の方法による不動産の売却を実施するための評価であることを十分に考慮しなければならない(法58条2項)。具体的には、次のことが考慮に値する。
  1. 評価額の役割  評価額は、売却基準価額の基礎資料となるものであり、その8割の金額である買受可能価額以上の価額での買受申出がなければ売却され得ないこと。
  2. 実際の売却価額は買受競争により決定されること   不動産市況に依存することであるが、多くの不動産は、初回の期間入札で売却基準価額以上の価額で売却されている。日銀によるゼロ金利政策がなお続いている2021年頃の大都市圏では、最高価買受申出価額が売却基準価格の2倍・3倍になることも珍しいことではない。もちろん、共有持分の売却や、件外物件(建物)があるような場合には、買受申出は少なく、初回の期間入札では売れないこともある。それらは、売却基準価額を下げて売却することになる。
  3. 短期売却であること  不動産業者を通じた中古住宅の通常の売買では、中古不動産の情報サイトに広告が掲載されてから、売買契約が締結されて広告が消えるまで1年以上の例はよくある。他方、裁判所が実施する期間入札では、売却公告から比較的短い期間内に買受申出が打ち切られる(2021年4月時点でBITで公開されている各地の裁判所の売却スケジュール表を見ると、裁判所により異なるが、公告から買受申出期間の末日までの期間は、農地以外の不動産で1ヵ月以内、買受希望者が限定される農地は3ヵ月以内が多い。なお、執行債権者からみると、競売申立てから公告までの間に現況調査と評価人による評価が入るので、競売申立てから売却までの期間はこれよりも2カ月半ほど長くなる)。執行売却の特質の一つは、買受希望者からみると、まさに短期売却であり、短期売却で買受申出が現れる価額を売却基準価額にせざるを得ない。
  4. 執行売却のその他の特殊性
    1. 売却について所有者が非協力的であり、情報開示が十分に行われないこと。
    2. 所有者・占有者の任意の立退きを期待しにくいこと。
    3. 競売目的物の種類・品質に関する契約不適合について、売主が担保責任を負わないこと(民法新568条3項)など(平成29年改正前にあっては、瑕疵担保責任の規定(旧570条)が適用されないこと)。 もっとも、建物の通常の売買でもこの担保責任を負わないことの特約が付されることが多い。
    4. ローン設定の道が開かれているとはいえ、通常の場合ほどには容易でないこと。
ただし、評価書において、競売のための適正価格の評価であり、その際に考慮される要因として個別に明示されているのは、通常、4のaからcまでである(評価書記載の考慮要因の末尾に「等」が付されるので、これに限定されるわけではない)。

借地権の評価
借地上の建物の競売の場合には、借地権も建物に従たる権利として売却の対象に含まれるので、借地権を含めた価額で評価すべきである。

争いがある場合  借地権の存否について争いがある場合には、困難な問題が生ずる。次の2つの評価方法が考えられる。
  1. 借地権の存在可能性を推定して、その割合を借地権価額と建物価額の合計額に乗じた価額をもって売却物件の評価額とする(リスク配分方式)。
  2. 借地権が存在するものとして評価し、借地権の不存在が判明した場合には民法新568条1項・2項(旧568条1項・2項)により債務者あるい配当受領債権者に対して担保責任を追及する(事柄の性質上、通常は解除する)ことができることを前提にして、借地権の存否に関する争いに巻き込まれることおよび担保責任の追及のための訴訟を提起しなければならない可能性があることを考慮して、相当額を減額する(担保責任方式)。

実際上の差は大きくないかもしれないが、 2 の評価方法の方が妥当であろう。

執行官と評価人との相互協力
執行官の現況調査と評価人による調査(現地に赴いての調査)は、時期をずらして別々に行うと、二重のチェックになって正確性が増すといわれることもあった。しかし、2019年現在では、目的不動産に立ち入ることが必要な調査を行う場合には、評価人は、執行官に同行して調査を行うことが多い。その方が、現地において執行官と評価人とが意見交換をすることにより調査の質を高めることが期待でき、両者の認識の共通度が高まるので、現況調査報告書と評価書の間の齟齬を防ぐことができ、また、立入りを受ける占有者の負担が軽減されるからである。また、占有者が立入りに抵抗する場合に、執行官はは6条1項の抵抗排除権限に裏付けられた強制立入権限・解錠権限(57条2項・3項)を有するが、評価人はそれを有せず、執行官の援助を求めなければならないので、調査を別々に行うと二度手間になるからである[55]。

いずれにせよ、執行官と評価人は、調査が円滑に正確に行われるように、相互に必要な協力をしなければならない(規30条の2)。なお、評価人が必要な調査をしようとしたところ抵抗を受けるときは、執行官に援助を求めることができる(6条2項)。

特 例
預金保険機構等の特定債権者の申立てに係る競売手続については、執行裁判所は、特定債権者から不動産の評価を記載した書面の提出を受けた場合に、相当と認めるときは、評価人による評価を省略して、提出された書面に記載された評価に基づいて売却基準価額を定めることができるとされたことがある。費用と時間の節減のためである(特定競売手続臨時措置法3条・平成10年10月16日官報号外213号33頁)。不良債権を迅速に低い費用で処理するための特例法であり、施行の日から起算して10年を経過した日にその効力を失ものとされ、既に失効している。

評価の効力(拘束力の有無)
評価人による評価は、執行裁判所が売却基準価額を定める際の基礎となるものである。執行裁判所はこれを尊重しなければならないが、これに拘束されるわけではない。もっとも、多くの場合は、評価人の評価額が売却基準価額とされている。

評価人は、評価に際して、不動産に関する権利関係についていくつかの前提条件(仮定)を置いて評価することがあるが、その前提条件は権利関係を左右する効力を有しない。

4.6 物件明細書の作成(62条規31条

売却の最終的準備として、物件明細書が作成される。

物件明細書の作成
物件明細書は、現況調査報告書・評価書が提出された後、 裁判所書記官が作成する。作成のための基礎資料は、執行記録上の全ての資料である。特に、次の資料が考慮される:
物件明細書の記載事項に変動が生じたとき、または誤りがあるときは、裁判所書記官は、職権で訂正する。

必要的記載事項  62条1項は、記載事項として、次のことを定めている: 任意的記載事項  これら以外の事項を記載しても違法ではなく、買受けの意思決定をなす上で重要な事項は、物件明細書において開示され、あるいは現況調査報告書への参照指示がなされることが望ましい。例: これらの任意的記載事項を記載しないことが常に売却不許可事由(71条6号所定の、物件明細書作成上の「重大な誤り」)に該当するわけではないが、しかし、物件明細書制度の趣旨に鑑み、売却不許可事由に該当すると判断されることもありうる(なお、東京高決昭和59.10.16判タ545-129[百選*1994a]37事件参照)。

次の事項は、買受申出価額に影響を及ぼす事項であるが、物件明細書の必要的記載事項ではない。 次の事項は、一時的な支出ないしは少額のため、買受申出価額に与える影響は通常小さい。現況調査報告書や評価書に記載されていることもあるが、常に記載されるとは限らない。
物件明細書等に記載された情報の一般への提供
裁判所書記官は、売却実施日(期間入札の場合は、入札期間の初日)の1週間前までに(法62条・規則31条3項・49条)、次のいずれかの方法で、物件明細書に記載された情報の一般への提供を行う。
これと併せて、物件明細書の情報の提供期間中、現況調査報告書および評価書に記載された情報も一般に提供する(規則31条3項)。これら3点の書類を俗に「3点セット」と言う(3点セットと共に「期間入札の公告」も一緒に提供されるので、これも含めると「4点セット」である)。これらは、同じ方法で提供されるのが通常である(同一場所で入手できる方が便利だからである)。

この情報提供は、買受希望者に競売不動産の状態、特に権利関係を明示し、買受希望者の調査の負担および調査の誤りの危険を軽減して、適正価格による売却を促進することを目的としている。

執行妨害目的の占有の扱い
暴力団員が執行妨害のために競売不動産を占有している場合に、「買受人に対抗できない占有者が存在する」旨を物件明細書に記載することは問題ないが、「暴力団員が占有している」旨まで記載することはできない。占有者自身がその旨を競売不動産の表札等に掲示すれば、競売入札妨害罪(刑法96条の3)に該当することであり、執行裁判所がその旨を記載することは、刑罰をもって阻止されるべき行為を執行裁判所が代わって行うに等しいからである。しかし、買受人にしてみれば、占有者に対して引渡命令が発せられるとしても、その者が暴力団員であるか否かは、買受意思に決定的影響を及ぼす重要事項である。事実また、民法395条の改正前に、物件明細書に濫用的短期賃借人(具体的には、立退料として2000万円を要求する暴力団員)の存在が記載されていなかったことを理由に売却許可決定を取り消した先例もある(東京地決平成4年10月13日判時1436号72頁)。

この問題の解決は、第一次的には、競売申立債権者がそのような占有者を55条68条の2の保全処分等によって排除することによってなされるべきである。その排除がなされないまま売却された場合には、そのことを理由に売却を不許可にすることを認めてよいであろう。もちろん、すべての市民が暴力団員と戦う勇気を持つことが理想である。しかし、理想のたいまつをかかげても、それについていくことのできない小市民が競売手続から離れていくという現実の冷たい風によって、たいまつの火は吹き消される。したがって、暴力団員が競売不動産を占有していることは、次のことを要件として、売却不許可事由になるものと考えたい。
  1. (a)他人に恐怖感を与えることにより利益を得ることを業とする者が競売不動産を買受人に対抗できる権原なしに占有していて、(b)差押債権者が売却のための保全処分等によりその占有を排除しようと思えば排除できたこと(55条の保全処分による排除の要件、あるいは暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律9条14号の要件が具備していたこと)。
  2. 当該暴力団員の存在が売却基準価額の決定に際して考慮されていないこと。
  3. そのような占有者がいることを買受人が知らなかったこと。

上記1(a)の事実は、差押債権者の排除行動により物件明細書に記載することが回避されるべき事実であり、排除措置がとられないまま、暴力団員の存在を斟酌せずに売却基準価額が決定され、結果的に買受人の立場からみれば不当な売却基準価額により売却が実施されたことが71条6号の売却不許可事由となると説明せざるをえない。その前提として、差押債権者に暴力団員等の排除責任を認めざるをえない(責任を果たさないと売却許可決定が取り消されることがあるという意味での責任である)。

物件明細書の性質・不服申立て
物件明細書の作成及び記載内容の情報提供は、裁判所書記官が行う処分であるので、11条の執行処分には該当しない。しかし、その記載の誤り等により不利益を受ける者のために、不服申立ての道を開いておく必要があることに、変わりはない。そこで、裁判所書記官のこれらの処分により不利益を受ける者は、執行裁判所に異議を申し立てることができるとされている(62条3項)。異議についての裁判に対しては、さらに不服を申し立てることはできない(62条4項・10条9項)。

物件明細書の記載の正確性を高めるために、異議を申し立て得る者の範囲を広く認めるのがよい。例えば、買受人に引き受けられるべきである用益権が記載されていなかった場合に、その用益権者も異議を申し立てることができると解すべきである。

効 力
物件明細書には、既判力や形成力はなく、また、公信力も認められていない。買受人に引き受けられるべき権利関係は、明細書の記載にかかわらず、実体関係に従って定まる。ただし、買受人に引き受けられるべき権利を有する者の意図的な虚偽の陳述に基づき、その権利が明細書に記載されなかった場合には、権利者は、禁反言の法理により、その権利を買受人に主張しえないとすべきである。

4.7 売却基準価額の決定・変更(60条規則51条の3

文 献
執行裁判所は、競売不動産の適正価額を買受希望者に提示して、その参考に供する。この価額を売却基準価額という。適正価額がいくらであるかについては、一定の幅があると考えると、売却基準価額より低い価額では売却しないとするのは適当ではない。そこで、別途、売却可能な最低限の価額を設定することとされ、買受申出の価額は、この価額以上でなければならないとされた。それを買受可能価額といい、売却基準価額の8割の価額である(60条3項)[41]。以上のように、執行裁判所は、不動産の売却を担当する者として、売却価額の決定権を有し、それは、競争売却の性格上、売却可能な最低限の価額の決定という形で行使され(実際には、売却基準価額の8割の価額が売却可能価額になることを前提にして、売却基準価額を決定するという形で行使され)、最終的な価額は、買受可能価額を上回る額で買受申出をする者の競争に委ねられる[43]。

執行裁判所は、不動産が適正な価格で売却されることに利益を有する所有者および執行債権者、ならびに適正価格で買い受けることに利益を有する買受申出人の保護のために、評価人の評価に基づいて売却基準価額を決定する(60条1項)。原則として評価額自体が売却基準価額となるが、それが適正な価額ではなく、かつ、再評価をしなくても裁判所が適正価額を算定できる場合には、評価額と異なる売却基準価額を定めることができる[53]。評価額が売却基準価額とされたか否かにかかわりなしに、売却基準価額は適正なものでなければならず、その価額またはその決定手続の重大な誤りは、売却不許可事由となる(法71条6号)。売却の実施前であれば、違法または不当な売却基準価額の決定・変更に対する執行異議も許される。

一度決定された売却基準価額も、必要があれば、評価書の記載を参考にして、変更することができる(60条2項、規則30条の3)。例えば、次の事由が生じた場合がそうである。
売却基準価額以外の他の原因により売却ができないのであれば、その原因を除去すべきであるが、そのような他の原因がなければ、あるいはあっても除去不能であれば、売却基準価額を低減して売却を促進せざるをえない。売却を実施しても買受申出がなかった場合に、当該売却基準価額により更に売却を実施させても売却の見込みがないと認められるときは、執行裁判所は売却基準価額を変更することができる(法60条2項、規則30条の3)。

裁判所書記官の判断と執行裁判所の裁判官の判断とが異なる場合(規則30条の4
物件明細書の作成も売却基準価額の決定も、売却物件の事実状態及び法律状態に関する認識・判断を伴う。前者を作成する裁判所書記官の判断と後者を決定する執行裁判所の裁判官の判断との間に食い違いが生じた場合には、通常は、両者の協議により食い違いは解消されるものと期待されている([小野瀬=原*2005a]105頁注2)。しかし、協議によってもその食い違いが解消できない場合には、混乱防止のために、食い違いが生じている旨、およびその内容を売却基準価額の決定において明らかにしなければならない(決定書に明記する)(規則30条の4第1項)。他方、裁判所書記官も、食い違いが生じている旨、およびその内容を物件明細書に明記する(同条2項)。

規則30条の4は、物件明細書を作成する裁判所書記官の判断を尊重する規定である。これと、裁判所書記官の物件明細書作成処分に対しては執行裁判所に異議を申し立てることができるとする規定(62条3項)との関係については、迷う。例えば、裁判所書記官は、競売不動産上に買受人に引き受けられる賃借権が存在すると判断して、それを物件明細書に記載し、執行裁判所は、そのような賃借権は存在しないと判断して売却基準価額を決定し、規則30条の4によりその旨が記載されたとしよう。差押債権者が、物件明細書のその記載により適正価額での売却が妨げられると主張して、その削除を求めて執行裁判所に異議の申し立てをしたとき、執行裁判所は、どのようにすべきなのか。執行裁判所は、異議を正当と認めるときは、すなわち、買受人に対抗できる賃借権は存在しないと判断する場合には、物件明細書の記載の変更を命ずるべきであろう。それは、次の理由による:

執行裁判所の競争相手
不動産市況に依存することであろうが、すでに競売開始決定がなされ差押えの登記がなされた不動産であっても、不動産業者が転売目的で買い受けることがある。不動産業者は、期間入札の公告より前になされる配当要求の終期の公告(49条2項)から競売物件に関する情報を入手するとのことである。そして、競売申立債権者に買取価格を提示して任意売却を促す。債権者は、裁判所が定める売却基準価額より2倍以上の買取価格が提示されれば、これに応ずる(正確には、債務者にその価額で任意売却をするように説得する)とのことである[57]。

執行売却の競争相手として任意売却が存在し、その競争は競売開始後もこうした形でも生ずる。任意売却による買取りを債権者に申し出る不動産業者は、執行実務では、「任意売却業者」と呼ばれる(ここでは「転売業者」と呼ぶこともできるものとする)。こうした任意売却業者が執行売却によることなく不動産を買い取ると、執行裁判所の売却する不動産は減少するので、任意売却業者は執行裁判所の競争相手と位置づけることができる(こうした不動産業者は、同時に執行売却において買受申出人となるので、執行裁判所の顧客でもある)

小さな政府の思想からすれば、 公的機関と民間事業者との間にこうした競争関係が存することは、一般論としては好ましいことである(公的機関の仕事が減少し、これに投入される税金が減少すれば、なおよい)。ただし、次のような問題も指摘されている。(α)競売不動産の所有者(債務者)に多数の任意売却業者が接近して売却の勧誘を熱心にし、生まれて初めて財産の差押えを受けて途方に暮れているのが通常であろう債務者をさらに困惑させる。その結果、(β)その後に執行官・評価人が調査に訪れても、非協力的態度をとることがある[58]。

とはいえ、こうした競争相手が現れるのは、権利関係が比較的単純な事件(特に所有者が占有者である事件)であろう。 賃借人が存在する不動産の任意売却では、賃借権は、抵当権に後れるものであっても、買取人引き受けられるので、賃借権の消滅を前提に売却する方が高額での売却が見込むことができる場合には、執行売却を選択せざる得ない。また、執行売客であれば買受人に対抗できない権原により占有する者(所有者、使用借人、抵当権に後れる賃借人さらには無権原占有者)が任意売却の交渉において明渡しに消極的な態度を示せば、引渡命令制度を利用することができる執行売却の方が、高額での売却を期待できよう。

4.8 無剰余措置(63条規32条

先に言葉の定義をまとめておこう。
趣 旨
売却価額が十分に高く、売却代金でもって優先支払額を弁済して余剰があり、差押債権者にも全部又は一部の弁済がなされる場合には問題はない。しかし、そうでない場合には、いろいろな問題が生ずる。

無益執行  売却代金額が手続費用額を以下の場合には、売却代金が手続費用にのみ費やされ、債務の弁済に充てられないまま、執行債務者は不動産を失うことになり、彼に酷な結果となる(動産執行に関する民執法129条1項は、これが見込まれる場合について、差押禁止を定めている)。
先順位債権者の権利の侵害  売却代金額が優先支払額を下回る場合には、優先債権者は完全な満足を得ることなく優先権(特に競売不動産上の担保権)を消滅させられるのであるから、彼の優先権の侵害となる(動産執行に関する民執法129条2項は、これが見込まれる場合について、差押禁止を定めている)。
権利保護の利益の欠如  売却代金額が優先支払額以下の場合(上記のいずれの場合もこれに該当する)には、その競売は差押債権者に何の利益をもたらさないものであり、そのような競売申立てに応ずることは、裁判資源の利用として適当であったとはいえないことになる(国税徴収法48条2項は、これが見込まれる場合について、差押禁止を定めている。なお、同条の見出しは、この場合を「無益な差押の禁止」としているが、本概説とは用語法(「無益」の定義)が異なるにすぎない)。

上記の3つの場合のうち、最も発生しやすいのは(c)の場合である。これと(b)との違いは、「売却代金額=優先支払額」の場合を含めるか否かである。(c)には含まれ、(b)には含まれない。この場合の売却は、差押債権者には利益をもたらさないが、先順位債権者の利益は害されないのであるから、この売却を許容するか否かは、理念的に重要である。 国税徴収法48条2項は、「売却代金見込額=優先支払見込額」の場合にも差押えを禁止しているのであるから、権利保護の利益の欠如を重視しているということができる。他方、民執法129条2項は、この場合の差押えを禁止していないのであるから、権利保護の利益の欠如を重視しておらず、同条は、無益執行と先順位債権者の権利侵害となる差押えのみを禁止していることになる。

「売却代金額=優先支払額」となる売却を許容する立場は、無益執行にならない限り、権利保護の利益の欠如は等閑視してもよく、先順位債権者の権利を守れば足りるとする立場である(手続費用を予納した差押債権者の手続費用回収の利益の保護も考慮されていると考えてよいであろう)。したがって、「売却代金見込額<優先支払見込額」であっても、先順位債権者の同意があれば、売却手続を進めてよいという点にまで進みうる。売却代金額と優先支払額とがピッタリ一致する場合はそれほど多く生ずるわけではないが、優先債権者を保護すれば足りるとする立場がこの点にまで進むと、この立場と権利保護の利益を欠く売却を否定する立場との差違は、実際上も重要となる。

無剰余通知の要件
売却代金額は実際に競売してみないとわからないが、上記の(a)や(b)の事態が生ずか否かを買受可能価額でもってある程度まで予想することはできる。すなわち、次の場合には、上記の問題が生ずる可能性があり、競売手続をそのまま進めるのは妥当でない。
  1. 買受可能価額が手続費用見込額を超えないとき(買受可能価額 ≦ 手続費用見込額)
  2. 買受可能価額が優先支払見込額に満たないとき(買受可能価額 < 手続費用見込額+優先債権見込額) 

63条1項は、差押債権者に優先する債権者が存在する場合とそうでない場合と分けて、上記の2つ問題に対応できるように要件を規整している。
  1. 優先債権者が存在しない場合には、2を問題にする必要はなく、1のみを問題にすればよい(63条1項1号)。
  2. 優先債権者が存在する場合には、1と2の双方に該当しないことが必要であるが、2に該当しなければ、1にも該当しないから、2に該当しないことが確認されれば売却手続を進めてよいことになる。換言すれば、2に該当するか否かのみを問題にし、2に該当すれば2項の無剰余措置をとるようにしてよい(63条1項2号)。ただし、2に該当するが、優先債権者者の同意を得て売却手続を進める場合には、1のハードルを超えていることを確認することが要求される(2項ただし書)。

買受可能価額の条件(適法買受可能価額)  逆に言えば、買受可能価額は、次の条件を満たすことが必要である。
  1. 優先債権がない場合に(1号)、無益執行の回避のために  買受可能価額 > 手続費用見込額
  2. 優先債権がある場合に(2号)、優先債権者の保護のために  買受可能価額 ≧ 手続費用見込額+優先債権見込額

この条件を満たす買受可能価額を「適法買受可能価額」と呼ぶことにしよう。なお、手続費用と優先債権の見込額が正確であることを仮定すると、「最高価買受申出額=買受可能価額=手続費用見込額+優先債権見込額」の場合には、差押債権者に配当するだけの剰余がないことになるが、これは稀な場合であると無視して言えば、上記の条件が充足される場合とは、差押債権者に配当するだけの剰余が見込まれる場合である。以下では、「剰余」の語をこの趣旨で使う(優先債権者に全部の満足を与えた後で剰余がある場合が主であるが、例外的に優先債権者に全部の満足を与えて終わりになる場合を含む意味で使う)。

要件の変遷 不動産の強制競売については、民事執行法は、当初、「売却代金見込額の最低額(最低売却価額)=優先支払見込額」の場合には、売却手続を原則として取り消す立場にあった(旧63条1項)。しかし、平成16年改正により、この場合にも差押えを許す立場に変わった(現63条1項2号。「最低売却価額」は「買受可能価額」に置き換えられている)。「権利保護の利益を欠く売却の禁止」から「先順位債権者の利益を侵害する売却の禁止」に移ったのである。同改正は、さらに進んで、「売却代金見込額の最低額(買受可能価額)< 優先支払見込額」の場合であっても、優先債権者の同意があれば、無益執行にならない限り、売却手続を進めることを許容するに至った(63条2項ただし書)。現実に剰余が生ずるか否かは、売却後に判明することであるから、無剰余の場合に不利益を受けることになる優先債権者の同意があるのであれば、売却基準価額の決定までの努力をできるだけ生かそうとしたのである。

無剰余通知
執行裁判所は、売却基準価額の決定後、手続費用と優先債権を推計し、63条1項1号又は2号に該当する場合には、差押債権者にその旨を通知し(無剰余見込みの通知)、差押債権者が通知から1週間以内に63条2項所定の措置をとらないときには、競売手続を取り消す。

事柄の性質上、この通知は、原則として、配当要求の終期の到来後で、売却実施期日の公告前にとられる。ここでいう優先債権にあたるのは、差押債権者に優先する債権である。これには、差押債権者に優先する担保権の被担保債権のみならず、国税等の優先債権、第三取得者の費用償還請求権(民391条)なども含まれる。

剰余の見込みがあるとして裁判所が手続を進めたが、結果的に無剰余となる場合に、そのこと自体を理由に売却を不許可とするべきではない。民法自体が抵当権消滅請求の制度を設けて、担保権が担保権者の意思に反して不十分な満足を受けて消滅することを認めており(民法379条以下)、また、裁判所が剰余の見込みがあると判断して手続を進めたのに、その判断が結果的に誤っていたとの理由で手続を取り消すこと(剰余主義)は不経済であり、かつ買受申出人の期待をはなはだ害することになるからである[45]。ただし、無剰余の見込みがある場合に裁判所が63条の措置をとらなかったことが売却手続の重大な誤りとして、売却不許可事由となりうるのは別である。

剰余判断の基準債権者
優先債権に当たるか否かの判断の基準となる差押債権者を「剰余判断の基準債権者」と呼ぶことにする。これは、法文上は、最初の差押債権者とされている。しかし、2番目に差押えをした債権者が抵当権者である場合に、最初の差押債権者を基準にすれば無剰余措置をとる必要があるときでも、2番目の差押債権者を基準にすればその必要がないときは、最初の差押えの効力も維持したまま手続を続行してよいはずである。したがって、剰余判断の基準債権者は、配当要求の終期までに競売開始決定を得た債権者の内で実体法上最先順位の債権者である。[1]

差押債権者のとるべき措置
執行裁判所は差押債権者(63条1項のかっこ書参照)に無剰余の見込みを通知する。通知を受けた債権者が、通知を受けた日から1週間以内に、次のいずれかをしなければ、競売手続は取り消される。

1項1号・2号の場合に
1項2号の場合であって不動産の買受可能価額が手続費用の見込額を超える場合に 差押債権者への配当がないこともありうると予想されるときでも、優先債権者の同意があれば競売を実施することができるとしたことは、現行法が「差押債権者の権利保護の利益の欠如」の問題よりも「優先債権者の利益の侵害」の問題を重視していることを意味する。

剰余保証の提供は、次のようにしてなされる(63条2項各号。保証提供方法につき、規32条参照)。差押債権者は、適法買受可能価額以上の額(申出額)を定めて、
  1. 予備的買受申出  差押債権者が不動産の買受人となりうる場合には、申出額を超える買受申出がなければ、申出額で自らが買い受ける旨の申出と、申出額に相当する保証(買受保証)を提供する(63条2項1号)。
  2. 差額支払申出  差押債権者が不動産の買受人となりえない場合には、申出額を超える買受申出がなければ、申出額と最高価買受申出額との差額を自らが負担する旨の申出と、申出額と買受可能価額との差額に相当する保証(差額保証)を提供する(同項2号)。
差押債権者が a の措置をとった場合には、その申出額が実際上の買受可能価額の機能を果たすので、売却期日の公告にはその申出のあったことを掲記しなければならない。 b の措置がとられた場合には、売却期日の公告には差額負担の申出を掲記すべきでなく、また、買受可能価額以上の買受申出がなければ、執行裁判所は、その債権者の申出に基づく競売手続を取り消し(63条3項)、保証を債権者に返還する。

共同抵当の場合
複数の不動産が共同抵当に供され、それらを後順位債権者(特に、一般債権者)が競売を申し立てる場合に、それらの買受可能価額の合計額が優先支払見込額を上回っているが、個々の不動産についてはそうでない場合(例えば、3000万円の不動産と2000万円の不動産に、4000万円の債権の担保のために共同抵当が設定されている場合)、これらの不動産を同時に売却することができれば、無剰余取消を回避することができよう。しかし、現行法上は、それらの不動産に利用上の関連があって一括売却が可能な場合を除き、そのような手立ては用意されておらず、後順位債権者の競売申立てに対しては、63条が適用されることになる(東京高決昭和61.6.4判時1215-53[百選*1994a]38事件[百選*2005a]36事件(目黒大輔))。

この場合でも、平成16年改正により、無益執行に該当しないと見込まれる場合(手続費用見込額<買受可能価額)には、その売却により権利を害されるおそれのある優先債権者の同意を得れば、剰余保証を提供しなくても、競売手続を続行してもらうことができる(63条2項ただし書)。平成16年改正により改善された点であり、この同意制度が活用されることを期待したい。

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1998年 2月20日−2021年11月26日