関西大学法学部名誉教授 栗田 隆


民事執行法概説「不動産の強制競売 2
の注


注1 強制競売開始決定の後で担保競売の開始決定があった場合をも考慮すると、63条1項の表現が適切でないことにつき、注解民執法(2)307頁参照。

注2 現況調査およびその報告書に関する文献として、次のものがある。[斎藤*1996a]。

注3 68条の3が平成10年に新設される以前においては、競売土地の所在を現地において特定できる見込みがないことを理由として、53条の類推により競売手続を取り消すことができるとの解釈が有力であった。[森*1995a]16頁、[内堀*1997a]41頁。しかし、68条の3が新設された現在では、本文のように場合分けするほうがよい。

注4 評価人に選任される者が特定の不動産鑑定士に固定化される現象が一部の大都市裁判所で見られるようである。事件数が増加したにもかかわらず評価人が固定化され、一人当たりの処理件数が過大になり、評価事務の遅れにつながっている旨を報道する記事として、[朝日*1998a]・[朝日*1998b]がある。

注5 競売対象たる複数の土地の間に競売外の土地(認定外道路)が介在していても、一括競売が許されるとされた事例として、東京高決昭和57.3.26下民集33-1=4-141頁(佐藤[百選*1994a]36事件)がある。

注6 例えば、賃貸用建物の強制競売で、抵当権に後れる賃借権について、差し入れられた敷金・保証金の50%のみを買受人に引き受けるという条件で賃借権の負担付で競売する場合には、差押債権者、配当要求の終期までに配当要求をした債権者、及び賃借人の合意が必要である。抵当権者は、63条の規定により保護されるから、利害関係をもたないと解してよいであろう。上記の賃借人は、この合意により利益をうけるのであるから、この者が合意に加わる必要はないと解する余地がないわけではないが、しかし、直接利益を受ける者も参加させ、任意撤回(受益者の同意のない撤回)の許されない合意にすべきである。

注7 差押え前に債務者と他の者との間で、競売土地への廃棄物投棄を容認する旨の合意を含む契約がなされていても、その契約自体に対抗要件が具備されているのでなければ、その契約後にその不動産を差し押えた債権者も、執行官保管の保全処分により競売不動産の価値を保全できると解すべきである。

注8 この場合には、所在の確認を買受希望者に委ねることになるので、売却基準価額を相当程度低減することになる。現地において競売土地を特定できないから、その形状も判明せず、したがって、売却基準価額の決定が困難となるが、次のような解決も認めてよいであろう。競売土地が例えば起伏に富んだ山中にあり、その所在を確実に確認することができず、急傾斜地である可能性も平坦地である可能性もあるという状況では、執行裁判所は執行債権者と執行債務者に審尋の機会を付与した上(民執5条)、買受人の保護のために急傾斜地として評価し、かつ、目的土地の特定のために執行官がなした以上の調査が必要であるので、そのための費用相当額を控除して売却基準価額を決定せざるをえない。執行債権者や執行債務者がそれに不満があるならば、目的物の所在に関する資料を提出すべきである。それを怠りながら、売却基準価額の決定の不当を主張することは許されるべきではない([栗田*1998d]134頁)。

こうした解決は、破産した法人が所有する土地について担保競売が申し立てられている場合には、法人の清算のためにその土地を売却していかざるをえないので、特に必要となる。

注9  主要な見解として、次のものがある。

  1. 個別価値考慮説  土地抵当権は法定地上権付の交換価値を把握したにすぎないから、建付地単独抵当の場合と同様に法定地上権の発生を認める伝統的な見解
  2. 全体価値考慮説  抵当権者は、土地と建物とを一括して競売することを予定し、それゆえ、土地と建物とを高く担保評価するのが通常であるから、法定地上権の成立を認めたのでは、彼のその期待が大きく裏切られ、ひいては抵当金融が阻害されることになるとの立場から、法定地上権の成立を原則として否定する見解。最高裁が全体価値考慮説を採用した以降は、これが多数説になっている。

両説の分析として、[井上*1989a]参照。個別価値考慮説の伝統を破って全体価値考慮説に移ることをリードしたのは、東京地裁執行部から平成4年に出された一連の決定・処分である:東京地裁執行処分平成4年6月8日金法1324号36頁、東京地決平成5年1月18日判時1451号133頁・紹介。これに先駆ける形で出された東京地決平成4年3月10日判時1421号100頁にも注意してよい。[栗田*1994b]も参照。

文献

注10  建物競売権が行使された事例として、次のものがある。大阪高決平成5年6月11日判例時報1465号91頁、最判平成10年7月3日(平成9年(オ)第128号)・判例時報1652号68頁。

注11  もっとも、所有権移転仮登記に先行して抵当権が設定されていた場合に、その抵当権に基づく差押えの登記がなされた後で仮登記を本登記にする場合の処理については、次の2つが考えられる。

  1. 差押えの登記がある以上、抵当権者は不動産登記法109条1項の「登記上の利害関係を有する者」に該当し、かつ、承諾義務を負わないから、仮登記を本登記にすることができない。
  2. 抵当権の実行としての競売は、仮登記に基づいて本登記がなされても続行することができ、差押えの登記は抹消すべきものにはあたらないから、差押えの登記を抹消することなく仮登記を本登記にすることができる。不動産登記法109条1項の「登記上の利害関係を有する者」は、同条2項により抹消されるべき登記を有する者を意味するから、仮登記に先行する抵当権に基づいて仮登記後に競売申立てをした抵当権者は、登記上の利害関係者には当たらず、その承諾も必要ない。

後者の見解をとった場合には、競売申立人の担保権の設定登記後ではあるが差押えの登記前になされた所有権移転の仮登記が本登記にされた場合に、剰余金を前所有者(仮登記義務者)に交付すべきなのか、現所有者(仮登記権者)に交付すべきなのかが問題になる。現所有者の本登記は仮登記の順位保全効により差押えの効力(手続相対効)に優先するのであるから、剰余金があれば、それは前所有者ではなく現所有者に与えられるべきであろう。この場合の配当は、買受人のための所有権移転登記後にすべきであり、その登記が正常になされたことを確認してから配当を行うようにすれば、剰余金交付を受けるべき所有者の判定に問題が生ずることはなかろう。

注12  土地所有者が区分所有の対象となる建物を建築して他者と建物を共有する場合には、土地の所有者が同時に共同借地人になることができると、法律関係が単純化される。ところが、従前の登記実務は、これは土地所有者について自己借地権になるとして登記を認めなかった。そこで、土地所有者も共同借地人とする借地契約が可能になるように、借地借家法15条が設けられたのである。

他方、(α)土地の共有者の一人が単独で建物を建築する場合には、民法249条・252条の制約には服するが、ともあれ彼は共有持分に基づき土地の利用権原を有するので、借地権の設定は必要なく、この場合には借地借家法15条は適用さなれい([注釈*1993a]44頁(村田博史))。しかし、この状態で持分権にのみ抵当権が設定され、持分権が競売されると、土地の他の共有者の利益保護の必要があるので、法定地上権は成立しない(最高裁判所 昭和29年12月23日判決・民集8巻12号2235頁)。(β)土地の共有者の一人が地上の建物の共有者の一人になっていて、他の土地共有者全員の持分権にも抵当権が設定され、土地が競売された場合でも、同様である(最高裁判所 平成6年12月20日判決・民集48巻8号1470頁)。(β)の場合、すなわち、土地の共有者(A・B)の一部の者(A)が他の者(C)と建物を共有する場合)には、Cが無権原占有者となることを回避するために、A・BがA・Cのために借地権を設定することを認めるべきであり、Aの自己借地権が本条により許される([注釈*1993a]44頁(村田博史))。(α)の場合には、自己借地権も法定地上権も成立しない異例のケースとなる。この場合には、土地(の持分全部)と建物の双方に共同抵当権を設定することにより、建物の存続を図る必要がある。最後は、可能な限り建物一括競売権(民法389条)の行使を求めて、これにより建物の存続を図らざるをえない。

注13  次の裁判所では、物件明細書の備考欄にこの点を記載する方針とのことである。

その他の裁判所の方針は、http://www.athome.co.jp/kankou/ からたどることのできる各裁判所の「「不動産競売物件情報」取扱いの手引き」からある程度まで推測できる。1999年11月16日現在、札幌地裁本庁では、物件明細書は、「競売物件を買い受けた場合に引き受ける賃借権、成立する地上権(敷地を利用する権利)、その他参考となる事項を記載した書類です」とのみ説明されている。これに対して、東京地裁本庁では、「その不動産を買い受けた時に引き継ぐ権利と法定地上権の成立の有無(土地または、建物のみの場合)、建物売却の場合の敷地利用権、占有者に関する事項、占有者に対する引渡命令が出せるかどうかの裁判所の見解などが記載されています」とあり、引渡命令の発令の可能性を記載することに積極的であることが窺われる。

注14  滞納処分により差し押さえられた不動産について民執法による競売開始決定がなされ、滞調法により後者が続行される場合には、滞納処分による差押えの登記の時が基準時になる(最高裁判所 平成12年3月16日 第3小法廷 判決(平成11年(許)第39号)−−引渡命令に関する事件)。

注15  土地又は建物の一方に抵当権が設定され、その後に建物が抵当権付きのまま任意譲渡された場合を考えてみよう(日本の取引慣行ではこのような任意譲渡はやや異例のこととなるが、その点は脇に置く)。この場合に、任意譲渡時点では法定地上権は成立しないので、建物の第三取得者のために借地権が設定されるのが通常になる。その借地権とその後の競売により成立する法定地上権との関係は、次のようになる。

)土地に設定されていた抵当権が実行される場合  この場合には、借地権は抵当権に後れる負担として消滅する。

)建物に設定されていた抵当権が実行される場合  この場合に、
 (a)建物抵当権者は建物の従たる権利として将来発生する法定地上権を把握していたのであり、これより不利な条件の借地契約(典型的には借地料が高額な借地契約)に拘束されるいわれはない。他方、
 (b)借地権の内容が法定地上権よりも有利である場合には、建物買受人がその借地権を利用できないとすることは、建物抵当権の拘束力からは引き出されない。ただ、建物の第三取得者が借地契約に際して地主に多額の権利金を支払っていた場合に、それに由来する借地権の価値(多額の権利金の支払と引換えに借地料が低く設定されてることによる価値)は、抵当権者ではなく第三取得者に帰属させるべきである(民法391条参照)。その場合に、次の選択肢が考えられる。

  1. 建物買受人が借地権を取得する。  この場合には、借地権価格が法定地上権価格よりも高ければ、その差額は買受申出価額に反映され、差額分だけ売却価額が上昇するであろうと期待される。売却代金が被担保債務に満たない場合に限定して言えば、これによる利益を受けるのは被担保債務が減少する(物上保証のときは求償債権額が増加する)抵当権設定者であり、建物の第三取得者(高額の権利金支払者)ではない。他方で、第三取得者は、約定又は法定の借地期間全部にわたって建物の敷地を低い賃料で利用できるという利益を失うのであるから、第三取得者は、誰かに利得返還請求をすることができるとする必要がある。
    1. 買受人に対して利得返還請求することができるとするとなると、買受希望者は、それを買受申出価額に反映させることになるから、結局、買受人が借地権を取得することによる売却価額の上昇は見込めなくなり、この選択肢は意味がない。
    2. 抵当権設定者(土地所有者)に対する利得返還請求は肯定できる。彼が受ける利得は、競売代金の上昇分(借地権価格−法定地上権価格)である。しかし、これは、結局のところ次の(ii)の解決と代わらないように思える。また、売却代金から手続費用を控除した金額が被担保債権額を上回り、その余剰が第三取得者に交付される場合(あるいは、余剰が第三取得者の債権者に配当される場合)には、その余剰分については、抵当権設定者に利得返還請求できないとする必要がある。
    3. 抵当権設定者が無資力である場合に、民法568条2項の類推適用により、抵当権者に返還請求することができるとすることも考えられないわけではないが、同項は競売制度の信用維持のために特別に買受人を保護する規定であると考えると、買受人の保護が問題になっているのではない場面に類推適用することは無理であろう)。
  2. 建物抵当権の実行により第三取得者と土地所有者間の借地契約は終了する。  この場合には、土地所有者と建物の第三取得者との間で、権利金に由来する価値の清算(予定された借地期間にわたって第三取得者が建物の敷地を利用することが(彼の責めに帰すことのできない理由により)できなくなったことにより受ける損失と、土地所有者が権利金を受けることと引換えに借地料が低く設定された借地契約から解放されることによる利得との清算)がなされるべきであり、第三取得者の土地所有者に対する利得返還請求権を肯定すべきである。利息償還の原資は、土地所有者が受領した権利金である。この選択肢を採った場合に、権利金を賃料の一部前払(権利金の支払いがない場合に賃借期間中の毎期に支払われるべき賃料の一定割合の前払)であり、権利金の額は前払賃料の総額の現在価値と見ることができるのであれば、権利金のうち未経過期間に対応する金額が返還されるべきことになる。そのように考えることができるのであれば、第三取得者が取得した権利金の支払いにより取得した借地権の価格と法定地上権の価格との大小を問題にする必要はない。第三取得者の土地所有者に対する返還請求権は、≪権利金を受けることと引換えに借地料が低く設定された借地契約から解放されることによる利得の返還請求権≫というよりも、≪借地人の責めに帰すことができない事由による借地契約の途中終了に伴い必要となるう前払賃料の返還請求権≫であり、その要件は、≪第三取得者が取得した借地権が土地所有者の設定した抵当権が実行されて消滅したこと≫だけでよい。

 (i)の解決は、そこに記した理由により、採用できない。(ii)の解決をとると、(1)および(2a)の場合と同一のルールで処理することができ、ルールが簡潔になるというメリットがある。ただし、建物の第三取得は土地所有者に対して利得返還請求をするという手続負担(特に訴訟になった場合の手続的負担)を負い、かつ、土地所有者の無資力リスクを負担する。それは、抵当建物を買受けたことにより生ずるリスク負担と理解してよいであろうか。

注16  事後決定方式は、法定地上権の内容に重要な利害関係を有する抵当権者および抵当不動産所有者の利益が代表されないという点でも問題である。

注17  執行官保管の保全処分(ないし執行官保管命令)の位置付けについては、22条3号の債務名義とする説(多数説)と、執行官保管という執行方法は強制執行の方法として用意されていないことを根拠に、債務名義そのものではなく債務名義に準ずるものとする説(大橋[注釈*1983b]209頁以下)とに分かれている。

注18  ただし、不動産が競売された場合についての最高裁判例はまだなく、任意譲渡の場合とは区別される可能性がないわけではない。

注19  このことは、震災等の不可抗力によって旧建物が倒壊し,その後,執行妨害の意図なく新建物が建築された場合であっても変わらない(神戸地方裁判所 平成15年8月7日 第4民事部 判決(平成13年(ワ)第2933号))。

注20  平成15年改正により廃止された短期賃貸借(民法旧395条) 文献

民法395条の適用を受ける短期賃貸借は、抵当権に後れるものであっても抵当権者に対抗でき、したがって買受人に引き受けられる。ただし、差押えの登記に後れて対抗要件を得たものは、差押えの効力により買受人に引き受けられない 。建物所有を目的とする借地権は、一時使用のものを除き(借地借家25条)、存続期間が30年以上となるので(同3条)短期賃貸借となりえない。

この短期賃貸借の制度は、抵当権設定後の賃借権はすべて競売により覆滅させられるとしたのでは不動産の管理・利用に支障をきたす虞があるとの配慮から設けられたものであるが、しばしば執行妨害の一手段として悪用されている。執行妨害のためには、短期賃貸借の形式をとることは不可欠ではなく、買受人からの明渡請求には応じないとの強硬な態度を示しさえすれば、長期賃貸借でも使用貸借でもよいのであるが、法律上少しでも有利な短期賃貸借の形式が採用され、その制圧が問題となった。その結果、395条の保護を受けるのは、その保護に値する賃借権、すなわち、用益を目的とし、差押発効時に現実に目的不動産を占有し用益している賃借権に限られるとの解釈がとられた。また、競売を妨害して不正な利益を得る目的で設定された用益権は、短期賃貸借であるか否かにかかわりなしに無効であり、また、用益の実質を伴わない場合には、賃貸借契約は存在しないと認定されることがある。

抵当権と併用された仮登記付短期賃借権は、後順位の短期賃借権の発生を抑制することにより抵当権を保護することを目的とするものであり、不動産の売却により目的を達して消滅し、仮登記は抹消される(最判昭和52.2.17民集31-1-67[百選*1994a]32事件)。また、この併用賃借権は賃借権としての実質を有しないので、後に対抗力を有する短期賃貸借が現れても、それを排除する効力を有しないとするのが、判例である(最判平成1.6.5民集43-6-355)。


注21  管理人が競売手続開始前にした賃貸借による賃借人は、1号に含まれる。

注22  私見は、抵当権に後れる農地の賃貸借については、農地法3条2項本文は適用されず(換言すれば、同項1号かっこ書き中の差押えに関する部分を抵当権にも類推適用すべきであり)、この農地の買受人資格者はこの賃借人に限られないとする立場である[栗田*1989a]68頁以下参照。この見解にたった場合には、抵当権者の後順位賃借人に対する請求の趣旨は、「被告の賃借権が原告との関係で効力を有しないことを確認する。原告の追行する競売手続において競売対象たる農地の買受適格者が被告に限られないことを確認する。」といったものにすることになろう。重要なのは、農業委員会等が判決の趣旨にしたがって賃借人以外の農業従事者に農地の買受適格証明書を発行することである。

なお、判例あるいは私見のような考えに対しては、そもそもそれは農地法の問題であり、市民法たる抵当権の論理によって解決するのは危険であるという批判も有力である([内田*1983a]335頁注12)。

注23  とくに、学齢期の子供が学期の途中の転居し、場合によれば転校することになることが危惧された。

注24  55条1項柱書内の公示保全処分の定義「執行官に、当該保全処分の内容を、不動産の所在する場所に公示書その他の標識を掲示する方法により公示させることを内容とする保全処分をいう」における保全処分は、広義である。

他方、平成15年改正前の55条の見出しは「売却のための保全処分」であるが、改正後の見出しは、「売却のための保全処分等」である。改正後に新たに付け加わった内容は、「公示保全処分」である。したがって、改正後の見出しの「保全処分」は狭義である。55条の2における保全処分も狭義である。55条1項3号の保全処分は、公示保全処分と併記されているので、狭義である。55条1項1号・2号の保全処分が広義であるか狭義であるかは、かっこ書きの読み方によろう(素直に読めば、この保全処分にはかっこ書きにより公示保全処分を含まれるので広義である。しかし、かっこ内を「及び、執行裁判所が必要があると認めるときは、公示保全処分」と読めば、かっこの外の保全処分は狭義となる。

注25  条文の文言上は保全処分が発令された場合に限定されているわけではないが、申立てが却下された場合の費用まで共益費用(手続費用)となるわけではない([注釈*1983b]213頁(大橋寛明)。63条1項・42条1項参照)。

注26  執行の実際は、古くから行われている占有移転禁止の仮処分の執行の場合と同じになろう。これにつき、[原井=河合*1991a]329頁以下参照。

注27  個人情報保護法23条1項1号の法令の中に、いわゆる「できる規定」(公的機関が私人・私法人に情報の提供を求めることができると規定しているが、提供を求められた私人あるいは私法人について提供することが義務であるとする旨の文言を欠いている規定)が含まれるかとうかが問題となる。単なる「できる規定」は、同法23条1項1号には当たらないとする見解もあるが、いささか形式的解釈に過ぎよう。個人情報保護法の制定前に制定された日本の多数の法令が、「できる規定」を国民には提供義務を負わせない趣旨で規定しているとは思われず、また、個人情報保護法の制定時に、それ以前の「できる規定」をすべて洗い直したわけでもない。結局の所、解釈に委ねられていると言わざるを得ずない。そして、「できる規定」が国民に情報義務を負わせる趣旨のものであれば、それは個人情報保護法23条1項1号の「法令」に該当すると言うべきである。しかし、同条1項1号は、そこにいう法令を国民に情報提供義務を負わせる規定に限定しているわけではない。個人情報保護必要性と、「できる規定」の趣旨(その規定による情報取得の必要性)の双方を考慮して、個々の「できる規定」ごとに、そしてその規定により提供を求められている情報ごとに、当該規定が当該情報との関係で23条1項1号にいう「法令」に該当するか否かを判断すべきであろう。

注28  日本では、通常の売買において、「売主は、買主の代金支払までに目的不動産上の担保権を消滅させて、その登記を抹消しておかなければならない」との合意(以下「決済前担保登記抹消合意」という)がなされることが多い。このことに関連して、次のことも指摘しておこう。

 ()上記のような合意がなされていても、実際には、買主が売買代金をもって被担保債権を弁済して担保権を消滅させることも、通常は認められている。この場合には、(α)代金の支払と(β)担保権の抹消に必要な情報の提供(情報が記載された書類の交付)とを同時交換的になす必要があり、担保権者が金融機関である場合には、その金融機関の支店で履行(決済)することが合意され、金融機関には担保権の抹消に必要な情報の提供の準備を要請する。買主が支払う代金のうち被担保債権の弁済に充当される額は決済場所においてただちに金融機関に交付し(それが被担保債務額を下回る場合には売り主が弁済金を追加し)、それと引換えに、金融機関が担保権の抹消に必要な情報を買主に提供する(もちろん、所有権移転登記に必要な情報の提供も売主が同時に行う)。多くの場合に、この決済には買主の依頼を受けた司法書士が立ち会い、買主が代金の支払と引換えに受領する情報に基づいて確実に登記申請を行うことができるとことを確認する。この場合の司法書士は、登記申請の代理人であるのみならず、同時履行が誤りなく行われることの保証人でもある。

 ()ローンにより不動産(建物)を購入したAが財産整理のために、当該不動産を売却して買主Bから賃借することがある(リースバック)。Aが設定した抵当権とその被担保債権をBが引き受けると、Aは抵当権設定後の賃借人になる。しかし、決済前担保登記抹消合意がなされていると、Aは最先順位の賃借人になる。なぜなら、AB間で売買契約(契約締結時点で買主は売主と賃貸借契約をなすのに必要な権限(不動産の所有権に含まれる処分権限の一部)を取得する旨の明示又は黙示の合意が含まれているものとする)及び賃貸借契約を締結し、占有改定により不動産が賃借人に引渡しがなされた後で、売買契約の履行としてAのローン債務のための抵当権の抹消、所有権移転登記がなされるからである。また、Bが代金の支払のために融資を受けるとしても、その担保のための抵当権の設定登記は、Bが所有権移転登記を得た後になされるからである(「担保不動産を賃貸に供することについては抵当権者の同意が必要である」旨の特約がなされていれば、Bは特約違反になるが、そのことは特約に反して締結された賃借権の順位に影響しないことを前提にする)。

注29  一方のみの競売の場合が典型例であるが、両方を競売してそれぞれ別の者が買い受けた場合も含まれる。

注30  民訴法4条1項が住所の知れない者に対する訴えについて、その居所を管轄する裁判所を管轄裁判所としているのであるから、住所の知れない相手方については、居所を特定すれば足りるとすべきである。相手方のうちで、債務者は、すでに債務名義に記載されているので、その特定に問題はない。占有者については、氏名は判明するが、住所が判明しない場合に、競売不動産が居住に適する建物であり、居住している様子がある場合には、競売不動産を居所として記載すれば足りるとすべきである。居所も判明しない場合には、最後の住所により特定する。それも判明しなければ、2号・3号保全処分については、55条の2による。氏名・名称を特定できない場合も同様である。

注31  現在の不動産占有者が保全処分の相手方であると執行官が認定した場合でも、占有者は、執行官のその認定を争って執行異議を申し立てることができるし(11条)、第三者異議の訴えを提起することもできる(38条)。現在の不動産占有者が保全処分の相手方であると認定できない場合には、執行官は、そのことを理由に執行手続を取り消す。執行官のこの処分に対して、債権者は執行異議を申し立てることができ(11条)、この執行異議を却下する裁判に対しては執行抗告を申し立てることができる(12条)。

注32  68条の2第1項1号では、保管のために申立債権者に占有させることが認められているが、55条1項2号の執行官保管の保全処分では、これは認められていない。

注33  執行官の手数料及び費用に関する規則30条により、手数料額は1万円である。

注34  禁止・行為命令の名宛人が債務者ではなく、無資力の占有者である場合には、費用の回収は一層困難となる。

注35  この場合に、執行官保管の保全処分をした上で、保管のために雪下ろしをすることも可能である。その場合には雪下ろしの費用は、手続費用として優先償還を受けることができる(確実に優先償還を受けるためには、この方法の方がよい)。しかし、執行官保管をすることなく、雪下ろしを命ずる保全処分により競売不動産の価値を維持することが適当な場合もあろう。

注36  このような形で保全処分を執行した場合の実効性はどうか。(α)買受人の代金納付前に真の占有者がその保全処分に反発し異議を申し立てれば、その段階で占有者が特定でき、差押債権者は再度の占有移転禁止の保全処分を得て、その執行を申し立てればよい。(β)買受人が代金を納付して引渡命令を申請する段階で、債務者とは異なる者が保全処分前からの占有者であると主張してきた場合はどうなるか。この場合でも、占有移転禁止の保全処分の執行時の占有者は債務者であるとの事実上の推定は維持してよく、したがって、執行裁判所は債務者に対する引渡命令に現在の占有者に対する執行文を付与することができると解してよい。もしその事実上の推定が誤っていたとしても、現在の占有者は、83条の2第3項により、自己が83条の2第1項各号のいずれにも該当しないことを主張して、執行文に対する異議を申し立てることができるのであるから、彼の権利保護に欠けることもない。

したがって、「不動産所有者以外の者の占有の存否が不明な状況下では、占有者は不動産所有者(執行債務者)であると推定してよい」との推定に基づいて執行債務者に対して執行される占有移転禁止の保全処分も、相応の実効性をもつことができる。その実効性は、上記の推定の妥当性に依存する。この推定は、事実上の推定であり、その推定力は、占有者を特定するために差押債権者及び執行官がどれだけの努力を払ったかに依存する。

注37  回答が拒絶された場合にはどうなるか。占有関係の把握は、売却基準価額の決定のためにも必要であり、執行裁判所は民執法5条の規定により、法人の代表者等を審尋して、現在の契約者の個人データの提供を求め、正当な理由なく陳述を拒めば205条に1項1号に該当し、陳述拒絶罪が成立すると解すべきであろう。

注38  民訴法186条は、裁判所が団体に調査の嘱託をすることができる旨を規定している。これは「できる規定」の一例であるが、これについては、私的団体は、適正な裁判の実現のために嘱託に応ずることが望ましいが、拒絶することもできると解釈されている。また、嘱託に対する回答が拒絶されれば、訴訟当事者は、文書提出命令または証人尋問の申請をすることができるのであり、適正な裁判の実現のための最終手段は、別途用意されている。したがって、同条は、個人情報保護法23条1項1号にいう「法令」には当たらないと解釈するのが妥当である。

弁護士法23条の2の規定による照会は、照会されるべき情報が限定されておらず、もともと任意の協力を求める趣旨の規定であったのであるから、これも個人情報保護法23条1項1号の「法令」にあたらないと解すべき(被照会者は、本人の同意を得ることができれば情報提供するが、得られなければそのことを理由に情報提供を拒絶すべきである)。なお、同条については、最高裁判所 昭和56年4月14日 第3小法廷 判決(昭和52年(オ)第323号)も参照。

個人情報保護法の施行前の事件であるが、最高裁判所 平成15年9月12日 第2小法廷 判決(平成14年(受)第1656号)は、早稲田大学が中華人民共和国の江沢民国家主席の講演会を主催するに際し,警備を担当する警察の要請にこたえて,出席希望者の個人情報を本人に無断で警察に提供した行為がプライバシーの侵害にあたり,損害賠償責任の原因になるとした。この事件では、参加する学生について、犯罪を犯し、若しくは犯罪を犯そうとしていると疑うに足りる相当の理由があるわけではないから、警職法2条は適用されない。したがって、警備のための情報収集は、任意の協力を求めての情報収集である。この事例に仮に個人情報保護法23条を適用するとすれば、1項4号がその候補となるが、これについても「本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがある」との要件は充足されないであろう。

他方、入国管理局が、入管法59条の2により、事実の調査のために公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求める場合には、照会事項が同条1項所定の規定による許可若しくは在留資格取消しに関する処分を行うために必要である限り、照会をうけた公務所等はこれに回答する義務も負うと解すべきであろう。例えば、大学に対して外国人留学生の退学者の報告が求められた場合に、退学は、在留資格たる留学という(入管法別表第1第4項)の活動の消滅をもたらし、法務大臣は22条の4第1項5号により在留資格を取り消すことができる。その取消しに関する処分を行うために必要な事実の調査により収集されるべき情報のなかに大学の有する退学情報も含まれる。したがって、この情報を入管法59条の2第3項の照会に応じて報告することは、個人情報保護法23条1項1号の「法令に基づく場合」に該当するというべきである。ただし、それでもそのような情報を提供することは、事前に本人に知らせるべきであり、そのような情報提供をしていることも入学前に募集要項において開示しておくべきであろう。退学は、学生にとって不幸なことである。その不幸についての内密の情報提供が次の不幸を招かないように配慮しなければならない。

注39  歴史については、[鈴木*2002a]=鈴木正裕「留置権小史」(河合伸一判事退官・古稀記念『会社法・金融取引法の理論と実務』(2002年6月、商事法務)191頁)参照(特に、201頁以下・220頁以下)。

注40  競売手続が途中で挫折することもありうることを考慮すると、目的外動産を常に除去するのがよいかについては、疑問の余地がある。しかし、もし除去しないまま不動産を保管すると、動産の紛失・損壊のトラブルが生じよう。トラブル防止のためには、除去しておくのが確実である。

注41  このように、現行法では、裁判所が買受希望者に提示する価額は、売却基準価額と買受可能価額の2本立てにされたが、一本化ができないというわけではない。事実また、平成16年改正以前は、現行法の買受可能価額に相当する最低売却価額のみであった。それが改正後は、売却基準価額と買受可能価額の二本立てとなり、最低売却価額が担っていた機能のうち、保証金の基準となる機能と適正価額の公示の機能は、売却基準価額が担っており、買受申出額の最低額の機能は、買受可能価額に移された理由は、次の点にあると見てよいであろう。すなわち、競売不動産であることを考慮して最低売却価額を定めるとしても、債務者の利益などを考慮すると適正価額であることが望ましいという要請が働き、そのため、買受希望者の想定する買受価額よりも高くなりがちであり、価格面で売却が円滑に進まないという現象が見られた。そこで、価格決定に関する裁判官の心理的抵抗を少なくするために、執行裁判所には競売不動産であることを考慮した上で適正価額を決定させ、さらにその8割の価額を買受可能価額とした。

注42  [佐藤*2005b]307頁は、許可抗告の制度により執行法の領域においても従来以上に最高裁判例が形成されるようになったことをふまえて、最高裁判例により明確になった範囲では、引渡命令の発令予測について断定的でわかりやすい記載をすることに肯定的である。

注43  競売不動産の売却価額が1990年頃をピークとするバブル経済の崩壊過程においてどのような推移を辿ったかを統計学的に解明した論説として、[才田*2004a]=才田友美「競売不動産からみた首都圏地価の動向」( 金融研究第23巻別冊第2号(2004年11月))71頁以下参照。「競売市場での落札価額は、わが国において個別の不動産価額情報としては唯一、一般に公開されている取引価額であり、地価動向を把握するうえで有益な情報を有している」との認識を下に、「過去10年間にわたる首都圏の不動産競売データを整備したうえで、競売物件の地価動向を、ヘドニック・アプローチにより探」り、次のような結論を示す。「首都圏の競売地価は、バブル崩壊後、一貫して前年水準を下回ったが、1997年の金融危機後を除けば、下落幅は縮小傾向にあることがわかった。また、競売地価は、鑑定価格をベースにした公示地価に比して、下落幅が大きく、変動が激しく、転換点については先行する傾向がある」

注44  [上原*2003a]43頁(「賃借人には従前の賃借権に代わって法定の占有権限が与えられると解すべきであろう」)。

注45  剰余主義の不採用  差押債権者に優先する権利は、執行売却によって不十分な満足を強制されることによって害されてはならず、差押債権者に利益をもたらさない競売申立てに裁判所は応ずる必要はないとの考えには、説得力がある。この考慮に基づき、売却代金をもって差押債権者の債権に優先する負担および執行費用を弁済して剰余が得られる場合でなければ売却を許さないとする建前を剰余主義という(旧民訴649条以下。この意味での剰余主義は、特に売却許否の決定の時点で問題になる。もっとも、63条の無剰余措置の規定をもって剰余主義ということもあるが、概念の混乱を招く)。民事執行法は、無剰余措置を規定することにより優先債権者の利益保護にも一定の配慮を払っているが、先順位債権者の保護のための規定はこれにとどまる。剰余主義の採用を明らかにする規定は置かれていない([中野*1998b]371頁)。

注46  国税徴収法21条1項「留置権が納税者の財産上にある場合において、その財産を滞納処分により換価したときは、その国税は、その換価代金につき、その留置権により担保されていた債権に次いで徴収する。この場合において、その債権は、質権、抵当権、先取特権又は第二十三条第一項(法定納期限等以前にされた仮登記により担保される債権の優先)に規定する担保のための仮登記により担保される債権に先立つて配当するものとする。」

 同法124条1項1文「換価財産上の質権、抵当権、先取特権、留置権、担保のための仮登記に係る権利及び担保のための仮登記に基づく本登記(本登録を含む。)でその財産の差押え後にされたものに係る権利は、その買受人が買受代金を納付した時に消滅する。」

注47  仮差押えが先行しない場合について、この要件の充足の判定時期を差押時とすべきか売却時とすべきかについて見解の対立がある。多数説は、差押時とする(中野貞一郎=下村正明『民事執行法』(青林書院、2016年)425頁、高木多喜男「法定地上権・法定賃借権」『新・実務民事訴訟講座』(日本評論社、1984年)297頁、浦野雄幸『条解民事執行法』(商事法務研究会、昭和60年)362頁、『注釈民事執行法(4)』(金融財政事情研究会、昭和58年)177頁以下[原田和徳]、東京地裁保全研究会「建物とその敷地の一方だけの仮差押え」判時1159号(昭和60年)5頁以下、難波孝一「法定地上権」大石忠生=岡田潤=黒田直行・編『裁判実務体系7・民事執行訴訟法』(青林書院、昭和61年)243頁、山本和彦ほか編『新基本法コンメンタール・民事執行法』(日本評論社、2014年)248頁[藤本利一]など)。少数説は、売却時とする(『注解民事執行法(3)』(第一法規、昭和61年)194頁[東孝行])。差押え後の変動を考慮して若干の場合に例外を認める必要はあるにせよ、差押時を基準時にすべきである。法定地上権の成立は、売却基準価額の決定の重要な考慮要素であり、物件明細書の記載事項だからである。

注48  反対の見解を述べるものとして[東京地裁保全*2003a]198頁があり、いずれか一方の換価により満足が得られる場合には、「債権者は、そのいずれかに限定して仮差押えの申立てをすべきである」とする(民事保全法の制定前の文献であるが、東京地裁保全研究会「建物とその敷地の一方だけの仮差押え」判時1159号(昭和60年)3頁も同趣旨を述べる)。この主張は、どのように根拠付けられるのであろうか。

結局、≪土地と地上建物の一方のみの換価により満足が得られる場合には、債権者は、そのいずれかに限定して仮差押えの申立てをすべきである≫であるとの命題の根拠付けとして用いることができるのは、「保全の必要性」の根拠のみであり、その根拠においても、≪不動産の強制競売においては超過差押えの禁止規定が置かれていないことの理由≫及び≪利用上の関連性がある複数の不動産については一括売却が原則であることの理由≫を考慮せざるをえないのである。もちろん、仮差押えは、本差押に移行するとは限らないという不確定性があり、移行する場合でも、仮差押えの執行から売却まで比較的長い日数を要し、その間債務者の財産の処分権限が相対的に制限されるという長期的不利益性があり、そのことも考慮する必要がある。このことと、不動産の強制競売において超過差押禁止規定が置かれていないことの理由の双方を考慮の上で、「保全の必要」の有無を判断すべきである。

注49  実際、土地と建物の双方に対して仮差押えの執行をする方が法律関係が単純になるし、その場合の仮差押えの登記の登録免許税額も課税標準額である債権額の1000分の4であるので(登録免許税法9条別表第1の1(5))、一方のみに対して仮差押えの執行をする場合と変わらない(東京地裁保全研究会『民事保全の実務(新版)下』(金融財政事情、平成15年)274頁参照)。

注50  仮差押債権者が提供すべき担保額は、発令裁判所が目的物価額基準説を採用すれば、目的物価額の一定割合(例えば2割)を基準にして他の要素を考慮して増減されることになるので(東京地裁保全研究会・前掲(注49)3頁・5頁参照)、土地と建物の双方を対象とするよりも、一方のみを対象とする方が担保額が低くなる可能性が高いことにも注意する必要がある。

注51  平成29年改正前は、詐害行為取消しの効果は債権者と受益者・転得者間でのみ相対的に生ずるとされていた。そこで、本文記載の結論を直接引き出すことができるかについて問題はあったが、債務者・受益者間の賃貸借契約の消滅の帰結としてではなく、取消判決の効果として、この結論を認めてよいと考えていた。すなわち、次のように説明していた:「抵当権に基づいて農地の賃貸借が取り消された場合には、その取消しは、農地法3条2項本文の適用を排除するという効果をもち、当該農地の買受適格証明書は賃借人以外の者にも発行されうると解すべきである。」。

注52  原弘明・関西大学法学論集69巻3号(2019年9月)215頁以下(民事執行法59条4項の適用を肯定する)。

注53   実例を挙げておこう(公開されている競売事件の三点セットを基にした。その事件番号も記したが、正確性の担保のため(筆者自身による再検証を容易にするため)であり、それ以上のものではない)。

注54   文献

注55   吉村真幸ほか「座談会・現況調査における実務上の諸問題」新民事執行実務18号48頁(石川茂夫発言)。

注56   ただし、一括売却であるので、本来、法定地上権の成立の余地はない。そこで、「土地利用権等価格」の算出に際して「場所的利益」を観念し、これをもって「土地利用権等価格」とした例もある(東京地裁・令和2年(ケ)671号──東京都区部の土地付建物)。この例では、土地利用権等価格は土地価格の1割とされた)。

しかし、賛成できない。なぜなら、(α)土地利用権等価格(以下では「土地利用権価格」という)を算出する目的の一つは、土地と建物の一方のみの売却で各債権者の債権及び執行費用の全部を弁済することができる場合には、債務者の同意がなければ一方のみの売却にとどめることにあり(61条ただし書)、一方のみの売却の場合には法定地上権が成立するのであるから、土地利用権価格は法定地上権価格とすべきである。(β)86条2項1文は、例えば、Aが土地と建物の双方に第1順位の抵当権(共同抵当)の設定を受け、Bが建物のみについて第2順位の抵当権の設定を受け、Cが土地のみに第2順位の抵当権の設定を受けた後で、Aの申立てに基づいて担保競売が開始され、一括競売がなされる場合に適用されるが、BもCも自己の申立てにより一方のみが競売される場合に(特にAの抵当権が弁済により消滅した後で競売申立てがなされるときに)、法定地上権の成立を予期する立場にある;したがって、一括競売がなされ68条2項1文が適用される場合にも、土地利用権として法定地上権が成立すると仮定して売却基準価額が定められることが彼らの予期に合致する。いずれの視点からも、土地利用権価格は、法定地上権価格とすべきである。

ともあれ、土地と建物に設定されている担保権が同一である(すべて同じ共同担保権である)ときは、土地利用権価格をどのように定めようと問題はない。しかし、同一でないとき(典型的には、一方のみに担保権を有する債権者がいるとき)には、土地利用権価格が大きければ建物から優先弁済を受ける債権者が有利になり、土地から優先弁済を受ける債権者が不利になるので、大きな問題になる。その価格割合が、10%であるのか、あるいは65%であるのかは、深刻な利害対立を生む(法定地上権の価格割合は、地域によって異なるが、東京都区部の別の例(東京地裁令和2年(ケ)820号)では、65%とされた)。

注57   吉村真幸ほか「座談会・現況調査における実務上の諸問題」新民事執行実務18号56頁以下参照。

注58   吉村真幸ほか「座談会・現況調査における実務上の諸問題」新民事執行実務18号57頁。