by SIFCA
目次文献略語

破産法学習ノート2

相殺権


関西大学法学部教授
栗田 隆
by SIFCA

1 相殺の担保的機能  2 債権対立の態様と相殺権者
3 相殺権の拡張  4 相殺権の制限  5 相殺権の行使

破産と相殺に関する 文献  判例

1 相殺の担保的機能


最近の文献

1.1 相殺の意義

二人の者(下図のAとB)が、互いに、履行期の到来している同種の目的を有する債務を負っている(債権を有している)ときに、 一方(A)が一方的意思表示により自己の債権(α債権)と相手方(B)の債権(β債権)とを対当額において消滅させることを相殺という(民法505条)。 意図された法的効果が一方的意思表示により生ずるので、相殺する権利は形成権である。

A───α債権───→B
 ←──β債権────

Aが相殺をなす場合に、各債権を次のように呼ぶ。

  • α債権=自働債権または反対債権[15]
  • β債権=受働債権

なお、この学習ノートでは記述の便宜のために受働債権に係る債務(相殺の意思表示をする者が相手方に対して負う債務)を「受働債務」と呼ぶことにする。

1.2 相殺の機能

相殺には、3つの機能がある。

簡易決済機能  同種の債権を有する二人の者のうちのいずれか一方からの一方的な意思表示(「相殺する」との意思表示)により互いの債務を同じ額で消滅させることができ、 弁済金の授受の手間を省略することができる(民法505条・506条)。
  ちなみに、この簡易決済機能の延長において、「相殺による契約関係の清算的調整」の機能が認められる。すなわち、同一の契約(例えば請負契約)から生ずる各契約当事者の請求権が同種の債権である場合(例えば、請負人の代金請求権と注文者の修補請求権に代わる損害賠償請求権の場合)には、相殺は「契約関係の清算的調整」の機能が重要となり、両請求権が同一の訴訟手続で審理されていて、一方の当事者が自己の訴求債権をもって相手方の訴えにおいて相殺の抗弁を提出する場合には、「相殺による清算的調整」を可能にするために、弁論の分離は許されなくなる(本訴原告が反訴について相殺の抗弁を提出した場合について、最高裁判所 令和2年9月11日 第2小法廷 判決(平成30年(受)第2064号))。

公平機能[22]  相殺を認めないと、資力のある当事者は債務全額を弁済しなければならないのに、 資力のない相手方からは債権全額の回収ができず不公正が生ずる([内田*2020b]301頁以下)。この不公正を回避する必要(公平の要請)により、相殺が認められている。

担保的機能  相殺をなしうる両当事者は、相殺をなすことができる状態(相殺適状)に達した時点以降は、相殺によりいつでも相手の債権を消滅させることにより自己の債権を回収することができる。 したがって、相殺制度は、「相殺権を行使する債権者の立場からすれば、債務者の資力が不十分な場合においても、自己の債権については確実かつ十分な弁済を受けたと同様な利益を受けることができる点において、 受働債権につきあたかも担保権を有するにも似た地位が与えられるという機能を営む」(最高裁判所 昭和45年6月24日 大法廷 判決(昭和39年(オ)第155号))。

事柄の性質上、初めの二つの機能は、主として債務履行時に問題となる。最後の機能の期待は、債務履行時より前の時点(債権債務の対立時又はその原因の形成時)で生ずる。

弁済期の到来
相殺の意思表示は、両債権の弁済期の到来後になすことができる。しかし、相殺による債権消滅の効果は、相殺適状が始まった時に遡る(民法506条2項)。 これは、対立債権の利率が異なる場合に、相殺の意思表示の時期によって利息計算が異ならないようにするという意味をもち、また同項の主たる目的は、利率に差異がある場合の当事者間の利害調整であると見てよい。 したがって、相殺の意思表示が効力を生じた時に債権の消滅の効果が生ずるとの合意も許される(その意味で、同項は任意規定である。 ただし、このような合意は、消費者契約法10条にいう≪任意規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限する条項≫に該当することに注意)。

受働債権の処分制限と自働債権の弁済期
受働債権が差し押さえられた場合はどうか。差押え前に相殺適状が生じていれば相殺を許容すべきことに問題はない。 債務者は期限の利益を放棄することができることを考慮すると(民法136条2項本文)、弁済期到来の要件は、 「受働債権の差押え前に自働債権の弁済期が到来していることで足りる」、と言い換えることができる。 判例は、さらに要件を緩和し、民法旧511条(現511条1項前段に相当)の反面解釈として、債権差押えより前に債権の対立が発生していれば、差押え後に相殺適状に達した場合でも相殺をなしうるものとして、 相殺の担保的機能を広く認めた(無制限説。前掲最高裁(大法廷)判決)。平成29年民法改正では、これが現511条1項後段で明文化され、 さらに差押え前の原因に基づいて差押え後に生じた債権による相殺も許容した(現511条2項本文)。

1.3 破産における相殺の許容

相殺の許容
破産法は、相殺制度が破産手続外で有する担保的機能を尊重して、破産手続開始後の相殺を許容し(67条1項)、 その要件を拡張した(67条2項)[12]。 それと共に、破産債権者間の公平の確保のために、一定の範囲で相殺を制限している(71条・72条)。 この相殺制限は、破産手続開始前の偏波な弁済・担保供与等が否認制度により制限されていることに対応する。 「71条・72条の相殺制限を受けない相殺権が発生すること」自体が否認の対象になることはない(学説史を含めて[高見*2015a]参照)。 ただし、自働債権の発生原因あるいは受働債権の発生原因についてはなお否認の余地があり、それらの否認により自働債権あるいは受働債権の発生が否定される結果、 相殺が不能となることはある(最高裁判所 昭和41年4月8日 第2小法廷 判決(昭和39年(オ)第1158号))。また、破産債権者のなした相殺権行使自体は、破産者の行為を含まないから、破産法72条各号の否認権の対象となりえない (前掲最判昭和41年4月8日)。

相殺許容の根拠
相殺権に担保的機能があるために、破産の場面での相殺による優先的債権回収の許容の根拠を担保的機能に求めることが多い。これを強調していくと、破産者の相手方は、 相殺により債権回収ができることについて(正当な)期待を有していないときには、 相殺は許されないとの議論に至ることになる。

確かに、破産における相殺権の保護をその担保的機能により説明することは、次のような場合には適切である:(α)破産者に対して債務を負っている者がそのことを認識しつつ破産者に対して信用を与える場合、 あるいは(β)破産者に対して債権を有している者がそのことを認識しつつ破産者に自己への信用を与えさせる場合。 他方、次の場合には、適切ではない:(γ)破産者の債務者が意図せずして破産者に対して債権を取得する場合(例えば、不法行為による損害賠償債権の取得、相続による債権取得)、 あるいは(δ)破産者の債権者が意図せずして破産者に対して債務を負う場合(例えば、不当利得返還債務の負担、相続による債務承継)。 そして、破産法は、後2者の場合にも、相殺による優先的債権回収を許容しているのである(破産法71条2項1号・72条2項1号参照)。

そこで改めて、破産の局面において相殺による優先的債権回収がなぜ許されるのかが問われることになる。 許容の根拠は、当事者間の公平(破産手続開始時に破産者に対して債権者兼債務者である者が、自己の債務は全額履行しなければならないのに、 自己の債権は破産財団から不十分な満足しか得られないという不公平の回避)であろう([注釈*2006a]442頁(中西正)参照)。 これが、債権者間の平等が重視される破産の場面における相殺権の保護の根拠として十分であるかについては、評価は分かれうるところであり([注釈*2006a]442頁(中西正)は疑問であるとする)、 立法論としてはこれを否定して相殺権保護の範囲を限定することも充分考えられるところである。ただ、次の規定を前提にする限り、現行法による相殺権の保護の根拠を相殺の担保的機能の保護に限定することは無理であろう。

したがって、相殺許容の根拠は当事者間の公平にあると考え、その視点から相殺の許容範囲を検討すべきである。

相殺の合理的期待−−同行相殺を例にして
破産の場面の相殺の許容の根拠を相殺権の担保的機能の保護に求める議論の延長上に、相手方が相殺の合理的期待を有していることを相殺の許容要件の一つに挙げる議論がある(合理的期待保護論)がある。

次のような例についてこの議論を見てみよう:A銀行のc支店にYが預金を有している;同行d支店はYがPに振り出した手形をPの依頼に基づき割り引いた; その後Yが破産した。この場合に、A銀行が預金債務と手形金債権とを相殺することを同行相殺という(対立している債権が生じた支店は異なるが、同じ銀行に属していることにちなんだ名前である)。この相殺は許されるであろうか。

  Y─────預金債権──────→A銀行c支店
  |←──────┐
  |       |
手形振出    手形金債権
  |       └─────┐
  |             |
  ▽             |
  P<===手形割引き====A銀行d支店
       による支払

d支店が手形割引をした時点でc支店にあるYの預金を知らず、したがってこの預金債権が手形金債権の担保となりうることを知らなかったとすれば、A銀行が相殺による債権回収の現実の期待を持ったとはいえないから、 A銀行のこの相殺を認める必要はないと言うこともできる。また、A銀行はPに手形の買戻しを求めることができるのであり、Pが買い戻せばA銀行による相殺はなされずに、c支店にある預金が配当に充てられることになる。 こうした考慮に基づき、同行相殺が問題視されることがある。

しかし、相殺が債権回収の期待を保護する機能を持つのは確かであるが、相殺をする者がその現実の期待を有していることが相殺の要件とされているわけではない。 もしそれを要件とするのであれば、相続により破産者に対して自働債権又は受働債務を承継した場合であっても現行法上相殺が許されていることの説明が困難になる (もちろん、立法論としてこの場合の相殺を制限することは可能であり、また解釈論として71条2項1号・72条2項1号の適用範囲を限定する余地はある)。 現行法の解釈としては、破産者の相手方が相殺の合理的期待を有していたかに拘わらず、相殺制限に該当しない場合には、 相殺を許すのが原則であると言うべきである。最判昭和53年5月2日・判例時報892号58頁も、同行相殺の可否を直接的に論じているわけではないが、 一般論として、このような場合に相殺をするか否かは手形所持人たる銀行の自由であるとして、相殺を許容した[7]。

もっとも、多くの下級審先例において、相殺をした者は、相殺の期待を有しており、この期待は保護されるべきであるから相殺を許すべきであるといった議論が展開されるために、 「相殺をした者が相殺の期待を有していて、その保護の必要性があること」(保護に値する相殺の期待を有していること)が相殺の要件であるかのように説明されることが多い。 たしかに、相殺の可否を政策論のレベルで論ずる際に相殺による債権回収の期待を保護することの必要性を検討することは必要であるが、 しかし、この期待を有することを相殺の一般的要件とし、具体的事件において相殺をなす者にその点についての主張・立証責任を負わせることは、71条2項1号・72条2項1号と調和的ではなく、 また結果的に相殺の担保的機能を弱めることになり、適当とは思われない。もちろん、債権の対立はあっても、相殺の意思表示をした者が相殺の利益を享受すべき立場にないことも考慮して、 信義則あるいは権利濫用の法理の適用の一類型として相殺を否定すべき場合はありうる。しかし、そのような評価を根拠付ける事実は相殺権の発生障害事由あるいは行使障害事由として位置付けられるべきであり、 その主張・立証責任は相手方(相殺の効力を争う者)が負うとすべきである(同旨:[杉山*2006a]117頁)。

なお、「相殺の期待」の語は、「合理的な期待を保護すれば足り、それを超えて保護する必要はない」と言う形で、71条や72条の相殺制限の根拠の説明の中で用いられことがある。 しかし、71条2項1号・72条2項1号の存在を考慮すると、そこでいう「期待」(相殺をする破産債権者の「期待」)が、「債権債務の発生または発生原因の発生の認識と相殺の可能性の認識を前提にした期待」を意味するのかは疑問である。 むしろ、71条・72条の規定が債権者間の公平の視点から説明されることも多いことに示されるように(例えば[加藤*2006a]209頁以下)、 この「相殺の期待」は、「破産者が自己に対して有している債権との相殺により、他の債権者に優先して自己の債権を回収することについての保護に値する(正当な)利益」といった言葉で置き換えることができるものであるように思われる。

1.4 発展問題──民法上の問題

1.4.1 相殺する者の利益

相殺による債権回収の期待の保護──受働債権の移転・消滅からの保護
相殺が有効になされるためには、相殺の意思表示の時点で同一当事者間で自働債権と受働債権とが存在していることが必要である。 これが原則であるが、相殺による債権回収の期待を保護するためには、受働債権の移転あるいは処分制限の場合又は受働債権の消滅の場合でも、一定の範囲でなお相殺の利益を受働債権の債務者に認める必要がある 。民法は、そのために、次の2つのタイプの規定を設けている[24]。

1.4.2 相殺される者の利益

「自己の債権が相殺により消滅することをコントロールする利益」
債務は履行されるべきであるとはいえ、資力が乏しくなると、どの財産をどのように用いるかについて厳しい選択を迫られ、場合によれば、弁済期にある財産をすべて弁済するのではなく、 債権者から期限の猶予を得て、財産(金銭及び金銭債権)を事業の継続・再建に投入することも必要となる。その際には、例えば預金債権が債務者である金融機関からの相殺によって消滅することになるのか否かは、 事業の自主的な再建計画を立てる際の重要事項になる。そうであるとすれば、債権者は、自己の債務者が自己に対して債権を取得することをコントロールし、 あるいは債務者が自己に対する債権を取得する可能性のあることを予め知らされていることが好ましい。

また、相殺の担保的機能の視点からすれば、自己の債務者に対して債務を負うことは、自己の債権を当該債務の担保に供することに近い。物的担保については、 自己の財産が自己の関与のなしに担保に供されることは原則としてない。法定担保権の発生はその例外となるが、法定担保権の成立は多くの場合に予知できる。 これとの比較からすれば、債権者は自己の債務者が自己に対して債権を取得することをコントロールできてしかるべきである。

しかし、債権はさまざまな原因により発生し、あるいは移転するので、自己の債務者が自己に対して債権を取得することのコントロールは、実際上は難しい。 債権の発生(自己の債務者の自己に対する債権の発生)は、ある程度まではコントロールできるとしても、債権の移転については、債権譲渡が一般的に肯定されており(466条1項)、譲渡禁止特約は可能であるが、 その効力は制限されており、また強制執行による債権の移転(転付)は認めざるを得ないからである(466条2項・3項・4項・466条の4、466条の5第2項。ただし、466条の5第1項に注意)。 そして、民法は、「自己の債権が相殺により消滅することをコントロールする利益」考慮した規定をおいているようには見えない。むしろ、「そのような利益は立法に際して認識されていない」と言う方がよいかもしれない。

もっとも、上記利益の保護を目的としているわけではないが、上記利益の保護に役立つ規定として、次のものを挙げることができる。

  1. 民法474条2項は、「弁済をするに正当な利益を有する者でない第三者」は債務者の意思に反して弁済することができないと規定しているので、この規定が適用される範囲では、 債務者Sは第三者Dが弁済により求償権を取得したり、原債権(弁済された債権)を代位取得することを阻止することができる。 その範囲で、Sは、自己のDに対する債権がDからの想定外の相殺により消滅させられることを防ぐことができる。しかし、金銭債権に関しては、同項がどの程度の実効性を持つかは疑問符が付く。 次のような方法でDは、他者のSに対する債権(以下「債権f」という)を取得することができるからである。(α)Dは、GのDに対する債権fを買い取って、SのDに対する債権と相殺することができる。 ただし、債権fに譲渡禁止特約が付されている場合には、弁済期到来後にDがSに対して相当の期間内にGへ履行することを催告し、その期間内に履行がないことが必要であるが(466条4項)、 それほど大きな障害ではなかろう。(β)正当な利益を有しない第三者も代位弁済の前に債権者と無委託保証契約を締結していたのであれば、 保証契約の履行としての弁済により求償権を取得し、499条により原債権(債権f)を代位取得することができる。 なお、上記(β)の方法については、無委託保証は、債務者の意思に反してもすることができるか、一般論としてそれができるとしても、 債務者が履行遅滞に陥っている状況で無委託保証契約を締結して直ちに弁済をすることが許されるかが問題になるが、これについては、後で検討することにしよう。
  2. 民法470条は、債権者・引受人間の契約による併存的債務引受については債務者の承諾を要求していないが(2項)、 債務者・引受人間の契約による併存的債務引については債権者が引受人に承諾を与えたときにのみ契約は効力を生ずるとしている(3項)。 この違いは、理論上は、後者の契約が第三者のための契約と位置づけられることにより説明されるが、実質的には、第三者弁済の場合と同様に、 債権者(特に金融機関)が反社会的勢力による債務引受よりこれらの者と法律関係を持つことを阻止する点にあると見てよいと思われる(474条3項について、[内田*2020b]115頁参照。 一般的に言えば、反社会的勢力との接触をできるだけ減らしたいとの要望である。具体的には、反社会的勢力が併存的債務引受人という形ではあれ、債務者となって債務減免要求をしてきた場合に、 それへの対応の過程で生じた些細なミスを材料に法外な要求をされることを事前に阻止したいとの要望であろう)。 このように、470条3項は、「自己の債権が相殺により消滅することをコントロールする利益」を保護すること目的とした規定ではないが、 機能的に見ればこの規定により、債権者は、予定外の第三者(債務引受人)からの相殺により自己の債権が消滅することを防ぐことができる。 470条2項と3項とを比較すると、契約外にあるのが債務者であるのか債権者であるのかで、契約外にある者の意思の尊重のされ方に違いがある。 同じ債務引受でありながら、なぜそうなのか。法律構成上の相違を捨象して、実質論の視点から言えば、 日本の現在の社会におけるそれぞれの併存的債務引受による弊害の発生可能性の違いとその防止に対する社会的需要の違いと見てよいであろう (もちろん、債権者として登場することの多い金融機関が立法過程において大きな発言力を有していることも影響している)。

「自己の法律関係に関する情報を知る利益」
しかし視点を高くして自己が関係する法律関係に関する情報を知る利益を問題にすると、どうであろうか以下では、この利益は「自己の法律関係に関する情報を知る利益」と縮めることができるものとする。 この利益は、「自己の債権が相殺される可能性を知る利益」を含む)。各人が意思決定を適切になすためたは、このような利益が尊重されるべきであることには、おそらく異論はないであろう。 異論が生ずるとすれば、それと他の利益との調整であろうが、これは調整が必要となる問題ごとに論ずれば足りる。 そして、視点をここまで高くすると、こうした利益を認める実定規定を民法その他の法令の中にいくつか見出すことができる。

上記以外の規定で、破産法との関係で注意すべき規定を見ておこう。

債権譲渡の対抗要件
債権の譲受人が譲受債権を自働債権にして相殺するためには、債権譲渡の対抗要件を得ておくことが必要である。そこでいう対抗要件は、債務者に対する対抗要件である(以下では、「債務者の承諾」(民法467条1項)は除外して議論する)。 したがって、譲渡された債権について弁済期が到来していない場合には、債務者は、弁済期到来後に譲受人がその債権を自働債権として行使することを事前に知ることができる。 その点で、債権譲渡の通知は、債務者の「自己の法律関係に関する事項を知る利益」に役立つ。 このことは動産債権譲渡対抗要件特例法4条により第三者に対する対抗要件(1項)と債務者に対する対抗要件(2項)とが分離している場合に重要である。 すなわち、民法469条1項にいう「対抗要件」は債務者に対する対抗要件である; 第三者に対する対抗要件が具備された後に債務者について破産手続が開始され、その後に債務者に対する対抗要件が具備された場合に、 譲受人が破産者に対して負っている債務を譲受債権と相殺することができるかは、譲受人は「破産手続開始後に他人の破産債権を取得した」(破産法72条1項1号)と見るべきか否かに依存する; 債務者に対する対抗要件を具備した時に初めて破産債権の取得を債務者(破産者)に主張することができるのであるから、 破産手続開始後に破産債権を取得したと見るべきである(反対の趣旨を述べるかのような文献も見受けられるが、賛成できない)。 こうした結論は、「自己の法律関係に関する事項を知る利益」の視点からも支持される。

事務管理開始の通知
「自己の法律関係に関する事項を知る利益」の視点から、民法699条所定の通知義務を敷衍しておこう。 この規定の趣旨は、次の点にあるとされている:事務管理に名を借りて濫りに他人の事務に干渉することを防ぐこと; できるだけ本人の意思に従って管理させることの前提として通知をさせるべきであること(『注釈民法(18)』(有斐閣、昭和51年)301頁)。 事務管理が単一の行為で終了する場合については、通知しなくても本人に何の不利益も生じないときには通知を要しないとする見解と、事務管理が単一の行為で終了する場合であっても、 (本人に不利益が生ずるか否かを問うことなく)一回的管理行為をして完了したことの通知がなされるべきであるとする見解とがある(『注釈民法(18)』302頁参照)。 「自己の法律関係に関する情報を知る利益」の尊重の視点からは、後者の見解が支持されるべきである。

事務管理としての無委託保証
保証契約を債務者のためになされる法律行為と見るべきか否かを問い直す必要はあるが、一般には、そのようなものであると考えらている(『注釈民法(11)』(有斐閣、昭和50年)150頁)。 この立場からすれば、保証契約は債務者からの委託に基づきなされるのが本来であり、委託なしになされた保証契約は事務管理の一種である(『注釈民法(11)』272頁))。 事務管理であるならば、管理者の費用償還請求権が問題になる。民法462条は無委託保証人の求償権を定めているが、 その内容は、事務管理者の費用償還請求権(702条)と同等であり、費用償還請求権の点からも無委託保証が事務管理の一種と捉えることの妥当性が裏付けられる。

事務管理開始の通知の必要性
無委託保証が債務者との関係で事務管理にあたるのであれば、保証人は事務管理をなしたことを債務者に通知すべきである。このことは、無委託保証を継続的事務管理と見るか否かに依存しない (すなわち、事務管理としての無委託保証は、保証契約の締結により開始されるが、その完了時点をいつと見るべきかに依存しない)。 いわゆる継続的保証は継続的事務管理であたり、事務管理としてなされたのであれば通知がなされるべきることはいうまでもない。 ここでは、特定の債務についての保証について、通知の要否を検討しよう。

 (継続的事務管理と見る場合  契約締結自体により求償権が生ずるとするならば、その内容は、保証委託契約に際して通常徴収される保証委託料相当額となろうが、 民法462条はそのような内容の求償権を定めているわけではない。 保証債務の履行に擁した費用の求償を認めているのである。 したがって、求償権の視点からすれば、無委託保証の完了時点は、保証債務が履行される場合はその履行のあった時、履行されない場合は履行されないことが確定した時となる(後者の場合には費用が生じないので求償権も発生しない)。 したがって、無委託保証は継続的事務管理であり、民法699条の通知がなされるべきことに異論はないはずである。

 (非継続的事務管理と見る場合  求償権の視点から離れて、無委託保証を保証委託契約の締結により完了する事務管理であると見たところで、やはり通知はなされるべきである。 本人に通知をしたところ、本人が事務管理の中止を求めたとしても、無委託保証契約を取り消すことができるかは、その契約内容によるが、 (1)保証契約において本人のためになすのであり、本人が反対する場合には契約は効力を失うべきことが明示的又は黙示的に合意されている場合には、保証契約は効力を失う; その機会を本人に与えるために、通知がなされるべきである。(2)そのような特約がない場合には、本人が反対しても保証契約自体は効力を維持すると見るべきであろう; そして、保証債務が履行されると保証人が求償権を取得し、原債権を代位取得する;この可能性を本人が知ることができるように通知がなされるべきである。

債務者の意思に反することが明瞭な無委託保証契約
一般に、本人の事前の明示的な意思に反する事務管理は許されないと解されているが、民法702条3項は、「本人の意思に反して」事務管理がなされた場合を規定している。 この点について、「本人の意思に反することが明瞭だとまではいえないが、なおその意思に反する場合」(以下「不明瞭だが本人の意思に反する場合」という)をいうと解する説(第1説)と、 本人の意思に反する場合には事務管理は許されないから、同項は不当利得の返還を定めた規定であるとする説(第2説)がある。第1説に従う場合には、 「本人の意思に明瞭に反する場合」と「不明瞭だが本人の意思に反する場合」とを区別する必要が生じ、実際の適用が面倒になるように思われる。 むしろ、債務者の意思に反するか否かの場合分けのみをする第2説の方が分かりやすい。しかし、ここでは多数説と言われている第1説を前提にして議論を進めることにしよう。 第1説を民法462条に当て嵌めると、462条2項が想定しているのは、「不明瞭だが本人の意思に反する無委託保証」であり、本人の意思に反することが明瞭な無委託保証は、本人のための事務管理とは言えず、 462条2項の直接の適用はないことになる。以下で問題にするのは、後者のタイプの管理行為ないし無委託保証である。

事務管理としてなされいるすべての種類の管理行為について、本人の意思に反することが明瞭である場合には一切許されないとするのでは、社会の様々な需要に適切に応ずることはできず、 次の2種がありうることを認めるべきである。すなわち、ある種の管理行為については、本人の意思に反することが明瞭である場合には、他人はその管理行為をすべきでないことを認めるべきである。 しかし、ある種の管理行為については、債務者の意思に反することが明瞭であるときは、債務者との関係で事務管理にはならないが、なおその管理行為をすること自体は許されるてよい。

どのような管理行為が後者に該当するかについては、次のような基準を立てることができる: (α)当該管理行為を許しても債務者に生ずる不利益が小さいこと(債務者の財産あるいは身体を直接に係る管理行為(特に財産の処分行為)は債務者に生ずる不利益が大きいが、そうでなければ、小さいと評価できる場合があろう); (β)債務者の意思に反することが明瞭であっても、それを許すべき社会的必要性(需要)が存在すること。このことを無委託保証について検討しよう。

債務者の意思に反することが明瞭な無委託保証契約の許容性
)社会経済的必要性  保証人が債権者から保証料を徴収して無委託保証をなすことの社会経済上の必要性は、肯定できる。 そのよう取引により、債権者は債務者の倒産により生ずる損失を低減することができ、債務者との間の継続的取引から将来生ずる債権も保証の対象になるのであれば、債務者との取引を維持しさらには拡充することができる。 保証人は、同種の取引を多数行うことにより、一定の利益が生ずる適正な保証料を徴収して利益を得ることができる。何よりも、そのような取引が現に行われていることから、このような取引の社会経済的必要性(需要)が肯定される。

)債務者に生ずる不利益  債務者に生ずる不利益は、求償権の発生原因を後述のように求償権行使時と見ることにより、ある程度小さくすることができる (実際上の効果は、債務者の他の債権者との関係で生ずるが、債務者は、財産管理権の一環として、自己の債権者にどのように弁済するかを決定することについて利益を有するのであるから、 求償権の発生原因の後倒しは債務者の利益によい影響をもつと見るべきである)。ただ、民法は、他人の法律関係への干渉を制限する規定をいくつか設けており、これとのバランスを検討しておく必要がある。 以下では、金銭債務を念頭において議論を進める。

したがって、債務者の意思に反することが明瞭な無委託保証により債務者が受ける不利益は、その保証の社会的有用性と比較してそれほど大きくないと評価でき、原則として許容してよいと思われる。 これを前提にして、保証債務を履行した保証人の求償権をどのように考えるべきかが問題になる。

債務者明示的意思に反する無委託保証契約の効果──求償権
債務者の意思に反することが明瞭な無委託保証契約を履行した保証人の求償権は、保証契約に基づくものではなく、弁済行為から生ずる求償権である。 無委託保証が本人の意思に反することが明瞭であるから、その履行としての弁済も本人の意思に反することが明瞭であると評価してよい。したがって、返還請求権の内容は703条の規定に従うことになる。 現存利益の決定時期は返還請求時ないし返還請求の訴えの提起時である(『注釈民法(18)』(有斐閣、昭和51年)457頁)。その結果は、民法462条2項第1文による場合と同じであり、 また、法律関係の簡易な決済のために、同項第2文を類推適用してよいと思われる。

前記のように、債務者の意思に反することが明瞭な無委託保証契約を履行した保証人の求償権も、明瞭とはいえないが債務者の意思に反する無委託保証契約を履行した保証人の求償権も、 債務者と保証人との間で問題となる限りでは、内容は同じである。 しかし、債務者の他の債権者等との関係が関係し、求償権の発生原因が何であるかが問題となる局面(民法511条2項本文、469条2項1号や破産法67条1項・2条5項の適用が問題になる局面)では、同じとは言えない。

  1. 債務者の意思に反しない無委託保証(462条2項の適用のある保証)については、保証人が債務者に直ちに通知をしている限り(債務者の所在の不明等の理由で通知が困難な場合には、通知のための相応の努力を直ちにしている限り)、 求償権の発生原因は無委託保証契約にあると解することに問題はない。他方、462条3項の適用のある求償権については、 求償権の発生原因が次の何れの時にあると考えるべきかが問題になる:(α)保証契約の時、(β)債務消滅行為の時、(γ)求償請求の時。おそらく最後の選択肢を採るべきであろうが、 ここでは上記の3つが選択肢になるとするに留めておこう。
  2. 債務者の意思に反することが明瞭な無委託保証は、前述のように事務管理ではない。無委託保証人による弁済が民法703条の不当利得になり、 不当利得返還請求権が生じ、その不当利得返還請求権が求償権と呼ばれるにすぎない。 求償権の発生原因は無委託保証契約ではない。では、何時と考えるべきか。この問題を、次のような事例で考えてみよう: GがSに対して有している債権aについて、HがSの明示的意思に反してSに内密に保証人になったとする;SはHに対して債権bを有している; Sは、別の債権者Dに対して債権bを代物弁済として譲渡しようとしている; 譲渡に際して、SはDからの質問に答えて、「自分はHに対して債務を負っていないし、債務が生ずるような原因関係もないから、債権bがSから相殺されることはない」説明した; この債権譲渡の通知がHに到着した後で、Hが、「対抗要件具備前に保証債務を履行しているので、その求償権をもって相殺する(民法469条2項1号)」と主張したときに、これを認めるべきか。 見解は分かれるであろうが、この相殺の主張を認めたのでは、SはDに虚偽の説明をしたことになり、Sは自己の財産関係を十分に把握していなかったことになる。 また、Hは、Sの意思に明瞭に反して無委託保証をしたという帰責事由がある。したがって、この相殺の主張を認めるべきではなく、認めないとしても、Hが不測の損害を被るわけではない。 この結論を導く前提として、民法469条2項1号にいう「原因」(求償権の発生原因)は、保証債務履行時ではなく求償請求時にあるとしなければならない。 この結論は、無委託保証人が債務者に通知をしていた場合でも変える必要はないであろう。 無委託保証は債務者の意思に明瞭に反する状況でなされたのであり、彼はそれを無視することができると立場にあるというべきだからである。

上記 b の場合に、求償権の実質的な原因は「求償請求自体」というよりも、「保証債務の履行」であるにもかかわらず、 債権の「原因」は求償請求時にあると説明することについて更に法律構成上の説明が必要となるかもしれないが、利益衡量に基づく結論自体は動かす必要はないであろう。 法律構成上の説明は、「保証債務の履行により生ずる求償権の行使」が民法469条2項1号にいう「(求償権の)原因」であると説明することで足りよう(他の方法による説明も可能であり、それを否定する趣旨ではない)、

債務者に内密にすることを予定した無委託保証契約
無委託の保証契約は、保証人が債権者から保証料を徴収して、契約の締結を本人に内密にすることを条件にして締結されることがある。このような無委託保証契約は債務者との関係で事務管理の性質を有すると言えるであろうか。 事務管理の通知は、事務管理が開始されたことの法律効果であり、事務管理の成立要件要素ではない。 しかし、当初から通知を予定していない行為を事務管理と性質付けることは、問題であろう。 通知がなされないことにより、本人は自己が関係する法律関係について的確な判断をすることが妨げられたまま、費用償還請求権等の新たな法律問題に何の準備もなく直面することになるのである。 無委託保証契約について言えば、債権者が保証人に保証料を支払っているのであれば、保証人と債務者との間の今後の取引において何らかの影響が出る可能性があり (例えば、継続的売買による代金債権の保証の場合であれば、代金に保証料相当額を上乗せする可能性が生ずる)、その保証行為を事務管理と性質付けることは、「事務管理に名を借りた営利行為」を許容することになる。 もちろん、債務者に内密にした無委託保証契約は許されないとまでは言えないが、それは債務者のための事務管理ではなく、保証人との債権者との間の営利行為と見るべきである。 したがって、この保証契約を履行した保証人の求償権の発生原因は、保証債務の履行による主債務の消滅から生ずる不当利得返還請求権の行使にあるというべきである。 しかし、判例は、債務者に内密に締結された保証契約の履行による求償権の発生原因も、保証契約にあるとする。


2 債権対立の態様と相殺権者


2.1 基本

破産者の債権と相手方の債権は、次のように区分される。

これらを組み合わせると、6個の組合せができ、それぞれの組合せにおいて相殺をなしうる者を整理すると、次の表のようになる。 破産法67条以下で問題となる相殺は、下の表の破産債権と破産財団所属債権との相殺である。

 

破産者の債権

破産財団所属債権 自由財産所属債権





破産
債権
破産債権者(67条

破産管財人も裁判所の許可を得て相殺することができる(102条)。
破産者(この相殺は、破産者が自由財産から破産債権者に任意弁済することに相当する[1])。ただし、破産手続開始前から相殺適状にある場合には、破産債権者からの相殺も認めるべきである。
財団
債権
財団債権者・破産管財人 破産者(この相殺は、破産者が自由財産から財団債権者に任意弁済することに相当する)
その他
の債権
なし 相手方・破産者 (破産手続と関係なし)

破産財団に債務を負っている破産債権者が、自己の債権を失念していたため相殺の意思表示をせずに自己の債務を弁済した場合でも、その弁済は有効である。 これにより受働債権が消滅するので、破産債権者がその後に相殺をなす余地はない(最高裁判所 昭和54年7月10日 第3小法廷 判決(昭和53年(オ)第547号)の判旨参照)。 もちろん、詐欺・脅迫により相殺の意思表示をすることなく破産管財人に弁済をした場合は、弁済行為を取り消して、破産財団所属債権を復活させて相殺をなすとともに、 弁済金の返還を請求することができる(148条1号5号により財団債権になる)。

2.2 発展問題

振替投資信託の解約金請求権を受働債権とする相殺
振替投資信託の投資家(受益者)について破産手続が開始された場合に、この投資信託の解約金支払請求権の債務者が誰であるか必ずしも明瞭とは言えないために、この債権を受働債権とする相殺をなしうる者は誰かの問題が生じている。 下級審判例において問題となっているのは、投資信託の販売会社である銀行が投資家に対する貸付債権等を自動債権にして相殺をなしうるかであり、肯定例と否定例とがある。さしあたり、次の文献等を参照。


3 相殺権の拡張と債権額


3.1 要件緩和

破産の場合には、破産者の相手方(破産債権者)からの相殺の要件が緩和されている。破産財団の迅速な整理および相殺の担保的機能の尊重のためである[CL1]。

自働債権の額が不確定な場合に、それが103条2項1号により評価額をもって債権額とすることに親しむものは、それによる。 ただし、停止条件付債権で条件成就の時に金額が確定するもの(例えば敷金返還請求権[11])は、103条2項により破産手続開始時の評価額をもって債権額とすることには親しまない。 停止条件成就まで相殺に供することはできず(71条参照)、破産手続中に(最後配当の除斥期間満了時までに)条件が成就した場合には、その時に確定した債権額で相殺がなされる。

受働債権の額が不確定な場合には、破産債権者は、適当な金額に見積もって自己の債権額と対当額で相殺し、破産管財人が「受働債権はその金額以上に存在する」と主張してきた時に、訴訟で決着をつけることになる。 相殺の時点では停止条件付きでかつ金額が確定していない受働債権について条件不成就の利益を放棄して相殺する場合でも、不確定期限付きの受働債権について期限の利益を放棄して相殺する場合でも、同様な処理となる (受働債権が利息付不確定期限付き債権であるときは、到来すると予想する期限までの利息を含めて受働債権額を見積もる必要がある)。

破産債権に条件が付されている場合
破産債権が条件付きの場合の取扱いを整理すると、次のようになる。

敷金返還請求権(70条後段)
賃貸人が破産した場合に、賃借人が有する敷金返還請求権は破産債権となり、その処遇が問題となる。 敷金返還請求権は、賃借人が建物を明け渡した後で、賃借人の未履行債務額を控除した残額の返還を求めることができる請求権である(民法622条の2第1項1号)。 明渡しという一定の時期が到来して初めて、債権の存否および額が確定するという特質があるので、停止条件付債権の一種として[4]扱われる(70条後段)。 現行法は、破産手続開始後の時期に係る賃料債権の処分を有効としたことに対応して[2]、賃借人が手続開始後の賃料債権と敷金返還請求権とを相殺することも認めている。 賃借人は、敷金返還請求権の履行期が到来する前にあっては、返還を請求することができる最大額の範囲で、自己の弁済額の寄託を請求することができる。

上記の処理の妥当範囲について、場合分けをしながら検討してみよう。

  1. 賃借人が破産手続中に建物を明け渡して敷金を返還請求する場合には、上記の処理が妥当する。
  2. 破産手続中に建物が賃借人の責めに帰すことのできない事由により滅失した場合も同様である(民法622条の2第1項は、この場合を取り上げていないが、この場合にも敷金は返還されるべきである)。 例えば、賃借人が返還請求することができる敷金額が賃料の10ヵ月分である場合に、 賃料弁済金の寄託請求をしてから3ヵ月後に建物が賃借人の責めに帰すことのできない事由により滅失して賃貸借が終了したときは、寄託された3ヵ月分の賃料債権と敷金返還請求権との相殺が可能である。 寄託された3ヵ月の賃料の返還請求権のみが財団債権となり、敷金返還請求権のうち相殺に供されなかった部分は、破産債権になる(敷金全額を財団債権とすることとの違いは、こうした点に現れる)
  3. 賃貸借の継続中に破産管財人が賃貸建物を賃借権付のまま売却すれば、敷金返還債務は買受人に承継されるので(民法605条の2第4項)、相殺の余地もない。寄託金は、配当等に回される。 ただし、買受人に承継される敷金額分だけ建物の売却価額は低下する。
  4. 破産手続中に先順位抵当権に基づいて賃貸不動産が競売された場合には、賃借人は買受人に対して賃貸借契約を主張し得ず、これに付随する敷金契約に基づく敷金返還請求権も主張し得ない。 この場合には、敷金は破産者から返還されるべきであるから、建物明渡し前であっても、解除条件付弁済のなされている賃料債権との相殺を認めるべきである。

破産手続開始後の賃料債権が譲渡されていた場合
破産手続開始後の時期に係る賃料債権が開始前に譲渡されていた場合にも70条後段の適用があるかについては、見解は分かれよう。

A否定説  [小川*2004a]92頁は、次のように述べる。「寄託請求は、破産者に対して弁済する場合に、破産財団に弁済金が入るのに対応して寄託を請求するものであり、 したがって、既に賃料債権が譲渡されており、賃借人が譲受人に対して弁済する場合には、寄託請求の要件を満たさない」。

この見解が、賃料債権が譲渡された場合には、賃借人の敷金返還請求権は保護されないという趣旨を含むものであるかは判然としないが、賃借人の敷金回収方法について何の言及がなされていないことを考慮すると、 そのように理解せざるを得ない。

B肯定説  しかし、賃借人は、将来賃貸人が破産した場合には70条後段の方法により敷金を回収することができるという地位を賃貸借契約締結時に有しているのであり、 その地位が賃貸人による賃料債権譲渡という賃借人の関与しない行為により否定されてしまうというのは、不当である。破産法70条後段の規定により賃借人に認められた相殺権は、 賃貸借契約が効力を生じた時点で賃借人が取得した将来の相殺権であり、民法468条1項にいう「譲渡人に対して生じた事由」と解すべきである。したがって、賃料債権の譲渡にかかわらず、 賃借人は、賃貸人について破産手続が開始された後は、70条の規定により破産管財人に弁済して、その寄託を請求できると解すべきである。 賃料債権の譲受人が取得した債権は、そのような留保のついた債権と解すべきである[5]。 もちろん、譲受人がこれにより受ける不利益の賠償請求権は、破産債権として行使できる。

保証金返還請求権等
賃借人が賃貸借契約に附随する契約に基づき賃貸人に差し入れる金銭には、さまざまな名称が付されるが、一般的な名称は保証金である。 これは、敷金とそれ以外の金銭とに分けることができる。両者は、賃貸不動産が他に譲渡された場合に、返還義務が新所有者に承継されるか否かで区別される。ここでは、敷金に該当しない保証金を問題にしよう。

区分 本来の目的 明渡時に返還 賃貸不動産の取得者への承継

敷金

賃料等の担保

その他の保証金
(本文のb)
賃料等の担保

×

建設協力金
(本文のa)

建設資金の融資

×

×

保証金の名称が付されていても、()建設協力金のように消費貸借の性格の強い資金の返還請求権は、停止条件付債権というより、期限付債権であり、賃借人はそのようなものとして相殺に供することができる。

)保証金のうち賃借人の債務不履行等により賃貸人に生ずる損害を担保する目的を有し、かつ、返済期が賃貸借契約の終了後に賃借人が賃借不動産を明け渡した時とされているが、 金額の大きさ等のために敷金とは評価されず、したがって建物が譲渡された場合に譲受人に承継されないものの取扱いは迷う(そもそもそのような性質の保証金が存在しうるのかが問題となるところであるが、 ここではそのような類型の保証金が存在しうることを前提にしよう)。その取扱いについては、次の2つが考えられる:

  1. 第1は、70条本文の停止条件付債権として扱うことである。この場合には、破産管財人に建物を明け渡さない限り、相殺できない。 建物が譲渡されずにいて、賃貸借契約が破産管財人の下で終了するときには、それでも問題はない。他方、建物が他に譲渡された場合に、賃借権が対抗要件を具備していて譲受人の下で賃借権が存続するとき、 この保証金の返還請求権を建物の譲受人に対して行使することができなくなるので、譲渡の時点で保証金返還請求権の履行期が到来したと解すべきであろう。
  2. 第2は、金額と履行期が不確定な破産債権として扱うことである。この場合には、破産手続開始時の評価額でもって相殺に供することを認められる。

破産管財人が賃貸建物を譲渡するか否かは、最後配当について裁判所書記官の許可(195条2項)を得る時までに確定することであり、 その時までには、賃借権の帰趨(破産管財人の下で終了するか、建物の譲受人の下で存続するか)も確定するのであるから、Aの処理でよいであろう・

保険契約の解約返戻金請求権
保険契約者が破産した場合、破産管財人は、通常、保険契約を解約して、解約返戻金を破産財団に組み入れる。この解約返戻金請求権は、解約を停止条件とする債権と考えられる。 保険者が破産者に対して貸付等をしていた場合には、保険者は、解約後に貸金債権と相殺することができるのはもちろんであるが、解約以前に停止条件不成就の利益を放棄して、条件が成就したものとして相殺をすることもできる。 ただ、保険者によるこの相殺の意思表示がなされた後で、破産管財人が保険契約について解約の申し入れをする前に、保険事故が発生した場合には、保険金請求権が発生する。 その場合には、保険金請求権と貸付金債権とを相殺することができるとするのが合理的である。 したがって、保険契約に基づき、保険契約者は、次の停止条件付債権あるいは解除条件・期限付債権を有し、そのうちの少なくとも一つは生ずるのであるから、 保険者は、これらの請求権の発生が未確定な間でも、これらのうちで発生時期の早い請求権と貸付金債権とを相殺することができると解すべきである。

この問題は、相殺権の行使に時期的な制限が課せられている民事再生手続及び会社更生手続において一層重要な問題となろう。

3.3 自働債権の相殺額

無条件の場合
相殺の効力は、相殺適状の時に遡るので、破産手続開始前に相殺適状に至っている場合には、破産手続開始後に相殺する場合でも、自働債権の額は一般原則にしたがえば足りる。 その他の場合には、破産債権者の自働債権の額は、103条2項各号の規定により決定される(68条1項)。 ただし、破産債権者の債権が無利息債権または定期金債権である場合には、劣後部分(99条1項2号−4号)を控除した金額の範囲で相殺をすることができる(68条2項)。 また、破産手続開始後の利息・遅延損害金債権(劣後的破産債権)は、相殺可能な自働債権には含まれない(明規されているとは言い難いが、 103条2項2号の債権と同項1号の各債権及び68条2項の適用を受ける債権との均衡から、一般にそのように解されている)。

設例
破産債権及び破産財団所属債権の双方について、その債権額が破産手続開始時において100万円で、弁済期が開始後1年に到来し、利率が5%である場合を考えてみよう。

したがって、上記の場合に、破産債権者は、相殺したあとで、5万円の利息を支払わなければならない。このことは、相殺の時期に関わらない。 相殺が本来の弁済期(上記の例では破産手続開始後1年経過時)になされても、破産債権のうち相殺に供することができるのは、破産手続開始時の債権額100万円である。 破産手続開始後の利息債権は、劣後的破産債権であり、これまで相殺により優先的回収を図ることは許されない(68条2項参照)。

条件付の場合
解除条件付債権である場合には、68条により定まる債権額の全額をもって相殺することができる(69条)。

停止条件付債権・将来の請求権である場合には、条件成就等により債権が効力を生じてから相殺が可能となるが、債権額については上記のことが基本的に妥当する。 ただ、自働債権が無利息債権である場合に債権額から控除される中間利息の計算の基準時(始期)は、破産手続開始の時ではなく債権が効力を生じた時としてよく、 その時から弁済期までの中間利息を控除した金額が自働債権額になると解してよいであろう(したがって、債権が効力を生じた時に即時に弁済されるべき債権については、全額が自働債権額となる)。 破産者の相手方は、自己の債務については履行を強制され、弁済金は破産財団内で寄託され、その法定果実は破産財団に帰することを考慮すると、それが公平に合するからである。

設 例

4 相殺権の制限


文 献

総 説
破産者の相手方からの相殺は、自働債権たる破産債権の優先的回収である。自働債権と受働債権との対立が債務者の財産状態の悪化後に生じた場合についてまで相殺を有効とすると、債権者間の平等が害される。 そこで、否認制度と同じ趣旨で、相殺の制限が規定されている(71条・72条)[CL3]

4.1 71条と72条の構成

相殺制限の問題を説明するために、債権対立の発生時期を下の図のように分けておこう(支払停止なしに破産手続開始申立てがなされる場合もあるので、便宜的な図式である)。

  破産債権者が債務負担(71条 破産者の債務者が債権取得(72条

 (1)

相殺制限なし 相殺制限なし
破産者となるべき者の支払不能を相手方が知る

 (2)

1項2号  次のいずれかの方法で破産者に対して債務を負担した場合
 (α)専ら破産債権をもってする相殺に供する目的で破産者の財産の処分を内容とする契約を破産者との間で締結した場合、又は
 (β)破産者に対して債務を負担する者の債務を引き受けることを内容とする契約を締結することにより破産者に対して債務を負担した場合
1項2号  破産債権を取得した場合
破産者となるべき者の支払停止を相手方が知る(ただし、支払停止がなされたが実際には支払不能でない場合には、相殺は許容される(3号ただし書))

 (3)

1項3号  破産者に対して債務を負担した場合(注1) 1項3号  破産債権を取得した場合(注1)
破産手続開始申立てを相手方が知る

(4)

1項4号  破産者に対して債務を負担した場合 1項4号  破産債権を取得した場合
破産手続開始

 (5)

1項1号  破産財団に対して債務を負担した場合 1項1号  他人の破産債権を取得した場合
注1 破産者の債務者が破産者との契約により債権を取得する場合には、自己に対する債権をいわば担保にして信用を供与したと評価することができ、この場合については相殺制限が排除されている(72条2項4号)。 破産債権者が債務を負担する場合には、そのような評価になじむ取引はない。このため、相殺が制限される範囲は71条の場合の方が72条の場合よりも広くなっている (71条2項に72条2項4号に相当する規定が置かれていない)。

破産者の財産的危機は、支払停止以前から存在するのが通常である。とりわけ債務者が支払不能を認識してから支払を停止しあるいは破産手続開始申立てをするような場合には、支払不能に陥った時が財産的危機の時である。 ただ、それが顕在化するのは、支払停止あるいは破産手続開始申立ての時であると言うことができる。 そこで、このノートでは、支払停止あるいは破産手続開始申立てをもって債務者の「財産的危機の顕在」(あるいは「顕在化した財産的危機」)と言うことにする。

破産手続開始前の相殺の制限
債権対立時期(2)から(4)の相殺制限(71条1項2号−4号・72条1項2号−4号)は、相殺の意思表示が破産手続開始後になされた場合のみならず、破産手続開始前になされた場合にも適用され、 相殺制限規定に反する相殺は当然に無効になる(この場合にも規定の趣旨が妥当するからである)。

破産手続開始前の相殺は否認権の対象になるか
破産手続開始前の相殺については、否認権の対象とする余地もないわけではないが、破産者の相手方による相殺を制限する規定は、それが否認の対象にはならないことを前提にした規定である。 判例・多数説も、相殺は否認の対象にならないとしている[23](戦前からの判例の流れについて、[高見*2015a]930頁以下参照)。 ただ、反対の見解もあり、次のような問題点が議論されている([高見*2015a]参照)。

 )相殺制限の範囲が否認の範囲よりも狭くないか  旧法下ではこの問題が生じていたが、現行法下でそれぞれの要件規制の見直しがなされ、 相殺を否認権の対象にすることにより是正することが必要となるような問題があるとは思われない。 また、もし相殺制限のみでは不十分で相殺を否認権の対象にすべき場合があるというのであれば、むしろ、相殺制限規定の強化(解釈論上は、拡張解釈ないし類推適用)により問題の解決を図るべきであろう。

 ()相手方の期待  破産者の相手方は、破産手続開始前に相殺が有効になされたと考えている場合に、相殺後の破産手続開始により相殺の効力が当然に覆滅されと、 相殺の有効性についての相手方の期待が害され、相殺の意思表示から破産手続開始までの期間が長期にわたる場合には、その問題は重要となる。 しかし、相手方のこの期待は、 破産手続開始申立てがあった時から1年以上の前に生じた原因による債権対立の相殺には相殺制限規定を適用しないとする71条2項3号・72条2項3号により妥当な範囲まで保護されていると見てよいであろう。

 ()手続上の問題(自働債権の届出)  破産手続開始前の相殺が相殺制限規定により破産手続との関係で当然に無効になるか否かは、相殺の意思表示をした破産債権者にとって明瞭ではなく、 しかも、破産管財人からの無効の主張に期間制限はないので、破産管財人からの相殺無効の主張が債券届出期間経過後になされたときに、相殺を有効と判断していた破産債権者が債権届出の機会を失するという問題があり、 この問題の解決のために、破産手続開始前の相殺は、否認権の行使によってのみ無効になるとする選択肢もありうるとの指摘がなされている([高見*2015a]944頁−結論は留保)。 しかし、この問題は、破産手続開始前に相殺の意思表示をした破産債権者が予備的に破産債権の届出をすることにより解決することもできる (この解決は、破産管財人が相殺により消滅した破産財団所属債権に関する情報を得やすくなるというメリットをもつ)。

4.2 (3)(4)の時期の相殺制限の趣旨

破産債権者が 破産者の財産的危機の顕在を知りながら債務を負担して相殺することは、自己の債権の実価が低下したことを知りながらその回収に用いられる債務を負担することであり、 当該債務の弁済による配当財団の増殖を不当に妨げることになり、これを抑制する必要がある。例:

破産者の債務者が、破産者の経済的危機の顕在を知りながら債権を取得し、これを自働債権とする相殺により自己の債務の現実の弁済を免れることも、同様に、配当財団の増殖を不当に妨げることになり、 これを抑制する必要がある。典型例は、破産者に対する他人の債権の実価が低下したことを知りながらそれを安価に取得して相殺に供することであるが、これに限られない[19]。 なお、ここで「安価で取得した場合」を問題にしているのは、問題点を明瞭にするためであり、「安価に取得した」ことが相殺制限の要件になっているわけではない。

いずれについても、破産財団所属債権を不当に消滅させて自己の利益を図る行為(相殺)の不当性が問題にされるのである。

4.3 (2)の時期の相殺制限の趣旨

債務者が支払能力を欠くために、弁済期にある債務を、一般的かつ継続的に弁済することができない状態にあることを支払不能という。 このような状態にいたっても、債務者は、様々な手段を用いて生き延びようとする。弁済の猶予(その一形態としての手形のジャンプ)を依頼するのが、典型例である。 弁済期が到来している債権者及び弁済期が目前に迫っている債権者の全員から弁済の猶予が得られれば、支払不能の状態は解消されることになる。 しかし、債権者が即時の弁済を要求しつつ、資金調達のために短期間の猶予を与えること、あるいは法的措置をとることを控えるという意味での猶予を与えることは、支払不能状態の解消の効果をもつ猶予ではない。 また、弁済期が到来している債権者のうちの一部の者のみから猶予が与えられたのであれば、依然として支払不能の状態にあることになる。 さらに、債務者は、代金後払で購入した商品を現金取引で安価に転売して現金を調達したり、架空販売の代金債権を売却したり、架空債権を担保にして資金を調達して、一部の強硬な債権者あるいは手形債権者に弁済をすることもある。 このような不正常な形での資金調達により弁済期にある債務を弁済しても、それは一時しのぎにすぎず(調達した資金についての返済期が間もなく迫ってくる)、 反対の評価の余地はあろうが、このような不正常性な資金調達による弁済によっては支払不能状態は解消されないと見るべきである。

破産者の債務者による破産債権の取得(72条1項2号)
破産者となるべき者が支払停止には至っていないが、支払不能の状態(弁済期にある債務を一般的・継続的に弁済できない状態)にある時期に、 彼の債務者がそのことを知りながら彼に対する債権を取得して(通常は安価で取得して)相殺することは、 (3)の時期の場合と同様の理由により、許されない。

破産債権者による債務負担(71条1項2号)
破産債権者となるべき者が破産者となるべき者に対してこのような時期に債務を負担して、相殺することも、同様に許されるべきではない。 ただ、現在行われている様々な類型の金融取引の中には、このような時期に負担した債務との相殺を禁止したのでは、円滑な金融が阻害されるものもある。 そこで、この時期において負担した債務との相殺の禁止については、次のように要件が設定されている。

 要件1  破産者の支払不能後に破産債権者が次の類型の契約により破産者に対して債務を負担する場合のみが相殺禁止の対象となる。

  1. 財産処分契約  「専ら破産債権をもってする相殺に供する目的」(専相殺目的)で、債務者の財産を処分する契約を債務者と締結して債務を負担する場合。 代表例は、債権者が債務者の財産を買い取って、その代金債務と自己の債権とを相殺する場合である。これは、経済的には、代物弁済と同等であり、 この時期の代物弁済が否認の対象となるのと同様に(162条1項1号)、この種の相殺も制限されるべきである。 破産者と破産債権者との間の財産処分契約の内容は限定されておらず、売買契約による代金債務の負担のみならず、賃料債務の負担等も含まれ、 また、破産債権者が代金債務を負担して第三者が財産を取得する場合も含まれる。
  2. 債務引受契約  破産者に対する他者(以下「原債務者」という)の債務を引き受けることを内容とする契約を締結することにより破産者に対して債務を負担する場合。 代表例は、併存的債務引受である(民法470条)。免責的債務引受(民法472条)もこれに含まれる。保証債務の負担もこれに含まれると解すべきである。(α) 併存的債務引受の場合には、破産債権者は、破産者に対して負担した債務と破産者に対する債権を相殺し、その後に原債務者に求償をして、自己の破産債権を実質的に回収することができ、 他方において、破産財団は原債務者から弁済を得ることができなくなって、損失を被る。(β)免責的債務引受の場合には、別段の合意がなければ、 債務引受人は原債務者に対して求償権を取得しないが(民法472条の3)、これは次のような場合を想定しているからである。 すなわち、AのBに対する3000万円の債権の担保のためにB所有の5000万円の不動産上に抵当権が設定されている場合に、Cがその抵当債務を免責的に引き受けて不動産を2000万円で購入するという場合である。 CがAに対して3000万円の債権を有していると、Cは相殺により抵当債務を消滅させ、抵当権設定登記の抹消を得て、自働債権額3000万円を実質的に回収することができることになる。
      そして、他人の債務を引き受けるという取引は、頻繁になされるものではなく、慎重になされるべきものであるので、 1の場合と異なり、「専ら相殺に供する目的で債務を負担したこと」は、要件に組み入れられていない[8]。

 要件2  さらに、相殺が禁止されるためには、破産債権者が、上記2種の債務負担契約の当時、≪破産者となるべき者がすでに支払不能の状態にあったこと≫を知っていたことが必要である。

相殺禁止により金融取引の円滑な運行が阻害されないようにするために、上記の2つの要件が科されているので、次の場合には、71条1項2号によって相殺が禁止されることはない([小川*2004a]115頁以下参照)。

支払停止や破産手続開始申立て後の債権債務の対立の場合と比較して、破産者となるべき者が支払不能の状況にあるにすぎない段階での債権債務の対立の場合については、相殺制限の範囲が狭くなっているのは、 次のこと等を考慮した結果である([法務省*2002c2]176頁)。

71条1項の支払停止と支払不能
一般に、2条11項の支払不能は客観的状態であり、支払停止は「自己が支払不能の状態にあるとの債務者の認識を外部に表明する債務者の行為」と説明される。 それゆえ、支払停止には次の2つの面が認められる:(α)支払不能であるとは限らないという不確実性;(β)支払を停止した債務者の自己が支払不能の状態にあるとの認識は通常は正しく、 その認識が外部に表明されたことにより比較的短期間の内に多くの人が債務者の支払不能を知ることになるという外部表白性。破産法15条2項の推定は、この両者を考慮したものである。 これに対して、166条が支払停止のみを取り上げて支払不能を取り上げていないのは、不確実性を重視した結果であるとみることができる。

71条1項2号・3号に関しては、2号のそれには強い限定があるのに対し、3号の債務負担行為に限定がないのは、支払停止の外部表白性を重視した結果と見ることができる。 したがって、債務者のある行動が支払停止と評価できるためには、それが債務者あるいはその代表者によりなされ、比較的多くの者が認識できる行動又はこれに準ずる行動であることが必要であるとすべきであろう。 例えば、債務者が会社の場合には、経営上の意思決定に参画しない者による会社が支払不能であることの認識の表明は、支払停止に該当しないというべきである。 また、会社の代表者による支払不能の認識の表明であっても、特定の少数の債権者に対して内密になされたものは、その内密性が保たれている限り、他の債権者との関係では、支払停止に該当しないというべきである。

支払停止は迅速に公表するのがよい  債務者が倒産手続の開始を申し立てる意向を固めた場合には、できるだけ早く支払停止を公表する方がよい。 そうすることにより、債権者による相殺を制限することができるからである。例えば、銀行が債務者(倒産者)に対して貸付金債権を有している場合に、 支払停止前に債務者の預金口座に第三者が振り込みをしたことにより生ずる預金債権を受働債権とする相殺は原則的に制限されないが、支払停止後に振込みがなされたのであれば、 支払停止を銀行が振込前に了知している限り、相殺は制限されるからである。実務では、銀行取引が開始される時刻より前に(例えば朝4時に)ファックス等により、 破産債権者となりうる取引先に「支払を停止することにした。倒産手続開始を近々に申し立てる予定である」旨の文書を送付することもあるとのことである([神田=神作ほか*2013a]205頁(砂山晃一))。 相殺制限は、特に再建型手続が選択される場合に、再建資金の確保のために重要になるが、清算型手続が選択される場合であっても、債権者間の公平の確保のために重要なことであり、支払停止はできるだけ早くに公表することが望まれる。

ある年の9月15日に、 A社は、Y社に納入した原材料の代金債権についてY社を振出人とする1億円の約束手形を受け取った(支払期は同年10月25日である)。 その日の夜にA社の取締役であるPは、Y社に勤務する旧知のQから、内密の話として、Y社が支払不能の状況に陥っていることを知らされた。A社の取引先にB社があり、A社はB社から1億円の融資を受けていて、 その弁済期も同年10月25日である。B社はY社から製品を購入する立場にあり、Y社の財産状況についてはあまり注意を払っておらず、Y社が支払不能の状況にあることを知らずにいる。 A社は、B社がY社から1億円の商品を購入し、その代金債務の支払期も同年10月25日であることを9月16日に知った。

10月1日にY社について破産手続開始の申立てがなされ、10月20日に破産手続が開始されたとした場合に、次の2つのケースにおいて、 Y社の破産管財人Xは、B社に対する商品代金債権1億円(又はその相当額)を回収することができるか。

  • ケース1  9月18日に、A社は、Y社が支払不能の状況にあることを伏せて、B社に次の申出をした:B社がY社に対して負っている債務をA社が引受ける; A社の出捐により当該債務を消滅させた後でA社がB社に対して有することになる求償債権とB社のA社に対する貸金債権とを相殺する。B社がこれを了承し、A社とB社との間で、併存的債務引受契約書が作成され、 それが即日Y社に郵送された。10月25日に、A社はY社の破産管財人に対して、手形を呈示しながら、併存的に引き受けた債務と手形債権とを相殺する旨の意思表示をした。 A社は、そのことをただちにB社に通知し、これに関する一件書類の写しを交付するとともに、A社のB社に対する求償債権とB社のA社に対する貸金債権を対当額で相殺する旨の意思表示をした。
  • ケース2  9月18日に、A社は、Y社が支払不能の状況にあることを伏せて、自己の資金繰りが苦しいと述べながら、B社に次の申出をした: A社がB社に対して負っている債務の弁済のためにY社振出の手形を9950万円で譲渡し、その代金債権とB社のA社に対する債権とを相殺する;元本の差額50万円と利息は、10月15日に支払う; B社が手段を尽くしたにもかかわらず手形金を回収することができなかった場合には、取立不能の金額が確定した後に、その金額をA社がB社に補填する。 B社はこれを了承し、上記の趣旨を記載した念書を作成して、直ちに手形の裏書譲渡がなされた。10月25日に、B社はY社の破産管財人に対して、手形を呈示しながら、 代金債務と手形債権とを相殺する旨の意思表示をし、A社から先に合意した差額の50万円と利息を受け取った。

[ケース1のメモ] Y社が債務引受を承諾したか否かが明示されていないことに注意(民法470条3項参照)。 第1次的に承諾していないことを前提に答え、第2次的に承諾している場合はどうなるかを書くこと。

4.4 71条2項・72条2項

71条1項2号−4号・72条1項2号−4号の相殺禁止規定は、相手方の債務負担又は債権取得が次の原因に基づく場合には適用されない。相殺制度が濫用される可能性が低いからである。

相殺が禁止されない
債務負担/債権取得
の原因
根拠規定
破産債権者が債務を負担して相殺する場合(71条2項) 破産者の債務者が債権を取得して相殺する場合(72条2項)
法定の原因

1号

1号

支払不能に陥ったこと又は支払停止若しくは破産手続開始申立てがあったことを相殺者が知った時より前に生じた原因

2号

2号

破産手続開始の申立てがあった時より1年以上前に生じた原因

3号

3号

相殺者と破産者との間の契約

4号

法定の原因による債務負担(71条2項1号)・債権の取得(72条2項1号)
債務の負担  法定の原因による債務負担(71条2項1号)の代表例として、次のものがある:事務管理(民法697条)、 不当利得(民法703条以下)、相続による債務の承継(ただし、民法509条の適用のある不法行為債務は、相続によって承継されても相殺禁止対象のままである)。 債務者の財産的危機が生じた後にこれらの原因により負担した債務との相殺を許した理由は、自己の債権を回収することを目的として債務を負担したとはいえず、相殺権の濫用に至るおそれは少ないからであると説明される。

会社の合併も法定の原因に当たるとするのが多数説であり、吸収分割(会社法757条以下)あるいは新設分割(同762条以下。複数の会社がその一部を分割して新会社を設立する場合に限る)も同様である。 従来別の会社に属していた債権と債務とを相殺することができる。もっとも、破産における相殺権保護の根拠をその担保的機能の保護に求める立場から、 ≪合併は当事者の合意に基づき任意になされ得、債権回収の目的で意図的になされ得ることを考慮して、合併により負担した債務を受働債務とする相殺は許されるべきではない≫と批判されている。 しかし、合併が常にその目的でなされるわけではなかろう。合併が相殺制限を潜脱する目的でなされた場合については相殺を禁止するとしても、その他の場合については、71条2項1号の適用を認めてよいと思われる。

債権取得  72条2項1号の根拠も同様に説明される。なお、法定の原因の中には、破産者となるべき者の不法行為も含まれる。

72条2項1号については、同項4号との親近性を指摘してよいであろう。すなわち、破産者の債務者は、破産者の自己に対する債権を確実な責任財産として利用することができる立場にあり、 彼が破産者との契約により自働債権を取得するときには4号が適用され、法定の原因により債権を取得した場合には1号が適用される。

Aは、Yに対して50万円の債務を負っている。 Yについて破産手続開始の申立てがなされた後で、Yから強硬な取立てを受け、暴行を加えられて30万円の治療費を支出し、慰謝料60万円によって慰謝されるべき精神的損害を受けた。 その後にYについて破産手続が開始され、破産管財人がAに50万円の債権の支払を求めてきた。Aは、これを支払わなければならないか。Aは、自己の損害賠償請求権について、どうすべきか。

相殺制限の趣旨に照らした判断
法定の原因に基づく債権取得又は債務負担であれば、常に72条2項1号又は71条2項1号の適用があると解すべきではない。 同号の適用の有無は、最終的には相殺制限の趣旨に照らして判断されるべきである。

)事務管理としての代位弁済  破産者が第三者に対して負っている債務を破産者の債務者が代位弁済した場合に、これにより取得する債権を自働債権とする相殺が許されるかを考えてみよう。 その代位弁済が破産手続開始後に事務管理として弁済しても、これによる求償権自体は148条1項5号の財団債権にあたらないのはもちろん、 破産手続開始前に原因のある債権とも言えないので、破産債権にもならず、したがって、これを自働債権とする相殺は許されない(67条1項の要件を満たさない)。 また、この場合の弁済により代位した原債権を自働債権とする相殺は、破産法72条1項1号により許されない (結論同旨:名古屋高等裁判所昭和57年12月22日 民事第2部 判決(昭和57年(ネ)第101号。下請会社が孫請会社に対して負っていた請負代金債務を元請会社が下請会社の破産宣告後に孫請会社に支払った場合に、 その支払は事務管理として弁済したものであり、これにより元請会社は破産者に対して求償権を取得するが、 この求償権と元請会社が破産会社に対して負っていた請負代金債務とを相殺することは許されないとされた事例)。これを前提にすると、事務管理としての第三者弁済が破産手続開始前になされていたとしても、 相殺制限の趣旨に鑑みれば、この事務管理による求償権は72条2項1号に該当しないというべきである。

)148条1項5号が適用される性質の事務管理  他方、破産手続開始後になされたのであれば財団債権になるような性格の求償権をもたらす事務管理が破産手続開始前になされた場合には、 これによる求償権については、72条2項1号の適用を認めるべきである。 それに該当しない場合でも、同号の類推適用を認めてよい場合もあろうが、ともあれ、法定の原因に基づく債権であれば常に72条2項1号の適用があるというわけではない。

)敷金返還債務の負担  賃貸不動産の所有権を取得した者は、特段の合意がなければ、賃借人に対して敷金返還債務を負担することになる。 民法上、その債務負担を法定の原因による債務の負担というべきか否かは別として、71条・72条むの各2項1号の適用の有無は、相殺制限の趣旨に照らして判断されるべきである。

債権・債務の原因の発生時期(72条及び73条の各第2項2号・3号)
債権の取得あるいは債務の負担の原因が何であるか、原因がどの時点にあるかの判断は、民法その他の一般法を基礎にすることになるが、最終的な評価は、相殺制限の趣旨にしたがって、破産法71条・72条の視点からなされる。

)受託保証人の求償権については、民法459条に基づくものであるとする立場と、保証委託契約中の合意に基づくものであるとする立場があるが、いずれにせよ、求償権の原因の時期は、保証契約締結時である。

)委託を受けない保証無委託保証)は、債務者のための事務管理の一種であり、保証人の求償権は事務管理者の費用償還請求権の一種であるとするのが多数説である。 しかし、無委託保証には様々な類型があり、債務者のための事務管理であるとはいえないものもあるので、場合分けが必要である。

  1. 本人(債務者)の意思に反しない無委託保証が事務管理の性質を有することに問題はない。保証人の求償権の原因は462条1項であり、求償権の原因は、事務管理開始(保証契約締結)の時にある。 事務管理の一種であるので、本人(債務者)のために保証契約を締結した旨を遅滞なく本人通することが必要であり、本人に通知することを予定しない保証契約(内密の無委託保証契約)は、これに含まれない。
  2. 本人(債務者)の意思に反することが明瞭な無委託保証契約も許されるが、これは本人のための事務管理ではない。 保証債務を履行した保証人は、代位弁済がなされたことにより債務者が不当利得を得ることになるので、その返還を請求することができるとどまる。この不当利得返還請求権も「求償権」と呼ばれるが、 それは民法462条に基づくものではなく、703条である。求償権の原因の時期は、代位弁済をした無委託保証人が利得返還請求をするときである。
  3. 明瞭ではないが本人(債務者)の意思に反する無委託保証契約  民法702条3項は、「本人の意思に反して」事務管理がなされた場合の求償権を規定する。 この求償権の性質については見解の対立があるが、多数説は、本人の意思に明瞭に反する事務管理は許されないことを前提にして、 同項にいう「本人の意思に反して」は「本人の意思に反してすることが明瞭だとまではいえないが、なおその意思に反する場合」を指すと解し、この場合に開始された管理行為も事務管理の一種であると理解する。 民法462条2項についても、同様なことが妥当する。 これを前提にすると、明瞭ではないが本人の意思に反する無委託保証契約を履行した保証人の本人に対する求償権の原因の時期は、民法462条2項の解釈問題として決定される。 その選択肢として、保証契約締結時、保証契約履行時、保証債務の履行に要した費用の返還請求時が考えられるが、最後の選択肢をとるべきであろう。 この選択肢を採る場合には、2と3とを区別する必要はなくなる。

無委託保証契約の中には、(α)保証人が債権者から保証料を徴収してなされるものもある。このような無委託保証は、主債務者のための保証というより、 債権者のための保証であり、保証人にとっては、CDS(クレジット デフォルト スワップ)と同様に、被保証債権のリスクへの投資であり、自己の利益を増大するための営利行為である。 この種の無委託保証には、さらに、(β)保証契約の締結を内密にすることを予定しているものがある。 保証契約の締結を内密にすることを予定した無委託保証は、事務管理者の重要な義務である通知義務の不履行を予定しているのであるから、債務者のための事務管理であるということはできない。 したがって、(α)と(β)の要素を具えている無委託保証契約は、債務者のめの事務管とは言えず、その履行による求償権は、債務者の意思に明瞭に反する無委託保証の求償権と同様に扱うべきである。 (β)の要素を具えているだけで事務管理性を否定することができるかについては見解は分かれようが、事務管理性を否定すべきであろう。 他方、(α)の要素を具えているだけで事務管理性を否定することは困難と思われる。保証人が債務者に遅滞なく通知をして、 「保証委託をするつもりはないが、保証の中止を求めることはしない」と回答する場合もあり得るからである。他方、債務者が「保証は自己の意思に反すると」回答すれば、その無委託保証は事務管理性を喪失する。

72条2項4号について
破産者に対して債務を負担する者が破産者との間の契約(消費貸借契約や売買契約など)により債権を取得する場合には、これによって生じた債権との相殺は許される。なぜなら、この場合に、

  1. (許容性の根拠) 破産者の相手方は破産者の自己に対する債権を担保として破産者に信用を供与したとみることができ、この信用供与は先に根抵当権を得ている者の信用供与と同様に肯定的に評価してよい。 また、例えば破産者の債務者が破産者に物品を販売した場合について言えば、債務者が債権者(破産者)に担保となっている物品をもって代物弁済をすることに近似する[16]。
  2. (必要性の根拠) そして、この相殺が否定されると、経済的危機に陥った者の取引範囲がさらに減少し、破綻が一層近くなるからである。
  3. (付随的根拠) 不正常な契約(例えば破産者の財産の廉価売却)により取得された債権を自働債権とする相殺を恐れる必要はない。 なぜなら、自働債権の発生原因となった契約に否認原因がある場合には、その契約自体が否認される結果として自働債権が消滅して相殺も許されなくなるからである。

上記の根拠(a,b)から、4号の契約は、破産者が利益を得ることの対価として相手方が債権を取得する類型の契約であると言うことができる。 破産者の一般債権者から見れば、相殺の許容により、破産者の特定の財産が(相手方に対する債権)が一般債権者の満足に充てられるべき財産から特定の者(相手方)の満足にのみ用いられる財産になるのであるが、 その責任財産性の変更(相手方の自働債権の取得)に関連して破産者となるべき者が利益を得て、その一般財産を増強することができたという関係にあるから、責任財産性の変更を甘受すべき立場にある、と説明することができる。 典型例は、売買や消費貸借のような有償契約である。この場合には、相手方が破産者に利益を与えることの対価として債権(自働債権)を取得しており、4号の規定の趣旨が最もよく妥当する。 

自働債権が贈与契約から生ずる場合  では、破産者が贈与者となる贈与契約は、4号の適用範囲外であるとすべきであろうか。見解は分かれよう。 ()72条2項4号の根拠について前述したことからすれば、72条1項各号に該当する破産債権が贈与契約その他の無償行為あるいはこれと同視すべき有償行為から生ずる場合には、同条2項4号の適用を否定すべきである。 しかし、()その趣旨の明文の規定がないこと、72条1項各号に該当する破産債権が贈与契約から生ずる場合には、通常は、その贈与契約自体が否認権行使により効力を失い、 自働債権になりえないとしてよく(72条2項4号の契約に該当することは、その契約の否認を妨げないと解すべきである)、前述の問題は否認の問題として解決すべきである。

72条1項2号に該当する破産債権を生じさせる贈与契約が160条3項の無償否認の対象になるとは限らないことを考慮すると迷うことになるが、 その契約が無償否認の対象にならなくても、贈与契約が贈与者の支払不能後になされ、相手方がその支払不能を認識している場合(72条1項2号の場合)には、故意否認(160条1項1号)の対象になるであろうから、 B説を支持すべきであろう。72条2項4号の根拠についての前述の説明は、B説から導かれる結論を正当化する実質的根拠になる。

破産者を保証人とする保証契約
上記のことは、破産者を保証人とする保証契約にも基本的に妥当する。Hに対して債務を負っているGがSに融資をするにあたって、Hが保証人になり、GがHに対して保証債権を取得し、 その後にHが破産手続開始決定を受けたとしよう。G・H間の保証契約が否認されれば、Gは、保証債権をもってHに対する債務と相殺することはできない。 他方、保証契約が否認されなければ、その相殺が可能になる。有償の保証契約と無償の保証契約とに分けて、実質的な理由付けを検討しておこう。
有償の保証契約の場合  この場合には、保証料がGから支払われるか、保証委託者であるSから支払われるかにかかわらず、保証契約は無償行為ではなく、 無償否認の対象にはならならず、Gは、破産者Hに対する保証債権とHに対する債務とを相殺することができるとしてよい。その実質的な理由は、次の点にある。(1)主債務者Sに支払能力がある限り、 上記の相殺を許しても、保証人HのGに対する債権が主Sに対する求償権に転化するだけであり、それに伴い若干のコストが生じても、それは保証料で償われよう。 他方、(2)主債務者Sも支払能力を喪失している場合には、当該保証契約のみをみれば、保証債務の金額に応じた利益(保証料)を得ているとは言い難い。 しかし、破産者Hが保証料を得て債務保証を行うことを業務の一部としていて、業務として成立するだけの保証料を得ている場合には、 全体としてみれば、少数の案件における求償債権の回収不能による損失を上回る保証料を獲得していると考えることができ、また、保証業務の予見可能性を高める必要もあるので、この相殺は許容すべきである。

a')民事訴訟規則29条等が規定する支払保証委託契約(第三者のための契約)により相手方が取得する支払請求権についても、 その保証委託契約が業務として成立するだけの対価を得てなされるものである限り、実質的な利害関係が同様であることに鑑みれば、4号を類推適用してよい。

)保証料を得ていない場合でも、求償権のために主債務者Sの財産上に担保権が設定されているときには(SがHに保証を委託していることが前提になる)、 その担保権の実行によりHが求償金を回収できる範囲内では、Gが保証債権をもってHに対する債務と相殺することを許容してよい。 もっとも、Hの求償権額をどのように定めるかについて、議論が必要になろう[20]。

)無償の保証契約でかつ求償権のための担保権が設定されていない場合には、その保証契約は無償否認の対象になる。 否認されれば、自働債権になるべき保証債権は発生せず、相殺の余地はない。この結論の実質的理由は、次のようになる。 (1)もし、保証債務の履行が必要ないほどに主債務者Sに資力があるのであれば、GはSに債務の履行を求めれば足りる。 (2)保証債務の履行が必要になるほどにSの資力が乏しい場合には、Gが保証債権をもって相殺することは、HのGに対する債権をHのSに対する置き換える結果をもたらすが、 72条1項各号に該当する保証債権を通じてその置き換えを招来することは許されるべきでない。

Xは破産者Yの債務者である。次のような事実経過の場合に、

2006.3.1 Yが支払停止
2006.3.3 XがYの支払停止を知る
2006.3.4 Xが第三者からYに対する債権を取得する
2007.6.1 Yについて破産手続開始の申立てがなされ、その後破産手続が開始される

Xは、Yに対して負っている債務とYに対する債権とを相殺することができるか?

Xは、Yに建物の建築工事を注文した。建物が完成し、未払の工事代金10億円の弁済期が6か月後に迫っている。 しかし、建築請負契約を締結したのがバブル期で、今考えると約定の工事代金額もずいぶん高かったし、完成間近の建物にもいろいろ不満があり、Xは、工事代金を3億円ほど減額させてやりたいと考えている。 そんなとき、Yの取引先が倒産し、これに連鎖してYの資金繰りが非常に苦しくなり、弁済期にある大口の債務を支払うことができない状況に立ち至った。 Yは、15日後に迫った7億円の手形の弁済資金の調達に苦慮し、Xに期限前の支払を依頼したが断られた。 逆に、Xから、Xの商品を代金後払で売ってやるから、それをXが紹介するいくつかの業者に転売して資金を調達したらどうかと提案された。 せっぱ詰まっていたYは、Xの提示する価格が少々高いことは認識していたが、信用力がない以上仕方ないと考え、それに応ずることにし、当該商品を10億円分購入した。 しかし、売り急いだために、6億5000万円でしか売れなかった。こうした無理な資金調達をいくつか重ねて、Yの財務状態は一層悪化し、結局、破産手続が開始された。 それは、XのYに対する債務の弁済期の日のことであった。 破産管財人がXに対して10億円の代金の支払を求めたところ、Xは、売掛代金債権と相殺すると抗弁した。

 次の2つの問いに答えなさい。なお、詐欺の点については検討しなくてもよい。

 (1)YがXから購入した商品の相場価格が、購入時点において10億円であった場合に、相殺は認められるか。

 (2)その価格が7億円であった場合はどうか。(XY間の売買について詐欺は成立しないものとする)


ヒント: 小問2は、XY間の売買契約を否認することができるかどうかが、ポイントである。 否認権の成否の判断に必要な情報は書いたつもりであり、否認制度の趣旨を説明し、要件が充足するかどうかを検討すること。 いずれに判断してもよいが、反対の判断もありうるので(率直に言えば、その判断が出題者の判断と違っている場合には採点が非常にしにくくなるので)、 「もし、この点について反対の結論をとるのであれば、72条2項4号の要件は***ので、Xの相殺は、***」と付記しておくこと。

財産的危機の認識前の原因に基づく債務負担(71条2項2号)−−振込指定を例にして
債権回収を確実にする一つの方法として、債権者である銀行に開設された債務者の口座への振込みが合意される場合がある。その合意後に支払停止または破産手続開始の申立てがあり、 その後に振込みがあった場合に、 破産手続開始後に銀行が預金債務を貸付金債権と相殺することが71条2項2・3号( 旧破産法104条2号ただし書)に該当するか否かが問題となる。

       住宅取得のための
国鉄職員←────貸付金債権─────銀行
  |   口座振込みにより生じた   △
  | ─────預金債権─────→ | 
  |                 |
  |                 |
退職金債権               |
  |                 |
  ↓    職員の破産申立て後に   |
 国鉄───────口座振込──────┘

旧法下の事件であるが、ある国鉄職員が銀行から住宅資金を借り受けるにあたって、 その職員が将来退職したときに支払われる退職金が貸付銀行に開設された国鉄職員の預金口座に振り込まれることが3者(銀行・職員・使用者である国鉄)間で合意された。 その後、その国鉄職員は破産申立てをなすに至り、申立て後に退職し、退職金は合意どおり職員の預金口座に振り込まれ、その翌日に破産決定が下された。 破産管財人が銀行に対し預金の払戻しを請求したのに対し、銀行は住宅貸付金債権との相殺を主張した。

この相殺が、旧104条2号ただし書(現71条2項2号)の場合に当たるかが争われた。 名古屋地判昭和55年6月9日・判例時報997号144頁(およびこれを支持した控訴審判決・名古屋高判昭和58年3月31日判例時報1077号79頁)は、 貸付けの時になされた振込指定が、支払停止前・破産申立て前の債務負担原因に当たるとして、相殺を認めた。

このような振込指定の合意(破産者とその債務者と破産債権者の三者間の合意)を「強い振込指定の合意」という。このような合意が71条2項2号・3号にいう「債務負担の原因」の原因に当たるかについては、 学説は肯定説と否定説とに分かれ、肯定説が現時の多数説である[9]。

しかし、(α)上記の例において、国鉄が破産者の委託を受けて破産者の銀行に対する債務の弁済として退職金を銀行に支払えば、これは否認権の問題となり、 融資当時にそのような弁済方法の合意がなされていても(かつ、退職時に破産者が改めて自由な意思に基づいてその履行に同意しても)、 否認権の行使は妨げられない(最高裁判所 平成2年7月19日 第1小法廷 判決(昭和62年(オ)第1083号))こととのバランスを考慮すると、この結論には疑問を感ずる。 (β)振込指定の合意の対象となった債権について他の債権者により差押えがなされた場合には、振込みはなされないので、振込指定の合意の担保的機能は、もともと弱いものであるから、 振込指定の合意は71条2項にいう債務負担の「原因」にはあたらないとの見解([霜島*倒産] 279頁以下)に賛成すべきである。(γ)将来の退職金債権を担保にとって融資するのであれば、質権設定の方法によるべきである[10]。

合意内容 判例による処理
強い振込み指定の合意 破産者の債務者が破産者への弁済の方法として破産者に対して債権を有する銀行の預金口座に将来の弁済金を振込むことを3者間で合意する 債務負担は相殺制限に服しない(合意は、71条2項2号の原因に当たる)。

名古屋地判昭和55年6月9日・判例時報997号144頁。
弁済委託の合意 破産者の債務者が将来の弁済金を破産者の債権者への弁済金として当該債権者に支払うことを3者間で合意する 弁済は否認権に服する。

最高裁判所 平成2年7月19日 第1小法廷 判決(昭和62年(オ)第1083号)

4.3 (5)の相殺の禁止(71条1項1号・72条1項1号)

71条1項1号
(5)の時期の相殺制限の根拠は、71条1項1号については、次のように説明することができる。

72条1項1号
72条1項1号の実質根拠も、基本的には71条1項1号と同じである。しかし、規定の文言が「破産手続開始後に破産債権を取得したとき」ではなく、「破産手続開始後に他人の破産債権を取得したとき」となっているのは、 次の理由による。67条の規定により相殺をなし得るのは、破産債権者である。破産債権は、破産手続開始前に原因があれば足り、破産手続開始後に発生することもありうる。 したがって、破産手続開始後に発生した破産債権を有する者も、破産手続開始当時に破産者に対して債務を負担している限り、相殺の可能性はある。 しかし、破産手続開始後に他人の破産債権を取得した者についてまで相殺を許すべきではないので、72条1項1号はこの点を明示した。 なお、破産手続開始後の原因に基づいて破産者に対する債権が発生しても、それは破産債権とならず、 これを自働債権とし財団所属債権を受働債権とする相殺は、許されない(67条の要件を満たさない)[21]。

 

対抗力  破産手続開始前に破産債権を譲り受けていた場合でも、譲受人が相殺をするためには債務者に対して自己が債権者であることを主張できることが必要であり、 破産手続開始の時点で主張できるようになっていることが必要である。したがって、指名債権については、債務者に対する対抗要件(民法467条1項)を具備していることが必要である (旧商法の下での特別清算の事件に関するものであるが、東京地方裁判所 昭和37年6月18日 民事第25部 判決(昭和36年(ワ)第8822号)、[中島*2007a]409頁)。 債務者以外の第三者との関係でも対抗力を得ておく必要があるかについては、必要説と不要説の2つが考えられる。(α)相殺により破産財団に属する財産が減少すること、 他の破産債権者は破産手続開始の時から破産財団所属財産から割合的満足を得ることについて強い利害関係を有することを考慮すると、破産債権者は民法467条2項にいう「第三者」に該当すると考える余地があり、 そのように考えれば必要説にも一理ある。しかし、(β)相殺に担保的機能があるのは確かであるが、 特定財産上の担保権(特に、自働債権を被担保債権として受働債権上に設定される質権)そのものではなく、要件や効果に差異があること、自働債権が債務者に対して直接発生する場合に、 その発生について確定日附が要求されているのではないこと等を考慮すると、不要説をとるべきであろう(竹下守夫・ジュリスト320号11頁以下が詳し理由を付して、不要説を主張している)。

債権の発生原因 相殺の可否
破産手続開始前に原因のある債権=破産債権 破産手続開始後に他人の破産債権を取得 ×(72条1項1号)
破産手続開始後に破産債権者と破産者の間で直接に成立 ○ (ただし、72条1項1号が類推適用される場合もあり、その場合には、×)
破産手続開始後に原因のある債権=破産債権でない ×(67条の要件を満たさない)

配当金請求権を自働債権とする相殺
72条1項1号により破産債権を自働債権とする相殺が禁止されている場合でも、その破産債権に配当すべき金額が確定した後では、その配当金支払請求権をもって相殺することは許される[17]。 その相殺は、他の債権者との公平を害しないからである(配当金は、他の債権者と公平に配当財団から債権額に応じて分配される金銭であり、その配当金の支払請求権をもってする相殺は、他の債権者との公平を害することはない)。 このことは、72条1項の他の相殺制限に服する破産債権についても妥当する。

保証人の求償権
これについては、(a)委託を受けた保証人(受託保証人)と(b)委託を受けていない保証人(無委託保証人)とに分けて考える方がよい。

)受託保証人  主債務者が破産する前に彼から委託を受けて保証人となった者については、彼が将来取得することになる求償権は、事前求償権であれ、事後求償権であれ、 主債務者の破産手続開始前に締結された保証委託契約に原因があると考えるべきであり、したがって、破産手続開始後であっても、保証人は、求償権行使の要件が備わった時点で、それと破産財団所属の自己に対する債権とを相殺することができる。

)無委託保証人  無委託保証人については、事後求償権のみが問題となる。相殺の許否の前提問題として、保証人が主債務者の破産手続開始後に弁済することにより生ずる事後求償権も、保証契約に原因があり、 したがって1条5項で定義された破産債権であると言うべきかが問題となるので、この点も含めて見解を分類することにしよう。 議論の対象になっているのは、(1)銀行が債権者から保証料を徴収して主債務者に内密に保証する保証契約あり、見解は次のように分かれる。

  1. 保証契約の時に原因のある債権として、破産債権性を肯定した上で、
    1. 67条により相殺を許容し、72条1項1号の類推適用を否定し、相殺を肯定する見解  大阪地方裁判所 平成20年10月31日 判決(平成19年(ワ)第6131号)及び控訴審の大阪高等裁判所 平成21年5月27日 第7民事部 判決(平成20年(ネ)第2971号)
    2. 72条1項1号を類推適用して、相殺を否定する見解  上告審の最高裁判所 平成24年5月28日 第2小法廷 判決(平成21年(受)第1567号)
  2. 保証契約の時ではなく、保証債務を履行の時に原因のある債権(あるいは保証債務の履行により主債務者に生ずる利得の返還請求の時に原因のある債権)であると見て、求償権の破産債権性を否定し、 67条の要件を満たさないから相殺は許されないとする見解  上告人の主張。私見は、これに賛成する([栗田*2010c]65頁以下)[18]。

最高裁判所 平成24年5月28日 第2小法廷 判決(平成21年(受)第1567号)は、破産債権性を肯定した上で、次のように説示して、72条1項1号を類推適用して、相殺を否定した: 「無委託保証人が上記の求償権を自働債権としてする相殺は,破産手続開始後に,破産者の意思に基づくことなく破産手続上破産債権を行使する者が入れ替わった結果相殺適状が生ずる点において, 破産者に対して債務を負担する者が,破産手続開始後に他人の債権を譲り受けて相殺適状を作出した上同債権を自働債権としてする相殺に類似し, 破産債権についての債権者の公平・平等な扱いを基本原則とする破産手続上許容し難い点において,破産法72条1項1号が禁ずる相殺と異なるところはない」。

この問題にとって最も重要なのは、主債務者が関知しない(民法699条の通知をすることすら予定されていない)保証契約の履行により生ずる無委託保証人の事後求償権 (主債務者の破産手続開始後に代位弁済したことにより生ずる求償権)をもって破産財団所属債権と相殺することにより主債務者の責任財産を減少させることを破産手続との関係で許してよいかという政策論である。 破産債権性を肯定するか否かは、その政策論の法的表現にすぎないと言うのは言い過ぎであるが(代位取得した原債権が消滅時効にかかる場合に再度問題となるが)、相殺の問題との関係での実際上の役割は、その点にある。 前記最判事件の原告が、破産債権性否定論により相殺は許されるべきでないとの政策論を展開し、最高裁からその結論の是認を獲得したことは、高く評価すべきである。

 ()上記(1)の無委託保証は、CDSと同様に、保証人の投資活動としての無委託保証ということができる。 これに該当しない無委託保証で、保証契約締結後に主債務者に遅滞なく通知し、主債務者のための事務管理と評価することができるものについては、議論はまだ十分になされていない。 多くの者は、その様な類型の無委託保証に言及しない。しかし、投資活動としての無委託保証と事務管理と評価することのできる無委託保証とは区別すべきである。 後者にあっては、事務管理として保証契約が締結された時(ただし主債務者に遅滞なく通知されることを条件にする)に事後求償権の原因があり、これを自働債権とする相殺は72条1項1号の制限に服さないと解すべきである。

連帯債務者の求償権
連帯債務者については事前求償権は問題とならず、事後求償権のみが問題となる。連帯債務者の一人について破産手続が開始され、他の連帯債務者が連帯債務を弁済した場合に、 これによる求償権を自働債権とする相殺は許されるかを見ておこう。求償権の原因は、共同債務関係の成立の時点にあると考えられるので[14]、 それが破産手続開始申立て前である限り、(α)破産手続開始申立てがあったことを知った後の弁済により求償権を取得した場合でも、これを自働債権とする相殺が72条1項4号により禁止されることはない。 また、(β)破産手続開始後の全額弁済による求償権を自働債権とする相殺については、 求償権自体は72条1項1号にいう「他人の破産債権」ではないので、同号により相殺が禁止されることはないと解すべきである[3]。

民事再生手続との比較 − 何時までに相殺適状に達していることが必要か
民事再生法は、再生計画を立てて債務者の事業を再生するという目的をよりよく実現するために、再生計画に影響されることなく相殺することができる時期的制限として、 「債権届出期間の満了前に相殺に適するようになった」ことを要件としている(92条1項)。 しかも、民事再生手続の開始は、再生債務者が負っている債務の期限の利益の喪失事由とはされていない(破産法103条3項に相当する規定は民事再生法になく、民法137条1号・460条1号の適用もない)。 このことは、再生債務者に対して期限付債権、停止条件付債権、将来の債権を有する者が再生債務者に対して債務を負っている場合の相殺に大きく影響する。

例えば、Xに対してA・Bが連帯債務を負っていて(負担部分は平等とする)、BがAに対して債務を負っている場合に、Aについて倒産手続が開始された後で、 BがXに弁済をすることによりAに対して取得する求償権を自働債権としてAに対する債務と相殺しようと思えば、その倒産手続が

  1. 民事再生手続のときには、再生債権届出期間の満了までにXに債務を弁済して求償権を発生させ、かつ、再生債務者等(民事再生法2条2号)に対して相殺の意思表示をしなければならない。
  2. 破産手続のときには、受働債権を弁済する前に(破産管財人から受働債権の給付の訴えを提起された場合には、事実審の口頭弁論終結の前に)Xに債務を弁済して、破産管財人に対して相殺の意思表示をすれば足りる。

しかし、こうした結果の差異を正当化するだけの違い(手続目的の違い)が両手続間にあるかと言えば疑問である。 確かに民事再生手続では再生計画の立案を容易にするために財産関係を早期に確定する必要はあるが、争いのある再生債権は最終的には訴訟により確定されるのであり、債権届出期間の満了時に確定しているわけではない。 そうした不確定な状況のもとで再生計画は立案されるのであるから、債権届出期間の満了後に相殺適状に達する場合でも、 再生債権者が債権届出の時点で相殺の予定があることを届け出れば、相殺を許容することも一つの立法的選択肢になる。相殺の担保的機能が倒産手続によって大きく異なるのは適当とは思われず、立法論としてはこの選択肢を採用すべきと考えたい。

4.4 預金保険法による特則

決済業務を行う金融機関について破産手続が開始された場合でも、金融機関を通じての決済の重要性を考慮すると、当該金融機関が決済業務を引き続き行うことが必要な場合がある。 そのため、預金保険機構は、預金保険金の合計額の範囲で、決済資金を当該金融機関に貸し付けることができるとされている(預金保険法69条の3第1項)。

そして、決済債務を負担する金融機関及び決済債権者(当該金融機関に他の決済債務を負っている金融機関)が、 相互に負担する決済債務を継続的に相殺することによりその全部又は一部を消滅させることを内容とする契約を当該金融機関に係る保険事故が発生する前に締結している場合には、 破産法71条・72条の相殺制限を乗り越えてこの契約から生ずる相殺期待を保護すべきであるとの政策的判断にたって、 当該契約の対象となる決済債務が当該金融機関に係る支払不能等(支払不能、支払の停止又は破産手続開始等の申立て)より後に生じたときでも、 預金保険機構による前記貸付決定がなされたときは、当該決済債権者は、破産法71条及び72条 の規定にかかわらず、次の決済債務について相殺をすることができるとされている(同法69条の4)。

α)自働債権(破産債権)に対応する債務 β)受働債権(財団所属債権)に対応する債務
1 当該支払不能等より前に生じた決済債務 当該支払不能等から当該支払不能等に係る破産手続開始決定までの間に生じた当該金融機関に対して負担する決済債務又は当該破産手続開始決定より後に生じた当該金融機関に対して負担する決済債務
2 当該支払不能等より後に生じた決済債務 当該金融機関に対して負担する決済債務

5 相殺権の行使


5.1 破産債権者からの相殺

相殺の意思表示
相殺権を有する破産債権者は、破産手続によらずに相殺することができる。すなわち、破産債権者が相殺の意思表示を破産管財人に対してすれば、それだけで相殺の効果が生ずる。 もっとも、破産管財人が相殺の効力を争わないという意味で、彼による承認を観念することができる。破産管財人が相殺を承認するか否かについて、 裁判所の許可は、原則として不要である(78条2項に相殺が挙げられていない。 同項15号により許可が必要であると指定されれば別であるが、その場合でも相殺の効力自体は影響を受けない。 その場合に、不許可は、相殺の効力を争って、受働債権たる破産財団所属債権を取り立てるべきことを意味し、通常は、その債権についての訴え提起の許可をともなうことになる)[CL4]。

有価証券上の債権を受働債権とする相殺
流通性のある有価証券(金融債券など)の債務者は、有価証券の呈示があるまで誰が現在の債権者であるかを知らないのが本来である。 したがって、当該有価証券の権利者に対してたまたま債権を有していても、相殺の期待をもたないのが通常である。 他方、債権者から有価証券を預かれば、債権者が固定されるので、その債権者を相手方とする相殺の期待が高まる。 そこで、有価証券上の債権の債務者が相殺をなすのに有価証券の占有が必要か否かの問題が生じ、見解が分かれる。

  1. 占有不要説  有価証券上の債権の請求に有価証券の呈示を要するのは,債務者に二重払の危険を免れさせるためであるから, 有価証券に表章された金銭債権の債務者が,自ら二重払の危険を甘受して相殺をすることは妨げられないとする見解(最高裁判所 平成13年12月18日 第3小法廷 判決(平成10年(オ)第730号))。
  2. 占有必要説  有価証券上の債権を受働債権とする相殺は有価証券の所持人に対抗することができず, したがって,自働債権の債権者が有価証券の占有を取得するまでは,その表章する債権を受働債権とする相殺によって自己の債権の回収を図ることは認められない(前記最判の原審)。

権利濫用法理による相殺権行使の制限
相殺権の行使も、権利濫用禁止の法理や信義則による制限に服す。破産債権者による相殺権の行使は、自働債権の優先的回収になるので、それが破産債権者全体の公平を著しく害すると評価できる範囲では、 当該自働債権を破産債権として行使する(配当を受ける)ことは許容されても、相殺は許されないとされることがある。例:

5.2 破産管財人からの相殺(102条

破産管財人からの相殺は、破産財団を減少させることになるので、原則として許されない。しかし、破産財団に属する債権をもって破産債権と相殺することが破産債権者の一般の利益に適合するときは、 裁判所の許可を得て、その相殺をすることができる(102条)。これについては、後述する。

5.3 破産管財人の催告権(73条

破産手続を円滑に進めるためには、債権債務関係を迅速に確定することが便宜にかなう。相殺をもって対抗される可能性のある債権については、破産管財人も本格的な権利行使に着手しにくく、 その結果、配当財団の形成が遅れ、破産手続の円滑な進行が害されることになる。そこで、破産管財人は、破産債権の調査をするための期間が経過し、または期日が終了した後は、 相殺権を有する破産債権者に対し、1月以上の期間を定め、その期間内に当該破産債権をもって相殺をするかどうかを確答すべき旨を催告することができる(73条1項)。確答をしないときは、破産債権者は、 破産手続との関係においては、相殺の効力を主張することができない(73条2項)。

破産財団所属債権に期限が付されている場合に、破産債権者は、期限の利益を放棄して相殺することもできるが、ただ、その場合にまで相殺するか否かの決断を迫るのは適当ではなく、 また破産管財人としても取立てはできず、取立て行為を始める準備として破産債権者の相殺の意思の有無を確認する必要はないので、この催告は許されない。 財団所属債権tが停止条件付債権や将来の請求権である場合 についても、同様である(条件が成就して取立てが可能になってから催告することができる)([法務省*2002c2]174頁)。

催告にあたっては、破産管財人は受働債権となるべき債権の内容を明確にすべきであり、受働債権を明確にしない催告は無効と解すべきである。破産債権者は、必要であれば、 当該債権の発生について資料の提示を求めることができると解すべきである。

相殺の意思表示には条件や期限を付すことはできないので(民法506条1項ただし書)、破産手続の関係において相殺の効力を主張することができるのは、 「相殺する」という確答がなされる場合に限られる([小川*2004a]121頁)。この処理は、(α)受働債権の存否及び額について破産管財人と破産債権者との間で争いがない場合には、正当である。 他方、(β)その点について争いがある場合には、権利関係の処理を工夫する必要があろう。例えば、破産債権者が、破産管財人主張の債権を存在しないので相殺しないと回答した場合に、 もはや相殺は許されないとすると、破産管財人からの履行請求訴訟において受訴裁判所が当該債権の存在を認めると、破産債権者は、自己の債務は全部履行しなければならないのに、 自己の債権については比例的満足しか受けられないという事態に追い込まれる。73条の催告制度は、権利関係の早期確定を意図してはいるが、破産債権者をこのような状況に追い込むことまで意図しているとは思われない。

この問題の解決の選択肢として、次のことが考えられる。

  1. 権利関係の早期確定の要請と破産債権者の利益との調和として、催告を受けた破産債権者は、回答期限内に破産管財人にその主張債権を争う旨を回答し、それについて債務不存在確認の訴えを提起すれば、 相殺をなす権利をなお保持することができる(当該訴訟において予備的に相殺の抗弁を提出することができる)との解決
  2. 破産管財人が主張する受働債権を争う理由を明らかにし、破産管財人からの支払請求訴訟において予備的相殺の抗弁を提出する旨を回答すれば足りるとの解決。

破産管財人が主張する受働債権の存否を確定させる訴訟の提訴責任を破産債権者に負わせることは、抗争の真剣さを示させるのに有用である。破産管財人に提訴責任を負わせても、 破産管財人が自働債権の存在を認めている場合には、自働債権により相殺される範囲では、いずれにせよ破産管財人は敗訴することになるのであるから、破産管財人は訴えの提起に乗り気になれない。 こうしたことを考慮すると、破産債権者に提訴責任を負わせる解決(A)が適当であろう。

5.4 破産者が相殺権を有する場合の保証人・連帯債務者の地位

平成29年民法改正前  主債務者が相殺権を有する場合に、民法旧457条2項は、「保証人は、主たる債務者の債権による相殺をもって債権者に対抗することができる」と規定していた。旧436条2項はある連帯債務者が相殺権を有する場合に、その者の負担部分についてのみ他の連帯債務者は「相殺を援用することができる」と規定していた。そこで、破産者の保証人あるいは連帯債務者は、破産債権者からの請求に対して、 破産財団所属債権による相殺をもって対抗することができるかが問題となり、争いがあった。

 ()大判昭和7・8・29民集11−2385は、破産管財人も相殺をなし得ることを前提にして、破産者の連帯保証人も相殺をなしうるとした。

 ()大阪高判昭和52年4月14日判例タイムズ357号258頁は、次の2つの理由により相殺権を援用できないとした。

保証人が財団所属債権を自働債権として破産債権と相殺することが認められないのは、おそらく前記大阪高判が説くとおりであろう[28]。

平成29年民法改正後  平成29年改正では、主債務者が債権者に対して相殺権を有する場合には、≪保証人は、主債務者がその債務を免れるべき限度において、主債務の履行を拒絶することができる≫と規定された(新457条3項。連帯債務者についても、相殺援用から履行拒絶に変更された(新439条2項))。この内容の規定であれば、主債務者等の破産の場合に、そのまま適用することができよう。破産債権者が主債務者の対する債務と相殺することなく受働債務を履行し、自働債権について配当を得た後で、債権者が保証人に対して自働債権(被保証債権)の残額について保証債務の履行を求めた場合でも、保証人はなお保証債務の履行を拒絶することができる(一時的な履行拒絶ではなく永続的な履行拒絶である。実質的にみれば、保証債務の消滅に等しい)。

なお、新439条2項も主債務者(破産者)が債権者に対して相殺権を有することを要件としており、破産財団所属債権の履行期が未到来である場合には、破産債権者からの相殺は可能であっても破産者からの相殺は可能でないという状況が生じうることに注意しなければならない。この場合には、破産債権者からの相殺がなければ、次のようになる:破産債権者Gが保証人Hに履行を求め、Hが保証債務を履行し、Hは破産者Sに対して求償権及び原債権を取得する;保証人は、これを破産債権として行使して比例的満足を得るにとどまる;他方、破産管財人は、SのGに対する債権の履行期が到来した後で、その履行を得る。

上記の結果は、破産債権者が相殺をしていた場合と比較すると、保証人にとってはなはだ不利である。保証人は、これを避けるために、保証契約において、≪債権者が相殺により被保証債権を回収することができる場合には、保証人は保証債務の履行を拒むことができる≫といった趣旨の特約を入れておくべきである。


練習問題


次の事項を簡単に説明しなさい。


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Author: 栗田隆
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1996年 11月14日−2005年7月12日−2020年8月19日