関西大学法学部教授 栗田 隆

破産法学習ノート2「相殺権」の注


注1  破産法100条の解釈として破産者の任意弁済をも否定する立場では、この相殺も無効となろう。

注2  旧法下では、破産財団との関係でも賃貸借契約が双務契約性を維持することができるように、賃借人が破産債権者である場合に、彼の破産債権と賃料債権との相殺が制限されていた(旧法63条103条参照)。しかし、こうした賃料債権の処分の制限は、将来の賃料債権を担保とした資金調達を困難とし、現在の金融取引の実情にそぐわないとの理由で、現破産法では廃止された。

注3  最高裁判所平成10年4月14日第3小法廷判決(平成6年(オ)第2137号)は、旧和議事件に関してであるが、連帯債務者の一人について和議認可決定が確定した場合において、和議開始決定後の弁済により右連帯債務者に対して求償権を取得した他の連帯債務者は、債権者が全額の弁済を受けたときに限り、右弁済によって取得する債権者の和議債権(和議条件により変更されたもの)の限度で右求償権を行使することができ、その限度で和議債務者に対する債務との相殺もなしうると判示している。この趣旨が破産手続に及ぶと考えるべきか否かは迷うところであるが、この判旨は再建型の和議手続に関するものであり、清算型の破産手続には及ばないと解してよいであろう。

注4  いつかは明け渡しがなされるという意味で不確定期限付債権と位置づけることもできるが、返還されるべき金額がゼロになることもあり得るので、停止条件付債権として扱われる。

注5  将来の賃料債権が譲渡された場合の賃貸人と賃借人と賃料債権譲受人の関係は、必ずしも明瞭ではないが、賃貸人の地位自体が譲渡されたわけではないから、賃貸人は、依然として賃貸借契約の当事者である。3者間で別段の合意がなされなければ、

要するに、将来の賃料債権の譲受人は、賃貸人と賃借人間の法律関係に依存する賃料債権を譲り受けたと見るべきである。譲受人は、このことを前提にして、賃料債権の消滅、減額さらには増額の場合に債権の譲渡人である賃貸人との法律関係をどのようにするかを予め約定しておくべきである。上記と同様なことは、双務契約から生ずる債権の譲渡について一般的に妥当する。

注6  「寄託請求」と「弁済に解除条件を付すこと」とは、概念的には別個のことであると構成する余地もあるが、法律構成の単純化のために、本文のように解してよい。寄託請求の中に弁済を解除条件付とする意思が含まれていると見ることは困難であるというのであれば、寄託請求の効果としてそれ以降の弁済には解除条件が付されたというべきである(どちらの表現でも、意味するところは同じである)。

注7  同様な方向の先例として、最高裁判所 平成13年12月18日 第3小法廷 判決(平成10年(オ)第730号)を挙げることができる。これは、破産者が破産債権者たる銀行に対して当該銀行が発行した有価証券を担保に供与した場合に,破産管財人が否認権を行使して担保供与物の価額の償還等を求めたところ,破産債権者が破産債権と有価証券上の債権との相殺を主張した事例に関するものである。破産債権者は、当該有価証券を占有しておらず、したがって当該有価証券が転々譲渡されうる状況で(つまり相殺によって自己の債務を消滅させることが不確実であり、その点について確実な期待を有するとはいえないな状況で)、相殺をなしうるかが問題にされた。原審は、次の理由で相殺を認めなかった:「本件金融債券は有価証券であるから,これが表章する債権を受働債権とする相殺は有価証券の所持人に対抗することができず,したがって,自働債権の債権者である上告人が本件金融債券の占有を取得するまでは,その表章する債権を受働債権とする相殺によって自らの有する債権の回収を図ることを期待することは認められない」。しかし、最高裁は、次のように説示して相殺を認めた:「有価証券に表章された債権の請求に有価証券の呈示を要するのは,債務者に二重払の危険を免れさせるためであるところ,有価証券に表章された金銭債権の債務者が,自ら二重払の危険を甘受して上記の相殺をすることは,これを妨げる理由がない」。

注8  [宗田*2005a]425頁。[小川*2004a]118頁は、「相殺禁止の要件について特段の限定を付すことはしていません」と述べているが、 これも同趣旨であろう。民事再生法の類似規定である93条1項2号について、[注釈*2006a]455頁(中西正))。[伊藤*破産v4.1]356頁は、「専相殺目的」を要件の一つに挙げていたが、[伊藤*破産・民再v1]362頁では、この要件は削除されている。修正されたのであろう。

債務引受の場合についても専相殺目的を要件とするか否かは、71条1項2号の冒頭「支払不能になった後に契約によって負担する債務を専ら破産債権をもってする相殺に供する目的で」の語句が、直後の財産処分契約にのみ係るのか、債務引受契約にも係るかの問題である。「目的で」の次に読点があれば債務引受契約にも係ると読むべきことになろうが、その読点がないのであるから財産処分契約にのみ係ると読むべきであろう。このように読むと、次のような不統一が生ずるのは確かである:「支払不能になった後に」の語句は債務引受契約にもかかってもよいはずであるのに、文言上は、財産処分契約にのみ係ることになる。しかし、「支払不能になった後に」の要件は、「当該契約の締結の当時、支払不能であったことを知っていたとき」という主観的要件から導き出されることであり、省略可能であろう。もっとも、本来は、「支払不能になった後に」の後に読点を入れて、この語句が財産処分契約にも債務引受契約にもかかると読むことができるようにすべきであろう。いずれにせよ、71条1項2号は複数の読み方が生じやすい文言であり、表現上の工夫がなされるべきである。

注9  肯定説:[伊藤*破産v4.1]359頁、[谷口*1981a]239頁 (債務負担と時間的に密接な関係のある場合に限定する)、[注解*1998a] 720頁[斉藤秀夫](同前)、[安藤*1994a]132頁など。否定説:[霜島*倒産] 279頁以下。

注10  給料債権に質権を設定することは可能であり、その実行は民執法193条による(同条2項により民執法152条・153条の準用が除外されていることに注意)。質権者の直接取立権(民法366条)は、給料の直接払いの原則(労基法24条1項1文)により否定される。

注11  敷金返還請求権は、停止条件付債権であるされている(通説・判例)。もしこれを不確定期限付債権と構成すると、103条2項により評価額をもって債権額とし、建物明渡前においても相殺を認めるべきことになろう。しかし、この結果は、建物が破産管財人によって譲渡され、敷金返還義務が譲受人に承継される場合のことを考慮すると、妥当とはいえない。

注12  平成29年民法改正前にあっては、現511条2項の規定がなかったため、旧511条は、支払差止前の原因に基づいて支払停止後に相殺当事者間で直接発生した債権についても適用があり、その債権を自働債権とする相殺も禁止されると解する立場があった ((東京地方裁判所 昭和58年9月26日 民事14部 判決(昭和53年(ワ)第8317号)。受託保証人が保証債務を履行する前に主債務者の保証人に対する債権が差し押さえられ、保証人がその後に保証債務を履行して事後求償権を取得し、これを自働債権とする相殺をする場合が問題になる)。この立場を前提にすると、受働債権の処分の制限が差押えによる場合と破産手続開始による場合とで、処分制限前の原因に基づいて制限後に生ずる債権を自働債権として相殺することができるか否かについて、差異があった(破産の場合は可である。差押えの場合は不可になる)。しかし、同改正が破産法に平仄をあわせるように同条2項の明文規定を置いたので、現在では差異がない。現在では、破産法72条1項1号は、民法511条所定の規律を破産手続開始の場合に明示した規定にすぎないとみることも可能になった。

平成29年民法改正前おいて、この学習ノートは、上記の差異の理由を次のように説明していた。

差押えとの比較
受働債権が差し押さえられている場合には、自働債権は、差押え前に発生していることが必要であるとされている。 このことは、特に、停止条件付債権について重要であり、停止条件は差押え前に成就していなければならない。 ところが、破産手続との関係では、自働債権は破産手続開始前に原因があれば足り、債権の発生自体は、破産手続開始後でもよいとされている(70条)。 この違いは、受働債権から債権の回収をはかろうとする債権者(差押債権者と破産債権者ら)が当該受働債権について有する利害関係の強さの違いから説明してよいであろう。 すなわち、差押債権者は、当面、被差押債権から債権を回収することしか期待できないが、破産債権者らは、破産手続が包括的な財産清算手続であるために、他の財産からの債権回収(配当)も期待できる立場にある; したがって、差押債権者が受働債権に対して有する利害関係は非常に強いので、受働債権の債務者は、差押え前に現に発生している自働債権によってのみ相殺することができるとされた; これに対し、受働債権者について破産手続が開始された場合には、受働債権の債務者の相殺による債権回収の利益を広く保護するのが公平に合すると判断されるので、破産手続開始前に原因があれば足りるとされた[注]。
[注] このことは、破産管財人の法的地位を考える場合に見落としてはならない点である。相殺との関係では、彼は、差押債権者よりも破産者に近い立場にあるということができる。

現在では、上記の差異がなくなったので、こうした説明は不要である。

なお、民旧法511条所定の規律と破産法の相殺制限(大正11年破産法104条3号(平成16年破産法72条1項1号に相当))との近接性につき、竹下守夫・ジュリスト320号110頁を参照。

注13  もっとも、担保提供により民法461条1項の抗弁権を消滅させることは、担保提供の負担を考慮すると、実際上は少ないであろう。主債務者に担保を提供するよりは、債権者に弁済してしまう方が、法律関係が簡単である。

注14  和議事件についてであるが、連帯債務者の求償権につき、最高裁判所平成10年4月14日第3小法廷判決(平成6年(オ)第2137号)参照。

注15  反対債権の語は、相殺の場面では、自働債権(受働債権に反対(対立)する債権)の意味で用いられるのが通常であるが、「反対」の概念が元々相対的な概念であるあるので、自働債権に反対する債権すなわち受働債権の意味で用いられることも稀にある。

注16  近似性の程度は、受働債権の弁済期が到来していて、自働債権となる売買代金債権の額と受働債権の額とが近接する場合に高まる。

注17  この場合に、「配当額の範囲で破産債権をもって相殺することは許される」と述べでもよいのであるが、72条1項1号との表現上の抵触ないし誤解を避けるために、「配当額の範囲での破産債権」を「配当金請求権」に置き換えて、「配当金請求権をもって相殺することは許される」と表現する方がよいであろう。

注18  [栗田*2010c]の発表以前は、次のように解していた(ただし、「破産債権」の項における説明は、[栗田*2010c]の前に改めていたが、「相殺」の項においては、下記の古い説明が2012年6月11日まで残っていた。同日に、最高裁判所 平成24年5月28日 第2小法廷 判決(平成21年(受)第1567号)を本文に取り入れるとともに、破産債権性否定説に改めた)

(b)委託を受けていない保証人  委託を受けていない保証人については、事後求償権のみが問題となる。この事後求償権も、104条 3項にいう「将来行うことがある求償権」に該当し、1条5項で定義された破産債権であり、保証契約に原因があると言わざるを得ない。しかし、72条2項との関係では、この求償権の発生原因は保証委託契約の中にあるとするのは、適切とは思われない。なぜなら、

  • 104条3項は、債権者から将来保証債務の履行を求められる保証人の立場に配慮した規定であり、求償権を自働債権とする相殺の許否との関係では、破産債権者間の公平が重要であるから、その配慮は不要であろう。
  • 破産者との関係で相殺の許否が問題にされているのであるから、求償権の発生原因も破産者たる主債務者との関係の中に求められるべきである。
  • 破産債権が破産手続により比例的満足を受けるに過ぎないのか、それとも相殺により回収されるのかは、破産手続開始の時点で、破産者が認識可能な形で確定されているべきである。そうでなければ、破産者は、破産手続の開始により破産債権者にどのような損害を与えるかを認識できず、彼の合理的な経済活動が阻害されることになるからである。破産手続開始の時点で破産財団に属しており配当原資になると期待されていた債権が、破産手続開始後に突然浮上した自働債権との相殺により消滅し、配当原資になるとの期待が裏切られることは、極力避けるべきである。そうした予見可能性を確保するためには、自働債権となる破産債権については、破産手続開始前に破産者となるべ債務者が関与する形でその原因が形成されていることを要件とすべきである。

では、委託を受けない求償権の原因は、どの時点にあるとすべきであろうか。委託を受けない保証は、主債務者との関係では一種の事務管理であり、求償権は事務管理者の費用償還請求権(民法702条1項)の性質を有するとされている。したがって、保証債務の履行の時に求償権が発生し、この時に求償権の原因が生じたとするのが最も確実である。

しかし、保証人が主債務者のために弁済する行為ではなく、債権者との保証契約締結行為そのものを事務管理行為とみることができるのであれば、求償権の発生原因が生じた時期はもう少し早めることができよう。ただ、その場合でも、主債務者が、自己の債務者である保証人が将来求償権を取得して相殺するであろうことを了知することは必要であるとすべきであり、破産法72条との関係では、その時に求償権の発生原因があったとみることができる。問題は、保証契約の締結そのものが主債務者のための事務なのか、それとも、それは債権者のための事務ではなのか、ということであろう。

無委託保証人の事後求償権による相殺は許されないとの結論に向けて、様々な構成が可能である。

  1. 破産債権性を肯定した上で 、72条1項1号を類推適用する構成(最高裁)
  2. 破産手続参加との関係で破産債権性を肯定しつつ、相殺との関係で破産債権性を否定する構成
  3. 破産債権性を否定する構成

私見の以前の構成は、Bであった(破産免責の問題までは注意が向いていなかった)。説明の分かり易さという点で、BよりはAの説明の方がよい(Bを採用したのは、論点の整理がついていなかったからであろう)。

注19  例えば、破産者の債務者が破産者の債権者から高額の保証料を得て保証人(委託を受けない保証人)になり、被保証債務の弁済期に保証債務を履行して求償権を得、その求償権と自己の債務とを相殺する場合、あるいは弁済により代位取得した原債権をもって相殺する場合も含まれる。この場合に、保証人は原債権の全額を弁済しているので、形式的に見れば求償権あるいは原債権を安価に取得したとは言えないが、高額の保証料を考慮すれば、実質的には安価に取得したのと同じである。

なお、本文で述べたように、自働債権を「安価に取得した」ことが相殺制限の要件になっているわけではないので、保証料のいかんに関わらず相殺制限規定が適用される。また、保証契約が何時なされたかに関わらず、無委託保証契約が主債務者のための事務管理としてなされたのでない限り、代位弁済の時(あるいは代位弁済により債務者が得た利得の返還を請求した時)において求償権を取得したと債務者に主張しうるにとどまるので(求償権の取得の原因がそれ以前にあると主張することはできないので)、無委託保証人による代位弁済が破産者の経済的危機の顕在を知った後になされたのであれば、求償権・原債権を自働債権とする相殺は制限される(ただし、無委託保証人の求償権について、その原因は保証契約にあるとする判例の立場に立てば、別の説明(72条1項2号以下の類推適用)をすることになるが、結論は変わらない)。

他方、保証人が主債務者(破産者)の経済的危機の顕在を知る前に主債務者の委託を受けて保証契約を締結した場合には、保証委託契約が求償権の原因になるので、求償権を自働債権とする相殺は制限されない。もっとも、原債権の取得は代位弁済の時であるので、代位弁済が主債務者の財産的危機の顕在後になされたのである限り、原債権を自働債権とする相殺は許されない。

注20  別の解決方法として、求償権のための担保を被保証債権のための担保に実質的に転換することも考えられるが、これも技巧的な議論が必要となる。

注21  ただし、破産手続開始後に破産債権について純然たる第三者(破産手続開始前の合意等により代位弁済義務を負っているのではない第三者)が代位弁済をしたことによる求償権を自働債権とする相殺について、72条1項1号の類推適用を肯定する見解がある([中島*2007a]410頁)。明示されているわけではないが、この求償権も破産債権であると考えられているのであろう。

注22  [内田*2020b]301頁([内田*2011a]248頁)以下は、「公平機能」ないし「公平の要請」の延長上に担保的機能を位置づける。このノートでは、2020年8月15日前は、次のように述べていた。

倒産法の領域では、「担保的機能」をどの範囲で承認するかが重要な論点とされてきたことを考慮し、このノートでは、「公平の要請」は「担保的機能」の基礎にあるものであるが、後者に吸収されるものとしよう。ただし、担保的機能を考える際には、「公平の要請」が基礎にあることを忘れてはならない。

しかし、受働債権が金銭債権で自働債権が非金銭債権の場合でも、受働債権者について破産手続が開始されると、自働債権は金銭化されるので、破産法67条2項・103条2項1号イにより相殺が許容されるとの解釈を前提にした場合に、その相殺の許容根拠を担保的機能だけで説明することは困難であり、公平機能を持ち出さざるを得ない。そこで、公平機能を独立の機能として取り上げることにした。

注23  [霜島*倒産]284頁が詳しい。[中田*1970a]133頁、[山木戸*1974a]168頁]。

注24  幾つかの規定を見ておこう。

  1. 相殺を可能とするもの
    1. 受働債権の譲渡   なお、下記の2と3の場合には、 当該自働債権が受働債権譲渡の対抗要件具備時より後に他人から取得されたものである場合は除かれる。
      1. 受働債権の譲渡を譲受人が債務者に対抗するための要件を具備する前に、債務者が自働債権を取得していた場合(469条1項)
      2. 自働債権が受働債権譲渡の対抗要件具備前の原因に基づいて生じた場合(469条2項1号)
      3. 自働債権が受働債権の発生原因である契約に基づいて生じたものである場合(469条2項2号)
    2. 譲渡禁止特約が付されている受働債権の譲渡  債権譲渡について対抗要件が具備された後に取得された自働債権をもって相殺することもできる(466条3項)
    3. 受働債権の差押え  差押え前に原因のある自働債権をもって相殺することができる(511条1項後段)
  2. 受働債権の消滅を前提にして、相殺と同じ結果を得させるもの   受働債権の保証人が保証債務を履行した場合には、この方法が採られる(同類の規定として、他に443条1項・459条の2第1項がある)。
    1. 受託保証人が事前の通知なしに保証債務を履行した場合に、主債務者は、被保証債権を相殺により消滅させることができたことを保証人に対抗する(主張する)ことができる。ただし、この対抗は、保証債務の履行により被保証債権が消滅したことを覆すものではなく、主債務者が相殺に供する予定であった自働債権が保証人に移転し、これにより保証人の求償権が消滅するとの法律効果をもたらす(463条1項)。求償権が消滅するので、求償権確保のために代位取得された受働債権も消滅する。その結果、主債務者は、相殺による自働債権の回収と実質的に同じ結果を得ることができる。
    2. 無委託保証人が保証債務を履行した場合に、債務消滅行為の日以前に主債務者が相殺の原因を有していたときも、同様に、保証人からの求償権行使に対して相殺をもって対抗することができる(民法462条1項・459条の2第1項)。
    3. 無委託保証が「債務者の意思に反して」なされていた場合には、相殺の原因の基準日が「求償の日」になる。(民法462条2項)

注25  平成29年民法改正前においては、現511条2項に相当する規定がなかった。このため、破産手続開始前に他の債権者から受働債権が差し押さえられていた場合には、民法511条により相殺は許されないとする見解が有力であった(東京地方裁判所 昭和58年9月26日 民事14部 判決(昭和53年(ワ)第8317号)。破産法42条2項により差押えの効力は失われるが、それは破産財団のために失われるのであって、相殺権者のために失われるのではないことに注意)。

注26   平成29年民法改正前においては、現511条2項に相当する規定がなかっため、受働債権が破産手続開始前に他の債権者によって差し押さえられていた場合には、 差押え前に主債務の期限の到来により事前求償権が発生していれば、それを自働債権として相殺することになった(京都地方裁判所 昭和52年6月15日 第4民事部 判決(昭和50年(ワ)第674号)。ただし、主債務者の抗弁権(461条1項)を除去するために、差押え後であってもよいから、弁済等により主債務者を免責する等の措置をしておくことが必要)。

現在では、受働債権が差し押さえられた場合でも、差押え前に原因のある債権で相殺するすることができるので、通常は保証債務履行後に事後求償権で相殺すれば足り、事前求償権による相殺の重要性は低下した。

注27  民法460条1号は、債権者が破産手続に参加していないことを事前求償権者の破産手続参加の要件としているので、これを相殺の要件とすべきかが問題となるが、その必要はない。主債務者の利益は、民法461条の抗弁権により相殺も制限されることにより十分保護されるからである。したがって、事前求償権による相殺の可否は、債権者が破産手続に参加しているか否かに依存しない。

注28  これに続けて、次のように記述していた。

しかし、議論をここで止めたのでは、保証人の利益保護に欠ける。

保証人の利益保護
保証人の相殺援用を否定する立場に立った場合に問題となるのは、破産債権者が相殺をすることなく保証人に保証債務の履行を求めてきた場合である。 この場合に、相殺により容易に債権の回収を図ることができた破産債権者が保証人に保証債務の履行を求めることは、少なくとも単純保証人については、彼に検索の抗弁権が与えられている趣旨に鑑みれば不適当である。 それはまた、民法504条(法定代位者のための担保保存義務)の趣旨に鑑みると、連帯保証人との関係でも問題である。ここで問題にしているのは、 相殺により債権を回収することなしに保証人に対して保証債務の履行を求める破産債権者の行動の当否であり、保証人が破産者の有する相殺権を行使し得るかではない。 両者は別個の問題である。前者の問題については、債権者が主債務者に対して負っている債務との相殺により債権を回収することに支障がないにもかかわらず、そうすることなく保証人に弁済を求めることは信義則に反し、 保証人は、保証債務の履行を拒絶することができると解すべきであろう。

平成29年改正以後は、新457条3項により概ね同様な結論が導かれるので、上記の議論は不要になったようにも見える。しかし、破産財団所属債権の弁済期が到来していない場合には、主債務者の破産管財人からの相殺はできないが、破産債権者からの相殺は可能であり、この場合については新457条3項は適用されない。上記の議論により保証人は保証債務の履行を拒絶することができるか否かが問題になる。