目次文献略語

民事訴訟法講義

争点整理手続


関西大学法学部教授
栗田 隆

1 概観(164条−178条)


証拠結合主義
弁論主義の下で判決の基礎資料の収集を円滑に行うために、まず当事者に事実関係について主張してもらい、争いがない点はそのまま判決の基礎にし、争いのある点についてのみ証拠調べをして真実が何であるかを認定するものとされている。しかし、証拠調べの結果に基づいて事実の主張を変更したり、追加することを禁止すると、予備的な事実主張が多くなり、かえって審理が渋滞する。そこで、証拠調べの結果に基づいて主張を変更あるいは追加することも認められている。これを証拠結合主義という。

争点整理手続
現行法は証拠結合主義を採用しているが、それでも、事実主張の段階と証拠調べの段階とを大まかに区分けしておく方が、審理が秩序だって円滑に行われる。特に、証拠調べの負担の大きい証人尋問と当事者尋問は、当事者の事実主張を十分に整理したうえで、どうしても必要な事項に限って、審理の最後の段階で、集中的に行うのがよいことが経験的に知られている。

そこで、当事者の主張を整理し、争いのある事項についてどのような証拠調べをするかを整理するための手続として、「争点及び証拠の整理手続」略して「争点整理手続」が用意されている。

3種類の争点整理手続
争点整理手続[2]には、準備的口頭弁論、弁論準備手続、書面による準備手続がある。いずれの手続がとられた場合でも、その効果として、当事者は新たな攻撃防御方法を提出することを直ちに禁止されるわけではない。そのような強力な失権効は、訴訟の実情に合致しないので、採用されなかった。証拠調べの結果に基づいて、新たな事実の主張が必要となることが多いからである。また、強力な失権効を認めると、その失権効のゆえにこの手続の利用が敬遠されるからである。効果は、次述の説明義務に留まる。各整理手続について次のことが共通する。
争点整理のためには、裁判所が訴訟関係を明瞭に知ることが必要である。そのために、151条1項の釈明処分を効果的に行うことが重要である。例えば、裁判所は、当事者のために事務を処理・補助する者(会社の社員等)に事実関係を期日に説明させることができる([最高裁*1997b]76頁以下参照)。

争点整理手続の実施により、審理手続は争点整理(当事者の主張)の段階と人証を中心とした証拠調べの段階とに大きく2分されることになる。もっとも、この2分は、緩やかなものである。時機に後れた攻撃防御方法に該当せず、また説明義務を果たせば、争点整理後に新たな事実主張をすることも許される。また、争点整理後に集中的になされるべき証拠調べとして182条が挙げているのは、証人尋問・当事者尋問である。文書の取調べや検証あるいは鑑定は、事実関係を把握し、争点を発見・整理するために、争点整理の段階で随時なされる。証人尋問等は、新鮮な印象を判決の基礎資料にするために、判決に接近してなすことが望ましいのに対し、文書はいつでも何回でも閲読できるからである。検証や鑑定は両者の中間に位置するが、実施時期を争点整理後に限定する必要性は少ない。

各争点整理手続の選択
争点整理の手続を実施するか否か、どの手続を選択するかをどの段階で決めるのがよいかが問題になる(事件の振分けの問題の一つである。[条解*1997a]131頁参照)。

2 各整理手続の概要


2.1 準備的口頭弁論(164条以下)

口頭弁論を(α)争点と証拠の整理を行う準備段階と(β)人証を中心として証拠調べの段階とに分けて行う場合に、前者を準備的口頭弁論と言い(164条)、後者を本質的口頭弁論と言う(あまり適切な名称とは思われないが、このように呼ぶのが慣例である)。準備的口頭弁論を行う場合には、口頭弁論手続の全体は、通常次のようになる。
  1. 訴状及び答弁書に基づき本案の申立てと事実の主張がなされる。
  2. 調査の嘱託・鑑定の嘱託、文書・準文書の取調べ、検証および鑑定(特に書面で意見陳述する鑑定)を行いつつ、事実主張を整理(追加あるいは撤回)し、その他の証拠調べ(特に証人尋問・当事者尋問)の範囲を決めていく。
  3. 準備的口頭弁論を終了するに当たり、その後の証拠調べにより証明すべき事実を当事者との間で確認する。
  4. 続いて、証拠調べ(特に当事者尋問・証人尋問)がなされる。証人および当事者の尋問は、できる限り、争点整理後に集中して行うべきである(182条)。

準備的口頭弁論を実施するか否かは、裁判所の裁量に委ねられている。他の争点整理手続と異なり、公開法廷における口頭弁論の一部として実施されるので、実施に当たって当事者の意見を聴くことは必要ない。社会に与える影響の大きい事件など公開の必要性の高い事件の争点整理は、この手続によりなされる必要性が高い([中野*1997a]37頁)。社会に与える影響が大きいとは言えない事件(日常的な事件)について準備的口頭弁論を行う場合には、意思疎通のしやすいラウンドテーブル法廷を使用することもある(法廷であるから公開されるが、事件の性格上傍聴人がいないのが通常である)。

2.2 弁論準備手続(168条以下)

これは、当事者が事実と証拠を提出して、争点と証拠の整理を行う対席・限定公開の手続である(168条・169条)。この手続は、口頭弁論そのものではないが、口頭弁論に関する規定の多くが準用されており、口頭弁論に準ずる手続である。弁論準備手続は、裁判所が行うほか、受命裁判官に行わせることもできる(171条)。この手続では、争点と証拠の整理以外に、次のこともなしうる。
裁判所が実施する場合にできる訴訟行為(170条 受命裁判官が実施する場合にできる訴訟行為(171条
口頭弁論の期日外においてすることができる裁判(証拠の申出に関する裁判、訴え変更許否の裁判、補助参加の許否の裁判など)(2項)。

文書・準文書の証拠調べ
170条2項に掲げる裁判は不可(2項カッコ書き)。
但し次の事項についての裁判はすることはできる(3項)
  • 調査の嘱託(186条)
  • 鑑定の嘱託(218条)
  • 文書・準文書を提出してする書証の申出[6]  文書提出命令の申立てについては、受命裁判官のみでは裁判できない。必要であれば、争点整理の実施主体を臨時に合議体に切り替える。
  • 文書・準文書・筆跡対照用文書の送付嘱託(226条・229条2項・231条)

文書・準文書の証拠調べ[3][9]
5項掲記の各種の処分・裁判(釈明処分など多数) 次の裁判は受訴裁判所がするが、その他は受命裁判官がする(2項ただし書き)。
  • 150条の規定による異議についての裁判
  • 157条の2の規定による却下についての裁判
当事者の訴訟を終了させる行為(訴えの取下げ、和解、請求の放棄・認諾)。 同左(2項)

口頭弁論の期日外ですることができる裁判を弁論準備手続でなすことが認められた理由は、それを制限公開の手続で行うことを禁止する理由はなく、また、それをなす必要性の高い裁判(弁論の準備と密接に関連する裁判など)が多いからである([法務省*1998a]195頁)。これらは、裁判所がなすものであるから、受命裁判官が主宰する手続でなすことは適当ではなく許されない。しかし、171条3項所定の各種の嘱託は、争点整理との関係で特に必要性があるので、受命裁判官もなしうるとされた。これらは、本格的な証拠調べのための準備的行為である([法務省*1998a]205頁)。

同様な理由により、平成15年の改正で、文書を提出してする書証の申出に係る文書について、受命裁判官がそれを争点整理に用いることが明示的に認められるようになった(191条3項により証拠採用の裁判をすることができ、171条2項本文により証拠調べをすること(証拠として閲読すること)ができる(これは裁判ではないので同項かっこ書に該当しない)。
争点整理に用いる資料
裁判所が事案を把握して、争点と証拠を整理するためには、当事者の主張を聴き、どのような証拠があるかを知るだけでは不十分な場合がある。証拠の内容を知った上で整理をする方が、よりよい整理ができる。制限公開の手続である弁論準備手続の中で、それがどこまで許されるかが問題となる。裁判所が弁論準備手続を主宰する場合について述べよう。
限定公開
手続は、限定公開である。この手続の重要性に鑑みれば、この手続が口頭弁論ではないという形式的理由で裁判の公開の原則(憲82条)から逃れることができるかについて疑問がないとはいえない。しかし、弁論準備手続の結果が口頭弁論において陳述されることを考慮すれば、制限公開とされていることは憲法上許されてよい(当事者双方からの申立があれば弁論準備手続が取り消されること(172条ただし書)によっても補強される)[8]。

手続の実施
裁判所が必要あると認めるときに当事者の意見を聴いて開始される(168条。最初にすべき口頭弁論期日前に実施する場合には、当事者に異議がないことが必要である(規則60条1項))。裁判所が相当と認めるときに取り消され(172条)、当事者双方の申立があるときには、取り消さなければならない(172条ただし書)。当事者の意思の尊重は、限定公開であるとの特質に基づく。

通信出頭
当事者の一方が裁判所に出頭する場合には、裁判所が当事者の意見を聴いて相当と認めれば、他方は裁判所に出頭せずに3者通話の方法により手続に参加することができる(通信出頭)。通信出頭者は出頭したものとみなされる(170条4項)。通信出頭の場合には、意思疎通が完全になされるとは限らないという懸念があり、かつてはこの者の保護のために、訴えの取下げ、和解あるいは請求の放棄及び認諾といった重要事項をなしえないとされていた(170条旧5項)。しかし、平成15年の改正により、通信出頭者もこれらの行為をすることができるとされた。もちろん、これらの重要行為については、通信出頭者の意思確認を慎重に行う必要があり、和解条項が複雑になるような場合には、裁判所はファックス等を利用して確認することになろう。

口頭弁論との接続
争点整理手続を経た事件については、その終結後における最初の口頭弁論の期日において、直ちに証拠調べをすることができるようにしなければならないので(規101条)、裁判所は、証拠決定(証拠の申出に関する裁判)を弁論準備手続の終結する期日までに(170条2項)、またはその後の最初の口頭弁論期日の前に行う必要がある。

弁論準備手続は、口頭弁論手続ではないので、その結果を口頭弁論において陳述することが必要であり(173条)、陳述されたことのみが裁判の基礎資料となる。結果陳述であるので、各当事者の最終的な主張内容を報告すれば足り、その報告は一方の当事者がなせば足りる。報告をなす当事者は、両当事者の最終的な主張の全体を報告すべきであり、自分に都合のよい部分のみの報告は許されない。弁論準備手続において各当事者に要約書面を提出させ(170条5項・165条2項)、その要約書面に基づいて結果陳述するのが通常となろう。その後の証拠調べによって証明すべき事実、すなわち、当事者間に争いのある事実が何かは、必ず明らかにしなければならない(規則89条)。これらの陳述は、口頭主義・公開主義の充足の意味を有する。受命裁判官が手続を実施した場合については、直接主義の形式的補充の意義もある[1]。

2.3 書面による準備手続(175条−178条、規則91条−94条)

これは、当事者が裁判所から離れた地に住んでいるとき、病気等により裁判所に出頭することが困難であるとき、その他裁判所が相当と認めるときに、当事者の出頭なしに、準備書面の提出等によって争点および証拠の整理をする手続である(遠隔地に居住する当事者にとっては、時間と費用の節約になる)。この手続を実施する場合には、裁判所は、当事者の意見を聴かなければならない。
この手続は、期日を開かずに争点整理を行うので、経験豊富な裁判官が実施する必要がある。そこで、手続主宰者は、裁判長(または、構成員全員が経験豊富であると期待される高等裁判所においては、受命裁判官)とされている(176条1項)。争点整理の具体的な方法としては、次の2つが認められている。
裁判長等は、準備手続における争点および証拠の結果を要約した書面の提出を当事者に提出させることができる(176条4項・165条2項)。

当事者が準備書面の提出等を懈怠した場合には、この手続は、120条により取り消される。手続を終了させて当事者に説明義務を課すことは、この手続の例外的性格を考慮すると適当でないので、166条の準用を認める規定は置かれていない([伊藤*1998a]237頁)。

口頭弁論との接続
当事者の出頭なしに行われる整理手続であるので、要証事実の確認は、この手続終結後の口頭弁論期日においてなされる(177条)。整理手続終了後の新たな攻撃防御方法についての説明義務は、次のいずれかの時点で生ずる(178条)。

2.4 まとめ

準備的口頭弁論 弁論準備手続 書面による準備手続
手続の実施が予想される事例 社会に与える影響の大きい事件など、公開の必要性の高い事件 当事者の双方または一方が裁判所から離れた地に住んでいる場合など
整理の場・方法 口頭弁論(公開法廷) 弁論準備手続(法廷のほか、裁判官室・和解室等でもできる) 準備書面の交換
整理手続開始についての当事者の意見聴取 必要(168条 必要(175条
手続主催者 裁判所(165条 裁判所(170条)または受命裁判官(171条) 裁判長。高等裁判所においては、受命裁判官も可能(176条)。
公開 一般公開 限定公開(169条
出頭 現実出頭(通信出頭は不可) 当事者の一方が現実出頭の場合に、他方の通信出頭の余地あり(170条3項) 現実出頭はない。通信による協議(176条
訴えの取下げ、請求の認諾・放棄、和解 できる できる。
当事者の手続懈怠 終了原因となる(166条 同左(170条5項)
要約書面の提出 手続終了時に提出(165条2項) 同左(170条5項) 同左(176条4項)
要証事実の確認 準備的口頭弁論終了時に確認(165条1項) 同左−弁論準備手続終結時に確認(170条5項) 口頭弁論の期日に確認(177条
口頭弁論期日における結果陳述 必要なし 必要(173条 弁論を新しく始める
整理後の攻撃防御方法の提出に対する制裁 説明義務(167条 同左(174条 説明義務(178条
「同左」とあるのは、左のマスに挙げられた規定の準用を意味する。

通信出頭・通信協議
通信出頭や通信協議に関する規定を概観しておこう。口頭弁論では、通信出頭は認められない。通信出頭は弁論準備手続および進行協議期日において、通信協議は書面による準備手続において認められている。参考のために通信尋問も挙げておく。
 弁論準備手続における通信出頭170条3項−4項、規則88条2項・3項) 進行協議期日における通信出頭規則96条 書面による準備手続における通信協議176条3項、規則91条 通信尋問204条規則123条
当事者等の所在 当事者の一方は受訴裁判所、他方は裁判所外の場所 同左 当事者双方とも裁判所外の場所 当事者は受訴裁判所、証人は通信設備のある他の裁判所(規123条1項)
通信方法 音声 同左 同左 音声と映像(テレビ通話)。補充的通信方法として、ファクシミリ(規123条2項)
確認 通話者および通話先の場所の確認(規88条2項) 同左(96条4項) 同左(91条4項)
記録 調書に通話先の電話番号の記載は必要、通話先の場所は任意(規88条3項) 書記官に記録を作成させるときに、通話先の電話番号の記載は必要、通話先の場所は任意(規91条3項) 証人が出頭した裁判所を調書に記載する
訴えの取下げ 平成15年改正により可(261条3項) 95条2項の例外として、不可(規96条3項) 期日ではない。
請求の放棄・認諾 平成15年改正により可(266条1項) 95条2項の例外として、不可(規96条3項) 期日ではない。

目次文献略語
1998年11月16日− 2007年1月18日