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民事訴訟法講義
口頭弁論 3関西大学法学部教授
栗田 隆 |
訴訟行為の撤回
私法行為は、行為が効力を生ずると、任意には撤回できない。一定の要件のもとでのみ撤回でき、その撤回は取消しと呼ばれる。他方、訴訟行為は、その目的の到達までは撤回が自由にできるのが原則である。訴えは、その目的である判決が言い渡されても、確定するまでは撤回できる。訴え提起行為の撤回は取下げと呼ばれ、訴えの取下げにより未確定判決は効力を失う。訴えの内容である判決要求を根拠付けるためになされる各種の訴訟行為は、審理中は自由に撤回できる。その間は、いわば熟慮期間であり、熟慮期間が終了すると、すなわち口頭弁論が終結されると、もはや撤回できないのが原則である。但し、再審事由に該当する重大な瑕疵がある場合には、再審の訴え等を通して撤回できる。もっとも、訴訟手続の安定や相手方の利益保護のために審理中でも撤回が制限されている場合がある。代表例は、自白の撤回の制限である。
法的性質
私法契約説と訴訟契約説との対立がある。
(A)私法契約説 この種の合意によって私法上の法律効果が生ずるに過ぎず、義務者が義務とされている行為をした場合に初めて、本来の訴訟上の効果が生ずる。契約により、第一段として、私法上の作為・不作為義務ないしそれを求める請求権が発生し、第二段として、この義務に違反してなされたあるいはなされなかった訴訟行為に対して、他方の当事者に抗弁権という救済手段が与えられ、また義務違反を理由とする損害賠償請求権も考えられる。例えば、訴え取下げ契約では、原告に訴えを取り下げるべき私法上の作為義務が生じ、これに違反して原告が訴えを取り下げないときは、被告が抗弁として契約の存在を主張すると、権利保護の利益(必要)を欠くものとして、訴えが却下される[7]。
批判:この説に従えば、私法契約から生ずる請求権(給付義務)が理論上中心的な役割を果たすはずなのに、この請求権自体の機能する場面はほとんどない。せいぜい、この請求権は抗弁権の発生要件に過ぎない。しかも、当事者はこの抗弁権行使の効果を欲しているのであるから、当事者の合意を、そのような効果を直接かつ有効に生ぜしめるものとして、認めるべきである。
(B)訴訟契約説 訴訟に関する合意が訴訟上の事項を内容としている場合には、直接訴訟法上の効果を発生させることを目的とする訴訟契約である。但し、契約の効果の発生時点がいつかについては、見解が分かれる。
訴訟が始まってから訴訟の中で形成権を行使する場合に、これを裁判外の行使と同様に見てよいかについて、見解が対立している。
(β)効果
相殺の抗弁は、相殺により原告の債権を消滅させて請求棄却の判決を得るためになされるのであるから、次の場合には、相殺の抗弁について判断する必要はない。
訴訟上の相殺の抗弁について私法行為説をとった場合には、私法行為としての相殺の効力が上記のことにより条件付けられることになるが、それをどのように説明するかについては、次の2つの立場がある。
被告の予備的相殺は、≪裁判所が判決理由中において訴求債権の存在を認めること≫を停止条件とする意思表示(私法行為)であるが、その意思表示がさらに≪相殺の抗弁が時機に後れた防御方法である等の理由により却下されること≫を解除条件としているとみるのが適当であろう。
訴訟上の相殺の再抗弁は許されるか
被告が相殺に供した反対債権に対して原告が訴求債権とは別の債権でさらに相殺することが許されるかが問題となる([宇野*2000a]が詳細である)。最高裁判所平成10年4月30日第1小法廷判決(平成5年(オ)第789号)は、次の理由により許されないとした。「訴訟外において相殺の意思表示がされた場合には、相殺の要件を満たしている限り、これにより確定的に
相殺の効果が発生するから、これを再抗弁として主張することは妨げないが、訴訟上の相殺の意思表示は、相殺の意思表示がされたことにより確定的にその効果を生ずるものではなく、当該訴訟において裁判所により相殺の判断がされることを条件として実体法上
の相殺の効果が生ずるものであるから、相殺の抗弁に対して更に相殺の再抗弁を主張することが許されるものとすると、仮定の上に 仮定が積み重ねられて当事者間の法律関係を不安定にし、いたずらに審理の錯雑を招くことになって相当でな」い。
-------(訴求債権)------> 原告<-----(反対債権)-------被告 --------(別債権)--------> |
議論の視点には、次の二つがある。
前掲最判を支持する学説もあるが、批判的な見解もある。いくつかを紹介しよう。
(a)解除条件説に立つ見解
(b)停止条件説にたつ見解 被告の予備的相殺は、裁判所が訴求債権を認めることを停止条件とするものであると見た場合には、原告から反対相殺がなされた場合の優劣が問題となる。理論的には、まず反対相殺の成否から判断すべきである。しかし、それでは、訴訟が錯雑となり、また、原告は反訴または別訴により当該債権を訴求する道が開かれているのであるから、原則として反対相殺の抗弁は許されないとすべきである([中野*2001a6]196頁以下参照)。
原告からの無条件再相殺の取扱い
原告が被告の反対債権を全面的に認めた上で反対相殺をする場合には、被告の主張する自動債権の存否は争点とならず、これに代えて、原告が反対相殺に供した債権の存否が争われるのであるから、後述の訴訟外相殺とのバランス上、この種の相殺の抗弁は許してよいであろう(この種の訴訟上相殺も、時機に後れた攻撃防御方法として却下されること等を解除条件としている点では、なお後述の訴訟外相殺と異なるが、しかし、審理の錯雑化を招くか否かという点では大差はない)。
訴訟外相殺の取扱い
いままで扱ってきた訴訟上の相殺は、被告が原告の訴求債権を争いつつ裁判所が訴求債権を認めるのであれば反対債権で相殺するというタイプの相殺であった。このような条件付相殺は、公権的紛争解決の場における相殺として許容されているが、訴訟外では許容されない。債務者は、受働債権の存在を認めた上で相殺しなければならない。受働債権の存在を争いつつ相殺することを認めれば、相手方の地位が不当に不安定になる(自己の権利を行使すべきなのか、証拠書類を保存すべきなのか、自己の債務は消滅したと考えて良いのかが不明確になる)。もちろん、受働債権が存在しないにもかかわらず誤って相殺した場合には、相殺は無効であり、これによって自働債権が消滅することはない。しかし、だからといって、反対債権の行使を無制限に許したのでは、相手方の地位が不安定になろう。非債弁済の場合と同様に、受働債権の存在を知っていた場合には、反対債権の行使は許されないとすべきであろう(民705条の類推適用)。
そのことを前提にしつつ、訴訟外相殺と訴訟上相殺(予備的相殺)との差異を見ると、被告が相殺前に受働債権が存在していたことを認めているか否かの差異が重要であることに気付く。この差異を考慮すると、被告の相殺の抗弁に対して原告が訴求債権とは別の債権で反対相殺をすることができるかという問題との関係では、訴訟上の反対相殺と裁判外で先行してなされた反対相殺とは区別してよい。裁判外での反対相殺にあっては受働債権たる被告の債権の存在は争われておらず、争点は、原告が反対相殺に供した債権の存否に限定されるからである。訴訟上の反対相殺の場合に、被告の債権と原告の相殺に供した債権の双方の存否が争われるのとは異なる。また、裁判外の反対相殺により既に生じている実体法上の効果は維持されるべきであり、被告が相殺の抗弁を提出する前に原告は反対相殺の意思表示をしなされていなければならないという時期的制限があるので、争点が無限に広がることはないからである。
調書の作成者は、口頭弁論期日に立ち会った裁判所書記官であり、それ以外の者による作成は許されず、作成しても無効である(160条3項の効力は認められない)。調書は、裁判所書記官が訴訟手続上の公証機関として裁判官から独立して作成するものであり、裁判所書記官が記名・押印する(規則66条2項)。これは、調書としての成立のために不可欠である([伊藤*1998a]250頁)。そのほかに、裁判長が、記載内容の正確性を認証するために、認印を押す(規則66条2項。同3項も参照)。
記載事項は、規則で詳細に定められている。
口頭弁論調書の作成の負担軽減のために、次の措置が認められている。
調書は、期日終了後直ちに完成していることが理想ではあるが、通常は、相当の日数がかかる。いずれにせよ、当事者その他の関係人は、出来上がった調書を閲覧することができる(91条)。当事者がその内容に異議を述べたときは、調書にその旨を記載しなければならない(160条2項)。
なお、争点整理手続に両当事者が欠席した場合には、争点整理手続を終了させることができる。準備的口頭弁論の終了につき、166条、弁論準備手続の終了につき、170条6項・166条。
訴えの取下げの擬制(263条)
当事者双方が欠席する場合には、判決による紛争解決の意欲が当事者にないと考えられる。そこで、次の場合には、訴えの取下げがあったものとみなされる。
5月1日の口頭弁論期日に当事者双方が欠席した。裁判所は、5月29日を新期日に指定し、当事者双方を呼び出した。その期日にも双方が欠席した。6月2日になって原告が期日指定の申立てをしてきた。裁判所は、どうすべきか[2]。 |