目次文献略語
民事訴訟法講義

口頭弁論 3


関西大学法学部教授
栗田 隆

8 当事者の訴訟行為・訴訟法律行為


口頭弁論における当事者の訴訟行為を含めて、当事者の訴訟行為一般について、ここで説明しておこう。訴訟法上の法律効果の発生を目的とする行為を訴訟行為という。行為の中心的な形態は、広い意味での意思や認識を裁判所や相手方当事者に伝達することである。

訴訟行為の撤回
私法行為は、行為が効力を生ずると、任意には撤回できない。一定の要件のもとでのみ撤回でき、その撤回は取消しと呼ばれる。他方、訴訟行為は、その目的の到達までは撤回が自由にできるのが原則である。訴えは、その目的である判決が言い渡されても、確定するまでは撤回できる。訴え提起行為の撤回は取下げと呼ばれ、訴えの取下げにより未確定判決は効力を失う。訴えの内容である判決要求を根拠付けるためになされる各種の訴訟行為は、審理中は自由に撤回できる。その間は、いわば熟慮期間であり、熟慮期間が終了すると、すなわち口頭弁論が終結されると、もはや撤回できないのが原則である。但し、再審事由に該当する重大な瑕疵がある場合には、再審の訴え等を通して撤回できる。もっとも、訴訟手続の安定や相手方の利益保護のために審理中でも撤回が制限されている場合がある。代表例は、自白の撤回の制限である。

8.1 申立て

裁判所(裁判官)に一定の行為(裁判、証拠調べ)を要求する行為(意思の通知)を申立てという。申立権の有無により、次のように2分される。
申立てについては、次の評価がなされる。
条件付申立ては、訴訟手続を不安定にするので、原則として許されない。但し、条件付にすることの必要があり、かつ、手続が不安定にならなければ、許される。請求の予備的併合がその典型例である。

8.2 主張

申立てを基礎づける(理由付ける)ために自己の認識・判断を裁判所に提出する行為(観念の通知)を主張という。法律上の主張(陳述)と事実上の主張(陳述)の区別がある。
主張については、次の評価がなされる。

8.3 訴訟法律行為

訴訟法上の法律効果の発生を目的とする意思表示を、訴訟法律行為という。申立ての場合には、申立人が欲した最終的効果が得られるとは限らないのに対し、法律行為の場合には、その要件が具備する限り、表示された意思に合致する法律効果が生ずる点に特徴がある。次の区別がある。
訴訟法律行為は、次のように評価される。

8.4 訴訟法に明文の規定のない訴訟上の合意

基本的な考え方
多数の訴訟事件を迅速かつ適正に処理しなければならないので、訴訟手続の方式を当事者の合意で自由に変更することを無制限に許すわけにはいかない(便宜訴訟の禁止・任意訴訟の禁止)。しかし、処分権主義・弁論主義の妥当する範囲においては、当事者は一定の訴訟行為をするかしないかの自由を有するので、合意の法的効果が明確に予測できる場合には、それを許してよい。例:不起訴の合意、訴え取下げの合意。

法的性質
私法契約説と訴訟契約説との対立がある。
 (私法契約説  この種の合意によって私法上の法律効果が生ずるに過ぎず、義務者が義務とされている行為をした場合に初めて、本来の訴訟上の効果が生ずる。契約により、第一段として、私法上の作為・不作為義務ないしそれを求める請求権が発生し、第二段として、この義務に違反してなされたあるいはなされなかった訴訟行為に対して、他方の当事者に抗弁権という救済手段が与えられ、また義務違反を理由とする損害賠償請求権も考えられる。例えば、訴え取下げ契約では、原告に訴えを取り下げるべき私法上の作為義務が生じ、これに違反して原告が訴えを取り下げないときは、被告が抗弁として契約の存在を主張すると、権利保護の利益(必要)を欠くものとして、訴えが却下される[7]。

  批判:この説に従えば、私法契約から生ずる請求権(給付義務)が理論上中心的な役割を果たすはずなのに、この請求権自体の機能する場面はほとんどない。せいぜい、この請求権は抗弁権の発生要件に過ぎない。しかも、当事者はこの抗弁権行使の効果を欲しているのであるから、当事者の合意を、そのような効果を直接かつ有効に生ぜしめるものとして、認めるべきである。

 (訴訟契約説  訴訟に関する合意が訴訟上の事項を内容としている場合には、直接訴訟法上の効果を発生させることを目的とする訴訟契約である。但し、契約の効果の発生時点がいつかについては、見解が分かれる。

8.5 訴訟における形成権の行使

形成権が訴訟の開始前に行使された場合に、それを形成権の裁判外の行使という(訴訟開始後に訴訟外で形成権が行使された場合も含まれる)。その効果を訴訟において主張する者は、(α)形成権の発生要件を充足する事実と、(β)私法行為たる形成権行使の事実を口頭弁論において主張することが必要である。

訴訟が始まってから訴訟の中で形成権を行使する場合に、これを裁判外の行使と同様に見てよいかについて、見解が対立している。

  1. 私法行為説(併存説)  実体法上の形成権の行使の意思表示+その行使事実の訴訟上の主張、と見る。
  2. 訴訟行為説  当事者が訴訟で形成権を行使するのは、自分に有利な判決を得るための攻撃防御方法として主張するのであるから、私法行為を含まない純然たる訴訟行為であると見る。形成権の行使が訴えの取下げ等により訴訟行為としての意味を失った時には、その効果(私法上の効果)が残ることもない。相殺に関しては、訴訟外の相殺とは別個の独自のものとして訴訟上の相殺制度を認め、相殺を認める判決によってその判決の効力の発生と同時に相殺の効力が生ずるとする。
  3. 両性説  訴訟法上の要件に服し、かつ訴訟法上および私法上の効果を生ずる一個の行為であるとする。時機に後れた攻撃防御方法として却下されれば、私法上の効果も生じない。
  4. 新私法行為説(新併存説)  私法行為説を単純に貫くと、訴訟が本案判決に至らずに終了した場合、時機に後れた攻撃防御方法として却下された場合等、形成権の行使の主張が不適法あるいは無意義に意味を失った場合でも、私法行為としての効果が残ってしまい不合理である。訴訟行為説から指摘されたこの問題点を解決するめたに、形成権の行使の主張が不適法あるいは意味を失ったときは、特別な場合を除き、私法行為としても無効になるとすべきである。そのことを説明するために、次のような見解が主張されている
    • 一部の無効が全部の無効をもたらすとの法理を援用。
    • 私法上の形成権の行使は、攻撃防御方法としての意味をもち、その効果が裁判所の判断を受ける時にのみ、その私法上の効果を発生せしめる条件付意思表示であり、裁判所の判断を受けないときは、条件成就により私法上の効果は消滅すると見る(条件説)[11]。

現在の多数説は、新私法行為説である([中野*2001a5]140頁以下も、相殺の抗弁に関して、訴訟行為説から新私法行為説への転向している)。次に多いのが、訴訟行為説である。上記の見解の対立は、次の問題の説明と関連する。
 (α行為の成立

β効果

8.6 相殺の抗弁

相殺の抗弁は、被告が訴訟上行使する形成権の代表例である。多くの場合に、原告の訴求債権の現存を争いつつ、もしそれが認められるのであれば反対債権で相殺する、という形で予備的に提出される。また、原告の請求とは必ずしも関係のない反対債権を審理の対象にする点に特徴がある[8]。

相殺の抗弁は、相殺により原告の債権を消滅させて請求棄却の判決を得るためになされるのであるから、次の場合には、相殺の抗弁について判断する必要はない。

訴訟上の相殺の抗弁について私法行為説をとった場合には、私法行為としての相殺の効力が上記のことにより条件付けられることになるが、それをどのように説明するかについては、次の2つの立場がある。

  1. 解除条件説  相殺の効果は、上記のことを解除条件として、相殺の意思表示の時点で、相殺適状時に遡って生ずる。
  2. 停止条件説  相殺の効果は、相殺意思表示の時点ではまだ生ぜず、裁判所が相殺を認める判断をした時点で、相殺適状時に遡って発生する(判決が上級審で取り消されれば、その効果は再び消滅する)。

被告の予備的相殺は、≪裁判所が判決理由中において訴求債権の存在を認めること≫を停止条件とする意思表示(私法行為)であるが、その意思表示がさらに≪相殺の抗弁が時機に後れた防御方法である等の理由により却下されること≫を解除条件としているとみるのが適当であろう。

訴訟上の相殺の再抗弁は許されるか
被告が相殺に供した反対債権に対して原告が訴求債権とは別の債権でさらに相殺することが許されるかが問題となる([宇野*2000a]が詳細である)。最高裁判所平成10年4月30日第1小法廷判決(平成5年(オ)第789号)は、次の理由により許されないとした。「訴訟外において相殺の意思表示がされた場合には、相殺の要件を満たしている限り、これにより確定的に 相殺の効果が発生するから、これを再抗弁として主張することは妨げないが、訴訟上の相殺の意思表示は、相殺の意思表示がされたことにより確定的にその効果を生ずるものではなく、当該訴訟において裁判所により相殺の判断がされることを条件として実体法上 の相殺の効果が生ずるものであるから、相殺の抗弁に対して更に相殺の再抗弁を主張することが許されるものとすると、仮定の上に 仮定が積み重ねられて当事者間の法律関係を不安定にし、いたずらに審理の錯雑を招くことになって相当でな」い。

  -------(訴求債権)------>
原告<-----(反対債権)-------被告
  --------(別債権)-------->

議論の視点には、次の二つがある。

  1. 実体法的アプローチ  先になされた相殺が有効であり、相殺によりすでに消滅している債権を受働債権として別の債権でもって相殺しても無意味であるという実体法の理論を主軸にして考察する立場。この立場は、訴訟外の相殺と訴訟上の相殺とを並行的にとらえ、当事者が各時点でなした自己の法律行為の効果についてもつ期待を尊重しようとするものである。
  2. 訴訟政策的アプローチ  訴訟審理を円滑に進行させるにはどのようにしたらよいかという視点から考察する立場。

前掲最判を支持する学説もあるが、批判的な見解もある。いくつかを紹介しよう。
 ()解除条件説に立つ見解

  1. 訴訟上の相殺の再抗弁は許されないとの結論には賛成しつつも、しかし、判例の見解に従えば、被告の相殺の抗弁提出後に原告が訴訟外で別債権をもつて無条件で相殺し、それを訴訟上主張すれば、裁判所はそれを取り上げなければならなくなるが、これは不当であるとする見解がある。この見解は、むしろ解除条件説にしたがって、原告からの訴訟外の相殺も訴訟上の相殺ももはや無効であと考えるべきであるとする説[3]。
  2. 被告の相殺の抗弁を察知した原告が、被告の主張するであろう反対債権と自己の別債権とを先に訴訟上相殺をする場合には、原告の相殺の再抗弁(先行的再抗弁)が優先し、またこの範囲であれば訴訟手続の錯雑化・審理対象のはてしない拡大は生じないとして、この範囲で相殺の再抗弁は適法であるとする見解もある(なお、この見解は、相殺の有効性を相殺の意思表示の先後ではなく、相殺適状の発生時の先後により決定する立場(逆相殺肯定説)はとらない)[6]。

 ()停止条件説にたつ見解  被告の予備的相殺は、裁判所が訴求債権を認めることを停止条件とするものであると見た場合には、原告から反対相殺がなされた場合の優劣が問題となる。理論的には、まず反対相殺の成否から判断すべきである。しかし、それでは、訴訟が錯雑となり、また、原告は反訴または別訴により当該債権を訴求する道が開かれているのであるから、原則として反対相殺の抗弁は許されないとすべきである([中野*2001a6]196頁以下参照)。

原告からの無条件再相殺の取扱い
原告が被告の反対債権を全面的に認めた上で反対相殺をする場合には、被告の主張する自動債権の存否は争点とならず、これに代えて、原告が反対相殺に供した債権の存否が争われるのであるから、後述の訴訟外相殺とのバランス上、この種の相殺の抗弁は許してよいであろう(この種の訴訟上相殺も、時機に後れた攻撃防御方法として却下されること等を解除条件としている点では、なお後述の訴訟外相殺と異なるが、しかし、審理の錯雑化を招くか否かという点では大差はない)。

訴訟外相殺の取扱い
いままで扱ってきた訴訟上の相殺は、被告が原告の訴求債権を争いつつ裁判所が訴求債権を認めるのであれば反対債権で相殺するというタイプの相殺であった。このような条件付相殺は、公権的紛争解決の場における相殺として許容されているが、訴訟外では許容されない。債務者は、受働債権の存在を認めた上で相殺しなければならない。受働債権の存在を争いつつ相殺することを認めれば、相手方の地位が不当に不安定になる(自己の権利を行使すべきなのか、証拠書類を保存すべきなのか、自己の債務は消滅したと考えて良いのかが不明確になる)。もちろん、受働債権が存在しないにもかかわらず誤って相殺した場合には、相殺は無効であり、これによって自働債権が消滅することはない。しかし、だからといって、反対債権の行使を無制限に許したのでは、相手方の地位が不安定になろう。非債弁済の場合と同様に、受働債権の存在を知っていた場合には、反対債権の行使は許されないとすべきであろう(民705条の類推適用)。

そのことを前提にしつつ、訴訟外相殺と訴訟上相殺(予備的相殺)との差異を見ると、被告が相殺前に受働債権が存在していたことを認めているか否かの差異が重要であることに気付く。この差異を考慮すると、被告の相殺の抗弁に対して原告が訴求債権とは別の債権で反対相殺をすることができるかという問題との関係では、訴訟上の反対相殺と裁判外で先行してなされた反対相殺とは区別してよい。裁判外での反対相殺にあっては受働債権たる被告の債権の存在は争われておらず、争点は、原告が反対相殺に供した債権の存否に限定されるからである。訴訟上の反対相殺の場合に、被告の債権と原告の相殺に供した債権の双方の存否が争われるのとは異なる。また、裁判外の反対相殺により既に生じている実体法上の効果は維持されるべきであり、被告が相殺の抗弁を提出する前に原告は反対相殺の意思表示をしなされていなければならないという時期的制限があるので、争点が無限に広がることはないからである。


9 訴訟記録


複雑な訴訟では審理に相当の時間がかかるので、審理に際して、あるいは判決内容の評議もしくは判決書の作成に際して、裁判所が文書化された資料を読み返す必要がある。また、第一審判決に対して控訴が提起された場合には、第一審で得られた裁判資料が控訴審でも用いられることを確実にするために(298条1項参照)、裁判資料が文書に記録されることが必要となる。そこで、次のものからなる訴訟記録が作られる。

9.1 口頭弁論調書(160条)

口頭弁論の経過について各期日ごとに口頭弁論調書が作成される。口頭弁論の方式については調書が唯一の証拠方法となる(160条3項)。一種の法定証拠である。例えば、判決言渡期日調書に、裁判長が判決原本に基づいて判決を言い渡した旨の記載があるが、期日欄が空白で、言渡しの年月日時の記載がない場合には、原判決は判決の手続が法律に違背したものとして破棄される(306条)(最判平成3.10.15判例集未登載・重要判例解説平成3年民訴4-1)。

調書の作成者は、口頭弁論期日に立ち会った裁判所書記官であり、それ以外の者による作成は許されず、作成しても無効である(160条3項の効力は認められない)。調書は、裁判所書記官が訴訟手続上の公証機関として裁判官から独立して作成するものであり、裁判所書記官が記名・押印する(規則66条2項)。これは、調書としての成立のために不可欠である([伊藤*1998a]250頁)。そのほかに、裁判長が、記載内容の正確性を認証するために、認印を押す(規則66条2項。同3項も参照)。

記載事項は、規則で詳細に定められている。

口頭弁論調書の作成の負担軽減のために、次の措置が認められている。

調書は、期日終了後直ちに完成していることが理想ではあるが、通常は、相当の日数がかかる。いずれにせよ、当事者その他の関係人は、出来上がった調書を閲覧することができる(91条)。当事者がその内容に異議を述べたときは、調書にその旨を記載しなければならない(160条2項)。

9.2 訴訟記録の閲覧(91条)

訴訟記録についても、当事者公開にとどまらず一般公開の原則がとられている。公開の主観的範囲は、記録の閲覧の場合と謄写等の場合とで異なる。

9.3 秘密保護のための閲覧等の制限(92条)

訴訟では、個人のプライバシーや企業秘密が裁判資料として提出される場合がある。その場合に、一般公開に付される訴訟記録の閲覧・謄写を通して漏洩することを恐れて、当事者が秘密事項に関する主張・立証を抑えれば、その当事者は敗訴の危険にさらされる。そこで、記録閲覧を制限する決定の制度が設けられた。
 (申立人  その秘密を保有する当該当事者に限られる。

10 口頭弁論における当事者の欠席


不出頭と欠席の区別
民事訴訟法には「出頭しない」「在廷しない」はあるが、「欠席」という言葉はない。このことを考慮して、不出頭と欠席とを区別し、「欠席」の意味を次のように定めておこう[1]。

10.1 一方のみの欠席

この場合に、出頭した当事者は、相手方が在廷する場合と同様に弁論を行い、請求の放棄あるいは認諾をし、あるいは証拠調べに関与することができる。弁論の更新(裁判官の交代した場合の従前の弁論の結果陳述。249条2項)も、出頭した当事者のみでなすことができる。相手方は、たとえ準備書面を提出していても、何も陳述できず、また準備書面記載事実を陳述したものとみなされることがないのが原則である。但し、次の特則がある。

10.2 双方の欠席

裁判所がなしうること
双方が口頭弁論期日に不出頭の場合には、当事者の弁論の余地はない。この場合に、裁判所は、次のことをなしうる。

なお、争点整理手続に両当事者が欠席した場合には、争点整理手続を終了させることができる。準備的口頭弁論の終了につき、166条、弁論準備手続の終了につき、170条6項・166条。

訴えの取下げの擬制263条
当事者双方が欠席する場合には、判決による紛争解決の意欲が当事者にないと考えられる。そこで、次の場合には、訴えの取下げがあったものとみなされる。

  1. 口頭弁論または弁論準備手続の期日を当事者双方が懈怠し、1月以内に期日指定の申立てをしないとき。または、
  2. 口頭弁論または弁論準備手続の期日を当事者双方が連続して2回懈怠したとき。
5月1日の口頭弁論期日に当事者双方が欠席した。裁判所は、5月29日を新期日に指定し、当事者双方を呼び出した。その期日にも双方が欠席した。6月2日になって原告が期日指定の申立てをしてきた。裁判所は、どうすべきか[2]。

目次文献略語
1998年11月5日− 2006年12月15日