目次文献略語

民事訴訟法講義

証 拠 1


関西大学法学部教授
栗田 隆
[CL1}

1 要証事実と不要証事実(179条


文 献
法律関係の判断は、事実を認定してそれに法を適用することによりなされる。裁判所は、事実を恣意的に認定してはならず、弁論主義に従いつつ、できるだけ真実に近い事実を認定しなければならない。弁論主義の下では、事実は当事者の主張により供給される。事実の認定は、基本的に、裁判所が当事者の主張の真偽を判断するという形でなされる(法247条)。裁判官が当事者の主張した事実を認定するためには、自由心証主義(法247条)の下で、事実についての主張を真実と認めることが必要である。裁判官が真実と認めるときに、その事実について証明があったという。

訴訟で問題となる事実の多くは、過去の出来事であり、その存否は実験による追試には親しまない。そのような事実について、絶対的な確信を要求することはできない。裁判官が「通常人として合理的な疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持つこと」で足り、裁判官がそのような認識をもった状態を証明という(裁判官が事実についてそのような認識をもったときに、事実は証明されたという)。さらに、裁判官がこのような心証(心理状態)をもつように、当事者が資料を提出することも証明という。挙証あるいは立証ともいう。

裁判所が請求の当否を判断する上で有用な事実を当事者は主張しなければならない。当事者が不要な事実を主張する場合には、裁判長は、当事者の陳述を制限することができるが、明示的に制限することが当事者の反発を不必要に招く場合には「事情としてお聞きします」と述べることもできる。そのような事実主張については、当事者が証拠の申出をしても、裁判所は却下することができる。以下では、そのような事実を除いた、請求の当否を判断する上で有用な事実を問題にする。

要証事実
当事者は、自己の主張する事実について証明活動をしなければならない。裁判所は、事実についての主張が真実であるか否かを判断する。直接事実であるか、間接事実であるか、補助事実であるかを問わない。しかし、弁論主義の下では、当事者間に争いのない主要事実はそのまま裁判の基礎にしなければならないので、そのような事実については、証拠による証明は不要である。また、裁判所が証拠調べを要しないほどに明白であると判断する事実(顕著な事実)についても、証拠による証明は不要である。

それ以外の事実については、弁論の全趣旨および証拠に基づく事実認定が必要である。しかし、当事者の事実主張の全部について真否の判断をする必要は必ずしもなく、請求について判断するのに必要な範囲で真否を判断すれば足りる。

不要証事実
次の事実については、当事者は、証明活動をする必要がない。裁判所は、証拠による証明を要することなく事実を認定することができる。

当事者間に争いのない主要事実  裁判所は、これをそのまま裁判の基礎にしなければならないからである(弁論主義の第2命題)。

顕著な事実  裁判所にとって証拠調べをするまでもなく明白で、真実性が客観的に担保される事実については、証拠調べは必要ない。これは、通常、次の2つに分類される[17][26]。
当事者間に争いのない間接事実等
179条前段は、「当事者の自白」が裁判所を拘束するから自白された事実については証拠調べも必要ないとの論理に基づくものである(審判排除効を基礎に置く証明不要効)。したがって、当事者間に争いのない間接事実や補助事実は、179条前段の対象外となる。しかし、これらの事実が常に証拠による証明が必要かと言えば、そうではない。裁判所は、証拠調べをすることなく弁論の全趣旨により(当事者間に争いがないということ自体により)その事実を認定することができ(247条)、そうするのが通常である。なお、179条後段の「顕著な事実」は主要事実に限られないが、前段の「当事者が自白した事実」は主要事実に限られる(同じ「事実」という語が指す範囲が異なるというのは落ち着かないが、修飾語が異なるのであるからやむを得ない[18])。

別の説明
179条前段は、伝統的には上記のように説明されてきている(例えば[梅本*民訴v4]758頁、[渡辺*1995]558頁注1、[長谷部*2014a]182頁)。しかし、「自白した事実」が「顕著な事実」と並べて同一法条に規定された結果、そこに言う「自白した事実」には、「顕著な事実」の場合と同様に、間接事実等も含まれるとの解釈も可能となる。そのため、自白の効力を3つに分解して、各効力がどのような種類の事実に認められるべきかを検討する見解も最近では有力である。例えば、[裁判所職員総研*2005a]182頁以下は、次のように整理する。
  主要事実 間接事実 補助事実
証明不要効
審判排除効
(裁判所に対する拘束力)
撤回禁止効
(当事者に対する拘束力)
△は、「判例は否定するが、肯定説もある」との趣旨が記述されていることを意味する。

この見解は、証明不要効と審判排除効との関係を断ち切って、当事者間に争いのない事実については、それが主要事実であるか間接事実・補助事実であるかに関わりなしに、証明不要効を肯定する点に特色がある。この見解によれば、179条前段は弁論主義の第2命題に基づく規定ではなく、247条(自由心証主義)の特則であると位置付けられることになろう。

間接事実の自白──自由心証による証明不要効
しかし、間接事実の認定が必要となるのは、主要事実が争われている場合である。間接事実の自白が裁判所を拘束しないことは、裁判所は証拠調べの結果に基づきそれとは異なる事実を認定することができることを意味する。裁判所が弁論終結前にそのような判断に至った場合には、裁判所はその点を指摘した上で、当該間接事実を主張する当事者にその立証を促すのが本来であろう。したがって、()間接事実については、当事者間に争いがないというだけでは証明不要とはならない。「当事者間に争いのない間接事実については、それと矛盾する事実が証拠調べの結果等から明らかにならないことを条件にして、当事者はその事実について証拠を提出する必要がない」というべきである。そのような間接事実の自白の証明不要効は、「自由心証による証明不要効」と言ってよいであろう(他方、直接事実の自白の証明不要効は、審判排除効を基礎にしており、両者は、幾分異なる)。この見解を「247条説」と呼ぶことにしよう。これに対して、()間接事実の自白の証明不要効の根拠を179条前段に求める見解を「179条説」と呼ぶことにしよう。次に述べるように、人訴法19条1項の存在を考慮すると、247条説が採用されるべきである。

人事訴訟における取扱い(1)
いずれの見解を是とするかを考えるにあたっては、179条前段の規定が人事訴訟においては適用が除外されていて(人訴法19条1項)、この適用除外にどのような意味を与えるべきかの問題に注意しなければならない。179条説にあっては、当事者間に争いのない間接事実も、常に証拠に基づいて認定することが必要であることになろう。その当否を考えるにあたっては、人訴法19条1項により排除される他の民訴規定にも目を向けるのがよい。排除されるのは次の規定である。
前記2つの見解に従った場合の説明は、次のようになろう。
  1. 247条説  当事者間に争いのない間接事実については、証拠調べの結果から反対の事実が明らかにならないのであれば、裁判所は、当該事実の重要性も考慮の上、弁論の全趣旨(特に、当事者間に争いのないこと)により当該事実を認定することもできるとすべきである。その間接事実を基礎にして、経験則により直接事実を推認することも許される。これらのことは、上記の規定の適用が排除されていることとのバランスを失していないと評価してよい。
  2. 179条説  人事訴訟においては、これらの規定の適用が排除されるのであるから、当事者間に争いのない間接事実についても、常に証拠に基づき事実を認定すべきである(弁論の全趣旨による認定は許されない)。
247条説が支持されるべきである。そうでないと、一方当事者が証拠調べに非協力的であるときに、事実の認定が困難になるからである。

人事訴訟における取扱い(2)
主要事実についても、裁判所は、弁論の全趣旨のみからその事実の存否について確信を抱くことができる場合には、その確信に従って主張の真否を判断することができる。当該弁論の全趣旨の中に人訴法19条1項により適用が排除される規定の対象となる状況(当事者間に争いがないという状況や、一方当事者が証拠調に極めて非協力的であるという状況など)が含まれている場合であっても、前記の判断をすることは妨げられないと解すべきである。もちろん、人事訴訟においては真実が探求されるべきであり、裁判所の確信の度合いは高いことが望まれる。例えば、証拠調べに非協力的な当事者に対しては、裁判所は、協力できない理由を尋ね、あるいは協力の説得の努力をするなかで、自己の確信の度合いを高めていくべきである。

当事者の主張の要否との関係
主要事実  179条は、一定の範囲の事実について証明が必要ないことを定めた規定であり、当事者の主張まで必要ないとする規定ではない。主要事実は、顕著な事実であっても、当事者によって主張されなければならない。

主要事実以外の事実  これは、当事者の主張がなくても、裁判所は証拠調べの結果から事実を認定して、又は顕著な事実として、裁判の基礎資料にすることができる。
  1. 証拠調べの対象になった文書の記載内容あるいは証人の証言内容が信用できると判断する場合には、裁判所は、その内容たる事実を認定する。主要事実が主張されているし、当事者は、証拠調べに関与する機会が与えられ、証拠から裁判官がどのような間接事実を認定するかを予期できる立場にあるから、当事者が主張しない間接事実が証拠調べの結果から認定されて裁判の基礎資料となっても、不意打ちとなることはない。
  2. 顕著な事実に関しては、それが裁判の基礎資料となりうることについて当事者と裁判所が共通認識を有することは必要であるが、その共通認識さえあれば、当事者からの主張は必要ないとしてよいであろう。顕著な事実の多くは、その共通認識を期待できる事実である。ただ、当事者が顕著な事実(間接事実)を見落としている場合には、裁判所はその点を指摘すべきである(顕著な事実と矛盾する主張をしている場合には、その点の釈明を求めることにより、共通認識を得ることができる)。
  (a)その他の事実 (b)主要事実
弁論での主張なし 弁論での主張あり
証拠調べから明らかになった事実 (a1)証拠調べに関与することにより認識の機会がある。
弁論に関与することにより認識可能。
顕著な事実 (a2)認識していることが期待されるが、認識しているとは限らない。認識していない可能性のある顕著な事実は、裁判所が弁論で指摘しておくことが望ましい。

例 外
人事訴訟では、訴訟手続の円滑な進行よりも真実の発見がより重視され、179条前段(当事者が自白した事実に関する部分)の適用はない(人訴19条1項。民訴法179条後段(顕著な事実に関する部分)の適用はある)。したがって、明示的に自白された主要事実についても、自由心証主義の下で裁判官が確信を抱くことが必要である。しかし、常に証拠調べが要求されるわけではなく、当事者間に争いのない事実であること、その事実の真実性を疑わせる事情が見あたらないことに基づき、247条によりその事実を真実と認めることは、なお可能と言うべきであろう。

2 証 拠


模索的証拠申出(模索的証明)に関する 文献  判例

2.1 証拠の概念と証拠調べの方法

「証拠」の意義
「証拠」の語は、大まかにいえば、裁判所による事実認定のための材料を意味する。細かくいえば、次のような様々な意味で使われる。
証拠の採否
「証拠の採否」における「証拠」は、証拠方法の意味の場合もあれば、証拠資料の場合もある。何れであるかを明確にするためには、前者は「証拠申出の採否」といい、後者は「証拠調べの結果の採否」というのがよい。

間接事実───経験則───>主要事実
 ↑             ↑
間接証拠          直接証拠
 ↑             ↑
補助事実          補助事実
 ↑             ↑
間接証拠          間接証拠
直接証拠と間接証拠
直接証拠は、主要事実(直接事実)の証明に直接役立つ証拠である。間接証拠は、間接事実または補助事実の証明に役立つ証拠である。

証拠調べの方法

民事訴訟法は、証拠調べが適正に行われるように、証拠調べの方法を法定している。190条以下で規定されているのは、証人尋問、当事者尋問、鑑定、書証、検証の5種類である。この外に、調査の嘱託(186条)も証拠調べの方法の一つと位置づけられ、その証拠方法は調査の嘱託を受ける者(団体)である。

ある証拠方法にどの証拠調べの方法を用いるかは、次の2つのことにより定まる。
例えば、人から証拠資料を得ようとする場合に、得ようとする情報がその人の記憶の中にある場合には、証人尋問・当事者尋問の方法が用いられる。しかし、その情報がその人の身体的特徴の場合には、検証の方法による。文字の書かれた紙を取り調べる場合に、その文字を読みとって記載内容を証拠資料とする場合には、書証となる。しかし、その紙の形状や紙質を調べてその結果を判断資料とする場合には、検証となる。

ただ、どの証拠調べの方法を選択すべきか微妙な場合がある。また、一つの証拠方法について二つの証拠調べの方法が明示的または黙示的に併用される場合がある。例えば、
実際には、どの証拠調べの方法を採用すべきかが微妙な場合がある。ある証拠方法からある資料(情報)を得ようとする場合に、複数の証拠調べの方法がありうることを認めておく方がよい。また、証拠調べの方法の選択の誤りは、異議の対象となりうるが、この異議を述べる権利は放棄しうるものであり、90条に服すると解すべきである。重要なのは、利害関係人の利益を不当に害することのないように配慮しつつ、証拠から資料を確実に得ることである。

法律で予定されている証拠方法及びその取調べ方法の範囲は、非常に広範であるので、法定の取調べ方法で取り調べるのが適切でない証拠はあまり考えられない。しかし、もしそのような証拠を取り調べる必要が生じた場合(法の予定しない証拠方法を取り調べる場合、あるいは、法の予定している証拠方法ではあるが法定の取調べ方法では適切に資料を得ることができない場合)には、法定の取調べ方法以外の方法を採用することも許されるとすべきである[27]。

人に一定の行為をさせる証拠調べ
自然人に対して証言や陳述以外の積極的行為をさせる証拠調べも許される。もっとも、この点については次の規定があるにとどまる。

これ以外に、どの範囲の行為(例えば、歌唱・舞踊・楽器演奏・歩行あるいは走行)まで命ずることができるかは、明確ではない(なお、これらの行為を命ずることができることを前提にすれば、その証拠調べは法廷外でなされることが多くなろう)。裁判所がこれらの行為を命じたにもかかわらず、当事者が正当な理由なくそれに従わない場合には、そのことは弁論の全趣旨の一部として斟酌することができよう。第三者が正当な理由なくそれに従わない場合に、第三者に制裁を課すことはできないが、ただ、そのことを補助事実として斟酌すること、あるいは証人が当事者と一定の関係にある場合に、その関係とともに不服従を弁論の全趣旨の一部として斟酌することは許されると解してよいであろう。

2.2 証拠の申出180条、規則99条

証拠の取調べを求める申立てを証拠の申出という(180条)。申出は、次のことを明らかにしてしなければならない。
証明主題の特定の必要性と模索的証拠申出
証明主題(証明すべき事実)は、具体的に特定すべきである。争点整理の完了後に行われる証拠調べにおいては、証明主題は具体的に特定されているはずである。しかし、損害賠償請求訴訟などにおいては、原告は被告の行為により自己に損害が生じたことを抽象的には認識していても、被告の行動を具体的に把握できていないため、被告の行為と損害との間の因果関係や被告の過失と評価されるべき行為を具体的に主張することができないこともある。また、被告の得た利益をもって原告に生じた損害と推定することがしばしば許されるが(その推定が規定されている場合もある。例えば特許法102条2項)、その場合に被告がどのような利益を得たのかを具体的に把握していないため、損害額と推定される被告の利益額について具体的な主張をすることができないこともある。このような場合に、第一次的に事実関係を明らかにする資料を得るために、証明主題を抽象的にしたまま証拠申出をすることがある。そのような証拠申出(挙証)は、模索的証拠申出と名付けることができ、しばしば模索的証明とも呼ばれる[1]。

証明主題が抽象的な証拠申出をどのような要件の下で許すべきかが問題になる。そのような証拠申出をせざるをえない当事者の利益、必要な証拠の提出・送付あるいは取調べにより相手方や第三者に生ずる不利益、裁判所の負担等を比較考量して決定されるべき問題である。

模索的証拠申出が比較的許されやすいのは、文書提出命令の申立てあるいは文書送付嘱託の申立てであろう。これらは、取調べの対象となる文書の入手手段であり、提出あるいは送付された文書を裁判所が直ちに取り調べる必要はなく、裁判所に生ずる負担は少ないからである(ただし、提出命令については、常にというわけではないが、命令を発すべきか否かについての裁判が重荷になることがある)。文書の所持者にとっては、紛争の解決に必要かどうかわからないのに文書を提出させられ、情報拡散の危険を負わされる。しかし、所持者が相手方当事者である場合について言えば、≪紛争の基盤となる法律関係≫が≪紛争の適正解決に協力する義務≫を基礎付け、その一部として模索的な文書提出にも応ずべきことを根拠付けよう(もちろん、言いがかりの訴訟もあるので、常にというわけではない)。

裁判例

申出の時期
証拠の申出は、期日前でもできる(180条2項)。これは証拠調べの実施について事前の準備を必要とするもの(例えば、証人の呼出し)についての規定である。当事者が所持する文書の提出のように事前の準備を要しないものについては適用がない。当事者が所持する文書についての書証の申出は、口頭弁論の期日に文書を提出する方法によりなすべきであるので(219条)、文書の原本を郵送しても書証の申出とはならず、当事者が期日に出頭して証拠調べの申出をしない限り、裁判所はこれを取り調べる必要がない(最判昭和37.9.21民集16-9-2052。挙証者が、控訴状とともに証拠文書(領収書)を裁判所に郵送したまま口頭弁論に終始出頭しなかった場合に、その証拠文書の提出があったとされなかった事例)[31]。このことを前提にして、規則137条1項では、文書を提出して書証の申出をするときは、当該申出をする時までに、その写しを裁判所に提出することが要求されている。裁判所に事前に提出するのは、証拠調べの対象となる文書そのものではなく、その写しである。規則139条も同様な考えに立って、「裁判長が特定の事項に関する書証の申出(文書を提出してするものに限る。)をすべき期間を定めたときは、当事者は、その期間が満了する前に、書証の写しを提出しなければならない」と規定している。

証拠の申出は、訴状が被告に送達される前でもできる。例えば、交通事故を原因とする損害賠償請求事件おいては、刑事事件の記録の送付嘱託(226条)を早期に行うことが有益であり、訴状が被告に送達される前に原告がこの申出をすることもできる。証拠申出書は、相手方に直送するのが原則であるが(規99条2項・83条)、訴状送達前には原告から被告への直送はできないので、裁判所が訴状と共に証拠申出書を被告に送達する([最高裁*1997b]144頁以下)。また、証拠の申出は、弁論準備手続においてすることもでき、証拠の申出が弁論準備手続においてなされている場合は(170条2項・171条2項)、口頭弁論で改めてする必要はない。

申出の撤回の制限
証拠の申出の撤回は、証拠調べの開始前は申出人の自由である。一旦証拠調べが始まると、証拠資料は証拠共通の原則により相手方の有利にも斟酌されるので、相手方の同意がなければ撤回できない。証拠調べが完了した後は、証拠申出を撤回することはできない(最判昭和32.6.25民集11-6-1143)。撤回は、裁判官の内心に生じた心証の消去を求めることになり、不可能ではないが負担のかかることであり、裁判の基礎資料の収集について当事者の処分権をそこまで認める必要はないからである。

2.3 証拠(申出)の採否(181条

証拠調べをするか否かは、裁判所が決定する。不必要な証拠は、採用しなくてもよい(181条)。次のような場合には、取り調べる必要はない。
書証については、取調べの対象となる文書を裁判官が読み始めた時が証拠調べの開始時点であり、読み終わった時点が証拠調べの完了時点である。文書が事件との関連性が低く、証拠調べの必要がないものである場合に、予め提出されている写しを読んで証拠調べの必要はないとの判断に至ったのであれば、まだ証拠調べは開始されていないので、181条により書証の申出を却下することに問題はない。証拠調べの対象文書を読み出してから証拠調べの必要がないとの判断に至った場合には、すでに証拠調べが始まっているので、証拠申し出を却下することができるかが問題となるが、不必要であると判断した時点で証拠調べを打ち切ってよいとすべきである。そして、裁判官が文書全体を閲読して証拠資料にしてくれるとの期待を挙証者はもち、その期待にそえないことを明確にするために(誤解が生じないようにするために)、却下の裁判をするべきである。そのような処理をしても、すでに閲読した部分は裁判官の記憶に残るが、証拠原因(事実認定の原因)になることはないので、問題はなかろう。

唯一の証拠
当事者がある争点について申し出た唯一の証拠は、双方審尋主義の建前上、取り調べることが望ましいが、常に取り調べなければならないというわけではない。 しかし、唯一の証拠を取り調べない(却下する)場合には、他の証拠を申し出る機会を与えるために、弁論終結前に却下の決定をすべきである。当事者の申し出た証拠が唯一の証拠方法でないときは、特段の事情のないかぎり、申出につき許否を決定することなく結審しても違法でない(最高裁判所 昭和45年12月4日 第2小法廷 判決(昭和45年(オ)第625号))。

2.4 証拠結合主義と証人・当事者本人の集中証拠調べ(182条

証拠結合主義  当事者の弁論と証拠調べとを並行して行うことが許されている。これを証拠結合主義という。証拠の取調べは、事実関係を把握して争点を発見・整理するために必要な場合があるからである。このことは、特に書証や検証あるいは鑑定について妥当する。

集中証拠調べ  しかし、当事者にまず事実を主張させ、主張の真否の判定のために証拠調べをするという原則は、本来、なるべく維持することが望ましい。なぜなら、当事者によって主張された主要事実と証拠調べの結果とが食い違っている場合に、裁判所が証拠調べの結果に従って事実を認定することを慮って、主要事実の主張を修正したり、予備的に修正することは、主張の整理として許されることであるが、証拠調べの結果認定されるであろう事実を争うために、あるいはその事実から生ずる法律効果を争うために、新たな事実の主張がなされると、その新事実の証明のためにあらたな証拠申し出がなされことになり、この繰り返しにより審理が漂流し(延々と続き)やすくなるからである。

そこで、現行法は、証拠結合主義を基本的に認めつつも、証人尋問や当事者本人・法定代理人・代表者(以下ではこの3者を併せて「当事者本人等」という)の尋問については、証人や当事者本人等の証拠調べの次の特質を考慮して、争点整理後に集中的に行うことを要請している(182条。法定代理人尋問については211条・182条、代表者尋問については37条・211条・182条)。
証人・当事者本人等の集中証拠調べの実を挙げるために、証人および当事者本人等の尋問をできる限り一括して申請することが要求されている(規100条)。

文書証拠の提出時期
「一方の当事者が主張する事実を他方の当事者が争う場合に、裁判所は、証拠調べをして、その事実の主張の真偽を判断する」というのは、一つの理念である。この理念は、証人尋問や当事者尋問のように、争点整理後に取り調べられるべき証拠(182条)には、よく妥当する。しかし、文書(例えば借用証書)は、争点整理にも役立つ証拠である(170条2項・171条2項)。規則55条も証拠となるべき文書を早期に提出することを求めている。さらに、自白の撤回がありうること、沈黙が否認に転じうることを考慮すると、重要な証拠(文書)は、相手方の自白の有無にかかわらず、争点整理の段階で提出しておく方がよい。検証物の中にも、同様な性質のものがある。

証拠となる文書は、一般論としては、争点整理の段階で早めに提出されることが好ましいとは言え、例外もある。証拠によっては、もし相手方が「その事実は、請求について判断する上で必要ない」と主張するのであれば、裁判所がその事実が不要であるとの判断を示さないこと(典型的には、必要であるとの判断を示したこと)を確認し、そして、相手方当事者がその事実を争うこと明らかにしてから、提出する方がよい場合もある。例:

2.5 当事者の立会権と不出頭の場合の取扱い(183条

証拠調べの主体は、裁判所であり、裁判所が証拠資料を得れば、それで証拠調べの目的を達することができる。しかし、当事者は、証拠調べに立ち会って、裁判所がどのような証拠資料を得たかを知り、それについて意見を述べる必要がある。また、当事者は、証人や当事者を尋問したり鑑定人に対して質問する権利を有する(202条210条215条の2)。裁判所は、証拠調べの期日にも当事者を呼び出さなければならない。

呼出しが適法になされていれば、証拠調べは当事者双方が出頭しない場合でもすることができる(183条)。例えば、証人尋問の期日に当事者双方が出頭しないことを理由に尋問を延期したのでは証人が迷惑するので、裁判所が尋問して証拠調べを終了できるとする必要があるからである。尋問すべき事項は、証拠申出の際に当事者が要証事実を特定し(180条1項)、尋問事項書を提出しているので(規則107条)、裁判所にも明らかになっている。

2.6 外国における証拠調べ(184条

2.7 裁判所外における証拠調べ(185条

証拠調べも、裁判の基礎資料の収集過程の一部として、公開の法廷で行うのが原則である。しかし、証拠によっては、裁判所外で行わざるをえない場合がある。例えば、不法行為訴訟における事故現場や建築紛争における建物の検証、あるいは入院中の証人の尋問がそうである。そこで法は、裁判所外での証拠調べを許容した。裁判所外での証拠調べを行う主体としては、次の3つがある。
裁判所外での証拠調べは、受訴裁判所が相当と認める場合になされ、その場合に、裁判所は受命裁判官または受託裁判官に証拠調べをさせることもできる(185条)。この「相当と認めるとき」という要件は原則的な要件であり、裁判所外で受命裁判官または受託裁判官に証人尋問をさせる場合については、195条に特則がある(185条1項2文の特則)。また、証拠保全の申立てが受訴裁判所になされる場合(235条1項ただし書の場合)には、裁判所は、受命裁判官に証拠調べをさせることができる(239条)。

受訴裁判所が属する官署としての裁判所(の建物)内で証拠調べをする場合には、裁判官全員がそろって行うのが本来であり、受命裁判官による証拠調べは原則として許されない。ただし、大規模訴訟における証人等の尋問については、例外が認められていて、裁判所は、当事者に異議がないときは、受命裁判官に裁判所内で証人又は当事者本人の尋問をさせることができる(268条)。

裁判所外でなされた証拠調べの結果は、公開原則および口頭主義の原則を維持するために、口頭弁論に上程されることが必要である(後述する)。

2.8 調査の嘱託(186条

官庁その他の団体に保存されている記録等が事実の認定の重要な資料となることが多い。例えば、ある株式のある取引所におけるある日の取引価額が問題となる場合がそうである。また、公知の事実については、証拠調べは不要とは言え、正確な情報あるいは詳細な情報が必要な場合には、官庁その他の団体からの資料提供が必要となる。こうした場合に、裁判所は、必要な調査を職権で嘱託することができる(嘱託の手続は、原則として裁判所書記官がする(規則31条2項)[24][25])。 嘱託を受けた団体は、請求により、報酬及び必要な費用が支給される(民訴費用法20条1項)。

嘱託先と調査事項
嘱託の相手方は、調査事項について公正で正確な報告を期待できる者に限定する趣旨で、186条に例示されている団体に限られる。個人は含まれない。裁判所からの調査の嘱託に応えて客観性の高い資料を提供すること(その前提として、資料を整然と保管すること)は、個人には負担が重すぎると考えられるからである(誤った報告がなされた場合には、その報告を基にして下された判決により不利益を受けた当事者に対して損害賠償義務を負うことがある)。もっとも、立法論として、個人経営の病院や法律事務所を含めてよいとの見解がある。調査事項は、報告者が主観を交えるおそれのない客観的事項であって、当該団体が保管する資料から容易に明らかになるものに限られる。保管資料から容易には明かにならない事項については、鑑定によることになる。

186条の効果
186条により調査の嘱託が認められていることの最小限の効果は、(α)嘱託が適法行為であること[32]、(β)嘱託に応じてなされた報告が証拠資料になり、事実認定の資料として用いることができることである。さらに、(γ)訴訟当事者、補助参加人及びこれらの者の代理人は、調査の嘱託が正当なものである場合には、受嘱託者の報告を妨げてはならないという義務を負う[33]。この外に、(δ)嘱託先が報告義務を負うかの点については、次述のように、見解が分かれる。
回答義務

以下では、調査の嘱託に応じた報告をする場合とその報告を拒絶する場合の双方を含めて、嘱託に対して何らかの応答をすることを「回答する」ということにする(なお、「回答」の語は「報告」の意味で使われることも多い)。受嘱託者は、日本の裁判権に服する限り、裁判所からの嘱託を無視してはならず、何らかの回答(報告、報告拒絶、嘱託内容の明確化の質問、又は、費用の補填あるいは当事者の同意が得られるならば報告する旨の回答など)をする法的義務を負う。報告拒絶の場合には、その理由を付すべきである。日本の裁判権に服しない者に対しても調査の嘱託をすることができるが、その嘱託は、受嘱託者に回答義務を発生させることのない依頼にとどまる。

報告義務  受嘱託者が報告義務を負うかについては、見解が分かれる。受嘱託者の特性に分けて見てみよう。
)日本の官庁または公署は、正当な拒絶理由がない限り、嘱託に応じて報告する義務を負う(公法上の一般的義務であると説かれる)。
)私法人その他の団体もそのような義務を負うか否かについては見解は分かれるが、(α)嘱託された事項が事案の適切な解決に必要であり、(β)正当な拒絶事由がなければ、報告義務を負うと解すべきである(裁判所は事案の適正な解決のために必要であると判断するからこそ調査の嘱託をするのであるから、(α)の要件はそれほど重要ではないが、しかし、報告義務の違反に一定の効果を結びつけることを前提にすると、この要件を欠かすことはできない)。この義務は、国民の裁判を受ける権利を保障するために、他の国民に課された適正な裁判の実現に協力する義務の一つであり、公法上の義務と位置づけられる。

報告拒絶の正当な事由としては、次のことなどが考えられる。
義務の強制方法の欠如と義務違反の効果
報告拒絶に対して、過料の制裁などは用意されておらず、その意味で強制方法はない。調査の嘱託が当事者の申出に基づく場合には、その当事者は、文書提出命令やその団体の職員の証人尋問の申出をして、情報を獲得することになる。もっとも、詐欺の被害者が加害者に対して損害賠償請求の訴えを提起するような場合には、被告あるいはその代表者を十分に特定できないまま訴状を裁判所に提出し、訴状送達前の段階で、151条1項6号の調査の嘱託が行われることがある(被告を特定するための調査の嘱託。別の手段として、弁護士会照会があるが、裁判所による調査の嘱託の方が報告を得やすい)。この場合に(つまり訴訟係属前に)文書提出命令や証人尋問の制度を利用することができるとの解釈は、まだ確立されていない。

報告義務は、裁判協力義務の一つであり、直接には嘱託をした裁判所に対して負う義務であると考えられている。それを前提にして、不当な報告拒絶が訴訟当事者の法律上保護された利益の侵害になるか否かが問題となる。見解は分かれる。
訴訟当事者は、他の国民に対し適正な裁判の実現に協力することを求める権利(裁判協力請求権)を有し、嘱託を受けた者は、訴訟当事者との関係でも報告義務を負うと考える余地はある。そのように考えると、不当な報告拒絶は、当事者との関係で義務不履行となり、損害賠償義務を比較的容易に根拠付けられる。しかし、それは一般に承認された見解にまではなっていない。その実質的な理由は、文書提出命令と異なり、調査の嘱託にあっては、報告義務の要件規制が不十分であり、不服申立ての制度も用意されておらないことであろう。嘱託先が報告義務の有無を明確に認識できる手当を用意せずにおいて、後の訴訟で、報告を拒絶したことが不法行為になるとして損害賠償義務を負わせることは、適正手続の視点からみても問題であろう。したがって、報告拒絶が当事者との関係で不法行為(当事者の法律上保護された利益の侵害)になるのは、報告拒絶を正当化する理由がないことを嘱託先が十分に認識できる場合に限られよう。その場合については、嘱託先は当事者との関係でも報告義務を負うと言うことができる(これを前提にして、当事者の報告請求権を観念し、その強制執行を語ることもできる)。しかし、問題を損害賠償請求権の発生に限定すれば、そのように言うか否かは、それほど重要なことではなく、嘱託報告義務は裁判所に対する公法上の義務であって当事者に対する義務ではないことを前提にして前記の肯定説を採用すれば十分である。

賠償すべき損害は、不当な報告拒絶により文書提出命令や証人尋問の申出その他の手段をとらざるを得なくなったことにより生ずる費用及び権利の実現が遅れたことから生ずる損害となろう。

裁判所の配慮義務
個人のプライバシーに関わる事項について調査の嘱託があった場合、それに答えたことにより団体がプライバシーを侵害された個人から責任を問われることになってはならない[20]。裁判所は、その点を配慮した上で嘱託をすべきである。なお、嘱託を受けた団体は、プライバシー保護のために、問題となる個人を裁判所が手持資料により特定することができる場合には、裁判所にその者の同意書を提出することを求めることができる[22](他方、裁判所の有する情報では特定することができず、被嘱託者の有する情報によらなければならない場合(例えば、銀行に対して特定の口座番号の預金者の住所を報告することが求められている場合)には、被嘱託者がその個人の同意を得て報告することになる)。

報告が誤っていた場合の責任
誤った報告に基づいて不当な判決が下されて確定した場合に、そのことが再審事由(338条1項5号)に該当すれば、誤った報告により損害を受けた当事者は、再審の訴えにより救済を求めることができる。また、その報告をした者(嘱託先)に過失があれば、損害を受けた当事者はその者に賠償を請求することができる(弁護士会照会に関する事件であるが、大阪地方裁判所 平成5年10月29日 第17民事部 判決(平成3年(ワ)第9599号)参照)。ただし、注意義務の設定にあたっては、(α)手許にある資料に基づく調査の結果を報告するとはいえ、一般に調査には誤りがつきまといやすいこと、(β)対価を得て負う義務ではなく無償で協力する義務であることを考慮すべきであろう。

職権による嘱託と当事者の申立権[10]
調査の嘱託は、裁判所が職権ですることができる[7]。調査の嘱託は、嘱託先の保存資料から簡単にわかる客観性の高い事項についてなされ、費用がかからないからである。「申立てにより」の文言がないので、当事者には申立権がないようにも読めるが、弁論主義の下では証拠調べを求める権限が当事者に認められており、調査の嘱託も証拠調べの一種である以上、これについても申立権(証拠申出権)があると解する見解が有力である([門口ほか編*2004a]139頁(小海隆則)、[注釈*2011b]122頁)。この見解によれば、調査の嘱託の申立てがあった場合に、裁判所がこれに応ずる必要がないと判断するときには、証拠申出の却下の裁判をすることになる(他の種類の証拠の申出と同様に、弁論の終結決定により黙示的に却下することは許される)

口頭弁論への顕出
調査結果は、文書(調査報告書)の形で報告されるのが通常である。職権でなされた場合には、調査報告書は期日に当事者に示して、当事者に意見陳述の機会を与えることが必要であり、これにより証拠資料となる;当事者からの援用は必要ない(最高裁判所 昭和45年3月26日 第1小法廷 判決(昭和44年(オ)第1156号)。通説)。

2.9 職権証拠調べ

ここで、職権証拠調べについてまとめておこう。職権証拠調べは、弁論主義の建て前上、原則として許されない。しかし、かなりの例外がある。
)証明すべき事実に関係なく許されるもの。「第3章 証拠」のなかから拾うと、次のものがこれに該当する。
)証明すべき事項との関係で許されるもの )証拠に基づく裁判を確保するために、訴訟係属中の証拠保全(237条)が認められている。なお、この証拠保全は、上記(a)(b)の職権証拠調べが許される範囲でのみ許されるとする見解が有力である。
鑑定は裁判所の知識の補充であるから職権でなしうるとの見解もあるが、否定説が通説である。

職権で証拠調べをすることが許される場合に、その証拠調べの方法について特に限定がなければ、文書提出命令や検証物提示命令を発することもできる。しかし、これらについては命令を受けた者が即時抗告をなすことができ(223条7項・232条3項)、即時抗告の相手方が必要不可欠というわけではないが、それでも相手方が存在する方が好ましく、発令裁判所自身が相手方になるのは適当でないことを考慮すると、極力、証拠調べが必要となる手続の当事者等に提出命令等の申立てを促し、それを受けて発令すべきであろう。

2.10 証拠調べの結果の報告

期日外でなされた証拠調べの結果は、口頭弁論に上程(報告)されて、初めて証拠資料として適法に斟酌されうる。なぜなら、
形式的であれ、これらの原則を充足させるために、証拠調べの結果は、口頭弁論において報告されることが必要である(顕出または結果陳述)。この報告により、裁判所、当事者および(潜在的な)傍聴人が裁判の基礎資料を共有することになる。裁判所が職権で収集した証拠については、裁判所が事実認定に用いる証拠を当事者に明かにし、意見陳述の機会を与えるためにも、口頭弁論期日(または弁論準備手続期日)に報告されなければならない[11]。
上記の意味で口頭弁論への上程が必要なものとして、次のものがある。
なお、文書提出命令や送付嘱託により提出された文書については、当事者に当該文書を証拠として申し出るか否か、申し出るとしてどの部分について申し出るかの決定権が認められており、その決定権を行使させるために裁判所が提出あるいは送付された文書を当事者に示す場合には、「提示」の語が用いられる(顕出・結果陳述も含めて[ゴマ*1998a]を参照)。

3 証明と疎明


3.1 証明度−事実の認定に要求される心証の度合

裁判官が法規を適用するためには、その要件に該当する具体的事実について一定程度の真実性の認識を持つことが必要である。裁判官が持つべきその真実性の認識の度合いを証明度という。証明度は、通常、「証明」(高度の蓋然性があるとの認識=確信)と「疎明」(一応確からしいとの認識)とに大別される。疎明で足りることを明示する特別の定めがなければ、証明が必要である。

裁判所書記官が抱くべき心証についても、同様のことが妥当する。例:
本来は証明がなされるべき場合に、証明に至らなくても事実を認定する(真実と認める)ことが許される場合もある。これを証明度の低減という。例:

3.2 証明

用語法
「証明」や「疎明」の語は、具体的な事実について用いるのが原則である。「過失について証明があった」といった用例に見られる「要件要素の証明」は、「要件要素に該当すると評価される具体的な事実について証明があった」との省略表現である。そこでは、具体的に事実の評価と認識がひとまとめにされている(混在している)ことに注意する必要がある。

証明された事実が要件要素に該当するか否かの判断は、裁判所が職権が行うべきことである。その評価がなされないことにより当事者に生ずる不利益を表現する言葉は、一般的に決まっているわけではないが、「評価付け責任」と言ってよいであろう。アメリカ法の用語を転用するならば、(主観的責任のニュアンスが強く出る点で問題があるが)「説得責任」も悪くはない。
裁判官が要証事実の存在につき「通常人として合理的な疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持った状態」を証明という[6]。さらに、裁判官がこのような心証(心理状態)をもつように、当事者が資料を提出することも証明という。挙証あるいは立証ともいう。なお、「挙証者」(220条2号3号・229条4項)とはいうが、「証明者」とはあまり言わない。当事者の立証活動は、証明責任の分配を考慮して行われる。証明責任は247条と関連するので、後述する。

因果関係の証明について言えば、それは、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することである。特別の定めがない限り「相当程度の蓋然性」では足りない[13]。何をもって高度の蓋然があったかは、個々の事案を通じて学ぶことになるが、最高裁判所 平成12年7月18日 第3小法廷 判決(平成10年(行ツ)第43号)は、それを学ぶのによい事例である(原子爆弾被爆者の医療等に関する法律7条1項の規定する放射線起因性についての証明があったとされた事例)。

いくつかの事例を挙げておこう。
厳格な証明・自由な証明
憲法82条・民訴180条以下の規定にしたがった証明を「厳格な証明」という。判決手続の本案の問題(請求の判断に必要な事実の存否の問題)についてはこれが要求される。憲法82条・民訴180条以下の規律に必ずしも拘束されない証明を「自由な証明」という(180条以下の規律からどの程度解放されるかは、証明されるべき事項に依存し、未だ議論は熟しておらず、明確に定まっているわけではない)。自由な証明にあっては、証拠申出の方法、証拠調べの方法、証拠方法の規制、当事者の立会い、証拠調べの結果の弁論への顕出等の点で、証拠調手続についての公開主義、直接主義、口頭主義の原則が後退する。次の事項について自由な証明が許される。
参考人等の審尋187条
決定で完結する事件については、口頭弁論を開くか否かは、裁判所が決める(87条1項ただし書)。口頭弁論を開けば、第三者(証人)又は当事者本人を宣誓させて尋問することができる。口頭弁論を開かない場合のために、「審尋」という簡易な証拠調べの方法が用意されていて、そこでは宣誓はなされない。したがって、審尋される第三者は、証人ではなく、参考人と呼ばれる[12]。弁論主義の第3命題に従い、参考人の審尋は、当事者が申し出た者に限られる(187条1項ただし書)。当事者本人の審尋は、職権でもできる(当事者本人の尋問に関する207条も参照)。参考人は、旅費・日当等を請求できる(民訴費用法19条)。

相手方がある事件については、相手方の立会権が保障されている(同条2項)。

87条2項の審尋と187条の審尋
両者とも、同じ審尋の語で呼ばれているが、内容は異なる。87条2項の審尋にあっては、審尋される者は手続の主体であり、自己に有利な主張をなし、他人の主張に反論し、証拠を提出することができる。187条の審尋は、証拠調べに代わるものであるから、審尋される者は、原則として、裁判所または当事者からの質問に答えるだけである。

3.3 疎明(188条

疎明は、「事実の存在が一応確からしいとの認識を裁判官が持った状態」を意味する。さらに、「裁判官が疎明の水準の認識をもつように、当事者が資料を提出すること」も疎明という[29]。

疎明の水準の蓋然性(一応の確からしさ)で要件の充足を認めて法規を適用することは、明文の規定がある場合にのみ許される[8]。例:
疎明の証拠方法は、即時に取り調べることができる証拠方法に限定される(188条)。文書は、持参する。証人は、一緒に連れていく(同行証人)。

3.4 その他−過料の裁判の執行(189条


目次文献略語
1999年12月2日− 2017年3月10日