注関西大学法学部教授 栗田 隆
民事訴訟法講義「証拠1」の注
注1 模索的証明については、次のような評価がなされている。
- [佐上善和*1978a] 相手方や審理に関する裁判所の利益の保護のために証明主題を特定し具体化することが挙証者に要請されるが、「この要請を相手方当事者の領域内での事実経過を主張すべき場合にまで維持し、詳細な事実経過を誤りなく主張させようとすることは、当該当事者に期待できないし、妥当ではないであろう」(210頁)。
- [竹下*1981c] 文書提出命令は、証拠の偏在状況において当事者の実質的対等性を回復する手段としての役割を期待されている(164頁)との立場から、証明主題の記載は、「当事者が証明の対象たる事実関係から物理的または社会的に隔離された地位にある場合」には、請求との関係における証拠の重要性及び証拠調べの範囲や目的が明らかになるように記載することは必要であるが(174頁以下)、この最小限度の要求を充たしていれば、「抽象的・不特定的記載で足りる」(175頁)とする。
- [畑*2002b] 模索的証明の概念は、問題となりうる状況を大まかに示すという程度の意味しかなく、主張の具体性については、「裁判所の利益・相手方の利益等の諸要素を総合的に考慮して判断せざるをえない」(632頁)。
- [高橋*重点講義・下v2] 「模索的証明という一般化した議論は、きめが粗く必ずしも生産的ではない」(89頁);「書証のための文書提出命令は、争点・証拠整理手続の中で行われるものであり、情報獲得のために利用することに抵抗は少ない」(90頁注84)。
注2 肯定説:[兼子*1986a]967頁(松浦馨)(官庁のみならず、会社その他の団体も調査の嘱託に応ずる一般公法上の義務があるとする)、大阪地方裁判所
平成18年2月22日 第2民事部 判決(平成15年(ワ)第4290号)(充実した議論があり、この講義のこれに刺激され、従前の否定説から肯定説に変更した)。
注3 具体例を挙げておこう。
- 平成12年6月2日に衆議院が解散されたことは公知の事実であり、解散によって右選挙の効力は将来に向かって失われたものと解すべきである(最高裁判所
平成12年11月10日 第2小法廷 判決(平成11年(行ツ)第16号)−選挙無効請求上告事件)。
- 球技としてのポロは、わが国においてはほとんどなじみのないものであることは、当裁判所に顕著な事実である(東京高等裁判所
平成11年12月16日 第6民事部 判決(平成11年(行ケ)第290号))。
- 酢などで調味した飯に魚介や野菜等の様々な食品を加えた「すし」と、捌いたうなぎに「たれ、みりん、しょうゆ」等を付けて焼いた「うなぎの蒲焼き」とは、その材料、形態、品質、味等の面において全く異なる食品であることはもとより、その通常の流通経路が相違しており、この食品のみを専門的に取り扱う「すし屋」と「うなぎ屋」とが、世上多数存在していることから、通常の取引者・需要者が、これらを明らかに異なる食品として認識していることは、当裁判所に顕著な事実である(東京高等裁判所
平成11年12月15日 第13民事部 判決(平成11年(行ケ)第147号))。
- 日本酒については、その取引者・需要者の間において、例えば、「秋田の酒」、「新潟の酒」、「土佐の酒」というような、その産地と結び付けた表現が日常頻繁に用いられていることは、公知の事実である(商標権侵害事件に関する東京高等裁判所
平成11年10月29日 第13民事部 判決(平成10年(ネ)第3707号))。
- 日本語を母国語とする者にとっては、「R」の音と「L」の音は、両者を欧米人が区別して発音していることを知ると否とに関わらず、発音する時にも、聞く時にも、区別することが難しいことは、当裁判所に顕著である(東京高等裁判所
平成11年11月16日 第6民事部 判決(平成11年(行ケ)第197号))。
- 簡易迅速を尊重する取引の実情において、商標に接する取引者・需要者は、一般に、「SAKE市場MARCHE′」のような、一連に称呼した場合には冗長な商標であって、かつ、各部分に分離されて認識される商標については、その各部分のうち、自他商品識別機能を果たす特徴のある部分を抽出して、その部分より生じる称呼、観念をもって取引に当たるものであることは、顕著な事実というべきである(東京高等裁判所
平成11年11月24日 第13民事部 判決(平成10年(行ケ)第413号))。
- カエルを擬人化するという手法が、少なくとも我が国において広く知られた事柄であることは、鳥獣戯画などを持ち出すまでもなく、当裁判所に顕著である。(東京高等裁判所
平成13年1月23日 第6民事部 判決(平成12年(ネ)第4735号))
- ゴルフ会員権の売買には,ゴルフ会員権市場ともいうべき市場が存在し,その市場において多数の会員権の売買が日常的に行われていることは公知の事実である。(最高裁判所
平成14年1月22日 第3小法廷 判決(平成12年(受)第828号))
- サンフランシスコ平和条約14条(b)の解釈をめぐって,吉田茂内閣総理大臣が,オランダ王国代表スティッカー外務大臣に対する書簡において,上記のような自発的な対応の可能性を表明していることは公知の事実である。(最高裁判所
平成19年4月27日 第2小法廷 判決(平成16年(受)第1658号)) 公知の事実の定義を「通常の知識経験を有する一般人が疑問を持たない事実」とした場合に、これを公知の事実ということができるかは、微妙であろう。この判示は、日中共同宣言第5条の解釈との関係でなされたものであり、法の解釈については裁判所は職権で資料収集することできるのであるから、上記の事実については、「公知の事実」といわずに「職権証拠調べの結果明らかになった事実」と述べてもかまわなかったはずである。ともあれ、この事例に示されるように、最高裁判例の考える「公知の事実」は、通常人の記憶にとどまっている事実に限られないことは確かである。なお、同日に下された類似の事件に関する最高裁判所
平成19年4月27日 第1小法廷 判決(平成17年(受)第1735号)は、前掲第2小法廷判決のそれと基本的に同じ内容のものであるが、この公知の事実の説示を含んでいない。その理由は定かではないが、この部分がサンフランシスコ平和条約の法解釈に必要不可欠というわけではないこと、及びこの事実が公知とはいえないことことの双方によるものと思われる。
公知の事実とはされなかった例
- 日本に入国したパキスタン国民が,難民であることを主張して,退去強制令書の発付処分等の取消しを請求した訴訟において,原告の提出したパキスタン官憲の作成名義に係る初期犯罪レポートの写し及び逮捕状の写し真否の確認のために外務省がパキスタン政府に照会して得た回答文書の提出命令の可否が問題となった。所持者は、その文書が外交実務上「口上書」と称される外交文書の形式によるものであるから提出すると公益が害されると主張した。外交官(駐マレイシア国大使等)の経験のある裁判官福田博は、その意見において、次のように述べた:「口上書とは,外国政府との間の意思疎通などのために利用される外交文書の形式の一つであり,「在A国日本国大使館は,A国外務省に敬意を表するとともに」などの書き出しを冒頭に置くことが通例とされているものである。そして,外国政府との意思疎通などは,口上書によるものを含め,対外的に公表することを当初から予定しているものではない」。しかし、他の裁判官は、「抗告人らの主張する慣例の有無等について審理した上で」監督官庁の意見に相当の理由があると認めるに足りないか否かを判断すべきであるとして、原決定を破棄して差し戻した(最高裁判所
平成17年07月22日 第2小法廷 決定(平成17年(行フ)第4号))。このような外交慣例の存在は、現段階では、公知の事実とはいえない(福田裁判官も公知の事実であると述べているわけではない)。しかし、そのような外交慣例の存在を認める裁判例が積み重なれば(特に最高裁によって認定されれば)、公知の事実に昇格することはありえよう。
注4 裁判例を挙げておこう。
注5 裁判官所属の裁判所の記録が調査の嘱託(法186条)の対象となるかの問題とも関係する。嘱託対象とすることは、その記録を口頭弁論において当事者に示して、意見陳述の機会を保障するという好ましい面があるのも確かである。ただ、すべての記録についてそのような機会の保障が必要でもなかろうし、また、当事者は民訴91条、民執17条、民保15条により記録を閲覧することが多くの場合に可能である。また、裁判所に顕著な事実と位置付けても、必要に応じて記録を口頭弁論において当事者に示して意見陳述の機会を与えることは可能である。これらのことを考慮すると、裁判官がその所属裁判所の記録を調査することも職務の一つと解し、その調査から明らかになる事実は顕著な事実(職務上明らかな事実)であると解したい。
注6 いくつかの裁判例を挙げておこう。
最判昭和50.10.24民集29-9-1417[百選*1998b]109事件
- [事実の概要] X(3才)が化膿性髄膜炎の治療のために東大病院に入院中に医師がルンバーンを施行したところ、15ないし20分後に突然、嘔吐・けいれん発作を起こし、半身不全麻痺・知能障害・運動障害等を残した状態で退院し、病院設置者の国に対して損害賠償を請求した。訴訟では、ルンバーン施術と本件発作・後遺症との因果関係の立証が問題となった(原告はルンバーン施術の失敗による脳内出血を主張したが、病院側は髄膜炎の再発を主張した)。第一審・第二審ともにルンバーンが原因であるとは断定し難いとして、請求棄却。最高裁は、原判決を破棄し、差戻す際に、次のように判示した。
- [判旨] 「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつそれで足りるものである」。この見地に立って、以下の事実関係を総合検討すると、「他に特段の事情が認められない限り、経験則上本件発作とその後の病変の原因は脳内出血であり、これが本件ルンバーンに因って発生したものというべく」、因果関係を肯定することができる。
1.Xの退院まで、本件発作とその後の病変が脳内出血によるものとして治療が行われてきた。
2.鑑定によれば、病巣部位が脳実質の左部にあると判断される。(右半身不随であるので、脳の左部位の病巣が原因となり、脳内出血が原因である可能性が高い)。
3.「本件発作は、Xの病状が一貫して軽快しつつある段階において、本件ルンバーン実施後15分ないし20分を経て突然発生したものであり、他方、化膿性髄膜炎の再燃する蓋然性は通常低いものとされており、当時これが再燃するような特別な事情も認められなかった」。
最判昭和56.12.16民集35-10-1369[百選*1998b]256事件
- [事実の概要] X───(損害賠償)──→国(空港設置者)
(夜間離着陸禁止)
控訴審は、慰謝料につき、B滑走路が使用され始めた昭和45年2月以前については居住地域により被害に若干格差があるとして、一人につき8000円と3000円の二つのランクを認め、それ以後は格差なしとして一律に月1万円を認めた。損害額の証明につき、最高裁は、次のように判示。
- [判旨] 人が「強大な航空機騒音に暴露される場合、これによる影響は、生理的、心理的、精神的なそればかりでなく、日常生活における諸般の生活妨害等にも及びうるものであり、その内容、性質も複雑、多岐、微妙で、外形的には容易に補足しがたいものがあり、被暴露者の主観的条件によっても差異が生じうる反面、その主観的な受け止め方を抜きにしてはこの影響を正確に認識、把握することができないようなものであることは、常識上容易に肯認しうるところである。したがって、原審が検証を実施した際に受けた印象や、Xらの陳述書、アンケート調査等に所論のような主観的要素が含まれているからといって、その証拠価値を否定することができないことはもちろん、原審がこれらに対してかなり高い証拠価値を認めたとしても、そのことをもって直ちに採証法則ないし経験則違背の違法があるとすることはできない」。
本件の原告らのように、原告らに共通する限度の損害の賠償として一律的な慰謝料請求をすることも許されるべきものであるから、「損害賠償の原因となるべきXらの被害について一律的な判断を示し、各人別にそれぞれ異なった被害の認定等を示していないことは、あえて異とするに足りない」。
注7 「裁判所は、・・・することができる」と表現されているのは、その現れである。職権で事実認定資料を収集することができるか否かは、規定の中に「職権で」の語句が入っている場合には明瞭であるが、その他の場合は文言だけからは必ずしも明らかにならない。例えば、186条と同じ形式をとる190条の証人尋問は、職権ではなされない。190条は、「何人も、特別の定めがある場合を除き、証人として証言する義務を負う」との表現を用いるべきところを、例外的に裁判所を主語にした規定であると考えてよいであろう。187条についても同様である。これら以外の「裁判所は・・・することができる」という形式の規定は、「申立により」との限定句がない限り(234条参照)、職権での資料収集を認めた規定と理解して大過ない。
なお、 「裁判所は、・・・することができる」と表現されている場合に、当事者の申立権が排除されるかは、2編4章の規定に関しては、別途検討されるべき問題である。弁論主義の下で、証拠の申出は当事者の権限とされているからである。
注8 疎明は、各種の申立ての濫用防止のために、一定の事項について要求されることもある。この場合には、その事項についての疎明がないと申立ては却下される。例:
- 破産法19条3項 破産宣告をするためには破産原因たる事実の証明が必要であるが、債権者が破産申立権を濫用しないように、申立にあたって破産原因たる事実の疎明が要求されている。
注10 調査の嘱託に代わる資料収集方法として、次のものがある。
- 当事者が官庁等から資料を取り寄せる 弁護士が代理人である場合には、弁護士法23条の2により弁護士会を通じて照会することもできる。
- 調査事項について知識を有すべき者の証人尋問 調査の嘱託の制度は、簡易迅速な証拠調べの方法として立案された経緯がある。
- 文書の送付嘱託の申立て(226条)または文書提出命令の申立て(219条)
注11 特別の手続についての規定であるが、当事者に意見陳述の機会を与えるべきことを明示的に定める規定として、行訴法24条、人訴法20条がある。特許庁での審判手続に関し特許法150条5項があり、この規定の違反を理由に審決を取り消した事例として、次のものがある:東京高等裁判所平成12年1月27日第6民事部判決(平成11年(行ケ)第254号)。
注12 適正な裁判の実現のために陳述することが望まれるが、不出頭や陳述拒絶に対する制裁はないので、その意味で、陳述義務があるとまでは言えない。宣誓もなされない。証言拒絶事由に相当する事由がある場合には、もちろん陳述しなくてよい。陳述を拒絶する者に陳述させる必要がある場合には、口頭弁論を開いて証人尋問を行う。なお、民執法5条による審尋については、一定の範囲で陳述義務が課せられている(当事者につき同法196条1号、その他の者につき197条)。
注13 原子爆弾被爆者の医療等に関する法律7条1項は、放射線と負傷又は疾病ないしは治ゆ能力低下との間に通常の因果関係があることを要件として定めたものと解すべきであり、このことは、法や特措法の根底に国家補償法的配慮があるとしても、異なるものではなく、「相当程度の蓋然性」の証明で足りるとすることはできない(最高裁判所
平成12年7月18日 第3小法廷 判決(平成10年(行ツ)第43号))
注15 調査の嘱託のなされた事件をいくつか挙げておこう。
- 携帯電話会社に特定の電話の受発信について調査の嘱託がなされ、その結果が証言の信用性に関する事実として取り上げられた事例として、神戸地方裁判所
平成14年3月20日 第6民事部 判決(平成10年(ワ)第1888号)がある(但し、この事件では、信用性の決め手とはならなかった)
注16 訴え提起の日は、受訴裁判所にとって多くの場合に明白な事実であるが、それでも、自白ないし擬制自白がなければ、顕著な事実として認定することになる。判決書に明記された実例として、鳥取地方裁判所
平成14年6月25日民事部 判決(平成12年(ワ)第133号)がある(これは、協定に基づくウラン残土撤去請求権が訴訟物であり、協定成立から10年を経過する直前に催告がなされ、それから6月以内に訴えが提起された事件である。時効の点は争点になっていないが、消滅時効が完成していないことを明らかにするために、裁判所は、訴え提起の日も判決書に記載したのであろう)。
注17 説明のための分類であり、いずれに該当するかを議論する実益は少ない。「一定の経験を経た裁判官や検察官にとって公知の事実」を「公知の事実」に分類するか「職務上明らかな事実」に分類するかは、重要なことではない。新たな分類項目を立ててもよい。
一定範囲の裁判官・検察官等にとって公知であるとされた事例として、次のものがある。
- (a)相手方の弱みである勤務先やその妻を巻き込もうとしていること、(b)執拗に謝罪文を書かせようとするなど、まず相手方が非を認めた外形を作出して、その後これを利用して自己の要求を飲ませようとしていること、(c)会社はどうしてくれるんだなどと言って、自分から極力金銭的要求を切り出さず、相手方から金銭提示が出た形をとらせようとしていること、(d)「舎弟に送らせる。」などと暴力団関係を暗示するような言辞や、「サラリーローンから金を借りろ。」「Jみたいに裁判になると、200万円や300万円ではすまんぞ。」等の脅迫的言動を弄することが、暴力団関係者等の恐喝の場合などの典型的な手口であることは、同種事件に一定の経験を積んだ裁判官・検察官等にとって公知の事実というべきである。(名古屋地方裁判所
平成14年1月29日 民事第1部 判決(平成12年(ワ)第929号))
- 多重債務に陥り,その債務を整理して,経済的再生を図ろうとする者の多くは,一般的には,利息制限法や貸金業法の知識を十分に有しているわけではなく,また,基本的な契約書,領収書等の関係書類の保存・保管も的確になされていない場合の多いのが現実であること,一方,貸金業者は,経済的には勿論のこと,組織的にも優位な立場にあり,その多くが,取引経過をコンピューターで管理していること等は,訴訟事件あるいは特定調停事件等に関与する者にとっては自明のことである。(旭川簡易裁判所
平成14年11月12日 判決(平成14年(ハ)第883号))
注18 明治23年民訴法では、218条で「裁判所ニ於テ顕著ナル事実ハ之ヲ証スルコトヲ要セス」とのみ規定されていた。裁判上自白された事実について証明が不要であることは承認されていたが([岩田*1922a]526頁)、そのことを明示する規定はなかった。大正15年の改正の際に、257条において、裁判上自白された事実と顕著な事実が証明を必要としないことが規定された。[山内*1931a]56頁は、次のように述べている:「旧法には明文はないが趣旨に於て異なる所はない」;「要するに自白は相手方の主張に対し、その立証を求むる権利の放棄である」。これだけでは、自白の対象が主要事実に限られるのか、間接事実も含まれるのかは明瞭ではないが、伝統的には、この「自白」は、弁論主義における自白の意味で理解されてきた(少なくとも、弁論主義の第2命題に関連させて説明されてきた)。
平成8年の現行法179条は、大正15年法257条を引き継いだものである。
注19 証拠方法は、ドイツ語のBeweismittelの訳語である。明治23年民訴法では、214条などでこの語が使われていたが、大正15年法では単純に「証拠」の語が用いられ、現行法もこれを引き継いである。これにより、現在では「証拠方法」は、講学上の用語にすぎなくなったが、多義的な証拠の意味を特定する上で、なお重要である。なお、「証拠方法」というよりは、「証明方法」という方がわかりやすいであろう([山内*1931a]
57頁)。
注20 最高裁判所
昭和56年4月14日 第3小法廷 判決(昭和52年(オ)第323号)参照(労働事件の会社側弁護士の申出により京都市弁護士会が労働者の前科を弁護士法23条の2に基づいて京都市中京区長に照会し、これにより得られた事実を弁護士の依頼者が公表したため労働者が損害を受けたとして、京都市に対して損害賠償を請求し、認容された事例。)。
注21 証明責任説を前提にすれば、この事実認定は267条の問題であり、179条の問題ではない。他方、加害車両の走行速度となると、加害者の過失・因果関係に関する事実について被害者が証明責任を負うのであるから、加害車両が事故当時30Kmで走行中であったとの事実も、当事者間に争いがなければ179条の自白となる。
注22 たとえば、名古屋地方裁判所
平成14年1月29日 民事第1部 判決(平成12年(ワ)第929号)では、原告から被告に電話が架けられたか否かが争点となり、裁判所がこの点について電話会社に調査の嘱託をしたところ、通話当事者の同意書の提出が求められた。
注23 [裁判所職員総研*2005a]182頁注3は、「自ら行った判決内容、一般的に裁判官として注意すべきであるといえる公告された事項(例えば破産手続開始決定など)」を例示する。私見からすれば、例示する範囲が狭いように思われる。なお、多数ある破産手続開始決定ないしその公告について、裁判官が常時注意すべきであるとは思われないので、「一般的に裁判官として注意すべきである」との修飾句は、結局のところ「必要に応じて裁判官が自ら調査してよく、また調査すべきである」の意味のように思える。それは、結局のところ、自己の所属する裁判所において下された破産手続開始決定については、その記録を調査することも職務に含まれることを意味しよう。他方、自己の所属する裁判所以外の裁判所が行った破産手続開始決定の公告までは、官報を調査すれば明らかとなるが、その検索は現時点(2006年12月)では結構手間のかかるものであり、それは記録の取り寄せで処理する方がよいであろう。
注24 [中野=松浦=鈴木*2004a] 331頁(春日偉知郎)は、「嘱託は裁判長が書面で行い、」と述べるが、これは旧法130条の下での取扱いである([条解*1997a]67頁以下参照
)。
注25 外国の官庁に調査の嘱託をする場合には、規則103条の趣旨に鑑みれば、裁判長の名義をもってすべきである。外国の私的な団体に調査の嘱託をする場合にも、同様にすべきと思われる(その方が、嘱託が受け入れられやすい)。
注26 最高裁判所
平成18年11月27日 第2小法廷 判決(平成17年(受)第1158号)は、「公知の事実及び裁判所に顕著な事実」との表現を用いている。179条後段の「顕著な事実」は、「裁判所に顕著な事実」を意味するので、この表現をどのように理解すべきかは迷うが、「顕著な事実」を「公知の事実」と「その他の顕著な事実」(「公知の事実とはいえないとしても、裁判所にとってあきらかな事実」)に分類したものと理解してよいであろう。後者の中には「職務上知り得た事実」も、もちろん含まれる。このような分類方法も可能である。
この分類方法が意味を持つのは、伝統的な分類法である「公知の事実」にも「職務上知り得た事実」にも該当しないが、それでも「裁判所にとって証拠調べをするまでもなく明らかな事実」(第3類例の顕著な事実)が存在するときである。前2者の概念設定にも依存することであるが、第3類型の内容に関心がもたれるところである。ただし、伝統的な「公知の事実」と「職務上知り得た事実」の概念を前提にして、第3類型の「顕著な事実」の範疇を肯定するとしても、概念を細かに分類することにいそしむよりは、「公知の事実」と「その他の顕著な事実」との2分法を採用するのも現実的な選択である。
注27 [山内*1931a]65頁は、次のように述べている:「併かしながら之あるが為法は証拠方法を法律の規定する方法に限るの趣旨を有すると為すは非である」。
注28 朝日新聞「過労死訴訟、国がアダルト画像撤回 「遺族心情を考慮」」(2010年6月16日の記事<http://www.asahi.com/national/update/0615/OSK201006150242.html>)を素材にした。
注29 次の用例における「疎明」は、「要件要素の疎明」であり、「要件要素に該当する具体的事実について一応確からしいとの認識をもつ」あるいは「要件要素に該当する具体的事実について裁判官が一応確からしいとの認識をもつことができるように資料を提出する」の意味で用いられている:
- 「[証拠保全の]事由の疎明は当該事案に即して具体的に主張され、かつ疎明されることを要する」(広島地方裁判所
昭和61年11月21日 民事第1部 決定(昭和61年(ソ)第11号)) 2番目の「疎明」は通常の意味(裁判官が疎明の水準の認識をもつように、当事者が資料を提出すること)の意味であるが、最初の疎明は、具体的事実の主張+事実認定のための資料の提出の双方を含んだ意味で用いられている。
- 「証拠保全の事由について疎明があったものといえる」(前掲広島地決)
次の用例における「疎明」は具体的な事実について用いられているが、「事実を主張して」を含んだ意味で用いられている。
- 「具体的な改ざんのおそれを一応推認させるに足る事実を疎明することを要する」(前掲広島地決)
注30 例えば、[伊藤*民訴]298頁。[伊藤*民訴v5]357頁は、次のように述べる:「原則としては、記憶されていることを要するが、その細部を記録等の調査によって補充することは許される。」。
注31 実際上の意義は、口頭弁論に出頭しない不熱心当事者からの証拠申出を排除して、審理を迅速に進める点にあると見てよいであろう。
注32 不当な嘱託は許されないことを前提にすると、「正当な嘱託は適法行為であること」というのが正しいが、同語反復の色合いが強いので、本文のように簡単に記した。
注33 次のような事例がある。
- 弁護士懲戒 Y弁護士は、「Aから同人を被告とする離婚等請求訴訟を被懲戒者の所属弁護士と受任したところ、裁判所がA名義の資産内容に関する調査嘱託を決定し、裁判所書記官が2013年6月17日付けで調査嘱託書を発送すると、同日、Aの代理人弁護士として、上記嘱託先である全26社に対し、上記嘱託先との契約者であるAが契約に関わる一切の情報について裁判所その他の第三者に対して開示することを望んでないこと、上記情報が開示されたことによるAの不利益が極めて大きいこと、諸事情を踏まえて適正かつ慎重な判断を求める旨が記載された文書を発送し、上記嘱託先に回答しないことを働きかけた」。第一東京弁護士会は、この行為が弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当するとして、Y弁護士に対して、戒告の懲戒処分をした(自由と正義68巻8号(2017年)71頁。 財産分与の裁判の基礎資料を得るために当事者の資産内容の調査を嘱託することは正当行為であるから、その嘱託に応じないように働きかけることは、報告を妨げてはならない義務に違反する。したがって、この懲戒処分は正当である。