注関西大学法学部教授 栗田 隆

民事訴訟法講義「証拠1」の注


注1 模索的証明については、次のような評価がなされている。

注2 肯定説:[兼子*1986a]967頁(松浦馨)(官庁のみならず、会社その他の団体も調査の嘱託に応ずる一般公法上の義務があるとする)、大阪地方裁判所 平成18年2月22日 第2民事部 判決(平成15年(ワ)第4290号)(充実した議論があり、この講義のこれに刺激され、従前の否定説から肯定説に変更した)。

注3 具体例を挙げておこう。

公知の事実とはされなかった例

注4 裁判例を挙げておこう。

注5  裁判官所属の裁判所の記録が調査の嘱託(法186条)の対象となるかの問題とも関係する。嘱託対象とすることは、その記録を口頭弁論において当事者に示して、意見陳述の機会を保障するという好ましい面があるのも確かである。ただ、すべての記録についてそのような機会の保障が必要でもなかろうし、また、当事者は民訴91条民執17条、民保15条により記録を閲覧することが多くの場合に可能である。また、裁判所に顕著な事実と位置付けても、必要に応じて記録を口頭弁論において当事者に示して意見陳述の機会を与えることは可能である。これらのことを考慮すると、裁判官がその所属裁判所の記録を調査することも職務の一つと解し、その調査から明らかになる事実は顕著な事実(職務上明らかな事実)であると解したい。

注6  いくつかの裁判例を挙げておこう。

最判昭和50.10.24民集29-9-1417[百選*1998b]109事件

最判昭和56.12.16民集35-10-1369[百選*1998b]256事件

注7  「裁判所は、・・・することができる」と表現されているのは、その現れである。職権で事実認定資料を収集することができるか否かは、規定の中に「職権で」の語句が入っている場合には明瞭であるが、その他の場合は文言だけからは必ずしも明らかにならない。例えば、186条と同じ形式をとる190条の証人尋問は、職権ではなされない。190条は、「何人も、特別の定めがある場合を除き、証人として証言する義務を負う」との表現を用いるべきところを、例外的に裁判所を主語にした規定であると考えてよいであろう。187条についても同様である。これら以外の「裁判所は・・・することができる」という形式の規定は、「申立により」との限定句がない限り(234条参照)、職権での資料収集を認めた規定と理解して大過ない。
 なお、 「裁判所は、・・・することができる」と表現されている場合に、当事者の申立権が排除されるかは、2編4章の規定に関しては、別途検討されるべき問題である。弁論主義の下で、証拠の申出は当事者の権限とされているからである。

注8  疎明は、各種の申立ての濫用防止のために、一定の事項について要求されることもある。この場合には、その事項についての疎明がないと申立ては却下される。例:

注10  調査の嘱託に代わる資料収集方法として、次のものがある。

注11  特別の手続についての規定であるが、当事者に意見陳述の機会を与えるべきことを明示的に定める規定として、行訴法24条、人訴法20条がある。特許庁での審判手続に関し特許法150条5項があり、この規定の違反を理由に審決を取り消した事例として、次のものがある:東京高等裁判所平成12年1月27日第6民事部判決(平成11年(行ケ)第254号)。

注12  適正な裁判の実現のために陳述することが望まれるが、不出頭や陳述拒絶に対する制裁はないので、その意味で、陳述義務があるとまでは言えない。宣誓もなされない。証言拒絶事由に相当する事由がある場合には、もちろん陳述しなくてよい。陳述を拒絶する者に陳述させる必要がある場合には、口頭弁論を開いて証人尋問を行う。なお、民執法5条による審尋については、一定の範囲で陳述義務が課せられている(当事者につき同法196条1号、その他の者につき197条)。

注13  原子爆弾被爆者の医療等に関する法律7条1項は、放射線と負傷又は疾病ないしは治ゆ能力低下との間に通常の因果関係があることを要件として定めたものと解すべきであり、このことは、法や特措法の根底に国家補償法的配慮があるとしても、異なるものではなく、「相当程度の蓋然性」の証明で足りるとすることはできない(最高裁判所 平成12年7月18日 第3小法廷 判決(平成10年(行ツ)第43号))

注15  調査の嘱託のなされた事件をいくつか挙げておこう。

注16  訴え提起の日は、受訴裁判所にとって多くの場合に明白な事実であるが、それでも、自白ないし擬制自白がなければ、顕著な事実として認定することになる。判決書に明記された実例として、鳥取地方裁判所 平成14年6月25日民事部 判決(平成12年(ワ)第133号)がある(これは、協定に基づくウラン残土撤去請求権が訴訟物であり、協定成立から10年を経過する直前に催告がなされ、それから6月以内に訴えが提起された事件である。時効の点は争点になっていないが、消滅時効が完成していないことを明らかにするために、裁判所は、訴え提起の日も判決書に記載したのであろう)。

注17  説明のための分類であり、いずれに該当するかを議論する実益は少ない。「一定の経験を経た裁判官や検察官にとって公知の事実」を「公知の事実」に分類するか「職務上明らかな事実」に分類するかは、重要なことではない。新たな分類項目を立ててもよい。

一定範囲の裁判官・検察官等にとって公知であるとされた事例として、次のものがある。

注18  明治23年民訴法では、218条で「裁判所ニ於テ顕著ナル事実ハ之ヲ証スルコトヲ要セス」とのみ規定されていた。裁判上自白された事実について証明が不要であることは承認されていたが([岩田*1922a]526頁)、そのことを明示する規定はなかった。大正15年の改正の際に、257条において、裁判上自白された事実と顕著な事実が証明を必要としないことが規定された。[山内*1931a]56頁は、次のように述べている:「旧法には明文はないが趣旨に於て異なる所はない」;「要するに自白は相手方の主張に対し、その立証を求むる権利の放棄である」。これだけでは、自白の対象が主要事実に限られるのか、間接事実も含まれるのかは明瞭ではないが、伝統的には、この「自白」は、弁論主義における自白の意味で理解されてきた(少なくとも、弁論主義の第2命題に関連させて説明されてきた)。

平成8年の現行法179条は、大正15年法257条を引き継いだものである。

注19  証拠方法は、ドイツ語のBeweismittelの訳語である。明治23年民訴法では、214条などでこの語が使われていたが、大正15年法では単純に「証拠」の語が用いられ、現行法もこれを引き継いである。これにより、現在では「証拠方法」は、講学上の用語にすぎなくなったが、多義的な証拠の意味を特定する上で、なお重要である。なお、「証拠方法」というよりは、「証明方法」という方がわかりやすいであろう([山内*1931a] 57頁)。

注20  最高裁判所 昭和56年4月14日 第3小法廷 判決(昭和52年(オ)第323号)参照(労働事件の会社側弁護士の申出により京都市弁護士会が労働者の前科を弁護士法23条の2に基づいて京都市中京区長に照会し、これにより得られた事実を弁護士の依頼者が公表したため労働者が損害を受けたとして、京都市に対して損害賠償を請求し、認容された事例。)。

注21  証明責任説を前提にすれば、この事実認定は267条の問題であり、179条の問題ではない。他方、加害車両の走行速度となると、加害者の過失・因果関係に関する事実について被害者が証明責任を負うのであるから、加害車両が事故当時30Kmで走行中であったとの事実も、当事者間に争いがなければ179条の自白となる。

注22  たとえば、名古屋地方裁判所 平成14年1月29日 民事第1部 判決(平成12年(ワ)第929号)では、原告から被告に電話が架けられたか否かが争点となり、裁判所がこの点について電話会社に調査の嘱託をしたところ、通話当事者の同意書の提出が求められた。

注23  [裁判所職員総研*2005a]182頁注3は、「自ら行った判決内容、一般的に裁判官として注意すべきであるといえる公告された事項(例えば破産手続開始決定など)」を例示する。私見からすれば、例示する範囲が狭いように思われる。なお、多数ある破産手続開始決定ないしその公告について、裁判官が常時注意すべきであるとは思われないので、「一般的に裁判官として注意すべきである」との修飾句は、結局のところ「必要に応じて裁判官が自ら調査してよく、また調査すべきである」の意味のように思える。それは、結局のところ、自己の所属する裁判所において下された破産手続開始決定については、その記録を調査することも職務に含まれることを意味しよう。他方、自己の所属する裁判所以外の裁判所が行った破産手続開始決定の公告までは、官報を調査すれば明らかとなるが、その検索は現時点(2006年12月)では結構手間のかかるものであり、それは記録の取り寄せで処理する方がよいであろう。

注24  [中野=松浦=鈴木*2004a] 331頁(春日偉知郎)は、「嘱託は裁判長が書面で行い、」と述べるが、これは旧法130条の下での取扱いである([条解*1997a]67頁以下参照 )。

注25  外国の官庁に調査の嘱託をする場合には、規則103条の趣旨に鑑みれば、裁判長の名義をもってすべきである。外国の私的な団体に調査の嘱託をする場合にも、同様にすべきと思われる(その方が、嘱託が受け入れられやすい)。

注26   最高裁判所 平成18年11月27日 第2小法廷 判決(平成17年(受)第1158号)は、「公知の事実及び裁判所に顕著な事実」との表現を用いている。179条後段の「顕著な事実」は、「裁判所に顕著な事実」を意味するので、この表現をどのように理解すべきかは迷うが、「顕著な事実」を「公知の事実」と「その他の顕著な事実」(「公知の事実とはいえないとしても、裁判所にとってあきらかな事実」)に分類したものと理解してよいであろう。後者の中には「職務上知り得た事実」も、もちろん含まれる。このような分類方法も可能である。

この分類方法が意味を持つのは、伝統的な分類法である「公知の事実」にも「職務上知り得た事実」にも該当しないが、それでも「裁判所にとって証拠調べをするまでもなく明らかな事実」(第3類例の顕著な事実)が存在するときである。前2者の概念設定にも依存することであるが、第3類型の内容に関心がもたれるところである。ただし、伝統的な「公知の事実」と「職務上知り得た事実」の概念を前提にして、第3類型の「顕著な事実」の範疇を肯定するとしても、概念を細かに分類することにいそしむよりは、「公知の事実」と「その他の顕著な事実」との2分法を採用するのも現実的な選択である。

注27  [山内*1931a]65頁は、次のように述べている:「併かしながら之あるが為法は証拠方法を法律の規定する方法に限るの趣旨を有すると為すは非である」。

注28  朝日新聞「過労死訴訟、国がアダルト画像撤回 「遺族心情を考慮」」(2010年6月16日の記事<http://www.asahi.com/national/update/0615/OSK201006150242.html>)を素材にした。

注29  次の用例における「疎明」は、「要件要素の疎明」であり、「要件要素に該当する具体的事実について一応確からしいとの認識をもつ」あるいは「要件要素に該当する具体的事実について裁判官が一応確からしいとの認識をもつことができるように資料を提出する」の意味で用いられている:

次の用例における「疎明」は具体的な事実について用いられているが、「事実を主張して」を含んだ意味で用いられている。

注30  例えば、[伊藤*民訴]298頁。[伊藤*民訴v5]357頁は、次のように述べる:「原則としては、記憶されていることを要するが、その細部を記録等の調査によって補充することは許される。」。

注31  実際上の意義は、口頭弁論に出頭しない不熱心当事者からの証拠申出を排除して、審理を迅速に進める点にあると見てよいであろう。

注32  不当な嘱託は許されないことを前提にすると、「正当な嘱託は適法行為であること」というのが正しいが、同語反復の色合いが強いので、本文のように簡単に記した。

注33  次のような事例がある。