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民事執行法概説

担保執行 1


関西大学法学部教授
栗田 隆

1 担保執行の基礎


担保執行(担保権の実行・行使)
被担保債権の満足のために担保権の実行及び行使として行われる民事執行を担保執行と呼ぶ([中野*民執v4]5頁[中野*民執v5]6頁[中野*民執v6]6頁)。これには、下記の表に示すものが含まれる。代表例は、担保権の実行として不動産および動産の競売であるが、これに限られるわけではない。その点からすれば、1条において使用されている「担保権の実行としての競売」の語は、平成15年改正前は正当であったが、同改正により担保不動産収益執行が導入された後は、狭すぎる[10]。
対象財産 強制執行(金銭執行) 担保執行
不動産 不動産執行(43条)
  • 強制競売
  • 強制管理
不動産担保権の実行(180条)
  • 担保不動産競売
  • 担保不動産収益執行
動産 動産執行(122条) 動産競売(190条)
債権 債権執行(143条) 債権についての担保権の実行及び行使
  • 債権を目的とする担保権の実行(193条1項前段)
  • 担保権(に基づく物上代位権)の行使(193条1項後段)
その他の財産権 その他の財産権に対する強制執行(167条) その他の財産権を目的とする担保権の実行(193条1項前段)

自力執行の禁止
担保権者は、留置権の例外を除けば、実体法上、目的物の交換価値から優先弁済を受ける権利を有し、この権利の実現のために目的物を換価する権限を有する。しかし、担保権に基づく換価についても、自力執行(自力救済)の禁止の原則は妥当する。担保権者が私的強制力(私力)の行使により担保物を換価することは、原則として許されない(債権者が占有する質物についても許されないのが原則である(流質の禁止。民法349条)。ただし、商法515条に例外が規定されている)。債権者は、国家に対して、担保物を換価してその代金からの優先弁済を与えることを求めなければならない。担保権者は、この意味で競売申立権[7]を有する。

不動産担保権者は、被担保債権について債務不履行が生じた後は、不動産の果実(収益)から優先弁済を受ける権利を有するが(民法371条)、ここでも私的強制力の行使は許されない。彼のために収益執行の制度が用意されており(民執法180条2号)、彼はその申立てをしなければならない。

担保執行の基礎
強制執行の基礎が執行債権そのものではなく、その存在を公証する債務名義であるのに対し、担保執行の基礎は担保権そのものとされた。担保権の存在を公証する格式文書が要求されることによるコスト上昇を嫌ってのことである。債務名義に相当する格式文書が必要であるとすると、確実な取引を基本とする金融機関としては、ほとんどの不動産担保取引に際して、格式文書の調達を債務者に要求することになるが、実際の担保取引の多くは担保権の実行に至ることなく終了するのであり、担保執行に至るのは少数である。このことを考慮すると、現行法がコストのかかる格式文書を要求していないことは、賢明な選択である。
強制執行と担保執行との基本的な差異 ── 不動産について[14]
事項 強制執行 担保執行
執行の基礎 債務名義 担保権
執行申立時に提出する、実体権に関する文書 執行力のある債務名義の正本(25条 担保権の存在を証する法定文書の謄本(181条1項)
執行停止文書 39条所定の文書(正本) 183条所定の文書(謄本)
買受人の地位の安定
担保執行の基礎が担保権であることは、国家の執行機関が担保物をその所有者の意思に反して売却することができることの根拠が担保権そのものにあることを意味する。そこからは、担保権が存在しないにもかかわらず誤って競売が行われた場合には、無権代理による売却の場合と同様に、所有者はその執行売却により所有権を失うことはないということが帰結される。しかし、それでは買受人の地位が不安定になる。この不安定は、(α)動産競売の場合には、即時取得の制度(民法192条)により改善される。(β)他方、不動産については、登記に公信力が認められていないので、買受申出人の執行裁判所に対する信頼を保護するために、執行法上の手当が必要となる。民執法184条は、そのための規定である。競売手続を阻止する機会のあった所有者を保護することの必要性よりも、裁判所の行う競売手続を信頼せざるを得ない買受人を保護すること、並びに買受人を保護して担保競売の機能ひいては信用制度の信頼を高めることの必要性の方が大きいとの考慮を基にして、「買受人の不動産の取得は、担保権の不存在又は消滅により妨げられない」と規定された。

強制執行の総則規定の準用(194条
次の規定が、担保執行(担保権実行競売、担保不動産収益執行、債権・その他の財産権についての担保権の実行・行使)に準用される(194条)。
他方、上記以外の規定は準用されない。例えば、
手続上の当事者
能動的当事者は、担保執行の申立人、すなわち担保権者(債権者)である。

受動的当事者(相手方)については、見解の対立がある。()担保の目的財産の帰属主体(典型的には所有者)と被担保債権の債務者の双方が受動的当事者と見る立場もある([条解*1998a]465頁、[注釈*1995c]264頁(近藤崇晴)など)。しかし、この概説では、()受動的当事者は担保権の目的財産の帰属主体であり、債務者は、手続の各局面において、必要に応じて、受動的当事者に準じた地位を与えられるとの立場にたつ([中野*民執v4]337頁[中野*民執v5]355頁[中野*民執v6]368頁。この点を詳細に論ずる文献として[三谷*1984a]も参照)。いずれと理解するかは、181条4項の解釈や、188条・192条・193条2項・194条によって準用される強制執行に関する規定中の「債務者」をどのように読み替えるかの問題に関係する。

182条等における「債務者又は所有者」
182条と191条(および平成15年改正で新設された187条)で、「債務者又は所有者」の語が用いられているが、その意義についても見解の対立がある。
  1. 双方説  文字通りに、被担保債権の債務者と担保不動産の所有者の双方を指すとする見解([注釈*1995c]80頁以下(近藤崇晴)、[浦野*1985a]831頁など)。
  2. 所有者説  債務者と所有者とが一致する場合には債務者を指し、両者が異なる場合には所有者を指す(所有者でない債務者は含まれない)とする見解([三谷*1984a]269頁、[中野*民執v4]337頁など)。この見解によれば、結局のところ、所有者のみが「債務者又は所有者」に該当することになる。

182条について言えば、確かに、所有者でない債務者が被担保債権の不存在を主張して執行異議を申し立てる利益を有するかは、問題のあるところである([三谷*1984a]265頁以下が詳しい)。しかし、国家が被担保債権の満足のために所有者の意思に反してその財産を強制的に売却する局面であり、不服申立ての道を広げて、不当な執行がなされないようにするのがよい。所有者と債務者とが異なるという局面においては、情報の分断が生じやすい。両者が協力して初めて債務者兼所有者と同等な情報力を有するとの考慮の下に、所有者でない債務者にも182条の異議申立権が認められたと理解してよいであろう[9]。なお、債務者は、異議が認められなかった場合には、債権者に対して債務不存在確認の訴えを提起すべき段階に入るが、その請求認容判決は183条1項1号の「担保権のないこととを証する確定判決」に該当し[11]、あるいは3号の「債権者が担保権によって担保される債権の弁済を受け・・た旨を記載した公文書」に準ずると解してよいであろう。

187条にいう「債務者」も、同様に、所有者でない債務者を含むと解すべきである。所有者でない債務者は、被担保債権の回収が円滑に行われることに協力する義務を負う。したがって所有者と同様に、競売手続が円滑に行われることに協力する義務を負い、その義務を考慮して187条2項2号が債務者と所有者を同列においていると解すべきである。それを前提にして、規則172条の2第1項2号において「債務者及び所有者」の氏名等が事前保全処分の申立書の記載事項とされていると理解すべきである[12]。なお、187条に込められた前述の利益考慮は、保証人が保証債務の担保のために抵当権を設定している場合の主債務者にも妥当しよう。この主債務者も187条2項1号の債務者に準ずると解したい。

いくつかの読替え
188条によって準用される強制競売の規定における「債務者」の読替えをいくつか見ておこう。

2 不動産の担保執行


2.1 総説(180条

不動産担保権の実行方法には、次の2つがある[3]。
担保不動産競売
不動産担保権は、目的物の交換価値を把握し、被担保債権が弁済されない場合に、目的物の競売を申し立ててその売却代金から被担保債権の優先弁済を受ける権利である。この権利の実行手続として、担保不動産の競売手続が規定されている。

担保不動産収益執行
不動産担保権の代表である抵当権の効力は、伝統的には、上記の交換価値の把握とそれからの優先的満足に尽きると理解されてきた。ところが、経済社会の変化は、大型の賃貸不動産を多数出現させた。それに設定された抵当権の実行方法として、競売のみでは不十分であり、賃料から優先的に弁済を得る道も開くべきであると認識されるようになった。また、最高裁判所平成1年10月27日第2小法廷判決(昭和60年(オ)第1270号)が抵当権に基づく賃料債権への物上代位を許容したことにより、抵当権者が不動産の収益から優先弁済を受けることに対する抵抗感も薄らいだ。そこで、平成15年の改正で、抵当権の効力は、被担保債権について不履行があったのちは、抵当不動産の果実にも及ぶと規定された(民法371条341条361条により不動産先取特権と質権にも準用される[13])。これを受けて、民事執行法において、担保不動産の収益執行の制度が設けられた(180条2号・188条2章2節1款3目)。立法の経緯につき[谷口=筒井*2004a]51頁以下参照。

ただし、抵当権者は、抵当権設定当時の交換価値を把握し、抵当権設定後に設定された利用権は、競売により覆滅されるのに対し、収益執行の場合には、その開始により抵当権設定後の利用権が覆滅させられることはない。しかし、抵当権設定後に新たになされた賃料債権等の処分(賃料債権等の譲渡、債務免除、賃料等の前払)は、抵当権者に対抗できない(当該利用権が抵当権に後れる場合はもちろん、抵当権より先順位の利用権についても同様である)。

不動産質権との関係  収益執行は、不動産質権者も申し立てることができる(使用収益しない旨の定めの有無を問わない。[谷口=筒井*2004a]57頁)。不動産質権者自身の申立てにより、または先順位担保権者の申立てにより収益執行が開始された場合には、質権者自らは使用収益することができないので、次の規定の適用は、排除される(民法359条)。
なお、第一順位の質権者が担保不動産を使用収益している場合に、後順位担保権者が収益執行を申し立てても、質権者の使用収益権能は影響を受けず、したがってこの質権が存続する限り、配当等にあてるべき金銭が生ずる見込みはないので、収益執行の申立ては却下され、たとえ開始決定がなされてもその後に取り消されるのが原則となる(民執法188条106条2項。[谷口=筒井*2004a]57頁注45)。

2つの執行方法の関係
2つの執行方法は、独立の関係にあり、担保権者はいずれか一方を申し立てることも、両方を申し立てることもできる。ただ、担保不動産競売により目的不動産の所有権が買受人に移転すると、これにともない担保権も消滅するのが原則であり(消除主義。59条1項・2項)、この原則が妥当する限り、担保収益執行も当然に終了する。ただし、使用収益をしない旨の定めをしていない最先順位の質権者の申立てに基づき収益執行がなされ、後順位担保権者の申立てに基づき不動産競売がなされた場合には、この質権は買受人に引き受けられるので(59条4項)、収益執行は継続する。

収益執行と物上代位権との関係
収益執行の制度が設けられたが、不動産担保権者は、所有者が受けるべき賃料に対して物上代位権を行使することも可能である。両者の併存を認めたのは、一長一短があるからである[18]。
収益執行 物上代位
コスト 管理人を選任するので高い 低い
賃借人の把握 最終的には管理人がする 申立担保権者がする
賃料の徴収 管理人がする(申立担保権者の負担が軽い)(*1) 申立担保権者がする(申立担保権者の負担が重い)
不動産の維持費用 管理人が収受した賃料等から支払うので、不動産の維持が確実になる 申立担保権者は徴収した賃料から維持費を支払う義務を負わないので、不動産の維持に支障が生ずる場合がある
(*1) 賃料不払いの場合には、管理人は自己の名で支払請求の訴えを提起することもできる。その費用は、強制管理の手続費用に含まれ、裁判所書記官はその予納を命ずることができる(14条1項)。執行債権者が費用を予納しないため訴訟を提起することができず、その結果、強制管理が適切に行われないことになるのであれば、裁判所は強制管理手続を取り消すことができる(14条4項)。

2.2 不動産の担保執行の開始

執行裁判所
不動産の担保執行を管轄する執行裁判所は、188条44条により定まる。原則として当該不動産の所在地を管轄する地方裁判所である。

申立書
担保権の実行を求める者は、開始申立書を管轄裁判所に提出してする(規則1条)。この際に、自己が担保権を有する者であることを証する181条1項から3項に定められた文書を提出しなければならない。
競売申立書には、民執規170条に従い、次の事項を記載する。
)共通記載事項
  1. 債権者、債務者及び担保権の目的である権利(所有権等)の権利者の氏名・名称及び住所、並びに代理人の氏名及び住所
  2. 担保権及び被担保債権の表示
  3. 担保権の実行に係る財産の表示及び求める担保権の実行の方法
  4. 被担保債権の一部について担保権の実行をするときは、その旨及びその範囲

)各実行方法に特有の記載事項
共通記載事項のうちで、2号および3号の記載は、その規定を信頼して行動する他の利害関係人ならびに競売手続の安定のために、安易な変更は許されるべきではなく、申立人に対して禁反言の法理による拘束力をもつ。しかし、申立人が一部行使の意思を明示することなく被担保債権として誤ってその一部のみを記載した場合に、残部の優先弁済請求権の喪失という実体法上の効果まで認めることはできない(最高裁判所 平成15年7月3日 第1小法廷 判決(平成14年(受)第1873号))。

執行開始文書(181条
担保権証明文書  申立人は、担保権実行の申立てに当たって、実行される担保権の存在を証明する法定文書(181条1項所定の文書)を提出しなければならない。この法定文書が債務名義ないしそれに相当するものでないことは、法文の次の表現に現れている。
担保権の存在を証することができる文書は、次のものである。一般の先取特権以外の担保権については、181条1項1号から3号の文書に制限されている。
  1. 担保権の存在を証する確定判決・家庭裁判所の審判(家事審判法5条)又はこれらと同一の効力を有するものの謄本
  2. 担保権の存在を証する公証人が作成した公正証書の謄本
  3. 担保権の登記(仮登記を除く)に関する登記事項証明書   仮登記には、順位保全効があるだけであり、対抗力はないので、仮登記により保全されただけの抵当権に基づく担保執行を認める必要性は小さい。そこで、他の債権者が手続に参加する見込みの有無に関わらず、仮登記がされただけの担保権に基づく担保執行は認められていない。
  4. 一般の先取特権にあっては、その存在を証する文書   一般の先取特権が様々な社会政策的配慮に基づいて認められていることに対応して、証明文書について特に限定はない[16]。平成15年改正では、参議院法務委員会において、次の付帯決議がなされている:「労働債権に係る先取特権の実行手続については、労働者自らが「存在を証する文書」を提出することは困難である状況にかんがみ、労働者に過剰な証拠収集の負担をかけることなく迅速な権利実現が図られるよう、賃金台帳等一定の形式の文書を必要とするものではないことの周知に引き続き努めること」([谷口=筒井*2004a]5頁)[4]。

民事執行法は,担保権実行の申立ての要件として,換価権の原因である担保権の存在を証明する法定文書の提出を要求する一方,法定文書の提出さえあれば,担保権の存在について実体判断をすることなく,競売手続の開始を決定することとし,担保権の不存在,消滅等の実体上の事由は,債務者又は不動産所有者の側からの指摘を待って,執行抗告等の手続で審理判断するという構成を採っている。したがって,例えば根抵当権者が競売申立ての際に提出した登記事項証明書に「譲渡担保の売買」を登記原因とする同人への所有権移転登記がなされている場合でも,根抵当権登記が記載されている登記事項証明書は,民事執行法181条1項3号同号所定の法定文書にあたる(最高裁判所 平成17年11月11日 第2小法廷 決定 (平成17年(許)第22号))。この事件では、所有権移転の原因は譲渡担保のための売買であり、譲渡担保権を取得したというだけでは不動産の所有権が確定的に債権者に移転しているということはできないから、混同によって抵当権が消滅したということはできないことに注意しなければならない。

抵当証券が発行されている場合  抵当権について抵当証券が発行されている場合には、申立人は、抵当証券を提出して、自己が現在の抵当権者であることを証明しなければならない(181条2項)。

執行申立前の承継がある場合  担保権発生後、執行申立前に担保権が承継された場合に、承継人が現在の担保権者であることが担保権証明文書自体から明らかである場合には、問題ない。しかし、証明文書からはその点が明らかにならない場合には、申立人は、担保権証明文書と共にその点を証明する文書を提出しなければならない。
開始申立てについての裁判
裁判所は、申立書その他の提出文書に基づき、必要な場合には利害関係を有する者その他参考人を審尋の上(5条)、執行開始要件の具備を審理する。要件が具備されていると認めるときは、競売開始決定あるいは収益執行開始決定をし、そうでないときは、申立却下決定をする。裁判所が手続に必要な費用として定めた金額を申立人が予納しない場合にも、申立てを却下する(14条4項)。

執行申立ての却下の裁判に対する不服申立て
執行申立ての却下により債権者は権利実現の道を閉ざされることになるので、却下の裁判に対して執行抗告をすることが認められている(競売については188条・45条3項、収益執行については188条・93条5項)。

執行開始決定の送達
執行開始決定は、手続上の当事者である不動産所有者に送達されるとともに、被担保債権の債務者がこれと異なればこの者にも送達される(188条45条2項・93条3項。ただし、債務者への送達は必要的ではなく、告知で足りるとする見解も有力である)。この送達に際して、裁判所書記官は、次の文書も送付する(181条4項)。
時効中断との関係
担保執行の開始による差押えも、被担保債権について、時効中断の効力を有する(民法147条2号)。(α)債務者と所有者とが一致する場合には、開始決定が債務者に送達されて差押えの効力が生ずることを条件にして、競売申立ての時に生ずる(民執法20条・民訴法147条)([中野*民執v5]385頁[中野*民執v6]399頁は、「差押えの発効とともに競売申立て時に遡って時効中断効が生ずる」とするが、同じである)。(β)債務者と所有者とが異なる場合には、所有者への開始決定の送達だけでは足りず、時効の利益を受ける者(債務者)に差押えがなされたことを通知することが必要である(民法155条)。債務者に開始決定の正本が送達された場合には、時効の利益を受けるべき債務者に民法155条の通知がされたと言うことができ、債務者に対して、被担保債権について消滅時効の中断の効力を生ずる(最高裁判所昭和50年11月21日第2小法廷判決(昭和47年(オ)第723号)。(γ)この送達が書留郵便に付する方法によりされたときは(民訴法107条参照)、正本が郵便に付して発送されたことによってはいまだ時効中断の効力を生ぜず、正本の到達によって初めて債務者に対して消滅時効の中断の効力を生ずる(最高裁判所 平成7年9月5日 第3小法廷 判決(平成7年(オ)第374号)(平成7年(オ)第374号))。(δ)なお、この時効中断事由には、抵当権の被担保債権について催告(民法153条)としての効力はなく、債権者が不動産競売の申立てを取り下げたときは、差押えが権利者の請求によって取り消されたとき(民法154条)に準じ、時効中断の効力は初めから生じなかったことになる(最高裁判所 平成11年9月9日 第1小法廷 判決(平成8年(オ)第2422号))。

執行開始決定に対する不服申立て(182条
担保権実行手続の開始決定に対して、債務者又は所有者は不服申立てをすることができる。その方法は、実行方法により異なる。
土地抵当権者の一括競売権(民389条)
土地の抵当権者は、抵当権設定当時に土地の上に建物が存在していない場合には、更地の状態での土地の交換価値を把握したのであり、これに法定地上権の発生を認めることはできない。したがって、土地のみが競売されると、建物の所有者は土地について占有権原を有しない状態に陥り、土地の買受人から建物の収去と土地の明渡しを求められることになる。建物の収去は、建物の移動が可能な場合は別として、多くの場合に建物の価値を消滅させ、建物所有者にとっても国民経済にとっても損失となる。

そこで、土地の抵当権者は、抵当権の目的となっていない地上建物も土地と共に競売することができるとされている(389条1項。一括競売権)。ただし、建物所有者が競売土地について抵当権者したがって買受人に対抗できる占有権原を有する場合は、土地の抵当権者は一括競売権を有しない。

土地と共に地上建物が競売された場合に、土地の抵当権者が優先権を行使することができるのは、土地の売却代金に限られる(民法389条1項ただし書き)。

この一括競売権は、権利であって義務ではないとするのが通説である。しかし、それは民法1条2項・3項の適用を排除するものではなく、一括競売の申立てをすることが信義則上の義務となる場合があり得ること、一括競売が可能な場合に土地の競売を申し立てることが権利濫用になりうることは認めておくべきである[5]。

競売申立権が信義則・権利濫用禁止法理に反する場合
競売申立権も信義誠実の原則と権利濫用禁止の法理に服す。これは、原則として、実体法上の問題として、判決手続の中で解決されるべき問題である。これらの法理により担保権の実行が許されない場合に、
他方、担保権の実行そのものではなく、競売申立ての態様が信義則あるいは権利濫用禁止の法理に反すると評価される場合には、競売申立てについての裁判の中で処理してよいと思われる。例えば、民法389条の一括競売を申し立てるか否かは抵当権者の自由であるとされているが、それが信義則あるいは権利濫用禁止の法理に反すると評価される場合には、執行裁判所はその競売申立てを却下することができるとしてよい。競売を申し立てた担保権者の救済方法は執行抗告となるが、一括競売の申立てをすれば競売手続を開始するのであるから、その不利益は大きくなく、この救済方法で足りよう。

一括競売される建物の上の賃借権
一括競売される建物に賃借権が設定されている場合に、その賃借権は買受人に対抗できるかについては、見解が分かれている(建物は抵当権設定後に築造されたものであるから、建物賃借権は土地の抵当権に後れるものであることを前提にする)。
  1. 対抗説  この場合の建物の競売は、債権者の権利の満足のための競売ではなく、建物の収去を回避するための換価のための競売であるから、賃借権の付着した不動産として競売すればたりる。
  2. 消滅説  一括競売されなければ建物は収去される運命にあり、収去されれば建物の上の賃借権は消滅することを考慮すれば、一括競売により建物賃借権は消滅するとしていよい[17]。

対抗説の論拠に説得力があることは認めつつも、これでは一括競売制度が機能する範囲が縮小されよう。すなわち、建物の賃借権が買受人に対抗できるのであれば、買受人は当分の間、結局土地を自ら利用することができず、したがって、土地と建物の一括売却価額が低下し、おそらく少なからぬ場合に、土地のみの売却価額を下回ると予想されるからである。

したがって、よりよい解決は、土地のみの売却基準価額と、賃借権付建物及び土地の一括売却の売却基準価額と算出して、後者が前者を下回る場合には賃借権は買受人に引き受けられないとの条件で一括売却し、その他の場合には建物賃借権は買受人に引き受けられるとの条件で売却することである(折衷説)。

問題は、そうしたきめ細かな処理が手続の遅滞をもたらさないかである(建物賃借権付で一括売却を実施して、実際に売れなければ、賃借権の存在が原因ではないかと疑うことになり、建物賃借権付の一括売却価額を減額して、今度は建物賃借権は消滅するという条件で一括売却することになる)。土地の抵当権者が手続の遅滞を恐れて、一括売却を回避するようになれば、この制度の機能が低下し、建物所有者は何の対価もなしに建物が消滅し、さらに収去費用を負担するという不利益を甘受しなければならず、さらに賃借人からは債務不履行の責任を追求されることになる。それよりは、この制度が有効に機能する範囲を広くするために、建物賃借権は一括競売により消滅するという単純なルールを設定しておく方がよいであろう。これであれば、建物所有者に生ずる不利益は、賃借人に対する賠償義務にとどまる。

2.3 執行停止(183条

不動産の担保執行手続は、法定の文書により担保権の存在を確認した上で開始されるのであるから、その停止には、手続を停止させるべきことを明らかにした法定の文書が要求される。それは、次の文書である([栗田*1996b] 参照)。

)執行の停止と取消しをもたらすもの
)執行の停止のみをもたらすもの
たとえば、所有者の意思に基づかずに抵当権の設定登記がなされ、その抵当権に関する登記事項証明書を執行開始文書にして不動産競売の申立がなされた場合に、所有者は、抵当権設定登記の抹消請求の訴えを提起することができる。このときに、訴訟中に競売が完了するのを阻止するために、所有者は、その訴えに併せて、民事保全法により抵当権実行禁止の仮処分命令を申請し、仮処分命令が発令されれば、それを執行裁判所に提出して競売手続を一時停止させることができる。

請求異議の訴えの場合には、執行停止の仮の処分の制度(36条)が用意されているが、抵当権設定登記の抹消請求の訴え等には、そのような仮の処分の制度が用意されていないので、民事保全法の仮処分により担保権実行禁止の仮処分によりまかなうのである。

買受競争に敗れた者の競争潜脱行為
買受競争に敗れた者が債務者に資金を提供して被担保債務を弁済させ、担保権の登記の抹消に関する登記事項証明書(183条4号)を提出させて執行手続を取り消させ、債務者から当該不動産を買い受けようとすることがある。それが競争買受制度を破壊するものであり、このような登記事項証明書の提出によっては執行を取り消すべきではないとの結論には争いはない(東京高決昭和62年10月27日判時1254号27頁[民執百選]40事件(岩木宰)など)。その理由付けについては、次の2つの見解がある。

2.4 不動産競売における買受人の地位の安定(184条

問題の所在
抵当権の実行としての執行売却において、買受人が代金を納付した後で彼の所有権が追奪されることは、民法568条の保護があるとは言え、買受人に大きな不利益を及ぼし、執行売却制度の信用を著しく害する。従って、こうした事態の発生をできる限り少なくすることが一方で要請される。他方で、無効な抵当権に基づく執行売却によって真の所有者から権利が奪われてはならないということも、同様に重要な要請である。

これら二つの相対立する要請の間で、民事執行法施行前の判例は、後者の要請をより重視し、次のような理論を採用した:≪担保権の実行としての競売は債務名義に基づくものではなく、担保権に内在する換価権に基づくものであり、担保権が当初から存在しない場合、あるいは競落人の代金納付前に消滅した場合には、競落人は、たとえ代金を納付しても、競売不動産の所有権を取得し得ない≫。この判例理論に従った結果があまりにも競落人の地位を不安定にし、執行売却制度の信用を害するので、前述の二つの要請の新たな調整が求められた。

民事執行法の解決(184条
民事執行法は、この問題を、「代金の納付による買受人の不動産の取得は、担保権の不存在又は消滅により妨げられない」(184条)と規定することにより解決した。その実質的な根拠は、次の点にある:
  1. 所有者には不当な競売手続を停止するための手段が与えられていること(手続保障)。不動産競売手続においては、担保権の存在を証する一定の文書(法定文書)が提出された場合に限り手続を開始するものとし(181条)、開始後においても不動産の所有者は、担保権の不存在又は消滅を理由として開始決定に対する執行異議を申し立てることができ(182条)、担保権の存在を覆すに足りる証明文書が提出されたときは、競売手続を停止するものとされている(183条1項)。
  2. 競売手続を信頼した買受人の保護の必要のあること。上記のような権利保護の機会が用意されているにもかかわらず、所有者がこれらの手続により競売手続を阻止することができなかった場合には、手続上の失権効を認め、買受人の地位を安定させて不動産競売に対する一般の信頼を確保すべきである。

184条の理論的説明
上記のような趣旨で設けられた184条の理論的説明として、次の見解がある[1](下記の他に、債務名義的効力説、信義則説がある)。
  1. 手続保障=失権効説   同条の効果を、所有者が彼に与えられた手続保障を有効に行使しなかったことの結果とみる説。
  2. 権利外観説  所有者が手続を停止させなかったことにより適法な手続が追行されているような外観が発生し、このことについて彼にも責任があるから、所有者よりも外観を信頼して買受申し出をした者の利益を保護すべきであるとする説。
  3. 授権擬制説  所有者が手続停止に成功しなかった場合には、執行機関に対する競売債務者の暗黙の処分授権があったものと擬制されると説明する説([中野*民執v4]348頁以下[中野*民執v5]368頁以下[中野*民執v6]382頁)。

184条の適用の有無が問題となる場合
184条は、「担保競売が担保権に基づいて行われる」ということから導かれる「担保権が存在しなければ競売は無効である(買受人は所有権を取得し得ない)」という帰結の修正であることから、その修正の根拠が妥当しない場合には適用されるべきでない。次の場合がこれに該当する。
  1. 184条の根拠aの視点から  ()所有者の知らない間に第三者への所有権移転登記がなされ、その第三者が設定した抵当権に基づいて競売が行われた場合、及び、()所有者が競売債務者になっていたが、競売手続の実施を知らされず、競売手続を排除する措置をとる機会を有しなかった場合。
  2. 184条の根拠bの視点から  ()買受人が担保権の不存在・消滅を知って買受けを申し出た場合、及び、()担保権の不存在・消滅にもかかわらず競売を申し立てたあるいは追行した債権者自身が買受人となった場合。

(イ)の場合に184条が適用されるために、(α)所有者と主張する者が手続上の当事者とされたことが必要なのか、あるいは(β)彼が競売手続の開始を知っていたことで足りるのかについて、見解が分かれている。

学説  競売手続に関与しなかった真の所有者がその所有権を買受人に主張することは妨げられず、その場合に、その者が第三者異議の訴えを提起できるのに提起しなかったからといって、その主張が妨げられるものではない、と説く見解がある([田中*民執v2] 339頁)。これは、(α)を肯定していると理解できる。さらに進んで、差押えの効力は所有者への開始決定の送達により生ずることを根拠に、所有者への開始決定の送達を184条の要件であると主張する見解(送達要件説)がある([三谷*1988a]42頁以下 )。

逆に、自己の所有物につき無効な競売がなされつつあることを知りながら、競売開始決定に対して実体異議の申立ても担保権不存在確認の訴えも提起しないで、買受人の代金納入に至った場合には、失権(無権利者による処分の追完)によって買受人の所有権取得が確定的になる、と説く見解もある([上田*1981a]527頁)。さらに進んで、181条1項1号から3号の文書を債務名義と見て、買い主の保護を徹底させる趣旨で、(イ)(ロ)の場合を適用除外例にすることに反対する見解もある([新谷*1982a] 44頁)。

判 例[2]  最高裁判所 平成5年12月17日 第3小法廷 判決(平成2年(オ)第444号)[百選*2005a]93事件(田邊誠) は、「実体法の見地からは本来認めることのできない当該不動産所有者の所有権の喪失を肯定するには、その者が当該不動産競売手続上当事者として扱われ、同法181条ないし183条の手続にのっとって自己の権利を確保する機会を与えられていたことが不可欠の前提をなすものといわなければならない」との理由により、「所有者がたまたま不動産競売手続が開始されたことを知り、その停止申立ての措置を講ずることができた」というだけでは法184条を適用するには不十分であるとした。

2.5 配当

基本的には、強制執行において述べたことが妥当するが、注意すべき点がある。

一部請求の場合
申立人は、「被担保債権の一部について担保権の実行又は行使をするときは、その旨及びその範囲」(民執規則170条1項4号)を記載する。彼がその記載をした以上は、その記載を信頼した他の利害関係人の利益保護のために、配当の段階で請求債権額を拡張することは特段の事情のない限り許されない[15]。

しかし、競売申立書に明白な誤記,計算違いがある場合には,これを一部請求の趣旨と解することは相当でなく,その後の手続においてこれを是正することが許され,配当裁判所は,是正後の債権額に従い配当表を作成すべきである。(最高裁判所 平成14年10月22日 第3小法廷 判決(平成13年(受)第1567号))

また、一部行使の意思が明示されていない場合に、被担保債権額として元金のみが記載され,利息・損害金が記載されていなかった場合に,そのことから直ちに付帯請求について権利行使の放棄があったと見るのは適当ではない。競売を申し立てた抵当権者は、競売申立書における被担保債権の記載が錯誤,誤記等に基づくものであること及び真実の被担保債権の額が立証されたときは,真実の権利関係に即した配当表への変更を求めることができる(最高裁判所 平成15年7月3日 第1小法廷 判決(平成14年(受)第1873号)[百選*2005a]95事件(宮崎謙))。

2.6 担保不動産競売の開始決定前の保全処分等(187条

被担保債権の弁済が困難になると、債務者あるいは不動産所有者は、不動産が競売されることを予期し、場合によると、その妨害を企図するようになる。執行妨害は、不動産の売却価額を低下させ、債権者に損害を与え、民事執行制度の機能を損なう。そこで、執行裁判所は、担保不動産競売の開始決定前であっても(競売申立前であってもよい)、債務者又は不動産の所有者若しくは占有者が価格減少行為(55条条1項に規定する価格減少行為)をする場合には、特に必要があるときは、不動産競売の申立てを予定している担保権者の申立てにより、買受人が代金を納付するまでの間、55条1項各号に掲げる保全処分又は公示保全処分を命ずることができるとされた(187条1項)。ただし、当該価格減少行為による価格の減少又はそのおそれの程度が軽微であるときは、これらの保全処分を命ずることはできない。

同様な制度は、強制競売についても必要であると思われるが、強制競売についてはこのような規定は用意されていない。この違いは、執行の根拠となる金銭債権と抵当権との違いに求めざるをえない。すなわち、抵当権は特定の不動産に対する物権であり、担保価値のを侵害する者に対して妨害排除請求権を有し、必要であれば自ら目的物の引渡しを得て管理することができる(最高裁判所 平成17年3月10日 第1小法廷 判決(平成13年(オ)第656号,平成13年(受)第645号))。この権利は、通常の訴訟や仮処分制度を通じて実現を図ることができるが、しかし、その手続的負担は重い。そこで、この権利の実効性を高めるために、債権回収のためにすみやかに(3ヶ月以内に)抵当権を実行する必要がある場合に(したがって、この権利を行使する必要も差し迫っている場合に)について、この保全処分の制度を特が特に用意されている[6]。

執行官保管を伴う強力な保全処分(55条1項2号・第3号)は、次の場合のいずれかに該当するときでなければ、これを命ずることができない。
  1  1項の債務者又は同項の不動産の所有者が当該不動産を占有する場合
  2  1項の不動産の占有者の占有の権原が同項の規定による申立てをした者に対抗することができない場合

他方、債務者・所有者以外の占有者が将来の買受人に対抗できる権原に基づいて占有する場合は、上記のいずれにも該当せず、この場合には執行官保管の保全処分を命ずることはできない。

保全処分の申立てにあたっては、担保執行の開始に必要な文書を既に有しており、執行申立てに支障がないことを明らかにするために、181条1項から3項までの規定により提出すべき文書を提示しなければならない(187条3項)。

担保権者は、保全処分命令により執行妨害行為(価格減少行為)の拡大を阻止した後は、速やかに競売申立てをすべきである。保全処分の申立人である担保権者が保全処分を命ずる決定の告知を受けた日から3月以内に担保不動産競売の申立てをしたことを証する文書を提出しないときは、執行裁判所は、被申立人又は同項の不動産の所有者の申立てにより、その決定を取り消さなければならない。

2.7 不動産執行の規定の準用(188条)

不動産担保権の実行には、不動産執行に関する規定が大幅に準用される。

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Author: 栗田隆
Contact: kurita@kansai-u.ac.jp
2005年 9月 4日−2010年12月17日