関西大学法学部教授 栗田 隆


民事執行法概説「担保執行1
の注


注1 この他に、債務名義的効力説、信義則説がある。

注2 平成5年の最高裁判決が出る前の下級審の先例をいくつか挙げておこう。

旭川地判昭和62年12月22日判例時報1282号146頁  執行売却の買受人の所有権取得を争うXらの主張によれば、Xらが所有権の登記名義人であるときに偽造文書により抵当権が設定され、その後第三者へ再び偽造文書により所有権移転登記がなされ、この状態で抵当権の実行としての競売がなされた。裁判所は、抵当権設定登記抹消の訴えを提起していたXらは競売手続の進行を知っていたと認定し、Xらが競売手続の停止のための措置を取るべきであり、それをしなかったXらは「競売手続きにおいて自己が当事者として処遇されなかったことを理由として、民執法184条の効果を争うことは、許されない」と判示した。

東京高裁平成1・12・19判決・判例時報1337号58頁(平成5年の最高裁判決の原判決である)  184条の規定が「置かれた実質的な根拠は、不動産競売手続においては、担保権の存在を証する一定の文書(法定文書)が提出された場合に手続を開始するものとし(同法181条)、開始後においても、債務者又は不動産の所有者(以下「所有者等」という。)は、担保権の不存在又は消滅を理由として開始決定に対する執行異議を申し立てることができ(同法182条)、担保権の存在を覆すに足りる証明文書が提出されたときは、競売手続を停止するものとされている(同法183条1項)のであって、このような簡易な不服申立ての手続が設けられているにも拘らず所有者等がこれらの手続をとることを怠ったことに伴う手続上の失権効を認め、買受人の地位を安定させて不動産競売に対する一般の信頼を確保しようとするにあると解される。そうとすれば、同条の適用の前提として、所有者等にこれらの不服申立てをする機会があったことが必要であると解すべきところ、真実の所有者といえども、競売手続上当事者等として扱われないときは、競売手続の開始及び進行の事実を当然には知りえないのであり、したがって、不服申立てをする機会があったということはできない」。「しかし、競売手続上は当事者等として扱われなかった場合であっても、真実の所有者が何らかの事情により競売手続の開始・進行の事実を知り、若しくは知り得る状況にあって、競売手続の停止申立て等の前示規定に基づく措置を講じ得る十分な機会があったということができる場合には、所有者等が手続上当事者等として処遇された場合に準じて、同条の適用を認めるのが相当である」。裁判所認定の事実(競売手続開始決定後に本件訴訟が提起されたこと、売却許可決定に対するXらの執行抗告を却下する決定において第三者異議の訴えを提起すべきことを指摘されたが、それに対応しないうちに、約2カ月後に買受人が代金を納付したことなど)に照らせば、「Xらは、本件競売手続が開始された比較的早い時期にそれが進行していることを知っていて、売却によって本件不動産の所有権を失うことを防止するために、第三者異議の訴えを提起して競売手続の停止を求める等の措置を講じるに十分な時間的余裕を有していたということができるから、Xらが本件競売手続において手続上当事者等として処遇されなかったことをもって直ちに民事執行法184条の適用を否定すべきものということはできない」。

注3 民事執行法で用いられている「担保不動産競売」と「担保不動産収益執行」という用語の組合わせは、あまり対応関係がよくない。次の組合わせの方がよかったと思われる。

注4 衆議院法務委員会においても、同趣旨の付帯決議がなされた。[谷口=筒井*2004a]4頁参照。

注5 抵当権者は、抵当不動産についてのみ換価権を有するのが原則である。しかし、法定地上権が発生しない場合に、土地のみが競売されると、土地の買受人は建物所有者に建物収去・土地明渡しを求めることができるとはいえ、建物所有者が収去費用を支払うことができない場合には、その費用は土地の買受人の負担に帰すことになり、それが土地の売却価格を低下させ、抵当権者の利益を害することがある。そこで、民法389条は、抵当権者に抵当権の目的となっていない地上建物の競売申立権を認め、ただ、弁済は土地の代金からのみ受けることができるとした。したがって一括競売をなすことは抵当権者の権利であって義務ではない、とするのが判例の立場である(大判大正15年2月5日民集5巻82頁、名古屋高決昭和53年2月17日判時890号95頁など)。

しかし、権利行使の方法として他人に不相応な損害を与える方法とそうでない方法とがある場合には、不相応な損害を与えない方法で権利を行使することが望まれ、一定の場合にはそうすることが信義則により義務づけられ、あるいは不相応な損害を与える方法での権利行使は権利濫用として許されないと考えるべきである(民法1条2項・3項)。建物と一括して土地を競売するという形での土地抵当権行使に比して、土地のみの競売申立てという形での土地抵当権行使が建物所有者に多大な損害を与え、かつ抵当権者の得る利益に差異がない場合には、土地のみの競売は許されず、執行裁判所はそのような競売申立てを却下できるとすべきである。この問題は、土地と共に抵当に供されていた建物が地震で倒壊し、土地の抵当権者(金融機関)が建物再築資金を融資しないために、土地所有者が別の金融機関の融資を受けて建物を再築したという場合に深刻となる。このような場合には、土地の抵当権者が土地のみの競売を申し立てて建物を無価値にすることは、信義則上許されないと解すべきである(執行妨害のための建物の再築であれば、建物の価値が低く、土地のみを競売しても建物所有者に生ずる損害は小さいので、土地の抵当権者は一括競売を申立てる義務を負わない)。もちろん、一括競売しても、法定地上権の負担のないものとして評価された土地の代金から満足を得ることにより、土地の抵当権者の利益が十分に保護されることが前提である。そして、彼は土地を更地として抵当にとったのではなく、建付地として抵当にとったと考えるべきであり、土地の個別最低売却価額は建付地として算定すべきである(詳しくは、[栗田*1994b]参照)。

注6 ただし、この保全処分の制度が設けられた実際の経緯は、やや異なる。それは、次のような事情であると言ってよいであろう。平成15年改正前においては、滌除制度があり、滌除権者が存在する場合には、抵当権者は競売申立ての1月以上前に、滌除権者に抵当権実行の通知をしなければならなかった(民法旧381条・382条・387条)。この通知がなされると、不動産所有者は競売申立てが間近であることを知り、執行妨害にとりかかることがあった。主としてこれを未然に防止するために、平成8年の改正で、民執法旧187条の2に不動産競売の開始決定前の保全処分の制度が導入された。この当時でも、滌除権者が存在することが要件であったわけではなく、また、保全処分命令の発令後3月以内に、当該担保権の実行としての不動産競売の申立てをすることが必要であったので、滌除権者への抵当権実行通知を契機とする執行妨害の対策のみが目指されていたというわけではないが、それでも主たる目的は、これへの対策であったといってよい。そして、平成15年改正で滌除権者への事前通知制度が廃止されたが、この事前保全処分制度は有用であるとして存続した。

しかし、現在においては、この保全処分制度の根拠は、本文のように説明してよく、187条の保全処分制度を抵当権に基づく妨害排除請求権の簡易な実現制度と位置づけることができる。しかし、別個独立の制度と位置づけている立場も、もちろんある。例えば、抵当権に基づく妨害排除請求権は抵当権実行開始後にのみ認められる」との主張の理由付けの一つとして、平成15年改正において保全処分の要件が緩和されたことを挙げる[大矢*2006a]61頁は、この立場と理解できる。

注7 もっとも、競売申立権の語は多義的で、国家に対して執行を求める権利の意味でも、実体法上の換価権の意味でも用いられる。

注8 例えば、()Xの不動産について、偽造文書によりAへの所有権移転登記がなされ、AがYのために抵当権を設定し、Yがその抵当権の実行としての競売を申し立てた場合に、XがYを被告として第三者異議の訴えを提起するのが代表例である。この場合に、裁判所がXの主張を正当であると考えれば、執行不許の裁判をすることに問題はない。

他方、()Xがその所有不動産についてYのために抵当権を設定した後で、偽造文書によりAへの所有権移転登記がなされ、YがAを手続上の当事者として競売申立をした場合に、Xが、「被担保債権の弁済により抵当権は消滅している」と主張して、第三者異議の訴えを提起することも考えられる。この場合に、裁判所がX主張の弁済の事実を認定できないときに、どのような裁判をすべきか。(α)単純に請求を棄却したのではXが手続上の当事者になれない。(β)真の所有者が手続上の当事者になっていないのであるから、競売手続を全面的にやり直すべきであるとの考えに立って、単純に請求を認容すると、いままでの売却手続が無駄になる。(γ)従前の手続を生かしたうえで、Xをその手続の当事者として扱うべきこと(特に、84条2項の剰余金を受け取るべき所有者として扱うべきこと)を命ずる道が開かれるべきであろう。この場合には、Aとの関係でもXが所有者であることを明らかにする判決(例えば、XからAへの所有権移転登記の抹消を命ずる判決等)が必要となろう。Xは、Aに対するその趣旨の訴えを38条2項により併合して提起すべきである。Xがそうしなかった場合に、どうするか。XがAに対する訴えの併合して提起するように誘導するために、(α)の選択肢をとるべきであろう。

注9 もし、債務者の異議申立権を否定するのであれば、所有者が異議申立てをした場合に、債務者が異議手続に補助参加することを認めべきであろう(民執法20条・42条)。ただ、そうした幾分迂遠な方法よりも、債務者に異議申立権を認める方が簡明である。

注10 1条の「担保権の実行としての競売」、3章の標題の「担保権の実行としての競売等」の意義につき、[条解*1998a]469頁頁注2参照。

注11 抵当権との関係を明確にするために、判決主文は、「別紙目録1記載の担保権の被担保債権である別紙目録2に記載の債権が存在しないことを確認する」といった形のものにする。

注12 法187条2項2号の「債務者」が所有者でない債務者を含まないのであれば、事前保全処分申立書に所有者でない債務者の氏名等を記載する必要はなく、規則172条の21項2号の「債務者及び所有者」は、「債務者又は所有者」としてよかったであろう。

注13 もちろん、通常の不動産質権については371条を準用する意味はなく、準用の意味があるのは、使用収益をしない旨のある不動産質権である。

注14 不動産執行と担保執行との異同について、[栗田*1994a] 参照。

注15 特に、同順位の担保権者が複数存在し,かつその中に差押債権者が含まれている場合には,その差押債権者に対する配当計算の基礎額は,原則として被担保債権の全額であるが,差押債権者が被担保債権の一部のみを請求債権として競売を申し立てた場合には,請求債権の金額を配当計算の基礎額とすべきである。また、差押債権者が請求債権を被担保債権の一部に限定して競売を申し立て,これに基づき開始決定がなされた後においては,特段の事情のない限り,差押債権者は請求債権の拡張をすることは許されない(例えば、神戸地方裁判所伊丹支部平成14年3月20日判決(平成13年(ワ)第453号))。

注16 一般の先取特権が認められている債権の中には、国立大学法人が発行する債券の債権もある(国立大学法人法33条5項が、「前項の先取特権の順位は、民法 (明治29年法律第89号)の規定による一般の先取特権に次ぐものとする」と規定しているので、4項の優先権も一般の先取特権である)。しかし、この先取特権の背後にある社会政策的配慮は、民法306条所定の債権に認められた一般の先取特権のそれとは、かなり異質であろう。このような先取特権についてまで、債務名義なしに競売申立てをしたり配当要求をする権利を認める必要があるのか、抵抗は感ずる。しかし、規定上はそれを認めざるをえない。

注17 [佐藤*2005b]=佐藤歳二「不動産競売における買受人の占有確保−−平成15年法改正等による影響について−−」(法曹時報57巻2号(平成17年2月1日発行))294頁など。

注18 政策論としては批判のあるところである:[大矢*2006a]63頁、特に64頁(抵当権は、もともと目的物を売却してその代金から優先弁済を受けることを内容とする権利であり、平成15年改正により担保不動産収益執行の制度が総説されたことに伴い、抵当権に基づく賃料債権への物上代位を認める必要はなくなった)。

注19 抵当権に基づく妨害的占有排除請求権につき、次の文献を参照。