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破産法学習ノート2
破産手続開始前の保全処分関西大学法学部教授
栗田 隆 |
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破産手続の開始によって生ずる効果の先取り
破産手続開始申立てから開始決定までに、多かれ少なかれ時間がかかる。経済的に行き詰まった債務者は、しばしば財産を適切に管理することができなくなっているので、その間に財産が減少する可能性は高い。また、債権者の権利行使を許したままにすると、債権者間の公平をはかることが難しくなる。そこで、破産手続開始によって生ずる効果のうちの一部を、個々の事件の特質に応じて、開始申立て後・手続開始前に発生させておく措置(保全処分)が必要となる。次のような各種の保全処分が用意されているが、ここでは、24条から28条までに規定されている保全処分を取り上げる。
破産手続開始申立て後・開始前 | 手続開始後 | |
---|---|---|
債務者の財産の管理・処分 | ||
他の手続 | ||
債務者の行動の制限 | ||
第三者の財産の保全処分 |
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言葉の約束 第2章第1節では、「破産手続開始の決定がされたとすれば破産債権若しくは財団債権となるべきもの」は、「破産債権等」と短く表現される(24条1項1号。42条1項の表現と比べるとよい)。いずれの債権に基づく手続も破産手続開始後に効力を失うので(42条1項)、破産手続開始前における権利行使の制限においても、両債権は、一括して扱われる。
債務者に対する手続法に従った権利行使は尊重されるべきではあるが、それでも債務者に対して破産手続開始申立てがなされているという状況下では、その権利行使を放置すると、債権者間の不公平を招きやすい。裁判所は、必要があると認めるときは、利害関係人の申立てにより又は職権で、破産手続開始の申立てにつき決定があるまでの間、債務者の財産に対する下記の手続の中止を命ずることができる。以下では、「命令」の語を使用するが、裁判所がするものであるから、裁判の形式が決定であることはいうまでもない。また、「他手続中止命令」と略すこともある。
中止される手続(24条1項)
(1号)破産債権等の満足のためになされている強制執行等の手続 破産手続が開始されると破産債権のみならず財団債権も、破産管財人による破産財団からの配当または弁済により満足を受けるべきものとなり、個別の権利行使は許されない(42条1項)。裁判所は、破産債権等の満足のためになされる次の手続(強制執行等)がすでになされている場合に、その中止を命ずることができる。ただし、強制執行等の申立債権者に不当な損害を及ぼすおそれがない場合に限られる。
(2号)破産債権等の満足のためになされている企業担保権の実行手続 企業担保権は、債務者の総財産を対象とする包括的担保権である。これの実行は、破産管財人が破産財団所属財産について有する管理処分権と相容れない関係にあり、一般の先取特権の実行手続と同様に、中止命令の対象となる。
取戻権に基づく訴訟手続と執行手続 債務者の相手方が有する所有権に基づく返還請求権に係る訴訟手続は、24条1項3号に該当し、中止命令の対象となる。しかし、その返還請求権のための強制執行の手続は、24条1項1号に該当せず、中止命令の対象にならない。 これは、破産手続が開始された場合に、取戻権に関する訴訟手続も破産財団に関する訴訟手続の一つとして中断するが(44条)、取戻権に基づく執行手続は効力を失わないことに対応する。 訴訟と執行とでこのように取扱いが異なる理由は何か。 |
(4号)債務者の財産関係の事件で行政庁に係属しているものの手続 (3)で述べたのと同様な趣旨による。例えば、次のような手続がこれに該当する。
他方、国税滞納処分またはその例による処分の手続は、破産手続が開始されても続行されるものであるので(43条2項)、中止命令の対象にはならない(25条3項も参照)。行政代執行も、中止命令の対象にならないとすべきであろう[8]。
(5)責任制限手続 これには、次の2つがある。
前者(a)について言えば、船舶事故から生ずる一定範囲の債権について、船主等の賠償責任の限度額を船舶のトン数に応じて定まる金額に限定し、その金額の範囲内で平等弁済を行う手続である。この手続により配当を受ける債権も、破産手続が開始されれば破産債権等になる。この手続の中止は、責任制限手続が開始される前に限られ(24条1項柱書中のただし書後段)、責任制限手続開始の申立ての当否を判断する段階のみが中止の対象となる。
手続が一定段階以上に進むことを禁止する中止命令
中止命令の対象となるのは、特定の手続である。申立てにより開始される手続については、少なくとも申立てがなされていることが必要である(24条1項各号の手続は、ほとんどがこれに該当しよう)。中止命令による手続の中止の効果は、中止命令書が当該手続を主宰する機関に到達した段階で生ずるのが原則であり、手続はその時点で進行を停止する[1]。しかし、中止命令において、この意味での即時の停止ではなく、手続が一定段階以上に進むことを禁止することも許されると解したい。その場合には、その中止命令書が到達した時点で、手続がその段階にまで進んでいなければ、手続を進行禁止段階の直前まで進めることができる。例えば、不動産の強制競売を中止する命令において、「強制競売手続を配当段階に進めてはならない」旨が命じられておれば、執行機関は、売却の完了まで進めて、手続を停止する。
強制執行等の手続のうちで、金銭執行手続については、債務者の責任財産の確保のために、差押えは許すべきであろう。仮差押えの手続は責任財産の保全にとどまるので、中止命令に続いて取消命令を発する場合を除いては、発令手続についても執行手続についても、中止命令を発する必要性は、実際上少ないであろう[6]。満足的仮処分以外の仮処分の執行についても同様である。
担保不動産競売の手続との関係
不動産に設定された抵当権等の担保権は、破産手続開始後も破産手続外で行使することを認められているので(2条9項・65条1項)、中止命令の対象とはならない。ただし、次の点に注意したい。
(a)担保不動産競売の手続において一般債権者も配当要求をすることができる。この場合に、彼の配当金ないし弁済金の受領を阻止することを可能にする直接の規定は見あたらない。しかし、中止命令の制度は、破産手続開始の申立て後に一般債権者のうちの一部の者のみが満足を受けることによる不公平を阻止することを目的とするのであるから、この場合にも、一般債権者が受領すべき配当金等は将来の破産財団のために留保するように、24条1項1号を類推適用して、一般債権者への配当金等の支払手続の中止を命ずることができるとすべきである(その手続に参加する一般債権者を特定する必要はなく、担保競売手続が特定されていれば足りる。民執法188条によって準用される91条1項の類推適用により配当等の額が供託され、供託がなされても実体法上の弁済の効果の発生は中止命令により阻止されるものとする。なお、一般債権者への配当等の額の支払手続が中止されるだけであり、一般債権者が先順位債権者に対して配当異議の訴えを提起することは妨げられない)。
(b)担保不動産競売において、債務者あるいは配当を受けるべき一般債権者は、配当異議の訴えにより、被担保債権の存在と額を争うことができる(民執法188条・87条・89条・90条参照)。配当異議の訴えが提起された場合に、それも3号の訴訟手続に該当し、中止命令の対象となると解してよいであろう。問題は、被担保債権の存在と額について疑問があるにもかかわらず債務者等が配当異議の訴えを提起しなかった場合にどうなるかである。破産手続開始の申立てをした債権者等が債権者代位権により配当異議の訴えを提起することは、肯定してよいであろう。そして、その異議の訴えも、債務者の財産関係の訴訟手続(3号)に該当する(45条1項参照)。
強制執行等の手続が売却前の段階で中止命令により中止されたときでも、破産手続開始前に、速やかに売却する方がよい場合がある。その場合には、その手続を取り消す必要がある(例えば、不動産に仮差押えの執行がなされている場合には、それを取り消して、仮差押えの登記を抹消しておく必要がある)。しかし、その後に破産手続の開始に至らないこともありえ、その場合に、当該不動産から満足を得るはずであった執行債権者が不利益を被らないように、担保を提供させておく必要がある。そうした措置をとることは、保全管理人であるならば期待できる。
そこで、保全管理命令が発せられて、保全管理人からの申立てがある場合には、担保を提供させた上で、中止された強制執行等の手続の取消しを命ずることができるとされた(この担保については、民訴76条以下が準用される(民訴81条))。
3項は、保全管理命令が発せられることを前提にしているので、債務者が法人の場合にのみ適用がある(91条1項参照)。また、上記の考慮を前提にするならば、取消命令は、保全管理人が売却先を見出して売買契約に至った段階またはその直前の段階で発せられるのが原則となろう。
被担保債権
被担保債権は、当該強制執行等の手続により満足を受けるべき債権または保全されるべき債権が金銭債権である場合には、当該債権そのものである(執行手続等が取り消されることによる損害賠償請求権ではない。権利の実現の遅延による損害は、通常の場合と同様に、遅延損害金として考慮される)。
当該強制執行等の手続により満足を受けるべき債権または保全されるべき債権が非金銭債権である場合には、破産手続が開始されると、その債権は破産手続開始時の評価額でもって破産債権等になる。しかし、もし破産手続が開始されなければ、取消命令により強制執行等の手続が取り消された結果のみが残る。その結果、当該債権が実現されないことになれば、当該債権は損害賠償請求権に転化することになるので、その損害賠償請求権が被担保債権となる。
担保の提供を受ける債権者
担保を提供される債権者の範囲は必ずしも明瞭でないが、取り消される手続の申立人はこれに該当する。申立人より先順位の抵当権者は、これに該当しない。彼らの抵当権は、競売手続が取り消されても影響を受けないからである。
配当要求しただけの債権者は、どうか。次の2つの選択肢が考えられる:(α)彼は、他人の申立てによる競売手続が完遂される限りで配当に与かるという地位を有するにすぎず、その地位は、競売申立債権者が競売申立てを取り下げれば消滅する。このことに鑑みれば、配当要求債権者にまで担保を提供する必要はない;(β)配当要求により通常であれば配当を受けることができる地位に立ったにもかかわらず、取消命令によりその地位を奪われることになるのであるから、やはり担保から配当を得るべき地位にある。おそらく後者でよいであろう[5]。そうなると、いつまでに配当要求した債権者が担保から弁済を受けるのかが問題となり、配当要求の終期を仮想的に確定する必要がある(民執法49条・52条・87条1項1号・2号参照)。これについては、取消命令の発令の時点で売却があったものとみなして、配当要求の終期を確定してよいであろう。
担保の金額
担保の金額は、被担保債権の種類と取り消されるべき手続の種類に依存しよう。最も単純な場合として、不動産の強制競売の手続が取り消される場合(したがって被担保債権は金銭債権の場合)についていえば、売却代金から諸経費を控除して得られるであろう金額が提供されるべきであろう[3]。もっとも、売却代金から弁済を受けるべき総債権額がこれよりも少ない場合には、その総債権額に相当する金額を担保に供すれば足りる。こうした結論の説明のために、保全管理人が提供する担保は、競売される不動産の代位物であると構成してよいと思われる。
担保の原資の調達
債務者が担保に適する財産(金銭・有価証券)を持ち合わせておらず、取り消されるべき執行手続等の対象となっている財産の売却代金をもって充てざるを得ない場合には、どうすべきであろうか。24条3項は、担保を立てさせて取消命令を発すべきであるとしており、また、執行債権者の利益を考えればその方が好ましいから、この場合には、保全管理人の信用で担保の原資を調達するか、取消命令を諦めるよりしかたないであろうか(仮差押えの執行がなされたにとどまる場合、不動産について強制管理手続が開始されたにとどまる場合が特に問題となろう)。立法論としては、執行手続等を取り消してから売却し、その売却代金を担保に提供させる道を開くことが考えられる。
時効中断効
執行手続等が3項の規定により取り消されることは、民法154条の規定する場合には該当しないので、差押えによる時効中断効が同条により不発生となることはない。それでも取消しの時に時効中断事由が終了したと見るべきであり、その時から時効は新たに進行する(民法157条)。[2]
執行力のある債務名義の正本を有する債権者がする配当要求も、差押え(民法147条2号)に準ずるものとして、配当要求に係る債権につき消滅時効を中断する効力を生ずる。3項の規定により競売手続が取り消された場合に、取消決定がされるまで適法な配当要求が維持されていたときは、右の配当要求による時効中断の効力は、取消決定が確定する時まで継続すると解すべきであろう(競売申立債権者が追加の手続費用を納付しなかったことを理由に競売手続が取り消された場合に関する最高裁判所 平成11年4月27日 第3小法廷 判決(平成9年(オ)第2037号)参照)。
差押えの効力発生後に抵当権等が設定されていた場合
不動産の差押えの効力発生後に抵当権や賃借権等が設定されている場合には、その差押えに係る執行手続を取り消すことは、特別のことがない限り、適当ではない。執行手続を取り消すと、破産手続が開始された場合でも、後順位の抵当権や賃借権が存続することにより破産財団に損害が生ずる可能性が高いからである[7]。
中止命令の変更・取消し
中止命令は、発令後の事情の変更等を考慮して、変更し又は取り消すことができる。取り消された場合には、中止命令に係る手続は進行を再開する。中止命令の変更としては、対象の変更のほかに、手続の完了に至る前の一定段階まで進めることを認める趣旨の変更が考えられる。例えば、不動産の競売手続について、換価前の段階で中止命令が発せられた場合に、換価の完了まで許して、配当段階に進むことを禁止する趣旨に変更することができる。
強制執行等の手続を取り消す命令(3項)については、その命令の取消しの余地はない。その命令を取り消しても、強制執行等の手続が復活するわけではないからである。
次の命令に対しては、即時抗告をすることができる(24条4項)。
この即時抗告には執行停止の効力はない(24条5項)。このことは、1項・2項の命令については特に問題がない。しかし、3項の命令については、次のような疑問がある:この決定も告知と共に効力を生じ、これに対する即時抗告も執行停止の効力を有しないとすると、抗告審の審理中に強制執行の手続の取消しがなされる可能性が生ずる;執行手続がいったん取り消されれば、その復活を観念することは困難であり(例えば、債権差押命令が取り消されれば、執行債務者は当該債権を取り立てたり譲渡することができ、それがなされた後で債権差押命令を復活させることはできない)、もはや即時抗告も意味をもたないことになる。しかし、それでは即時抗告を許した趣旨が没却されよう。即時抗告を許す以上、強制執行等の手続を取り消す決定は、確定しなければ効力を生じないとするのが本来であろう。
これらの裁判並びにこれらの裁判に対する即時抗告についての裁判は、当事者に送達しなければならない(6項)。
多数の債権者が債権取立手続を始めている場合、あるいはその虞がある場合には、対象となる手続を個別に特定する必要のある中止命令では間に合わないので、包括的禁止命令が発せられる。
前提としての責任財産保全措置
債権者の権利行使を包括的に制限するのであるから、債務者の責任財産が減少しないように財産保全措置をとらないとバランスを失する。包括的禁止命令は、事前に又は同時に債務者の主要な財産について28条1項の保全処分をした場合又は91条2項の保全管理命令(91条1項の処分)をした場合に限り、することができる。
包括的禁止命令の対象と効果(25条)
「包括的」という形容語は、禁止されるべき手続を特定することなく禁止命令の対象となるすべての手続が禁止されることを意味する。対象となる手続の種類は、中止命令のそれと比較すると、意外に狭い。
新規の手続 | 開始済みの手続 | |
---|---|---|
強制執行等の手続 | 不可 (42条1項参照) |
中止 (25条3項。42条2項本文参照) |
滞納処分 | 不可 (43条1項参照) |
中止されない(続行) (25条3項の反面解釈。43条2項参照) |
新規の手続を禁止する意味は、次の点にある。
開始済みの強制執行等の手続は、禁止命令により中止されるのみならず、事案に応じて、その取消しを命ずることができる(25条5項)。24条3項の場合と同様に、保全管理命令が発せられていて、保全管理人からの申立てがあるときに、担保を提供させてする。
ポイント 「滞納処分は、いったん開始されると、破産手続が開始されても効力を失うことなく続行される」ということから、保全処分に関して、次のことを説明できる。
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柔軟な処理
包括的禁止命令は、その威力が大きいので、柔軟に運用できるようにすることが必要である。そのために、次の規定がおかれている。
包括的禁止命令の効力発生時期(26条2項)
包括的禁止命令は、裁判書が債務者に送達された時に効力が生ずる。この時以降は、新規の滞納処分・強制執行等は許されない。包括的禁止命令を変更し、又は取り消す旨の決定の効力発生時期も同じである。
不服申立て
次の裁判に対しては、即時抗告をすることができる。即時抗告は、執行停止の効力を有しない(ただし、強制執行等の手続を取り消す決定については、前述のように問題がある)。
(a)25条関係(同条6項・7項)
(b)27条関係(同条4項・5項)
公告・送達・通知(26条1項)
(a)破産手続においては、多くの者に影響を与える裁判は、公告される。このことは、(1)包括的禁止命令及び(2)包括的禁止命令を変更し又は取り消す決定にも妥当し、決定のあった旨が公告される。
これらの裁判書に最も強い利害関係を有する次の者に裁判書が送達される。
さらに、次の者にもその決定の主文が通知される(裁判書を多数の者に送達することは負担が大きいので、主文の通知にとどめられている)。
(a')包括的禁止命令及びそれを変更し又は取り消す裁判に対する即時抗告についての裁判で、第一審決定を維持する裁判は次の(b)に含まれるが、それ以外の裁判は、包括的禁止命令、又はこれを変更若しくは取り消す決定に当たるか、又は実質的に見てこれに当たるので、26条1項による公告及び送達・通知がなされる。例:
(b)他方、次の裁判は、直接には特定の者にのみ影響を与えるものであるので、その裁判書を当事者に送達するだけにとどめている(26条3項)。条文上は、この送達については代用公告が許されることになるが、事柄の性質上、代用公告は適切ではない[11]。
(b')次の裁判も、当事者にのみ影響を与えるものであるので、その裁判書を当事者に送達すれば足りる(27条6項)。この送達には、代用公告は許されない(27条6項後段による10条3項本文の適用の排除)。
時効の停止(25条8項)
包括的禁止命令が発せられた場合でも、債権者は訴訟等の方法により時効を中断することができる。しかし、破産手続開始の可能性が高まっていることを考慮すると、その時効中断措置は、コスト・パフォーマンスがあまりよくない。民事手続政策の視点から見ても、時効中断措置としての訴え提起を急がせるよりも、時効を停止して、破産手続内で権利を確定させる方が、訴訟の数を減らすことができて、好ましい。
そこで、包括的禁止命令により強制執行等又は滞納処分が禁止されている破産債権等については、包括的禁止命令が効力を失った日の翌日から2月を経過する日までの間は、時効は完成しないものとされた。27条1項・2項の規定による解除があった場合には、上記の2月の起算点は、解除の決定のあった日の翌日からとなる(27条3項)。
他手続中止命令や包括的禁止命令の制度は、債権者の法定手続による権利行使を阻止することにより債務者の財産の減少を防止するものである。他方、28条の財産保全処分は、主として、債務者の行為を制限することにより債務者の財産の減少を防止するものである。
申立権者
利害関係人は、破産財団に属すべき財産の保全処分を申し立てることができる。破産手続の開始を申し立てた者はもちろん、申立てをしていない債務者や債権者(特に賃金債権を有する従業員)も、申し立てることができる。
裁 判
裁判所は、
・利害関係人の申立てにより又は職権で、
・破産手続開始の申立てにつき決定があるまでの間、
・債務者の財産の処分禁止の仮処分その他の必要な保全処分
を命ずることができる(28条1項)。裁判所は、保全処分命令を変更又は取り消すことができる(28条2項)
不服申立て
利害関係人は、次の裁判に対して即時抗告をすることができる(28条3項)。
この即時抗告には、執行停止の効力がない(28条4項)。保全処分の裁判について言えば、これに対する即時抗告に執行停止の効力を認めると、財産散逸の危険が高まるからである。
送 達
上記の即時抗告の対象となりうる裁判がされた場合には、即時抗告の機会を確実にするために、裁判書を当事者に送達する(即時抗告期間は告知の時から進行するが(民訴332条)、送達も告知の一種である)。当事者となるのは、保全処分の裁判が申立てによりなされた場合には、申立人と債務者である。職権でなされた場合には、債務者のほかに、破産手続開始の申立人にも送達すべきであろう(ただし、即時抗告は、当事者に限らず、利害関係人であればすることができる(9条))。即時抗告について裁判があった場合にも、同様に、その裁判書が当事者に送達される(即時抗告人及び抗告審が利害関係人として扱った者(民訴335条)に送達すべきである)。いずれの場合にも、代用公告は許されない(28条5項2文による10条3項本文の適用排除)。
内容は裁判所が定める。ただし、原則として、保全処分は、破産手続開始によって生ずる効果の先取りと考えるべきであり、それを限界とする。例えば、次のような保全処分をすることができる[4]。
第三者に対する保全処分
否認権の行使を前提にした受益者等の財産に対する保全処分(171条)と破産者となるべき法人の役員に対する責任追及を前提にした役員の財産に対する保全処分(177条)については、明文の規定が設けられている。
これ以外でも、第三者に対する保全処分は、明文の規定がなくても、また破産手続の開始によって生ずる効果を超える場合であっても、保全されるべき物が破産手続の追行に必要不可欠で、その物に対する第三者の正当な利益が小さい場合には、許されるとすべきである。
第三者への周知
債務者の財産に関する保全処分命令は、当事者に送達しなければならない。仮差押えや仮処分は、それで足りよう。しかし、債権者に対する弁済禁止の保全処分は、その最終的な効力が、債権者がその保全処分命令の存在に悪意であることに依存する。このような保全処分については、保全処分の存在を債権者に周知させることが必要となる。その方法として、例えば、債権者への通知、あるいは公告やこれに相当する措置が考えられる。
濫用の防止
この保全処分は、無保証で発せられるので、一般の保全処分よりも有利である。しかし、それだけに濫用の危険がある。極端な場合には、債務者が破産手続開始の申立てをして、弁済禁止の保全処分命令を得て、これを理由に債権者への弁済を拒絶して、自分の都合のよいように財産を整理し、その後に適当なところで破産手続開始の申立て(旧法下では、破産申立)自体を取り下げることさえあった。この濫用の防止の意味も込めて、28条1項の保全処分命令などがされた後は、その申立人と破産手続開始の申立人とが同一人であるか否かにかかわらず、破産手続開始申立ての取下げは、裁判所の許可が必要であるとされた(29条)。
第三者の所有物について誤って仮差押えがなされた場合には、第三者は、次のような方法でその取消しを求めることになる(所有権留保、リース、レンタルの場合に特に問題となる)。
実務では2,3の方法の方が早く効果が上がるとのことである。
各決定の公告・送達・通知の要否、即時抗告の可否は、わかりにくい。表に整理しておこう。
申立て | 裁判内容 | 公告・送達・通知 | 即時抗告の可否と執行停止の効力 | 即時抗告についての裁判の通知等 |
---|---|---|---|---|
中止命令(24条1項) 中止命令の変更又は取消し(24条2項) 中止された手続の取消命令(24条3項) |
認容 | 当事者に送達(24条6項) | 可(24条4項) 執行停止の効力なし(同5項) |
当事者に送達(24条6項) |
排斥 | ||||
包括的禁止命令(25条1項) 包括的禁止命令を変更し、又は取り消す決定(25条4項) |
認容 |
公告(26条1項) 送達(26条1項)
決定の主文の通知(26条1項)
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可(25条6項) 執行停止の効力なし(25条7項) |
第一審の包括的禁止命令等を維持する裁判(即時抗告を棄却又は却下する裁判)は、当事者に送達(26条3項) それ以外の裁判は、包括的禁止命令、又はこれを変更若しくは取り消す決定に当たるか、又は実質的に見てこれに当たるので、6条1項による公告及び送達・通知がなされる。例:
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排斥 | ||||
包括的禁止命令により中止された強制執行等の手続の取消し(25条5項) | 認容 | 可(25条6項) 執行停止の効力なし(25条7項) |
当事者に送達(26条3項) | |
排斥 | ||||
禁止命令からの解除(27条1項) | 認容 | 当事者に送達、代用公告不可(27条6項) | 可(27条4項) 執行停止の効力なし(27条5項) |
当事者に送達、代用公告不可(27条6項) |
排斥 | ||||
債務者の財産についての保全処分(28条1項) 保全処分の裁判の変更・取消し(28条2項) |
認容 | 当事者に送達、代用公告不可(28条5項) | 可(28条3項) 執行停止の効力なし(28条4項) |
当事者に送達、代用公告不可(28条5項) |
排斥 |
注1 「排斥」は、「棄却または却下」を意味する
注2 空白部分は、一般原則によることになる。
条文を素直に表にまとめたつもりである(ただし、誤解があることを恐れている)。上記の表を見ると、各申立てに対する取扱いが区々であることに気づく。