関西大学法学部教授 栗田 隆


破産法学習ノート「破産手続開始前の保全処分
の注


注1 中止命令が出されても、対象手続が当然に中止されるわけではない。中止命令書が当該手続を主宰する機関に到達した段階で中止されるのが原則である。誰が中止命令書を対象手続の主宰機関に届けるかについては特に規定はないが、中止命令が職権でなされる場合には、裁判所(内部的には裁判所書記官)が手続主宰機関に送付すべきであろう。申立により中止命令が発せられる場合にも同様となるが、ただ、この場合には、命令書の送付を申立人に託すること(申立人に持参させること)も許されてよい。

注2  杞憂の問題を検討しておこう。強制競売が取り消されてから破産手続開始申立てについて裁判がなされるまでに消滅時効期間が満了するという事態は、実際上ほとんどないであろう。しかし、ここではそのような事態になることを仮に想定することにしよう(短期消滅時効にかかる債権について民法174条の2の適用がない場合に、破産手続開始申立についての裁判までに、消滅時効期間を上回る期間を要したとする)。その場合に、債権者はなんらかの時効中断措置をとらなければならない。保全管理人による債務承認は適当ではなく、裁判上の請求も負担が重い場合があろう。そうなると、債権者は、他の財産について差押えあるいは仮差押えをすべきことになるが、その財産が見出されない場合には、債権者に酷な結果となることがあり得よう。したがって、24条3項の規定により強制執行等が取り消された場合には、25条8項を類推適用して、破産手続開始申立についての裁判が確定してから2月間は時効は完成しないとしてよいであろう。

注3 いくぶん杞憂に属する問題であるが、検討しておきたいことがある。破産手続の開始に至らなかった場合に、競売申立人は、執行債権額の範囲で担保から優先弁済を受ける。目的不動産が保全管理人によって換価されないまま債務者の財産中に残存するという事態は、予定されるべきではないが、しかし、何らかの事情でそのようになった場合には、彼は、再度その不動産に対して競売申立をすることができるかが問題となるが、肯定せざるをえないであろう。その強制競売手続からの配当金と担保から優先弁済を受けた金額との調整をすべきか否かも問題となるが、その調整まで行うとなると、様々な解釈問題が生ずることが予想されるので、調整は行わないとしてよいであろう。

注4  旧法下においては、破産者となるべき法人の役員の職務執行停止・代行者選任の仮処分もあげられていたが、現行法では、この保全処分の需要は、保全管理命令によりまかなわれる。

注5 前者の解決をとった場合には、競売申立権者に提供する担保の額の算定にあたって、配当要求債権者の債権額も考慮して配当等が行われた場合に競売申立債権者が受けるであろう金額を基準にするのか、それとも、配当要求債権者が存在しないと仮定した場合に彼が受けるべき配当額を基準にするのかが、さらに問題となろう。

注6 民事保全法49条3項の規定による売却を阻止するために中止命令を発する余地はありうるが、しかし、同項の規定による換価の要否の判断は、破産手続の裁判所がするよりは、執行官及び保全執行裁判所に委ねる方がよいであろう。

注7 42条2項による他の手続の失効が破産手続との関係でのみ生じ、差押え後に権利を取得した者に利益をもたらすものではないと解されているのと同様に、取消しの効果を相対的なものにとどめることも考えられないわけではない。しかし、解釈論としてそれを貫徹しようと思えば、保全管理人が差し押えられた財産を任意処分する場合に、後順位抵当権の消滅を主張して、その抹消を求めることができるというところまで進まなければ意味がないであろう。解釈論をそこまで進めるよりも、むしろそのような事例においては取消命令を発せずにおいて、破産管財人の処分(典型的には、42条2項ただし書きによる手続続行)に委ねる方が現実的のように思われる。

注8 (α)行政代執行法2条は、次のように定めている:「法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。以下同じ。)により直接に命ぜられ、又は法律に基き行政庁により命ぜられた行為(他人が代つてなすことのできる行為に限る。)について義務者がこれを履行しない場合、他の手段によつてその履行を確保することが困難であり、且つその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるときは、当該行政庁は、自ら義務者のなすべき行為をなし、又は第三者をしてこれをなさしめ、その費用を義務者から徴収することができる。」。この規定の定める要件からすれば、代執行そのものは、中止命令による中止に親しむものではない。(β)「代執行に要した費用の徴収については、実際に要した費用の額及びその納期日を定め、義務者に対し、文書をもつてその納付を命じなければならない」(5条)とされている。代執行の完了後・費用の納付を命ずる前の段階について納付命令の手続を観念して、その中止を命ずることも適当ではなかろう。(γ)「代執行に要した費用は、国税滞納処分の例により、これを徴収することができる 」(6条1項)。したがって、すでに開始されている費用徴収手続は、中止命令の対象とはならない。まだ開始されてない徴収手続が包括的禁止命令により禁止されうるだけである。

注9 時効中断事由としての請求は、催告を除けば、おおむね確定判決と同一の効力のある文書をもたらすものである(既判力の有無は、別とする。破産手続参加の場合はやや特殊で、債権者間で確定しても、破産者が異議を述べれば、債権表の記載は破産者との関係では確定判決と同一の効力を有しないが、少なくもと破産債権者間では確定判決と同一の効力を有するのであり、債権の存在の確実性は高い)。これに対して、差押え・仮差押えはそのような確定判決と同一の効力のある文書をもたらさない。配当要求も、この点では同じであるので、時効中断事由の中での位置づけは、請求ではなく差押えに準ずるとするのが妥当である。

注10 各種社会保険料などの徴収のための処分がこれに該当する(介護保険法156条、老人保健法60条などを参照)。

注11 代用公告を許さない規定が27条6項後段に置かれて、26条3項に置かれていない理由を把握することができない。両者を区別する必要があるのであれば別であるが、そうでなければ、26条3項の公告についても27条6項後段の類推適用を認めるべきであろう。端的に言えば、27条6項と同趣旨の規定が26条3項にも置かれるべきではなかろうか。