目次文献略語
民事訴訟法講義

審理の枠組み


関西大学法学部教授
栗田 隆

1 審理の基本的枠組み


1.1 審理

審理の基本的要素

1. 当事者の主張を聴くこと。
2. 争いのある事実について証拠調べをすること。
訴えに対して判決で応答するために、裁判所は、その事件に適用される規範が何であるか、その規範の適用に必要な事実は何かに注意しながら、両当事者の主張を聴き、争いのある事実について当事者が申し出た証拠を調べて、判決の基礎資料を得る。これを審理という。審理は、公平な裁判を保障するために、両当事者に出席の機会が与えられた一定の日時に一定の場所で行われる。その日時を期日という。審理の場所は、原則として、公開の法廷である(憲82条1項)。

参考ページ(法廷のイメージ図): 最高裁 > 裁判所の案内・裁判に携わる人々

口頭弁論
審理は、憲法82条では「対審」と呼ばれ、公開法廷で行うことが要求されている。公開の法廷で審理を円滑に行うために、法廷における裁判所と当事者との交流は、口頭でなされるのが原則である。(α)口頭で行われるべき審理全体を指して、広義の口頭弁論という。この意味での口頭弁論は、当事者から見れば、本案の申立てをなし、事件に関する自己の事実上および法律上の認識・意見を主張し、証拠を提出し、証拠調べに関与することである。裁判所からみれば、事件の審理であり、当事者の申立てや主張を聴き、証拠調べを行うことである。(β)審理の中から当事者が事実上・法律上の認識・意見を陳述する部分を取り出して、狭義の口頭弁論という。(γ)口頭弁論の語は、最広義では、判決言渡しまで含めた意味で用いられる[10]。
  1. 狭義の口頭弁論=弁論  当事者の申立てとこれを理由づけるためになす攻撃防御方法の提出(事実の主張や証拠の申出など)。当事者の陳述が中心であるが、裁判所が当事者の陳述を聞くこと、弁論指揮行為(148条)・釈明権行使(149条)、および争点・証拠の整理・証明すべき事実の確認(164条・165条・177条)も含まれる。「弁論」の語は、「口頭弁論」一般の短縮語として用いられることもあるが、この講義では、狭義の口頭弁論の短縮語として使用する。次の規定における「口頭弁論」は、この意味である(証拠調べを含み得ない)。
    • 159条1項(自白の擬制)
    • 161条1項(口頭弁論は書面で準備しなければならない)。
  2. 広義の口頭弁論=審理  弁論+証拠調べ。次の規定における「口頭弁論」は、この意味である(判決言渡は含まれない)。
    • 153条(口頭弁論の再開)・152条(口頭弁論の制限・分離・併合)[7]
    • 249条(直接主義)
    • 242条(証拠保全手続で尋問した証人の再尋問)
    • 251条1項(判決言渡期日は口頭弁論終結の日から2月以内)・253条1項4号(判決書の記載事項としての口頭弁論終結の日)
    • 91条2項(公開を禁止した口頭弁論に係わる訴訟記録)
  3. 最広義の口頭弁論   審理+その結果である判決の言渡し。次の規定における「口頭弁論」は、この意味である。
    • 160条(口頭弁論調書。規則67条1項8号に注意)。
    • 規則76条(口頭弁論における陳述の録音)[16]
    • 312条2項5号(絶対的上告理由としての口頭弁論公開規定の違反)  判決の言渡しを非公開の期日にすることは許されない(判決の内容に影響があるか否かの問題ではない)。

「口頭弁論」の語を用いている規定は他にも多数あるが、適当に読み分けてほしい。なお、弁論準備手続や書面による準備手続は、口頭弁論の手続に含まれない(したがって、170条5項・176条4項で149条等の準用が規定されている)。進行協議期日(規95条)における訴訟行為も、審理の充実のために重要であるが、口頭弁論に含まれない。

口頭弁論を行う場所は、法廷である。法廷は、裁判所またはその支部で開かれるのが原則である(裁判所法69条1項。2項に例外がある)。ただし、証拠調べは例外的に法廷外で行うことも認められている(185条・195条。例えば、入院中の証人の尋問)。法廷外での証拠調べは、審理のための訴訟行為であるが、口頭弁論の概念枠には含まれず、その結果を判決の基礎資料とするためには、口頭弁論期日において顕出(報告)することが必要である。

裁判所(合議体又は単独体)は、口頭弁論の不可欠の主体である。裁判所が合議体である場合に、その一部の構成員(裁判長や受命裁判官)がたとえ法廷で当事者の主張を聴いたり証拠調べをしても(268条参照)、その手続は口頭弁論に含まれない。受託裁判官(185条2項参照)についても同様である。裁判長、受命裁判官あるいは受託裁判官のみが関与して得られた資料は、裁判官全員がそろった口頭弁論期日において顕出(報告)されることが必要である(顕出されないと判決の基礎資料にならない)。

1.2 双方審尋主義

双方審尋主義
裁判所は、両当事者に、主張を述べ、証拠を提出する機会を平等に与えなければならない。これを双方審尋主義という。双方審尋主義は、相手方の主張に反論する機会の保障も含む。それを保障するためには、当事者に出頭の機会が与えられた期日に出された資料のみが裁判の基礎資料になるとすることが最善である。一方当事者を排除した場で提出された資料は、不公平な裁判をもたらす危険が高いので、裁判所はそれを裁判の基礎資料にすることができない。これを当事者公開の原則という。この原則は、双方審尋主義の内容の一つに位置付けられる。しかし、その重要性を考慮すると、「当事者公開の原則」という名称を付して別個に議論するのに値する。

審尋請求権の侵害に対する救済
双方審尋主義は、当事者から見れば審尋を受ける権利(審尋請求権)の保障である。これが侵害された場合の救済方法は、侵害の態様により異なるが、次のものがある。

1.3 当事者公開の原則

「当事者公開」の語は、「一般公開主義」に対立するものとして、「当事者にのみ裁判を公開する建前」の意味で用いられることもあるが(例えば[伊藤*民訴v3]225頁)、この講義では、これとは異なる次の意味で用いる。当事者は、訴訟の主体として、(α)相手方と平等な立場において裁判の基礎資料を提出することができるとともに、相手方と裁判所との間にどのような交流があったかを知ることができることが要請される。この要請を満たす審理手続を対席手続という(両当事者が裁判所の前で席を相対(あいたい)することに由来する名である)。上記の要請は、(β)両当事者に在廷する機会が与えられた期日において提出された資料のみが裁判の基礎資料となり、その他の資料は裁判の基礎資料にならないとの原則を伴うことによって初めて完全なものとなる。審理はこれら2つの要請・原則を満たすという意味で当事者に公開されていなければならない。訴えは、これら2つの要請を満たすように配慮された厳格な手続(必要的口頭弁論)で審理される。もっとも、訴訟の円滑な進展のために、裁判所と当事者との交流を口頭弁論期日に限定するわけにはいかず、口頭弁論期日外の交流も多々ある。その場合でも当事者公開の原則に従いさまざまな配慮がなされている。

当事者公開に資する規定として、次のものがある。
次の例外がある。

1.4 訴訟についての裁判所と当事者の役割分担

処分権主義
裁判所は、当事者が訴えにより求める限度で裁判する(訴えなければ裁判なし)。この原則を処分権主義という。その内容を細分して述べると、処分権主義は、当事者に次の点について決定権を認める建前である。
職権進行主義と弁論主義
処分権主義の枠内で訴訟をどのように進めるかの点について、裁判所と当事者との間で次のように役割が配分されている。
訴 え 当事者と審判対象の特定=処分権主義
 | 
 ↓
審 理
 | 内容面──事実主張+証拠提出=弁論主義(当事者の主導権)
 |
 | 手続面──期日の指定等=職権進行主義(裁判所の主導権)
 |───────────┐
 ↓           ↓
判 決  判決によらない訴訟の終了=処分権主義
     (訴えの取下げ、請求の放棄・認諾、和解)

2 弁論主義の基本


文 献

2.1 意 義

一般に、法律関係の存否の判断は、法的効果の発生を定める法規の要件に該当する具体的事実が存在する場合にその法的効果の発生が認められるという判断を積み重ねる形でなされる。法規の中には、一定の権利ないし法律関係の存在を要件の一部とするものもある。例えば、所有権に基づく引渡請求権の発生要件は、請求者が目的物について所有権を有し、相手方がその物を占有していることである。このような場合には、さらに当該権利ないし法律関係の発生を定める法規の事実に関する要件を充足させることが必要である。

法規は、外国法や慣習法を除けば裁判所が知っているべきものである。他方、事実とその認定資料である証拠については、それを誰が収集して口頭弁論に提出する(裁判所と当事者とが共有する資料にする)かが問題になる(以下、事実と証拠を合わせて「判決の基礎資料」といい、収集と提出を合わせて単に「収集」という)。すなわち、当事者と裁判所のいずれが判決の基礎資料を収集すべきかが問題となる。これについては、2つの建前(基本的考え)がある(建前であり、例外があることに注意)。一つは、(α)裁判所の責任とする建前であり、これを職権探知主義という。もう一つは、(β)事実と証拠の収集を当事者の責任と権限とし、裁判所自らは収集しない建前であり、これを弁論主義という。民事訴訟法は、弁論主義を採用している。
なお、法規の定める要件は、複数の要素に分解することができ、各要素は「要件要素」と呼ばれるが、要件要素(要件の一部)も、要件と呼ばれることがある。 法規は、さまざまな場合に適用できるように一般的な文言で書かれている。一般性のある文言で書かれた要件要素に該当する具体的事実を主要事実という。主要事実は、「法規の適用の直接の原因となる事実」と言うことができ、「直接事実」とも呼ばれる。

主張共通・証拠共通の原則
弁論主義は、裁判の基礎資料(事実と証拠)の収集に関する当事者と裁判所の間の役割分担である。当事者間の役割分担ではない。裁判所は、ある当事者の提出した事実あるいは証拠をその者に不利に、相手方に有利に斟酌することもできる[36][51]。これが、主張共通・証拠共通の原則と呼ばれるものである。補助的な根拠:

主張共通の原則の適用例  例えば、売主が、2020年4月1日に締結された不動産売買契約に基づく代金支払請求権を主張して、買主に対して2030年6月に代金支払請求の訴えを提起した場合に、買主が、「代金債権は、民法166条1項2号の規定により時効消滅した」と裁判所が判断することを望むのであれば、同号の「権利を行使することができる時」に該当する事実(訴求債権の行使が可能になったのが2020年4月1日であること)は、抗弁事実の一部として、被告(買主)が主張するのが本来である。しかし。被告がその事実を主張しなくても、原告(売主)が請求原因の中でその事実を主張しているので、裁判所はその事実を顧慮して訴求債権の時効消滅を認めることができる([司法研修所*2016a]25頁参照)。

主張責任と証明責任
ここで、当事者間の役割分担について見ておこう。例えば、民法587条所定の消費貸借契約に基づく貸金返還請求訴訟では、原告主張の貸金返還請求権の発生が認められるためには、同条の要件要素である金銭授受と返還約束に該当する具体的事実(主要事実)が主張されなければならない[63]。それらの事実を主張すべき者は誰かといえば、主張しないことにより不利益を被る者である。この場合には、その主張がなされなければ、裁判所は貸金返還請求権の発生を認めないことになり、原告が不利益を被るから、原告が主張すべきことになる。このように、主張がなされないために権利の発生が認められないということにより不利益を受けることを主張責任という。

主要事実の主張がなされても、相手方が争えば、主張者はその事実を証明しなければならない。証明できないと権利の発生を認めてもらえない。この不利益を証明責任という。

主張責任を負う者と証明責任を負う者とは、同一であるのが原則である。したがって、「主張責任を負う者が証明責任を負う」と言っても、「証明責任を負う者が主張責任を負う」と言っても同じであるが、どちらが普遍的な責任分配かといえば、証明責任である。職権探知主義の下では主張責任を問題にする必要はないが、しかし、事実の真偽が不明であるという事態は職権探知主義の下でも生じ、証明責任が問題となりうるからである。そこで、「主張責任の分配は、証明責任の分配に従う」と言われる。証明責任の分配は、≪権利の発生・変更・消滅を主張する者は、その主要事実を証明しなければならない≫という単純なルールを前提にして立法者が法規の文言を組み立てることにより、おおむね実体法規の中に示されていると考えられている(法律要件分類説・規範説)。証明責任の分配の表現方法には、これ以外にもいくつかの補助的な方法がある。また、実体法に表現された分配も解釈により変更されることがあり、さらに、実体法の解釈により法規に新たな要件要素が付加される場合には新要件要素について証明責任の分配が問題になる。これらについては後述する(自由心証主義の後で述べる)。

主張責任の分配は、証明責任の分配に従うといっても、実際の訴訟では、事実の主張がまずなされるべきであり、必要な主張がなされていなければ、証明も問題にならない。その意味で、主張責任が果たされているか否かがまず問題になり、必要な主張がなされていない場合に、裁判所の釈明権の行使が問題となる。

2.2 訴訟における事実

直接事実====要件───→法的効果
  ↑ (該当)  法規範  
(推認)
  |
間接事実
  ↑
(推認)
  |
間接事実
当事者の主張する事実(具体的事実)は、通常、次のように分類される。
例1(原告主張の事実) 貸金返還請求訴訟において、原告の主張の一部が次のようなものであったとしよう。(a1)被告は、年金暮らしの老人である;(a2)被告は、2年前に腰を痛めてから、外に出ることがめっきり少なくなった;(a3)被告は、現在、被告の長男である訴外A(大学4年生)と同居している。(b)*年*月*日に、Aが、50ccのバイクに乗って、原告の事務所を訪れ、「親父に頼まれたのですが」と述べて、金20万円の消費貸借の申し込みをした。(c)原告は、同日、被告を借主として、その代理人Aに20万円を貸し渡し、Aは、1か月後に返還することを約束した。(d)さらに、Aは、この金銭消費貸借契約により被告が負う債務について連帯保証人になることを引き受けた。Aは、この趣旨を記載した消費貸借契約書兼保証契約書に、借主である被告の代理人として署名・押印するとともに、連帯保証人として署名・押印した。(e)被告は、Aが原告の事務所に来訪する前に、Aに本件消費貸借の代理権を授与していた」。
例2(被告主張の事実) 例1において、被告が次のように主張したとしよう。(1)被告は、*年*月*日の6月ほど前に、昔世話をしたことのある人から3000万円を遺贈され、金銭的に十分な余裕があった。したがって、20万円の借金などするわけがない。その上、(2)息子はバイクの運転免許さえ有しておらないから、バイクで原告宅に行った者は、息子以外の者だろう。そもそも、(3)息子は、*年*月*日の前後2週間、アメリカを旅行中であるから、息子が原告と消費貸借契約を締結することもありえない」。
主要事実(直接事実)
権利の発生・変更・消滅を定める規範の要件に含まれる各要件要素に直接該当する具体的事実を主要事実あるいは直接事実という[22]。規範の要件要素は、抽象的な形で述べられた事象であり、それに該当すると評価される具体的事実が存在する場合に、要件要素が充足されたと言う(ある事象の不存在の形で要件要素が記述されている場合には、それに該当する具体的事実が存在しないときに要件が充足される)。すべての要件要素が充足されると、要件全体が充足され、権利が発生・変更あるいは消滅すると考える。このような要件要素に該当する具体的事実が主要事実である。それは、「いつ・どこで・誰が・どのような理由で・何を・どのようにした」という形で述べられる具体的事実であるのが基本である。例を挙げて説明しておこう。

 ()要件要素の具体化の必要が少ない場合  例えば、民法587条は、消費貸借契約に基づく返還請求権の発生要件を定めた規定でもある。同条によれば、貸金返還請求権が発生するために充足されるべき要件要素とそれに該当する具体的事実(主要事実)は、例えば次のようになる(要件を比較的細かく分解していることに注意)。

要件

主要事実
金銭の授受(一方が相手方から金銭を受け取ったこと) 1998年5月1日、吹田市山手町0丁目0番0号に所在するAの事務所でAがBに現金100万円を貸し渡した
返還約束(一方が相手方に返還を約束したこと)* 返還自体の約束 Bその返還を約束した
返還時期の合意 返還時期は、1998年6月1日と定めた。
* 返還約束については、「Bは1998年6月1日までに返還することを約束した」とまとめても、もちろんよい。

注意
主要事実を「訴訟物たる法律関係の発生・変更・消滅を判断するのに直接役立つ事実」と定義する学生もいるが、適当ではない。例えば、訴訟物が原告の金銭支払請求権である場合に、被告が相殺の抗弁を提出すれば被告の反対債権の発生を根拠付ける事実も主要事実となるが、前記の定義では、これは主要事実でないことになる。「訴訟物たる」という限定句は、ない方がよい。その限定句を付けるのであれば、「又は訴訟物たる法律関係を判断するうえで必要となる他の法律関係の発生・変更・消滅を判断するのに直接役立つ事実」を付加すべきである。
ただし、講義では、主要事実を上記のように具体的に述べる時間的余裕はないので、主要事実に代えて法規の要件を挙げることがある。例えば、「金銭の授受が自白された」は、「金銭の授受に該当する『1998年5月1日・・・貸し渡した』という具体的な事実が自白された」ということの簡約な表現である。

ある具体的事実が直接事実であるか否かは、その事実がどのような規範(ないし、法的効果)との関係で主張されているかにより決まる。例えば、所有権取得原因事実は、所有権に基づく明渡請求権の直接事実となるが、賃貸借契約の終了を原因とする明渡請求権との関係では、賃貸借契約がなされたことを推認するのに役立つ間接事実となる([伊藤*2000c]6頁参照)。

 ()要件の具体化の必要が大きい場合  権利濫用の禁止を定める民法1条3項のように、要件が抽象的に定められている場合には、次の2つの方向から説明することができる。
  1. 規範定立型  これは、事案にあった具体的規範をまず定立して、その要件が充足されているか否かを検討する形の説明方法である。具体的規範の要件要素に該当する具体的事実が主要事実となる(規範の具体化は法の解釈であり、裁判所の仕事である)。所有権に基づく妨害排除請求が権利濫用とされた宇奈月温泉事件を例にすれば、原告に生ずる損害が軽微であること、その損害は他の方法で償うことができること、撤去すれば膨大な費用あるいは損害が生ずること、といった形で要件要素が具体化される。被告は、原告に生ずる損害の程度や温泉導水管の撤去・移設に要する費用や被告に生ずる損害を具体的に主張することが必要である。原告に生ずる損害が軽微であるか否か、撤去費用が膨大か否かは、裁判所がなす評価(規範の適用)の問題である。これについてさらに具体化が必要である場合には、さらに具体化された要件要素に該当する事実が主要事実となる[45]。
  2. 事実評価型  実際の訴訟では、原告は一定の事実群を主張し、それらの事実群を基にすれば、権利濫用と認められると主張する。これに即して主要事実は何かと言えば、それは、濫用という評価を直接根拠付けるのに足りる具体的事実(群)である。

これら2つの説明は、相互に転換可能である。例えば、「AならばB」という抽象的規範について、事実評価型の説明は、次のような形で規範定立型に転換される。
注意すべきは、抽象的要件を具体的要件に完全に置き換えることは困難であるということである。特に、抽象的要件が判例の積み重ねにより具体化されている過程ではそうである。すなわち、「A1・・Anが成立する場合にはAが充足され、したがって法律効果Bを認めることができる」という命題(具体的規範)は、通常、それ以外の場合に「Aが充足される」可能性を排除する趣旨で定立されているわけではない。したがって、個々の事案ごとに、その事案における重要な要素を取り出し、それを要件要素の形に抽象化し、要件要素群が存在する場合には要件Aが充足されるとの命題を定立することになる。その意味では、抽象的要件をもつ規範については、事実評価型の説明が出発点となる。しかし、どの事実をどのように重視したかを明確にするためには、そして、最高裁判例については先例としての通用力を高めるためには、規範定立型の説明をすることが望ましい。

間接事実
)通常の教科書においては、間接事実は次のように説明されている:(α)直接事実[もしくは他の間接事実]を推認するのに役立つ事実(カギカッコ内は省略されることがある)。推認に際しては経験則が用いられるのが通常であり、その場合には間接事実は経験則の適用要件に該当する具体的事実であり、間接事実が証明されないと推認できないことになるので、間接事実は証明されることが必要であると説明される。なお、経験則が用いられることを明示するためには、「経験則を用いて推認するのに役立つ事実」とするのがよいが、そのことは「推認」の語から読み取ることができるであろうし、推認に際して必ず経験則(あるいは論理法則)が用いられると言い切れるかの問題もあるので、「経験則を用いて」の語は省略しておいてよいであろう。
  いわゆる間接反証における間接事実は直接事実の推認を妨げるのに役立つ事実であるので、この間接事実も含まれることを明示すると、次のようになる:間接事実とは、(α')直接事実もしくは他の間接事実の推認あるいは推認の阻止に役立つ事実。もちろん、直接事実の不存在の推認に役立つ事実も間接事実も含めてよいのであるが、この場合の間接事実は、直接事実について証明責任を負う者の相手方から主張され、彼は直接事実の不存在について証明責任を負うわけではないことを考慮すると、「直接事実の不存在の推認に役立つ事実」というよりは「直接事実の存在の推認を妨げるのに役立つ事実」に留めておく方がよい。

)では、原告が「原告は2017年5月15日に吹田市内の原告の事務所で被告本人に現金300万円を交付し、被告がそれを3月後に返還することを約束した」と主張し、被告が「被告は同年5月1日から31日までアメリカ合衆国を旅行中であった」との理由を付してこれを否認する場合に、この理由付け部分の事実はどのように位置づけたらよいであろうか。この事実が証明されれば、原告主張の貸付の事実は否定されることになるので、それは「直接事実の存否の認定に影響を与える事実」であり、間接事実に含めてよいことは明らかである。問題は次の場合である:この事実の証明のために一応の証拠が提出され、証拠調べの結果、裁判官がこの事実について確信を抱くに至らない場合。この場合に、被告主張の事実を否定することもできない結果、裁判所が原告主張の直接事実(2017年5月15日の貸付けに関する事実)についても確信をもてないということはありえよう。そのようなことがありうることを前提にすると、「この事実は、一応の証拠が提出されれば、証明がされていなくても、直接事実の存否の認定に影響を与えることができる間接事実」であると言うことができる。そして、一応の証拠により裁判所がいだくべき心証は、直接事実についての確信を動揺させる程度の心証でよいことになる。そうであれば、この間接事実は、(a)であげた間接事実とは性質が若干異なるというべきである。そのような性質を有する間接事実をどのように特徴付けたらよいかが問題になるが、おそらく、「直接事実と不両立の関係にあり、直接事実の認定を妨げるのに役立つ事実(間接事実)」と特徴付けてよいであろう[62]。

)これら2種を含むように間接事実を短く定義するとなれば、次のようになろう:間接事実とは、直接事実又他の間接事実の認定に影響を与える他の事実をいう;これには、前記の2種類(α'とβ)の事実が含まれる。

)間接事実の具体例  ある事実が間接事実になるか否かは、問題となっている法律関係との関係で定まることに注意する必要がある。例:
注意義務の認定
債務不履行や不法行為を理由とする損害賠償請求訴訟において問題となる過失は、被告は当該事件の事実関係の下で、損害発生を回避するために一定の行為をすべき注意義務があったにもかかわらず、それを怠ったという形で論じられる。注意義務が規範として定立される場合でも、義務の存否が事実評価の形で論じられる場合でも、そこで問題にされている注意義務は、過失の判断の前提条件たる抽象的注意義務(他人に損害を与えないように注意して行動せよという義務)を具体化したものである[34]。それは、注意義務の「認定判断」と表現されることもあるほどに、個々の事件の事実経過に強く依存するが、その認定判断の誤りは、抽象的な注意義務を定める法令の解釈の誤りと位置づけられる(実例として、最高裁判所 平成13年6月8日 第2小法廷 判決(平成9年(オ)第968号)参照。重い外傷の治療を行う医師が講じた細菌感染症に対する予防措置についての注意義務違反を否定した原審の認定判断に違法があるとされた事例である)。注意義務の認定は、法の解釈問題であり、裁判所の職責に属するが、個々の事件の中でその存否が認定されるだけに、損害賠償を請求する者は、他の法解釈問題以上に注意義務の存在を積極的に主張・論証していく必要がある。

要件事実
要件事実の語は、人により異なる意味で使われる。
  1. 学説は、「権利を定める規範において要件を構成する事実」の意味で使うことが多い([中野*2005a]19頁 ) 。 ここにいう事実は、要件要素としての事実であり、抽象的事実である。
  2. 実務は、通常、「権利を定める規範において要件を構成する事実」に該当する具体的事実(主要事実)の意味で用いる(例えば、[裁判所職員総研*2005a]121頁注3 )。

この講義では、「要件事実」の語は、いずれの意味でも用いることができるものとする。ただし、意味を明確にする必要がある場合には、この語に代えて、第2の意味については、「主要事実」「直接事実」の語を用いる。第1の意味については、「要件の事実的要素」(あるいは「事実的要件要素」)の語を用いることにする。

主張事実の位置付けがわかるように主張する
当事者は、裁判所が請求について判断するうえで役に立つ事実を主張しなければならない。役に立たない事実の主張は、訴訟を遅滞させることになりやすいので、差し控えるべきである。そして、当事者は、主張事実が請求を判断する上でどのように役立つのかを意識しながら、裁判所と相手方が請求と主張事実との関係(位置付け)を把握しやすくなるように、法律上の主張も適宜付け加えながら事実主張をすべきである。

同様な考慮に基づき、民訴規則79条2項が次のように規定している:「準備書面に事実についての主張を記載する場合には、できる限り、請求を理由づける事実、抗弁事実又は再抗弁事実についての主張とこれらに関連する事実についての主張とを区別して記載しなければならない。」(同規則53条2項も参照)。

主張する事実の選択
現実に生じた事象の全てが法的判断に必要なわけではなく、法的判断に必要な事実がまずもって主張されるべきであるが、それだけでは裁判所は紛争の実態が把握しにくく、相手方も反論しにくくなる場合がある。各当事者は、この点も考慮して主張すべき事実を取捨選択すべきである。
簡単な例を挙げよう:

2.3 弁論主義の具体的内容

弁論主義の内容は、次の3つの命題にまとめられる。
a 主張の必要性[30]  主要事実は、訴訟の展開の上で重要なものであり、裁判の基礎資料になることを裁判所のみならず両当事者が明確に認識していることが必要であるので、いずれかの当事者から狭義の口頭弁論において主張されることが必要である(明文の規定はないが、(246条ではなく)87条1項の解釈により導かれる命題と位置づけてよい)。口頭弁論において当事者が主張していない事実は、公知の事実であっても、主要事実として裁判の基礎にすることは許されない。間接事実と補助事実は、狭義の口頭弁論において主張されていなくても、証拠調べの結果明らかになれば、それを斟酌してよい(通説)[32]。
若干の補足をしておこう。

b 自白の拘束力  口頭弁論または弁論準備手続において相手方の主張する自己に不利な主要事実と同じ事実を陳述することを「裁判上の自白」という(文脈から「裁判上の自白」を指していることが明らかな場合には、単に「自白」ということが多い)。「相手方の主張する自己に不利な主要事実と同じ事実を陳述すること」という回りくどい表現よりも、「相手方の主張する自己に不利な主要事実を認めること」と言う方が解りやすいが、「自己に不利な事実を陳述したのを受けて相手方がそれを援用する」場合も自白の概念に包摂されるので(この場合の自白を「先行自白」という)、「裁判上の自白」の語は、通常 前記のような形で定義されている。自白は、刑事訴訟の領域では冤罪の温床という暗いイメージがあるが、民事訴訟では証拠調べを不要にし(不要証効)、審理を促進するという明るい効果をもつ。自白には、次の効力がある。

自白の語は主要事実以外の事実(間接事実、補助事実)についても用いられることがあるが、拘束力が異論なく承認されるのは主要事実についての自白であり、主要事実についての自白が本来の意味での自白である。

c 職権証拠調べの禁止  証拠は当事者が申し出たものに限る[CL1]。ただし、例外が多い。大正15年民訴法261条が、昭和23年に削除されるまで、補充的にではあるが、職権証拠調べを特定の証拠調べに限定することなく許容していたことから分かるように、「職権証拠調べの禁止」原則の普遍性は低い。したがって、職権でなされる釈明処分(151条1項)の結果を事実認定に用いることに臆病になる必要はない(例えば、同項5号の検証や鑑定が弁論準備手続において職権でなされた場合でも(170条5項参照)、その結果は、173条により口頭弁論において陳述されている限り、弁論の全趣旨の一部として、事実認定に用いることができる)。

弁論主義の枠外での職権証拠調べについては後述することにして、弁論主義が妥当する領域内での例外(職権証拠調べ)として、次のものがある。
上記の各条文の中に「職権で」の語があるとわかりやすいが、ない場合でも、裁判所が主語になっていて「申立てにより」の語がなければ、職権でなすことを認めたものと理解するのが原則である(190条は、証人義務の一般性を規定した規定であり、これに該当しない[52])。職権証拠調べを認める根拠はさまざまであり、一応の説明は付したが、すぐには説明できないものもある。

職権で証拠調べがなされるべき場合には、その費用の納付者は裁判所が定める(民訴費用法11条2項)。費用は別段の定めがある場合を除き概算額を定めて予納させなければならず(同法12条1項)、費用が予納がないときは、費用を要する証拠調べを裁判所は行わないことができる(同条2項)。「できる」と規定されているが、その証拠調べ(特に費用が高額になる鑑定)は実際上できない。もっとも、訴訟救助(82条以下)が与えられば、国庫から立替払いがなされるので、その証拠調べも可能になる。

証拠調べ後の主張の整理
民事訴訟における審理の基本的なモデルは、当事者がまず事実を主張しあい、争いのある事実について証拠調べをし、主張責任を負う当事者の主張が真実であるかを裁判官が判断し、その結果に基づいて判決をする、というものである。しかし、現実の訴訟では、証拠調べ(特に証人尋問)の結果明らかになった事実が当事者の主張する主要事実と一部食い違っていることがある。単純な例を挙げれば、斡旋料請求訴訟において、原告が「原告は1999年9月9日に原告の事務所で被告と***の内容の黒砂糖斡旋契約を締結した」と主張したのに、証拠調べの結果、「原告は1999年10月10日に第三者Bの事務所で被告の代理人Cと***の内容の黒砂糖斡旋契約を締結した」ことが判明したとしよう(最判昭和33年7月8日 第3小法廷 判決(昭和31年(オ)第764号)をアレンジした設例である)。このような場合に、このままでは原告主張の斡旋契約締結の事実を認めることはできない。原告は、証拠調べの結果に合致するように主要事実を修正して主張すべきである(従来の主張を維持しつつ、予備的に追加主張することでもよい)。このように、証拠調べの結果にあわて事実の主張をし直すことを「証拠調べ後の主張の整理」あるいは単に「主張の整理」という。

この種の主張の整理は、単に「証拠調べの結果を援用する」、あるいは「証人B及び証人Cの証言並びに原告本人尋問の結果を援用する」といった抽象的な形でなされるべきではなく、証人等により陳述された具体的事実を主張する形でなされるべきである。

証拠調べの結果に合わせて主張を整理することは、通常、157条(時機に後れた攻撃防御方法の却下等)に抵触しないかの問題を生じさせ、また、審理計画が定められていた場合には157条の2に抵触しないかの問題を引き起こす(争点整理手続が行われていた場合については、167条・174条・178条にも注意)。しかし、主張の整理が、常にこれらの規定に抵触するとは言えず、157条・157条の2に抵触する場合には却下されることになるが、そうでない限りは許容されると考えるべきである。

一方当事者が証拠調べの結果に合わせて主張を整理すると、それに応じて他方当事者が新たに攻撃防御方法を提出することがあり得、その機会は与えなければならない[60]。例えば、前述の設例では、被告は、Cに代理権を授与したことを否認し、代理権授与について反証の申出をすることがありうる。契約の日時や場所について主張が変更されれば、新たに積極否認を行い(例えば、契約当日に被告はCとともにBの事務所以外の場所にいたと主張し)、その証拠調べを求める場合もあり得よう。これは主張の整理の結果必要になったことであるので、許容しなければならない。その結果 訴訟の完結が遅延することは、主張の整理が157条・157条の2に抵触しないかを判断する際に考慮されるべきである。

2.4 弁論主義の根拠

弁論主義の根拠については、次の3つの見解が対立している。本質説が多数説であり、また理解しやすい。
  1. 本質説  民事訴訟の対象となっている私法上の法律関係については当事者自治の原則が妥当しており、当事者は法律関係をその意思に基づき自由に決定することができるから、争いのある法律関係を裁判により確定する場合にも、その基礎となる事実と証拠の収集・提出は当事者の責任とするのが適当である[4]。
  2. 手段説  当事者の利己心に任せる方が、事実と証拠の収集は十分に行われ、真実の発見に適する(三ケ月説)。
  3. 多元説  現在認められている弁論主義をいずれか一つの根拠で割り切って説明することは不可能で、本質説・手段説のそれぞれが説く根拠の他に、不意打ち防止、公平な裁判への信頼の確保などの多元的根拠に基づいてできあがった一個の歴史的所産である(竹下説)。

裁判所による補充
弁論主義の下では、本来は勝訴すべき者が主張・立証の不備により敗訴する可能性がある。それは適正な裁判の視点からは好ましくない。その是正のために裁判所に釈明の権限が認められている(149条151条)。後述する。

2.5 裁判上の自白

文 献
意義と効果
裁判上の自白とは、広義では、当事者が相手方の主張する自己に不利益な事実を口頭弁論において陳述することである。裁判上の自白の内で、特に重要なのは、主要事実についての自白である。この自白により、次の効力が生ずるからである[38]:(α)裁判所に対しては、自白された事実をそのまま裁判の基礎としなければならないという効力(「裁判所に対する拘束力」あるいは「審判(権)排除効」という);(β)当事者に対しては、自白を任意に撤回することができないという効力(「当事者に対する拘束力」あるいは「不可撤回効」という)。以下では、「裁判上の自白」の語は、別段の言及がなければ、「裁判所及び当事者に対して拘束力を有する自白」の意味で用いる。ただし、「自白」の語は、主要事実についてのみならず、その他の事実やさらには権利関係をついても、よく用いられる(「間接事実の自白」、「権利自白」など)。

自白は、 通常は、相手方の主張する主要事実を認めるという形でなされるが、これに限られない。陳述が一致することで足りる。

先行自白
自白者が先に陳述して、相手方がこれを援用する場合を、先行自白という。例:
先行自白の成立に必要な相手方の援用については、次の見解が対立している。
  1. 積極的な行為を要求する見解
  2. 当事者の弁論の全趣旨から陳述の一致が認められればよいとする見解

当事者に対する拘束力(不可撤回効)
民事訴訟は、紛争解決のための制度であり、紛争を正しく解決するために、当事者には口頭弁論の終結に至るまで主張を追加・撤回・修正する自由が原則的に認められている。他方で、手続を円滑に進行させるために、時機に後れた攻撃防御方法は却下されるなど、一定の制限がある。自白の不可撤回効も、手続の円滑な進行のために認められた制度である。すなわち、(α)主要事実の自白には裁判所を拘束する強力な効果が結びつけられており、本来慎重になされるべきものである。(β)主要事実は審理の要となるものであり、その自白により争点が減少し、審理の進行が早まる。(γ)相手方は、立証の負担から解放され、審理が早まることについて利益をもつ。こうした理由により、主要事実について自白がなされると、自白した者も任意には撤回できないという効力が認められている。

自白の撤回の要件
自白の撤回は、次のいずれかの要件が備わる場合にのみ許される[39]。
  1. 相手方の同意  相手方の同意があれば、撤回は許される。同意は、黙示的(異議を述べないまま放置すること)でもよい。自白の撤回が訴訟の完結を遅延させる場合には、自白の撤回は裁判所にとっても迷惑な行為であるが、この場合には、裁判所は157条1項により自白の撤回を却下する余地がある。
  2. 反真実+錯誤  自白が真実に反し、錯誤に基づいてなされたことを証明すれば、撤回は許される。真実に反することが証明されれば、錯誤に基づきなされたことは推定される。しかし、訴訟を混乱させるために真実に反することを知りながら自白した場合には、撤回は認められない。
  3. 刑事上罰すべき他人の行為により自白したこと   これは再審事由でもある(338条1項5号)。

自白の撤回も攻撃防御方法の一つであるので、157条の規制に服する。

「自己に不利益な事実」の意味
裁判上の自白には、当事者に対する強い拘束力があるので、自白の成立を広く認めると、錯誤で自白した者に不測の不利益を課すことになる。そこで、「自己(自白者)に不利益な事実」の意味を限定することによってこれを避けるべきかが問題となる。「自己に不利益な事実」の意味について、次の見解が対立している[40]。
  1. 証明責任説  相手方が証明責任を負う自白者に不利益な事実を指す。
  2. 敗訴可能説  自白者の敗訴をもたらす可能性のある事実を指す([兼子*研究1c]204頁)。
 貸金返還請求訴訟で、原告が被告から弁済のないことを主張した。被告は、当初、それを認めた上で、消滅時効あるいは債務免除を主張した。その後に弁済の事実を主張することは、自白の撤回にあたるか。

証明責任説が妥当であろう。若干の事例をあげて確認しておこう。

 (弁済の有無が問題となる場合  金銭支払請求訴訟において、原告が「被告はまだ弁済していない」と主張し、被告がそれを認めても、それを自白として扱う必要はない。なぜなら、(α) 裁判所との関係では、弁論主義の第2命題の適用以前に第1命題が作用し、弁済の事実の主張がないから弁済による債権の消滅の効果は認められないことになるからである[54]。換言すれば、「弁済をしていない」という事実は主要事実ではないから、その事実について当事者の陳述が一致していても、裁判所がそれに拘束されるとする必要はない。(β)相手方との関係でもこれを自白と取り扱う意味は少ない。なぜなら、自白は、自白が真実に反し錯誤に基づいてなされたことを証明すれば撤回できるとされており、債務者が「弁済をまだしていない」との自白が真実に反することを証明することは、とりもなおさず弁済をしたということを証明することであり、それは、もともと彼が証明責任を負っていることだからである。もっとも、例えば、被告が「弁済がまだなされていない」との原告の主張を認めたために、原告が被告の弁済の主張に対する反証(例えば、被告の提出する領収書についてそれが偽造であることを明らかにする証拠)を散逸させあるいは保全しなかったというような特段の事情がある場合には、前言を翻してなされる被告の弁済の主張を抑制する必要があるが、これは157条あるいは2条により果たされよう。

 (車両の走行速度が問題となる場合  例えば、交通事故の加害者の車両が制限速度50Kmの道路を走行中に事故が発生し、加害車両の走行速度が過失の有無の判定に重要な事実の一つとなり、主要事実になったとしよう。加害者が加害車両は30キロメートルで走行していたと主張し、被害者がこれを認めた。しかし、証拠調べの結果からは、走行時速は80Kmのようであったとしよう。この場合に、自動車の走行速度について、損害賠償請求権者である被害者が主張責任を負う。彼は、30Kmであれ、80Kmであれ、走行速度を可能なかぎり特定して主張しなければならない。この点で、(a)の場合と差異がある。しかし、それでも、被害者が80Kmの事実を主張しない限り、裁判所はその事実を認定できない。弁論主義の第2命題の前に第1命題が作用するという関係はここでも見られる。自白の当事者に対する拘束力についても、(a)で述べたことがほぼ妥当する。

もっとも、債権者からの「弁済がなされていない」との主張を認める旨の債務者の陳述、より一般化して言えば、自己が証明責任を負う事実の不存在を主張する相手方の陳述と一致する陳述をすることが、訴訟上まったく無意味だというわけではない。
裁判上の自白の対象
裁判上の自白(裁判所及び当事者に対して拘束力を有する自白)の対象となるのは、主要事実である。

間接事実についての自白は、裁判所を拘束しないのはもちろん、自白した当事者を拘束するものでもない(最高裁判所 昭和41年9月22日 第1小法廷 判決(昭和40年(オ)第574号))。なぜなら、間接事実が問題となるのは主要事実について争いがある場合であり、この場合に、間接事実に争いがなくても、裁判所が証拠調べの結果に基づいてこれと異なる事実を認定して主要事実を推認することは、裁判の基礎資料の提出についての当事者の処分の自由を侵害するとはいえない;間接事実の自白には審判排除効が否定されることを前提にすると、当事者に対する拘束力も否定して、正当な裁判への道を広げておくのが妥当であると考えられるからである。 例:
補助事実についての自白も、拘束力を有しない。文書が特定の者(作成者)の意思に基づいて作成されたという事実(成立の真正)も、補助事実にすぎず、自白の対象とならないのが原則である。ただ、法律行為が表示された文書(処分証書)の成立の真正が認められると、その法律行為が証明されたことになることとの関係で、主要事実である法律行為が表示された文書の成立の真正も自白の対象になる(自白すれば拘束力が生ずる)とする見解も有力である。しかし、判例は、補助事実であることに変わりはなく、自白の対象にならないとする(最判昭和52年4月15日・民集31巻3号371頁)。この講義もこれに従う(同旨:[小山*民訴v2]150頁)。

「権利自白」の定義の仕方
  1. 法規の適用の直接の根拠となる権利関係について、自己に不利益な相手方の主張と合致する陳述をすること 。
  2. 上記の自白のうちで、拘束力が認められるもの。「所有という概念は日常生活にとけ込んでおり、一般人にとっても理解が容易であるから、・・・所有権については、権利自白が認められる」([司法研修所*2004a]62頁)という文脈では、この意味で使われている。

2の意味で用いる文献もあるが、この講義では1の意味で用いる。したがって、≪権利自白のうち拘束力が認められるべきものは何か≫を論ずる。

権利自白
原告の訴訟物たる権利関係の主張に理由があることを被告が認める場合、あるいは理由がないことを原告が認める場合は、請求の認諾あるいは放棄の問題として扱われる。他方、訴訟物たる権利関係以外の権利関係であって法規の適用の直接の根拠となるもの(先決的法律関係など)について、自己に不利益な相手方の主張と合致する陳述をすることを権利自白という。例:
問題となる陳述の一致は、次の3つに分類され([高橋*重点講義・上v2.1]506頁)、議論が分かれるのは、下記の2・3であるが、ここでは、まず3を取り上げ、次に2を取り上げる。
  1. 法規の存在の確認・解釈についての陳述の一致  これは裁判所を拘束しない。
  2. 特定の事実が特定の要件要素に該当するかという評価(当てはめ)についての陳述の一致
  3. 一定の法的効果の成否ないし権利関係の存否についての陳述の一致

権利自白に関する学説を紹介するにあたって、次の点を前提にしてよいであろう。
  1. 相手方が具体的な事実を主張した上で、その事実から発生する権利を主張している場合に、その事実主張について認否を明らかにすることなくその権利主張を認める場合には、当該事実について、少なくとも自白が擬制され(159条1項。同項ただし書に該当することはない)、さらに事件の具体的状況に応じて、真正の自白の成立が肯定される(一般的に自白の成立を肯定する見解として、[上田*民訴v4]360頁、[伊藤*民訴v3]303頁がある)[49]。
  2. 権利関係を表す法律用語を用いて主張がなされている場合でも、それが具体的な事実関係(主要事実)の表現と認められる場合には、その主張を認めることは真正の自白となる([兼子*体系]246頁)。

権利自白の効果ついては、3つの考えがある。
  1. 否定説  裁判所に対する拘束力も当事者に対する拘束力も否定する([伊藤*民訴v3]303頁など )。
  2. 制限的肯定説(制限的否定説)  権利自白がなされると、相手方はその権利主張を理由付ける必要がなくなるが、裁判所は弁論に現れた事実に基づいてこれと異なる法律判断をすることは許される([兼子*体系]246頁 )[46]。
  3. 肯定説  (α)先決的法律関係が裁判における法的三段論法の小前提をなすことを根拠に、あるいは(β)先決的法律関係は中間確認の訴えの訴訟物になり、その請求の認諾が可能であることを根拠に、権利自白の拘束力を裁判所についても当事者についても認める([高橋*重点講義・上v2.1]509頁)。ただし、法的推論に誤解が生じやすいために、当事者の法的知識や、弁護士による自白かを考慮して、軽率な権利自白を認めないようにすべきであるとする。また、(γ)前記(β)の理由付けを否定しつつも、当事者間に争いのない事項について裁判所が介入することは回避すべきであること等を根拠に、権利関係の内容を事実の面からも十分理解してなされた場合には、自白の効力が認められるとの見解もある([上田*民訴v4]360頁)。もっとも、権利自白の撤回の要件は、事実の自白の撤回の要件とは別個に考えてよい。[上田*民訴v4]360頁は、請求につき争いつつ先決関係につき自白する場合であるから、自白の撤回の要件としての錯誤が認められる場合は多くなるとする。

判列は、次のように述べている。
上記の問題は、次の2つの場合に分けることができる。
  1. 法的評価の問題  例えば、当事者間で、一定の事実の存在に争いがなく、その事実に法を適用して得られる権利関係の判断に争いがない場合に、裁判所が、その事実を前提にしつつも、法解釈あるいは法適用(事実の評価)について当事者と異なる立場に立って別の判断をすべきであると考える場合  この場合に、当事者の法律関係についての一致した主張は裁判所を拘束するかが問題になる。この場合には、裁判所と当事者との間で法の解釈と適用について討論がなされることが望ましく、討論を通じて当事者の少なくとも一方の法的判断が修正されると思われるが、しかし、常にそうなるわけではない。当事者の法的判断が修正されない場合に、当事者の判断が裁判所の判断に優先するとすべきかについては、見解は分かれる(当事者の判断を優先されてよいとする見解として、[高橋*重点講義・上v2.1]509頁がある)。しかし、法の解釈と適用は裁判所の職責であるとの立場を貫徹して、法律関係についての判断は裁判所を拘束しないとすべきである(前掲の最判昭和30年参照)。
  2. 要件事実(直接事実)の陳述がない場合  例えば、ある権利関係を主張する者が、権利関係の発生に必要な具体的事実を陳述していない(陳述が不完全な場合を含む)にもかかわらず、相手方がその権利関係を認める場合に、相手方がその後に要件不充足を理由にその権利関係を争うことは、自白の撤回に類似する行為として、反真実・錯誤に相当する要件の下で許容してよいであろう。この要件のうちの「反真実」に相当する要件は、「権利関係の発生に必要な事実の不存在」であり、その主張・立証責任を権利自白者に負わせてよいであろう。これを前提にして、権利自白の裁判所に対する拘束力も肯定してよいと思われる。もっとも、当該権利関係の発生に必要な事実が複雑であり、自白者が法的知識に乏しく、そのため必要な要件事実の全部が主張されていないにもかかわらず、主張されていると誤信している場合には、裁判所がその点を指摘することは釈明権の行使として許容してよいと思われる。裁判所に対する拘束力は、その限度で制限される。

これを前提にすれば、上記1の場合について採りうるのは否定説または制限的肯定説であり、訴訟の促進という点から、制限的肯定説を支持すべきである。上記2の場合については、肯定説ないし制限的肯定説となるが、釈明権の行使を一定の範囲で許容する限りで、制限的肯定説となろう。

抽象的要件該当性の自白(当事者の陳述の一致)
民法709条では、損害賠償請求権の発生要件として「過失」を規定している。過失自体は主要事実ではなく、過失ある行為と評価されるべき具体的事実(被告の飲酒、スピード違反、横断歩道の手前で停車しなかったことなど)あるいは加害者に過失があったとの評価を根拠付ける事実(評価根拠事実)が主要事実である。この具体的事実について争いがなくても、その法的評価に争いがある場合もある。では、当事者間で、事実のみならずその法的評価についても争いがない場合に、裁判所その法的評価に拘束されるであろうか。この問題は、権利自白の場合と同様に考えてよい。過失は、しばしば注意義務違反として記述され、具体的事件において行為者がどのような注意義務を負うかは法の解釈問題であり、具体化された注意義務の違反があったか否かの判断は法の適用問題[42]だからである(反対:[高橋*重点講義・上v2.1]509頁[48])。

もっとも、過失等の抽象的要件要素の充足を根拠付ける事実(評価根拠事実)が被告の支配領域内で生じた等の理由で、原告が主要事実を主張することができず、さしあたりその要件要素の充足を抽象的に主張するに留まる場合に、被告が証人尋問や文書提出命令等を通じて具体的事実の開示を迫られることを嫌って過失の点を争うことなく、専ら損害額の点を争うとの態度をとっているときには、過失を根拠付ける具体的事実について当事者の一致した陳述があるときと同様に扱ってよいであろう。しかし、それは、抽象的要件該当性の自白というよりも、抽象的要件に該当すべき具体的事実が主張されていたならば成立していたであろう具体的事実の自白に近いとみるべきである。したがって、その後に被告が過失の点を争う場合には、被告は、相手方(原告)の同意のある場合を除けば、過失の評価を妨げる具体的事実を主張し、それを証明しなければならない。

2.6 否認と抗弁[43]

否認
相手方の主張する事実を争うことを否認という。否認の対象として重要なのは、相手方が証明責任を負う主要事実である。自己が証明責任を負う事実と反対の事実を相手方が主張した場合に、その主張の否認はあまり意味がない。例えば、貸金返還請求訴訟において、原告が貸金債権の発生原因事実を主張した後、「被告から未だに弁済がない」と主張した場合に、被告がこの事実を否認すると述べただけでは不十分である。彼は、弁済による債務消滅の効果を認めてもらうためには、弁済の事実を具体的に主張しなければならない。そのため、「否認の対象となる事実は、相手方が証明責任・主張責任を負う事実である」と言われる。

否認は、その態様により次の2つに分かれる。
単純否認  文字通り、相手の主張を「否認する」とだけ述べること。

理由付否認(積極否認)  相手の主張する事実と全面的または部分的に両立しない事実を主張して否認すること(理由を付して否認すること)。例えば、
一体性のある事実の主張の一部を自白し、残部を否認する場合には、否認部分について理由付けをする必要性が高まる。そのため、「理由付否認」の語をもっぱら部分的理由付否認の意味で使用する文献も少なくない(例えば[新堂*新民訴v2]465頁以下)。 この意味での「理由付否認」は「抗弁付自白(制限自白)」と対になる。

事案の迅速・適正な解明のために、全部否認であるか一部否認であるかにかかわらず、否認には理由を付すべきである(一般的規定として、民訴規79条3項参照。個別の法領域における特定の問題に関する否認につき、特許法104条の2、著作権法114条の2参照)。

抗弁・再抗弁・再々抗弁
一般に、相手方主張の法律効果を妨げる事実(精確にいえば、その法律効果を消滅させる事実、法律効果の発生の障害となる事実あるい法律効果たる権利の行使を阻止する事実)について自己が主張責任を負う場合に、その事実の主張を広く抗弁という(広義の抗弁)。ただ、通常は、誰がどの段階で前述の抗弁を出したかで言葉を換えて、次のようにいう。
再抗弁・再々抗弁について若干省略した表現をしたが、再抗弁・再々抗弁となる事実についても、その事実を主張する者(原告・被告)がその証明責任を負うことを前提にしている。

例えば、
抗弁の提出の態様には、次の2つがある(再抗弁等についても同様である)。
事実抗弁と権利抗弁
抗弁は、事実抗弁と権利抗弁に分けられる(坂田[百選*1998a]201頁)。

a 事実抗弁  相手方主張の法的効果(例えば売買代金債権)を妨げる規定(詳しくいえば、法的効果を消滅させる規定、法的効果の発生を阻害する規定、あるいは法的効果たる権利の行使を阻止する規定)の要件に該当する事実を主張すれば足り、その規定の適用結果である法律効果の消滅等の主張までは必要ないもの(このように言っても、法的効果の主張も可能な限り明確にしておく方がよいのはもちろんである)。裁判所は、相手方主張の法的効果の消滅等を相手方主張の事実から認めることもできる。例[64]:
b 権利抗弁  相手主張の法的効果を妨げる規定の要件に該当する事実の主張のみならず、その規定の適用によって生ずる利益の享受の意思表示(形成権行使の意思表示など)がなされたことの主張も必要なもの。例:

3 弁論主義−発展問題


3.1 弁論主義の対極にあるもの − 職権探知主義

弁論主義は、その対象が当事者の自由な処分の許される事項であることによって根拠付けられているので、それが妥当しない事項については、弁論主義は後退する。弁論主義とは対照的に、裁判所が積極的に事実と証拠を収集する権限[53]と責任を認める建前を職権探知主義という。職権探知の語は、(α)「裁判所による積極的な資料収集」の意味で使われるほかに、(β)これに「自白の拘束力の排除」を含めた意味で使われることもある。

職権探知主義の全部または一部が採用されている領域として、次のものがある。
a 国家による後見的配慮の必要な訴訟−人事訴訟法  婚姻関係・養親子関係および親子関係は、真実に基づく裁判が通常の場合より強く要請されるので、弁論主義が制限ないし排除されている。
行訴法24条は、職権による証拠調べを認めている。これは、職権探知主義を認めた規定というより、弁論主義の下で、当事者が申し出た証拠のみでは十分な心証が得られない場合に、裁判所が補充的に職権で証拠を収集することができる旨の規定である(職権による当事者尋問と同様な位置付けである。[伊藤*民訴]261頁)[17]。実務上は、この規定により職権で証拠調べがなされることは、ほとんどないようである([百選*1993b]412頁以下(東平)による)。

b 職権調査事項との関係  職権調査事項は、除斥原因の存否や一般の訴訟要件などのように、当事者の申立てがなくても、裁判所が常に進んでその事項を取り上げ、所定の措置をとらなければならない事項をいう。職権調査事項については原則として職権探知主義が支配する。しかし、職権調査事項であっても、任意管轄のように弁論主義が支配する事項もある。訴訟要件に関し、裁判資料の収集方法を、通説は次のように区分する。
職権調査の対象となる訴訟要件 裁判資料の収集方法(通説)
訴えの客観的利益・当事者適格(対世効のある判決の場合を除く) 弁論主義
任意管轄 弁論主義
その他 職権探知

訴訟手続を憲法(特に82条)や民事訴訟法の規定に従って、適正に進行させることは、裁判所の基本的な職責である。ただ、手続法規の違反を看過して手続が進行した後で、過去の違反を理由に手続をやり直すべきか否かが問題となる段階で、どの範囲のものが職権調査事項及び職権探知事項に服すべきかは、明瞭ではない。異議権(責問権)の放棄・喪失が認められる事項については、直ちに異議が述べられた場合に職権探知を行うべきかが問題となる。この問題についての答えは留保するが、ともあれ、絶対的上告理由あるいは再審事由になるような手続違背は、職権調査事項であり、かつ、職権探知が行われるべきである。

c 訴訟以外の手続における職権探知  目を訴訟以外の手続に向けると、多数の利害関係人の利益の保護のために、あるいは弱い立場にある者の保護のために、次のような手続で職権探知が採用されている。

3.2 主張の要否

要件事実論
当事者は、訴訟で問題になっている権利の発生・変更・消滅またはそれらの阻止を主張する場合には、それを根拠付ける主要事実を主張しなければならない。裁判所は、それらに漏れがないことを確認しながら充実した審理を行い、適正に裁判するように努めている。

当事者が主張すべき事実が何であるかを明確にする議論が要件事実論であり、基本的には実体法の領域に属する議論である。要件事実論は、訴状や準備書面、判決書の作成との関係で特に必要となる議論である。そして、通常の実体法の教科書では、実際の訴訟の攻防までは考慮しておらず、この点についての説明は省略されていた。また、要件事実に関する議論は、実務法曹になる段階で学ぶべきこと、すなわち司法研修所等で学ぶべき技術的な事項と意識されていたため、実務家以外の者にとってはなじみの薄い議論となっていた。

要件事実論は、(α)要件要素を細かに漏れなく拾い上げ、(β)訴訟物たる権利関係が最終的に認められるための要件を請求原因、抗弁、再抗弁といった階層にわけて記述することに力点をおいた議論である。後者は要件の記述スタイルの問題であり、これについて見ておこう。以下では、要件の記述に際して「,」は「and」を意味し、「|」は「or」の意味するものとしよう)。 例えば、
  1. 主張立証責任を考慮しなければ、法律効果Rの要件を{A,B,notC,notD}と記述することができるとしよう。この記述スタイルは、簡明であるという利点があり、民法等の教科書ではこのスタイルが伝統的に用いられて来た。このような記述スタイルを平板的記述スタイルと呼ぶことにしよう。
  2. しかし、訴訟実務ではいずれの当事者が何を主張すべきかが強く意識されるので、主張責任を明示する記述スタイルが好まれる。すなわち、{A,B}が充足されても、{C|D}が充足されるとRは発生せず、かつ、{C|D}はRの不発生を主張する者が主張立証すべきものであるとすると、Rの発生要件は{A,B}であり、{C|D}はRの発生障害要件であると記述することになる。Rが訴訟物たる権利であることを前提にする、{A,B}は請求原因であり、{C|D}は抗弁であると説明する。こうした記述スタイルを階層的記述スタイルと呼ぶことにしよう。
  3. Rの発生要件は{A,B}であり、{C|D}がRの発生障害要件であるが、{C|D}が充足されるときに{E}であればRが発生するものとしよう。{E}は、再抗弁と呼ばれる。請求原因{A,B}を第一層とすると、抗弁{C|D}は第2層に、再抗弁{E}は第3層に位置し、Rに係る要件は、全体として3層構造になっていると言うことができる。要件が3層構造になってくると、要件を平板的記述スタイルで記述しようとしても、うまくいかない。例えば、法律効果Rの要件を{A,B,notC,notD,E}と記述すると、Eは常に主張立証が必要な要件要素になってしまうからである。

要するに、平板的記述スタイルは、本来、1階層の要件を記述するスタイルである。それは、主張立証責任を明示できないという点に目をつぶれば、2階層の要件も多くの場合に簡明に表現できる。しかし、3階層以上の要件の記述には適さない。多階層の要件を記述するためには、抗弁・再抗弁といった語により階層を明示しながら要件を記述する方がよい。この点に十分に配慮した民法の教科書として、[山本*2012b]がある(例えば、同書39頁参照)。この階層的記述をどのように簡潔に示すかも重要である([山本*2012b]は表形式を用い(39頁等)、[司法研修所*2011a]はダイアグラムを用いる(6頁等))[58]。

法的構成と適用法条
当事者の主張した事実にどのような法律構成を与えるかは、裁判所の権限である。例えば、債務が弁済期に弁済されない場合に不動産を債権者に移転させる旨の契約につき,原告が仮登記担保契約であると主張し,被告が代物弁済であると主張した場合に,裁判所はその契約を譲渡担保契約であると構成することができる(最高裁判所 平成14年9月12日 第1小法廷 判決(平成13年(受)第1461号))。もっとも、これに対しては、次のような批判もある:「ある事実関係について,複数の法規に基づく複数の法律関係が考えられるときに,どの法規に基づく法律構成を選択して主張するかは,当事者にゆだねられた事柄である。仮登記担保と主張されているときにこれを譲渡担保と認定することは,少なくとも当事者の予想を超えるものであり,不意打ちとなることを免れない」(裁判官藤井正雄の反対意見)。いずれの立場に立つにせよ、裁判所は、当事者がこの点を認識できるように釈明権を行使すべきである(藤井説に立てば、原告に譲渡担保構成も予備的に主張するように促す。多数説に立てば、譲渡担保構成が可能であることを指摘し、それを前提にした攻撃防御方法の追加提出を促す)。

当事者が主張した事実がどの法条の適用問題になるかを決めることも、裁判所の職責である。裁判所は、(α)原告が主張していない法条を適用して請求を認容することもできるし、(β)原告の主張していない法条の適用問題として扱い、その要件が充足されないとして請求を棄却することもできる。このことの最も単純な例は、原告が法律改正前の法条を主張している場合に、裁判所が法改正により当該法条が廃止されたことを指摘しつつ、新設の法条の適用問題として処理する場合である((β)の例として、最高裁判所 平成21年7月9日 第1小法廷 判決(平成20年(受)第1602号)参照)。

計算違い
例えば、債務者が利息制限法に違反する超過利息の返還を求める訴訟において、過払金の額について当事者双方に争いがない場合でも、その計算に誤りがあれば、裁判所は、正しい計算により算出される金額を過払金額と認定することができる(その金額が請求金額より小さければ、一部認容となる。逆の場合には、処分権主義の制約があるので、請求金額を超えることはできない)。実例として、旭川簡易裁判所 平成14年11月12日 判決(平成14年(ハ)第883号)参照。

損害額の算定
損害賠償請求訴訟において、原告の主張する損害額の算定の基礎となる具体的事実は、弁論主義に服する。しかし、その事実に基づいて原告の損害を回復するためにどのような賠償金の支払いを被告に命ずるべきかは、民法709条等の適用の問題である。例えば、原告が不法行為による損害賠償請求訴訟において弁護士費用として700万円を併せて請求する場合に、原告主張の弁護士費用額について被告が沈黙している場合(自白の擬制が可能な場合)でも、裁判所は当事者の主張事実および訴訟追行の過程を考慮して被告が賠償すべき弁護士費用額を400万円と定めることができる[19]。慰謝料の額についても同様である。

損害額の算定において、ある項目の金額を控除すべきであるとの主張が当事者から明確になされているわけではないが、控除の基礎となる事実が主張されている場合に、裁判所がその控除を行うことは弁論主義の違反とはならない[33]。その事実が金額控除の基礎に用いられることを当事者が明確に認識しておらず、従って、その事実の存否について立証を尽くしているとは言えない場合には、釈明義務の問題となるが、当該事実が証拠上も明らかである場合には、その釈明は必要ない(判決においてこの点を明確にすれば、判決による釈明と位置づけられる)。

要件該当性の主張
当事者は、要件要素に該当する具体的事実を主張する責任を負い、その具体的事実が要件要素に該当することを主張する必要は、本来はない。しかし、過失や権利濫用のような抽象的要件要素については、自己の主張する一定の具体的事実(a,b,c)が「要件要素に該当すること」ないし「要件要素が充足されるとの評価を根拠づけるものであること(評価根拠事実であること)」を主張する方がよい。もちろん、裁判所は、「当事者による評価根拠事実の範囲の特定」に拘束されるわけではない。当事者によって主張されているその他の事実(d,e,f)も考慮して、要件該当性(評価根拠性)を判断することができる。

直接事実を具体的に主張することが困難である場合 ── 表見証明の許容

法規の定める要件に該当する事実(直接事実)は、具体的に主張されなければならないのが本則であるが、証明責任を負う者がその事実を知りうる立場にないためにその主張が困難であり、かつ、他の事実(間接事実)から直接事実の存在の推認が可能な場合には、直接事実の具体的主張がないことを理由に法規の適用を直ちに否定するのでは、不衡平な結果が生ずることがある。そのような場合には、具体性の度合いを下げて(換言すれば、抽象的に)直接事実を主張することを許す必要がある(直接事実の抽象的主張の許容。この主張は、抽象度を最も高くすると、事実的要件要素の充足の主張となる)。この場合には、法規の適用を求める者は、直接事実を抽象的に(しかし、可能な限り具体的に)主張するとともに、その推認に役立つ間接事実を主張すべきである(このようなタイプの推認(具体的な間接事実から抽象的直接事実の存在を推認すること)は、しばしば表見証明と呼ばれる)。直接事実が通常要求される具体性を伴わずに主張されているのであるから、その間接事実から直接事実を推認することが可能であること(あるいは、その推認を可能にする経験則)も、被告は明確に主張すべきである(もちろん、そのような経験則が一般に周知されている場合は別である)。例:

 ()道路に面した倉庫の窓から荷物が落下し、窓の下を歩いていた人が怪我をしたとしよう。被害者が倉庫業者を被告にして損害賠償請求の訴えを提起した場合に、原告(被害者)が、事故発生当時に倉庫内で誰がどのような状況でその荷物を窓から落としたかを具体的に主張するのが本来であるが、その具体的事実を主張することが、実際上困難である場合には、事故当時にその倉庫で被告の支配下で作業が行われていた事実(間接事実)を主張してその証明がなされれば、被告又はその被用者が過失により荷物を落下させたと一応推認するのが合理的である。

 ()被告の著作物が原告の著作物に依拠して作成されたものであることを主張して、原告が著作権侵害を理由に損害賠償請求の訴えを提起したとしよう。この場合に、原告は、被告がいつ・どこで・どのような状況下で原告の著作物を参照して被告の著作物を作成したかを主張するのが本来であるが、実際上は困難なことが多い。その場合には、次の間接事実から被告が原告の著作物に依拠して創作したと推認することができるとする先例がある(東京高等裁判所 平成14年9月6日 第13民事部 判決(平成12年(ネ)第1516号))。(α)原告曲と被告曲の旋律の間には被告曲が原告曲に依拠したと考えるほか合理的な説明ができないほどの顕著な類似性がある;(β)被告が被告曲の作曲以前に原告曲に接したであろう可能性が極めて高いことを示す客観的事情がある;(γ)これを否定すべき事情として被告の主張するところはいずれも理由がなく、他に的確な反証もない。

3.3 若干の例

代理人による法律行為
契約が本人によってなされたか代理人によってなされたかは、本人に法律効果が帰属する点では差異がない。最判昭和33年7月8日民集12巻11号1740頁は、このことを理由に、本人による契約締結が主張されている場合に、代理人による契約締結を認定しても、弁論主義に反しないとする(逆の場合も同じになる[59])。この判旨について賛否は分かれているが、事案の解決の当否は別にして一般論を述べれば、当事者から代理権の授与及び代理人による契約締結が主張されていないにもかかわらず、裁判所が証拠から代理人による契約締結を認定して、その効果が本人に及ぶとすることは、弁論主義に反すると考えるべきである。特に、本人による代理権授与の事実が主張されていない場合に、本人がその事実を争う機会を失うことになりやすいことに注意すべきである。

手形裏書の連続
約束手形の所持人が振出人に対して手形金の支払を請求する場合に、手形法16条1項(裏書の資格授与的効力)により手形上の権利者であることの推定を受けるためには、次の事実を主張することが必要である。
  1. 被告が手形を振り出したこと
  2. 手形の裏書きが連続していること
  3. 原告が手形の所持人であること

では、原告が第一審の口頭弁論において、請求原因として、被告は訴外Aに宛てて約束手形4通を振り出し、Aはこれを原告に白地裏書により譲渡し、原告は現にその所持人である旨(手形法14条1項による実質的権利移転の根拠事実)を陳述し、証拠として、受取人としてAの記載および同人名義の白地裏書の記載のある約束手形4通(甲第1号証の1ないし4)を提出し、原審においてもその主張を維持している場合はどうか。この場合に、原告は、手形法16条1項の要件要素2(手形裏書きの連続)の事実を明示的に主張しているわけではないが、2の事実の主張があったと見ることができるかが問題となる。

最(大)判昭和45年6月24日民集24巻6号712頁は、次のように説示してこれを肯定した:「原告が、連続した裏書の記載のある手形を所持し、その手形に基づき手形金の請求をしている場合には、当然に、同法16条1項の適用の主張があるものと解するのが相当である。そして、これにより被告がその防禦方法として同法16条1項の推定を覆すに足りる事由を主張立証しなければならない立場におかれるとしても、原告の所持する手形に連続した裏書の記載があることは容易に知りうるところであるから、被告に格別の不意打を与え、その立場を不安定にするおそれがあるものとはいえないのである」。

岡村裁判官の反対意見は、これを次のように批判する:法廷意見は「弁論と立証を混同する誤りをおかすもの」である;もし原審が手形の連続性について黙示的主張があったものとして請求を認容すれば、被告から抗弁提出の機会を奪う結果になる;「請求を理由づける事実の主張に属する以上、その主張は口頭弁論において明示的になすべく、また、裁判所は陳述して然るべきであると考えられる主張があるならば、原告に対して釈明権を行使してこれを明示させる」べきである。

原告が所持する手形の裏書と原告の前記主張とが食い違っていた場合の取扱いについては見解が分かれるが、裁判所の釈明により解決されるべき問題であろう。

所有権移転の経過
最判昭和55.2.7民集34-2-123[百選*1998a]95事件(藤原)・[百選*1982a]71事件(上村)を簡略にした事例
XとYは死亡したBの共同相続人である。Bが死亡した当時にBの名義で登記されていた土地がYの単独名義になっていた。Xが、共有持分1/2の移転登記手続請求の訴えを提起した。

Xの主張
A==(売買)==>B==(相続)===>X・Y



Xは、口頭弁論において次のように主張した:本件土地はBがAから買い受けた土地であり遺産に属するから、Xは相続により共有持分1/2を取得した。

Yの主張
A==(売買)==>Y



Yは、口頭弁論において次のように主張して争った:本件土地は、登記上はBがAから買い受けたことになっているが、実際には、BではなくYが買い受けたのであり、もともと遺産には属さない。

裁判所の認定
A==(売買)==>B==(死因贈与)==>Y



裁判所は、証拠調べの結果、次のことを認定した。
  1. その土地をAから買い受けたのはBである。
  2. Bは、YがBの跡取りとして家業の発展に尽くしたので、本件土地をYの所有とすることを認めていた。このことを法的に見れば、Bは、本件土地をYに死因贈与したものと評価することができる。

aの事実は、Xにより口頭弁論において主張されている。bの事実は、いずれの当事者からも主張されていない。裁判所は、bの事実とその法的評価を裁判の基礎にして請求を棄却することができるか。

原審はこれを肯定した。しかし、最高裁判所は、裁判所が証拠調べの結果から死因贈与を認定することは弁論主義に違反するとして、原判決を破棄し、事件を原審に差し戻した。注意1:aの事実は、Xの持分を根拠付けるために必要な主要事実である。他方、bの事実は、Xの持分喪失を根拠付けるとともにYの所有権取得を根拠付けるために必要な主要事実であり、これはYが主張すべきことである[11]。 注意2:最高裁は、破棄差戻しの理由として弁論主義違反以外のことを特に述べておらず、差戻審において何が審理されるべきかを明示してないが、原審が死因贈与と評価した事実の存否及びその事実の適否について、特に原告に十分な反論反証の機会が与えられるべきことを前提にして差戻しをしたと理解すべきであろう。「AからYへの売買は存在しない」ことを破棄理由としているわけではないから、差戻審が「AからYへの売買」を認定することは妨げられないと解したい。

対抗要件
民法177条は、対抗要件を具備していない権利者の権利主張を阻止する規定である。この規定の適用により利益を享受しようとする者は、(α)自己が同条に定める第三者である(第三者性)という要件に該当する具体的事実を主張しなければならない。のみならず、(β)同条の規定の利益を享受する意思があることも主張しなければならないと解されている(権利抗弁)。しかし、(γ)相手方が対抗要件を具備していないという事実まで主張する必要はないと解されている。これを権利抗弁説(第三者性権利抗弁説)という[44]。

例えば、Aが不動産を最初にXに譲渡し、その後にYに二重に譲渡し、いずれもまだ所有権移転の本登記を得ていないとしよう(訴訟の必要を強めるために、Yは仮登記を得たものとしよう)。この段階でXがYに対して所有権確認請求の訴えを提起した場合に、各当事者が主張すべきことは、次のようになる。
なお、一般に、権利行使ないし受益の意思は、明確に述べられるべきであるが、ただ、抗弁規定の主要事実が明確に主張されているときには、その主張の解釈として、権利行使ないし受益の意思も主張されていると扱ってよい場合もあろう。

主張共通の原則の具体例
当事者の一方(A)に有利な事実を相手方(B)が主張しているのに、彼(A)がそれを争う場合でも、裁判所は、その事実を彼に有利に斟酌することができる。このことは、当該主張がAにとって最善の主張ではないが、次善の主張であり、Aが最善の主張に固執して次善の主張を否定している場合に、裁判所がAにとって最善の主張を否定するときに生じやすい。たとえば、
なお、これらの場合には、当該事実について当事者間で争いがあるので、その証明が必要であるかが問題になる(多数説によれば、証明が必要である)。その問題は、「相手方が援用しない自己に不利益な陳述」の標題で論じられている。また、各当事者の主張が違っていても結論を左右しない場合については証明は必要ないとする議論(等価値主張の理論)もある(後述「3.6 その他」参照)。

3.4 法解釈参考事実等の収集

当事者が主張すべき事実は、前述のように、主要事実、間接事実、補助事実に分類される。しかし、訴訟で問題となる事実の中には、これらのいずれにも当てはまらない重要な事実もある。
  1. 法解釈参考事実  法解釈の参考にする事実である。立法過程に関する事実や、現在の社会状況において法律のある規定が憲法に適合するかを判定するのに役立つ事実など、いわゆる法創造事実(後述)がある[27]。    
  2. 法適用参考事実  法的評価の参考となる事実[25]
  3. 慣習[29]  法規範としての商事慣習(商法1条2項)・慣習(法適用通則法3条)。
  4. 帰納の基礎事実  経験則を引き出す基礎となる事実

いずれも主要事実には該当せず、裁判所がこれらの事実を裁判の基礎資料とするためには、当事者の主張を必要としない。裁判所がこれらの事実を認定するに際して、当事者が申し出た証拠による必要はなく、裁判所の手持文書により、あるいは釈明処分としての鑑定により認定することもできる(法解釈参考事実の探知は、法解釈作業の一部となる)。もっとも、これらの事実の認定の主導権の分担を一律に定める必要はなく、事実の特性に応じて当事者の主導権ないし責任に委ねるのが適当なものもある(例えば、裁判所に知られていない取引慣行、帰納の基礎事実など)。

法創造事実
裁判所は、具体的事案の解決のために立法府により与えられた法を解釈・適用するのが原則であるとはいえ、抽象的な法の文言の解釈は、程度の差はあれ、法創造作用を伴うことが少なくない。特に、憲法違反であるか否かが問題となる場合がそうである[50]。抽象度の高い憲法の規定の解釈を通じてなされる法創造を正当化する事実の収集については、本質説の意味で弁論主義が妥当すべきものではない。しかし、現在の日本の民事訴訟では、その事実の収集も、実際上は当事者の収集に委ねられている。この点についての合衆国法とドイツ法の紹介を含めた詳細な研究として、[原*1996a]30号169頁以下がある。

3.5 証明責任を負わない当事者の事案解明義務等

事案解明義務
原告は自己の主張する権利の発生原因事実について証明責任を負うのが原則であるとは言え、複雑な社会関係の中で、原告がその事実や証拠にアクセスできるとは限らない。航空機の墜落事故や医療過誤を理由とする損害賠償請求訴訟などに、そのことが顕著に現れる。こうした場合に、原告が請求権の発生原因となる具体的事実を主張すらしていないという理由で、単純に請求を棄却したのでは、社会的に妥当な解決が得られない。さりとて証明責任を相手方に負わせることもできない場合に、相手方がどのように行動したか、その行動は正当なものであること、従って原告主張の権利は成立しないことを相手方に具体的に主張させ、その主張を根拠付ける証拠を提出させることにより、当事者間の実質的な平等を図るのが妥当な場合がある。このような趣旨で、証明責任を負わない当事者の事案解明義務が主張されている[26]。未だ多数説に至っていないが、有力な見解であり、民訴法2条が規定する信義則の一つの発現形態として承認してよい。

また、実定規定のなかにも、個別の法律関係について事案解明義務を定めた規定がある。
明文の規定により個別の法律関係について事案解明義務が認められている場合に、それを「個別的事案解明義務」と呼ぶことにしよう。明文の規定がなくても一定の要件の下で事案解明義務を一般的に認める議論を「一般的事案解明義務論」と呼び、その見解が主張する解明義務を「一般的事案解明義務」と呼ぶことにしよう。一般的事案解明義務の要件として、次のことが挙げられる([春日*1996a]59頁参照)。
  1. 証明責任を負う当事者が、自己の権利主張等が正当であることについて、ある程度まで具体的な手がかりを与えていること。
  2. その当事者が事実関係から隔絶された立場にあり、事実関係を知り得ないために、相手方が単純否認したままでは事案を明らかにし得ないこと。
  3. その当事者がそのこと(2の状況にあること)について非難可能性がないこと 。
  4. 相手方に事案の解明を期待できること。特に、どのような状況の下で事故が生じ、どのような行動をとったかを明らかにすることを期待できること。

事案解明義務に違反した場合の効果については、次の2つの法律構成が可能である(これは、個別的解明義務にも一般的解明義務にも妥当する。ただし、個別的解明義務については、明文の規定があればそれによる)。
実体法上の情報請求権
事案解明義務論は、訴訟の対象となっている法律関係に関わりなしに、一定の要件が具備すれば、説明義務・証拠提出義務を認めるものである。他方、実体法は個々の法律関係について個別的に当事者に情報請求権を認めている場合があり、訴訟の場でもそのような実体法上の請求権を基礎にして当事者間の利害を調整すべきであるとする立場もある[23]。情報請求権の実現方法は、文書提出命令(220条2号)の外に満足的仮処分がある([長谷部*1984a]102巻9号1744頁以下参照)。

3.6 その他

相手方が援用しない自己に不利益な陳述
当事者が自己に不利益な事実(相手方に有利な事実)を主張した場合に、相手方がそれを援用していなくても、主張共通の原則により、裁判所はその主張事実を裁判の基礎資料とすることができる(下記(d)の判例)。問題は証拠調べの要否である。相手方がこれを援用する場合はもちろん、援用しない場合でも争っていないのであれば、証拠調べは必要ない[57]。相手方がこれを争う場合の証拠調べの要否については見解が分かれる。()相手方が争う以上、裁判所は証拠調べの結果に基づいて事実の真否を確定して、その事実を斟酌して裁判すべきであるとするのが、多数説である([兼子*研究1c]213頁・233頁以下)。これに対して、()原告が訴訟物たる権利関係の主張を根拠なきものにする事実を陳述する場合には、原告の主張自体に一貫性(有理性)が欠如していることを理由に、証拠調べをすることなく請求を棄却してよいとする見解や、()自由心証主義を定める規定(247条)等の存在を根拠に、自己に不利益な事実の陳述は、事情により、相手方が争うか否かにかかわらず証拠調べをすることなく真実と認めることができるとする見解がある[55]。

設例で考えてみよう。()原告が被告に対して契約上の義務の履行請求の訴えを提起し、「契約締結当時被告は心神喪失状態であった」旨を陳述し、被告がこれを争う場合。多数説に従えば、証拠調べが必要である([兼子*研究1c]235頁)。
 ()原告が被告占有建物の所有権確認請求の訴えを提起し、「原告は売買契約により建物を被告に譲渡した」と陳述し、被告がこれを争い、「被告は原告から本件建物を賃借している」と主張する場合。請求棄却判決が確定すれば被告は原告に対して賃貸人の義務(民法606条)の履行を求めることができなくなるから、証拠調べにより事実を確定することなく請求を棄却することは許されない[56]。
 ()原告が被告に1000万円を貸し渡したと主張して、その返還を請求する訴訟において、原告が、請求元本額1000万円を維持しつつ、消費貸借契約の成立の間接事実として「被告から金100万円の弁済をすでに受けている」と主張したのに対し、被告が、「そもそも借りていないのであるから弁済などするはずがない。仮に借りていたとしても、時効期間が満了しているので、消滅時効を援用する」と主張する場合。この場合の一部弁済の主張は、2つの意義を有する。一つは、原告主張の請求権を一部消滅させるという点で原告に不利な事実である。もう一つは、消費貸借の成立を推認させる重要な間接事実である点及び原告主張の請求権の残部について時効更新事由としての債務承認を推認させる重要な間接事実(ないし債務承認と評価されるべき直接事実)という点で原告に有利な事実である。このように複数の意義を有する事実主張があった場合については、裁判所は証拠調べの結果に従いその事実の主張の真否を確定せざるを得ない。
 ()共同相続の場合には、ある財産が遺産に属するから共有になるのか、遺産に属さないので共同相続人の一人の単独所有になるのかが、よく問題になる。共同相続人の一人である原告が、自ら土地を賃借して建物を建築したと主張して、他の共同相続人を被告にして、その建物の所有権確認請求の訴えを提起したのに対し、被告が建物を建築したのは原告・被告らの亡父であると主張した場合。この場合に、共有持分権確認請求は単独所有権の確認請求に包摂されるのかという訴訟物論レベルの問題が生ずるが、単独所有権確認請求を棄却する判決が確定すれば、共有持分権の主張は同判決の既判力により遮断されると解されている点に鑑みれば、単独所有権確認請求に包摂されると考えるべきであろう。それを前提にした上で、共有の場合には単独所有の場合にはない制約ないし不利益が生ずるので、裁判所は原告の意思を確認した上で単独所有権確認請求の一部認容として共有持分権確認判決をすることができるとすべきことになる(さらに進んで、共有持分確認請求を予備的に追加させるべきであると考える立場もある)。このことを前提にした上で、最高裁判所 平成9年7月17日 第1小法廷 判決(平成7年(オ)第1562号)は、次の趣旨を説示した:裁判所は、証拠調べにより被告主張事実を確定した以上は、原告が同事実を自己の利益に援用しなかったとしても、適切に釈明権を行使するなどした上でこの事実を斟酌し、請求の一部を認容すべきであるかどうかについて審理判断すべきである。

等価値主張の理論
原告と被告の主張が部分的に食い違っていても、その食違いが請求の判断に影響しない場合(「どちらでも結論は同じだ」という場合)には、食違い部分について証拠調べをして事実を確定することを要しないとの考えを等価値主張の理論という。食違い部分に係る一方当事者の陳述が「相手方が援用しない自己に不利益な陳述」に該当する否かは重要ではない(下記(a)(c)の場合には、そうした不利益陳述は見られない)。「相手方が援用しない自己に不利益な陳述」に該当する場合でも(下記の(b)の例)、「主張の食違い部分が請求の判断に影響しない」という要素が重要であり、その要素がない場合と区別すべきである([長谷部*2014a]188頁。[兼子*研究1c]235頁以下も参照。ただし、区別しない文献もある。例えば、[注釈*1995b]110頁以下(佐上善和))。

設例で考えてみよう。()不動産Gの所有権確認訴訟の争点整理の段階で、原告が、(α)原告自身が被告から買受けたと主張したのに対し、被告がこれを否認して、(β)買ったのは原告の亡父であったと主張したとしよう。原告が、原告は亡父の単独相続人であると主張し、被告がこの点を否認していない場合に、買主が原告本人であっても原告の亡父であっても、原告の所有権確認請求が認容されるべきことに変わりがないのであれば、(α)が真実であるか(β)が真実であるかを証拠調べにより確定する必要があるかが問題になる。「どちらでも結論は同じだ」ということを重視して証拠調べを不要としてよい([高橋*重点講義・上v2.1]467頁以下参照。同書468頁は、これを肯定する)。
 ()公正証書によるべき契約に関し、原告は口頭締結を陳述し、被告は単純な書面による締結を主張する場合について、[兼子*研究1c]235頁以下は、原告の主張の真否を証拠調べにより確定する必要はなく、直ちに請求を棄却してよいとする。そこでは、「等価値主張」の言葉は使われていないが、これもその一例である。なお、同書は、被告が「単純な書面により締結された」との理由付けをすることなく単純に否認する場合でも、同様に扱ってよいとする。
 ()長期にわたる契約交渉に基づき締結された契約について、原告が最終的な契約締結日を2015年6月6日であると主張し、被告は同年7月7日であると主張しているとしよう。それが当該訴訟における請求についての判断に影響を及ぼすのであれば、証拠調べの必要があることは言うまでもない。しかし、その違いが幾つかの点で契約上の権利義務について若干の差異をもたらすとしても、当該訴訟における請求の判断には影響を及ばさない場合に、最終的な契約締結日を証拠調べによって確定する必要はない。

他方、次の場合は、等価値主張の理論の適用範囲外とすべきである。
  ()離婚訴訟において、被告も離婚の反訴を提起するときに、夫婦の双方が離婚の訴えを提起している以上「婚姻を継続しがたい重大な事由」(民法770条1項5号)があるとして、双方の主張する離婚事由の存在を証拠調べにより確定することなく直ちに双方の請求を認容してよいかが問題になる([高橋*重点講義・上v2.1]468頁参照)。離婚訴訟の訴訟物である離婚権を民法770条1項各号ごとに考える立場にたてば、双方の主張する離婚原因が相手方の不貞行為である場合に、婚姻を継続しがたい重大事由の存在を理由に離婚請求を認容することは民訴法246条違反になるが、その点を脇に置くとしても、夫又は妻のいずれの離婚請求が認容されるかは、精神的に重要であり、当事者が相手方の有責行為を原因とする離婚判決を求めている限り、裁判所はそれに応ずるべきであろう([高橋*重点講義・上v2.1]389頁(注39部分)も同趣旨を説く)。

間接事実の自白

ここでは、主要事実のみならず間接事実も含めて自白の語を用いることにしよう(広義の自白)。間接事実の自白が問題となるのは、直接事実が争われている場合である。この場合に、間接事実について自白がなされていても、その自白に拘束力を認めないのが多数説である。ただし、≪裁判所は、別の間接事実から主要事実の存否について別の認定をすることはできる≫という留保を付しつつ、争いのない間接事実については、証明は不要であり、自白した当事者は禁反言の法理により自白に反する主張をすることが許されなくなるとする見解(少数説)もある([新堂*新民訴]467頁)。

多数説が正当であろう。多数説に従えば、当事者間に争いのない間接事実は弁論の全趣旨により(つまり当事者間に争いがないということにより)真実と認められる(247条)のが通常である(この点では少数説と大差はない)。また、間接事実の自白の撤回も、156条以下の制限に服し、また、信義則(2条)により許されなくなる場合があるが、しかし、禁反言の作用により一律に否定する必要はない。

原告(債権者)による一部弁済の自認
債権者(売主)が、2010年5月5日の売買契約により600万円の代金債権を取得したと主張し、そのうちの200万円についてのみ債務者から2011年6月6日に弁済があったことを認め(以下「一部弁済の自認」という)、残額400万円の支払請求の訴えを提起したとしよう(前記弁済の事実は訴状に記載され、陳述されたものとする)。その訴訟において、債務者が前記弁済の事実を主張した場合に、同趣旨の債権者の主張は、先行自白になるのか。[司法研修所*2011a]2頁は、一部請求を許容する判例の立場を前提にして、次のように説く:「訴訟物は600万円の売買代金全体ではなくそのうちの400万円であるから、通常は、この主張[一部弁済を受けた旨の債権者の主張]を抗弁の先行自白と解する余地はなく、単なる事情にすぎないことになる」。

確かに、この訴訟において当初の債権額600万円と6月6日の弁済額200万円について当事者間に争いがなく、債権者が一部弁済の自認を撤回することなく訴訟手続が進行する場合には、一部弁済の事実を単なる事情として扱うことも不当ではなかろう。しかし、この前提条件が崩れると、6月6日の弁済も主要事実として扱う必要がでてこよう。

まずは、()債権者(原告)が一部弁済の自認を撤回しない場合について検討しよう。
 (a1)債務者(被告)が6月6日の弁済額は100万円であると主張し、残代金については反対債権500万円で相殺すると主張する場合  最判平成6年11月22日によると、 この場合には、「当該債権の総額を確定し、その額から自働債権の額を控除した残存額を算定した上、原告の請求に係る一部請求の額が残存額の範囲内であるときはそのまま認容し、残存額を超えるときはその残存額の限度でこれを認容すべきである」から、当初の債権額600万円のうち6月6日の弁済によりどれだけの金額が消滅したかを確定しなければならない。その弁済額のうち100万円部分については先行自白が成立し、残余の100万円については当事者間で一致した陳述がないので、裁判所は証拠調べをして弁済額を確定し、その結果にしたがい相殺前の債権総額を確定することになる。したがって、6月6日の弁済は、判決理由中で判断することが必要な主要事実である。
 (a2)債務者が当初の代金債権額は200万円であり、6月6日に200万円を弁済したから債務は全額消滅したと主張する場合  この場合には、裁判所は、まず当初の代金債権額を確定する必要があり、それが債務者の主張通りであるとすれば、6月6日の弁済により債務は全額弁済済であるから請求を棄却すべきことになる。その判断の過程で、6月6日の弁済については先行自白が成立しているから裁判所はこれに拘束され、証拠調べは必要ないとせざるをえないであろう。それは、6月6日の弁済が主要事実であることを意味する。
  この場合に、「訴訟物は600万円の売買代金全体ではなくそのうちの400万円である」と述べること、すなわち、「訴訟物は6月6日の弁済を除いた部分である」と理解することが適切であるとは思えない。もしそのように理解するならば、裁判所が当初の債権額が200万円であると判断した時点で、訴訟物をどのように把握するのかが問題となる。仮に「訴訟物は6月6日の弁済を除いた部分である」との理解を前提にしても、この場合に請求が棄却されるべきであるとの結論は変わらないであろう。そして請求棄却判決確定後に、債権者が弁済の自認を撤回して200万円の支払請求の訴えを提起するとどうなるか。弁済自認部分は前訴の訴訟物になっていなかったのであるから、後訴請求は、前訴判決の既判力に反しないことになろう。そのように考えるよりは、債権者が「5月5日の売買契約により生じ金額600万円である」と主張している債権の全体の存否が訴訟物であり、債権者は、そのうちの400万円しか請求していないが、残りの200万円の存在を明示していなかったのであるから、後訴の時点で振り返れば、前訴は黙示の一部請求であったと考える方がよい。

)債務者は当初の債権額及び6月6日の弁済額について債権者と同じ陳述をしたが、債権者が訴訟の途中で一部弁済の自認を撤回する場合はどうか。
  (b1)まずは、準備的な議論として、その訴訟で債務者が6月6日の弁済に係る部分について債務不存在確認の反訴を提起する場合を考えてみよう。もしそれが許されると仮定すれば、同弁済の自認は先行自白として拘束力をもつと考えるべきであろう。ただ、債権者が弁済を自認している以上、自認部分については債権の不存在に争いはないので、確認の利益は否定されると考えるならば、確認の利益が肯定されるのは、債権者が一部弁済の自認を撤回してからであり、その時点で債務者が初めて一部弁済を主張して債務不存在確認の訴えを提起しても、自認はすでに撤回されているのであるから、自白の拘束力が生ずる余地はないことになる。他方、その訴訟において一部弁済の自認を撤回して争いを生じさせる余地があること、さらには、一部請求訴訟の認容判決確定後に債権者が一部弁済の自認を撤回して当該部分の弁済を求める訴えを提起する余地があることを考慮すると、自認の撤回前であっても一部弁済部分の債務不存在確認の訴えを許すべきであると考える余地もあろう。その論点は脇に置くとしても、争いがないとの理由で債務不存在確認の訴えの利益を否定しつつ、債権者に自認を撤回して債権を主張する自由を認めることもは、不公平ではなかろうか。そう考えると、債務不存在確認の訴えの利益を否定される債務者との衡平上、一部弁済の自認の撤回前でも、債務者が一部弁済を主張すれば、その自認は先行自白になるとするのが衡平に合致しよう。
  (b2)債権者が一部弁済の自認を撤回し、請求金額が600万円になるように訴えを変更した場合はどうであろうか。一般に、明示の一部請求の場合には、訴え提起時に残部について催告の効力(時効完成猶予効)が肯定されている。しかし、一部弁済を自認して残部を請求する場合には、自認部分について催告の効力を認める必要はない(そもそも、訴え提起時には、全部請求であり、明示の一部請求ではない。一部弁済の自認が撤回された後で当初の訴えを回顧すれば、黙示の一部請求であったことになるにすぎない)。問題は、このような請求の拡張が訴訟手続の安定を害し、自白の撤回を制限した趣旨に反しないかである。債務者としては、一部弁済の自認部分については、もはや請求されることはないとの期待をもつのが通常であり、その期待は、自白の拘束力の根拠の一つである「自白が任意に撤回されることはないという期待」と同質のものではなかろうか。そうであるとすれば、債権者の自認に応じて債務者が一部弁済の事実を主張すれば、その自認は先行自白になり、任意の撤回は許されないと考えるべきであろう。
  (b3)債務者が6月6日の弁済の事実とともに7月7日残額400万円を弁済した旨を主張し、後者の弁済を容易に証明できる場合はどうか。債権者が、請求の趣旨をそのままにして、6月6日に弁済を受けた旨の主張を撤回して、債務者による全部弁済の主張を否認するものとしよう。この場合には、そもそも当初の訴えの訴訟物をどのように考えるべきかが問題になるが、どのように考えるにせよ、自認撤回後は、通常の明示の一部請求の訴えと理解すべきであろう。すなわち、原告が請求金額を400万円にしたまま、6月6日の200万円の弁済の自認を撤回し、弁済がないことが明らかになれば、7月7日の400万円の弁済が証明されても、裁判所は200万円の範囲で一部請求を認容し、その余を棄却することができるとすべきであろう。これを前提にして、(α)自認撤回前の訴訟物は6月6日の弁済に係わらない部分のみであったと考えるならば、自認撤回前と撤回後とでは訴訟物に重要な差異があると見るべきである。他方、(β)原告は「弁済が自認されている部分は訴訟物から除く」という形で訴訟物を特定することは許されないと考えるならば、訴訟物は自認の撤回の前後を通じて基本的に同じであり、6月6日の一部弁済も、自白と対象となる主要事実となる。いずれと考えるべきであろうか。おそらく後者の選択肢をとった上で、債権者の一部弁済の自認を債務者が援用すればその時点で自白の拘束力が生じ、債権者はその後に自認を任意に撤回することは許されないと解する方がよいであろう

これらの場合を通じて言えることは、原告による一部弁済の自認のもつ重要性はその後の訴訟の展開に依存し、その重要性が訴え提起当時よりも高まる場合があるということである。原告は、一部弁済の自認の重要性が高まった後でも、重要性が高いとは言えない時期になされた自認になお拘束されるとしてよいかが問題となるが、自白は本来 真実に基づいてなされるものであり、軽率になされるべきものではなく、このことは先行自白にも、債権者による一部弁済の自認も妥当する。したがって、債権者の一部弁済を受けた旨の陳述は、債務者が同趣旨の陳述をした後は、任意に撤回することができないとすべきであり、したがって、それは先行自白になり、自認された一部弁済は当初から主要事実であったと解すべきである。

証拠契約

証拠契約は、広義では、判決の基礎をなす事実の確定方法に関する当事者間の合意をいう。例:
  1. 自白契約  一定の事実の存否を争わないことを約する合意
  2. 仲裁鑑定契約  事実の確定を第三者の判定に委ねる合意
  3. 証明責任契約  当事者の一方の証明すべき事項、証明の程度を定める合意
  4. 証拠制限契約  例えば、ある事実の証明は文書に限る旨の合意(契約当事者の一方の文書による同意がある場合に限り、他方はあることをすることができるとの合意は、よく目にする)。

狭義では、特に、証拠方法の提出に関する合意(例えば、前記4)を言う。

弁論主義が妥当する範囲では、証拠契約も有効としてよい。
証拠契約の主張・立証も156条以下および2条に服する。

4 手続進行−職権進行主義


4.1 意義

訴訟は、裁判所と両当事者が紛争解決を目指して行う共同作業である。共同作業の進行については、誰にどの程度の主導権を認めるべきかが問題になる。さまざまな方法ないし仕方がありうるが、理念型としては、次の2つの立法主義がある。
現行法は、訴訟手続を迅速、能率的に進めることを目指して、職権進行主義を採用している[12]。もちろん、裁判所に主導権を認めたからといって、両当事者の意思を無視して強引に進めることを許容したわけではない。職権進行主義と当事者進行主義との対立は、力点の置き方の差異にすぎない。民事訴訟は、国家が国民に提供する役務(サービス)の一つであり、その役務の提供を受けている両当事者の意向も尊重しなければならないのは、当然である。しかし、民事訴訟制度は、国民の税金で運営されているのであり、特定の当事者のための制度ではないことにも留意しなければならない。そして、訴訟では両当事者の利害が鋭く対立するのであるから、結局のところ、裁判所に最終的な主導権を認めざるをえない。このことが明瞭に現れている規定は、裁判所が当事者と協議の上で審理の計画を定めるものと規定する147条の3第1項であろう。

訴訟手続の進行と当事者の地位
訴訟手続は裁判所が職権で進行させるとはいえ、当事者間の紛争解決のための手続であり、当事者双方の意思に反して手続を強行しても、適正な解決は得られない。裁判所が当事者の意見を聴きながら手続進行を図ることも必要になる。この目的のために、次のような規定が置かれている:147条の3・168条・170条3項・175条・202条・207条、規121条・123条1項、規則95条1項・96条・規68条・170条 。

 また、手続進行に関する処分について当事者に申立権が認められていることも多い(法文において「申立てにより」と規定されている場合がこれに当たる。この場合には裁判所や裁判長は応答義務を負う)。当事者に申立権が認められていない場合でも、裁判所等に職権の発動を求める申立てをすることは許される(この場合には裁判所等は応答義務を負わない)。

4.2 訴訟指揮権

意義
訴訟が適正かつ能率的に行われるようにするために裁判所(または裁判長、受命裁判官あるいは受託裁判官)の行う行為を訴訟指揮と言い、訴訟指揮を行う権限を訴訟指揮権と言う。訴訟では利害相反する当事者が対立している。訴訟手続の進行・整理を当事者に放任しておくと、訴訟の迅速な進行は必ずしも期待できないし、適正な結果が得られない虞れもある。そこで、裁判所に訴訟指揮権が認められているのである。

訴訟指揮権の範囲
訴訟指揮権の範囲を定めた規定はない。その範囲の設定は、通常、体系的整理の意味をもつにすぎず、その確定に悩む必要はない。ただ、終局判決は、訴訟指揮の裁判から除外される。中間判決については、これを除外する文献([兼子*1967a]194頁)と、除外しない文献(伊藤[注釈*1993a]20頁)とがある。判決以外の裁判をすべて訴訟指揮の中に包摂すると、141条の却下決定も訴訟指揮の裁判となるが、訴訟手続を終了させる裁判であるので、訴訟指揮に含める必要はなかろう[5]。この講義では、特定の裁判所における訴訟手続を直接終了させる裁判(終局判決や移送決定等)を準備する過程でなされる裁判所の行為を訴訟指揮と考えることにする。

訴訟指揮権のうちの基本的なものを見ておこう。
訴訟指揮権の主体
訴訟指揮権は、当事者から見れば、合議体とその構成員を区別しない意味での裁判所に属する。しかし、裁判所内部においては、裁判所が合議体から構成されている場合に、合議体とその構成員(特に裁判長)との役割分担が問題となり、(α)訴訟指揮権の行使の前に合議すべきか否か、また、(β)合議を経ずに行使される訴訟指揮権について、その不服申立方法をどうするかが問題となる。この視点から、訴訟指揮権は、次の3つに分類される。

)合議体が合議の上で行使するもの  指揮権を定める条文において主語が裁判所となっているもの(151条−155条など)。

)合議体の監督のもとに裁判長等が行使するもの  指揮権を定める条文において主語が裁判長等になっているが、合議体への異議申立てが認められている指揮権である。口頭弁論の指揮(148条)・釈明権(149条)がこれに該当する。これらは、いちいち合議してから行使すべきものとするのは適当でないので、個々の裁判官(主として裁判長)が臨機応変に行使して、それに当事者が異議を申し立てた場合にのみ合議に付し、裁判所が決定で異議について裁判する(150条202条3項、規117条)。 なお、これらについては、裁判所が合議体でない場合には異議申立ての余地はないと解する文献があるが、そのように解する場合でも、当事者が職権の発動を求める申立てとして120条による取消しを求めることは可能である。

)合議体から独立して裁判長が行使するもの  指揮権を定める条文において主語が裁判長になっており、かつ、合議体への異議申立てが規定されていないものである。
上記()の訴訟指揮権については、しばしば、(α)裁判所(合議体)に属するが「裁判長が合議体の発言機関としてあたる」ものと説明されている(例えば[新堂*1998a]363頁)[21]。訴訟指揮権が裁判所(合議体)に属するということを強調するための説明であるが、わかりやすい説明ではない[14]。(β)重要なのは、合議してから行使するとの規律に適さないので裁判長等が行使すること、裁判長の訴訟指揮が不当である場合に、不服申立方法を上級審への抗告としたのでは審理が遅延し現実的でないので、裁判所が合議体である場合には合議体への不服申立てが許されていることである。このことを考慮すると、次の説明の方がわかりやすい。(γ)この訴訟指揮権は裁判長等に固有のものであり、裁判長等がその名において行使し、訴訟指揮権の特性に合わせて不服申立てが合議体への異議とされている([鈴木*1984a]11号22頁以下 )[20]。 (α)の説明と(γ)の説明とで実質が異なるわけではないから、各自が分かりやすいと思う説明を採用すればよい。

訴訟指揮の裁判の取消し
訴訟指揮に関する裁判は、裁判所がなす場合には決定の形式で、裁判官がなす場合には命令の形式でなされる。いずれも、いつでも取り消すことができるのが原則である(120条)。しかし、訴訟指揮の裁判の範囲を「訴訟手続を直接終了させる裁判にいたるまでの一切の裁判」という形で広く設定すると、そのすべてを120条に服させることはできない。区分けが必要である。

)次の裁判は、何時でも取り消すことができる(333条の適用もある)。取消しには、遡及効はない。
)即時抗告に服する裁判は、体系上は訴訟指揮の裁判に含められるものでも、120条による取消しになじまない。一般に、即時抗告に服すのは、手続の安定のために早期に確定させる必要のある裁判であり、即時抗告に服すことは、任意の変更を認めない趣旨と解してよいからである[3]。確定前でも120条の取消しには服さない[9]。ただし、即時抗告がなされれば、その裁判をした裁判所・裁判長がみずから更正することは可能である(333条)。

4.3 当事者の意見の尊重

訴訟手続は裁判所が職権で進行させるとはいえ、当事者間の紛争解決のための手続であり、当事者双方の意思に反して手続を強行しても適正な解決は得られない。裁判所が当事者の意見を聴きながら手続進行を図ることが求められている。この目的のために、意見聴取あるいは意見陳述を定める多数の規定が置かれている[13]。例えば、次のものがある。

4.4 その他

嘱 託
民事訴訟の世界では、裁判所ないしその構成員が他者に一定の行為を依頼することを嘱託という。依頼される者は公的機関であることが多いが、私人でもよい。嘱託は、命令ではなく依頼であるという点で、嘱託される者にとって穏やかで、受け入れやすいものである。強制力はないが、公的機関は、一般に、正当な拒絶理由がない限り嘱託に応ずる義務があると考えられている。また、登記の嘱託の場合のように、個別の法令で適法な嘱託に応ずることが義務づけられている場合もある(不登法16条)。嘱託をするか否かを決定する者(裁判所・裁判官)と嘱託手続をする者とは、概念的に別個である。

5 直接主義(249条


5.1 総説

審理(口頭弁論)に関与した裁判官

判決を作成する裁判官

意義と根拠
口頭弁論(弁論と証拠調べ)に関与した裁判官が判決内容を決定する建前を直接主義という。審理は、当事者が主張する事実を基に当該事件に適用されるべき法規範は何かを考え、その法規範の要件を充足する事実が存在するかという形で進められ、したがって、口頭弁論に関与した裁判官自身が判決内容を決定する方が、適切な事実認定、認定事実の法的評価(法の適用)ができ、適正な裁判がなされるからである。

現行法は直接主義を採用しているが(249条1項)、直接主義を厳格に貫くことは困難であり、次の場合には直接主義は緩和され、不完全になる。

裁判官の交代の場合  裁判が長期化すると、審理の途中で裁判官が交代する場合がある。この場合には、後述の「弁論の更新」という簡単な手続のみを行う。

受命裁判官による弁論準備手続の場合  当事者は、弁論準備手続の結果を口頭弁論において陳述しなければならない(173条規89条)。これは公開主義・口頭主義の充足のために必要であるが、弁論準備手続が受命裁判官により主宰された場合には、それと共に、受訴裁判所を構成するすべての裁判官が裁判の基礎資料となるべき当事者の主張を直接聴くとの要請(直接主義)を充足させるためにも必要である。なお、結果陳述であるので、各当事者の最終的な主張内容を報告すれば足り、その報告は一方の当事者がなせば足りる。

証拠調べについて直接主義が不完全になる場合  直接主義は、判決内容の形成に関与する裁判官がすべての証拠調べに直接関与することを要求する。しかし、遠隔地での証拠調べや多数の証拠調べが必要な場合には、この原則を厳格に貫くことは困難である。そこで、次の例外が認められている(弁論については、この種の例外は認められていない)。下記のいずれの場合でも、口頭弁論において証拠調べの結果が報告されることが必要であり、これにより直接主義が形式的に充足される。
  1. 合議体の構成員(受命裁判官)による証拠調べ  証拠調べは裁判官全員でするのが原則であるが、次の場合には、合議体の一部の裁判官(受命裁判官)がなすことが認められている。
    1. 証拠調べを裁判所外で行う場合   一般には「相当と認めるとき」という要件で許されが(185条)、証人尋問・当事者尋問についてはより厳格な要件の下で許される(195条210条)。 なお、195条は鑑定には準用されない(216条参照)[61]。
    2. 大規模訴訟  裁判所内で証拠調べをするときには、裁判官全員が出席する法廷で行うのが原則であるが、尋問すべき証人又は当事者本人が著しく多数である場合には、裁判官が手分けをして尋問を行うことが認められている(268条)。
    3. 証拠保全の場合  急を要するので、受命裁判官による証拠調べが認められている(239条)。
  2. 事件を審理している裁判官以外の裁判官(受託裁判官)による証拠調べ  a1で述べたことが当てはまる(185条195条210条)。
  3. 外国での嘱託証拠調べ(184条

5.2 弁論の更新手続

趣 旨
裁判官が転任・退官あるいは病気・事故等により途中で交代する場合がある。この場合に直接主義を厳格に貫けば、審理を最初からやり直すことになるが、それでは訴訟が著しく遅滞し、裁判所にとっても当事者にとっても負担が重くなる。そこで、審理のやり直しに代えて、当事者がこれまでの弁論の結果を陳述し、新裁判官が従前の審理の結果について当事者と共通の認識を持つべきものとされた。これを弁論の更新という(249条2・3項)。結果陳述は、当事者の一方がすれば足りる。ここで「口頭弁論の結果」には、証拠調べの結果も含まれ(249条3項参照)、従前の証拠調べの結果も裁判の基礎資料となる。合議体事件では、1人の裁判官が交代した場合にも、弁論の更新が必要である。事件が控訴審に係属した場合にも弁論の更新が必要である(296条2項)。

弁論の更新には、次の2つの側面がある。
 ()裁判官交代の場合における直接主義の間接的形式的充足にすぎないという側面  これまでの多くの文献では、もっぱらこの点が強調されてきた。この側面があることは、否定できない。

 ()新裁判官がこれまでの審理について当事者と共通の認識をもつための機会という側面  民事訴訟では、口頭弁論において主張された事実と取り調べられた証拠のみが裁判の基礎となり、かつそれらの資料が裁判官によってすべて斟酌されることを前提にして当事者は訴訟活動をなすのであるから、新裁判官が従前の審理状態がどのようになっているか、特に既に提出された資料としてどのようなものがあるかを正しく認識しないと、適正な裁判がなされない。そこで、新裁判官が従前の審理状況を正しく認識するために、ないし認識していることを確認するために行われるのが弁論の更新である。したがって、これまでの弁論の経過が訴訟記録に尽くされている場合には、「記録に記載の通りである」との陳述でもよい(通常はこの一言で済ますことができ、かつ、この一言は重要である)。記録に尽くされない部分があれば、当事者がその点を補充する必要がある。原告と被告の結果陳述が異なる場合には、当事者と裁判所とが共通の認識を持つように、適当な措置、例えば相違する事項について再度審理を行うことが必要である。

証人尋問の再施
判決をする裁判官が直接聴いて心証を得る必要のある証人尋問は、単独裁判官が交代した場合あるいは合議体の裁判官の過半数が交代した場合には、当事者の申し出があれば再度証人の尋問を行い、直接主義を厳格に維持する(249条3項)。

5.3 直接主義違反の効果

口頭弁論に関与しない裁判官が判決作成に関与することは許されず、その違反は絶対的上告理由・再審事由となる(312条2項1号・338条1項1号)。

弁論の更新を怠ったにすぎない場合については、見解は分かれている。
  1. 判例・多数説は、更新手続を経ることなく新裁判官が判決作成に関与して判決がなされた場合も、直接主義の違反となり、絶対的上告理由(312条2項1号)に該当するとする(最判昭和33年11月4日民集12巻15号3247頁、池田[中野=松浦=鈴木*1998a]206頁)。
  2. 少数説は、一般の訴訟手続に関する法令違反であって、判決の結論に影響がある場合に上告理由になるにすぎないとする(竹下[兼子*1986a]549頁)。さらに進んで、この瑕疵は異議権(責問権)の喪失(90条本文)の対象になるとする見解もある。

目次文献略語
1998年11月5日− 2018年6月9日