民事訴訟法講義
訴訟要件 2関西大学法学部教授
栗田 隆 |
問題 65歳のAが親類のYに1000万円を貸した。しかし、弁済がないまま8年が過ぎ、Aの生活が苦しくなった。見かねた隣人のXが、Aの承諾を得ないまま、自分が原告となって「Yは、Aに対し、1000万円を支払え」との判決を求める訴えを提起した。この訴えは適法か。 |
考え方 仮に訴えが適法であるとしよう。Xが十分な証拠を提出することができないため、請求棄却判決が確定し、AのYに対する1000万円の債権は存在しないとの判断に既判力が生じた場合に、この既判力がAにも及ぶか否かが問題となる。
A又はYにそのような不利益を及ぼしてまでこの訴訟をすることにより守る必要のある利益がXにあるわけでもない。したがって、Xは、この訴訟の正当な当事者となることができず、訴えは不適法として却下されるべきである。 |
Xは、宗教法人A寺の代表役員であったが、退職願いを出した。Yが後任の代表役員に任命され、その登記がなされた。その後に、Xが退職願いの提出は無効であると主張して、Yを被告として、「Xが宗教法人A寺の代表役員の地位にあることを確認する」との判決を求める訴えを提起した。(銀閣寺事件[百選*1998a]50事件を簡略化した) |
Yを被告とするのが適当か。A寺を被告とする必要はないか。 |
用語法 「訴訟追行権」と「訴訟追行の権限」 |
「訴訟追行権」の語は、当事者適格と同義で用いられるほかに、これとは別の意味で使われることがある。権利帰属主体が他者に「訴訟追行権を授与する」という文脈における「訴訟追行権」がそうである[22]。この文脈における「訴訟追行権」は、訴訟物たる権利・義務を管理する権能の一部たる「訴訟追行の権限」であり、付与されると115条1項2号による既判力の拡張が正当化される権限である。 「訴訟追行権」は、本来、「当事者適格」と同義で使われており、これは当事者の意思によって他人に授与されるものではないから[19]、「訴訟追行権を授与する」という用語法は不適切であるとの見解が有力である。 この講義では、「訴訟追行権」の多義性は承認しつつも、本来の意味での「訴訟追行権」と「訴訟追行の権限」の語を使い分けることにし、「訴訟追行の権限の授与」の簡約表現としては、「訴訟追行権の授与」ではなく、「訴訟追行の授権」を用いることにする[17]。 |
同一事故により損害を受けたX1からX20は、加害者のYに対して損害賠償の訴えを提起することにしたが、訴訟関係の単純化のために、X1を当事者に選定し、X1が自己ならびに他の者の損害賠償請求の訴えを提起することにした。
X21は、X1からX20と同様な被害者であるが、自ら原告になって訴訟を追行していた。しかし、訴訟追行の負担を減らすために、X21も自分の損害賠償請求権の訴訟追行をX1に任せることにし、X1を当事者に選定した。これにより、X21は、当然に訴訟から脱退する(30条2項)。 X22は、損害賠償の訴えの提起をためらっていて、まだ訴えを提起していなかった。しかし、X1の訴訟追行を見ていて勝訴の見込みがありそうなので、自分の損害賠償請求権の訴訟追行をX1に任せることにし、X1を選定当事者(原告)に選定した(30条3項)。X1は、X22のための請求を追加した(144条1項)。 |
最(大)昭和45年11月11日判決・前掲 |
XらはY県知事の発注にかかる水害復旧工事の請負を共同で営むことを目的として、M企業体(民法上の組合)を構成した。規約上、Xは建設工事の施工に関し企業体を代表して発注者等と折衝する権限ならびに自己の名義で請負代金の請求、受領および企業体所属財産を管理する権限を有するものと定められていた。M企業体はY県と請負工事契約を締結し、工事にかかったが、途中でYは工事中止を命じ、残工事を他の業者に発注するに至った。これによりMに生じた損害の賠償をXがMを代表して訴求した。 |
最高裁は、次の理由により、Xの当事者適格を肯定した。 (一般論)任意的訴訟信託は、民訴法が訴訟代理人を原則として弁護士に限り、また信託法11条が訴訟行為をなさしめることを主たる目的とする信託を禁止している趣旨に照らし、一般に無制限にこれを許容することはできないが、当該訴訟信託がこのような制限を回避・潜脱するおそれがなく、かつ、これを認める合理的必要がある場合には、許容するに妨げない。 (民法上の組合の場合)組合規約に基づいて業務執行組合員に自己の名で組合財産を管理し、組合財産に関する訴訟を追行する権限が授与されている場合には、単に訴訟追行権のみが授与されたものではなく、実体法上の管理権・対外的業務執行権と共に訴訟追行権が授与されているのであるから、右の一般原則に照らして、この任意的訴訟信託は許される。 |