目次文献略語

民事訴訟法講義

訴訟要件 2


関西大学法学部教授
栗田 隆

6 当事者適格


初めの1歩[13]
問題  65歳のAが親類のYに1000万円を貸した。しかし、弁済がないまま8年が過ぎ、Aの生活が苦しくなった。見かねた隣人のXが、Aの承諾を得ないまま、自分が原告となって「Yは、Aに対し、1000万円を支払え」との判決を求める訴えを提起した。この訴えは適法か。
考え方  仮に訴えが適法であるとしよう。Xが十分な証拠を提出することができないため、請求棄却判決が確定し、AのYに対する1000万円の債権は存在しないとの判断に既判力が生じた場合に、この既判力がAにも及ぶか否かが問題となる。
  • Aにも及ぶとすると、Aは、自分の権利を自分が当事者として関与しない訴訟により失うことになる。
  • Aには及ばないとすると、この訴訟でYが勝訴した場合に、Yは、Aから訴えられたとき、前訴判決の既判力を援用することができないことになり、二重の応訴の負担を負う。

A又はYにそのような不利益を及ぼしてまでこの訴訟をすることにより守る必要のある利益がXにあるわけでもない。したがって、Xは、この訴訟の正当な当事者となることができず、訴えは不適法として却下されるべきである。

当事者適格に関する 文献  判例

6.1 意 義

当事者適格とは、特定の請求について当事者として訴訟を追行し、本案判決を求めることができる資格をいう。この資格を有するか否かは、次の2つの視点から判定される[15]。
最終的には上記の2つの視点から総合的に判断されることではあるが(冒頭の設例参照)、両判定基準は、通常は、一方が充足されれば他方も充足される関係にあり、いずれか一方の判定基準が充足されれば、当事者適格が肯定されるのが通常である。

「当事者適格を有する者」を「訴訟追行権を有する者」あるいは「正当な当事者」ともいう。これらは、同義の言葉として使われている[25]。当事者適格を欠く者の訴えは、有効な紛争解決をもたらさず、また勝訴判決を与える必要もないので、却下される。

当事者適格には、次の2つの作用が指摘されている。

6.2 一般的基準

当事者適格の一般的基準は、次のようなものである([中野=松浦=鈴木*1998a]131頁(福永))[2][3]。例外については、後述する。
訴訟類型ごとにみると、次のようになる。
)確認訴訟では、確認の利益と一体的に判断されることになる。特定の権利関係について特定の者を相手方にして確認判決(請求認容判決)を得ることによって保護されるべき法的利益が帰属すると主張する者が正当な原告であり、その相手方が正当な被告である(前記の抽象的基準に付加すべき事項は特にない)。 例:
)給付訴訟では、自分の請求権を主張する者(原告)と、その者によって義務者と主張された者(被告)が正当な当事者である。原告の主張に従って判断される点に注意が必要である([中野*1994a]102頁以下参照)。 例:
もっとも、現行法上到底是認できない請求権(最高裁の確定判例により到底是認できないと考えられるようになった請求権を含む)を主張して、一定の給付を請求する訴えについて、訴えの客観的利益が否定されるように、現行法上許容される請求権であるが、原告が請求権者になること又は被告が義務者になることが現行法上到底是認できないような場合については、当事者適格(原告適格又は被告適格)を否定し、訴えを却下すべきであるとする見解も有力であり、これを支持すべきである([堤*2011a]241頁は、そのような例として、私人を被告とする国家賠償請求の訴えを挙げる)。

)形成訴訟では、原告・被告となる者はおおむね法定されており、その者のみが当事者適格を有する。
 ただし、次の場合には、その形成判決によって保護される原告の利益の有無・内容ならびに判決効が拡張される第三者の利害等を考慮して、正当な当事者を判定しなければならない([中野=松浦=鈴木*1998a]133頁(福永))。

6.3 固有必要的共同訴訟の場合

一定の利害関係をめぐる紛争については、利害関係人全員につき一挙一律に解決する必要から、その全員が共同で訴え、または訴えられねばならない場合がある。この場合には、その全員が一緒になって初めて訴訟追行権を有し、各自単独では訴訟追行権を有しない。例えば、第三者の提起する婚姻取消訴訟、無効確認訴訟においては、婚姻当事者が共に生存している限り、両者が共同被告にならなければならない(人訴12条2項)。その他については、共同訴訟の項で述べる。

6.4 団体の内部紛争の場合

初めの一歩
Xは、宗教法人A寺の代表役員であったが、退職願いを出した。Yが後任の代表役員に任命され、その登記がなされた。その後に、Xが退職願いの提出は無効であると主張して、Yを被告として、「Xが宗教法人A寺の代表役員の地位にあることを確認する」との判決を求める訴えを提起した。(銀閣寺事件[百選*1998a]50事件を簡略化した)
Yを被告とするのが適当か。A寺を被告とする必要はないか。

団体の構成員によって団体の代表者の地位が争われた場合に誰を被告にすべきかの問題を考えるあたっては、請求を認容する判決に対世的効力があることを前提にして、その判決により影響を受ける者の手続上の利益をどのように保護するかを考慮しなければならない。次のような見解がある。
  1. 団体説  当該団体を当事者とすべきであり、かつそれで足り、利害関係を有する第三者の利益は補助参加等を認めることにより図ればよいとする見解。これが判例、多数説である[1]。
  2. 利害対立者説(代表者原則説)  団体の決議の効力が争われている場合について、当該決議の効力について原告と正反対の利害関係をもつ者とする説。例えば、取締役等選任決議の効力が争われる場合には、その決議によって選任された取締役と代表取締役となる(固有必要的共同訴訟)。その他の決議については、代表者が被告となる[24]。
  3. 団体+代表者説  団体のほかに代表者も被告となりうるとする説。

判例は、団体説である。その根拠を最判昭和44.7.10民集23-8-1423[8]は次のように説明する。
上記のことは、次のような団体の意思決定の効力を争う訴訟にも妥当する。
もっとも、会社法854条の役員解任の訴えは、会社と取締役との間の会社法上の法律関係の解消を目的とする形成の訴えであるから、当該法律関係の当事者である会社と役員の双方を被告とすべき固有必要的共同訴訟である(同法855条)。最高裁判所平成10年3月27日第2小法廷判決(平成8年(オ)第1681号)(商法257条3項所定の取締役解任の訴えに関する先例である)。実質的理由として、次のことが挙げられている:この訴えにおいて争われる内容は、『取締役ノ職務遂行ニ関シ不正ノ行為又ハ法令若ハ定款ニ違反スル重大ナル事実』があったか否かであるから、取締役に対する手続保障の観点から、会社とともに、当該取締役にも当事者適格を認めるのが相当である。

6.5 第三者の訴訟追行

利益帰属主体以外の者が当事者となる場合がある。これには、次の2つの類型がある。

6.6 民衆訴訟

民衆訴訟は、国又は公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求めて、原告が自己の法律上の利益にかかわらない資格(例えば選挙人たる資格)で提起する訴訟を言う(行訴5条)。原告が訴訟物たる権利関係について本案判決による確定について実質的利害関係を有する必要がない点が、通常の訴訟と異なる重要な特徴である。

7 法定訴訟担当


意義
これは、利益帰属主体(本人)の意思に基づかずに、法律の規定によって、第三者が訴訟追行権を有し、利益帰属主体の訴訟追行権が排除される場合を指す。訴訟追行の結果が本人に及ぶのが原則であるが、判決(特に敗訴判決)の効力を本人に拡張することの正当性の根拠・度合いは、各類型で異なり、それに応じて、及ぼす範囲も異なる。

7.1 法定訴訟担当の類型

職務上の当事者
法律上ある職務にある者が、その職務にあることに基づき、本来は自己と関係のない訴訟について当事者適格を認められている場合。
包括的管理権者(これも職務上の当事者の一種であるが、その重要性に鑑み、独立の類型としてあげた)
他人の一定範囲の財産につき包括的管理処分権を与えられた財産管理人ないし代理人は、その財産について訴訟担当者となる。
判決効の拡張の根拠は、(α)破産管財人について言えば、破産管財人に包括的な管理処分権を認める必要があることである。さらに、破産管財人は破産債権者に有利になるように破産財団所属財産を管理・処分するが、その管理処分は破産者の利益にもなるのが通常であると期待できる。また、破産管財人が勝訴の見込みが薄いと判断する場合には、彼はその財産を破産財団から放棄して破産者の管理処分に委ねることができ、これによって破産管財人が敗訴判決を受けること自体を回避することができる。もっとも、後述のように破産管財人が独自の抗弁により勝訴した場合に、その判決効を利益帰属主体と相手方との間に単純に拡張するわけには行かない。(β) 遺言執行者については、相続人等は遺言執行者によって管理される財産を相続したのであり、敗訴の場合にその判決の効力を受けることは相続の内容になっていると考えることができる。

なお、相続財産管理人(民法895条2項・918条3項)については争いがあるが、判例によれば相続人の法定代理人である。また、金融再生法による金融整理管財人は,被管理金融機関を代表し,業務の執行並びに財産の管理及び処分を行うのであり(金融再生法11条1項),被管理金融機関がその財産等に対する管理処分権を失い,金融整理管財人が被管理金融機関に代わりこれを取得するものではない(最高裁判所 平成15年6月12日 第1小法廷 判決(平成14年(受)第853号))。

自己のための訴訟担当(担当者自身のための訴訟担当)
第三者の権利の実現ないし保全のために、利益帰属主体のもつ管理処分権が法律により第三者に与えられ、その第三者が訴訟追行権を有することがある。
  1. 権利帰属主体に権利行使の機会を与えることが要件となっているもの
    • 役員責任追及訴訟の代表株主(会社法847条−853条/商旧267条−268条の3)   会社の権利行使の機会付与は、会社法847条1項・3項で規定されている。
  2. 権利帰属主体に権利行使の機会を与えることが要件となっていないもの(これについては、訴訟担当説と固有適格説との対立があるが、現在のところ訴訟担当説が判例・多数説である)。
    • 債権差押命令を得た差押債権者(民執155条1項・157条)
    • 債権質権者の取立訴訟(民法367条
    • 債権者代位権に基づき債務者の権利を代位行使する債権者(民法423条

その他
複数の受託者がいる場合の信託財産に関する訴訟は、受託者全員が共同訴訟人になる必要のある固有必要的共同訴訟であるが、職務分掌の定めがある場合には、ある受託者が分掌する職務に関する訴訟については、訴訟手続を単純にするために、その受託者のみが当事者とするのが適当である。この場合でも、判決の効力を他の共同受託者に及ぼす必要があるので、当該受託者は他の受託者のために原告または被告となる(信託法79条)。訴訟手続の単純化のための法定訴訟担当と言ってよい。

信託監督人は、受益者のために受益者に属する一定範囲の権利を自己の名において裁判上行使することができるが(信託法132条)、信託監督人を指定する者は信託行為をなす者である(同法131条)。権利帰属主体(受託者)以外の者により訴訟担当者が選任(指定)されるのであるから、法定訴訟担当に分類してよいであろう。

7.2 判決効の拡張等の若干の問題

自己のための訴訟担当の場合
判決効の拡張の根拠は、権利帰属主体に権利行使の機会を与えることが要件となっているか否かで異なる。要件となっている場合(前記7.1(3)のa)には、権利行使の催告にかかわらず権利を行使しなかったことにより本人(会社)は自己に不利な判決効も引き受けたと評価できる。また、会社に訴訟告知がなされ、参加の機会が与えられていることにも注意(会社法849条1項・4項/商旧268条2項・3項)。要件となっていない場合(前記b)には、そのような正当化の根拠があまり当てはまらない。第三者には、彼の利益になる範囲での訴訟追行しか期待できない。その訴訟追行から生ずる不利な結果を本人に無条件に及ぼすと、本人の利益が害される虞がある。それにもかかわらず判例・多数説が判決効の拡張を認めている。その実質的根拠は、拡張を認めなければ、相手方は訴訟担当者との訴訟に勝訴しても本人からの訴訟に再度応じなければならず、その不利益を相手方に課すのは公平でないという点にある。それだけでは正当化の根拠として不十分であるとの立場から、次に述べる固有適格説が主張される。

固有適格説
この見解は、次の理由により、債権者代位訴訟など上記の場合は訴訟担当ではなく、判決の効力は利益帰属主体に及ばないと説く。
なお、固有適格説の中にも、勝訴判決の効力は利益帰属主体に及ぼしてよいとの見解もあり、また、訴訟担当説のなかにも、敗訴判決の効力を利益帰属主体に及ぼすべきでないとする見解(片面的拡張説)もある。また、判決効の拡張を正当化するために、利益帰属主体への訴訟告知等を要求する見解もある。

平成29年民法改正後の債権者代位訴訟
同改正により、債権者は、遅滞なく債務者に対して訴訟告知(民訴法53条1項)をすることが義務づけられた(民法423条の6)。訴訟告知は、「その理由及び訴訟の程度を記載した書面を提出」してなされるので、その書面の提出・不提出にどのような効果を結びつけるかが問題となる。次のように考えるべきであろう:訴訟告知は、債権者の当事者適格を基礎付ける要素の一つである;債権者が訴訟告知の書面を裁判所に遅滞なく提出しない場合には、裁判所は訴えを却下することができる(もっとも、却下の前に提出の催告をすべきである);訴訟告知がなされないまま判決が確定した場合に、その判決の効力は債務者には及ばない;訴訟告知がなされない場合には、相手方は、債権者に対して勝訴しても再度債務者からの訴えに応訴しなければならないという危険を負うので、訴訟告知がなされるまで応訴を拒絶する権利を有し、また、裁判所は被告への訴状送達後も原告から訴訟告知書面が提出されない場合には、その書面が提出されるまで、訴訟手続を進行させるべきでない(職権調査事項である)。

発展問題  平成29年改正により、債権者代位権が行使された後でも、債務者は被代位権利について「自ら取立てその他の処分をすることを妨げられない」ことが明規された(民法423条の5)。しかし、責任財産の減少につながる処分まで許容すべきではなかろう。もっとも、ここから更に議論を具体的に進めるとなると、債権者取消制度で考慮されている取引の安全との調整が必要となり、議論はかなり複雑になり、「責任財産の減少につながる処分まで許容すべきではない」と主張すること自体にどの程度の意味があるのかも問題になる。次の場合をどのように処理すべきかが検討に値しよう(以下では、被代位権利が金銭債権であるものとする)。債権者代位訴訟の提起後に債務者が被代位債権を他に譲渡した場合に、債権者の第三債務者に対する取立請求は棄却されることになるが、その代金又は代金債権が債務者の責任財産になるのであるから、譲渡代金額が適正である限り、債務者の責任財産は全体として減少しないと考えてよい。他方、例えば無償譲渡であれば、債務者の責任財産が減少する。そして、その減少を回復させるために債権者は詐害行為取消権を行使すべきであるとすると、債権者は債権の譲受人(受益者)を被告にして取消訴訟を提起する必要がある。受益者に価額償還されるよりも財産を返還させる方がよい場合を想定すると、債権者は詐害行為取消請求認容判決の確定後にあらためて第三債務者に対して代位訴訟を提起することになる。その後に債務者が再び被代位債権を他の者に無償譲渡すると、同じ事が際限なく繰返しされる。そのような極端なことはめったに生ずるものではなく、たとえ生じたとしても、債権者代位権の機能はその程度のものと割り切り、債権者は債務名義を得て債権執行を申し立てるべきであると考えるか否か、それが問題になる。

独自の主張の提出の可否
法定訴訟担当の中には、担当者が独自の主張(特に抗弁)を出すことができる類型のものと、そうでないものとがある。
当事者となりうる者の競合
法定訴訟担当者が訴訟を追行している間は、利益帰属主体は訴訟物たる権利関係について当事者となり得ないのが原則である(実体法上も管理処分権を有しないことが多く、当事者適格を有しない)。しかし、特定不動産を特定の相続人に相続をさせる旨の遺言がなされ、当該不動産の登記名義が被相続人以外の者にある場合に、最高裁判所 平成11年12月16日 第1小法廷 判決(平成10年(オ)第1499号ほか)は、遺言執行者も相続人も当事者となりうることを認めた。もちろん、いずれが訴訟追行をしても、その結果である判決の効力は他方に及ぶべきであり、また、重複訴訟は禁止されるべきである(142条)。相続人が自ら当該不動産について登記訴訟を提起した場合には、遺言執行者に当事者適格を認める必要はない。他方、遺言執行者が登記訴訟を提起した後で、相続人が自ら訴訟追行を望む場合には、相続人に訴訟を追行させるべきである。彼が、利益帰属主体として、その訴訟の結果に より多くの利害関係を有するからである。この場合には、相続人は、訴訟承継の形式で遺言執行者が提起している訴訟に参加することができ(49条の類推適用)、参加が有効になされた時点で遺言執行者は当事者適格を失うとしてよい(遺言執行者が脱退することが多いであろう)。

7.3 団体訴訟

(未執筆)

文献:[長谷部*2001a]=長谷部由起子「多数当事者紛争における当事者適格」『リーガル・エイド研究(第7号)』(財団法人法律扶助協会、2001年3月30日)1頁-15頁

8 任意的訴訟担当


文 献
用語法 「訴訟追行権」と「訴訟追行の権限」
「訴訟追行権」の語は、当事者適格と同義で用いられるほかに、これとは別の意味で使われることがある。権利帰属主体が他者に「訴訟追行権を授与する」という文脈における「訴訟追行権」がそうである[22]。この文脈における「訴訟追行権」は、訴訟物たる権利・義務を管理する権能の一部たる「訴訟追行の権限」であり、付与されると115条1項2号による既判力の拡張が正当化される権限である。

「訴訟追行権」は、本来、「当事者適格」と同義で使われており、これは当事者の意思によって他人に授与されるものではないから[19]、「訴訟追行権を授与する」という用語法は不適切であるとの見解が有力である。

この講義では、「訴訟追行権」の多義性は承認しつつも、本来の意味での「訴訟追行権」と「訴訟追行の権限」の語を使い分けることにし、「訴訟追行の権限の授与」の簡約表現としては、「訴訟追行権の授与」ではなく、「訴訟追行の授権」を用いることにする[17]。

8.1 意義と問題点

利益帰属主体の意思に基づき彼が指定した者に当事者として訴訟追行することが授権され、その訴訟追行の結果が利益帰属主体に及ぶ場合を任意的訴訟担当という[4]。機能的には任意代理と大差がない。これを広く許容すると、暴力団員等が法的紛争に介入して不当な利益を貪ることを禁止しようとした弁護士代理の原則(54条)ならびに訴訟信託の禁止(信託法11条)の趣旨が損なわれる。任意的訴訟担当には、さらに、次のような問題点が含まれている。
このような問題があるから制限すべきであるとする議論[12]と、社会の必要に応ずるべきであるとする議論とが時の流れの中で勢力の強さを交代させながら現れる[9]。いずれにせよ、任意的訴訟担当は、一定の要件の下でのみ許される。

任意的訴訟担当の理論は、利益帰属主体と特別な実体的関係にある者に提訴権(原告適格)を認める実体規定が欠如している場合に、その不備の是正手段としても用いられる。例えば、業務執行組合員が組合員全員のために訴訟をする場合や、債権の譲渡人が譲受人のために取立訴訟をする場合がそうである。ここでは、提訴権の拡充を正当化するだけの関係が存在するか否かが重要である。

本人の不利益引受の意思
被告の側の訴訟担当も許されるが、この場合には、敗訴の場合に本人が受ける不利益を考慮して、訴訟追行の授権がなされているか否かを慎重に認定しなければならない。本人の義務の履行に関する訴訟について他人が被告として訴訟担当するためには、本人がその者に実体法上の義務設定権限を与えていることが必要であるとする見解も有力である([福永*1962a]354頁以下)。もっとも、このことは原告についても当てはまる。訴訟担当者が本人の権利を訴えにより主張している場合に、原告が敗訴すると、本人の権利は訴訟担当者により放棄されたのと同じ結果になるので、前記の見解によれば、本人がその者に権利放棄権限を与えていることが必要となろう。

次のように要約してよいであろう:訴訟追行の授権が認定されるためには、本人が、担当者敗訴の場合に自己に生ずる不利益(義務の存在の確定や、権利の不存在の確定)を引き受ける意思をもって、訴訟追行の授権をしていることが必要である。

8.2 任意的訴訟担当の要件1 ── 許容規定がある場合、

訴訟担当を許容する明文の規定がある場合には、所定の要件が充足されることが必要である。
 ()選定当事者(30条)   選定当事者の要件である「共同の利益」は、主要な争点が共通していれば足りる(最判昭和33.4.17・民集12-6-873[百選*1998a]44事件−複数の債権者のために連帯保証をした者に対して、債権者たちがそのうちの一人を当事者に選定して提訴してもらった事案)。必要的共同訴訟や通常共同訴訟のうちの38条前段の場合はもちろん、38条後段の場合でも、主要な争点が共通する限り「共同の利益」を肯定してよい([百選*1998a]91頁(日々野))。

同一事故により損害を受けたX1からX20は、加害者のYに対して損害賠償の訴えを提起することにしたが、訴訟関係の単純化のために、X1を当事者に選定し、X1が自己ならびに他の者の損害賠償請求の訴えを提起することにした。
  • X1  被選定者あるいは選定当事者(30条4項)
  • X2からX20  選定者

X21は、X1からX20と同様な被害者であるが、自ら原告になって訴訟を追行していた。しかし、訴訟追行の負担を減らすために、X21も自分の損害賠償請求権の訴訟追行をX1に任せることにし、X1を当事者に選定した。これにより、X21は、当然に訴訟から脱退する(30条2項)。

X22は、損害賠償の訴えの提起をためらっていて、まだ訴えを提起していなかった。しかし、X1の訴訟追行を見ていて勝訴の見込みがありそうなので、自分の損害賠償請求権の訴訟追行をX1に任せることにし、X1を選定当事者(原告)に選定した(30条3項)。X1は、X22のための請求を追加した(144条1項)。


 ()建物の区分所有等に関する法律第25条に定める管理者(同法26条4項)  管理者は、裁判外では区分所有者の代理人である(同法26条2項)。

 ()債権の管理回収業務の委託を受けた債権回収会社(債権回収業法11条1項)[29]。  弁護士強制の原則がとられていることに注意(11条2項)。なお、債権回収業者に回収委託された債権の取立訴訟において、被告は相殺の抗弁を提出することができるが、自働債権の支払請求の反訴を提起することができなくなることに注意(他の場合以上に強く現れる不利益となろう)。

 ()海難救助に関する訴訟における船長(商法811条2項)  船長は、海難救助料の支払に関して裁判上および裁判外の行為について救助料債務者の代理人になることができるのみならず、自ら原告または被告となることができる。海難救助料の債務者を訴訟開始時に特定できない場合があることを考慮すると、船長が当事者となることができることは重要である。

 ()手形の取立委任裏書による取立人(手形法18条1項)  これについては、訴訟担当と理解する立場と、法令による訴訟代理人と理解する立場([中野*1994a]130頁注50)とが対立している。しかし、取立委任裏書は、所持人にとって身近でない支払地に於ける手形呈示と任意弁済金の受領の不便を避けるための制度にすぎないと見るべきである。手形所持人が、取立訴訟に敗訴した場合に生ずる不利益(権利不存在が確定される不利益)を引き受ける意思で取立権限を被裏書人に授与したと考えるのは適当でないから、訴訟追行の代理権も訴訟担当資格も否定すべきである[6]。

8.3 任意的訴訟担当の要件2−−許容規定がない場合

法律に明文の規定のない場合には、次のような一般的要件の下で許される。
担当者が敗訴した場合には、被担当者は係争権利を喪失する結果となるので、被担当者からの授権はそうした結果を承認する意思を含めた個別的授権が必要であり、単なる権利行使の授権(例えば、取立授権)では不十分である。授権は、紛争発生後の授権でも、発生前からの授権でも、あるいは団体の定款等に見られる包括的な授権でもよい。一つの意思表示のなかで、実体法上の権利の行使の授権と共に、その権利について訴訟が必要になった場合の訴訟追行が授権されることが典型例である。しかし、別個に授与されることもある。授権は、明示的であることが望ましいが、担当者と被担当者との間の実体的法律関係の中に黙示的な授権を認めることも許される([堀野*1999a]2号282頁以下参照)。

任意的訴訟担当が許される場合として、次の場合がある[31]。
  1. 民法上の組合の財産関係訴訟について、業務執行組合員や清算人 (最(大)昭和45年11月11日判決・民集24巻12号1854頁)
  2. 権利能力のない社団・財団における代表者・管理人(入会団体について、最高裁平成6年5月31日判決・民集48巻4号1065頁
  3. 外国国家が円建てソブリン債券を発行するに際して、日本の銀行との間で債券管理委託契約を締結し、同契約中に≪債券の管理会社は,本件債権者のために本件債券に基づく弁済を受け,又は債権の実現を保全するために必要な一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限及び義務を有するものとする≫等の授権条項が含まれ、これが目論見書や「債券の要綱」に記載されていた場合に、債券管理会社が債券保有者のために債券償還等請求訴訟を提起するとき(最高裁判所 平成28年6月2日 第1小法廷 判決(平成26年(受)第949号))
  4. 債権質権の設定者が質権者の委託を受けて取立訴訟をする場合(札幌地方裁判所 平成16年12月21日 民事第1部 中間判決(平成16年(ワ)第1610号))
  5. 債権譲渡について第三者に対する対抗要件を得ているが債務者に対する対抗要件を得ていない債権譲受人に代わって、債権譲渡人が訴訟をする場合(動産・債権譲渡特例法4条1項参照)。
  6. 不動産の買主に対して第三者が所有権を主張して返還を求める場合に、売主が買主の授権を得て買主のために訴訟を追行する場合(売主は、買主からの追奪担保請求(民法565条/旧561条)を免れる点に利益を有する)。

最(大)昭和45年11月11日判決・前掲
XらはY県知事の発注にかかる水害復旧工事の請負を共同で営むことを目的として、M企業体(民法上の組合)を構成した。規約上、Xは建設工事の施工に関し企業体を代表して発注者等と折衝する権限ならびに自己の名義で請負代金の請求、受領および企業体所属財産を管理する権限を有するものと定められていた。M企業体はY県と請負工事契約を締結し、工事にかかったが、途中でYは工事中止を命じ、残工事を他の業者に発注するに至った。これによりMに生じた損害の賠償をXがMを代表して訴求した。
最高裁は、次の理由により、Xの当事者適格を肯定した。

(一般論)任意的訴訟信託は、民訴法が訴訟代理人を原則として弁護士に限り、また信託法11条が訴訟行為をなさしめることを主たる目的とする信託を禁止している趣旨に照らし、一般に無制限にこれを許容することはできないが、当該訴訟信託がこのような制限を回避・潜脱するおそれがなく、かつ、これを認める合理的必要がある場合には、許容するに妨げない。

(民法上の組合の場合)組合規約に基づいて業務執行組合員に自己の名で組合財産を管理し、組合財産に関する訴訟を追行する権限が授与されている場合には、単に訴訟追行権のみが授与されたものではなく、実体法上の管理権・対外的業務執行権と共に訴訟追行権が授与されているのであるから、右の一般原則に照らして、この任意的訴訟信託は許される。

次の場合については、争いがある。
  1. 労働組合が組合員の労働者としての権利につき訴訟担当者になりうるか。

8.4 効果

適法な任意的訴訟担当がどのように扱われるかを、選定当事者について見てみよう。

)選定(30条
)訴訟追行  選定当事者は、機能的には任意代理人に類似する。そして、民事訴訟法では法定代理に関する規定が代理の基本規定となっているので(59条参照)、法定代理人に関する規定のいくつかが選定当事者に準用されている。
)判決効の拡張  選定当事者が追行した訴訟において下された判決の効力は、選定者の有利にも不利にも及ぶ(115条1項2号、民執23条1項2号)。判決効拡張の正当化の根拠は、選定行為(被担当者から担当者への授権)である[11]。逆に、Aが先行する訴訟において当事者として受けた判決の既判力は、その後にAにより選定当事者に選定されたXが追行する訴訟において、Xに及ぶ(これは、115条1項2号の裏の意味ということができる)。

8.5 信 託

財産を有する者(委託者)がその財産の管理の目的のために特定の者(受託者)に譲渡して、その者がその目的(財産管理)の達成のために必要な行為をすべき旨の契約は、信託契約の一種であり(信託法3条1号)、その信託は、管理信託と呼ばれる。管理信託にあっては、財産は受託者に帰属し、受託者が財産管理の必要に応じて訴訟当事者になる。したがって、財産の帰属主体とは異なる者が訴訟当事者となるわけではないので、受託者は訴訟担当者ではない。しかし、受託者は、委託者の財産の管理のために訴訟当事者になるのであるから、機能上は、任意的訴訟担当に近い。 信託法は、「訴訟行為をさせることを主たる目的」とする信託(訴訟信託)を禁止している(10条)

集団的権利処理を可能にするための管理信託の強制
著作権法では、多数の権利者(実演家)の権利行使を可能にするために、文化庁長官が指定する団体を通じてのみ権利行使ができるとされている権利がある(著作権法95条5項。対象となるのは、著作隣接権の一部である二次使用料請求権)。この場合には、裁判外の権利行使も裁判上の請求もこの団体が行う(同条8項)。著作隣接権者は権利行使を委託しない自由を有するが(同条7項参照)、権利行使をする場合には指定団体に権利行使をさせなければならない(同条5項)。この場合の権利者と指定団体と間の法律関係は、さまざまに構成することができようが、裁判上の権利行使のみならず裁判外の権利行使も指定団体の名ですることを可能にする必要があるから、管理信託契約と構成するのがよいであろう。信託される財産は、著作隣接権自体であっても、二次使用料請求権であってもよいであろう。指定団体の当事者適格の根拠は、権利帰属主体であることにあるから、訴訟担当ではない。 ただし、もし仮に訴訟担当と構成できる場合があるとすれば、その訴訟担当は、権利者の意思に基づくのであるから、法律により強制された任意的訴訟担当ではあるが、法定訴訟担当ではないと構成すべきである。

目次文献略語
1998年10月4日 −2018年6月26日