目次文献略語

民事訴訟法講義

口頭弁論 2


関西大学法学部教授
栗田 隆

4 口頭弁論手続の進行(計画審理、口頭弁論の指揮など)


文 献

4.1 計画審理(147条の2・147条の3)

訴訟手続の計画的進行(147条の2)
平成の司法制度改革の中で、訴訟手続の迅速な進行が求められ、裁判の迅速化に関する法律(平成15年7月16日法律第107号)が制定された。その第2条において、「裁判の迅速化は、第一審の訴訟手続については二年以内のできるだけ短い期間内にこれを終局」させることにより行うものとされた。これを受けて、民訴法改正法(平成15年7月16日法律第108号)で、計画審理の章が新設され、147条の2で、「裁判所及び当事者は、適正かつ迅速な審理の実現のため、訴訟手続の計画的な進行を図らなければならない」と規定された。

審理の計画(147条の3
訴訟手続の計画的進行を図るために、裁判所は、複雑な事件について適正かつ迅速な審理を行うため必要があると認められるときは、当事者双方と協議をして、その結果を踏まえて審理の計画を定めなければならない(147条の3第1項)。当事者との合意の成立は必要ない。計画においては、次の事項を定める。
計画は、事態の推移に応じて柔軟に変更せざるをえないので、裁判所は、当事者双方と協議をし、その結果を踏まえて第一項の審理の計画を変更することができる(4項)。

審理の計画およびその変更は、口頭弁論調書の記載事項である(規67条2号)。

裁判長による補充(156条の2
審理計画が定められているときに、その計画に従った訴訟手続の進行上必要があると認めるときは、裁判長は、当事者の意見を聴いて、特定の事項についての攻撃又は防御の方法を提出すべき期間を定めることができる。

審理計画の効力
計画の効果をどのように規定するかについては、改正法の立案段階で意見が分かれた。計画に反する攻撃防御方法の提出に対する制裁を厳格にしすぎると、当事者は、計画策定の基礎となる協議に消極的となる。制裁が弱すぎると、せっかく計画を策定しても、実効性を欠くことになる。立案段階では、これらのことを考慮して審理計画の効力が検討された。改正法の下では、審理計画には次の効力が認められる。 附論:他の手続における類似の制度として、次のものがある。

4.2 口頭弁論の準備

口頭弁論を円滑・迅速に進めるために、弁論を準備することが必要である。現行法では、次の制度が用意されている。
  1. 当事者の資料収集のための制度  当事者照会(163条)。訴えの提起前における証拠収集の処分等(第1編第6章)の制度もこれに含めてよいであろう。
  2. 各回の口頭弁論期日に主張すべき事項を裁判官と相手方に予め知らせておく制度  準備書面(161条−162条)。  
  3. 争点及び証拠の整理手続(争点整理手続)  準備的口頭弁論(164条−167条)・弁論準備手続(168条−174条)・書面による準備手続(175条−178条)
  4. 手続の進行管理のための制度  進行協議期日(規則95条−98条)・第一回口頭弁論期日前の参考事項の聴取(規則61条)、審理の計画(147条の3

争点整理手続は、審理手続を争点整理(当事者の主張)の段階と人証を中心とした証拠調べの段階とに大きく2分しようとするものである。この手続において、裁判所と両当事者とが要証事実(証明が必要な事実)の確認を目標にして争点と証拠について交渉する。手続終了後は新たな攻撃防御方法の提出が制限される(代表例として167条参照)。

これに対して当事者照会や準備書面、進行協議期日には、そのような特徴がない。当事者照会は、争点整理手続を含めた訴訟手続全体で用いられる。準備書面は、各回の期日の準備(攻撃防御方法の予告)の制度であり、争点整理手続でも用いられる(170条1項・175条1項参照)。進行協議期日も、訴訟が争点整理の段階であるかにかかわらず用いられる。

準備書面と当事者照会の制度および争点整理手続については、後で詳しく説明することにしよう。

4.3 口頭弁論の一体性と口頭弁論期日の概略

口頭弁論ならびに証拠調べは、できれば一回の期日で完結することが望ましいが、現実には複数回の期日に分けて行われる。何回に分けて行われようとも、終結するまでに行われた口頭弁論の全体が一体として判決の基礎となる。これを口頭弁論の一体性という。
各回の口頭弁論期日の進行は、概ね次のようになる。

4.4 裁判長の訴訟指揮権(弁論指揮権)(148条

審理が整然と行われるように、口頭弁論は裁判長が指揮する。ここでいう口頭弁論は、証拠調べと判決の言渡しを含む最広義の口頭弁論である。120条により、いつでも取り消すことができる。

裁判長の命令に対する不服申立て
ここで、裁判長の命令に対する不服申立て方法を整理しておこう。それは、当該命令の内容により定まる。
不服申立てが許されないものもある。

4.5 釈明権・求問権(149条

釈明権149条1項・2項)
弁論主義の下では主張・立証の不備により本来は勝訴すべき者が敗訴する可能性があるが、それは適正な裁判の視点からは好ましくないので、その是正のために裁判長等に釈明権が認められている。釈明権は、事件の内容をなす事実関係や法律関係を明らかにするため、当事者に対し事実上・法律上の事項について質問を発し、立証をうながす権限である(裁判長等が当事者に釈明させる権利であり、釈明するのは当事者である。しかし、「当事者に釈明させる」という意味で「裁判長が釈明する」と言うこともある)。

釈明権の帰属主体については、次の見解がある。
  1. 合議体説  裁判長・陪席裁判官が合議を経ずに行使するが、当事者は裁判所に異議を申し立てることができるので(150条)、裁判所(合議体)の権限と位置づける見解。
  2. 裁判長説(構成員説)  法文通りに裁判長等に付与されており、当事者がそれに不満を持つ場合に、合議体に裁判させるのが適当であるので、当事者に合議体への異議申立権が認められていると見る見解。

合議体説が伝統的に有力な見解であるが、この講義では、裁判長説に従うこととする。いずれにせよ、釈明権は、口頭弁論期日において合議をしてから行使するのが適当な権限ではなく、裁判長等が臨機応変に行使すべき権限であることに留意すべきである。

釈明は、次の2つに分類することができる。
期日外釈明
釈明権は、期日外でも行使できる。裁判官(裁判長・陪席裁判官)が口頭弁論の準備のために期日外で記録を調査・検討している時に釈明が必要と考えた点については、期日を待つことなく、すみやかに釈明を求めることが審理の効率化にかなうからである。ただし、攻撃防御方法に重要な変更を生じ得る事項[15]について釈明権を行使したときは、手続の公正さを担保するために、その内容を相手方に通知し(149条4項。当事者公開)、裁判所書記官は、その内容を訴訟記録上明らかにしておかなければならない(規則63条2項)。期日外釈明は、裁判所書記官に命じて行わせることができる(規則63条1項)。例えば、公示送達で訴状・期日呼出状が送達された場合には、第一回口頭弁論期日に弁論を終結して請求認容判決を下すことが可能であるので、裁判長の命を受けた書記官が原告に立証の準備を促し、立証を要する事項、立証方法、証人の出頭の可能性を確認する([最高裁*1997b]26頁参照)。

釈明権不行使が違法となる基準
釈明してやれば当事者が容易に応じ判決の結論が変わることが明らかなような場合には、釈明義務がある。

行政事件訴訟では、その判決が公益に及ぼす影響が小さくないことを考慮して、職権証拠調べが規定されている(行訴法24条)。この規定の基礎にあるこの考えは、事実の主張責任についても妥当し、裁判所は公益との関連性が顕著な事件にあっては、適正な裁判の実現に必要な事実の主張を当事者に促すように積極的に釈明権を行使することを通常の場合に以上に要請されるとの見解もある(最高裁判所 平成22年1月20日 大法廷 判決(平成19年(行ツ)第260号)の裁判官田原睦夫の補足意見)。もし、この場合に釈明権の行使を怠れば、それが審理不尽の違法をもたらし、上告審による破棄理由になる。この論理の枠組自体は通常の場合と同じであるが、裁判所の釈明義務を強調するために(あるいは強めるために)行訴法24条の基礎にある考えが援用されていることに注意してよいであろう。

いくつかの事例をあげておこう。
求問権149条3項)
相手方の主張が不明瞭である場合に、それを明瞭にするための裁判長の発問を求める当事者の権利を求問権という。相手方の主張がすでに明瞭であると裁判長が判断すれば、発問はなされず、求問(発問申立て)は却下される。当事者から当事者への直接の発問では、不適切・不要な発問あるいは感情的な応答がなされる虞があるので、このように裁判長を介して発問する。求問権も期日外で行使でき、裁判長はこれに応じて相手方に期日外で釈明権を行使する(問いを発する)ことができる。

4.6 異議申立権150条

裁判所が合議体で構成されている場合に、弁論指揮権(148条)や釈明権(149条)を合議の上で行使していたのでは、審理は円滑に進まない。そこで、これらの権限は裁判長等が合議を経ずに行使し、当事者が異議に述べた場合に初めて合議に付すものとされている(150条)。裁判所が単独の裁判官で構成されている場合には、150条の異議申立の余地はないが、120条による取消しを促す申立て(職権の発動を求める申立て)は可能である。

証拠調べについては、裁判長のなす処置が個別に規定され、合議体に異議を申し立てることが許される場合については、個別に規定されている。これについては、次の2つの理解が可能であるが、この講義では、さしあたり第一の理解を採用することにする。
  1. 異議申立てを許す旨の規定がない場合には、異議申立ては許されず、150条による異議申立てもできない。したがって、証拠調べにおいて150条が適用されるのは、第4章「証拠」において規定されていない処置を裁判長が口頭弁論の指揮としてなす場合だけであり、適用範囲は広くない。
  2. 証拠調べについて個別に異議申立てが規定されている場合は、当該処分について裁量の余地が大きい場合であり、当事者はその処分の違法を言うことなく処分の変更を求めて異議申立てをすることができる。異議申立てが個別に規定されていない場合でも、裁判長の処分が違法性を帯びる場合には、150条の異議申し立てが許される。

4.7 釈明処分(151条

裁判所が口頭弁論における当事者の主張を聴いただけで事実関係をすぐに理解できるとは限らない。釈明権を行使するだけでは不十分で、裁判所がより積極的に行動することが必要な場合がある。そこで、裁判所は、訴訟関係を明瞭にするために、次の処分をすることができるものとされ、これは釈明処分と呼ばれる。
  1. 当事者本人又はその法定代理人に対し、口頭弁論の期日に出頭することを命ずること。裁判所は、出頭した当事者等を観察し、あるいは陳述させることができ、その陳述内容は弁論の一部となる。訴訟代理人の訴訟追行の仕方が不誠実な場合には、それを当事者に告げ、当事者の意思に基づくものであるかを確認し、これに応じて当事者がその訴訟代理人を解任することがあってもよい。
  2. 口頭弁論の期日において、当事者のため事務を処理し、又は補助する者で裁判所が相当と認めるものに陳述をさせること。例えば、会社が当事者となっている場合に訴訟で問題となっている取引を実際に担当した社員がこれに該当する。彼は、当事者ではないが、これに準ずる者として陳述するのであり、証人として陳述するわけではない。この陳述を当事者の主張の一部とするためには、当事者がその旨を陳述すること(援用)が必要である。
  3. 訴訟書類又は訴訟において引用した文書その他の物件で当事者の所持するものを提出させること。訴訟書類の内容又は訴訟における当事者の陳述内容を裁判所と相手方が理解するためには、引用された文書を閲読することが有用である。
  4. 当事者又は第三者の提出した文書その他の物件を裁判所に留め置くこと。
  5. 検証をし、又は鑑定を命ずること。期日外の検証(いわゆる現場検証。185条1項)もできる(151条2項)。
  6. 調査を嘱託すること。


こうした釈明処分は、口頭弁論の手続におけるのほか、争点整理手続でも行うことができる(170条6項による準用)[2]。

釈明処分により得られた資料は、争点整理に用いることができる。裁判所に提出された文書等は、これを基に当事者が自己の主張を撤回しあるいは相手方の主張に対する否認・不知の陳述を撤回することにより、争点を減少させることに役立つ。しかし、当事者間に争いのある事実の認定に用いることはできない。例えば、2号の規定により事務補助者に陳述させた場合には、その陳述を基に係争事実を認定するためには、当事者からの証拠申出に基づき、その者を宣誓させて尋問することが必要である。3号により当事者に提出させた文書を証拠として用いるためには、当事者からの書証の申出が必要である。検証・鑑定・調査の嘱託については、証拠調べに関する規定が準用されるが(151条2項)、釈明処分であるとの性格に変わりはない。

行政事件訴訟法23条の2は、次の趣旨の特則を定めている:裁判所は、行政庁に対して、処分又は裁決について資料又は事件記録の提出を求めること又は送付を嘱託することができる。

4.8 口頭弁論の併合等(152条

複数の請求についての審理・裁判を状況に応じて効率的に行うために、裁判所に、口頭弁論を併合・分離・制限する権限が与えられている(152条1項)。この権限は、訴訟指揮の権限の一種である。この決定は、裁判所の職権でなされ、当事者に申立権は与えられていないが、当事者は職権の発動を求める申立てをすることができる。裁判所は、弁論の併合等を命ずる決定をした後でも、審理の状況に応じて、その決定を取り消すことができる。なお、ここにいう「口頭弁論」は、最広義の口頭弁論の手続であり、要するに訴訟手続を意味する。

口頭弁論の併合
同一の官署としての裁判所において、別個の口頭弁論により複数の請求が審理されている場合に、それらの請求を同一の口頭弁論において審理する措置を口頭弁論の併合という。複数の請求が同一当事者間に存在する場合であるか、異なる当事者間に存在するかを問わない。

異なる官署としての裁判所に係属している事件については、同一の裁判所に係属するように移送してから、弁論の併合を行う。弁論の併合がなされるためには、請求併合の要件が充足されていること(特に、同種の訴訟手続により審理裁判できること(136条1項))が必要である。裁判所が一部の請求について独立裁判籍を有しない場合でも、裁判所が独立裁判籍を有する請求と併合される場合には7条の適用を認めてよい。

同一当事者間において口頭弁論が併合される場合に、併合後の口頭弁論を行う裁判機関と併合前のいずれかの口頭弁論の裁判機関との間で、その構成員たる裁判官の全部又は一部が異なる場合には、弁論の更新(249条2項)が必要となり、さらに、249条3項の要件が満たされる場合には、既に尋問した証人についても再度証人尋問を行わなければならない。必要な場合にこの更新手続を経た上で、併合前のいずれかの口頭弁論に現れた一切の資料が、併合して審理される複数の請求に共通の資料となる。当事者が併合前の口頭弁論の間で矛盾した主張をしていた場合には、裁判所はその矛盾について釈明をする。

併合される口頭弁論の当事者が同一でない場合には、全部の当事者が併合前の全部の口頭弁論に関与しているわけではないので、各当事者は、自己が関与していない口頭弁論において得られた資料が自己に関係する請求の裁判資料とされることについて、手続的な保障が与えられなければならない。通常共同訴訟の場合について述べると、(α)そこでは主張独立の原則がとられるので、主要事実の主張については格別の手続保障は必要ない。しかし、(β)証拠については共通原則が採用されているので、各当事者は、自己が関与していなかった口頭弁論においてどのような証拠が提出されたかを知る機会、及びその証拠について意見を述べる機会が与えられなければならない。事実認定の資料となる弁論の全趣旨(247条)についても同様である。各当事者は、訴訟記録を閲覧して、提出済の資料あるいは主張経過等を知り、意見を述べることができよう。(γ)証人尋問については、これだけでは手続保障として不十分であるので、証人尋問の行われた手続に関与していなかった当事者から申出があれば、その当事者のために、再度証人尋問が行われる(必要的再尋問。152条2項)。(δ)この規定は、249条3項と同様に当事者尋問には適用も類推適用もないと解されているが、裁判所が必要と認めれば再度当事者尋問を行うことができることは言うまでもない。(ε)なお、書証については、その申出した当事者は、書証の対象となる文書の写しと証拠説明書を受け取っていない当事者にそれらを送付すべきである。

口頭弁論の分離
複数の請求が同一の口頭弁論手続で審理されている場合に、そのうちの一部の請求を別個の口頭弁論手続で審理する措置を口頭弁論の分離という。複数の請求が同一手続で審理されるに至った原因には、請求の併合、訴えの追加的変更、反訴の提起、共同訴訟などがあるが、統一審判の必要があるときを除き、いずれの場合でも弁論の分離は許される。例

次の場合には統一審判の必要があるので、弁論の分離は許されない。
最高裁は次の場合にも弁論の分離は許されないとしている。
口頭弁論の制限
一つ又は複数の請求が同一の口頭弁論手続で審理されている場合に、攻撃防御方法の提出を特定の争点あるいは特定の請求に制限する措置を口頭弁論の制限という。例
なお、口頭弁論が特定の争点に制限されると、集中証拠調べは、その争点についてなす段階とその他の争点についてなす段階とに2分されることになるが、その場合でも、争点整理後に集中証拠調べを行うことに変わりはない。また、口頭弁論が特定の争点に制限され、審理の結果が終局判決に至らない場合には、当該争点の蒸し返しを防ぐために、審理結果が中間判決(245条)の形で示されることがよくある(中間判決にも自己拘束力がある)。

4.9 口頭弁論の再開(153条

4.10 通訳人の立会等(154条

法廷での陳述は、日本語により(裁判所法74条)口頭でなされることが必要である。そこで、次の者のために、通訳人を介して日本語により口頭で意思の交流を行う。

4.11 弁論能力を欠く者に対する措置(155条

弁論能力の意義
弁論能力とは、訴訟関係を明瞭にするのに必要な陳述をなす能力をいう。訴訟能力者には、原則として弁論能力が認められるが、次に該当する者は、弁論能力を欠くと判断されることがある。
弁論能力が欠ける者に対する措置
当事者(および補助参加人)・代理人・補佐人が弁論能力を欠く場合には、裁判所は次の措置をとることができる。

4.12 進行協議期日(規95条

進行協議期日は、審理を充実させることを目的として、裁判所と当事者双方が訴訟の進行に関し必要な事項について協議するために開かれる口頭弁論外の期日である。極めて柔軟な制度であり、次の点に特徴がある。
進行協議期日では、次のことをなしうる(規95条)。

5 攻撃防御方法の提出


文 献

5.1 攻撃防御と攻撃防御方法

攻撃(的申立て) 原告の判決申立て=請求の趣旨に示された判決の申立て
防御(的申立て) 被告の判決申立て=訴え却下・請求棄却の申立て(答弁書の記載事項である)
攻撃(的申立て)と防御(的申立て)
最初にすべき口頭弁論の期日では、原告が訴状に基づいて、どのような判決を求めるかを陳述する。原告のこの陳述(判決申立て)を攻撃ないし攻撃的申立てという。被告も、どのような判決を求めるかを陳述する。被告のこの陳述(判決申立て)を防御ないし防御的申立てという。被告の防御は、「相手方の請求・・に対する陳述」(161条1項2号)として、答弁書に記載される(規則80条)[17]。

攻撃方法と防御方法
各当事者が自己の攻撃(的申立て)または防御(的申立て)を根拠付けるために提出する一切の裁判資料ないしその提出行為を攻撃方法または防御方法という。攻撃方法は原告の提出する資料ないし資料提出行為であり、防御方法は被告の提出する資料ないし資料提出行為である(防御方法に関連する反訴を認める146条は、この用語法を前提にしている。254条1項1号も同様である。もっとも、この説明とうまく合わない規定として、規則53条3項がある[12])。

これには、次のものが含まれる(移送の申立てなど、本案とは直接関係のない各種の申立ては、原則として含まれない)。
  1. 法律上の主張および事実上の主張
    • 法律上の主張には、権利ないし法律関係の主張、法の解釈・適用に関する意見の陳述がある。
    • 事実上の主張は、事実についての主張である。これには、個々の事件における具体的事実、個々の事件に関係しない一般的事実(日の出・日没の時刻など)および経験法則が含まれる。主要事実も間接事実も補助事実も含まれる。
  2. 相手の主張に対する態度表明  これも、自己の固有の主張と共に、攻撃防御方法の一つとして扱われている。次の4つに区分される。
    • 承認(自白)  主要事実については、証拠調べが不要となる(179条)。
    • 沈黙  これは、原則として自白と扱われる(擬制自白。159条1項)。
    • 否認  相手方が証明すべき事実については、「否認する」あるいは「争う」と言えば、相手方がその事実を証明するために証拠を提出し、証拠調べが行われる。なお、言葉の使い分けの問題であるが、「否認」は事実について、「争う」は法律関係について用いられることが多い。もっとも、159条は「事実を争う」という表現を用いている。
    • 不知の陳述  これは、否認と推定される(159条2項)。
  3. 証拠の申出(180条)[6]
  4. その他
    • 相手方の攻撃防御方法に対する却下の申立て(157条)。
    • 相手方に対する質問(裁判所を通してする。149条3項)。

もっとも、各条文における攻撃防御方法の範囲は、条文ごとに微妙な差異がある。準備書面の記載事項としての攻撃防御方法(161条2項1号)からは、bが除かれる。bが独立の記載項目として挙げられているからである。他方157条では、bも攻撃防御方法の中に入る。
学生との対話
 T:先ほどあなたは、「被告の攻撃防御方法」と言われましたね。「被告の防御方法」はわかりますが、「被告の攻撃方法」とは何か、具体例を挙げて説明してくれますか。
 :例えば、所有権に基づく明渡請求に対して、被告が賃借権の抗弁を出す場合のように、被告が積極的に自分の権利を主張する場合などをいうのだと思います。
 :その場合には、被告は、賃借権確認の反訴を提起することができますね。別の例を挙げれば、1億円の金銭支払請求訴訟において被告が3億円の反対債権を主張し、対当額での相殺の抗弁を提出して請求棄却判決を求めるとともに、残額の2億円の支払請求の反訴を提起することができますね。
 :はい。
 :では、146条のどの文言によって被告はその反訴を提起できるのかを相殺の抗弁の場合について説明してください。
 :この反訴請求は、「本訴の目的である請求と関連する請求」には当たりませんが、「防御の方法と関連する請求」にあたります。
 :しかし、あなたは、先ほど、被告が積極的に自己の権利を主張する場合が「被告の攻撃方法」だと言いませんでしたか。146条では、「攻撃の方法と関連する請求」を目的とする場合に反訴を提起できるとは規定されていませんね。あなたの用語法と146条とを結びつけると、被告は、抗弁として主張した権利(攻撃方法)について反訴を提起することができなくなりますね。
 :はい。
 :そもそも、防御とは何なのですか。「防御とは被告の判決申立てであり、防御方法とは被告が自己の判決申立てを根拠づけるために提出する一切の資料ないし一切の資料提出行為である」といった説明は、あなたの使用している教科書に書かれていませんか。
 :今探していますが、見あたりません。
 :困りましたね。。。攻撃は原告の判決申立てであり、攻撃方法は原告が自己の判決申立てを根拠づけるために提出する一切の資料ないし一切の資料提出行為ですよ。言葉の定義により、被告が攻撃方法を提出することはありませんし、原告が防御方法を提出することもありません。
 :でも、民訴規則53条3項に「攻撃又は防御の方法を記載した訴状は、準備書面を兼ねるものとする」と規定されています。これって、原告が防御方法を提出することができることを前提にした規定ではないんですか。
 :説明しにくい規定ですね。。。(続きは、注12

5.2 攻撃防御方法の提出時期(156条等)

適時提出主義
訴訟では、各当事者が事実を主張し、相手方の主張に対する認否を述べ、文書や準文書の取り調べや検証をして事実関係をある程度まで確認しながら、更に主張を追加・変更・撤回して争点が定まってから、争いのある事実について証拠調べ(特に証人尋問・当事者尋問)をし(182条)、確定された事実に基づいて判決することが期待されている。このような訴訟を適正に進行させるために、攻撃防御方法は、訴訟の進行状況に応じて適切な時機に提出しなければならない(156条)[4]。

個々の訴訟において、特定の事項について提出期間が個別に設定される場合がある。
民訴法以外の法律の規定として、次のものがある。
提出すべき時機に提出されなかった攻撃防御方法は、一定の要件の下で、却下される。これについては、157条157条の2がある(後述する)。

証拠結合主義
当事者の事実主張は、当初は、真実が何であるかよくわからない状況で、自己にできるだけ有利になるような形でなされる。この段階では、不必要に争点が多くなる。簡単に実施できる証拠調べの結果、本当の事実関係が判明すれば、当事者はそれにあわせて事実主張を変更・撤回して争点が整理され、あるいは新たな事実主張をなすことが必要になる場合がある。そこで、証拠調べと事実主張とは並行して行うとの原則がとられている(証拠結合主義[10])。(α)この原則がもっともよく妥当するのは、証拠調べの簡単な書証である(証拠として提出された文書を裁判官が閲読するだけであり、繰返し行うことができる)。運搬・保管の容易な動産の検証も同様である。(β)その他の物の検証および鑑定は、書証ほどには簡単ではないが、当事者の主張が鑑定あるいは検証の結果に依存することがあり、当事者の事実主張と並行して行うことが多い。例えば、建築紛争において相手方の支配領域にある建物の検証結果に従って、当事者は自己の主張を変え、争点を減少させることができる。(γ)他方、証人および当事者本人の尋問は、できる限り争点および証拠の整理が終了した後、すなわち当事者の事実主張が尽くされた段階でおこなうべきである(182条)。証人尋問等は、証人を法廷に呼びだして尋問しなければならず、証人の時間的都合と精神的圧迫を考慮すると、繰返し行うことは適当ではなく、繰返し行うと証言が変遷する問題も生ずるからである。また、裁判官が尋問の新鮮な印象を基に裁判内容を固め、判決(終局判決又は中間判決)をすることが望まれるからである。証人尋問・当事者尋問後の新たな事実主張は好ましいことではないが、事案に応じて許されることもある(157条により却下されることもある)。

攻撃防御方法の提出に関する誠実義務
攻撃防御方法の提出は、迅速かつ公正な裁判の実現のために、信義に従い誠実になさなければならない。証拠の提出に関して言えば、挙証者は、相手方の反証の機会を保証し、迅速な審理を実現する観点から、証拠価値が高い重要な証拠を、先に提出すべきであり、証拠価値の低い証拠を提出しておいて、審理状況を見た上で、後日重要な証拠を提出するような訴訟活動をすべきではない。また、挙証者は、自己が提出した証拠の作成経緯、記載内容等について、明らかでない点があれば補足説明をすべきであるし、相手方からの質問に対しては誠実に応答し、さらに、場合によって、他の客観的な証拠を補充した上で、合理的な説明をして、相手方が証拠の信憑力に関して速やかに検討できるよう協力することが必要である(東京地方裁判所 平成12年3月27日 民事第29部 判決(平成2年(ワ)第5678号等))。

5.3 攻撃防御方法の却下(157条157条の2

時機に後れた攻撃防御方法の却下(157条1項)
適時提出主義(156条)を具体化するために、時機に後れて提出された攻撃防御方法は、次の要件の下で却下される[5]。
  1. 時機に後れて提出されたものであること  より早い時点で提出することが可能で、かつ適切であったことを意味する。従前の攻撃防御方法の変更も含まれる。控訴審での提出については、第一審以来の手続の経過を通じて判定すべきである[7]。次の点に注意:
    • 規則で早期の自主的開示が規定されている: 原告について、53条1項(記載事項)、55条(添付書類・重要な書証の写しの添付)、54条(訴え提起前の証拠保全の表示)。被告について、80条1項(答弁書の記載事項)・2項(重要な書証の写しの添付)、79条3項(準備書面における否認の理由の記載)。
    • 争点整理手続を経る事件にあっては、その手続の終了前に提出すべきである。
    • 仮定的抗弁は、最初から出すべきであるとは言えない。例:原告主張の債権の発生を被告が争い、仮に認められるのであれば反対債権で相殺するという形で出される相殺の抗弁。
    • 裁判長は、特定の事項について、準備書面の提出期間あるいは証拠申出期間を定めることができる(162条)。
  2. 後れたことが当事者の故意又は重大な過失に基づくこと  争点整理手続を経た事件にあっては、その判定にあたって、争点整理手続の終了前にこれを提出することができなかった理由を適切に説明できたか否かが考慮される(167条174条178条)。本人訴訟の場合には、本人の法律についての素養も考慮すべきである。
  3. その攻撃防御方法を斟酌すると訴訟の完結を遅延すること  上記の例のように、その攻撃防御方法を斟酌するとさらに審理が必要となり、判決が遅れる場合がこれにあたる。時機に後れた事実の主張でも、相手方が直ちに認めれば訴訟の完結の遅延とはならない。主張に理由がないことが既存の資料から明らかな場合には、その主張について判断しても、訴訟の完結は遅延しない。この場合には、その主張が時機に後れたものであることをことを明示した上で、主張に理由がないとの判断を示す。当事者の主張にできるだけ答えることにより裁判の正当性を高め、無用な上訴を回避することに役立つからである(時機に後れたものであることを明示することは、理由の有無について上訴審が異別の判断をする場合のことを考慮すると、重要である)[11]。

かなり厳重な要件である。判決において却下の説示がなされる場合には、その説示が長いことがある。
時機に後れたことを正当化する事由  例えば、ある従業員Xが他の従業員Aに重大なハラスメントをしたことを理由に使用者YがXに懲戒処分を科し、これに対してXが「懲戒処分無効の訴え」(「懲戒処分が無効であることを前提にした現在の法律関係の確認の訴え」。以下同じ)を提起したとしよう。その第一審において、Yが被害者Aのプライバシー保護の要望に従い防御方法の全部を提出せず、また、Aも証人尋問においてプライバシーに係わる事項の証言を拒んだ結果、第一審がハラスメント行為を認めることができないとして請求認容判決(懲戒処分無効判決)をした場合に、控訴審において、Yが第一審で提出を差し控えた防御方法を提出することにしたとしよう。この防御方法の提出は、時機に後れた提出であり、かつ、Yは提出は故意に後らせている。しかし、控訴審の第一回口頭弁論期日において提出した場合には、たとえ訴訟の完結を遅延させることになると言いうるときであっても、被害者のプライバシー保護の要請に基づいて提出を後らせたのであり、提出を遅らせたことについて正当な事由があるとして、この防御方法の提出は却下すべきではないと判断できる場合もあろう。したがって、後れて提出したことについて正当事由があることは却下の阻害事由にあたるという意味で、正当事由がないことも却下の要件に加えてよいであろう(どのような事由が却下を免れさせる正当事由になるかは、提出時期や訴訟遅延の程度も考慮して判断されることになろう。また、人格的利益の保護のために提出を控えた場合と、企業の技術的秘密の保護のために提出を控えた場合とでは、判断は異なろう)。

趣旨不明瞭の攻撃防御方法の却下(157条2項)
趣旨不明瞭の攻撃防御方法は、裁判の基礎として斟酌できない。斟酌できないことを明らかにするために、釈明の機会を与えたうえで、却下する[3]。口頭弁論終結前に独立の決定により却下された後で、趣旨を明確にして再度主張することは許してよいが、時機に後れた攻撃防御方法と評価される可能性が高くなる。

審理の計画が定められている場合の攻撃防御方法の却下(157条の2
審理の計画が定められている場合には、特定の事項について計画で定められた期間または裁判長が定めた期間後にその攻撃防御方法が提出されると、そのことについて当事者の故意又は重大な過失がなくても、これにより審理の計画に従った訴訟手続の進行に著しい支障を生ずるおそれがあると認められるときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。ただし、その当事者がその期間内に当該攻撃又は防御の方法を提出することができなかったことについて相当の理由があることを疎明したときは、却下されない。

その他の理由による攻撃防御方法の却下
他の法律の規定による却下
却下の裁判
裁判所は、相手方からの申立によりまたは職権で却下する。裁判の形式は決定であるが、その具体的形態は、攻撃防御方法の種類に応じて次のように分かれる[18]。
却下の裁判に対する不服申立
却下決定は、本案と密接な関連性を有するので(口頭弁論を経てなされるのが通常であるので)、328条1項の裁判にあたらず、当事者はこれに対して独立の不服申立をすることができない(即時抗告を認める規定もない)。しかし、不服申立が禁止されているわけではないので、攻撃防御方法の却下の裁判は、終局判決前の裁判として、控訴審の判断に服する(283条本文)[19]。なお、独立の却下決定は、120条の訴訟指揮の裁判であり、裁判所はいつでも取り消すことができる。却下申立を却下する決定も、同様に扱われる[20](これも328条1項の決定には該当しない)。

例 外
人事訴訟の訴訟手続では、訴訟の円滑な進行よりも真実の発見がより重視され、民訴157条・157条の2は適用されない(人訴19条)。この場合でも、適時提出の原則(156条)の適用があることには変わりはない。

5.4 最初にすべき口頭弁論の期日と陳述擬制(158条

最初にすべき口頭弁論の期日
最初にすべき口頭弁論の期日では、原告が訴状に基づいて、どのような判決を求めるか(請求の趣旨)を陳述し、請求の原因と請求を理由づける事実を述べる。被告も、どのような判決を求めるかを陳述し、その理由を述べる。原告の請求の趣旨および原因は、訴状に記載されているので、裁判所も被告も了知していることであるが、審理・裁判の対象として必ず口頭で陳述されるべきであるとの建て前が取られている(実際には、例えば、「訴状に記載の通りです」といった陳述ですまされる)。

陳述擬制
上記の建て前を厳格に貫くと、最初にすべき口頭弁論の期日に原告が出頭しない場合、または出頭したが請求を陳述しない場合には、審理裁判の対象が口頭弁論に提出されていないため、審理が開始されないことになる。しかし、それでは、被告が出頭している場合に、被告に無駄な労力を払わせたことになるので、裁判所は、原告が提出した訴状・準備書面を陳述したものとみなして、被告に弁論させることができる。これとの公平上、被告が出頭しない場合、および出頭しても本案について弁論しない場合には、裁判所は、被告が期日までに提出した答弁書その他の準備書面を陳述したものとみなして、原告に弁論を続けさせることができる(158条)。ここでいう本案の弁論は、弁論の延期申請や裁判官忌避申立てに対立する概念であり、訴え却下の申立ても含まれる(「本案判決」における「本案」とは異なる)。

被告が答弁書を提出していない場合には、陳述擬制の余地はないが、審理裁判の対象は原告の請求であり、被告の判決申立ては陳述されていなくてもよい。

158条の陳述擬制の要件で注意すべき点は、次の点である。
この陳述擬制があるので、被告は、「原告の請求を棄却する、との判決を求める。原告の主張事実は全て争う」という内容の簡略な答弁書を提出して初回の口頭弁論期日を欠席することも可能である。こうした応訴態度をせざるを得ないような事件があるのも確かであるが、ただ、一般論としては、こうした応訴態度は好ましくない。裁判所との関係は別としても、原告(特に本人訴訟の原告)に侮辱感を与え、紛争がこじれやすい(法廷での応酬が厳しくなり、和解が難しくなる)。

5.5 擬制自白(159条1項・3項)

出頭当事者の沈黙(1項)
当事者が口頭弁論において相手方の主張した事実を争うことを明らかにしない場合には、弁論の全趣旨により(口頭弁論全体におけるその者の態度の合理的解釈により)その事実を争ったものと認めるべきときを除き、その事実を自白したものとみなされる(159条1項)。自白が擬制された事実については、179条が適用され、証拠調べは不要となる。自白の擬制は、相手方の主張に対して直ちに否認しないということによりその時点で生ずるのではなく、口頭弁論終結時まで明示的に争わなかったということにより生ずる。したがって、当事者に対する拘束力はない。ただし、いままで沈黙していたのに、口頭弁論終結間際に否認するような場合には、次の不利益を受ける可能性がある。
ただし、弁論の全趣旨により、その事実を争ったものと認めるべき場合は、自白は擬制されない(1項ただし書)。なお、247条にいう「弁論の全趣旨」は、事実認定の資料となる「証拠調べの結果以外の審理に現れた一切の資料」を指すが、159条1項ただし書のそれは、「相手方の特定の主張を明示的に争わなかったという訴訟態度を解釈するにあたって考慮される口頭弁論全体におけるその者の態度」の意味であり、意味が異なることに注意([加藤*1996a7]165頁)。例:
不出頭(3項)
一方のみが弁論期日に出頭しない場合には、出頭当事者の主張に対する不出頭者の応答がない。この場合には、擬制自白の規定が準用されるのが原則である(159条3項。これを「肯定的争点決定」という)。ただし、次の点に注意が必要である。
例 外
人事訴訟の訴訟手続では、訴訟の円滑な進行よりも真実の発見がより重視され、民訴159条1項は適用されない(新人訴19条)。

5.6 不知の陳述(159条2項)

相手方の主張に対して「知らない」と答えることは、争ったものと推定される(159条2項)。相手方がその事実について証明責任を負う場合には、相手方は、証拠を提出することが必要となる。真実に合致する事実を相手方が主張した場合に、それを否定することは嘘をつくことになり、心理的抵抗が大きい。ところが、「知らない」ということには心理的抵抗は少ないので、濫用されやすい。次の場合には、相手方が証明責任を負う事実について不知の陳述をする者は、事実関係の調査義務を負い、その結果を報告すべきである([伊東*1998a](2)857頁以下参照)。
裁判所は、上記の場合に不知の陳述をする者に対して、釈明権の行使として調査結果の報告を求め、それに応じない場合には、不知の陳述を却下することができる(157条2項の類推適用)。却下しない場合でも、調査結果を報告しないことを弁論の全趣旨の一部として心証形成の資料にすることができる(247条)。

不知の陳述は、相手の主張事実を争ったものと推定されるのであり、争ったものとみなされるわけではない。当事者は、相手方の支配領域に属する事実について積極的に争う意思がない場合でも、その事実の存否を知らない以上「不知」と応えざるをえない場合がある。裁判所は、不知の陳述の趣旨が明瞭でない場合には、その点を釈明させることができ、また、釈明を求められるまでもなく、当事者の方から進んで、不知の陳述に続けて、「ただし、積極的に争うという趣旨ではない」と付言することもある(例えば、事件の背景事情として原告の出身学校が陳述されたのに対して、被告が不知の陳述をする場合がそうである)。

5.7 認否の保留

当事者は、相手方の主張する事実について、常に、直ちに態度を明らかにしなければならないというものではない。
  1. 調査しなければわからないことについては、調査が完了するまで認否を保留することが誠実な訴訟追行である。
  2. 攻撃防御と関連性のない事実あるいはそれが薄い事実は、審理の対象外とされるべきであり、関連性が明確になるまで認否を留保することが認められるてよい[37]。
  3. 原告がその権利主張を根拠付けるために複数の直接事実を主張・立証すべきであり、その内の一つを否定することに被告が十分な自信を有する場合に、他の直接事実が被告の営業秘密にかかわり、かつ、その直接事実を積極的に否認するためには複雑な事実の主張が必要になるときには、他の事実の認否を保留することが被告に認められてよい[38]。

口頭弁論終結時までに認否を明らかにしなければ、159条1項但書に該当しない限り、同項本文により自白が擬制されるのが原則であるが、しかし、認否の留保が正当である場合には、その後における否認あるいは不知の陳述は時機に後れた攻撃防御方法の提出とならないとすべきである。原審における認否の保留に相当の理由がある場合に、控訴審で積極的に否認することは、時機に後れた攻撃防御方法にならないとすべきである。

6 準備書面(161条−162条・規則79条−83条・47条)


6.1 準備書面の意義

準備書面とは、当事者が口頭弁論において陳述しようとする事項を記載して裁判所に提出するとともに相手方に送付する書面である。口頭弁論は、各当事者が主張しようとする事実を準備書面に記載して相手方及び裁判所に予告することにより準備しなければならない(161条1項)。被告・被上訴人の最初の準備書面を答弁書という(162条規則80条201条)。控訴審では、反論書という語も用いられる(規則183条)。訴状も、請求を理由付ける事実が記載されるべきであり(規則53条1項)、その範囲で準備書面の性格を有する(規則53条3項)。

当事者の弁論は、通常、準備書面に基づいてなされるので、裁判所に提出された準備書面は、訴訟記録の一部になり、弁論の経過を明らかにする書面になるという点でも重要である。口頭弁論調書における「弁論の要領」(規則67条1項柱書き)の記載の負担がこれにより軽減される(規則69条参照)。

6.2 記載事項(161条

準備書面には、次の事項を記載する。事実についての主張を記載する場合には、証拠も記載する(規則79条4項)。
答弁書(被告の提出する最初の準備書面)については、上記に相当する事項を記載するほか(具体的な内容については規則80条1項・2項参照)、次のことが必要である。

6.3 準備書面の提出・送付(規則83条

裁判所への提出と相手方への送付(直送)
準備書面は、相手方が準備をなすのに必要な期間をおいて、裁判所に提出する(規則79条)。それとともに、作成当事者が相手方に直送をする(規則83条47条)[31][39]。いずれについても、ファクシミリを利用することができる(規則3条・47条1項)。

相手方の受領書
準備書面に記載されている事項については、相手方不在の法廷で主張して相手方の擬制自白を成立させることが可能であるので(159条3項)、相手方が準備書面を受領したことが明確にされなければならない。直送を受けた相手方は、準備書面を受領した旨を記した書面(受領書)を作成して直送により返送するとともに、裁判所にも提出する(規則83条2項)。ただし、裁判所提出用準備書面に相手方の受領した旨の記載を得て、それを作成当事者が裁判所に提出する場合には、相手方は受領書を裁判所に提出しなくてもよい(規則旧83条3項、平成27年改正後の47条5項ただし書)。

送達される場合
準備書面は法定の送達文書ではなく、当事者が相手方に直送するのが原則である(規則83条)。しかし、相手方への直送を困難とする事由その他相当の事由があるときは、裁判所に送達または送付してもらうことができる(正確には、送達又は送付を「裁判所書記官に行わせるよう」、裁判所に申し出ることがてき。規則47条4項)。典型的には、直送しても受領した旨を記載した書面を得ることができないため、準備書面記載事項を相手方不在の法廷で主張することができなくなる場合がそうである(161条3項のカッコ書きを参照)。

6.4 準備書面への記載・不記載の効果

この講義では、相手方に送達された準備書面、または、相手方が受領した旨を記載した書面(規則83条2項・3項)が提出された準備書面を、送付が確認された準備書面と呼ぶ。準備書面の提出には、次の効果が結び付けられている。準備書面の提出の励行に役立つ。

送付が確認された準備書面に記載されていない場合
)相手方が在廷しない場合  送付が確認された準備書面に記載されていない事実は、主張できない(161条3項)。この結果、その事実については、159条1項の擬制自白を成立させることができない(相手方の弁論権の保障)。この事実には、間接事実も含まれる。相手方の主張に対する否認・不知の陳述は、一般に予測可能な範囲内であるので、含まれない(記載されていなくても主張できる)。

証拠の申出がこの制限に服するかについては、旧法下では争いがあったが[13]、現行法では、あまり実益のある議論ではない。民事訴訟規則が、証拠調べに相手方が関与する機会を保障するために、書面で事前に通知することを建前としており、口頭弁論期日に突然証拠申し出をしたり、あるいは証拠調べをすることは想定できないと思われるからである。証拠の申出は、民事訴訟規則の次の規定に従ってなすべきであり、それで足りるというべきであろう。すなわち、(α規則99条2項が証拠の申出を記載した書面について83条(準備書面の直送)を準用している。さらに、(β)下記の証拠申し出に際しては、下記の書面を事前に相手方に直送をすること又は裁判所を経由して送付することが要求されている。
)相手方が在廷する場合  送付が確認された準備書面に記載されていない事実も主張することができる[32]。

裁判所に提出された準備書面に記載されている場合
最初にすべき口頭弁論の期日に欠席しても、記載事項は陳述したものと見なされる(158条)。簡易裁判所での審理に限り、続行期日についても陳述擬制がなされる(277条)。また、被告が本案について準備書面(答弁書)を提出した後では、訴えの取下げには相手方の同意が必要である(261条)。なお、161条3項との対比上、準備書面が相手方に送付されたことまでは必要ない(相手方は出頭していることが前提であるので、159条3項の適用は問題にならないことに注意)。

6.5 準備書面等の提出期間(162条

訴訟の適切な進行管理のために、裁判長は、次の期間を設定することができる。
  1. 答弁書の提出期間  次のbやcと異なり、記載事項は規則80条で定められており、裁判長が特定する必要はない。
  2. その他の準備書面の提出期間  訴訟は、一方の当事者の主張に対して他方の当事者が反論等をすることによって争点が固まっていくものであるから、どの事項について主張をなすべきかを特定して提出期間を定める([法務省*1998a]162頁)。
  3. 証拠の申出期間  証明すべき事項を特定して申出期間を定める。書証の申出期間が定められた場合には、当事者は、この期間内に、取調べの対象となる文書の写しを提出する(規則139条)。

7 資料の調査・開示


当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行する義務を負う(2条)。この義務の具体化の一つとして、規則85条が当事者に調査義務を負わせている。調査を容易にするために、当事者は、主張・立証の準備に必要な事項について相手方に照会することを認められている(当事者照会)。当事者照会は、照会する側から見れば調査義務の履行の一環であり、回答する側から見れば誠実追行義務(2条)に基づく手持資料の開示である。当事者は、また、一定の手持資料を自主的に早期に開示することも求められている(規則53条55条80条など)。

7.1 当事者照会による調査・開示(163条規則84条

当事者は、主張又は立証を準備するために必要な事項について、裁判所を介さずに、直接相手方に照会する(問い合わせる)ことができる。当事者が信義誠実の原則(2条)にしたがって行動する限り、当事者間での照会・回答により、事実関係が相当に明らかになることが期待され、裁判所の釈明権を介するより効率的であるので、この制度が設けられた。

要件と方式
  1. 163条各号所定の照会でないこと  これらの照会は、不適切な照会であり、なすべきではない。なされた場合には、相手方はどの号に該当するかを示して当該照会への回答を拒絶する旨を回答書に記載して通知する(規則84条3項)。

相手方は、書面で回答する義務を負うが、回答拒絶に対する直接の制裁はない。制裁を科そうとすれば、回答拒絶が正当であるか(さらには照会内容が適切であるか)否かについて裁判所が判断せざるを得ず、それでは裁判所に負担をかけずに当事者間で資料を開示し合うというこの制度の意義が薄れるからである。回答を拒絶された当事者は、必要であれば、裁判所に発問を求めたり(求問権。149条3項)、222条の文書特定手続をとることになる。

とは言え、当事者照会への回答義務が訴訟上の義務である以上、当事者は口頭弁論において、どのような照会に対してどのような回答がなされ、あるいはなされなかったかを主張して(必要であれば立証して)、回答の経過を事実認定の資料に含まれるようにすることができると解すべきである([中野=松浦=鈴木*1998a]245頁(上原))。

7.2 自主的開示

審理の円滑・迅速な進行のために両当事者が訴訟に関係のある手持資料を早期に自主的に開示することが必要であり、民事訴訟規則にはその旨を求める規定がある[36]。多くは、いずれ自己の攻撃防御方法として提出しなければならないものであり、早期に開示する点に意味がある。しかし、否認の理由の記載のように、自主的に開示させること自体が有意義なものもある。

目次文献略語
1998年11月5日− 2006年11月11日