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民事執行法概説

債権執行3/3


関西大学法学部教授
栗田 隆

8 少額訴訟債権執行


少額債権の実現のために少額訴訟制度が設けられている(民訴法368条以下)。その手続内で得られた債務名義に基づく強制執行を迅速・安価に行うことができるようにする執行制度が平成16年改正により新設され(167条の2以下)、「少額訴訟債権執行」と呼ばれている(167条の2第2項)。

通常の債権執行と比較すると、この執行手続の担い手の点で、次の特徴がある。
司法書士の代理資格 司法書士は、司法書士法3条1項6号により、少額訴訟債権執行の手続であって、請求の価額が簡易裁判所の事物管轄の上限額を超えないもの(裁判所法33条1項1号により140万円)についても訴訟代理人となることができる。

)この中には、次の事項も含まれる。
)他方、次の事項については、代理資格を有しないとされている。少額訴訟手続において作成された債務名義に基づいて行われる執行手続は、少額訴訟債権執行に限られるわけではなく、強制執行一般に関わるからである。
  1. 少額訴訟債権執行のための執行文付与に対する債務者の異議立て([小野瀬=原*2005a] 147頁注5)。
  2. 請求異議の訴え等の執行関係訴訟([小野瀬=原*2005a] 147頁注3)。これは、司法書士法3条1項6号柱書きにより代理資格が否定されている「強制執行に関する事項」に該当し、かつ、少額訴訟債権執行にのみ関わるものではないからである。

もっとも、(a)で挙げた執行文付与の申立ても、一旦執行文が付与されれば、それは少額訴訟債権執行以外にも用いられうるのであるから、(a)(b)の区別の歯切れはよくない。司法書士に少額訴訟事件を依頼する国民の便宜を考慮すれば、将来的には、(b)の事項についても代理資格を明示的に認めるべきであろう。現行法の解釈論としても、第三者異議訴訟とは異なり、請求異議訴訟については、当該訴訟において争われる利益の最大限は債務名義に表示された債権の存否に限られのであるから、一般の訴訟と同様に、司法書士は司法書士法3条1項6号イにより代理資格を有すると解すべきであろう。

債務名義(167条の2
少額訴訟債権執行の基礎となる債務名義は、少額訴訟手続内において形成される次のものである(167条の2第1項)。異議申立ての手続で作成されるものも含まれる([小野瀬=原*2005a] 130頁)。
  1. 確定判決
  2. 仮執行の宣言付き判決
  3. 訴訟費用又は和解の費用の負担の額を定める裁判所書記官の処分
  4. 和解又は認諾の調書  少額訴訟の対象となる事件の訴額の上限は60万円であるが、これを超える額について和解が成立した場合でも、少額訴訟手続内で成立した和解である限り少額訴訟債権執行の基礎となりうる。
  5. 和解に代わる決定(民訴275条の2第1項)

差押処分
通常の債権執行が裁判所の差押命令により開始されるのと同様に、少額訴訟債権執行は、裁判所書記官の差押処分により開始される(執行機関の差違に応じて、それぞれ「命令」と「処分」という用語が用いられているが、本質的な差異ではない)。

事件を管轄する裁判所(167条の2第3項)
少額訴訟債権執行事件は、簡易裁判所の裁判所書記官が執行機関となるが、執行事件を担当する裁判所書記官が属すべき簡易裁判所(官署としての裁判所)を少額訴訟債権執行事件の管轄裁判所ということができる。それは、債務名義の形成の場となった簡易裁判所である(少額訴訟では控訴が禁止されているので(377条)、少額訴訟債権執行の基礎となる債務名義が形成される場は、簡易裁判所に限られることに注意)。具体的には、
通常の債権執行においては、土地管轄は、執行申立て時における債務者の普通裁判籍が基準とされているが、少額訴訟債権執行では、債務名義が作成された簡易裁判所が基準とされている。債権者の利便(債権者が債務名義の成立に引き続いて執行申し立てができるようにすること)と、管轄裁判所をこのように定めても債務者に与える影響が少ないこと(差押処分をする段階において債務者を審尋することはないこと)を考慮してのことである([小野瀬=原*2005a] 132頁)。

移送の処分(167条の2第4項・144条3項・4項)
同一債務者に対する異なる債務名義が異なる簡易裁判所で形成されることがあるので、上記のように管轄裁判所を定めた場合には、同一債権を対象にして異なる簡易裁判所の裁判所書記官が執行機関となることが生じ、事件処理が円滑に行かなくなるおそれが高いので、後行事件を担当する裁判所書記官から先行事件を担当する裁判所書記官への移送あるいはその逆の移送をすることができる。もちろん、同一の執行債務者に対する債権執行を一つの簡易裁判所に集中させて、事件を円滑に処理することを可能にするための規定であるので、相互に連絡をとりあって、行き違いにならないようにしなければならない。

144条3項は、次のように読み替えられる:「差押えに係る債権(差押処分により差し押さえられた債権に限る。以下この目において同じ。)について更に差押処分が発せられた場合において、差押処分をした裁判所書記官の所属する簡易裁判所が異なるときは、裁判所書記官は、事件を他の簡易裁判所の裁判所書記官に移送することができる 」。

裁判所書記官がするこの移送の処分に対しては、不服を申し立てることができない。

執行裁判所(167条の3)
執行官が執行機関である場合に、その執行官の行う執行処分またはその遅滞に対する異議について不服申立ての道を開くために執行裁判所が用意されているように、裁判所書記官が執行機関となる少額訴訟債権執行についても、執行裁判所が用意されており、それはその裁判所書記官が所属する簡易裁判所である。

第三者異議訴訟の管轄裁判所
通常の執行事件では、執行裁判所となるのは地方裁判所であり、第三者異議事件については執行裁判所が管轄すると規定しておけば(法38条3項)、自動的に地方裁判所の管轄となる。少額訴訟債権執行でも第三者異議事件は地方裁判所に管轄されるべきであるとの立法判断がなされ、38条3項の特則として、167条の7が管轄裁判所を「執行裁判所の所在地を管轄する地方裁判所」とした。

裁判所書記官の執行処分の効力・不服申立て
裁判所書記官が執行機関としてする処分(執行処分)は、特別の定めがある場合を除き、相当と認める方法で告知することにより効力が生ずる。特別の定めの例:

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Author: 栗田隆
Contact: kurita@kansai-u.ac.jp
Last Updated: 1998年2月2日−2020年9月27日