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破産法学習ノート
破産免責 関西大学法学部教授
栗田 隆 |
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1 概説 2 免責手続 3 免責不許可事由
4 免責許可決定の効力 5 免責を得られなかった債務者の再破産
破産免責に関する 文献 判例
個人は、自己の債務について、現在の財産のみならず、将来取得する財産をもっても弁済しなければならないという責任を負っている。これを無限責任という。しかし、債務者が弁済にあてるべき財産を有しない場合に、債務者を奴隷として売ったり、強制労働に服させるようなことは、現在ではまったく認められていない(人的執行の禁止)。
債務者に財産があるか否かにかかわらず、債権者は債務者に対して弁済を要求することができる。債務者は、それに誠実に対応しなければならない。債務者は、労働により収入を得ることができるかぎり、労働により所得を得て弁済しなければならない。その意味で、無限責任の原則は、やや誇張した表現となるが、「債務者は、死ぬまで働いて債務の弁済に務めなければならない」と言い換えることができる。
趣旨
しかし、債務者がなんらかの事情で多額の債務を負った場合、端的にいえば、一生働いても弁済できないほどの額の債務を負った場合に、この無限責任の原則を厳格に適用すれば、債務者は、どんなに働いても一生貧しい生活を送ることになる。すなわち、民事執行法152条1項により勤労収入の3/4は差押禁止財産となるが、同項カッコ書により差押禁止額の上限は33万円である。それを越える金額は、すべて債権者により差し押さえられうるのが原則であり、債務者は、33万円以内で生活しなければならないことになる。その状態が、死ぬまで続くとなると、彼は、働くことにより生活が向上するという希望を失い、働く意欲も失うことになろう。
そこで、不誠実でない債務者を債務の重圧から解放して「人間に値する生活」を営む機会を与えるために、破産手続において破産財団から弁済できなかった債務につき、一定範囲の債務を除いて、破産者の弁済責任を免除することとされた。これが破産免責の制度である(第12章第1節)。
免責制度は、次の理由により、社会にとっても必要なことである。
消費者信用制度との関係
大正11年破産法は、当初、免責制度を有していなかった。しかし、会社更生制度の制定にあわせて、免責制度が昭和27年に導入された。この当時には、消費者信用制度はまだ発達していなかった。免責事件の主たる対象として想定されていたのは、事業者の破産であった。その後消費者信用が普及し、多くの者が生活上の消費のために割賦販売やクレジットカード、消費者金融を利用するようになった。生産活動のための資金の借入れは、生産活動の成果により債務を弁済するので、弁済の見込みが高いのに対し、消費のための資金の借入れは、将来の限られた労働収入(借入れをしても増加する見込みのない収入)から弁済することになるので、弁済の見込みは低くなりがちである。それにもかかわらず、消費者信用は現在の経済制度の不可欠の要素となり、消費者信用を利用する一定割合の人間が弁済能力を超えて消費者信用を受けることは不可避的な状況となった[1]。もちろん、多重債務者を責め、貧乏に耐えて債務を弁済することを要求することはできる。しかし、通常であれば冷静な判断力を有する者も困窮すればそれを失いやすいことは、経験の教えるところである。のみならず、我々の社会に誘惑に負けやすい人間が一定の割合でいることも認めなければならない。多重債務に陥った者も社会の一員であり、明日は暮らしがよくなるという希望をもって働くことができるようにすべきである(憲法13条)。
こうしたことを考慮すれば、破産免責制度は、消費者信用制度から生ずる毒素の解毒剤である。それは、また、消費者信用機関の過剰融資を抑制する機能も有するので、消費者信用制度がもたらす病弊の予防剤である。免責制度は、消費信用制度が発達した経済社会にとって有益で必要な制度である。
免責は特典か権利か
免責は、誠実な債務者に与えられる特典なのか、不誠実でない債務者の更生のための権利なのかという議論がある[3]。免責問題に関する各人の基本的立場を象徴する議論であり、また、免責に関する裁判にしばしば現われる表現であるので、ここで整理しておこう[23]。
免責はこの2つの側面を有する。どちらか一方のみを強調するのは適当ではない。しかし、具体的事件おいて、いずれに重点を置くかによって結論に差異が生ずることがある。その場合には、結論の正当化のために、それに適した方を強調することになりやすい。また、免責を認めるべきでないことが明瞭な事件において、「免責は誠実な債務者に与えられる特典である」という表現で結論を修飾しているにすぎない場合もある。
免責制度は、債権者の犠牲の上に債務者を救済するものであるので、憲法29条(財産権の保障)に違反しないかが問題となる[2]。最決昭和36年12月13日民集15巻11号2803頁は、次の理由により憲法違反でないとした。
そして補足意見は、次の理由を付加した。
免責は破産手続開始決定を受けた債務者に与えられる救済であり、免責手続と破産手続とは緊密に結びついているが、それでも別個の手続である。このことを前提にして、
なお、上記2に関連して次の問題がある。同時廃止の場合には、破産管財人が選任されていないので、強制執行として差し押さえられた財産が破産管財人によって売却されることはなく、かつ、免責が許可されない場合もあるので、破産手続開始決定前に開始された強制執行手続は当然には効力を失わない。したがって、例えば給料債権が差し押さえられていた場合には、免責許可決定が確定するままで、差押えの効力は維持されることになり、それが破産者の経済生活の再生の妨げになることが指摘され、すでになされている執行手続は同時廃止の際に、決定により、失効又は取り消すことができるとすべきであるとの立法的提案がなされている([野村*2013a]41頁)。決定に際しては、免責許可の見込み及び執行債権が非免責債権であるか否かが考慮されることになろう。前者の考慮要素は、個々の執行手続にかかわらないが、後者の考慮要素は個々の執行手続にかかわる。その点からすれば、取消しの判断を個々の執行手続ごとにする方向での改正が好ましいと思われる。
法人は、一般に破産が解散原因となっており、法人からの免責許可申立ては通常は考えられない。ただ、労働組合については破産が解散原因となっていないので(労組法10条)、法人格を有する労働組合が破産した場合に、免責許可申立てをなしうるかが問題となる。労働組合が多額の債務を負って破産した場合に、免責を認めなければ、労働組合の存続は難しく、労働組合を解散した上で新組合を結成することになるが、それは破産を労働組合の解散原因としなかったこととあまり調和しない。また、破産した労働組合からの免責許可申立てを認めて、その法人格を存続させても、特に実害が予想されるわけではない。
しかし、それでも、理念の問題として、法人からの免責申立ては否定すべきであろう。国家は、個人(自然人)の幸福を保障するために存在する(憲法13条)。免責制度は、その理念に基づく個人の救済のための制度であると理解すべきである。現行法は、免責許可申立てをすることができるのは個人債務者であると明規している(248条1項)。
外国人も、日本で破産手続開始決定を受ければ、免責を申し立てることができる[25]。ただし、免責の効力がその外国人の本国において承認されるかは、本国法の問題である。
申立てをなしうる者
免責は、債務者が破産した場合に、債務者からの申立てにより与えられるものである。債務者の財産がわずかなため、破産債権者に配当することができない場合(同時廃止の場合)でも、免責許可申立てはできる(249条1項参照)。その意味で、免責は、破産法が生活に不可欠な財産として債務者に留保した財産(34条3項所定の差押禁止財産)以外の財産を有しなくなった個人に与えられる救済である。
被相続人について破産手続が開始された後に相続が始まった場合に、相続人が被相続人の免責を申し立てることはできない。相続人は、限定承認あるいは相続放棄により債務の承継から逃れるべきである(高松高決平成8.5.15判時1586-79)。
申立ての必要性
破産手続は、債務者自身からの申立ての他に、債権者からの申立てに基づいても開始される。後者の場合には、免責を欲する債務者は、免責許可申立てをしなければならない。債務者自身が破産手続開始申立てをする場合には、彼は免責を得るためにそうするのが通常であるから、破産手続開始申立てと同時に免責申立てしたものとみなされる(248条4項)。ただし、反対の意思を表示している場合には、処分権主義の原則したがい、免責許可申立てをしたとはみなされない。その後の心境の変化により免責を欲するようになった場合には、申立期間内であれば、免責許可申立てをすることは許される。
免責請求権
破産者からの免責許可申立てに基づき裁判所が免責の許否を決定し、免責許可決定があれば債務者の弁済責任の消滅という法律関係の変動が生ずるのであるから、免責の裁判は、形成的裁判である。したがって、免責が認められる場合には、破産者は弁済責任を消滅させる実体的権利(免責請求権)を債権者に対して有していると考えてよい。離婚請求権が裁判上行使すべき形成権であるのと同じである。ただし、次のような違いがある。
申立ての時期(248条)
申立期間 免責許可申立ては、破産手続開始申立ての時からすることができ(248条4項のみなし規定の論理的前提でもある)、破産手続開始決定の確定後1月を経過する時が申立ての終期である(248条1項)。
追完 債務者の責めに帰すことができない事由により免責許可申立期間内に申立てをすることができなかった場合には、その事由が消滅した後1月以内に限り申立てをすることができる。
債権者名簿の提出
免責許可申立てにあたっては、債権者名簿を申立てと同時に又は申立て後遅滞なく提出することが必要である(248条3項)
。これには、下記の記載対象となる債権について、下記の事項を記載する(規則74条3項)
債権者名簿は、次の2つの役割を果たす。
債権者名簿にはこのような重要な役割が期待されているので、債務者が虚偽の債権者名簿を提出すれば、そのこと自体が免責不許可事由となる(252条1項7号)。また、主として第1の役割との関係で、破産者がある債権者の存在を知りながらその債権者を名簿に記載しなかった場合には、その債権者には免責の効力は及ばない。ただし、その債権者が破産手続の開始を知っていた場合には、この限りでない(253条1項6号)。
自己破産の場合には、債務者は、破産手続開始申立ての際に債権者一覧表を提出する。その記載事項と債権者名簿の記載事項とは基本的に同じであるので(規則74条3項と14条を参照)、債権者一覧表は、債権者名簿とみなされ、債権者名簿の提出は必要ない(248条5項)
同意廃止や再生手続開始の申立てとの択一関係
民事再生手続は、債務者が債務を弁済する計画を定める手続である。この手続の開始申立てをすることと、免責許可申立てをすることとは矛盾する。同意廃止は、多くの場合に、債権者と債務者とが破産手続外で債務者が弁済する旨の合意をして、それを前提にして債権者が破産手続の廃止に同意するものである。こうしたことを考慮すると、同意廃止や再生手続開始の申立てと免責許可の申立てとを択一関係にたたせなければならない。そこで、
同意廃止の申立てを棄却する決定の確定が破産手続開始決定の確定の時から1月以上後の場合に、なお免責申立てをすることできるかは明瞭ではないが、棄却決定確定後1月内は、申立てを許容すべきである。再生手続との関係でも同様である。
「破産債権に基づく強制執行等」=破産者の財産に対する破産債権に基づく下記のもの
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経済的に行き詰まった債務者は、破産手続開始の申立てをして、免責を得ようとする。破産手続が行われている間は、42条以下の規定により新規の強制執行等、財産開示手続及び滞納処分は禁止され、既になされている強制執行等及び財産開示手続は効力を失うので、これにより彼は執行の嵐から守られる。しかし、同時廃止の場合には、42条の適用の余地はないので、なんらかの手当がなされないと、彼は、免責手続中に強制執行等の嵐にさらされることになる。特に問題となるのは、彼が他に勤務して、給料債権を得て生活の再建を図っている場合に、その給料債権を差し押さえられることである。
破産法は、破産手続終了後も免責手続中(免責許可申立てについての裁判が確定するまで)は、破産者は強制執行等の嵐から守られるべきであるとの政策的判断の下に、破産債権の実現のための手続をすべて禁止し、すでになされている手続を(国税滞納処分を除き)中止させている。
ここでいう破産債権の中には、非免責債権も含まれる。非免責債権であるか免責債権であるかを執行手続内で判別するのが困難であると予想されるからである(特に253条1項2号・3号の債権についてこのことがいえる)。他方、財団債権と破産債権とは執行手続内で判別すべきであるとの前提に立って、財団債権は、249条の規制に服さない。破産手続開始後に原因のある非破産債権も、249条の規制に服さない。253条1項4号の非免責債権のうち、破産債権となるのは、破産手続開始前の時期に係るものであると理解すべきである。法律の規定に基づく扶養料債権等は、扶養義務者のその時々の財産状況も考慮して存否・内容が決定されるものであることを考慮すると、破産手続開始後の時期に係るものについては、249条の規制に服さないと解すべきである(この点は、配当との関係で破産債権とすべきか否かにかかわらない)。
(a)破産債権の実現のための次の手続を新たになすことが禁止される(249条1項。42条1項・6項・43条1項参照)。
(b)破産債権の実現のためにすでに開始されている上記の1から5の手続が中止される。すでに開始されている国税滞納処分は、破産手続中と同様に、続行することができる(249条1項。42条2項・6項・43条2項参照)。
(c)免責許可決定が確定した場合には、中止されていた手続は、効力を失う。
旧法下では、この趣旨の規定はなく、また、免責許可決定の正本は,執行取消文書(民事執行法40条1項・39条1項1号ないし6号)に該当せず、執行債務者が確定した免責決の正本を提出したことは,執行障害事由にならないと解されていた(大阪高等裁判所 平成6年7月18日 第7民事部 決定(平成6年(ラ)第277号))。そのため、破産者は請求異議の訴えを提起して、執行停止の仮の処分、さらに執行不許の判決を得るより仕方がなかった。
現行法の下では、免責許可決定が確定すると、免責手続中に中止されている手続は、それが非免責債権の実現のためのものであるか免責債権の実現のためのものもであるかを問わず、一律に効力を失うとされている。執行手続内で両者を判別することには困難が伴うと予想されるからである。
しかし、免責許可決定の確定後に、破産債権の実現のために強制執行等が申し立てられた場合については、場合を分けて考察することが必要である。
財団債権と非破産債権
財団債権又は破産手続開始後に原因のある非破産債権を有する者は、債務名義あれば、強制執行を申し立てることができる。一般の先取特権者は、担保執行ができる。
財団債権のうちで、破産債権との判別が実務上問題となるのは、雇用関係に基づく債権であろう。雇用関係に基づく破産債権は、すべて非免責債権で(253条1項5号)、かつ優先的破産債権となるが(98条、民法308条)、免責手続中の強制執行等は許されない。他方、 財団債権となるもの(149条)については、強制執行等及び財産開示手続が許される。
ある債権が破産手続開始後に原因があるのか否かの判断も、場合によると難しい問題となることもあろう。さらに、破産手続開始後に原因のある債権であっても、破産債権とされるものがあり、破産債権に当たるか否かが問題となる場合もあろう。例えば、受任者が委任者の破産を知らずに委任事務を処理したことから生ずる債権は、破産債権とされているが(57条)、その事務処理が事務管理であると主張されれば、非破産債権となろう。
こうした問題を含みつつも、執行手続あるいはその前の執行文付与の段階で、それぞれの担当機関は破産債権とその他の債権との判別をしながら、249条に従った適切な処理をしなければならない。
強制執行の段階での調査
一般に債務者について破産手続が開始されていることは執行障害であり、執行機関はそれを職権で調査すべきである。ただ、執行機関がその点に関する判断資料を職権で探知する義務までは負わされておらず、執行債務者等から提出される資料その他により執行障害の存在を了知したときに対応すれば足りる([中野*民執v4]
142頁)。この理は、249条所定の執行障害事由にも妥当する。執行機関が当然には249条所定の事由を了知しないことを前提にすると、執行債務者(破産者)は、
に関する資料を執行機関に提出して、次の措置を求める。
強制執行が免責許可決定確定後に申し立てられた場合には、執行機関は、確定した免責許可決定が提出されても、強制執行を停止することはできない。この場合の執行の停止には、民執法39条の文書が必要であり、免責許可決定書はこれに該当しない。
執行文付与段階での調査
債務者について免責手続が行われていることは、執行障害事由であるが、執行文付与拒絶の事由になるかは明瞭ではない。債務名義の執行力が排除されたわけではないことを強調すれば、執行文付与機関は執行文を付与すべきであることになろう。しかし、それでも執行債務者からの提出された資料等から執行文付与機関が免責手続中であることを了知した場合には、付与を拒絶すべきであろう。強制執行が開始されること自体により債務者に負担がかかるからである。執行文付与拒絶に対する不服申立ては、執行裁判所に対する異議申立てだけであり、異議申立てについての裁判に対する不服申立てが禁止されていることを考慮すると(民執法32条4項)、債権者の手続保障の点で幾分不安はあるが、しかし、免責手続がそれほど長期間行われるわけではないことを考慮すると、債権者の手続保障に欠けることはないと評価してよいであろう。
時効完成の停止(249条3項)
強制執行が禁止されるので、時効の完成が下記のように停止される。
破産裁判所は、免責許可申立(書)ならびに提出された債権者名簿のほかに、次の方法により判断資料を収集する[21]。
ただし、消費者破産の多くを占める同時廃止事件においては、破産管財人が選任されないので、その場合には管財人からの報告の余地はない。したがって、同時廃止事件おいては、裁判所に判断資料を提供する者は、実際上、破産者と破産債権者に限られる。
債務者の中には、誠実な者もおれば、不誠実な者もおる。不誠実な者(免責不許可事由のある者)には、免責は与えられない。免責不許可事由は、252条1項に定められている。大きくまとめると、次の3つに分類することができる。
免責不許可事由は、すべて職権調査の対象となる(8条2項) 。8条2項の職権調査は、職権探知を含むが、裁判所の処理能力にも限界がある。消費者信用取引に関係する免責不許可事由の主張・立証の責任は、債権者に負わせてよい。
いくつかの免責不許可事由について、それがどのように理解されているかを、旧法下の判例も含めて、具体例でみておこう。
破産財団の価値を不当に減少させる行為(1号)
破産財団に属する財産自体の処分行為が典型例であるが、破産財団に属する債権や株式の実質的価値を低下させる行為も含まれると解すべきである。例えば、破産財団中に株式がある場合にその株式の実価を低下させることになる株式発行会社の財産の処分に関与する行為、又は破産財団中に債権が存在する場合にその債務者の責任財産の減少に積極的に関与する行為あるいはその債権の担保物を損壊に積極的に関与する行為も、破産財団の価値を減少させる行為に該当すると解すべきである(いずれも、破産者が会社の代表取締役である場合が特に問題になる)。東京高等裁判所 平成26年3月5日 第22民事部 決定(平成26年(ラ)第316号)参照。
浪費・射幸行為による著しい財産減少(4号)
破産手続開始申立て前1年以内の詐術による信用取引(5号)([松下*1992a]が詳しい)
なお、仄聞するところでは、消費者金融会社の中には、融資の申込者がすでに過大な債務を負っている場合には、「申込書にそのように書かれたのでは融資は無理です」と答え、申込者が実態に合致しない負債状況を記した申込書を提出すると融資に応じ、これにより免責の道を封じようとすることもあるとのことである。このような場合には、債権者は申込書の記載如何にかかわらず融資を拒絶すべきであり、申込者が多重債務者であることを知りながら申込書の記載に従って融資に応じた場合には、その借受けは詐術を用いた信用取引には該当しないと考えるべきである。
虚偽の債権者名簿の提出(7号)・裁判所に対する虚偽説明等(8号)
1度破産免責を得た者は、それから7年間は、免責申立てをすることができない(旧法では10年であったが、新法で7年に短縮された)。免責制度の濫用を防止するためである。7年以内になされた前回の免責は破産免責に限られず、民事再生法による再生債権者の議決を必要としない免責も含まれる。7年の期間の起算点は下記のとおりである。
前回の免責 | 7年の起算点 | |
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イ | 破産免責 | 免責許可決定の確定の日 |
ロ | 給与所得者等再生(民事再生法239条)における再生計画の遂行による免責 | 再生計画認可決定確定の日 |
ハ | 小規模個人再生及び給与所得者再生における再生計画の挫折の場合の免責決定の確定(民事再生法235条・244条)(ハードシップ免責ないし挫折免責) | 再生計画認可決定確定の日 |
再生債権者の議決を必要とする次の再生計画の認可決定の確定による免責については、適用がない。私的整理による免責にも適用がない。
前記の起算点から7年以内に再度の免責申立てがなされた場合には、免責は許可されない。免責の許否を裁判する時点で7年が経過していても、同じである。
もっとも、再度の免責許可申立てが禁止される期間内に申立てがなされた場合でも、裁量免責は許される。特に、「老齢である者や、生活保護、障害年金等の公的扶助で生活している者については、再度の許可を考慮してもよい」([田中*1992a]38頁)。生活保護等の公的扶助を受けている者の生活の平穏が裁判外の請求により脅かされ、場合によれば最低生活の維持のために支給される扶助から任意弁済がなされ、最低生活が堀り崩されるのは適当ではないからである。再度の免責許可申立てが禁止期間の終了直前になされた場合には、そのことも、裁量免責の許否を判断する際に考慮されることになろう。
申立ての適法性の判断
裁判所は、まず、免責申立てが適法であるか否かを判断する。次の場合には、申立ては不適法として却下される。
本案の判断
免責申立てが適法な場合には、252条1項各号所定の免責不許可事由の有無を判断する。不許可事由があれば免責不許可決定を、不許可事由がなければ免責許可決定をする。
裁量免責(252条2項)
免責不許可事由がある場合でも、裁判所は、破産手続開始の決定に至った経緯その他一切の事情を考慮して免責を許可することが相当であると認めるときは、免責許可の決定をすることができる[6]。多くの破産者には何らかの免責不許可事由があるので、この裁量免責の制度は、極めて重要である[7]。
免責不許可事由の拡張の可能性
(a)規定の類推適用 252条1項所定の免責不許可事由に直接該当しない場合でも、免責不許可事由を定める規定の趣旨を考慮して、その類推適用により免責を不許可にすることができる(東京高決平成7.2.3判時1537-127[4]、東京高等裁判所
平成16年2月19日 第19民事部 決定(平成16年(ラ)第72号)(旧366条の9第3号後段(現252条1項8号)の類推適用の事例))。
(b)免責請求権の濫用 252条1項所定の免責不許可事由に該当する事実がなくても、免責請求権の行使が権利濫用と評価できる場合には、民法1条3項により免責不許可にすることを許すべきである。
(c)なお、免責許可申立てが濫用的であると評価される場合には、免責許可申立てそのものを却下するとの構成もありうる(池田辰夫[注解*1985a]1149頁、[畑*2002a]140頁)。
一部免責[11]
破産法に直接の規定があることではないが、次のような見解もある:債務者の誠実性の程度が多様なものであるならば、それに応じて免責の程度も多様であっても良い;免責不許可事由がない場合には法の建前どうり免責すべきであるが、免責不許可事由がある場合には、その度合いに応じて、免責不許可の他に、一部免責も許されてよい。これを認める先例もある。
一部免責の議論は、現行法の下でも、次のような場面で使われるうる(ただし、少数説にとどまる)。
ただ、上記のうちで、3については、故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権が非免責債権と明規されたことにより(253条1項3号)、一部免責論の機能範囲が縮小し、また、4については、給与所得者等再生の制度が設けられたことにより、機能範囲が縮小したことも確かである。
更生の意欲と誠実性
免責の裁判においてよくあらわれる抽象的概念として、債務者の「更生の意欲・可能性」と「誠実性」(ないしその裏返しとしての「不誠実性」)がある。
(a)更生の意欲 免責制度は、債務者の経済的更生を目的としている [17]。浪費や射幸行為を繰り返すおそれがある人間に免責を与えても、再び過大な債務を負うだけであるから、それらの問題を解消する更生教育を試みて、更生意欲(生活習慣改善意欲、勤労意欲)の生成・再生に努める必要があり、更生意欲の生成のために裁判所が、破産管財人や申立代理人の協力を得ながら債務者に家計簿や生活日誌を付けさせながら、定期的に提出させて、それに基づく審尋を幾度か繰り返し、その程度の教育では更生意欲の生成・再生が見込めない債務者に対しては、現行法の下では免責を見送らざるを得ないとする見解がある([宮川*1991a]100頁、[宮川*1997a]7頁以下 [5]。旧法下で主張された議論であるが、現行法の下でも状況は変わらない)。
たしかに、「債務は弁済すべきである」との社会原則を守る意思のないことが明かな者に免責を与えることは、無意味なことである。しかし、そのような破産者には、信用秩序の破壊に関する免責不許可事由が存在するはずであり、そのことを理由に免責を拒絶すれば足りるのではなかろうか。そして、現行法が更生意欲の存在を免責の要件としているかと言えば、疑問である。現行法は、免責許可申立てまでの債務者の行為をもとにして免責するか否かを決定するとの建て前を採用しており、更生意欲の存在証明は免責の要件ではないと考えたい [10]。
(b)誠実性 免責の許否によって影響を受けるのは、債務者だけではない。債権者も大きな影響を受ける。債務者の誠実性の判断は、特定の債権者の生活状況を考慮して、どのように行動するのが誠実であるのかという形で問題にすることができる。
例えば、詐術による信用取引により相手方から財産を得ることは、252条1項4号の免責不許可事由となるが、その相手が消費者信用業者の場合と、年金暮らしの老人の場合とでは、評価はかなり異なろう。消費者信用業者には、その職業の特性から、信用取引をするに際して相当の注意義務を要求してよく、したがって、免責不許可の要件としての詐術はそれ相応の高度の詐術であるとしてよい。他方、相手方が年金暮らしの老人であれば、詐術の成立を比較的広く認める必要があろう。
故意又は重大な過失による人身損害による損害賠償請求権は、非免責債権であるが(253条1項3号)、法文上は、不法行為に至った事情も、被害者の状況も、債権者の現在の生活状況も考慮すべき要素とされてはいない。しかし、これらの事情も考慮した上で債務者の誠実性を問題にすべき場合もあろう。個々の事件の個別的事情をどこまで考慮して法的評価をすべきかは、法律学が避けることのできない問題であり、破産者の誠実性に関しても同様な問題が生ずるが、ともあれ、債務者側の事情のみを考慮すれば足りるというものではなかろう。債務者の個別事情を考慮するのであれば、債権者の個別事情も考慮すべきである。
こうした立場からすれば、免責を認めるべきか否か、破産債権を非免責債権とすべきか否かの最終的な評価の言葉としては、もっぱら債務者にのみ関係する「更生の意欲」よりも、債権者との関係も考慮に入れることのできる「誠実性」(正確には、不誠実ではないこと)の方が適当である。
免責許可決定の送達と即時抗告
免責許可決定も、利害関係人の即時抗告に服するので(252条5項)、利害関係人に直ちに送達される必要がある。破産者および破産管財人には、裁判書が送達され、これについては代用抗告は許されない。他方、破産債権者には決定の主文を記載した書面が送達され、これについては代用公告は禁止されてない(252条3項)。
破産債権者への送達を公告で代用するとともに、免責許可に反対の意見を述べた破産債権者には決定の主文を記載した書面を送達することも許される。この場合に、送達を受けた債権者の即時抗告期間については、送達の時から1週間と解すことにも一理あるが、最高裁は、事務処理の確実性・迅速性のために、旧破産法112条後段(現9条後段)により、この債権者についても、公告があった時から2週間とした(最高裁判所 平成12年7月26日 第3小法廷 決定(平成12年(許)第1号))[12]。
免責許可決定は、確定によりその内容的効力を生ずる(253条1項柱書。13条によって準用される民訴119条に対する別段の定めである)。
免責許可決定により債権自体が消滅するのか、それとも債権自体は存続し、その一部の効力が消滅するにすぎないのかについて、争いがある([山垣*1989a]を参照)[CL2]。
私 見
金銭債権を例にとると、債権には次の効力がある。
請求力は、簡単な効力のようにみえるが、行使の仕方によっては、債務者を自殺に追い込むほどに強力な威力を発揮する。債権者の度を越した裁判外の請求は、権利濫用となり許されないとはいえ、債権者から請求された場合、債務者はそれに誠実に応対しなければならず、すぐに「帰れ」と言い返すことができず、そうした請求が繰り返し行われれば、実直な債務者は精神的に追い詰められてしまうからである。
したがって、免責許可決定により請求力も消滅すると解すべきである。給付保持力も消滅すると解すべきかは、迷うところであるが、次の理由により、給付保持力は肯定してよいであろう。
免責債権についての弁済約束
免責された債権についての弁済約束は、破産者の更生を阻害することになるので無効とすべきである(横浜地裁昭和63年2月29日判決・判例時報1280-151)[22]。破産手続開始決定後・免責許可決定確定前における弁済の合意(準消費貸借の合意)も免責許可決定の効力を受ける(名古屋地判昭和55年12月12日・判タ440号139頁)。しかし、即時の弁済は、任意になされる限り有効である(給付保持力)。
免責債権を自働債権とする相殺
破産者が破産債権者に対する債権を有していて、免責許可決定確定後にその支払を請求してきたときに、破産債権者は、破産債権を自働債権とする相殺をもって対抗することができるであろうか。その答えは、受働債権の発生時期によって異なる。
(a)同時廃止の場合には、破産債権者が破産手続開始前の原因に基づいて破産者に対して債務を負っていることがある。破産債権者がこの債務と破産債権とを相殺することは認めて良い(相殺の担保的機能)。
半田簡易裁判所 平成16年12月10日 判決(平成16年(ハ)第197号)・判時1900号137頁は、破産債権者の貸付金債権と破産者の建物更生共済契約の解約返戻金債権との相殺が問題となった事例である。同時廃止事件であったため、相殺は、破産免責後になされた。裁判所は、免責された債務も、それ自体が消滅するのではなく、いわゆる自然債務として存続することを前提にして、破産手続においては、破産清算の特質を考慮し、一定の範囲で相殺の要件が緩和されている反面(旧破産法99条後段)、破産債権者間の公平性に配慮し、他の債権者の利益を不当に害する場合には、相殺権の行使が禁止されているところ(旧破産法104条)、破産手続終了後は、破産債権者間の公平を考慮する必要はないから、同104条に規定する相殺禁止にあたる場合であっても、破産宣告時において、破産者との関係で相殺への合理的期待が認められる場合には、なお、相殺権を行使することができるとした。その控訴審である名古屋地判平成17年5月27日・判時1900号135頁も、「破産債権者であった者は、自己の有する自働債権が免責の対象となっても、破産宣告の以前から受働債権との相殺につき合理的期待を有しており、かつ、当該受働債権が破産財団に属すべきものであった場合には、特段の事情がない限り、破産法所定の制約の下に相殺することができる」とした
(b)破産債権を有する者が免責許可決定確定後の原因に基づいて破産者に対して債務を負担した場合には、破産債権を有する者からの相殺はできないとすべきである。反対に解すれば、破産者の意に反した弁済を強制する結果となり、破産者が新たな経済活動を行うことが阻害される。とりわけ、破産債権が破産者の新たな債務者に譲渡され、この者によって相殺がなされることは許されるべきでない。
免責債権を被保全債権とする債権者取消権
免責許可決定の確定により破産債権の掴取力が消滅するので、それを被保全債権とする詐害行為取消権の行使は許されない。詐害行為取消権は、債務者に対する強制執行の対象となる責任財産を保全するために行うものだからである(東京地裁平成7.10.2判時1576-55、最判平成9.2.25判時1607-51)[18]。
免責許可決定確定後の給付訴訟
免責の効力を受ける債権に基づいて債権者が給付の訴えあるいは債務確認の訴えを提起してきた場合の取扱いは、次のようになる。
破産債権の中には、さまざまなものがある。一律に弁済責任を消滅させることは、適当ではない。さまざまな政策的考慮により、253条1項各号に挙げられた次の債権は、免責の効力を受けない[CL1]。
(a)公的な請求権
(b)生活に困窮を来す虞のある債権者の保護
(c)破産債権者の手続的権利の保護
悪意の不法行為に基く損害賠償債権
上記の中で、「悪意」をもって加えられた不法行為に基づく損害賠償債権(2号)に注意する必要がある。この「悪意」は、伝統的には単なる故意ではなく、他人を害する積極的な意欲、すなわち「害意」を意味すると説かれている(害意説。[谷口*1981a]340頁など)。しかし、母法のアメリカ法[26]を参照の上、「悪意」を通常の意味での「故意」と解してよいと説く見解が有力になっている。この見解はさらに進んで、暴走運転による事故の場合も2号に当たるとする(池田辰夫[注解*1985a]1149頁。故意説)。
この点についての最近の文献である[畑*2002a]は、不法行為を(α)交通事故に代表される人身損害の事実的不法行為と、(β)詐術によるクレジットカードの使用に代表される取引的不法行為とに類型化した上で、悪意の不法行為に基づく損害賠償請求権を非免責債権とする規定は、前者にのみ適用されるべきであり、現行法の解釈論としては、害意説をとらざるを得ないとする(135頁以下。立法論としては、暴走運転や飲酒運転による交通事故の損害賠償請求権については、非免責債権としてよい、と述べる)。
なお、取引債権といえども、取引の態様によっては悪意の不法行為に基づく損害賠償債権となりうる。例えば、東京高等裁判所 平成14年11月27日 第15民事部 判決(平成14年(ネ)第3161号)は、借入先の金融業者からの指示に従って別の金融業者から借り受けて弁済に当てることになった債務者が,融資の申し込みの際に既存債務額・借入れ先・毎月返済額等について虚偽の事実を申告して,145万円(手数料差し引き後の交付金額143万4775円)を年利25.55%でその借り受け,それから8日後に弁護士に債務整理を委任し,2ヶ月内に自己破産の申立てをして免責を得た場合に,この借受行為が悪意の不法行為に該当するとした。
使用者責任(民法715条)は法文上過失責任のみが問題となり、故意責任はありえないから、使用者責任により他人の不法行為について賠償責任を負う場合には、他人が「悪意」でも免責されると考えられている。もっとも、被傭者が悪意で不法行為をなすことを使用者が認識しながら放置した場合は別となろう。
強制的保険制度との関係
事故が生じやすい領域においては、被害者の保護のために、強制的な保険制度が用意されている場合がある。典型例は、自動車損害賠償補償法に基づく強制保険である。労働者災害保証保険法による保険制度もその一例れである。こうした強制保険制度が適用されるべき事故が生じた場合に、賠償責任者が保険に加入していれば、少なくとも保険給付がなされる範囲で救済を確実に受けることができ、そのことは、保証義務者について破産手続が開始された場合でも変わらない(責任保険一般に言えることであるが、破産手続開始前に生じた賠償請求権が破産債権になるが、責任保険にもとづく保険金請求権が形式的に破産財団に帰属するとしても、保険金は被害者に支払われるべきものであり、他の破産債権者の満足に充てられるべきものではないので、賠償請求権者(破産債権者)に直接支払われることになるからである。例えば、自賠法16条1項参照)。
問題は、破産者が強制保険制度に加入していなかったために、賠償請求権者が割合的満足しか受けることができない場合の処理である。この場合には、破産者が強制保険制度に加入していなかったこと自体を「悪意」と評価できる場合、又は「人身損害により生じた賠償」については、強制保険に制度に加入しないことについて「故意または重大な過失」があると評価できる場合には、その損害賠償請求権あるいは損害補償請求権は、2号あるいは3号の類推適用により、非免責債権になると解してよいであろう。
ただし、強制保険制度の代表例である自動車損害賠償法による強制保険は、加害車輌の保有者が強制保険に加入していない場合(いわゆる無保険車輌による事故の場合)でも、政府の保険事業により保険金は支払われる仕組みになっている(自賠法72条1項2文。保険金額は、自動車保有者が保険に加入している場合と同じである。自賠法施行令20条1項・2条)。労働者災害補償保険についても同様である(労災補償法6条、保険料徴収法3条により、保険対象事業の開始により当然に保険関係が成立し、保険加入者である事業主の保険料支払の有無にかかわらず、保険対象事故が生ずれば、労働者は保険者(政府)に保険金を請求できる。事業主による保険関係成立届出前あるいは保険料納付前に事故が生じた場合に関して、労災補償法25条も参照)。
したがって、破産者が保険加入義務を負っていたにもかかわらず保険に加入していないことについて「悪意」あるいは「故意又は重大な過失」があることを理由に、破産法253条1項2号あるいは3号を類推適用する必要が生ずる場合は、現在のところ思いつかない。しかし、もし仮にそのような場合があるとすれば、その類推適用は肯定してよいであろう。
雇用関係に基づいて生ずる使用人の債権
労働災害事故が生じた場合には、多くは労災保険によりカバーされるので、労働基準法75条以下の補償請求権を破産債権として扱う必要は乏しく(同法84条参照)、非免責債権性を論ずる必要も乏しい。ただ、もし仮に労災保険によりカバーされない補償請求権が残存するとすれば、それも253条1項非免責債権に含まれると解してよいであろう。
債権者名簿不記載の請求権
6号の規定の趣旨に鑑みれば、破産者が知っている請求権であれば、債権者名簿に記載しなかったことが本人の過失(失念)による場合でも同号に該当する。もっとも、債権者が破産者の失念ないし忘却の原因を作出したなどの特段の事情が存する場合は、別である。名古屋地方裁判所
平成14年3月13日 民事第9部 判決(平成14年(ワ)第200号)。
債権者名簿に記載されていなかった債権者が破産手続開始決定のあった事実を知っていた場合には、免責の効力は及ぶ。免責申立てに対して債権者が異議を述べるためには、免責申立てがあったことを適時に知ることが必要であるが、開始決定があったことを知れば、免責申立てがなされることは自らの注意で知ることができるであろうと考えられている。債務者から破産手続開始申立てを受任した旨を弁護士から通知されれば、債権者は間もなく開始決定がなされることを予知できるのが通常であるが、その通知から実際の破産手続開始まで3年以上の期間があるような場合には、破産手続開始決定がなされることを継続的に注意することを債権者に期待することはできず、その通知があったとの一事をもって破産手続開始決定のあった事実を債権者が知っていたということはできない(鳥取地方裁判所 平成15年7月1日 民事部 判決(平成15年(レ)第4号))。
免責許可決定は、免責された債権のために設定されていた人的担保および物的担保に影響を及ぼさない(253条2項)。付従性(保証人について民法448条参照)の原則の例外である。債権者は、次のような訴訟において、免責された被担保債権・被保証債権の効力を主張することができる。
保証人との関係
主債務者が免責許可決定を得ても、彼の保証人の保証債務は免責されない(253条2項)。債権者は、保証人に対して、被保証債権について免責決定がなかった場合と同様に、保証債務の履行を求めることができる。主債務者と保証人との人的関係が密接な場合(親族・親友)には、このことが破産手続開始申立てをなす上で実際上の障害となることがある。
主債務が免責許可決定により自然債務となったあとでは、これについて消滅時効を考える余地はないので、確定判決により給付を命じられた保証人は、主債務の消滅時効の完成を援用して保証債務の消滅を主張することはできない(最高裁判所 平成11年11月9日 第3小法廷 判決(平成9年(オ)第426号)、大阪高判平成8.11.21金融・商事判例1032-39)。それは、債権者が免責決定を受けた主債務者に対して時効中断措置(請求あるいは差押え)をとることができないことと表裏をなす。主債務者について破産手続が開始されたことにより、保証人は保証債務を履行すべき状態にあり、彼が時効により保証債務から解放されるのは、保証債務自体について時効が完成する場合に限られる(もっとも、これを妥当でないとする立場もある)。連帯保証人については、通常であれば458条・434条により主債務者に対する請求が保証人との関係でも時効中断事由になるが、主債務者が免責許可決定を得た後は、彼に対する請求は無意味であり、時効中断のためには、連帯保証人自身に対して保証債務の履行を請求することが必要である。
物的担保権との関係
担保権の代表として不動産抵当権を例にとることにしよう。
(a)破産者の財産上の担保権との関係 破産者の所有する不動産に抵当権が設定されていて、第一順位の抵当権の被担保債権額が不動産の時価より低い場合には、当該不動産は破産手続進行中に抵当権実行手続により換価されるのが通常である。抵当権実行手続において満足を得ることができなかった後順位抵当権者の債権は、無担保の債権となり、免責許可決定確定後は、債務者の一般財産(自由財産)から満足を得ることができない。
他方、第1順位の抵当権の被担保債権額が不動産の時価を上回り、抵当権者が時価の上昇を待つ場合には、破産管財人は、184条2項の規定により換価することができるが、その外に、破産者が個人の場合には、その不動産を破産財団から放棄することもできる(この場合でも、抵当権は別除権であり(65条2項)、不足額主義の適用を受ける)。後者の場合には、抵当権者は、免責許可決定確定後でも抵当権を実行して満足を得ることを妨げられない。
破産者の財産上に設定された抵当権について本登記がなされている場合には、債権者は抵当権を速やかに実行するであろうが、仮登記にとどまる場合には、破産免責後に抵当権が実行されないまま、被担保債権の本来の消滅時効期間が徒過する事態が生じうる(後掲 最判平成30年2月23日の事案参照)。この場合の問題処理は、「物上保証人との関係」について述べることと共通する。
(b)物上保証人との関係 債務者が免責許可決定を得ても、物上保証人の財産上の担保権は影響を受けない(253条2項)。破産手続開始前に第三取得者が破産者から取得した財産上の抵当権も影響を受けない。前掲最判平成11年を前提にすると、被担保債権が免責許可決定により自然債務となったあとでは、これについて消滅時効が完成したことを理由とする担保権の消滅を考える余地はない。このため、民法396条を前提にすると、物上保証人との関係では、時の経過による抵当権の消滅はないことになる。抵当権者は、被担保債権の債務者について破産手続が開始されると、抵当権を実行するのが通常であるので、実際上の不都合はほとんどないが、それでも、抵当権が長期間にわたって実行されない事態は想定しておくべきであり、抵当権が長期の不行使にもかかわらず消滅することがないとするのは、時効制度の趣旨に反しよう。選択肢としては、次の2つが考えられる。
(c)第三取得者との関係 第三取得者との関係では、民法167条2項により抵当権自体が時効により消滅することが認められているので、状況は若干異なるが、20年の時効期間を長いと見るかどうかの問題は残る。次の2つを選択肢として挙げておくべきであろう。
何れをとるべきかは迷うが、次のことも考慮すると、2の選択肢を採るべきであろう:被担保債権について破産債権の届出がなされていない場合、20年の時効期間を長いとあるいは届出がなされたが破産者が異議を述べた場合には、被担保債権の存否・額の問題を抵当権者と物上保証人・第三取得者との間で確定する必要があり、それに債務者が関与することはほとんど期待できず、証拠の散逸による法律関係の不明確の問題が生ずること;抵当権者は、破産手続開始後ただちに抵当権を実行することができること。
判例の立場 最高裁判所 平成30年2月23日 第2小法廷 判決(平成29年(受)第468号)は、破産者の財産上に設定された抵当権について、前記1の立場を採用し、次のように説示した:「抵当権の被担保債権が免責許可の決定の効力を受ける場合に は,民法396条は適用されず,債務者及び抵当権設定者に対する関係において も,当該抵当権自体が,同法167条2項所定の20年の消滅時効にかかる」。物上保証人についても、第三取得者についても、同様な考えが採られると予想される。
免責許可決定の確定により、破産者は、それ以降は弁済責任を免れ、破産者と債権者との法律関係が大きく変動する。破産債権者表が作成されている場合には、それに免責許可決定確定の旨を記載する(253条3項)。この記載により、債権者表の記載に確定判決の同一の効力(執行力)が生じている場合でも(221条1項)、その効力は消滅する(後述参照)。
文 献
請求異議事由に該当する
免責許可決定の確定により、非免責債権を除き、破産債権の掴取力は消滅する。したがって、その破産債権の満足のための強制執行は許されない。債権者が破産債権について債務名義を有している場合には、債務者は、請求異議の訴えにより執行力の排除を求めることができる。
免責許可決定の確定のみを理由とする執行の取消しの可否
免責手続終了後に債権執行の申立てがなされ、債権差押命令の発令後に執行債務者が確定した免責許可決定を提出した場合に、執行裁判所は、債権差押命令を取り消すことができるであろうか。疲弊した債務者に請求異議の訴えを提起する負担を負わせることが妥当かが問題となる(判時1545-59の解説を参照)。旧法下において免責手続中に開始され債権執行についてであるが、大阪地裁の裁判官は、差押命令を取り消したところ、大阪高決平成6.7.18判時1545-58は、執行債権に免責許可決定の効力が及ぶかは明確でなく、債務者には請求異議の訴えや不当利得返還請求の訴えによる救済の道があり、それによるべきであるとして、確定した免責許可決定が提出されたことを理由として債権差押命令を取り消すことは許されないとした。解釈論としてはやむを得ないであろう。
もっとも、破産債権者表の記載が287条により債務名義となる場合には、免責許可決定の確定の旨の記載により、執行力は当然に排除されると解してよいであろう。もっとも、非免責債権については、意見は分かれよう。
破産債権者表の記載に基づく新たな強制執行
免責許可決定が確定した後で破産債権者の記載に基づいて強制執行をすることができるかが、非免責債権について問題になる。最高裁判所
平成26年4月24日 第1小法廷 判決(平成25年(受)第419号)は、これを肯定し、次のように説示した:{破産事件の記録の存する裁判所の裁判所書記官は,破産債権者表に免責許可の決定が確定した旨の記載がされている場合であっても,破産債権者表に記載された確定した破産債権がその記載内容等から非免責債権に該当すると認められるときには,民事執行法26条の規定により執行文を付与することができる」(したがって、「免責許可の決定が確定した債務者に対し確定した破産債権を有する債権者が,当該破産債権が非免責債権に該当することを理由として,当該破産債権が記載された破産債権者表について執行文付与の訴えを提起することは許されない」。直接の判旨は、こちらである)。したがって、次のようになろう。
これを前提にすると、免責決定は、免責債権についてのみ破産債権者表の執行力を排除すると言ってよい。
破産者は、次の理由により免責を得られないことがある。
いずれの理由により免責が得られなかったとしても、一定期間経過後に再度破産した場合には、破産者は、免責許可申立てをなしうるとすべきである(詳しくは、[栗田*1983a]参照)。以下では、最初の破産を旧破産、それが終了した後の二度目の破産を再破産と呼び、旧破産の破産債権を旧債権、旧破産の手続開始後に原因のある債権を新債権と呼ぶことにする。
免責不許可は、債務者が最低生活(憲法25条で保障された健康で文化的な最低限度の生活を下限とし、それに近い生活)に耐えて弁済期にある債務の弁済を行うべきことを意味する。このことを前提にすると、(α)債務者は、支払不能の状態が一度解消するまで免責を得ることができないと考えることもできる。しかし、破産手続開始決定があれば、同時廃止の場合であっても、ほとんどの債権が弁済期到来ずみになるであろうから、支払不能の解消は、原則として全ての旧債権の完済を意味することになる。したがって、この考えは、実質的に見て、免責不許可になった旧破産の破産債権について、永久に免責を認めないことと同じである。しかし、それでは、債務者が長期にわたり最低限度の生活を余儀なくさせられることがあり、幸福追求権の保障として免責制度が認められた趣旨に反する。他方、 (β)旧破産において免責不許可決定が確定した場合に、債務者は依然として支払不能の状態にあるが、だからといって、債務者がすぐに再度破産申立てをして免責許可申立てをすることを許すことも問題である。一定の要件の下でのみ免責を認めるべきである。
(1)新債務がまったくない場合
免責は、次の要件の下で、認められるべきである。
(a)原則 免責を拒絶された債務者は、特段の事情がなければ、その後7年間は最低生活に耐えて弁済の努力をなさなければ、再破産時に免責を与えられないと共に、どの債務者も、7年間にわたって最低生活に耐えて債務の弁済の努力をすれば、免責を与えられる(病気・怪我等により自己の最低生活を維持するのに必要な金額以上の収入を得ることができなかった等の正当な事由がある場合には、まったく弁済がなくてもよい)。252条1項10号は、その趣旨を旧破産において免責不許可事由がなかった債務者について消極的な形で表明したものであり、かつ、新債務の弁済の努力をしたことを免責の要件としていない点で、再破産における免責の要件を軽減したものと理解できる。したがって、旧破産において免責を拒絶された債務者がその後7年間にわたり最低生活に耐えて破産債権者に弁済(執行による満足を含む──以下同じ)をなす努力を続けた場合には、再破産時に免責不許可事由がなければ、免責を与えてよい。旧破産終了後の弁済の努力を免責の要件とするのであるから、旧破産までの事情を考慮する必要はない。
(b)例外1 上記の原則の適用にあたって、最初の破産で免責が認められた後、6年後に債権者の申立てにより2回目の破産手続が開始され、252条1項10号に該当することを理由に免責許可申立てが棄却されたような場合は、例外とすべきである。他に免責不許可事由がないとすれば、この場合に、2回目の破産(旧破産)の時期と3回目の破産(新破産)時期との間に7年以上の経過を要求し、そうでなければ10号に該当するから免責は与えられないとするのは彼に酷である。最初の破産の時から7年が経過してから3回目の破産手続(新破産)が開始されたのであれば、10号には該当せず、他の不許可事由がなければ免責は付与されうるとすべきである。
(c)例外2 病気・怪我等により債務者が将来にわたって自己の最低生活を維持するのに必要な金額以上の収入を得ることができないことが明確になった場合には、7年経過前に再破産した場合でも、免責を与えることも許さるべきである(裁量免責)。
(2)旧債務の他に、新債務がある場合
免責不許可は、債務者が最低生活に耐えて債務の弁済を行うべきことを意味するが、それは旧債務についてのみ妥当することであり、破産手続開始決定後の新債務についてまで妥当させるべきではない。例えば、旧破産において免責を得ることができなかった債務者がこれまでの住所地から離れて生活を始めたが、そこで数年後に詐欺的商法に引っ掛かって再び多額の債務を負い(あるいは、他人の保証人になり多額の保証債務を負い)、破産して免責を求めざるを得ないとしよう。この場合に、再破産との関係では免責不許可事由がない場合に、旧債権について支払不能状態が解消されていないから新債権についても免責を与えることができないとする理由は見いだしがたい。旧債権を除外して免責を与えてよいと考えたい(一部免責)。新債権者からの申立てに基づき破産手続開始決定があった場合は、特にそうである。債務者が旧債権の弁済のために新たな借り入れをなして、その新債務が支払不能になった場合に、それで適切な解決が得られるかが問題になるが、この場合には新たな借り入れの際の債務者の態度が免責不許可事由(さしあたりは、252条1項5号)にあたるかを問題にすれば足りよう[16]。
他方、旧債権に免責を与えるか否かは、(1)で述べたことが標準にされる。この点で、再度の破産の場合に破産債権のうちで新債権と旧債権とは取扱いを異にし、新債権のみを免責すべき場合には、裁判所はその旨を明示して免責の及ぶ範囲を明確にすべきである。
個人の自己破産は、免責を得ることに意味があり、免責を得ることが困難な場合には、債務者はそもそも破産手続開始申立てを取り下げるであろう。しかし(α)債権者の申立てに基づく破産の場合には、破産手続開始決定を受けたが、免責不許可事由があるために免責許可申立てをしないこと、あるいは免責許可申立てを取り下げることは十分にありえる。また、免責不許可事由がないにもかかわらず、免責許可申立てを失念した、あるいはその他の理由により免責許可申立てをしなかった場合もあろう。(β)自己破産の場合でも、免責を得ようとして破産手続開始決定だけは受けて、免責審理の段階で免責不許可事由を指摘されて免責許可申立てを取り下げることもありえよう。
これらの場合に、債務者による再破産の申立てあるいは免責許可申立てをどのように扱うべきかについては、議論はまだ少ない。それでも、債務者が最初の破産手続において免責許可申立期間を徒過した場合に債務者が再度破産手続開始申立てをなして免責を得ることができるかについてはいくつかの先例があり、見解は、次のように分かれている。
免責制度の趣旨により、肯定説をとるべきである。