法学学習ガイダンス1
関西大学法学部教授 栗田 隆
皆さんは、法学部で多くのことを学んだ後、いわば最後の仕上げとして、適当な問題を取り上げて、それについて自分の考えを論文(ないしレポート)にまとめるのがよいでしょう。専門演習に参加すると、論文作成が課題となります。法学の論文も自分の考えを他人に伝えるものである以上、他人が読んでおもしろいと思うもの、感動や知的好奇心を呼び起こすものであることが必要です。ただ、学術論文ですから正確さが要求され、また、複雑になりやすい議論をできるだけ整理して、小見出しをこまめに付けながら、他人に読みやすく書くことが求められます。論文の内容は、皆さんが専門演習などで先生の指導を受けながら考えることとして、ここでは、論文のスタイルについて説明しましょう。論文のスタイルは、法学の領域により、また人によりさまざまです。取り上げるテーマによっても異なりますが、ここでは、私が民事訴訟法の解釈学の論文を書くときに通常用いているスタイルを説明しましょう。
私の論文は、おおむね4段構成です。まず、「問題の提起」を書いて、そこで議論する問題を特定します。取り上げる問題は、1つまたは2つに限定します。法律の議論は、一人よがりなものであってはなりません。常に、これまでどのように考えられていたかを整理することが必要です。したがって第2節は、「判例・学説」の整理となります。この節を書くために丹念に資料集めをしなければなりませんので、論文作成の仕事は頭脳労働というより肉体労働になりがちです。なお、判例を紹介するときに、年代順に主要な判例を紹介する方法と、見解が対立している問題点について各見解ごとに代表的な判例を紹介していく方法とがあります。どちらをとるかはテーマによります。書いた結果が読みやすくなる方を採用します。迷う場合には、年代順に紹介するのが無難でしょう。学説は、細かく分ければ学者の数だけあることになり、それを全部列挙した論文は退屈です。何が重要かを見極め、小異は捨てて、4つか5つにまとめるのがよいでしょう。次に、「問題の検討」と題して、自分の考えを書きます。可能な限り多くのことを疑い、そして自分の考えを持つのです。結果的に他人の意見と同じになるか否かは、重要ではありません。懐疑と思索の後で、自分の考えを自分の言葉で表現することが大事です。論文の中でこの部分が執筆者の個性の最もよく現れる場所です。そして、最後に全体の「まとめ」を書きます。ギリシャの昔から、雄弁術の基本の一つとして、まず何を論ずるかを明らかにし、問題を論じ、そして、最後に何を論じたかをまとめよ、といわれています。上記の4段構成はその基本に従ったものです。ただ、口頭での思想の伝達と異なり、文字での伝達の場合には、最後のまとめは冗漫なように思える場合があります。その場合には、第1節の「問題の提起」の末尾に、その論文の結論を要約することもあります。新聞の記事構成と同じです。この場合には、第3節で外国法を紹介したり、あるいは前提問題について議論してから、第4節で「問題の検討」を行います。私の場合、この頃はこの形式が多くなっています。
法学を学ぶ者は、常に他人の意見に耳を傾けなければなりません。論文ではそのことを明示的に示すことが必要です。他の人が検証しやすいように、他人の意見は、通常、既に発表された文献の中から採用します。文献の中に書かれたことの一部をそのまま記載する場合(引用 quotation)、その趣旨を手短に書く場合のいずれにおいても、関係する文献を表示すること(参照指示 citation)が必要です(著作権法48条・19条も参照)。英語では、quotationとcitationとの区別は明瞭ですが、日本語では、両者を合わせた意味で「引用」ということがよくあります。Quotationは必要最小限度にとどめるのが原則です(著作権法32条は、「正当な範囲」で引用できるとしています)。とはいえ、具体的な長さは人により、また法領域により異なります(民事訴訟法の領域では、長く引用することは少ない)。もっとも、判例は著作権の対象にはなりませんし(著作権法13条)、事実関係を整理して紹介すること自体が労力を要することなので、多少長めになってもよいでしょう。ただし、多数の判例が長々と引用されていると、読む気力が消えてしまいます。Citationについては、本文の中に直接書く方法と、本文とは別個に注を設けて、そこに書く方法とがあります。どの方法でも実質は変わらないのですが、私は後者の形式に慣れています。本文とは別個に注を設ける利点は、枝葉のことを注に書いて、本文を読みやすい筋の通った物語りにまとめることができることです。その代わり、注に書いたことは読み飛ばされるのが通常であることを覚悟しなければなりません。
ゼミナールで論文作成の課題を出したのに、提出された論文が教科書の丸写しである場合には、がっかりします。私の専門演習では、皆さんが自分の力で法律の論文を確実に書くことができるようにするために、判例を中心に書くように指導しています。3年生の前期にテーマを一応決め、夏休みにそのテーマに関係した判例を10件コピーし、次の春休みにさらに10件コピーして、それを材料にして論文をまとめるように指導しています。判例を読んで、事実関係を簡潔に紹介して、裁判所がどのような判断をしたかを要領よく紹介するという準備作業を10ないし20件の判例について繰り返すことだけでも、意味があります。そして、それらの判例を、相互の関連・対立に配慮しながら、読み手の好奇心を呼び起こすような形でうまく並べるのです。同時にその他の文献もできるだけ多く読んで、自分の論文の中に取り込むのが良いでしょう。その後で、取り上げた問題にどのような解答を与えるべきか決断するのです。多くの法律問題に複数の解答の選択肢があり、どの選択肢をとっても大抵どこかで不都合が生じます。どの選択肢をとるべきか迷うのが通常です。迷いつつも一定の理由付けをして決断していくことが重要です。その際に、自分の結論はこうであり、その理由は以下のとおりである、と書くのも一つの方法ですが、それよりは、推理小説同様に、結論が最後にくる方がおもしろいでしょう。第2節(判例・学説)で可能な選択肢が紹介されていますので、自分の採用しない選択肢についてなぜ採用できないかを順番に論証していくのです。最後に自分が採る選択肢について書くのです。以上は、私が専門演習の参加者に期待している論文です。一般演習では、もっと気楽なレポートでよいとしています。他の先生は、もっと他のことを期待している場合があるでしょう。ともあれ、たくさんの文献を読み、友達と議論してください。そうすれば、自然に自分の言葉でよい論文を書くことができるようになります。
文献の出典の表示てるいは参照指示の表示方法は、研究領域によって異なります。私のWebサイトでは、執筆者名と年号を組み合わせた方法を採用していますが、法律の世界では、一般的な方法とはいえません。みなさんは、まず、下記の資料を参考にして、法律学の世界における文献引用の一般的方法に習熟してください。
日本語の文章作成技法や論文作成技法については、多数のページがあります。高知大学・Prof. Yoshikura「日本語技法の広場」を起点にして、さまざまなページに行ってみてください。
さまざまな領域において、さまざまな論文ないし文章の書き方が説かれています。どれが正しいか、あるいはベストであるかという視点に立つ前に、さまざまな書き方があることを味わってください。そうすれば、論文あるいは文章はこう書くのだと断定した説明も、実は、数ある書き方の内の一つのなのだいうことがわかるでしょう。