関西大学法学部教授
栗田 隆
法律の世界には日常用語とはいくぶん違った意味で使われる言葉、あるいは特異な雰囲気の言葉がいくつかある。民事手続法の世界の言葉を中心に、それについて簡単に説明しておこう。
規定内容 | 規定の文言 | 注 |
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当事者に申立権があり、かつ職権ではすることができない場合 | 「、申立てにより、」(例:民訴法260条) | ただし、別の規定により、職権ですることが認められている場合もある(民訴法234条と237条。237条がなければ、職権での証拠保全は許されないことになる)。 |
裁判所が職権ででき、かつ当事者に申立権がない場合 | 通常は、「職権で」という言葉を使わずに、単に、「裁判所は、・・・することができる」と規定する(例:民訴法151条1項)。 しかし、強調のために、「裁判所は、職権で、・・・することができる」と規定することもある(例:民訴法228条3項) |
当事者には申立権が認められていないので、当事者から申立てがあっても裁判所はそれを無視することができる。しかし、申立てを受けて職権で所定の行為をすることは許される。この場合の申立ては、「職権の発動を求める申立て」と呼ばれる。 |
当事者に申立権があり、かつ職権でもできる場合 | 「、申立てにより又は職権で、」(例:民訴法157条1項) |
複数とすべき(「ら」を付けるべき)か単数とすべきか(「ら」を付けずにおくべき)か迷う場合がある。
次の各号に掲げる執行については、それぞれ当該各号に定める規定を準用する。
1 仮差押えの登記をする方法による仮差押えの執行 民事執行法第46条第2項 、第47条第1項、第48条第2項、第53条及び第54条 2 強制管理の方法による仮差押えの執行 同法第44条 、第46条第1項、第47条第2項、第6項本文及び第7項、第48条、第53条、第54条、第93条から第93条の3まで、第94条から第104条まで、第106条並びに第107条第1項
読替付の適用(準用)の場合 一般の場合についての規定をその文言の一部について読替を付して特別の場合に適用する場合には、各規定毎に読替え前の文言と読替え後の文言を明示することになるので、3段(3列)構成の表を作ることになる。そのような例として、信託法261条がある。柱書は、「受益者の定めのない信託に関する次の表の上欄に掲げるこの法律の規定の適用については、これらの規定中同表の中欄に掲げる字句は、同表の下欄に掲げる字句とする。」となっており、すべて「掲げる」である。
否定の場合の注意 破産法162条2項柱書は、次のように規定している:「前項第一号の規定の適用については、次に掲げる場合には、債権者は、同号に掲げる行為の当時、同号イ又はロに掲げる場合の区分に応じ、それぞれ当該イ又はロに定める事実(同号イに掲げる場合にあっては、支払不能であったこと及び支払の停止があったこと)を知っていたものと推定する。」。
1項1号イは、次のような文言である:「イ 当該行為が支払不能になった後にされたものである場合 支払不能であったこと又は支払の停止があったこと。」。
したがって、「イに定める事実」は、「支払不能であったこと又は支払の停止があったこと」を指す。このままでは、どちらか一方を知っていたと推定することになる。「又は」を「及び」に置き換えた内容をかっこ書で明示したのは、両方とも知っていたと推定することにより、その否定(両方とも知らなかったこと)の証明責任を受益者に負わせるためである。
二重否定の表現 | 肯定表現 |
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若干の疑いがないわけではない。 | 若干の疑いはある。 |
全く信頼できないわけではない。 | 信頼する余地は少しはあるだろう。 |
わずかな疑いもないと誰もが考えているわけではない。 | 少しは疑いがあると考えている人もいるだろう。 |
・・・の能力が必要でない領域はない。 | すべての領域において、・・・の能力が必要である。 |
法律の世界の文章における送仮名の付け方は、マスコミの世界のそれとは幾分異なる。法律の世界において標準となるのは、第一は最近の法律であり、第二は最高裁判所の裁判例である。それらの表記法を参考にしながら、早く慣れていただきたい(ただし、私自身も時折間違うことでもあり、また軽微な形式的事項であるので、試験において減点の対象にすることはない)。