関西大学・栗田隆:著作権法注釈
著作権法 第40条(政治上の演説等の利用) |
(1) 公開して行なわれた政治上の演説又は陳述及び裁判手続(行政庁の行なう審判その他裁判に準ずる手続を含む。第42条において同じ。)における公開の陳述は、同一の著作者のものを編集して利用する場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。
(2) 国又は地方公共団体の機関において行なわれた公開の演説又は陳述は、前項の規定によるものを除き、報道の目的上正当と認められる場合には、新聞紙若しくは雑誌に掲載し、又は放送し、若しくは有線放送することができる。 (3) 前項の規定により放送され、又は有線放送される演説又は陳述は、受信装置を用いて公に伝達することができる。 |
本条は、著作物の第一次的な利用目的の特質を考慮してその著作権を制限する規定である。第1項が、次の2種類の著作物について、広範な自由利用を定める。
第2項・3項が、国または地方公共団体の機関においておこなわれた演説・陳述について、報道目的の利用を認めている。
本条1項は、公開の場での陳述という共通項により、政治上の演説・陳述と裁判手続における公開の陳述の自由利用を規定している。しかし、前者は個人のプライバシーに関わることが少ないのに対し、後者は極めて高い点でかなり異質であり、同日には論じ得ない。後者については、本条により自由利用が認められても、プライバシーの保護等の別の観点からの利用規制がありうることを前提に解釈すべきである。
本条は、裁判手続における公開の陳述の自由利用を認めている。これは、裁判の公開原則の実質的保障のためであり、公開法廷で行われる対審(審理)を傍聴できなかった者にも、裁判の基礎資料へのアクセスを容易にして、裁判の当否の判断を容易にする点に意義がある。本条により、例えば、口頭弁論における公開の陳述を複製して記録集を作成し、配布する行為は、誰がしても著作権侵害にならない。
ところが、民事訴訟法は、次に示すように、そのような行為にそれほど寛容ではなく、利害関係のない者が裁判における公開の陳述を複製して一般公開に付すことを予定しているとはいえない。
著作権法と民事訴訟法との間には、裁判における公開の陳述の取扱の基本姿勢にかなりの相違がある。それは、どのように解決されるべきであろうか。著作権法は、著作権が裁判の公開の実質的保障の妨げになることを回避しようとしたにすぎないと考えるべきであろう。すなわち、裁判における公開の陳述をどのような態様で一般公開に付すかは、訴訟に関与する者の利益を考慮しながら、訴訟法が定めるべき問題である。著作権法は、裁判における公開の陳述を訴訟法の定めを超えて自由に利用できるようにするものではない。訴訟記録を謄写した者がそれをどのように利用するかは、その者の責任においてなすべきことであり、裁判所は責任を負わない。謄写した者が、裁判における公開の陳述を複製して複製物を譲渡すること、あるいは公衆送信することは著作権侵害にはならないが、しかし、名誉毀損その他の不法行為となることはありうる。
また、本条が裁判の公開の原則の実質的保障のための規定であるという点からすれば、訴訟記録に含まれる著作物のすべてについて自由利用を認めるのが好ましいが、本条はそこまで認める趣旨の規定ではないことも承認すべきである。例えば、42条の規定により他人の著作物が複製されて裁判所に提出され、裁判の基礎資料となった場合に、その著作物も本条により自由利用に服させたのでは、著作権者の利益があまりにも害される。本条に過度の期待を寄せることなく、「裁判における公開の陳述」の範囲を定めるべきである。
裁判においては、「口頭による陳述」のほかに「書面による陳述」という概念が認められている(例えば民訴215条参照)。裁判の公開の原則の実質的保障の趣旨に従い、後者も本条の適用範囲に入ると解釈すべきであり、そのように解しても対象が広がりすぎることはない。
以上のことを前提にすると、審理が公開されている場合に、次のものが「裁判における公開の陳述」に含まれる。
口頭弁論における当事者の陳述
当事者または代理人が弁論として陳述する場合に、通常は裁判所に準備書面を予め提出するとともに相手方に直送し(民訴161条、民訴規則79条・83条)、口頭弁論期日においては「準備書面記載のとおりです」と述べるに止めることが多い。この場合でも、準備書面の記載内容の全体が本条の対象になると考えるべきである。これを本条の対象外としたのでは、本条の趣旨を達することができないからである。なお、「準備書面記載のとおりです」という陳述は、著作物性の要件を満たさないが、これに付加して著作権の対象となる陳述が口頭でなされれば、それも本条の対象となる。
口頭弁論を経ることなく上告が却下された場合は、どうであろうか(民訴319条)。上告棄却判決に添付された上告理由書の利用に関して重要な問題となる。上告審の判決は、上告理由書に答える形で書かれるものであり、その正当性は上告理由書との対比において判断されるべきものであること、そして、上告人は上告理由書を上告審の口頭弁論において陳述することを予定して書いていることを考慮すれば、本条1項の趣旨に従い、その類推適用により、これも自由利用に服させるべきである。口頭弁論を経ることなく訴えあるいは控訴が却下された場合(民訴140条・290条)、上告が決定で却下される場合(民訴316条・317条)、訴状が裁判長の命令により却下される場合(民訴137条)にも、同様に類推適用を肯定すべきである。
弁論準備手続における陳述
弁論準備手続は、限定公開である(民訴169条)。この手続における陳述を本条の適用範囲に含めるべきか否かは、被妙な問題である。裁判の基礎資料となる範囲で本条の適用範囲とすべきであろう。形式的には、民訴173条の結果陳述の対象とされたものが裁判の基礎資料となるのであり、その範囲で口頭弁論において陳述されたことになり、本条の適用に服すと考えたい。民訴175条以下の書面による準備手続についても同様である。
任意的口頭弁論および審尋手続における陳述
裁判が決定あるいは命令でなされる場合には、口頭弁論を開くか否かは、裁判所(官)が定める(民訴87条1項但書き)。口頭弁論が開かれた場合には、そこでの陳述は、本条1項の対象になる。口頭弁論を開かない場合には、裁判所は審尋の方法により資料を収集することができるが(民訴87条2項・187条)、この手続は公開の手続ではない。この手続での陳述は、本条1項の対象になるのであろうか。決定や命令も、広く国民に伝えられべきものとして13条の対象となり、その裁判の基礎資料も自由利用に供せられることが望ましいが、この結論と条文の文言とは必ずしもうまくかみ合わない。結論の正当化のためには、本条1項の趣旨の援用が必要である。1項が手続の公開を要件の一つとして挙げた趣旨については、次の2つの理解が可能である。
aの理解を前提にすれば、審尋手続における陳述は、本条の対象外とされるべきである。しかし、bの理解を前提にする、必ずしもそうならない。決定で完結すべき事件について口頭弁論を開くか否かが任意的とされた理由は、事件の迅速な処理のためである。審尋手続で審理される事件において、当事者の秘密の保護が常に必要であるとは限らない。労働仮処分事件が審尋手続で審理された場合には、手続の経過を事後的であれ公開する要請は高いであろう。しかし、審尋手続で処理される事件のなかに、当事者・利害関係人の秘密が尊重されるべき事件もありうる。要するに、判決手続では憲法82条2項の基準により非公開とされるべき事件が決定されるので、「裁判手続における公開の陳述」という基準により裁判の実質的公開の要請と利害関係人の利益保護の要請との調整が適切になされるが、審尋手続ではこの基準によってはその調整が適切になされないのである。こうした問題点を抱えながらも、上記の2つの理解の内では、やはりbの理解が正当であろう。これを前提にした上で、審尋手続において提出された資料(著作物)の自由利用を認めるべきか否かは、難しい問題である。裁判の公開の実質的保障(国民が裁判の基礎資料をも参照して裁判の正当性を検証することを可能にして、裁判の公平性を高めること)の理念を尊重すれば、審尋手続おける陳述もできるだけ自由利用に供することが望ましいのは確かであるが、現行法の解釈としては、条文の文言を尊重して、審尋手続における陳述は、本条の1項の対象にならないとしておこう。
鑑定人の陳述
裁判所は、鑑定人に、書面又は口頭で、意見を述べさせることができる(民訴215条)。鑑定人が口頭でなす意見陳述が本条の「公開の陳述」に該当することに、問題はない。書面で述べた場合も本条の適用範囲に含めるべきであろう。それが、裁判の基礎資料となるべく作成されたものであり、鑑定人の経済的利益が鑑定料により償われことは、口頭での意見陳述の場合と同じだからである。もっとも、本条1項により鑑定意見が自由利用に服することが原因となって鑑定料が高額になるのであれば、当事者の負担軽減のために、鑑定意見を自由利用の対象外とすることも十分考えられるが、これは本条の文言を前提にすれば、立法論となろう。
証人尋問・当事者尋問における陳述
証人尋問または当事者尋問における陳述(質問と証言の双方を含む)も本条1項の対象となる。民訴205条により証人尋問に代えて提出された書面については、鑑定人の場合と同様な疑問が生ずるが、これも同様な理由により本条の適用範囲に含めてよい。
行政庁における手続
行政庁の行なう審判その他裁判に準ずる手続についても、上述のことが妥当する。
政治上の演説または陳述は、「政治の方向に影響を与えるような意図をもって」なされる演説・陳述を指す([加戸*1994a]227頁)。大臣の所信表明演説が代表例である([加戸*1994a]229頁)。公職選挙法150条1項による政見放送も本条に含めてよい。国会や議会における議員の討論・質問は、本条1項ではなく2項に該当するとの見解が有力であるが([加戸*1994a]229頁)、国民が議員の活動を評価するためには、議員の長期間に渡る活動内容を知ることが必要であり、議員の国会・議会における発言は、原則として本条1項に含まれるとすべきである。
他方、政治に関する解説は、含まれない。また、政治上の演説又は陳述は、口頭での演説または陳述に限定されよう。裁判の場合と異なり、政治上の陳述について「書面による陳述」の概念を認めると、雑誌等における政治上の意見表明も自由利用に含まれることになり、対象が広がりすぎ、出版費用という形で経済的負担を伴う政治的意見の表明がかえって阻害されるからである。
本条1項により自由利用が許された演説・陳述は、同一の著作者のものを編集して利用する場合を除き、複製・公衆送信その他の方法により利用することができる。「いずれの方法によるかを問わず」とされているので、43条のような規定をまつまでもまなく二次的利用(27条)も許され、同一性保持権の侵害にならない限り翻訳や要約も許される([加戸*1994a]228頁)。また、47条の3のような規定をまつまでもなく、他に複製物を譲渡すること(26条の2)ができる。
同一の著作者のものを編集して利用することは、自由利用の対象外とされている。その著作者が著作物を編集して出版する利益を保護するためである。特定の総理大臣の1名の演説を集めて、演説集という形で複製することは許されない。しかし、歴代内閣総理大臣演説集という形で編集して複製することは、許される([加戸*1994a]228頁)。
本条1項による自由利用も、著作者人格権(氏名表示権・同一性保持権)による制限に服し(50条)、さらに出所表示義務が課せられている(48条1項2号)。
本条1項により自由利用に服することになる裁判における公開の陳述については、著作権法上は、当事者のみならず第三者も、同一の著作者のものを編集して利用する場合を除き、複製、公衆送信その他の方法により、自由に利用することができる。特に次の2つの利用方法により、裁判の一般公開が徹底されることになる[1]。
但し、訴訟資料の公開がプライバシー侵害や名誉毀損になるかは、著作権法の関知しない別個の問題であり、公開の時期・方法や公開される内容を考慮して決定されよう。例えば、女性に対する暴行を理由とする損害賠償請求事件にあっては、裁判が非公開にされたか、あるいは秘密保護のための閲覧制限(民訴92条)がなされたか否かにかかわらず、暴行場面の詳細な描写を含む訴訟資料を当事者の住所・氏名まで明らかにしてWebで公開することは、被害者の人格的利益に対する配慮を欠く行為であり、人格的利益の不当な侵害と評価されることがあろう。
国や地方公共団体の機関において行われた公開の演説・陳述は、国民に知らされることが望ましい。著作権がその妨げとならないようにするために、報道の目的上正当と認められるには、新聞紙若しくは雑誌に掲載し、又は放送し、若しくは有線放送することができ(2項)、さらに受信装置を用いた公衆伝達もできる(3項)。2項の文言からは明瞭ではないが、2項の対象となるのは国会や議会というような「公開討論の場である公の機関」においておこなわれた演説または陳述と解されている([加戸*1994a]229頁)。
2項・3項の対象となるのは、1項の対象とならない演説・陳述である。裁判所も国家の機関であるが、法廷で行われる口頭弁論を「公開の討論」と位置付けるか否かは、訴訟観に依存しよう。ただ、裁判所において行われる公の陳述は、ほとんどが第1項の適用をうけるので、2項が適用されるのは、実際上、国会・議会における公の演説・陳述で政治上の意見の表明に該当しないものと言ってよい。具体的には、参考人の意見陳述であり、議員の質疑、政府側の答弁のうちで、1項に該当しないものである([加戸*1994a]229頁参照)。
有線放送と自動公衆送信とは別個のものとされているので(2条1項第9号の2・第9号の4参照)、2項を厳格に解釈すれば、Webへの掲載は本条2項の対象外となる。有線放送以外の形態での有線送信での利用を認めなかった理由を、[加戸*1994a]229頁は、「報道目的による場合が考えにくいためである」と説明している。社会の変化の早さを感じさせる説明である。有線送信権が規定された1986年当時には、リクエスト型有線送信が報道目的に利用されることは確かになかった。しかし、その後のWebの普及により、自動公衆送信(リクエスト型有線送信)も報道目的に利用されるようになった。マスメディアとしてみた場合、有線放送と自動公衆送信とを区別する意味がほとんどないまでになったが、それでも後者には、前者にはない次の特質がある。
こうした特質を考慮すると、本条が報道の媒体から自動公衆送信を除外したことは、慎重な措置として一応評価することができる。しかしそれでも、Webが報道媒体としても普及した現在、立法当時の社会状況を前提にして作られた文言を墨守することは、現実にあわない。条文における有線放送等の報道媒体の列挙は、限定列挙ではなく例示列挙であると考え、「報道の目的上正当と認められる場合」という要件により著作権者の利益との調整を図るべきであると考えたい。もちろん、本条2項により利用が許された陳述をデータベース化することについては、当該陳述の著作権者の同意が必要である。
電子メイルも同様に報道媒体となりうる。東欧革命において電子メイルが果たした役割の重要性は語り継がれている。これによる報道も、本条2項・3項の対象となるとしてよいであろう。