講義要項・2000年度
民法基本判例特論(少人数)(2年生・春学期)
関西大学法学部教授 栗田 隆
担保物権法について、指定の教科書を丁寧に読みつつ、重要な論点について最高裁の基本判例を読んで、判例の研究を行います。教科書は、その内容をよく理解した上で、要点を教科書を閉じて自分の言葉で説明できるようにします。
第1回目に、自己紹介をしていただき、授業に参加する学生諸君の一人一人の顔と名前をこの日に覚えます。その後、教科書を順に読んでいきます。平成11年12月に成立した民法改正法を取り込んだ六法(例えば、三省堂デイリー六法平成12年度版)と指定の教科書を必ず持参してください。
途中で、教科書に出てくる重要テーマについて、4人1組になって判例報告をしていただきます。1つのテーマについて、判例を5件ないし8件ほど集めて、判例の流れを報告してください。判例の紹介には、必ず図解を付してください。取り上げる判例は、教科書に掲載されているものを中心にします。ただ、私のサイトで判例が集められている論点については、その判例を中心にします。たとえば、「再築建物と法定地上権」という論点については、下記のURLを参照してください。
http://civilpro.law.kansai-u.ac.jp/kurita/seminar/studySubject/statutorySuperficies.html
教科書は、1回の授業で、20ページほど進みます。8回で担保物権法の部分は読了となります。残り5回ほどを諸君の判例報告に随時あてます。
法曹(裁判官・検察官・弁護士)を目指す人のための授業です。特別演習室は使わずに、通常の少人数教室で諸君と教師とが向き合って勉強します。教科書を1日20ページ読み進みますので、教室で音読している余裕はありません。必ず予習してきてください。予習の段階では、重要と思われる箇所に適当なマークを付けてください。理解できない部分については、教科書に「?」を付けください。教室では、皆さんが予習して理解できなかったところを補足説明し、質疑応答により皆さんの理解を確認していくという形で授業を進めます。
授業に出て一緒に勉強し、学期末に行うテストで所定の成績を上げることが単位修得の要件です。
この授業は、今年度から新たに始まる20名程度の学生諸君を対象とした授業である。新しい授業のシラバスを書くことは、新商品の企画提案書をかくようなものであり、自分のこれまでの授業体験を基にして期待に胸を弾ませながら書きつつ、これでうまくいくだろうかと時々不安になるものである。以前と比べれば、格段に注意を払って企画立案するようになったが、それでも、自分の思いだけが先行して、実際に授業が始まってから、失敗に気付くことがある。ひどいときには、授業が終了してから気付くことがあるが、これは自責の念にかられ、最悪である。そうならないことを祈りつつ、以下に、このシラバスの特徴を記しておこう。
テキストの使用
ゼミナール形式の授業では、これまで市販のテキストはあまり使用してこなかった。ほとんどの場合、判例を素材にして、学生諸君に図書館で判例をコピーさせ、それを報告させていた。最近は、判例の収集・複写の負担を軽減するために、インターネット上の判例を利用することも多い。私のそうした従来の授業方法から見れば、大きな転換である。テキストを使用することにより、学ぶべき内容が予め明確になり、授業の成否も、学生諸君がテキストを理解して、テキストから得た知識を基に法的な議論をすることができるようになったか否かを判定する、という形で客観化できる。この授業の場合には、使用テキストは、授業の重要な構成要素である。
進行速度
学習分量も、担保物権の部分だけにするので160頁とそれほど多くない。1週間に1度の授業で1回に20頁分進行することは、決して多いとは思わない。しかし、それでも法律の本にまだ読み慣れていない学生諸君にとっては、かなりの負担になるかもしれない。
受講生の意欲
授業の成否は、予習をする勉強熱心な学生諸君がどれだけ受講してくるかにかかっている。同種の授業は、今年度は3クラスほどしかないので、売り手市場になろう。成績は出席と試験の双方を考慮して評価することとし、単に出席していれば単位を修得できる授業ではないとした。
判例報告
ゼミナール形式の授業では、学生諸君の報告が教師の思う以上に重要である。教師は、ついつい、「学生諸君に報告させても議論が活発にならないから、自分でしゃべるしかない」と思ってしまう。しかし、拙い報告でも、学生諸君からすれば、資料を集めて、報告のレジメを作成し、人前で報告すること自体、重圧感のある新しい経験である。経験は、将来必ず役立とう。報告の材料は、教科書に出ている判例ならびに関係する最近の判例とした。後者は幾分曖昧であるが、現時点(2000年1月の時点)では、抵当不動産の不法占拠者に対する抵当権者の明渡請求を肯定した最高裁判所平成11年11月24日大法廷判決(平成8年(オ)第1697号)
を代表例としてあげることができる。最高裁のWebサイトに掲載されている最近の最高裁判例は、事案が的確に要約されていて、最良の教育素材である。判例の収集の時間を短縮して、学生諸君が判例の整理により多くの時間を割くことができるようになってきた。それで、1回の報告で5件ないし8件を取り上げることにした。これでは多すぎるかもしれないが、ゼミナールで判例研究の議論をしようとすれば、複数の判例を取り上げて、事案の差異を指摘させ、その事案の差異が結論の差異につながったか否かを議論させるのが確実である。事案の差異を指摘させる質問であれば、「わかりません」の回答はない。報告する判例については、他の参加者が事案を早く理解できるように図解を要求している。この要求をはずすと、判例をコピーして読むだけの報告が出てくる。報告時間は、30分程度である。要領よく報告することを期待している。8件が報告対象となる場合には、そのうちの何件かは、同種事案における同趣旨の先例として引用されるにとどまろう。報告は、私のゼミではこれまで単独で行わせることが多かった。グループ報告では、グループ全員が集まることができる時間が少なく、実際には一部の者のみが報告するという弊害が生じやすいからである。ただ、この授業では、判例報告にあてる授業回数が5回ほどしかないから、報告はグループで行わせることにした。もっとも、一つのグループの人数については、授業開始後参加者の意見を聞きながら調整する予定である。
教 室
教室の選択も悩むところである。円卓形式のゼミ教室で、和気あいあいと勉強するのは、学生同士の親密度を高めるのに役立つ。学生同士の議論もその方が活発になりやすい。そこで、1998年度から専門ゼミはできるだけ円卓形式の教室で行うようにした。しかし、何かを失ったような気がしてきた。私が学生の一人一人の顔を正視する時間の減少である。そして、報告を行う学生が黒板を使用するときに、黒板側に坐っている学生の不便も気になる。学生がゼミで報告するときに黒板を使用すること自体、時間の損失となり、ある意味で失敗であるが、それでも補充的に黒板を使用しなければならないときがある。そして、報告者の緊張感を高めるためには、他のすべての学生諸君の注目の的になるのがよい。円卓形式の教室でも可能ではあるが、しかし、学生が20名以上になると、聴衆の全員が報告者を注視できる位置にいることができるとは限らない。以上のこと、ならびに半期の授業であることを考慮して、通常の少人数教室で授業を行うこととした。
予 測
授業の構成要素をかなりの吟味し、計算してシラバスを書いたつもりであるが、それでも、《毎回教科書を20頁ほど予習させ、教室では対話を通してその理解を確実にする》というのは、私にとっては新たな試みであり、冒険である。退屈な授業になるか、楽しい授業になるかは、シラバスに書かれていない他の多くの要素に依存する。教室での学生諸君の反応を見ながら、適宜軌道修正する予定である。ただ、シラバスは、受講希望者にとって受講科目の選択の重要な要素であり、それと実際の授業とが食い違うことが教師の信用失墜につながることを、これまで以上に強く自覚するようになった。将来、単位互換制度の対象となれば、シラバスの信頼維持はさらに重要となろう。できるだけシラバス通りに授業を実施してみたい。