民事訴訟法は、訴えの提起から判決の確定までの一連の手続を対象としており、手続を構成する各部分が相互に緊密に連関しています。そのため、全体がわからないと部分がわからず、部分がわからないから全体が理解できないということになりやすいものです。このセミナーでは、企業の法務部・知的財産部で仕事をされている方になじみやすいだろうと思われる部分を重点的に取り上げて、その積み重ねの中で徐々に民事訴訟法全体に理解を広げていくことができることを期待しています。訴訟法の中核的な概念である訴訟物や既判力などは、第2日目にとりあげることにします。
最初に取り上げるのは、管轄の問題です。訴訟は、できるだけ自分のホームグランドでするのが有利です。特に外国の人や会社を相手に訴訟をする場合はそうです。事件の管轄裁判所はどのように決まるかを学びます。
次に取り上げるのは、文書の証拠調べです。特に文書提出命令を取り上げます。訴訟の当事者は自分の手元にない文書について、裁判所がその所持者に提出を命令することを裁判所に申し立てることができます。逆に、自分の所持する文書について提出命令を受け、その命令が確定すれば提出しなければなりません。他人の文書は自由に使わせてくれ、しかし、自分の文書は提出したくないという矛盾した気持ちになるでしょう。文書提出義務の範囲はどのように定められているのかを学びつつ、文書の証拠調べ全体の理解に勉めます。
Q1 : 判決の言渡しは判決書に基づいて行われるとのことですが、言い渡された内容と判決書の内容とが食い違っている場合は、どうなるのでしょうか。
A : 判決は、当事者間の法律関係を確定するために、既判力という重要な効力が与えられています。判決内容は熟慮の後で決定されるべきものであり、一旦言い渡されると撤回できないという効果、つまり不可撤回性の原則が認められています。そのことを前提にして、まず判決書を作成し、判決書に基づいて判決を言い渡すべきものとされています。判決書は、何度も点検した上で作成されます。口頭での言渡しはそうではありません。両者が万が一にも食い違った場合には、確実な判決書が優先すべきであり、口頭での言渡しが訂正されるべきでしょう。
判決の言渡しは、言い渡された判決書の内容を変更することができないという効果(不可撤回性)をもたらすにとどまり、判決書の内容を変更する効力まではないと理解すべきでしょう。
Q2 : 判決の更正というのがありますね。
A : 257条ですね。これも、判決、つまり判決書に書かれた内容の更正と理解すべきでしょう。
Q : 簡易裁判所の事物管轄が90万円から140万円に引き上げられたのはどのような事情によるのでしょうか。
A : 日本の発展のために事前規制社会から事後チェック社会に移行する必要があり、そのためには司法制度の改革が不可欠であるとされました。その一環として、法曹人口の増加が求められ、法曹養成システムが変更されました。その流れの中で、法曹隣接職の方々が司法領域に参入することを認めるのが妥当であると判断され、司法書士の方々に簡易裁判所で取り扱う事件について訴訟代理権が認められるようになりました。ただ、簡易裁判所の訴訟代理人の業務が職業として成立するためには、簡易裁判所の事物管轄を90万円としたままでは低すぎるので、司法書士会と弁護士会の対立する意見、並びに裁判所の意見を考慮しながら、政治の判断で140万円となりました。
Q : 海外在住の日本人が日本のWebサイトに日本企業の信用を害する書き込みをした場合に、日本企業が書込者に対して損害賠償請求する場合の国際裁判管轄はどうなるのでしょうか。
A : 日本で損害が発生しますので、最高裁判所 平成13年6月8日 第2小法廷 判決 の考えを当てはめれば、日本が不法行為地となり、日本の管轄権が肯定されるでしょう。
Q : しかし、被告とされた者が本当に書込をしたかどうかが争われる場合はどうでしょうか。
A : その場合は、問題ですね。最高裁判所 平成13年6月8日 第2小法廷 判決 は、「我が国に住所等を有しない被告に対し提起された不法行為に基づく損害賠償請求訴訟につき,民訴法の不法行為地の裁判籍の規定に依拠して我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定するためには,原則として,被告が我が国においてした行為により原告の法益について損害が生じたとの客観的事実関係が証明されれば足りる」としていますが、これは、その客観的事実関係の証明が必要であるとの趣旨を含みます。従って、被告とされる者が書込をしたかどうかが明らかとはいえず、この点が重要な争点となるのであれば、被告の住所地国でその点を審理するのが証拠収集の点から見ても合理的でしょう。
Q1 : マイクロフィルムをプリントアウトしたものは、証拠文書として採用されるが、ファックスのコピーは採用されないといった話を聞くのですが、その点はいかかでしょうか。
Q2 : 両者で取り扱いを変える理由は、どのあたりにあるのでしょうか。
Q1 : 偽造されやすいかどうかということだろうと思います。
A : 民事訴訟規則143条で、「文書の提出又は送付は、原本、正本又は認証のある謄本でしなければならない」と規定されています。この原本提出の原則を厳格に適用すると、原本は滅失したが写しはあるという場合に、その文書の証拠調べはできなくなります。それては、妥当でない場合が少なからずありますので、その場合には、写しを証拠調べの対象とすることを認めざるをえません。その場合に、「写しを原本として提出する」という説明の仕方もありますが、実質を適切に表していない説明だと思います。原本提出の原則は一応の原則であり、「可能な限り文書の成立の真正の確認しやすい最良の文書を提出せよ」という趣旨だと考える方がよいでしょう。
ファクシミリで送付された文書のコピーは、送信者の手元に原本があり、受信機から排出されたものはその写しです。そのコピーとなると、写しの写しであります。偽造の余地が多いのは確かです。しかし、その点は、文書の成立の真正の証明の問題として処理すべきでしょう。相手方が争えば、証明に苦労することになり、証明できなければ実質的な証拠になりません。
マイクロフィルム自体は、原本の写しですね。そのマイクロフィルムをブリントアウトしたものは、写しの写しです。原本提出の原則を厳格に貫けば、証拠に用いることができません。しかし、マイクロフイルムが信頼のできる者により作成されたのであれば、原本の信頼できる写しです。マイクロフィルムが手元にあれば、裁判所に提出された文書がマイクロフィルの内容を正しくプリントアウトしたものであることの確認は比較的容易にできるでしょう(例えば、相手方を立ち会わせてもう一度ブリンとアウトするというのも一つの方法です)。そうであれば、裁判所に提出されたものは、原本の正しい写しであることの信頼性が比較的高いと評価できます。しかし、それでも相手が争えば、文書の成立の真正の証明は必要です。ファックスによる受信文書のコピーとの違いは、その証明の難易の程度問題でしょう。
私は、原本が滅失している場合、あるいはその入手が困難である場合には、写しであっても証拠文書として提出することができ、ただ、文書の成立の真正の確認が慎重になされるべきであると考えています。
Q1 : 録音テープなどの証拠調べの方法は、以前は検証でしたが、今は書証ですか?
A : 平成8年の新法で、録音テープなどは書証の方法で調べられる証拠となり、準文書と位置づけられています。もっとも、音楽が録音されたテープなどは、検証の対象とされることもあります。
例えば、小林亜星氏が作曲した曲の翻案でないかが争われた事件では、、、
Q2 : 「記念樹」の事件ですね。
A : そうです。その事件では、原告側が原告のオリジナル曲とその変奏曲と被告曲とを演奏して録音テープに収めて証拠調べの申出をしていますが、検証物として提出されています。
Q1 : 旧法ではどのようなものが準文書とされていたのですか。
A : 下足札などです。新法では、これが231条に挙げられているような媒体にまで拡張されました。CDも準文書の例としてよく挙げられます。CDは、もともとは音楽の記録媒体として企画され、現在でもその用途が大きいと思います。その点からすれば、音楽の録音テープも準文書としてよいでしょう。ただ、文献を見る限りでは、媒体の視点からの記述は比較的多いのですが、記録された情報の視点からの議論は多くありません。私は、情報として記録されている限り、騒音も準文書に記録される情報になる、つまり、騒音を情報として記録した媒体は準文書になると考えています。
Q : 従業員の発明が特許出願に値するものかどうかについて、会社内で慎重な審査がなされます。そこでは、忌憚の意見が出され、それが文書に記録されます。仮に、特許出願に値しないと判断された場合に、それでも従業員の特許を受ける権利が会社に承継されるとします。この場合に、発明従業員が特許を受ける権利の承継について相当の対価を請求することを想定します。従業員が、「会社の内部審査における発明の評価の誤りにより出願されなかったのだから、相当の対価は、出願して特許が得られた場合を前提にして算定されるべきである」と主張して、内部審査における発明の評価の誤りを証明するために、内部審査のために作成された書類の提出命令を申し立てた場合にはどうなるでしょうか。また、当該文書が、会社内で、発明従業員が通常では入手できないように厳重に管理されているにもかかわらず、発明従業員である原告がその文書を入手して、証拠として提出する場合はどうでしょうか。
A : 後の問題は、違法収集証拠の証拠能力の問題として扱われます。民事訴訟では、無断録音てープも証拠になりうるとされていますが、夫婦の寝室に忍び込んで盗聴マイクを仕掛けて録音した場合のように違法性が強度の場合には証拠能力は否定されます。発明従業員がどのような方法でその証拠を入手したかにより、結論は異なるでしょうが、一般論として言えば、厳重に管理されていた秘密文書であるということだけでは証拠能力を否定されないでしょう。
最初の問題は、貸出稟議書の提出命令を否定した最高裁判所 平成11年11月12日 第2小法廷 決定 の法理が妥当するかの問題と見てよいでしょう。最高裁は、「ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は民訴法二二〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たる」としております。発明の評価について、忌憚のない自由な意見表明に基づいて、適正な意思形成がなされることを確保するために、発明評価に関する文書を発明の審査部門の部外秘文書とし、発明者を含めて部外者には非開示とする必要性があることは理解でき、その点では貸出稟議書と共通性があります。しかし、いくつかの相違点もありますので、最高裁がどのように判断するかは予測不能です。ただ、私の現在の意見を言えば、適正な裁判の実現のために、提出命令を認めるべきだろうと思います。
スライド スライドの配付資料(PDF。6枚/ページ形式、4枚/ページ形式)
判例のリスト(下記の判例の集録:PDF、StarSuite)
国内管轄
国際裁判管轄
スライド スライドの配付資料(PDF。6枚/ページ形式、4枚/ページ形式)
判例のリスト(下記の判例の集録:PDF、StarSuite)