関西大学法学部教授 栗田 隆

破産法学習ノート2「破産事件の主体」の注


注1 一般には、債権とその弁済に充てられるべき財産との連結点としての債務者(破産者)を想定する方がわかりやすい。

しかし、その連結点が必要不可欠というわけではない。破産手続の追行のためには、手続の対象となる財産とそれから満足をうけるべき債権の範囲が一定の基準で確定されれば足りるからである。たとえば、相続財産に対して破産手続をする場合に、被相続人は法人格を有しないから、誰が破産者であるかという問題が生ずる。相続人を破産者に位置づけようとしても、相続放棄がなされている場合には、相続人は相続財産および相続債務の帰属主体とはならない。限定承認がなされていれば、相続人を破産者として各種の資格制限に服させることは適当ではない。組合財産についても、似たような問題が生ずる。

破産手続を進める上で、破産者の存在が必要不可欠かと言えば、そうでもない。破産手続は、財産関係を清算するための手続であり、破産手続の対象となる財産と、その財産から満足を受けるべき債権の範囲を確定できれのば、破産手続は可能であろう(相続財産から満足を受けるべき破産債権は、被相続人に対して生じた債権である)。もちろん、この場合の財産の集合を法人でない財団として権利・義務の連結点とすることもできるし、更に進んで相続財産を法人を見る立場も出てくるが、説明の仕方の好みの問題といってよいであろう。

注2 民執法144条2項が差し押えるべき債権の所在地を第三債務者の普通裁判籍所在地としているのとは異なることに注意。

注3 民執69条(売却許可決定の言渡し)のような、必要的言渡しを定める規定はない。

注4 民執10条6項は、執行停止を裁判所のその旨の裁判にかかわらせている。

注5 破産手続開始決定の重要性に鑑みれば、債務者に対しては決定書が送達されるべきものと思われるのに、32条3項では通知で足りるとされていることには疑問を感ずる。

注6 法文では「調査」の語が用いられているが、探知の意味であり、「職権探知主義」から区別される「職権調査主義」ではない。

注7  文字情報を記録した電磁的記録媒体を3項所定の「録音テープ又はビデオテープに準ずる方法により一定の事項を記録した物」に該当しないと理解し、かつ、文字情報の電磁的記録の複製を謄写概念に含めれば、2項によることになる。このように解するか、本文の記載のように解するかは、結果に差異の生ずる問題ではなく、概念整理の問題であり、どちらでもよいであろう。

注8  旧破産法下の判例であるが、次の最高裁判例がある。

かつては、下級審判例は分かれていた。平成12年7月26日までの判例を整理しておこう。

先例 問題となる場面 いずれを起算点とする抗告期間の満了が先であったか 裁判所はいずれを起算点としたか
高松高裁決定昭和44年6月3日判例タイムズ238号141頁 破産決定に対する破産者の即時抗告 送達(若干明瞭でない) 送達
大阪高決昭和50年10月8日下民集26巻9-12号916頁 同時廃止の場合の免責申立(廃止決定の確定時期が問題となる。旧366条ノ2第1項2文参照) 公告 公告
最決 平成12年7月26日 免責について異議を述べた債権者に免責決定の送達がなされた場合に、免責決定に対するこの債権者からの即時抗告 送達 公告

注9  破産事件が公開原則に服さず、口頭主義をとる必要がないことも、付加的な理由としてあげてよいであろう。

注10  「(破産債権の)届出をした破産債権者」という文言を厳格に解釈すれば、破産債権の届け出をしたが実際には破産債権を有しない者は除外されてしまう。しかし、多くの条文では、このような者も「届出をした破産債権者」に含めないと、規定の趣旨が実現されない。

注11  [小川*2004a]31頁では、1項の管轄裁判所が「原則的な管轄裁判所」、2項のそれが「補充的な管轄裁判所」と言われている。

注12  1号と2号の裁判所が移送先である場合に、それが法定管轄裁判所であることはない(2号に関しては、営業たる自然人が営業所を有する場合には、その住所・居所の所在地を管轄する裁判所が法定管轄裁判所となることはないことに注意)。3号の裁判所が移送先である場合に、それが法定管轄裁判所であることは少ないが、しかし、まったくないというわけではない。例えば、夫婦の一方が国内に財産のみを有し、普通裁判籍を有せず、他方が住所を有する場合に、その他方の住所地を管轄する裁判所に双方の破産手続開始申立がなされ(5条7項3号)、その後にその一方の破産事件についてのみその者の財産所在地を管轄する地方裁判所に移送する場合もありえよう。

注13  通知に代えて公告を用いることは認められていない。ただ、通知内容によっては、10条3項を類推適用して、代用公告を認めてよい場合もあろう。

注14  定義規定がないため、文書が記録媒体を指すのか、記録内容を指すのかは判然としないが、規定の趣旨を考慮しながら文脈に応じて確定すべきであろう。3項に現れる録音テープ等が記録媒体を意味することは明らかである。

注15  もっとも、12条3項により当事者が支障部分の閲覧制限決定の取消しを破産裁判所に申し立てる場合に、破産裁判所の内部においてその申立てについて裁判する機関は、12条1項の裁判所(したがって、破産手続を担当する裁判機関)が望ましいであろう。

注16  実のところ、決定で裁判される事項(従って既判力の問題が生ずることのない事項)について、「不適法として排斥する」と「理由なしとして排斥する」を区別する実益は、あまり感じられない。それにもかかわらず、「却下」の語を前者の意味、「棄却」の語を後者の意味でを使い分けようとすると、さまざまな要件を手続的要件と実質的要件とに分別することに苦労することになる。

大正11年破産法が採用した用語法は、1元的用語法と呼ぶことも、「却下する」が「不適法として棄却する」という分析可能な語で表現されている点にちなんで分析的用語法ということもできるが、この用語法の法が私には好ましく思われる。

注17 大正11年破産法において「却下」の語が用いられているのは、昭和27年に新設された366条の2のみである(「実質的要件を審理することなく排斥する」の意味で使われている)。したがって、大正11年法の立法当時における「棄却」と「却下」の使い分けを問題する余地はない。

注18 現行破産法が2元的用語法を前提にしていると仮定した場合の議論は、次のようになる。

判決を求める申立てについては、却下と棄却の語を上記の意味で用いるのが現在の日本の民事訴訟法の領域における通常の用語法であるが、決定を求める申立てについては、上記の用語法が定着しているとは限らない。例えば、民訴328条1項の「申立てを却下した決定」は、「申立てを認めない決定」の意味であり、申立てを理由なしとして棄却する決定を含む。民事保全法19条の「保全命令の申立てを却下する裁判」、民事執行法12条1項の「民事執行の手続を取り消す執行官の処分に対する執行異議の申立てを却下する裁判」も同様である。

このように、明治23年民事訴訟法の後身である現行民事訴訟法・民事執行法・民事保全法の領域では、決定でなされる裁判については、「却下」は、「申立てを認めない」あるいは「申立てを排斥する」という意味で用いられている(ちなみに、2007年5月5日現在で、総務省の管理する法令データベースを用いて検索すると、民事執行法にも民事保全法にも「却下」の語はあっても「棄却」の語はない。

他方、破産法の領域では、大正11年の旧法以来、決定でなされるべき裁判を求める申立て(典型的には破産申立て)についても、「棄却」の語が用いられている(例えば大正11年法139条1項)。この用語法は、平成11年民事再生法でも、平成16年破産法でも踏襲されている。他方で、「却下」の語も用いられている。したがって、「却下」と「棄却」の使い分けが重要となる(民事再生の立案担当者もこれらの語の意味を意識しながら使い分けている。例えば、[深山ほか*2000a]50頁参照(再生手続開始申立てをした債権者が債権を疎明しない場合には、申立ては不適法として却下される))。

破産法も2元的用語法を採用していると仮定すると、次の()から()ような議論が展開されることになろう。

)破産手続開始の申立人が手続費用を予納しない場合の処理について、

上記の問題は、裁判の形式の問題にとどまるうちは、体系的整理の問題にすぎない。しかし、破産法33条2項、民事再生法36条2項が「手続開始の申立てを棄却する決定に対して」即時抗告がなされた場合には、保全処分に関する規定を準用すると規定しているので、体系的整理の問題にとどまらなくなる。次の問題が生ずる:

)また、破産法248条7項は、債務者が同意廃止の申立てあるいは再生手続開始申立てをした後では、申立ての棄却の決定等が確定した後でなければ免責許可の申立てをすることができないとしているが、そこには「却下の決定」はない。これをどう解釈したらよいのか。

)以上の状況を総合的考慮して、「却下」と「棄却」の語をどの意味で用いるべきなのかが問題となり、さらにこれとは別個に、個々の条文における棄却をどの意味に理解するかを検討すべきことになる。