関西大学法学部教授 栗田 隆

破産法学習ノート2「破産制度の目標」の注


注1 破産制度の意義について、[伊藤*1989a]2頁以下に、興味深い記述がある。

注2 倒産企業の労働者の雇用確保の問題は、難しい問題である。しかし、雇用の確保のために社会の需要に合致しなくなった企業を存続させたのでは、社会は不効率なものになり、国民は経済的豊かさを享受することができなくなる。倒産することになる企業に勤めることも、他に転職することも、すべて各人の選択の結果であり、そのことから生ずる不利益は各人が引き受けるというのが、自由主義経済の暗黙の合意である。失業による困窮は、社会政策(雇用保険や職業訓練、あるいは生活保護)により救済されるべき問題であり、社会の需要に合致しない企業の存続により解決されるべき問題ではない。[伊藤*1989a]59頁以下も、雇用の確保を再建の根拠とするのは適当でないとする。

労働問題についてもう少し見ておこう。企業が存続するためには、収益を挙げることが必要である。売上げから人件費以外の諸費用を控除した利益(人件費+営業利益)を労働者と企業との間でどのような割合で分配するのが適当かが問題となる。この比率を労働分配率という(=人件費÷(人件費+営業利益))。人件費は固定性が強く、不況時に売上げや収益が低下してもすぐには低下させることができず、そのため労働分配率が高まる。その状態が継続すると、企業は存続が困難となり、倒産することがある。売上げや収益の低下にあわせて人件費も低下させることが必要であり、雇用調整・賃金調整となる。雇用調整は、労働者との摩擦を伴うので、時代に応じた御旗が付けられる。かつては「合理化」であり、最近では「事業の再構築(リストラ)」である。賃金調整については、単純に賃下げと言ったのでは抵抗が大きいので、「ワークシェアリング」の御旗がつくことがある。産業全体の労働分配率は、さまざまな経済調査レポートに掲載されている(ソースとなっているのは財務省の『法人企業統計調査』である)。これによれば、全産業の労働分配率は、1960年代には60%台であったのが、1990年代後半には80%に上昇している。

労働分配率の問題の先には、世代間扶養方式をとっている我が国の年金制度問題がある。国民の多くが被用者となって働いており、人件費の削減は年金支払に必要な保険料収入の減少となる。保険料収入の減少を食い止めるために保険料率を上げると、日本のような保険料の労使折半負担の制度の下では、人件費の削減効果が薄らぐ。

注3 企業の清算と更生の分岐点について、[伊藤*1989a]40頁以下に詳しい議論がある。

注4 かつて商法381条以下に、「会社の整理」という再建型の手続が規定されていたが、民事再生法が整備されたことによりこの制度の意義は薄れ、会社法(平成17年法律86号)の制定とともに廃止された。会社整理につき、次の文献を参照:[高木*1997a]。

注5 新破産法の成立の経緯については、[小川*2004a]3頁以下参照。

注6 分業社会において、金銭は、財貨の交換手段として重要な地位を占める。金銭は、また、価値の貯蔵手段でもある。個人の老後の生活の保障を家族に期待できなくなった社会では、金銭が各個人の老後の生活の保障手段となるので、特に重要である(この点で、金銭は、世代間の分業を確保する手段とみることができる)。

そのような特質を有する金銭の支払債務については、その弁済責任を強固なものにしなければならない。金銭債務の不履行の賠償責任については、不可抗力をもって抗弁とすることができないとされている(民法419条3項)。また、財産管理に過失がなかったことあるいは不可抗力を理由に、金銭債務自体あるいはその弁済責任を免れることになれば、その債権者が他に負っている債務についても同様な免除を認めなければならず、収拾がつかなくなる。金銭債務あるいはその弁済責任の免除が認められるのは、債務者が全財産を弁済に当てた後に限られる。ただし、自然人については、社会の一員に値する生活を営むのに必要な財産は留保される。

注7 倒産手続の早期の開始のために、手続開始原因を緩和する必要がある。次の文献等を参照:[吉野*1999a](=吉野正三郎「ドイツ新倒産処理手続の概要」東海法学21号)105頁(ドイツ倒産法18条の「支払不能の虞れ」が検討に値する)。

注8 2条1項の文言からすれば、主文は「債務者の財産について、破産手続を開始する」となるべきと思われるが、官報に掲載されている決定の主文は、「債務者の財産」ではなく「債務者」について破産手続を開始するものとされている。

ところで、破産手続は、「[第2]章以下(第12章を除く。)に定めるところにより、債務者の財産又は相続財産を清算する手続をいう」と定義されているので(2条1項)、同時廃止の場合には、破産手続は行われないと理解することもできる。そのように理解すると、同時廃止の場合には、「債務者について破産手続を開始する」という表現は適当ではなく、「債務者を破産者とする」という表現をすることになる。しかし、「破産者」という言葉に落伍者の烙印の意味が感じ取られることを前提にすると、その言葉を「債務者を破産者とする」という形で使用することに抵抗を感ずる(他方、「破産者を免責する」という表現には抵抗はない)。同時廃止は、破産手続の開始と同時に廃止するという趣旨と理解して、この場合にも「債務者について破産手続を開始する。本件破産手続を廃止する」という表現でよいであろう。もちろん、「債務者の財産について破産手続を開始する」の表現が最善であることは、言うまでもない。

注9 20世紀末の例として、東京テレメッセージ(株)の倒産が印象的である。ポケベル専業大手の同社は、1986年無線呼び出しサービス(ポケットベル)を目的として設立され、需要の増加と共に発展し、需要増加にあわせて多額の設備投資をおこなった。ところが、設備投資が完了した頃には、携帯電話が普及し、ポケットベルの需要のピークは過ぎていた。設備投資のための借入金の返済が困難になった同社は、1999年5月25日に負債額250億円を抱えて会社更生手続の開始を申立てた。会社の再建・存続の余地はなおあるが、需要の変化が会社の存続を左右することの好例であることに変わりはない。東京商工リサーチ・大型倒産情報による(1999年6月19日閲覧。http://www.tsr-net.co.jp/info/repor/large_f.html)。

契約台数 年商
1996年3月末 134万3000台
1997年3月末 128万台 424億6600万円
1998年3月末 84万2000台 322億500万円
1999年3月末 54万台  

注10 大陸法の影響を受けた民法学の世界では、人を表現する言葉として、「自然人」の語が伝統的に用いられてきた。破産法の世界においても、旧法時代は講学上「自然人」の語が用いられてきいた。しかし、現行破産法は、アメリカ法的な「個人」の語を用いている(4条・5条7項・248条)。

そして、現行破産法は、個人と法人とを区別する必要がある場合には、「法人」「個人」の語を用いてそれを明確にしている(例えば、破産免責に関し、旧破産法366条の2が適用対象を「破産者」としているのに対し、現行破産法248条は、適用対象が「個人である債務者」であることを明確にしている)。

注11  明治前期の破産制度につき、[細川*1936a]=細川亀市「明治前期の破産法(1・2完)」法学志林38巻9号(昭和11年)12号60頁-99頁参照。

注12  平成11年12月14日に成立した民事再生法(平成11年法律225号、平成12年4月1日施行)につき、次の文献を参照:[深山ほか*2000a] =深山卓也=花村良一=筒井健夫=菅家忠行=坂本三郎『一問一答民事再生法』(商事法務、平成12年)。 

注13  金融機関の倒産は、その債務者の連鎖倒産をもたらすことがある。金融機関が企業にその運転資金を短期融資とその延長の繰返しの形で与えている場合に、倒産した金融機関の有する債権を回収して配当原資を得ることが最優先事項となるので、融資の延長が停止される;融資先は、他から運転資金の融資を得ることができなければ、資金ショートにより倒産するからである。しかし、このタイプの連鎖倒産を防止することは、破産法の目的ではない。その債務者が優良な債務者であれば、他から融資を得ることができよう。もっとも、債務者の優良度の判定には時間がかかる場合があり、また、経済情勢のために取引金融機関を直ちに変更することが困難な場合もあろう。その場合には、政府が臨時の措置を執るべきである。また、破産手続に代えて、会社更生手続等の倒産処理手続を採用することにより、激変を緩和することは可能であり、それが望ましい場合もあろう。他方、金融機関の取引先である債務者が不良債務者であるならば、それを存続させることは、金融機関の不良債権を増加させ、最終的には社会の多数の者の負担において少数の者に利益を与えるという不公正な結果をもたらす。利益を上げることのできない企業を金融機関が支援する社会的慣行が社会に染みつき、マスコミに「メインバンクの社会的責任」などという言葉が踊るのは、間接金融中心の経済に特徴的なことにすぎないであろう。直接金融であれば、融資者は多数の投資家であり、その投資家に企業支援の負担など期待できない。市場から信用を得ることができなくなった企業は、否応なしに倒産させられる。それが、社会全体からみれば、活発な新陳代謝となり、社会の発展につながるのである。

注14  好況は、将来に対する強い期待を抱かせ、しばしば設備投資競争を招き、社会全体でみると設備過剰になる。投資が借入金によってなされたにもかかわらず、それに応じた需要が存在しなくなると、債務の返済が困難になる。そのことが徐々に明らかになっていくうちに、将来に対する強い期待は不安に変わり不況となる。一例を挙げよう。合衆国において、1990年代後半からのITバブルの中で、"Winner Take All"の観念に押されて通信会社が設備投資競争を行い、巨額の債務を負った。しかし、通信需要は期待したほどには伸びなかった。設備は過剰となり、債務は収益で弁済できる範囲をはるかに超え、通信会社の債務不履行が頻発していった([小野*2002a]=小野亮「急増するテレコム向け不良債権」みずほUSリサーチ29号(2002年11月1日)参照)。

注15  比較的短期の景気循環は、いわゆる在庫循環によって表される。日本の在庫循環の基礎データは、経済産業省の『鉱工業生産・出荷・在庫指数』にある。

注16  [熊谷*2002a]=熊谷勝行「全国企業倒産レポート(2001年倒産の動向)」民事法情報187号(2002年4月10日)12頁-19頁など参照。このレポートは、2001年の倒産を不況型倒産、老舗倒産、大手企業の系列倒産、ベンチャー企業倒産、第三セクター倒産に分類しており、興味深い。

注17  この点で、1998年10月に、大手銀行の不良債権処理と信用収縮の中で、貸し渋り対策として始められた信用保証協会による特別信用保証制度は、赤字企業の延命にしかならなかった点に注目する必要がある。[熊谷*2002a]13頁以下参照。

注18  私的再生の方法は、多様である。経済学ないし経営学の視点からの事例報告として、次のものを参照。

注19  なお、民事再生法も、事業の再生を目的としており、事業主体である法人の存続を目的としているわけではない(民事再生法1条)。再生会社の営業を全部譲渡することも認められており(同法42条)、その対価で債権者に弁済をして再生会社を消滅させる再生計画も許容される([深山ほか*2000a]30頁参照)。したがって、債務者の営業を全部譲渡して、その対価を債権者に配分して債務者である法人を消滅させるという処理は、破産法でも民事再生法でも許容されており、いずれを選択するかは、各手続の基本的な性格及び多数の手続上・実体上の差異及び倒産会社の置かれている状況(事件の進行状況を含む)を考慮して決定されるべきことである。

注20   保険業を営む相互会社(保険業法184条)、 特定目的会社(資産の流動化に関する法律180条)。

注21   かつては、民法上の法人について、清算人のみならず理事にも破産申立義務が課せられていた(民法旧70条2項・81条1項・84条の3第6号)。