関西大学法学部教授 栗田 隆

破産法学習ノート2「破産手続開始の要件」の注


注1 次のような例が考えられる。

  1. 電力会社  電力供給事業が多数の国民の利用する重要な社会的インフラストラクチャーである現状では、電力会社は、破産手続による財産関係の清算になじまない。会社更生手続の利用が望ましい。但し、将来、もし自家発電の普及により電力会社の消滅が国民生活に大きな影響を与えない状況になれば、破産手続による電力会社の財産関係の整理も不当ではなくなる。また、破産手続の中で電力供給事業を包括的に譲渡して換金することができるのであれば、電力会社について破産手続を行うことが、国民生活に直ちに大きな支障をもたらすとは限らず、電力会社について破産手続を開始することも可能となる。しかし、その包括的な営業譲渡は、現段階ではおそらく困難であろう。基礎的電気通信役務を提供する電気通信事業者(電気通信事業法7条)についても、同じである。
  2. 公害事件を引き起こして多額の賠償義務を負い、債務超過になった会社について、破産手続により財産関係を清算するのが適当かは、深刻な問題となる。当該企業は、賠償金の完済まで企業活動により収益を上げる社会的責任を負っており、破産手続の開始はそれを挫折させることになるからである(例えば水俣病を引き起こしたチッソは、水俣病の公式確認から50年近くたった2005年3月時点でも、なお多額の賠償債務・公的支援返済債務を負っており、1417億円の債務超過の状態にあるが、71億円の経常利益をあげ、水俣病補償損失として45億円の特別損失を計上している。チッソ単体の「平成17年3月期個別財務諸表の概要」([チッソ*2005a])参照。債務超過の会社の存続例としては、日本の経済史上おそらく最長であろう。今後何年かかろうとも、少なくとも償いが終るまでは利益を上げて存続すべき会社である)。しかし、公害事件を起こした会社あるいは多数の消費者に損害を与えた会社も、営業利益を挙げる見込みがなければ、あるいは営業利益をあげることができない状態が長期化すれば、破産もやむなしとなる。ともあれ、破産手続開始原因(債務超過)が存在するからといって直ちに手続を開始するわけにはいかない場合があるのは確かである。

bについては、2006年5月6日以前は、下記のようの記述していた。固有名詞を出さなくても、水俣病を引き起こした企業を念頭に置いていることは読みとっていただけるものと思っていたが、水俣病の公式認定から50年が経過しようとする2006年に、耐震性能の不十分なマンションを販売した会社の破産事件に関連して、破産手続を速やかに開始することに異を唱える議論として下記の記述が引用されたことがあり、記述の趣旨が十分に伝わっていなかった。そのために、上記のように手直しをした。

公害事件を引き起こして多額の賠償義務を負い、債務超過になった会社について、破産手続により財産関係を清算するのが適当かは、深刻な問題となる。当該企業は、賠償金の完済まで企業活動により収益を上げる社会的責任を負っており、破産手続の開始はそれを挫折させる事になるからである。しかし、当該会社が営業利益を挙げることができない状態に陥り、それが長期化すれば、破産もやむなしとなろう。ともあれ、破産手続開始原因(債務超過)が存在するからといって直ちに手続を開始するわけにはいかないのは確かである。

注2 もっとも、破産免責が認められている現在では、個人が無限責任を負っているとは言いきれない。債権者からみれば債務超過にある個人に対する債権の危険性は物的会社の場合と本質的に変わらない。しかし、そのことを理由に債務超過を個人の破産原因としたのでは、個人の経済活動が制約されすぎ、また、将来の収入からの弁済を予定した消費者金融が普及している現状にあわない。

注3 もちろん、組合独自の財産がなければ、破産手続を行う必要はない。債権者は、組合債務について、組合員に対して弁済を求め、必要ならば破産手続開始の申立てをすればよい。

注4 理論としては、公法人の目的の達成に不可欠な財産を除外して、他の財産のみを債務の弁済に充てることも考えられないわけではないが、それは、現行破産法の予定するところではない。

注5 日本銀行は、出資証券を発行し(日銀法9条)、それが株式市場に上場されている点で、私法人(会社)に似た面もあるが、中央銀行(発券銀行)として公共性が格別に高い法人であり、破産には馴染まない。しかし、日銀は、中央銀行であるだけに、財務内容について厳しい規律が求められ、資産内容は財務諸表(特に貸借対照表)により明らかにすることが要求されている(日銀法52条)。

銀行券は、かつては金との兌換券として、債務証書の性格を強く有していたが、現在では不換紙幣であり、法学的には債務証書の性質を有しない(無制限に通用する法貨である。日銀法46条2項)。しかし、会計学的には、日銀券は日銀の貸借対照表の負債の部に計上され、債務証書の性格をもち、又、日銀の資産内容が劣化した場合には、債務証書と見てその財産関係の整理を考える方が分かりやすい。

通貨の基本的な機能は、財(物やサービス)の交換手段である。持続的な交換手段であるところから、富の蓄積手段としての機能も有する。これらの機能の基礎は、財と安定した比率で交換できる点にある。これが揺らぐと物価騰貴(インフレーション)が生じ、富の蓄積手段としての機能も失われる。通貨を持つ者が我先にと通貨を手放して実物資産と交換しようとするから、インフレの進行が加速される。逆に、デフレーションの局面では、富の蓄積機能が威力を発揮し、デフレーションの進行を強めることになる。

中央銀行は、通貨の価値を安定させるために、その供給量を調整する(日銀法2条参照)。調整のためには、常に通貨の回収手段を保有していることが必要であり、それが日銀保有の資産(貸出債権や買入証券など)である。この資産が発行済み通貨に比して減少すると、通貨の信認が低下し、ハイパーインフレーションが生ずる。それは、バランスシート劣化(極端に言えば債務超過)と表裏の関係をなす。ハイパーインフレーションは、通貨の保有者である国民に大きな損害を与える。債務者が倒産することにより債権者が損失を被るという構図は、ここでも当てはまる。

中央銀行が債務超過になりハイパーインフレーションが生じた場合には、これまで流通していた銀行券の効力を停止し、新銀行券に切り替えるという方法がよく採られる。旧銀行券から新銀行券への交換は、言ってみれば破産配当に相当するものである。破産の配当は、平等になされるべきであるが、通貨価値の信認低下によるハイパーインフレーションにあっては、全ての債権者(銀行券保有者)に同一比率で配当したのでは、単なるデノミネーションにしかならず、問題の解決にならないように思われる。インフレーションを十分に進行させ、債権者に大きな損失を負担させてから交換するか、そうなる前に交換するのであれば、例えば新通貨との交換に上限を設ける(その一つの方法は、預金封鎖)といった形で、どこかで不平等取扱いをしなければならない。この不平等は、大規模なものになり、社会を不安定にする。

2003年時点で日本は、緩やかなデフレーションの傾向にある(一般物価が年1%程度低下している)。土地や株の資産デフレは、1990年以降相当に進行し、借入金により企業活動を行ってきた企業の経営が苦しくなり、倒産が多発している。この状況を改善するために、国が多額の国債を発行して政府支出を増加させたのであるが、国と自治体を合わせた公的債務は、GDPの1.6倍にも達しており、財政は破綻している。そこで日銀が各種資産を買い入れて通貨を一層の供給することを求める声が増大している。これに対して日銀は、それでは日銀券の信認が低下すると主張して、抵抗しているところである(各種の提案の概況とその当否について[小林*2003a]参照)。

なお、日銀の2002年末の総資産は、125.1兆円、そのうち国債が83.1兆円(66.4%)である。日銀券の発行残高は75.5兆円、当座預金19.6兆円である。国債を中心とする公的債務がGDPの1.6倍にまで膨らんで、国債の償還能力に疑問符が多数ついている。この公的債務は、税収が増加しないと償還できない。税収の増加のためには、名目GDPの増加が必要である。名目GDPが増加するまでは、日銀の保有する国債を政府が償還するという形で日銀の資産と債務(日銀券等)を減少させることは、困難であろう。日銀が国債を市中で売却すれば、国債の値下がりを招き、それは時価会計の下で日銀の資産内容の劣化を白日の下に晒すことになる。今のまま国債発行残高を増加させていけば、いつかリセットの時が来るであろうが、どのような状況の下でいつリセットの時が来るかは予測しがたい。

注6 廃止された中間法人法97条1項・154条2項も参照。

注7 相続財産については、債務超過のみが破産原因とされている理由は、次のように理解すべきである。

 (α)債務超過の状態にはあるが、現在弁済期にある債務を弁済する手段には欠けていない場合に、相続財産については今後財産が増加する見込みがほとんどないことを考慮すると(賃料収入などが生ずる余地はあるが、一般的なことではない)、弁済期が到来する債務を順次弁済していき、最後に支払不能になった時に破産手続を開始したのでは、その時点以降に弁済期が到来する債権者が不利益を受け、債権者間の公平が損なわれる。債務超過であることが判明した段階で、支払不能であるか否かにかかわらず破産手続を開始すべきである。

 (β)他方、相続財産について限定承認または相続を放棄した相続人が清算手続をすすめて行く途中で支払不能になれば、多くの場合には債務超過になり、破産手続開始原因が存在することになろう。例えば、負債が1億円で、財産が1億1000万円あり、債務超過ではないといっても、全部の相続債務の弁済のために換価を進めていったところすぐには換価できい財産が5000万円あるために支払不能となる場合に、その財産を速やかに換価しようとすれば3000万円にしからないのであれば、その財産は結局の所、3000万円と評価せざるを得ない。評価額が2000万円低下することにより、債務超過になってしまう。もし、債権者が満額の弁済を得るために時間をかけて換価することに同意するのであれば、破産手続を開始する必要性は乏しい。

上記の(α)からは、債務超過を破産手続開始原因としなければならないことが引き出される。(β)からは、支払不能であれば非常貸借対照表は債務超過になるのが通常であるので、債務超過を破産手続開始原因としておけば、支払不能を破産手続開始原因とする必要のないことが引き出される。これらの理由により、債務超過のみが破産手続開始原因とされた。

注8 一般にこのように説明されているが、もとより債務者が支払不能の状態にあることについて積極的な認識を有していることまで必要なわけではない。潜在的認識で足りる。

注9 このように言われることが多い。19世紀のドイツ・ロマン主義の香りのする表現であり、誇張が含まれているのは確かであるが、このように言っても大過はないであろう。

注10 松下淳一=山本和彦・編『会社法コンメンタール13』(商事法務、2014年)246頁(中西正)は、会社法569条2項4号(清算価値保障原則)の解釈に関連してであるが、次のように述べている:「清算株式会社が支払不能に陥っていない場合、清算価値をどのように算定するかは問題である。この場合、当該時点で破産手続を開始することは不可能であるし、・・・」。しかし、支払不能ではなくても債務超過の可能性は十分にあり、「破産手続を開始することは不可能である」とはいえないではなかろうか。なお、[高田*2015a]905頁も参照。