関西大学法学部教授 栗田 隆

破産法学習ノート「破産手続開始の要件」の比較法メモ


1 財団不足の場合の処理 − 外国法

ドイツ破産法(1877年2月10日法)107条
 裁判所の評価に従えば手続費用に相応する破産財団が存在しないときには、開始申立ての棄却をすることができる。第58条1号・2号に掲げられた財団費用を償うのに足る金額が予納されたときには、棄却しない。
 第1項第1文の規定に基づいて開始申立てが棄却される債務者の記録を作成する。記録の閲覧は、何人にも許される。開始申立ての棄却の時から5年を経過した後は、記録中の記載は、氏名を識別できなくする方法により抹消する。

(注:第2項は、実際の記録がないので、どのように翻訳するのがよいのか、よくわからない。「記録」の原語はVerzeichnisであるが、これが債務者ごとに作成されるものであるのか、いわゆるブラックリストのようものであるのかがよくわからず、2項の訳文はまったくの仮のものである)

ドイツ倒産法(1994年10月5日法)も、財団不足の場合に倒産手続開始申立てを棄却すべきことを定めている(26条1項)。1994年法では自然人である債務者の残債務免除制度が設けられたので、財産を有しない自然人債務者が債務免除手続を利用することができるように、費用の支払猶予制度が用意されており、自然人債務者は、費用を償うのに足る財産を有しない場合でも、破産手続開始決定を受けることができる(4a条)。

2 財団不足の場合の処理 − 日本法

ロエスレル・商法草案1037条
  倒産申渡は遅滞なく官報及其他の官聞紙に載せ且裁判所の掲示板并に倒産者の店前に掲けて公告すへし。且仮執行すへきものとす。
 倒産者の財産にして倒産処分の費用をも弁するに足らさるときは倒産申渡後に於ける裁判所処分を止む。

1項中の「官聞紙」は、ドイツ文では、"amtliches Local-Blatt"である。

本条第2項は、財団不足の場合であっても「倒産申渡」だけはすることを前提にする規定であるが、この点について[ロエスレル*草案b]849頁以下は、次のように述べている:ドイツ倒産法99条は、財団不足の場合について、倒産申立てを受理しないとしているが、これは正当ではない;「何となれは一も債主に弁償すへき財産を有せさる負債者は之か為めに倒産申渡を免れ倒産の結果を蒙むることなきに至れはなり。之れ蓋し不実軽忽の負債者に恩賞を与ふるに同しく且之をして其財産を蕩尽し或は転匿するの心を誘起するの弊あり。右の如き場合に於ても必す負債者に倒産を申渡し普通原則に従ひ復権せらるゝまては倒産の結果を蒙らしめさるへからす。」。ドイツ文は、[Roesler * 1884c]S.265f.

なお、明治23年商法3編破産法及びその草案では、破産財団の範囲について膨張主義が採用されている(草案1039条1項及び[ロエスレル*草案b]860頁参照)。したがって、1037条2項により倒産申渡後の「裁判所処分」が止まっても、債務者は復権を得るまで倒産者であり、倒産時に隠匿されていてその後に発見された財産も、新得財産も、いずれも倒産財団に属し、倒産時の債権者(債主)の満足に充てられる。

明治23年商法第3編破産982条
 破産者の財産を以て破産手続の費用を償ふに足らさるときは前条の手続を除く外其後の手続を停止す。其手続の停止は之を公告することを要す。
 然れとも 破産手続の費用を償ふに足る破産者の財産あることを証明するときは申立に因り又は職権を以て即特其手続を再施す。
 破産手続の停止はその継続する間は第1049条に掲けたる効力を有す。

982条1項の規定の趣旨につき、[磯部*1891a]は、[ロエスレル*草案b]849頁以下と同趣旨を説く。なお、膨張主義の採用に係る草案1039条1項に相当する規定は、商法985条1項である。

明治23年商法第3編破産は、商人破産主義を採用していて、商人以外の者には家資分散法(明治23年法律69号)が適用された。家資分散法は、宣告手続のみを有し、債権届出・財産換価・配当の手続を有しない。したがって、後者の手続を行うのに必要な財産がなくても家資分散者の宣告がなされたことは言うまでもない

同法1条
 民事訴訟法の強制執行処分に因り義務を弁済する資力なき債務者に対しては管轄裁判所は職権に因り又は申立に因り決定を以て家資分散者たるの宣告を為す可し。
 右の決定は口頭弁論を要せすして之を為すことを得。
 此決定に対しては即時抗告を為すことを得。

3 組合債務について組合員が責任を負うこと

明治29年民法674条・675条によれば、債務発生時の組合員は、他の組合員がした行為により生じた債務についても、損失分担割合で分割された債務額について無限責任を負い、債権者が損失分担割合を知らなかったときは、等分額で無限責任を負とされている。これに対し、ドイツ民法は、各組合員の負う債務を連帯債務としている。このように、組合関係にあると、他の組合員のした行為により生じた債務の全額について無限責任を負うというのは、かなり危険なことであるので、そのような債務負担原因が取引社会に受容されるようになるには、時間がかかったようである。ハンザ同盟に属していたリューベック参事会の1486年の裁判例がこのことの例証になる。次の文献がこの裁判例を紹介している:ファルク=ルミナティ=シュメーケル・編著(小川浩三=福田誠治=松本尚子・監訳)『ヨーロッパ史のなかの裁判事例』(ミネルヴァ書房、2014年)235頁以下(コルデス(田中実・訳)「スウェーデンの銅」)