フランス法: 実体法につき、[下村*1999d]3号63頁以下参照。
2 求償権者は代位弁済した債権(原債権)の優先権を債務者の破産手続において主張できるか
オーストリー破産法54条2項:「破産者のために支払がなされた債務について求償を求める債権は、支払がなされた債権の順位を享受する。」
例えば、委託を受けた運送人が形式的には彼の義務となっている関税債務を支払った場合に、彼は委託者の破産手続において、その求償権を支払がなされた関税債務の順位で届け出ることができる。Vgl.Mohr, KO, 10Aufl.(Manz, 2006) S.394.
ドイツ倒産法43条(複数の者が責任を負う場合):「1人の債権者に対して複数の者が同一の給付について全部の責任を負う場合には、その債権者は、各債務者に対する倒産手続において、全部の満足を得るまで、手続開始の時において彼が請求することのできる金額を行使することができる。」
同法44条(全部債務者及び保証人の権利):「全部債務者及び保証人は、債権者の満足により債務者に対して将来取得することのある債権を倒産手続において、債権者がその債権を行使しない場合にのみ、行使することができる」。
共同債務者が破産手続開始前に一部弁済をした場合には、43条の規定の適用がない( Muenchner Kommentar zur Insolvenzordnung, 2. Aufl, Band 1, S.1111 Rn. 39 ff. zur $43)。
[金*2009a]221頁によると、中国保険法(2009年改正)91条は、労働者の次の債権を第1順位としている(91条の訳文全体は、[金*2009a]241頁注52に掲載されている)。
また、91条3項は、「破産した保険会社の取締役、監査役、高級管理者の賃金は、当該会社の従業員の平均賃金にしたがって計算する」旨を規定している。
スイス法(債務取立・破産法(2010年1月1日現在))
第215条 第1項 債務者の保証に基づく債権は、弁済期に達していない場合でも、破産において行使することができる。
第2項 破産財団は、破産財団から支払われた額について、主債務者及び共同義務者に対する債権者の権利に代位する(債務法第507条)。ただし、主債務者又は共同保証人についても破産が開始されている場合には、第216条及び第217条を適用する。
第216条 第1項 複数の共同債務者について同時期に破産が開始されているときは、債権者は、各破産において、その債権を全額 (voller
Betrag)において行使することができる。
第2項 異なる破産財団からの配当が債権全体(die ganzen Forderung)の額を超えることが明らかになった場合には、超過額は、共同義務者間に存在する求償権を基準にして、財団に返還する。
第3項 配当の合計額が債権の全額に足りない限り、財団は、給付した一部弁済について、相互に求償請求できない。
第217条 第1項 債権者が債務者の1人の共同義務者から彼の債権のために一部の満足を得ていた場合においても、その共同義務者が債務者に対して求償の権利を有するか否かにかかわらず、その債権は債務者の破産においてその当初の全額で受け入れられる(aufgenomen
wird)
第2項 債権を破産において届け出る権利は、債権者及び共同債務者に属する。
第3項 その債権に与えられる破産財団上の持分は、債権者が完全な満足を受けるまで、債権者に属する。求償権を有する共同義務者は、超過分から、求償権の独立の行使の場合に得るであろう額を得る。超過分の残余は破産財団に留保される。
217条1項中の「当初の全額で受け入れられる」は、直訳したためこのような表現になったが、「当初の債権全額をもって破産債権額とする」の趣旨である(当初債権額主義)。
共同義務者でない第三者あるいは破産者自身から破産前に一部弁済を受けている場合には、217条の適用はなく、当初の債権額からその一部弁済額を控除した額が破産債権額となる(Jaeger, Bundesgesetz ueber Schuldbetreibung und Konkurs, 4.Aufl., Bd. 3), S. 287 (Art. 217 Rz 2);Staehelin=Bauer=Staehlin, SchKG II S.2044 (Art.217 N 5))。217条2項により届出をすることができるのは、債権者と一部弁済をした共同義務者であるが、後者は前者の代理人として破産債権を届け出るものとされ、原債権と並べて求償債権を行使することはできない(Staehelin=Bauer=Staehlin,a.a.O., S.2045 (Art. 217 N.8))(ただし、原文の意味が若干とりにくく、誤解のあることを恐れている。他の文献でさらに確認する必要がある)。
債権者の破産者に対する主債権(Hauptforderung)のために担保権が設定されている場合には、債権者がまず担保物の換価金から弁済を受ける。一部弁済をした共同義務者も、その換価金に余剰があれば、その余剰についてのみ請求権を有する。不足がある場合には、彼は破産配当金を求める請求権を有する。求償権が担保により保全されている場合には、求償権者は担保換価金を求める請求権のみを有する(Staehelin=Bauer=Staehlin,a.a.O., S.2046 (Art. 217 N.11))。
債権者は、共同義務者から一部弁済を受けている場合には、そのことを明らかにして破産債権を届け出るべきであるが、そうすることなく債権全額を届け出て、残額以上の配当を得た場合には、一部弁済をした共同義務者は債権者に対して不当利得の返還を請求することができる(Staehelin=Bauer=Staehlin,a.a.O., S.2046 (Art. 217 N.14))。
配当順位表(Kollokationsplan)においても、一部弁済及び求償債権が記載されるべきであるが、求償権は、主債権と並ぶ独立した債権として配当順位を与えられるのではない(Staehelin=Bauer=Staehlin,a.a.O., S.2046 (Art. 217 N.15))。このコンメンタールにはこのように記述されているが、これであれば、委託を受けた保証人の求償権について主債権よりも高い利率が定められている場合でも、主債務者の破産手続開始前に一部弁済をした保証人は、主債権の範囲内でのみ求償権を行使できることになろう。保証人が主債務者の破産前に保証債務を全部履行して、債権者の主債務者に対する債権を消滅させている場合に、保証人は自己の求償権を破産手続において行使できるのであれば、利息に関して、一部弁済の場合と全部弁済の場合とで、差が出ることになろう。この疑問を解く資料を見いだすにはまだ至っていない。
オーストリー法(破産法(2006年現在))
(従たる権利及び求償債権)
第54条第1項 破産開始までに生じた従たる権利(Nebengebuehren)は、債権と同順位とする。
第2項 破産者のために弁済がなされた債務の求償債権は、弁済された債権の順位を有する。
(人的責任を負う社員に対する会社債権者の債権)
第57条 登記された人的会社の債権者は、人的責任を負う社員に対する破産において、登記された人的会社の財産について破産又は和議手続が開始されている場合でも、他の方法による行使によって満足を得ていない金額についてのみ、斟酌される。会社の強制和議又は和議に基づき社員の利益になる権利変更(Beguenstigungen)は、顧慮されるものとする。
日本法(1) 明治23年商法第3編(原文は、旧字カタカナ書き)
1030条 主たる債務者の破産に於て届出てたる債権は協諧契約の場合と雖も保証人其他の共同義務者に対し其全額に付き之を主張することを得又保証人又は共同義務者は主たる債務者の破産に於て其償還請求を届出つることを得然れとも主たる債務者の為にする協諧契約の効果に従ふ
1031条 二人以上の共同義務者か破産したるときは其各義務者の破産に於て債権の全額を届出つることを得
各自の破産財団の間に於ける償還請求権は之を主張することを得す然れとも債権者か受取る割前の額か主たるもの及ひ従たるものを合せたる債権の総額を超過するときは其超過額は共同義務者中他の共同義務者に対して償還請求権を有する者の財団に帰す
メモ 1030条にいう「協諧契約」は、大正11年破産法の強制和議に相当するものである。1030条前段は、同法326条2項に相当するものであり、後段は1項によって賄われよう(現行破産の中に類似の規定を見出そうとするならば、免責許可決定に関する253条2項・1項本文あるいは民事再生法177条2項・1項を挙げることができよう)。
UNIDROIT原則2010年11.1.11条(2)は、「全部の履行を受けていない債権者は、求償権を行使する連帯債務者に優先して、未履行部分について各連帯債務者に対する権利を保持する。」と規定している。「求償権を行使する連帯債務者に優先して」の部分を重視すると、当初債権額主義(未履行部分の満足に至るまで、現存額と求償権額との合計額である当初の債権額を基準にして配当を受けることができる)を採用すべきことになろう。もっとも、同項について注釈によれば、「優先権に関するルールは、倒産手続において適用される強行規定において別段の定めがある場合にはそれに従うことになる」と述べられており(私法統一国際協会(内田貴ほか訳)『ユニドロワ国際商事契約原則2010』(商事法務。2013年)268頁)、当初債権額主義は、それを採用する場合に、倒産に関する法において明規されることが望ましいといえる。
7 人的請求権と物的請求権 「人的請求権」ないしこれに相当する語(「人的権利」「人的債権者」など)は、日本の破産法の用語ではないために、この語を使うことにためらいを感ずるが、次の国の破産法・倒産法で用いられている。
1994年ドイツ倒産法第38条(倒産債権者の概念) 倒産財団は、倒産手続の開始の時に生じていた債務者に対して財産上の請求権を有する人的債権者(die persoenlichen Glaeubiger)の満足に用いられる。
第47条(取戻権) 物的又は人的権利(ein dingliches oder pesoenliches Recht)に基づき目的物(Gegenstand)が破産財団に属しないことを主張することができる者は、倒産債権者ではない。目的物の取戻請求権は、倒産手続外において適用される法に従って判断される。
オーストリー破産法第44条(取戻権) (1) 破産者に全部又は一部属しない物が破産財団の中にあるときに、その取戻しを求める物的又は人的権利は、一般の法原則に従って判断される。
8 スイス・債務取立・破産法216条3項は、このことを明示的に規定している。なお、日本法との差異は、次のような形で生ずる:
ドイツ金融サービス監督庁(BaFin)の2010年制限措置 2010年に入って、ギリシャ政府の財政危機が顕著になり、ギリシャ国債の償還不能の不安が生じ、その価格が急落(利回りが急上昇)した。この信用不安がユーロ圏諸国の中でGDPに対する政府負債比率の高いボルトガルやスペインなどの国債の償還困難の信用不安を惹起し、ユーロの急落をもたらした。ドイツやフランスを中心とするユーロ構成国(ユーロを法定通貨とするEU構成国)は、金融市場の不安を抑制するために、5月9日に、ユーロ保護スキームを決定し、5000億ユーロの巨額資金を拠出することができる態勢を整え、これにIMFの拠出資金2500億ユーロとを合わせて計7500億ユーロの範囲で、財政危機に陥った構成国への融資を可能にする態勢を整えるに至った。そうした中で、2010年5月18日、ドイツ金融サービス監督庁(BaFin)は、次の行為を2010年5月19日0時から2011年3月31日24時まで禁止する措置をとった:
一般的背景 (1)裸の空売りの危険性 ここで、「裸の空売り(ungedeckte Leerverkaeufe)」とは、現物(株式等)の裏付けのない売却を指す。裸の空売りには、次のような問題点がある:
(α)通常の空売りは、他から現物を借りて市場で売却する行為であり、売却される株式等の数は、借用できる株式等の数を上限とし、かつ上限近くで借用する場合には借用料が高騰するので、市場での取引に与える影響力には、一定の制約が生ずる。そのため、市場にほぼ無限に存在する金銭を借りて株式を購入する者(買方)と数が限られている株式を借りて売却する者(売方)とが競い合えば、一般に買方の方が有利である。しかし、裸の空売りが許容されると、売方は売却する株式等の数の制約なしに売却を続けて、その価格を引き下げることができるので、信用不安が漂いつつある市場においては、きわめて有利に売買を競い合うことができる。ただし、現物の売買である以上、受渡し日までに現物を調達しておく必要があり、その予定がないのであれば、空売り後、現物の引渡義務が生じないうちに買い戻しておかなければならないという制約がある。とは言え、例えば午前に空売りをして、午後にゆっくり買い戻せば利益が出るほどに価格が下落している時期には、大量の裸の空売りのインパクトは大きく、市場価格を急落させていく。
(β)商品の売買契約等の決済(契約の同時交換的履行)が一方当事者の不履行によりなされないことを決済のフェイルと言う。金融商品の取引が大量にかつ機敏に行われている金融市場においてある者によって引き起こされたフェイルは、商品が引き渡されることを前提にして相手方が契約した次の取引のフェイルを引き起こしやすい。フェイルの連鎖は、市場での取引にとって重要な「契約は履行されるものである」という信頼を損ねる。裸の空売りは、そのフェイルを生じさせやすいと言う意味でも問題である。日本では、かつては国債取引のフェイルを許容する慣行はなかったようであるが、リーマン・ショックによる金融危機以降は、フェイルを容認せざるを得ないほどにまとまった数のフェイルの発生が生ずるようになり、フェイルの抑制のために違約罰を徴収することと引換に、フェイルを容認する慣行が広まってきている(違約罰は、金融商品の取引機会の喪失による逸失利益(特に現金を用意した買手の運用逸失利益)を上回る金額でなければならない。[日本銀行*2010b]53頁参照。金融機関から報告されたフェイルの数は、日本銀行から毎月公表されている)。株式等の取引所における取引にあっては、株式の引渡しのフェイルが生ずると、ゆゆしい問題となる。特に、大規模な裸の空売りにより株価を暴落させた後で、株式の引渡しに代えて差金決済を行うことは、不公正であり、かつ、差金決済の基準となる株式の適正価額も見出しにくくなるので、よほどのことがない限り、差金決済は許容されない。
ともあれ、規制当局は、景気後退期に金融市場が不安定になると、裸の空売りをしばしば禁止するのである。規制目的と直接に関係するわけではないが、こうした裸の空売りをすることが可能なのは、市場参加者のうちの極一部の者であり、他の者との不公平にも注意すべきであろう。
(2)信用不安の波及 金融システムは、信用の連鎖の上に成り立っている。ある債権者は、別の債権者の債務者であり、ある債務者の信用不安は、その債権者の信用不安につながる。そして、金融システムの中核をなす銀行の多くは、比較的短期の預金や債券の売却代金を用いて比較的長期の融資を行い、利鞘を稼いでいる。銀行の預金等の債務が短期で、貸出債権が長期である場合に、銀行がいかに資産超過であっても、短期の預金の引出しが一時期に大量に行われれば、あるいは債券の発行による借換えを円滑に行うことができなくなれば、破産法2条11項の意味での支払不能になるという脆弱性を有している。社会の一部で比較的大規模な債務不履行が生ずるおそれがあるときには、銀行は投機筋から攻撃されやすいのである(中央銀行が優良資産を担保にして市中銀行に貸出を行うことにより市中銀行の脆弱性を補強することは、中央銀行の使命の1つである)。
(3)信用不安の自己実現的特質 そして、信用不安は、自己実現的特質がある。すなわち、ある債務者の財産状態が悪化すると、債権者は貸倒れリスクを考慮して高利を要求し、それがさらに債務者の財産状態を悪化させる要因となる。債務者がその高利を支払うことができるだけの利益を生み出す活動をすることができれば、倒産を回避できる(一般的な手法はコストの削減である。メーカーであれば、ヒット商品を生み出すことにより利益を得ることも可能である)。しかし、それが困難な場合には、負債の利率の上昇によりさらに財産状態が悪化して、最後は破綻に至る。しだがって、ある債務者について信用不安(倒産の噂)が生ずると、借入金利の上昇を通じて、その債務者の財産状況を一層悪化させて、その債務者を現実に倒産に追い込むことになるのである。
具体的背景 ギリシャ危機においては、ヘッジファンドがギリシャ国債を大量に空売りして利益を上げようとすることは容易に想像できる。この場合に、ヘッジファンドは手練手管を尽くして市場に信用不安の雰囲気を蔓延させようとする。信用不安をあおる方向で意見等を表明をすること(例えば、経済分析のレポートを公表し、マスコミの取材に応じあるいは投書することにより自分に都合の良い見通しを表明し、さらにはネット上の掲示板等で噂を流すこと)は勿論のこととして、そのほかに、比較的規模の小さい市場で自分の希望する方向の価格変動をもたらす取引を行うのである。一種の価格操作である。その手段として、CDSは使いやすく、その目的に使われる危険性が高い。取引の量が少なく、しかも取引所で行われるわけではないからである。その不透明な市場で、保証料の高い取引(国債のデフォルトの可能性が高いとの判断を前提にした取引)を行い、それを公表することにより、信用不安をあおることができる。そして、裸の空売りの場合であれば受渡日までに現物を調達するか買戻しをすることが必要であるが、CDSの場合には、そうした時間的制約はない。保証料さえ支払えばよいのである。保護されるべき国債を有していて、その不履行のリスクを減少させるためにCDSの取引を行うのであればまだしも、そのような国債を持たずに、また、リスク回避を必要とする持高を有することなしに、つまり、経済的に意味のある出来事についてのまったくの賭け事として(これは法学的評価である)、かつ時間的な制約も量的な制限もなしに(取引の視点からはこの点が重要である)、CDS取引を大量に行えば、市場での保証料の相場を比較的容易に引き上げることができる(保証を売る金融機関からすれば、高い価格で保証を買ってくれる顧客は優良顧客であり、保証料が高くなることを歓迎する。少なくとも最初は歓迎する)。
例えば(極端な設例となるが)、価格100ユーロの国債100万単位を空売りした後で、保証料を50ユーロとする100単位のCDS取引を行い、これにより、国債の価格を90ユーロに引き下げる(利回りを上昇させる)のことができるのであれば、得られる荒利益は、10ユーロ×100万単位=1000万ユーロである。支払った保証料は、50×100単位=5000ユーロにすぎない。
国債の価格が下がると、それを大量に保有する金融機関に信用不安が生じ、その株価が低下する。その金融機関の株式を予め空売りしておけば、さらに多くの利益を得ることができる。
このように、市場での取引量が大きいために通常の方法では価格誘導が困難な商品の価格を、それよりも市場規模の小さい商品の価格を操作して誘導することは、投機筋がよく用いる手法である(もちろん、この手法が常に成功するというわけではない)。ドイツ金融サービス庁は、投機筋がこの手法を用いているないしは用いてくると考え、放置しておけばドイツの大手金融機関の株価が下落し、信用不安を招くであろうと予想して、今回の措置をとったものと推測される。
【注】 日本の国債の売崩しは投機筋により何度か試みられているようであるが、なかなか成功しないようである。その点では日本は幸せであるが、その幸せに安住して公的債務を増大させているために、悲劇が訪れるときには、悲劇はより大きなものになろう。「今日の幸せが、明日のより大きな不幸の原因になる」という言葉は、今(2010年5月)の日本のためにある。今回のギリシャ国債の売崩しが成功するかどうかは、ギリシャ経済の中長期的な見通しにも依存しよう。すなわち、(α)ギリシャ国民が財政再建(増税による歳入増と社会保障費や公務員の削減を中核とする歳出削減)に協力するか否か、(β)ギリシャにおける産業の発展(現時点では観光と海運の外にめぼしい産業がないと言われている)の見込みに依存する。しかし、短期的には、ECBがユーロ構成国の国債の買取りを始め、金融安定化基金が創出されたことの意味は大きい。ECBによる国債買入れは、ECBの資産内容を悪化させ、ECBが発行する通貨ユーロの信認を低下させるが(経済がインフレ気味になったときに、流通中のユーロを十分に回収するための資産を有しないために、インフレが高進する危険性が高くなるが)、金融安定化基金を背景にしての買取りであり、その懸念はさしあたり脇に置くことにしよう。すべては状況に依存するが、ECBによる国債買支えが成功する場合には(買支えをしているうちにギリシャ政府の財政赤字の削減の見込みが明確になり、国債の価格が上昇するようになれば)、安値で売却されたギリシャ国債をECBが安値で購入し、それをギリシャ政府が安値で買い取り、これによりギリシャ政府の債務負担が軽減されるというシナリオもありうる。もし仮にそうなれば、売崩しのための空売りが財政再建への協力になってしまう。そうしたリスクを含んでの裸の空売りは、市場参加者の自由に委ねてよい、というのも1つの考えである。 【注】 日本の金融商品取引法では、「政令で定めるところに違反して」なされる空売りが禁止されている(162条1項1号)。そして、金融商品取引法施行令が裸の空売りを次のように禁止している:「金融商品取引所の会員等は、当該金融商品取引所の開設する取引所金融商品市場における空売り(・・・)を受託した場合において、当該空売りに係る有価証券(大量の空売りが行われることにより当該空売りに係る有価証券の受渡しに支障を生じさせるおそれがあるものとして金融庁長官が指定する有価証券に限る。・・・)について借入契約の締結その他の当該有価証券の受渡しを確実にする措置として内閣府令で定める措置(・・・)が講じられていることを確認できないときは、当該空売りを行つてはならない。」(26条の2の2)。いわゆる制度信用による株式の空売りの場合には、約定時点では売却の委託者は現物を保有していないが、受渡日までに証券金融会社が市場から借り受けて受託証券会社に貸し渡すことが制度的に保証されているので、金融商品取引法施行令26条の2の2及び金融商品取引法162条1項1号で禁止される空売りには該当しない。
エコノミストの間での評判 この措置に対するエコノミストの評判はあまりよくない。例えば、2010年5月20日付 英フィナンシャル・タイムズ紙(オンライン・日本語版)は、「今回の措置は、難題を先送りしたいがための逃避行為の感がある」と述べている。そして、ドイツ連邦金融監督庁(BaFin)の調査によれば、「ギリシャ国債が急落する過程で、ギリシャ国債CDSの取引量(純額ベース)がほとんど変わらなかったことが判明している。取引量は約90億ユーロで、総額3000億ユーロに上る国債発行残高と比べると、いずれにせよ大河の一滴にすぎなかった」と指摘する。しかし、この指摘は、規模の大きい市場の値動きを誘導するために小規模の市場で価格操作が行なうという手法を認識していない(そのような手法は、実際上機能しないという認識なのかもしれない)。また、CDSの取引量は国債発行残高の3%であるとのことであるが、この比率をもって「大河の一滴」というのは、強引であり、その強引さの中に執筆者の意図を感じ取ることができる。
同紙はさらに次のように指摘している:「CDSの禁止は恐らく実効性がないだろう。執行が難しいからだ。この禁止措置は、買い手が裏づけとなる現物債券を保有していない「ネーキッド(裸の)」CDSにしか適用されず、ヘッジのためのCDS取引は規制の影響を受けない。問題は、裸かどうかを判別するのが難しいことだ」。この指摘は、かなり正当である。今回のBaFinの規制では証明責任はCDS取引者に課されているが、BaFinがこの困難を乗り越えることができるかは、重要な問題である。
BaFinの今回の措置が妥当であったか否かは、時の流れの中で判断されることになろう。例えば、もしユーロ圏の信用不安が高まり、例えばフランスの金融機関はその株価の急落に見舞われたが、予防措置が執られていたドイツではそれほどの急落はなかったということになれば、今回の措置は妥当であったことになろう。ドイツの金融機関の株価も同様にあるいはフランス以上急落したということになれば、適切な措置ではなかったという評価を受けよう。
BaFinが空売り規制を発表してから、ユーロはドルに対して一段と下げた。それを見て、「規制を嫌って資金がユーロからドルに逃避した」との主張がマスコミにあふれた。しかし、規制とユーロの下落との間の因果関係を検証したうえでの主張と言うよりも、近接した時期に生じた2つの事実の関連性について1つの解釈を示したにすぎないとみるべきであろう。
被保全利益のないCDS取引の法的評価 ともあれ、ドイツ連邦金融サービス監督庁は一定範囲のCDS取引を禁止したが、その禁止は一時的な措置である。他の諸国では禁止されていない。CDS取引は、現在のところ、どのような目的で使われようとも、契約自由の範囲内に属する取引──市場の流動性(いつでも売買できる状態)を高める取引の1つ──であり、原則として禁止されるべき取引行為には当たらないと評価されていると見てよいであろう。
(2010年5月21日−5月30日)
参考文献
スイス債務取立・破産法 218条(合名会社及び合資会社並びにその社員の破産)1項「合名会社及びその社員について同時期に破産が開始された場合には、会社債権者は、社員の破産において、その債権のうち会社の破産において支払がなされないままとなった残額のみを行使することができる。この残債務の個々の社員による支払については、第216条及び第217条の規定を適用する。」
2項「社員について破産が開始され、会社については開始されなかった場合には、会社債権者は、社員の破産において、その債権の全額を行使することができる。破産財団には、第215条により保証人の破産財団に与えられる求償権が属する。」
第3項「第1項及び第2項は、合資会社の無限責任社員に準用する。」
オーストリー破産法 18a条(自己資本充実社員の責任)「EKEG第16条の要件が存在する場合には、破産債権者は、不足額又は、それが最終的に確定しない間は、見込不足額のみを行使することができる。」
11 [寺田*1973a]2号38頁以下によれば、フランス古法において、全額弁済をした連帯債務者は、連帯に代位できるか、すなわち、「ちょうど債権者が連帯債務者の各人に対し連帯責任=全額弁済を主張できるのと同じように、代位によって自己の負担部分(原則として平等)を除いた残りの全部について任意の他の連帯債務者の一人に請求できるのか、それとも連帯債務者各人の負担部分についてだけ請求することができるに過ぎない──すなわち連帯に代位できない──のか」が問題となり、判例は、連帯への代位を許せば訴権の循環が生ずることを理由に、消極説をとった。