関西大学法学部教授 栗田 隆

破産法学習ノート2「破産手続開始申立」の注


注1 ただし、[伊藤*破産v4.1]91頁以下は、「申立人に予納するだけの資力がなく、他方、破産財団から手続費用を償還できる見込みがあり、かつ、破産手続を開始することの必要性が特に高い場合に国庫仮支弁を認めるのがこの規定の趣旨であるから、実際には、極めて限定された場合にのみ仮支弁が許されることになろう」とする。

注2 破産手続開始決定後になされる仮支弁は、破産手続開始後に原因のある債権であるので、破産債権にはあたらない。また、自己破産の場合における国庫からの仮支弁金は、第三者による予納の一種であり、仮支弁と破産手続開始決定の先後にかかわらず148条1項1号の財団債権となり、免責の効力は及ばない(注12参照)。免責を得た破産者が財団債権について償還義務を負うかは、財団債権ごとに判断すべきであり、自己破産の場合の仮支弁金については、仮支弁制度の維持のために、破産者が償還義務を負うとすべきである。

注3 若干の疑問の生ずる次の場合について、検討しておこう。

双方未履行の双務契約に基づく債権148条7号・8号の債権)  破産手続が開始されれば、財団債権者となり厚遇される可能性がある。しかし、その厚遇された地位を得るために破産手続開始申立をすることを不公正という必要はなかろう。一部履行している場合には、みずからの履行部分に対応する相手方の義務が未履行であれば、その満足を得る必要がある。双方ともまだまったく履行していない場合には、破産手続開始申立をする必要性は少ないが、それでも、管財人を通して法律関係を解決する必要はありうることであり、申立の利益を否定すべきではない。債務者の履行遅滞等により損害賠償請求権が発生していれば、その満足を得る必要がある。

租税債権者148条3号の債権)  租税債権者は、国税徴収法47条により自ら強制取立をなすことができ、しかも同法26条により私債権に優先することが定められている。その租税債権者が、一般債権者への配当が期待できないような場合に破産手続開始申立をなすことには、抵抗を感ずる。しかし、その租税債権者も、債務者の個別財産の探索の負担から解放されて総財産から満足を得るために破産手続を利用することに利益を有する。しかも、租税債権者に申立権を認めておけば、社会的にみて破産により処理する必要のある債務者について私債権者からの破産手続開始申立がない場合に、言わば最後の申立人の役割を期待することができる。租税債権者の破産手続開始申立権も認めてよいであろう。

注4 [霜島*1990a]118頁、[伊藤*破産v4.1]83頁(「担保権について別除権が認められることも(2条19項)、破産手続開始申立権に影響しない」と述べる。不足額が存在しない場合について明言しているわけではないが、この場合も含めて開始申立権を肯定する趣旨であろう)。

注5 取締役、業務執行社員は、特に規定がないので、申立義務を負わない。

注6 平成29年民法(債権法)改正前においては、裁判上の請求の一種とする見解の外に、一般的な仮差押え(民法154条)とする説もあった。請求に当たるとするか、仮差押に当たるとするかは、次の点で差異が生ずる。

また、申立人は、申立てが開始申立てが取り下げられた場合でも、申立債権者が破産手続開始の申立ての中で自己の債権を主張したことは、債務者に対する催告としての効力を有し(民法153条参照)、取下げの時から6カ月内に訴えを提起することにより、当該債権の消滅時効を確定的に中断することができる(最高裁判所昭和45年9月10日判決紹介)とされていた。

注7 [伊藤*破産v4.1]88頁は、「債務者が破産手続開始申立てをなすこと自体が,破産手続開始原因の存在を事実上推定させる」と述べた後で、「外国において破産手続に相当する手続が開始されている場合にも、破産手続開始原因の存在が事実上推定される」と述べている。しかし、後者の推定は法律の規定による事実の推定であるので、一般には、事実について「法律上推定される」と表現されるものである。

注8 20条2項の規定により債権者一覧表の提出が必要な場合でも、その提出のないことは申立書の却下理由にはならない(21条1項では、20条1項にのみ言及があり、2項には言及がない)。しかし、債権者一覧表の提出のない申立書も不適式であり、補正処分や却下命令の対象となりうるとする見解もある([伊藤*破産v4.1]89頁)。

注9 大審院は、下記のような事案で、申立人への債権譲渡の対抗要件の具備は必要であるが、破産宣告に係る裁判(現行法では破産手続開始決定)のときに具備していればよいとした。

+債権譲渡により債権を取得した者が破産を申し立てた。
+S3.10.30 破産宣告
+債務者が即時抗告した。
+S3.12.7. 債権譲渡の通知
+抗告審は破産宣告を取消して、破産申立てを却下した。
▽ 債権者が大審院に再抗告

これに対し、そもそも対抗問題は起きない(対抗関係で処理すべき問題ではない)との見解もある。

注10 XのYに対する債権をAが差し押えられた場合にXが被差押債権に基づいて強制執行することができかという問題については見解が分かれているが、差押え・換価は許されるが満足は許されないとする説が妥当である([中野*1999a]224頁参照)。この場合と破産の場合との取扱いの差異の根拠は、両者がもたらす結果の差異にある。破産の場合には、Aが被差押債権を取り立てる方法が破産手続に限定され、しかも、それが最善の方法であるとは限らないのに対し、強制執行の場合には、当該強制執行により十分な満足が得られなくても他の方法によりAはさらに債権の回収を図ることができるのが通常だからである。

もちろん、Yに対する債権回収法方法として破産手続開始申立てが最善であり、時期を失すればますます債権回収率が低下するという場合には、AはXがYに対して破産手続開始申立てすることに同意すべきである。その点が明確である場合には、特段の事情があるものとして、Aの同意がなくてもXによる破産手続開始申立ても許されるべきである。いずれにせよ、AはXに対して、被差押債権の行使を怠ったことによって生じた損害の賠償責任を負い(民執158条)、破産手続開始申立てが最善の権利行使の方法である場合には破産手続開始申立てをなすべきであり、費用の予納の負担からそれができない場合には、債権差押えの申立てを取り下げるべきである。

注11 金融監督庁が2000年3月6日に南証券株式会社に対する破産宣告を東京地裁に申立てをしたのが最初の事例である。金融監督庁の報道発表参照。

注12 自己破産の場合に破産者自身が予納した金銭について、148条1項1号の財団債権として破産財団から償還を受けることは認める必要はないとしても、破産者以外の者が納付した予納金は、148条1項1号の財団債権に当たるとしてよい(このこととの関係で、自己破産の場合の第三者による費用の予納については、裁判所の許可を受けることによって財団債権になることを明確にしておくべきであろう)。免責の効力は、破産債権にのみ及び(253条1項柱書き)、財団債権には及ばない。免責を得た破産者が財団債権について償還義務を負うかは、財団債権ごとに判断すべきであり、自己破産の場合の第三者の予納金は、破産者が償還義務を負うとすべきである。

また、破産手続開始決定の後に(例えば1秒後に)第三者が予納すれば、第三者の破産者に対する償還請求権は、破産手続開始後に原因のある債権となる。ただ、破産手続の円滑な開始と免責許可による経済生活の迅速な再建の理念を考慮すると、そうした便法によることなく、先に述べた理由により、免責の効力を受けないとしてよい。

注13 定款に別段の定めがあればそれによることになるが(会社法295条1項・2項参照)、破産法19条により個々の取締役にも破産手続開始申立権が付与されていることを考慮すると、総会の専決事項とするのは適当でない。

注14 立案の段階では、債務者の監督官庁に一般的に破産(手続開始)申立権を認めべきか否かも検討されたが、次の理由により、監督官庁に申立権を認める一般的規定は見送られた。(α)「規制緩和という社会・経済構造の変革の流れにそぐわないこと」、 (β) 破産手続の開始が大きな影響をもたらすものであること、(γ)監督官庁の申立権は監督権を規律する個々の法に委ねるのが適当であること。

注15 民法上の法人が債務超過の状態にある場合には、裁判所は職権で破産手続開始決定をするができると規定されていた(民70条1項)。しかし、一般法人法では、この趣旨の規定は置かれなかった。

注16 次の者は、破産手続開始申立ての義務を負う。

注17 民法は、理事に破産手続開始申立ての義務が負わせていた(平成18年に削除される前の民法70条2項)。しかし、一般法人法は、この趣旨の規定を置かなかった。

注18 平成18年に削除される前の民法81条1項も同趣旨を規定していた。