出題と採点

破産法

関西大学法学部教授 栗田 隆


一定期間の授業の後で、学生が期待されたレベルの能力を身につけたかを確認するために試験が行われる。出題と採点は、その試験の重要な構成要素であるが、いずれの点についても未だ十分な技量が得ておらず、忸怩たる思いを抱いている。出題と採点の技量の向上させるために、以下に学部とロースクールにおける破産法の授業の経験を基に、このメモを作成することとした。


説明義務

大学の中で行われる試験は、現在では、説明義務付きの試験である。かつてのように、学生に採点結果を通知すれば、それで足りる時代ではない。教育環境によつては、次のことも必要である。

ロースクールなどでこれらのことをすべてするとなると、採点作業はかなり神経の疲れる仕事となる。学生諸君は、

ことができるからである。採点結果が学生諸君の卒業の可否ひいては人生に影響する者である以上、その採点に誤りがある場合には、時に厳しい非難を浴びることも覚悟せざるをえず、従って採点基準の設定についてリスク回避的行動をとることもやむを得ない。見解が分かれている論点について、教師がまったく不適当と判断する見解ではあるが、一部教科書に書かれている見解に従って書かれた答案の採点には、十分に注意しなければならない。教師がそのような見解の存在を見落としていれば、そのこと自体で教師の能力が問題とされうるからである。

答案上に現れる各種の説を教師がすべて把握している場合でも、採点基準の設定は、実際のところ難しい問題である。(α)教師が不適当と考える見解に従って書かれた答案であることのみを理由に低い評価を与えるのも適当でない。その見解が通説あるいは判例と異なる見解であり、通説・判例への言及なしに答案が書かれていることを理由に低い評価を与えることは、許されよう。他方、(β)通説・判例に言及しつつ、理由を付して通説・判例とは異なる見解あるいは教師が支持しない見解にしたがって答案が書かれている場合には、通説・判例に従って書かれた答案とほぼ同等の評価を与えることになる。(γ)通説・判例が明確でない論点について、教師が支持しない見解に従って答案が書かれている場合の採点は悩む。(γ1)問題点を意識し、理由が付されていれば、高い評価を与える方がよい。(γ2)問題点を意識することなく理由付けなしに結論が書かれている場合には、加点することはできないが、減点事由にもしない方がよいであろう。

場合分けをすれば、書きの表のようになる。この表をどのように埋めるかは、一概にはいえない。個別の論点ごとに、さらに、理由付けが記されるべき論点なのか、理由付けがなされているかも考慮して、妥当な採点基準を設定することになる。

通説・判例のある論点 通説・判例が明確でない論点
通説・判例に従った答案 問題にならない
その他の答案 教師が支持する見解にしたがった答案
教師が支持しない見解にしたがった答案

事例問題のイメージ

事例問題を作成するに当たっては、その問題に回答することが社会生活のどこかで役に立つであろうことをイメージしている。例えば、

  1. レベル1の事例問題の多くは、学生諸君が法律知識のない一般人から法律相談を受けた際に、それに的確に回答することをイメージして作成している。したがって、試験問題の解答には、当該問題に適用されるべき法規範(特に条文)を明示し、それについて基本的な説明をし、その事例の解決は通常はこのようになると相談者に回答する形のものを期待している。
  2. 学生諸君が裁判官であるならば、どのように判断するかということを解答内容として期待している問題もある。これと上記の法律相談型の問題との間に基本的な相違はないが、当該事例に適用されるべき法規範が明確とはいえず、解釈により規範を明確にする必要があるような問題は、このイメージに当てはまる。
  3. あなたが研究者であれば、この事例の適正な解決のために、どのように規範を設定するだろうか、というイメージの問題もある。これと2との間にも、本質的な差異があるわけではないが、一般に承認されている規範を適用して妥当な解決が得られる事例とその一般的なルールをストレートに適用したのでは妥当とは言い難い事例を提示して、その解決を問うというタイプの問題を作成しているときには、このイメージを抱いている。
  4. まだ作ったことがないが、ある事例について、あなたが原告の立場であればどのように主張するか、被告の立場ではどのように反論するか、そして裁判官であればどのように判断するか、というタイプの問題もある。裁判全体をイメージした問題である。学部の学生諸君を対象に授業をする限りでは、このタイプの問題の需要はないが、しかし、ロースクールの学生を対象に作成してみたいタイプの問題ではある。

学生諸君は、出題者がなにをイメージして問題を作成したかを思い浮かべると、解答に何が期待されているかを若干なりと思い浮かべやすくなるだろう。


事例問題に書くべき事実関係

事例問題を作成する際に、学生諸君が一定の結論を引き出しやすいように、事実関係を特定的に書くことが原則となる。しかし、解答者に場合分けをさせるために、故意に事実関係の一部を省略することがある。法律相談の場合には、相談者が重要な事実を全て語っているとは限らず、重要な事実が明確でないために、回答が仮定的になることはよくあることであるから、このような事実の一部を脱落させたあるいは曖昧にした問題もあってよい。ただ、事実の脱落が多いと、解答が多段階の枝分かれとなり、解答者も苦労するが採点者も苦労することになりやすい。さらに、最近の最高裁判例が、法規範の定立と事案への適用とを分離して書かれるようになっており、それと同形式の解答を期待する場合には、法規範の説明の中で場合分けの能力を示してもらうことができる。適用の段階で場合分けが生ずるような問題(破棄差戻型の問題)ではなく、結論が一つに定まるように事実関係が特定されているタイプの問題(破棄自判型の問題)の方が、経験上、採点が楽である。


事実の記載が脱落したあるいは不適切な問題の例

[L3]X(個人)は衣料品の加工業者である。A会社から半製品を加工して完成品に仕上げる仕事を1着200円で請け負っている。A社は、Xが仕事を納期に間に合わせるように優先的に行うことを条件に、毎月最低でも2000着分の仕事を廻すことを保証し、納期厳守の義務が生ずるのは最高で4000着分であるとした。加工賃は、月末締めで翌々月の25日に支払われる。ある年の1月分(2000着)の加工を22日に完了して納品し、3月25日に1月分の工賃を受領する予定であった。ところが、A社は資金繰りが苦しいと言って支払をしないまま、3月30日に破産手続開始の申立てをした。2月22日に納品した2月分の工賃の支払も危ない。Xの手元には4月に加工する素材が2000着がすでに届けられている。また、Xの加工した製品のうち、3月分のみは、まだXの手元にある。この状態で、4月15日にA社について破産手続が開始された。Xは、加工賃の回収のために、どのようにしたらよいか。なお、半製品は、そのままでは、1着500円程度でしか売却できず、Xが加工した完成品は小売店で3000円程度で売却されているが、倒産会社の商品として小売業者に売却するとなると、1000円程度になりそうである。

2月分と3月分の製品数が書かれていない。このままでは、解答者は適当に製品数を想定して結論を引き出さなければならない。

[L3]Y会社に対してある年の9月22日に債権者から破産手続開始申立てがなされ、10月15日に破産手続が開始され、Vが破産管財人に選任された。Y社が当事者となっている次の契約は、どのようになるか。

  1. Y社は、8月20日に弁済期が到来する電気料金15万円、9月20日に弁済期が到来する電気料金10万円、10月20日に弁済期が到来する電気料金7万円を滞納している。破産管財人が管財業務を行うためには、電気の供給が不可欠である。A電力会社の若い担当者が、未払の電気料金を全額を支払わないと電気の供給を停止すると言ってきている。
  2. [以下略]

料金を算定すべき期間が明示されていない。料金の支払時期からある程度の推測は可能であるが、推測能力を問う問題ではないから、料金算定の対象期間の末日を検針日として明示するほうがよい。


事実の評価(当てはめ)

学生諸君の答案には、問題作成時には予期していなかった事実評価が書かれていることがある。学部の定期試験では、設例に適用されるべき規範を丁寧に説明することができるかどうかが主たる評価の対象であるから、出題者が予定した法規範とは異なる法規範が適用されるべき事例であるように事実が評価されることは好ましいことではない。出題者から見れば、学生諸君が問題文を誤解したことになるが、しかし、誤解されるような問題文であったことも非難の対象となりうる。誤解が生じないように事実を書く必要がある。

例 1

Xは、倉庫にあるコンピュータをYに90万円で販売する契約を締結した。履行期の1週間前にYについて破産手続が開始された。Yの破産管財人が、契約を履行するともしないとも言ってこない。コンピュータの市場価値の低下は早い。今なら、90万円で他に売却できるが、3ヵ月先には70万円でしか売れそうもない。Xはどうしたらよいか。

2007年に学部の春学期試験に出した問題である。破産法53条・54条が適用される問題として作成したのだが、58条が適用されるべき問題として解答した学生が散見された。「市場価値」の語に引っ張られたのであろう。その答案の採点には迷ったが、低い点を付けた。誤解をさけるために、次のように改めることにした。

コンピュータの小売業者であるXは、倉庫にあるコンピュータを食品業を営むYに販売する契約を締結した。代金は90万円、支払時期は納品後2週間以内と定められた。コンピュータの納品期日の1週間前にYについて破産手続が開始された。Yの破産管財人が、契約を履行するともしないとも言ってこない。コンピュータの価格低下は早い。今なら、90万円で他に売却できるが、3ヵ月先には70万円でしか売れそうもない。Xはどうしたらよいか。

例 2

[L1]大学教授Aが破産し、Bが破産管財人に選任された。Aが所有している宅地と住宅は、誰が管理処分するのか。彼が講義ノートや論文の作成に使用しているパソコンはどうか。

なお、パソコンは、5年前に新製品として発売され、発売直後にAが10万円で購入したものである。また、Aは、法学部に勤務していて、他の普通の法学部教授と同様に、自宅で仕事をすることが多く、また、彼の勤務する大学では、校費で購入した備品を自宅で使用することを一切禁止しているものとする。

当初は、なお書の部分はなかった。すると、「教材作成は、大学で大学のパソコンを使用すればよいから、このパソコンは破産財団に属する」との結論を書いてくる答案が出てきた。結論がこうであれば、差押禁止財産についての説明も、自由財産についての説明も手薄になりやすい。出題者が予定した結論を引き出すべく差押禁止財産・自由財産について説明した学生との間で点差がつくことになる。その点差が、問題文に簡潔に記された事実の評価の違いに由来するのであれば、学生の学習到達度を測定する試験としては、試験問題自体が適当でないことになろう。そこで、なお書を付加した。なお書の部分を本文中に組み込むことも考えたが、論点を簡潔に印象的に示すために、それは避けた。

採 点

結論が一つに定まっていて、適用される規範の説明についても争いがない問題の採点は、比較的楽である。もちろん、多くの答案が期待された解答を書いている場合である。それでも、細かな間違いがあり、表現の上手下手はあるので、点差は付く。問題は、多くの答案が期待された解答を書いていない場合にどう採点するかである。適用されるべき条文を挙げ、説明されるべき基本的概念を含めて法規範の説明が適切になされているか、要件の充足が確認されているかといったいくつかのチェックポイントを設けて採点基準表を作成してから採点を開始し、採点中に採点基準表に追加の書込をして全体の整合性がとれるように採点するのが本来となるが、なかなか実行できない。

採点基準は、試験問題と受験する学生の質を考慮して、その都度適宜設定する。21世紀に入ってからは、学生に認められている成績説明請求権が従来以上に尊重されるようになった。特に、2004年にロースクールの授業が開始されてからは、そうである。ロースクールでは、定期試験の答案は、教育効果を高めるために、全て添削して返却する必要がある(原本は第三者評価等のために大学で保管し、写しを返却する)。採点基準を含む試験結果の講評を学生に示すことも要請される。学生たちは、返却された答案を互いに見せ合い、答案が採点基準に従って採点されているかを点検することができるので、採点が全ての答案を通じて首尾一貫した基準でなされていることが重要となる(答案用紙の返却の時から教師の採点能力の審査が始まると言ってよい)。このようにして成績評価についての説明責任を教師の側が負うようになると、学生の答案中のある記述が減点すべき誤りであるか否かの判断を迷う場合には、教師の側もリスク回避のために、減点せずにおくことになりやすい。しかし、その記述が他の試験では重大な減点理由となるとすれば、教師は学生の是正すべき誤りを是正しなかと非難され、時には教育過誤の責任を問われることもありえよう。こうしたことを考えると、学生の答案を採点する際に、答案中の個々の記述について書き込む評価の基本形は、つぎのようなものになる。

論ずべき問題点があることに気付くことが重要である場合には、

例 1

[L1]A社は、Y会社に納入した原材料の代金債権の支払いのために、ある年の9月15日にY会社から1億円の約束手形を受け取った(支払期は同年10月15日である)。その直後にY会社の社員からY会社が支払不能の状況に陥っていることを知らされた。A会社の取引先にB社があり、A社はB社から1億円の融資を受けていて、その弁済期も同年10月15日である。B社はY社から製品を購入する立場にあり、Y社の財産状況についてはあまり注意を払っておらず、Y会社が支払不能の状況にあることを知らずにいる。A社は、B社がY社から1億円の商品を購入し、その代金債務の支払期も同年10月15日であることを知った。
10月1日にY会社について破産手続開始の申立てがなされ、それから間もなくして破産手続が開始されたとした場合に、次の2つのケースにおいて、Y会社の破産管財人Xは、B社に対する商品代金債権1億円(又はその相当額)を回収することができるか。

  • ケース1  9月18日に、A社は、Y会社が支払不能の状況にあることを伏せて、B社に次の申出をした:B社がY社に対して負っている債務をA社が引受ける;A社の出捐により当該債務を消滅させた後でA社がB社に対して有することになる償還金請求権とB社のA社に対する債権とを相殺する。B社がこれを了承し、A社とB社との間で、重畳的債務引受契約書が作成され、それが即日Y社に郵送された。

  • ケース2  9月18日に、A社は、Y会社が支払不能の状況にあることを伏せて、自己の資金繰りが苦しいと述べながら、B社に次の申出をした:A社がB社に対して負っている債務の弁済のためにY社振出の手形を9950万円で譲渡し、その代金債権とB社のA社に対する債権とを相殺する;元本の差額50万円と利息は、10月15日に支払う;B社が手段を尽くしたにもかかわらず手形金を回収することができなかった場合には、取立不能の金額が確定した後に、その金額をA社がB社に補填する。B社はこれを了承し、上記の趣旨を記載した念書を作成して、直ちに手形の裏書譲渡がなされた。


  • ヒント1: 破産法67条・71条1項2号・72条12号の規定の趣旨を述べ、要件の充足を確認すれば足りる。
  • ヒント2: 余力のある者は、ケース2の場合におけるA社の行動を破産法の視点から論評し、B社に対する商品代金債権相当額をA社に支払わせるために、破産管財人が適当な主張をなしうるのであれば、それも論述し、その主張が裁判所に認められるかどうかの評価もすること(「このような主張も考えられるが、しかし・・・のことを考慮すると、裁判所によって認められる可能性は低いであろう」あるいは「認められてよいと思われる」など)。このヒントに係る論述は、100点満点中の10点程度の加点要素とする。

2007年にロースクールのレポート課題としてこの問題を出してみた。ヒント1に従った論述は多くの学生ができていた。ヒント2の論点について期待した内容の論述をした者は少なかった。この論点に触れた多くの学生は、最高裁判所昭和53年5月2日第3小法廷判決(昭和52年(オ)第676号)(同行相殺と割引依頼人の不当利得)を援用して、不当利得返還請求は認められないとしていた。現時点では、この判例をそのまま援用する解答でもよいとしたが、期待していたのは、次の点に注意を払った答案である。

結論を変えるほどに影響の度合いが大きいと見るべきか否かは、見解が分かれるので、上記の点に注意を払った論述がなされているか否かがポイントになるが、そこまでの解答はなかった。この論点に言及していることをもって、ヒントに示したとおりの加点をし、破産管財人のA社に対する不当利得返還請求権を肯定すべきであるとしたごく少数の答案のみに更に加点した。

なお、学期末の成績評価がAあるいはA+になった者の中にも、ヒント2に示した論点にまったく言及していない者があった(未修者コースに属するものに目立ったので、論点の取り出しに慣れていないためであると考えてよいであろう)。ヒントの記載に工夫が必要のようだ。


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2007年10月5日−2007年10月6日